大東新社長就任

ニッカン

大東新社長「勝てる鹿島目指す

 鹿島の新社長に、29日付で大東和美専務取締役(57)が昇格した。牛島洋前社長(63)は、非常勤のシニア・アドバイザー(新設)に就任した。大東社長は「鹿島の勝つDNAを絶やさず、勝てるチームを目指す」と目標を語った。またこの日帰国したジーコ前日本代表監督について、牛島前社長は鹿島への復帰を否定した。

[2006年6月30日8時58分 紙面から]



元ラガーマン社長。

フットボールである分マシと言えるであろう。

ただ、「勝てる」ではなく「勝つ」チームにして欲しい。

確かに昨季後半は勝てない・勝ちきれないチームではあったが…

ユースの星 藪裕史朗

http://www.jfa.or.jp/daihyo/u_17/news/060626_02.html

http://www.jsgoal.jp/news/00034000/00034636.html

U-16日本代表候補  トレーニングキャンプ(6/28〜7/2)メンバー(06.06.26)

U-16日本代表候補 トレーニングキャンプ(6/28〜7/2)メンバーが決定しました。



DF 藪 裕史朗 YABU Yushiro 1990.08.01 177? 67? 鹿島アントラーズユース




この年代で選ばれるのは非常に珍しい。

プリンスリーグでアシストを記録している。

熊本・腹栄中学校出身。

FWからのコンバート。

将来が期待される、大物である。

トップをねらう

ニッカン
鹿島寮長高野さん、ジーコ部屋空けて待つ
 日本代表ジーコ監督(53)が、W杯ドイツ大会の決勝トーナメント進出をかけて、母国ブラジルとの一戦に臨んだ。鹿島の独身寮「雄飛寮」の寮長を務めている高野圭史さん(63)は、ジーコ監督の現役時代から約15年の付き合いになる。W杯後に退任するジーコ監督に「ありがとう。ごくろうさんと声を掛けたい」。いつか鹿島に戻ってくるかもしれないジーコ監督のために「雄飛寮」の一室を空き部屋にして待っているという。

 ジーコ監督率いる日本代表の集大成ともいえるブラジル戦。高野さんは鹿嶋市内にある「雄飛寮」の自室でテレビに向かった。「どうせ散るなら、決勝トーナメントで散ってほしいんだけどね。鹿島だけじゃなく、日本のサッカーに15年ぐらい協力してきた人が、1次リーグ敗退で終わるのはちょっと寂しいから」。祈りを込めるようにして話した。

 会社員から転身し、92年から妻千枝子さん(63)と「雄飛寮」の運営を始めた。91年に住友金属の選手として来日したジーコ監督は92年の寮完成と同時に入寮した。当初、ジーコ監督は鹿嶋市内のブラジル料理店に通っていて、寮の食事にはほとんど手を出さなかった。高野さん夫妻は本を読むなどして研究した。2カ月ほどしたある日、豆と豚肉を煮込んだブラジルの家庭料理「フェイジョアーダ」を出すとジーコ監督は笑みを浮かべて喜んだ。以来、「味はこの方がいい」と楽しそうに注文を付けながら、食事はもっぱら寮で取るようになったという。今も試合前夜、鹿島の選手の食卓にはジーコ監督が好んだ「フェイジョアーダ」が出ている。

 「ジーコとの思い出はあり過ぎる」と苦笑いする高野さん。鹿島の草創期、ジーコ監督は決まって食堂の窓際の定位置に座って、外を眺めていた。選手の外出をチェックするためだったという。コンビニの袋をぶら下げて戻った選手に「お菓子は食べなくていい」と説教していたという。ある日には、ユニホーム姿にげたを履いたジーコ監督が、缶ビールを手にして「オレはサムライだ、サムライだ」と陽気に笑いながら、食堂のドアを開けたことがあった。高野さんは「サッカーを離れれば気さくで、朗らかな普通のオヤジなんですよ」と笑った。

 現在14人の選手が暮らしている「雄飛寮」には、ジーコ監督が現役時代や総監督、監督時代に使っていた通称「ジーコ部屋」がある。2階の南向きの角部屋で広さは約8畳。ドアには「ZICO」の名札が掛かっている。ホームの試合前夜に鹿島の外国人選手らが寝泊まりすることはあるが、普段は使われることはない。高野さんは「戻ってきたとき、いつでも使えるように」と、ジーコ監督のためだけに空き室にしている。

 ジーコ監督は日本代表監督を退任後、欧州のクラブを率いる意欲を持っているとされる。高野さんは「ありがとう。ごくろうさんと声を掛けたい」と話し、こう続けた。「どうなるかは分からないけど、どうなったとしても、鹿島との縁は切れるものではないと思う。また戻ってくるのを待っています」。いつか“神様”が戻るまで「ジーコ部屋」はもちろんそのままだ。【桐越聡】

[2006年6月23日7時35分 紙面から]

帰還したタカヤ ノリコへのメッセージのように「オカエリナサイ」(イは反対向き)と声を掛けたい。
あの作品同様、長き年月がかかろうとも。

エルゴラッソ アルゼンチンvs.メキシコ

ドイツ06の名勝負の一つとも言えるこの好ゲームの記事。
「中南米対決」

学って重要だ。

柳沢敦、完全復帰

柳沢敦選手 鹿島アントラーズへの完全移籍について

柳沢敦選手はメッシーナ(イタリア セリエA)より期限付き移籍(2006年3月1日〜6月30日)しておりましたが、

この度メッシーナと合意に達し、7月1日より弊クラブへ完全移籍することとなりましたのでお知らせいたします。



■プロフィール

 ・生年月日  : 1977年5月27日(29歳)

 ・身長/体重 : 177cm / 75kg  

 ・経  歴  : 富山第一高校 − 鹿島アントラーズ − サンプドリア(イタリア)−メッシーナ(イタリア)

 ・2006J1リーグ出場数/得点数 : 5試合出場/3得点

 ・2006FIFAワールドカップドイツ 日本代表



セリエAプレイヤー柳沢敦の完全移籍が決定した。

まあ、出戻りである。

共同保有していたメッシーナがセリエBに降格したため、外国人である柳沢を保有する意義が無くなったのであろう。

正直に言ってメッシーナは放映権料の為に柳沢を保有していただけで、戦力としてカウントしていたかどうか疑問である。

たまの出場時もサイドMFの起用であり、柳沢本来の特性を生かした出場ではなかった。

サンプドリア、メッシーナで得点0は褒められた数字ではない。

しかし、レンタルで復帰した2006年開幕戦ではハットトリックを記録しており、FWとしての能力はさび付いていないことを証明して見せた。

その後、JEF戦で骨折し、戦列を離れていたが、W杯ドイツ06で代表に選ばれていた。

クロアチア戦では素晴らしいポジショニングを見せ、得点感覚をアピールしたところである。

彼のような芸術肌のストライカーは守る選手が周りを固めて初めて才能を発揮する。

我が家に戻り、本来の姿を見せてくれればそれで良い。

福島Jヴィレッジ合宿も始まったばかり、代表も解散して帰国もすぐであろうから、早期に合流し練習に参加すべきである。

現在、ポジションがないことを理解して合宿に望まぬことには痛い目に遭うこと必至である。

外国人枠は埋まり、若手は台頭している。

7/19のスターティング11に名を連ねられるかどうかは本人の努力によるものが大きい。

奥さんに頼んで馬を買って貰うくらいのことはすべきである。

シャムスカ監督、小笠原を語る。

本日のエルゴラッソより。



日本が勝つ可能性はゼロではない シャムスカ監督(大分)に聞く

  〜

期待しているのは小笠原

  〜

 個人的に期待しているのはオーストラリア戦でも良かった小笠原だ。彼のプレー参画が増えれば、日本のチャンスは増えると思う。

  〜




昨季、大分トリニータを奇跡的な勝率で残留させ、今季も我が鹿島アントラーズに二度も土を付けた名将が、満男を褒め称える。

素晴らしきことである。

しかし、満男は「オーストラリア戦」には出場していない…

ファビオ・サントス加入

ファビオ サントス 選手 新加入の件
この度、ファビオ サントス選手との契約が成立し、新加入が決定しましたのでお知らせします。経歴は下記のとおりです。
□経 歴
(1) 氏  名: ファビオ サントス ロメウ
Fabio  Santos  Romeu
(2) 通  称:

ファビオ サントス(Fabio Santos)
(3) 生年月日: 1985年9月16日(20才)
(4) 身長/体重: 179cm/75kg
(5) 国  籍: ブラジル
(6) ポジション: 左サイドバック・MF
(7) 契約期間: 2006年 6月 20日〜2007 年1月 1日
(8) サッカー歴: 2003年からサンパウロFCに所属し、現在に至る。
(2003年7月30日にプロデビューし、通算92試合出場/2得点)
(9) 主なタイトル: 2003 タッサ サンパウロU-20 準優勝
2005 パウリスタ選手権 優勝
2005 リベルタドーレス杯 優勝
(10) 代表歴 : 2003 U-18ブラジル代表 仙台カップ(日本)
2005 U-20 ブラジル代表 タッサクリスタル(チリ)
2005 U-20 ブラジル代表 FIFAワールドユース(オランダ)3位
(11) 特 徴 : スピードあるドリブルと左足のキック、FKを得意とする


□ファビオ サントス選手のコメント:
「鹿島アントラーズの一員となれて光栄に思います。鹿島は偉大なブラジル人選手がプレーしたチームであり常に優勝争いをしているチームなので、その一員としてチームの優勝の為に貢献できるように頑張りたいと思います。」
□その他
ファビオ サントス選手は本日6月21日(水)に来日し、6月22日(木)から始まるキャンプ(J-ヴィレッジ)に参加します。


放出ばかりが目立っていた選手層であったが、今季初の外国人獲得のニュースである。
ポジションは左サイドバックとミッドフィルダー。
今季の新井場の活躍を見る限りMF起用が予想される。
深井と共にウィング的な役割になるのであろうか。
左足のFKにも期待が持てる。
今季はフェルナンドの故障もあって満男の右足だけであり破壊力が物足りなかった。
守備の崩壊が目立っている今季ではあるが、攻撃の手を休めなければ守備も立て直せる。
SBということで守備も期待させて貰おう。
明日からの合宿で勇姿が拝めるはずである。
7/19のリーグ再開が楽しみである。

後藤圭太

讀賣
鹿島・後藤圭太選手後援会が発足
坂東の星輝いて!
 坂東市出身で鹿島アントラーズDF後藤圭太選手(19)の後援会発足式が18日、母校の市立長須小で行われ、将来の日本代表にエールを送った。
 式では、倉持幸夫会長(42)は「4年後のW杯では是非ピッチに立ってもらいたい」と激励。後藤選手も「仲間や家族のおかげでここまで来られた。常に上を意識し、毎日の練習に励んでいきたい」とあいさつした。
 後藤選手は県立鹿島高卒業後、昨年4月、鹿島に入団した。後援会にはこれまで長須地区を中心に既に200人以上が会員登録しているという。
 今後、観戦ツアーや後藤選手を交えた懇親会などを計画している。

(2006年6月19日 読売新聞)

鹿島ユースで日本一になったメンバーの一人。
今季はDF陣の大幅な放出もあり出場機会が巡って来るであろう。
まずは出場機会を得ること、そして結果を出すこと。
本来はCBだがSBの起用があり得る。
最初はサイドで経験を積みセンターへ、というのが一般的な育成方法である。
かの秋田豊もルーキーイヤーは右SBでの出場であった。
記事では4年後の南アフリカとのことであるが、まずは北京五輪のメンバーを目指すことになるであろう。
世界に通用するDFへの道を歩んで欲しい。
読みと経験で上へ行けるポジションなのだから。

バロン

西日本

アビスパがバロン獲得 J1残留へFW強化

 アビスパ福岡がJ2のヴィッセル神戸のFWバロン(32)=ブラジル出身=を獲得したことが16日、明らかになった。近日中にも発表される見込み。バロンはJリーグ通算90ゴールの実績を持つ大型ストライカーで、名古屋と並んでリーグ最少の総得点「10」と、攻撃力が課題のチームの起爆剤として期待がかかる。



 バロンは1996年、JFLだったヴァンフォーレ甲府に入団。98年には29試合で31得点を挙げた。その後も市原、清水、鹿島、仙台など計6クラブを渡り歩き、今季途中に神戸に入団。右利きで、186センチの高さを生かした空中戦に強く、90得点のうち30得点はヘディングによるもの。18日に福岡入りするという。



 福岡は得点力不足が最大の弱みで1勝5分け6敗で16位に低迷中。バロンの獲得でFWグラウシオの戦力外が確定的となった。



 成績不振を理由に解任された松田浩前監督に代わって今月5日に川勝良一新監督が就任。J1残留を目指し、19日から練習を再開。大型FWの加入で、J1残留へ巻き返しを図る。

=2006/06/17付 西日本新聞朝刊=


2006年06月17日00時17分



バロンがJ1復帰。

敵としてはやられた印象の多い選手である。

しかし、在籍した2004年に期待に応えてくれたとは思えない。

ファビオ・ジュニオールのあまりも酷い成績の陰に隠れていたが、助っ人としてどうだったか疑問の残る選手であった。

FC東京戦のアシストくらいであろうか、思い出は。

対戦時にコテンパンにして思い知らせたい。

その役目には野沢を指名しよう。

バロンと金古をケチョンケチョンに締め上げるのだ。

大谷昌司

大谷 昌司 選手 JAPANサッカーカレッジへ移籍のお知らせ
2006.6.16
 いつもアルビレックス新潟に温かいご声援をいただきまして、誠にありがとうございます。
 このたび、当クラブ所属の大谷昌司選手(23)がJAPANサッカーカレッジ(北信越リーグ)へ移籍することが決定いたしましたので、お知らせいたします。

大谷 昌司 選手 Masashi OTANI
■ 背番号 23
■ ポジション MF
■ 生年月日 1983年4月17日(23歳)
■ 身長/体重 172cm/66kg
■ 出身地 群馬県
■ 経歴 前橋育英高→鹿島アントラーズ
■ 出場記録 年 所属 リーグ(得点) カップ(得点) 天皇杯(得点)
2002 J1 鹿島 0(0) 0(0) 0(0)
2003 J1 鹿島 0(0) 0(0) 0(0)
2004 J1 鹿島 2(0) 0(0) 0(0)
2005 J1 新潟 0(0) 0(0) 0(0)
2006 J1 新潟 0(0) 0(0) ―

J1リーグ戦通算:2試合出場0得点
※6/16 現在
■ コメント
新しい環境で挑戦することを決断しました。1年半という短い間でしたが、温かいご声援をいただき、本当にありがとうございました。

昨季、アルビレックス新潟に完全移籍した大谷昌司だが、JAPANサッカーカレッジに移籍とのこと、旅立った選手ではあるが成長後に対戦することを楽しみにしていただけに感慨深いものがある。
JAPANサッカーカレッジは北信越社会人リーグのチームである、基本的にアマチュアということであろう。
去って行っても第一線で相まみえたかったが、叶わぬ夢となりそうである。

大谷と言えば、2004年Jリーグ1stステージ第9節 大分トリニータ戦の先発であろう。
フェルナンドの出場停止により機会を得た大谷は初先発した。
当時のスポーツ新聞には、中田英寿に顔が似ている選手として紹介されていたので記憶している人も多いであろう。
実際はナカタよりも元イングランド代表・ニューカッスルのKieron DYERの方が似ている。
ちなみにその試合で相棒となったもう一人のボランチは新井場である。
如何に苦しい選手状況であったかよくわかる。
その試合は3-0と快勝し、大谷選手は途中交代ながら無難にプレイをこなした。
そう、無難だったのである。
特に秀でるところもなく、明らかにダメなところもない。
没個性。
スタジアムで見た大谷は何も感じさせてくれなかった選手であった。
去年の夏の練習試合で見た吉澤より上手であったし、堂々としていたと思う。
しかし、吉澤はボール奪取とプレッシングに将来性を感じたのは事実であった。
昨季のナビスコ杯予選リーグ清水戦で先発した中後は守備が穴で狙われていた、しかし2アシストを記録。
そういうところが、プロとして続けて行くには重要な部分なのでは無かろうか?
前橋育英高校では10番を背負い高校選手権に出場した大物である。
才能は十分に備えていたと言える。
だが、才能だけでは、入り口に立つまでしか出来ない。
そこから先が重要なのである。

なお、この試合で出場停止の金古に変わって岩政が初先発している。
そこで完封勝利をしていることも特筆すべきであろう。

そして報いへ

FIFAが誤審認める 日本にPK与えるべき2006年6月15日(木) 1時16分 共同通信



 【ベルリン14日共同】国際サッカー連盟(FIFA)のジーグラー広報部長は14日、1次リーグF組初戦で日本がオーストラリアに1−3で敗れた試合の後半に誤審があり、日本がPKを得るはずの場面があったと話した。13日までの1次リーグの14試合でPKがない理由を問われて、この試合だけがPKとなるべきだったと記者会見で答えた。

 ジーグラー部長は1−1の終盤にケーヒルが駒野を倒した場面に言及し「あれは主審の明らかなミスだった」と話した。

 この試合でオーストラリアGKは12日に、中村が挙げた日本の先制点について、エジプト人主審が日本の反則を取らずに「誤審を犯したと語った」と話していた。


[ 6月15日 1時16分 更新 ]



エジプト人主審は第4審判 FIFA発表

 国際サッカー連盟(FIFA)は16日の1次リーグC、D組3試合の担当審判員を14日発表し、日本―オーストラリア(12日)を担当したエジプト人のアブドルファタハ主審はアルゼンチン―セルビア・モンテネグロの第4審判となった。主審の交代要員となる。

 FIFAのジーグラー広報部長は14日、日本がPKを得るべき反則を見逃す誤審を同主審が犯したと認めている。(共同)




当然といえば当然。

明らかなPKであった。

2-0となり試合が決まるところが、逆転負けとなる大いなる誤審である。

この誤審で日本はサッカー強国への道を閉ざされることになりうる。

選手が発想をもってクリエイティブなサッカーを繰り広げる。

そこから育った選手は、表舞台で最新の戦術を持つ大舞台で活躍する。

その美しき歴史への布石が取り払われようとしている。

次に日本の取る道が型に当てはめた戦術であったならば、日本サッカーの歴史は20年は遅れることとなろう。

欧州へ出る選手も激減する。

それはそれで国内Jリーグのレベルが下がらないというドメスティックなメリットを産むこととなるが、将来的にプラスとなるかどうか考えずともわかりうることである。



ただ、この誤審に対して制裁を科したことは喜ばしいことである。

過去に遡って、岡田と梅本には重罪を貸すべきである。

朝令暮改

主審が謝罪報道否定「俊輔ゴールは正当」

 【エジプト】1次リーグF組の日本−オーストラリア戦で笛を吹いたアブドルファタハ主審(エジプト)が、日本の先制点を認めたことについてオーストラリアに謝罪したとの報道に対し、「試合中も試合後も、この件について全く話をしていない」と真っ向から否定した。13日付けのエジプト紙のインタビューに応えたもので、「もし私が何か間違いを犯したとするならば、謝るのは国際サッカー連盟(FIFA)に対してのみだ。しかし謝っていない。なぜなら判断は間違ってないから」と潔白を主張した。ゴール直後にオーストラリア選手に抗議を受けたが、「これは正しいゴールだ」と明言。主将のビドゥカに「GKは押された。ゴールは誤りだ。だが、サッカーにはよくあることだ。誰でも間違える。自分のようなストライカーでも簡単なゴールを逃すこともあるように」と言い寄られたが、「間違えていない、ゴールは正しい」と厳しい口調で一蹴したと言う。



 一方、日本選手に対しては「マナーの良さをほめたい。相手チームにも、審判にも、応援団にも尊敬の念を抱いているように思った。最後の9分間に3ゴールを決められたのに、最後までパニックにならずに一生懸命やっていた」とコメントした。



 日本は前半26分に中村のクロスが直接ゴールに入って先制したが、その際にゴール前で柳沢がGKシュワルツァーと接触。オーストラリアはファウルだとして抗議したが、受け入れられなかった。



 シュワルツァーは「試合後に主審は主将のビドゥカに対し謝罪した。彼は最終的に我々が勝ったのでツキがあったと語った。誤審が最終的に影響を及ぼさなかったという意味でね」と話した。ビドゥカも同じ内容を明らかにしていた。(エジプト=工藤多美子通信員)


[2006年6月14日12時8分]



何を言ってるのやら。

だったら駒野へのファール・PKを今から認めろ。

キーパーへのファウル

俊輔ゴールで主審が誤審認めた?

 1次リーグF組の日本−オーストラリアで笛を吹いたアブドルファタハ主審(エジプト)が日本の先制点を認めたことについて謝罪した、とオーストラリアのGKシュワルツァーらが12日の試合後に語った。



 日本は前半26分に中村のクロスが直接ゴールに入って先制したが、その際にゴール前で柳沢がGKシュワルツァーと接触。オーストラリアはファウルだとして抗議したが、受け入れられなかった。



 シュワルツァーは「試合後に主審は主将のビドゥカに対し謝罪した。彼は最終的に我々が勝ったのでツキがあったと語った。誤審が最終的に影響を及ぼさなかったという意味でね」と話した。ビドゥカも同じ内容を明らかにした。


[2006年6月13日12時55分]



どう見たってファウルであった。

何故に得点を認めたのか疑問に思う。

ワールドカップという大舞台に緊張したのであろうか。

逆に駒野へのファウルを見逃しPKを取らなかったのは帳消しを狙ったのであろうか。

これまた疑問である。

審判という、権威を持つ「人間」が、過ちだけでなく意図あって誤審を行うと言うことは罪である。

重罪。

コロンビアならどういった結末が待っていたか想像するだけで恐ろしい。



同様のファウル見逃しに2001年Jリーグ2ndステージ ジュビロ磐田戦のゴールがある。

曽ケ端への悪質な突っ込みでボールを奪いゴール。

我等は当然ん、ファウルであると確信した。

しかし、ゴールが認められ敗戦。

悔しい想いをしらものである。

このような誤審からは何も産まれない。

謝罪からは誤審を行った審判の心の傷が癒えるだけで、我等の心は失われる。

結果的にジュビロ磐田は勝ち続けたにも関わらずリーグ制覇はならなかった。

邪悪なものには鉄槌が下されるのである。

勝者はもちろん正義を貫いた我等である。

このことを教訓とすべきであろう。

さらば潤!

内田潤選手のアルビレックス新潟への完全移籍について
内田潤選手はアルビレックス新潟へ完全移籍することが決定致しましたのでお知らせ致します。
■ 契約日 : 2006年6月10日(土)
■ プロフィール : ・氏名 : 内田 潤(うちだ じゅん)
・生年月日 : 1977年10月14日
・身長/体重 : 175cm/68kg
・ポジション : DF
・出生地 : 兵庫県
・経歴 : 桐蔭学園高校 ― 駒澤大学 ― 鹿島アントラーズ

■ 出場記録 : チーム リーグ戦 カップ戦 天皇杯
2000 鹿島 8 (0) 2 (0) 1 (0)
2001 鹿島 9 (0) 0 (0) 1 (0)
2002 鹿島 20 (1) 9 (0) 2 (0)
2003 鹿島 6 (0) 3 (0) 4 (0)
2004 鹿島 17 (0) 4 (0) 0 (0)
2005 鹿島 17 (0) 5 (0) 1 (0)
2006 鹿島 0 (0) 0 (0) ―

( )内は得点数

■ 内田潤選手コメント:

「新潟への移籍が決定しました。今後は鹿島で得た経験を新天地新潟で発揮したいと思います。アントラーズサポーターの皆さんには、今までの応援本当にありがとうございました。」

右サイドバックの控えとして影からチームを支え続けた内田潤の移籍が決定した。
今季は怪我でもなくベンチ入りすらしていなかったので、誰もが予感していたことであろう。
彼の想い出と言えば、2003年の最終節、雨のさいたまスタジアムで怪我を押しての出場。
黒いプロテクターを着けた腕はアウェイの白いユニに映え、フラムのユニフォームのようであった。
また、同じ2003年のナビスコ杯アウェイのジュビロ磐田戦では、3バックの一角を担い、トータルでの勝利・決勝進出への原動力となった。
敵ながら名波は「誰が出ても鹿島は鹿島」と言い放ち、
トニーニョ・セレーゾ監督には「3人のブルドッグ」と言わせしめた。
守備固めのイメージが取り憑いた内田潤ではあるが、彼の得意技はスルスルと上がっていく鰻ドリブル。
結局、真価を見せずに去ることになったが…
結果的には名良橋を追い越すことが出来なかった、ということになってしまうであろう。
入団が2000年というのも不幸だったかも知れない。
しかし、実力主義の世界に身を置く者、本人が最もよくわかっているであろう。
幸聖、大谷と共に新たなチームで出場機会を見いだして欲しい。
そして、聖地で大いなるブーイングを浴びるのだ。

ナビスコ杯決勝トーナメント2ndleg. ガンバ大阪戦

鬼神のセーブ、小澤英明。
32歳。
1992年入団。
これほどまで危機を救った守護神は高桑大二郎以来であろうか。
いや今日の小澤はその比ではないと言える。
コーナーキックからのヘディング2発連続セーブは伝説に数えられると思う。
ミドルもセーブ。
飛び出してプレッシャー。
まさにゴール前の鬼神。
彼一人の活躍ではないが2試合連続の完封。
それ以上にピンチも連続を凌ぐ姿はオーラを発する鳥山キャラもしくは大友キャラのようであった。
正ゴールキーパー曽ケ端準のベンチ入りもかすんでしまった。
この試合でガンバ大阪に対し2003年4月29日以来の勝ち星を挙げた。
苦手意識はなかったものの、勝っていないという事実は気分の良くないものであった。
好ゲームを制す。
良い状態で中断を迎えることが出来たことは幸いである。

上海ツアー

鹿島が中国で国際トーナメントに参加
 中国プロリーグの上海申花は7日、J1の鹿島、イングランド・プレミアリーグのマンチェスターC、スペイン1部リーグのAマドリードを招いて8月4日から国際トーナメント大会を開催すると、公式ホームページで発表した。
[2006年6月7日18時30分]

今季は夏のPSMの情報が無いと嘆いていたところ、このような話が舞い込んできた。
大陸へ飛べということか。
去年の夏に上海のスタジアムを見学してあるので下見は十分である。
駅からすぐでとても行きやすい。
空いている時間には豫園で小龍包を食べられるし、変なテレビ塔にも登れるし。
8月4日の朝に立ち8月7日に帰国、悪くない日程である。
アウェイを肌で感じる体験も必要であろう。

監督コメントと曽ケ端・フェル

アウトゥオリ監督

『相手チームは勝つ為により攻撃重視で戦ってくると思われる。

チーム全体でしっかりとディフェンスし、攻撃ではゴール前での精度を意識しながらチャンスを落ち着いて決められるように、強い精神力を持ち、チーム一丸となって戦う。』




1st legにおいて守備の整備を披露した我が鹿島アントラーズ。

次はフィニッシュである。

とはいえ、昨日、PK練習をしたとの情報もあり、攻撃を凌ぎきってPK戦も視野に入れているようだ。

そんな中で曽ケ端とフェルナンドがチームに帯同し大阪に向かったとのこと。

明るい兆しである。

最初から出遅れた二人の復帰は心強い。

小澤と誓志がポジションを掴んだとはいえ、日本代表GKと助っ人の能力に優位があることは否めない。

特に曽ケ端のコーチングは日本人としても抜きん出ている。

中断前に顔見世興行をし、再開後の巻き返しへ布石を打って欲しいものである。

ワールドカップが近づいてきて思う。

思い起こせば4年前、我が日出大地に置いて世界的大会が開催された。
単国開催に出来なかった悪しき歴史についてここで述べるつもりはない。
ただただ、無念である。
FIFAはこの汚点を歴史に残さざるを得ないことは不幸だと言い切れるであろう。
そして、世紀の誤審問題へと繋がっていくことになる。
閑話休題。
4年前はこの地に異国からのチームが集まり、調整試合が開催された。
我らは国立霞ヶ丘競技場においてイタリア代表と試合を行ったことは記憶に残っているであろう。

        ブッフォン
マルディニ カンナバーロ ネスタ パヌッチ
   ザンブロッタ ディビアッジョ トンマージ
         トッティ
      インザーギ ヴィエリ

          平瀬
       本山    野沢
     青木   本田   熊谷
  アウグスト ファビアーノ 池内 名良橋
          首藤

インザーギ ヴィエリ 平瀬
と先発FW3人が得点した。
我らサポーターの後押しで当時のエース平瀬智行が決めたのである。
代表に5人取られていたとはいえ、我々の布陣はバランスがよい。
巧い選手、潰し屋、ベテラン、若手、速い、守る。
これが伝統というものであろう。

今年はPSMの予定も聞かないので、祭り的な試合が無いのであろうか?
昨年のリヴァプール戦のキャンセルより、話を聞かなくなって寂しい。
マンU戦のように非国民の気持ちを踏みにじりたいのだ。

監督、選手コメントより

【ヤマザキナビスコカップ】鹿島 vs G大阪:パウロアウトゥオリ監督(鹿島)記者会見コメント [ J's GOAL ]

6月4日(日) 2006 ヤマザキナビスコカップ

鹿島 0 - 0 G大阪 (19:00/カシマ/6,679人)

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●パウロアウトゥオリ監督(鹿島):

Q.一般論として、ホームで0−0で引き分けたということはアドバンテージにはならないと思うんですが、どう受け止めていますか?

「それは見方次第ではないかと思います。まず、引き分けでうちが点を取った場合は、どちらが決勝ラウンドに進出しますか? それは日本のサッカーでは新しいことで、皆さま理解を深めなくてはならないと思います。もしうちが、点を取れば1−1とか2−2というスコアであれば、アウェイゴールが適用されて我々が次に進みます。だからと言って引き分けを狙うのではなく、我々は勝ちにいきますし、点をとって失点しないことを前提に戦いに行きます」

Q.点を取って失点しないということですが、今日の試合は0点には抑えましたけれど中盤でボールをさばききれないくて個人技が多く見られたと思うのですが、それは指示だったのでしょうか? それともそうなってしまったのでしょうか?

「私は逆の見方をしています。『どこで個人技があったのでしょうか?』というのが逆に私の質問になります。個人技というプレーがうちのチームには一番足りない部分だと思います。1対1の守備でも攻撃でも個人技が全く無いというところが、また個人の発想が全く無いというところがこのチームに欠けている部分だと考えています。中盤のゾーンでも個人技があれば、ひとりかわすことができれば相手のマークがずれ、そこで数的有利になる形が生まれるわけです。ですから、逆に私はそういうところを要求しているところです。



あとは0−0というスコアというのは我々にとってはプラスの材料になりますし、私は慣れている方式です。アウェイゴールが適用されるわけですから、まず相手は失点してはいけないというプレッシャーを相手に与えましたし、失点せずに点をとれば決勝ラウンドに進む確率は我々の方が有利に進めることができると思います。失点しないことにあまりに注意が増しますと攻撃の部分が手薄になると考えておりますので、こういう状況が我々には有利な形になっていますので、これをうまく活用しなくてはいけないと思います」

以上



【ヤマザキナビスコカップ】鹿島 vs G大阪:試合終了後の各選手コメント [ J's GOAL ]

●本山雅志選手(鹿島):

「勝って勢い付けたかったんですけど、得点取れそうな場面で入らなかったのが痛かったです。前半の最初、(相手に)押し込まれて徐々に盛り返して行けたんですけど、そこをもうちょっと前半から自分たちのリズムでやれるようにしたいです。次はアウェイですけど、点を取らないと次に進めないんで、しっかり勝っていきたいと思います。まぁホームで0−0だったんですけど、アウェイで先に点取れれば大きいんで、先に点が取れるように頑張りたいと思います。

Q.0点に抑えたことについてはどうですか?

「点を取られてたんですけど、自分たちのミスが多かったので。その辺、集中してやってくれているので大丈夫だと思いますし、1週間でだいぶ修正できる部分もありますので、これからは大丈夫だと思います」

●増田誓志選手(鹿島):

「マグノ・アウベスとフェルナンジーニョが(マークの)間に入ってきたとき、付けきれなかったんで。無失点で終わるということを前提に戦っていたんですが、無得点というのは予想していませんでした。無失点で抑えて勝つというのが最低限の目標だったので、0−0というのは少し残念です。

Q.守備に関しての手応えは?

「ボクに関しては間に(パスを)出されたという課題が残りました。ただ、チーム全体としては無失点に抑えたので自信になったと思うし、1週間練習してきたことが発揮された試合だと思いますし、練習してきて良かったなと思います」

Q.アウェイでの戦いに向けては?

「やっぱりアウェイゴールがあるので、うちが点を取るとガンバは乱れると思いますし、先取点を取りたいです。一番大事なのは無失点ということなんで、失点なしで先取点を取るということが目標だと思います」

●青木剛選手(鹿島):

「結果的に0点で抑えられたことは良かったと思います。自分自身まだ小さなミスがあるのでそこを修正して、次はアウェイですけど今日みたいに集中して絶対に点をやらないという気持ちでやれば良い結果が得られるんじゃないかと思います」

Q.今日はアントラーズの流れがあったと思うんですが?

「良い流れはあったので、そこで(点が)取れれば違う結果になったと思います。でも、0点で抑えたことは収穫だと思いますし、守りだけだったかといえば(そうでもなく)攻撃でも良いところが出せたと思いますし、次に向けて良い試合ができたと思います」

Q.もっと攻撃がしたいですか?

「後半はワンボランチで残れと言われていたし、試合前とかも後ろの方でさばけと言われていたので、そこまで前へ前へということは意識していませんでした。アウェイゴールのルールとか、ホーム&アウェイというやり方があるんで、守りだけになってはいけないですけど失点したら苦しくなると思いますので」

Q.アウェイゴールというのが意識にあった?

「アウェイゴールということが先に来るわけではなくて、ホームで失点したくないという気持ちが強くありました。どんな試合でも失点してはいけないと思うのでそういう意識でいました」

●大岩剛選手(鹿島):

「チームとしてうまく守れていたというのもありますし、逆に(ボールを)取ってからの攻撃もカウンターで良い形ができていた。失点しないことを前提に試合を進めていたんでチームとしてもいい形だったと思います」

Q.この1週間、守備の練習を重点的に行っていたようですが、かなり効果があったということですか?

「意識ですね。選手ひとりひとりがボールに対してきっちり行くという意識が今日の試合でも出ていたので良かったと思います」

Q.木曜日にアウェイの試合が待っていますが?

「今日みたいに良い形で守備をしながら、相手の嫌がる攻撃ができればプレッシャーになると思うし、アウェイということで一つ取れば優位に立てるのでそういう心構えで臨みたいと思います」

●内田篤人選手(鹿島):

「ポゼッションができたのでそれがまた出来れば良いと思います」

Q.家長選手とのマッチアップはいかがでしたか?

「歳も近いし速い。瞬発的な速さで体力もある。3−5−2のサイドって体力的にきついポジションなんですけど、あれだけディフェンスもやって攻めるのは学ぶところがあります。この前の対戦ではクロスを簡単にあげられてたので、今日は左を切って対応したんですけど、後半ちょっとやられたんでまだまだいろいろ考えていきたいです」

●深井正樹選手(鹿島):

「チームのためにということを一番に考えて、守備も攻撃も動きのなかからチームに与えられればと思ってやってました。いまチームは良い方向にも悪い方向にも転がりそうな嫌な雰囲気があったので、それは選手ひとりひとりが気持ちの中で変えて行かなきゃいけないものだし。僕は口でチームを引っ張るというのはあんまり出来ないんで、なるべくそういうのはプレーで表していければと思ってこの1週間やりました。次の試合はきっちり勝って、また修正する時間もできるので、次は結果にこだわっていきたいですね。アウェイゴールについてはあまり気にしないで、自分たちはアウェイですけどまず勝ちに行かなきゃいけないんで。最初から引き分け狙いじゃ負けてしまうので、まず勝ちに行く、勝たなきゃ次は無いという気持ちで行きたい。勝てば自ずと次に行けるわけですから」



トニーニョ・セレーゾ時代に比べて監督への質問に答えを誘導しようとする意図を感じる。

インタビュアーが変わったのだろうか?

しかし、その意図をはぐらかすかのように答えていくアウトゥオリ監督に百戦錬磨の経験を垣間見るのは勘ぐりすぎであろうか。

この監督は実績も十分であるが、それ以上にプロ監督としての仕事意識を感じることが出来る。

少々壁があるが。それも意図したものであろう。

そして、君たち(インタビュアー)にわかるような安易なサッカー観で試合に挑んでいるわけではないよ、という答えが必ず返ってくる。

キャラクターと言ってしまえばそれまでではあるが、非常に参考になる。

人生の師として仰ぐに相応しいのではないか。

彼の言葉を額面通りに受け取るだけでは成長はない、しかしその裏に隠された意図を読みとることが出来れば、大いなる成長が約束されるであろう。

選手にとってはチャンスである。

特にゲームキャプテンに抜擢されている岩政やコンバートでポジションを得た誓志は、近い将来チームを担う器としてこの師から多くを吸収すべきである。

マスコミ対応もサッカー界に身を置く者の仕事の一つであることを認識して欲しい。

ドイツでFKをふかしている場合ではないのだ。

ナビスコ杯決勝トーナメント1stleg. ガンバ大阪戦

青木復帰で守備が安定。
久しぶりの完封。
しかし、攻撃陣は不発。
その中で途中出場の康平はサプライズだった。
ニュー・ツイン・タワー。
田代+康平。
だが、上げる選手がいない…
新井場は効いていた。
深井も活躍。
でも、そういう戦術ではない。
康平には高さを活かすプレイを期待されているわけでは無いようだ。
惜しいシュートが入っていれば…
しかしスコアレス。
このあたりを改善しないと前に進めないであろう。
まあ、無失点、一つ前進した。
次に得点してチームの状態を良くしていけばよい。
まずは勝ち抜けること、それが重要である。

補強の噂

サンパウロのサントス鹿島移籍か
 サンパウロDFファビオ・サントス(20)が鹿島に移籍すると、ブラジル紙ランセが2日、報じた。期間は来年1月末まででレンタル移籍。ファビオ・サントスは、昨年アウトゥオリ監督が世界クラブ選手権を制した際の教え子。03年には宮城県で行われた仙台杯にU−18ブラジル代表として出場し、平山らを擁する日本代表を抑え優勝。昨年はオランダで行われたワールドユース選手権にも出場した。(エリーザ大塚通信員)
[2006年6月4日8時55分 紙面から]

補強の情報。
真実かどうかは定かではないが、火のないところに煙は立たないと思いたい。
サントスでは左サイドバックの控えらしい。
石川の穴を埋めたということか。
正直言って微妙な印象である。
若くして来た助っ人にいい記憶がないのである。
昨季のアリ、先日京都を解雇されたリカルド…
能力なら日本人以上のものを持っているとは思う。
しかし、遠く離れた、言葉も文化も異なる異国の地で孤独に耐えるにはサッカーの才能以外にも必要な能力があるのであろう。
ファビオ・サントスにこの能力が備わっていることを望む。
また、アウトゥオリ監督が彼のサッカー才能とモチベーションをコントロールすることに期待する。
ファビオ・サントス選手は人生を駈けて海を渡って来るわけだから。
ファービオ ファビオ ファビオ・サントス!!

平瀬たびたび

もう去った選手のことはどうでも良いはずなのだが、気になる選手もいる。
元日本代表FW平瀬智行
去年からトップでの活躍を耳にせず心配していた。
その不良息子のような男が初ゴール。
素直に喜びたい。
同期入団の柳沢に触発されたのか、池内に触発されたのかわからないが、結果を出したことは賞賛しよう。
本当に心配していたのだ。
イタリアからゴールをこじ開けた大物ストライカーが無知なオーナーのクラブで不貞腐れ手いるのではないかと。
才能は折り紙付き。
いずれ戻ってくる際には受け入れたいキャラクターである。
そのためにも不動のセンターFWでいて欲しい。
3冠の立役者であることは誰も忘れていないのだから。

国際親善試合 イタリアvs.スイス

イタリアとスイスは1-1ドロー、メキシコとオランダは1-2でオランダ。
イタリアについてはトッティの90分間出場に焦点が当てられていたが、実際はトッティとデルピエロの併用が機能するかどうかが重要なポイントだったと思う。
結果的には全く機能しなかった。
これは戦術以前に、トッティのコンディションと試合勘が戻って無く、テストにすらならなかったためである。
ほとんどボールに触れず、ゲームに参加している様子が無かった。
一方、デルピエロもサイドに回されて自分のプレイが出来ずにいた。
ボールはキープするものの前線にコマが足りず、何も出来ずに終わった。
それでも得点してしまうイタリアには脱帽する。
左サイドバック、グロッソからのクロスにジラルディーノ。
中盤に人がいなくても得点できるパターンである。
なお、後半はデルピエロを下げ、2TOP+トップ下としたが、相変わらずトッティは消えていた。

我々は野沢と本山の併用にこだわる必要はなく、新井場から田代に活路を見いだすべきなのだ。
特に野沢はもうFWの選手で中盤やサイドに起用すべきではない。
怪我人の関係上仕方のない状況ではあるが、前にいて光る素材を腐らせる必要は無い。
和製ファンタジェスタ。
レジスタにはなり得ない男なのだ。

しかし、イタリアの中盤はショボイ。
どうせ出場しない満男を貸してあげたいくらいだ。

シェバ売約決定

シェフチェンコ62億円でチェルシー入り

 イングランド・プレミアリーグの2季連続覇者チェルシーは31日、ACミラン(イタリア)からFWシェフチェンコ(29)をクラブ史上最高額で獲得したと発表した。契約は4年。現地での報道によると、移籍金はおよそ3000万ポンド(約62億円)。



 シェフチェンコはクラブの公式ウェブサイトで「最高のタイミングでチェルシーに来られた。プレミアリーグでプレーするのは新たな挑戦で楽しみ」とコメントした。



 2年前に欧州最優秀選手に輝いた同選手は、ウクライナ代表の主将としてW杯に初出場する。


[2006年6月1日12時45分]



遂に契約成立。

巨額な金銭で選手が動いた。

現代の人身売買である。

本人は「楽しみ」とコメントしているが、実際はどうなるのであろう?

ジョセ・モウリーニョの率いるチェルシーはスポ根マンガで言うところの個性を殺したマシン軍団である。

自分で考えることを禁止させられ勝利だけを追求していく、そして主人公の奔放としたプレイに感銘を受け自分を出して(監督に背き)敗退するが人間性を取り戻す。

そのストーリーに身を置く決心をしたというのか?

またバルセロナに敗退して自分に気付くというのか?

自分中心のチーム作りをしてくれるアーセナルに残ったアンリの方が人間らしくないか?

でも、米国人の奥さんの言うことは聞かざるを得ないのが現実であろう。

恐怖政治。

ソビエト連邦で生まれ育ってしまったこの男は自由世界の住民には逆らえない。

他人事とはいえ恐ろしい話である。

まだ本田主将の奥さんの方が人間味に溢れている。
プロフィール

Fundamentalism

Author:Fundamentalism
鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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