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サンスポ再び手抜き

京都が鹿島・柳沢と完全移籍で基本合意、近日中に正式契約へ
 今季からJ1に復帰する京都が、J1鹿島のFW柳沢敦(30)を完全移籍で獲得することが、8日までに分かった。京都は既に同選手と基本合意しており、近日中に正式契約する。  昨季の鹿島はJリーグ優勝、天皇杯制覇を達成したが、主将を務めた柳沢は故障などもあり出場機会が激減していた。
 京都はFW強化を課題に挙げ、柳沢の獲得に乗り出していた。


12月22日に続きサンスポがまた手抜き記事である。
何も無い記事を恥ずかしげも無くヌケヌケと載せておる。
正月ボケも良いところである。
このような手抜きもメディアチームの発足で改善されると信じたい。

じっくり休め

鹿島始動遅らせろ
 鹿島は今季のチーム始動が遅れる可能性が出てきた。28日始動予定だが、オズワルド・オリヴェイラ監督(57)が休養期間が短いとして、31日への変更を求めているという。さらに選手には「(天皇杯決勝翌日の2日から)2週間は体を動かすな」と指令。今季はACLなどで日程がハードになるため、長めに休ませたい意向だ。
(2008年1月8日06時03分  スポーツ報知)


流石は元フィジコである。
昨季は最長の元日まで戦い、今季はACLの戦いもある。
試合数を考慮すれば、この指示は的確と言えよう。
しかし余りにも長く休んでおると、調所広郷に三千両の追加を取られるので注意せよ。

柳沢京都か

決定的!柳沢“破格の京都移籍”

さよなら「ミスターアントラーズ」
Photo By 共同

 鹿島の元日本代表FW柳沢敦(30)が、今季J1に昇格する京都に完全移籍することが決まった。鹿島側には元日の天皇杯決勝後に移籍の決断を伝えており、正式オファーのあった京都とはすでに契約面で基本合意に達しているという。バカンスから帰国する12日にも正式に発表される運びで、「ミスターアントラーズ」が新天地での復活を目指す。
 柳沢が復活への新天地として選んだのは、今季J1に昇格する京都だった。関係者によると、すでに金銭を含めた条件面で基本合意しており、あとは契約書にサインするだけだという。鹿島の事務所開きとなった7日、必死の慰留に努めてきた大東社長も、年頭あいさつで「柳沢は移籍することになりました」と全スタッフに説明。「とても残念だけど、彼の意思を尊重したい」と寂しげな表情で話した。


 柳沢は出場機会が減ったことなどを理由に、昨年12月19日にチームへ移籍を志願。天皇杯終了まで移籍問題を封印していたが、天皇杯決勝で優勝した後に鹿島側に移籍の意思を正式に伝え、いち早く獲得に名乗りを上げていた京都への移籍を決めた。


 京都は破格の待遇で柳沢を迎える。関係者によると、契約内容は年俸6000万円の複数年。獲得を切望していた加藤久監督も「彼の得点能力に期待している。彼の加入で(FWの)パウリーニョや田原らにも競争意識が高まると思う。レギュラー?そのつもりです」と話しており、期待の高さがうかがえる。


 京都入団は海外でのバカンスから帰国する12日にも正式発表される運びだ。昨季は主将、そして選手会長としてチームをけん引した「ミスターアントラーズ」。6年越しの10冠達成となったJリーグ優勝と、天皇杯制覇による11冠を置き土産に新たな挑戦へ向かう。


 ▼柳沢の鹿島成績 96年にプロ入りして以来、イタリアのセリエAのサンプドリア、メッシーナに活躍の場を求めた以外は、鹿島一筋でプレー。Jリーグは通算220試合に出場し80ゴールを記録。
[ 2008年01月08日付 紙面記事 ]


「京都・柳沢」10日にも発表
 鹿島の元日本代表FW柳沢敦(30)が今季京都でプレーすることが7日までに決定した。京都から年俸6000万円(推定)の複数年の提示を受け、両者間で基本合意に達した。鹿島も苦渋の選択として移籍を容認。海外バカンス中の柳沢の帰国を待って、早ければ10日にも発表される見込みとなった。


 この日、仕事始めとなった鹿島では、大東和美社長が全社員に柳沢の京都移籍を報告した。同社長は「とても残念なことだけど、個人的には最後は鹿島でという思いもある。あとは本人次第」と引退後は指導者として受け入れる考えがあることを示唆した。
(2008年1月8日06時03分  スポーツ報知)


1月3日に緑虫へ断りを入れたと報じられたときから、否、本人が移籍志願した12月20日に彼の既に心は決まっていたのでは無かろうか。
その裏で先発保証と年俸の50%アップは大きいと言えよう。
意志の強いこの男の心変わりを期待する方が間違っておったのである。
大東社長の言うように将来の指導者として期待する方が良かろう。
気持ちを切り替えて再び戻ってくる日を夢見ようではないか。

メディアチーム発足

浦和に負けるな鹿島メディアチーム

 鹿島が浦和にも匹敵する大メディア露出作戦を開始する。今季からメディアの露出度を高めるために、「メディアチーム」を発足させることが分かった。大東社長によると、外部からエキスパートを招へいすることも検討中という。また、チームの将来を考え、これまで以上に下部組織の充実を図ることも決まった。コーチ陣を2人増やし、生え抜き選手の発掘と育成に全力を注ぐ。

[ 2008年01月08日付 紙面記事 ]


2003年以降のメディア露出の減少は致命的であった。

観客動員は減り、人気と共に成績も芳しくなかったことは紛れもない事実である。

牛島発言による総スカンだけでなく、メディアから遠ざけられていたと言えよう。

昨季、劇的な優勝を勝ち得、代表候補も選出された今、更なる露出を行うことは悪くない選択である。

ここで、メディア露出が中心に報じられておるが、密かに下部組織充実の報の方が重要である。

某クラブチームとは異なり生え抜きで戦う姿勢が改めて強調されていくわけである。

その部分こそ「負けるな」である。

さらば吉澤

吉澤佑哉選手がカマタマーレ讃岐に完全移籍
標記の通り、吉澤佑哉選手が、カマタマーレ讃岐に完全移籍することが決定しましたのでお知らせ致します。


■吉澤佑哉(よしざわ・ゆうや)
<生まれ>
1986年4月20日、栃木県出身
<経歴>
今市ジュニオール―鹿島アントラーズジュニアユース―鹿島アントラーズユース―鹿島アントラーズ(2005)
2003、2004茨城県国体選抜
<成績>
J1通算3試合0得点、ナビスコカップ・天皇杯ともに出場実績なし
<ポジション>
ミッドフィルダー
<サイズ>
173センチ、67キロ
<吉澤選手コメント>

ジュニアユースから9年間お世話になったアントラーズから離れることになりました。ここでの経験を生かし、カマタマーレでも頑張ります。応援ありがとうございました。


フリークス優勝記念号に於いて「またアントラーズでプレイしたい」と述べておった吉澤の行き先はカマタマーレ讃岐とのこと。
マスコットキャラクター「カマちゃん」「タマちゃん」も喜んでおろう。
キャラクターデザインはいしかわじゅんである。
フロムKといったところか。

岩政大樹の大予言

岩政の予言「1月か2月代表デビュー」



鹿島DF岩政がサッカー教室でPKを実演する(撮影・広重竜太郎)

 2008年、1の月に、代表デビューを果たすだろう…。15日からの日本代表候補合宿を前に6日、「イワマサダムス」こと? 鹿島DF岩政大樹(25)の口から「予言」が出た。


 岩政 (合宿で)ふるい落としは意識してない。DFはキャンプで見て、どうこうはないと思う。12月の試合(天皇杯)は大事だったし、アピールして終われた。デビューするのにはもってこいの段階。1月か2月にデビューできると思う


 昨年は「自分でもビックリ」と言うほど、予言が当たった。夏の時点でリーグ優勝を予言し、その後も初の代表入り、天皇杯優勝を次々に言い当てた。現在、候補選手は32人。次のステップへ進む時に10人前後が落とされることが予想される。だがセンターバック陣は闘莉王が故障明け。水本、青山も五輪組として今後、常に招集することは難しい。レギュラー濃厚なのは中沢だけで、岩政が残り1、2枠に食い込み、1、2月に予定されている6試合の中で代表デビューを果たす可能性は十分だ。


 先を読む力は天性のもの。母英子さんは「次にこうなるから、今はこうやるという計画を立てるタイプ」と明かす。岩政は「すべての面で昨年を上回る年にする」と、サバイバルではなく、もっと先を見据えている。【広重竜太郎】

[2008年1月7日9時10分 紙面から]


岩政予言「代表初陣は1月か2月」

 鹿島の日本代表候補DF岩政大樹(25)が、自らの代表デビューを“予言”した。この日、若手FW佐々木とともに山口県の小野田で年始恒例のサッカー教室に参加。「デビューするにはもってこいの段階に来ている。1月か2月のどこかの試合でデビューできると思う」と話した。


 そもそも、岩政は有言実行タイプの選手。昨季も「目に見える記録を残して代表入りする」と公言。言葉通り、Jリーグタイ記録となるDFの4試合連続ゴールを記録。リーグ逆転Vも成し遂げて、岡田ジャパンで悲願の代表入りを果たした。


 07年度天皇杯の準決勝、決勝で試したアグレッシブな守備でアピールし予言を的中させるつもりだ。

[ 2008年01月07日付 紙面記事 ]


岩政のよ〜く当たる大予言「1、2月中に代表デビュー」



故郷でのサッカー教室に参加した“予言者”岩政は、自身の代表デビューのお告げを出した

 鹿島の日本代表候補DF岩政大樹(25)が1、2月中に代表デビューすることを大予言した。6日は山口・山陽小野田市で行われたサッカー教室に参加。「1月か、2月で代表デビューできる。昨年12月の試合(07年度天皇杯)ではいいアピールができたし、デビューするにはもってこいの段階にきている」と確信めいた表情で言い切った。


 単なる予言ではない。06年は自身の代表入りを予想し続けた。リーグ戦では首位と勝ち点10差あった夏場から「優勝できる」と言い続けてきた。天皇杯では準決勝以降の勝ち上がりを予想。そのすべてが現実のものになった。母・英子さんも「昔から逆算して物事を考える子」と能力を認知しているほどだ。


 15日からの代表候補合宿には32人の招集が発表されており、26日のチリ戦までに絞り込みが行われる。生き残れる保証はどこにもない。だが、天皇杯で「前に出て、個の力でボール奪う代表を意識した守備」に挑戦。5試合1失点、優勝でものにした自負がある。「今年はもう1つ上の段階へ行くために、どん欲に取り組みたい」。1、2月中の代表戦は計6試合。有言実行男が今年もその名をはせる。

(2008年1月7日06時01分  スポーツ報知)


佐々木はサッカー教室に参加するほど回復している模様。

これは朗報である。

確かに12月1日の優勝時には元気に跳ね回っておった。

しかしながら完治は1月下旬と報じられており一抹の不安があったことは否めなかったことも事実であった。

故郷鹿嶋を遙か離れ長州の地に立つのは如何なる気分か。

その長州のライバルとなる薩摩では於一が調所広郷の密貿易を暴くのであった。

岩政サッカー教室

岩政が地元サッカー教室でテクニック披露

 サッカー教室でPKを実演する鹿島DF岩政(撮影・広重竜太郎)
 山口県出身の鹿島DF岩政大樹(25)が故郷のサッカー少年にエールを送った。6日、山口・山陽小野田市でサッカー教室を開催。約2時間にわたり、ミニゲームに参加したり、PKを実演したりプロのテクニックを披露した。  92人の小6の子供を前にした最後のあいさつでは「6年後には君たちもアントラーズに入れる年になる。僕もその時まで頑張ってるから、待っているよ」と呼び掛けた。
[2008年1月6日18時58分]


岩政に付いて山口県山陽小野田市くんだりに行く広重氏には感服する。
ガセもあるが、このような記事を書いてくれることには感謝してもしきれないものである。
今季もよろしくお願いします。

ファボン移籍鹿島次第

音信不通ファボンがサントスと合意

 5日付のブラジル地元紙が、鹿島との契約をあと1年残すDFファボンがサントスとの移籍交渉に合意したと報じた。ファボンはケガの治療のために、昨年12月上旬にブラジルに一時帰国。鹿島からはオフの過ごし方などの指導を受けていたが、その後、音信不通となっていた。今後は代理人を通じて鹿島との話し合いを行うことになる。

[ 2008年01月06日付 紙面記事 ]


12月28日に第一報が報じられ、1月3日にも微妙と言われておったファボンであるが、ブラジル地元紙では既にサントスと合意し鹿島側の返答待ちになっているとのこと。

ここまで来ると快く送り出すべきと言わざるを得ない。

実際にファボンの活躍抜きに9連勝を行いリーグ制覇し、天皇杯も勝ち得た。

そして伊野波の獲得もほぼ決定である。

ファボンの移籍金でユダを早期復帰せしむれば、さほど問題なかかろう。

と言うよりも、余剰戦力を持つ必要が無くなり、我等・サントス・ユダの三方にとって幸福である。

ここで最も重要なのは、ファボンの移籍金をより高く設定し、ユダの移籍金をより低く抑えることとなる。

本日までお正月休みのフロントであるが、明日より激務が待っておる。

その最後の晩は篤姫を見て心を洗うのだ。

心して仕事せよ。

天と地とを見ても良いぞ。

マウス&マウス

島の誇りだ鹿島DF岩政に応援ソング誕生



「岩政ソング」をつくると約束した同郷のマウンテンマウスと鹿島DF岩政

 鹿島DF岩政大樹(25)に、日本代表候補入り効果で応援歌が誕生する! 山口・周防大島出身初の代表候補選手として地元に帰省中の岩政が5日、小中学生相手にサッカー教室を開催。参加者、観客合わせて例年の倍近い約600人が集まる中、ただ1人、異空間に迷い込んだような男がいた。野球のユニホームに身をつつみ、プリクラを何枚も張り付けたギターを弾いている。岩政目当てのファンを奪おうというのか…。


 だが正体は地元出身の兄妹デュオ、マウンテンマウス。ボーカル・まーしー(25)は熱く語った。「岩政選手が、この大島から代表選手になったのは本当にすごいこと! 2月中に応援歌をつくりたい。『岩政ソング』です!」。実は見知らぬ間柄ではない。岩政とは隣町の出身同士で同い年。少年時代はサッカーの試合で対戦した。小学校の教師を務める岩政の両親を通じ、2年前には尊敬の思いを届けようと実家でゲリラライブ? を開いた。プロ野球の楽天の公認応援歌も歌うなど、応援歌シンガー? としての実績もある。


 岩政も島民の期待を肌で感じている。「毎年、実家に帰るたびに周りから『代表に入って』と言われていた。田舎町ではチームでの活躍より、代表での活躍の方が喜ばれると思う」。この日は兄剛樹さんが司会進行を務め、両親も雑用をこなすなど岩政家で地元に恩返し。1日の天皇杯決勝後も、2日に移動で体を動かさなかった以外は、故郷でサッカーを通じて交流を図ってきた。「これもリフレッシュと考えれば休まなくても大丈夫」。島民の夢も背負い、岩政は08年シーズンを戦う。【広重竜太郎】

[2008年1月6日9時25分 紙面から]


「マウンテンマウス」が岩政応援歌

 鹿島の日本代表DF岩政の応援ソングが製作されることになった。地元・山口の周防大島で行った第2回サッカー教室に、楽天の応援歌などを歌う同郷歌手の「マウンテンマウス」が飛び入り参加。岩政の代表入り祝いとして、3月の開幕までに「子供たちが彼にあこがれてJリーガーになれたらという歌を作る」と約束した。代表として初めて帰郷した岩政は「毎年この辺の人たちには代表、代表と言われていたので、周りを喜ばすためにも代表に入りたかった」と笑顔だった。

[ 2008年01月06日付 紙面記事 ]


鹿島DF岩政、故郷の周防大島に凱旋…応援歌もできるぞ



のぼりを持つファンとともに記念撮影に応じる鹿島・岩政(中)と同じ周防大島出身のマウンテンマウス・まーしー(右)

 鹿島の日本代表候補DF岩政大樹(25)が5日、地元の山口県周防大島町でサッカー教室を開催した。リーグ、天皇杯の2冠獲得、代表候補選出後の “凱旋”で島は大フィーバー。同町出身の兄妹デュオ「マウンテンマウス」が応援曲を手がけるほか、後援会発足も秒読み段階に入っていることが判明。代表定着を狙う08年、島の全面バックアップを受ける。


 マウンテンマウスは主に歌で山口県をPRする2人組ユニット。小学校時代に、何度も対戦したことがあるという兄まーしーは、プロ野球・楽天の球団公認応援歌を作った経験を基に「こんな小さな島から代表とは信じられない。ぜひ応援したい」と、3月のリーグ開幕までに応援歌を完成させる意向だ。オフが1日しかない多忙な合間を縫って指導した岩政も「島のみんなが喜んで、分かりやすいのが代表。どん欲にやる」と、代表生き残りを宣言した。


 ◆周防大島町(すおうおおしま)2004年、大島郡の4町(大島町、久賀町、橘町、東和)が合併して誕生。瀬戸内海西側に浮かぶ面積約140平方キロの島。人口約2万人。移民交流のあったカウアイ島と姉妹都市契約を結んでいる。特産はみかんなど。他の主な同町出身の著名人は作詞家の星野哲郎氏。

(2008年1月6日06時00分  スポーツ報知)


何ともわかりやすいユニット名である。

素直に県民が応援したくなるであろう。

その山口県民の誇りが岩政の応援歌を作るとのこと。

ビッグマウスも更なる飛躍の時である。

代表候補が代表となる日も近いやも知らぬ。

TOSTEM様々

ACL戦ユニホーム胸ロゴもトステム
 J1鹿島の今季出場するアジアチャンピオンズリーグ(ACL)用のユニホームの胸スポンサーが、国内の試合と同じく住宅用建材のトステム社に決まった。別のスポンサーと契約することも可能だったが、トステム社はACLの鹿島の対戦国であるベトナム、タイ、中国にいずれも工場を持っている。「鹿島の胸スポンサーといえばトステム」と、他社に譲る気はまったくなかったという。
[ 2008年01月05日付 紙面記事 ]


まさにスポンサーの鑑である。
我等はファミリーとして共にある。
徳川の治世は二百六十余年。
これほど政変もなく長らく安定した時代は世界にも例がない。
パクス・トクガワーナとも呼ばれるこの平和は、現在の日本以上である。
その末期、第十三代将軍家定に嫁いだのが後の天璋院である。
彼女の人生は今後徐々に明らかになって行くであろう。

3外国人選手去就

鹿島・マルキーニョスとダニーロが残留…2冠達成に貢献
 J1鹿島のFWマルキーニョス(31)とMFダニーロ(28)が残留することが2日、分かった。マルキーニョスはリーグ7位タイの14得点で逆転優勝に貢献。一方、日本サッカーに戸惑いリーグ戦26試合無得点のダニーロは、1日の天皇杯決勝で公式戦初ゴールをマーク。2年目の活躍が期待される。また、右足関節脱臼骨折でブラジル帰国中のDFファボン(31)は残留に合意していたが、ブラジルリーグ・サントスからオファーを受けており、近日中に去就が決定する。

優勝を決めた翌日にマルキーニョスの残留は報じられておったが、改めて残留することが明言された模様。
彼のゴールに向かう姿勢と献身的なプレイは、彼の言葉「鹿島でプレイするのが夢だった」を体現しており好感が持てる。
その甲斐あって優勝も出来たと言えよう。
次はアジアCLの優勝、FCWCと明言しておるのだから、これも有言実行して貰おうではないか。

正直、ずっと微妙であったダニーロであるが、天皇杯に於いて1G1Aは全て印象深いものであった。
特に優勝を決めた広島戦のゴールは前評判のプレイであった。
全ての試合で短い出場時間ながら決定的仕事をしたことは来季も共にあるということである。
ただ、天皇杯優勝コメントに於いて、「サッカー選手にとって、途中から出ることに満足する人はいないだろう」と語るように先発への戦いが2008年度最初の大きな戦いとなろう。
とはいえ、試合数の増える今年度はチャンスが多いはず、今季同様腐らずにプレイすることを強く望む。
力は十分にあるのだから。

問題はファボンである。
12月28日に移籍報道が流れて六日が過ぎ去った。
とりあえず伊野波獲得ユダ復帰が濃厚の為、CBに大きな不安は無いが、明るい性格、高さと強さ、そして得点に直結するフィードは捨てがたい。
2005年度のFCWC決勝戦に於けるサンパウロFCの唯一の得点はファボンのフィードをポストし飛び出したMFが決めたものである。
この形は今の鹿島が求めているものと言えよう。
しかしながら鶏肋は鶏肋。
早めに諦め、次へ目を向けることも必要である。
フィードであればユダも悪くない、青木も素晴らしい。
この問題を早期に解決し、ユダ・青木問題に着手したいものである。

伊野波雅彦獲得か?

鹿島が東京MF伊野波獲得へ



母校鹿児島実の試合をスタンドから観戦する東京FCの伊野波(左)

 昨季Jリーグと天皇杯を制した鹿島が、東京のU−22(22歳以下)日本代表DF伊野波雅彦(22=東京)を獲得することが濃厚であることが2日、分かった。天皇杯優勝から一夜明けたこの日、鹿島幹部が伊野波と代理人を交えて都内で交渉し、1年間の期限付き移籍を提示。現在所属する東京や千葉など複数のクラブとの争奪戦となっているが、年明け早々の直接会談で好感触を得たもよう。条件面などを煮詰め、早ければ来週中の契約合意を目指す。



 鹿島は、伊野波が阪南大でプレーしていた05年時から将来性を高く評価。東京では主にボランチを、U−22(22歳以下)日本代表ではセンターバックとして、今年8月開幕の北京五輪出場権獲得に貢献したことから、昨季終盤から獲得へ向けて水面下で調査を進めていた。関係者によると、伊野波自身もかつて鹿島総監督だったジーコ氏(現フェネルバチェ監督)主催のサッカースクールに参加するなど、ゆかりのある鹿島に関心を持っていた。同時に東京でポジションが重なる日本代表MF今野の残留が確定したことで、移籍に前向きになったという。



 鹿島は、04年まで在籍していたバーゼルDF中田の再獲得も決定的で、伊野波が加入すれば、国内連覇とともにアジアチャンピオンズリーグを視野に入れた補強にめどが立つ。


[2008年1月3日9時39分 紙面から]



FC東京・伊野波の鹿島入り濃厚…万能さを高く評価

 J1鹿島の、FC東京のU−23日本代表DF伊野波雅彦(22)獲得が濃厚になっていることが2日、分かった。鹿島の幹部がこの日、都内で伊野波と交渉を行った。今年はアジアCLにも出場する鹿島では、複数の守備的なポジションをこなす能力を高く評価していた。

 「自分がどこで一番成長できるか考えたい」と移籍を視野に入れている伊野波は、千葉からもオファーを受けている。




FC東京・伊野波の鹿島入り決定的に

 FC東京のU―22日本代表MF伊野波が、鹿島に移籍することが決定的となった。西が丘で行われた母校・鹿児島実の試合をスタンド観戦した伊野波と、鹿島の鈴木満取締役強化部長が試合後に会談。関係者によると、鹿島からの条件提示はなかったが、伊野波本人も鹿島入りに前向きなことから、一両日中にも鹿島移籍が決定することになりそうだ。

[ 2008年01月03日付 紙面記事 ]



「鹿島・伊野波」7日にも発表

 F東京のU―22日本代表MF伊野波雅彦(22)が、鹿島に移籍することが2日、決定的になった。鹿島の強化担当者と都内で第1回の交渉に臨んでオズワルド・オリヴェイラ監督の戦力構想を伝えられ、移籍に前向きな姿勢を示す一方、近い関係者にもその決意を明かした。

 条件提示、契約サインなどは今後になるが、レンタル移籍の見込み。早ければ仕事始めの7日にも正式発表される。鹿島は今季、アジア・チャンピオンズリーグによる試合増に備え、戦力補強に着手。サイドバック、センターバック、ボランチをこなせる伊野波に白羽の矢を立てていた。


(2008年1月3日06時00分 スポーツ報知)



4紙とも伊野波の鹿島入りを報じてきた。

これは可能性が高いのではなかろうか。

この獲得が成れば、羽田もセレッソで今季同様プレイ可能となり双方にとって幸福であろう。

ただし、報知の言うようにレンタルによる移籍であるとしたら、かなりの試合に出る必要がある。

層が薄かったボランチは満男・青木・チューヤン・船山に修人とユダとコマは揃っておる。

CBが岩政・大岩に去就が微妙のファボンでここに割って入ることと成ろう。

しかしながらDFラインはあまり変えぬもの。

ここは本人の努力を見守っていこうと思う。

緑虫の末路

「京都柳沢」誕生濃厚、加藤監督手ごたえ}



試合後、長く居残り柳沢コールを続けたサポーターのもとにあいさつに向かう柳沢(撮影・野上伸悟)

 鹿島の元日本代表FW柳沢敦(30)が、J1に昇格する京都に移籍することが2日、濃厚となった。柳沢はより多くの出場機会などを求め、移籍を志願。鹿島から残留を要請され、東京Vからも獲得オファーを受けてきたが、京都がいち早くラブコールを送っていた。天皇杯優勝で鹿島に11個目のタイトルをもたらせストライカーは、古都で完全復活を期すことになる。



 「京都柳沢」誕生が、カウントダウンに入った。鹿島が優勝した天皇杯の準決勝、決勝と続けて視察した京都の加藤久監督(51)は2日、既に強化スタッフが柳沢と直接交渉したことを明かした上で「もう悩んでいるということはない。本人の気持ちは決まっていると思う」と獲得成功の手ごたえを口にした。



 柳沢は昨季、世代交代の波と自身の故障で控えが続き、新たな挑戦を目指すために鹿島退団を決意。「今後のサッカー人生にはチャレンジが必要」とリーグ戦後に移籍を表明していた。京都は、実力、人気両面から補強の目玉として、シーズン中から水面下で調査を続けてきた。広島との入れ替え戦でJ1復帰が決定するとすぐに正式オファー。遅れて争奪戦に加わった東京Vより、京都の誠意が元日本代表ストライカーのハートを揺さぶった。



 加藤監督は、今季の外国人補強でFWは獲得しない方針も明かした。柳沢が、パウリーニョと2トップを組むことを想定しているためだ。また、セリエAも経験したベテランFWの真面目な練習態度が、若いチームにとって好影響になると期待している。



 柳沢は1日の天皇杯決勝・広島戦で、11冠目を決定づける2点目のアシストをマーク。試合後、控え室に引き揚げた後も鳴り止まないサポーターからの柳沢コールを受け、再びピッチに登場した。去就については「これからです」と多くを語らなかったが、新たな旅立ちの決意は固めている。


[2008年1月3日9時57分 紙面から]



柳沢、京都!東京Vに断り完全移籍確実



天皇杯を制し、目に涙をためあいさつした鹿島・柳沢 鹿島の元日本代表FW柳沢敦(30)が、京都に完全移籍することが2日、確実になった。昨年12月に移籍志願を表明後、京都、東京Vから正式獲得オファーを受けていたが、この日までに東京Vに断りを入れたことが判明。計約10年間在籍した鹿島を離れ、古都でサッカー人生第2章を迎える。

柳沢が重い決断を下した。関係者によれば、正式オファーを受けている東京Vに断りを入れたという。残る選択肢は京都移籍か残留だが、すでに新しい環境でプレーする意思を固めており、今後は京都移籍を前提とした交渉に臨む見込み。障害は極めて少なく、約10年間在籍した鹿島を離れることが確実となった。

昨年12月19日に「鹿島では成長させてもらったけど、これ以上は成長できない。決断しなければいけない時が来た」と移籍志願を表明。その後京都、東京Vから正式獲得オファーが届き、新潟も強い興味を示すなど争奪戦となっていた。昨年末に京都、東京Vの強化部関係者と会談した結果、京都に絞り込んだ。

京都では、以前鹿島の同僚だった秋田豊氏(37)がトップチームのコーチに就任することが決定している。このことも、決心する1つの要素になったとみられる。また、加藤久監督は先発の座を与えることを明言しており、「成長するために」必要な出場機会も保証されている。

柳沢は1日の天皇杯決勝戦、残留を望むサポーターから「柳沢コール」を受け、ロッカールームから再びピッチへ登場。ユニホーム、スパイクなどをスタンドに投げ入れ「鹿島とのお別れ」とも取れる“儀式”を行った。ミスター・アントラーズが、古都・京都で第2のサッカー人生を歩む。

◆柳沢 敦(やなぎさわ・あつし)1977年5月27日、富山県生まれ、30歳。96年に富山一から鹿島に入団し、03年夏にセリエAサンプドリアへ移籍。その後メッシーナを経て、06年2月鹿島復帰。ユース世代から代表入りし、02年日韓W杯、06年ドイツW杯日本代表。夫人はカリスマモデルの小畑由香里。国際Aマッチ58試合17得点。Jリーグ通算220試合80得点。177センチ、75キロ。


(2008年1月3日06時00分 スポーツ報知)



やれ監督のラブコールED出馬だと獲得に意欲的であった緑虫は合えなく轟沈。

まあ、柳沢敦という男の本質を見極めておれば誰の目にも明らかな結論であろう。

我等は柳沢敦のみならず、常に本質を見極め最終的に何を目標とするのかを考えて行動して行こうではないか。

柳沢敦の導き出す結論は如何に

鹿島FW柳沢に獲得のオファー J1復帰の京都と東京V



広島−鹿島 後半ロスタイム、ダニーロにラストパスを出す鹿島・柳沢=国立競技場

Jリーグ1部(J1)鹿島の鈴木満取締役強化部長は1日、FW柳沢敦(30)に対し、来季J1に昇格する京都と東京Vから獲得のオファーが届いていることを明らかにした。

柳沢は今季終盤からは田代の成長もあって控えに回ることが多くなっている。同日の天皇杯決勝の試合後に去就について「これからです」と明言を避けた。



★試合後に柳沢コール

試合後、鹿島のサポーターからは柳沢コールが巻き起こった。来季J1に昇格する京都、東京Vからオファーが届いており、去就が注目される背番号13。一度ピッチから下がった後、再びスタンドの近くにまで歩み寄ってユニホームとスパイクを投げ入れ、声援に応えた。

この日は試合終了間際に投入され、2点目をアシスト。「2冠は素晴らしいし誇り。この偉業には重みがある」と勝利を喜んだ。




京都と東京Vが柳沢にオファー

J1鹿島の鈴木満取締役強化部長は1日、FW柳沢敦(30)に対し、来季J1に昇格する京都と東京Vから獲得のオファーが届いていることを明らかにした。

柳沢は今季終盤からは田代の成長もあって控えに回ることが多くなっている。同日の天皇杯決勝の試合後に去就について「これからです」と明言を避けた。

[ 2008年01月01日 21:44 速報記事 ]



何度も報じられたように、京都と緑虫より柳沢敦に正式オファーが届いておるとのこと。

彼ほどの偉大な選手がアディショナルタイムまでベンチに座っておるのは奇異である。

戦術的な問題とは言え、ゴールという結果を出しながら状況が変わらないのは歯痒いのも理解できる。

勝ってるチームはいじらないという鉄則を無視できぬところにジレンマがあった。

こうなってしまっては致し方ないと、覚悟も必要なのかも知れぬ。

ここ数日で結論は出るであろう。

そこで明智光秀はこう呟く。

「やっと眠れる」

広島戦報道

鹿島3度目Vで2冠達成/天皇杯

天皇杯を掲げ、大会制覇を喜ぶ鹿島柳沢(共同)
<天皇杯:鹿島2−0広島>◇決勝◇1日◇国立
 鹿島が2−0で広島に快勝し、リーグ戦と合わせて07年シーズンの2冠を達成した。前半8分にDF内田の今季公式戦初めてとなるゴールで先制。後半終了間際にはともに途中出場のFW柳沢のアシストを受けて、MFダニーロが追加点を挙げて突き放した。
 7大会ぶり3度目の優勝で、07年度最後の大会を締めくくった。
[2008年1月1日18時43分]


鹿島内田が岡田監督御前弾/天皇杯

【鹿島−広島】先制ゴールを決めた内田は胴上げされる(撮影・野上伸悟)
<天皇杯:鹿島2−0広島>◇決勝◇1日◇国立
 日本代表候補の鹿島DF内田が同代表の岡田監督が見守る中で御前弾を決めた。前半8分、FWマルキーニョスとのワンツーで抜け出すと、角度のないゴール右のエリアから思い切り右足を振り抜き、主導権を握る先制弾を決めた。「マルキとのワンツーがよかった。1月の代表候補合宿? 今はとりあえず休みます」とホッとした表情を見せた。
[2008年1月1日21時52分]


鹿島ダニーロ、来日初ゴール「いい年迎えられた」 天皇杯
 第87回天皇杯決勝(1日、東京・国立競技場)終了間際にダニーロが左足で豪快に来日初ゴール。「僕の長所はシュート。迷わずに打った」と笑みを浮かべた。

 2005年にはサンパウロの一員として世界クラブ選手権(現クラブW杯)で世界一になった経験を持つ。今季、大きな期待を背負って鹿島に加わったが、なかなか実力を発揮できずにいた。大舞台で実力の片りんを見せた28歳のMFは「1月1日に優勝を飾れて、いい年を迎えられた」とうれしそうだった。


鹿島が2冠達成! 7年ぶり3度目の優勝 天皇杯

前半、先制ゴールを決め小笠原(中央)らと喜ぶ鹿島・内田篤人(左)=国立競技場(撮影・斎藤浩一)
 サッカー日本一を決める第87回天皇杯全日本選手権最終日は1日、東京・国立競技場で行われ、Jリーグ1部(J1)勢同士による決勝は、鹿島が2−0で広島に快勝して7大会ぶり3度目の優勝を果たし、2007年J1との2冠に輝いた。
 鹿島は前半8分に内田のシュートで先制。後半終了間際には交代出場のダニーロが加点した。来季2部(J2)降格が決定しながら決勝に進んだ広島は、鹿島の堅守に無得点に終わった。
 新シーズンの開幕を告げる3月1日のゼロックス・スーパーカップ(東京・国立競技場)では、鹿島と天皇杯準優勝の広島が対戦する。
◆オリベイラ・鹿島監督の話
「タイトルをもたらすために呼ばれ、こういうタイトルを取れた。選手と喜びを分かち合いたい。今日が特別だったのではなく、シーズンを通してやってきたことが勝因」
◆ペトロビッチ・広島監督の話
「負けはしたが、決勝まで来たのは若い選手たちにとって良い経験になった。この天皇杯で取り戻した自信が、来季につながるだろう」
◆日本サッカー協会・川淵三郎会長の話
「結果は順当。広島は柏木がいなかったのが相当に痛かった。鹿島には王者の貫録で、徹底的にやっつけるところを見せてほしかったが…」


鹿島、守備徹底し「11冠」 黄金時代の強さ戻る 天皇杯

広島−鹿島 前半、鹿島・内田(左)と競り合い倒れる広島・佐藤=国立競技場

広島−鹿島 前半、パスを出す鹿島・小笠原=国立競技場

 第87回天皇杯決勝(1日、東京・国立競技場)早々と先制し、広島の反撃をしっかりはね返した。試合終了間際には追加点を奪うなど完勝といえる内容だった。J1との2冠を遂げた鹿島のオリベイラ監督は「全員が守備での役割を果たすサッカーを理解した結果」と誇らしげに言った。

価値ある先制点を奪ったのは、今季の公式戦でゴールがなかった19歳の内田だった。前半8分。マルキーニョスとのワンツーで右から抜け出すと、角度の狭い位置から決めた。
内田はことしの北京五輪出場での活躍を期するほか、フル代表候補にも選ばれている。鹿島復活を象徴する若手は「自分はまだ2度しかタイトルを取っていない。今後は偉大な先輩たちに少しでも近づくことが目標」と謙虚に言う。
鹿島はこれでJ1、ナビスコ杯を合わせた国内主要タイトルが通算で11個目となった。今季は昨年10月のナビスコ杯準決勝第1戦に負けたのを最後に、公式戦12連勝をマーク。黄金時代の強さが戻りつつある。
ことしはアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)にも参戦する。ゲームキャプテンを務めた小笠原は「タイトルを知らない選手が多かったが、こうすれば勝てるというのが分かったと思う。アジアのタイトルも総力戦で奪いたい」とさらなる飛躍を誓った。


天皇杯 鹿島2発!広島の夢砕く

3度目の優勝を飾り、天皇杯を掲げ喜ぶ柳沢(中央手前)ら鹿島イレブン
Photo By 共同

サッカー日本一を決める元日恒例の第87回天皇杯全日本選手権最終日は1日、東京・国立競技場に4万6357人の観衆を集めて行われ、J1勢同士による決勝は、鹿島が2―0で広島に快勝して7大会ぶり3度目の優勝を果たし、2007年J1との2冠に輝いた。Jリーグ発足後、天皇杯3度の制覇は最多となる。
鹿島は前半8分に内田のシュートで先制。後半終了間際には交代出場のダニーロが加点した。J2降格が決定しながら決勝に進んだ広島は、鹿島の堅守に無得点に終わった。
新シーズンの開幕を告げる3月1日のゼロックス・スーパーカップ(東京・国立競技場)では、鹿島と天皇杯準優勝の広島が対戦する。
▼オリベイラ・鹿島監督の話 タイトルをもたらすために呼ばれ、こういうタイトルを取れた。選手と喜びを分かち合いたい。きょうが特別だったのではなく、シーズンを通してやってきたことが勝因。
◆鹿島アントラーズ 前身は1947年創部の住友金属蹴球同好会。Jリーグには創設時から加盟した。元ブラジル代表の世界的名手ジーコを迎えて強化に成功し、Jリーグ開幕年の93年はいきなりステージ優勝。今季のJ1ではリーグ最多となる5度目の優勝を果たした。天皇杯とナビスコ杯は各3度制覇。アントラーは英語で「シカの枝角」の意。ホームタウンは茨城県鹿嶋市など5市。
▼ペトロビッチ・広島監督の話 負けはしたが、決勝まで来たのは若い選手たちにとって良い経験になった。この天皇杯で取り戻した自信が、来季につながるだろう。
▼日本サッカー協会・川淵三郎会長の話 結果は順当。広島は柏木がいなかったのが相当に痛かった。鹿島には王者の貫録で、徹底的にやっつけるところを見せてほしかったが…。
[ 2008年01月01日 16:18 速報記事 ]


鹿島日本一!07シーズン2冠…天皇杯決勝

第87回天皇杯決勝 広島0―2鹿島(1日・国立競技場)
鹿島が広島を下し7大会ぶり3度目の優勝を果たした。鹿島はJ1との2冠達成で07シーズンを締めくくった。
鹿島は前半8分、マルキーニョスとのワンツーから抜け出した右サイドバックの内田が角度のないところからゴール左サイドネットに突き刺し先制。後半ロスタイムには、本山のパスを受けた柳沢がドリブルでゴール前に進出、左サイドのスペースにパスを出し、走り込んだダニーロが追加点を決めゲームを決めた。
新シーズンの開幕を告げる3月1日のゼロックス・スーパーカップ(東京・国立競技場)では、鹿島と天皇杯準優勝の広島が対戦する。
鹿島・オリベイラ監督「タイトルをもたらすために呼ばれ、こういうタイトルを取れた。選手と喜びを分かち合いたい。今日が特別だったのではなく、シーズンを通してやってきたことが勝因」
広島・ペトロビッチ監督「負けはしたが、決勝まで来たのは若い選手たちにとって良い経験になった。この天皇杯で取り戻した自信が、来季につながるだろう」
(2008年1月1日17時35分 スポーツ報知)


Ex-são-paulino marca e Kashima é campeão

O meia brasileiro Danilo, que se notabilizou ao ganhar a Copa Libertadores e o Mundial de Clubes pelo São Paulo, marcou um gol e ajudou o Kashima Antlers a vencer, nesta terça-feira, o Sanfrecce Hiroshima por 2 a 0 e conquistar a Copa do Imperador no Japão.

Danilo marcou o segundo gol do time, já nos acréscimos da segunda etapa. Uchida havia aberto o placar para o Kashima aos 8min do primeiro tempo.

Este é o segundo título da temporada conquistado pelo time comandado pelo brasileiro Oswaldo de Oliveira. O Kashima conquistou o Campeonato Japonês após descontar uma diferença de dez pontos para o Urawa Red Diamonds.

"Estou muito feliz com meus jogadores. O título premia o maravilhoso espírito deste grupo. É o fim de uma grande temporada, mas já temos que pensar no próximo ano", afirmou.

案の定、報道から消し去られておるが、主審は扇谷であった。
そして案の定、広島の悪質なファールをイエローに留めたり流したりであった。
ストヤノフは一発レッドが正解であろう。
新井場がスローインで遅延を取られた際には彼の退場を覚悟した。
優勝の現場に居合わせるために鹿島へ移籍した男の夢を二度に亘って打ち砕くのではないかと恐れたものである。
しかしながら、王者として横綱相撲をし余裕を持ってプレイしたが故、アディショナルタイムには柳沢主将のアシストで突き放して栄冠を勝ち得た。
川渕氏は頓珍漢なコメントを発しておるが、ここは華麗にスルーすべきであろう。
何はともあれ幸先の良い新年である。

広島戦選手コメント

【第87回天皇杯決勝 広島 vs 鹿島】試合終了後の内田篤人選手(鹿島)コメント [ J's GOAL ]

●内田篤人選手(鹿島):

「(今日のゴールは)クロスを狙ってたけど、(田代)有三さんが囲まれてたので、打ってもいいかなと思って打ったら入った。ああいったシュートは高校の時によく練習していた。

今年の目標は、試合経験を積んで、判断だとかフィジカルだとか課題はまだ多いのでしっかりやっていきたい。

(11冠獲得について?)これまでのタイトルは色んな人の力で獲ってきたもの。10冠、11冠は自分が少しでも力になれて獲れたものなので嬉しいです。

(サポーターへ向けて一言)あけましておめでとうございます。サポーターの皆さんに感謝します。今年は一つでも多くタイトルを獲りましょう。よろしくお願いします」


【第87回天皇杯決勝 広島 vs 鹿島】試合終了後の岩政大樹選手(鹿島)コメント [ J's GOAL ]

●岩政大樹選手(鹿島):

「立ち上がりは向こうに勢いがあったが、ある程度の時間を過ぎたら落ち着いてやれた。ただ先制したあとに慎重になりすぎた。今シーズン最後の試合だったので、あまり消極的にならず、欲を言えばもっと(積極的な)良い試合をしたかった。試合中は常に駒野選手のクロスを意識していた。(来季について?)ACLを含めて楽しみ。代表も含めて、海外のチームとどんどん試合をして、上・上を目指していきたい」

【第87回天皇杯決勝 広島 vs 鹿島】試合終了後の大岩剛選手(鹿島)コメント [ J's GOAL ]

●大岩剛選手(鹿島):

「先に点を取ってくれたんで、自分たちがゲームをうまく運べた。

(佐藤・平繁のツートップについて?)準決勝でもガンバが裏を取られて失点していた。できるだけ裏のスペースを与えないようにやれた。駒野選手のクロスも岩政がしっかり対応してくれた。(大会通じて1失点だが?)Jリーグの続きから良い流れでやってこれた。前戦からみんなが守備意識を高くやってくれたので助かった。(今季2冠について)良い形で終われた。今年はACLもあり、さらにレベルの高いところでやれるので、もっと強い、良いチームになれると思う。

(今年は年男だが?)そうですね。…ネタになるんですかそれ?(笑)。まぁ、良いスタートが切れました」


【第87回天皇杯決勝 広島 vs 鹿島】試合終了後のダニーロ選手(鹿島)コメント [ J's GOAL ]

●ダニーロ選手(鹿島):

「去年も一年間良い年だったが、今日1月1日に天皇杯で優勝出来て、また良い年を迎えられた。私はタイトルを取るために日本に来た。そのために厳しいトレーニングをしてきたが、こうやってタイトルを取ることが出来て、とても嬉しい。(親友のファボン選手について)残念ながら怪我で早めに帰国してしまったが、僕らと同じように(優勝の喜びを)感じてくれていると思う。(得点シーンについて)私の長所はシュートだと思っているので、迷わなかった。柳沢選手から良いボールが来たので、迷わずシュートを打った。サポーターへの新年のプレゼントが出来たのではないかと思う。(ファイナルでゴールを決めた気分は?) 自分でゴール出来たことは嬉しいが、それよりもタイトルを取れたことが一番嬉しい。(監督からはどのような指示が?)前回の広島戦のときと同様のものだった。左サイドの新井場選手のところをサポートし、ポゼッションをしっかりすること、そして、チャンスがあれば攻撃に出るように、ということだった。(先発では無かったことについて)サッカー選手にとって、途中から出ることに満足する人はいないだろう。決して満足はしていないが、監督の考えがあるので、自分の出番が来たときに備えて、しっかりと準備をしておくだけ」

【第87回天皇杯決勝 広島 vs 鹿島】試合終了後のマルキーニョス選手(鹿島)コメント [ J's GOAL ]

●マルキーニョス選手(鹿島):

「自分のキャリアの中で、2冠は初めてだし、天皇杯を取ったのも初めて。優勝が決まったときは感動をおぼえた。優勝するために毎日トレーニングしてきて、その成果がこうやって表れて、優勝出来たのでとても嬉しく思う。今年、鹿島に来れてプレーが出来て、一つ目の夢が叶った。そして、優勝という夢も叶った。次は、ACLで優勝して、FIFAクラブワールドカップに出ることが新しい夢となった」

【第87回天皇杯決勝 広島 vs 鹿島】試合終了後の柳沢敦選手(鹿島)コメント [ J's GOAL ]

●柳沢敦選手(鹿島):

(いいアシストだった?)よかったと思います。それよりもダニーロが今まで苦しんで来たし、慣れない環境の中で一生懸命頑張っていた。あの得点には僕たちだけじゃなく、チームのみんなが喜んでいた。みんなが集まって喜んだ風景が印象に残っている。(自分で打とうと思わなかったか?)岡田さんに日本代表に呼ばれた98年に「ゴールへの意識が足りない」と言われたことで、そういうふうに印象付けられた部分がある。そこからのイメージで今に至って、そういう質問になったと思うけど、自分のことよりチームが勝つための気持ちが強かった。勝ててよかったし、あそこでゴールが決まってよかったと思う。もしも僕がシュートを打っていたら、入っていたか入ってなかったら分からないし、違う状況になっていたかもしれないけど…」

Q:チームを大事に思う気持ちが今日も出ていた?

「それはいつも思っていること。自分はチームの輪の中で働かなきゃいけないから。それがプロとしての仕事。もちろん試合に出れなかったりして、悔しさや歯がゆさはあったけど、その中でやっぱりプロとしてチームの中で働いて、サポーターのためにというのを一番に考えなきゃいけない。(天皇杯を授与されたときの気持ち?)初めての経験でしたね。みんなも僕に持たせてくれる雰囲気を作ってくれたし、ホントにいい感じでできたと思う。いい思い出を作らせてもらいました」

Q:あの後、サポーターがずっと残って柳沢選手の歌を歌っていましたが?

「そのことをチームの関係の方から聞いた。僕自身、いろいろな状況でサポーターの方々に迷惑をかけていた。サポーターの方々も僕への気持ちをすごく伝えてくれたし、それには応えなきゃいけないかなと思った。感謝しています。で、実際にスタンドの前まで行って、拡声器で何か話すことを求められたけど、言葉も見当たらなくて…。感謝の気持ちがいっぱいで、話すことができなかった。(今季キャプテンとして?)キャプテンとかそういうのは問題じゃない。今季チームとして2冠達成できたことをうれしく誇りに思う。それを達成したばっかりで言うのはなんだけど、満足することなく、チームとしてもっと欲を持って新たな挑戦に向かうことを考えている。2007シーズンは久々のタイトルを取れたし、個人として、アントラーズとして、サポーターがあれだけ喜んでくれた顔を見るとうれしい。偉業を達成したという重みを感じた。これからも努力を続けて、またあの笑顔を見られるようにしたい。(自分自身のこと?)これからです」


【第87回天皇杯決勝 広島 vs 鹿島】試合終了後の小笠原満男選手(鹿島)コメント [ J's GOAL ]

(1点差ゲーム?)リーグ戦の終盤戦からみんなが同じ戦い方をしているし、それがもう身についている。(相手の注意すべき点?)それはいろいろある。1つだけ言うのも難しいけど、勝つために1つになってやろうということ。チームがまとまって団結してできたんじゃないか。(早い時間に点を取って、少し引いたようにも見えたが?)引いたわけじゃないけど、当然相手も点をとりにくるわけで。でも悪い時間帯でもしっかり守って、チャンスの時にしっかり点を取れる力がついてきてる。ただ、(悪い時は)リズムを変えて、もう一回自分たちのペースに戻せた方が楽だし、もっと早い時間帯に追加点を取れると思うし、満足することなく、もっと良くできるものがある。追加点がもっと早いと楽だったんですけど(苦笑)、まぁでも守りって勝ちにつなげたので、良かったんじゃないかと思います。



(11個目のタイトル?)9個目から10個目まで時間がかかったけど、今あるタイトルの全てが今いる選手たちで取ったわけではない。クラブの歴史として獲ったもの。その歴史にまた1つ加わったといういこと。来季についてはまだ終わったばかりなんですぐには考えられないけど、まずはまたタイトルを獲りたい。アジアにも出れるし、そこでも勝っていきたい。ACLは何年か前にも出ているけど、その時とは意味が違っている。アジアで勝つことで他のいろんなチームとも対戦できる可能性がある。普段はJリーグで同じようなところとばかり対戦しているので、ぜひ違うチームと戦ってみたい。



(鹿島に復帰して半年で2個目のタイトルですが?)自分にとってもチームにとっても意味のある物。一気に二つ獲っちゃいましたけど、それまで時間かかっていたので。タイトルを知らない選手も多くて、『どうすれば勝てる』というのは言葉でなかなか伝えられないけど、それは体で感じることだと思うので、このタイトルで『こうやると勝てる』というのが分かってきたと思うので、そこが大きいんじゃないかと思います。チーム一体になってまとまりがあったので、満足することなく(やっていきたい)。これからアジアの大会も入って、チームの総力戦になってくるので、なかなかチャンスが少ない選手も含めて、もっと欲を出して上を目指してやっていきたい。



やっぱりタイトルを獲りにいくのがこのチーム。1個獲って満足することなくリーグ戦のタイトルを獲って天皇杯も獲れたし、それがこのクラブの伝統なので、来シーズンも全部獲りにいきたい」


【第87回天皇杯決勝 広島 vs 鹿島】試合終了後の新井場徹選手(鹿島)コメント [ J's GOAL ]

●新井場徹選手(鹿島):

「2冠達成できてよかった。ホントにそうおもう。最後にいいゴールが決まって、あの瞬間に優勝が決まったかなと思った。でもみんなJ1のタイトルの時に比べて喜び方が淡々としていた。2008年最初のゲームがいい結果になってホントによかった。広島も後半になって両ウイングを高い位置に上げてきたけど、そこだけやられないようにしていた。篤人(内田)とダニーロがいい時間に点を取ってくれたと思う。篤人のゴールはうまくワンツーができてシュートが入った。早い段階で点が入ったことで広島のゲームプランも狂ったと思うし、あの1点は非常に大きかった。(駒野封じについては?)あそこで崩してあげてくるのが広島。両サイドのクロスをどう止めるかがキーポイントだと思っていた。完璧に止めたとは言えないけど、ある程度はできたと思っている。正月にサッカーをやるのが初めてで、あの高い舞台に立てたのも初めて。チームにとっても大きな意味のある勝利だと実感した。2冠というのは難しいのに、それを仲間と達成できた。逆にこの天皇杯はもう10冠なんだと思ったくらい。10冠とっても慢心することなく明確な目標があったからこそ達成できた。(浦和が負けたからJ1で優勝できたと言われたことへの反発心?)それは監督をはじめいろんな人が言っていた。でも僕たちがあれだけ連勝しなかったらJ1では優勝できていない。この大会のそういうチームの強さをしっかり見せたかったというのは確かにある。いい方に転んで本当によかった。来年は優勝が使命になるし、ACLもあるから肉体的にもきつい。そういう中でも喜べるように頑張りたい」

【第87回天皇杯決勝 広島 vs 鹿島】試合終了後の田代有三選手(鹿島)コメント [ J's GOAL ]

●田代有三選手(鹿島):

「2冠が取れてよかった。でも僕自身は決められるチャンスがあった。あれを取っておけば、もっと楽な展開になっていたかもしれない。あの得点が入らなかった後、危ないシーンもあったし。それでも後ろが安定していたし、守備の意識も高かった。失点しそうになかった。みんながやるべきことをしっかりやって、崩される場面もなかったし。先制したら押し込まれる時間帯が長くなる。カウンターが多くなったけど、狙いとしてはしっかりできた試合だった。つないでゴールという鹿島らしいシーンはなかったけど、トーナメント戦を勝つサッカーをした。」

Q:プレスは高い位置から行った? 

「後ろで簡単につながれて、ボランチに入れられて振り向かれるのが一番いやだった。なのでしっかり守備して長いボールを蹴らせようとした。でも準決勝から日数がなくて体力的にはかなりきつかった。こういう試合は疲れるけど、その中でしっかり動いて勝てた。今シーズンは個人的には満足してないけど、長い先にある目標を考えた場合、その一歩は踏み出せたと思う。その中の1つが2冠。少しは前に進めたと思う。でもまだ自分のダメな部分もあるし、もっと練習して成長したい」


【第87回天皇杯決勝 広島 vs 鹿島】試合終了後の本山雅志選手(鹿島)コメント [ J's GOAL ]

●本山雅志選手(鹿島):

「今日は結構苦しかったけど、よかった。体が重くて、チーム全体の動きも重かったけど、攻撃より守備をしっかり考えてやった。周りの言葉を聞いて、しっかり頭に入れて、相手のいいところを消すようにした。相手のガンバ戦での試合をビデオで見たけど、カウンターで点を取る形が多くて、今回もそういう形で来ると監督に言われていた。セカンドボールをよく拾って、これまでと変わらないサッカーをしようと思った。ただ、気持ちを入れないと勝てない。気持ちだけは強くしようと思った」

Q:リーグ戦で優勝したことでモチベーションが落ちることはなかった? 

「リーグ戦の優勝が「まぐれ」とか、だいぶ言われていたし、監督も選手もそうじゃないことを証明したかった。もう1つ取れれば一番強いチームだと認めてもらえる。そう思って戦った。(今季は出足が悪かった?)噛み合えば勝てると思っていたし、噛み合わない部分をしっかりあわせていこうとした。ケガ人や海外に行ってる人が帰って来て、成長してきた選手たちも加わって勝てるようになった。やっぱり監督はすごいと思う。天皇杯では8年も優勝から遠ざかっていたし、僕も5年前の決勝は試合に出ていない。昨日の夜なんか、泊まってるホテルの周りが新年のお祝いムードで騒がしくて、難しい部分があった。僕はテレビをつけたまま寝たくらい。ナーバスになってた部分もあったけど、モチベーションは保った。でも今日の最初は少し気持ちが入りすぎた面があったかもしれない」




ダニーロのコメントは初めてであろう。

彼は戦術的・守備的タスクを十分にこなし優勝に貢献してきた。

しかしながら途中出場には満足していないとのこと。

当然であろう。

理解は十分に出来る。

このゴールで覚醒し野沢と本山を凌駕する存在になりうるのか新天地を目指すのか現時点ではわからぬ。

どうなろうとも、彼の残した業績は変わらない。

ダニーロがいたからこそ二冠を勝ち得た事実である。

広島戦監督コメント

鹿島アントラーズ :監督 <試合終了>

(前半リードしていた中、後半相手にリードされることも多かったが)相手の狙おうとしていたのはある程度見えていたのでメンバーも最後までかえず我慢していた。明らかなチャンスはうちの方が多くあったと思う。完璧とまではいかないが、ある程度できていたのではと思う。また最後2点目をとった段階で試合が決まったと思う。大会を振り返るとどの試合も厳しかったし、どの試合も同じくらい難易度があった。水戸やHonda FCなどはJ1と違って相手のことをよく知らない状態で戦うのでチームの情報の限度があり仕入れるのが大変だった。勝ちあがるのを意識しながら、大会の歴史や意義を選手たちに伝えていた中でのフロンターレ戦は非常にタフな試合で体力的な負担もあったが勝てばタイトル

を獲れると予想していた。決勝で広島と対戦となったが、広島の方が降格も決まって気持ちの面でやりづらかったのもあるだろうし、この大会タイトルにかける意気込みがあったと思うので、

決勝は厳しい試合になることは予想していた。

今年はスケジュール的な部分で考えるとハードな1年となる。とくにACLのもたらす影響は大きいだろう。中国・タイ・ベトナムと戦うことになるが、移動に要する負担があるだろうしケアしていかなければならない。準備が重要となるので怠ってはならない。ハードスケジュールの中でディフェンディングチャンピオンとして戦っていかなければならないが、リーグの質・効率・機能性を下げないようにきをつけながら、昨年ACLに出場したレッズやフロンターレの教訓を生かしてうまくシーズンを戦っていきたい。




【第87回天皇杯決勝 広島 vs 鹿島】オズワルド オリヴェイラ監督(鹿島)記者会見コメント ※追加しました。 [ J's GOAL ]

1月1日(火) 第87回天皇杯決勝

広島 0 - 2 鹿島 (14:02/国立/46,357人)

得点者:8' 内田篤人(鹿島)、89' ダニーロ(鹿島)

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●オズワルド オリヴェイラ監督(鹿島):

Q:今大会を振り返って一番苦しかった試合は?どのあたりで優勝を意識した?

「まず振り返ると、どの試合も厳しかった。例えば初戦の水戸戦だが、J2リーグで最下位のチームということで、(世間は)J2最下位とJ1チャンピオンが戦うのだから(鹿島が)圧勝するだろうと見ていたと思う。しかし、水戸にとってはJ2最下位も決まったところで、天皇杯が最後のタイトルと考えたらここに一番のモチベーションを持ってくると思うし、同じように勝ち上がってきたHonda FCにしろ、愛媛にしろ、彼らにはよく知り尽くされているが、我々にしてみたらあまり情報がない中で戦わなくてはいけなかった。J2リーグのクラブはまだ情報があるが、それ以降になると情報には限度がある。露出が少ないクラブもあるし(情報を)仕入れるのが大変だった。



そんな中で勝ち上がることを意識して、ただこの大会をこなすのではなく、(天皇杯には)歴史・伝統・意義があるわけなので、この大会にかける意気込みをもって臨んだ。



どの試合が厳しかったかときかれると、どの試合も同じ難易度だったと思うが、相手の攻撃力を考えると川崎F戦がタフな試合だったし、かなりの体力的負担があったと思う。そこを勝てば優勝の可能性があると考えていた。(準決勝もう一組の)G大阪vs広島の力を考えると、(決勝には)G大阪がくると予想していた。ただ、相手が広島だからタイトルが取れるとは思っていないし、逆に彼らの方が降格してこの大会にかける意気込みがあると思うし、厳しい試合になると予想していた」


Q:以前、「勝負強さとは継続性」だといっていた。勝ち続けられた理由は、ねじ伏せたからなのか、それとも負けなかったからなのか?どちらかというと後者だと思うが、今後はねじ伏せる力強さを期待していいか?

「ねじ伏せるというのは攻撃的な部分、負けなかったというのは守備的な部分だろう。まず守備が安定しないと攻撃をするのは難しい。ずっと相手にスペースを与え、自分のウイークポイントを露出していたら、守備にかかる時間が長くなってしまう。



Jリーグを分析すると、日本には攻撃的なチーム、攻撃的な選手が多い。そこでどう戦うかというと、同じように攻撃的にやったらやられる確率も高いので、守備の意識をまず高めることを考えた。守備が安定すれば、相手は錯覚を起こして攻撃的にでてくる。我々は常にボールを奪った後の狙いを持って、守備をしながら攻撃の準備をしていた。



(守備の)土台をしっかりと築くことは一日でできるものではない。天皇杯では失点1(甲府戦)以外は押さえることができた。守備といってもDF4枚とGKだけでなく全体がからむ作業。FW、MFがフィルターをかけて後ろがとりやすくすることが重要。それを選手が実行に移してくれたことが結果につながったと思う。



サッカーは攻守共に個の役割がある。僕は攻撃の選手だからといったプライドというか、考えは払拭しなくてはいけない。守備も攻撃もできる選手が現代には要求されるし、そういう意識を持った選手がピッチに立てると思う。攻撃の選手でも、守備に切り替わったときには守備の役割があるが、前線の二人はFWでありながら、守備を献身的にやってくれたと思う。今日も守備の選手が得点する場面がみられたが、準決勝の川崎F戦でも曽ヶ端からのフィードから田代の競り合い、最後は本山と攻撃が後ろから始まっていることがわかってもらえると思う」

Q:就任1年目でタイトルを2つ取ったが、今年の目標は?

「スケジュール的にはハードな日程で、ACLがリーグ戦にもたらす影響はあると思う。我々はベトナム、タイ、中国にいくが、移動に要する負担がある。飛行機移動はかなりの負担を選手にかけるので、少なからず色々問題を起こすのではないかと思っている。そこをケアしなくてはいけないし、準備の段階で正確性が大事になってくる。



川崎F、浦和が2007年にACLを戦った中で、情報を提供してもらえるならば彼らの経験から使える情報は使っていきたいと思うし、ハードな日程の中でJリーグチャンピオンとして試される部分もあると思うが、日本のリーグは、中盤の攻防、スピーディーな部分、密度というところで他の国のリーグに比べて負担が大きくて、本当は2週間おきの試合をやらないと回復できないくらい高い負担を要する。そういう意味でも質、チームとしての効率を下げないようにしなくてはいけないと思う。2007年のリーグ戦において川崎F、浦和がよい成績を残せなかったのはACLの疲労があるかと思うし、それを我々は教訓として準備をしていかなくてはいけない」


Q:前半はリードして中盤も支配していたが、後半広島に攻められる回数も増えた。監督としてはどういう気持ちで見ていたか?

「当然広島が何を狙おうとしているか見えていたが、我慢したいというのがあった。今出場している選手でそのままいければと思っていた。ただ、点を取りにくる相手に対しては、インに入ってくればその分スペースがなくなり、人が多くなるので動き出しを多くしなくてはいけなくなる。そうすると自分たちの攻撃をするためにバランスを崩すので、そこでカウンターが狙えるだろうと思っていた。



選手の限界までは代えずにおこうと思っていた。明らかなチャンスはうちの方が多かったと思うし、広島はクロスからのチャンスはあったが明らかなチャンスではなかった。DFがうまく対応できていたと思う。完璧とはいわないが、ある程度はできたと思う。最後我慢していくところも必要になってくるし、我慢したところで相手の狙いがわかっていたので、動けなくなったら交代するという作業をした。2点目をとったところで試合は決まったと思う」


Q:柳沢選手をギリギリまで使わなかった理由は?彼の存在感とは?

「ある時間を見れば広島がバランスを崩し始めていたので、そこで攻撃ができてプラス守備もできる選手が欲しかった。更に経験もいかせると思った。2点目のシーンなんかは、自分で点を取ることもできたが味方に出すことでアシストしてくれたことも考えると、それだけの力を持った選手だと思う。クラブ内での存在感という部分では、みんなから好かれている選手だし、サポーターだけでなく、関係者もみんな彼が好きだし、(彼が与える)影響はかなり強いと思う。個人的には好きな選手だし、気持ちとしては残って欲しいと思っている。後で彼の決断を聞きたいと思う」

以上



リーグ優勝したということで、相手は守備的に来、苦しい戦いが続いた。

その中で大会1失点に抑え優勝したことは監督の手腕と言えよう。

その監督の目は来季へ向いておる。

頼もしい限りである。

国内タイトルだけでなくアジアも見据え、我等も共に戦おうではないか。

天皇杯決勝戦 サンフレッチェ広島戦

明けましておめでとうございます。

篤人姫のゴールで始まった2008年。
ダニーロのゴールで星が背番号に追い付いた。
最高の形で2007年シーズンを終えることが出来たのは至福である。
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Fundamentalism

Author:Fundamentalism
鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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