さらばファボン
ファボン選手がサントスFCに完全移籍
標記の通り、ファボン選手がサントスFC(ブラジル)に完全移籍することが決定しましたのでお知らせ致します。
■ファボン(FABAO)
Jose Fabio Alves Azevedo(ジョゼ ファビオ アルヴェス アゼヴェード)
<生まれ>
1976年6月15日、ブラジル バイーア州出身
<経歴>
1996〜1998 E.C.バイーア(ブラジル)
1998〜2000 C.R.フラメンゴ(ブラジル)
2000〜2001 ベティス(スペイン)
2001 コルドバ(スペイン)
2002〜2003 ゴイアスE.C(ブラジル)
2004〜2006 サンパウロFC(ブラジル)
※2006ブラジル選手権ベストイレブンに選出
2007 鹿島アントラーズ
<鹿島アントラーズでの出場実績>
J1通算:12試合2得点
ヤマザキナビスコカップ通算:5試合0得点
天皇杯:出場なし
<ポジション>
ディフェンダー
<サイズ>
187センチ、84キロ
鹿島ファボンがサントスと2年契約か
ブラジル紙エスタド・デ・サンパウロは13日、鹿島DFファボン(31)がサントスと2年契約を結んだと報じた。既に鹿島には違約金を支払っているといい、13日に入団会見が行われる。ファボンは昨年末、右足首に重傷を負って移籍話は一時、ご破算になったが、サントスのレオン監督の希望で移籍が実現した。 (エリーザ大塚通信員)
[2008年2月14日8時47分 紙面から]
鹿島ファボンがサントス移籍
J1鹿島は14日、DFファボン(31)がサントス(ブラジル)に移籍すると発表した。昨季サンパウロ(ブラジル)から加入したが、相次ぐ故障などで精彩を欠き、リーグ戦12試合出場2得点にとどまった。
[ 2008年02月14日 16:26 速報記事 ]
覚悟をしておった為、何の感情も沸き上がってこぬ。
移籍先のサントスで活躍してくれればよいと思う。
昨季の成績17試合出場・2得点が全てである。
怒濤の9連勝にも、痛快なるアウェイ浦和戦にも、奇跡の逆転優勝にも無関係の男に今季何を期待するところがあったであろうか。
否、何もない。
むしろ、不用意なファールで退場した第2節ガンバ戦やボールの軌跡を見誤った第23節ガンバ戦を思い起こす度に彼には期待してはならなかったと思うのである。
ところでニッカンによると違約金は支払われた模様。
しかしながら、日本の規約に則り30代の選手として微々たる額なのであろう。
それでも良い。
我等とは別の道を歩む彼に改めておめでとうと言おうではないか。
エヴァTV版最終回のように。
FW黄信号
マルキーニョスも離脱…鹿島FW残りは1人
鹿島のエースFWマルキーニョスが左太もも裏に張りを訴え、13日の練習を休んだ。「マルキの症状は軽いと思いますが、明日の練習に参加できるかは分からない」とスタッフは心配そうな表情で明かした。7日に右足首ねん挫で離脱したFW興梠に続き、FWでは2人目の離脱者。田代が代表に招集されており、残るFWは佐々木の1人だけとなった。
(2008年2月14日06時00分 スポーツ報知)
予想されたFW不足が開幕前に発生してしまった。
現実である。
しかしながら、これでシーズン中のシミュレーションが可能となったと言えよう。
どう乗り切るのか逆に楽しみである。
キャンプでは絶好調と噂されるダニーロをFW起用するのか、絶好調故MFに固定し野沢または本山を上げるのか、1TOPを選択するのか、はたまた最新システムの0TOPか。
興味は尽きぬ。
何がどうなろうとも手駒で戦うこととなる。
そして勝利するのだ。
第一次長州征伐では、征長総督参謀の西郷吉之助が、禁門の変の責任者である三家老(国司信濃・益田右衛門介・福原越後)の切腹、三条実美ら五卿の他藩への移転、山口城の破却を撤兵させ恭順させたのである。
田代代表露出
追加招集・田代がアピール誓った
日本代表FW田代は高原、大久保、巻の主力FW3人が欠場するだけに、絶好のアピールチャンスとなる今大会に向け「出られるものなら出たい。それは当たり前です」と闘志を燃やした。代表合流前の宮崎合宿最終日の12日には、スタンドに自らの名前と似顔絵が入った、8メートルほどの赤い横断幕が知人の手によって掲げられた。日本代表用の青バージョンの横断幕もすでに完成しているだけに「積極的に行く」と代表生き残りを誓っていた。
[ 2008年02月14日付 紙面記事 ]
鹿島・田代に個人後援会再発足
日本代表の鹿島FW田代有三(25)に個人後援会が発足することが13日、分かった。本人からの依頼を受け、友人の有志が準備を進めているもので、リーグ開幕(3月8日)までには発足する。すでに入会者の募集を始めており、鹿島用の赤い横断幕とは別に、日本代表用の青い横断幕の作製にも着手。代表初招集された東アジア選手権での国際Aマッチデビューへ向け、強力な援軍がつく。
田代は鹿島入りした05年に地元・福岡で後援会が発足したが、距離的な問題で06年末に消滅。福岡の後援会が作製した赤い横断幕は田代の元に返され、ほこりをかぶっていた。処分に困っていた田代が都内在住の友人に相談したところ、後援会再発足の快諾を得た。代表者のシースック直樹さんは「有三くんには、得意のヘディングで鹿島でも世界でも羽ばたいてほしい」とエールを送った。
(2008年2月14日06時00分 スポーツ報知)
代表効果で露出である。
しかし、これからが勝負である。
紅白戦要員で終わるのか代表定着するのか、本人のアピールだけではなく周囲との相性もあるであろう。
島津久光とは最悪の相性であるが周囲の懇願があれば、南方より帰還し得るのである。
小笠原対談
小笠原選手が巨人・小笠原選手と対談!
昨日(2/13)、『鹿島アントラーズ・イヤーブック2008』の特別企画で小笠原選手が巨人の小笠原選手と対談しました。
対談後、小笠原選手は「同じプロ選手と共感できるものがあったし、色々な話が聞けていい経験となりました。こういう機会を得るということは滅多にないので、とても貴重なお話を伺えたと思います」とコメントしました。
最後に互いのユニフォームを交換し、今シーズンの活躍を誓い合った2人。来年もまた、ここ宮崎で笑いながら再会できることを願っております。
※なお、この対談は『鹿島アントラーズ・イヤーブック2008』で特集されます。皆様、ぜひご覧ください!
鹿島・小笠原に巨人・小笠原が口べた主将道
お互いのユニホームを交換して対談した巨人・小笠原(左)と鹿島・小笠原
巨人の小笠原道大内野手(34)が13日、鹿島アントラーズ、小笠原満男選手(28)と両チームがともに宿泊する宮崎市内のホテルで対談した。鹿島の2008年度公式イヤーブック用の対談で、ガッツは新主将に就任したばかりの小笠原満にキャプテン魂を伝授した。
同じ名字で以前から親近感を持っていたという2人。お互いの活躍はニュースで気にしていたが、対面するのは初めて。対談は固い握手から始まった。さまざまな話題で盛り上がる中、最も熱を帯びたのはチームの中心選手としての意識の持ち方だった。
日本ハムでキャプテンを務め、巨人でも主軸としてチームを引っ張るガッツは「口が達者じゃないので、前面に出るタイプじゃない。一番簡単なのは目の前でやってるところを見せること。それでプレッシャーをかけるのが一番早いかなと思う」と説明。「キャプテンは大変ですよ。あまり言い過ぎて反発し合ってもいけないし。でもその微妙な空気感を経験しておくと、チーム内全体も見られるようになるからいい」と続けた。
今季から主将を務める小笠原満は「僕も口べたなので、まさに今の言葉です。僕も人になんだかんだ言うより、自分が見せていきたいと思っていた」とすっかり共感した様子。背中でチームを引っ張る2人は、お互いに優勝し、オフにシャンパンで乾杯することを約束した。
(2008年2月14日06時02分 スポーツ報知)
イヤーブックの対談のプロモーションである。
記事になるとはメディアチーム大活躍である。
今後の活動にも期待しておる。