ユダ、代表当確か

岡田監督、中田浩&田中達にも高い評価
2008.7.31 05:02
 日本代表候補合宿(30日、千葉県内)9・6バーレーン戦に向け新顔10人を招集した岡田監督は、DF中田浩二(29)=鹿島=とFW田中達也(25)=浦和=にも当確といえる高い評価を与えた。ボランチとセンターDFで起用した中田浩には「経験、実績から新しい選手とは見ていない。かなり計算できる」。田中達については、右足首痛で試合を欠場したにもかかわらず「彼の場合、見極めと言うより、なじんでもらおうと思って。目的は達成できた」と話した。

岡ちゃん 中田のプレーには絶賛の嵐
 サッカー日本代表候補のDF中田は、持ち味のポリバレントぶりをいかんなく発揮した。1本目はストッパーで出場すると2本目は中村と組んでボランチをこなした。「初めての選手が多かったけど宿舎でコミュニケーションも取れたし、いい合宿だった」と満足そうに振り返った。初めて代表に呼んだ岡田監督は「彼は実績もあるし、経験もある。プレーが計算できる」と安定感のあるプレーを絶賛していた。
[ 2008年07月31日 ]

岡田監督、中田浩二を高評価
 ◆練習試合20分×3本 日本代表候補2―0流通経大(30日) DF中田浩二はセンターバックとボランチでテストされ「チームのことも理解できたし、いい合宿だった」。岡田ジャパン初合流だが多数のポジションをこなせるマルチ選手に対し、岡田監督は「新しい選手という目で見ていない。コンディションが戻ってなくきつそうだったがプレーは計算できる」
(2008年7月31日06時01分 スポーツ報知)

昨日、安定感を見せたユダであるが、日本代表監督も高い評価を与えたとのこと。
結局のところ岡田氏は過去の実績に囚われた虜囚なのであろう。
新たな選手に目を向けている様子はない。
現時点でのユダは鹿島において戦力として微妙な選手なのである。
大岩からも青木からもポジションが奪えぬサブでしかない。
そんな選手が計算できてしまうとは日本代表も地に落ちたものである。
もう昔の選手で良いのでは無かろうか。
京都でしのぶと呼ばれ、神戸でなぎさを名乗り、横浜で誰かが待っているということなのであろう。
昔の名前で出ています♪

ユダ、代表で安定感

中田は表情引き締める「これがスタート」
2008.7.30 16:20
 久々に代表候補入りした中田は合宿でほかの選手たちと積極的にコミュニケーションを取った。「これがスタート。これからも呼ばれ続けるようにやりたい」と表情を引き締めた。

 練習試合ではセンターバックと守備的MFで計40分間プレーし、安定感を見せた。岡田監督は「経験、実績がある。プレーが計算できる選手」と、W杯アジア最終予選の戦力として頼りにしている様子だった。


中田は安定感見せる「これがスタート」
 久々に代表候補入りした中田は合宿でほかの選手たちと積極的にコミュニケーションを取った。「これがスタート。これからも呼ばれ続けるようにやりたい」と表情を引き締めた。

 練習試合ではセンターバックと守備的MFで計40分間プレーし、安定感を見せた。岡田監督は「経験、実績がある。プレーが計算できる選手」と、W杯アジア最終予選の戦力として頼りにしている様子だった。

[ 2008年07月30日 16:02 ]

先日の浦和戦では不安定であったユダであるが、代表候補合宿ではそんなそぶりも見せておらぬ様子。
ポジションも左SBではなくセンターラインで使われておるとのこと、これは鹿島におけるポジションと同様であり、良いリハビリになっておると思われる。
ユダは復帰後に即レギュラーかと思いきや負傷が癒えた今も中途半端な起用で困惑しておるかもしれぬ。
しかしながら、それはコンディション不良が原因であり、早くそこを改善せねば我等も含めて困ってしまうのである。
現状であれば伊野波をベンチ入りさせた方が良いように思えてしまう。
これでは日本代表も名折れである。
とはいえ、ユダのメンタリティは強く、気持ちの切り替えも早い。
我等にも日本代表候補にもすぐに打ち解け積極的にコミュニケーションを取っておる。
ここは彼の良いところ。
そこは評価して良かろう。
この中断期間を終えると真夏の試合が続き、そして9月からは過密日程である。
ユダの力は絶対に必要なのである。
まずはJEF戦でのスタメンを目指すこととなろう。
その試合での結果は、後半戦を占う大事なものである。
我等もユダも心して挑まねばならぬ。
挑戦(DESAFIO)者として。

世界トップクラブ・鹿島アントラーズ

鹿島と同じ!“初招集”青木、自信たっぷり
2008.7.30 05:04
 日本代表候補合宿(29日、千葉県内)初招集のMF青木(鹿島)は初参加したミーティングの内容について「チームの狙いがビックリするくらい同じで、鹿島のミーティングかと勘違いするほどでした」。前線からの守備や攻守の切り替えなど主なコンセプトもクラブとほぼ同じで「鹿島でやっていることが間違いではなかったと感じた。自信をもってやっていきたい」と手応えをつかんでいた。

岡田監督、熱弁60分“洗脳”…教材にアーセナル&バルサ
 日本代表の岡田武史監督(51)が候補合宿2日目の29日、宿舎で自己最長となる60分間ミーティングを行った。アーセナルの攻撃、バルセロナの守備を教材にしながら、攻守の切り替えなど主なチームコンセプトを伝授。9月のW杯アジア最終予選までに、いかに新戦力を発掘できるかがカギだが、FW大黒将志(28)=東京V=ら今回初招集となった10選手もチームへの理解を口にするなど、岡田監督の洗脳術が成功した。

 岡田監督が新戦力の「洗脳」に成功した。練習前、宿舎の一室に全選手を集めて行われたミーティング。映像を使いながら、岡田ジャパンのサッカーのイロハを教え込んだ。「VTRを使ってチームコンセプトを伝えたんだよ」。自身最長となる60分間。身ぶり手ぶりを交えながら熱弁をふるった。

 選手の話を総合すると、岡田監督は世界トップクラブのアーセナル、バルセロナのサッカーを教材にしたという。攻撃ではアーセナルの流れるようなパスワークを「見ろ」。守備ではバルセロナの組織的にボールを奪い、速攻に転じる様に「こうやるんだ」。そして「こうやれば、もっと良くなる」と具体的に訴えた。
大黒(左)らのプレーをチェックする岡田監督

 9月開幕のアジア最終予選まで時間がない中、今回10人の初招集選手を呼んだ。この3日間は、その10人にいかにチームの理解度を植え付けられるかがテーマ。そこで、岡田監督は世界トップクラブを例に出し、視覚、聴覚の両方からコンセプトを伝えた。最終予選で、10人を起用できる状態にするための洗脳だった。

 初招集組の反応も良かった。FW大黒は「イメージしやすかった。練習でもできていたと思います。あとは攻撃と守備のバランスを考えてやるだけ」と話せば、MF青木も「鹿島のサッカーと似ているので、イメージしやすかった」と手応えを口にした。

 さらに、岡田ジャパンを象徴するアジア3次予選・オマーン戦(6月)での運動量。コートジボワール戦(5月)での攻守の切り替えからの得点シーンを見せた。「良いプレーを見せて、僕らがプレーしているのを見て、初めての選手には分かりやすかったと思う」とDF中沢。岡田監督が最終予選に向け、下準備を着々を進めている。

(2008年7月30日06時02分 スポーツ報知)

世界トップクラブと鹿島が同じサッカーをしていることは周知の事実である。
その後を追うように日本代表が真似をしておることが青木によってバラされてしまった。
岡田氏は赤っ恥である。
とはいえ、それで結果と内容が付いてきておれば、それはそれで問題なかろう。
しかしながら、同じサッカーをしておるのであれば招集している選手の選考には疑問が持たれる。
が、日本代表はアジアで4位になれば良いだけのチームである。
どんな選手で挑んでもその程度は軽くクリアできるであろう。
そうは言っても、頼まれれば選手を差し出すことも厭わぬ。
これは鹿島のプロモーション活動なのである。
なんなら、青木とユダ、篤人に加え、岩政、田代、野沢、伊野波どころか小笠原主将、本山、曽ケ端、大岩の復帰、新井場、興梠を差し出しても良い。
我等は快諾しようではないか。

右サイド制圧

抜群の存在感!鹿島・内田がサイド制圧!
2008.7.30 05:07
 五輪壮行試合(29日、国立競技場、4万3089)北京五輪サッカーの日本代表が本番前最後の国際試合で、同アルゼンチン代表に0−1で敗れた(雷雨のため後半39分で打ち切り)。五輪金メダル候補筆頭の実力を見せつけられた格好だが、反町康治監督(44)や選手たちは内容に十分な手応えを明かした。日本は8月1日に再集合。4日に中国入りし、7日に1次リーグ初戦・米国戦(天津)を迎える。

 抜群の存在感を見せたのはDF内田(鹿島)。ボールを持つとスピードを生かして何度となく右サイドを突破。相手DFはファウルで止めるしかなかった。「本当はもっとサイド深くまで行きたかったけど、削りにきたんで」と内田は涼しい顔。非公開練習で試したCKをけるなど「五輪を前に、こういう強いチームとやれてよかった」と手応え十分だった。


最強守備切り裂いた!内田ドリブル突破

<日本・アルゼンチン>前半、マスケラーノに倒される内田
Photo By スポニチ

 【日本0―1アルゼンチン】DF内田は50メートル5秒台後半の俊足を生かし、強豪アルゼンチンの守備陣を切り裂いた。前半9分、37分とスピードに乗ったドリブルで右サイドを突破。さすがのアルゼンチンもファウルでしか止められなかった。それでも「かわせなかった。抜ければチャンスだったのに」と悔しがり、「もうちょっとチームにサイドチェンジが増えればいいと思う」と課題を口にしていた。
[ 2008年07月30日 ]

実力が抜きん出るとはこのこと。
圧倒的であった。
やはり普段は赤いシャツを着ている着ているせいであろう。
通常の3倍のスピードで駆け抜ける。
ルウム戦役では戦艦五隻を墜としたのである。
サイドを制圧するのは当然である。

応援リーダー小笠原満男

小笠原、メッセージは「勝」…全国高校サッカー選手権応援リーダー
 第87回全国高校サッカー選手権を中継する日本テレビは29日、同大会の応援リーダーに鹿島MF小笠原満男(29)を起用すると発表した。プロ選手の起用は、81回大会のMF小野伸二(28)=現ボーフム=から始まり、今回で6人目。高校生の見本となる向上心を持つことなどが起用の理由となった。小笠原自身が数週間悩み抜いて考えた大会キャッチフレーズは「勝 自分に勝つ 敵に勝つ」に決定した。

 小笠原は岩手・大船渡高で75、76回大会に出場。76回はベスト16に進出し、優秀選手にも輝いた。「高校時代があったから今がある」と明かすように、豊富なキャリアの中で最も重要な位置を占めるのが高校サッカーだった。現役高校生に向け、「ひとつでも多く勝って本当に長い人生の財産にしてください」とメッセージを寄せた。

(2008年7月30日06時01分 スポーツ報知)

「勝」は小笠原満男によく似合う。
世間の評判以上に勝利を知っている男であろう。
何故ならば鹿島アントラーズと共にあるからである。
今後も高校サッカーから小笠原に続く逸材が出てくることを望む。

U-23日本代表 北京五輪壮行試合アルゼンチン戦

篤人素晴らしすぎる。
怪我だけには気をつけること。
なるべく早期に帰って来て欲しい。

偏ったジャッジはサッカーの失墜を招く

07月28日
【後藤健生】鹿島対浦和、雷雨で中断も好試合を展開
鹿島オリヴェイラ監督のコメントが提起するもの


鹿島アントラーズと浦和レッズの1、2位対決は、なかなかの好ゲームだった。前半の39分には激しい雷雨のために67分間の(!)中断があり、その再開の直後にスローインからのこぼれ球を小笠原満男が叩き込んで、鹿島が先制した。まさに、中断-再開直後の集中力の問題だった。浦和のエンゲルス監督が「試合内容は満足しているが、あの失点だけが残念」と語ったとおりだ。だが、前半に関して言えば、やはり中断の前も主導権はわずかに鹿島が握っており、 1-0というスコアは順当なものと言えた。

そして、わずか7分間(ロスタイムも含めて)のプレーの後に、今度は本当のハーフタイムをはさんで、後半が始まると、試合はどちらかというと浦和のペースとなる。1-0の試合でリードされているチームが押し込むことは普通のことだし、浦和は阿部勇樹が本来のボランチのポジションでプレーしており、阿部と鈴木啓太がしっかりと相手ボールを奪い、効率的に攻撃に結びつけた。トップでも田中達也がすっかり復調し、運動量を生かしてチャンスを作る。そして、雷雨のためにピッチがスリッピーになったことも、速いパスを多用する浦和にとって有利だったようでもあった。それでも、浦和のシュートは枠を捉えられず、なんとか鹿島が前半のリードを守りきったかと思われたが、82分にエジミウソンのクロスに田中が飛び込んで、浦和が同点に追いついた。前半が鹿島の1-0、後半が浦和の1-0。1-1の引き分けは、試合内容を反映した妥当な結果だった。

鹿嶋というのは不思議な土地柄で、夏でも寒いような天候になることがあるが、猛暑続きのこの日も、鹿嶋は涼しかった。公式記録によれば開始時の気温がなんと 23.1度。雷雨のために気温はさらに下がり、後半は肌寒さを感じるくらいだった。そして、そのおかげで両チームとも最後まで運動量が多く、激しく、緊迫した試合になったのだ。鹿島対浦和戦の前日の土曜日には、川崎フロンターレ対名古屋グランパスの試合を見に行ったのだが(場所は川崎のホームの等々力)、気温が27.9度、湿度72%という蒸暑さのおかげで(前節の試合から中4日ということもあって)、両チームとも動きが悪く、苦しい戦いとなったのとは対照的だった。

やはり、サッカーというのは本来、暑いところでやるものではないのだ(僕はJリーグが秋開幕のシーズンに変更するのには反対だが)

FIFAは高地での試合を禁止しようとして南米アンデス諸国の猛反発を招いたが、高地での試合を禁止するなら、高温多湿での試合も規制すべきであろう(たとえば、 9月にバーレーンで試合をするとか……)。さて、鹿島対浦和の試合に話を戻すが、中断の直後に鹿島のオリヴェイラ監督が退席処分となった。中断の直前に浦和ゴール前で鹿島の選手が反則を受けたように見えた場面が2回あり、どちらも反則を取ってもらえなかったことに対して、試合を中断して引き上げてくる審判団に文句を言ったことによるものだった。

試合後の記者会見には退席となったオリヴェイラ監督に代って奥野僚右コーチが出席したが、驚いたのは質疑応答の後に奥野コーチが「監督からコメントを預かってきた」と前置きして、「レフェリーの判断が大きな作用を及ぼした。マスコミはこの点について検証してほしい」という監督の言葉を紹介したのだ。オリヴェイラ監督というのは、試合の後に、審判の判定や日程の不公平さについて、必ずのようにコメントをする人だ。それにしても、わざわざコーチにコメントを託してまで、そういうことを言うのには驚いた。僕には「毎試合のようにそういうことを言うのは、いささかしつこいのでは……」と思う気持ちもあるが、同時に「日本のサッカー界に対する問題提起だ」というオリヴェイラ監督の意見にも一理あるように思う。

たしかに、浦和戦のオリヴェイラ監督が問題にした場面は、微妙な判定だった(はるかに高い位置にある記者席からでははっきり見えなかったので、「微妙な」という言葉でしか言えない)。そういう「微妙な」判定、あるいは明らかな誤審があった場合、たしかに日本ではあまり議論が起こらない。自分の目だけで「あの判定はおかしい」と断じて記事に取り上げるだけの見識を持った記者は少ないだろうし、テレビの中継でリプレーで見て、明らかに誤審と思われる場面でも、解説者の多くは「微妙な判定ですね……」と言葉を濁してしまう。

ヨーロッパや南米だったら、疑わしい判定があったら、当日夜のテレビ番組ではあらゆる角度からの映像を流して論戦になる。選手、解説者、監督、ジャーナリストといった立場の人だけでなく、審判委員会の偉い人なども参加して喧々囂々の議論となるし、場合によっては当事者である審判が意見を言う場すら設けられる。当事者である選手や監督が、判定に文句を言うのはある意味で見苦しいことかもしれない。その代わりに、客観的であるべき報道機関が(テレビでも、新聞でも、雑誌でも)積極的に判定についても議論を行うべきなのだろう。だが、それだけの気骨のあるジャーナリストが少ない日本では、やはり当事者である監督やクラブが、問題提起をする必要があるのかもしれない。「オリヴェイラ監督のそういう言動が好ましいものなのかどうか」という点も含めて、われわれはもっと議論すべきなのではないだろうか……。

それにしても、鹿嶋の雷はすごかった。横に流れるように光る稲妻。全天が一斉に輝く網目模様の稲光。昔ナイジェリアで見た雷のようだった!


浦和目線の後藤氏から見ても微妙な判定という表現になるのは、明らかにあのプレイがクロだからである。
陪審員が大声で「Guilty!」と叫ぶところであろう。
しかしながらピッチの中は吉田主審という偏った(もしくは買収された)王様が君臨しており、判定が覆ることはない。
それによって審判の権威が失墜しようが、代表に選出されている選手が勘違いしようが、そしてサッカー選手を夢見る少年少女に悪影響を及ぼそうがお構いなしである。
我等は耐えて、より強さを求めていけば良いだけである。
それならば話は簡単であろう。
しかし、Jリーグの更に日本サッカー界の堕落を見るのは忍びない。
苦しいのである。
これによって幸せになる人間ただの一人もいないであろう。
邪悪なる浦和に心を売った一掴みの人間が少しの自己満足を得ただけである。
「誤審はなくせない」
これはサッカーの定説である。
そして「誤審も含めて楽しむ」ことこそがサッカーの醍醐味ではある。
とはいえ、誤審をなくそうという努力は必要であるし、偏った判定を続けてもそれはただの衰退にしかならぬことに気づくべきである。
我等は正義の名の下にサッカーを続ける。
邪悪で堕落した者共に邪魔されようとも。
決してくじけることはない。
何一つ間違ってはおらぬのだから。

面白いサッカーを魅せる

【キリンチャレンジカップ2008 U23日本 vs U23アルゼンチン】試合前日のU23日本代表選手コメント [ J's GOAL ]
7月29日(火)キリンチャレンジカップ2008 U23日本 vs U23アルゼンチン(19:20KICK OFF/国立)
●内田篤人選手(鹿島)
「ボールを失ってカウンターを食らうのがいちばん怖い。相手のFWは多分守備に参加せず前線に残っているのでちょっと怖い。でもビビッていたらつまらない、相手に合わせるのではなくて、自分たちのサッカーをしたい。あとは、見ている人の面白いサッカーができれば。やりたいことをやって、失敗してもチャレンジして。その上で五輪につなげたい」

篤人の強敵アルゼンチンを前にして楽しもうという気持ちが在り在りと伝わってくる。
反町のサッカーが篤人が語る自分たちのものとは思えぬが、指揮官とは別にプレイする選手らが楽しもうとすれば、それは必ず具現化するであろう。
我等に面白いサッカーを提供してくれるのは非常に喜ばしいことである。
チャレンジし面白いサッカーをして、怪我をせずに帰ってくるのだ。
8月16日緑虫戦の強行出場を期待しておるぞ。

全星近づく

小笠原が!闘莉王が!Kリーグ選抜倒す
2008.7.29 05:03
 日本と韓国のプロリーグ選抜が対戦するオールスター戦「JOMO CUP 2008」が8月2日午後6時から東京・国立競技場で行われる。

 今大会から日韓対決に形を変えた球宴。Jリーグ選抜は昨季リーグ王者・鹿島のオズワルド・オリベイラ監督(57)が率い、鹿島のMF小笠原満男(29)や浦和のDF田中マルクス闘莉王(27)らが出場する。一方のKリーグ選抜も、GK李雲在(水原三星)ら06年ドイツW杯で活躍した選手を中心に編成。熱戦が期待できそうだ。


闘莉王はこの試合でもPA内で悪質なファールをしたり、ハンドをしたり、報復で相手選手を突き飛ばしたりするのであろうか。
恥は晒さないで欲しいものである。

浦和戦コメント・報道

鹿島アントラーズ :監督 <試合終了>
(奥野コーチコメント)

Q:雨で中断した状況の中でオリヴェイラ監督が退席処分となってしまったが?また後半にむけての戦い方は?
A:中断となってレフリーが上がって来た時に監督が意見を伝えたところ、それが抗議とみなされてしまい退席処分となってしまいました。前半残り、そして後半については、中断前までのいい流れをつなげて戦っていこうと伝えました。
Q:今日の引き分けについては?
A:勝ち点3を取りにいくのはもちろんだが、今日のようなゲームでの勝ち点3は重みがある。今日の勝ち点1は(勝ち点の)大きさが少し足りなかった。そういう認識でいます。
Q:中田選手の交代の意図は?
A:中盤の起動性や選手の疲れ具合をみて想定した中での交代でした。
(最後にオリヴェイラ監督よりコメントを奥野コーチが代弁しました)
1つめは、レフリーのピッチ内での判定で大きく試合が左右されてしまった。そして2つめは、日本サッカー界の向上のために、メディアの皆さんから映像や記事で今日の試合をきちんと伝えてほしい。

【J1:第19節 鹿島 vs 浦和】奥野僚右コーチ(鹿島)記者会見コメント [ J's GOAL ]
7月27日(日) 2008 J1リーグ戦 第19節
鹿島 1 - 1 浦和 (18:34/カシマ/36,412人)
得点者:40' 小笠原満男(鹿島)、82' 田中達也(浦和)

●奥野僚右コーチ(鹿島):
Q:オリヴェイラ監督が退席した状況と、オリヴェイラ監督がいない影響はどうでしたでしょうか?
「監督が、雨で中断になったタイミングでレフリーが帰ってきたときに意見を言いました。それが抗議ということで退席になりました。それはオフィシャルから発表があると思います。そのあと長い中断期間がありましたけれども、チームとしてゲームはうまく運べたんで、多少修正すべき点はありましたけれど、それを継続していこう、よりいい形で前半の残りを続けていければ、という話をしておりました」
Q:今日の引き分けは勝点を失ったと捉えているのか、それとも引き分けで良しとしてるのでしょうか。
「僕が思いますに、勝点3を取りたいというのはもちろんのことですけれども、直接対決ということで勝点3以上の重みのある試合でした。そういった中でも勝点を積み上げるということが最低限の必要なところであって、そこでは勝点を積み上げることはできた。ただ、残念ながら、勝点の大きさが少し少なかった。そういう認識は持ってます」
Q:中田選手を入れたのは予定通りだったのでしょうか?
「そうですね。中盤のところでの機動性とか、選手の疲れを見た中で、そういうシチュエーションごとに、だいたい想定されている交代でした」
以上

【J1:第19節 鹿島 vs 浦和】試合終了後の各選手コメント [ J's GOAL ]
●本山雅志選手(鹿島):
「中断が明けて集中を切らさずに前から行こうと話していた。ダラッと入るといけないので前からプレスをかけた。点が取れそうな場面があったので今日の結果はすごく悔しい。中断中はリラックスしたかったけどリラックスできないので難しかった。監督は僕らの代わりに言ってくれたのですばらしい監督だと思う。レッズは強かった」
●中後雅喜選手(鹿島):
「中断明けは難しいとは思ったけどすぐに先制点をとれた。中断で集中を切らさずできた。前半で2点決めてもおかしくなかった。最後で追いつかれてしまい悔しい。また次の試合をがんばりたい」
●岩政大樹選手(鹿島):
「中断明けは難しいとは思ったけどみんなで円陣を組んで入ったので難しさはなかった。全体的に悪い試合ではなかったと思います。失点の少し前から、今日はこれでいけそう、という雰囲気がでていたのは感じていました。少しずつ、アプローチやマーキングがずれてきて、クロスの回数が増えているとは感じていました。それでも守れると思っていた」
●青木剛選手(鹿島):
「勝点3を取れれば2位との差が広げられるので勝点3を狙いにいった。浦和の選手交代に踏ん張りきれずに失点してしまった。Jリーグはまた間が空く。(代表合宿は)3日間という短いなかだが、しっかり集中して自分ができることを出してきたい。
中断明けは集中して1点が取れたんで苦にはならなかった。いい形で前半を終えられたと思う。10分、15分アップができるよう話だったから、あまり気にせず、アップで集中力を高めればいいと思っていた。
1点リードした中で相手も攻めに出て来たところで次の1点を取れればもっとうまくゲームを運べたと思う。あそこは耐えないといけなかった。(エスクデロは?)上手いポジションをとってきた。浦和の交代した選手にリズムをつくられてしまった」


小笠原電光石火の1発も痛いドロー/J1

鹿島−浦和戦が激しい雷雨で中断したカシマスタジアム
<J1:鹿島1−1浦和>◇第19節◇27日◇カシマ
 鹿島MF小笠原満男(29)の目は怒りに満ちていた。浦和を突き放す絶好のチャンスだった。勝てる試合がドローに終わった。やるせなさが込み上げる。試合後、無言を貫き通した。ホームでのドローは最低限の結果。だが主将に満足感は一切、なかった。

 この一戦に神経を研ぎ澄ましていた。前半39分、鹿島関係者が「かつてなかった」と口をそろえる雷雨で試合は中断。いつ再開されるかも分からず時間が流れていった。だが、控室で、前半残り約5分というわずかな時間の使い方を全員で確認しあった。「残り5分でも点を取りに行こう。ダラッと試合に入るのはよくない。前からプレスをかけに行くぞ、ということを話し合った」とMF本山は明かした。
 そして再開から27秒後。雷が遠く夜空に光る中で、まさに電光石火の1点は生まれた。MF中後が上げた右クロスをMFダニーロがヘッドで落とす。それに反応したのは小笠原だ。トラップして足元に落とすと左足をたたきつけるように振り下ろし、ゴール左隅に決めた。試合を視察していた岡田監督を「素晴らしいシュートだった。いつも頭には(存在を)入れている。いざという時のためにね」と言わしめた。
 だが浦和田中達の同点弾で勝利は消し飛んだ。DF岩政は「勝ちきれなかったことで、いい試合とは言えない」と、悔しさを押し殺すように話した。勝てば浦和を勝ち点5差に突き放せた。今は不調でも、シーズン終盤には優勝を争う最大のライバルとなる。だからこそ勝機を逃したことが、小笠原は腹立たしかった。家路につく小笠原の後ろ姿がそれを物語っていた。【広重竜太郎】
 [2008年7月28日9時20分 紙面から]


鹿島・小笠原弾に岡田監督「すばらしい」
2008.7.28 05:05
 J1第19節最終日(27日、カシマサッカースタジアム=ほか3試合)鹿島MF本山は「すごい悔しいです」とガックリ。MF小笠原の左足先制ミドル弾も実らず、後半に追いつかれた。ただ、日本代表・岡田監督は「すばらしいゴールだった。いつも(小笠原の招集は)頭にある。いざというときに」と評価した。

中断中にオリベイラ監督退場処分
 【鹿島1―1浦和】雷雨による中断の際に、鹿島のオリベイラ監督が主審に抗議をして退席処分を受けた。
 指揮を引き継いだ奥野コーチによると、浦和のゴール前で鹿島の選手が倒された場面が何度かあり、オリベイラ監督は「PKではないか」と不満を漏らしていたという。オリベイラ監督は試合後、奥野コーチを通じて「主審の判断が試合に大きく作用して残念。日本のサッカーの向上のために検証してもらいたい」とコメントした。
(カシマ)
[ 2008年07月27日 23:17 ]


あれでノーファウル?鹿島が意見書提出へ
 鹿島幹部がこの日の鹿島―浦和戦をジャッジした吉田主審の判定について、Jリーグに意見書を提出する意向を示した。問題のシーンは、前半33分。ペナルティーエリア内でFW興梠、FWマルキーニョスが立て続けに浦和DF闘莉王に倒されたが、笛は吹かれなかった。クラブ幹部は「VTRを見た感じでは、明らかにファウルだった」と話した。
[ 2008年07月28日 ]

雷雨中断明け30秒!小笠原電撃ゴ〜ル

<鹿島・浦和>激しい雷雨で試合が66分間中断したカシマスタジアム
Photo By スポニチ

 今季リーグの行方を占う鹿島と浦和の大一番は、1―1のドローに終わった。試合は前半39分に雷雨の影響で66分間中断するハプニングに見舞われた。鹿島は再開30秒後の前半40分にMF小笠原満男(29)のゴールで先制したが、後半37分に追いつかれた。03年の開幕戦以来となる浦和戦のホーム勝利はならなかったが、首位をきっちりキープした。
 ドローで首位をキープしても、イレブンの顔に笑顔はなかった。それどころか、まるで負けたかのような雰囲気すら漂わせた。悔しさで顔をこわばらせたMF小笠原は無言。MF本山も「後半も自分たちのリズムでやれて、追加点のチャンスもあったので、すごく残念」と悔しさをあらわにした。

 ドタバタの試合だった。前半39分に、スタジアムを襲った雷雨の影響で試合が66分間中断。さらに、中断に入る際には相手の危険なファウルに猛抗議したオリヴェイラ監督が退席処分となるケチまでついた。それでも、チームは動揺するどころか、目の前のゲームに集中。中断中は選手同士でこれまでのプレーを確認。ストレッチも入念に行い、再開に備えた。
 満を持して迎えた試合再開。MF小笠原は再開後わずか30秒の前半40分に先制弾を決めた。MF中後の右クロスをMFダニーロが胸トラップでバックパス。そのボールを再び胸で1トラップし、ボールを1バウンドさせたあとに左足でゴール左隅に強烈に叩き込んだ。MF本山は「前半は残り5分だったけど、前からプレスに行って点を取ろうと話していた」と振り返った。
 後半に入ってもカウンターから再三チャンスを得た。それでも、追加点を奪えず、逆に後半37分に一瞬のスキを突かれて同点とされた。DF岩政は「失点の少し前から、このまま勝てるという空気が流れ始めているのを感じた。少しずつマークとアプローチがズレだした。ウチもメンバーを代えて、中盤のバランスが変わった。そのデメリットの部分でやられた」と話した。
 MF青木は「勝ち点3を獲るために臨んだが」と悔しがる一方で「リーグは長い。勝ち点1を積み上げたと思って、切り替えて次に向けてやりたい」とも話した。小笠原は累積警告で8月9日の千葉戦は出場停止となるが、首位はきっちりキープ。今後は連覇に向け、着々と足場を固めていくだけだ。
[ 2008年07月28日 ]

岡田監督が小笠原を絶賛!最終予選招集へ
 ◆J1第19節 鹿島1―1浦和(27日、カシマ) 鹿島はMF小笠原満男(29)が雷雨で約1時間中断し、再開した直後の前半40分にゴール。視察した日本代表の岡田武史監督(51)は9月から始まる南アW杯アジア最終予選で、切り札だと初めて明言した。
 岡田監督が初めて小笠原について口を開いた。代表候補にすら招集しない理由を問われ「いつも頭の中に入っている」と明かした上で、招集時期について「いざという時に」と、9月から始まる南アW杯アジア最終予選で、招集することを示唆した。
 6月のW杯アジア3次予選前には体調不良で招集を回避した。さらに28日から始まる候補合宿でも、クラブ幹部に招集する意向を伝えていたが、結局メンバーに選ばなかった。小笠原の経験、実績から最終予選で勝負をかける時に、急に招集しても問題ないと考えているようだ。
 小笠原はこの日、雷雨による中断から再開直後の前半40分、MFダニーロが頭で落としたところに、胸トラップでエリア内に進入。左足で先制点をたたき出した。後半に追いつかれたため、無言で引き揚げたが、岡田監督は「素晴らしかった」と絶賛。首位のチームにあって、別格の存在感をみせる主将に高評価を与えた。
 小笠原も「代表には戻りたい思いがある。06年のドイツ(W杯)で悔しい思いをしているから」と話すなど、代表復帰への思いは強まっている。何が起こるか分からない最終予選。岡田監督構想で、小笠原は「キーマン」だ。
(2008年7月28日06時01分 スポーツ報知)

カシマスタジアム 好ゲームに水差す雷雨
2008/07/28(月) 本紙朝刊 スポーツ A版 6頁
初の中断67分
 鹿島−浦和戦が雷雨のため67分間、中断した。前半25分すぎから、肉眼でもはっきり分かるほどの強い雨がピッチに落ち始めた。いったん、小降りとなったが、37分すぎから雷鳴がとどろき、39分に吉田主審が中断を宣告。選手らを引き上げさせた。

 サポーターらもコンコースに避難。雷雲が通過するのを待ち、午後8時20分に試合は再開した。水戸市の会社員、男性(33)は「あっという間にずぶぬれになった。せっかくの好ゲームだったのに、水を差されてしまった」と苦笑いを浮かべていた。
 カシマスタジアムでは01年8月、ナビスコ杯準々決勝・浦和戦が台風の影響で中止したが、試合中断は初めて。


【写真説明】
鹿島−浦和 前半、雷雨で中断し、引き揚げる浦和イレブン=カシマ


J1 残り8分、一瞬のすき
2008/07/28(月) 本紙朝刊 スポーツ A版 6頁
 2位浦和との天王山は痛み分けよりも、勝ち点3を逃した試合になった。本山は「すごく悔しい」と唇をかめば、小笠原は怒りの表情に無言でスタジアムを後にした。雷雨で67分間中断となった激戦で、最も倒したい相手に、雌雄を決することはできなかった。
 「点差で考えれば、勝ち点6が懸かった試合。今後のリーグ戦を占う戦い」とオズワルド・オリベイラ監督が評していた試合で、先手を取った。雷雨で水を差されながら、集中力は切れなかった。再開してわずか27秒後。ダニーロのヘディングで落とし、ペナルティーエリア外で小笠原が胸トラップすると、そのまま左足一せん。ゴール左隅へと突き刺した。これで流れを引き込み、優位に試合を進めた。
 中断した直後、オズワルド・オリベイラ監督は吉田主審に猛抗議をし、退席処分を受けた。前半33分に興梠、マルキーニョスがペナルティーエリア内で闘莉王に倒されながらノーファウルと判断されことに対するもので、抗議する姿は選手のハートを刺激した。「監督が代わりに言ってくれた。素晴らしい監督」と本山。チームは一つとなっていた。
 だが、逃げ切ることができなかった。本山は「後半も自分たちの形でやれたが、そこで1点を取れれば勝てたと思う」と話し、追加点が奪えなかった。すると残り8分で、一瞬のすきを突かれ同点とされた。
 辛うじて首位は守ったが、勝てない結果は、まだ真の強さを身に付けるまで至っていないということか。次節は小笠原が累積警告で出場停止となる。試練となる試合だが、乗り越えたとき王者たる強さが身に付く。鹿島の底力を見せてほしい。


【写真説明】
前半11分、浦和の守備陣に囲まれながらシュートを放つ新井場(中央)=鹿島スタジアム


雨の中断や小笠原満男の代表などどうでも良いこと。
唯一、公式サイトの奥野コーチのオリヴェイラ監督の代行だけが真実を伝えておる。
しかしながら、報道もなにもかもそれを適えてくてれはおらぬ。これがこの国の現状なのであろう。
つぶされぬよう更に強くなる以外にはなさそうである。
審判を含めた14人の相手に勝てるように。

Jリーグ第19節 浦和レッドダイアモンヅ戦

弱い相手に引き分けはいただけないない。

データによると

鹿島、データでは浦和に負けなし
 鹿島は浦和戦撃破に自信をみなぎらせた。今季公式戦で喫した全5敗は、相手の方が前節からの試合間隔が長い試合ばかり。相手と同等の試合間隔で臨めば、昨年10月以来負けなしだ。今回は中6日であり、浦和は中5日。GK曽ケ端が「同条件ならウチはどこにも負けない自信がある」と話せば、DF岩政は「間隔が空けば良いサッカーができる」と言い切った。
(2008年7月27日06時03分 スポーツ報知)

J1鹿島 きょうホーム浦和戦 首位は絶対譲れない
2008/07/27(日) 本紙朝刊 スポーツ A版 6頁
 Jリーグ1部(J1)第19節最終日は27日、各地で3試合を行う。鹿島はカシマスタジアムで浦和と対戦する。キックオフは午後6時30分。首位鹿島と2位浦和による首位攻防戦は、今後のリーグの行方を占う一戦となる。ホームの大声援をバックに、首位キープといきたい。

 鹿島は前節の横浜M戦で全体の運動量がよみがえり、連敗を阻止。ハードワークが復活したのはプラス材料で、今節は中6日での試合で、疲労による心配もなさそうだ。データからも今季、敗れた試合はACLも含めて、すべて相手チームよりも試合の間隔が短かった。リーグ戦で敗れた前半の浦和戦は浦和が中6日で鹿島は中3日。川崎戦や清水戦、京都戦も相手よりも中1日少なかった。「試合の間隔が空けば強いし、いいサッカーができる」と岩政。今節はフルパワーの鹿島が見られそうだ。
 先発メンバーの変更はなさそう。ダニーロが24日の紅白戦後に右内転筋に張りを訴えたが、26日の練習には参加、セットプレーでは主力組でプレーし、練習後も「大丈夫」と話した。ただ、マルシーニョも今週はずっと主力組に入り連携を深めていただけに、代わって先発出場の可能性もありそうだ。
 対する浦和は黒星と白星が交互に続くなど、選手、戦術を固定できずに不安定な戦いが続いている。だが、先発が濃厚な前線の高原、田中、永井は個々の能力が高く、積極的な上がりを見せる闘莉王もおり、鹿島は集中を切らしてはいけない。「ピッチの中でやることは変わらない。やるべきことができるか」と青木。どれだけ、自分たちのペースで試合を運べるかが勝利への鍵を握りそうだ。
(萩原智行)

J1鹿島27日浦和戦 オリベイラ監督が会見
2008/07/26(土) 本紙朝刊 スポーツ A版 7頁
「勝ち点6懸けた試合」
 Jリーグ1部(J1)鹿島のオズワルド・オリベイラ監督が25日、鹿嶋市内で会見、浦和との天王山へ向けて抱負などを語った。

 今季4度目の非公開練習後、オリベイラ監督は「非常にいい練習ができた」とニッコリ。浦和戦は「勝ち点6が懸かった試合。勝ったか負けたかでタイトルにも反映される」と重要な一戦を強調した。浦和については「常に優勝候補と呼ばれているし、個でも能力の高い選手がいる。アジア王者でもあるし、敬意を払わなくてはいけない相手。闘莉王は守備能力やリーダーシップがあり、一番けん制しなくてはいけない選手」と警戒した。
 中断明けから5勝1敗と好調を維持。現在、首位の自信を見せる指揮官は「リーグの今後を占う意味もあるので、絶対に勝たなくてはいけない」。注目の一戦は27日午後6時30分から、カシマスタジアムである。


今季、敗戦を喫したのは中2日、中3日の試合だけというデータから割り出した鹿島有利報道である。
確かに今季の日程には理不尽なところがあり、不公平感は否めない。
それを遠回しに報じている報知には拍手を送りたいところ。
しかしながら、今節この日程で浦和が負けてしまうと更に来季は鹿島に不利で浦和が優遇された日程を組んでくるのでは無かろうか。
それだけが不安である。

ユダ、浦和戦を語る

鹿島中田「浦和に勝つと勝ち点3以上!」
 首位鹿島のDF中田浩二(29)が26日、27日にカシマスタジアムで対戦する2位浦和を警戒した。約1時間半の練習後「レッズは今の日本を代表するチーム。昨年ACLも取ったし、みんなが自信を持っている。勝つと勝ち点3以上の価値があると思う」と話した。浦和戦も20日の横浜戦同様、センターバックでスタメン出場する可能性が高く「帝京の後輩の(田中)タツの裏への飛び出しに注意することと、タカ(高原)は少しでも気を抜くと突いてくるので、90分間集中したい」と話した。
 [2008年7月26日15時18分]

ユダにとっては久しぶりの浦和戦である。
この試合で活躍できないようでは帰参した意味も薄れる。
知り合いも多い相手に本人も燃えているようである。
闘争心を高め、完封に貢献せよ。
我等には聖地での勝利しか見えておらぬ。
この試合で王者が強いというところを見せつけるのだ。

佐々木竜太アルゼンチン相手に大爆発

アルゼンチン 鹿島に2失点も「問題ない」
 29日に日本五輪代表と対戦するアルゼンチン五輪代表は25日、鹿島の練習場で練習を行った。30分×2本の紅白戦を行い、控え組には鹿島のU―23世代の選手らが交じってプレー。鹿島のFW佐々木に2ゴールを決められたが、チーム関係者は「満足している。何も問題ない」。別メニューで調整したOA枠のMFリケルメについても「問題ない」と多くを語らなかった。
[ 2008年07月26日 ]

よよこと佐々木竜太がU-23アルゼンチン代表相手に2発をぶち込んだ。
マルシーニョの加入でベンチから遠のいた鬱憤を晴らすかのようである。
そもそも、平瀬のスピード、隆行のフィジカル、本山のテクニックを合わせ持つ逸材なのである、この程度は当然であろう。
実力はワールドクラスである。
後は経験を積み、安定して力を発揮できるようになるだけである。
フィジカル・ライティの名に恥じぬ未来を期待しておる。

チューヤン結婚

中後 雅喜選手入籍のお知らせ
中後雅喜選手が清香(さやか)さんと本日入籍しました。
■入籍日
7月26日(土)
■中後選手コメント

「責任の重さを感じますが、これを機に今後一層がんばっていきたいと思います」

鹿島・中後、モデルの関清香と結婚
2008.7.26 05:02

鹿島・中後、モデルの関清香と結婚
【フォト】

 J1鹿島のMF中後雅喜(26)が、モデルの関清香と結婚することが25日、分かった。清香が23度目の誕生日を迎える26日に入籍する。中後は、「家族が増えるということで責任も増します。より一層頑張っていきたいと思います」と決意を新たにした。

 2人の出会いは05年12月24日。知人が主催したクリスマス・パーティーで紹介され、半年後に交際がスタート。約2年を経てゴールインした。

 中後は昨季リーグ戦28試合に出場し、3戦連続ゴールを決めるなどリーグ優勝と天皇杯の2冠に貢献。ボランチが本職だが、27日の浦和戦(カシマ)はU−23日本代表DF内田が不在のため、右サイドバックでの出場となりそうだ。人生の伴侶(はんりょ)を得て、更なる活躍が期待される。


鹿島・中後 トップモデル・関清香と結婚
 鹿島のMF中後雅喜(26)が26日、南海キャンディーズのしずちゃんらと花王「エッセンシャル」のCMに出演中のトップモデル、関清香さん(24)と結婚することが分かった。清香さんの24歳の誕生日となる26日に婚姻届を提出し、今オフに挙式する予定だ。

 2人は06年に友人の紹介で知り合い、中後の猛烈アタックで交際をスタート。茨城県の鹿嶋市から彼女の自宅がある都内までは100キロ以上の距離があったが、もともとサッカー観戦が趣味だった彼女を時々試合に招待するなど、順調に愛をはぐくんできた。昨季後半戦にケガで離脱しレギュラーの座を失った時も、陰で精神的な支えとなったのが清香さんだった。中後も「いろんな面で支えられていますね」と感謝している。

 リーグ優勝の行方を占うあす27日の浦和との大一番では、五輪代表合宿に参加中のDF内田に代わる右サイドバックとして、3月8日の札幌との開幕戦以来となるスタメン出場が確実。「これまで以上に責任感は増す。調子を落として彼女に変な心配をかけたくない。周りからもそういう目で見られるから」と中後。結婚祝いとしてまずは宿敵からの白星を贈るつもりだ。

 ▼中後 雅喜(ちゅうご・まさき)1982年(昭57)5月16日、千葉県生まれの26歳。千葉ユースで育ち、駒大を経て05年に鹿島入り。昨季は28試合で4得点を記録した。趣味は買い物。1メートル78、73キロ。利き足は右。血液型A。

 ▼関 清香(せき・さやか)1984年(昭59)7月26日、東京都生まれの24歳。成蹊大在学中にミスキャンパスに選ばれ、現在は人気女性誌「JJ」のモデルや花王「エッセンシャル」のCMに出演するなどタレントとして活躍。1メートル63。血液型B。

[ 2008年07月26日 ]

中後、モデルの関清香さんと結婚…鹿島
 鹿島MF中後雅喜(26)がモデルの関清香(せき・さやか、24)さんと結婚することが25日、分かった。清香さんの誕生日の26日に婚姻届を提出し、来年1月中旬に挙式する予定だ。

 2人は約2年前、知人の紹介で知り合い、中後が一目ぼれする形で交際がスタート。茨城・鹿嶋市から都内まで100キロ離れているため、会う機会は限られたが、時折試合にも招くなど、順調に愛をはぐくんできた。昨秋に結婚を意識し始め、年末の契約更改の席上でクラブ側に結婚する旨を報告していた。

 清香さんは学生時代にミスキャンパス成蹊大に輝いた美人。雑誌などでモデルとして活躍する傍ら、花王シャンプー「エッセンシャル」のテレビCMでは、南海キャンディーズの静ちゃん、中川翔子らと共演した。外見が華やかな半面、気遣いがうまく、中後は「試合に出られない時も支えられた」と明かす。

 中後は首位決戦となる浦和戦(27日・カシマ)に、右サイドバックで3月8日の札幌戦以来となる先発出場が濃厚。「結婚すれば責任感が増す。調子が悪くなると変な心配させる。より一層頑張りたい」家を守ることになった中後が鹿島の首位をも守る。

(2008年7月26日06時01分 スポーツ報知)



チューヤンが入籍。
何はともあれ祝福しようではないか。
聞くところによると、怪我の時も出場機会に恵まれぬ時も陰で支えた献身的な女性とのこと。
明日は当然、スタジアムに招いておるのであろう。
チューヤンの活躍で勝利し、彼女が勝利の女神であることを証明して欲しい。
まな板は買わず、枡の裏で包丁を使うのだ。
箪笥に小判を隠し、いざというときの為に取り出してくるやも知れぬ。

全力の男・岩政大樹

すべてに力を抜かずに全力で取り組むことを習慣づけられたことが大きかった
08.7.25 UPDATE
― 小学生時代(大島サッカースポーツ少年団)
サッカーが好きでしたので、小さい頃からボールを蹴ってはいたのですが、住んでいたところにサッカークラブがなかったので、正式にクラブに入ったのは4年生の頃でした。そのクラブは僕が行っていた小学校でやっている少年団ではなく、別の小学校でやっていた少年団だったのですが、他の地域の子も受け入れていることをその小学校に赴任していた母が知ったんです。その話を母から聞いてから、どうしても入りたくなってしまって、入れてもらいました。大島サッカースポーツ少年団は周東リーグにあるチームだったんですが、僕は周東リーグの選抜である周東FCにも選ばれて、周東FCで県大会に出ていました。多い時には、少年団に水、土、日、周東FCに火、木、土、日と練習に出ていました。火水木そして土日は2部練でサッカーばかりしていました。周東地区は日本サッカーリーグだった永大産業サッカー部が数年間あった地域だったんです。そこでフォワードをしていた二人が大島サッカースポーツ少年団と周東FCの監督だったんですね。だから、田舎にしては指導者にすごく恵まれていた環境でした。その二人は技術もありましたので、すごく憧れていました。指導はすごくスパルタでしたよ。2時間の練習だったら6〜7割は走っていました。当時、多々良学園より厳しいって言われていましたからね(笑)。厳しくとも人間的に素晴らしい人でしたので、僕は尊敬していました。

周東FCは僕の一つ下まで県大会で6連覇している強いチームでした。おかげで、僕は6年生の時によみうりランドの全国大会に出場しました。隣ではプロ選手が練習していたんです。当時はヴェルディがすごい時代で、ちょうどカズさんやラモスさんたちが紅白戦していたんですね。「ああ、すごいなあ」って思った記憶があります。全国大会ではグループリーグの初戦が優勝した浜松JFCだったんですが、その試合に引き分けたので、やや慢心したのか、その後調子に乗れず、敗退してしまいました。
― 中学生時代(大島JSC)
大島JSCは僕が中学校に上がる時に出来たチームです。というのも、大島サッカースポ少に所属する子どもたちが中学校に上がった時にサッカーをする環境がなかったので、指導者の方が作ってくれたんです。僕は中学校に上がる時にサッカーを止めるつもりだったんですけど、大島JSCが出来ると聞いて続けることを決めました。僕がいた地域の中学校では必ず部活に入らなくてはならないので、大島JSCの練習は土日だけでした。僕は陸上部に入りました。…というか、陸上部しかなかったんですけどね(笑)。大島は年に一度、大島駅伝という大会があって、駅伝が盛り上がる地域だったんです。僕がいた中学校は全校で30人くらいしかいない学校だったんですけど、伝統的に陸上が強い学校だったために、男子は強制的に全員陸上部に入るようになっていました。男子が全員入ると言っても、20人もいませんから、誰に勝ったか負けたかという世界なんです。学年の中では僕が一番速かったんですが、僕に勝とうとするヤツが出てくるんですよね。そいつらには絶対に負けられないから、帰宅してから隠れて走ったり、朝も走ったりしていましたね。夏休みとかでも午前中に陸上の練習で走って、午後にサッカーの練習をしてなんてやっていました。とにかく忙しかったです。生徒会長でしたし、陸上部のキャプテンでしたし、サッカークラブのキャプテンでもありました。勉強もしなくてはいけなかったですし。おかげで走る能力というよりは、忍耐力が磨かれました(笑)。
まだ山口県にはクラブチームは10チーム程度しかない時代だったので、チームの順位は上の方でした。大島JSCは土地柄もあってか、頑張るチームでした。他のクラブチームは都市部のチームだったので、上手い選手はいるんですね。でもウチは頑張って勝つチームでした。それで、3年生の時にはなんとか県で優勝できるくらいまでにはなりました。
― 高校への進学
大島の高校にも大島から少し先の高校にもサッカー部がなかったんです。だから、サッカーを続けるのは無理かな、と思っていたんです。そんな時に転機が訪れました。大島JSCが県のクラブチームの大会で優勝したので、中体連の優勝チームと中国大会に出るチームを決める試合に出たんです。相手とは力の差はあったんですけど、その試合での僕の出来が良かったんですね。見にきていた多々良学園の方が好待遇で僕をスカウトしてくれたんです。「多々良がそんなに誘ってくれるんだったら、高校でもサッカーできるだろう」と思い始めたんです。ただ、両親が教師で、その姿を小さい頃から見て育ってきたから、サッカー一本で進路を決めて行くことには違和感がありました。勉強もしっかりやれて、高校サッカーがだめになっても大学に行くという選択肢を残せるところ。岩国高校だったら、片道1時間半あればギリギリ頑張れば通える。ということで岩国高校を志望しました。大島から橋を渡ったところにある駅から電車で通うんですが、その駅まで自転車で40分くらいかかるため、毎日親に送り迎えしてもらいました。こんなに大変だけれど、それでも行くのかと散々言われましたね。僕の気持ちは決まっていたのですが、親を説得するのは大変なことでした。
― 高校生時代(岩国高校)
何にも調べずに入学したのですが、岩国市でサッカーをしている一つ上の世代にいい人材が豊富で、その人たちが運よくみんな岩国高校に来ていたんです。指導者の方も山口県のトレセンに関わっている先生でした。おかげで僕が通った3年間はなかなか強かったですね。先生が厳しかったので反発する人たちもいたんですが、僕の性格上、指導者の声に耳を傾けてしまうタイプなので、ヘディングの仕方から、細かい技術まで、いろいろなこと素直に学ぶことができました。1年上の代では県大会決勝で多々良学園と戦うまでには行っていたんですけど、ちょうど高松(大分)がいたりして多々良も強かったので、結局、その壁は破れませんでした。
3年の時に国体選手に選ばれました。多々良が15人中11人いて、残り4人の中の1人でした。まあ、多々良の選手に遠慮しながらやっていましたね(笑)。でも、彼らはやっぱり目指しているものが違ったんですよね。僕らは多々良を目指していてやっていましたが、多々良の選手は全国を目指していて、質も要求も違いました。そういう意味ではためになったと思います。予選ではメンバーとして出場していたんですが、国体の本大会に出かける前日に中足骨(足の甲の外側)を折ったんです。久しぶりに出る全国大会で自分の力を試して高校サッカーを終えるんだと思っていたのに。登録変更は1週間前までしかできませんでした。痛いし、出られなくて悔しいし。僕は行きたくなかったんですよ。でも、両親も祖父母も県の代表として国体に選ばれたことには間違いないんだから、国体選手として行ってこいと言ってくれたんです。その言葉に背中を押されて行ってきたんですけど、集大成になるはずだったのが見学で終わったことが、その後の進路を変えることになったんです。

それまでは大学に入ったらサークルとかではやろうと思うくらいで、本格的なサッカーはやめるつもりだったんです。そうやって自分の気持ちを抑えようとしていたんだと思います。国体の2週間後に選手権予選があったんですけど、もやもやしていて、まだ骨はくっついていないのにギプスをつけたまま出てしまったんです。そしてかなり上まで行くだろうと思っていた僕の代は2回戦で負けてしまったんです。国体に出られなかったこと、選手権予選の結果。自分が全力を出したかったことがこんな結果になってしまった。これで終わるのか。そう思って、翌日の模試の日に、親が校門まで送ってくれたんですけど、その模試を受けずに一人で考えこんてしまったんです。その帰りの車に乗った瞬間に「やっぱりサッカー続けるわ」と言ったことを覚えています。最初は中国地方にあって教師になるという自分の希望が達成できる大学に行くつもりだったんですけど、関東の大学に行くということを決めました。
東京学芸大を選んだのは教師になりたいという希望に即した大学だったこと、行こうと思っていた大学とほぼ同じレベルにあったこと、関東一部リーグだったことが大きな理由です。筑波大学という選択肢もあったんですが、体育学部に入るつもりはなかったんですね。体育学部じゃなくて筑波でサッカーできるのだろうか、と思ったんです。それで普通に受験をしました。センター試験次第では私立も考えなきゃなと思っていたんですけど、センターがなかなか良かったんです。また学芸大の場合、数学科だと後期は数学だけでいいんです。私立の場合、2〜3科目必要だったので、それよりも数学に集中した方が行けるかなという気持ちもありました。
― 大学生時代(東京学芸大)
初めてアパート暮らしをするんですが、今思うとひどかったですよね(笑)。僕のところが学校に一番近いアパートだったんです。それがいけなかった。1年の時は完全にみんなのたまり場になってしまいました(笑)。僕の部屋のカギがサッカー部の仲間の中で出回っているんです。おかげで授業の合間には必ず誰かがいました。炊事、洗濯、掃除も慣れなかったですし、人もいっぱいいたから、どんどん汚くなっていましたね。部活の方は、高校卒業の日に中足骨骨折を再度やってしまっていたので、プレーできるようになったのは5月からだったんです。だから練習は見学していましたし、学部もみんなと違ったので、なかなか仲間に入れなかったんですね。みんなはお昼を学食で食べるんですが、僕だけアパートに戻って、インスタント食品を食べて、午後の授業を受けていました。1〜2 か月は寂しかったですね。
チームにはいい選手がたくさんいました。ただ、全体のレベルは高くはあっても、集めているわけではないので、驚くほどではありませんでした。僕は中足骨骨折から復帰して1週間でスタメンに入りました。センターバックをしていた方が卒業したため、最初は真ん中が安定しなかったんですね。それで僕を試す形で使ってくれたんです。僕もなかなか安定していなかったと思います。最初の練習試合でオウンゴールをしてしまい、終わったな…って思ったんですが、それでも我慢して使ってもらえたんです。そんな状況だったので、僕自身ここで生き残っていきたいという気持ちでプレーをしていましたから、周囲を見回す余裕はありませんでした。
学芸大はサッカーをいろいろと考えるチームでした。学芸大よりもタレントが揃っている筑波や国士舘にどうやって打ち勝っていくかを考え、それが瀧井先生のゾーンプレスだったので、ゾーンプレスに関してはすごかったですね。監督は卒業生の方だったこともあって、受け継がれたものをさらにみんなで話し合って擦り合わせていました。特に全体での守備の動かし方は高校まではあまり考えていなかったことでしたし、考えすぎて、むしろ頭でっかちになるような感じでもありました。

1 年のリーグ戦終了時に大学選抜に選出されました。監督が瀧井さんだったので、将来性を見込んで入れてもらっていたんだと思うんです。だから、ひどかったですよ。ヘディングに関してはリーグ戦で巻さん(千葉)や曽田さん(札幌)のような高さに強いという人たちと競っていく中で、多少はできていたので、けっこう自信がついていたんです。でも大学選抜に行くと、周りは市船や帝京というサッカー有名校出身の上手い選手ばかりで、ミスとか全然しないんですよ。ミスしないことが当たり前の世界に、全国初心者の僕がポンと入ってしまったんです。コーチからも集中攻撃を受けて。いやあ、落ち込みましたよ。合宿から帰ってきて「絶対にみんなのレベルの追いつくんだ」と徹底的に練習をしました。その後、大学選抜には入ったり入らなかったりしましたが、大学選抜の練習に追いつくために次はなにをしよう、ということの繰り返しでした。僕たちの頃は大学選抜に入っている選手がJに行けるという世界でしたので、なんとかそこに入っていけるようにすればプロ選手になれるんじゃないかと思いながらやっていました。そういう意味で大学選抜がひとつの目標であったし、ものさしでもあったと思います。
ユニバは2年生の時に、最後の合宿まで連れて行ってもらって、最後に落とされる3人の中に選ばれました(笑)。今思うと、落ちて当然なんですけど、落ちると悔しいので、落ち込んでいましたね。特に上手い人たちを見て、こういうこともしなければいけないんだ、ということを考え始めていた時期でした。また、落ちてすぐに3度目の中足骨骨折をして、リーグ戦に復帰したと思ったら4度目の中足骨骨折をしたので、リーグ戦にはほとんど出場できていないんです。だから 2年生の時は厳しかったですね。1学年下にいい選手がどんどん出てきていて、周りの評価が落ちてきたように思えていたんです。ああ、やばいな…って思っていました。ライバルは戸川(横浜FC)でした。すごいなって思っていて。選抜で一緒にやっていても、こいつはすごいなって思っていました。新しい大学選抜が発足した時に僕らの代が一番上だったんですが、僕が最初にキャプテンになったんですね。僕の中では戸川がふさわしいんじゃないかなって思っていたくらいです。そこに村山(大宮)とか、下だと深谷(大分)とか江添(C大阪)とか長野(福岡)とか、僕らの代と1学年下にはいい選手がたくさんいましたね。
3年の5月に大学選抜のスイス遠征があったんです。U-20で1学年下だったんですが、僕は早生まれだったので入れたんです。その遠征で掴めたことがあったんです。自信を取り戻したというか。20分ハーフの試合を一日何本もやっていく大会だったんですけど、自分が良かったこともあるし、監督とコーチが僕のことを信頼してくれて、あとはお前に任せたぞ、と言ってくれたことが大きかったと思います。そこからプレーが落ち着いてきたのは自分でもよくわかりました。
後期リーグは、巻さんと深井さんが二人で高得点をあげて、駒沢大学がダントツだったんです。駒大は巻さんにどんどん上げて深井さんが拾うというスタイルだったんですが、僕が巻さんに勝てるかどうかが大きなポイントになったんです。そんな駒大に学芸大は2連勝したんです。これで周囲の目も変わってきたんです。おかげでプロの誘いもいただくようになりましたし。3年生の秋はすごく良かったと思います。
3年生の秋に山本昌邦監督のU-22代表候補に入りました。その1月の合宿でJ所属の選手たちとプレーをして距離をすごく感じてしまったんです。質も要求もレベルも技術も違ったんですね。でも、一番違ったのは大学生に対しての見る目が違うんです。僕が何かを言ったとしても「いや、お前は大学生だから出来るんじゃないか」って言われました。ムッと来たけれど、言い返せなかった自分がいたんです。そこで、もしJに行くんだったら早めに慣れておいた方がいいなと思って、瀧井先生にどこかのチームに練習に行かせてほしいとお願いをして、いろいろなチームの練習に参加させてもらいました。

鹿島に決めた理由としては、正直、鹿島というチームが好きだったんです。ジーコも好きでしたし、小さいころには鹿島のユニフォームとかも持っていたんです。それで鹿島に入れたらいいなって思っていたんですが、3年の終わりの天皇杯で鹿島と対戦して0-4で負けてしまったんです。ああ、これで鹿島はないな、とあきらめていたら、4月に呼んでいただいたので、この時点で「行くなら鹿島だな」と思ったように記憶しています。だから話が来た時にははしゃいだり、ガッツポーズをしたりしていたと思います。夏に練習に参加しました。思ったとおり、すごいメンバーでした。僕は左のセンターバックで出たんですが、右が秋田さんで、左が相馬さんだったんです。このお二人が練習中けっこう言い合うんですよ(笑)! 鹿島はやっぱりすごいなあって思ったことを覚えています。こんな勝者のメンタリティを持っているチームに入れば、人間としても学べるものがあるんだろうなって思いました。
― プロになれた一番のポイントは?
プロになれたということだけではなく、プロで試合に出場し続けていられるのは、中学校の頃にすべてに力を抜かずに全力で取り組むことを習慣づけられたことが大きかったと思います。生徒会、勉強、陸上部、サッカー…。本当に時間が足りなかったんです。朝練で走って、昼休みにはサッカーの練習をして、授業を終わって生徒会の練習をして、遅れて陸上部の練習をして、帰ると真っ暗で、夕飯を食べると疲れてどうしようもなくなるんですけど、少しでも勉強をしなくちゃいけないから勉強をして。何にも負けたくないという精神です。おかげですべてに100%全力を尽くせるようになりました。それはセレーゾ監督もアウトゥオリ監督も強調していることで、プロになったこと、プロになってから、双方において良かったことだと思います。

【取材・構成】 SHAPE 豊田 英夫

岩政がどのような半生を歩んできたのかが良く伝わってくる。
単なるサッカー人生は歩んでおらぬ。
努力することを怠らぬよう幼少の時期から培われてきたのであろう。
これは周囲のサポートがあってこそである。
よほど人間との出会いに恵まれてきたのだと思う。
これからもそうであって欲しい。
人材登用に積極的な長州ならではである。

ダニーロ負傷

マルシーニョ、首位決戦で初先発も
 新加入の鹿島のブラジル人MFマルシーニョが27日の浦和戦で初先発する可能性が出てきた。2日連続で行われた紅白戦で、ともに主力組の右MFでプレー。スピードあるドリブルで何度もチャンスを演出した。MF青木は「サテライトも(20日の)横浜戦も出ているから問題ない」と連係に太鼓判を押した。一方、MFダニーロは右足内転筋に張りを訴え別メニューで調整した。
[ 2008年07月25日 ]

マルシーニョが二日連続で主力組に入っているとのこと。
彼のスピードで浦和ディフェンス陣を切り裂く所存であろう。
そのマルシーニョはともかくダニーロの負傷は痛い。
今季のダニーロは攻撃ではもちろん、守備での貢献も大きい。
高さもあり、まさにスーパーな選手であった。
27日には間に合うのであろうか。
とはいえ、ここでジタバタしたところで始まらぬ。
我等の中盤にはきら星の如く人材が集まっておる。
一人二人欠いたところで戦力に差はない。
本山、野沢、誓志、ヤス、修人、小谷野、誰が出ても遜色はない。
惜しむらくは船山が起用出来ないこと程度である。
中盤で圧倒することは目に見えておる。
しかしながらゴールを奪えなければ意味がない。
最終的には得点に至るプロセスとして中盤があることを忘れるではない。
最後に笑う者はより多くの得点をしたチームなのである。
未亡人となった篤姫は落飾して天璋院となるのであった。

篤人の爆発的上がり

内田が同点起点!フル代表の貫禄見せた

<日本・オーストラリア>前半41分、同点ゴールを決めた香川(右)と喜ぶ内田
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 【U―23日本代表2―1U―23オーストラリア代表】昨年11月以来の五輪代表での実戦となった内田が、フル代表仕込みのプレーで勝利に貢献した。前半41分には右サイドを駆け上がり、パスで同点ゴールのおぜん立て。「失点はしたが、自分たちのゲームをして逆転できた。今後につながる形だった」と手応えを口にした。左サイドバックの長友もフル代表からの合流組。攻撃的な内田を見ながら守備優先でプレーし「右の内田が前にいっていたのでバランスを重視した」と、冷静さが光った。
[ 2008年07月25日 ]

「得点シーンは狙い通り」内田篤人=サッカー五輪代表
 サッカー男子の五輪代表(U−23日本代表)は24日、ホームズスタジアム神戸で壮行試合の第1戦となるU−23オーストラリア戦に臨み、2−1の逆転勝利を収めた。
 以下は試合後の、内田篤人(鹿島)のコメント。

「(A代表に招集されていて)このチームに長くいなかったので、やれることは(全部)やろうと思った。途中で交代するのかなと思っていたけれど、(後半も決勝)点が入るまでは攻めようと思っていた。今日はお客さんが結構入ってくれて、後押しもあって良かった。リズムを(相手より)先につかみたかったので、仕掛けていった。コンディションは鹿島でも試合に出させてもらっているので、こっち(代表)に来てできないというのは言い訳にならない。

 1点目は、(ボールを中に)入れた後にFW2人で崩して、最後に(香川)真司が絡んできたところが、あいつの特徴かなと思う。(前半、中盤の選手にしきりに話し掛けていたが?)相手のプレスはあまりかかっていなかったのに蹴ってしまっていたので、もっとつないでいこうと話をした。
(失点の場面については?)ミスは仕方がない。あそこから2点、3点と取られずに、逆転できたことはかなり良かった。(同サイドの本田圭とは?)左利きなのでパスを渡しやすかった。真司も中に入ってくるので、サイドチェンジを使おうと話をしていた。得点シーンは狙い通りだと思う。真司が左で(本田)圭佑君が右なのも、意図があるんだと思う。(右サイドからの攻撃が多かったが)もう少し向こう(左)からも攻められると良かった。ちょっとこっちが忙しかった。(29日に対戦する)アルゼンチンはもう少し良いプレスをかけてくると思う。

 少し裏を狙い過ぎていると思う。でも、今うまくいきすぎるより、ミスでの失点を本番でやってあたふたするよりいい。(体格差は感じなかったか?)センターバックがしっかり跳ね返してくれていたし、中盤の前の選手もしっかりディフェンスをしてくれたので(差は)感じなかった。あれだけ密度の濃いディフェンスをすれば、なかなか崩されることはない」

[ スポーツナビ 2008年7月24日 23:25 ]

往年の名良橋を彷彿させるプレイであった。
フル代表ではここまでの上がりは見せていないように思える。
ここに来てやっと反町氏が篤人の使い方がわかって来たように思える。

U-23日本代表 北京五輪壮行試合豪州戦

篤人絶好調!
同点弾はほぼ篤人のゴールと言えよう。

青木剛代表を見極める

J1 青木、代表定着に意欲
2008/07/24(木) 本紙朝刊 スポーツ A版 15頁
 鹿島からはMF中田浩二とともに、MF青木剛が初選出された。世代別の代表経験はあるが、フル代表は合宿も含めて初めての選出。それでも、今回は五輪代表とG大阪勢が呼ばれてないため、「候補の候補。大穴の大穴ですよ」と照れ笑いを浮かべた。

 鹿島では昨季からスタメンに定着し、ボランチとしても成長。運動量とカバーリングで定評がある。
 岡田監督のサッカーについては「攻守の切り替えの早さなどが似てる」と鹿島との共通点を挙げ、「チャンスはチャンスなんで、しっかりアピールしたい。3日間と短いが、どんなサッカーをするのか見極めたい」と代表定着に意欲を見せた。


青木がフル代表候補に初選出され、意欲を見せているとのこと。
やはり、耐えに耐え掴んだレギュラーでチームが好調となりタイトルも得た。
次は代表と着実なるステップアップである。
このように一つ一つ積み上げた人間は強い。
日本人のメンタリティに合った人物である。
青木は努力の人として崇められる存在となるであろう。
イキガミ様である。
インドのサイババと並び称されるであろう。
そして我等は平伏すのである。
青木剛様に。

日本代表DFユダ

即戦力期待!中田、代表にも帰ってきた
 鹿島のDF中田がオシム前監督時代の07年6月のキリン杯以来、1年ぶりの代表候補入りで岡田ジャパン初選出となった。20日の横浜戦で鹿島に復帰後は初めて先発。センターバックに入ったがDF、MFの複数のポジションをこなす能力に、岡田監督は即戦力として期待している。久しぶりの代表入りに「日本に帰ってきたので、日程に関係なく参戦できる」と意気込んでいた。
[ 2008年07月24日 ]

ユダはMFではなくDF登録での招集である。
今回の招集メンバーを見る限りユーティリティとは申すものの左SBのテストでは無かろうか。
いろいろなポジションができるとのコメントの裏に便利屋の意図が読み取れる。
体の良い紅白戦要員である。
また、あくまで左サイドバックの専門選手を呼ばない姿勢にはほとほと呆れる。
今季、これだけ好調の新井場に目もくれぬ姿には眼鏡の曇りを通り越して、悪意すら感じるところである。
とはいえ、岡田氏の人間としての器の小ささ、監督としての鑑識眼の無さを嘆いたところで何も始まらぬであろう。
我等は気持ちを2010南アフリカを諦め2014ブラジルW杯へ向けようではないか。

本山イレブンミリオン・プロジェクト

でも目指していかなければならないと思います。
08.07.23 UPDATE
― イレブンミリオン・プロジェクトを達成するために、選手として出来ることはどんなことでしょうか。
本山 鹿嶋市は人口が少ないので、たくさんの地域の人に来てもらえるよう、今以上に地域に密着したチームにしていかなければいけないと思います。選手としてはサインをする場所を明確にして、できるだけたくさんの人にサインを出来るように心がけていますね。

― 地域密着についてはどのような取り組みをしていますか。
本山 ホームタウンの子どもたちとの距離を縮めるために、クラブと選手会が合同で小学校訪問に取り組んでいます。今年は忙しいのですが、それでも全選手が1度か2度は訪問できるようにしようと思っています。
― 全選手が訪問するのですか?
本山 そうですね。去年は全選手が3度か4度訪問したんですが、今年はACLなどもあってなかなか時間が取れないのが実情です。それでもチームと協力して試合に関係ない時にはどんどん訪問して行こうとしています。
― 小学校では具体的になにをするのでしょうか。
本山 小学校側と話しあって…のことなのですが、授業の1時間をもらって小学生と触れ合うことが一番の目的となります。大体が体育の授業です。サッカーをしたりドッジボールをしたりもします。鬼ごっことかもやりましたね。時間があれば、質疑応答の時間もあって、みんなの質問に答えています。ユメセンのようなものですね。
― 授業をするという印象はどうですか。
本山 自分たちも子どもたちと一緒に楽しめますし、学校訪問を行うことによって、少しずつですが距離が縮まっている感触があります。最後には「今まで観に行っていなかったけど、今度、試合を観に行くね!」って言ってくれたりする子どももいるんですよ。父兄の方も小学校訪問の時に来ていらっしゃるので、家族の方たちとの距離も縮まっているんじゃないかと思います。

― 選手会としてはピッチの外での活動に対して積極的に取り組んでいるということですね。
本山 僕たちは積極的に取り組んでいます。必要なことであれば、選手のみんなも「やりたい」と言ってくれます。
― イレブンミリオン達成には1.3倍の集客を見込まなければいけません。
本山 カシマスタジアムを中心にして円を描くと、そのうちの半分が海になってしまうんです。茨城県には水戸にもクラブチームがありますし、県全体を捉えると利便性から考えても厳しいように思うんですね。でも、鹿嶋の人たちが全員来てくれると満席になると思うんです。僕たちはそこを目指していかなければいけないんじゃないだろうか、と思います。
― 高い目標ですよね。
本山 でも目指していかなければいけないと思います。それに対してクラブと選手会と合同で積極的に活動していければと思っています。
― 頑張ってください。ありがとうございました。

本山が地域密着活動を語る。
確かに鹿嶋は人口が少なく動員も少ない。
存在こそ奇跡と呼べるクラブなのである。
その奇跡が存在だけに飽きたらず、スターダムに上り詰め、常勝軍団となり得ておる。
奇跡中の奇跡と言えよう。
更なる奇跡を生み出し続けるべく我等は戦う。
ゴールという一つの奇跡を積み重ねる為に。

ユダ・青木剛代表候補合宿選出

日本代表候補メンバーに中田・青木選手が選出
7月28日から30日に行われる日本代表候補トレーニングキャンプメンバーが発表されました。

鹿島アントラーズからは、中田浩二選手・青木剛選手の2選手が選出されました。


もっとも恐れていた現実である。
遂に我等の青木剛が代表候補に選出された。
攻守に絡み、疲れを知らぬ運動量で好調鹿島を支えている屋台骨である。
ここまで選出されなかったことが不思議でならぬ。
とはいえ、この日本代表候補合宿に参加したところで得るものはあるのであろうか。
些か疑問である。
岡田氏の采配には腑に落ちぬことが多く、今回選出基準にも疑問がつきまとう。
しかしながら、ここで耐え、実績を作っておけばいずれ役に立つ日も来よう。
2010南アフリカは遠いが、2014ブラジルに行けるやもしれぬ。
青木はそのとき32歳である。
ボランチとして最も脂ののる時期と言えよう。
更なる成長が見込める。
しかし、その成長は日本代表ではなく鹿島で培われるものである。

平常心で挑め

首位鹿島が浦和戦へはやくも実戦練習
 首位鹿島が2位浦和との頂上決戦に燃える。23日の調整は紅白戦形式で実施。27日の浦和戦まで日にちはあったが、通常よりも早く実戦形式の練習を敢行した。浦和との一戦は4月のアウェー戦で0−2と敗戦。それだけにMF本山は「1シーズンに2敗は厳しい」と連敗阻止を誓い、MF青木も「1位対2位という最高の対決。首位を維持する新たな狙いもある」と力強かった。
 [2008年7月23日14時45分]

ニッカンが珍しく鹿島に注目しておる。
弱い相手に2敗は避けねばならぬ。
ここでたたくことに意味もある。
とはいえ、ここで気を引き締め、挑戦者として戦う心構えも必要だと思われる。
変に上位意識を持ち、首位を明け渡したくないという気持ちに陥ることが怖い。
その気持ちをマネージメントして平常心で戦う必要があろう。
単なる34分の1でしかない。
ただの通過点なのである。
我等も通常の試合と同様に声を出して応援したい。
「負けたくない」ではなく、ただ一つ勝利を積み重ねるためだけに。

ユダ、浦和をたたく

鹿島首位独走へDF浩二がFW高原止める
 首位に立つ鹿島DF中田浩二(29)が、27日の2位・浦和戦(カシマ)でFW高原を止めて独走態勢に入る。20日の横浜戦でスタメン復帰したばかりで、まだ痛めていた右ひざは完治していない状況。「とにかく今たたいておくのが大事。勝てば勝ち点が離れるわけだし、タカ(高原)を波に乗らせたくないから」。センターバック出場が濃厚で、高原とは何度も試合中にぶつかることになる。ユース時代からの代表仲間を抑え、浦和の息の根を止める

 チームも浦和戦に向け、25日に非公開練習を決めた。欧州で3年半プレーし、鹿島に合流して間もない中田にとって非公開は初めてで「オレはその意味がよく分からない」と言うが、MF青木は「次の試合は大事だという監督からのメッセージ」と話す。オリベイラ体制になった昨季から非公開練習は過去6度実施し、直後の試合は4勝1分け1敗。縁起のいい非公開後の実戦で、中田が高原を止め、チームを勢いづかせる。

 [2008年7月23日6時51分 紙面から]

ユダの左SB起用案は却下となった。
当然の選択であろう。
せっかくの屈強な欧州ボディをセンターラインで起用せねば宝の持ち腐れである。
そのユダであるが、非公開練習の意味がよく分からぬとのこと。
確かに特別な練習を一日程度行っただけですべてがひっくり返るようなことはなかろう。
しかしながら、結果が付いてきているように意味はあるのである。
青木の申す監督からのメッセージがより大きく伝わり、精神面に与える効果は絶大だと言えるのではなかろうか。
少なくとも非公開練習を行った試合は注目度も高く周囲の雑音や選手へのプレッシャーのかかる試合であった。
若い選手が多い鹿島としてはそれをシャットアウトし、集中力が上がったことは事実であったと思う。
ユダのように常人とは異なるメンタリティを持つ男には無意味かもしれぬ。
しかしながら誰もが同じ人間ではないのである。
我等は育成をしながら優勝していくクラブである。
効果の出ている手法は取り入れて勝利しようではないか。

断固反対

Jリーグが10年から秋春制に変更を検討
 日本サッカー協会の犬飼基昭会長は22日、Jリーグの開催時期を現行の春から年内までの「春秋シーズン制」から欧州で一般的な秋に開幕して翌年春に閉幕する「秋春シーズン制」に2010年秋から変更する方向で検討していることを明らかにした。

 Jリーグのシーズンを欧州に合わせることは、外国人選手の獲得や日本人選手の海外移籍の面で利点がある。当初は06年をめどに「秋春シーズン制」に移行する方針を01年に固めていたが、積雪地帯にあるクラブの試合会場や練習場の確保、春に卒業する高校生や大学生の受け入れなどでの問題が解決できずに導入が見送られてきた。

 犬飼会長は10年のシーズンを同年7月に閉幕するW杯南アフリカ大会後にスタートさせる意向。「日本協会とJリーグでプロジェクトを組み、かなり進んでいる。問題はたくさんあるが、手はあると思う。解決していけばいい」と話した。

 09年シーズン後からのはざまとなる10年春にトーナメント方式のカップ戦を実施することなども今後検討する。

 [2008年7月22日20時38分]

さっそく犬飼改革!J「秋春制」検討
 日本サッカー協会の犬飼基昭会長(66)は22日、Jリーグ開催時期を欧州で一般的な秋開幕・翌年春閉幕の「秋春シーズン制」に2010年から変更したい意向を示した。「Jリーグのシーズンを欧州に合わせたい。10年で検討を進めている。サッカーは夏にやるものではない。選手も動けないし」と理由を説明した。

 秋開幕に移行すれば、外国人選手の獲得、日本人選手の海外移籍などで利点がある。01年の理事会では06年をめどに移行する方針を固めたが、寒冷地にあるクラブの試合会場や練習場の確保、高校生や大学生の受け入れなどの問題が解決できずに導入が見送られた。犬飼会長は「問題はたくさんあるが、手はあると思う。解決していけばいい」と積極姿勢。10年シーズンは同年のW杯南アフリカ大会後にスタートさせたい考えで、開幕までの期間はカップ戦を実施することなども検討している。

 この問題は現在、Jリーグ将来構想委員会の議題の一つ。Jリーグの鬼武チェアマンは「当初は10年までにできないと思っていた。10年になるのか14年になるのか、やらない方がいいのかも含めて考えていきたい」と話した。

[ 2008年07月23日 ]

Jリーグ2010年から秋開幕へ…犬飼会長明かす
 日本サッカー協会の犬飼基昭会長(66)は22日、Jリーグの開催時期を現行の春から年内までの「春秋シーズン制」から欧州で一般的な秋に開幕して翌年春に閉幕する「秋春シーズン制」に2010年秋から変更する方向で検討していることを明らかにした。当初は06年をめどに「秋春シーズン制」に移行する方針を01年に固めていたが、積雪地帯にあるクラブの試合会場や練習場の確保、春に卒業する高校生や大学生の受け入れなどでの問題が解決できずに導入が見送られてきた。

 犬飼会長は「日本協会とJリーグでプロジェクトを組み、かなり進んでいる。問題はたくさんあるが、手はあると思う。解決していけばいい」と話した。09年シーズン後からのはざまとなる10年春にトーナメント方式のカップ戦を実施することなども今後検討する。

(2008年7月23日06時01分 スポーツ報知)

秋-春開催については2006年11月7日にコメントさせてもらった。
その気持ちは全く変わっておらぬ。
協会会長の強権に屈せず、正義が貫かれますように。

篤人、首位を喜ぶ

【U23日本代表合宿】7/22(火)練習後の各選手コメント [ J's GOAL ]
●内田篤人選手(鹿島):
「鹿島が首位に立っているのでうれしい。週末のレッズ戦に出たかったなと思う。楽しみだったんだけど。でも、こっちでがんばってこいと言われた。監督からはケガをするなよと言われた。
今日のミーティングではオリンピックに参加することについてなどの話があった。個人的に疲れはさほど感じていない」


篤人の本音が読み取れる。
クラブの試合が重要なのである。
しかしながら、我等としてももう諦めるしかない。
篤人も腹を括っているであろう。
オリヴェイラ監督と同様に怪我をせずに帰って来てくれるだけでよい。
本当にそう願う。
ところで、不在時の代役は誰になるのであろうか。
先日のサテライトではチューヤンが務めておった。
しかし、効果的な攻め上がりも突破も見られず不安に駆られる。
この試合では笠井健太はMFとして、當間はCBとして起用されておりトップ出場には至らぬと予想される。
更に健太に至っては負傷退場であった。
もう一人の有力な選手・イノパンもCB起用されておった。
ただし、4月5月に篤人の代役で出場した際はリーグ戦にて一度も勝利することが適わず涙したことが記憶に新しい。
昨季の新井場を右にまわして石神を起用するという案もある。
石神が一皮剥けるチャンスである。
また、コンビネーションが確立されているダニーロもスタメンに名を連ねており、悪くない選択である。
最後にユダを左SBで先発させるという道もある。
ただし、これまで一度も試されたことはなく、Fマリノス戦のCB先発起用もフル出場できぬところで起用するには不安が残る。
それ以上にバーゼルにて左SBのレギュラーを務めておったとの触れ込みであるが、実際の映像を見た者は少なく、プレイスタイルが見えてこない。
以前オシムジャパンで左SBでプレイしたが、バランスに気を配ってはおったが、満足できるとは言えなかった。
やはり守備に重点を置く選手なのである。
新井場の上がりに魅了された我等には物足りぬ。
何より、好調な新井場のポジションを動かすことのリスクが大きいと思われる。
試合直前の金曜の練習が非公開となった。
ここで最終決定がなされ、首位攻防戦に向けた選考とテストがなされると思われる。
我等はその決定に従うまでである。
この試合に特別な思いをこめるわけではなく、単に篤人が不在故の布陣なのである。
篤人を不安にさせぬよう、一つ一つ勝って行きたい。

常に聖地へ集え

鹿島、27日の浦和戦チケット4万枚完売
2008.7.22 05:00
 27日の大一番、浦和戦(カシマ)のチケット約4万枚が20日までに完売した。当日はスタジアム周辺で交通渋滞が予想されるため、鹿島の公式HPで交通情報を提供する。また、スタジアムに通じる国道51号は片側1車線だったが、25日までに2車線にする工事が完了する見込み。

鹿島VS浦和 首位決戦チケット完売
 今季リーグ戦の行方を占う大一番の入場券が売り切れた。27日にカシマスタジアムで行われる鹿島―浦和戦の前売りチケット4万枚が先週末までに完売。当日券は発売されないことになった。なお、試合当日は潮来インターチェンジおよびスタジアム周辺道路の混雑が予想され、クラブは臨時列車の運行や臨時バスの案内を含む交通情報を公式HPで掲載している。
[ 2008年07月22日 ]

27日浦和戦は完売…鹿島
 鹿島ホームゲームの27日の浦和戦の観戦チケット約4万枚が21日までに完売した。同戦では毎年激しい渋滞が発生することからクラブでは鹿嶋署の要請を受け、公式ホームページで渋滞回避ルートなどを紹介。さらに試合当日までに、スタジアム前の国道51号線を片側2車線に拡張されることが決定した。節目の50回目の浦和戦を前に、万全の準備を施す。当日券は販売されない。
(2008年7月22日06時01分 スポーツ報知)

単に34分の1、聖地開催ということでも17分の1でしかないこの1試合にだけ来る者の多さを嘆く。
過去に遡っても良いプレイを見せるわけでも、特別な試合でもない。
とはいえ、今季はチームも調子が良く、やっているサッカーの質も高い。
この試合で鹿島の魅力に取りつかれ、今後も聖地・カシマスタジアムに足を運ぶようになると信じたい。
観客動員はクラブの力である。
本当にもっともっと多くの試合で聖地に集まるのだ。

サテライトリーグ 水戸ホーリーホック戦


前半はFKから失点、マルシーニョがもらったFKでヘディングゴール。
後半はCKのこぼれ球を強烈なミドルで失点、ヤスの目の覚めるようなミドルで同点、怒濤の攻めを見せるも引き分けで試合終了。
ヤスはセットプレイも蹴るので是非トップで見たい。
他のクラブならば10番を背負ってチームを引っ張っているであろう。
小谷野もイケてる。
マルシーニョはこんなものなのかな…

Fマリノス戦報道

鹿島岩政が新生CBコンビに手応え/J1
<J1:鹿島2−0横浜>◇第18節◇20日◇日産ス
 鹿島DF岩政が、新生センターバックコンビに手応えを得た。後半2点を追って攻勢に出る横浜守備陣に押し込まれながらも、球際の強さで完封した。「浩二さんと組んだ試合で、結果的にゼロに抑えられてよかった」と話した。

 [2008年7月20日23時1分]

浩二が鹿島復帰初先発で完封導く/J1

ヘディングで横浜FW坂田(手前)と競り合う鹿島DF中田
<J1:鹿島2−0横浜>◇第18節◇20日◇日産ス
 鹿島の中田浩二(29)が、古巣復帰後初先発となった横浜戦で、チームを完封勝利に導いた。MF登録だがセンターバック(CB)に入り、対人の強さと冷静な状況分析で横浜の攻撃を封じ込めた。チーム内の競争を活性化する活躍で、21日の浦和の結果次第では2戦ぶりに首位奪回できる位置につけた。岡田ジャパン初選出も期待される男が、鹿島に追い風を呼んだ。また北京五輪代表の選手にとっては、今節が本番前最後のリーグ戦となった。

 中田はクールに仕事をやり遂げた。2−0の後半9分、ゴール左を突くスルーパスも読み切ってカバリングした。前半に古傷の右ひざを打撲した上、バーゼル所属時の4月6日のスイス杯決勝戦以来の先発で、終盤は体力も限界に。ベンチからの交代打診を素直に受け入れた。

 「疲れている自分が出て1点取られるより元気な剛ちゃん(DF大岩)に代わった方が確実」。04年11月名古屋戦以来1330日ぶりに、鹿島でのリーグ戦に先発した。フル出場したいエゴを捨て、チームの勝利を優先、前節京都に敗れた悪い流れを断ち切った。

 28日からの代表候補合宿を前にアピールできた。J復帰目前の上旬には「せっかく日本に帰ってきたから」。招集が限定される欧州時代と違い、国内組としてのメリットを強調。岡田ジャパンへの選出にも意欲的だ。この日は大熊コーチが視察する中で、完封勝ちの原動力となった。

 チームにもたらした「中田効果」はこの日だけでない。復帰話が持ち上がった06年秋から、約2年続いている。07年1月にはクラブの発行物にも獲得構想が幹部のコメントとして書かれ、当時ボランチで伸び悩んでいた青木は「浩二さんが戻ればポジションはなくなると思う。でも帰ってきた時に経験を分かち合えれば」。刺激を受け、危機感を募らせ、急成長した。そして、中田のボランチ起用構想を白紙に戻させた。その場にいなくても中田の存在が、チームの底上げにつながった。

 中田も競争を受け入れた。「今出ている選手がポジションを取っているわけではない。取ったら譲りたくないという思いもある」。高原、三都主ら欧州からの復帰で苦労する選手も多い中、順応性の高さを示した。「もともといたチームだし、入ることはそうは難しくない」。鹿島にとって、日本サッカー界にとって、頼もしい男が戻ってきた。
【広重竜太郎】
 [2008年7月21日9時21分 紙面から]

鹿島、中田浩効果で暫定首位!
2008.7.21 05:02

ハッスルする鹿島DF内田(左)。中田浩の復活でウカウカしていられない(右は横浜MのFW水沼)【フォト】
 Jリーグ1部(J1)第18節第1日(20日・日産スタジアムほか=6試合)鹿島は横浜Mに2−0で快勝。勝ち点34で暫定首位に立った。DF中田浩二(29)が1330日ぶりにリーグ戦で先発し、完封に貢献。横浜Mはクラブ史上ワーストの6連敗。G大阪は最下位の千葉に1−0で競り勝ち、勝ち点32で暫定3位。柏は東京Vに敗れ、勝ち点29のままで同4位に下がった。前節首位の浦和は21日に川崎と対戦する。

 背番号6がピッチを去ると、敵地のスタジアムから自然と拍手が起こった。スイスリーグ・バーゼルから3年半ぶりに復帰した中田浩が、04年11月28日の名古屋戦(豊田ス)以来、1330日ぶりにJのリーグ戦で先発。再出発を完封で飾った。
 「最低限の仕事はできた。1対1の競り合いも負けなかった。ゼロで抑えられて、いいスタートがきれたと思う」
 横浜Mに何度もチャンスを作られ、そのたびに、最後のところで立ちはだかった。痛めていた右ひざを前半に打撲したこともあって、後半40分に交代。「あそこで1点取られると迷惑をかけるから」。4月6日のスイス杯決勝・ベリンツォナ戦で右ひざを痛め、同8日に右ひざ半月板の手術を受けていた。「3カ月ぶり(の先発)の試合。鹿島で2週間くらい練習はしてたけど、きつかった」はホンネだ。

 それでも、23日に発表される日本代表候補合宿(28−30日、千葉県内)の招集へアピールした。

 チームは16日の京都戦でまさかの敗戦を喫し、連勝が4で止まった。精神面を課題に挙げたオリベイラ監督は不動だったメンバーの入れ替えを決断。チームを奮い立たせるため中田を起用した。

 「いい刺激になっている。相乗効果になるはず」と中田がうなずけば、この試合でチームを離れる北京五輪代表DF内田も「帰ってきてポジションがあるとはかぎらない。本当、笑えない」と頭を抱えるほど。

 「次は浦和。相手にプレッシャーをかける意味でもよかった」。中田の照準は次節27日の浦和戦(カシマ)にピタリ。頂上決戦での活躍は、代表復帰への手みやげには最高だ。
(峯岸弘行)

鹿島アウェーで2発快勝

<横浜M・鹿島>攻め込む鹿島・マルキーニョス。左は横浜・中沢
Photo By 共同

 【横浜0―2鹿島】鹿島が敵地で快勝した。前半11分にマルキーニョスの鋭いミドルシュートで先制し、同29分にはマルキーニョスの左クロスから興梠がDFをかわして追加点を奪った。横浜Mは兵藤、山瀬功らが好機を生かせず無得点に終わった。
[ 2008年07月20日 22:14 ]

鹿島快勝!暫定首位で次節天王山に弾み

<横浜・鹿島>岩政とセンターバックを組んだ鹿島・中田浩(中)は水沼(右)と競り合う
Photo By スポニチ

 【鹿島2−0横浜】鹿島が次節の天王山に弾みを付ける勝利を収めた。DF中田がDF岩政とセンターバックでコンビを組み、1330日ぶりとなるリーグ戦先発。公式戦出場も3カ月ぶりだったが、ブランクを感じさせないプレーでチームの4試合ぶりの完封勝利に貢献し「1対1でも競り合いでも負けてなかったと思う。いいスタートが切れた」と納得の表情をのぞかせた。

 4連勝で迎えた16日の京都戦で敗戦。オリヴェイラ監督は初めて、主力3人を交代して臨んだ。「選手全員が危機感を感じた」とMF青木。五輪代表を落選したFW興梠が今季3戦目の先発でゴールを決めるなど、効果を発揮した。後半20分にはブラジル人新助っ人のMFマルシーニョもJデビュー。暫定首位に浮上した鹿島が、27日の浦和との頂上決戦へ、万全の態勢を整えた。

[ 2008年07月21日 ]

中田復帰で鹿島最奪取…J1第18節

前半16分、頭で競り合う鹿島・中田(左)と横浜M・水沼
 ◆J1第18節第1日 横浜M0―2鹿島(20日・日産ス) 実りの秋へ、重みのある勝ち点3を手にした。前半11分、得点ランク1位のFWマルキーニョスが今季12得点目となる約30メートルのロングシュートで先制点をたたき出すと、12試合連続無得点のFW田代に代わって、先発したFW興梠が前半29分に追加点。守ってはシュート通さない守備で完封し、暫定首位に浮上した。

 前節京都戦(16日)で敗れ、オリヴェイラ監督は就任後最多となる先発3人を入れ替えた。バーゼルから復帰したDF中田が1330日ぶりに先発出場。さらに、MF野沢に代えてMFダニーロを送り出した。闘志なき敗戦から4日。MF小笠原の「気持ちを入れ替えてもう一回やろう」という呼びかけに、攻守で激しいプレーをみせ、横浜Mを退けた。

 9月からはアジア・チャンピオンズリーグ、ナビスコ杯、リーグ戦と3大会を戦う可能性がある。ベンチを含めたチーム力アップが鍵を握るが、この3人を含めたベンチ組がトップと変わらない力を示した。この試合を最後に、五輪代表でチームを抜けるDF内田も「ポジションがなくなる心配」と話す。目標の全タイトル獲得へ、地盤が固まった。

(2008年7月21日06時01分 スポーツ報知)

スポーツ紙はユダ一色である。
まるでユダが篤人のポジションを奪うかのような書き方でさえある。
しかしながら、ユダは大岩とイノパンに差を付けたようには見えなかった。
と言うよりも積極的に上がった開幕戦のイノパンの方が高評価である。
むしろスタメンを試された3選手の中では興梠が出色だったのでは無かろうか。
得点という結果も当然ながら、ダニーロの強烈なFKに詰めており、常にゴールを狙う姿勢が伺えた。
納得のスタメン奪取フル出場である。
後半戦のキーマンはユダではなく慎三であると言えよう

Fマリノス戦コメント

鹿島アントラーズ :監督 <試合終了>
横浜FMは攻撃力のある選手が揃った高い能力を持ったチーム。サイド攻撃も強いのでクロスを上げさせないことと、シュートは体を張って防ぐことを(試合前に)強く言った。このゴールを絶対に割らせないという強い気持ちを選手たちは持ってやってくれた。昨シーズンもそうだったが、こういう気持ちを持ってプレーすることが優勝につながる。(中田選手に関して)怪我をして長い間プレーしていないので先ずは試合勘を取り戻すことが大事。大岩選手が疲れていて休ませたいのもあって、あまり負担のかからないセンターバックで出場させた。今後はどのポジションで使うかはチームの状況次第。(マルシーニョ選手に関して) 早く日本のサッカーに慣れてもらうためにも今日は起用した。チームの中で機能できるようにクラブ全体で彼のサポートをしていきたい。

【J1:第18節 横浜FM vs 鹿島】オズワルドオリヴェイラ監督(鹿島)記者会見コメント [ J's GOAL ]
7月20日(日) 2008 J1リーグ戦 第18節
横浜FM 0 - 2 鹿島 (19:03/日産ス/34,752人)
得点者:11' マルキーニョス(鹿島)、29' 興梠慎三(鹿島)

●オズワルドオリヴェイラ監督(鹿島):
「中田のスタメンは、ケガで90分間試合をやっていないので、まずは試合勘を取り戻すため、そして疲労のたまった大岩を休ませるという狙いもあった。今後はチームの必要性に応じて、DFまたはボランチで起用していくつもりだ。
F・マリノスは、能力が高く攻撃センスに優れた選手がそろっているから、クロスを上げさせない、シュートに体を張るということを徹底しなければいけないと指示していた。そしてゴールを割らせないと強い気持ちで立ち向かうようにとも話していた。
勝負は小さな差で決まるものだ。その差とは気持ちの部分、強い意志ともいえるだろう。
マルシーニョは、ブラジルでは素晴らしい選手だったが、日本のサッカーや生活習慣に慣れなければいけない。普通は3ヶ月間ぐらい掛かるが、それを短縮することをチームみんなでトライしている。このゲームでの起用も、その一環。明日のサテライトも45分間限定で出場させる予定だ。
先制してからペースを握られる時間帯があったが、これは単に押されたというものではない。相手にスペースを与えないことや、気温と湿度、リードしたからこその戦術など、ゲームマネジメントのためにそういう流れになったということ。試合がどう進むのかを計算して配慮したことによるものだ」

以上

【J1:第18節 横浜FM vs 鹿島】試合終了後の各選手コメント [ J's GOAL ]
●中田浩二選手(鹿島):
「もともとプレーしていたチームだし、メンバーもそんなに変わっていないので、入ってプレーすることは、そう難しくなかった。これから、よりチームに慣れるようにしたい。今、いるメンバーは(興梠)慎三やダニーロがいて、(チーム内で)いい競争ができている。スタメンを取ったから譲りたくない気持ちはあるけど、お互い刺激し合えればいいと思う。それでチームの力を上げていければいい」
●岩政大樹選手(鹿島):
「後半に入ってから相手の勢いに押され、攻め込まれてしまった。やり方次第では押し返して、こちらのペースにすることもできたと思う。その点は反省している」

マルシーニョはまだまだと監督は理解している様子。
今日の試合は試運転であり、明日のサテにも出場して慣れさせていくとのことで一安心である。

Jリーグ第18節 横浜Fマリノス戦

2TOP揃い踏み!
新横浜のゴールに打ち上げた花火は美しかった。

監督怒号

鹿島オリベイラ監督が選手に闘争心注入
 鹿島オズワルド・オリベイラ監督(57)が選手に厳しい言葉を浴びせ、闘争心を呼び覚ませた。19日のミーティングで激情型の監督が、一段とヒートアップしたという。1−2で敗れた16日の京都戦で闘志が見られなかったことに「暑いとか寒いとかピッチが悪いとか、そんなのは関係ない。(最終戦)12月6日に『あの京都戦がなければ』と言っても遅いんだぞ!」とキレた。

 怒声は隣の部屋まで響き渡った。「将来、鹿島でただ10年、15年選手をやってました、ということでいいのか? 10年間、毎年タイトルを取り続けたという選手になりたいだろう!」。わずか1試合で首位から陥落した選手を奮い起こすべく、怒鳴り続けた。

 選手も同監督の思いをくみ取った。MF青木は「ビデオで京都戦を見返しても、球際の競り合いは相手が勝っていた。戦うということは原点。心に響くミーティングだった」と話す。オリベイラ監督の魂の叫びが、王者のプライドに火をつけた。
【広重竜太郎】
 [2008年7月20日9時33分 紙面から]


J1鹿島、きょう横浜M戦
2008/07/20(日) 本紙朝刊 スポーツ A版 6頁
中田、復帰後初先発へ
 Jリーグ1部(J1)第18節は20、21日、各地で9試合を行う。鹿島は20日、日産スタジアムで横浜Mと対戦する。キックオフは午後7時。前節、京都に敗れ首位から陥落、浦和を追い掛けるためにも絶対に連敗だけは避けたい。8戦勝ち無しの横浜Mからきっちりと勝ち点3を奪い、再び追撃態勢を整えたい。

 19日の練習前のミーティングでは、オズワルド・オリベイラ監督の怒声が普段は聞こえてこない隣の部屋まで響いた。「ピッチの中は脚光を浴びる場で、中途半端な気持ちで入るとこじゃない。勝ち点3を取るところ。2冠を取って満足しているのか」。約1時間のミーティングの終盤、選手へのげきは続いた。
 精神面の重要性は、選手にすぐに伝わった。青木は「心に響くミーティング」と選手の気持ちを代弁。「首位を維持していこうと言っていた中で、すぐに負けてしまった。まだまだ、自分たちが足りなかったと思うし、戦術うんぬんより気持ち」と話せば、興梠も「どれだけ勝ちたいという気持ちがあるか。ヤナギさんみたいに気合を入れてやります」と必勝を誓った。
 今節は中田が鹿島復帰後、初めて先発しそうだ。登録完了したばかりのマルシーニョもベンチに入りそう。両選手ともに連戦で主力と合わせる時間は少なかったが、チーム自体の戦術は確立されているので不安はない。横浜Mは現在、16位と低迷。ホームでの鹿島戦できっかけをつかもうと、必死になることが考えられる。それでも本山は「僕らも連敗できない。自分たちのやることをしっかりやりたい」と気合を入れる。ハードワークを要する鹿島のサッカーがよみがえるかどうか、期待したい。


【写真説明】
初ベンチが濃厚なマルシーニョ=クラブハウスグラウンド


「気持ちで負けていた」
それが監督の出した京都戦の結論なのであろう。
気持ちを奮い立たせ、アウェイのFマリノス戦に備えねばならぬ。
結局のところ、この猛暑の中での試合では自分に勝つかどうかが鍵となる。
気持ちに火を付け勝利を求めるのだ。
我らもそれを後押ししようではないか。

ユダ先発へ

中田、欧州ボディーで1330日ぶり先発

20日の横浜戦で復帰後初先発する鹿島・中田
 鹿島MF中田が20日のアウェー横浜戦で先発復帰することが決まった。この日の最終戦術確認では、DF岩政とのコンビで主力組のセンターバックでプレー。リーグ戦での先発は04年11月28日の名古屋戦以来、1330日ぶりとなるが「90分間、集中して結果を出さないといけない」と落ち着き払った表情で語った。

 欧州では「(体格で勝る)相手に負けない体をつくらないとダメだった」とフィジカルを重点的に強化し、体重は当時に比べ2〜3キロアップ。「日本で(欧州と)同じようにやればというのは違う。でも(相手への)当たりは自信を持ってやっていける」。日本代表の岡田監督も復帰を待ち望んだ日本屈指のポリバレント(多様性)な選手が、欧州でパワーアップした姿を見せつける。

[ 2008年07月20日 ]

1330日ぶり中田がJ先発へ…鹿島
 鹿島DF中田が20日の横浜M戦で復帰後初先発することが決定的になった。リーグ戦での先発は04年11月28日名古屋戦以来1330日ぶり。DF大岩に代わってセンターバックに入る。3年半の海外生活では「自然と」体重が2〜3キロ増加。「欧州で大きい選手相手に負けない体を作った。結果を出したい」と先発復帰に備えた。
(2008年7月20日06時01分 スポーツ報知)

キーマン DF 中田浩二
2008/07/20(日) 本紙朝刊 スポーツ A版 6頁
連敗阻止へ不安なし
 「次は勝たないとはいけない」と連敗阻止を誓うのは中田浩二。今節は先発の座が回ってきそうで、先発すればリーグ戦は実に1330日ぶり。復帰後は岩政と初コンビとなるが「ゲームの中で合わせていけばいい」と不安はない。
 欧州でプレーした3年半で体つきは一回り大きくなった。「向こうは大きい選手が多いので、負けない体をつくらないといけなかった」と体重も2、3?増した。「当たりは自信を持ってやれる」。欧州仕込みの守備でチームを勝利に導く。


前節の敗戦を受けてスタメンをいじってくる模様。
個人的には先発CB起用で完封記録継続中のイノパンで行きたいところであるが、次節から篤人の代役で右サイドバックが予想される為、ユダにお鉢がまわってきたのであろう。
ユダはこのチャンスをものにしポジションを奪ってもらわねばならぬ。
いつまでもベンチ要員では困るのである。
FC西東京戦での途中出場で確認した限り、身体は二回りほど大きく見え、記事のコメントにあるフィジカルの強化がうかがえる。
またダニーロもスタメンに起用される見込みで、ぎっちょ率が急上昇である。
後は石神とヤスの投入を待つだけとなった。

新横浜の夜にダニーロ

鹿島が8戦未勝利の横浜警戒
 鹿島がクラブワーストのリーグ8戦未勝利と大スランプの横浜を警戒した。20日の対戦を控えた19日、MF本山は「悪いチームじゃない。ケガ人も戻ってくるでしょうし」と言えばMF青木も「横浜は順位は下にいるけど、その分、気合も入ってくるでしょう。こっちが気持ちで上回れるかです」と闘志の勝負を強調した。
 [2008年7月19日20時25分]

やはり第3節で苦戦した記憶からか警戒心を怠っておらぬ。
心してアウェイの戦いに挑まねばならぬであろう。
Fマリノスは純日本産スタメンで来るとのこと。
それに対し我等は満を持してダニーロの先発である。
横浜の打ち上げ花火の如くダニーロが光り輝くであろう。
そして勝利を持ち帰るのである。

エトオ来ず

エトーのウズベキスタン行きは消滅
 数日前から話題となっていた衝撃的な移籍話が消滅した。サミュエル・エトーがウズベキスタンのタシケントでプレーすることはない。ウズベキスタンのクルブチ・タシケントはエトーに対して年俸4000万ユーロ(約68億円)という巨額のオファーを出したとうわさされていた。フランスのメディアの報道によれば、エトーは実際にウズベキスタンへと飛んでオファーの内容を確認したとのことだが、破格の年俸だけではこの新たな挑戦を決意することができなかったようだ。

 デコやロナウジーニョに続いて、バルセロナを離れることが確実となったエトーは、レベルの高いリーグでプレーしたいと考えている。アーセナルやチェルシーなど、プレミアリーグのクラブへの移籍が再び話題となりそうだ。

(C)SPORT
[ スポーツナビ 2008年7月19日 12:13 ]


エトオは曽ケ端との対戦を避けたようである。
極東の地にも素晴らしいスタジアムがあることを見せたかった。
残念である。

エトオ続報

エトオ、クルフチと交渉も「移籍は考え中」
 バルセロナのカメルーン代表FWサムエル・エトオ(27)が17日、クルフチ(ウズベキスタン)と移籍交渉を行った。同国の首都タシケントを訪れたエトオは交渉後「クルフチを含めていろいろ話がある。どうするか考えたい」と話した。クルフチは14日に公式サイトでエトオ獲得を発表も、その後に移籍交渉を行うと修正。スペイン紙は12月までの半年契約で3000万ユーロ(約51億円)という破格の報酬が提示されたもようと伝えた。エトオは19日からバルサの練習に参加し、調整を続けながら去就を判断する。
[ 2008年07月19日 ]

エトー移籍交渉認めた!ウズベク・クルフチが42億円オファー
 スペイン、FCバルセロナのカメルーン代表FWサムエル・エトー(27)が17日、クルフチ(ウズベキスタン)への移籍を検討していることを認めた。交渉のためウズベキスタンの首都タシケントを訪れ、「魅力的なオファーを複数のクラブからもらっている。クルフチを含めてすべての選択肢を検討したい」とコメント。クルフチは年俸4000万ドル(約42億5000万円)の破格オファーを提示したとされ、カシモフ監督も「我々は本気で彼にプレーしてもらいたいと思っている」と実現に自信を示した。
(2008年7月19日06時01分 スポーツ報知)

スポニチはエトオ表記にだが報知はエトー。
ガセの報知面目躍如である。
とはいえ、ニッカンもエトーなので何かしらのルールがあるのかも知れぬ。
ただ、スポーツ紙は共通で曽ケ端と報じてくれているのは嬉しい。
公式サイトでさえ間違っておるのだから。

年俸68億円!

エトー、年俸68億円でクルフチに移籍!
2008.7.18 05:03
 バルセロナ(スペイン)のカメルーン代表FWサミュエル・エトー(27)が、クルフチ(ウズベキスタン)と年俸4000万ユーロ(約68億円)での移籍に合意したと、17日付仏紙レキップが報じた。契約は1年。

 移籍金ならあり得る額だが、68億円は自身が受け取る純粋な給料。これまでサッカー界では、バルサの同僚だったブラジル代表FWロナウジーニョの900万ユーロ(約15億円)が最高とされていた。スポーツ界全体でもほとんど例のない記録になる。

 クルフチはアジアCL準々決勝でともに勝ち上がれば、準決勝でJ1鹿島と対戦することになるチーム。アジア制覇を目指す鹿島にとっても、脅威の存在になりそうだ。


68億円ということは鹿島においては本山の100倍以上である。

もし鹿島が100人の本山だったら。

20人の本山が攻撃をし、
70人の本山が中盤を制圧し、
10人の本山が守備をするでしょう。

60人の本山はディズニーランドへ行き、
40人の本山はディズニーシーへ行くでしょう。

90人の本山は鹿島に忠誠心を誓い、
10人の本山は海外志向でしょう。

50人の本山はチュッパチャップスを好み、
50人の本山はもつ鍋のプロデュースをするでしょう。

もしこのメッセ−ジを読む事ができるならあなたはこの瞬間2倍の祝福を受けるでしょう。
何故ならあなたの事を思ってこれを伝えている誰かがいて、
その上あなた は全く文字の読めない世界中の20億の人々より、
ずっと恵まれているからです。

昔の人がこう言いました 我が身から出るものはいずれ我が身に戻り来ると、
お金に執着することなく喜んで働きましょう。
かって一度も傷ついたことがないかのごとく人を愛しましょう。
誰も見ていないかのごとく自由に踊りましょう。
誰も聞いてないかのごとくのびやかに歌いましょう。
あたかもここが地上の天国であるかのように生きていきましょう。

このメッセ−ジを人に伝えて下さい そしてその人の一日を照らしてください。

敗戦も及第点

反町監督が京都水本、鹿島内田に及第点
 北京五輪代表の反町監督が京都−鹿島戦を視察した。メンバー発表後の最初の試合で京都DF水本、鹿島DF内田の動きをチェック。「連戦の中でよく動いていたんじゃないか」と2人のプレーに及第点を与えた。また1次リーグ同組のナイジェリアがオーバーエージ枠を発表したことに「ジタバタしてもしょうがない」と話した。
[2008年7月17日8時44分 紙面から]

及第点程度の評価であるなら、京都の右SBを努めておった増嶋を招集した方が良かったのではなかろうか。
まだ間に合う、篤人を解放して欲しい。
ところでその増嶋であるが、5年前にオファーを出したことで記憶に残っておる選手である。
当時我等は右SBとして獲得を欲したが、増嶋本人がCB起用を求めFC西東京を選択した。
そのFC西東京では若くしてレンタルでたらい回しにされた挙げ句、結局右SBを務めるのであれば、彼の選択は間違っておったと言わざるを得ない。
しかしながら、増嶋に断られてが故、篤人が入団しレギュラーを奪ったと考えれば歴史は正しかったのであろう。
その増嶋は五輪代表から落選し、篤人がレギュラーということも皮肉である。

京都戦報道

「元Mr.鹿島」に屈し首位陥落危機/J1
<J1:京都2−1鹿島>◇17節◇16日◇西京極
 「元ミスターアントラーズ」の前に屈し、鹿島が首位陥落の危機に陥った。MF本山は「ヤナギさんにやられた」と言えば、MF青木も「ヤナギさんの強い気持ちを感じた。ヤナギさんを中心にシンプルな攻撃をされて、効果的な動きにやられた」と敵に回しての存在感を感じていた。

 先制点を奪われたシーンのほかに、タッチライン際のボール処理でDF岩政が柳沢にボールを奪われるなど、守備陣はリズムに乗れずに後手に回った。昨年は控え組だった柳沢と紅白戦で対戦する機会が多かったため、手の内を読まれていた格好だ。

 5月11日清水戦以来となる6試合ぶりの黒星。連勝は4で止まり、浦和以下の優勝候補を突き放すチャンスを手放した。柳沢に崩されたのも事実だが、連勝中の運動量もこの日は影を潜めた。MF小笠原は 「(姿勢として)戦わないとこういうことになる」とチーム全体の闘争心の低さを厳しく指摘した。

 [2008年7月17日7時8分 紙面から]

柳沢が手痛い恩返し弾…鹿島、連勝ストップ
2008.7.17 05:06
 Jリーグ1部(J1)第17節第1日(16日・西京極陸上競技場ほか)首位・鹿島がまさかの黒星。今季京都に移籍したFW柳沢敦(31)に先制点を許すなど、かつての同僚に翻弄された。鹿島は勝ち点31のままで暫定首位。G大阪はFC東京と1−1で引き分け、同29で浦和と並び、得失点差で暫定3位。

 お立ち台のヒーローの言葉に耳を傾けながら、鹿島が重い足取りでスタジアムをあとにした。

 「先に点を取られて、追いついたところまではよかったけど…。だいぶヤナさん(柳沢)にかきまわされました。うまかったです」とMF本山は脱帽した。オリベイラ監督は試合前、フェルナンジーニョ、シジクレイと並べて柳沢を警戒するよう指示したが、輝きを取り戻したストライカーを止められず、前半11分に先制ヘッドを献上した。

 主将だった柳沢が移籍を志願したのは昨オフ。ケガで出場機会が減少したのと同時に、FW田代ら若手の台頭もあった。鹿島にとっては象徴的な存在の流出。クラブはもちろん、慰留していた。それだけに今回は、チームとして成長した姿を見せつける必要があった。

 選手たちは前日から対戦を意識。物静かなMF小笠原も「つぶします。1度もボールに触らせません、えへへっ…と書いておいてください」と珍しく饒舌になるなど、気持ちを高ぶらせていた。その結果が、手痛い“恩返し”とは…。

 「(柳沢の)強い気持ちを感じた。それが結果に表れたと思う」とはMF青木。リーグ再開から続いた連勝は「4」でストップ。首位の座も危うくなった。日本三大祭の1つ、祇園祭がクライマックスを迎えている京都で、“お祭り騒ぎ”を見せつけられたのは、昨季王者の方だった。(峯岸弘行)

本山脱帽「ヤナギさんはうまいね」
 【鹿島1―2京都】鹿島がまたしても鬼門でつまずいた。前半11分にDF陣のマークがズレて相手FW柳沢に先制を許した。前半21分にMF野沢の今季リーグ初得点で同点に追い付いたものの、後半39分には逆転ゴールを決められた。

 7〜9月の夏場の時期に行われた西京極での京都戦は過去4戦で1勝3敗。くしくも、対京都戦で6ゴールとチームトップだったFW柳沢は昨季限りで退団。この日は相手チームでプレーし、序盤から果敢に裏を突く動き出しの速さにDF陣が苦しめられた。MF本山は「ヤナギさん(柳沢)にかき回された。やっぱうまいね」と、かつてのチームメートに脱帽しきりだった。

 これで連勝は4でストップ。MF青木は「切り替えるしかない」と前を向いたが、17日の浦和、名古屋の結果次第では、91日ぶりに奪取した首位の座をわずか4日で明け渡すことになる。
[ 2008年07月17日 ]

小笠原苦言「戦っていなかった」…J1第17節第1日
 ◆J1第17節第1日 京都2―1鹿島(16日、西京極) MF小笠原は憤怒の表情を浮かべた。連勝は3で止まり、17日の浦和―東京V戦の結果次第で首位陥落の可能性も出てきた。「ウチは戦っていなかった。向こう(京都)の方が気持ちが戦おうとしていた。これでは勝てるわけがない。(相手を見下したとか)そういう以前の問題でしょ」味方をしっ責する唇が震えていた。

 昨季までチームメートだったFW柳沢1人にやられた。最後までボールを追う柳沢の姿勢に、DFラインがかき回された。競り合いでキープを許す。ボールの奪い合いに激しく行けない。「ヤナギさんにやられた」とMF本山。自分で操作できるメンタル面が影響しての完敗、小笠原はそれが許せなかった。

 気温28・1度、湿度68%という京都特有の蒸し暑さに、足が止まって集中力もさいなまれた。これで7、8月に西京極で行われた試合は3試合3敗。「日程が詰まるといいサッカーができなくなる」とDF岩政。13日に首位に立ったばかりの昨季王者から覇気が消えた。
(2008年7月17日06時01分 スポーツ報知)

J1 痛恨の柳沢?恩返し?弾
2008/07/17(木) 本紙朝刊 スポーツ A版 8頁
 苦手な夏の西京極で、柳沢に強烈な恩返しを受けた鹿島は6試合ぶりの敗戦を喫した。12位の京都相手に攻め切れず、首位固めに失敗。オズワルド・オリベイラ監督は「相手がやるべきことをやって勝利したという印象を受けた」とサバサバとした表情で試合を振り返った。

 前半から鹿島らしくない動きが目立った。開始直後こそ相手陣へ押し込んだが、11分に注意していたはずの柳沢をフリーにして先制点を献上。その後も攻守の切り替えが遅く「失点してから穴が開いてしまった」と内田。中盤でのプレスが効かず、岩政と大岩の間を突いてくる柳沢、フェルナンジーニョらを抑えられない。このため、カウンターを食らう場面を何度もつくられた。
 鹿島も前半21分。新井場から中央でボールを受けた野沢が、ワントラップし右足を一せん。低く放たれたボールはゴール左隅へと吸い込まれ、試合を振り出しに戻した。これまでなら、これでペースをつかむはずだが、この日はダニーロ、興梠を投入する勝利の方程式も実らなかった。
 柳沢が「サンガのやり方を表現できたゲーム」と振り返ったように、京都の執拗(しつよう)な守備に追加点が奪えない展開は、京都のペース。逆に後半39分に本山が「集中力が切れてしまった」と、一瞬のすきを佐藤に突かれ、決勝点を奪われた。
 試合後、「気持ちが入ってなかった」と小笠原が怒りをあらわにすれば、青木も「ヤナギさんの強い気持ちを感じた。気持ちの強さが京都のほうがあった」と、敗因に気持ちを挙げる。今後もこうした暑さの中での試合が続く。この中で力を発揮するのは、コンディション以上に最後は気持ち。京都、そして柳沢の必死さに見習う試合だった。


柳沢前主将にやられたことは事実で真摯に受け止めねばならぬ。
とはいえ、堅守なチームにカウンターでやられるのは何度も見てきたこと。
それが昨日も再現された。
柳沢のゴールはともかく、佐藤勇人のシュートは撃たせてはならなかったと思われる。
いや、それ以上に攻めている時間帯で必ず崩し、シュートまで持ち込めなかったところに敗因があるであろう。
その辺りはオリヴェイラ監督のコメントに表れておる。
これは鹿島だけでなく、攻撃力を軸にしているチームの問題と言えよう。
日程が詰まっておるが修正し、自分たちとの戦いに勝利するのだ。

京都戦コメント

鹿島アントラーズ   :監督   <試合終了>
手がやるべきことをやって、勝利したという印象を受けた。京都は我々の長所を消すことをうまくやったが、我々はそうはできずにチャンスを与えた。2ゴールとも我々のミスからの失点と言える。逆に我々は得点のチャンスにきちんと決めることができなかった。サッカーではよくあることだが、それが今日起きたという感じだ。(出足はゆっくりした印象を受けたが)そういう指示を出すことはあり得ない。むしろ相手が5人6人で引いて守っていたので、スペーズがなくスピードアップできなかった。ただああいう状況では落ち着いてやれば、シュート力を生かして(野沢の)同点ゴールのような得点が期待できる。だが、我々は少し慌て過ぎたような気がする。

【J1:第17節 京都 vs 鹿島】オズワルドオリヴェイラ監督(鹿島)記者会見コメント [ J's GOAL ]
7月16日(水) 2008 J1リーグ戦 第17節
京都 2 - 1 鹿島 (19:04/西京極/15,081人)
得点者:11' 柳沢敦(京都)、21' 野沢拓也(鹿島)、84' 佐藤勇人(京都)

●オズワルドオリヴェイラ監督(鹿島):
Q:内容は悪くなかったと思いますが、何が足りなかったのでしょうか?
「まず、相手がやるべくして勝利を手にしたんじゃないかと思います。ウチの長所を徹底的に消そうという献身的な働きをしていたと思うし、逆に我々は相手の長所である所を消していく作業を少し怠った部分で相手にチャンスを与えてしまった。2回ともウチのミスからの失点であって、逆に我々は得点のチャンスがありながら、いつもなら決めていたところで決められなかったという部分のところではないかと思います。サッカーではそういう日もある訳であって、そういう事故が起きたのではないかと思いますけど」
Q:ゲームが始まって、出足が悪かったように見えましたが、それはそういうプランだったのですか?
「そういう戦法をすることは絶対にないですし、どんな監督もそんなゆっくりやれ、ということは言わないと思います。相手が5人、極端には6人くらい引いてスペースを消していたというのがあって、そこでスピードを上げようとしても、スペースがないのでスピードアップできないという状況でもありました。逆に慌てずにやっていけば我々の得点のようにミドルレンジからのシュート力というのもある訳ですから、そういった部分を生かしていければと思ったのですが、ちょっと慌ててしまった部分があったのではと思います」
以上

【J1:第17節 京都 vs 鹿島】試合終了後の各選手コメント [ J's GOAL ]
岩政大樹選手(鹿島)
「前から行かないからずるずる下げてしまう。クロスもフリーで打たせてしまうところもある。守備のバランスを崩してカウンターをさせてしまう。負けた試合、全てが悪いとは言わないが、今日は悪いところが多かった」

失点のクロスはフリーではなかった。
前掛かりに行けばカウンターを喰らうのは良くあること。
気持ちを早く切り替えよ。
逆に監督は冷静である。

Jリーグ 第17節京都サンガ戦

柳沢敦を代表に呼ばないことがこの国の惨状を物語っている。

真の力を発揮せよ

7/15鹿島試合前日練習の様子

全体練習終了後、自主的にシュート練習を行う田代選手。ゴールから遠ざかっていることもあり、次節の京都戦ではぜひとも得点を奪って欲しいところです。

7/15鹿島試合前日練習の様子


左サイドからのセンタリングに走り込むシュートを狙う田代選手。サイドからのボールに合わせるだけでなく、背後からのボールをトラップしてから反転してシュートするなど、様々なバリエーションのシュート練習をしていました。

背番号9は伊達ではないところを見せたいところである。
戦術的タスクに追われ、ゴールを奪うまでに至っていないところに不満を持つサポも多かろう。
しかしながら、それは本人がもっとも感じているところである。
京都は4人のCBとシジクレイでゴール前をがっちり固めるチームである。
そのゴールをこじ開けるのはFWの力が必要なのである。
得点力のある隆行であることを思い出してくれたまえ。

敵として立ちはだかる男

京都FW柳沢が古巣鹿島相手に3戦連発だ
 元日本代表の京都FW柳沢が、古巣相手に3戦連発を狙う。16日の鹿島戦に向け、この日は完全非公開で調整。6日大分戦から2戦連発中のエースは「(鹿島を)出てみて、あのクラブの偉大さを感じた。相手を上回る動きをして、何とか(ゴールを)こじ開けたい」と話した。鹿島時代の98年8月1日横浜F戦以来、10年ぶりの3戦連発で勝利に貢献する。
 [2008年7月16日7時3分 紙面から]

J1 16日京都戦 鹿島首位固めだ
2008/07/16(水) 本紙朝刊 スポーツ A版 6頁
小笠原「柳沢つぶす」
 Jリーグ1部(J1)第17節は16日、各地で9試合を行う。鹿島は西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場で京都と対戦する。キックオフは午後7時。4連勝で第5節以来の首位に立ち、連勝を伸ばして首位固めといきたい。

 鹿島は前節、FC東京に先制を許しながらも、怒とうの4得点で今季初の逆転勝ちを収めた。途中出場の興梠、ダニーロが同点ゴールを含む3得点に絡む活躍を見せるなど、ベンチメンバーも含め一丸となって戦えているところが、今の強みだろう。復帰した中田がFC東京戦で途中出場したのも収穫だ。
 今節は移籍した柳沢との初対決に注目が集まる。京都では絶対的なエースに指名され、現在は2試合連続得点中。フェルナンジーニョとのコンビも良く、調子を上げてきている。小笠原は「つぶします。ボールには一度も触らせません」と苦笑いしながら挑戦状。野沢が「うちにいたときも動き出しは早かったし、決める時は決めていた。嫌な選手」と話せば、岩政も「しっかり対応しないといけない」と気を引き締める。攻撃陣は好調なだけに、柳沢をいかに抑えるかが、勝利への鍵となりそうだ。
 今節も先発メンバーに変更はないようだ。中2日での試合は、いつも蒸し暑さに苦しめられる西京極だけに、本山は「水分を多めに取るとかボールを効果的に回すとか考えないといけない」と話す。暑さ対策も重要なポイントとなる。


【写真説明】
2試合連続ゴールに期待が掛かるマルキーニョス(手前)=クラブハウスグラウンド


“偉大なる”我等としては完封して期待に応えるしかなかろう。
その為には柳沢敦へのマークを厳しくするよりはボールの出し手であるフェルナンジーニョを抑えるに限る。
ガンバ時代からこの小さいおじさんには、毎試合手を焼いておる印象がある。
とはいえ、ボールを持たせておいてもゴール前に出せなければ良いだけなのである。
堅い守りを邪悪なるアウェイの地で見せて欲しいものである。

右サイドは誰に

内田、五輪まで首位キープを置き土産だ…鹿島

 北京五輪代表の鹿島DF内田篤人(20)が15日、2連勝での北京出発を誓った。16日の京都戦を前に「このまま最後まで首位でいたい。もちろん、五輪でチームを離れる前も全部勝つつもりです」と宣言。五輪代表合宿などでチームを離脱するまで残り2試合。連勝での首位キープを置き土産に、北京へと飛び立つ決意をみせた。


 心配の種がある。06年鹿島入団以降、内田が欠場した公式戦は19試合で8勝3分け8敗と勝率・421。出場した試合の・656と比べ、2割以上も下がる。北京五輪参加中に最大4試合を欠場する可能性があり、離脱前2試合で2位浦和との差をなるべく引き離したいところ。京都へ移籍したFW柳沢との対戦も「楽しみ」と内田。勝利を呼ぶ男が、まずは京都戦で首位固めを狙う。

(2008年7月16日06時02分  スポーツ報知)


篤人不在時の勝率が.421とは残念な数字である。

代役には奮起してもらわねばならぬ。

イノパンが務めるのか、チューヤンか、はたまた笠井健太や當間が大抜擢されるのか。

もしくは新井場を右にまわして石神を起用するのかユダなのか。

オプションは尽きぬ。

個人的には本職である笠井健太に奮起を促したいところである。

しかしながら、練習試合でチェックした限りまだまだ育成段階に思える。

好調の新井場を動かすことは考えにくく、イノパンまたはチューヤンに落ち着くこととなろう。

とはいえ、再開後に結果を出し続けているダニーロをスタメンに据えるのであれば、石神の起用も面白い。

ダニーロとのコンビネーションは絶妙である。

新井場とはタイプが異なる為、戦術オプションも広がるであろう。

なんにせよ監督の決断に従うのみである。

誰が出ても鹿島は鹿島であると、改めて思い知らしめようぞ。

家定は白き碁石を胸に息を引き取った。

エトオvs.曽ケ端

鹿島がエトーのクルフチ移籍話に…

 鹿島はバルセロナFWエトーのクルフチ(ウズベキスタン)への移籍話に戦々恐々? ACL決勝トーナメントでともに1回勝ち上がれば準決勝で対戦するクルフチに世界的ストライカーのエトーが移籍する可能性が浮上している。15日には鹿島クラブハウスでも話題になり、GK曽ケ端は「楽しみと言えば楽しみ。でも勝ち上がるためには当たらなくてもいいかも」と苦笑いしていた。

 [2008年7月15日20時24分]


未だ信憑性に疑問の持たれるエトオのクルフチ移籍である。

曽ケ端は対戦を楽しみにしつつもエトオに敬意を払っている様子。

まずはアデレードに勝利することが重要なのである。

それまで好調を維持し全てのタイトルを獲得していきたい。

ところでEto'Oであるからエトーではなくエトオと表記すべきである。

内定第一号

大迫勇也選手の加入が内定
鹿児島城西高校3年生の大迫勇也選手が、来季から弊クラブでプレーすることが内定しましたので、お知らせ致します。

■大迫勇也(おおさこ・ゆうや)
1990年5月18日生まれ。鹿児島県出身。鹿児島城西高校3年。182センチ、70キロ。

■主な代表歴
・2007年 U−17ワールドカップ日本代表候補
・2008年 アジアユース(U−19)日本代表候補

■プレーの特徴
正確な技術を持ち、柔軟なポストプレーで攻撃の起点となるほか、パスを出す能力にも優れ、自ら得点する能力も持つオールラウンドなFW


今朝、獲得報道があったばかりの大迫くんが、正式内定の公式発表である。
これで報道がガセでなかったことがわかり一安心である。
田代とも興梠ともよよともタイプの異なるFWの加入で来季は更なる戦術オプションが増えるであろう。
また、今年のアジアユースでU-19が勝ち抜けば、来年のU-20ワールド杯も参加となるはずである。
楽しみな逸材と言えよう。
まだ少々線が細いようであるが、鹿島内のポジション争いに揉まれれば自然と身体も出来てくるであろう。
ところで、今季の開始時はFWの駒不足を嘆かれたものである。
しかしながら、蓋を開ければマルキーニョスは絶好調であり、田代の戦術理解の深さ、興梠の活躍、佐々木の決定力と誰が出ても活躍する人材の宝庫であった。
そこに大迫くんが加わる来季は、人材の宝庫と言えよう。
我等は少数精鋭である。
お互いが切磋琢磨し、頂点を目指すのである。

大迫くん獲得へ

高校NO・1FW大迫は鹿島入り

鹿島への入団が決まった鹿児島城西FW大迫勇也
 鹿島が鹿児島城西の超高校級FW大迫勇也(3年)を獲得したことが14日、分かった。浦和、柏、東京、大分など複数のJクラブとの争奪戦を制し、13日までに入団の意向を伝えられた。近日中にも発表される見通しだ。

 担当スカウトは初めて視察した試合の最初のプレーを見て、素質にほれ込んだという。バランスの取れた体格と足元の柔らかさでポストプレーを巧みにこなし、シュートセンスも高い。FWとしての総合力の高さは、柳沢(現京都)の高校時代をほうふつさせる。関係者は「今年の選手の中ではナンバーワン」と抜群の評価を与える。

 5月の県総体決勝では名門鹿児島実を相手に1人で5得点と大活躍。エースFWとして引っ張るチームは今夏の全国総体の優勝候補にも挙げられる。U−19代表候補にも定期的に選出され、1歳上となる世代の中でも高い評価を得ている。

 鹿島は田代、興梠ら潜在能力が高い日本人FWを擁するが、枚数は多くはない状況だ。将来のホープが王者の陣容に加わる。

 [2008年7月15日8時52分 紙面から]

“高原2世”大迫が鹿島入り決断!
 鹿島が鹿児島城西高3年のFW大迫勇也(17)を来季の新加入選手として獲得することが14日、分かった。大迫は身長1メートル82の高さを生かしたポストプレーや、柔らかいタッチから繰り出すスルーパスも得意する高校屈指の大型ストライカー。U―17日本代表でもエースとして活躍しており、そのプレースタイルから“高原2世”との呼び声も高い。浦和や柏など複数のJクラブが争奪戦を繰り広げたが、最後は大迫自ら昨季J王者への入団を決めた。鹿島は13日にリーグ4連勝で首位を奪回。リーグ連覇に向け着々と白星を重ねている。新たな黄金期を迎えつつあるチームに、来季からまた強力な新人が加わることになった。
[ 2008年07月15日 ]

鹿島がU―18大迫獲得…高校No.1ストライカー

鹿島入団を決めた高校NO1ストライカーの大迫
 今年の高校NO1ストライカーで、U―18日本代表候補FW大迫勇也(18)=鹿児島城西=が、来季の鹿島入団を決断したことが14日、分かった。近日中にも発表される。ほかに東京V、柏、浦和の計4クラブから獲得オファーを受け、最終的に浦和と鹿島で悩んだが、13日の家族会議で決定。すでに他3クラブには断りの電話を入れた。

 大迫は182センチの長身を生かした高さ、ポストプレーをベースに、足元の技術も併せ持つ万能型FW。昨年のU―17W杯は直前で落選したが、U―16日本代表から代表レベルで活躍し「FW高原(浦和)2世」との呼び声が高い。鹿島の椎本スカウト部長は「今年見てきた中で間違いなく高校NO1の選手」と言い切る逸材だ。

 最終的には椎本部長をはじめとする鹿島側の熱意や、FWとしての期待の大きさを感じ、結論を導き出した。くしくもリーグ戦で浦和から首位を奪った同じ日、スカウト戦線でも鹿島に軍配が上がった。96年に入団した柳沢敦(京都)以来となる大物高校生FWが、王者の一員となる。

 ◆大迫 勇也(おおさこ・ゆうや)1990年5月8日、鹿児島県生まれ。18歳。幼少のころからサッカーを始め、小学時代は主に2列目の選手としてプレー。中学時代にFWに転向し、頭角を現す。鹿児島城西高校1年でU―16日本代表に初選出。07年U―17W杯(韓国)は選から漏れたが、現在はU―18代表候補入り。182センチ、68キロ。
(2008年7月15日06時01分  スポーツ報知)

三月に練習参加し、小刻みに情報が入っておった大迫くんであるが、2ヶ月以上ご無沙汰であった。
その大迫くんが、鹿島を選択したとのこと。
これは喜ばしい。
ニッカンでは柳沢を彷彿させるとされ、スポニチ・報知では高原二世と評される。
この日本を代表するFWの能力を兼ね備えた逸材なのであろう。
言うなればフュージョンしているということである。
孫悟空があの世のメタモル星人から教わった技であるフュージョン、これによって得られる新しい肉体は、メタモル星人の衣装を身につけ顔つきは二人の人物を合わせたものになる。
大迫くんの顔は写真を見る限り柳沢にも高原にも似ても似つかぬが、いずれ洗練されていくものと推測する。
とはいえ先人の陰を追うようなFWにはなって欲しくない。
大迫一世として世に羽ばたくのだ。

エトオと対戦か

鹿島と激突も!エトオがウズベキ移籍

 ウズベキスタンリーグ首位のクルフチは14日、バルセロナのカメルーン代表FWサムエル・エトオ(27)を獲得したと公式サイトで発表した。12月に終了する今季後半戦に出場するとしており、半年間のレンタル契約とみられる。同選手は06年スペインリーグ得点王に輝いた世界屈指のストライカーだが、グアルディオラ新監督の下で構想外となり、移籍先を探していた。クルフチはACLで8強に残っており、ともに勝ち進めば準決勝で鹿島と当たる組み合わせ。対戦が実現すれば鹿島にとっては手ごわい相手となりそうだ。

[ 2008年07月15日 ]


NEXT SENSATION FROM PFC KURUVCHI: ETO’O, XAVI, INIESTA, PUYOL ARE INVITED TO THE TEAM



Dear football fans, as often a professional football club Kuruvchi has accustomed you to his new inventions, but in this time Kuruvchi, wants to please you dear fans with an extremely sensational invention.


Professional football club Kuruvchi, informs you which makes the ordinary steps for the development of football in the country. One of them - we began to seriously work with the managers of the world's leading soccer clubs. In particular, we signed contract with the team Barcelona valid “year plus year” for the fact that eight managers in their early time will come to Tashkent and each of them lines a direct support for PFC Kuruvchi and raise the level of work in the club to higher class.


In addition, we invited Cameroonian forward Samuel Eto'O from Barcelona for master-class and negotiations about his possible participation in Kuruvchi team. The striker will arrive to Tashkent on July 17th and if the negotiations is successfull he will play in the second half of championship of Uzbekistan. In our view, this great football player is well known by you. The greatest benefit from him the staff of Kuruvchi is waiting in the games of AFC Champions League 2008.


The next step would be the date 20th ? 21st of July. These days in Tashkent will arrive the new champions of Europe, players of Barcelona. Namely, the best player of European championship ? 2008 midfielder Xavi, and also one more midfielder Andres Iniesta and defender Carlos Puyol. They come to show master-class which hopefully will develop football in Uzbekistan.


Dear fans of football continue to expect pleasant surprises of PFC Kuruvchi!


まずはアデレードとの対戦であるが、これに勝利し勝ち上がった場合、ウズベキスタンのクルフチと当たる可能性がある。

そのクルフチにカメルーン代表のエトオが加入するとのこと。

カシマスタジアムにエトオが来るのである。

これは期待せずにはいられない。

エトオと言えば、2001年コンフェデレーション杯で来日しておる。

その際は、隆行が燃える瞳でトルシエ日本代表監督(当時)にスタメンに抜擢され、フィジカルを活かしたゴールをし失意のどん底へ落としたことを記憶しておる。

今回も思い知らせてやろうではないか。

その為に我等も隆行を補強する必要があるやも知れぬ。

一生懸命篤人

鹿島・DF内田、「一生懸命やりたい」

2008.7.15 05:02

 日本サッカー協会は14日、北京五輪に出場するサッカー男子日本代表メンバー18人を発表。DF内田(鹿島)は「最後の18人のメンバーに入れてうれしい。残れなかった選手の分も引き締めたい」と決意も新た。今年からA代表に定着し9試合1得点。岡田ジャパンでも欠かせない男は「A代表に入っているからといって特別な意識はない。一生懸命やりたい」。OA枠の招集もない反町ジャパンを、20歳が引っ張る。


レギュラーとしてフル代表でも活躍し、最年少でもなくなった為か扱いの小さい篤人である。

本人のコメント通り出来ることをして怪我無く帰ってくればそれでよい。

空いた時間には市内観光も良いと思われる。

しかしながら、バス停そばのぶっかけご飯は美味しそうに見えるが味はイケていないので注意である。

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Fundamentalism

Author:Fundamentalism
鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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