リハビリ組、団欒

2010年 5月31日(月)

午前中のグラウンドでは、本山選手や笠井選手などリハビリから復帰したばかりの選手たちがフィジカル強化のメニューを行っていました。またトレーニング後には芝生に寝転がり、みんなで談笑していました。

和やかに座り込むリハビリ復帰組である。
彼らには再開後には活躍してもらわねばならぬ。
本山は攻守の中心選手としてチームを引っ張る義務があり、笠井健太には篤人移籍後の右サイドを担うほどになって欲しい。
大道にも川島にも期待せざるを得ない。
今季の大きな目標であった、アジアへの野望は潰えた。
しかしながら、来季もチャンピオンとしてアジアに飛び出すため優勝する必要がある。
その為には、復帰した彼らの力が必要なのだ。
休んでおった分の働きを頼みたい。
チーム一丸となって、二度目の国内三冠を目指すのだ。
期待しておる。

疾れ、篤人

内田篤人、苦悩を乗り越えた不動の攻撃的サイドバック
5月31日 10時01分配信田中滋(ISM)
■順風満帆に見えるキャリアの裏側にあった苦悩


卓越した攻撃センスを誇る内田。体調不良も克服し、最高峰の舞台で輝きを放つための準備は万端 【Photo:Getty Images】
 2006年、清水東高から鹿島アントラーズに加入してきた内田篤人を見たパウロ・アウトゥオリ監督(当時)は、宮崎合宿の初日から「今季の右サイドバックは内田でいく」と明言したという。当時の内田はまだ17歳。クラブ史上初となる高卒ルーキーでの開幕スタメン出場を果たすといきなり活躍。右サイドから積極的にドリブル突破を仕掛けPKを獲得してみせた。イタリアから復帰したばかりの柳沢敦のハットトリックにかすんでしまったものの、非凡なものを感じさせるデビューだった。

 そして、そこからの躍進には目覚ましいものがあった。07年にはU−20ワールドカップ(W杯)代表、さらに08年には北京五輪代表(U−23)、そして日本代表。ほかの誰よりも早く階段を駆け上がり、ついに南アフリカへ日本代表のレギュラーとして乗り込むところまできた。22歳となった今まで順風満帆で来たとも言えるだろう。

 だが、実際にはそうではない。はじけるような笑顔の下に、内田だけが抱える苦悩があった。カシマスタジアムの記者席は2階席の一角にある。かなり高い位置からピッチを見下ろす形になっているのだが、手前のタッチライン際にいた内田が走るのを止めて下を向いたとき、初めは何をしているのか分からなかった。普段の生活なら見ることのある光景かもしれないが、サッカーの試合中にそうした姿を見るのは初めてだったかもしれない。だが、数秒後に何をしているのかが分かった時は衝撃だった。内田は胃の中のものをグランドに向かって吐き出していたのである。

「いつものことだよ」
 何食わぬ顔で答えた内田だったがその表情は能面のよう。昨年は1年間ずっとそういった状態に悩まされていた。原因は分からなかった。痛み止めの飲み過ぎで胃が荒れているから。疲労から。さまざまな要因が疑われたが、解決策はなかった。しかし、ひょんなことで苦しみから解放される。日本代表のチームメート、長友佑都が同じ症状に悩まされた時にガムを噛むことで嘔吐感を解消させたというアドバイスを聞いたからだ。
「ずっと付き合っていく恋人だと思ってたんだけどね」
 内田の表情も、そのころを境に本来の明るいものに変わっていった。
■とにかくうまくなりたい――サッカーへの飽くなき欲求
 なぜ、そこまでして試合に出続けるのか。その答えは少しでもサッカーがうまくなりたいという単純な欲求以外にない。その外見からは想像もつかないほどハングリーに、どん欲にサッカーを追求しているのが内田篤人と言えるだろう。

 昨年、内田が次のようにつぶやいたことがあった。
「みんなどんどんうまくなっていく。おれだけ取り残されちゃうよ」
 その意味はこうだ。鹿島はここ数年、リーグ戦とAFCチャンピオンズリーグ(ACL)を戦い続けてきたため、日程は過密となり日々の練習はコンディション調整ばかり。1時間くらいで終えることも多く、それを内田は嘆いていたのである。
「おれ、まだ21歳だよ」
 もっとサッカーがしたい、もっとサッカーがうまくなりたい。その欲求は大きくなるばかり。そのため、ミッドウィークに試合がなく1週間練習を積むことができたときは、「良い練習ができた」と満足げに語ることもしばしば。チームメートの岩政大樹は「あいつにとっては久々でしょうからね」と弟分の忙しさを気遣うほどだった。

 ただ、そうした状況が何年も積み重ねれば海外移籍の話題が出るのも当然だろう。昨年、鹿島は3連覇を達成し、どうやれば勝てるのかということを、かなりのところまで突き詰めることに成功してきた。しかし、それは内田の満足感を満たすものではなかったのかもしれない。今年もACLを戦った鹿島だが、予選リーグのペルシプラ・ジャヤプラ戦で、そうした思いが顔を出す場面があった。
 この試合、内田の対面にいた13番の選手が積極的にドリブル突破を仕掛けてきた。しかし、これを余裕で対応。1対1の勝負はすべて内田の勝利だった。
「とりあえず飛び込まなければ大丈夫だと思って。後半は、監督からも『お前はそこにいろ』って言われたし」

 相手との力量差を考えれば、スペースさえ与えなければピンチを生む可能性はほとんどない。さらに点差は3−1でリードしている状況。このまま試合を終わらせれば勝ち点3は転がり込んでくる試合だった。
 ただ、内田の気持ちはそこにとどまることを良しとしていなかった。
「チームが勝つことが一番いいことだし、前に行かないでそこにいることが勝つことにつながるとは思う。でも、それだけで良いのか悪いのか分からない」
■高まる鼓動、ついに世界最高峰のピッチへ
 そうした気持ちを抱えている中で、日本代表に行けば海外で活躍する多くの先輩から刺激的な話を聞くことができる。もっとうまくなりたいという気持ちが抑えられなくなったのも必然かもしれない。そして、目の前に待ちかまえるのは南アフリカW杯だ。世界を舞台にした戦いを前に、内田の気持ちは踊る。

「サッカーに興味もない人も見るのがW杯」
 日本代表に選出された時、内田はそう定義づけた。自分も日韓W杯でベッカムの姿に魅せられた経験を持つだけに、W杯が持つ力の大きさは十分に理解している。自身もそのルックスからさまざまな媒体で取り上げられているが、あえて求められる役割をこなしている部分も強い。内田なりにサッカーが興味のない人にもサッカーを好きになってもらうためにアイコン的な役割もこなしてきた。だからこそ内田は多くの人に呼び掛ける。
「W杯という大きい大会を盛り上げていただきたいと思います。僕たちは結果で表現したいというか、結果を出したいと思います。ぜひ、青いユニホームを着て、一緒に戦ってほしいと思います」

 代表監督にまつわる解任論が沸き起こったときも、内田は「岡田さんは良い監督。ピッチに立っているのは選手なんだから、負けた責任は選手にある」と強い口調で言った。監督だけに責任が押しつけられている状況を憂い、自分たちが監督のサッカーを表現できていないことに責任も感じていたのである。
 海外の選手を相手にするには体が弱いと指摘する声もある。Jリーグの試合でも外国人選手をぶつけられることが何度かあった。しかし、鹿島と対戦するチームが、毎回毎回、内田のサイドに屈強な選手を置いてくるのなら、それを攻略法として認めることもできるだろう。しかし、1度やったことを2度3度繰り返してくるチームはない。同じ過ちは繰り返さない、そうした気持ちの強さが内田の中には秘められている。

 代表発表を受けた後、記念撮影のためにカメラマンから絵馬を渡された内田。そこには大きく「ベスト4」という目標が記されていた。
「3連覇して、監督や先輩からゲームの勝ち方や厳しさ、我慢するところは我慢する、そういうものを教わってきました。Jリーグでやってきた4年、5年。鹿島で学んだことを出し切りたいと思います」

<了>
内田篤人
Atsuto UCHIDA [鹿島アントラーズ] DF
1988年3月27日生 176cm/62kg
・前所属チーム:清水東高
・Jリーグ初出場:2006/03/05 2006Jリーグ ディビジョン1 第1節 鹿島(vs広島@広島ビ)
・Jリーグ初得点:2006/03/21 2006Jリーグ ディビジョン1 第4節 鹿島(vs甲府@カシマ)


田中氏のコラムである。
鹿島入団後の篤人について語っておる。
確かに2006年に入団してきた篤人は衝撃であった。
縦へ突破する思い切りの良さが気持ちよく、公式戦で即PKをゲットしたのが記憶に蘇る。
そして、初ゴール。
2006年イヤーDVDでは「18歳の〜」とナレーションが入っておるが、当時は17歳であった。
尾崎豊の「17歳の地図」に掛けて「セブンティーンズ・ゴール」と称したものである。
その篤人は各年代の代表経てフル代表に定着し、鹿島は三連覇を成し遂げ、アジアにチャレンジする。
その余波を受けて過密日程に悩まされることとなるのだ。
観ている我等が心配であった。
ガムで乗り越え、元気に走る篤人に安心したことも最近のことである。
その篤人は、南アフリカの地を踏み、ドイツへと旅立っていく。
快く送り出すのが我等の役目であろう。
鹿島で育んだ精神を世界で、ドイツで試して欲しい。
どこへ行っても、鹿島の篤人であった経験が支えてくれるであろう。
疾れ、風のように。
楽しみにしておる。

日本代表・内田篤人コメント

【国際親善試合 イングランド vs 日本】試合前日の日本代表選手コメント(10.05.30)
●内田篤人選手(鹿島)
「一生懸命にやるだけ、普段どおりに。
明日はどれくらいお客さんが入るんですか? ここは1万、2万人くらいは入るんですか?イングランドは近いんですか? アウェイというか、本番でもアフリカ勢のホームみたいになりますしね。アウェイは好きなので、人が入ってくれれば。スタンドも近いですし、雰囲気もいいんじゃないかと思います。外国人特有の応援がね。
ピッチは全然大丈夫ですよ。海外は…、日本の環境が良すぎるので。明日は晴れなんですかね? 急に雨が降ったり晴れたりするのでわかりません。
高地と言ってもボールが曲がらないなというくらいで、そんなにわからないですね。そんなにデリケートではないみたいです。
ここからもいつも通りですね。そんなに特別にしてもというか…。一生懸命にやって、ケアして、大きな特別な大会ではありますが、そんなに考えていないです。かしこまってということではないです。普段どおりでいいと思います。初めてですし、わからないですし。予想と想像でしかないですしね。
(ミーティングでは)みんな結構しゃべっていましたよ。おれはしゃべってないですが。大事なことではありますが、よくあると思います。そんなに雰囲気は悪くはないですよ。
(Q:ワールドカップに出た経験の話を聞く事は?)
ワールドカップに出たことのある人の話はやっぱ、おれなんかにしてみたら出た事ないですし、特別そういう目でワールドカップを見てきたわけではないので。もちろん、ドーハの…、も知らないですしね。子供の時でわからないですし、そういう人の道というか、1本のチームの行方というか、そういうのを示してくれればもっともっとやれると思います」


平常心を強調する篤人である。
ここは、奇を衒うことなくいつもどおりプレイすることが肝要である。
力の差は歴然、それ以上に指揮官の差は天と地とあっては、結果について議論する余地は無かろう。
篤人と岩政には良い経験を積んで欲しいと願う。
そして未来へ繋げるのだ。
北条の和田一族への仕打ちを見かね、三浦も北条討伐を決意するのだった。

興梠、宮崎に義援金

口蹄疫:幼稚園児やスポーツ関係者などから義援金 /宮崎
 口蹄疫の義援金は、幼稚園児やスポーツ関係者など26日も多くの人から寄せられた。

 ◇八幡保育園の園児ら、街頭で集めた義援金10万1037円寄付
 宮崎市宮田町の八幡保育園(杉田芳郎園長)は、園児たちが街頭に立って集めた義援金10万1037円を県庁の募金箱に寄付した。

 園児たちは17日から24日まで(土日を除く)の毎朝、県庁前で「みんなでおうえんしています」と書いた横断幕を持って募金を呼びかけてきた。

 「宮崎の牛さんと豚さんとヤギさんを助けてください」と大きな声で呼びかけると、思わず足を止めて募金する人の姿も。

 寄付した杉田園長は「子供たちには他人の痛みが分かる人間に育ってほしい」と話した。【中村清雅】

 ◇「イオン1%ク」が1000万円 アントラーズ選手会も
 流通大手「イオン」のグループ会社でつくる「イオン1%クラブ」は、1000万円を県に寄付した。東国原英夫知事は「温かい支援の輪が広がることが、農家のみなさんの支えになります」と感謝を示した。

 同クラブは、メンバー企業が出した税引前の利益の1%を使い、社会貢献活動に取り組んでいる。同社によると、県内にはグループ28店があり、店頭でも募金を行っている。同グループの原田昭彦委員長は「宮崎にはお世話になっており、協力したい」と話した。

 また、
Jリーグの鹿島アントラーズと選手会からも義援金が贈られた。所属する県出身の興梠慎三選手がチームを代表し、河野俊嗣副知事を訪問。個人としても、100万円の寄付を予定している興梠選手は「少しでも力になりたい。早く元気になってほしい」と県民にエールを送った。【蒔田備憲】

アントラーズ選手会と興梠慎三個人がそれぞれ宮崎に義援金を贈ったとのこと。
これは素晴らしい。
興梠としては、故郷の危機に何もせずにはおられなかったのであろう。
興梠は鹿島を引っ張る、押しも押されぬ主軸である。
日本を代表するFWでもある。
その選手がこの口蹄疫問題に関わるのは重要なことであろう。
この日本の大問題が解決することを切に願う。
鎌倉への謀反を企てた廉で和田平太胤長をはじめ、幾人もの御家人が囚われた。

篤人、練習中

[ SAMURAI BLUE(日本代表)スイス合宿 ]5/26(水)の模様

韓国戦を欠場した内田篤人(鹿島)も、練習に参加し笑顔を見せた。

代表の練習に合流した篤人である。
代表の不調とは裏腹に明るい表情と言えよう。
ところで、シャルケとの交渉はどうのようになっておるのであろうか。
篤人としては、自分のみの振り方がはっきりした状態になりたいであろう。
我等としても、鹿島に残る可能性が1%でも有るのであれば期待してしまう。
とはいえ、既定路線である移籍を覆すことは難しいと思われる。
鹿島の翼からブンデスリーガの翼となり、欧州で名を馳せて欲しいと願う。
楽しみにしておる。
北条時政は小四郎の手によって失脚し、執権にはその息子の小四郎義時が就いた。
時政はかつて頼朝と共に造り上げた鎌倉の町、数々の功績を打ち立て、二十四年を過ごした鎌倉の町を後にして伊豆へ下って行った。

山形・田代、ヘッド二発

田代2発!山形連勝2位浮上/ナビスコ杯

先制ゴールの山形FW田代(中央)は、笑顔で雄たけびを上げる
<ナビスコ杯:山形2−0浦和>◇26日◇1次リーグ◇B組◇駒場

 山形はFW田代有三(27)が、移籍初マルチ得点で浦和を下し連勝。2位に浮上し、決勝トーナメント進出に大きく前進した。

 降りしきる雨を切り裂くように、山形FW田代のヘッド弾が2度、ゴールネットに突き刺さった。前半38分、DF石川のピンポイント左クロスを長髪から水しぶきを上げながら先制ゴール。後半18分には、ゴール正面で待ちかまえたMF増田の右クロスをゴール右隅へ。歓喜の輪の中心で、背番号10が満面の笑みを浮かべていた。

 雷雨予報の敵地で、再び「カミナリ直撃」は、こりごりだ。5月15日のリーグ新潟戦。1−3と完敗した試合で小林監督の堪忍袋の緒が切れた。ハーフタイムにロッカー室でクーラーボックスを蹴散らし、試合後帰郷するバスの中でも「お前らバスから降りろ!」と、怒鳴り散らした。指揮官が名指しでダメ出しした選手の中に、田代もいた。

 得点後に気持ちが守りに入り、逆転負けした新潟戦の反省は忘れていない。ゴールの喜びよりも「雨が降っていたから、守備を集中しようとみんなで話した。全員が頑張った」と、守備での貢献度をアピール。2位浮上にも、浮かれた様子はない。「まだ途中なんで」。決勝トーナメントが決定する日まで、ゴールを決めまくる。
【山崎安昭】
 [2010年5月27日12時0分 紙面から]


山形田代2発!浦和に勝った/ナビスコ杯

先制ゴールの山形田代(左)は笑顔で雄たけびを上げる(撮影・山崎安昭)

<ナビスコ杯:山形2−0浦和>◇26日◇1次リーグ◇B組◇駒場

 山形が、J1昇格後初めて浦和に勝利した。立ち上がりこそ守備に追われたが、時間を負うごとに守備の連係が高まった。流れをつかむとサイド攻撃で決定機をつくり始める。前半38分にFW田代有三(27)が、頭で先制点を奪うと、後半18分にも田代がヘッドで2点目をゲット。田代は「ナビスコ杯で点を取ってなかったし、今日取れば決勝トーナメントにいけるチャンスが広がると思っていたので、絶対取ろうと思ってました」と胸を張った。

 [2010年5月26日23時35分]

山形、プラン通りの勝利に満足/ナビスコ杯
2010.5.27 01:39

浦和−山形前半、先制ゴールを決めて喜ぶ山形・田代(10)=駒場

 ナビスコ杯予選リーグ第4節(26日、浦和0−2山形、駒場)山形は2連勝で1次リーグB組2位に浮上。序盤の守備を集中するように指示した小林監督は「立ち上がりに攻め込まれたが、少しずつボールが持てるようになり、勝負できた」と満足そうだった。

 1−0で迎えた後半開始後も浦和の猛攻を受けたが、耐えて後半18分に貴重な追加点。2得点の田代は「みんなが守備で我慢してくれてチャンスが来た。2点ともいいところにボールが来たので決められてよかった」と誇らしげだった。



浦和−山形 前半、浦和・坪井(左)、平川(右)と競り合う山形・田代=駒場

[ ヤマザキナビスコカップ:第4節 浦和 vs 山形 ]

前半38分、アウェイの山形は石川からのボールを田代有三(写真左)が頭で決めて先制。田代は後半にもゴールを決め、この日2ゴールを奪う活躍を見せた。

[ ヤマザキナビスコカップ:第4節 浦和 vs 山形 ]

アウェイで浦和に2-0で勝利した山形。田代有三(写真)は2得点を奪いチームの勝利に大きく貢献した。勝った山形はBグループ2位へ浮上した。


ナビスコ杯で輝く田代である。
ヘディング二発で勝利に多大なる貢献をしておる。
我等が期待しておった活躍をしておる。
「得点力のある隆行」の異名は伊達ではない。
鹿島に於いても2006年の田代は爆発しておった。
その甲斐あって2008年には代表にも選出されておる。
このまま代表に定着しておれば、先日のような失態もなかったやも知れぬ。
今からでも、田代を呼んだ方が良いのではなかろうか。
その田代にボールを送ったのが石川と誓志である。
石川はともかく、誓志の覚醒も喜ばしい限りである。
レンタル組の活躍で、鹿島の選手も発奮するであろう。
あと10日の休暇を楽しみつつ、再開後に照準を合わせ気持ちを高ぶらせていきたい。
畠山謀反の讒言をした稲毛入道重成は、三浦義村の率いる軍兵に襲われ誅された。

誓志、故郷へ義援金

増田が宮崎県に義援金=J1山形
 J1の山形は25日、MF増田誓志が口蹄(こうてい)疫の被害を受けている宮崎県の畜産農家を支援するため、同県に100万円の義援金を贈ると発表した。
 増田は同県の出身。チームを通じ「一日でも早く被害が収まることを願っている」とコメントした。。

[ 時事通信 2010年5月25日 21:58 ]

増田が故郷の宮崎県に100万円寄付…山形

故郷の宮崎に100万円を寄付した山形・増田

 モンテディオ山形とベガルタ仙台は26日、ナビスコ杯1次リーグ第4節に臨む。アウェーで浦和と対戦(午後7時開始)する山形は、MF増田誓志(24)が口蹄(こうてい)疫被害に遭う出身地・宮崎県へ自ら100万円を寄付。試合での活躍と合わせて苦しむ故郷を勇気づけた。仙台はホームでF東京と対戦(午後7時開始)。MF太田吉彰(26)がプロデビューを果たした因縁の相手からゴールを奪うことを誓った。

 増田にとって一向に収束しない家畜伝染病問題は人ごとではなかった。「宮崎出身じゃない方が寄付していたのを報道で知った。自分がしないわけにはいかない」。被害を受けた知人こそいないが、生まれ故郷の苦境に心を痛めた。この日、クラブを通じて自ら義援金を贈ることにした。「試合に出て活躍するのも(励ます)一つの手。でも直接手助けしたい」と沈痛な面持ちで語った。

 試合で活躍する姿も地元を勇気づける。浦和戦では、持ち味の攻撃センスを存分に発揮できる2列目での先発が濃厚。「彼を生かせる方法」と小林監督も期待する。故郷愛で“赤い悪魔”から勝利を奪う。

(2010年5月26日11時31分 スポーツ報知)

山形へレンタルしておる誓志が出身地である宮崎県へ義援金を送ったとのこと。
誓志クラスの選手では中々出来ぬもの。
素晴らしい行為と言えよう。
隠し立てせずに申せば、我等が鹿島アントラーズも義援金を送っておる。
しかしながら、誓志に関しては個人で送ることに敬意を払いたい。
誓志というサッカー選手の、男の器を感じさせずにおられぬ。
その器を山形で開花させよ。
スケールの大きなMFとして日本を引っ張っていって欲しいのだ。
義時は、何の不義理もない畠山に謀反の濡れ衣を着せ、討伐すべく武蔵国に向かった。

篤人、サッカーをしたい

松井&内田がイングランド戦出場を志願

<日本代表練習>イングランド戦出場を志願した松井大輔(左)と内田篤人
Photo By スポニチ

 右ひざ痛のMF松井と左太腿裏痛のDF内田が、W杯南アフリカ大会に向けた日本代表の強化試合イングランド戦出場を志願した。

 ともにボール回しや対人練習などのフルメニューを消化。韓国戦後に京都時代のチームメートの韓国代表MF朴智星とユニホームを交換したという松井は
「きょう初めて(対人練習を)やったけど、だいぶいい感じでできていた」
と明るい表情。内田も「早くサッカーをしたい」と次戦を見据えていた。

[ 2010年05月26日 ]

イングランド戦に出場志願の篤人である。
日本の窮地を救おうと立ち上がったと言えよう。
しかしながら、時既に遅し。
この参上は一人の選手の力では改善されることは無かろう。
残念ではあるが、我等の目は既に2014ブラジルへ向いておる。
4年後を見据え、走り出さねばならぬ。
気持ちの切り替えこそ肝要なのである。
将軍・実朝の御台所として坊門信清の娘・音羽姫が輿入れしてきた。

イ・ジョンス、世界へ

国際親善サッカー 鹿島・李が韓国DF統率
日本・攻撃陣に仕事させず
 韓国代表の攻撃の中心がMF朴智星(マンチェスターU)なら、守備の中心は鹿島のDF李正秀(30)だ。センターバックで先発フル出場し、ほころびを見せず、日本の攻撃陣に仕事をさせなかった。
 前線でポジションチェンジを繰り返してくる日本に対し、中央の位置から落ち着いて対応。セットプレーは中沢のマークに当たり自由を与えなかった。クロスボールも確実にはね返すなど90分間、Jリーグ同様の安定感で後方を締めた。
 欧州で実績ある選手も多く、史上最強の呼び声高い韓国。前線には朴のほかFW朴主永(モナコ)らが並ぶ中、京都、鹿島とJリーグ挑戦2年目の李は「韓国の人たちには、Jリーグで戦っている選手は海外組ではない。それでもヨーロッパで戦っている選手たちに負けない気持ちでプレーしている」。伝統の日韓戦で見せた出色の出来は、心の内の強い自負にほかならない。
 韓国代表は本大会へ向け、来日メンバー26人を23人に絞る。「けがさえなければメンバーに選ばれるだろうと思っている」。既にW杯の大舞台が思い描かれている。



【写真説明】
日本−韓国 前半3分、空中で相手と競り合う韓国・李正秀=埼玉スタジアム


韓国代表の中心DFのイ・ジョンスである。
鹿島と同様の安定感で日本に仕事をさせず、完封に貢献した。
Jリーグでは高さと強さを見せつけるが、本来は速さと巧さの選手である。
技巧はDFとして世界に名を馳せよ。
楽しみなW杯が近付いてきた。

岩政、日々の努力

岩政大樹、代表を熱望し続けた結果の選出
5月24日 10時00分配信田中滋(スポーツナビ)
■執念でつかみ取ったW杯メンバーの座


頑強な体を活かした競り合いの強さが武器の岩政。周囲との連係でチャンスを未然に防ぐクレバーさも併せ持つ 【Photo:Getty Images】
 岩政大樹ほど日本代表に対する思いを正直に告白する選手は珍しい。代表に選出される以前から並々ならぬ意気込みでアピールを続けてきた。リーグ優勝したチームの中心選手である自負を背に「中澤さん、闘莉王に挑むのは自分」と常に公言、そして第3センターバックというポジションを射止めた。

 しかし、2010年2月の東アジア選手権の韓国戦では、田中マルクス闘莉王の退場を受けて急きょ出場した試合で、岩政はまったく持ち味を発揮することができなかった。
「いろんな人が難しい状況だったとかばってくれるけど、そういう場面で出場することを想定していたので言い訳にはならない」
 韓国戦から数日後、鹿島で囲み取材に応じた岩政は落ち着いて自分のことを振り返っていた。しかし、その心境に至るまでに、さまざまな葛藤を乗り越えてたどり着いたことは想像に難くない。岩政は韓国戦が終わった時、両ひざに手をつき深く深くうなだれていたのだから。ところが取材の場では愚痴や不満は一切口にせず、逆に自分と同じく代表から落選した選手の心情を気遣っていたのである。

 この時は、もう一度代表に呼ばれる自信がまだ、自分の中に残っていたのかもしれない。だが、その後の招集で声がかからないと、不安は徐々に大きくなっていった。
「正直言って、ちょっと前までは20〜30%くらいの可能性だと思っていたのですが、最近ちょっとテレビや雑誌でいろんな評論家の方が僕の名前を書いてくれたりしていることがあって、自分の中でのパーセンテージが上がってきて50%に近づきました」
 とはいえ50%。不安な夜が続いたことだろう。その心境を岩政は正直に吐露した。
「何度か自分が折れそうになる時があって、もう努力を続けるのが嫌になりそうな時もあった。でも、いつかまたチャンスが来ると思って、そのいつかのために努力を続けることができた」

 弁が立つということもあり、どうしてもビッグマウスととらえられてしまう岩政。おのずと批判を浴びることも多かった。同時にそれは「そんなの無理だ」「できるわけがない」という声となり、努力を妨げることにつながる。そのなかで、己を信じ続けることがどれだけ困難なことかは想像もつかない。だが、岩政は自分を信じることをやり遂げ、再び代表にまでたどり着いたのである。

「年齢順に呼ばれると思っていたので、今ちゃん(今野泰幸)の名前が出た途端、もう僕の可能性はないと思っていました。もうないと思った瞬間だったのでビックリしました」と、その瞬間の思いを語る。
 代表発表前日、“みそぎ”を行ったというのも、いかにも岩政らしい。
「僕は当落線上にいた人間。昨日は発表前日でもありましたが、最後まで自分で努力したいと思って、午後は休みだったのですが、いつも以上にハードな自主トレをして今日を迎えようと思っていました」
 代表の常連である内田篤人がしれっとしていたのに比べると、岩政は満面の表情でうれしさを隠し切れない様子だった。
■人とのつながりを大事に、W杯へ
 岩政大樹は、山口県大島郡周防大島町の出身だ。周防大島は淡路島、小豆島に次ぎ瀬戸内海で3番目に大きい島である。とはいえ、人口は2万人を超える程度。会う人会う人、必ずあいさつをする風土がある。それを当たり前と思い育ってきたため、島外にある岩国高校に通い始めた時も同じように振る舞った。しかし、返ってくるのは奇異なものを見る視線ばかり。その時は「なんて冷たい人たちなんだ」と思ったという。試合後には詳細な分析を施し、数学の教員免許を持つことから“理論派”というイメージの方が強いが、人とのつながりを大事にする周防大島で育った事実は彼に大きな影響を与えている。

 また、東京学芸大から鹿島アントラーズというルートを見ると、サッカーエリートのように感じるが、決してエリートではない。むしろその真逆とも言えるだろう。小学校から高校まで指導してきた先生や実兄の剛樹さんが共通して話すのは「とにかくサッカーが下手くそだった」ということだ。
 だが、下手くそだったことが生来の負けず嫌いに火をつけたのも事実。努力の積み重ねが岩政をプロまで導いた。現在でも、スピードが弱点であることを強く認識し、オフには横綱白鵬を訪ねて研鑽(けんさん)を重ねる。個人トレーナーを雇い入れ、体の軸がブレないことがすばやく動く秘訣と考え、普段からそのためのトレーニングを欠かさない。鹿島でも全体練習後に、独自の筋トレを行う姿がよく見られる。
 さまざまな要素が絡み合って今の岩政大樹を形作っているが、代表での経験は新たな一歩となるかもしれない。

「僕は必ず試合に出られるという選手でもないと思うので、チームの雰囲気が一体となれるように、チームの一員として練習の取り組みの姿勢から頑張っていきたいと思います」
 岩政はこのように公言した。つまり、代表23人の中での役割を理解し、その役目を全うすることを宣言したのだ。これまで岩政は、周囲と選手たちとの連係を大切にすることで守備組織を構築してきた。鹿島でポジションを取ったときは、大岩剛のサポートを受けて自分のやりたいような感覚に合わせてもらい、その後、内田篤人や伊野波雅彦と組んでからは、自分の感覚を彼らに伝えすり合わせる作業を何度となく行ってきた。そうやって意思を統一することで、クラブチームでは安定的なパフォーマンスを発揮してきたのである。
 しかし、代表チームでは岩政の個性に周囲が合わせるのではなく、岩政が周囲に合わせなくてはならない。その感覚がつかめないまま終わってしまったのが、代表を外れるきっかけとなった2月の韓国戦だったのだ。今度こそ、同じことを繰り返さないようにしなければならない。そして、そのことは岩政を大きく成長させるはずだ。

 数年前から契約している個人トレーナーからは、当初「メッシくらいなら止められるはず」と励まされてきた。ただし、それはメッシがまだまだ売り出し中だったころの話。ストライカーとして覚醒(かくせい)した今となっては、「ちょっと無理かも」とトーンダウン。それを聞いて、岩政も笑っていた。ただ、彼が目標としているのはそのレベルの選手たちと対等に戦うということだ。
「日々の努力というのは、決してW杯のためだけにやってきたのではなく、毎週毎週の試合、鹿島で結果を出すためのもの。ただ、その延長線上に世界と戦うということを意識してやってきました。もちろん、この後もサッカー人生は続いていくんですけど、あまり先を見ていても仕方ないので、常に自分の前にある結果に対して、まずW杯で結果を出していきたいと思います」

<了>
岩政大樹
Daiki IWAMASA [鹿島アントラーズ] DF
1982年1月30日生 187cm/76kg
・前所属チーム:岩国高−東京学芸大
・Jリーグ初出場:2004/04/04 2004Jリーグ ディビジョン1 1stステージ 第3節 鹿島(vs名古屋@カシマ)
・Jリーグ初得点:2004/06/19 2004Jリーグ ディビジョン1 1stステージ 第14節 鹿島(vs磐田@カシマ)


提供:ISM

田中氏のコラムである。
岩政について語っておる。
とはいえ、これまでの記事の集大成であり、新しい情報は少ない。
〆の岩政のコメントのみと言っても過言では無かろう。
しかしながら、このコメントには重みがあり、今後の彼のサッカー人生を象徴しておると言えよう。
一つ一つ積み重ねることの重要性を説いておる。
我等も岩政を見習い、日々を一つ一つ積み重ね、大いなる目標を成し遂げたい。
結果は後世の歴史家に語らせればよいのである。

韓国代表 日本戦

イ・ジョンスは完封に貢献。
しかし、相手が弱かっただけである。

イ・ジョンス、定位置を狙う

サッカー:鹿島・李&京都・郭、韓日戦でアピールなるか
センターバックで早々に「合格」の趙容亨、コンビを組むのは?
 24日に行われるサッカーの韓日戦は、代表DF陣にとっては貴重な実践の機会となる。「ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会のギリシャ戦(6月12日)までに、強化試合は3試合しかない。これからはベストメンバーでDFの組織力を完成させなければ」と関係者は口をそろえる。許丁茂(ホ・ジョンム)監督も、FW陣では多様な組み合わせを試すが、DFの方は連携プレー自体を完成させていきたいとの思いがある。

 センターバックは趙容亨(チョ・ヨンヒョン)=済州=がメーンとなる。趙容亨は許監督の就任後、最多となる30試合に出場し、4バックの真ん中の席を早々に確定した状態だ。2008年10月のアラブ首長国連邦(UAE)戦で相手FWに球を奪われ1点を許すなど、ミスも何度かあったが、W杯が近づくにつれ安定感が増している。

 許監督は、趙容亨について「クレバーな頭脳プレーでピンチを防げる選手」と評価。すでにレギュラーの座が約束されたようなものだ。

 センターバックで趙容亨とコンビを組むDFとして、李正秀(イ・ジョンス)=鹿島=と郭泰輝(クァク・テフィ)=京都=が激しいライバル争いを繰り広げている。これまでのところ、趙容亨−李正秀のコンビの方が結果がいい。許監督就任後、趙容亨−李正秀コンビは12試合で5失点(1試合平均0.4失点)、趙容亨−郭泰輝は5試合で7失点(同1.4失点)という成績だ。李正秀はスピードが、郭泰輝は空中戦に強い点がそれぞれ評価されている。

 左サイドバックの李栄杓(イ・ヨンピョ)=アル・ヒラル=も韓国DF陣の要だ。2002年、06年と2大会連続でW杯に出場した李栄杓は、豊富な経験とずば抜けた実力で、DFの中心的役割を担う。

 一方、右サイドバックの座をめぐっては、呉範錫(オ・ボムソク)=蔚山=と車ドゥリ(チャ・ドゥリ)=フライブルク=がしのぎを削る。どちらが本大会行きの切符を手にするのか、韓日戦での出来次第で運命が分かれそうだ。


さいたま=チャン・ミンソク記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版


韓国代表のレギュラーを狙うイ・ジョンスである。
スピードの有るCBとして世界に名を轟かせて欲しい。
鹿島が誇るアジアの壁として羽ばたくのだ。
期待しておる。

J'sGOAL4月期MIPは田代

J1 4月度 J'sGOAL月間MIP(5月14日発表)
山形は初めての移籍先。そのフィット感が心配されたままシーズンインした田代有三選手が存在感をフルに発揮し始めたのが4月だった。リーグ4戦3勝。4月に挙げた3得点すべてが決勝ゴールとしてチームを勝利に導いている。

この時期の田代選手のゴールで特徴的なことがある。1つは、拮抗した試合でたたき出しているということ。1-0と勝利した第5節・広島戦では74分、2-1と逆転した第8節・京都戦のゴールはロスタイム。ここ一番での勝負強いゴールは、味方を勇気づけ、相手に大きなダメージを与えた。
2つ目は、山形らしいオートマチックな流れから生まれていること。広島戦の得点はGK清水健太選手からのビルドアップで全体を押し上げ、最後はクロスに飛び込んだ。昨年の山形ではよく見られていた得点パターンだったが、そのフィニッシャーとして田代選手がしっかりと役割を果たした意味は大きい。3月最後に古巣・鹿島から挙げた移籍後初得点は増田誓志選手との2人の関係でつくったものだが、この広島戦のゴールこそ、山形のエースとして名乗りを挙げた瞬間だった。
3つ目としては、3月の鹿島戦のゴールも含めた4得点すべてが右クロスからの得点であること。これはサイドハーフを中に入れてサイドバックを押し上げる今季のチーム戦術が表れた形だが、特に右サイドバック宮本卓也選手との相性がいい。宮本選手のクロスはけっして速くはないが山を越えてピンポイントで落ちてくることで、得点シーン以外でも空中戦を得意とする田代選手が合わせるケースが多い。また、利き足の右足をそのまま振り抜けるという部分でも右からのクロスが得点につながっている面もあるようだ。 シーズン当初は、昨年までの山形の戦い方と、自らの特長である高さや飛び出しといったプレースタイルの狭間で思うようなプレーができずに苦悩する日々が続いた。しかし、そこで自分のエゴを前面に押し出すことをせず、山形の戦術やスタイルを理解しようと、チームメイトとコミュニケーションを取ったり昨年の試合映像を観るなど、地道な努力が実を結んだ。田代選手のゴールでチームが蘇生し、田代選手自身も自信を得て存在感をさらに増す。好循環のなかで生まれたのが4月の3得点だった。
得点以外の部分でも、ロングボールに競り勝つことで高い位置で起点をつくれるなど、昨年にはないストロングポイントをチームにもたらしてもいる。
田代選手のいない山形は、もう考えられない。

Reported by 佐藤円

山形へレンタルしておる田代有三がJ'sGOALの4月期MIPに選出されておる。
田代の実力を考慮すれば当然と言って良かろう。
高さばかりがクローズアップされる田代であるが、得点力の方に注目すべき選手なのである。
中心選手としてチームを組めば必ず結果を残すと信じておった。
このまま得点を重ね、来季は鹿島への帰還を果たして欲しい。
しかしながら、山形としては田代抜きのチームは考えにくかろう。
ここは田代の悩みどころである。
じっくり悩んで結論を出すが良い。
我等は田代の考えを尊重するであろう。
共に有るか袂を別つか、運命の分かれ道である。

変わらぬ篤人

「普段通り…」内田篤人は笑って言った
2010年5月22日

<内田篤人:取材後記>

 イケメンで日本代表のレギュラー、鹿島ではリーグ3連覇に貢献。世の中がうらやむ状況にもかかわらず、内田篤人(22)は素朴な部分を変えずに歩み続けている。「普段通りです。それが大事だと思います。変わったって言われるのは嫌ですからね」と笑顔を浮かべる。
 07年夏のこと。田方FC(現田方トレセン)が茨城県鹿嶋市に遠征をした。恩師の佐藤文昭氏は、その時のことを回想する。「1時間ほど予定より早く鹿嶋市についたので、アントラーズの練習を見に行くと、篤人がいた。だから、頼み事をしたんですよ」
 頼み事と言うよりは「命令みたいなものです」。暑い中で小学生が試合をするため、ペットボトルの水を近所のスーパーで買いそろえるように内田に依頼したのだ。すると、午後の試合前に、内田はひょっこりと試合会場に現れ「佐藤先生、子供を何人か借りていいですか? 水を運びたいので」とにこり。マイカーに大量の水を詰め、恩師からの「命令」を実行したのだ。

 佐藤氏 その当時から既に有名選手でしたから、周りのチームの親はビックリ。内田選手がなんで田方FCに水をもってくるんだって大騒ぎになりました。でも、篤人はその騒ぎの中、ウチのチームのベンチにも入ってくれた。『お世話になりましたから』なんてことを言っていたけど、彼らしいと思いました。

 有名になっても、人気が出ても自分を見失わず、マイペースを貫ける力。普段着の姿を忘れない限り、内田は着実に成長をしていくだろう。
【菅家大輔】

日刊スポーツで鹿島を担当する菅家氏のコラムである。
篤人の人柄が垣間見られる逸話を紹介しておる。
お世話になった恩師への恩返しを忘れることはない篤人。
我等を惹き付ける魅力はプレイだけでなくこういった振る舞いから溢れ出てくるのであろう。
鹿島を離れドイツへ行って、更に選手として人間として成長していって欲しい。

現時点では鹿島の内田篤人

シャルケ内田「もし戻るなら鹿島に」断言
 ドイツ・ブンデスリーガのシャルケへの移籍が確実な日本代表DF内田篤人(22=鹿島)が、将来的に日本に復帰する場合は鹿島に戻る意向を示していたことが、20日分かった。これまでの移籍交渉の過程で鹿島側に伝えていたことを、鹿島関係者が明かした。

 鹿島側もリーグ3連覇に貢献した右サイドバックの新天地での成功を期待している。その上で、同関係者は、万が一と強調しながらも「もし日本に戻るようなことがあれば、鹿島でと言ってくれている」と明言した。左太もも裏炎症で16日のリーグ名古屋戦を欠場した内田は、20日まで休養。21日、日本代表合宿に参加する。

 [2010年5月21日8時41分 紙面から]

既に「シャルケ内田」と報じられる篤人である。
確実とはいえ、内田篤人は現時点では鹿島の所属選手である、このような扱いは避けて欲しいところ。
我等としては、篤人に対して特別な思いもある。
メディアはこういった気持ちを踏みにじるような行為をしてはならぬと言えよう。
その気持ちを汲んだのか、篤人自身は「日本に戻るのであれば鹿島」と明言したとのこと。
このようなリップサービスも嬉しいものである。
しかしながら、海外移籍をチャレンジと位置付けず、ステップアップと考えて欲しい。
だからこその完全移籍なのである。
日本へ戻ってくるようなことなど無いと言い切って良い。
その方が後ろ髪引かれることなく、気持ちを吹っ切れるのである。
ドイツで成功せよ、更なる高みへ駆け上がれ。
遠く日本の地から影ながら応援したい。

合宿でフィジカル強化

鹿島が今季も「地獄の福島合宿」を実施
 鹿島が今季も「地獄の福島合宿」で中断明けに向けた体力強化を図る。20日までに6月中のスケジュールを発表し、6月21日から6日間の日程で福島・Jビレッジでの体力強化合宿を実施することになった。2月の宮崎合宿で培った体力を、暑さとの戦いとなる夏に備え再構築することが狙い。ボールなどを使うメニューはあるものの、基本的には走り込みが中心となる見込み。17日から6月6日までは完全オフ、7日から練習が再開されるが、リーグ4連覇に照準を定める王者が自らを徹底的に追い込む。
 [2010年5月20日22時46分]

福島合宿はフィジカル強化中心の練習になるとのこと。
ここで十分に体力を貯金し、後半戦へ備えたい。
苦手な夏場を越えると、9月からはナビスコ杯も待っておる。
国立で行われる決勝戦を目指して、心身共に強化し久しぶりにこのタイトルを狙いたい。
頼家は武藤七郎某により殺された。

篤人、韓国戦欠場か

内田左太もも炎症で韓国戦出場が微妙に
 W杯日本代表DF内田篤人(22=鹿島)の24日韓国戦出場が微妙になってきた。内田は16日のリーグ名古屋戦を左太もも裏の炎症で欠場。肉離れまでは至っていないが、17日の検査では1週間程度の休養が必要と診断された。既に鹿島と代表のドクター同士で情報交換をしており、日本協会関係者は「状況次第だが、日韓戦は大事を取ることになるかもしれない」と慎重な姿勢を示した。
 [2010年5月20日8時54分 紙面から]

内田、韓国戦欠場も…左太もも裏の回復優先
 南アW杯へ出場する日本代表DF内田が、W杯前国内最終戦となる韓国戦(24日・埼玉)を欠場する可能性が出てきた。12日にホームで行ったACL、浦項(韓国)戦で痛め、17日に都内の病院でMRI(磁気共鳴画像装置)検査を受け、左太もも裏の炎症で全治1週間程度と診断。鹿島関係者が「肉離れのほんの一歩手前だった」と明かした。

 岡田武史監督はW杯へ向け、韓国戦を含む親善試合3試合で、チームを完成させる青写真を描いている。W杯初戦、カメルーン戦(6月14日)まで時間があるとはいえ、岡田ジャパン不動の右サイドバックとして君臨する内田が欠場するとなれば、影響がないとは言い切れない。21日から始まる日本代表合宿では別メニュー調整、加療などで回復を優先させる見込みだ。

(2010年5月20日06時02分 スポーツ報知)

J1鹿島 内田、左太もも裏炎症で韓国戦も微妙
2010/05/20(木) 本紙朝刊 スポーツ A版 6頁
 南アフリカW杯日本代表、Jリーグ1部(J1)鹿島のDF内田篤人が、左太もも裏炎症のため、24日に埼玉スタジアムである韓国代表との試合は欠場の可能性が出てきた。
 内田は16日の名古屋戦を欠場。17日に都内でMRI(磁気共鳴画像装置)による検査の結果、肉離れはないものの、全治1週間程度の「左太もも裏炎症」と診断された。21日から日本代表合宿が始まり、今後は代表ドクターと話し合いながら出場を判断するが、「筋肉系のけがなので、悪化する可能性もある。W杯本番前で、韓国戦は慎重に判断する必要がある」と鹿島関係者は話している。


日本代表の篤人が韓国との親善試合を欠場する可能性があるとのこと。
これは、致し方のないところであろう。
万全な体調でシャルケ移籍をするためにも、ここは休養した方が良い。
我等はドイツでも輝く篤人を観たいのである。

プレシーズンマッチ JEF戦開催

鹿島、千葉と対戦 7月3日、ひたちなか
2010/05/19(水) 本紙朝刊 スポーツ A版 6頁
 Jリーグ1部(J1)鹿島は7月3日、同2部(J2)千葉とひたちなか市総合運動公園陸上競技場でプレシーズンマッチ(午後4時キックオフ)を行う。
 W杯による約2カ月の中断期間中、鹿島は17日から3週間のオフを挟んで6月7日に練習再開、21日〜26日に福島合宿を行う。
 7月14日のリーグ戦再開に向け、実戦を通して連携の確認を図る予定だ。


7月のリーグ戦再開前にJEFとのプレシーズンマッチが開催されるとのこと。
これは嬉しい。
先日の名古屋戦で中断に入り、およそ二ヶ月間も鹿島の試合から離れる我等にとって、この試合は砂漠に落ちた一滴の水である。
この水を求めて、ひたちなかに向かいたい。
篤人が去った後の右サイドは新井場なのか、當間を抜擢するのか、笠井健太であるのか。
本山が先発復帰するのか、ガブさんなのか、ヤスなのか。
船山や大迫の起用はあるのか。
など、興味は尽きぬ。
夏の午後、いつもとは異なるスタジアムで声を出していきたい。

篤人、交渉難航か

内田シャルケ移籍、鹿島はW杯前に決着を
2010.5.19 05:00
 J1鹿島の鈴木強化部長が18日、ブンデスリーガ・シャルケへの移籍が決定的な日本代表DF内田について、「W杯前には、はっきりさせてあげたい」と最終交渉を進めていることを明らかにした。左太もも裏の炎症で16日の名古屋戦に出場しなかった内田は、翌17日に精密検査を受けたことも明かし、「今週休めば大丈夫」とW杯へは問題がないことを改めて強調した。(都内)

名古屋戦欠場の内田 W杯への影響なし
 左太腿裏の違和感を訴えて16日の名古屋戦を欠場した鹿島の日本代表DF内田が、17日にMRI検査を受けた結果「左太腿裏の炎症」と診断された。

 当初は軽症と見て検査はしない方針だったが、W杯も控えているため大事を取って検査を受けた。チーム関係者によれば「肉離れまではいってないし、1週間ほど休めば治る」と症状は悪化しておらず、W杯への影響はなさそうだ。

[ 2010年05月19日 ]

移籍へ秒読みの篤人である。
しかしながら、5月21日までに正式決定するとの報から、「W杯までにはっきりさせてあげたい」とのコメントにトーンダウンしておる。
交渉が難航しておるのであろうか。
であれば、破談になって欲しいという気持ちを抑えることは出来ぬ。
このまま残留してくれたら、と何度思ったことか。
とはいえ、高いレベルでのプレイを望む篤人の気持ちを踏みにじるのは、ファンとしてあるまじき行為であろう。
ここは気持ちをグッと抑え、快く送り出したい。
少しでも早く、負傷を直し、ドイツで活躍して欲しい。
そう思う日々である。

岩政、、今後も飛躍を

岩政選手を応援 岩国にも幕 '10/5/18
 山口県周防大島町出身で岩国高卒のJ1鹿島アントラーズのDF岩政大樹選手(28)のワールドカップ(W杯)日本代表入りを祝う横断幕や懸垂幕が17日、岩国市内2カ所に掲げられた。岩国市サッカー協会と岩国高サッカー部OB会が企画した。

 山手町の中央フード山手店には横6メートル、縦90センチの布地の横断幕が張り出された。「サッカー日本代表選出おめでとう」と書かれ、買い物客らの注目を集めている。

 懸垂幕は縦7メートル、横1・3メートルで交通量の多い元町の交差点に面した4階建てビルに掲げた。OB会の森重幸寿会長(55)は「W杯での活躍はもちろん、今後も飛躍を」と期待していた。



【写真説明】岩政選手の代表選出を祝う横断幕

故郷に応援される岩政である。
我等も同様に応援したい。
1秒でも良いので出場を果たして欲しい。
それが望みである。

篤人、左太もも裏の炎症

J1鹿島:内田、左太もも裏に炎症…関係者「肉離れない」
 J1鹿島は18日、日本代表DF内田篤人(22)が、左太もも裏の炎症と診断されたことが分かった。内田は16日の名古屋戦を欠場し、17日に検査を受けた。鈴木満強化部長は「肉離れはない。1週間ぐらい休めば良くなると思う」と話した。

篤人は肉離れではなく炎症であったとのこと。
1週間休むとなると、鹿島での自主トレは無かろう。
残念である。
とはいえ、篤人のサッカー人生は続く。
遠く地の果てで活躍してくれたら嬉しく思う。

岩政、選手総会出席

岩政 選手会長の任務重視で総会出席

J選手会総会に出席した鹿島・岩政
Photo By スポニチ


 日本代表DF岩政が、都内でJリーグ選手協会の総会に出席した。W杯メンバーは休養期間中だが、鹿島の選手会長としての任務を重視した。

 会の最後には藤田会長ら各クラブの出席者からエールを送られ、「やっとW杯に気持ちを向けられる」と引き締まった表情で話した。21日から長期合宿に入るだけに「今までは集まってすぐ試合だったけど、今回は腹を割って話していきたい」と連係面の成熟に努めていく考えだ。

[ 2010年05月18日 ]

岩政、W杯に向け選手同士「腹割って」和を深める!
 日本代表DF岩政大樹(28)=鹿島=が17日、W杯へ向け、チームの「和」を深めていく考えを明かした。同日、都内で各クラブの代表者約90人を集めて行われたJリーグ選手協会総会に出席。「これまでは(W杯メンバー生き残りへ)競争の部分があった。代表から離れれば敵同士だし、手の内をさらけ出せなかったけど、これからは腹を割って話す。1つの大会に向け、チームは1つになっていく」と語った。

 この日は鹿島で選手会副会長を務めるDF内田(鹿島)も出席予定だったが、左太もも裏の痛みを抱えていることなどから「オレ1人で行くから休んどけ」と気遣い。W杯メンバーで唯一の出席者となり、総会ではメンバーを代表して「頑張ってきます」と決意表明した。3日間のオフは散髪、歯科医、買い物など「分刻みの予定」をこなし、代表集合の21日に備える。

(2010年5月18日06時01分 スポーツ報知)

Jリーグ選手協会総会に出席する岩政である。
リーグ戦が中断に入り、W杯へ気持ちを高ぶらせておる様子。
鹿島を代表して南アフリカへ行く以上、それなりに結果を残してきて欲しい。
セットプレイからのヘディングシュートの一つでも構わぬ。
暗黒の日本代表に於ける、我等が希望の星なのである。
期待しておる。

篤人、21日に練習再開

内田 21日の代表合宿から練習再開
 左太腿裏の炎症で16日の名古屋戦を欠場した日本代表DF内田は、Jリーグ選手協会の総会を欠席した。

 当初は鹿島の副会長として岩政とともに出席する予定だったが、「どちらか1人が出席すればいいということだった」(岩政)ため出席を見送った。左太腿裏のケガについても検査を受ける予定はなく、21日の代表合宿初日から練習を再開する方針だ。

[ 2010年05月18日 ]

Jリーグ選手協会総会を欠席した篤人である。
負傷もたいしたことはなく、代表の合宿には合流する模様。
ただ、合宿以前に自主トレを行う予定はなく、鹿島での勇姿は霞と消えた模様。
これは少々ガッカリである。
とはいえ、内田篤人という選手が地球上から消え去るわけではない。
元気でやってくれればと、心から思うのである。
北条政子本人の与り知らないところで発令された政子名義の頼家討伐令が三浦に下された。

名古屋戦報道

鹿島内田は左ふともも違和感で欠場/J1
<J1:鹿島4−1名古屋>◇第12節◇16日◇豊田ス

 鹿島のDF内田篤人(22)はベンチ入りしたものの、左太もも裏違和感のため出場しなかった。ドイツ・ブンデスリーガのシャルケ移籍が基本合意しており、16日の一戦が「鹿島最終戦」だったが、ピッチで勝利を味わえなかった。

 12日のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)決勝トーナメント1回戦浦項戦で違和感を訴え、名古屋戦出場を前提に調整を続けていたが、16日の試合前のミーティングで「90分間出場する自信がない」とオリベイラ監督に伝えて先発落ち。石井チームドクターは「W杯もある。無理せず大事を取った」と説明した。「W杯には影響ない」と内田は言い切ったが、悪化すれば肉離れにつながる可能性もあるという。不動の右サイドバックの回復が遅れれば、岡田ジャパンも窮地に陥ることになる。

 [2010年5月17日9時48分 紙面から]

鹿島興梠が決勝弾、本山も復帰即G/J1
<J1:鹿島4−1名古屋>◇第12節◇16日◇豊田ス

 鹿島が名古屋に圧勝した。前半44分にMF野沢拓也が先制すると、1度は同点に追いつかれたものの、後半8分にFW興梠慎三が決勝点となるゴールを奪った。その後は前がかりになる名古屋に対し、得意のカウンターで対応。2月に椎間板(ついかんばん)ヘルニアの手術を受け、この日途中出場で復帰したMF本山雅志も躍動。後半46分には巧みなミドルシュートで復帰即ゴールを突き刺した。本山は「昨日の練習後、監督に『行けるか』と聞かれたので、『ハイ』と答えました。ある程度、きちんとやれたと思う」と笑顔で話していた。

 [2010年5月16日19時39分]


名古屋対鹿島 後半8分、勝ち越しゴールを決め喜ぶ鹿島FW興梠

鹿島・内田、出番なし…国内ラスト!?
2010.5.17 05:01
 J1第12節第2日(16日、名古屋1−4鹿島、豊田ス)ブンデスリーガ・シャルケへの移籍が決定的な鹿島の日本代表DF内田は、左太もも裏に違和感があるため、ベンチ入りしたものの出番はなかった。鹿島でのラストゲームとなる可能性が濃厚だったが、「ビクビクプレーしてもチームに迷惑をかける」と内田。最後はスタンドのファンへ深く一礼。南アW杯への影響は「全然大丈夫」と視線を切り替えた。


名古屋−鹿島 後半24分、3点目を決める鹿島・マルキーニョス=豊田スタジアム


名古屋−鹿島 前半44分、先制ゴールを決める鹿島・野沢(8)=豊田スタジアム


名古屋−鹿島 後半、鹿島・興梠(右)と競り合う名古屋・闘莉王=豊田スタジアム


名古屋−鹿島 後半、名古屋・吉村(左)と競り合いながらパスを出す鹿島・小笠原=豊田スタジアム


名古屋−鹿島 前半、ヘディングで激しく競り合う鹿島・岩政(右)と名古屋・ケネディ=豊田スタジアム


名古屋−鹿島 後半8分、決勝のゴールを決めて駆けだす鹿島・興梠=豊田スタジアム


落選、ACL敗退も…興梠華麗にVゴール

<名古屋・鹿島>後半8分、興梠は決勝ゴールを決め喜ぶ
Photo By スポニチ

 【鹿島4―1名古屋】W杯日本代表メンバーから落選した鹿島のFW興梠が決勝ゴールを含む1得点1アシストの活躍を見せた。

 1―1の後半8分、FWマルキーニョスのクロスを右足で合わせ、5試合ぶりのゴールを決めた興梠は「目の前にあるタイトルはJリーグだけ。今は残されたタイトルを獲りたいという気持ちが強い」と力を込めた。ACL敗退のショックも一掃しチームを3位に押し上げた。

[ 2010年05月17日 ]

内田、大事取り国内最終戦欠場…鹿島
 ◆J1第12節 名古屋1―4鹿島(16日・豊田スタジアム) ブンデスリーガ・シャルケ04に移籍することが確実な日本代表DF内田=鹿島=は移籍前最終戦となる名古屋戦でベンチ入りしたが、出場しなかった。ACL浦項戦で左太もも裏に違和感を覚え、「昨日まで出る気満々だったけど、監督と相談して決めた」と大事を取った。試合後は別れを惜しむかのようにサポーターに手を振っていた。
(2010年5月17日06時01分 スポーツ報知)


勝ち越しゴールを決めた鹿島・興梠はフェリペガブリエルに抱き上げられニッコリ

篤人は左太もも炎症であったとのこと。
ラストマッチの出場を期待して豊田スタジアムに集まった者も多かったであろうが、それ以上に出場を断念した篤人の方が無念であったであろう。
気持ちを察しておきたい。
そして、ゲーム中に送った我等の声援も届いたと思われる。
チームの勝利と共に篤人の気持ちも晴れたのでは無かろうか。
これで、鹿島での篤人のプレイは最後となるであろう。
世界で、ドイツで羽ばたいて欲しい。
楽しみにしておる

名古屋戦コメント

2010Jリーグ ディビジョン1 第12節
vs名古屋グランパス

鹿島アントラーズ:オズワルド・オリヴェイラ監督
名古屋というチームは選手の質も高いし、厳しい試合になると思っていた。その相手に勝てたことは非常に嬉しい。(監督に就任して)4年目ということで大きな目標を持って臨んだが、(アジア制覇という)最初の目標を失ってしまった。だが私も選手たちも次の目標を目指して全員でやろうと全員が思っていた。それをプレーで示すことができた。相手のウイークポイントを考えると我々の(マルキーニョス、興梠の)2トップの機動性を生かそうと思って試合に臨んだが、2人はクレバーなのでうまく実行してくれた。

2010年 5月16日(日)

本日行われたJ1第12節名古屋戦は、本山選手の1ゴール1アシストの活躍などで4-1と快勝しました。

【J1:第12節 名古屋 vs 鹿島】オズワルドオリヴェイラ監督(鹿島)記者会見コメント(10.05.16)
5月16日(日) 2010 J1リーグ戦 第12節
名古屋 1 - 4 鹿島 (16:03/豊田ス/34,098人)
得点者:44' 野沢拓也(鹿島)、46' ケネディ(名古屋)、53' 興梠慎三(鹿島)、69' マルキーニョス(鹿島)、90'+1 本山雅志(鹿島)

●オズワルドオリヴェイラ監督(鹿島):

Q:内田選手を使わなかった理由と、彼の移籍はチームにとって大きいのか。
「若い選手が移籍するということは非常に喜ばしいことであって、クラブがそれだけ若い選手あるいは質の高い選手を育てることができたという、ひとつの評価基準にもなります。ただ、チームとしてはダメージはあります。あれだけの能力を持った選手ですので。今後どうやって補っていくのかという部分で取り組んでいきたいと考えております。
彼の欠場に関しては、ACLと平行した戦いの中で彼がどうしても疲労がたまっていたからです。我々はもう一緒に仕事をして4年目になりますけど、彼に聞けばおそらく『大丈夫です、いけます』と答えると予想した中で、本人と話をしました。そこで彼も正直不安はあると。今日はグランパスという高い能力あるいは質を持ったチームが相手ということで、今日みなさんが見たとおり、かなりの負担があるわけです。そこで今小さな違和感がある中でこれだけタフなゲームをすれば、大きなケガになる可能性があった。代わりの選手はいるので、より良い判断をしました。これからワールドカップもありますし、日本代表のことも考えないといけない。打撲系のケガならば状態によってはすぐに回復しますけど、筋肉系のケガはどうしても時間を要するもの。いろんな方々にも迷惑がかかるし、彼にワールドカップで活躍してほしいという考えも私にはあります。そういった話し合いの中で決まったことでした。これから移籍が決まるかどうかはまだわかりませんけれども、本人の気持ちとしては最後の試合に出たいという意志は感じました。しかし先のことも考えて、マネジメントを本人と話し合って決めました」

Q:後半、時間を追うごとに鹿島のペースになりましたが、どのような作戦だったのでしょう?
「我々は2つの大会を平行して戦っているので、今回は中3日というところのマネジメントをしなければいけなかった。特に前半に関しては、私は選手たちにマネジメントすればいいと言いました。そして後半のある程度の時間になれば、相手はホームで勝ちたいので徐々に前に出てくるようになる。そこで大きなスペースを空け始めるのだから、その時間まで我慢していけばいいと言いました。幸運にも前半の終わりで得点ができて、後半の最初には残念ながら失点してしまいましたが、後半はどうしても相手が前に出始める。こういった高いレベルの選手が揃っているチームとなると、誰が出てもおかしくなく、ベンチの選手を出すことでやり方を変えることもできる。名古屋はそれだけのオプションがあるチームなので、我々は頭を使って自分たちの消耗度とバランスをとってやらなければいけなかった。後半、相手が出てくる時間は待っていれば来る。彼らは勝ちたいという意欲が高まったことで、スペースはできる。心理的な部分で我々が我慢して、そのスペースを確実に使っていけばいいというのは戦法として考えていました。それがうまくできたのではないかと思います」

Q:去年のグランパスと、大型補強をした今季のグランパスの印象の違いを教えてください。
「非常に高い質の選手を各ポジションに2〜3人揃えるチームであり、誰が出ても遜色のないほどの戦力を整えているチームです。また途中、ベンチから選手を送り込んでやり方を変えることができるようにもなっています。ですから普通に真っ向から戦っていこうとすると、おそらくかなりの痛い目にあうと思います。本当に頭を使って抑えどころをきちんと抑えてやらなかったら、厳しい試合展開になる相手ではないかと思っています」


以上

【J1:第12節 名古屋 vs 鹿島】試合終了後の各選手コメント(10.05.16)
●岩政大樹選手(鹿島)
Q:リーグ中断前の試合を勝った感想は?
「相手も強いですから厳しい戦いになりましたけど、結果的に勝ててよかったです。鹿島にはやっぱりACLの疲労もあったので、うまくコントロールしていこうと監督も含めて話していたんですが、その通りにできた」

Q:名古屋のオーストラリア代表ケネディ選手との空中戦は、ほぼ勝っていました。
「うまく対応できた場面もあったと思いますし、少し自信になった部分もあります」

Q:前半をコントロールしていこうという中で、闘莉王選手へのチェックは厳しかった。あれは監督の指示ですか?
「監督の指示です。闘莉王はある程度抑えようと。まあどこのチームも思っていることだとは思いますけど」

Q:闘莉王のパス出しを抑えに行ったんですか。それともDFラインのビルドアップを抑えに行ったんですか?
「両方ともです。ある程度、後半勝負に持ち込めたらという話はありましたね」

Q:それでも試合開始直後はプレスに行っていましたね。
「それはウチの決まりごととして。あとは、相手の出方を含めです。流れの中で厳しそうだったら後半勝負というだけで、最初から後半勝負のつもりで行ってるわけじゃない。流れの中で、ある程度向こうが押しこんできたら、落ち着いて0−0でいいということ。その場合には、後半に持ち込もうと話をしていました。
前半の終わりに1点取れたのはよかったですし、2点目が大きかったです。常に先手先手を取れていれば、勝てる自信はあったので」

Q:W杯メンバー発表後の試合ということで、意気込みはいかがだったのでしょうか?
「発表に関してどうこうというのは、この試合にはまったくなかった。前半戦、厳しい日程の中でフルに出場することができたので、今日それを途切れさせないように、W杯が決まったからってそれが途切れるのは嫌なので。しっかり自分の仕事を90分やり遂げることだけを考えていました。
日本代表では、チームとしてベスト4という目標があるので、それに向けて戦いは長いですけど、ひとつひとつ勝っていきたいと思います。チームの一員としてしっかりと、自分の役割を果たしていけるように頑張りたいです」

Q:守備面での活躍が期待されています。
「ええ、他の選手たちも素晴らしい選手ばかりですから、自分が足を引っ張らないように頑張りたいと思います」


[ J1:第12節 名古屋 vs 鹿島 ]

スライディングでインターセプトをする岩政大樹(鹿島)。1失点するが、ケネディをはじめとする強力名古屋攻撃陣に自由を与えず、ワールドカップ南アフリカ大会の日本代表メンバーに選出された力を見せつけた。

[ J1:第12節 名古屋 vs 鹿島 ]

先制点が欲しい鹿島は前半終了間際の44分、左からのクロスを興梠慎三がヘッドで落とし、そこに走りこんだ野沢拓也が決め先制に成功する。
野沢はリーグ戦3試合連続のゴールとなった。

[ J1:第12節 名古屋 vs 鹿島 ]

1点をリードする鹿島は、69分本山雅志のスルーパスからマルキーニョスが抜け出しGKとの一対一を落ち着いて決め、貴重な追加点をあげる。

[ J1:第12節 名古屋 vs 鹿島 ]

今季初出場で1ゴール1アシストと大活躍の本山雅志(鹿島)。怪我に苦しみながらも復帰戦で結果を出した。
試合も鹿島が4-1で名古屋を下し、順位を3位に上げた。
写真は本山を祝福する鹿島の選手たち。


名古屋に関しては豪州代表のFWと日本代表のCBを抑えれば何とかなったということである。
キーマンは岩政であった。
結果は周知の通りであろう。
この試合を機に前に進みたい。

Jリーグ第12節 名古屋グランパス戦

やはり本山は格が違う。

篤人、ラストマッチ

J1鹿島きょう名古屋戦 内田、移籍前最後の公式戦
2010/05/16(日) 本紙朝刊 スポーツ A版 5頁
Jリーグ1部(J1)第12節最終日は16日、各地で4試合を行い、鹿島は豊田スタジアムで名古屋と対戦する。キックオフは午後4時。ワールドカップ(W杯)による中断前最後の試合は、アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)敗退から切り替えを図る意味でも落とせない。独シャルケ移籍前、鹿島での最後の公式戦となりそうな内田は「アウェーでも絶対に勝ち点3を取る」と勝利を誓う。今季通算成績は5勝3分け2敗、勝ち点18で暫定5位。


【写真説明】
シャルケ移籍前最後のクラブ公式戦となる名古屋戦へ向け、シュート練習でクロスボールを送る内田=クラブハウスグラウンド


いよいよ篤人のラストマッチである。
必勝せねばなるまい。
気持ちの高ぶりを抑えることが出来ぬ。
篤人よ、最後の力を見せてくれ。
頼家は修善寺で北条を呪うのであった。

篤人、ドイツ語習得中

内田 ドイツ移籍へ着々?中田から“変な言葉”習う
 ドイツ・ブンデスリーガのシャルケへの移籍が決定的な鹿島の日本代表DF内田が、ドイツ語の習得に乗り出した。

 MF中田は「バーゼル(スイス)時代はドイツ語を使っていたから、簡単なあいさつと変な言葉を教えたよ」とニヤリ。移籍に向けて着々と準備を進めている様子だ。また、この日はW杯前最後となるチームでの練習とあり、約300人のサポーターが内田のサインを求めて殺到。約40分かけて一人一人に丁寧にサインした内田は名古屋戦に向けて「闘莉王さんが入ってより高さが増した。でもしっかりやることをやりたい」と意気込んでいた。

[ 2010年05月16日 ]

ユダから言葉を教わる篤人である。
変な言葉とはどのような言葉なのであろうか、非常に気になる。
また、篤人がドイツ語を操る姿も想像するだけで楽しい。
早く言葉を覚えてチームに馴染んで欲しいところ。
シャルケで羽ばたきCLを制するのだ。
我等も気持ちを切り替えて、来年こそアジアを制したい。
イッヒ リーベ。

篤人と大道

2010年 5月15日(土)

チームは明日行われる名古屋戦へ向け、練習を行いました。試合前日恒例のボール回しでは、同世代の内田・大道コンビがとても楽しそうに取り組んでいました。

同期入団の篤人と大道である。
良い笑顔で練習しておる。
篤人がこの練習着の袖に腕を通すのは今日が最後となろう。
今まで良い夢を見させてくれた。
その篤人が、「サッカーセンスならば同期の3人の中では最も上」と評した大道も元気である。
怪我に泣かされトップに定着出来ずにおるが、攻撃的MF、CB、ボランチと起用にこなすところにセンスを感じずにはいられぬ。
大道の表情は篤人に安心して移籍してくれと言わんばかりである。
この2ショットを目に焼き付けておきたい。

篤人、鹿島愛

ウッチー“鹿島愛”「日本に戻るなら鹿島」
 シャルケへの移籍が決定的な鹿島の日本代表DF内田篤人(22)が、“鹿島愛”を示した。関係者によると、日本復帰の際には優先して鹿島に戻る契約は含まれていないものの「本人は日本に戻るならまた鹿島に戻ってきたいと話している」という。

 内田はこの日も交渉状況については口を閉ざしたままだったが、鹿島での最後の試合となる16日の名古屋戦に向けて「昨年もACLで負けた後に立て直してリーグ戦で優勝した。だからここが大事だね」と話した。

 現在首位と勝ち点6差の5位で、これ以上離されると来季ACL出場権を獲得できる3位以内が厳しくなる状況。白星を置き土産にすべく持てる力のすべてを出し尽くす。

[ 2010年05月15日 ]

Jリーグ復帰時には鹿島に戻ってきたいと語る篤人である。
とはいえ、関係者からの伝聞であり、遠い未来のことである。
あまりアテにしても良い事は無かろう。
実際に篤人本人が言ったとしても、リップサービスの域を出まい。
更に、2億を超える年俸を払える経済力は無いのである。
篤人に戻ってきてもらえるよう、常にカシマスタジアムを満杯にしたい。
聖地が満員となれば、篤人も再び鹿島でプレイしたいと思うであろうし、経済的にも余裕が出来る。
スタジアムへ集うのだ。
それが我等の課せられた宿題である。

山口ふるさと大使・岩政

岩政選手が島のふるさと大使 '10/5/15
 山口県は14日、サッカーのワールドカップ(W杯)日本代表の岩政大樹選手(山口県周防大島町出身)たち4人に「山口ふるさと大使」を委嘱すると発表した。県のPRを目的に幅広い分野で活躍する県出身者に2008年度から委嘱しており、計30人になる。

 他の3人は、卓球の石川佳純選手(山口市出身)俳優の川野太郎氏(同)脚本家の福田靖氏(周南市出身)。岩国市の錦帯橋や山口市の瑠璃光寺の写真、来年10月の山口国体のPRなどが入った名刺を使ってもらう。

 二井関成知事は同日の記者会見で「情報発信力に期待している」と述べ、岩政選手には「県を挙げて応援しないといけない。ぜひ頑張ってほしい」とエールを送った。


山口ふるさと大使に任命された岩政である。
今後の一挙一動に注目が集まる。
山口県民の視線を一気に浴びて、岩政も力を発揮することとなろう。
長州の力で更なる高みを目指すのだ。
攘夷を狙え。

岩政、高さで勝負

岩政、名古屋ケネディ封じがW杯へ試金石
 鹿島の日本代表DF岩政大樹(28)が16日の名古屋戦で194センチの大型FWケネディを抑え、W杯への試金石とする。カメルーンに191センチのイドリソー、オランダに186センチのフンテラール、デンマークには193センチのベントナーと、敵国に長身ストライカーがそろうだけに、ケネディは格好の相手。「190センチ台の選手は珍しくないし、苦ではない。自由にクロスを上げられないことも大事」と対策をイメージしていた。
 [2010年5月15日9時22分 紙面から]

高さ勝負を挑む岩政である。
ケネディ如き抑えられずして、世界は戦えまい。
明日は完封を目指せ。
高さでは無双であるところを見せるのだ。
期待しておる。

篤人、勝利へ集中

ウッチー、16日“ラスト鹿島”勝利宣言
2010.5.15 05:01
 ブンデスリーガ・シャルケへの移籍が秒読みに入っている鹿島の日本代表DF内田が、クラブでの最終試合になる可能性がある、16日の名古屋戦(豊田)へ闘志を見せた。「今は名古屋戦のことしか頭にない。やっぱりいいチームだし」と現在リーグ2位につける相手を警戒。長身の豪州代表FWケネディのストップを期す22歳は、痛恨のACL敗退でJ4連覇へ集中するチームのためにも、“有終”の勝利を誓った。(鹿嶋市)

移籍が秒読みとなるも、今は名古屋戦に集中する篤人である。
鹿島のユニを着る最後の試合、我等も篤人共に勝利を味わいたい。
チーム一丸となって勝ち点3を得るのだ。
悲願である。

小笠原満男、代表に貢献したい

小笠原困惑、準備意欲も「はっきりして」
 W杯日本代表の予備登録メンバー7人の中に入った鹿島MF小笠原満男(31)が14日、「中ぶらりん」の現状への困惑を表した。茨城・鹿嶋市内での練習後「代表23人から故障者が出た場合、予備登録選手が代わりにメンバー入りするのか、現地にいる帯同メンバーから入るのか、状況次第なんだろうけど、はっきりしてほしい」と話した。

 予備登録された選手全員が抱える思いを代弁した形だ。故障者発生時に備え、7人にはコンディション調整が求められる。だが、現地で故障者が出た場合は移動距離などの問題で、若手中心の帯同メンバー4人(現段階)の中から「昇格」する可能性が高い。小笠原は「準備しなければいけないなら、責任を持って準備する。でも準備したけど、結局帯同メンバーから引き上げるなら、準備する意味がない」と言い切った。

 W杯への思いは変わらないが「本音を言えば、選ばれた23人がケガなく本大会を戦ってほしい」と23人の正代表を尊重。その上で「予備登録でも、チームのためになるなら、それはそれでしっかりやる」と続けた。ナビスコ杯予選のない鹿島は17日から約3週間のオフに入るため「準備することになれば1人でも練習する。そうでなければ、休養を取りたい」と強調した。

 鹿島の鈴木強化部長を介し日本協会側に問い合わせをしたが、明確な回答はないという。「チームに貢献できるなら、その状況になれば、なんでもやるつもりです」。縁の下の力持ちになる覚悟はある。だからこその訴えだった。
【菅家大輔】
 [2010年5月15日9時30分 紙面から]


小笠原 W杯予備登録よりサポメン熱望!

サポートメンバーとしての日本代表帯同を視野に入れる鹿島のMF小笠原
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 W杯南アフリカ大会(6月11日開幕)に臨む日本代表の予備登録メンバーに選ばれた鹿島のMF小笠原満男(31)が14日、日本代表チームに同行するサポートメンバー入りに名乗りを上げた。鹿島が17日から20日間のオフに入るため、予備登録メンバーに求められるコンディション維持が難しいと判断。サポートメンバーとして、21日から始まる日本代表の国内合宿に参加したい意向を示した。

 小笠原のW杯日本代表メンバー入りへの執念は、まだまだ衰えていなかった。この日、鹿島での練習を終えた小笠原は突然、報道陣に対し逆取材を開始した。「予備登録メンバーとサポートメンバーの違いって何?予備登録メンバーは6月1日までにケガ人が出たら入れるってこと?」。報道陣から「1日以降なら予備登録メンバー以外でも入れます」との回答を得ると、自ら切り出した。

 「(W杯メンバーに)選ばれる可能性があるなら一人でも練習をやるし、チームに貢献できるなら何でもやる」。そして「一緒に練習もできるの?」と、21日からスタートする国内合宿に参加したい意向も示した。

 日本代表の合宿に参加できるのは17日に発表される若手中心のサポートメンバー4人だけ。だが、前倒しでサポートメンバー入りが発表されたMF香川(C大阪)が、ドイツ1部ドルトムントへの移籍が決まったことで日本代表に同行することに難色を示し、状況は一変。日本協会の原博実技術委員長も「(若手になるかは)何とも言えない。香川みたいに気持ちが変わってくることもある」と話しており、31歳の小笠原がサポートメンバー入りする可能性も出てきた。

 W杯メンバー入りの可能性に懸ける小笠原がサポートメンバー入りの可能性を探っている背景には、鹿島が17日から20日間の長期オフに入るため、コンディション維持が難しいという事情がある。だが、サポートメンバーに入ることができれば、W杯メンバーとともに合宿で練習ができ、いざという時にもすんなり代表チームにフィットできるメリットもある。

 W杯メンバー23人から漏れた際には「悔しい思いはある。人生はいいことばかりじゃない」と話していた小笠原。それでも「願いたくはないけど、ケガ人が出たときのために準備はしておかないと」と望みは捨てていない。昨季JリーグMVPの切実な思いが届くかどうか。

 ▽予備登録メンバー 11日までにFIFAに登録した30選手のこと。日本の場合は、すでに10日にW杯メンバー23人を発表済みのため、実質的には残りの7人が予備登録選手扱いとなっている。最終登録選手(23人)の提出は6月1日に締め切られるが、それ以前に選手を入れ替える場合は、この7人の中から選ばれる。なお、6月1日以降は、1次リーグ初戦の24時間前まで入れ替えが可能で、規定では予備登録メンバー以外からの入れ替えも可能。

 ▽サポートメンバー 練習パートナーとして21日スタートの国内合宿からW杯本大会まで日本代表に同行する選手のこと。原則としてロンドン五輪世代を中心とした若手から4人が選ばれる見通し。17日に4人全員を発表する予定だが、すでに予備登録メンバーに入ったMF香川(C大阪)が発表されている。なお、香川同様、他の予備登録メンバー6人から新たなサポートメンバーが選ばれる可能性もある。

[ 2010年05月15日 ]

小笠原、W杯予備登録にやる気満々「何でもやりたい」

予備登録メンバーに選出された小笠原は「代表のためになるなら、何でもやる」と宣言

 W杯に出場する日本代表の予備登録メンバーに選出されたMF小笠原満男(31)=鹿島=が14日、オフ返上で代表に尽くす考えを明かした。23人の正メンバーにけが人が出ない限り、選出されない立場だが、「代表のためになるなら、何でもやる」と宣言。MF香川真司(21)=C大阪=らが、サポートメンバーでの遠征帯同に難色を示す中にあって、ベテランが「遠征帯同」「オフ返上練習」を含めて、団結の精神を見せた。

 W杯への炎は消えていない。MF小笠原は「自分の立場さえはっきりしてもらえれば、代表のためになることなら何でもやりたい。メンバーに入る可能性があるのなら、それに備えたい」と語った。鹿島は17日から3週間のオフに入るため、練習相手、場所がなくなるが、「1人になっても、練習する」とオフ返上で日本代表の「万が一」に備える考えを口にした。

 岡田監督はW杯に出場するに当たって、3つのグループを用意した。まずはW杯に出場するメンバー(23人)。そのメンバーにけが人などアクシデントが出た場合、メンバー入れ替えのために、予備登録されるメンバー(7人)。そして、主に23人の練習相手などをこなす目的で、南アフリカまで帯同する若手メンバー(4人=17日発表予定)の3つに分けられる。

 小笠原は予備登録メンバーに入り、有事に備える。ただ、岡田監督はチームが離日(26日)後、メンバー入れ替えを余儀なくされた場合、予備登録からではなく、帯同する若手4人から選ぶ方針。その4人枠はMF香川、DF槙野が難色を示しており、大学生が占める可能性が高い。けが人が続出すれば、アマチュアが正メンバーに昇格する流れ。問題は本当にそうするのか、どうか。

 小笠原は「予備登録でも、メンバー入りの可能性がゼロなら休む。それも大事だから。決してけが人が出ることを望んだりすることはないけど、(けが人が出た場合)予備登録から選ぶのであれば、自分も可能性があるから準備したい。可能性があるのか、ないのか。そこをはっきりしてもらいたい。そして、力になれるのならなりたい」と明かした。

 日本サッカー協会は17日に、日本代表スタッフミーティングを開き、メンバー入れ替えについて、優先順位を決めるという。「フォア・ザ・チーム」の精神で、鹿島をリーグ3連覇へと導いた小笠原。メンバー入りの可能性が残される限り、最後まで代表貢献の道を探る。

 ◆競技場でバンジー 〇…南アW杯には試合以外にも楽しめるスポットがたくさんある。日本の第2戦のオランダ戦(6月19日)を行うダーバンでは、競技場に架けられた巨大アーチから、なんとバンジージャンプができる。地上約90メートル。猛スピードで落下し、頭上のワイヤに沿ってピッチの上を反対サイドまで一気に飛ぶ。大人気の企画で、W杯の試合前後にもジャンプができるよう、国際サッカー連盟(FIFA)と交渉中という。

(2010年5月15日06時01分 スポーツ報知)

曖昧な日本サッカー協会である。
そんな協会に振り回される小笠原満男であるが、出来るだけ日本代表に貢献したいとのこと。
人間的な大きさを感じる。
「人生は良いことばかりではない」
まさにその通りである。
良いこともあれば、悪いこともあるのだ。
その人生で、受け身では無く、自ら良い行いをしようとする小笠原満男に尊敬の念を感じずにいられぬ。
素晴らしき主将と共にこれからも戦っていきたい。

名古屋戦へ気持ちを切り替えろ

鹿島小笠原がACL敗退ショック打ち消す
 鹿島の主将MF小笠原満男(31)がACL敗戦のショックを打ち消した。14日、茨城県鹿嶋市内のクラブハウスで16日のリーグ名古屋戦に向けた調整練習を実施。12日のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)決勝トーナメント1回戦の浦項戦で敗れ、悲願のアジア王座への道が途絶えただけに、精神的な落ち込みが懸念されているが「敗戦は残念ではあるけど、鹿島は悔しさをやる気に変えられるチーム。(名古屋戦は)一致団結してやれると思う」と力強く話した。
 [2010年5月14日20時47分]

まさに満男の言う通り。

プレイバック1993

[ 5.15 ハッピーバースデー J.LEAGUE ] PLAYBACK 1993

この開幕戦でJ史上初のハットトリックを達成したジーコ選手(鹿島)。91年、鹿島の前身である住友金属に加入したジーコ選手は、自らのスピリットを注入して常勝・鹿島の基礎を築いた。日本代表監督として2006 FIFAワールドカップ ドイツを戦った姿も記憶に新しい。

結局5−0で鹿島が圧勝を飾ったこの試合の後、名古屋は2008年の初勝利まで実に15年間、カシマでの公式戦に全敗を喫することになる。奇しくも本年5月16日、鹿島と名古屋は再び対戦する。ただし会場は名古屋のホーム・豊田スタジアム。


(1993.5.16/鹿島アントラーズ vs 名古屋グランパスエイト にて)

Jリーグの開幕、我が鹿島アントラーズが対戦したのは対名古屋グランパスエイトであった。
ジーコのハットトリックを含む5得点で圧勝し、Jリーグの初代ステージ覇者となったのである。
この歴史の一ページを噛み締めたい。
偉大なるジーコに歩み寄るべく、日々を戦うのだ。
一歩一歩前へ進み、神の領域へと近付こうではないか。

篤人移籍報道

鹿島DF内田が完全移籍へシャルケと合意
 日本代表の鹿島DF内田篤人(22)が、新天地でも鹿島の1年目でつけた背番号20を背負う可能性が出てきた。内田獲得の正式オファーを出していたドイツ・ブンデスリーガの名門シャルケと鹿島が、13日までに完全移籍で基本合意。詳細を詰めた上で、来週にも内田の移籍が正式発表される見込みとなった。シャルケ関係者はこの日、内田に提示する背番号として「20」が候補に挙がっていることを明かした。

 内田の移籍話がとんとん拍子に進んだ。鹿島の鈴木満強化部長は、この日までにシャルケと鹿島の間で、完全移籍で基本合意に達したことを明かした。欧州でのプレー経験がない日本人では異例の3年契約、年俸2億円。約3年の契約を残す鹿島側に違約金1億2000万円(金額はすべて推定)が支払われる見込み。16日のリーグ名古屋戦終了後に細部の詰めを行い、正式発表される見込みだ。

 獲得への熱意の高さを示すように、シャルケ側は早くも内田に提示する「背番号」の準備を始めた。この日、シャルケ関係者は「内田に提示する背番号として20番が候補に挙がっている」と明言した。「20」は内田が鹿島1年目の06年につけた番号だ。クラブ史上初めて高卒新人で開幕戦に先発し、あっという間に強豪鹿島で定位置を確保。北京五輪代表、日本代表にステップアップしていくきっかけをつくった思い出の番号でもある。

 今は鹿島で「2」、日本代表で「6」を背負う姿が定着しているが、実現すれば、新たなチャレンジに乗り出す内田にとってふさわしい背番号になる。シャルケでは現在、背番号20をギリシャ代表経験もあるMFプリアチコスがつけている。09年夏にAEKアテネから加入したMFは、10年1月の合宿中にひざの靱帯(じんたい)を痛めて戦線離脱。結果を残せていないことから、背番号の変更も容易とみられる。

 関係者によると、内田はシャルケを選んだ理由の1つとして「マガト監督の厳しい練習を経験してもっと自分を追い込みたい」と話しているという。この日の練習後には「鹿島最終戦」となる名古屋戦に向け「今は移籍の話はできない。ACLで負けたのは残念だけど、気持ちを切り替えて名古屋戦に集中して、勝ち点3を取りたい」と話した。

 [2010年5月14日8時41分 紙面から]

内田、独移籍!年俸2億1000万円で合意
2010.5.14 05:04

ドイツへの移籍が確実となった内田。その前に、南アW杯で輝いてみせる

 南アW杯日本代表に選ばれたJ1鹿島のDF内田篤人(22)が、ブンデスリーガの強豪シャルケへの移籍で基本合意したことが13日、分かった。シャルケ側は3年契約で推定年俸180万ユーロ(約2億1000万円)の破格条件を提示。17日から鹿島とクラブ間の最終交渉を開始する。初めて挑むW杯を目前にして、欧州挑戦の夢が実現する。

 日本を代表するスピードスターが、ドイツの名門へと旅立つことが確実になった。鹿島のDF内田がシャルケへの移籍で基本合意に達した。

 この日、クラブハウスでミーティングを終えた内田は、「クラブと代理人に任せてあるから何もしゃべんないよ」と苦笑いしながらも、「決まったら話をするから」とポロリ。南アW杯終了後の2010〜11年シーズンから、戦いの場をドイツに移すことになる。

 W杯後の欧州挑戦は、チームの誰もが知っている希望だった。08年12月に国際サッカー連盟(FIFA)の公認代理人・秋山祐輔氏と契約。昨年12月には渡欧してシャルケの試合を観戦し、「すごかった。行ってよかった」と挑戦の意を強くしていた。

 鹿島の鈴木満・強化部長は「4月上旬に正式な獲得オファーが届いた。交渉しているのも事実」と認め、「代表に入って(Jの)3連覇も達成した。次のステップが海外なのも自然な流れ」と移籍を容認する方向だ。

 鹿島との契約は13年6月まで残っているため、約1億5000万円の違約金(移籍金)が発生する見込みだが、17日から始めるシャルケとの最終交渉は「時間がかかる話ではない」とした。

 提示された契約期間は3年で、推定年俸は現在の4000万円の5倍以上となる180万ユーロ(約2億1000万円)。移籍1年目としては、94年にV川崎(当時)からイタリア・ジェノアに移ったFW三浦知良(現J2横浜FC)の推定1億円を大きく上回る日本人最高額となる。

 鹿島に入団した06年に、高卒新人としてはクラブ初の開幕スタメンデビューを果たしてから5年目。南アW杯後、次の挑戦の舞台は欧州へと飛躍する。



内田はこの日も、大勢のファンにサインをせがまれた

内田がシャルケと合意!来週中にも契約へ

サポーターにサインを求められる鹿島DF内田篤人
Photo By スポニチ


 鹿島の日本代表DF内田篤人(22)がドイツ・ブンデスリーガのシャルケへの移籍で基本合意し、来週中にも正式契約する運びとなった。契約は10〜11年シーズンからの3年。鹿島とは13年6月まで契約が残っているため、1億5000万円の移籍金がクリアでき次第、「シャルケ内田」が誕生する。また、鹿島がW杯中断明けのホームゲームで、クラブ史上初の送別セレモニーを計画していることも明らかになった。

 内田の念願だった海外移籍がついに実現することになった。内田サイドとシャルケとは年俸180万ユーロ(2億1200万円)の3年契約の完全移籍で合意しており、残るはクラブ間交渉のみ。内田は13日の練習後「きょうはしゃべらないよ。決まったら話すよ」と詳細は語らなかったが、クラブ幹部は「決まるまで時間はかからないだろう」と明言。W杯中断前最後となる16日のアウェー名古屋戦終了後の17日以降に最終交渉を行い、早ければ来週中にも正式契約となる見込みだ。

 また、クラブ側もJリーグ史上初の3連覇達成に貢献した内田に対し、クラブとしては初となる送別セレモニーの計画に入った。FW柳沢やMF小笠原らが海外移籍する際には期限付き移籍ということもあり、セレモニーは行わなかったが、今回は完全移籍。クラブ関係者も「そういうことも考えていかないと」とチームNo・1の人気を誇る内田を快く送り出したい考えだ。

 鹿島の最後のユニホーム姿となる16日の名古屋戦はアウェーのため、セレモニー開催はW杯中断明け後の7月14日の湘南戦か、同17日の川崎F戦が濃厚だ。ブンデスリーガは8月開幕予定で、7月に予定されるチーム合流との折り合いがつけばサポーターの前で内田が直接お別れのあいさつをすることになる。

 ACL敗退から一夜明けたこの日は、オリヴェイラ監督が主力組を集めてミーティングを行った。「気持ちを切り替えていこうという話をした。名古屋はいいチームだけど、勝ち点3を取って中断を迎えたい」と鹿島で最後となる試合に向けて気合十分。鹿島の誇る右サイドバックが日本で有終の美を飾ってドイツへと乗り込むことになる。

 ◆内田 篤人(うちだ・あつと)1988年(昭63)3月27日、静岡県生まれの22歳。清水東高から06年に鹿島入り。Jリーグ通算124試合3得点。07年U―20W杯、08年北京五輪代表。08年1月のチリ戦でフル代表デビューし、国際Aマッチ通算31試合1得点。W杯予選の08年バーレーン戦で日本人最年少得点記録(20歳87日)をマーク。1メートル76、72キロ。

 ▽シャルケ04 ドイツ西部のゲルゼンキルヘンを本拠地に1904年に創設。リーグ優勝7回を誇るが、58年を最後に優勝はない。ドイツ杯優勝4回で、97年にUEFA杯(現欧州リーグ)を制した。08年までボルフスブルクを率いたマガト監督が就任した今季は優勝を争ったが、終盤失速して2位に終わった。ホームはフェルティンス・アレナで6万1673人収容。

[ 2010年05月14日 ]

内田、有終勝利を誓う…鹿島
 ドイツ1部のブンデスリーガ、シャルケ04へ移籍する日本代表DF内田篤人(22)=鹿島=が13日、移籍前最後となる名古屋戦(16日)で、有終の美を飾ることを誓った。前日の浦項戦で敗れ、ACL敗退が決定。「タイトルが取れなくて残念。(中断まで)残り1試合だし、名古屋には絶対に勝たなきゃいけない」と明かした。

 シャルケへの移籍が移籍金1億5000万円、7月1日からの3年契約、年俸2億1500万円(金額はいずれも推定)の破格条件で大筋合意に達し、今月中にも両クラブから発表される見通し。移籍については「代理人(秋山祐輔氏)、クラブに任せている」と多くを語らなかったが、「大好き」と語る鹿島最後の試合で、勝ち点3を置き土産にする決意だ。

(2010年5月14日06時01分 スポーツ報知)

J1鹿島 内田移籍、来週にも発表
「21日までにすっきり」
 サッカーの南アフリカ・ワールドカップ(W杯)後にドイツ1部リーグ・シャルケへの移籍が決定的なJリーグ1部(J1)鹿島のDF内田篤人は、来週にも契約条件の細部を詰め、正式発表になりそうだ。
 鹿島の鈴木満強化部長は13日、内田の移籍に関し、「17日以降にシャルケと細かい条件面について直接話し合う」と話した。日本代表合宿が21日から始まることにも触れ、「それまでに、すっきりさせてあげたい気持ちもある」と正式発表を示唆した。
 内田は「チームと代理人に任せている。(正式に)決まったらしゃべります」と言葉少な。現在は「(前半戦)残り1試合に集中したい」と移籍話は封印し、中断前最後のリーグ名古屋戦(16日・豊田スタジアム)へ気持ちを入れ直した。
 名古屋戦はW杯による中断前の最後の試合だけでなく、移籍前のラストゲームにもなりそう。「名古屋はいいチーム。アウェーでも勝ち点を取りこぼさないようにしたい」と集中力を高めていた。


シャルケでの背番号20を報じるニッカンか、4月上旬からオファーがあったことを報じるサンスポか、セレモニー開催を報じるスポニチか、各紙特徴が出た。
しかしながら、契約が締結しておらぬ現在に於いて、内田篤人は鹿島アントラーズの一員である。
この週末に控える名古屋戦に集中してもらわねば困る。
そういった意味で、有終の美を置き土産とする報知に軍配を上げたい。
篤人のラストマッチが近づいてきておる。
折れかけた心を強く戻し、篤人に、鹿島に声援を送りたい。
名古屋戦は必勝である。

篤人、語らず

鹿島・内田、移籍に言及せず「しゃべらない」
2010.5.13 19:00

独1部シャルケに移籍合意した、鹿島の内田篤人(撮影・財満朝則)

 サッカーのドイツ1部リーグの強豪シャルケへの移籍で基本合意したJリーグ1部(J1)鹿島の日本代表DF内田篤人(22)は13日、この件に関して「しゃべらない」とだけ語り、言及を避けた。

 内田はワールドカップ(W杯)南アフリカ大会終了後、2010〜11年シーズンから移籍する。今後はシャルケと鹿島が契約の細部を詰め、来週以降に正式発表される見込み。


日曜の名古屋戦が鹿島に於ける篤人のラストマッチである。
篤人としては試合に集中し、有終の美を飾りたいであろう。
周囲の雑音をシャットアウトして、気持ちを込めて欲しい。
チームとしてもここで連敗をするようでは、来年のアジアチャレンジにも影響を及ぼす。
ここは邪悪なアウェイながら勝ち点3を狙いたい。
篤人の最後の戦いに燃えぬ者はおらぬ。
全員で戦おうではないか。

篤人、シャルケ移籍合意

内田シャルケ移籍合意 17日以降最終交渉
 W杯南アフリカ大会の日本代表で、鹿島のDF内田篤人(22)が、ブンデスリーガで今季2位のシャルケへの移籍で基本的に合意した。関係者が13日、明らかにした。

 契約期間は2010〜11年シーズンからで3年になる。内田は鹿島との契約が13年6月まで残っているため、移籍金が発生する。鹿島の鈴木満強化部長は17日以降にシャルケと最終交渉するとして「(決定まで)そんなに時間のかかる話ではない」と話した。

 静岡・清水東高出身の内田は06年に鹿島に加入し、1年目からレギュラーを獲得した右サイドバック。岡田武史監督の日本代表で08年1月にデビューし、国際Aマッチは通算31試合出場で1得点をマークした。

 [2010年5月13日11時48分]

鹿島内田に名門シャルケから獲得オファー

後半、懸命に左足でパスをカットする鹿島DF内田(撮影・野上伸悟)

 鹿島のW杯代表DF内田篤人(22)に、ドイツ・ブンデスリーガの名門シャルケから獲得の正式オファーが届いたことが12日、分かった。今季リーグ2位の同チームは、来季の欧州チャンピオンズリーグ(CL)にも出場する強豪。内田も09年12月に渡欧し、試合を観戦していた。マガト監督はボルフスブルク時代に日本代表MF長谷部を指導した経験もあり、日本人への理解も深い。鹿島側は16日のリーグ名古屋戦終了後にも交渉の席に着く構えで、移籍が決まれば、W杯後に日本人サイドバックとして初めて欧州4大リーグに挑戦することになる。

 W杯に臨む岡田ジャパンの若き右サイドバックに、ドイツの名門シャルケから正式オファーが届いた。鹿島関係者はこの日までに「16日の名古屋戦までは試合に集中したいので、名古屋戦後にリーグ中断期間に入ってから、交渉をしたいと思う」と慎重に話した。交渉が成立すれば、W杯後に欧州デビューすることになる。

 内田は06年に鹿島入団後、年々海外志向が強くなり、09年12月にはオフの旅行で渡欧し、シャルケ−マインツ戦を観戦。「スタジアムの雰囲気が本当にすごかった」と本場の空気を体感した。シャルケのマガト監督は、ボルフスブルク監督時代に長谷部、大久保の日本代表2人を指導し、日本人のメンタリティーを把握。ボルフスブルク監督に就任した07年夏にトゥーロン国際で内田のプレーを直接視察した際に高評価しており、海外初進出の内田にとって理想の指揮官といえる。

 現在、攻守に高い能力を持ち、時には試合の流れをコントロールする資質も必要とされるサイドバックは、欧州トップリーグでは重要なポジションとされる。その状況下で、日本人サイドバックの内田に白羽の矢が立ったことは、シャルケ側の高い評価の裏返しといえる。

 内田は鹿島でリーグ3連覇に貢献。日本代表の不動の右サイドバックに成長した。昨季からプレー中に嘔吐(おうと)の症状が見られ、右ひざ半月板を痛めるなど苦しい状態の中で試合に出続けているが、自慢のスピードは欧州でも通用するはず。かねて鹿島関係者も「結果を出してきて、W杯に出ることになれば、国内でやり残したことがなくなる。その中で海外という話が来れば、じっくり話し合ってあげたいと思う」と話している。鹿島にとって貴重な戦力ではあるが、移籍については考慮するスタンスだ。

 シャルケ側からは完全移籍で複数年契約を打診されているもよう。内田は08年末に鹿島と結んだ4年半の複数年契約が約3年残っており、交渉の席では違約金などの額や条件面などの細部が話し合われる見込みだ。移籍が実現すれば、本職の日本人サイドバックが、欧州主要トップリーグに初挑戦を果たす。シャルケは今季リーグ2位で来季の欧州CL出場権を獲得しており、欧州の頂点を競う舞台に立つ可能性もある。10日の代表発表から一夜明けた11日には「今は鹿島での試合のことしか考えていない」と話していた内田。目の前の勝利に貢献した先には、W杯、そして新たな戦いの場が見えてくる。

 [2010年5月13日9時30分 紙面から]

鹿島・内田、独1部シャルケに移籍合意!
2010.5.13 09:21

ドイツ1部リーグ、シャルケ04に移籍が決まった鹿島の内田篤人

 サッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会の日本代表で、Jリーグ1部(J1)鹿島のDF内田篤人(22)が、ドイツ1部リーグで今季2位のシャルケへの移籍で基本的に合意した。関係者が13日、明らかにした。

 契約条件の細部を今後詰めるが、期間は2010〜11年シーズンからで3年になる。内田は鹿島との契約が13年6月まで残っているため、移籍金が発生する。

 静岡・清水東高出身の内田は06年に鹿島に加入し、1年目からレギュラーを獲得した右サイドバック。岡田武史監督の日本代表で08年1月にデビューし、国際Aマッチは通算31試合出場で1得点をマークした。

 初めて挑むW杯を目前にして、内田の夢が実現する。危機感が海外へと後押ししたのだろう。欧州でレベルの高いリーグの一つに所属する強豪への移籍が確実になった。

 2007年のU−20(20歳以下)W杯や08年の北京五輪に出場して実感したのは、年齢を重ねるごとに広がる世界との差という。北京五輪で対戦したナイジェリアを引き合いに出した。「体が強いとかジャンプ力がすごいとか言われるけど、あいつらサッカーがうまい。日本もとどまっているわけじゃないけど、伸びは違う気がする」と話したことがあった。

 その差を埋めるためには「そういう場でやるしかない、若いうちに」とも言った。契約を約3年残す鹿島も、その挑戦を容認した。岡田ジャパンでも主力になるサイドバックが、W杯後はドイツに戦いの場を移す。


内田 シャルケ移籍に基本合意

シャルケへの移籍で基本的に合意した内田
Photo By スポニチ


 ワールドカップ南アフリカ大会の日本代表で、J1鹿島のDF内田篤人(22)が、ドイツ1部リーグのシャルケへの移籍で基本的に合意した。関係者が13日、明らかにした。

 契約期間は2010〜11年シーズンからで3年になる。内田は鹿島との契約が13年6月まで残っているため、移籍金が発生する。鹿島の鈴木満強化部長は17日以降にシャルケと最終交渉するとして「(決定まで)そんなに時間のかかる話ではない」と話した。

 静岡・清水東高出身の内田は06年に鹿島に加入し、1年目からレギュラーを獲得した右サイドバック。岡田武史監督の日本代表で08年1月にデビューし、国際Aマッチは通算31試合出場で1得点をマークした。

[ 2010年05月13日 09:18 ]

鹿島・内田がシャルケと3年契約…カズ、ヒデ超え日本人1年目最高年俸2億1500万円

シャルケ04移籍に合意した鹿島・内田。ACL浦項戦でゴール前に攻め上がる

 日本代表DF内田篤人(22)=鹿島=がドイツ1部のブンデスリーガ・シャルケ04に完全移籍することが12日、確実になった。4月に正式オファーを受け、クラブ間交渉を進めていたが、この日までに条件面で大筋合意に至った。内田は年俸180万ユーロ(2億1500万円)、7月1日からの3年契約の提示を受けており、欧州主要6リーグの1年目としてはFW三浦知良(V川崎→ジェノア)、MF中田英寿(平塚→ペルージャ)を上回る歴代日本人最高年俸となる。(金額は推定)

 DF内田がシャルケ04に完全移籍する。4月にシャルケが獲得オファーを出し、クラブ間交渉を開始。この日までにシャルケが、鹿島に移籍金(違約金)1億5000万円を支払うことで大筋合意に達した。合意書へのサインや契約の細部を詰める作業は残されているが、早ければ今月末にも両クラブから発表される。

 驚くべきは契約内容にある。内田は推定年俸2億1500万円、3年契約の提示を受けている。これまでJリーグから欧州主要1部リーグへ移籍した日本人で、1年目の最高年俸はFW三浦知良の1億円。その倍以上で、現在の年俸4000万円から5倍増となるだけに、欧州や南米の選手と同等の評価を得た格好だ。

 通例ではブラジルなどサッカー先進国の選手獲得を優先させるため、日本人は後回し。しかも、移籍金を減額されるケースが大半で、最終的にはJクラブが減額をのむ歴史を歩んできた。だが、今回は8月の欧州リーグ開幕から3か月前、しかも満額の移籍金を支払う形で移籍が成立する。W杯で評価を上げ、移籍するケースは多いが、W杯前に厚遇で移籍するケースは異例だ。

 フェリックス・マガト監督は「獲得したいと思ったのは、DFの右サイドバックでありながら、ボールを持った時、一番にFW、ゴールを見る。それをできるサイドバックはなかなかいない」と説明しているという。今夏に放出する見込みのブラジル人DFラフィーニャの後釜として、主力の右サイドバックとして迎え入れる考えだ。

 内田は2008年12月、鹿島と12年までの4年半年契約を締結すると同時に、海外移籍を視野に入れ、秋山祐輔氏と代理人契約を結んだ。鹿島側も長期契約を受ける代わりに、09年冬までは移籍決定権がクラブにあったが、この夏からは定められた移籍金を支払えば、移籍できる契約にした。

 昨年12月には、同氏の勧めを受け、シャルケの招待でドイツへ渡り、試合、視察見学を行った。「ご飯がおいしい日本が一番」という考えは徐々に、海外挑戦へと傾いていった。鹿島ではプロ1年目から右サイドバックの主力に定着し、07年から史上初のリーグ3連覇に貢献。また、08年1月には日本代表に初選出され、不動の右サイドバックとして南アフリカW杯に出場する。サッカー選手として、さらなる成長を遂げるための海外挑戦。W杯を前にシャルケ・内田が誕生する。

 ◆内田 篤人(うちだ・あつと)1988年3月27日、静岡県函南町生まれ。22歳。清水東高2年冬にMFから右サイドバックに転向し、スピードと豊富な運動量を武器に頭角を現す。2006年に鹿島入り。クラブ史上初の高卒1年目で、開幕スタメンに抜てきされた。U―20日本代表、08年北京五輪代表を経て、岡田ジャパンでは主力に定着。Jリーグ通算124試合3得点。国際Aマッチ31試合2得点。176センチ、62キロ。血液型O。

 ◆シャルケ04 1904年創立。ルール工業地帯の中心地ゲルゼンキルヘン、シャルケ地区をホームタウンとする。本拠ヴェルティンス・アレナは6万1481人収容。リーグ優勝7回、ドイツ杯4回、リーグ杯1回優勝。UEFA杯1回優勝。近年はリーグ上位に定着。今季は19勝8分け7敗で2位。同じ州を本拠にし、香川(C大阪)を獲得したドルトムントとの“ルール・ダービー”は欧州を代表する熱いダービーマッチの一つ。

[2010/5/13-11:26 スポーツ報知]

鹿島・内田、独シャルケ移籍へ
 サッカー・南アフリカワールドカップ(W杯)日本代表に選出された鹿島の内田篤人(22)が今秋、新シーズンが始まるドイツ1部リーグの強豪、シャルケへ移籍することが12日、分かった。
 鹿島はシャルケから獲得申し入れの正式オファーが届いたことを認め、条件面でも両クラブ間で大筋合意。3年契約で年棒約2億1500万円、移籍金は約1億5千万円(金額はいずれも推定)とみられる。シャルケは今季リーグ2位。2009年から指揮を執るマガト監督が内田獲得を熱望していたという。
 内田は06年、静岡県清水東高から鹿島へ加入、1年目から右サイドバックのレギュラーを獲得した。07年に20歳以下のW杯、08年に北京五輪に出場。岡田武史監督就任後、19歳で日本代表の主力に定着した。国際Aマッチは31試合に出場(1得点)している。
 鹿島では過去、鈴木隆行、柳沢敦、中田浩二、小笠原満男が海外に移籍、内田は5人目となる。


予てから噂のあった篤人の独移籍が合意に至ったとのこと。
我等としては少々寂しいが、サッカー選手たるもの、より上のステージに戦いの場を移すことは仕様のないことと言えよう。
シャルケはマガト監督の手腕でリーグ二位となり、来季はCLに出場する強豪クラブである。
この移籍は篤人にとって良いものとなろう。
ここは気持ちを抑え、快く送り出したい。
ただ一つ心残りは、篤人共にアジアを征せ無かったことである。
来年のチャレンジは當間に白羽の矢を立てようと思う。
このU-21代表に鹿島の右サイドを担ってもらわねばならぬのだ。
2011年のCWCには篤人と対戦出来るよう、お互いに切磋琢磨していきたい。

浦項戦報道

鹿島屈辱決勝トーナメント敗退/ACL

後半、審判の判定に怒る鹿島オリベイラ監督。左は小笠原

<ACL:浦項1−0鹿島>◇決勝トーナメント1回戦◇12日◇2日目◇カシマ

 F組1位の鹿島がH組2位の浦項(韓国)にホームで敗れ、2年連続決勝トーナメント1回戦敗退という屈辱を味わった。前半29分に先制点を献上。後半はMF小笠原満男(31)を中心に優勢に立って攻め続けたが、ゴールが奪えず、無念のタイムアップ。悲願のアジア王座奪取は来年以降にお預けとなった。鹿島の敗退で日本勢はすべて姿を消した。

 もうろうとした表情を浮かべながら、小笠原が無言でスタジアムを後にした。アジア制覇へ向けて勢いをつけるはずの一戦で喫した、まさかの敗北。DF岩政は「チームとして勝たなければならない試合だった。ホームなので言い訳できない」と悔しそうに話した。

 ホームで迎える一発勝負の決勝トーナメント1回戦で、昨季に続き敗れた。相手も同じ韓国勢。ボール際の激しいせめぎ合いで劣勢となり、一瞬のスキを突かれて失点した。DF内田は「ウチもチャンスをつくっていたけど、決められなかった」。リーグ3連覇を果たした勝負強さが、アジアの舞台では影を潜めた。

 オリベイラ監督が普段以上に長時間ミーティングを行い、重要な試合という位置づけを強調した。それでも結果は出なかった。昨年の1回戦FCソウル戦で退場処分を受けた小笠原は今季も雪辱できず。この悔しさはリーグ4連覇で晴らすしかない。
【菅家大輔】
 [2010年5月13日9時15分 紙面から]


鹿島また韓国勢に阻まれる/ACL

0−1で敗退しぼうぜんとする鹿島DF内田(撮影・野上伸悟)

<ACL:浦項1−0鹿島>◇決勝トーナメント1回戦◇12日◇2日目◇カシマ

 悲願のアジア制覇を目指していた鹿島が、またもや韓国勢の壁に阻まれた。序盤から球際の激しい当たりに苦戦し、前半29分に浦項FWモッタに先制ゴールを献上。MF小笠原満男を中心とした攻めで反撃に転じ、後半38分にはFW大迫勇也を投入して3トップで勝負に出たが、最後までゴールを奪うことができなかった。昨季に続く2年連続決勝トーナメント1回戦敗退を喫し、大迫は「来年はもっとアジアでしっかり結果を残していきたいと思うので、そのためにもJリーグで結果を残したいと思う」と話していた。

 [2010年5月12日22時17分]

鹿島も負けた…2年連続8強の壁/ACL
2010.5.13 05:03

浦項選手(中央)のラフプレーに苦しむ鹿島・小笠原。ゴールは遠く、0−1で敗れた。右は内田

 アジアCL決勝T1回戦(鹿島0−1浦項、12日、カシマ)決勝トーナメント1回戦(1試合制)を行い、初優勝を狙った鹿島は、前回覇者の浦項(韓国)に0−1で敗れた。この日発表されたW杯代表予備登録メンバーに入った主将のMF小笠原満男(31)はチームの中心で奮闘したが、昨年に続いて16強止まり。11日のG大阪に続く敗退で、日本勢は2006年以来4大会ぶりに8強にも残れず姿を消した。

 アジア王者の前に敗れ去った。10日のW杯代表発表で落選し、赤い目で「すっきりはしない」と話していた小笠原は、この日発表された予備登録メンバーに選出。気分一新で臨んだはずが、1点があまりにも遠かった。

 浦項が前回覇者なら、鹿島もJ1で3連覇した王者。横綱相撲が期待されたが、鹿島は立ち上がりから再三ゴールチャンスを逃す。逆に前半29分、相手FWモタにゴールを許し、これが決勝点に。1次リーグを無敗で突破しながら、決勝トーナメント1回戦で姿を消した。

 試合後、小笠原はがっくりと無言。予備登録メンバー発表後に視察に訪れた日本協会の原技術委員長も「会える雰囲気じゃなかった」と言うほどの落ち込みぶりだった。今年最大の目標、アジア制覇を逃し、DF内田とともに代表に選出されたDF岩政は「力不足」と吐き捨てた。
(丸山汎)


前半、中盤からパスを出す鹿島アントラーズ・小笠原満男(中央)=カシマサッカースタジアム (撮影・大橋純人)


前半、パスを出し自らも中央へ攻めあがる鹿島アントラーズ・内田篤人=カシマサッカースタジアム(撮影・大橋純人)


前半、ゴール前で相手と競り合う鹿島アントラーズ・興梠慎三(右)=カシマサッカースタジアム (撮影・大橋純人)


前半、浦項に先制ゴールを許し、悔しがる鹿島アントラーズ・岩政大樹(左から2人目)=カシマサッカースタジアム(撮影・大橋純人)


前半、空中戦で得意のヘディングを見せる鹿島アントラーズ・岩政大樹=カシマサッカースタジアム(撮影・大橋純人)


浦項に敗れACL敗退が決まり引き揚げる興梠、小笠原ら鹿島の選手たち=カシマ


ACL敗退が決まり、座り込む岩政ら鹿島の選手たち=カシマ


日本勢消えた…岩政&内田のミスで敗退

<鹿島・浦項>決勝ゴールをきめられたモッタ(中)に顔を抑えられる小笠原と内田(右)
Photo By スポニチ


 ACL決勝トーナメント1回戦(1試合制)が12日に各地で行われ、鹿島は昨季王者の浦項(韓国)に0―1で敗れた。前半29分に相手スローインから失点。攻撃陣も相手守備陣に長所を消された。これで日本勢はすべて敗退。日本勢がベスト8に勝ち残れなかったのは06年以来4大会ぶりとなった。

 前半29分、相手のスローインを起点とした攻撃で失点。昨年に続き8強を前にして敗れた。W杯メンバーに選出され意気込んでいたDF岩政は「勝たないといけない試合で勝てないのは力不足。(Jリーグで)3連覇をして力があると勘違いするんじゃなく、この結果を謙虚に受け止めたい」と自分自身、そしてチームの力不足を嘆いた。前方のスペースを消され、攻め手を欠いたDF内田は「球際で勝てなかった」と絞り出した。相手の浦項には韓国代表のW杯予備登録メンバーが4人いた。とはいえW杯よりレベルの落ちるアジアのチームに持ち味を消され意気消沈していた。

[ 2010年05月13日 ]

鹿島も消えた、日本勢8強残れず…ACL

前半29分、浦項に先制点を奪われ、悔しがる鹿島・岩政(左から2人目)

 ◆アジア・チャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦 鹿島0─1浦項(12日、カシマスタジアム) 鹿島が前年大会覇者の浦項に0―1で敗れた。前半29分、浦項FWモッタに先制点を奪われると、その後はボール支配を高めて攻勢に出たが、最後まで浦項の堅い守備を崩すことができなかった。鹿島は3年連続で決勝トーナメント1回戦での敗退。これで4チーム出場していたJリーグ勢はすべて姿を消した。日本のクラブがベスト8に残れなかったのは4年ぶりで、東アジア地区からは韓国勢が4枠独占した。

 敗戦を告げるホイッスルが響くと、MF小笠原は全身から力が抜けたようによろめいた。DF新井場はゴール前でしゃがみ込み、芝に拳をたたきつける。3年連続で決勝トーナメント1回戦で敗退。「同じことを繰り返しているようじゃ、自分たちにアジアを取る力がない。力不足」。DF岩政の唇は震えていた。

 前半29分、スローインから左サイドをドリブルで突破され、中に走り込んだFWモッタのマークにつききれず、先制点を許した。「スローインは個人の意識で守れる。ずっと厳しくやってきたのに…」(岩政)。立ち上がりから動きが硬く、パス回しもぎごちない。鬼門の1回戦、しかも一発勝負。ミスが許されない緊張感にのみ込まれた。

 元鹿島で、クラブの象徴的存在であるジーコ氏が「大事な試合に見に行きたい」と激励に訪れる予定だった。スケジュールの都合で実現しなかったが、リーグ3連覇を達成して迎えた今季、選手だけでなく、クラブを挙げて、悲願のアジア初制覇を目指していただけに、ショックは計り知れない。

 最後の砦(とりで)だった鹿島が敗退し、ACLから日本勢が姿を消した。「相手の方が戦っていたし、一発勝負、1試合にかける思いが違った」とMF遠藤。「ちょっとした差だけど、それが大きい」とDF内田。鹿島の悲願達成は、またも来年以降に持ち越された。

(2010年5月13日06時04分 スポーツ報知)

鹿島、ACL敗退 浦項に0−1
 サッカーのアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)は12日、カシマスタジアムなどで決勝トーナメント1回戦を行い、鹿島は前回王者の浦項(韓国)に0−1で敗れ、3年連続の初戦敗退となった。
 鹿島は立ち上がりから、興梠らが果敢な攻めで得点を狙ったがゴールできず、逆に前半29分、ドリブルなどで守備を崩され、先制点を許した。後半も攻め入りながら、最後までゴールに結び付けられなかった。



【写真説明】
鹿島−浦項 決勝トーナメント初戦で敗退し、肩を落とす鹿島の選手たち=カシマスタジアム


報知がスクープしたジーコの来訪が実現しておれば結果は異なったやも知れぬ。
しかしながら、それもサッカー、そしてこれが鹿島の歴史なのである。

浦項戦コメント

AFCチャンピオンズリーグ2010 ラウンド16
vs浦項スティーラーズ

鹿島アントラーズ:オズワルド・オリヴェイラ監督
(Q:選手の動きが硬かったように見えたが?)
負けた試合というものはあとから問題や欠点が見えてくるもの。内容が悪くても勝っていることもあるし、よくても負けることもある。今日以上のパフォーマンスもあればそうでないときもある。すべてが悪いという考えは持っていない。
(Q:結果的にこの1点で相手に守りきられてしまったが、韓国との違いはあるか?)
日本、韓国というライバル意識の感覚は持っていない。ACLはここ数年日本勢が強かったり、韓国勢が強かったりと交互に入れ替えがある。違いといえば微妙な部分ではあると思うが大きな差はなく、むしろお互い似ているところが多い。
(Q:この結果を受けての率直な感想は?)
サッカーというのは面白いもの。3年連続でこのラウンド16で3回止まっているがJでは3連覇している。ルールは全チーム一緒なので与えられた条件を乗り越える力を持っていかないといけない。いろいろな環境、その条件に適した力を身につけていくことが必要。今日の結果は、非常に悔しい思いでもあり悲しい。目標が達成できなかったことは残念だが選手たちは全力を尽くして戦ってくれたと思う。

2010年 5月12日(水)

本日行われたACLラウンド16 浦項戦は、前半に先制されると最後まで同点ゴールを奪うことができず、0-1と惜敗しました。これでアントラーズの決勝トーナメント敗退が決定し、悲願のアジア制覇はまたしても来季へ持ち越されました。

【AFCチャンピオンズリーグ2010 鹿島 vs 浦項】オズワルド オリヴェイラ監督(鹿島)記者会見コメント(10.05.12)
5月12日(水) AFCチャンピオンズリーグ2010
鹿島 0 - 1 浦項 (19:00/カシマ/9,794人)
得点者:29' ジョアン モッタ(浦項)

●オズワルド オリヴェイラ監督(鹿島):

Q:選手の動きが硬かったというか重かったように見えたのですが、その辺監督はどのようにお感じになっているかということと、最後まで1点が取れなかったのですがその最大の原因はどの辺にあるとお考えでしょうか?
「負けた時は問題が見えるようになってきます。批判をする立場、評価をする立場とすれば、いろんなことを悪く見ることができるわけです。勝ったときでも本当は(悪いことが)起きていたのになかったことになっていたりすることを、長年のキャリアのなかで学びました。当然ながら僕は監督という立場なので、良い試合をやったときと悪い試合をやったときとの要素を天秤にかけながらその様子や状況を見るわけです。必ずしも悪い試合をやっても勝ったこともありますし、逆に内容がよくて勝てなかったときもあります。今日以上のパフォーマンスを見せたときもあれば、今日以下のパフォーマンスを見せたこともあります。負けたときはいろんな問題があると書かれるわけですが、すべてが悪いという考えは持っておりません」

Q:ラウンド16は全部韓国が勝つことになりそうです。今日は確かにアントラーズさんはよく戦ったし、チャンスもつくったし、シュートもたくさん打ったと思うんですけど、最後の最後守りきられてしまったと。相手が、彼らは強かったな、意志の力が強かったなと思うのですが、オリヴェイラさんは韓国についていろいろ情報を持っていらっしゃるし、日本と韓国の違いというかもし差があるならコメントいただけますか?
「そんなに日本と韓国のライバル意識だったり、比較をする考えを持っていないのであまりデータ的なものを頭にインプットしていないですけど、ACLに関しては交互じゃないですけど、一時期日本勢が強かったり、あるいは韓国勢が強かったりという部分で来てるのではないかな、と思います。どちらかというと似たような部分があるかと思います。
違いと言えば微妙な部分のところであって、それぞれのクラブによってスタイルは違いますし、例えば前回対戦したKリーグチャンピオンの全北なんかは、恐らく組織力と個人能力では浦項よりも、レベルの違いがあったと思います。それに対して我々は2戦して2勝したわけですが、浦項のような守備に強い意志と戦法を見せ、彼らがやろうとしていることは堅かったわけです。我々がそれに戸惑ったか、もしくは手間取ったことはあったかもしれませんし、テーマを出されてそれを乗り越える力がなかったことは認めざるをえないわけです。ただ、サッカーはおもしろいものであって、組織力やレベルの高い相手に勝てても、格下ということではなく少しタイプの違う相手と試合をすると逆に点が取れなかったりします。それがサッカーのおもしろさであり、不思議な部分であって、別に負けるために試合をしていたわけではなく、勝つために試合をやっていたわけです。それをどうやって確実にやっていくのかという部分が勝敗をわけるのであって、我々の攻撃力を低下させる作業を彼らがやったということを評価しなければなりません。
08年くらいは日本勢が残って、韓国勢が敗退しました。もしかしたら韓国勢は何チームか残っていたかもしれませんが、そういった入れ替わりの流れではないですが、この両国ではそうしたことが起きているのだと思います。大きな差ではないと思います。似ているところの方が多いと思います」

Q:この結果を受けて率直ないまの気持ちをうかがいたいというのと、ここ数年続けてこのラウンドで姿を消してしまっているのですが、ラウンド16のシステムの難しさを感じていますか?
「サッカーというのはおもしろいものであって、3回、このラウンド16では止まっていますけど、Jリーグでは3連覇していますし、ルールは基本的に全チームにとって同じですので僕が特に言うことはありませんし、与えられた条件のなかでそれを乗り越える力を持っていないといけません。あとはサッカーの不思議な魅力というか、大会をいろんな環境のなかでやらなければいけない部分のなかで、それを乗り越えていかなければいけません。それぞれの大会には条件と環境があって、それに適した力を身につけて戦っていかなければならないかなと思っております」


以上

【AFCチャンピオンズリーグ2010 鹿島 vs 浦項】試合終了後の各選手コメント(10.05.12)
●大迫勇也選手(鹿島):
「最初のチャンスを決めていれば結果は違ったと思います。外から見ていてパスミスが多かったり普段あまりないようなミスがあったと思います。交代で入る時の指示は、トップ下に入って相手のボランチの裏のスペースでボールを受けるようにというものでしたがボランチが下がってきたので慎三さん(興梠)と話をして、3トップにしました。もっと(来年は)アジアでしっかりと結果を残していきたいと思うので、その為にもJリーグで結果を残していきたいと思います」

●岩政大樹選手(鹿島):
「力不足だったと思います。沢山のサポーターが来て下さったし、チームとしても勝たなければいけない試合でした。ホームですし言い訳はできないです。力不足です。(サポーターに向けてコメントをお願いします)結果で応えていくしかないと思うので、まずはきっちり戦う姿勢を見せて、また来年のアジアでの戦いにいけるようにしたいです」

●遠藤康選手(鹿島):
「ボランチが出てるからその間でもらうように指示されました。試合内容はそんなに悪くないと思っていた。チャンスもあったし。ただ、パワープレーに入るのかは曖昧だった。相手はうち以上に戦っていた。一発勝負に賭ける気持ちが違うのかなと思った」

Q:守備がぶ厚かった?
「そうだと思います。あんなに引かれるとうちは高さがないので放り込むしかなかった」

●内田篤人選手(鹿島):
「前半いい時間で点が取れなかったからやられるかな、と密かに思っていた。スローインからなので、もう少しマークをしっかりしていればよかったと思う。あれでやられてしまうと勝てない。相手のCB2枚も強くてパワープレーにいったけどなかなか崩せなかった。
(パワープレーの前は)2点目を食らったら終わるのでバランスをきっちりとっていた。サイドチェンジを多くして崩そうと思ってた。Jリーグ勢、全部負けちゃったね。昨日、ガンバの試合も見ていたんだけど。ちょっとした差だけど、それが大きい」


[ AFCチャンピオンズリーグ2010 鹿島 vs 浦項 ]

鹿島アントラーズのスターティングメンバー。

[ AFCチャンピオンズリーグ2010 鹿島 vs 浦項 ]

共に得点なく迎えた29分、浦項がモッタのゴールで先制。鹿島は1点を追う苦しい展開を強いられた。

[ AFCチャンピオンズリーグ2010 鹿島 vs 浦項 ]

最後まで果敢にゴールに迫ったマルキーニョス。しかし、浦項の固いディフェンスを崩すことが出来ず鹿島は0-1で惜敗。悲願のアジア制覇の夢がここで潰えてしまった。

[ AFCチャンピオンズリーグ2010 鹿島 vs 浦項 ]

ホームで悔しい敗戦となった鹿島。試合後、サポーターに挨拶する選手、監督の顔には悔しさが滲んだ。


来年の大迫に期待である。

大迫・當間、U-21日本代表選出

U-21日本代表メンバーに大迫、當間の2選手が選出
本日、日本サッカー協会が第38回トゥーロン国際大会に臨むU-21日本代表メンバーを発表しました。

鹿島アントラーズからは、大迫勇也選手と當間建文選手が選出されました。


大迫と當間がU-21日本代表に選出。
フランスで大暴れしてきて欲しい。
特に當間は右SBのレギュラーを奪い取って欲しい。
楽しみな大会である。

小笠原満男、日本代表予備メンバー選出

日本代表予備登録メンバーに小笠原選手が選出
本日、日本サッカー協会がワールドカップ南アフリカ大会に臨む日本代表の予備登録メンバーを発表しました。

鹿島アントラーズからは、小笠原満男選手が選出されました。


小笠原満男が南アフリカの地を踏めることとなった。
プレイこそ叶わぬが、精神的支柱として,チームを鼓舞してくれるであろう。
暗雲立ちこめる日本代表に一筋の光が差した。

ACL ラウンド16 浦項戦


来年まで楽しみが延びた。

アスリートバンク コラム

勝手に日本サッカー強化委員会
第6回  "常勝軍団"鹿島に見る伝統を継承する力


アントラーズの強さの原点は本田泰人にあり。彼の執拗なまでの相手を嫌がるプレーが勝利を呼び込んだ。
日本のレアル・マドリード

本来なら昨年のうちに書いておくべきだったが、昨シーズンの終盤戦は日本代表のカタール戦やクラブ・ワールドカップといった注目度の高いゲームが立て込み、ついつい後回しにしてしまった。

2008年のJ1王者、鹿島アントラーズのことである。
Jリーグ史上最多の12冠を達成した、このクラブの強さについて、年初めの今回は考えていきたい。

Jリーグにおける鹿島は、少し大げさに喩えるとスペインにおけるレアル・マドリーやバルセロナ、イタリアにおけるユベントスやACミランのような存在だと僕は考えている。

クラブの予算やファンの数、メディアのボリュームは、もちろん違う。だが、つねに優勝を義務づけられ、つねに優勝争いに顔を突っ込んでいるところは、ヨーロッパの強豪と変わらない。

Jリーグが立ち上げられてから15年、実は毎年のように優勝争いをしているのは鹿島だけだ。

創設期の巨人、川崎ヴェルディは東京に移転したころから弱体化し、一時は鹿島と覇権を争ったジュビロ磐田も昨シーズンは降格を免れるのがやっと。このところ急速に力をつけてきた浦和レッズも、安定した力を発揮するには至っていない。

鹿島の哲学

ヨーロッパに比べて、日本には「一代限り」の王者が少なくない。
簡単にいえば、こういうことだ。

 一、ある時期に優秀なプレイヤーが集まり、頂点に立つ。
 ニ、その優秀な世代が年老いて、弱体化する。

川崎時代のヴェルディと磐田がそうだった。

ヴェルディは、三浦カズ、ラモス、柱谷哲二、北澤豪、武田修宏といった草創期の黄金メンバーが衰えて、一気に降下。磐田も、中山雅史、名波浩、藤田俊哉、服部年宏、田中誠といった代表クラスが高齢化すると、そのまま順位を落とした。

そんな中で、鹿島だけが主力の顔ぶれが変わっても強豪としての地位を保ち続けているのである。

海外では当たり前でも、日本では特筆すべき事実といっていい。

こうした鹿島の強さには様々な要因があるが、ひと言でいえば「伝統の強さ」といっていい。

前述した磐田やヴェルディは、黄金時代が終わったときに、弱くなったことを当事者である選手やフロント、さらにはファンが受け入れてしまった。

いい夢を見せてもらった、と。

鹿島は違う。

恥ずかしげもなく「楽しいサッカーをしたい」と口にする多くのクラブとは違い、彼らは「勝たなければ楽しくない」と考えている。

負けず嫌いの権化、ジーコが刻みつけた「哲学」(社訓といってもいいだろう)が代々受け継がれているのだ。

「鹿島アントラーズは勝たなければならない」

鹿島に携わる人々は何の疑問を抱かずに、そう思っているはずだ。
これは理屈ではない。

レアル・マドリーは勝たなければならず、ユベントスもまた勝たなければならない。バルセロナも、ミランも、バイエルンも、マンチェスター・ユナイテッドも。

長く勝ち続けているクラブは、自分たちが勝つのは当たり前だと考えている。

反対に、
「なんで勝ち続けなきゃならないんだよ」

と思っているクラブは勝ち続けられないのである。

ヴェルディや磐田と違って、鹿島が、「俺たちは勝たなきゃいかんのだ。負けるのは恥ずべきことだ」という考えを伝承してこられたのは、ジーコがいなくなっても、ジーコの教えを受け継いできた人々がいたからだ。

本田泰人の存在

10年くらい前、名波がインタビューの最中に悪戯っぽく笑いながら逆質問をしてきた。

「鹿島の強さの秘密、何だと思います?」

磐田の王様は嬉しそうにいうのだった。

「本田さんがいるからですよ。いまは出番が少ないけれど、ベンチで若手に睨みをきかせているんですよ」

中盤の守備を担い続けてきた、本田泰人のことだ。

身体は小さいが気が強く、いったん食いついたら地獄の底まで追いかけていくような殺し屋。あの大久保嘉人を、試合中に引っぱたいたこともある。

バラエティ番組での恐妻家ぶりが嘘のような、鼻っ柱の強さであった。

本田が活躍していたころの鹿島と名古屋グランパスの対決は、この本田とストイコビッチの戦いのようなところがあった。

本田の嫌がらせにストイコビッチが激怒したら、鹿島の勝ち。反対にストイコビッチが本田を手玉に取れば、名古屋の勝ち。

対戦成績で鹿島が大きくリードしていたのは、本田がそれだけ仕事をしていたということだ。

本田について、印象深い出来事がある。

04年の浦和戦、ホームで敗れた鹿島イレブンにファンから缶が投げつけられ、これに怒った本田が観客席に投げ返した。するとサポーター数人がピッチに乱入。本田に暴行を働いたのだ(本田は勇敢に戦ったが、多勢に無勢であった)。

缶を観客席に投げ返したことは、決して褒められるべきことではない。

だが、何があっても傍観者を決め込む選手よりも、肝心なところで頼りになるのは、こういう男だ。

ファンが投げ込んだ缶には、
「お前ら、恥ずかしいゲームしてんじゃねえ」

という意味があり、本田は本田で、
「うるせえな、俺だって悔しいんだよ」
という気持ちで応えたのだ。

こういうことができるのは、いまのJリーグでは浦和の田中マルクス闘莉王くらいだろう。

こういう男がいるチームは強い。若手が、その背中を見てたくましく育つからだ。

小笠原満男や本山雅志、中田浩二や岩政大樹など、鹿島には勝利に徹することのできる、面構えのいい男たちが揃っている。

鹿島の戦い

ブラジル人監督による指導、ブラジル人獲得の上手さ、戦術の一貫性など、鹿島の強さの理由はいくつもあるが、忘れていけないのは本田に象徴される狡賢さ、汚さだ。

最後に、そのことに触れて原稿を終えたい。

かつて、名古屋の田中孝司監督が、
「鹿島みたいなチームに勝たせてはいけないんですよ」
とインタビューの席で言い出した。

なぜですか、と尋ねると、
「ああいう汚いところに勝たせてはいけないんです。たとえば主審がイエローを出しそうになると、大勢の選手が割って入ってだれの反則かわからなくさせようとする」
辛らつな口調で鹿島を糾弾した。

たしかに日本的文脈に当てはめれば、鹿島は美しくないだろう。

2000年の第2ステージ最終戦では、勝った方が優勝という大一番を柏レイソルと戦ったが、0対0で凌ぎきり、タイトルを手中にした。

この試合の終盤、鹿島はビスマルクがコーナー付近で何度もボールを囲み、時間稼ぎをした。そのことが批判の的になった。

タッチを割ったボールをベンチのトニーニョ・セレーゾ監督が直々に拾い上げ、物凄くゆっくりした動作で転がして返したシーンも忘れられない。

「お前は、そこまでして時間を稼ぎたいのか!」
頭が下がる思いであった。

こうした鹿島の「社訓」を、僕なりに考えてみた。

プロは勝たなければならない。

勝つためには、見栄えのいいプレーばかりしていてはだめだ。

敵に嫌われることを勲章だと思え。

そして、一つひとつのプレーを疎かにするな。

些細なところにも、勝利につながる何かが隠されているのだ。

これはもう、スポーツというより、戦いといったほうがよさそうだ。

見方を変えると、他の多くのクラブがスポーツ的すぎるのだろう。

小さなことの蓄積が、「常勝軍団」鹿島を築き上げた。

彼らの戦いぶりを見ていて思うのは、強くなることよりも、強くあり続けることの難しさである。


(終)
熊崎敬
1971年生まれ、岐阜県出身。8年間、サッカー専門誌に勤め、その後、フリーライターに。唯一の著書『熊さんのゴール裏で日向ぼっこ』が絶賛在庫中だ。父の影響を受け、幼少期から日本ハムファイターズを応援している。


熊崎氏のコラムである。
鹿島アントラーズに受け継がれる歴史を語っておる。
ジーコの意志を本田主将が継ぎ、小笠原主将・岩政と継承されておると綴る。
我等は勝たねばならぬのだ。
勝つことにこそ存在意義を見いだしておるのだ。
どのような勝負にも勝利という結果を求めて挑むのである。
今季も多くの勝利を重ね、次世代に受け継がせていきたい。

小笠原満男、雪辱を晴らせ

きょうACL決勝T1回戦 鹿島、攻守に集中を
小笠原、雪辱期す
 サッカーのアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)決勝トーナメント1回戦は12日、アジア各地で行われ、鹿島はカシマスタジアムで前回王者の浦項(韓国)と対戦する。キックオフは午後7時。鹿島は2年連続初戦で敗れている。後のない一発勝負だがACLタイトルは鹿島の悲願。いかに攻守の集中力を持続できるか。
 「リーグ戦だったら後で取り返せるけど今回は違う。今季前半の一番大事な試合」。日本代表に選ばれた岩政は、チーム共通の思いを代弁する。
 5日のリーグ戦を終えてから、体力回復に努めながら3日連続で1時間を超える入念なミーティングを重ねてきた。会見でオリベイラ監督は「敗れた過去2年で学んだことも多い。次のステージに進めると強い自信を持っている」と話した。
 昨年覇者の浦項は、10日にオリベイラ監督の弟ワルデマール監督が解任されたばかり。韓国Kリーグでも12位に沈む。ただ、最近のリーグ戦では主力を温存させ、この一戦に照準を合わせてきた。昨季ACL最優秀選手のMF金在成やFWモッタなど、前線には個人で状況を打開できる選手が並ぶ。
 受け身に回りすぎないことはもちろん、岩政が「監督から『失敗を恐れるな』と強く言われた」と話すように、普段通りの攻守に積極的なサッカーを貫きたい。
 ACLタイトルは今季の鹿島の悲願。早々に目標が無くなれば、今後へのダメージも計り知れない。昨年の決勝トーナメント1回戦で不本意な退場処分を受けた小笠原は「W杯前の前半戦は(リーグ戦も含めて)あと2試合。両方勝たなくちゃいけない」と雪辱を期した。


【写真説明】
昨年のACL決勝トーナメント初戦で一発退場、雪辱を期す小笠原=クラブハウスグラウンド


頼もしい主将、小笠原満男である。
今日は勝つ。
勝たねばならぬ。
強い気持ちで聖地へ集まりたい。
北条小四郎義時は語る。
「倒さなければ倒される。力がこの鎌倉を制するのだ。その渦中にいる以上、俺は死力を尽くして戦うぞ。武士にとって力は正義だ」

興梠、世界を目指す

興梠落選切り替えクラブで世界を目指す
 鹿島FW興梠慎三(23)がW杯メンバー落選の屈辱をクラブで晴らす。W杯出場はかなわなかったが、ACLを制せばクラブW杯への道が開ける。既に浦和、G大阪が世界3位の称号を勝ち得ているだけに「次の目標はクラブで世界(大会)に出ること。僕は落ちてからが強い」とキッパリ。06年ドイツW杯で落選したFW久保(当時横浜)は落選後のナビスコ杯で2戦連発したが、興梠も得点という結果でチームを勝利に導く。

 鹿島−浦項のテレビ中継は12日、BS朝日で午後6時55分から。

 [2010年5月12日9時28分 紙面から]

南ア落選・興梠、クラブでW杯出場だ…鹿島
 ◆アジア・チャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦 鹿島─浦項(12日・カシマスタジアム) 鹿島は11日、浦項戦に備え、クラブハウスで前日の公式練習を行った。日本代表のW杯メンバーから落選したFW興梠が次の目標を、ACL王者に出場権が与えられるクラブW杯出場に設定。「絶対に勝って、クラブで世界に出たい」と誓った。決勝トーナメント1回戦は、08、09年と敗れた鬼門であるが、オリヴェイラ監督から「一発勝負でも失敗を恐れるな。別に死ぬ訳じゃない。大胆に」とゲキを受け、ドリブルなどで積極的に仕掛けていく考えだ。同監督から「南アフリカで貢献できないのは残念」と言葉をかけられたMF小笠原とともに、深紅のユニホームで世界進出を狙う。
(2010年5月12日06時01分 スポーツ報知)

興梠が我等を世界へ連れて行ってくれるであろう。
将軍頼家が最後の足掻きのように策した北条倒滅は、仁田忠常の死によって敢え無く幕が降ろされた。

岩政、気持ちを切り替え

岩政は代表モードからACLに切り替え
 鹿島の日本代表DF岩政が、代表選出の話題を断ち切って12日のACL浦項戦に臨む。08、09年と2年連続で1次リーグ突破直後の試合で敗退。

 「ACLに気持ちを切り替えなきゃいけないんで、きょうは代表の話はしたくない。同じような失敗はしたくない」と力を込めた。浦項には2月の東アジア選手権で日本にトドメを刺す3点目を決めた韓国代表MF金在成が在籍。その試合には岩政も出場していた。因縁の相手を封じてチームを8強に導く。

[ 2010年05月12日 ]

気持ちを切り替える岩政である。
岩政の気合いを確かめに聖地へ向かおうと思う。
頼家は奇跡の回復をし、比企の滅亡を、我が子・一幡の死を聞き激怒した。

浦項戦試合前コメント・プレビュー

【AFCチャンピオンズリーグ2010 鹿島 vs 浦項】オズワルド・オリヴェイラ監督、中田浩二選手(鹿島)前日記者会見でのコメント(10.05.12)
●オズワルド・オリヴェイラ監督(鹿島):
Q:シーズン当初から明日の試合がビッグゲームになると仰っていたと思います。目前になって改めてチームの現状と、昨年・一昨年とトーナメントの1回戦で敗れていますが、そのあたりを含めて明日の試合への意気込みをお願いします。
「当然ながら2年間戦った中で得たものや学習できたものはあると思います。アデレード戦、FCソウル戦を含め、当時のメンバーから8割方は同じメンバーだと思います。ただ敗退したのではなくそこから得たものは、彼ら個人にもあったと思うし、チームにもあったと思います。今回は、これ以上のステージに進めるのではないかと強い自信を持っています」

Q:明日の相手は昨年のチャンピオンである浦項です。弟さんが解任され監督が代わったりしていますが、相手チームの印象と、監督交代による影響があると感じていらっしゃいますか?
「去年から浦項の試合は見ていますし、ACLの決勝の試合は見ましたし、またFCWCでの活躍も見ました。チームとしては、能力の高い選手がたくさんいると思います。間違っていなければ4〜5人韓国代表選手がいますし、元代表選手もいます。ブラジル人でも素晴らしいトリオがいますし、厳しい相手だと思います。相手としては申し分のないものであって、危険性が高く、長所を多く持っているチームだと思います。それに対するケアをしっかりしていけば、我々のチームにも同等の選手が揃っています。全員で勝利を目指して戦っていければと思います」

Q:相手の監督が突然代わったことについて、初めて聞いたときの印象は?
「監督が代わろうと、明日が試合ですし、代わりに入る人がどういう戦法を取るのかは試合が始まってみないとわかりません。そこでしっかりと対応できればな、と思います」

Q:前のリーグ戦から1週間空きました。この1週間、選手にはどういったアプローチをしていたのでしょうか?
「約1週間空きましたが、まず心掛けたことは選手をリカバリーさせることです。なぜかというと、先月の4連戦からずっと試合があったわけで、そこの疲労がかなり溜まっていたので選手を休ませることに重点を置きました。ミーティングというのはうちでは恒例となってやっているのであって、対戦が初めてであればなおさら情報を取り入れてもらう、選手個人の特徴、チームの特徴や狙いを徹底的にインプットする作業は当たり前のことです。何も情報を入れずにいって何とかなるということでは無いわけであって、相手の特徴を把握することは大切なことです。選手が高い意識を持って見て聞いて取り組んでくれたのではないかと思います。重点を置いたのは選手をリカバーさせるところで、その準備がしっかりできたのではないかと思います」

Q:昨日、日本代表のメンバーが発表されましたが、選ばれた選手、選ばれなかった選手、それぞれ明日の試合で良い影響だったり良くない影響があることは考えられますか。それと、小笠原選手が選出されなかったことについて、どのようなお考えをお持ちでしょうか?
「選ばれた選手にはプラスの影響があったと思いますし、選ばれなかった選手には長年一緒にやってますので悪い影響はないと思います。あったとしても少ないものです。小笠原選手についてですが、僕にとっては重要な選手であって、日本代表にとっても南アフリカに彼がいないということはものすごく残念なことです。僕が何かコメントをする必要は無いと思います。それは昨年のJリーグのMVPを取った選手であって、その実績を見ても能力が高い選手であることは皆さんも良くわかっていることだと思います。最後に試合そのものに対する影響は、全く無いと思います。それはなぜかというと岩政選手にしても内田選手にしても、彼らにとっては今はACLがワールドカップであり、彼らは気持ちをしっかり入れて我々のために貢献してくれると確信しております。このアントラーズで実績を残しての選出なのであって、それを彼らは良くわかっていると思います。南アフリカに行く前に、明日の試合にかなり集中してくれると確信しております」


●中田浩二選手(鹿島):
Q:プレーをしている選手としては、明日の試合に向けてどういった思いが強いですか?
「ここ2年は悔しい思いをしているので、明日はぜひ勝って突破したいという気持ちを選手全員が持っています。そうなるようにやっていきたいと思います」

Q:明日の試合を分けるポイントはどこにあるとお考えですか?
「浦項のビデオは結構見ましたけど、各ポジションに素晴らしい選手がいますので、注意は必要だと思います。ポイントは試合に勝ちたいと思う方が、よりアグレッシブに戦える方が最後のところで勝っていけると思うので、その部分を出していきたいと思います。個人だけでなく、チーム全員で出していければいいのではないかと思います」

Q:ホームゲームということで、試合の入り方、ゲームコントロールについてはどのようにお考えですか?
「入り方はうまく入らないといけないと思いますし、0分から試合が終了するまで全員が試合に集中して良い入り方をしなければいけないと思います。その状況でいろんな展開があると思います。その中でゲームコントロールをうまくやっていければいいと思うので、この時間帯だからこう、というのは今の時点ではないです。状況を見ながらやっていければい良いなと思います。幸いホームでやれるので、サポーターの後押しもあると思いますし、自分たちのペースでゲームを作っていければ良いなと思います」


以上

【AFCチャンピオンズリーグ2010 鹿島 vs 浦項】プレビュー:前半戦最大のビッグマッチ。オリヴェイラ監督の鼓舞を受け、敢えてアグレッシブな姿勢でラウンド16に向かう(10.05.12)
選手も監督も、そしてサポーターも。誰もが強く意識してきた試合が、とうとう目前に迫ってきた。鹿島にとって前半戦で最も重要な試合は、このラウンド16において他にない。
「他の試合は、たとえ負けてもなにかが決まってしまうわけではなかったけれど明日は違う」
岩政大樹がこの試合の重要性を語れば、興梠慎三は強い決意で意気込んだ。
「前半戦で一番大事な試合だから絶対に勝ちたい」
 ACLラウンド16は一発勝負。勝てば準々決勝に進むが、負ければそこでジ・エンド。過去2年、同じような場面で夢破れてきた鹿島は、なんとしても負けられない試合なのだ。

対戦相手となった浦項は、昨シーズンのACLチャンピオン。監督だったセルジオ・ファリアスはACLチャンピオンの称号をひっさげ中東(アル・アハリ・ジッダ/サウジアラビア)に引き抜かれた。代わりに就任したのがオズワルド・オリヴェイラの実弟であるワルデマール・オリヴェイラだった。ACLを舞台に兄弟対決の実現が期待されたが、なんと試合前にワルデマール氏が突然の解任。浦項は監督不在のまま、パク・チャンヒョンコーチが監督代行として、この試合の指揮を執ることとなった。
「選手も私も非常に驚いたニュースでした。リーグでの成績がよくないということでクラブがそういう決定をしたんだと思います」
パク・コーチも寝耳に水の解任劇だったことを明かした。確かに、KリーグやACLなど浦項が戦った直近の10試合の成績を見ると、勝利したのはわずかに1試合のみ。解任もやむを得ない状況だった。スクランブル状態の浦項だが、監督解任直後は、それがカンフル剤となりチームは一丸となって力を発揮するケースが多い。もともとアジアチャンピオンの実力を持つだけに、侮ることはできないだろう。

そうした対戦相手に対し、オリヴェイラ監督は選手たちに思い切ってプレーすることを強調したようだ。
「一発勝負だから、ここの戦いは難しい。ヤマザキナビスコカップもそうだが、負けないプレーをしないといけない。そうすると思い切ったプレーが少なくなってしまう。そこは監督が思い切ったプレーをしろと言ってくれて心強かった」
長らく戦列を離れ、この試合から復帰しそうな本山雅志は、監督の言葉によってチームが重圧から解放されていると話す。
それに同調するのが岩政大樹だ。
「監督は『失敗を恐れるな』と言っていました。いつもはそんなことは言わないし、選手がミスをしても特になにかを言う監督ではない。萎縮するところがあるので多少大胆に行こうということを意識させる話をしてくれました」
日本代表の話題は敢えて封印し、ACLに集中していた。

泣いても笑ってもこの1試合で後半戦までアジアの舞台が続くのか、ここで終わるのかが決まってしまう。ただ、そのプレッシャーを乗り越える策を監督は選手に授けていた。あとはいつもどおりのサッカーをピッチの上で表現するだけだ。決戦の準備は整っている。


以上
2010.05.11 Reported by 田中滋


[ AFCチャンピオンズリーグ2010 鹿島 vs 浦項 ] 前日記者会見の様子

鹿島対浦項、ラウンド16の公式記者会見が行われ、鹿島からはオリヴェイラ監督と中田浩二選手が出席しました。

[ AFCチャンピオンズリーグ2010 鹿島 vs 浦項 ] 前日記者会見の様子

過去二年間、ACLでは思うような成績が残せなかったオリヴェイラ監督。
「今回は、これ以上のステージに進めるのではないかと強い自信を持っています」と意気込みを語りました。

[ AFCチャンピオンズリーグ2010 鹿島 vs 浦項 ] 前日記者会見の様子

中田浩二選手は「ホームでやれるので、サポーターの後押しもあると思う」と期待を述べていました。
平日夜の開催になりますが、どのくらいのサポーターが集まるのか楽しみです。



「今はACLがワールドカップ」世界を目指して一歩前へ進みたい。

日本代表選出報道

岩政高さではね返す「責任もって頑張る」
 日本サッカー協会は10日、W杯南アフリカ大会(6月11日開幕)に臨む代表メンバー23選手を発表した。

 DF岩政大樹(28=鹿島)は、ヘッドという最大の武器でデンマークFWベントナーら敵国の大型ストライカーを封じ込める。「選ばれるなら、高さではね返すことを求められる」と想定しており、イメージトレーニングも万全だ。当落選上に位置していただけに、この日は練習後に選手寮の自室を真っ暗にして1人で待機。念願の選出に「責任を持って、W杯で結果を出せるように頑張りたい」と意気込んだ。

 [2010年5月11日8時16分 紙面から]

岩政、滑り込み初選出「寝付けず緊張した」
2010.5.11 04:31
 日本サッカー協会は10日、サッカー南アフリカW杯に出場する日本代表23人を発表した。努力の男には、大きなご褒美が待っていた。鹿島のDF岩政大樹(28)が、滑り込みで初のW杯代表に選出。「昨晩はよく寝付けず緊張した。重圧もあるけど勝利のために必死に泥臭くやりたい」と意気込んだ。

 緊張した面持ちで、額に汗を浮かべて会見に臨んだ。08年に代表初招集。しかし、センターバックには岡田ジャパン不動の中沢と闘莉王がおり、当落線上と見られていた。それでも、昨年から体の動かし方を追求し、狂言を研究。今年1月には大相撲の横綱白鵬に“弟子入り”するなどユニークな練習を積み、今回の選出につなげた。

 W杯はこれまで「TVで見る華やかな世界」だったが、これからは自らの“戦場”に。「相手のパワープレーもはじき返したい」。体格なら世界でも見劣りしない。岩政が、日本の秘密兵器になる。
(伊藤昇)

内田は順当に選出、先輩たちの教えを胸に

日本代表に選ばれた鹿島・内田(左)と岩政はWのポーズをする
Photo By スポニチ

 【W杯日本代表メンバー発表】鹿島のDF内田は順当に選出され「新聞に出場時間の表が出てて、たくさん出してもらったんだなと実感した。その中で自分が評価してもらえたかなと思う」と充実した表情で話した。

 鹿島からは当落線上だったMF小笠原、FW興梠が落選。「3連覇して(鹿島のオリヴェイラ)監督や先輩たちからゲームの勝ち方、厳しさを教わってきた。鹿島で学んだことをすべて南アフリカで出し切りたい」と先輩たちの教えを胸に結果にこだわる姿勢を見せた。

[ 2010年05月11日 ]

空中戦まかせろ!“第3のCB”に岩政

日本代表に選ばれ、会見に臨む鹿島・岩政
Photo By スポニチ

 【W杯日本代表メンバー発表】鹿島のDF岩政大樹(28)が、高さ対策で第3のセンターバックに抜てきされた。2月の東アジア選手権以降は代表招集がなく、選出は微妙な状況だっただけに「年齢順に呼ばれると思ってて、今ちゃん(今野)が先に呼ばれたのでないと思ってたのでビックリした」と驚きを隠せなかった。

 センターバックの控えとしての位置付けだが、岡田監督は「闘莉王、中沢と4バックでやってきたが、彼らがケガをしたら他の方法も必要になる。パワープレーにも必要」と期待。岩政も「僕が必要とされる場面がくるとすれば空中戦」と期待に応える意気込みを示した。山口県出身選手としては初のW杯戦士。東京学芸大に一般入試で合格し、数学の教員免許を持つ異色の大型センターバックが、世界の強豪相手に“高さ”で勝負する。

[ 2010年05月11日 ]

小笠原 その瞬間「寝てた」

W杯日本代表メンバーに選ばれなかった小笠原(左)と興梠
Photo By スポニチ

 【W杯日本代表メンバー発表】鹿島のMF小笠原の逆転選出はならなかった。午前9時からチーム練習に参加した後は、5日のC大阪戦で痛めたひざの治療に専念。メンバー発表の瞬間は「寝てた」そうだが、3大会連続のW杯出場へ執念を見せていただけに「残念です」と無念の表情を見せた。それでも12日にはACL決勝トーナメント1回戦の浦項戦が控えるだけに「引きずることはない」と気持ちを切り替えていた。
[ 2010年05月11日 07:58 ]

岩政、予想外の選出にカーテン閉めきり涙

鹿島神宮の絵馬に目標を書き、健闘を誓った鹿島の岩政(右)と内田

 日本代表の岡田武史監督(53)は10日、東京都内のホテルで、6月の南アW杯の登録メンバー23人を発表した。

 DF岩政=鹿島=は、「自分の行動に不安があった」と寮の自室でカーテンを閉め、真っ暗にして発表を待った。泣いたりした姿を人に見られたくなかったからだ。「予感めいたものはなかった。緊張というか、怖いという感じだった」。だが、予想に反して、7番目に名前が読み上げられると、今までの人生が走馬灯のように頭を巡り、自然と涙がこみ上げてきたという。

 瀬戸内海に浮かぶ山口県周防大島の生まれ。山口県出身としては初、島出身者としては、06年ドイツW杯のDF加地亮(兵庫・淡路島)以来、2人目のW杯戦士となる。つい最近まで外出する時でも、家の鍵は開けっ放し。行き交う人は皆知り合いで、あいさつを交わす。いわゆる島らしい環境で過ごした。「その島がなければ今の自分がなかった」と明かす。

 島の中学校にサッカー部がなく、サッカーを断念しかけたことがあった。だが、島民挙げての資金集めが行われ、小学6年生の時にクラブチームが立ち上がった。島にW杯への道をつなげてもらった。今年1月、帰島した際に「大ちゃん、W杯出てね」と声を掛けられ、ひたすらにメンバー入りを目指してきた。

 「僕が必要とされる場面があるとしたら、空中戦だったり、相手のパワープレーをはじき返すこと。その部分はヨーロッパ、カメルーンでも負けないようにする」。3バックでの起用も考えられる。結局、こみ上げてきた涙は、急に部屋に入ってきた若手に邪魔され、流さなかった。島を思いながら流す涙は、W杯での勝った後と決めた。

(2010年5月11日06時01分 スポーツ報知)

W杯日本代表 鹿島から内田、岩政
 日本サッカー協会は10日、東京都内で記者会見し、日本代表の岡田武史監督が6月11日に開幕するワールドカップ(W杯)南アフリカ大会の登録23選手を発表した。鹿島からは内田篤人と岩政大樹が初選出されたほか、中村俊輔(横浜M)遠藤保仁(G大阪)や岡崎慎司(清水)中沢佑二(横浜M)ら攻守の主力が順当に選ばれた。(3、4、6、7、23面に関連記事)
 鹿島からの選出は4大会連続で、内田と岩政は同日午後3時から鹿嶋市のカシマスタジアムで記者会見に臨んだ。右サイドバックのレギュラーとして活躍が期待される内田は「選ばれてほっとした。でもこれからが本番。呼ばれたことに満足せず、今まで鹿島で学んだことを本番で発揮したい」と決意を語った。岩政は当落線上だったため、「(選出は)びっくりした」と素直な感想。第3のセンターバックとして、「空中戦だったり、相手のパワープレーをはねかえすことを期待されていると思う」と気持ちを新たにした。
 このほか楢崎正剛(名古屋)川口能活(磐田)の両GKは、日本が初出場した1998年フランス大会から4大会連続で選ばれた。初選出は岡崎、本田圭佑(CSKAモスクワ)やブラジル出身の田中マルクス闘莉王(名古屋)ら15人。稲本潤一(川崎)は3大会連続の代表となった。昨季のJリーグ最優秀選手の小笠原満男(鹿島)や興梠慎三(同)は落選した。12日に予備登録選手(最大7人)も発表する。



【写真説明】
記者が用意した絵馬に願いを書き込んだ鹿島の内田(左)と岩政=カシマスタジアム


特筆すべきはスポニチの小笠原満男であろう。
さぞかし無念であったことと思う。
選手を選んだ岡田日本代表監督も「能力が上の選手から選んだわけではない」と公言しておる。
これに関しては誰もが苦言を呈しておることと思われる。
それはそれとして、日本最高のMFは気持ちを切り替え、アジアを目指しておる。
今や世界は代表だけのものではないのである。
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鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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