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広瀬陸斗、オンライン映像分析で再始動準備

オンライン取材に応じた広瀬陸斗である。
今季からテクニカルスタッフが刷新され、最新テクノロジーが導入されておることが明かされた。
「0からじゃなくて、積み上げてきたところから(再始動が)できている感じ」と、練習が中断されながらも積み重ねられたことが広瀬の口から語られた。
昨季、非常に難儀であった右SBを一手に担う存在として、力を発揮してもらおうではないか。
期待しておる。

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【鹿島】右SBの定位置争いを歓迎する広瀬「全員が必要になる」
2020-06-05
サッカーマガジン編集部


J1の鹿島アントラーズは5日、全体練習を行ないチームコンセプトなどを確認した。トレーニング終了後、今季新加入のDF広瀬陸斗がオンラインで取材に応じ、リーグ再開に向けて意気込みを語った。


上写真=練習後、オンラインで取材に応じたDF広瀬

チームの勝利のために

 全体練習再開後の1週間について、広瀬は「久々に全員の顔を見ながらサッカーができる喜びをかみしめながら、まずはケガをしないように、7月4日の再開に向けて徐々に(コンディションを)上げているという感じ」と話した。

 今季、横浜F・マリノスから完全移籍で加入し、これまでの公式戦すべてに右サイドバックで先発出場。「チームに馴染めてきたかな、というタイミングで中断してしまって残念」と語るが、気持ちは切り替えている。活動を自粛している間、クラウドサービス上の試合映像を見ながらコンセプトの理解に努め、「またゼロからではなくて、積み上げてきたものがある」と自信を見せた。

 同じ右サイドバックの内田篤人、伊東幸敏がケガから復帰し、激しいポジション争いが待っているが、広瀬は「学ぶところはたくさんある」と歓迎。また今後予想される過密日程を見据えて、「ライバルではあるけど、今年は連戦も多くなるので、全員が必要になると思う。まずは自分のコンディションを確認しながら、チーム全体で鹿島を勝利に導くことができたらいい」と語った。

鹿島広瀬、自粛中はオンライン映像分析で再始動準備
[2020年6月5日16時22分]


オンライン取材に応じる、鹿島DF広瀬陸斗(C)KASHIMA ANTLERS


練習する鹿島DF広瀬陸斗(C)KASHIMA ANTLERS


鹿島アントラーズDF広瀬陸斗(24)が5日、練習後のオンライン取材に応じ、活動休止期間中の過ごし方を明かした。

チームは今季、練習や試合の映像分析などを行うテクニカルスタッフを2人、新たに迎えた。この中断期間には、オンライン上で写真や動画、文書などを共有できるストレージサービス「Googleドライブ」を導入。選手は自粛期間中でも、自宅で分析映像を見ることができたという。

現在はクラブハウスのテレビでも見られるといい、広瀬は「0からじゃなくて、積み上げてきたところから(再始動が)できている感じ」と、確かな手応えを口にした。

全体練習開始から1週間が経過し、リーグ再開までは1カ月を切った。無観客での再開にあたり、「今まではファンやサポーターの応援があって覇気が出たり、頑張ろうという思いがあったけれど、応援がなく練習試合みたいな中でやらなきゃいけない。その場にいなくてもDAZNなどで見てくれていると思いながら、1週間準備して試合に持っていけるように準備しないと」と用心する。

それでも「鹿島は練習から球際のところなどを想定してできているので、いつも通り出せれば大丈夫」と、チームが重ねてきた練習には自信をのぞかせた。【杉山理紗】

逆襲の鹿島、広瀬前向きに「主力と合わせる時間増えた」 J1再開7・4

全体練習に参加した鹿島の広瀬(鹿島提供)

 J1鹿島は5日、茨城・鹿嶋市内で全体練習を実施。今季横浜Mから新加入したDF広瀬陸斗(24)がオンライン取材に応じ、「主力と合わせる時間が多くなったのはいいこと」と中断期間を前向きにとらえた。

 広瀬は加入早々にコロナ禍で中断されたが、クラブの分析担当が選手に共有している練習や試合の映像を見て、攻守のコンセプトなどを改めて確認。いち早くチームになじむための努力を重ねてきた。

 チームは全体練習を5月28日に再開。リーグ戦は7月4日に再開する。夏場の連戦に向けて「全員が必要になる。チーム全体で鹿島を勝利に導きたい」と常勝軍団の一員として力を込めた。


オンラインによる取材でリーグ再開を心待ちにした鹿島の広瀬(鹿島提供)

ルヴァン杯、8/5再開・11/7決勝で調整

今季のルヴァン杯を、8/5再開・11/7決勝の方向で最終調整するJリーグである。
既に開催された第1節を無効とし、新たなるグループ分けにて行う方法は差し戻しとなり、グループステージを3試合、1位抜けの5チームとACL組の3チームにて決勝トーナメントを行う様子。
試合数も抑えられ、悪くはない方法と言えよう。
ただ、鹿島に目を向けると既に1敗を喫しており、GS突破は非常に厳しい状況となった。
とはいえ、残り2試合を連勝することで引き寄せることは出来よう。
注目である。

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ルヴァン杯8・5再開、11・7決勝、1次L組み分けは維持で最終調整
 新型コロナの影響で1試合を消化後に中断していたYBCルヴァン・カップが8月5日に再開し、11月7日に決勝を行うことで最終調整されていることが4日、複数の関係者の話で分かった。

 当初は移動リスク軽減のため近隣3クラブを5グループに分け、J2松本を不参加として1次リーグをやり直す案も議論された。だが、既に1試合を消化していたため、クラブ側からの反対意見も多く差し戻しとなった。

 現行のグループ分けで実施するには全国移動を伴うため、制限緩和が見込まれる8月再開とし、決勝も当初の10月24日から11月7日に後ろ倒しされた。

 1次リーグは1回戦総当たりの3試合。各組1位の4チームと2位チームの最上位1チームにアジア・チャンピオンズリーグ出場の3チームを加えた計8チームで一発勝負の決勝トーナメントを行う。1次リーグ1試合を終えているため、残りは最大5試合となる

松村優太、ピッチ外では凄く頼れる先輩

松村優太について静岡学園高校の後輩を取材したゲキサカの吉田記者である。
ピッチ上でのハンパなさはこれもでも伝えられておったが、ピッチ外での人となりがよくわかって嬉しい。
「ピッチ外では凄く頼れる先輩」「ちゃんとするところはちゃんとする。切り替えのできる人でした」と人間性が強く伝わってくる。
また「松村さんは1回ミスしても『次、挽回するぞ』くらいの気持ちでやっていた」という言葉から、サッカー選手として壁を乗り越えるメンタリティを持っておることがよくわかる。
松村は大きく伸びるタイプであろう。
将来的に鹿島の攻撃を担うアタッカーになっていくはず。
未来が楽しみである。

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静岡学園高の後輩が明かす、鹿島MF松村優太の高校時代と“ハンパない”一面
20/6/5 06:30


鹿島アントラーズMF松村優太は静岡学園高時代(左)に選手権日本一。(写真協力=高校サッカー年鑑)

 ゲキサカではプロ入り1、2年目選手の高校時代を知る後輩たち(現役高校生プレーヤー)に対して、プロでの活躍が期待されている先輩プレーヤーの高校時代についてインタビュー。彼らのピッチ内、ピッチ外で“ハンパなかった”一面や意外な一面とは?
(※静岡学園高の協力により、電話取材をさせて頂いています)

 今回ピックアップする選手は静岡学園高(静岡)から今年、鹿島アントラーズへ加入したMF松村優太だ。名門で徐々に台頭した松村は、2年時にU-17日本代表初選出。10番を背負った3年時はU-18日本代表に選出された。なかなか全国大会と縁がなかったものの、同年の選手権静岡県予選ではMVPを獲得する大活躍。静岡学園を全国大会へ導いた。圧倒的なスピードと体幹の強さを活かし、高速ドリブルで相手の守りを攻略。選手権全国大会では厳しいマークを受ける中で奮闘し、準決勝で決勝点を決めるなど静岡学園にとって24年ぶりとなる全国優勝に貢献した。

 世代を代表するスピードスター、松村の高校時代について、選手権決勝をともに戦った後輩で、いずれも新チームの主軸となっているDF田邉秀斗(3年)とFW加納大(3年)、そしてGK野知滉平(3年)が教えてくれた。

―松村選手の“ハンパなかった”ところは?
田邉「(昨年度の選手権静岡県予選準決勝の)浜松開誠館高校戦の1点目。(相手守備網の)真ん中を切り裂いていったところが衝撃的でした。(スピードについて)自分、普通に素走りだと勝てる自信があるんですけれども、(松村は)ボール持った時が本当に手をつけられなくて、プラス体幹が強いというのが凄いと思います。ちょっと身体当てたくらいだと全然負けなくて、少しバランス崩してもそのまま持っていってしまう」
加納「スピードに乗った時のドリブルは、簡単には止めることができません。特に自分はFWとして近くで見てきたので凄かったですし、ボールを前で収めた時に松村さんに預けておけば何とかなる部分があったので、そういう部分では頼りがいのあるサイドアタッカーでした」
野知「スピードというのはみんな言うことだと思いますけれど、自分はシュートですね。シュートが『速くて、重い』というのが第一印象です。シュート練習に入っていても、松村さんのシュートはスピード感もコースもそうですし、勢いで負けることがあった。(守っていて、シュートに)勢いで負けるということはあまりないんですけれども、そういうところもあってなかなか取れなかったです」

―野知君はエスパルス時代含めて“プロ予備軍”のシュートを受けてきているが?
野知「一味違うなという感じでした」

―プレーはいつ頃からエグくなった?
加納「自分的には、年間通してヤバい感じでしたね(微笑)」

―ピッチ外の松村選手について教えて下さい。
加納「結構、後輩にもフレンドリーな感じで、凄く優しくて関わりやすかったですね」
野知「ピッチ外では凄く頼れる先輩というか、校内でもみんなに人気があって、人として凄く尊敬できる方でした」
田邉「結構、寮とかでも普通に声をかけてもらったり、部屋も目の前でしたし、練習も帰るのが一緒だったりしていることも多かったので、色々と話をさせてもらいました」

―何かエピソードはある?
田邉「プリンス(リーグ)の(浜松)開誠館戦のプレーが自分は相当ひどくて、結構自分的にメンタルをやられたことがありました。その試合の後、松村さんに『どうしたら良いか分からないです』みたいな感じで軽く相談したんですけれども、『(評価は)そんな1回で決まることじゃないから』と言ってくれました。『選手権もあるから気負いせずにやりな』みたいな話をしてもらったことを覚えています」

―関西特有のノリもある印象だが?
野知「関西のノリみたいなところもあったと思うんですけれども、ちゃんとするところはちゃんとする。切り替えのできる人でした」

―彼の隠れた努力を見ていたら教えて下さい。
田邉「自主練は凄いくらい長かったです。夏、インターハイが終わった後とか夏休みの自主練が凄く長かったのを覚えています。みんな1時間とかなんですけれども、2時間半とか残っていたと話していました」

―彼から学んだことはある?
田邉「自分は良くないプレーをした時にヘコんだりとか、怒られた時に気持ちを抑えられないことがあったりもするんですけれども、子供なんで(微笑)。でも、松村さんは1回ミスしても『次、挽回するぞ』くらいの気持ちでやっていたので、学びました」
加納「自分が少し点を獲れなかったりして落ち込んでいる時に、凄く励ましてくれる存在でした。『今、点獲れなくても、努力して大舞台でオマエが決勝点獲れば良いんだよ』というようなことを言われたのは今でも凄く覚えています」

―選手権では松村選手もなかなか獲れなかったけれど、予選も全国大会も大事なところで得点している。
加納「(松村は)大舞台で一発やれる選手というか、大事なところでチームを勝たせられる選手だなと思っていたので、そこは自分も真似しなければいけないと思っています」

―勝負強さを身につける。
加納「近くでやっていた人間で、高卒でプロに行っている。凄く良い目標だと思うので、精神面やサッカーに対する情熱など学ばなければいけないところがいっぱいあると思います」

―松村選手へのエールと、それぞれの今年への意気込みを教えて下さい。
野知「やっぱり松村さんには凄く才能があるのが分かっているので、プロの世界で磨いて日本を代表するような選手になって欲しいと思います。自分は今年、静岡学園で培ってきたものを出して全国優勝したいです。そして、大学サッカー、またプロのどちらに行くにしてもさらに高みを目指して、自分も日本を代表するようなGKになりたいです」
加納「鹿島アントラーズというビッグクラブに高卒ルーキーで行って難しい部分があると思うんですけれども、その中で武器であるスピードやドリブルを活かしてJ1の舞台で活躍してくれたらなと思います。去年、松村さんが引っ張ってきた姿を近くで見てきたので、そこはしっかりと今年は自分が引っ張っていきたいですね」
田邉「松村さんは1年目からレギュラーに食い込むくらいの実力というか、スピードなどの武器を持っていると思うので、Jリーグが再開された時にスタメンとして出て欲しいです。僕もJリーグのチームに声をかけてもらえるくらいに頑張って、来年から敵のチームか味方のチームかは分からないですけれども、勝負できるように頑張ります」

取材・文 吉田太郎)

杉岡大暉、しっかり治せた

オンライン取材に応じた杉岡大暉である。
今季の公式戦未出場の理由が右足ハムストリングの負傷であったことが明かされた。
ここまで公式戦にて起用されずに来たことを不思議に思っておったが、合点がいった。
「移籍していろんなストレスもかかっているかもしれない」と杉岡自身は語る。
意中の鹿島に入団出来るかや他クラブの意向など、精神的影響は小さくなかったのであろう。
それもこれもこの中断期間にて整理が付いたはず。
負傷が癒えた杉岡の得意の左足クロスにてゴールを演出するのだ。
楽しみにしておる。

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【鹿島】新天地デビューを目指すDF杉岡「ケガをしない体づくりを」
2020-06-04
サッカーマガジン編集部


先月28日から全体トレーニングを再開している鹿島アントラーズ。4日の練習後、DF杉岡大暉がオンラインで取材に応じ、ケガの状況やリーグ再開に向けた意気込みを語った。


上写真=ビデオ通話アプリで取材に応じたDF杉岡

準備期間でアピール

 全体練習を再開してから1週間が経ち、杉岡は「対人練習は久しぶりだったので、そういうところの慣れはまだまだ。段々よくなっているけど、反応の鈍さはある」と万全ではないことを認めつつも、「みんなでハードなトレーニングができているので、コンディションは徐々に上がってきている」と充実感をにじませる。

 今季、湘南ベルマーレから完全移籍で加入したが、右足ハムストリングの負傷により開幕直後はベンチ外。そして新型コロナウイルスの影響でリーグが中断し、公式戦デビューはお預けとなっている。「移籍してきて、いろいろなストレスもかかっていたのかもしれない」と杉岡。リーグ再開後に向けて「またケガをしない体づくりをしていきたい。この準備期間でゲーム形式の練習も多くあるので、その中で自分を知ってもらうことが必要」とアピールを誓う。

 J1は7月4日に再開することが決まったが、先日、名古屋グランパスのFW金崎夢生が新型コロナウイルスに感染し、プロ野球・読売ジャイアンツの選手2名の感染も判明するなど、予断を許さない状況が続いている。それでも杉岡は「チームとしても、個人としても対策はできている。周りは関係なく、自分たちはかからないようにしていきたい」と動揺はない様子。「日頃のケアが最大の予防だと思う。過密日程でこそチーム全員の力が必要になるので、自分も力になれるようにしっかり準備していきたい」と意気込みを語った。





公式戦デビューが待ち望まれる杉岡(写真◎鹿島アントラーズ)

デビューお預けの鹿島杉岡、初移籍の見えない重圧
[2020年6月4日15時4分]


オンライン取材に応じる鹿島DF杉岡大暉(c)KASHIMA ANTLERS


練習を行う鹿島DF杉岡大暉(c)KASHIMA ANTLERS


鹿島アントラーズの東京五輪世代DF杉岡大暉(21)が4日、練習後にオンライン取材に応じ、近況を明かした。

今季鹿島に加入したが、右ハムストリング筋損傷でデビューはお預け状態。これまで筋肉系のケガは少なかったというが、「去年の年末から増えてきている。移籍していろんなストレスもかかっているかもしれない」と、初の移籍は見えないプレッシャーもあったようだ。

そんな杉岡にとって中断期間はプラスに働いたようで、「時間もあり、しっかり治せて良かった。コンディションはまだまだ上げたいので、人一倍予防しながらやっていきたい」と話した。鹿島では先月28日から全体練習も再開している。「開幕が決まり、時間はまだあるので、成熟度を高めてやっていけたら」と、鹿島でのデビューに向けて意気込んだ。

鹿島DF杉岡 中断期間で患部不安消えた「しっかり治せた」
[ 2020年6月5日 05:30 ]

 鹿島のU―23日本代表DF杉岡が4日、チーム練習後にオンライン取材に応じ、「コンディションは上がってきている。再開まで時間があるので、個人としてもチームとしても成熟度を高めたい」と7月4日のJ1再開へ順調に調整が進んでいることを明かした。
 今季、湘南から鹿島に加入。右太腿裏を痛めた影響で公式戦の出場はまだないが「中断期間があったのでケガはしっかり治せている」と患部への不安はないという。J1再開後は過密日程が予想されるため、「ケガをしない体づくりをやっていきたい。日頃のケアが最大の予防」と体調管理に留意し、夏場から始まる連戦に備えていく。

J1鹿島・杉岡大暉「しっかり治せた」リーグ再開とともに待望の新天地デビューへ「練習も熱が入る」
2020年6月4日 19時23分

 J1鹿島のU-23日本代表DF杉岡大暉(21)が4日、クラブ主催のオンライン取材に応じた。7月4日のリーグ再開に向けて「目指すところが決まるとより練習も熱が入る。そこに合わせて調整できるのではっきりしていい」と語り、待望の新天地デビューに意欲を見せた。
 湘南から加入した杉岡は右太もも裏に負ったけがの影響で、1、2月の今季公式戦3試合はいずれもベンチ外と出遅れた。ただ、約3カ月間の中断期間で「しっかり治せた」そうで、レギュラー奪取へのモチベーションは高い。公式戦再開後は過密日程が避けられないため「チーム全員の力が必要。そこで力になれるように準備していきたい」と前向きに話した。
 来夏の東京五輪に臨むU-23日本代表の主軸候補。杉岡は「(五輪延期で)うまくなれる時間ができた。レベルアップして、五輪に向かえればいい」と力を込めた。

2010年シーズン、無念のリーグ最少負け数・最少失点

2010年シーズンのJリーグについて記すJリーグ公式サイトである。
「4連覇のかかる鹿島の戦いが注目されたが、シーズン後半に勝ち切れない試合が目立ち、優勝はかなわず」と鹿島アントラーズについてまず評す。
「勝ちきれなかった」という表現の通り、引き分けが多く、勝ち点を積み上げられなかった。
ただ、リーグ最少負け数、最少失点は誇って良い記録である。
結果的にシーズン前に大型補強を敢行した名古屋にタイトルを奪われた格好ではあるが、シーズン途中に篤人とイ・ジョンスが移籍した穴を埋めきれなかったことが大きな要因であろう。
この年の南アフリカW杯の代表選手であったほどの選手が二人も抜けてしまっては、そうやすやすと補強出来るものではない。
そもそも、田代と誓志が山形にレンタルされたことも、大きな穴であった。
選手層が薄かったということである。
そして、岩政まで怪我で欠きながらも天皇杯を制したことは、今思えば、よくやったとしか言いようがない。
2010年は、このシーズンを境に世代交代を行ったことが記憶に残るシーズンであった。
一つの節目である。

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2位に勝点10差をつける圧勝劇。名古屋がカリスマ指揮官の下で悲願の初戴冠!【Jリーグヒストリー:2010年】
南アフリカワールドカップが開催された2010年。4連覇のかかる鹿島の戦いが注目されたが、シーズン後半に勝ち切れない試合が目立ち、優勝はかなわず。結局、4位でシーズンを終えている。

代わってこの年の主役となったのは、ストイコビッチ監督率いる名古屋だ。このレジェンドが指揮官に就任したのは2008年のこと。いきなりリーグ戦で3位に導くと、翌2009年にはACLベスト4、天皇杯準優勝と、着実に成果を生み出していた。

そして就任3年目となる2010年、開幕前に田中 マルクス闘莉王、金崎 夢生、ダニルソンら即戦力を次々に獲得。戦力アップに成功した名古屋は、開幕から快進撃を続けた。

開幕戦でG大阪を撃破すると、3節の磐田戦から3連勝を達成。その後も確実に結果を出し、3位をキープしてワールドカップ中断を迎えた。再開後はさらに勢いを増し、15節からの4連勝で首位に浮上。そのまま優勝に向けて、一気に突き進んだ。

長身ストライカーのケネディがゴールを量産し、ワールドカップに出場した玉田 圭司もハイパフォーマンスを維持。最終ラインでは闘莉王が魂のプレーを見せ、ゴール前には楢﨑 正剛が立ちはだかった。マギヌン、ダニルソンら外国籍選手もその実力を十分に見せつけ、ベテランの中村 直志も献身的なプレーでチームを支えた。

首位に立った名古屋の勢いは衰えることなく、20節からは6戦無敗も記録。鹿島、G大阪、C大阪と優勝を争うライバルチームに取りこぼしが目立つなかで、着実に勝点を積み上げていく。そして迎えた31節、玉田のゴールで湘南に勝利すると、2位の鹿島が引き分け、勝点差が10に拡大。3試合を残した時点で優勝を決める、圧倒的なリーグ制覇だった。

得点54はリーグ5位で、失点37はリーグ3位と、数字的には群を抜いていたわけではない。それでも際立ったのは、勝利への執念だろう。大敗が少なくなかった一方で、1点差勝利は16を数えた。結果にこだわるカリスマ指揮官の下で培われたこの勝負強さこそが、初優勝の最大の要因だっただろう。

HappyBirthday! 永木亮太

誕生日を迎えた永木亮太である。
ベテランと呼ばれる年代に入ったがが、まだまだ元気溌剌である。
これからが永木の本領発揮と言えよう。
チームを牽引し、勝利に導くのだ。
楽しみにしておる。

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2009年シーズン、三連覇という偉業

2009年シーズンの鹿島優勝について記すJリーグ公式サイトである。
「2年連続で優勝を成し遂げた鹿島は、2009年シーズンもその実力をまざまざと見せつけた」と圧倒的のように評されておる。
しかしながら、シーズン開始前は、小笠原満男の復帰は4月に持ち越されると予想されており、中後がJEFに移籍しており、中盤に不安が感じさせられておったことを思い出す。
今このときにメンバーを見返すと、やはりスタメンこそ豪華であるが、層の薄さを感じさせられる。
これが後に夏場の連敗を、そしてACL敗退に繋がったように思う。
本山は手術後であり、フル出場は難しかった。
ダニーロが十分に穴を埋めたが、アジアと平行に戦うほどの戦力ではなかったことが結果に表れておる。
とはいえ、満男が退場にならなければ結果は大きく異なっておったであろう。
それも勝負の綾と今では言えるが、当時は何故にアジアに手が届かないのかと悔やんだものである。
三連覇という偉業と共にアジアとの平行開催へのチャレンジがどのようなものか思い知るシーズンであった。

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際立つ終盤の底力。名将の優れた手腕に導かれ、“常勝軍団”が前人未到の3連覇!【Jリーグヒストリー:2009年】

鹿島が最終節まで縺れ込んだシーズンを制し3連覇を達成した
2年連続で優勝を成し遂げた鹿島は、2009年シーズンもその実力をまざまざと見せつけた。


浦和との開幕戦を2-0とモノにすると、2節に新潟に敗れたものの、そこから無敗街道をひた走った。3節の広島戦から19節の柏戦まで17試合負けなしを続け、その間の成績は12勝5分。12を数えた勝利のうち9つが1点差勝ちと、鹿島らしいしたたかな戦いで、首位を独走。19節終了時点で2位の新潟に勝点10差をつけ、優勝に向けて突き進んだ。

前年MVPのマルキーニョスが変わらぬ存在感を放ち、興梠 慎三もコンスタントに得点を記録。高卒ルーキーの大迫 勇也も堂々としたプレーで、プロを相手に渡り合った。

ところが20節に広島に敗れ2敗目を喫すると、24節からまさかの5連敗で首位から陥落。29節の磐田戦でも勝ち切れず、首位の川崎Fに勝点1差の2位で残り5試合を迎えた。

もっとも、過去2シーズンでも実証されたように、終盤の底力は鹿島が常勝軍団であり続ける理由だろう。千葉、山形、京都を下して3連勝を達成すると、大分に敗れた川崎Fを下して首位に再浮上。33節のG大阪戦では興梠の2ゴールなどで5-1と快勝。優勝を争うライバルチームに引導を渡した。そして最終節は66分に生まれた興梠のゴールを守り抜き、1-0と浦和に勝利。大観衆が詰めかけたアウェイのスタジアムで、前人未到の3連覇を達成した。

前年に負った大怪我から復帰した小笠原 満男がハイパフォーマンスを続け、最終ラインでは岩政 大樹が抜群の安定感を披露。日本代表でも主力となった内田 篤人は、疲労困憊のなかでも必死にピッチを走り続けた。調子を落とした中盤以降にプレー機会を増やした中田 浩二のいぶし銀の活躍も見逃せないポイントだ。

そして何より称えられるべきはオズワルド・オリヴェイラ監督の優れた手腕だろう。熱い言葉で選手を鼓舞し、コンディション管理に徹底的に気を配る。選手のモチベーションを高め、ポテンシャルを最大限に引き出したそのマネジメント能力こそが、3連覇の最大の要因だっただろう。

Jリーグ、再開日程は変更しない方針

リーグ戦の再開日程について、変更しない方針と伝えられるJリーグである。
昨日の金崎夢生の新型コロナウイルスの陽性を受け、注目が集まっておったが、議論すらせず、変更はされない様子。
これは一安心。
このような自体は、Jリーグとして織り込み済みと言ったところか。
名古屋グランパスはクラブとして対応して貰い、他のクラブもより一層気を引き締めるところ。
予断は許されぬ。
今シーズンをこなすために、関係者もファンも気を引き締めて行きたい。
重要である。

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再開日程に影響なし 金崎選手のコロナ陽性―Jリーグ
2020年06月03日19時54分

 J1名古屋の元日本代表FW金崎夢生選手が新型コロナウイルス検査で陽性だったことを受け、Jリーグが2月下旬から中断しているリーグ戦の再開日程について、変更しない方針を職員らに伝えていることが3日、分かった。関係者によると、名古屋の試合を遅らせる可能性などについても議論されていないという。J1は7月4日再開が決まっている。

ポゼッション・ゲーム形式のトレーニング

本日の練習風景を伝える公式サイト・公式Twitterである。
強度の高い練習を行ったとのこと。
実戦に向けチーム練習にも変化が与えられておる。
公式戦が待ち遠しい。
楽しみである。

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非公開練習


非公開練習を行いました。






名古屋・金崎夢生、新型コロナウイルス陽性反応

新型コロナウイルスの陽性反応が出た名古屋の金崎夢生である。
これは由々しき仕儀である。
Jリーグ再開日程が発表され、平時に戻ろうと国内全体で前向きに動いているところで、とんだ失態と言えよう。
スポニチによると、金崎は「緊急事態宣言発令中だった5月14日に、クラブの許可を得た上で、神奈川県内の親類宅を自家用車で訪問していた」とのこと。
これはクラブも含めたモラルが問われるところ。
勝ち点剥奪級の厳罰を与えるべきではなかろうか。
いずれにせよ、残念な気持ちにさせられた。
この件を他山の石とせず、改めて気を引き締めて日々を過ごしたい。

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Jリーグ再開に暗雲…名古屋FW金崎夢生がコロナ感染、現在入院中 クラブは当面活動自粛
[ 2020年6月3日 05:30 ]

 サッカーJ1の名古屋は2日、元日本代表FW金崎夢生(31)に新型コロナウイルスの陽性反応が出たと発表した。1日に感染を調べるPCR検査を受け、この日に感染が判明した。クラブは2日から全体練習を中止し、当面は活動を全面自粛する。2月下旬から中断していたJ1は5月29日に7月4日再開を決めたばかり。多くのクラブで活動を本格化させていたが、新たな感染者が出たことでリーグ再開に暗雲が垂れ込めてきた。
 クラブによると、金崎は5月29日に38・5度の発熱と倦怠(けんたい)感を報告してきたという。1日に再び倦怠感と頭痛に加え、体温が38度まで上昇。愛知県内の病院でPCR検査を受けた結果、2日に陽性と判明した。感染経路は不明で、全体練習が再開された1日はクラブハウスに来ていなかった。現在は愛知県内の病院に入院しているという。

 金崎の感染が判明したことを受け、クラブは午後10時すぎから緊急のウェブ会見を行った。小西工己社長は「全体練習が始まったばかりのことで私も金崎も悔しく思います。これまで取り組んできた新型コロナウイルス感染症対策をさらに強化し、再度、周知、徹底を図ってまいります」と話した。

 名古屋は5月20日にグループ練習を再開し、金崎も参加。現状では他の感染者や疑われる症状がある者は確認されていないが、チームは2日から活動を自粛した。練習再開日は白紙で、今後は保健所の指示の下で濃厚接触の定義に該当している者はPCR検査を受けることになるという。また、緊急事態宣言発令中だった5月14日に、金崎がクラブの許可を得た上で、神奈川県内の親類宅を自家用車で訪問していたことも明らかになった。

 J1リーグは7月4日に再開することが決定している。今月に入ってからは多くのクラブが全体練習を再開させた。だが、その直後に再び起こったコロナ禍。小西社長は、すでにJリーグに報告したことを明かした上で「Jリーグの(再開)日程に影響はないと考えている。我々とコロナの闘い。Jリーグは前に進んでいると認識している。早く我々も追いつきたい」とした。

 だが、名古屋との練習試合が内定していたJ3岐阜(6、20日)やJ2京都(13日)は、スケジュールの再考を余儀なくされる。さらに名古屋に新たな感染者が確認された場合は、Jリーグ全体に波紋が及ぶのは間違いない。

 ◇Jのコロナ対応
 ☆2月25日 ルヴァン杯1次リーグ第2節から3月15日までの全公式戦の延期を決定。国内の主要プロスポーツがコロナの影響で日程変更するのは初めてだった。
 ☆3月25日 4月3日以降に開催予定の全公式戦の延期を決定。村井チェアマンはJ3は同月25日、J2は5月2日、J1は同月9日と「段階的に再開予定」と明かす。
 ☆4月3日 臨時実行委員会を開催し、村井Cは「公式戦再開の日程を白紙に戻すことで合意した」と話す。
 ☆同21日 理事会開催。村井Cは20日に菅官房長官と面談し、39都道府県に本拠地を置く56クラブの施設を新型コロナウイルス対策のために提供すると提言したことを明かした。
 ☆同30日 5月30日から6月7日までの全公式戦の開催延期を正式発表。対象はJ1、J2、J3の計49試合。
 ☆5月29日 J1再開を7月4日、J2再開、J3開幕を6月27日と決めた。また、全選手を対象としたPCR検査の導入も決定し、村井Cは「6月20日までに検査できれば」と見通しを明かした。

 ◆金崎 夢生(かなざき・むう)1989年(平元)2月16日生まれ、三重県津市出身の31歳。小学生時代はフットサルをプレー。中学からサッカーを始め、滝川二高に進学。07年に大分入り。08年にナビスコ杯優勝に貢献し、10年に名古屋に移籍。13年からドイツ・ニュルンベルク。同年9月にポルトガル2部(当時)ポルティモネンセ、15年2月に鹿島に移籍。16年のJリーグチャンピオンシップ決勝第2戦・浦和戦では2得点して鹿島を年間王者に導いた。18年7月に鳥栖、今年3月に名古屋に加入した。日本代表は大分時代の09年1月に初選出され通算11試合2得点。大分時代に買った愛車に10年以上乗っている。鹿島時代は毎日練習場に最も早く到着し、シーズン中は飲酒を控えるなど体調管理も徹底していた。1メートル80、70キロ。

2008年シーズン、唯一無二の二度目の連覇

2008年シーズンの鹿島優勝について記すJリーグ公式サイトである。
圧倒的な強さにてJリーグ史上初の二度目の二連覇を達成しておる。
次の年も優勝し、三連覇したため、この記録について述べるものが少ないが、連覇したクラブこそあれど、二度行ったのは鹿島アントラーズだけである。
これはもっと賞賛すべきであろう。
そして、それをなし得たのは、MVPと得点王に輝いたマルキーニョスの力があってこそ。
それはまぐれもない事実である。
また、この2009年はオリヴェイラ監督の戦術が浸透し、彼が指揮を執った中で最も強かったように思う。
ただ、柏戦にて小笠原満男が負傷し、長期離脱するまでは、という注釈付きとなってしまう。
この柏戦は、ACL準々決勝の1st lrgと2nd legの間に開催され、ドローという結果と共に悔しい記憶の一つである。
そして悲願のACLも2nd legにて散ってしまった。
小笠原満男の穴は想像以上に大きいものであった。
ただ、興梠が2度向かえた決定的チャンスを決めきっておれば、余裕の勝利であっただけに余計に無念である。
圧倒的強さと無念、その二つが同時に重なった記憶である。

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終盤に見せた勝負強さ。追いすがるライバルを振り切り、鹿島が二度目の連覇を達成!【Jリーグヒストリー:2008年】

奇跡的な逆転劇で前シーズンを制した鹿島が二度目の連覇を達成!

奇跡的な逆転劇で前シーズンを制した鹿島が、2008年も好スタートを切った。開幕5連勝でいきなり首位に立つと、その後に7戦未勝利と失速するも、そこから4連勝と息を吹き返し、優勝争いに名を連ねていく。

躍進の立役者はマルキーニョスだ。加入2年目のストライカーは、開幕からゴールを量産。21節からは7試合連続でゴールを記録するなど、鹿島の攻撃陣を牽引した。また柳沢 敦から背番号13を引き継いだ興梠 慎三も台頭。スーパーサブとして結果を出すと、シーズン後半からはスタメンに定着した。他にも内田 篤人、伊野波 雅彦ら20代前半のタレントが主軸へと成長を遂げ、安定感と勢いの伴った戦いを続けた。

シーズン中盤までは、名古屋、大分、川崎Fらと形成した上位グループから抜け出せなかったが、終盤戦に入ると、次第に地力の差を見せつける。27試合を終えた時点で首位に立つと、他の上位陣に取りこぼしが目立つなか、着実に勝点を積み上げていった。

終盤の戦いで際立ったのは、岩政 大樹らを中心とした堅守に他ならない。28節からの残り7試合で失点はわずかに4。5つのクリーンシートを達成し、4勝2分1敗で乗り切った。

優勝を決めた最終節の札幌戦も、1-0と鹿島らしい戦いで勝利。追いすがる名古屋、川崎Fを振り切って、二度目の連覇を成し遂げている。

シーズン通算21ゴールを挙げたマルキーニョスが、得点王とMVPを獲得。また岩政、内田、マルキーニョスの3人がベストイレブンに選出されている。

フィジカルトレーニング実施

二部練習を行ったチームメンバーである。
午前中はフィジカルトレーニングに汗を流し、午後はボールを使ったトレーニングを行った様子が伝えられる。
練習という日常が戻ってきたことがよくわかる。
試合をこなす平時に戻ることも近づいてくる。
選手らは集中力を高め、良いトレーニングを行っておる。
幸せな日々までもう一歩である。

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非公開練習


非公開練習を行いました。






田代有三氏、内田篤人について語る

自身のyoutubeチャンネルにて内田篤人について語った田代有三氏である。
共にプレイし感じ取ったことを忌憚なく話しておる。
非常に興味深い。
個人的には特に「それ以上に守備の能力がすごく高いんですよ」という部分が腑に落ちる。
速さと上がりで攻撃力ばかりがクローズアップされがちであるが、SBはDFである以上、守備が第一である。
その守備が天下一品であるからこそドイツにて長らく活躍したことを忘れてはならぬ。
昨季のアウェイ川崎戦に於いても、前半は篤人と対峙しておった家長が嫌がってサイドを変えたことが記憶に残る。
また、田代のチャンネルでは79年組や野沢、岳らについても語っておる。
どれもこれも面白い。
田代のチャンネルに注目である。

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「メディアで注目されたところ以上に…」内田篤人の1番すごい部分を元鹿島FW田代氏が語る
20/6/2 10:16


田代氏が元同僚の鹿島DF内田篤人を称賛

 現役時代に鹿島アントラーズなどで活躍した元日本代表FWの田代有三氏が1日、自身のYouTubeチャンネルで元チームメイトの鹿島DF内田篤人のすごさを語った。

 動画では内田だけでなく、MF野沢拓也、岩政大樹氏、増田誓志氏、MF柴崎岳に関しても話しているが、ファンからの要望が最も多かったのは内田だったという。

 田代氏は内田の特徴について「ボールの置きどころが良いとか、メディアには攻撃のことをすごく注目されていたんですけど」と前置きし、「それ以上に守備の能力がすごく高いんですよ」と紹介している。

「どういうふうに守備の能力が高いかというと、まずは普通にスピードはあるんですけど、初速がすごく速いんです。その初速が何で速いかというと、普通ヨーイドンの時って腰が下がっちゃうんですよ。でも篤人は腰が下がらないでそのままスタートできるんですよ」

「この(腰が下がる)0.1秒くらいがないんですよね。それができる選手ってなかなかいなくて、すぐにトップスピードに入れるから抜けないんです。なのでシャルケとかでもずっとレギュラーで出ていたし、対面した守備ではスピードのある選手にもついていけていたと思います」

 田代氏は現役時代に内田の走り方を真似したことがあったようだが、「やっぱりちょっと難しいですね」と回顧している。そして「篤人はやっぱり初速の速さというのが1番の特徴だと僕は思っています。あとは視野が広い。賢い。運動量もある。イケメン。良いところばっかりですね」と称賛の言葉を並べ、「まだまだ頑張ってほしいです!」とエールを送った。


2007年シーズン、驚異の大逆転

2007年シーズンの鹿島優勝について記すJリーグ公式サイトである。
奇蹟の逆転優勝と後世にまで語る継がれる素晴らしき結果である。
これは、絶対に諦めぬ強い気持ちがなし得た成果とも言えよう。
小笠原満男の復帰ばかりが注目されるが、野沢の負傷からの復帰も重要なポイントであった。
逆に言えば、野沢がPSM水戸戦にてあのようなファールをされなければ、開幕から勝利を積み重ねていったように思う。
それは、野沢が抜けた2012年の結果を知る今となっては強く思うところである。
また、この年について思い起こすと、本山の活躍が脳裏に浮かんでくる。
本山が負傷なく1年を通してパフォーマンスを維持したのは、この年が初めてだったように思う。
本山・野沢・満男が揃い、助っ人が大当たりした結果が、優勝というご褒美であった。
良い記憶である。

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怒涛の9連勝で最大10ポイント差を逆転。驚異の末脚を見せた鹿島が6年ぶり5度目の戴冠!【Jリーグヒストリー:2007年】

残り5試合で10ポイント差を跳ね返す驚異の末脚を見せた鹿島が、奇跡的な大逆転劇で6年ぶりに頂点に立った

前年王者の浦和が、2007年シーズンも優勝争いをリードした。開幕6戦負けなしと好スタートを切ると、7節に川崎Fに敗れ初黒星を喫したが、その後は16戦無敗と安定感抜群の戦いを続けた。同じく好調を維持したG大阪をかわして21節終了時点で首位に立つと、以降も着実に勝点を積み重ね、優勝へと突き進んでいく。

一方、オズワルド オリヴェイラ新監督のもとで復権を狙った鹿島だったが、開幕5戦未勝利とスタートダッシュに失敗。一時は15位にまで順位を下げたが、それでも徐々に巻き返し、アジアカップ中断前(第18節)までに4位へと浮上した。

中断明け後は、さらに勢いを加速させていく。イタリアのメッシーナから小笠原 満男が復帰したことが追い風となり、19節から4連勝を達成。もっとも23節にG大阪、25節には名古屋に敗れ、残り9試合の時点で首位の浦和とは勝点10差をつけられていた。

浦和の独走が続く中、鹿島はここから驚異の反攻を見せる。新潟、広島、神戸、磐田を下して4連勝を達成。しかし浦和も連勝を続け、その差をなかなか詰めることができない。

ところが残り5試合でドラマが待っていた。ACLとの両立によるハードスケジュールを強いられていた浦和が、シーズン終盤に突如失速。ACL準決勝後に行われた名古屋戦で引き分けると、アジアを制した後のリーグ戦でも勝利を挙げることができなかった。一方で鹿島は連勝を7にまで伸ばし、32節終了時点で浦和との勝点差は4にまで縮まっていた。

そして33節、鹿島は浦和との直接対決に臨んだ。負ければ終戦となるこの大一番を野沢 拓也の一撃で1-0とモノにすると、勝点1差で迎えた最終節、浦和がすでに降格が決まっていた横浜FCに敗れたのに対し、鹿島は清水に3-0と快勝。残り5試合で10ポイント差を跳ね返す驚異の末脚を見せた鹿島が、奇跡的な大逆転劇で6年ぶりに頂点に立った。

笑顔の練習風景

非公開練習の様子を伝える公式サイト・公式Twitterである。
雰囲気の良さが伝わってくる。
公式戦の再開日が決まり、目的に向けてチームが一丸となっておる。
34日後には勝利という結果を掴み取っておろう。
この笑顔が更に破顔しておると思われる。
楽しみにして待ちたい。

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非公開練習


非公開練習を行いました。




2005年シーズン、魅惑の攻撃陣

2005年シーズンのJリーグについて記すJリーグ公式サイトである。
結果的にガンバが優勝をさらったが、この年の鹿島はダントツの強さを発揮しておった。
シーズンイン直前に中田浩二が移籍し、戦力的に微妙と思われておったが、新加入のアレックス・ミネイロとFW起用された野沢、二列目の満男と本山が素晴らしいハーモニーを奏でた。
夏にはほぼ優勝が決まったかと思われたが、秋からの失速によりタイトルを逃す格好となった。
微妙なジャッジが連発され、また野沢の負傷離脱により魅惑のカルテッドが解体されて攻撃力が下がってしまった。
最近では、2017年のV逸が強く印象に残るが、この年の無念さも同様であったと言える。
この年と2017年の鹿島もそうではあるが、2007年の浦和、2018年の広島、2019年のFC東京と夏にダントツの首位にいたチームが失速してV逸することが、Jリーグの風物詩となっておる。
これに理由を求めたくなるのもファンとしておかしなことではないと思う。
いずれにせよ、この年、鹿島は優勝を逃し、トニーニョ・セレーゾが退任した。
それが2005年シーズンの記憶である。

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圧倒的な攻撃力でリーグを席巻。最終節の逆転劇でG大阪が悲願の初制覇!【Jリーグヒストリー:2005年】
前年までの2ステージ制が廃止され、18チームによる1シーズン制がスタートした2005年。優勝争いは最終節までもつれ込む大混戦となった。

8戦負けなしと好スタートを切った鹿島が序盤の戦いをリードしたが徐々にペースを落とすと、11節から6連勝を達成したG大阪が猛追。22節には東京Vを下して、ついに首位に浮上した。

躍進の要因となったのは圧倒的な攻撃力だ。新加入のアラウージョがゴールを量産し、大黒 将志もコンスタントに得点を記録。フェルナンジーニョも含めた前線トリオが繰り出すアタックはまさに脅威で、13節の東京V戦では7-1で勝利を収めるなど、破壊力抜群の攻撃サッカーで快進撃を続けた。

ところがシーズン終盤に入ると、突如失速。同じく勝点を伸ばせない鹿島と共に、19節から無敗を続けるC大阪をはじめとする2番手集団に吸収されてしまう。さらに31節からはよもやの3連敗。最終節を前についにC大阪に首位の座を奪われてしまった。

33節を終えて1位C大阪(勝点58)、2位G大阪(勝点57)、3位浦和(勝点56)、4位鹿島(勝点56)、5位千葉(勝点56)と、5チームに優勝の可能性が残されたまま、最終節を迎えた。

逃げ切りたいC大阪は、ホームでFC東京と対戦。西澤 明訓の活躍で2-1とリードしながら、後半アディショナルタイムにまさかの同点弾を浴び、2-2の引き分けに終わった。一方、アウェイで川崎Fと対戦したG大阪は2-2で迎えた79分に遠藤 保仁が勝ち越しゴールを奪うと、終了間際にはアラウージョがダメ押しゴールを決めて4-2と快勝。シーズンを象徴するようなド派手な打ち合いを制し、C大阪をかわして逆転優勝を成し遂げた。

リーグ最多となる82得点を奪った一方で、失点58はリーグで4番目に多い数字だった。失点を恐れぬ攻撃スタイルを貫き、G大阪の悲願は成就されたのだ。

永戸勝也の左足

練習する永戸勝也である。
永戸の左足がチームに勝利をもたらす日も近い。
楽しみな存在である。

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非公開練習


非公開練習を行いました。

内田潤、アルビレックス新潟U-15アドバイザー就任

りアルビレックス新潟U-15アドバイザーに就任する内田潤である。
これは驚きの報。
ウッチーは今年の4/22にアルビレックス新潟U-15監督を退任したばかりであった。
当時は経営的判断であったと推測したのだが、政治的なことが大きく絡んでおった様子。
それは、内田潤のみならず是永社長自らがコメントを発しておることからも読み取れる。
いずれにせよ、内田潤は新潟にて新たなるポジションを得た。
この仕事に注力し、良き選手を育成していくこととなろう。
楽しみにしておる。

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内田 潤 氏 アルビレックス新潟U-15アドバイザー就任のお知らせ
2020/5/30

いつもアルビレックス新潟に温かいご声援をいただきまして、誠にありがとうございます。
当クラブは、2020年4月にアルビレックス新潟U-15監督を退任した内田潤氏が、6月1日よりアルビレックス新潟U-15アドバイザーに就任することとなりましたので、お知らせいたします。

アルビレックス新潟U-15アドバイザー
内田 潤 Jun UCHIDA
■生年月日
1977年10月14日(42歳)

■出身地
兵庫県

■資格
日本サッカー協会公認A級指導者ライセンス

■選手歴
桐蔭学園高→駒澤大→鹿島アントラーズ→アルビレックス新潟
※J1リーグ戦通算:221試合出場6得点

■指導歴
2014-2016年 アルビレックス新潟サッカースクール コーチ
2016年9-12月 アルビレックス新潟 コーチ
2017年 アルビレックス新潟U-15 コーチ
2017年5月-6月 アルビレックス新潟 コーチ
2018年-2020年4月 アルビレックス新潟U-15 監督

■コメント
このたびは、アカデミーの選手、保護者、そしてサポーターの皆さまにご迷惑とご心配をおかけしたことをお詫び申し上げます。
アカデミーのU-15アドバイザーとして、再スタートをさせていただくことになりました。今回の再契約にあたって、是永社長をはじめ関係者の皆さまに奔走いただいたこと、心から感謝しております。
また、社長と直接お話する機会をいただき、クラブへの謝罪をさせていただきました。クラブに所属するスタッフとして、反省すべきことがあったと認識しています。ご迷惑をおかけしたことを改めてお詫び申し上げます。
この1ヶ月、クラブととことん話し合いをさせていただきました。その結果、クラブをより良くしたい、一緒にクラブをつくっていこうという想いは、お互いなんら変わらないということを再確認いたしました。
アカデミーの選手とクラブの未来のために、自分の持てる力を最大限に発揮してお詫びに代えたいと思います。
引き続き、アルビレックス新潟への熱いご声援をよろしくお願いいたします。

■代表取締役社長 是永大輔コメント
このたびは、たくさんの皆さまにご心配をおかけしまして、申し訳ございませんでした。世間をお騒がせしてしまいましたこと、お詫び申し上げます。
時間をかけて内田さんとお話をさせていただき、お互いクラブを想うがゆえのすれ違いがあったことも確認できました。そして、改めて手を取り合ってクラブの未来に向かって協力していくこととなりました。今後もスタッフ一丸となってクラブの未来をつくっていきたいと思っています。
引き続き、アルビレックス新潟への熱いご声援をよろしくお願いいたします。

土居聖真、長すぎると精神的に浮き沈みする選手もいると思うので

オンライン取材に応じた土居聖真である。
Jリーグの再開日程発表について選手としての意見を述べる。
「どのチームもどの選手も僕自身も、意気込みを持ってやると思うし、『やってやろう』という気持ちをみんな持っていると思う。個人としては、僕ら以上に(再開を)待ち望んでいる人がいると思うので、楽しんでもらえるような試合を1試合でも多く届けられるような、勢いと盛り上がりを出すような再開にしたい」と語った。
サポの気持ちを汲んでくれておることが嬉しい。
また、再開のメドの立たぬ状況で練習をしておったことについて、「『先が見えないのにやっている意味あるのかよ』という選手もいれば、『チームが新しくなったし、良い準備期間だから俺はむしろ伸びてくれるくらいが助かる』という選手もいて、意見はバラバラだった」と裏話を明かす。
なかなか選手間でも状況の受け止め方が難しかったことが伝わってくる。
ここから5週間は、再開とその後のタイトル制覇に向けて一丸となってくれよう。
期待しておる。

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鹿島土居「やってやろうと」サポーターに勇姿届ける
[2020年5月29日22時25分]


オンライン取材に応じる鹿島MF土居(C)KASHIMA ANTLERS


練習に励む鹿島MF土居(C)KASHIMA ANTLERS


J1が7月4日に再開することが29日、Jリーグ臨時実行委員会で決まった。鹿島アントラーズのMF土居聖真(28)は「どのチームもどの選手も僕自身も、意気込みを持ってやると思うし、『やってやろう』という気持ちをみんな持っていると思う。個人としては、僕ら以上に(再開を)待ち望んでいる人がいると思うので、楽しんでもらえるような試合を1試合でも多く届けられるような、勢いと盛り上がりを出すような再開にしたい」と、サポーターに勇姿を届けることを誓った。

昨年末に右足小指を骨折したが、痛み止めを服用して元日の天皇杯決勝に出場した。休む暇もなく今季が始動し、ACLプレーオフ、ルヴァン杯、リーグ開幕戦の3試合も「チームも結果が出ていなかったし、離脱するよりはできる範囲でやったほうがチームのためになる」と出場。中断期間に入り「完全に2カ月休むことに切り替えた」と、ようやく治療に専念した。

「僕にとっては幸い、けがを良くすることに関しては、ありがたい時期になってしまったかな」と土居。自身の回復と同時にチームも再始動し、「毎日寝るとき、翌日イベントごとがある小学生のようなワクワク感があって、毎日練習を楽しみに夜を過ごしています」と喜びを例えた。

約5週間の準備期間は「長すぎず短すぎず、ちょうどいい期間かと思う」と話す。再開のメドが立たない中で練習をしていたときは「『先が見えないのにやっている意味あるのかよ』という選手もいれば、『チームが新しくなったし、良い準備期間だから俺はむしろ伸びてくれるくらいが助かる』という選手もいて、意見はバラバラだった」。今回の決定でモチベーションが統一され、練習にも張り合いが出てくるだろう。

鹿島・土居、再開されるリーグ戦に抱負「楽しんでもらう試合を多く届けたい」
[ 2020年5月30日 05:30 ]

 鹿島のMF土居は再開日程の決定を受け「各チーム、選手がやってやろうという気持ちを持っている。Jリーグを待ち望んでいる人たちに楽しんでもらうような試合を多く届けたい」と決意を新たにした。
 再開まで約1カ月という準備期間については「長すぎず短すぎずでちょうどいい。(再開まで)長すぎると精神的に浮き沈みする選手もいると思うので」と理解を示した。

土居聖真、鹿島浮上へのキーマン

土居聖真について記すサカノワの塚越記者である。
骨折の治癒についてのコメントを伝える。
「ケガをしていたことによって、今、痛みがない状態でできる喜びがあります。これまでは痛みによって、自分に言い訳をしていて、それも今となっては悔しい時期でした。今、練習が再開されて『この動きは痛くない!』と、これまでの怖さがなくなり、本来の自分が見えてきました。『明日も練習できる』『楽しみだな』と、寝る時、小学生が翌日ピクニックに行くようなワクワク感が僕にもあります。毎日、練習楽しみにして過ごしています」とのこと。
中断は苦しかったが、聖真の負傷が癒えるなど、良いことも少なからずあった。
再開後には大活躍をしてくれよう。
楽しみである。

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【鹿島】骨折からの復活、土居聖真が“真相”を明かす「今は毎晩、ピクニックに行く小学生のようなワクワクした気分」
サカノワスタッフ2020年5月29日


いよいよ練習再開!鹿島の土居聖真。(C)KASHIMA ANTLERS

結果が出ないことへの責任を痛感する一方、この中断期間の約2か月はむしろ貴重な“有難い”時間にする。

 J1リーグの鹿島アントラーズが5月28日にチームでの全体練習を再開させ、MF土居聖真がオンラインでのメディア取材に応じた。21日に28歳の誕生日を迎えたアタッカーは、このほどSNSの自身のインスタグラム(@doi.shoma_official)でファンに報告していた骨折の“真相”について明かした。

 土居は20日に更新したインスタグラムで、昨年12月21日の天皇杯準決勝・V・ファーレン長崎戦(〇3-2)で骨折をしていたことを報告。痛みを抱えながら、今季も公式戦3試合に臨んでいたが、中断に突入した3月以降、治療に専念してきたことを伝えていた。

 今回のオンラインによる取材で、土居は患部が右足の小指だったと説明。当初は強い打撲だと思っていたという。ただ痛みと腫れがなかなか引かず、検査したところ、骨折していることが判明した。そのうえでチームドクターやスタッフと話し合い、土居はプレーしながら治すという方法を選択した。

 実際、あまり患部のことが気にならずプレーできる時期もあった。ただ、痛みが引けばぶり返すなど一進一退で、その「振れ幅が大きかった」。そして今回、新型コロナウイルスによる活動自粛期間が伸びたタイミングで、「ここしかない」と治療とリハビリに専念することにした。

 もちろんチームの結果が出ていないことへの責任は痛感している。その一方で、「僕にとっては、ケガを良くするという意味で、有難いと言える時期になったかなと思っています」と、この一連の“流れ”を受け止めた。

 約2か月を掛けた。「次につなげる2か月という判断で、指に負荷をかけないように、体幹や筋力トレーニングなどサッカー選手ではないようなトレーニングをしてきました。それによってストレスも溜まり厳しかったです。ただ、良いリハビリができました。僕にとっては有意義な時間だと思っています」と、ある意味、これまで全力で走り続けてきた土居に与えられた、“今は一旦休ませる時だ”という貴重な時間になった。

「ケガをしていたことによって、今、痛みがない状態でできる喜びがあります。これまでは痛みによって、自分に言い訳をしていて、それも今となっては悔しい時期でした。今、練習が再開されて『この動きは痛くない!』と、これまでの怖さがなくなり、本来の自分が見えてきました。『明日も練習できる』『楽しみだな』と、寝る時、小学生が翌日ピクニックに行くようなワクワク感が僕にもあります。毎日、練習楽しみにして過ごしています」

 もちろん様々な不安はある。ただ、日本代表にも選ばれてきた攻撃のユーティリティは、リーグ再開の日を心から待ち侘びていた。

 鹿島浮上へのキーマン、むしろパワーの増した土居が、全力でピッチを駆け抜ける。

[文:塚越始]

J1リーグ、再開は7/4

公式戦の再開日を発表したJリーグである。
J1は7月4日(土)から再開とのこと。
これは素直に喜びたい。
また、2節以降の対戦カードは全て組み直し、それは6月15日に発表する予定。
どのような組み合わせになるのであろうか。
楽しみにして待ちたい。

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2020明治安田生命J1リーグ・J2リーグの再開およびJ3リーグの開幕日について
新型コロナウイルスの影響により試合開催を延期している2020明治安田生命Jリーグについて、7月4日(土)からJ1リーグを再開、6月27日(土)からJ2リーグを再開、J3リーグを開幕することを決定しました
Jリーグは、新型コロナウイルスの影響により試合開催を延期している2020明治安田生命Jリーグについて、7月4日(土)からJ1リーグを再開、6月27日(土)からJ2リーグを再開、J3リーグを開幕することを決定しました。無観客での開催からスタートし、感染拡大状況などに鑑みて、安全にお客さまをお迎えする準備を進めてまいります。

今後開催される試合の対戦カードは全て組みなおし、感染予防の観点から近隣クラブとの対戦を優先的に実施します。再開・開幕後の試合日程、対戦カードなどにつきましては、6月15日(月)の発表を予定しております。

また、6月17日(水)に予定されていた2020JリーグYBCルヴァンカップのプレーオフステージ第2戦は開催を延期します。

大会方式の変更および2020JリーグYBCルヴァンカップの再開日などについては、決定次第お知らせいたします。

非公開練習実施

非公開練習を行った鹿島アントラーズである。
全体トレーニングを再開してから二日目にて非公開にするということは、ザーゴ監督がチームへ秘策を伝授しようとおると考えられる。
公式戦再開のメドが立ち、チームの形を再構築する段階となっておる。
完成度を上げ、ザーゴ監督の言う「主導権を握ってゲームをコントロールする」サッカーを植え込んでもらおうではないか。
また、写真に写るエヴェラウドであるが、このゴツさは魅力的である。
プレイスタイルと共に日本サッカーに合うタイプのFWと強く感じさせられる。
再開後は大爆発してくれよう。
楽しみである。

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非公開練習


非公開練習を行いました。

鹿島、全体練習再開

全体練習を再開した鹿島アントラーズである。
その様子を公式サイト・公式Twitterが伝える。
そして名古と永木の競り合いの後方にブエノが写る。
これは一安心。
ブエノは今季の公式戦にはまだ出場しておらず、また、先週からのグループ練習の様子を伝えたTwitter画像にも登場しておらなんだ。
少々不安にさせられておったが、この写真でホッとした。
助っ人CBとして最終ラインを担って欲しい。
期待しておる。

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全体トレーニング再開


本日から全体トレーニングを再開しました。


広瀬陸斗、組み立てでボールを前に運ぶのが得意

広瀬陸斗について記すサッカーダイジェストの広島記者である。
再開に向けて、改めて新戦力をピックアップした格好である。
篤人の負傷も癒え、ユキも控える右SBの中でもザーゴ監督の覚えが良く公式戦3試合とも広瀬がレギュラーに抜擢されておる。
再開に向けて、広瀬自身の気持ちも高ぶっておろう。
その広瀬は、Antlers Channelにて「運動量とパス。どっちかと言ったら、組み立て(の場面)でボールを前に運ぶのが得意」と語った。
現代SBとしてプレイすることがよくわかる。
勝利に繋がるパスをつなげてくれよう。
活躍を楽しみにしておる

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【再開後の注目株|鹿島】攻守にアグレッシブな広瀬陸斗がタイトル奪還の“推進力”に
広島由寛(サッカーダイジェスト)
2020年05月28日

「上下運動が基本になってくると思う。それで勝負したい」


中断前の公式戦3試合はいずれも右SBで先発出場。献身的にハードワークし、攻守両面で奮闘した。写真:田中研治

 覚悟の移籍だったのだろう。昨季リーグを制した横浜から、無冠の鹿島へ。横浜のチームメイトからは引き止められたようだが、「自分の足りないところを得られる」との思いで、鹿島に新天地を求めた。

 昨季の横浜では不動のレギュラーではなかったが、今季はACLとの連戦を考えれば、出場のチャンスは十分にあったはず。「(横浜の選手たちは)みんないい人たち」と居心地も良かったようだ。それでも、広瀬陸斗はチャレンジを選んだ。サッカー選手としてもう一回り大きくなりたいという願いで、鹿島の一員となった。

 左右のSBをこなすが、主戦場は右。このポジションでは歴戦の内田篤人や、ポテンシャルに疑いのない伊東幸敏と、強力なライバルが待ち構える。それでも、新加入の広瀬は中断前の公式戦3試合(ACLプレーオフのメルボルン・ビクトリー戦、ルヴァンカップ1節の名古屋戦、J1リーグ開幕戦の広島戦)でスタメンを勝ち取ってみせた。

 その3試合すべてでチームは黒星を喫し、広瀬自身も「勝たなければ意味がない」と悔しさを滲ませたが、自身のパフォーマンスにフォーカスすれば、まずまずのプレーを見せていたのも事実だ。

 積極的に高い位置を取り、右サイドで攻撃の起点となる働きぶりを披露。中央に絞って中盤の選手のようにも振る舞う横浜時代と同様に、M・ビクトリー戦での「(同サイドの2列目のファン・)アラーノが開いて、自分がインナーラップしてクロスを上げられた」プレーは、特長のひとつでもある。

 守備意識も高く、素早く攻守を切り替え、相手のボールホルダーに鋭く寄せる。球際の強さもある。音声配信アプリ「stand.fm」のクラブ公式チャンネルで、広瀬は自らのアピールポイントについて次のように語っている。

「運動量とパス。どっちかと言ったら、組み立て(の場面)でボールを前に運ぶのが得意」

 攻撃にも守備にも積極的に関与し、アグレッシブに戦う。「鹿島のSBは上下運動が基本になってくると思う。それで勝負したい」と強い意気込みを口にする。献身的なハードワークでサイドを制圧し、ビルドアップでも存在感を示す。リーグタイトルから遠ざかる鹿島にとり、昨季に横浜でJ1覇者を味わった経験値も見逃せない。

 昨年に経営体制が大きく変わり、今季はザーゴ新監督を迎えるなど、鹿島は変革期の真っただ中にある。多くの新戦力も加わった。その中のひとりである広瀬には当然、小さくない期待がかけられている。

 生まれ変わろうとしているチームが力強く突き進むためには、新たな力の台頭も必要だ。自らの成長が、タイトル奪還を期する鹿島の推進力になる――そんな活躍を期待したい。

取材・文●広島由寛(サッカーダイジェスト編集部)

三竿健斗、変わった姿を見せられるように

全体練習再開に当たってチームを取材したニッカンスポーツの杉山記者である。
三竿健斗がオンラインで応じ、コメントを発する。
久しぶりの全体練習の手応えや活動休止期間のことなどが伝えられる。
この苦難を乗り越えたことで、学びや成長があった。
一歩前に進んだ三竿に期待大である。

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2カ月ぶり全体練習…鹿島三竿が自粛時感じた新境地
[2020年5月28日13時39分]


全体練習を終えて、オンライン取材に応じる鹿島MF三竿健斗 (C)KASHIMA ANTLERS


全体練習を終えて、オンライン取材に応じる鹿島MF三竿健斗


練習を行う鹿島MF三竿健斗ら (C)KASHIMA ANTLERS


鹿島アントラーズが28日、約2カ月ぶりに全体練習を再開させた。練習後、主将のMF三竿健斗(24)がオンラインで取材に応じ、チームの状況を明かした。

18日からグループ練習を行っていたが、全体での練習は4月3日以来だった。「みんな自粛期間中に練習ができなかったことでパワーがたまっていて、自粛前よりも練習の雰囲気が活気にあふれていて、自発的に声を出すようになっていた。今は自粛期間はプラスに働いているように思う」と手応えを明かした。

“3密対策”として、練習中の給水は、チームから支給されたマイボトルを使用するようになった。練習前には、各自でボトルに水を入れるという。

「今まで自分たちがどれだけ良い環境でやれていたか、すごく感じている。水を入れてくれたり、洗濯をしてくれる人がいることを、再確認させられた。今まで当たり前だったことが当たり前じゃないと感じて、感謝の気持ちがすごくある」と、恵まれた環境をあらためて実感した様子だった。

活動休止当初は「生きがいがなくなった感覚」だったという。三竿はSNSを活用し、サッカーに飢えるサポーターを意識して積極的に発信していたが、「サッカー選手はサッカーだけやっていちゃダメだとすごく感じた」と新たな気づきも得たようだ。

その“生きがい”が戻ってきた。リーグ戦も再開が見えてきた状況に、「自分たちがやるサッカーを追求して、中断明けから変わった姿を見せられるように練習から取り組み、最後にタイトルを取ることはみんなで確認している」と語気を強めた。【杉山理紗】

ルヴァン杯仕切り直し

今季のルヴァン杯の大会方式につて各クラブに伝えたJリーグである。
・消化済みの1節分は無効
・松本山雅は不参加
・15チームを1組3チームずつ振り分け、1回戦制総当たりで1次リーグを行い、各組の1位5チームが決勝トーナメント進出
・ACL参加3チームを加えた8チームにて準々決勝を1回戦制で行う
とのこと。
色々考慮されたとの印象である。
個人的には、未だ再開のメドの立たぬACL組を優遇する必要があったのかという疑問は残るところ。
また、鹿島としては敗戦した第1節が無効となったことは朗報と言えよう。
ただし、松村の出場停止は適用されるのではなかろうか。
いよいよ、再開に向けて様々なことが決まってきた。
楽しみである。

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ルヴァン杯は仕切り直しへ…消化済み1節分を無効、J2松本は不参加 近隣クラブで1次リーグ
2020年5月28日 6時0分スポーツ報知

 Jリーグは27日行われた契約担当者会議で、各クラブにルヴァン杯の大会方式の変更についても案内した。消化済みの1節分を無効とし、仕切り直す。リーグ戦消化を優先するためJ2松本は不参加。残るJ15チームを1組3チームずつ振り分け、1回戦制総当たりで1次リーグを行う。各組1位の5チームが勝ち抜け、ACL出場の3チームを加えた8チームで準々決勝から決勝まで1回戦制でトーナメント戦を行っていくもの。1次リーグの振り分けは、新型コロナウイルス拡大防止の観点から、移動距離が少ない近隣クラブを同組とする措置が取られるという。

 また、リーグ戦は成立を総試合数の75%消化とし、成立した場合は消化試合数に限らず、勝ち点で順位を決定する方針を示した。

鹿島アントラーズがDMOを立ち上げた理由とは

アントラーズホームタウンDMOを取材したトラベルボイスの山田氏である。
鹿島アントラーズが地元貢献のために立ち上げた観光事業について伝えてくれる。
鹿島のホームタウンである鹿行を盛り上げることに一役買ってくれよう。
ここまでの施策であれば、ホームタウンを更に拡大し、新治県とすべきではなろうか。
となれば、佐原の街並み、香取神宮、東庄のイチゴ、銚子、筑波山と更に多くの観光資源が有効活用出来るはず。
歴史の狭間に消えたものを掘り下げることも重要なことではないかと感じさせられる。
切なる希望である。

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Jリーグ屈指の鹿島アントラーズがDMOを立ち上げた理由とは? その背景と自走に向けた仕掛け、コロナ禍の今を聞いてきた
2020年05月27日



Jリーグ優勝8回、Jリーグカップ優勝6回、天皇杯優勝5回、ACLチャンピオン1回など数々のタイトルをとってきた鹿島アントラーズ。Jリーグのなかでも屈指の強豪クラブチームだが、そのホームタウンである茨城県鹿嶋市、潮来市、神栖市、行方市、鉾田市の鹿行5市の人口は約27万人(2017年度)にすぎず、全国の地域と同様にさまざまな課題を抱えている。

その地域課題を観光の力で解決しようと、鹿島アントラーズは2018年4月に地域連携DMO「アントラーズホームタウンDMO」を立ち上げた。地域創生に力を入れるJリーグの各クラブチームは、試合の集客だけでなく、ホームタウン活動として地域課題の解決に取り組んでいるが、地元を旅行先として選んでもらうためにDMOを立ち上げたのは「アントラーズホームタウンDMO」が初めてだ。

編集部より:本記事の取材は今年2月中旬、まだ新型コロナウイルスの感染拡大はそれほど深刻ではない時期に行ったもの。記事の最終では、コロナ禍における現状について追加取材を実施した内容を掲載しました。

「アントラーズ」ブランドで地域課題の解決を

鹿行地域は、首都圏からの交通アクセスが悪く、昔は陸の孤島と呼ばていたという。主な産業は、住友金属(現日本製鉄)の製鉄業、農業、太平洋に面した鉾田、鹿島、神栖での漁業だが、Jリーグが発足する前年の1991年に、住友金属サッカー団を母体として鹿島アントラーズが創設されたことで、この地域に新しい文化が生まれた。

鹿行5市は、鹿島アントラーズに7.6%を出資する株主でもある。そのなかで、鹿嶋市が「鹿行でも観光による地方創生をやっていこう」と観光庁が進める日本版DMOに手を上げた。その実働団体として鹿島アントラーズに話が持ちかけられたのが2016年のことだ。アントラーズホームタウンDMO事務局長の岡本文幸氏は「鹿島アントラーズが数々のタイトルを取り、全国的に人気が高まったことで、『アントラーズ』というブランドができあがった。5市がそれぞれで観光促進をやるよりも、ブランド価値を持つアントラーズをハブとして、ひとつにつなげた方が効果的な活動ができる」とDMO設立の背景を説明する。

鹿行地域が抱える地域課題は全国の地域の課題と同じだ。人口減少、少子高齢化、二次交通、経済活性化・・・。そのなかで、鹿島アントラーズは設立以来、外から地域に若い人たちを呼び込む機能を果たしてきた。しかし、1年のうちでホームゲームが開催されるのは多くても30日ほど。民間企業としての鹿島アントラーズの収益のカギは、残りの300日以上でスタジアムをいかに利用してもらうかだ。そのために、スタジアム機能の複合化を推進。整形外科の「アントラーズ・スポーツ・クリニック」、スポーツジム「カシマ・ウェルネス・プラザ」、温浴施設「アントラーズ・トージ」などをつくり、スタジアムの稼働率を上げてきた。

アントラーズホームタウンDMO専務理事の吉田誠一氏は「DMOの発足はその流れのなかにある。さらに人を呼び込む装置として、地域の街づくりや賑わいづくりの役割を果たしていく」と話す。

アントラーズホームタウンDMOは、観光客誘致を進めていくうえで、「今あるものを改めて見つめ直し、ブラッシュアップ」(岡本氏)。スポーツ、アグリ、ヘルス、エコを注力分野として掲げている。そのなかで、鹿島アントラーズというブランドを最大限活かしたスポーツツーリズムで実績を重ねてきた。それには、鹿島アントラーズのホームゲームの集客とサッカーを核とした地域交流人口の拡大が含まれる。

地の利を生かしたスタジアムへの集客策

数々のタイトルを獲得している鹿島アントラーズは全国区の人気チームだが、それでもホームゲームの来場者は一試合平均で2万人ほど。その半数は首都圏など県外からのサポーターだ。逆に言うと、土日の試合は来場者は多いが、平日のナイトゲームになると、アクセスの不便さから、集客に苦労するという。

アントラーズホームタウンDMOは、アクセス改善に向けて、LCCネットワークを広げている成田空港が近いという利点に着目。2018年7月に成田国際空港会社(NAA)とスカイスキャナーの航空券比較検索サービスと連携するスポンサーシップ契約を結び、航空券最安値を随時表示できる特設サイトをオープンした。さらに、成田空港とスタジアム間の移動手段として、千葉交通と京成トラベルサービスと共同でバスの運行も始めた。

「成田からLCCが飛んでいる佐賀、神戸、札幌からの利用者が多く、バス2台を動かすこともあった。アンケートを取ると、サガン鳥栖やヴィッセル神戸などの相手ファンだけでなく、熊本やキャンプ地宮崎のアントラーズファンの利用も多かった」と吉田氏。空港からの二次交通を整備できれば、集客を増やすことができることを実感したという。

また、茨城空港を活用した企画も実施。スカイマークが茨城空港と神戸空港を結んでいることから、カシマスタジアム活用のひとつとして、2019年10月になでしこリーグのINAC神戸レオネッサ対浦和レッドダイヤモンズレディースの試合を企画し、スタジアムツアーなどを組み込む着地型の商品も造成した。「DMOとして、神戸からの旅行者を呼び込む実験的な商品。今年は、航空座席も組み込んだ商品造成にも取り組みたい」と岡本氏は意欲を示す。

このほか、2020年シーズンからはAirXとの協業で、東京・横浜/鹿嶋間のヘリコプター移動とVIPエリアでのホスピタリティ、観戦をセットにしたプレミアムサービス「ヘリコプター観戦プラン」の販売を始めた。専属コンシェルジェによるスタジアムツアー、スタジアム来賓ラウンジでの食事・観戦、お土産などをパッケージ化。アントラーズホームタウンDMOが主催する(新型コロナウイルスのため2月23日以降、試合は中断中)。


鹿行地域の地図(アントラーズホームタウンDM0ホームページより)

スポーツツーリズムを中心に団体誘致

サッカーを核としたスポーツツーリズムの推進も広がりを見せており、たとえば、海外ナショナルチームやクラブチームのアンダー世代のキャンプ誘致や国内の大学生や高校生の合宿誘致なども積極的に進め、実績を重ねているところだ。

神栖市には、芝ピッチのサッカー場が多く、海外からの誘致では成田空港が近いこともアピールになる。さらに、この地域での合宿では、アントラーズのユースチーム、筑波大学、流通経済大学などサッカー強豪チームとのマッチメイクが容易なこともウリにしているという。岡本氏は「たとえば、30人のグループで一週間。合宿は宿泊を伴うものになるため、地域も潤う」とその経済効果を強調。今後も、合宿だけでなく、さまざまなスポーツイベントを企画することで、団体の受け入れに注力していく方針を示す。

スポーツに加えて、昨年からは鹿行地域の主要産業である農業をコンテンツとして活用していくアグリツーリズムの取り組みも始めた。昨年11月上旬、JA行方ファーマーズビレッジとの協業で中国からさつまいもの農業研修を受け入れた。上海と北京から18人が参加。3泊の旅程で行方の大規模農園で収穫体験や研修を実施した。

この農業研修の誘致は、鹿島アントラーズのパートナー企業が中国で農業法人を立ち上げたことがきっかけで実現した。岡本氏は「パートナーもスポンサーとして看板やユニフォームにロゴ入れるだけではもう満足しない。消費者が喜ぶ施策をクラブと一緒にやることを求めている。DMOとしては、地方創生を一緒にやっていくことに興味と理解があるパートナーと組んでいきたい」と話すとともに、「それは、地方創生推進交付金が終了した後、DMOとして自走していくために必要なこと」と位置づけた。

エコとヘルスについては、今後の取り組みになる。鹿島市のもうひとつのキラーコンテンツである鹿島神宮を核とした着地型商品をインバウンドと国内の両方で考えていきたいとしている。


アントラーズホームタウンDMOの吉田氏(左)と岡本氏

稼ぐ力で自走するDMOに

アントラーズホームタウンDMOは、着地型観光事業のほかに、電力事業と地域商社事業も展開している。DMO自走化に向けた収益確保のためだ。岡本氏は「地域で稼ぐ力をつけていくためには、3つの分野を同時に進めていくが、DMOのそもそもの目的である交流人口の拡大という文脈では観光事業が大きい」と話し、そのためにはDMOが地域にしっかりと根ざしていることが大切だと強調する。

今後は、DMOのホームページを拡充し、観光地や観光体験だけでなく、地域の食やイベントなどを紹介していく。さらに、観光誘致のハブとなる鹿島アントラーズのホームページでも地域の魅力を紹介していき、DMOの情報とリンクさせることで相乗効果を狙う。

「まずは、この地域を知ってもらうこと」と岡本氏。「一度来てくれた人が毎年この地域に足を運んでもらえるようにしていく。そこをまず固めて、新規マーケットを開拓していきたい」と吉田氏。交流人口の拡大と、その先にある関係人口の創出に向けて、アントラーズホームタウンDMOは自走していく。

[追記] ポストコロナに向けて、国内需要の取り込み強化にシフト

この取材は今年2月中旬。まだ新型コロナウイルスの感染拡大はそれほど深刻ではなく、インタビューも鹿嶋市のアントラーズホームタウンDMOの事務所まで「外出」して行った。しかし、その後緊急事態宣言が発出されるなど、事態は急激に悪化。Jリーグも開幕戦だけが行われ、2月23日以降は中断が続いた。

その状況のなか、岡本氏に追加取材をしたところ、「事業計画を変更せざるを得ない」との回答。インバウンドでは、実績のある中国サイドと連絡は取っているものの、「今年度の受け入れは難しい」との認識を示した。

一方、国内については前向きだ。「スポーツを軸にしている地域として、コロナ終息後に向けて、大会の造成など着地型による交流人口の拡大に引き続き力を入れていく。また、新たにIT業界など企業研修のセールスも強化していきたい」。このほか、地域課題でもある空家の活用として、アントラーズ戦の観戦客だけでなく、一般観光客向けに民泊施設を立ち上げる計画も明かした。

「観光事業は地域の活性化にとって、非常に大きな要素であることに変わりはない。これまで以上に国内需要を盛り立てる施策を積極的に検討していきたい」。

今後の活動は、Jリーグの再開がひとつのカギになりそうだ。

トラベルジャーナリスト 山田友樹

永木に期待

練習する永木亮太である。
インサイドキックが美しい。
ボックスツーボックスの運動量で相手を凌駕する永木には頭が下がる。
今季もまたチームに勢いを与えてくれよう。
活躍を楽しみにしておる。

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グループトレーニング


グループに分かれ、時間別にトレーニングを実施しました。

鹿島アントラーズ、全体練習再開

明日より全体練習を再開する鹿島アントラーズである。
これは朗報。
いよいよサッカーのある日常が近づいてくる。
公式戦に向けてチームを再構築するのだ。
楽しみにしておる。

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トップチームの全体トレーニング再開について
2020.05.27(水)

新型コロナウイルス感染症に対する感染予防対策の一環として、現在グループトレーニングを実施しているトップチームの活動について、茨城県内の休業要請緩和や外出自粛の原則解除などを受け、5月28日(木)より全体トレーニングを再開することになりましたので、お知らせいたします。

トレーニングは感染予防対策を引き続き徹底し、3密の回避、選手個別の飲料用ボトル使用、検温、トレーニング前後のアルコール手指消毒などを継続していきます。

なお、感染症予防および感染拡大防止のため、トップチーム練習見学およびクラブハウス施設への一般立ち入りについては、当面の間、中止対応を継続いたします。

ファン・サポーターの皆様にはご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解いただきますようお願いいたします。

Jリーグ、7/11より観客動員を検討

7月11日の開催より観客を動員することを検討するJリーグである。
政府が示した新型コロナウイルス「基本対処方針」に則り対応するとのこと。
これは気持ちの盛り上がる報。
とはいえ、一ヶ月半も先のことであり、自粛ムードが薄れたこの緊急事態宣言解除後に第二波がどのように来るのかが全く読めぬ。
だが我らとしては、順調に収束していき、試合観戦が出来る日常が来てくれることを強く望む。
また、そうなったときに対応出来るよう準備することが、今、Jリーグのスタッフに求められておる“仕事”である。
収束に向かえば、観客を入れれば良いし、第二波が大きければ、無観客が続く。
いずれにせよ、どのような状況にも対応出来るようにしておくことが大事である。
また、多くのことが未知であり、ストレスがたまるやもしれぬ。
無駄になる作業も多かろう。
しかしながら、一見無駄のような作業も、経験として残るのである。
今季を再開させ、そして終了させる難しいミッションをコンプリートさせるのだ。
労力に感謝しておる。

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Jリーグ 7・11から観客動員へ!無観客開催は2試合程度か
[ 2020年5月27日 05:30 ]

 Jリーグが7月11日(土)から観客を動員して公式戦を開催する可能性が26日、高まった。複数関係者によれば政府が示した新型コロナウイルス「基本対処方針」に沿うもので今後、各クラブ運営担当らとの会議、29日の同代表者による実行委員会で検討を重ね、決定する見通しだ。
 前日、緊急事態宣言を解除した政府はイベント開催の緩和目安も提示。プロスポーツでは7月10日から入場数の上限を5000人、または収容人数の50%以内の少数の方とし、8月以後は収容50%以内で人数制限もなくなる。Jリーグにとっても動員の目安となり、座席の前後左右を空けるなど「3密」対策も協議される。村井チェアマンは「無観客」は最後の手段という考え。今後、協議の場で観客動員に対して前向きに検討される見通しだ。現在、Jリーグでは無観客で7月4日の再開を第1候補に調整が進む。今後、コロナ流行が収まれば2試合程度の無観客開催を経て観客の制限付き動員が可能となりそうだ。

2001年シーズン、歴史に残る名勝負

2001年シーズンの鹿島優勝について記すJリーグ公式サイトである。
記事にある1stステージの苦戦は、相馬直樹の負傷離脱によるものが大きかった。
やはりこれだけ偉大な左SBを欠いては戦力ダウンは致し方のなかったところ。
当時は移籍システムが今とは異なり、国内補強が非常に難しかった。
その穴を十二分に埋めた選手がアウグストであった。
夏の移籍期間に加入すると、デビュー戦にてゴールを決めるなど超攻撃的左SBとして名をとどろかせた。
今でも、歴代ベストイレブンの左サイドバックにアウグストを挙げる者も多い。
そうして2ndステージを制して挑んだCSであるが、第1戦は不本意な内容となってしまった。
当時のジュビロはN-BOXとしてJリーグ史上最強チームであった。
何か見えぬ力が働いたのか、ホールディングしてなぎ倒した福西ではなく鈴木隆行が退場となる摩訶不思議な笛が吹かれた。
未だに憤ることがあるジャッジである。
しかしながら、その不利な状況にて追いついた秋田と平瀬のゴールは本当に素晴らしい。
そうして向かえた第2戦であるが、先日のNHK-BSにて放映されたので、視聴した民が多かったのではなかろうか。
ハイビジョンで放送されたことも嬉しい。
試合内容は強度も高く素晴らしかったと改めて感じさせられた。
改めて、最強のジュビロにも劣らないチームとしてこの年の鹿島が歴史に名を刻んだことを誇りに思う。
良い思い出である。

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歴史に残る名勝負。小笠原の劇的Ⅴ弾で鹿島が連覇を達成!【Jリーグヒストリー:2001年】

鹿島を優勝へ導いた小笠原はMVPに選出された

前年王者として2001年シーズンをスタートさせた鹿島だったが、開幕からよもやの苦戦を強いられた。5節までにわずか1勝しか挙げられず、7節からは3連敗も喫した。8得点を記録した柳沢 敦が気を吐いたものの、6勝1分8敗と1stステージは11位に終わった。

一方で力強い戦いを見せたのは磐田だ。開幕8連勝と圧倒的な強さを示すと、9節に清水に敗れたものの、その後に再び5連勝を達成。名波 浩と藤田 俊哉を中心とした攻撃が冴え渡り、高原 直泰と中山 雅史の2トップもゴールを量産。2位の市原に勝点9差をつける圧巻の戦いで、ステージ優勝を決めた。

ところが2ndステージに入ると、鹿島が息を吹き返す。開幕7連勝とスタートダッシュに成功。8節に同じく連勝中の磐田に0-2と敗れ首位から陥落したが、それでも調子を落とすことなく再び連勝街道を突き進むと、11節に柏に敗れた磐田を交わして首位に再浮上。そのまま逃げ切りを果たした。

2ndステージから加入したアウグストがフィットし、小笠原 満男がハイパフォーマンスを披露。ふたつのⅤゴールを記録した本山 雅志も、スーパーサブとして存在感を放った。わずか2敗で2ndステージを制した鹿島は、磐田とのチャンピオンシップに臨んだ。

当時のJリーグを牽引した2強による頂上決戦は、まさに歴史に残る名勝負となった。エコパスタジアムで行われた第1戦は、ホームの磐田が優位に試合を進めた。11分に服部 年宏が先制点を決めると、37分には鹿島の鈴木 隆行が退場となり、数的優位も手にする。そして54分には中山が追加点をマークし、そのまま勝負を決するかと思われた。

ところが、終盤に鹿島が意地を見せる。79分に秋田 豊が執念のゴールを叩き込むと、83分に平瀬 智行が値千金の同点ゴールをマーク。数的不利をものともせず、2-2の引き分けに持ち込んだのだ。

第2戦も高次元の戦いとなった。お互いにチャンスを作るも、両チームは高い集中力を保ち、身体を張った守備でゴールを与えない。緊迫とした空気が漂い続けた90分は、結局互いにゴールが生まれず、スコアレスドローで終了した。

2試合を終えて2-2のタイスコアとなった戦いは、Ⅴゴール方式の延長戦に突入。ここで魅せたのが小笠原だった。延長前半の100分、エリア手前で得たFKを直接叩き込み、決勝ゴールをマーク。GKが見送るしかなかった鮮やかな一撃で、磐田の息の根を止めた。

劇的な展開で勝利した鹿島が、見事に連覇を達成。しかし磐田もシーズンを通じて高い機能性を保ち、鹿島にも引けを取らない戦いを見せた。ハイレベルなシーズンを過ごした両チームこそがこのシーズンの主役であり、ベストイレブンのうち10人が、この2チームから選出されている(鹿島5人、磐田5人)。

マチの飛躍に期待

練習風景の一コマである。
曽ケ端とマチの姿が写る。
ベテランGKの存在は非常に重要である。
その価値は今季は特に感じさせられよう。
また、そこから若きCBは学ぶことも多い。
左利きで高身長、昨季は左SBとしてプレイの幅を広げた。
今季は指揮官も替わり感じるものも多かろう。
町田浩樹の更なる飛躍を期待しておる。

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グループトレーニング


グループに分かれ、時間別にトレーニングを実施しました。

Jリーグ、「3ブロック」案を検討

J1を「3ブロック」に分けて再開日程を編成する案を検討するJリーグである。
移動のリスクを軽減する施策である。
鹿島は、「北海道コンサドーレ札幌、ベガルタ仙台、浦和レッズ、柏レイソル、FC東京」のブロックになる模様。
スタジアムに向かえる近郊クラブになってしまうことは残念ではあるが、これも致し方のないところ。
Jリーグは今、日程くんを駆使し、新たなる日程を組んでおることであろう。
どのような対戦になるのであろうか。
楽しみに発表を待っておる。

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J1が地域別3ブロックで再開検討 移動リスク軽減
[2020年5月26日8時0分]

2月下旬から中断中のJリーグが、J1を「3ブロック」に分けて再開日程を編成する案を検討していることが25日、分かった。

「北海道コンサドーレ札幌、ベガルタ仙台、鹿島アントラーズ、浦和レッズ、柏レイソル、FC東京」「川崎フロンターレ、横浜F・マリノス、横浜FC、湘南ベルマーレ、清水エスパルス、名古屋グランパス」「ガンバ大阪、セレッソ大阪、ヴィッセル神戸、サンフレッチェ広島、サガン鳥栖、大分トリニータ」と地域別にまとめ、再開後当面のカードはそのブロック内で組んでいく方式。再開日程を決める予定の29日の臨時実行委員会までに各クラブに提案し、協議を重ねていく運びだ。

再開後のポイントの1つとなる「移動時のリスク」軽減の1手になりうる。22日の臨時の実行委員会後、村井チェアマンは「感染が完全に収束していればいいが、危険と並走しながら試合を開催するタイミングでは、なるべく隣接する地域のマッチメークを多くする考慮をしたい」との意向を示していた。この日、首都圏の1都3県と北海道の緊急事態宣言が解除。感染拡大は沈静化してきたもののリスクはゼロとはいえず、県またぎの移動は危険が潜む。3ブロック案は最小限の移動で試合を開催でき、クラブの安全性をより高めることが可能になる。

Jリーグは7月上旬の無観客試合での再開を視野に、29日に向けて協議を重ねている。全都道府県で緊急事態宣言が解除されたことで、遅くても6月第1週には全クラブが全体練習を再開する状況が整う。再開までの準備に要する各クラブの全体練習期間と想定する「4~5週間」を経て、待望の時を迎えることになる。

セレソン3ショット

鹿島アントラーズ公式Instagramについて伝えるFootball ZONE web編集部である。
ジーコ・レオナルド・ジョルジーニョの3ショットについて大きく取り上げられておる。
非常に懐かしい。
この豪華な写真は鹿島アントラーズだからこそ実現したもの。
日本サッカーを牽引するクラブが鹿島町に存在する。
素晴らしいことである。

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鹿島の元ブラジル代表“レジェンド”3人も集結 90年代の秘蔵ショット10枚公開に大反響
2020.05.26


ブラジル代表時代の(左から)レオナルド、ジーコ、ジョルジーニョ【写真:Getty Images】

鹿島公式インスタグラムで95~97年に行われたブラジルキャンプの貴重ショット10枚をアップ

 新型コロナウイルスの感染拡大により、Jリーグは2月下旬から公式戦を中断している。各クラブや選手たちは連日、SNS上で自宅でのトレーニング風景や過去の貴重写真などを投稿しているが、J1鹿島アントラーズは公式インスタグラム上で1995年~97年に行われたブラジルキャンプの秘蔵ショット10枚をアップ。クラブのレジェンドである元ブラジル代表MFジーコ氏、同MFレオナルド氏、同DFジョルジーニョ氏が並ぶ貴重な3ショットもあり、ファンからは「懐かしすぎる」「やばっ」などの声が上がっている。

 現在中断中のJリーグは6月27日、または7月4日を再開日の候補として最終調整を進める見通しと報じられており、政府による緊急事態宣言が解除された地域のクラブから、厳重な感染予防の下、トレーニングを再開。鹿島も茨城県の緊急事態宣言の解除と、県内の休業要請や外出自粛が段階的に緩和されたことを受け、18日からグループトレーニングを開始している。

 そうしたなか、クラブは公式インスタグラムに10枚の写真をアップ。「今日は1995年、1996年、1997年に行われたブラジルキャンプより、秘蔵画像をお届けします!」と綴られた投稿には、J開幕当初に前線を牽引した元日本代表FW黒崎久志氏、同FW長谷川祥之氏をはじめ、ともに97年に加入し、2000年のJリーグ初となる三冠獲得に貢献した元ブラジル代表MFビスマルク氏、元日本代表DF名良橋晃氏ら、懐かしの面々がキャンプに参加した際の写真が収められている。

 10枚の写真のうち、とりわけ目を引くのがジーコ、レオナルド、ジョルジーニョの元ブラジル代表トリオによる3ショットだ。「サッカーの神様」と称され、セレソンの10番を背負ったジーコ、1994年アメリカ・ワールドカップ優勝経験者のレオナルド、ジョルジーニョと、レジェンド3人が揃い踏みとなった写真は、滅多に目にできない貴重なもの。コメント欄では「懐かしすぎる」「やばっ、この3人」「ジョルジ様、レオ様帰って来て!!」「ブラジル代表チームですか?」といった声が上がっており、古くからクラブをサポートするファンの心をしっかりとつかんでいた。


2000年シーズン、三冠の思い出

2000年シーズンの鹿島の三冠について記すJリーグ公式サイトである。
この年は、リーグタイトルの加え、ナビスコ杯、天皇杯を獲り史上初の三冠を達成した。
これはJリーグ史に残る偉業と言えよう。
しかしながら、年間勝ち点という意味では鹿島に後れを取り、ナビスコ杯の決勝は当時エレベータークラブであった川崎が相手であり、天皇杯も延長戦までもつれ込んだ薄氷を踏むタイトルであった。
こう振り返って、三冠は運の要素も大きいと感じさせられる。
とはいえ、歴史に名を刻んだことは紛れもない事実である。
シーズン途中でレンタルから復帰した鈴木隆行の大ブレイクが今でも思い出される。
ただ、相馬直樹が天皇杯準決勝にて左膝外側半月板損傷の重傷を負った痛手は、後のシーズンに暗い影を落としたことも忘れられぬ。
この年は、Jリーグに鹿島ありと名を上げたシーズンであった。
思い出である。

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“黄金世代”が台頭した鹿島が、史上最多三度目の王者に! 史上初の三冠も達成【Jリーグヒストリー:2000年】

鹿島が、史上最多となる三度目の優勝を達成。この年、ナビスコカップ、天皇杯も制して、史上初となる三冠も成し遂げた

2000年代最初のシーズンは、各チームの力が拮抗し、1stステージ、2ndステージともに、最後まで優勝チームが読めない展開となった。

1stステージを制したのは横浜FMだ。オズワルド アルディレス監督の下、アグレッシブな戦いを展開すると、中村 俊輔、柳 想鐵ら攻撃陣が躍動。9節にG大阪を破り首位に立つと、その後も着実に勝点を積み重ねた。しかし、同じく優勝を争うC大阪との直接対決に敗れ、最終節を前に首位から陥落。そして迎えた運命の最終節。C大阪が川崎FにⅤゴールで敗れたのに対し、横浜FMは市原に快勝。土壇場で再逆転し、ステージ優勝を成し遂げた。

しかし2ndステージに入ると、横浜FMは突如低迷。代わって勢いを見せたのは1stステージで8位に終わった鹿島だった。トニーニョ セレーゾ監督を迎えたこのシーズン。小笠原 満男、中田 浩二、本山 雅志と“黄金世代”の若手が主軸へと成長。秋田 豊、ビスマルクらベテランもハイパフォーマンスを保ち、安定した戦いを続けた。

開幕6連勝とスタートダッシュに成功し、その後は4戦勝ちなしと勢いを失いかけたが、シドニー五輪中断明けの11節から再び調子を取り戻し、4連勝と加速した。そして首位で迎えた最終節、勝点1差で迫る柏との直接対決をスコアレスドローで乗り切り、そのままステージ優勝を果たした。

チャンピオンシップでも際立ったのは、鹿島の勝負強さだった。アウェイでの第1戦をスコアレスドローとすると、国立競技場で行われた第2戦では、横浜FMを圧倒。24分に鈴木 隆行、39分に名良橋 晃、44分に中田 浩二がゴールを奪い、前半のうちに勝負を決めた。

2戦合計3-0とした鹿島が、史上最多となる三度目の優勝を達成。この年鹿島は、ナビスコカップ、天皇杯も制して、史上初となる三冠も成し遂げている。

関川郁万、練習中

練習する関川郁万である。
ルックアップする姿は、ビルドアップに参加する関川のプレイスタイルに合致する。
ザーゴ監督の下、攻撃の起点として大きく成長してくれよう。
また、心なしか体つきがガッシリしてきたように見える。
二年目としてポジションを得る準備は十分に出来た。
再開が楽しみである。

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グループトレーニング


グループに分かれ、時間別にトレーニングを実施しました。

1998年シーズン、前年のリベンジを果たし二度目の戴冠

1998年シーズンの鹿島優勝について記すJリーグ公式サイトである。
この年は、ジュビロというよりも中山雅史がもの凄かった。
4試合連続ハットトリックは世界の誇る偉業と言って良かろう。
ただ、その影に隠れて柳沢敦が自身のキャリアハイである22得点を記録しておる。
通常であれば得点王が取れたゴール数であった。
この得点力を持つ稀代のセンターFWを仏W杯に連れて行かなかったことは、二版サッカーの大失敗の一つであろう。
しかしながら、落選の悔しさを2ndステージ、CSにぶつけた結果がリーグタイトルであった。
ただ、この年の天皇杯では、準決勝にて横浜フリューゲルスと対戦し敗退しておる。
消滅が決まっておったフリューゲルスに「空気を読めよ」的な雰囲気が漂っておったことは否定出来ぬこと。
そのフリューゲルスは、決勝でも勝利し、ロウソクの炎が最後に大きく燃え上がるようにして消えた。
1998年は仏W杯と共にフリューゲルス消滅の年として記憶された。
これもまた歴史である。

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驚異的な勝負強さを示したシーズン。前年のリベンジを果たし、二度目の戴冠!【Jリーグヒストリー:1998年】

磐田とのチャンピオンシップに勝利した鹿島が、前年の雪辱を果たすとともに、二度目のリーグ王者に輝いた

前年に初優勝を成し遂げた磐田が、このシーズンでも力を発揮した。異次元のペースでゴールを量産するエースの中山 雅史に導かれ、1stステージの優勝争いを牽引。同じく快進撃を続けた清水を最終的に得失点差で上回り、王者としての力を誇示した。

一方、前年のチャンピオンシップで磐田に敗れた鹿島は、巻き返しを期してこのシーズンに臨んだ。1stステージ前半は優勝争いに名を連ねたが、ワールドカップ中断期間中にジョアン・カルロス監督が辞任。再開後は関塚 隆コーチが監督代行を務めたが、終盤に失速し、5位に終わった。

しかしゼ・マリオ新監督を迎えた2ndステージは、序盤こそやや苦しんだが、5節の福岡戦に快勝を収めると、一気に勢いに乗った。秋田 豊、名良橋 晃、相馬 直樹の日本代表トリオが形成する最終ラインは強固さを保ち、エースに成長した柳沢 敦がゴールを量産。15節に磐田との大一番をものにして、そのまま優勝へと上り詰めた。実に5節から13連勝を達成する驚異的な勝負強さを示してのステージ制覇だった。

そして迎えた磐田とのチャンピオンシップ。前年のリベンジを果たすべく臨んだ鹿島は、第1戦を室井 市衛のⅤゴールで2-1とものにすると、第2戦でも秋田とビスマルクのゴールで2-1と勝利。2戦合計4-2とし、前年の雪辱を果たすとともに、二度目のリーグ王者に輝いている。

名古屋グランパスエイト、最多失点試合は

名古屋グランパスのクラブワースト失点について伝える中日新聞である。
1997年8月9日の鹿島戦(カシマスタジアム)であり、結果は0−7であったとのこと。
そして、「シュート数は鹿島の24本に対し、グランパスは2本。後にレアル・マドリードやイラン代表を率いたポルトガル人のケイロス監督は『私は失望している。(鹿島に)いくらかやれるのでは、と思っていたが』と嘆いた」と綴る。
当時の鹿島アントラーズの強さが良く伝わってくる。
それほどにこの1997年のチームは強かった。
その強大なチームもCSに敗れれば、単なる敗者として記録から葬り去られる。
それがJリーグと思い知らされたのがこのシーズンであった。
だからこそ、タイトルを積み重ねておるのだ。
1998年も、2000年も、2001年も、そして2016年もその経験が成し得たタイトルであったと言える。
また、この名古屋グランパスエイトに大岩剛が選手として所属しておった。
このチンチンにやられた記憶はどのようなものだろうか。
そしてこの後に最強ジュビロのDFラインを形成することとなるのも面白い運命と言えよう。
何もかも積み重ねである。

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J1名古屋1試合の最多失点は1997年8月9日アウェー鹿島戦の7失点…シュート数も2-24の大差
2020年5月23日 11時19分

◇グランパスレコード8


鹿島に0ー7で敗れ落胆するグランパスのストイコビッチ(10)、大岩(3)ら

 J1名古屋グランパスがクラブワースト失点で敗れたのは、1997年8月9日の鹿島戦(カシマスタジアム)。第1ステージ優勝の相手に0―7でたたきのめされた。前半6分にFW黒崎比差支に先制点を奪われると前半だけで4失点。グランパスは後半23分にDF飯島寿久が退場した影響もあり、その後も3ゴールを奪われた。

 シュート数は鹿島の24本に対し、グランパスは2本。後にレアル・マドリードやイラン代表を率いたポルトガル人のケイロス監督は「私は失望している。(鹿島に)いくらかやれるのでは、と思っていたが」と嘆いた。カシマスタジアムでは7連敗となった。



 グランパスが5点以上奪われた試合は18度あり、そのうち無得点試合は7度。チーム別では横浜MとG大阪の3度が最多となっている。

1997年シーズン、最強チームが完成し2冠を得るも

1997年シーズンのJリーグについて記すJリーグ公式サイトである。
この年の悔しさが、改めて蘇ってくる。
1997年の鹿島アントラーズには、ビスマルクと名良橋晃が加入した。
ピースがピタッとハマった格好であった。
鹿島史上最強チームの完成である。
リーグ戦でもナビスコ杯でも連戦連勝であったことが記憶に強く残る。
ただ、2ステージ制が復活しており、2ndステージは苦手のフリューゲルス戦やアウェイの清水戦、セレッソ戦などを落としたことで完全制覇が出来なかったことが後々に響いてくる。
そして、CSの前週に開催されたナビスコ杯決勝戦でジュビロに圧勝しており、楽勝ムードが流れておったことも事実である。
CS第2戦のあのバックパスミスさえなければと、今でも頭によぎる。
しかしながら、サッカーに「たられば」はない。
悔しい記憶だけが残った形である。
この1997年はナビスコ杯・天皇杯を制しておる。
しかし、最も重要なリーグタイトルを逃したことで、周囲から評価されていおらぬこともまた悔しい。
2001年のジュビロもそうであるが、そのクラブの最強チームがタイトルを得られぬこともサッカーではよくある話。
1954年スイスW杯のハンガリー代表、1974年西ドイツW杯のオランダ代表、1982年スペインW杯のブラジル代表などが名を連ねるその年の最高チームがワールドカップで優勝出来ぬと言うジンクスも有名である。
これもサッカーの妙であろう。
こう考えると、この1997年のチームが最強であることも納得がいく。
いずれにせよ、記録には残らなかったが、記憶に残るチームであったのが1997年の鹿島アントラーズである。

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“オリジナル10”以外から初の王者に! 鹿島との2強時代に突入【Jリーグヒストリー:1997年】
神戸が昇格し、17チームで行われた1997年のJリーグ。前年の1シーズン制から、再び2ステージ制で争われることとなった。

1stステージを制したのは、前年王者の鹿島だった。V川崎から加入したビスマルクが攻撃を牽引。若きストライカー柳沢 敦がエース格に成長を遂げ、秋田 豊を中心とした堅い守りも光った。開幕から順調に勝点を積み重ねると、9節からは5連勝を達成。パトリック エムボマの活躍で、躍進を遂げたG大阪を振り切り、1stステージ優勝を成し遂げた。

一方でハンス オフト監督が退任し、ルイス フェリペ スコラーリ監督のもとでリスタートを切った磐田は、1stステージで6位に終わった。中山 雅史、名波 浩ら実力者に加え、ブラジル代表のドゥンガも在籍し、優勝候補の一角に挙げられていたが、1stステージ途中にフェリペ監督が突如退任。代わって桑原 隆監督が指揮を執ったが、ステージ終盤に連敗を喫するなど大事な試合をものにできなかった。

しかし2ndステージに入ると、快進撃を披露する。開幕5連勝と勢いに乗ると、その後に連敗を喫したが、8節から連勝街道をひた走った。終盤はワールドカップアジア最終予選の影響で、主軸の名波が不在となったが、ドゥンガが圧倒的な存在感でチームを牽引。奥 大介、福西 崇史ら若手が台頭し、エースの中山もコンスタントに得点を積み重ね、9連勝フィニッシュで一気にステージ優勝を成し遂げた。

その勢いは鹿島とのチャンピオンシップでも衰えることはなく、第1戦は延長にもつれ込みながらも清水 範久のⅤゴールで3-2と勝利。第2戦では押し込まれながらも終盤に中山 雅史が決勝弾を叩き込み、1-0でモノにした。

1994年にJリーグに参戦した磐田は、いわゆる“オリジナル10”以外で初めて優勝を成し遂げたチームとなった。

MVPにはドゥンガが輝き、ベストイレブンにはドゥンガ、中山、名波に加え、リーグ最少失点に貢献した守護神の大神 友明が選出されている。

Jリーグ、日程はすべて見直し

日程を見直すJリーグである。
「日程は全て見直され、再開初戦は『近隣カード』が中心の見通しとなった」とのこと。
今季の当初に組み立てられた日程は、平時のものであり、金曜開催やアウェイの連戦などが考慮されたものであった。
しかしながら、このような状況なっては以前の日程に、中止となった試合を組み込むよりも、全面的に見直すことは悪くない決定であろう。
また、今季より導入されたVARは見送りになったとのこと。
狭い部屋での3密が危ぶまれておったこともあるが、J1・J2・J3が同日開催となり、審判の動員にも影響がある。
これも受け入れるしかないように思う。
首都圏の緊急事態宣言解除が来週にも発令されると噂されており、いよいよJリーグの再開が現実味を帯びてきた。
“中の人”は大忙しで、日程であったり、大会プランであったりを検討し、作り直しておる。
我らは、それを待ち、受け入れて行きたい。
サッカーのある日常を心待ちにしておる。

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Jリーグ 再開初戦「ダービー」中心 日程はすべて見直し
[ 2020年5月23日 05:30 ]

 新型コロナ禍の影響で公式戦を中断中のJリーグは22日、実行委員会を実施。村井満チェアマンは移動リスク軽減の観点から「隣接した地域のマッチメークを多くして再開を迎えたい」と明かした。従来の日程は全て見直され、再開初戦は「近隣カード」が中心の見通しとなった。
 専門家からはこの日、移動のリスクが改めて指摘された。Jリーグでは換気に優れた飛行機、新幹線だけでなく多くのバス移動も伴う。県をまたぐ移動を不安視する声も予想され、まずは移動距離の短縮から始める。全てが長距離移動となる札幌は一時的に拠点を移す計画もある。再開カードは火花散るダービー戦が増えそうだ。

 再開日程は7月4日を第1候補に準備が進む。29日の実行委員会で決定の運びで情勢次第で6月末に早まる可能性もあるという。各クラブとも準備期間は全体練習の開始から少なくとも4週間は設けることで合意。当面、全国一律無観客で開催する方向となったが、反論は出なかったという。Jリーグで「無観客試合」は制裁処分を意味するため、新たな呼称を検討していく方針だ。

 また、専門家からは選手、スタッフが事前にPCR、抗原、抗体などの検査を受けることも推奨された。村井チェアマンは国民の需要を優先することを前提としながらも「陰性を証明する一助となるのなら導入したい」と話した。Jリーグ再開の足音は確実に強まってきた。

 《VAR見送り》今季からJ1で導入したVAR(ビデオアシスタントレフェリー)の実施は判断が見送られた。村井チェアマンは「再開方針を決めるタイミングで結論を出したい」と話した。複数人が狭いオペレーション室で作業を進めるため、3密が危ぶまれていた。

Jリーグ・実行委員会、ルヴァン杯の仕切り直しを検討

ルヴァン杯の仕切り直しを検討するJリーグである。
既に一試合を消化しておるが、近隣クラブの3チームで5グループに分け、上位1位とアジア・チャンピオンズリーグ出場3クラブで決勝トーナメントを行う新たなプランについて話し合われたとのこと。
グループ分けから編成する方針となった。
ここまで再開時期が延びた状況とあっては、大会プランの大幅変更も致し方のないところ。
そして、移動リスクを減らした大会としようとすることも頷ける。
鹿島アントラーズとしては、1敗がノーカンとなるのは朗報。
仕切り直した大会にてタイトルを目指す。
気持ちの切り替えである。

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ルヴァン杯、仕切り直し…移動リスク考慮、近隣クラブで組分けも
[ 2020年5月23日 05:30 ]

 リーグ再開が「近隣カード」中心の見通しになったことで、ルヴァン杯も仕切り直しになることが分かった。同杯は既に1試合消化しているが、この日の実行委員会では近隣クラブの3チームで5グループに分け、上位1位とアジア・チャンピオンズリーグ出場3クラブで決勝トーナメントを行う新たなプランについて話し合われた。
 同杯は当初、4チームによる4グループでスタート。プレーオフを含めて最大13試合が予定されていた。新型コロナが拡大していた4月下旬にはグループ分けはそのままで、全6試合(1次リーグ3試合、準々決勝から1試合ノックアウト方式)の簡略化で話し合いが進められた。だが移動リスク軽減を考慮する中で再び見直す選択肢が生まれ、もう1度グループ分けから編成する方針となった。

 今後は強化者担当会議や日本プロサッカー選手会との会議を経て正式決定される見通し。リーグ戦同様、29日に新しいルヴァン杯の大会方式も発表する見込みだ。

小泉慶・上田綺世、オンライントレーニング体験

カシマウェルネスプラザ」のオンラインプログラムを受講した小泉慶と上田綺世である。
非常に面白い試みである。
首都圏などでは自粛生活が続いており、こうして身体を動かすプログラムは需要があろう。
小泉慶も綺世もポジティブなコメントを出しており、ユーザーにも効果があるであろうことが伝わってくる。
今後も選手が参加するとのことなので、是非とも多くの民に参加して欲しい。
楽しみである。

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鹿島上田&小泉がタイの「ルーシーダットン」挑戦
[2020年5月22日21時4分]


「ルーシーダットン」に挑戦する、鹿島MF小泉(左)とFW上田 (c)KASHIMA ANTLERS

鹿島アントラーズFW上田綺世(21)とMF小泉慶(25)が22日、カシマスタジアム内にあるクラブ直営フィットネス施設「カシマウェルネスプラザ」のオンラインプログラムを受講し、ファンと一緒に汗を流した。

同施設では新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、5月1日から「アントラーズ・コネキタール」と題したオンラインプログラムを展開しているが、選手の受講は今回が初めて。2人はオンライン上でファンの前に登場し、インストラクターの指示に従いながら、タイの自己整体法「ルーシーダットン」に挑戦した。この整体法には、呼吸法とともに体を整える効果があるという。上田は「呼吸法を変えるだけで自分の代謝が変わってくるし、こういう状況の中で、自宅で体を動かせるとても良いプログラムだと思います。他にもさまざまな内容が楽しめるので、是非アントラーズコネキタールに参加してみてください」、小泉は「普段なかなかしない動きで、自分の体の硬さを痛感しました。こういうプログラムを自宅でやるだけでも、体の調子が変わってくると思うので、皆さんもウェルネスプラザのオンラインプログラムに参加してもらえるとうれしいです」とクラブを通じてコメントした。

鹿島・小泉&上田がオンライントレーニング体験「体の硬さを痛感しました」
[ 2020年5月22日 17:21 ]


オンライントレーニングに参加した鹿島のMF小泉(左)とFW上田(クラブ提供)
Photo By 提供写真


 鹿島のMF小泉慶(25)とFW上田綺世(21)がカシマスタジアム併設の「カシマウェルネスプラザ」が提供するオンラインプログラム「アントラーズコネキタール」に参加し、オンライン上で参加者とともにパーソナルトレーニングを体験した。新型コロナウイルス感染拡大の影響で自宅で過ごす時間が増え、室内で簡単にできるトレーニングの需要が高まる中、この日行われた約45分間のトレーニングではタイ式ヨガとも言われる「ルーシーダットン」に挑戦。約40人の参加者とともに体をゆっくりとほぐした。
 トレーニングを終えた小泉は「普段なかなかしない動きで、自分の体の硬さを痛感しました。こういうプログラムを自宅でやるだけでも、体の調子が変わってくると思うので、皆さんもウェルネスのオンラインプログラムに参加してもらえるうれしいです」と呼びかけ、上田は「呼吸法を変えるだけで、自分の代謝が変わってくるし、こういう状況の中で、自宅で体を動かせるとても良いプログラムだと思います」と振り返った。

 クラブ関係者によると今後も同プログラムには選手のゲスト参加を予定しているという。

【鹿島】上田綺世と小泉慶がクラブ配信オンラインレッスンを体験 一般参加者と同画面で45分
2020年5月22日 15時53分スポーツ報知


鹿島のMF小泉慶(左)とFW上田綺世(クラブ提供)

 鹿島のFW上田綺世とMF小泉慶が22日、カシマスタジアム(茨城県鹿嶋市)内の「カシマウェルネスプラザ」が提供するオンラインプログラム「アントラーズコネキタール」に参加した。

 同プログラムは、インストラクターによるスタジオレッスンやストレッチなどを特設サイトから配信。運動不足の解消や、在宅でも気軽に出来るエクササイズを提供している。

 選手2人はタイに古くから伝わるパーソナルトレーニング「ルーシーダットン」に参加。特別ゲストとして、他の参加者と同じオンラインの画面上で45分間のプログラムを体験した。

 上田は「呼吸法を変えるだけで、自分の代謝が変わってくるし、こういう状況の中で、自宅で体を動かせるとても良いプログラム。他にも様々な内容が楽しめるので、是非、アントラーズコネキタールに参加してみてください」、小泉は「普段なかなかしない動きなので、自分の体の硬さを痛感しました。こういうプログラムを自宅でやるだけでも、体の調子が変わってくると思うので、皆さんもウェルネスのオンラインプログラムに参加してもらえる嬉しいです」とコメントした。

 クラブによると、同プログラムは今後も選手のゲスト出演を計画。自宅で過ごす「おうち時間」の中で、運動不足解消のプログラムを提供していく。鹿島は新型コロナウイルスの感染拡大による公式戦中断期間中、「#いまできることをみんなで」をテーマに様々な企画を実施しており、同プログラムは5月1日からスタートした。

1996年シーズン、大混戦のタイトルレースを制し、悲願の初優勝

1996年シーズンの鹿島優勝について記すJリーグ公式サイトである。
偏ったジャッジにて失った1993年シーズンから三年後の1996年についに我らが鹿島アントラーズが悲願の初タイトルを手にした。
それもJリーグ初の年間通してのシーズンを行った年に得た栄誉であった。
素晴らしい記憶と言えよう。
このシーズンは夏にレオナルドが移籍するも、ルーキーであった柳沢敦が台頭し、長谷川祥之も健在であった。
シーズンMVPはジョルジーニョ。
初タイトルにふさわしいメンバーだったのではなかろうか。
この一歩より周囲から“常勝軍団”と呼ばれるようになっていくのである。
自ら名乗るものではない。
これが歴史である。

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大混戦のタイトルレースを制し、悲願の初優勝! “常勝軍団”の歴史の幕開けに【Jリーグヒストリー:1996年】

鹿島が悲願の初優勝!安定したパフォーマンスを披露したジョルジーニョがMVPを獲得

福岡と京都が昇格し、16チームによって争われた1996年のJリーグは、初めて1シーズン制で行われた(全30節)。

開幕から勢いに乗ったのは、横浜Fだった。ブラジル代表トリオ(サンパイオ、ジーニョ、エバイール)をはじめ、前園 真聖、楢崎 正剛、山口 素弘、三浦 淳宏と実力者を多数擁するチームは開幕8連勝を達成。アトランタ五輪のために設けられた中断期間前(第15節)まで12勝3敗とし、首位を独走した。

一方、鹿島もまた粘り強く勝利を積み重ねた。ジョアン カルロス新監督の下で初優勝を目指すチームは、レオナルド、ジョルジーニョと同じくブラジル代表を揃え、攻守両面で安定した戦いを実現する。

中断期間中にエースのレオナルドがフランスのパリSGに移籍するも、高卒ルーキーの柳沢 敦が台頭。長谷川 祥之、相馬 直樹ら中堅も質の高いパフォーマンスを保ち、接戦をものにする勝負強さを示していく。

中断明け後は横浜Fが失速した一方、鹿島と名古屋が調子を上げ、次第に優勝争いはこの3チームに絞られていった。

そして迎えた29節、鹿島は名古屋との大一番を迎える。開始早々に先制されたものの、真中 靖夫の2ゴールで逆転に成功。後半にもマジーニョと相馬が追加点を奪取し、4-2と快勝を収めた。直接対決をものにした鹿島はこの勝利で、事実上の優勝を確定。最終節はV川崎に大敗を喫したものの、悲願の初優勝を成し遂げている。

最終成績は鹿島、名古屋、横浜Fの3チームが21勝9敗で並んだものの、9敗のうち3つがPK負けの鹿島が勝点で他の2チームを上回る大混戦だった(当時、PK負けには勝点1が与えられた)。

1993年のサントリーシリーズで優勝を成し遂げて以降やや苦しんでいた鹿島だったが、この初優勝をきっかけに、“常勝軍団”の道を歩んでいくことになる。

なおこの年は、終始安定したパフォーマンスを披露したジョルジーニョがMVPを獲得している。

エヴェラウド、練習中

トレーニングするエヴェラウドである。
相変わらずゴツい身体をしておる。
この体躯にてJリーグを席巻するのだ。
再開後が楽しみである。

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グループトレーニング


グループに分かれ、時間別にトレーニングを実施しました。

野沢拓也プレイ集

野沢拓也のプレイ集を発信した鹿島アントラーズ公式Twitterである。
惚れ惚れする。
若き日の野沢や2007年の優勝を引き寄せたアウェイ浦和戦でのゴール、2008年の優勝を決めたアウェイ札幌戦のゴールも素晴らしいが、2009年アウェイ名古屋戦のスルー三連発後のゴールが収められておることが嬉しい。
このゴールは連携の極まった三連覇時だからこそのプレイであり、永久保存版であろう。
これだけのクラッキを育てられたことを誇りに思う。
幸せである。

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6月末にJリーグ再開か

6月末のJリーグ再開を報じるスポーツニッポン紙である。
来週の5/25に残り5都道県の緊急事態宣言解除がなされれば、可能性があると伝える。
これはテンションが上がる報道である。
しかしながら、「解除可能か25日にも『判断』」であって発令されるわけではない。
このあたりのミスリードが、メディアらしい飛ばしである。
このところ地上波テレビの撮り鉄や原宿の人混みなどのねつ造を見るにつけ、日本メディアのフェイクニュースには嫌気がさす。
旧来メディアの民への扇動には乗らぬことこそ肝要。
従軍慰安婦問題や南京虐殺など、なかった歴史を造りあげてしまった罪も重い。
正しい情報を得て、真実を知っていきたい。
ただ、この報に関しては、5/25に判断されれば、26日には解除される可能性は非常に高い。
そうなれば、Jリーグの再開も見えてこよう。
そのためにも気を緩めず、陽性患者を増やさぬ努力を続けるところ。
あと一歩である。

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Jリーグ、6月末に無観客で再開も 25日緊急事態宣言解除なら
[ 2020年5月22日 05:30 ]

 公式戦を中断しているJリーグが、残る5都道県の緊急事態宣言が25日に解除された場合、6月末に無観客で再開(J3は開幕)する可能性が出てきた。
 Jリーグは練習再開後、公式戦実施までの準備期間を4週間設定する方針。現在は7月初旬の再開を目指し、準備を進めてきた。しかし、宣言が解除されたエリアでは既に練習を再開。政府は21日、J1勢だけでも8クラブが所在する首都圏1都3県と北海道も25日の解除を示唆した。

 解除の前倒しが実現すれば、6月末までに全国56クラブが準備期間を確保できる見込みとなる。Jリーグは22日のNPBとの対策連絡会議と実行委員会を経て、29日にも再開の指針を示す予定としている。

Jリーグ「オリ10」吸収合併の舞台裏 フリューゲルス消滅

1998年の横浜フリューゲルス消滅に関して記事を綴るスポーツニッポンの大西純一記者である。
これは、Jリーグ版の、そして日本企業の悪しきやり方であるので、記憶に残すべき事件と言えよう。
クラブを残す手立てを講じず、闇の中で合併を進め、決定後にサポに知らせたという行いは、企業ならまだしもサポーターの存在するサッカークラブとしてはあり得ないことであった。
今でも、Jリーグに暗い影を落とす事件である。
このような事件は二度と起こらぬよう、Jリーグは各クラブのファイナンシャルには強く警鐘を鳴らす。
しかしながら、今年の新型コロナウイルスの影響はそれでは管理しようも無い状況を生んだ。
経営基盤の弱いクラブ、親会社の大きなダメージなどで、存続に不安を覚えるクラブもあるのではなかろうか。
フリューゲルス消滅の悲劇以上のことが起こるやもしれぬ。
それも踏まえて、この事件を思い起こしておきたい。

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Jリーグ「オリ10」吸収合併の舞台裏 フリューゲルス消滅…書くべきか書かざるべきか
[ 2020年5月22日 05:30 ]


99年元日の天皇杯決勝で熱いメッセージを送るサポーター
Photo By スポニチ


 【忘れられない1ページ~取材ノートから~大西純一記者】横浜マリノスと横浜フリューゲルスが合併し、横浜F・マリノスとなって21年の年月が過ぎた。93年に開幕したJリーグが始まって以来の大きな事件、あと一歩でスクープを逃した苦い思いがある。早く書けば合併が成立しない可能性があり、タイミングを間違えると誤報となる難しい取材だった。結局は横一線での報道となったが、当時の川淵三郎チェアマンとのやりとりなど、その後の記者生活の糧となったシーンを振り返ってみたい。
 日本代表が初めてW杯の舞台に立ったW杯フランス大会からまだ3カ月ほどしかたっていなかった。日本中が熱狂した舞台の陰で、Jリーグの未来を左右する案件が進行していた。98年10月28日。トルシエ新監督の初陣となるエジプト戦が大阪で開催された日、私が追っていたのは「横浜マリノスと横浜フリューゲルスが合併する」というニュースだった。Jリーグ開幕時の10チームの一つ、横浜Fが事実上消滅する衝撃的な展開だった。

 予兆はW杯直後からあった。横浜Fの親会社である全日空と、パートナー企業だった佐藤工業はともに経営が厳しくなり、Jリーグからの撤退が噂されていた。10月に入り「佐藤工業の撤退が決まり、全日空は新しいパートナーを探しているが、難航している」という情報が飛び込んできた。さっそく横浜Fに取材したが、はぐらかされるばかりだった。

 だが、10月26日夜までに、ほぼ全容はつかめた。「日産と全日空の判断で横浜Mと横浜Fが合併する。29日にJリーグの臨時理事会が日時非公表で開催され、この問題が審議される」というものだ。ただし「事前に漏れると合併がまとまらなくなる」とし、完全に根回しが終了していない段階で表面化することを懸念した関係者の口は重かった。

 横浜Fの親会社であった全日空に「市民クラブとして再出発」の選択肢はなかった。もし、合併が成立しなければチームは消滅する。横浜F関係者は合併に違和感を覚えながら、親会社が決めたことをどうすることもできなかった。

 「新聞記者はネタをつかんだらちゅうちょしてはいけない」と、先輩から教わった。特ダネのはずが翌日他紙にも載っていたこともある。逆に、早く書きすぎて話を破談にしてしまったこともあった。つかんだ日に書けば特ダネ。だが、深夜で最終確認ができなかったこと、「事前に漏れると…」と関係者に言われたことが頭にあった。横浜Fの一部関係者にとっては合併がつぶれていいかもしれなかったが、Jリーグとしては合併以外に横浜Fを救う道はない。私も「この合併をつぶすと日本のサッカー界への影響が大きすぎる」と感じてしまい、ついにこの日、記事を書くことはできなかった。

 臨時理事会前日の28日夕方。リミットだった。Jリーグ事務局があったビルの玄関で、川淵チェアマンをつかまえ「横浜Fの件ですが…」と切り出した。チェアマンは「どこから聞いたんだ」と言ったが、取材した内容を当てると「書くなと言っても無駄だろう。せめて悪く書かないでくれ」と事実関係を認め、車に乗り込んだ。どんな時でも堂々と取材対応してきたチェアマンだが、この時は苦悩していることがよく分かった。

 会社に戻ろうとタクシーに乗ると、携帯電話が鳴った。Jリーグの木之本興三常務理事からだった。「ちょっとこっちに戻ってきてくれ」と言って切れた。事務局に戻ると、横浜Fの取締役もいた。「書かないでくれ」「それは無理…」の押し問答は1時間以上続いた。結局、午前0時30分すぎに通信社が配信。特ダネではなくなった。スポニチは日本代表の試合が1面で「合併」は3面だった。

 翌日の臨時理事会で合併は承認され、その後サポーター有志が横浜FCを立ち上げた。横浜F・マリノスの背中の「ANA」は消えたが、チーム名に「F」はまだ残っている。いま考えれば、1日早く書いても合併が白紙になることはなかっただろう。だが、書けなかったのはこの時だけ。チーム消滅回避に必死だった横浜FやJリーグ関係者の葛藤に、私も記者としての立場を忘れさせられていた。

 ≪横浜F“消滅”まで≫
 ▼98年10月29日 Jリーグ理事会で横浜Mと横浜Fの合併承認。横浜Fの山田恒彦社長が全選手に状況説明。
 ▼同31日 C大阪戦(横浜国)の試合後、サポーターが合併撤回を求めてスタジアムで座り込み。
 ▼11月5日 山田社長が再度、選手に説明。
 ▼同7日 ホーム最終戦(三ツ沢)で福岡に2―1で勝ちヒーローインタビューでGK楢崎正剛が男泣き。
 ▼同16日 前田浩二選手会長らが川淵チェアマンに合併撤回を直訴。
 ▼12日2日 日産と全日空が極秘で合併に調印。
 ▼同3日 サポーターが羽田の全日空本社に集まりガードマンともみ合い。
 ▼同8日 サポーターが横浜フリューゲルス再建協議会を設立。
 ▼同25日 横浜フリエスポーツクラブ(横浜FC)設立。
 ▼99年1月1日 横浜Fが天皇杯で優勝。
 ▼2月8日 条件付きで横浜FCのJFL参加が承認される。

 ▽横浜フリューゲルス 正式名称は全日空佐藤工業サッカークラブ。1964年に横浜市中区スポーツ少年団として設立。Jリーグ参加を機に92年名称変更。天皇杯優勝2度(93、98年度)、97年Jリーグ第1ステージ2位など。元日本代表GKの楢崎正剛、現G大阪MFの遠藤保仁らが在籍した。

21日の練習の様子

練習の様子を伝える鹿島アントラーズ公式サイト及び公式Twitterである。
ゴールマウスを守る山田の姿が写る。
ルーキーの真剣な眼差しは将来の正GKのポジションを見据えているように感じさせる。
また、レオ・シルバが練習に復帰しておることが伝えられておる。
これは朗報。
中盤が強化され、チーム力が一気に増すこととなろう。
再開が楽しみである。

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グループトレーニング


グループに分かれ、時間別にトレーニングを実施しました。


担当記者が見た鹿島18年ACL初V

2018年のACL制覇について綴る報知新聞の岡島記者である。
特筆すべきは、1997年のリーグ戦との同日開催というJリーグの鹿島に与えた所業を明記しておることであろう。
これは、時が経っても許しがたい。
結果的には、別の人気クラブのためには日程を優遇し、補助も与えてタイトルへの道筋を取ったことも含めて、未だに腹立たしい。
こうした歴史を経て、先人たちの血のにじむような努力があってこそのアジアタイトルであった。
この喜びから早二年。
来年は再びこの舞台に立つよう国内タイトルに集中する。
新たな歴史を作るのである。

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昌子源が絶叫「ミツ!ミツどこ?」欧州挑戦を半年封印 現役最終年の小笠原主将へトロフィー…担当記者が見た鹿島18年ACL初V
2020年5月21日 8時0分スポーツ報知


ACLで初優勝を果たし、トロフィーを掲げる鹿島の小笠原(手前=共同)

 「221人対10万人」―。大アウェーのイラン・テヘランで、鹿島は悲願のACLタイトルを獲得した。

 2018年11月、8度目のACL挑戦で決勝第1戦を2―0で先勝し、敵地に乗り込んだ。国内19冠を誇りながらアジアでは8強止まり。「内弁慶」と揶揄(やゆ)されていた鹿島を、10万人のサポーターが待ち受けていた。221人の鹿島サポーターが現地入りしたが、入場者数は公式発表で10万人ジャスト。一部区域を規制した会場は8万人収容だったはずだが…。開始4時間前には既に超満員。密、密、密。現地アーティストが熱唱し、盛大な花火が打ち上げられるお祭り騒ぎだった。

 試合中は、民族楽器・ブブゼラによるけたたましい雑音が鳴り響いた。試合後、DF昌子源はかすれ声で言った。「なんせ声が聞こえない、全く。(左隣のポジションの)脩斗くん(DF山本)を10回呼んだけど、見向きもされなかった」。それでも鹿島は動じなかった。タイトル獲得への執念が、耳をふさぎたくなるほどの歓声と騒音を上回った。


鹿島時代の昌子源鹿島時代の昌子源

 1997年、リーグ戦と同日にシンガポールでアジアクラブ選手権(ACLの前身)の試合が組まれた。当時は事実上の罰ゲームのような大会。それから長年、鹿島はACLへの支援体制や日程面の配慮を怠るリーグ側に抗議を繰り返した。「鹿島さん、うざいよ」と言われたことは一度ではない。説得が実りサポート体制が整ったかと思えば、浦和(07、17年)とG大阪(08年)に先を越された。リーグ3連覇(07~09年)など国内タイトルを積み重ねながらも、アジアの舞台では無残に散ってきた。

 ACLを2度制したGK権純泰、この日の試合前に「サポーターがピッチに入ってくるわけではない。何も気にするな」とチームを鼓舞したMFレオシルバら、経験ある助っ人を獲得。予定を半年早めた同年夏のジーコ氏のチーム復帰。W杯で名を上げた昌子の欧州挑戦半年封印。全てはACL獲得のためだった。


ACL決勝第1戦。鹿島・ペルセポリス。後半13分、鹿島のレオシルバ(右)が先制ゴールを決めるACL決勝第1戦。鹿島・ペルセポリス。後半13分、鹿島のレオシルバ(右)が先制ゴールを決める

 10万人を黙らせる試合終了の笛が鳴り、アジアの頂に達した。涙を流すクラブスタッフと握手を交わし、ピッチに目を移すと、負傷退場したFW鈴木優磨、当時65歳のジーコ氏までもが跳びはねて狂喜乱舞。選手、コーチ、監督として何度もアジアの壁にはね返されてきた大岩剛監督は、この年が現役最終年となったMF小笠原満男と抱き合い、肩をふるわせて泣いていた。

 迎えた優勝セレモニー。「ミツ! ミツどこ?」。ゲームキャプテンとして優勝トロフィーを受け取った昌子が叫んだ。逃げ隠れする小笠原を若手らが強引に引っ張り出す。首を横に振りながらも笑顔が隠せない主将が歓喜の中心へ。サポーターの音頭に合わせ、小笠原がトロフィーを掲げた。悲願のタイトルでの通算20冠目。2階席の一角に押し込まれた221人のサポーターから、10万人の声量に勝るとも劣らない大歓声が響き渡った。(岡島 智哉)

 ◆Jと過密4戦11日間で3勝 鹿島はホームで行われた決勝第1戦を2―0で先勝した。この試合はリーグ戦から中2日で行われ、息もつかぬまま、中2日でリーグ戦。そしてイランへの移動を含む中3日で決勝第2戦を戦った。決勝2試合とリーグ終盤の大事な2試合の計4試合を11日間で消化する過密日程に屈せず、4試合中3試合に勝利し、最後のイランでの激闘は0―0。2戦合計2―0で悲願のVを果たし、Jクラブでは前人未到の主要タイトル20冠目を勝ち取った。

 ◆岡島 智哉(おかじま・ともや)福岡県生まれ。28歳。2016年入社。17年横浜M、18~19年鹿島担当。20年は遊軍。

ACLで初優勝を果たし、トロフィーを掲げる鹿島の小笠原(手前=共同)
鹿島時代の昌子源
ACL決勝第1戦。鹿島・ペルセポリス。後半13分、鹿島のレオシルバ(右)が先制ゴールを決める

ファン・アラーノ、練習中

練習するファン・アラーノである。
活動休止中もブラジルに帰国することなくこの日本にてJリーグのサッカーになじむことを選んだ。
その成果が再開後には現れるであろう。
攻撃の中心選手として活躍してもらおうではないか。
期待しておる。

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グループトレーニング


グループに分かれ、時間別にトレーニングを実施しました。
プロフィール

Fundamentalism

Author:Fundamentalism
鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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