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3外国人選手去就

鹿島・マルキーニョスとダニーロが残留…2冠達成に貢献
 J1鹿島のFWマルキーニョス(31)とMFダニーロ(28)が残留することが2日、分かった。マルキーニョスはリーグ7位タイの14得点で逆転優勝に貢献。一方、日本サッカーに戸惑いリーグ戦26試合無得点のダニーロは、1日の天皇杯決勝で公式戦初ゴールをマーク。2年目の活躍が期待される。また、右足関節脱臼骨折でブラジル帰国中のDFファボン(31)は残留に合意していたが、ブラジルリーグ・サントスからオファーを受けており、近日中に去就が決定する。

優勝を決めた翌日にマルキーニョスの残留は報じられておったが、改めて残留することが明言された模様。
彼のゴールに向かう姿勢と献身的なプレイは、彼の言葉「鹿島でプレイするのが夢だった」を体現しており好感が持てる。
その甲斐あって優勝も出来たと言えよう。
次はアジアCLの優勝、FCWCと明言しておるのだから、これも有言実行して貰おうではないか。

正直、ずっと微妙であったダニーロであるが、天皇杯に於いて1G1Aは全て印象深いものであった。
特に優勝を決めた広島戦のゴールは前評判のプレイであった。
全ての試合で短い出場時間ながら決定的仕事をしたことは来季も共にあるということである。
ただ、天皇杯優勝コメントに於いて、「サッカー選手にとって、途中から出ることに満足する人はいないだろう」と語るように先発への戦いが2008年度最初の大きな戦いとなろう。
とはいえ、試合数の増える今年度はチャンスが多いはず、今季同様腐らずにプレイすることを強く望む。
力は十分にあるのだから。

問題はファボンである。
12月28日に移籍報道が流れて六日が過ぎ去った。
とりあえず伊野波獲得ユダ復帰が濃厚の為、CBに大きな不安は無いが、明るい性格、高さと強さ、そして得点に直結するフィードは捨てがたい。
2005年度のFCWC決勝戦に於けるサンパウロFCの唯一の得点はファボンのフィードをポストし飛び出したMFが決めたものである。
この形は今の鹿島が求めているものと言えよう。
しかしながら鶏肋は鶏肋。
早めに諦め、次へ目を向けることも必要である。
フィードであればユダも悪くない、青木も素晴らしい。
この問題を早期に解決し、ユダ・青木問題に着手したいものである。

伊野波雅彦獲得か?

鹿島が東京MF伊野波獲得へ



母校鹿児島実の試合をスタンドから観戦する東京FCの伊野波(左)

 昨季Jリーグと天皇杯を制した鹿島が、東京のU−22(22歳以下)日本代表DF伊野波雅彦(22=東京)を獲得することが濃厚であることが2日、分かった。天皇杯優勝から一夜明けたこの日、鹿島幹部が伊野波と代理人を交えて都内で交渉し、1年間の期限付き移籍を提示。現在所属する東京や千葉など複数のクラブとの争奪戦となっているが、年明け早々の直接会談で好感触を得たもよう。条件面などを煮詰め、早ければ来週中の契約合意を目指す。



 鹿島は、伊野波が阪南大でプレーしていた05年時から将来性を高く評価。東京では主にボランチを、U−22(22歳以下)日本代表ではセンターバックとして、今年8月開幕の北京五輪出場権獲得に貢献したことから、昨季終盤から獲得へ向けて水面下で調査を進めていた。関係者によると、伊野波自身もかつて鹿島総監督だったジーコ氏(現フェネルバチェ監督)主催のサッカースクールに参加するなど、ゆかりのある鹿島に関心を持っていた。同時に東京でポジションが重なる日本代表MF今野の残留が確定したことで、移籍に前向きになったという。



 鹿島は、04年まで在籍していたバーゼルDF中田の再獲得も決定的で、伊野波が加入すれば、国内連覇とともにアジアチャンピオンズリーグを視野に入れた補強にめどが立つ。


[2008年1月3日9時39分 紙面から]



FC東京・伊野波の鹿島入り濃厚…万能さを高く評価

 J1鹿島の、FC東京のU−23日本代表DF伊野波雅彦(22)獲得が濃厚になっていることが2日、分かった。鹿島の幹部がこの日、都内で伊野波と交渉を行った。今年はアジアCLにも出場する鹿島では、複数の守備的なポジションをこなす能力を高く評価していた。

 「自分がどこで一番成長できるか考えたい」と移籍を視野に入れている伊野波は、千葉からもオファーを受けている。




FC東京・伊野波の鹿島入り決定的に

 FC東京のU―22日本代表MF伊野波が、鹿島に移籍することが決定的となった。西が丘で行われた母校・鹿児島実の試合をスタンド観戦した伊野波と、鹿島の鈴木満取締役強化部長が試合後に会談。関係者によると、鹿島からの条件提示はなかったが、伊野波本人も鹿島入りに前向きなことから、一両日中にも鹿島移籍が決定することになりそうだ。

[ 2008年01月03日付 紙面記事 ]



「鹿島・伊野波」7日にも発表

 F東京のU―22日本代表MF伊野波雅彦(22)が、鹿島に移籍することが2日、決定的になった。鹿島の強化担当者と都内で第1回の交渉に臨んでオズワルド・オリヴェイラ監督の戦力構想を伝えられ、移籍に前向きな姿勢を示す一方、近い関係者にもその決意を明かした。

 条件提示、契約サインなどは今後になるが、レンタル移籍の見込み。早ければ仕事始めの7日にも正式発表される。鹿島は今季、アジア・チャンピオンズリーグによる試合増に備え、戦力補強に着手。サイドバック、センターバック、ボランチをこなせる伊野波に白羽の矢を立てていた。


(2008年1月3日06時00分 スポーツ報知)



4紙とも伊野波の鹿島入りを報じてきた。

これは可能性が高いのではなかろうか。

この獲得が成れば、羽田もセレッソで今季同様プレイ可能となり双方にとって幸福であろう。

ただし、報知の言うようにレンタルによる移籍であるとしたら、かなりの試合に出る必要がある。

層が薄かったボランチは満男・青木・チューヤン・船山に修人とユダとコマは揃っておる。

CBが岩政・大岩に去就が微妙のファボンでここに割って入ることと成ろう。

しかしながらDFラインはあまり変えぬもの。

ここは本人の努力を見守っていこうと思う。

緑虫の末路

「京都柳沢」誕生濃厚、加藤監督手ごたえ}



試合後、長く居残り柳沢コールを続けたサポーターのもとにあいさつに向かう柳沢(撮影・野上伸悟)

 鹿島の元日本代表FW柳沢敦(30)が、J1に昇格する京都に移籍することが2日、濃厚となった。柳沢はより多くの出場機会などを求め、移籍を志願。鹿島から残留を要請され、東京Vからも獲得オファーを受けてきたが、京都がいち早くラブコールを送っていた。天皇杯優勝で鹿島に11個目のタイトルをもたらせストライカーは、古都で完全復活を期すことになる。



 「京都柳沢」誕生が、カウントダウンに入った。鹿島が優勝した天皇杯の準決勝、決勝と続けて視察した京都の加藤久監督(51)は2日、既に強化スタッフが柳沢と直接交渉したことを明かした上で「もう悩んでいるということはない。本人の気持ちは決まっていると思う」と獲得成功の手ごたえを口にした。



 柳沢は昨季、世代交代の波と自身の故障で控えが続き、新たな挑戦を目指すために鹿島退団を決意。「今後のサッカー人生にはチャレンジが必要」とリーグ戦後に移籍を表明していた。京都は、実力、人気両面から補強の目玉として、シーズン中から水面下で調査を続けてきた。広島との入れ替え戦でJ1復帰が決定するとすぐに正式オファー。遅れて争奪戦に加わった東京Vより、京都の誠意が元日本代表ストライカーのハートを揺さぶった。



 加藤監督は、今季の外国人補強でFWは獲得しない方針も明かした。柳沢が、パウリーニョと2トップを組むことを想定しているためだ。また、セリエAも経験したベテランFWの真面目な練習態度が、若いチームにとって好影響になると期待している。



 柳沢は1日の天皇杯決勝・広島戦で、11冠目を決定づける2点目のアシストをマーク。試合後、控え室に引き揚げた後も鳴り止まないサポーターからの柳沢コールを受け、再びピッチに登場した。去就については「これからです」と多くを語らなかったが、新たな旅立ちの決意は固めている。


[2008年1月3日9時57分 紙面から]



柳沢、京都!東京Vに断り完全移籍確実



天皇杯を制し、目に涙をためあいさつした鹿島・柳沢 鹿島の元日本代表FW柳沢敦(30)が、京都に完全移籍することが2日、確実になった。昨年12月に移籍志願を表明後、京都、東京Vから正式獲得オファーを受けていたが、この日までに東京Vに断りを入れたことが判明。計約10年間在籍した鹿島を離れ、古都でサッカー人生第2章を迎える。

柳沢が重い決断を下した。関係者によれば、正式オファーを受けている東京Vに断りを入れたという。残る選択肢は京都移籍か残留だが、すでに新しい環境でプレーする意思を固めており、今後は京都移籍を前提とした交渉に臨む見込み。障害は極めて少なく、約10年間在籍した鹿島を離れることが確実となった。

昨年12月19日に「鹿島では成長させてもらったけど、これ以上は成長できない。決断しなければいけない時が来た」と移籍志願を表明。その後京都、東京Vから正式獲得オファーが届き、新潟も強い興味を示すなど争奪戦となっていた。昨年末に京都、東京Vの強化部関係者と会談した結果、京都に絞り込んだ。

京都では、以前鹿島の同僚だった秋田豊氏(37)がトップチームのコーチに就任することが決定している。このことも、決心する1つの要素になったとみられる。また、加藤久監督は先発の座を与えることを明言しており、「成長するために」必要な出場機会も保証されている。

柳沢は1日の天皇杯決勝戦、残留を望むサポーターから「柳沢コール」を受け、ロッカールームから再びピッチへ登場。ユニホーム、スパイクなどをスタンドに投げ入れ「鹿島とのお別れ」とも取れる“儀式”を行った。ミスター・アントラーズが、古都・京都で第2のサッカー人生を歩む。

◆柳沢 敦(やなぎさわ・あつし)1977年5月27日、富山県生まれ、30歳。96年に富山一から鹿島に入団し、03年夏にセリエAサンプドリアへ移籍。その後メッシーナを経て、06年2月鹿島復帰。ユース世代から代表入りし、02年日韓W杯、06年ドイツW杯日本代表。夫人はカリスマモデルの小畑由香里。国際Aマッチ58試合17得点。Jリーグ通算220試合80得点。177センチ、75キロ。


(2008年1月3日06時00分 スポーツ報知)



やれ監督のラブコールED出馬だと獲得に意欲的であった緑虫は合えなく轟沈。

まあ、柳沢敦という男の本質を見極めておれば誰の目にも明らかな結論であろう。

我等は柳沢敦のみならず、常に本質を見極め最終的に何を目標とするのかを考えて行動して行こうではないか。
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Fundamentalism

Author:Fundamentalism
鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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