内田篤人、ウニオン・ベルリンに移籍
内田篤人、1FCウニオン・ベルリンに完全移籍!背番号は「2」
2017年8月22日0時55分 スポーツ報知
元日本代表DF内田篤人(29)=シャルケ04=がドイツ2部1FCウニオン・ベルリンに完全移籍することが21日、決まった。獲得の正式オファーを受け、ベルリン市内でメディカルチェックをクリアし、契約に至った。両クラブは公式ページで移籍を発表。契約期間は2018年6月までの1年間で、背番号は古巣の鹿島、日本代表で慣れ親しんだ「2」に決まった。22日の練習からチームに合流する。
内田は15年6月に右ひざの手術を受けた。長いリハビリの末、16年12月に欧州リーグ(EL)のザルツブルク(オーストリア1部)戦で実戦復帰。復帰過程で離脱を繰り返したが、現在は休まず練習に参加している。今年7月の練習試合では2得点を記録し、完全復活へ前進したかに見えたが、シャルケ04のドミニコ・テデスコ新監督に「構想外」とされ、クラブも移籍を容認した。
1FCウニオン・ベルリンは昨季2部で4位と1部昇格を狙えるクラブ。今季も3節終了時点で3位につけている。12年12月~14年10月までシャルケ04を指揮し、内田を主力として起用していたイェンス・ケラー監督が指揮を執っている。獲得にはケラー監督の意向が強く反映されたようだ。一時は鹿島への復帰も選択肢の1つだったが、ドイツでの復活にこだわった。7年を過ごした古巣に別れを告げ、新天地で再起を期す決断を下した。
◆内田の負傷経過
▼14年2月9日 ハノーバー96戦で負傷。
▼同16日 帰国後、都内の病院で右太ももの肉離れ、腱の損傷の診断。
▼5月27日 日本代表のキプロス戦で実戦復帰。
▼6月 完治しないままブラジルW杯1次リーグ全3試合にフル出場。
▼8月23日 右膝痛で独リーグ開幕戦を欠場。
▼9月23日 ブレーメン戦で復帰。
▼15年1月 右膝痛でアジア杯の日本代表を辞退。
▼3月10日 欧州CLのRマドリード戦で途中出場。症状が悪化し再離脱。
▼3月31日 日本代表のウズベキスタン戦に出場。
▼6月8日 都内の病院で膝蓋腱の手術を受け、復帰まで4~5か月と診断。
▼16年1月17日 シャルケ04の全体練習に復帰。
▼10月4日 ドイツでMRI(磁気共鳴画像)検査。経過良好。
▼12月8日 欧州リーグ・ザルツブルク戦で公式戦に復帰。
▼12月下旬 リーグ中断期間の休暇を利用して帰国。MRI検査で異常なし。
▼17年1月10日 練習試合で45分出場してアシスト。
▼同14日 練習試合を内転筋痛で回避。リスクを避けるための欠場。
▼3月23日 2部ハノーバー96とのチャリティーマッチにフル出場。
▼4月16日 ダルムシュタット戦で約2年ぶりにベンチ入りも、出場機会なし。
▼7月8日 6部クラブとのプレシーズンマッチで2ゴール。
▼8月18日 ドミニコ・テデスコ監督から構想外を言い渡され、クラブも移籍を容認。
移籍の経緯語る内田、「残る事も考えたが、試合に出続けたい気持ちが上回った」 シャルケへの感謝も口に
2017.08.22 04:33 Tue
▽21日にシャルケからブンデスリーガ2部のウニオン・ベルリンに完全移籍した元日本代表DF内田篤人(29)が、自身が所属するマネジメント会社を通じて今回の移籍の経緯について説明した。
▽2010年に鹿島アントラーズから加入し、7シーズンを過ごしたシャルケを退団し、ウニオン・ベルリンを新天地に選んだ内田。シャルケへの愛着を感じながらも、出場機会を優先して移籍を決断したことを明かした。
「皆さん こんばんわ。突然ですが、ブンデスリーガ2部の1. FC Union Berlin に完全移籍することに『今』なりました」
「2年間試合に絡んで無いイメージが強いですが、今年に入ってからは練習も普通に出来、プレシーズンでは数試合に出ました」
「シャルケに残る事も考えましたが、それよりも試合に出続けたい気持ちが上回りました」
「監督のイェンス・ケラーはシャルケで一緒にやったことがあり、とても良い監督です。その監督に誘われた期待に応えたいと思います」
▽また、内田は自身初の移籍から7年間、暖かなサポートを受けてきたシャルケへの感謝を口にしている。
「7年間所属したシャルケには感謝の気持ちでいっぱいですし、またプレーでウッシー頑張ってるなと思ってもらえるように、まずは1. FC Union Berlinの為にプレーに集中したいと思います。引き続き応援よろしくお願いします」
ウニオン・ベルリンに移籍した内田篤人である。
これは素早い動き。
先日、シャルケと会談を持ち、即完全移籍に至るところは、代理人の手腕も含めて素晴らしい。
ウニオン・ベルリンのイェンス・ケラー監督はシャルケを率いて篤人を指導した経歴を持つ。
篤人の能力を熟知しており、ウニオン・ベルリンも右SBの人材に悩まされておったとのこと。
これは適材適所と言えよう。
また、メディカルチェックをクリアしておることからも、負傷は完全に癒えておることが伝わる。
契約は来年の夏まで。
ウニオン・ベルリンを1部昇格に導き、是非ともロシアW杯に出場して欲しい。
活躍の報を待っておる。

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2017年8月22日0時55分 スポーツ報知
元日本代表DF内田篤人(29)=シャルケ04=がドイツ2部1FCウニオン・ベルリンに完全移籍することが21日、決まった。獲得の正式オファーを受け、ベルリン市内でメディカルチェックをクリアし、契約に至った。両クラブは公式ページで移籍を発表。契約期間は2018年6月までの1年間で、背番号は古巣の鹿島、日本代表で慣れ親しんだ「2」に決まった。22日の練習からチームに合流する。
内田は15年6月に右ひざの手術を受けた。長いリハビリの末、16年12月に欧州リーグ(EL)のザルツブルク(オーストリア1部)戦で実戦復帰。復帰過程で離脱を繰り返したが、現在は休まず練習に参加している。今年7月の練習試合では2得点を記録し、完全復活へ前進したかに見えたが、シャルケ04のドミニコ・テデスコ新監督に「構想外」とされ、クラブも移籍を容認した。
1FCウニオン・ベルリンは昨季2部で4位と1部昇格を狙えるクラブ。今季も3節終了時点で3位につけている。12年12月~14年10月までシャルケ04を指揮し、内田を主力として起用していたイェンス・ケラー監督が指揮を執っている。獲得にはケラー監督の意向が強く反映されたようだ。一時は鹿島への復帰も選択肢の1つだったが、ドイツでの復活にこだわった。7年を過ごした古巣に別れを告げ、新天地で再起を期す決断を下した。
◆内田の負傷経過
▼14年2月9日 ハノーバー96戦で負傷。
▼同16日 帰国後、都内の病院で右太ももの肉離れ、腱の損傷の診断。
▼5月27日 日本代表のキプロス戦で実戦復帰。
▼6月 完治しないままブラジルW杯1次リーグ全3試合にフル出場。
▼8月23日 右膝痛で独リーグ開幕戦を欠場。
▼9月23日 ブレーメン戦で復帰。
▼15年1月 右膝痛でアジア杯の日本代表を辞退。
▼3月10日 欧州CLのRマドリード戦で途中出場。症状が悪化し再離脱。
▼3月31日 日本代表のウズベキスタン戦に出場。
▼6月8日 都内の病院で膝蓋腱の手術を受け、復帰まで4~5か月と診断。
▼16年1月17日 シャルケ04の全体練習に復帰。
▼10月4日 ドイツでMRI(磁気共鳴画像)検査。経過良好。
▼12月8日 欧州リーグ・ザルツブルク戦で公式戦に復帰。
▼12月下旬 リーグ中断期間の休暇を利用して帰国。MRI検査で異常なし。
▼17年1月10日 練習試合で45分出場してアシスト。
▼同14日 練習試合を内転筋痛で回避。リスクを避けるための欠場。
▼3月23日 2部ハノーバー96とのチャリティーマッチにフル出場。
▼4月16日 ダルムシュタット戦で約2年ぶりにベンチ入りも、出場機会なし。
▼7月8日 6部クラブとのプレシーズンマッチで2ゴール。
▼8月18日 ドミニコ・テデスコ監督から構想外を言い渡され、クラブも移籍を容認。
移籍の経緯語る内田、「残る事も考えたが、試合に出続けたい気持ちが上回った」 シャルケへの感謝も口に
2017.08.22 04:33 Tue
▽21日にシャルケからブンデスリーガ2部のウニオン・ベルリンに完全移籍した元日本代表DF内田篤人(29)が、自身が所属するマネジメント会社を通じて今回の移籍の経緯について説明した。
▽2010年に鹿島アントラーズから加入し、7シーズンを過ごしたシャルケを退団し、ウニオン・ベルリンを新天地に選んだ内田。シャルケへの愛着を感じながらも、出場機会を優先して移籍を決断したことを明かした。
「皆さん こんばんわ。突然ですが、ブンデスリーガ2部の1. FC Union Berlin に完全移籍することに『今』なりました」
「2年間試合に絡んで無いイメージが強いですが、今年に入ってからは練習も普通に出来、プレシーズンでは数試合に出ました」
「シャルケに残る事も考えましたが、それよりも試合に出続けたい気持ちが上回りました」
「監督のイェンス・ケラーはシャルケで一緒にやったことがあり、とても良い監督です。その監督に誘われた期待に応えたいと思います」
▽また、内田は自身初の移籍から7年間、暖かなサポートを受けてきたシャルケへの感謝を口にしている。
「7年間所属したシャルケには感謝の気持ちでいっぱいですし、またプレーでウッシー頑張ってるなと思ってもらえるように、まずは1. FC Union Berlinの為にプレーに集中したいと思います。引き続き応援よろしくお願いします」
ウニオン・ベルリンに移籍した内田篤人である。
これは素早い動き。
先日、シャルケと会談を持ち、即完全移籍に至るところは、代理人の手腕も含めて素晴らしい。
ウニオン・ベルリンのイェンス・ケラー監督はシャルケを率いて篤人を指導した経歴を持つ。
篤人の能力を熟知しており、ウニオン・ベルリンも右SBの人材に悩まされておったとのこと。
これは適材適所と言えよう。
また、メディカルチェックをクリアしておることからも、負傷は完全に癒えておることが伝わる。
契約は来年の夏まで。
ウニオン・ベルリンを1部昇格に導き、是非ともロシアW杯に出場して欲しい。
活躍の報を待っておる。

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