ジョルジーニョ監督と合意

ジョルジーニョ氏の来季監督就任について合意 2011/12/31
クラブOBのジョルジーニョ氏と、2012年シーズンの監督就任について合意に達しましたのでお知らせします。契約締結後、正式発表となります。

<プロフィール>
■監督名:ジョルジーニョ JORGINHO
■本名:ジョルジ・デ・アモリン・カンポス JORGE DE AMORIM CAMPOS
■生まれ:1964年8月17日、リオデジャネイロ生まれ
■指導者歴:
2006 アメリカRJ(伯)監督
2006-2010 ブラジル代表ヘッドコーチ ※2010FIFAワールドカップ南アフリカ大会出場
2010 ゴイアスEC(伯)監督
2011 フィゲイレンセ(伯)監督 ※全国選手権7位、ブラジル年間優秀監督賞第2位
■選手歴:
▽クラブチーム
アメリカRJ(1982、伯)─CRフラメンゴ(1984、伯)─バイエル・レバークーゼン(1989、独)─バイエルン・ミュンヘン(1992、独)─鹿島アントラーズ(1995)─サンパウロFC(1999、伯)─CRヴァスコ・ダ・ガマ(2000、伯)─フルミネンセFC(2002、伯) ※2003現役引退
伯:ブラジル
独:ドイツ
(西ドイツ時代を含む)
▽代表チーム世界大会
1983 FIFAワールドユース(U-20)ブラジル代表
1988 ソウル五輪ブラジル代表(現在とは出場資格が異なりますのでU-23ではありません)
1990,1994 FIFAワールドカップブラジル代表
▽主な実績
フラメンゴ 1986リオ州選手権優勝、1987ブラジル全国選手権優勝
バイエルン 1993-94ブンデスリーガ優勝
鹿島アントラーズ 1996、1998Jリーグ優勝(1996年は年間最優秀選手)
Jリーグ通算103試合17得点
1997ナビスコカップ優勝(最優秀選手)、第77回天皇杯優勝
U-20ブラジル代表 1983ワールドユース優勝
ブラジル五輪代表 1988ソウル五輪銀メダル
ブラジル代表 1989コパ・アメリカ優勝、1994FIFAワールドカップ優勝
国際Aマッチ 67試合3得点
■クラブ歴代監督 ※カッコ内は就任年月(月表示のないものはシーズン最初から)
1.宮本征勝(1992)
2.エドゥ(1994.6)
3.ジョアン・カルロス(1996) リーグ1、天皇杯1、ナビスコ1回優勝
※関塚隆氏による監督代行期間あり
4.ゼ・マリオ(1998.8) リーグ1回優勝
5.ジーコ(1999.8、総監督)
6.トニーニョ セレーゾ(2000) リーグ2、天皇杯1、ナビスコ2回優勝
7.パウロ・アウトゥオリ(2006)
8.オズワルド オリヴェイラ(2007) リーグ3、天皇杯2、ナビスコ1回優勝
9.ジョルジーニョ(2011)


来季の新監督としてジョルジーニョと合意に至ったとのこと。
年の瀬に大きな報である。
12月22日にニッカンが報じて以来、続報がなかったため、不安に思っておった者も多かったであろう。
この公式発表で安堵の気持ちになったのではなかろうか。
世界を知り、鹿島を知り、勝利を知るこの人物が指揮を採ることで、鹿島は更なる新化を遂げるであろう。
ジョルジーニョと共に勝利に向かい進んでいきたい。

今年の漢字

[ ゆく年くる年:今年の漢字 鹿島 ]


いろいろなものが壊れてしまった1年だったように思う。東日本大震災によりクラブの活動は休止。キャンプで積み上げたものが壊れたままAFCチャンピオンズリーグが始まり、しばらくするとJ1リーグ戦も再開。オフに加入した新戦力が融合する時間もとれないまま、シーズンが終わってしまった。
また、ホームのカシマスタジアムは地震で甚大な被害を受け、使用できるようになったのは6月から。国立競技場での代替開催の影響もあってか、毎年5割以上を保ってきたホームでの勝率も、クラブ史上初めて割り込んでしまった。鹿島が誇ってきた神話が「崩壊」。今季でオズワルド・オリヴェイラ監督も退任し、来季からは新たな監督を迎えることが決定している。一つの時代が終わったことを告げる1年だった。


Text by 田中 滋

今年の漢字に「壊」を選出する田中氏である。
震災の影響は大きく、施設も記録も、そしてチームまでも壊れてしまった。
監督は退任し、チームの主力も移籍を決断した。
この影響は来年にも及ぼされる。
とはいえ、これを機会に来季は心機一転し、災い転じて福としたい。

2011年を振り返って

2011年を振り返ってみたい。

大量補強。
カルロンを筆頭にアレックス、ヒゲくん、西、そしてプラチナ世代の4人に加え、三月にはアルシンドの息子であるイーゴルが加入した。
リーグ戦の巻き返し、そしてアジア制覇を目指し大型補強を敢行したことが大きく報じられた。
これほどの大量補強は鹿島に於いては珍しい。
クラブとしての意気込みを感じさせられた。
その裏ではレンタルも含む大幅な選手放出があり、寂しい思いもあったことは事実である。

ユースにキッカ監督就任
ジーコに導かれ若き世代を指導することとなったキッカ監督は、震災にも心が折れることなく強化に努めた。
その結果、ユースは大躍進し、三人のトップ昇格がかなった。
来季以降も期待したい。

ゼロックス・スーパー杯。
1-1のドローもPK戦にて惜敗。
残念な結果ではあるが、練習試合としては悪くなかったように思える。

開幕戦。
ゴラッソを決められるも、三度追いつきドロー。
アディショナル・タイムの田代のヘディングが入っておれば、劇的逆転勝利であっただけに無念なスタートとなった。

ローテーションの採用。
ACLとリーグ戦を平行で進めるため、選手のローテーションを採用した。
大量補強がそれを可能にしたが、連携不足は否めなかったように思える。
選手固定を否定する声を毎年のように聞いたが、ローテーションにも弊害があることを理解したのではなかろうか。

震災。
鹿島だけでなく、日本全体に大きく影を落とした歴史的惨事である。
ただ、残念なのは十分に被災した茨城であるが、東北に比べて報道されなかったことは悲しい事実と言えよう。

不調。
震災でチームを一時解散し、再集合してACL、リーグ戦と戦ったものの、コンディションをそろえることが出来ず、チームの調子は上がらなかった。
カルロンやガブさんは、未曾有の震災と原発事故の影響で、本来の力を発揮出来なかった。
また、岩手の惨事を目の当たりにした小笠原満男主将は、サッカーに集中することは出来ず、チームの中心選手としての役割を全う出来なかったことも大きく影響した。

ACL敗退。
グループ・ステージこそ突破できたが、Round16はFCソウルに為す術なく敗戦。
悔しいを通り越した感情を持ったことは事実と言えよう。
震災を理由にするのは簡単ではあるが、カルロンの誤算と田代の負傷が痛かったことも付け加えたい。

伊野波、カルロン移籍。
伊野波はクロアチアに、カルロンはスイスへと旅だった。
伊野波の移籍はシーズン最初から予想されており、CBは中田コとの併用が成さされておった。
カルロンはほぼ戦力外となっておったので、二人の移籍とも特に問題はなかった。

夏場の好調。
苦手の八月を無敗とする好調を維持し、一時的に希望を抱かせた。
得点だけ見れば、結果を出した田代に注目が集まるが、大迫の自覚と成長が大きかったように思う。

ナビスコ杯制覇。
不調であったリーグ戦を尻目に延長戦を三度戦い、優勝を果たした。
MVPの大迫は全ての試合で得点を挙げ貢献。
岳のプレイにも魅せられた。
若手の躍動が感じられ、未来に夢を馳せられる大会となった。

リーグ戦。
序盤の躓きが響き、夏場こそ盛り返したものの秋の訪れより勝ちきれぬ戦いが続いて結果的に六位。
序盤こそ震災をいいわけに出来ぬではないが、後半は昨季と同様の決定力不足に泣いた。
そのためのカルロンであり、田代の復帰であったが、克服出来なかったと断言出来よう。
ホーム最終戦である、清水戦で本山が輝いたことが救いであったやも知れぬ。

オリヴェイラ監督退任。
ナビスコ杯の優勝から来季も指揮を採って貰えるようオファーを出し、本人も乗り気であったが、ブラジルへ帰国し退任となった。
非常に残念と言えよう。
子供との生活が理由と語っており、決断にはかなり苦悩したとFreaksでもAntlers Reportでも述べられておる。
采配を振るったこの五年全てに於いてタイトルを得た、素晴らしい指揮艦であったと言えよう。
彼の足跡は確実にクラブの歴史に刻み込まれた。
この経験はクラブの財産になったのである。

天皇杯敗退。
オリヴェイラ監督との最後のタイトルを目指して戦ったが、四回戦にて敗退。
チャンスはあったが、不甲斐ない失点にて京都に敗れた。
リーグ戦と同様の内容であったように思える。

来季に向けて。
監督の交代、主力である田代と野沢の流出など、最後の最後に波乱があった。
不安に思う部分も多かろう。
しかしながら、ジュニーニョの獲得、岡本の獲得と補強は怠りなく、新人も、日本代表にも選出経験のある山村くんに評判の高い伊東くん、鹿島を知っているユース三人衆と強力である。
新監督の下、必ずや国内征伐を果たしてくれるであろう。

良いお年を。

大迫・山村くん、U-22日本代表候補トレーニングキャンプ選出

U−23日本代表候補トレーニングキャンプ メンバー(2012/1/14〜22@グアム)
スタッフ

監督
関塚 隆 セキヅカ タカシ SEKIZUKA Takashi
【(財)日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフ】
   
コーチ
小倉 勉 オグラ ツトム OGURATsutomu
【(財)日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフ】
 
アシスタントコーチ
武藤 覚 ムトウ アキラ MUTO Akira
【(財)日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフ】
   
GKコーチ
藤原 寿徳 フジワラ ヒサノリ FUJIWARA Hisanori
【(財)日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフ】  
 
フィジカルコーチ
里内 猛 サトウチ タケシ SATOUCHI Takeshi
【(財)日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフ】
     
選 手

Pos. No. 選手名 (アルファベット表記)
生年月日 身長 体重 所 属

GK
権田 修一  ゴンダ シュウイチ GONDA Shuichi 
1989.03.03 187cm 83kg FC東京

大谷 幸輝 オオタニ コウキ OTANI Koki
1989.04.08 185cm 80kg 浦和レッズ

増田 卓也 マスダ タクヤ MASUDA Takuya
1989.06.29 183cm 77kg 流通経済大学

安藤 駿介 アンドウ シュンスケ ANDO Shunsuke
1990.08.10 185cm 78kg 川崎フロンターレ
     
DF
薗田 淳 ソノダ ジュン SONODA Jun
1989.01.23 182cm 78kg 川崎フロンターレ

比嘉 祐介 ヒガ ユウスケ HIGA Yusuke
1989.05.15 168cm 68kg 流通経済大学

大岩 一貴 オオイワ カズキ OIWA Kazuki
1989.08.17 182cm 76kg 中央大学

鈴木 大輔 スズキ ダイスケ SUZUKI Daisuke
1990.01.29 181cm 78kg アルビレックス新潟

吉田 豊 ヨシダ ユタカ YOSHIDA Yutaka
1990.02.17 168cm 66kg ヴァンフォーレ甲府
 
丸山 祐市 マルヤマ ユウイチ MARUYAMA Yuichi
1989.06.16 183cm 68kg 明治大学

酒井 宏樹 サカイ ヒロキ SAKAI Hiroki
1990.04.12 183cm 70kg 柏レイソル

濱田 水輝 ハマダ ミズキ HAMADA Mizuki
1990.05.18 185cm 80kg 浦和レッズ
     
MF
山本 康裕 ヤマモト コウスケ YAMAMOTO Kosuke
1989.10.29 177cm 76kg ジュビロ磐田

清武 弘嗣  キヨタケ ヒロシ KIYOTAKE Hiroshi
1989.11.12 172cm 66kg セレッソ大阪

山村 和也 ヤマムラ カズヤ YAMAMURA Kazuya
1989.12.02 184cm 75kg 流通経済大学


齋藤 学 サイトウ マナブ SAITO Manabu
1990.04.04 165cm 64kg 愛媛FC

山田 直輝 ヤマダ ナオキ YAMADA Naoki
1990.07.04 166cm 64kg 浦和レッズ

東 慶悟 ヒガシ ケイゴ HIGASHI Keigo
1990.07.20 178cm 69kg 大宮アルディージャ

山口 螢 ヤマグチ ホタル YAMAGUCHI Hotaru
1990.10.06 173cm 72 kg セレッソ大阪

登里 享平 ノボリザト キョウヘイ NOBORIZATO Kyohei 
1990.11.13 168cm 65kg 川崎フロンターレ

扇原 貴宏 オウギハラ タカヒロ OGIHARA Takahiro
1991.10.05 183cm 71kg セレッソ大阪

高橋 祥平 タカハシ ショウヘイ TAKAHASHI Shohei
1991.10.27 180cm 70kg 東京ヴェルディ
     
FW
永井 謙佑 ナガイ ケンスケ NAGAI Kensuke 
1989.03.05 177cm 74kg 名古屋グランパス

山崎 亮平 ヤマザキ リョウヘイ YAMAZAKI Ryohei
1989.03.14 171cm 66kg ジュビロ磐田

大迫 勇也  オオサコ ユウヤ OSAKO Yuya
1990.05.18 182cm 70kg 鹿島アントラーズ


杉本 健勇  スギモト ケンユウ SUGIMOTO Kenyu
1992.11.18 187cm 76 kg セレッソ大阪

関塚隆監督コメント
グアムキャンプは、2月5日の最終予選U-23シリア戦への準備キャンプとなります。また、同22日には高温多湿のマレーシアでアウェー戦を戦います。その試合に向けての暑熱対策も兼ねています。
現在、同グループ2位のシリアにアウェーであっても勝利することが、最終予選突破への大きな前進になります。チーム内で切磋琢磨し、個人としてチームとしても成長の歩みを止めないことが大事。しっかりと良い準備をして、結果を残したいです。


今後の予定
2012年2月5日(日) アジア最終予選/ロンドンオリンピック予選 U-23シリア戦


U-22日本代表のキャンプに大迫と山村くんが招集された。
これで二月のロンドン五輪予選への選出は堅いものとなろう。
是非とも日本を五輪へ導くべく尽力して欲しい。
キャンプで身体を作り、戦術を体得して、母国に尽くすのだ。
期待しておる。

田代、神戸の納会に出席

三木谷会長、熱望!「ACLに出て」
 J1神戸の三木谷浩史会長(46)が29日、13年のアジアチャンピオンズリーグ(ACL)の出場権獲得を熱望した。

 都内で開かれた楽天グループの納会に姿を見せた三木谷会長は、クラブ史上最高の9位と躍進した今季を「去年から継続してきたことと、今季やってきたことの積み上げができてきた」と評価。その上でFW田代、MF野沢、橋本らを獲得したことに「(未知数の)外国人よりも、信頼度の高い日本人が取れた」とうなずいた。

 同会長は、来季に向けて「4位以内。アジアに向けた戦いもしてほしいし、ACLに出てくれば。露出も増えるし頑張ってほしい。今年の上に積み上げができればやってくれると思う」と次年度の出場権が得られる成績を強く期待。さらに「育成とのバランスも考えながらだが、今後も中長期的な視野の補強をしていければ」と“後方支援”も約束した。

 納会に参加した新戦力の田代は「何かの縁があって、ここに来ている。神戸の力になりたい」、橋本も「将来的に、何か一つ、タイトルを。それが一番の目標」と抱負を述べた。新たな力が加わった神戸が、さらなる躍進を目指す。

(2011年12月30日)

来年、4位以内狙う J1神戸三木谷会長が会見
 J1神戸の三木谷浩史会長と、新加入したMF橋本英郎、FW田代有三の両選手が29日、東京都内で会見した。三木谷会長は過去最高の9位だった今季について「(基本戦術の)堅守速攻に、つなぐサッカーを積み上げられた」と評価し、「来季は(アジア・チャンピオンズリーグ出場の可能性がある)4位以内を狙う」と明言した。
 今オフはG大阪から橋本、鹿島から田代やMF野沢拓也らタイトル経験を持つ実力派を獲得。三木谷会長は「目指す戦術に合う総合力の高い選手を補強できた」と来季に期待を寄せた。
 戦術理解度に優れる橋本は「ほかの選手の強みが発揮できるようなプレーを心がける」と意気込み、空中戦に強い田代は野沢のキック精度の高さに触れ、「注文したところに蹴ってくれる。セットプレーには自信がある」と力を込めた。(佐藤健介)


神戸の納会に出席した田代である。
何かの縁とは如何様なものであったのかは知る由もないが、田代は既に神戸の選手ということである。
来季は全力で田代を止めねばならぬ。
野沢とのホットラインは驚異と言う以外にない。
どう抑えるのかを新監督には熟考して貰おうではないか。
対戦を楽しみにしたい。

U-17アルカス国際大会概要

ユースチームの国際大会参加について 2011/12/29
アントラーズユースがカタールで行われるU-17アルカス国際大会に参加することになりましたのでお知らせします。大会レギュレーションに準じ、17歳以下によるチーム編成となります。

≪U-17アルカス国際大会≫ AL KASS INTERNATIONAL U17 CUP

■期間:
2012年1月8日〜17日

■開催場所:
カタール・ドーハ

■出場チーム(10):
アスパイア?、アスパイア?(以上カタール)、アーセナル(イングランド)、ユベントス(イタリア)、バルセロナ(スペイン)、鹿島アントラーズ、ヴァスコ・ダ・ガマ(ブラジル)、アルアハリ(エジプト)、アルジャジーラ(アラブ首長国連邦)、パリ・サンジェルマン(フランス)

■大会方式:
3組に分かれてのグループリーグの後、4チームによる決勝トーナメントを実施(4チームの組から2チーム、3チームの組からは1チームが準決勝進出)。グループリーグ下位チームは順位決定戦に回る。

■アントラーズの対戦日程(グループA):
1月9日(月)16:00 vsユベントス
1月10日(火)16:00 vsアルジャジーラ
1月12日(水)16:00 vsアスパイア?

■出発・帰国日:
1月5日(木)出発・1月18日(水)帰国


12月25日にニッカンが報じたU-17アルカス国際大会の概要が公式に発表された。
グループステージではユヴェントス、アルジャジーラ、アスパイア?と対戦するとのこと。
是非とも決勝トーナメントに進んで欲しいところ。
若い世代が経験を積むことはトップにも影響を及ぼす。
是非とも良い結果をもたらせて欲しい。
楽しみにしておる。

マルキーニョス、Fマリノスへ

日本復帰へ前向き!横浜 マルキーニョス獲得決定的
 J1通算109得点を誇るFWマルキーニョス(35)を横浜が獲得することが決定的になった。ブラジルのメディアによると、今季途中に仙台から加入したアトレティコ・ミネイロ(ブラジル)との契約を既に解除したという。

 横浜は現地視察を終え、既に年俸1億円(推定)のオファーを出している。本人も日本復帰に前向きで、「横浜マルキーニョス」誕生は秒読みとなった。

[ 2011年12月29日 06:00 ]

12月22日に報じられたFマリノスのマルキーニョスへのオファーであるが、合意に至る模様である。
これは恐ろしい男が敵として日本に戻ってくる。
そのマルキーニョスはエルゴラッソのインタビューに於いて「小笠原は試合の状況を的確に判断して、自分のプレーはもちろん、チーム全体のプレイの強度やリズムをコントロールしていた」
「若手では興梠がいい。スピードとテクニックがあって、どん欲にゴールを狙う姿勢がある」と述べておる。
小笠原主将が試合をコントロールし、興梠がゴールを狙えば、マルキーニョスを相手としたとしても、勝利を掴むことが叶うであろう。
強い気持ちで対戦し、確実に抑えようではないか。
相見える日を楽しみにしておる。

野沢ショック、二度と起こらぬよう

補強の目玉!鹿島MF野沢獲得
 神戸は28日、来季の新戦力として鹿島MF野沢拓也(30)の完全移籍での獲得を発表した。

 茨城県出身の野沢は鹿島ユースからの生え抜きで、ブラジル留学した99年に所属したCFZド・リオを除けば、初めての移籍になる。

 今季のリーグ戦は34試合出場6得点。J1通算でも254試合50得点。経験豊富な攻撃的MFの加入は、神戸にとっては今季の補強の目玉とも言える。

 野沢は生まれ育った鹿島のクラブを通じて「悩みに悩んで移籍を決断しましたが、これからの人生は、さらにプレッシャーや不安でいっばいです。良くも悪くも、遠まわりしてもいい、それが糧となり財産にもなり、僕の人生は常にそうだったと思います」とコメント。

 さらに「サッカーは1人ではできません。みんながいるから成長できたことを誇りに思い、感謝しています。アントラーズに在籍して今日までの17年、ここまで育ててくれてありがとうございました」と自身の原点でもある鹿島へ感謝の言葉を残した。
 [2011年12月28日18時9分]

鹿島・野沢、FW田代に続き神戸移籍
2011.12.29 05:00

 J1鹿島のMF野沢拓也(30)のJ1神戸への完全移籍が28日、両クラブから発表された。不動の司令塔としてJ1通算254試合で50得点。FW田代に続く神戸流出を阻止しようと、鹿島側は説得を続けたが翻らなかった。野沢は「チームのために努力し汗をかき、戦います」と飛躍を誓った。

(紙面から)

神戸、鹿島MF野沢完全移籍で獲得
 J1神戸は28日、J1鹿島から元日本代表MF野沢拓也(30)を完全移籍で獲得したと発表した。複数年契約で、鹿島との契約を1年残す野沢の獲得に、推定6000万円の違約金を支払ったとみられる。

 高い技術を持つ野沢獲得に向けて、クラブ側は熱意を持った交渉を重ねてきた。鹿島への愛着は強かったが「神戸のチャレンジに理解をもらえた」とクラブ幹部。野沢も「自分の経験を生かして、タイトルを目指し、チームのために戦います」とコメントした。

 MF橋本、DF高木、FW田代に加え、野沢の加入で今オフの補強は終了。FWポポの浦和移籍が正式に決まり、来季は“アジア人”のみでの戦いとなるが、大型補強を敢行しながら総年俸に大きな変動はなし。飛躍の準備を整えて、神戸は来季を迎える。

(2011年12月29日)

野沢の移籍がニュースになっておる。
鹿島のバンディエラが引き抜かれたとあれば、それは大きな事件と言えよう。
鹿島はそれほど結束力があり、絆の強いクラブと認識されておる。
何故、このような事件が起こったのかクラブは原因を突き詰め、二度とこのようなことが起こらぬよう尽力して欲しい。
なにも野沢のようなユース生え抜きの選手が移籍ということではなく、鹿島の主力がステップアップとは思えぬ移籍を決断することを防ぐことが重要なのである。
しかしながら、今年のヒゲくん、西、来年の岡本のように、弱点を的確に引き抜いてくるクラブへ変貌するようにとらえる輩もおるやも知れぬ。
それはそれで、クラブの姿勢ではあるが、それでは普通の特色のない他のクラブと変わらぬ。
鹿島は鹿島の流儀で突き進むのだ。
選手を大事にし、選手と共にクラブがあることに意義を見つけていくのである。
野沢のことは残念であるが、鹿島アントラーズは今後も存続し、強くあり続けなければならぬ。
そのためにフロントは努力して欲しい。

宮崎、ジュビロにレンタル移籍

宮崎 智彦選手がジュビロ磐田に期限付き移籍 2011/12/28
宮崎 智彦選手(2011年は横浜FCに期限付き移籍)が2012年シーズンはジュビロ磐田に期限付き移籍することとなりましたので、お知らせいたします。1年間の期限付き移籍となります。

<選手プロフィール>
■選手名:
宮崎 智彦(みやざき・ともひこ)
■生まれ:
1986年11月21日、東京都出身
■ポジション:
DF
■サイズ:
170センチ、65キロ
■経歴:カッコ内は加入年
田無SC(田無小学校)‐横河SC(田無第二中学校)‐FC東京U18(都立清瀬高校)‐流通経済大学‐鹿島アントラーズ(2009)‐横浜FC(2011)
・2006 関東大学サッカーリーグ優勝
・2007 総理大臣杯全日本大学サッカートーナメント優勝
■代表歴
2008 全日本大学選抜
■公式戦成績:
J1リーグ 4試合0得点
J2リーグ 28試合1得点
天皇杯 9試合1得点(鹿島で4試合、横浜FCで1試合)

■宮崎選手コメント
自分自身が成長するために、もう1年期限付きで磐田に移籍することになりました。早く鹿島で必要とされるよう、もっと力をつけて戻ってきたいと思います。

宮崎智彦選手鹿島アントラーズより期限付き移籍加入のお知らせ
この度、鹿島アントラーズの宮崎智彦選手(DF)が、ジュビロ磐田へ期限付き移籍することが決定しましたのでお知らせ致します。尚、期限付き移籍期間は、2012年2月1日から2013年1月31日です。
宮崎 智彦選手のコメント


この度、ジュビロ磐田に期限付き移籍をすることになりました、宮崎智彦です。
ジュビロ磐田という素晴らしいチームで、来年サッカーができることを非常に嬉しく思うと同時に、少しでも僕の力が加わることで、チームがよりいい成績を残せるように一生懸命頑張ります。応援よろしくお願いします。


宮崎がジュビロにレンタル移籍とのこと。
これは三方に得がある移籍ではなかろうか。
ジュビロとしては手薄な左サイドバックに大いなる補強が出来、宮崎は出場機会が望める。
そして鹿島としては、アレックスに新井場がおる左SBに第三の戦力として戻すにはもったいない選手と言えよう。
ジュビロで更なる攻撃的センスを磨き、そして鹿島に凱旋するのだ。
鹿島の左サイドを担う未来の宮崎が楽しみである。

さらば、鈴木修人

鈴木 修人選手が栃木SCに完全移籍 2011/12/28
栃木SCに期限付き移籍中の鈴木 修人選手が、同クラブに完全移籍することが決まりましたのでお知らせします。

<選手プロフィール>
■選手名: 
鈴木 修人(すずき・しゅうと)
■生まれ:
1985年8月31日、千葉県出身
■サイズ:
171センチ、67キロ
■ポジション:
MF
■経歴:カッコ内は加入年
船橋FC-鹿島アントラーズジュニア(1995)-鹿島アントラーズジュニアユース(1998)-市立
船橋高校(2001)-早稲田大学(2004)-鹿島アントラーズ(2008)-湘南ベルマーレ(2009.7〜)-鹿島アントラーズ(2010)-栃木SC(2011)
・2002年度全国高校サッカー選手権優勝
・2007年度全国大学サッカー選手権優勝
■公式戦成績:
J2リーグ 21試合0得点
天皇杯 1試合0得点
■代表等:
2007年U-22(22歳以下)日本代表
北京五輪アジア2次予選出場(1試合1得点)
2007年度ユニバーシアード・バンコク大会代表
2002、2003年度日本高校選抜

■鈴木選手コメント

ジュニア、ジュニアユース、プロと、ずっと育ててきてくれたアントラーズには本当に感謝しています。栃木SCをJ1に上げてカシマで戦えるよう、鹿島での経験を活かしてこれからも頑張っていきたいです。

鈴木修人選手 完全移籍加入のお知らせ
2011シーズンに鹿島アントラーズ(J1)より期限付き移籍加入しておりました鈴木修人選手が、2012シーズンより栃木SCに完全移籍することが決まりましたのでお知らせ致します。本人のプロフィール、コメントは下記の通りです。



鈴木 修人(Shuto SUZUKI)選手
 ■生年月日 :1985年8月31日生(25歳)
 ■出身地 :千葉県
 ■ポジション :MF
 ■身長/体重 :171cm/67kg
 ■利き足 :右
 ■所属歴 :鹿島アントラーズジュニアユース→市立船橋高→早稲田大→鹿島アントラーズ(2008)
→湘南ベルマーレ(2009.7)→鹿島アントラーズ(2010)
 ■出場記録
     シーズン   所属チーム     リーグ戦      カップ戦       天皇杯
                         出場  得点    出場  得点    出場  得点
      2008    鹿島 J1      0    0      ―   ―      0    0
      2009    鹿島 J1      0    0      ―   ―      0    0
      2009    湘南 J2      6    0      ―   ―      1    0
      2010    鹿島 J1      0    0      ―   ―      0    0
      2011    栃木 J2      15    0      ―   ―      0    0

【鈴木修人選手コメント】

「今シーズンは、チームも自分も悔しい終わり方になってしまいましたが、このチームならJ1にいけると思い決断しました。来シーズンは、一年を通してフル活動できるように頑張りたいと思います。来シーズンもよろしくお願いします。」

栃木SCにレンタル移籍しておった鈴木修人が完全移籍とのこと。
レンタル移籍した当時に、一年後に完全にて移籍するような旨が栃木のサイトにてフライングされたので、驚きはない。
更に修人自身のインタビューでも背水の陣であることを述べておった。
本人が語るように栃木SCをJ1に上げるべく尽力して欲しい。
右サイドを駆け上がるであろう當間に絶妙なパスを出すのだ。
遠くから活躍を祈っておる。

さらば、野沢拓也

野沢 拓也選手がヴィッセル神戸に完全移籍 2011/12/28
野沢 拓也選手がヴィッセル神戸に完全移籍することとなりましたので、お知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名:
野沢 拓也(のざわ・たくや)
■生まれ:
1981年8月12日、茨城県出身
■ポジション:
MF
■サイズ:
176センチ、70キロ
■経歴:カッコ内は加入年
稲田サッカースポーツ少年団−鹿島アントラーズジュニアユース(1994)−鹿島アントラーズ ユース(1997)−CFZ ド・リオ (ブラジル/1999)−鹿島アントラーズ
■公式戦成績:
J1リーグ通算 254試合50得点
ナビスコカップ通算 43試合7得点
天皇杯通算 36試合11得点
AFCチャンピオンズリーグ 29試合10得点
ゼロックススーパーカップ 4試合3得点
アジアクラブ選手権 3試合0得点
A3チャンピオンズカップ 1試合0得点
■代表歴等:
国際Aマッチ0試合0得点(AFCアジアカップ2007予選)
U-19日本代表、U-21日本代表

■野沢選手コメント※本人自ら書き記したものを、原文のまま記載します。
僕はジュニアユースからユース、そしてトップチームとアントラーズでプレーしましたが、全てが順風満帆ではなく、葛藤、不安、緊張、プレッシャーのなかでサッカーをしてきました。偉大な背番号8番をもらったことは大きな喜びでしたが、一方でそれは大きな重圧でもありました。その責任を果たすため、できる限りのことをしてきたつもりです。
悩みに悩んで移籍を決断しましたが、これからの人生は、さらにプレッシャーや不安でいっばいです。良くも悪くも、遠まわりしてもいい、それが糧となり財産にもなり、僕の人生は常にそうだったと思います。新天地ではアントラーズの素晴らしさを伝えつつ、もう一度チームの為に努力し、汗をかき、戦います。長く険しい道のりだけど、それらを力にかえて覚悟をもって戦います。
最後になりますが、アントラーズをサポートしてくださるスポンサーさん、選手が最高な環境でできる為に頑張っている会社の皆さん、スタッフ、特に12番サポーターの皆さんに、苦しい時幾度となく助けてもらい、自分の成長も、皆さんと「時には怒り、悲しみ、笑顏、喜び」があり、一緒に戦ってきました。横断幕と応援歌、すごく嬉しかったです。ありがとう。そして、日々共に努力し、競い合い、汗を流しあったチームメイトのみんな、サッカーは一人ではできません。みんながいるから成長できたことを誇りに思い、感謝しています。アントラーズに在籍して今日までの17年、ここまで育ててくれてありがとうございました。


2011/12/28 鹿島アントラーズよりMF野沢拓也選手移籍加入決定のお知らせ
この度ヴィッセル神戸では、2012シーズンの新戦力として、鹿島アントラーズよりMF野沢拓也選手(30)の完全移籍加入が決定しましたのでお知らせいたします。

野沢 拓也(Takuya NOZAWA)
■生年月日:1981年8月12日(30歳)
■身長/体重:176cm/70kg
■ポジション:MF
■出身地:茨城県笠間市
■チーム歴:稲田サッカースポーツ少年団(茨城県)
1994〜1996 鹿島アントラーズジュニアユース
1997〜1999 鹿島アントラーズユース
1999 CFZド・リオ(ブラジル)
1999〜2011 鹿島アントラーズ

■出場歴:
J1リーグ戦通算 リーグ戦254試合出場50得点、リーグカップ戦43試合出場7得点、天皇杯34試合出場10得点
※2011シーズン リーグ戦34試合出場6得点、リーグカップ戦3試合出場0得点、天皇杯2試合出場1得点

■その他公式戦出場記録:
1999-2000年 第19回アジアクラブ選手権 1試合出場0得点
2001-2002年 第21回アジアクラブ選手権 3試合出場0得点
2003年 A3マツダチャンピオンズカップ 1試合出場0得点
2002-2003年 アジアチャンピオンズリーグ 2試合出場1得点
2008年 アジアチャンピオンズリーグ 6試合出場4得点、ゼロックススーパーカップ1試合出場1得点
2009年 アジアチャンピオンズリーグ 7試合出場2得点、ゼロックススーパーカップ1試合出場1得点
2010年 アジアチャンピオンズリーグ 7試合出場1得点、ゼロックススーパーカップ1試合出場0得点
2011年 アジアチャンピオンズリーグ 7試合出場2得点、、ゼロックススーパーカップ1試合出場1得点

■代表歴:
U-19日本代表(2000年)
U-21日本代表(2002年)
日本代表(2006年)

■野沢拓也選手コメント:

「この度、神戸でプレーすることを決断しました。自分の経験を生かして、クラブの目標であるタイトルを目指し、チームのために汗をかき、努力をし、戦います。応援よろしくお願いします。」

野沢の神戸移籍が正式に発表された。
決定と報じられておったが、一縷の望みを持っておった者も多かったので辛い気持ちである。
ここまでの経緯を今更掘り返したりはせぬ。
そして、野沢本人はかなり苦悩して決断に至った模様である。
その結論は尊重したいと思う。
野沢と申せば、二種登録で出場した1999年4月10日の京都パープルサンガ戦が有名であろう。
延長に入ったところでビスマルクに替わりピッチに入った野沢は、高校生とは思えぬプレイを魅せたものである。
そして、野沢の存在を我等の大きく知らせ締めたのは2005年であろう。
FWに抜擢された野沢は、アレック・ミネイロと2TOPを組み、満男と本山の4人でファンタスティック・フォーと呼ばれたものである。
当時のサッカーマガジンに於いて、「鹿島の4人は黄金か」と特集されたことも懐かしい。
2006年後半からは攻撃の中心選手として中盤に君臨し、代表候補にも選出された。
2007年の水戸戦で負った怪我が癒えた後の快進撃から奇跡の逆転優勝に貢献したことも記憶に残る。
オリヴェイラ政権では、特に野沢に頼るところが大きかった。
野沢の力で三連覇を勝ち得たといっても良かろう。
その野沢が、来季からは、巨大なる敵として立ちはだかってくることとなる。
我等は強い気持ちで叩きのめさねばならぬ。
野沢の今後のサッカー人生、そして野沢抜きの鹿島アントラーズに光が差すことを祈りたい。

箕輪氏、オリヴェイラ監督を抑え続けた男

「来年からは監督を止めに入らなくていい。それもさみしい」(鹿島運営担当・箕輪氏)
12月18日、今季限りで退任するオズワルド・オリヴェイラ監督のお別れ会がカシマスタジアムで開かれた。約400人のサポーターが駆けつける中、5年間で6つのタイトルをもたらした鹿島のレジェンドは「さよならとは言わない。また、会おう」の言葉を残し、日本を去った。多くのサポーターが涙で別れを惜しんだように、あるスタッフも特別な思いで立ち会っていた。
 鹿島運営担当の箕輪公成氏である。オリヴェイラ監督と言えば、判定へ激しく抗議する姿が思い出される。それも、スタジアムの大歓声を貫く、大きな声とジェスチャーで。実際に毎試合のように、主審から注意を受けていた。度が過ぎると、退席処分を受けるため、そうならないように監督と主審の間に割って入るのが同氏の務めだった。
 監督就任2年目を迎えた頃だろうか。試合中、同氏のポジションは決まった。ベンチ右後方5メートル。「そこがいつでもベンチ前に行ける位置。やばいな、そこからと思えば徐々に距離を詰めて、走り寄る」。大の大人の怒りを静めるのは、大変な作業である。時には「邪魔するな」などと怒声を浴びせられたが、頑として間に入り、監督をベンチに戻し続けた。
 雨の日はスーツの上にカッパを着て、ポジションについた。試合中、ベンチ前のコーチングエリアには、ベンチ入りの者しか出られないため、毎試合のように仲裁に入る同氏はJリーグから厳しく指導を受けていたが、「僕は処分を受けてもいいけれど、監督を退席させるわけにはいかない」と務めを果たした。
 我々、報道陣は敬意を表し、「ミノワマン」と呼んでいた。「リアルプロレスラー」のキャッチフレーズを持ち、屈強な総合格闘家として知られる美濃輪育久に例えたのだった。監督は5年間で4度の退席処分を受けることになったが、箕輪氏がいなければ、もっと多かったのではないだろうか。史上初のリーグ3連覇を成し遂げるなど、多くのタイトルを獲得できた陰には、汚れ役を買って出る人物がいた。
 鹿島のミノワマンは目を真っ赤にして言った。「来年からは監督を止めに入らなくていい。それもさみしい」。同監督がブラジルに発つ前、けんか腰で突き合わせていた胸を、初めて強く寄せ合った。(鹿島担当・内田知宏)


報知新聞の内田記者による囲み記事である。
鹿島のミノワマンが語るオリヴェイラ監督との思い出が綴られておる。
確かに激高するオリヴェイラ監督を何度も目の当たりにした。
それを抑える役目がミノワマンこと箕輪氏であった。
「来年からは監督を止めに入らなくていい。それもさみしい」
まさに寂しい。
それを乗り越えて、我等は前へ進みたい。
新たなる監督はどのようなパーソナリティを持っておるのであろうか。
それも楽しみである。

ジュニーニョ、競合を経て鹿島へ

川崎F退団ジュニーニョを鹿島が獲得
 鹿島は27日、今季限りで川崎Fを退団したFWジュニーニョ(34)を獲得したと発表した。完全移籍で、契約期間は1年。今季は6位に終わり、攻撃力アップを図るため、9年間で214得点を誇る点取り屋に白羽の矢を立てた。ジュニーニョには、札幌などのJクラブや、前日本代表監督の岡田武史氏(55)が監督に就任する中国スーパーリーグ杭州緑城もリストアップしていたが、元ブラジル代表で、来季監督に就任するジョルジーニョ氏(47)の下でのプレーを決断した。
 [2011年12月28日7時5分 紙面から]

昨日、獲得が発表されたジュニーニョであるが、札幌などの国内、そして中国の杭州緑城もリストアップしておったとのこと。
これらの魅力的なオファーの中から鹿島を選んだことを誇りに思う。
ニッカンではジョルジーニョの監督就任が決め手のように報じられておるが、本人のコメントを取ったようには受け取れぬ。
ここはスポーツ紙特有の推測からの記事であろう。
とはいえ、元セレソンであり、セレソンのヘッドコーチまで務めたジョルジーニョの下でプレイしたいと思うブラジル人は多かろう。
ジョルジーニョと共に一致団結し、勝利を得座したい。
その最先鋒がジュニーニョとなるのである。
楽しみにしたい。

ジュニーニョ、田代・野沢の穴埋めとなる

鹿島がジュニーニョ獲得発表 田代、野沢の穴埋めに
 鹿島が来季の戦力補強として、川崎FからFWジュニーニョを獲得することを発表した。来季終了までの1年契約。既に今季チーム得点王のFW田代と司令塔のMF野沢の神戸移籍が決まっており、J1通算205試合107得点を誇る助っ人に掛かる期待は大きい。

 また、今季、福岡で30試合8得点を挙げたFW岡本の獲得も決定。今季限りで契約を満了するGK杉山の札幌移籍、仙台に期限付き移籍していたGK川俣の復帰も発表された。

[ 2011年12月28日 06:00 ]

ジュニーニョの獲得を田代と野沢の穴埋めと報じるスポニチである。
ジュニーニョはそれだけの能力のある選手であることは周知の事実であろう。
また、田代と野沢の移籍は決定と言い切っておる。
ここで、田代こそ公式発表がなされておるが、野沢については音沙汰がなかった。
しかしながら、野沢本人は神戸移籍をフロントに伝えた報じられており移籍は決定的であることは紛れもない事実である。
後はクラブ間交渉を詰めるだけであろう。
金銭の支払い条件あたりがネックとなっておるのであろうか。
とはいえ、公式発表以前に決定と報じるのはルール違反である。
もう、今日にもオフィシャルに出ることは理解しておるが、我等には心情というものがある。
そこをメディアには察して欲しかったと願うのである。

サントス、新潟を退団

サントス コーチ 退団のお知らせ
いつもアルビレックス新潟に温かいご声援をいただきまして、誠にありがとうございます。当クラブでは、サントスコーチ(51)が、2011シーズンをもちまして退団することが決定いたしましたので、お知らせいたします。


サントス Carlos Albelto Souza Dos SANTOS
■生年月日
1960年12月9日(51歳)

■出身地
ブラジル・ゴイアス州

■選手歴
ゴイアスEC ※→GEノヴォリンゾチーノ ※→ボタフォゴFR ※→カステロブランコ ※→鹿島アントラーズ→清水エスパルス→ヴィッセル神戸→ザスパ草津
・※はすべてブラジル
・J1リーグ通算:265試合出場33得点

■指導歴
2004年 エスタシオ大学サッカー部監督
2005年 清水エスパルス ヘッドコーチ
2011年 アルビレックス新潟 コーチ


今季、新潟のコーチを務めておったサントスであるが、退団が決定したとのこと。
黒崎監督の右腕として辣腕を振るい、鹿島を苦しめたことで記憶に新しい。
新潟は良いコーチを得たと思ったものである。
来年からは新しい人生を歩むこととなる。
サントスと再び会うこともあろう。
そのときを楽しみにしたい。

ジュニーニョ、正式決定

ジュニーニョ選手の加入について 2011/12/27
2012シーズンよりジュニーニョ選手が川崎フロンターレから加入することが決まりましたのでお知らせします。2012シーズン終了までの1年契約となります。

<選手プロフィール>
■選手名:
カルロス アルベルト カルヴァーリョ・ドス・アンジョス・ジュニオール
Carlos Alberto Carvalho Dos Anjos Junior

■登録名:
ジュニーニョ(Juninho)

■生まれ:
1977年9月15日、ブラジル バイーア州

■ポジション:
FW

■サイズ:
174センチ、67キロ

■経歴: ※カッコ内は加入年。川崎、鹿島以外はブラジルのクラブ
ECバイーア(1996)─ヴィラノヴァFC(1999)─ウニオン サンジョアンEC(2000)─SEパルメイラス(2000)─川崎フロンターレ(2003)─鹿島アントラーズ(2012)

■日本での公式戦成績:
J1リーグ通算 205試合107得点
J2リーグ通算 78試合65得点
ヤマザキナビスコカップ通算 39試合23得点
天皇杯通算 15試合10得点
AFCチャンピオンズリーグ通算 16試合6得点

■個人タイトル:
J2リーグ得点王(2004)
J1リーグ得点王(2007)
Jリーグベストイレブン1回(2007)


今朝、報じられたジュニーニョであるが、正式加入が決まった。
これは素直に喜びたい。
ここまで、やられ続けてきたジュニーニョが味方に加わるのは大いなる補強と言えよう。
高い決定力で鹿島に勝利をもたらせて欲しい。
赤き野獣・ジュニーニョに期待大である。

岡本、鹿島に加入

岡本 英也選手が完全移籍で加入 2011/12/27
岡本英也選手がアビスパ福岡から完全移籍で加入することとなりましたのでお知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名:
岡本 英也(おかもと・ひでや)

■生まれ:
1987年5月18日、大阪府出身

■サイズ:
183センチ、70キロ

■ポジション:
FW

■経歴:※カッコ内は加入年
ガンバ大阪堺ジュニアユース(2000)−ガンバ大阪ユース(2003)−ガンバ大阪(2006)−アビスパ福岡(2009)─鹿島アントラーズ(2012)

■公式戦成績:
J1リーグ 33試合8得点
J2リーグ 70試合8得点
Jリーグヤマザキナビスコカップ 2試合0得点
天皇杯 8試合2得点
AFCチャンピオンズリーグ 1試合0得点
スルガ銀行チャンピオンシップ 1試合0得点

■岡本選手コメント

アントラーズという素晴らしいチームでプレーできることに本当に感謝しています。
1試合でも多く、チームの勝利に貢献できるよう、精一杯頑張りますので応援よろしくお願いいたします。


福岡の岡本が鹿島に加入する。
これは驚きのニュースである。
岡本には田代の穴を埋めるべく活躍して欲しいところ。
また、スルガ銀行チャンピオンシップの出場経験があることも重要である。
この国際経験を活かし、鹿島にタイトルをもたらせて欲しい。
楽しみである。

川俣復帰

川俣慎一郎選手の復帰について 2011/12/27
ベガルタ仙台に1年間の期限付きで移籍していた川俣慎一郎選手が、契約期間満了により2012シーズンよりアントラーズに復帰することになりましたのでお知らせします。

<選手プロフィール>
■選手名:
川俣 慎一郎(かわまた・しんいちろう)

■生まれ:
1989年7月23日、静岡県出身

■ポジション:
GK

■サイズ:
188センチ、82キロ

■経歴:カッコ内は加入年
原里スポーツ少年団─ACNジュビロ沼津ジュニアユース─鹿島アントラーズユース−鹿島アントラーズ(2008)─ベガルタ仙台(2011)

■公式戦成績:
公式戦出場なし

■主な代表歴
2006新潟国際ユースU−17日本代表
2009カタール国際U−20日本代表

<川俣 慎一郎選手コメント>

1年間忘れることのなかった鹿島で再びプレーできることをとても嬉しく思います。仙台で学んだことを生かし、チームの優勝に貢献できるよう頑張っていくので、応援よろしくお願いします。

仙台にレンタルしておった川俣が復帰するとのこと。
これは嬉しい。
ホームの仙台戦に於いてはベンチ入りし、凱旋したもののポジションを奪うまでには至らなかった。
ここは心機一転し、鹿島でのポジション争いに参入することとなる。
ポスト曽ケ端がさんまなのか川俣なのか、いまいち君なのか楽しみである。

杉山、札幌移籍

杉山 哲選手がコンサドーレ札幌へ移籍 2011/12/27
2011シーズン限りでアントラーズとの契約が満了した杉山 哲選手のコンサドーレ札幌への移籍が決定しましたのでお知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名:
杉山 哲(すぎやま・てつ)

■生まれ:
1981年6月26日、熊本県出身

■サイズ:
184センチ、78キロ

■ポジション:
GK

■経歴:※カッコ内は加入年
宇土東小学校−宇土鶴城中学校−熊本国府高校−福岡大学−鹿島アントラーズ(2004〜)

■公式戦成績:
Jリーグヤマザキナビスコカップ 1試合出場

■代表歴:
2001年 東アジア大会日本代表 (於大阪:優勝)
2001年 ユニバーシアード日本代表 (於中国・北京:優勝)
2003年 ユニバーシアード日本代表 (於韓国・大邱:優勝)

<杉山選手コメント>

このような形で鹿島を離れることになりましたが、8年という長い間いろんな仲間とサッカーができて幸せでした。サポーターやファンの皆さんに温かく応援してもらい、充実した8年間でした。心残りはリーグ戦に出場することがかなわなかったこと。この経験を生かして、これから違うチームでしっかり結果を求めてやっていきたいと思います。引き続き応援していただければ幸いです。

12月4日に契約満了が発表されトライアウトに参加しておった杉山であるが、札幌への加入が決まったとのこと。
これは重畳。
同じカテゴリーであるJ1で戦うこととなったため、相見える日もあるやも知れぬ。
お互い切磋琢磨してその日を待ちたい。
対戦が楽しみである。

観客動員数は前年比77.1%

震災、人気クラブも直撃…J1入場者14%減


 Jリーグが発表した今季の入場者数総括によると、J1の1試合平均は1万5797人と、前年から約14・3%の大幅減となった。

 史上2位の1万9202人を記録した2008年から3年連続で下落。東日本大震災による大幅な日程変更や、人気クラブの苦戦などが響いた形だ。

 最も大きく数字を落としたのは、被災地の鹿島で、前年比約22・9%減の1万6156人と2万人台を割った。本拠地のカシマスタジアムが被災して6月までリーグ戦で使えなかったなどの事情があった。仙台も、6月は2試合で平日日中の開催を強いられたが、チームの4位躍進で1割程度の落ち込みに食い止めた。

 目立つのは、平均観客数が多い人気クラブの落ち込みだ。前年に2万5000人台を達成した横浜Mは、優勝争いに絡みながらも約18・1%減。浦和もリーグ中最多の座は守ったが、下位に低迷したこともあり、2番目に多い新潟とともに15%ほど落とした。

(2011年12月27日10時08分 読売新聞)

今季、最も入場者数の数字を落とした鹿島である。
これは痛い。
震災による日程変更に、カシマスタジアムが使えなかったこと、などが理由に挙げられよう。
しかしながら、不甲斐ない成績に終えたことも大きな要因である。
成績についても震災の影響は大きかったと言えなくもないが、やはり、決定力に問題があることは明白。
この部分に大きくメスを入れるであろう来季の新生・鹿島はどのような変貌を遂げるのであろうか。
強い鹿島を聖地に甦らせ、観客をスタジアムに呼び込みたい。

ジュニーニョに正式オファー

ジュニーニョと交渉、最終局面に…鹿島
 鹿島が昨季まで9年間川崎に在籍したFWジュニーニョ(34)に対し、獲得の正式オファーを出したことが26日までに分かった。関係者によれば、すでに交渉は最終局面を迎えており、近日中に結論が出る見込みだという。

 鹿島は今オフ、決定力不足解消、マークが集中したFW興梠への負担軽減を目的に、得点力のあるブラジル人FW獲得を最優先課題に据えてきた。11月にはブラジルまで強化担当者を派遣。新戦力発掘に努め、複数の候補選手をリストアップした中から、J1通算107得点(出場205試合)と実績のあるジュニーニョに絞り、交渉を行ってきた。

(2011年12月27日06時01分 スポーツ報知)

12月16日にリストアップ、12月21日には本格調査に入ったと報じられておったジュニーニョであるが、正式にオファーを出したとのこと。
彼ほどの実績を持つ選手を移籍金0円で得られるのは大きい。
調査に調査を重ねたオファーであるので、負傷やジュニーニョ本人の意向なども鹿島に揺らいでおると考えて良かろう。
金銭面でもさほど問題がないのではなかろうか。
ジュニーニョには是非とも鹿島のユニフォームを纏って欲しい。
吉報を待ちたい。

鹿島ライン、ロンドン五輪へ後押し

U22がジーコとタッグ!イラク弟分と試合
 “神様”が関塚ジャパンのロンドン五輪出場を後押しする。U−22(22歳以下)日本代表が、元日本代表監督のジーコ氏(58)がA代表の監督を務めるイラクのU−22代表(アルエラヤウィ監督)との練習試合を調整していることが25日、分かった。ジーコ監督は直接指揮しないものの、大切な橋渡し役になる。アジア最終予選シリア戦(2月5日)前に、1月25日から行うカタール合宿での貴重な強化試合になり、仮想中東勢としては最高のマッチメークと言える。同地では元鹿島監督のパウロ・アウトゥオリ監督(55)率いるU−22カタール代表とも強化試合を調整中だ。同代表はこの日、千葉県内で短期合宿を開始した。

 日本のサッカー界に多大な貢献をしたジーコ氏が、再び日本サッカー界とタッグを組む。5大会連続の五輪出場を目指すU−22日本代表との強化試合の懸け橋となり、ロンドンへ続く道を明るく照らす。

 アジア最終予選を戦う同代表は、来年2月5日にアウェーでのシリア戦を控える。勝利すれば予選突破に大きく前進する一戦を前に、1月25日からカタールでの中東合宿を行う。その地でジーコ氏が9月から指揮するイラク代表の「弟分」にあたる五輪代表との試合が組まれる可能性が高くなった。同じ中東勢と、敵地決戦を前に、これ以上ない予行演習になる。

 まだ最終決定はしていないが、関係者は「2試合組みますが、どちらも中東にいるチームです。ちゃんとやってくれるところです」とし、交渉は順調に進んでいる。U−22イラク代表もアジア最終予選を戦っており、お互いにとって、五輪出場権獲得へ、最高の強化試合になる。

 カタールでのもう1試合も、中東勢で調整中だ。U−22カタール代表で、06年に鹿島を率いたアウトゥオリ監督が指揮を執っている。選手、総監督として深く鹿島にかかわったジーコ氏、鹿島時代にコーチ業で研さんを積んだ関塚監督と同様、アウトゥオリ監督も鹿島と縁深い人物だ。2試合とも中東勢と組めれば、予習は完璧になる。日本の名門が作る“鹿島ライン”が、ロンドンへの大きな後押しとなる。同代表も最終予選を戦っており、3チームとも境遇は同じで、障害なく交渉は進んでいくものとみられる。

 内乱の影響でシリアが国内で試合を行うことは難しく、2月の試合は中立地開催がほぼ決定している。場所はヨルダンが有力だ。6月のアジア2次予選では、敵地のクウェート戦で1−2と敗れた。苦杯をなめた中東での戦いで同じ轍(てつ)は踏めない。神様の力を借りて、何としても勝利をつかむ。【阿部健吾】

 ◆ロンドン五輪出場への条件 アジア最終予選各組1位が出場権を獲得する。各組2位の3チームはアジア第4代表を決めるアジアプレーオフ(マレーシア)に進み、セントラル方式のリーグ戦を実施。首位のチームがアフリカ第4代表とホームアンドアウェーの大陸間プレーオフを行い、その勝者が五輪出場権を得る。

 ◆日本代表監督後のジーコ氏と日本人選手 指揮官ジーコ氏と日本人選手との対戦は少ない。ジーコ氏がフェネルバフチェ(トルコ)の監督をしていた06年2月3日、07年5月19日に、稲本潤一(現川崎F)のガラタサライと2度対戦。いずれも稲本はフル出場しながら、ジーコ氏のフェネルバフチェが2−1で勝った。

 [2011年12月26日6時47分 紙面から]

イラク代表監督を務めるジーコの厚意でU-22練習試合を調整出来そうとのことである。
これは素晴らしい。
また、アウトゥオリが指揮するU-22カタール代表との試合も調整中とのこと。
関塚、ジーコ、アウトゥオリと鹿島に縁深い人々の尽力でU-22日本代表はロンドンを目指す。
楽しみにしたい。

山村くん、異種目アスリートから刺激を受ける

山村復帰!なでしこ丸山と励まし合った

骨折から復帰した山村は別メニューで練習をする(撮影・たえ見朱実)

 U−22(22歳以下)日本代表MF山村和也(22=流通経大)が25日、左足小指骨折によるリハビリから代表復帰を果たした。この日は別メニューだったが「ある程度走れるようになったし、順調です」。都内の国立スポーツ科学センターでのリハビリでは、なでしこジャパンのFW丸山桂里奈(28=千葉)らと励まし合ってきた。来年も主将就任が濃厚で、今日26日に合流するFW大津祐樹(21=ボルシアMG)ら海外組については「いつも通りの、いい雰囲気で迎えたい」と話していた。
 [2011年12月26日7時5分 紙面から]

山村パワーUP!なでしこ丸山とリハビリ
2011.12.26 05:01


左足小指付け根の骨折から回復した山村和也

 サッカー・U−22日本代表候補合宿(25日、千葉県内)左足小指付け根の骨折で11月のアジア最終予選2試合でメンバーから外れたMF山村(流通経済大)が復帰。別メニューながらボールを蹴る練習もこなし「久しぶりの雰囲気の中でやれるのはうれしい」と頬を緩めた。離脱中には都内施設で右ひざ靱帯(じんたい)を負傷していた女子代表FW丸山桂里奈(千葉)とともにリハビリをこなした。「なでしこのこととかいろんなことを話しました」と“なでしこパワー”を御利益に五輪での再会を誓っていた。(習志野市)
(紙面から)


U22山村 3か月ぶり合流、筋トレでパワーアップ
U―22日本代表候補合宿


日本代表候補合宿初日、別メニューで調整する山村(右)
Photo By 共同


 U―22日本代表MF山村が左第5中足骨亀裂骨折から復帰して約3カ月ぶりにチームに合流した。

 練習は別メニュー調整だったが、スパイクを履き左足でボールを蹴るなど順調な回復ぶりを印象づけた。リハビリ中は積極的に筋力トレを行い「ケガをする前は筋トレがおろそかになっていたので、もう一度見つめ直した」とパワーアップに成功。リハビリ施設ではフェンシングや柔道など他競技の選手との交流もあり「意識の高い集団の中で刺激を受けた」と収穫を強調した。



<サッカーU−22代表合宿>流経大・山村が別メニュー調整する

[ 2011年12月26日 06:00 ]

U-22日本代表候補合宿で汗を流す山村くんである。
別メニューながらもチームに合流し、自分のおるべきところを再認識した様子。
また、リハビリ中は異種目の選手と交流し、アスリートとしての意識を高めたとのことで、来季からのプロ生活に弾みが付くと思われる。
負傷を完全に治し、そして気持ちを高えたところで鹿島に合流して欲しい。
期待しておる。

2012ユニフォーム決定

2012ユニフォームについて 2011/12/25
2012ユニフォームについて以下の通りデザインが決定しましたのでお知らせします。



<ファースト>
 ファーストはチームカラーであるディープレッド(県花のバラの色)を前面に打ち出し、「原点に戻る」意味を込めたシンプルなデザインとした。これまでのユニフォームにも必ず取り入れてきたネイビー(紺)をポイントとしてあしらっている。

<セカンド>
 20年にわたって“第2のチームカラー”の意味を持ってきたネイビーを、初めてベースカラーとして採用した。これにホームタウン5市(鹿嶋、潮来、神栖、行方、鉾田)を象徴するブルーを加えたデザインとなっている。

<サード>
 2009シーズン以来3年ぶりに採用するサードユニフォームは、相手チームとのカラーマッチング上、ファーストもセカンドも着用できないケースで使用することを想定し白をベースとした。2011ヤマザキナビスコカップを含め、近年のタイトル獲得時に着用していたケースが多い「勝利の白」に、セカンドユニフォーム同様ホームタウンを象徴するブルーを加えている。
<ホームタウンブルー>
 セカンド、サードのデザインに加えたブルーは、水郷筑波国定公園に位置し利根川・霞ヶ浦両水系と太平洋に囲まれたホームタウンをイメージしている。このブルーについては、2008年以来右肩につけているホームタウンマークにおいてもベースカラーとなっている。


2012年ユニフォームについて公式発表がなされた。
1stユニについてはFreaksにて発表になっておったので、想定の範囲内であるが、驚きは2ndユニであろうか。
濃紺のユニフォームを纏いアウェイにて勝利を積み重ねたい。
楽しみである。

ユース、アルカス国際大会出場へ

鹿島弟vsバルサ、ユーベ、アヤックス
 鹿島の「弟分」が世界の強豪と相まみえる。鹿島ユースが、バルセロナやユベントス、バスコ・ダ・ガマなど超名門の下部組織が出場するU−17アルカス国際大会(来年1月8〜17日、ドーハ)に出場することが分かった。鹿島関係者が24日、明らかにした。

 同国際は、11月の日本代表ドーハ合宿でも練習場として使用されたアスパイア・ゾーンで開催される。バルセロナやユベントスなどに加え、PSG、アヤックスも参加。開催国カタールからはエリート養成機関のアスパイア・アカデミーの2チームが出場する。

 鹿島ユースは今季からブラジル人のキッカ氏が監督に就任。育成部門のさらなる充実を図り、プリンスリーグ関東1部で優勝。来季の同プレミアリーグへの昇格も決めた。U−17日本代表DF鈴木ら3選手は、来季からのトップ昇格が決定している。育成面の成果が出ているところに、さらに刺激を与える。

 鹿島ユースの中東遠征は初の試みだ。伸び盛りの選手たちが、バルセロナやユベントスの同年代の選手と実戦で激突する貴重なチャンス。この経験は、未来のトップチームを支える人材輩出につながるはずだ。

 [2011年12月25日6時52分 紙面から]

ユースがU-17アルカス国際大会に出場とのこと。
これは素晴らしい。
今季、キッカ監督の下、大躍進を遂げたユースチームが更に強化されることとなろう。
ユースが強化されることにより、トップも力を付けることとなる。
若き世代に良い経験を積み、大きく羽ばたいて欲しい。
ユースチームの飛躍を期待しておる。

さらば、小谷野

小谷野 顕治選手がアルビレックス新潟に完全移籍 2011/12/24
小谷野 顕治選手がアルビレックス新潟に完全移籍することとなりましたので、お知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名:
小谷野 顕治(こやの・けんじ)
■生まれ:
1988年6月22日、茨城県出身
■ポジション:
MF
■サイズ:
170センチ、62キロ
■経 歴:カッコ内は加入年
鹿島アントラーズジュニア−鹿島アントラーズジュニアユース(2001)−鹿島アントラーズユース(2004)−鹿島アントラーズ(2007〜)
■公式戦成績:
J1リーグ 4試合0得点
ナビスコカップ 0試合0得点
天皇杯 2試合0得点
AFCチャンピオンズリーグ 2試合0得点

■小谷野選手コメント
『ありがとうございました』という言葉では表現できないほど、感謝の気持ちでいっぱいです。小学校1年生の頃から17年間、スタッフやファンの方々を含め、本当にいろいろな人たちにお世話になりました。自分を育ててくれたクラブで十分にチームに貢献できなかったことは残念ですが、アントラーズでの経験を次のステップに生かしたいと思います。鹿島は僕のルーツであり、ここでサッカーをできたことは誇りです。この先どこに行ってもアントラーズへの気持ちは変わりません。

鹿島アントラーズから小谷野 顕治選手 移籍加入のお知らせ
いつもアルビレックス新潟に温かいご声援をいただきまして、誠にありがとうございます。当クラブでは、鹿島アントラーズより、小谷野顕治選手(23)の完全移籍加入が決定いたしましたので、お知らせいたします。

小谷野 顕治 選手 Kenji KOYANO
■ポジション
MF

■生年月日
1988年6月22日(23歳)

■身長/体重
170cm/62kg

■出身地
茨城県

■経歴
鹿島アントラーズJrユース→鹿島アントラーズユース→鹿島アントラーズ

■出場記録

J1リーグ通算:4試合出場0得点、カップ戦通算:0試合出場0得点、天皇杯通算:2試合出場0得点、AFCチャンピオンズリーグ通算:2試合出場0得点

■コメント

今回の移籍は僕にとって新天地での大きな挑戦となります。
鹿島での経験を生かし、これまで以上に試合に出場して、チームに貢献できるように頑張りたいです。ビックスワンで大きく羽ばたけるよう、常に全力で挑みたいと思います。北信越の冬は寒いと聞いていますが、それに負けないファンの皆さんの熱い応援を期待しています。


12月20日に報じられたように小谷野が新潟に完全移籍することとなった。
新潟の黒崎監督から請われての移籍だけに、出場機会はかなりあるのではなかろうか。
小谷野は練習試合ではかなりの得点を決めており、ゴール感覚に優れる攻撃的MFである。
その才覚を認められ、ACL・シドニーFC戦に於いて先発出場を果たしておる。
この際、鈴木満強化部長からドルトムントの香川真司に例えられるほどの賛辞を得ておった。
伊達にメニコンカップMVPではないのである。
黒崎監督の指導で、小谷野の攻撃力に更に磨きがかかることであろう。
小谷野のドリブルで新潟に勝利を呼び込むのだ。
新潟・小谷野の活躍に注目である。

さらば、當間

當間 建文選手が栃木SCに完全移籍 2011/12/24
當間 建文選手が栃木SCに完全移籍することとなりましたので、お知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名:
當間 建文(とうま・たけふみ)
■生まれ:
1989年3月21日、沖縄県出身
■ポジション:
DF
■サイズ:
178センチ、72キロ
■経 歴:カッコ内は加入年
宇栄原FC−小禄中学校(2001)−東海大学付属第五高校(2004)−鹿島アントラーズ(2007〜)
■公式戦成績:
J1リーグ 3試合0得点
ナビスコカップ 0試合0得点
天皇杯 4試合0得点
AFCチャンピオンズリーグ 0試合0得点
■代表歴:
U-18日本代表、U-20日本代表、U-21日本代表
■當間選手コメント
プロに入ってから5シーズン、いろいろな経験をさせてもらい、感動を味わわせてもらいました。もっともっと試合に出て恩返ししたかったのですが、それができなくて申し訳なく思っています。次のチームで活躍して、またアントラーズに帰って来られるような選手になりたいと思います。応援ありがとうございました。また皆さんに応援していただけるよう頑張ります。

當間 建文選手 完全移籍加入のお知らせ
この度、鹿島アントラーズ(J1)所属の當間建文選手が栃木SCに完全移籍することが決定致しましたので、下記の通りお知らせ致します。



當間 建文(Takefumi TOMA)選手
■生年月日 : 1989年3月21日(22歳)
■出身地 : 沖縄県
■ポジション : DF
■身長/体重 : 178cm/72kg
■利き足 : 右足
■経歴 : 宇栄原(うえばる)FC(沖縄県) → 小禄(おろく)中(沖縄県)→ 東海大学付属第五高校(福岡県) → 鹿島アントラーズ(2007〜)
■代表歴 : U-18日本代表、U-20日本代表、U-21日本代表
■出場歴 : 
西暦   チーム      リーグ戦      カップ戦      天皇杯
                出場  得点    出場  得点   出場  得点
2007  鹿島  J1      0    0      0    0     0     0
2008  鹿島  J1      0    0      0    0     0     0
2009  鹿島  J1      0    0      0    0     0     0
2010  鹿島  J1      1    0      0    0     3     0
2011  鹿島  J1      2    0      0    0     1     0
通算        J1      3    0      0    0     4     0

【當間 建文選手コメント】

「栃木の一員になれてうれしく思いますが、一員になるだけでなく栃木に貢献できる選手になりたいと思います。早く始動して欲しくてワクワクしています。J1昇格を目指して頑張りますので、ファン・サポーターの皆さんには1試合でも多くスタジアムに足を運んでいただきたいと思います。応援よろしくお願いします。」

當間が栃木SCへ移籍。
予期しておったものの、実際に現実となると胸にこみ上げるものがある。
當間は篤人に憧れ右SBを目指したが、篤人の壁も、そして鹿島のSBのタスクの難しさも乗り越えることが出来ず移籍となった感が強い。
とはいえ、2010年の天皇杯・アルテ高崎戦では先制点をアシストしており、攻撃力の高さは魅せておった。
今年の天皇杯・筑波大学戦では左SBとして先発フル出場したが、タルタとのコンビネーションに難を示しておる。
攻撃的センスを見せつける絶好の場であっただけに残念であった。
来季は栃木のJ1昇格への起爆剤となれるよう、守備に攻撃に活躍して欲しい。
楽しみにしておる。

さらば、タルタ

タルタ選手との契約が満了 2011/12/24
フルミネンセから半年間の期限付きで移籍していたタルタ選手について、契約を更新しないことが決まりましたのでお知らせいたします。

<選手プロフィール>
■本 名:
ヴィニシウス シルバ ソアレス
Vinicius Silva Soares
■登録名:
タルタ TARTA
■生まれ:
1989年4月13日、リオデジャネイロ市生まれ
■国 籍:
ブラジル
■ポジション:
FW
■サイズ:
171センチ、65キロ
■経 歴:
フルミネンセFC(2008)-アトレチコ パラナエンセ(2010)-フルミネンセFC(2011)-鹿島アントラーズ(2011.7〜)
■代表歴
2007 U-18ブラジル代表(仙台カップ国際ユース出場)
■公式戦成績:
J1リーグ 7試合0得点
ナビスコカップ 2試合0得点
天皇杯 2試合0得点


この夏からレンタルで所属しておったタルタとの契約は満了で退団とのこと。
これは少々寂しい。
若きタルタに助っ人としての活躍は難しかったのやも知れぬ。
途中加入という状況も戦術理解に時間を与えられず、タルタにとっては不幸であった。
ここで、鹿島とは別れることとあるが、この先もサッカー人生は続く。
大きく成長して、再び鹿島の地を踏んで欲しいところ。
これからのタルタに栄光あれ。

自主練中

2011年12月24日(土)

今日はチームオフとなっておりますが杉山選手、大迫選手、西選手が自主トレを行いました。

自主練を行う西と大迫である。
若手のカテゴリーに属する二人は、今季の出来に不満足であろう。
もっともっとやれたはず。
そう思っておるのではなかろうか。
来季は今季以上に活躍し、チームに貢献して欲しい。
それだけの才能を持つ選手であることは誰もが知っておる。
期待しておる。

山形・奥野監督、鹿島イズムを持ち込め

山形奥野新監督「J1昇格がすべて」

中井川GMと握手する山形奥野新監督(右)

 来季J2に降格する山形は23日、天童市内で奥野僚右新監督(43)の就任会見を行った。当初は緊張した様子だったが「1年でJ1昇格することがすべての目標であり、目的。昇格するためだけに来た」と自ら退路を断った。Jリーグ初監督で、指揮を執る経験は浅くとも、昇格請負人になる覚悟だ。

 J1最下位に沈んだチームをゼロから立て直す。「(現時点で)選手の評価は下していない。所属するすべての選手たちを見ていきたい」と横一線を強調。さらに「敵として山形を見てきて足りないと感じたものは」という質問には「弱点になる部分をわざわざ口にする必要はないと思う。お答えできず、申し訳ありません」と切り返した。穏やかな物腰の中に時折、常勝軍団鹿島に身を置いてきたしたたかさを漂わせる。

 2年の浪人生活を経て早大に入学した苦労人で、座右の銘は「虚心坦懐(たんかい)」。家族5人で山形に引っ越すことを決め「趣味は温泉巡りと散歩。県内をくまなく回ってみたい」と胸を高鳴らせている。フレッシュな“J監督1年生”に、チームの再建が託された。

 [2011年12月24日10時37分 紙面から]

奥野新監督、再建へ鹿島イズムでJ1昇格…山形

チームキャラクターのディーオ人形を掲げる山形の奥野新監督

 モンテディオ山形の奥野僚右新監督(43)が23日、山形市内のクラブ事務所で就任会見を行った。来季は4年ぶりのJ2となる山形は、Jリーグ通算15冠の鹿島で8年間コーチを務めた、若き指導者に再出発を託した。新監督本人も、1年でのJ1復帰を宣言して決意の1年契約を締結。さっそうと登場した山形の“オクノ手”が、再建にむけて舵(かじ)を取る。

 ぎこちない話し方が初々しかった。奥野新監督は、こわばった表情で第一声。「多少、緊張しているので口が滑らかではないですが」と前置きして抱負を語った。「Jリーグの監督として山形でスタート。クラブの歩みに名を連ねられて、大変光栄です」。1年1年が勝負という信念に基づく単年度契約。断固たる決意で山形の指揮官に就任した。

 鹿島イズムを持つ男だ。中井川茂敏GM(53)は、「優秀な3人のブラジル人監督の下での、8年間の指導経験は大きい」と招へい理由を説明した。DF出身ながら、今季まで在籍した鹿島では攻撃の練習を担当。居残り練習でもFW大迫勇也(21)にシュートを教え、U―22日本代表に送り込んだ。今季の山形はJ1最少の23失点。降格の最大要因は得点力不足。解消するには、これ以上ない人材を獲得できた。

 勤勉で実直な人間性で知られる。京都・山城高から2浪して早大に進んだ苦労人。「バイオメカニクスを学びたかった」と、人間科学部でフィジカルコーチも兼務できるほどの知識を身につけた。自宅に若手を招き食事を振る舞いながら、鹿島の教えを伝えた姿勢も、若返りを図るモンテには適任だ。さらに山形の監督には必須!?の田植えにも前向き。「土に触れることはとてもいいこと。畑仕事は大好きです」と、ブランド米・つや姫が胸スポンサーのクラブにはもってこいの人材だ。

 就任決定後は、サッカーを考えすぎて就寝前には頭痛がするという。「いかに頭を使ってこなかったか。現役時代も、いい試合の後はそうだった」と、サッカー人としてのスイッチはオンになっている。「J1昇格のためだけに山形に来ました」。目標を語った時だけは、言葉は滑らかだった。

 ▽生年月日、出身地 1968年11月13日、京都市出身。
▽サッカー歴 小1から始めて鹿島、川崎などで35歳まで現役。指導歴も含めると通算36年。
▽家族 夫人と2男1女。山形の監督就任は、「小4の次男に背中を押されて決めました」。一家で転居する。
▽趣味 温泉巡りと散歩。「県内をくまなく散策したい」と、今月5日に視察した際には山寺を訪問した。
▽自己分析 細かさと大雑把さが混在。「メンタル? 弱いかな」と謙虚。
▽座右の銘 虚心坦懐(きょしんたんかい)「わだかまりなく素直に物事を受け入れたい」

(2011年12月24日10時43分 スポーツ報知)

山形の奥野新監督会見がニュースになっておる。
山形に鹿島イズムを持ち込むこととなろう。
鹿島での経験が山形で開花することを望む。
是非とも攻撃サッカーでJ2を席巻して欲しい。
楽しみにしておる。

クリスマス・チャリティーサッカー2011

小笠原誓う「東北で2回3回」/慈善試合
<慈善試合:JAPANスターズ4−2東北ドリームス>◇23日◇ユアテック

 日本プロサッカー選手会(JPFA)主催の「クリスマス・チャリティーサッカー2011」が行われた。

 岩手県出身で東北ドリームスの主将を務めた鹿島MF小笠原が、継続的な慈善試合開催を誓った。「続けて第2回、第3回とやることに意味がある。岩手、福島、茨城でもやれたらいい」と、この日の活動が第1歩であることを強調した。
 [2011年12月24日6時43分 紙面から]

香川&内田「線審」デビュー/慈善試合

ドクターストップで出場を断念したMF香川(右端)とDF内田(左端)は線審で出場

<慈善試合:JAPANスターズ4−2東北ドリームス>◇23日◇ユアテック

 ドイツ組の3人が“強行出場”した。日本プロサッカー選手会(JPFA)主催の「クリスマス・チャリティーサッカー2011」が行われた。試合前に所属チームからのドクターストップで出場を断念したMF香川真司(22=ドルトムント)とDF内田篤人(23=シャルケ)は、後半42分から線審に立候補して1万3889人の観衆を沸かせた。MF大津祐樹(21=ボルシアMG)はハーフタイムに会場に到着後に途中出場し、ファンを喜ばせた。

 サンタクロースの格好でファンサービスに専念していた香川と内田が線審に早変わりすると、大観衆の興奮も最高潮に達した。

 香川 寒い中たくさんの人が来てくれていたし、何かやってやろうと思っていた。

 急性胃腸炎で直前の試合を回避。前日夜にチームから電話で血液検査の結果が伝えられ欠場が決まった。プレーは断念したが、線審でショートコーナーを蹴るサービス。「ラインズマンとワンツーするなんてサッカー史上初でしょ」と笑った。

 負傷明けの内田も開始1時間前に所属チームから、休養を強制するファクスが届いた。「(線審は)高校の部活以来です。ゴンさんにパスが出たらすべて流すつもりでした」。

 大津はチーム練習終了後、18時間かけて移動し、ハーフタイムに到着。後半32分から出場した。「荷物持って走ったのがアップでした。それくらいの価値がある」。

 香川は「まだ電気がつかなかったり、家が流されてそのままのところも見た。復興はまだまだ時間がかかる。もっと結果を残す自分たちを見せたい」と、地に足をつけた支援を強調した。【鎌田直秀】
 [2011年12月24日7時2分 紙面から]


香川&内田サンタ、復興“アシスト”
2011.12.24 05:03


チャリティーマッチを欠場した香川(右)と内田は、サンタの衣装でファンに挨拶 (撮影・川口良介)

 クリスマス・チャリティーサッカー2011(23日、ユアテックスタジアム仙台)日本プロサッカー選手会主催で開催され、JAPANスターズが4−2で東北ドリームスに勝利。急性胃腸炎の日本代表FW香川真司(22)=ドルトムント、同DF内田篤人(23)=シャルケ=は所属クラブの意向でともに欠場したが、サンタに扮したり副審を務めたりと奮闘。被災地に“プレゼント”を贈った。

 小雪が舞う杜の都。ハーフタイムにアイドルコンビ「タッキー&翼」のサプライズライブが行われると、続いてサンタの衣装を着た「ウッチー&香川」が場内を1周。ピッチ中央のマイクの前に立った。

 「(急性胃腸炎で)おなかが痛くて、試合はムリです」と香川が謝れば、内田も「試合5分前にシャルケから“出るな”とファクスがきました。ボクもおなかが痛い」。日本代表コンビの欠場に、1万3889人の無料招待客はため息をもらした。

 それでも2人は後半40分に副審で“出場”。内田は旗を片手に「ゴンさん(中山雅史)にパスが出たら(オフサイドも)流そうと思っていた」とニヤリ。香川は何とコーナーキックをけり、東北ドリームスのFW佐藤寿(広島)のゴールを演出。「ラインズマンからの得点は史上初でしょ」と笑った。

 香川が中学、高校時代を過ごした仙台市。東日本大震災の復興支援に意欲的で「空港周辺は町の明かりがないし、家も流されたまま。時間がかかるなと思った」。内田&香川サンタは、来年以降の開催も約束した。 (浅井武)
(紙面から)



前半 PKを止められる東北ドリームス・小笠原満男=23日、ユアスタ(撮影・川口良介)


前半 競り合うJAPANスターズのカレン・ロバートと東北ドリームス・小笠原満男=23日、ユアスタ(撮影・川口良介)


後半、線審を務める内田篤人=23日、ユアスタ(撮影・川口良介)


試合後、場内一周する小笠原満男ら=23日、ユアスタ(撮影・川口良介)

鹿島・小笠原「意味のある試合」
2011.12.24 05:02

 クリスマス・チャリティーサッカー2011(23日、ユアテックスタジアム仙台)前半は東北ドリームスが優勢だったが、35分にMF小笠原(鹿島)がPKを止められ形勢逆転。両軍ともゴール後はパフォーマンス合戦を繰り広げ、スタンドにお菓子を投げ入れたり、円陣の中からサンタの衣装に早着替えしたFW中山(札幌)が現れたりと、観客を沸かせた。小笠原は「意味のある試合。少しでも生活が前に進めば」と厳しい冬を迎える被災地の復興を願った。
(紙面から)

小笠原“被災地ツアー”計画「継続してやることに意味」

後半40分、東北ドリームス・佐藤寿人のゴールが決まると、サポーター席の前で弓を引くパフォーマンスを見せる選手たち
Photo By スポニチ


 鹿島の日本代表MF小笠原満男(32)が慈善試合の“被災地ツアー”計画を明かした。日本プロサッカー選手会(JPFA)東日本大震災復興支援試合「クリスマス・チャリティーサッカー2011」が23日、仙台市のユアテックスタジアムで行われ、JPFA選抜が4―2で東北選抜に勝利した。

 東北選抜の主将として先発出場した小笠原は被災地で初めての慈善試合を「選手たちの“やりたい”という気持ちでできた凄く意味のある試合。(東北の人たちに)喜んでほしい一心でこれだけの選手が集まってくれた」と喜んだ。

 今後の慈善試合については「復興はまだまだだし、継続してやることに意味がある。岩手、福島、茨城でもやっていきたい」と話し、宮城以外の被災地でも開催する意向を示した。


<クリスマス・チャリティーサッカー2011>前半、パスを出す小笠原

[ 2011年12月24日 06:00 ]

チャリティーマッチ常設化で復興アシストだ
 東日本大震災復興への貢献を目的とした日本プロサッカー選手会主催のクリスマス・チャリティーサッカー2011が23日、ユアテックスタジアム仙台で行われた。MF小笠原満男(32)=鹿島=、香川真司(22)=ドルトムント=ら選手はイベントを慣例化させ、今後も特に被害が大きかった岩手、福島、茨城などでの開催を目指す考えを示した。試合はJAPANスターズが4―2で東北ドリームスを下した。

 チャリティーマッチを終えた選手は共通の思いを抱いていた。小笠原が「復興には時間がかかる。(支援を)継続することが大事で、第2、3回と続けて岩手や福島、茨城でもやっていきたい」と話せば、香川は「どんどんやらなきゃいけない」と続いた。選手会としても継続開催を検討しており、慣例化される可能性が高まった。

 内容からもそうした思いが伝わってきた。香川は試合前日に急性胃腸炎でドクターストップがかかり、DF内田は開始5分前にシャルケ04から出場禁止を言い渡された。それでも2人は「何かできないか」と話し合い、後半41分から副審としてピッチへ。ハーフタイムにはサンタ姿で欠場をわび、観衆を沸かせた。

 両膝関節炎で負傷中のゴンことFW中山は後半44分から強行出場。足を引きずりながら右サイド突破からのクロスを試みた。海外組の日本代表DF吉田、槙野らも奮闘。両チームとも得点時にゴールパフォーマンスを披露するなど、選手全員が「東北の方に楽しんでもらえたら」(吉田)という一心だった。

 「みんなが楽しそうだったので良かった」と内田。小笠原は「今日は笑いあり、拍手ありで楽しんでもらえたと思う。すごく意味のある試合だった」と振り返った。サッカーを通じ、これからも復興貢献を続けていく。
(2011年12月24日06時03分 スポーツ報知)

勇気・感動、東北にシュート ユアスタでサッカー慈善試合

小笠原選手(40)らが大勢の観客を楽しませた「クリスマス・チャリティーサッカー2011」=23日、ユアテックスタジアム仙台

 東日本大震災で大きな被害を受けた東北を励まそうと、日本プロサッカー選手会(JPFA)主催の「クリスマス・チャリティーサッカー2011」が23日、仙台市泉区のユアテックスタジアム仙台で行われた。無料招待され、スタンドを埋めた約1万4000人のファンが、世界を相手に戦う選手のプレーやゴール後のパフォーマンスに歓声を上げた。

 試合は前半15分、盛岡市出身の小笠原満男選手(J1鹿島、岩手・大船渡高出)ら東北ゆかりの選手らでつくる「東北ドリームス」が、日本代表選手らが名を連ねる「JAPANスターズ」を相手に先制。ゴールを決めた奥山泰裕選手(J2鳥取、東北学院大出)ら選手全員が、プレゼントを客席に投げ入れるパフォーマンスを披露し、観客を喜ばせた。
 JAPANスターズの松井大輔選手(フランス・ディジョン)、カレン・ロバート選手(オランダ・VVVフェンロ)の巧みなドリブルやパスには、驚きの声が漏れた。出場はしなかったものの、香川真司選手(ドイツ・ドルトムント、FCみやぎ出身)らが副審を務める演出も雰囲気を盛り上げた。
 熱戦の末、JAPANスターズが4―2で逆転勝利。津波で自宅に被害を受けた宮城県七ケ浜町の亦楽小5年、渡辺響君(10)は「選手が審判をしたのが面白かった。寒かったけど、気にならなかった」と笑顔で話した。
 「選手は喜んでもらいたいという一心で、熱心にやっていた」。東北ドリームスの監督を務めた元日本代表主将の加藤久氏(宮城県利府町出身)は、サッカーを通じた被災地支援の広がりに目を細めた。
 小笠原選手は震災後に慈善活動を行い、募金の発起人になるなど積極的に支援してきた。「(試合は)取り組みの第一歩。これで終わりではなく、継続させたい」と話した。

2011年12月24日土曜日

クリスマス・チャリティーサッカー2011がニュースになっておる。
主将として先発出場した小笠原満男もサンタに扮した篤人も被災地の復興への思いは強い。
今後もサッカーを通じたチャリティを続けて欲しい。

山形・奥野監督、記者会見

モンテ奥野新監督が就任記者会見
2011年12月23日 19:12

 来季J2で戦うサッカー・モンテディオ山形を率いることが決まった奥野僚右新監督(43)が23日、天童市の県総合運動公園内で就任記者会見を行った。奥野新監督は「シーズン終了時、山形の皆さまと共に笑顔で喜びを分かち合える努力をしたい。J1昇格を目指す」と、力強く1年でのJ1復帰を宣言。「今、いる選手の特長を生かしたスタイルづくりをしたい。各選手の強いポイントをつなぎ合わせ、より大きな力に変えていく」と見据え、“山形らしさ”を打ち出して戦い抜く姿勢を示した。以下は記者会見での一問一答の要旨。

 −どんなサッカーを目指すか。

 選手には力強さと勇気を求めたいし、それらを持ち備えていると確信している。選手それぞれが調和し、連動、連係、共有すること。抽象的かもしれないが、選手自身が自分で決断して行動できる。そういった個の集まりがグループになり、チームになっていくことを目指したい。

 −山形の監督を引き受けた理由は。

 初めてGMからオファーを頂いた時は、感謝の気持ちでいっぱいだった。(鹿島での)コーチ業が長く、アマチュアリーグ(草津)で2年間指導したが、それ以外は選手としてやってきた人物を評価して頂いた。(12月上旬に)一度山形に(視察で)来たとき、『ここで働くんだ』という気持ちが強くなった。まちの雰囲気、人の温かさ、優しさを感じた。それも決め手になった。

 −今季のモンテディオの印象は。

 継続したコンセプトの下、全員攻撃、全員守備のハードワーク、献身性がある。全員が協力して戦うという土壌がある。

 −来季のJ2について感じていることは。

 そこまで分析できていないが、印象としては、年間を通して安定した力を発揮できるチームが昇格できる。波があってはいけない。勝敗に一喜一憂することなく戦いたい。各チームの戦い方は、以前は堅実な守備から攻撃するチームが多かったが、今はそれぞれの監督がスタイルを築いている。そこにモンテディオのスタイルを構築したい。

 −サポーターにメッセージを。

 山形のサポーターはとても温かくて応援熱心で、なおかつ積極性があると思う。そういうサポーターに支えられるのは光栄なことだし、一緒に喜びを分かち合いたい。日本には日本の応援スタイルがあっていいと思う。どんな結果でも『俺たちがついていく』という印象がある。そういう県民性、地域の特長を表現していて、とても幸せなサポーターに囲まれている。サッカーは“情”を扱うスポーツ。感動や喜びの感情を持って頂けるようにやっていきたい。

【山形:奥野僚右氏モンテディオ山形監督就任記者会見】出席者コメント(11.12.23)
本日山形県総合運動公園2階大会議室にて、来季のモンテディオ山形トップチーム監督に就任する奥野僚右氏の記者会見が行われました。
会見での出席者のコメントは以下の通りです。
--------------

●中井川茂敏 スポーツ山形21常務理事 兼 ゼネラルマネージャー
「みなさん、おはようございます。お忙しいなか、お集まりいだきまして本当にありがとうございます。我々はJ1からの降格という残念な結果に終わりましたが、もう新たなシーズンに向けたいい準備をするというのが、これからの我々の大切な使命だと思っています。

その第一として、まずスタッフ体制をきちっとつくっていくということを今、手がけています。そのなかで、奥野僚右監督を招へいできたということ、我々は本当に喜ばしく思っています。もう紹介しなくても、ある程度プロフィールはご存じかと思いますが、鹿島アントラーズで8年間コーチ、今季はヘッドコーチを務めていたという経歴をお持ちです。常勝チームの鹿島で8年間、そして、優秀な外国人監督――3人の外国人監督のもとでコーチを務めてきたということですから、本当に監督になる準備をしてこのクラブに来ていただいたというふうに感じております。

それでは、私のほうから、監督を招へいした理由を説明させていただきたいと思いますので、よろしくお願いします。
まずは、ベースとなる人間性。そういったところが非常に高い人物だという評価をしております。情熱を持っているということです。我々の目標であるJ1復帰という目標を話しているなかで、その目標を達成するという意識を非常に高く持ってくれる、そして勝利に向かっていくという気持ちを非常に高く持っていてくれるということだと思います。あとはやはり、選手を育てるというところにも非常に情熱を傾けられるというところ。それからサポーター、ファンの方によろこびを与えられるというところ。こういったところに、非常に情熱を持っているなあというところが一点です。
あとは『リスペクト』ということで、大切に思う気持ちを持っている人物だなあと私は感じています。選手、クラブ、サポーター、すべての人に感謝の気持ちを忘れないという姿勢を非常に強く持っている人物だと感じています。そして努力家ということで、いろんな部分で、分析力だったりコンディショニングだったり、多岐にわたって勉強してコーチングできる能力を高めてきたということだと思います。
選手時代はディフェンダーですが、鹿島では攻撃を担当したりというところもありますし、フィジカルのほうも自分一人でもできるというようなこともありますから、非常に努力して今まで積み重ねてきた、というところが現にあるなと思っています。
それからスキルというところでは、勝つための手法というものを鹿島で学んでいるんじゃないかというところ、あとは先ほど話したように、分析力、戦術、トレーニング、フィジカルというところで、いろんなバリエーションを持ちながら練習も進めてくれるだろうと感じています。

そういうところをもって、我々は監督として来ていただいたということです。ですから、これらを総合して、J1復帰という目標を達成してくれる、そして選手を育成してくれる、そして山形がめざすサッカースタイルを達成してくれるという期待感を持っております。
今言った「山形のサッカースタイル」というところなんですが、技術、走力、そして駆け引きのあるダイナミックな攻撃サッカーをめざしていきたいなと思っています。これまでも全員攻撃、全員守備で主導権を握るというスタイルがあります。ハードワークをするというところがありますから、そういうところを壊さずにやっていく。そして、2点目は勝利。内容へのこだわりをスタッフ、選手、全員が持っていくということ。あとは最後まであきらめずにチームのために戦うというところ。そして、ファンのみなさまと一緒に闘っていくというようなところをめざしながらやっていきたいと思っております。監督としての準備をすべてクリアして、そして監督としての第一歩をこの山形で、いい準備をして踏み出してくれるということを信じています」


●奥野僚右新監督
「奥野僚右です。よろしくお願いいたします。本日は朝早くから多くの方々にお集りいただき、ありがとうございます。多少、今緊張しているもので口が滑らかではないんですけれども、今、中井川GMからもお話がありましたように、1年でJ1復帰をめざしております。そして、力強い、勇気ある選手たちの調和されたチームをめざします。山形のみなさまとともに、笑顔で、シーズン終了時によろこびを分かち合えるように努力していきます。

Jリーグの監督として山形でスタートを切るわけですけれども、モンテディオ山形の歩みに名を連ねることができて、大変光栄に思っております。みなさんとともに、当然ながらメディアの方たちもともに手を取り合って、山形を盛り上げていってください。また、このクラブの関係者の方に大変よくしていただき、全面的に僕をバックアップしてくれるという姿勢を強く感じております。その期待に応えるべく、全力を尽くします。どうぞ、これからもシーズンを通して山形を応援してください。本日は誠にありがとうございました」

(以下、質疑応答)
Q:中井川GMからも走力を活かしたダイナミックなサッカーをめざすという話がありました。具体的にどんなサッカーをめざしていきたいのか。それと、チームが若返っていくと思いますが、若手の育成というところでどういうことを考えていますか?
「今、最初のあいさつで述べさせていただいたように、選手には力強さと勇気を求めていきたいと思っています。また、それを兼ね備えていると確信しています。そういうところを調和して、チームとして連動、連係、共有、そういったところをコンセプトに攻守にわたり戦っていければと考えています。
若手の育成に関して言いますと、それぞれが才能を持ってこちらに所属している選手たちを、とにかく成長させることが目的であって、成長させる手段というのは個人個人、それぞれアプローチの仕方も変わってくると思うんですけれども、まずチームにいち早く僕の考え方を理解してもらうとともに、僕が選手一人一人を理解する、そういった相互理解のところを取り組んでいきます。そしてそれぞれに合った指導なり刺激によって若手が向上してくれれば幸せです」

Q:「力強さ」という言葉もありましたが、もう少し具体的にあればお願いします。
「すべて言葉は抽象的になってしまう部分はあるんですが、具体的に言いますと、選手自身が、自分で考えて自分で決断できる、そういった個の集まりがグループになり、グループがチームになっていってもらいたい。だから、一人一人の選手たちがモンテディオ山形の一部であって、全体である。そういったチームづくりをしていきたい。まだちょっと抽象的ですけれども、言い方を変えるなら、一人が全体を表して、全体が一人を表せる。個人の成長がチームの成長。チームの成長と結果が個人に刺激を与え、また成長につながるような循環が生まれるよう、トレーニング、ゲーム、すべてにおいていい循環をつくっていきたいと考えています」

Q:いろんな選択肢があるなか、山形の監督を引き受けることになった決め手を教えてください。
「初めてGMからお話をいただいて、とても感謝の気持ちでいっぱいでした。コーチ業は8年と長いですけれども、あとはアマチュアリーグで2年間指導していたもので、それ以外は選手としてやっておりました。そういった人物に対して期待をかけていただき、評価をしていただき、声をかけていただいた。もうそれが心強くもあり、うれしくもあり、自分の力をクラブに役立てたい。そして、自分のなかで考えながら、一度山形の街を拝見しにうかがって、そのときに『あ、ここで俺は始めるんだ』という気持ちがどんどん強くなっていった。それはどういうところかというと、街の雰囲気もそうですし、接する人たちのあたたかさ、熱意。まだ自分の身分も明かしていないのに、やさしさをすごく感じて、この環境で仕事ができるというのはとても光栄なことだと思いました。そういうところも、山形で仕事をしたいという一因ですね」

Q:鹿島のコーチ時代にも山形と戦っていますが、モンテディオのことをどのように見ていましたか?
「チームが継続して持たれているコンセプトというところで、全員攻撃、全員守備のハードワーク、チームに対する献身性というところで、いい指導とともに、みんないい選手たちだなという印象を強く持ってました。全員が協力してやるという土壌ができているわけで、当然のことながら選手としての資質は兼ね備えていると感じています」

Q:今の質問に関連してですが、鹿島から山形を見て、いいところの話をしていただきましたけれども、ここがもう少し足りないんじゃないか、ここをもっと強化したらさらに強くなるんじゃないかというところはありますか?
「あくまでも外から見た印象ですと、少し自分の感じることが違ってくるかと思うので、実際に選手たちと接して話していったり観察していくなかで、こういうところをもっと伸ばしていこう、と。結局、欠点と思われるような部分というのは、その選手にとってもチームにとってもごく一部のものなので、それを打ち消せるようなものを全体のコンビネーションなり、戦い方で補いつつ、自分たちが強いと思っている部分をもっと伸ばしていけばいいんじゃないかと、そういうふうに考えています」

Q:おっしゃりにくいと思いますが、欠点を具体的にお話していただくと?
「新しいシーズンに向けては、多少、人の入れ替えもあったりしていくなかで、まったく今度は指導する監督が代わるわけですから、それは僕の頭のなかでやる作業。選手のいいところだけはほめてあげられるんですけれども、弱点となったり、弱いなという部分をわざわざ口に出す必要はないんじゃないかと思ってます。お答えできずに申し訳ありません」

Q:めざすサッカーは戦術的にもあると思いますが、どういうサッカーをやっていきたいと思いますか?
「さっきから繰り返しになったり抽象的な言葉になるんですけれども、結局、サッカーの戦術、スタイルということ以上に、今いる選手を活かせるスタイルづくりをしていきたい。それぞれの選手がそれぞれの特長を持っており、強いポイントがありますね。その強いポイントをうまくつなげていって、より大きな力に変えるのが僕の仕事だと考えています。それは攻撃においても守備においても、それぞれの特長を踏まえたうえで、みんなが自分が持っている力をより上積みできるように、またグループになったらそれがより大きな力となって表現できるように、徐々に煮詰めていかなきゃいけない。だから、無理に型にはめるようなことは考えていません」

Q:まだ編成途中なので答えにくい部分もあると思いますが、今の段階で奥野さんから見て、この選手はいいなという選手はいますか?
「今シーズン戦っていた選手は、自分のなかでわかっておりますけれども、たとえば、あまり試合に出場してなかった選手たち、また、そういう子たちのプレーというのは実際に見てみないと評価は下していけないし、その評価が果たしていいのかというと、じっくり見てあげないといけないなと思っています。所属するすべての選手に期待を大きくしております」

Q:鹿島で学んできたことで、どんなことがこのチームで活かせると思いますか?
「鹿島で学んできたことですか。鹿島で……。とにかく、僕はサッカーを小学1年生から初めて、今43歳なんで36年、今度37年目になるんですけれども、歳とともに、サッカーというのは奥が深くて、なおかつシンプルなんだという思いが強くなってきました。そのなかで、年齢に関係なく何歳でもうまくなれる。体も頭も、使えば使うほど鍛えられる。そういうことは、非常に今強く感じております。だから、使うことは継続していきたい、頭と体と。今回、監督に就任するにあたって、ふだんいかに自分が頭を使ってなかったかというのを、この1週間ほどで実感しております。もう毎日のように、夜には頭がキンキンと痛くなってきて、こんなに今まで怠けてたんだと。だからそのよろこびを選手たちにも伝えてあげたいなと。現役時代にプレーヤーとしてやってて、いいプレーをしてるときって、試合が終わったら頭が痛くてガンガンしてたんですね。今、選手たちに聞いてみても、自分たちがよく考えていいプレーができたときはそういう選手が多いですから、試合が終わったら精魂尽き果てるような、そういうプレーを求めていきたいと思います。ちょっとプレーの話になってしまいました」

Q:Jリーグのチームを監督として初めて率いることになるわけですが、期待と不安ではどちらが大きいですか?
「もうよろこびでいっぱいで、期待でいっぱいですね。これからは新しい選手たちと接することができて、新しいリーグにチャレンジできる。そういうところのよろこびと期待がすべてです」

Q:憶えていたらで結構ですが、中井川GMから就任要請の際に受けた口説き文句は?
「口説き文句ですか? 本当に言葉以上に必要とされているなという部分を強く、全体から感じました。先ほども言いましたようにありがたいお話で、僕の力を役立ててほしいと求めていただいて、だからどこかのひとつのセリフが決め手になったという以上に、ありがたさが伝わってきました」

Q:山形の監督と言えば、田植えをすることになりますが、田植えに向けての意気込みをお聞かせください。
「ああ、意気込みですか? 田植えは少し腰が重くなりそうですね。でも、土に触れるということはとてもいいことだと思いますね。決めつけちゃいけないですけど、もともと農耕民族の方が多かったわけで、土に触れ合って畑仕事をしたりすることというのは、僕も好きです。大好きです」

Q:育成の話がありましたが、補強という点ではどういうことを考えていますか?
「そうですね、どういうふうにお答えすればいいですかね…」

●中井川GM
「補足いたします。やはり得点ということで、今季は得点が低かったというところですから、やはり得点が取れるフォワード、現有の選手を残留していただく、そして新たな選手を連れてくるというところからまず必要かなと。あとは、攻守のバランスということですから、中盤で運動量のあるような若手の選手に来ていただくということ。あとはディフェンスでは、センターバックで強さを持ちながら足元の技術も高い選手を補強するということを今考えています。今、ほぼある程度確定するようなところまで近づいている、というところを報告します」

Q:山形も4シーズンぶりのJ2になるのですが、最近のJ2の傾向についてどう見ていらっしゃるのか。そして戦ううえで、舞台がJ1かJ2かで戦い方を変えるのかということを教えてください。
「そこまでJ2の分析はできていないわけで、しっかりとしたお答えになるかどうかわかりませんけれども、印象として持っている部分としては、年間をとおして安定した力を発揮できるチームが昇格していく。波があってはいけないなといのが率直な印象ですね。スケジュールも以前よりも規則正しくなってるような印象も持っていますから、そこで自分たちが年間を通じて安定した力、また一喜一憂することなく継続して、最終節になる必要はないんですけども、それ以前までに昇格が決められれば、それがベストだと考えています。J1とJ2の戦い方に関して、そんなに今は違いがなくなってきたと思います。以前はゴール前を固めて、堅実な守備からの攻撃というスタイルのチームがJ2では多かったと思いますが、それぞれの監督がそれぞれのスタイルを築き上げられている。自分たちもモンテディオのスタイルというのを構築して、『あ、これがモンテディオなんだ』と思っていただけるようなチームづくりをしていきます」

Q:GMにうかがったほうがいいのかもしれませんが、コーチングスタッフも含めて、チーム編成で奥野監督の意向が入る余地はありますか?
●中井川GM
「まずコーチングスタッフについては、奥野監督の意向がほとんど入っているというところがあります。それで今、オファーを出すところまで来ています。ですから、年内中にすべて決まる見込みです。これはもう監督の意向を強く反映しました。選手については、監督をお願いしたときに、すでに選手構成をある程度つくりながら、見せながらやってきたというところです。監督決定が少し遅れましたから、そういった意味では、すべてがすべてとは言えないところも少しあるかなというふうに思います。ただ、ある程度の選手構成を見ていただいて、山形に来ていただくということを選定してもらったということは言えると思います」

Q:ちょっと気になったのが、「フィジカル(の指導)もできる」という話でしたが、それはフィジカルコーチの役割も任せるということではないですよね?
「そういうわけではないです。そういう能力も持ってますけども、そういうものをマネージメントできるということで話させてもらっています」

Q:ご自身の性格がこうなので、こんな指導をしていきたいなというのはありますか?
「自分自身の性格、なかなか自分で分析できなくて、見ていただいたままで、これからも接していくなかで、『ああ、あの監督、厄介なんだよな』と思っていただいたりしていければいいかなと思うんですけれど。指導に関して言うと、本当に1日1日の積み重ねがすべてだと思っています。それを365日……は練習しないわけですけれども、積み重ねを回数で表したり、時間で換算すると、そこにどれだけ自分が入り込んでいけるかが大きな差になって表れてくるんじゃないか。だから、いい積み重ね、いい種を蒔いてあげて、いい結果に結びつけていくように、いい実りを最後にいただけるようにしていきたいので、そこには当然、自分が毎日入り込んでいかなきゃいけない。そう取り組む姿勢でいます」

Q:ご自身の一番のセールスポイントは?
「セールスポイントですか。セールスポイントですか。あまり自分をセールスしたことがないので……。細かなところと大雑把なところが混ざってますよね。ですから、なるべくいろんな角度から物を見れるようにいつも務めています。ひとつの側面だけじゃなくて、他方向からいろんな物事を見られるように考えてますし、座右の銘じゃないんですけども、『虚心坦懐』という言葉が好きで、ほんとにわだかまりなく素直に物に臨めればなと。だから、理屈っぽいところもあるけれども、感覚で物を言ってしまうところもありますね」

Q:山形にはとてもあたたかいサポーターがいるということで、サポーターの方にひと言お願いします。
「とても本当にあたたかくて、応援熱心で、なおかつ積極性があると思うんですね。そういったサポーターに支えられるのは非常に光栄なことであって、そのサポーターとともによろこびを分かち合いたい。日本には日本のスタイルがあっていいと思うんですね。だから、ブーイングをしなきゃ選手は鍛えられないというんじゃなくて、日本人らしさで、『どんな結果であっても、俺たちがついている』という印象を受けています。そういった県民性であったり、地域の日本人の特徴であったりが表現できて、とても幸せなサポーターに囲まれてるなと思っています。結局、サッカーは情を扱うスポーツだと思ってますから、その情のなかでも、感動であったり、よろこびの感情を持っていただけるようにやっていきます。ですから、ともに情を動かされてください。それがお願いとともに、そういうものを見せていきます」

Q:明確に今一度、来シーズンの決意、目標をお願いします。
「ガッツポーズですか(笑)。J1昇格します。もう昇格することがすべての目標であり、目的ですね。それに付随して選手の成長もあるわけですから。昇格するためだけに来ました」

以上



[ 山形:奥野僚右新監督記者会見 ]

会場は山形県総合運動公園2階大会議室。30名を超す取材陣が詰めかけた。初顔合わせとあって、質疑の時間はたっぷりと設定された。

[ 山形:奥野僚右新監督記者会見 ]

冒頭、中井川茂敏ゼネラルマネージャーが奥野新監督獲得の理由と経緯を説明した。「感謝の姿勢を持ち、努力家」とその人柄を評した。

[ 山形:奥野僚右新監督記者会見 ]

具体的な目標を聞かれた奥野新監督は、「J1昇格するためだけに来ました」ときっぱり。オフィシャルのネクタイも似合っている。

[ 山形:奥野僚右新監督記者会見 ]

タオルマフラーを首に巻き、中井川GMと握手。GMからの口説き文句を聞かれると、「言葉以上に必要としていただいていると感じた」との表現で感謝の気持ちを話していた。

[ 山形:奥野僚右新監督記者会見 ]

モンテスとディーオのマスコットを持ってほしいとのリクエストにもすんなり応えた。奥さんと3人のお子さんがいるが、新学期からは家族5人で山形の生活を始めるという。


【山形】奥野新監督「1年でJ1復帰を」
 来季からJ2に降格する山形の新監督に就任した奥野僚右氏(43)が23日、山形・天童市内で会見を行った。今季まで8年にわたって鹿島でコーチを務めた奥野氏。自身にとって初めてとなるJリーグの監督として、J1復帰を目指すチームの再建を託されることになる。会見では当初やや緊張気味だったが「1年でJ1復帰を目指します。山形の皆さんがシーズン後に笑顔で喜びを味わえるように戦っていきたい」と話した。
 [2011年12月23日12時23分]

抱負を語る山形の監督に就任した奥野である。
1年でJ1復帰を目指すとのこと。
是非とも現実として欲しいところ。
そして、鹿島へ凱旋するのだ。
我等としても奥野が率いる山形と対戦するのは楽しみである。
来季のJ2も注目である。

神戸、田代を獲得

2011/12/22 鹿島アントラーズよりFW田代有三選手移籍加入決定のお知らせ
この度ヴィッセル神戸では、2012シーズンの新戦力として、鹿島アントラーズよりFW田代有三選手(29)の完全移籍加入が決定しましたのでお知らせいたします。

田代 有三(Yuzo TASHIRO)
■生年月日:1982年7月22日(29歳)
■身長/体重:181cm/77kg
■ポジション:FW
■出身地:福岡県福岡市
■チーム歴:
石丸FC(福岡県)
下山門中学校(1995〜1997/福岡県)
福岡大学附属大濠高校(1998〜2000/福岡県)
福岡大学(2001〜2004)
大分トリニータ(J1/2003:福岡大学在学中、JFA・Jリーグ特別指定選手として登録)
サガン鳥栖(J2/2004:福岡大学在学中、JFA・Jリーグ特別指定選手として登録)
鹿島アントラーズ(J1/2005〜2009)
モンテディオ山形(J1/2010)※期限付き移籍
鹿島アントラーズ(J1/2011)

■出場歴:
J1リーグ戦通算 リーグ戦144試合出場41得点、リーグカップ戦29試合出場10得点、天皇杯19試合出場9得点
※2011シーズン リーグ戦22試合出場12得点、リーグカップ戦3試合出場1得点、天皇杯2試合出場1得点
J2リーグ戦通算 リーグ戦10試合出場1得点

■その他公式戦出場記録:
2008年(鹿島)アジアチャンピオンズリーグ 8試合出場5得点
2009年(鹿島)アジアチャンピオンズリーグ 3試合出場0得点、ゼロックススーパーカップ1試合出場0得点
2011年(鹿島)アジアチャンピオンズリーグ 3試合出場1得点
■代表歴:ユニバーシアード代表(2003年)、日本代表(2008年) ※国際Aマッチ3試合出場0得点

■田代有三選手コメント:

「ヴィッセル神戸のような素晴らしいクラブに移籍させていただき、本当に嬉しく思います。サポーターの皆さんに愛されるプレーヤーになれるように努力し、試合では気持ちのこもったプレーを出せるように頑張ります。応援よろしくお願いします。」

神戸が鹿島から元日本代表FW田代を獲得
 神戸は22日、元日本代表FWでJ1鹿島の田代有三(29)の獲得を発表した。田代は2005年から鹿島でプレーし、07年からのリーグ史上初の3連覇に貢献。08年には日本代表として3試合に出場。今季はリーグ戦22試合に出場し、チームトップの12点を挙げた。田代はクラブを通じて「気持ちのこもったプレーを出せるように頑張ります」とコメント。
 [2011年12月23日7時24分 紙面から]

鹿島・田代、神戸に移籍…野沢も秒読み
2011.12.23 05:00

 J1鹿島は22日、FW田代有三(29)がJ1神戸に完全移籍することを正式発表した。今季チームトップの12得点を挙げた田代は「成長するためには環境を変える事が1番だと思い決断しました。寂しい気持ちと感謝の気持ちでいっぱい」とコメント。11月に左足遊離軟骨の除去手術を受けたが、2月のキャンプインには間に合う見通しで新天地で飛躍を誓う。

 また、鹿島ジュニアユースからの生え抜き、MF野沢拓也(30)の神戸移籍も秒読み。神戸とは1年残す契約の違約金(推定5000万円)などの調整中で、週内にも発表される見通しだ。
(紙面から)

神戸 鹿島FW田代を獲得「愛されるプレーヤーに」
 神戸は22日、鹿島から元日本代表FW田代有三(29)を完全移籍で獲得したことを発表した。3年契約で推定年俸5000万円。

 出場機会を求めて新天地を選んだ田代はクラブ広報を通じて「素晴らしいクラブに移籍させていただき嬉しく思います。皆に愛されるプレーヤーになれるように努力し、試合では気持ちのこもったプレーを出せるように頑張ります」と意気込みを語った。

 田代は過去2年連続で2ケタ得点を記録するなど、空中戦に絶大な威力を発揮。3年続けて2ケタ得点選手がいない神戸にとっては、得点力不足解消のキーマンとして期待がかかる。すでにG大阪からMF橋本とDF高木の日本代表キャップを持つ両ベテランの加入も決定。来季は欧州、南米選手の獲得は見合わせる方針を示しており、アジア路線でACL圏内の3位以内を目指す。

[ 2011年12月23日 06:00 ]

J1鹿島・田代、神戸に完全移籍 野沢にも打診
J1鹿島は22日、FW田代有三(29)がJ1神戸に完全移籍すると発表した。特に空中戦に強さを発揮した田代は今季リーグ戦でチームトップの12得点と活躍。ナビスコ杯は準々決勝で決勝点を挙げるなど、9年ぶりの優勝に貢献した。

現在、神戸からは主軸の1人、MF野沢拓也(30)にもオファーが届いており、2人が抜けることになれば、大きな痛手となる。

田代は1982年7月22日生まれ、福岡県出身。福岡大から2005年に鹿島加入。昨季は山形に期限付きで移籍し、今季から復帰した。神戸からは11月中に正式なオファーが届き、鹿島側は慰留に努めていた。

移籍を決断した理由について田代は「成長するためには環境を変えることが一番だと思った」とコメント。「鹿島の名に恥じぬよう、新天地でも努力したい」と誓った。


田代の移籍がニュースになっておる。
得点力のある隆行と称される田代は神戸でもゴールを重ねるであろう。
怖い敵が現れてしまった。
野沢と共に襲いかかってくる神戸の田代を抑えきることが我等の目標となろう。
心して挑みたい。

さらば、田代有三

田代 有三選手がヴィッセル神戸に完全移籍 2011/12/22
田代有三選手がヴィッセル神戸に完全移籍することとなりましたので、お知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名:
田代 有三(たしろ・ゆうぞう)

■生まれ:
1982年7月22日、福岡県出身

■ポジション:
FW

■サイズ:
181センチ、77キロ

■経歴:カッコ内は加入年
石丸FC-福岡市立下山門中学校-福岡大学附属大濠高校 -福岡大学-鹿島アントラーズ(2005)-モンテディオ山形(2010)-鹿島アントラーズ(2011)
・2003大分トリニータ強化指定選手
・2004サガン鳥栖強化指定選手

■公式戦成績:
J1リーグ通算 144試合41得点(鹿島で112試合33得点)
ナビスコカップ通算 29試合10得点(鹿島で27試合7得点)
天皇杯通算 19試合9得点(鹿島で15試合6得点)
AFCチャンピオンズリーグ 14試合6得点(すべて鹿島)
ゼロックススーパーカップ 2試合0得点(すべて鹿島)
J2リーグ10試合1得点

■代表歴等:
国際Aマッチ3試合0得点(2008東アジア選手権代表)
2003年 ユニバーシアード日本代表 (於韓国・大邱:優勝)

■田代選手コメント

サポーター、ファン、スタッフ、そして鹿島アントラーズに関わる全ての皆様、7年間本当にありがとうございました。
小さい頃から憧れだった鹿島アントラーズに入団でき、最高の環境でサッカーをやらせて頂いて本当に幸せでした。凄く悩んだのですが、自分が成長する為には環境を変える事が1番だと思い、今回の移籍を決断しました。
鹿島は第二の故郷みたいなもので本当に寂しい気持ちと感謝の気持ちでいっぱいです。
自分で決めたからには、後悔なく、そして鹿島の名に恥じぬよう、新天地でも更に努力して行きたいと思います。これからも応援していただけたら幸いです。
本当にありがとうございました。


ここ数日、紙面を賑わせておった田代の移籍が公式発表された。
田代としては苦渋の選択だったと思われる。
山形で自信を付け、鹿島でのレギュラーポジション確保を誓って帰ってきたが、負傷もあり監督の信頼を確実なものにすることは出来なかったように思える。
しかしながら、今季、田代の得点で勝利した試合はいくつもあった。
我等としては、もっともっと共に勝利の歓喜を味わいたかったので、残念と言えよう。
その田代は、GK・ワシントンからゴールを奪った唯一のFWである。
2005年5月8日、東京ヴェルディ1969相手に決めた決勝ゴールは、満男が失敗したPKのこぼれ球を詰めて奪ったもの。
田代の鹿島に於けるファーストゴールである。
2006年終盤にはレギュラーポジションを奪い、得点力の高さをまざまざと見せつけてくれた。
しかしながら、この年は川崎のGKにPA外で掴み倒される岡田主審の誤審により激高し退場したことが記憶に残ったシーズンであった。
そして、2007年、奇跡の逆転優勝は戦術・田代が機能したおかげと言っても過言ではなかろう。
2008年後半以降は負傷に泣き、レギュラーを興梠に奪われた。
相手GKより高く跳び、倒されても田代のファールにされてしまうほどの才能はJリーグでは他に見当たらぬ。
田代とは来季より袂を分かつこととなった。
非常に残念ではあるが、これも縁というものである。
以前、神戸に請われて移籍した平瀬とは別の結果になるよう祈っておる。
お互いに良い移籍であったと後の歴史家に言わせしめるよう努力して欲しい。

自主練、バチと聖真

2011年12月22日(木)

今日はチームオフとなっておりますが、土居選手、梅鉢選手がフットサルコートで汗を流しました。また岩政選手も自主トレを行っています。

自主練するバチと聖真である。
入団一年目は明暗が分かれることとなった二人と言えよう。
聖真はシーズン終盤に出場機会を得、良いプレイを魅せてくれた。
世間に名が売れ始めたとも言える。
逆にバチはベンチ入りは叶ったものの、紅白戦ではCB起用されるなど、プロの壁に悩んでおる。
ボランチは特に層が厚く、来季も難しいシーズンとなろう。
しかしながら、能力の高い諸先輩と共に練習することは、必ずや血となり肉となる。
また、来年からはボランチとしてJリーグMVPに輝いたジョルジーニョから指導を賜ることが出来るのだ。
バチにとって、これほど成長させてくれるクラブは他にない。
いずれ鹿島を背負って立つボランチとしてピッチに立ってくれるであろう。
若き二人に期待大である。

ジョルジーニョ監督、ブラジルにて語る

ジョルジーニョ氏が母国で「鹿島に戻る」
 鹿島の監督就任が決まった元ブラジル代表でクラブOBのジョルジーニョ氏(47)が21日、ブラジルで「鹿島に戻る」と明言した。98年以来の鹿島“復帰”について「チャンスをもらえてすごくうれしい。鹿島は大好きなクラブで、ファンにも尊敬されていた。今回のチャレンジはピッチの中ではなく外になるけどね。過去に日本でプレーし、住んでいたから文化もサッカーも分かっている。それがプラスになる」と前向きに話した。契約は1年で、来年2月初めに来日予定だ。(エリーザ大塚通信員)
 [2011年12月22日7時8分 紙面から]


ジョルジーニョのコメントを報じるニッカンである。
日本のサッカーを熟知し、選手として成功を収めたジョルジーニョが指揮官として帰還する。
何ともうれしい話ではなかろうか。
我等としては諸手を挙げての歓迎である。
来季の戦いが楽しみである。

田代、神戸移籍、野沢も決定的

鹿島FW田代を獲得、野沢も決定的…神戸
 神戸が鹿島の元日本代表FW田代有三(29)を複数年契約で獲得することが21日、決まった。22日発表される。今季で契約が切れる田代を神戸は「逆境を個人で断ち切れる選手」と高評価、早々に正式オファーを出していた。同じく鹿島MF野沢拓也(30)の獲得も決定的になった。

 今季をチーム史上最高の9位で終えた神戸は、すでにG大阪MF橋本英郎(32)、同DF高木和道(31)らを獲得し、鹿島2選手を合わせ今オフ補強を終了。来季に向け三木谷浩史会長(46)が「ACLを狙いたい」と3位入りを厳命する。新戦力と残留したFW大久保嘉人(29)、DF相馬崇人(30)に命運を託すことになる。また、MFポポ(33)は浦和移籍が決定的。来季開幕時点で外国人は、FWペ・チョンソク(21)、DFイ・グァンソン(22)の2人で迎える。

(2011年12月22日06時02分 スポーツ報知)

元日本代表FWの鹿島・田代が神戸入り
 J1神戸が、鹿島の元日本代表FW田代有三(29)を完全移籍で獲得することが21日、決まった。22日にも両クラブから正式発表される。今季限りで鹿島と契約満了となる田代に対して、神戸は早くから動向をチェックしており、11月上旬に正式にオファーしていた。今季、鹿島でリーグ12得点を挙げたストライカーが、神戸躍進への新戦力となる。

 屈指の大型ストライカーが、港町神戸にやってくる。関係者によれば、田代は山形へ期限付きで移籍した昨年を除く6年間、プレーを続けた鹿島への愛着も強かった。もっとも、自身の能力を高く評価し、上位浮上へ変革を進める神戸の熱心な交渉の末、移籍を決断したという。

 田代は181センチの長身と跳躍力を武器に空中戦にも強い。今季はリーグ22試合に出場し、12得点。山形、鹿島とクラブが変わっても2年連続で2ケタ得点を挙げるなど、高い決定力も併せ持つ。神戸は今季過去最高の9位に食い込んだものの、総得点はリーグ10位の44点にとどまった。得失点差もマイナス1だったため、田代の加入で攻撃力の強化が期待される。

 今月8日には、長きにわたって痛みをこらえていた左足の遊離軟骨の摘出手術も受けた。神戸の幹部は「不安材料を取り除いたという認識で、手術をしたからといってネガティブなイメージはない。来季は年間を通してプレーをしてくれると思う」と信頼を寄せている。

 神戸は田代以外にも、鹿島から元日本代表MF野沢拓也(30)を完全移籍で獲得することも決定的だ。来季まで契約を残すため移籍金の交渉を重ねており、年内には決着がつく見込みだ。既に加入が決まっているG大阪MF橋本英郎、DF高木和道に加え、常勝軍団からの大型補強に成功。来季の神戸から目が離せない。

(2011年12月22日)

田代の神戸移籍が決定したとのこと。
それだけ、神戸が田代を高く評価したのであろう。
心情的には抑えきれぬものもあるが、ここは気持ちよく送り出したい。
また、野沢の移籍も決定的とのこと。
フロントとしては慰留をするとの話であったが、野沢の気持ちが覆ることはなかった様子。
こちらに関しては、良い気分にはなれぬ。
神戸の複数年提示を誠意と受け取ったのであろうか。
野沢の決断は尊重する以外にない。
ここで重要なことはチームの主力がいとも簡単に引き抜かれてしまったことであろう。
このようなことが横行するようではクラブの存続に関わる。
今後は契約の見直しの時期や選手との対話など、フロントの対応を見直すこととなろう。
この経験を糧にクラブはもう一つ成長したいところ。
災い転じて福としたい。

Fマリノス、マルキーニョスにオファー

横浜がJ109発マルキーニョス獲りへ
 横浜がJ1通算109ゴールのブラジル人FWマルキーニョス(35)の獲得に乗り出していることが21日、分かった。マルキーニョスは大震災の不安から4月に仙台を退団。帰国後はブラジル1部、アトレチコ・ミネイロへ移籍していた。婚約者から離日を懇願される形での決断だったが、関係者によると日本でのプレーを希望しているという。

 リーグ5位の横浜は、得点力は計46点で全体9位。日本代表FW前田遼一(30=磐田)にもオファーを出すなど、得点力アップを目指してきた。

 マルキーニョスは03年に、東京Vから期限付き移籍でプレーし、リーグ優勝に貢献。入団合意となれば9年ぶりの復帰になる。鹿島時代の08年にはMVPにも輝いた大物外国人が、横浜の救世主になる可能性が出てきた。

 [2011年12月22日7時7分 紙面から]

横浜 マルキーニョス獲りへ!年俸1億円で複数年を提示
 横浜が、歴代6位のJ1通算109得点を誇るアトレチコ・ミネイロ(ブラジル)のFWマルキーニョス(35)獲得に動いていることが21日、分かった。関係者によると、横浜側は既にブラジルでの視察を終え正式オファー。年俸1億円(推定)の複数年契約を提示しているという。

 横浜は今季、序盤から安定した戦いを披露。約6年ぶりに首位に立つなど久々に優勝争いを繰り広げたが、終盤に失速。最終的に5位に終わった。首脳陣はその原因が決定力不足にあったと分析。ストライカーの獲得を画策し、磐田のFW前田にオファーしたが、断られた。そこで、Jでの実績も申し分なく、03年に横浜でリーグ制覇、07〜11年に在籍した鹿島では4連覇に貢献した優勝請負人のマルキーニョスに白羽の矢を立てた。

 マルキーニョスは今季仙台に加入したものの、東日本大震災による精神的ショックを理由に4月に退団していた。関係者によると、本人も愛着の強い日本復帰に前向きという。アトレチコ・ミネイロとの契約が残っているため、交渉にはハードルもありそうだが、「横浜マルキーニョス」誕生の可能性は十分ある。

 ◆マルキーニョス 1976年3月23日、ブラジル生まれの35歳。01年に初来日し、東京Vに入団。03年に横浜、04年に市原(現J2千葉)、05年に清水に移り、07年から鹿島に在籍しリーグ4連覇に貢献。今季から仙台に移籍も震災の影響で退団。現在はアトレチコ・ミネイロに所属。J1通算109得点は歴代6位。1メートル74、76キロ。利き足は右。
[ 2011年12月22日 06:00 ]

仙台とマルキーニョス争奪戦…横浜M
 横浜Mが、東日本大震災の影響のため、4月に仙台を退団したFWマルキーニョス(35)=アトレチコ・ミネイロ=の獲得へ乗り出していることが21日、分かった。関係者によると仙台も水面下で接触しているという。J1歴代6位タイの109得点を誇る助っ人の争奪戦が名門復活のかぎを握る。

(2011年12月22日06時03分 スポーツ報知)

ブラジルで報じられておったようにFマリノスがマルキーニョスにオファーとのこと。
マルキーニョス本人も日本への復帰へ前向きとのことで、再来日の可能性は高い様子。
また、今年の春まで所属した仙台もマルキーニョスと接触しておるとのことで、争奪戦となっておる。
はたしてマルキーニョスは我等の敵として立ちはだかってくるのであろうか。
相手にとって不足はない。
強い気持ちでマルキーニョスの攻撃を弾き返したい。

田代、会心の笑顔

J.LEAGUE PHOTOS × J's GOALが選ぶ 2011シーズンベストショット
鹿島アントラーズ


◆試合データ
2011/10/05 ヤマザキナビスコカップ 準々決勝 鹿島vs横浜FM(ゲームサマリー)
◆撮影カメラマンのコメント
激しい風雨のなか、2点を先制されながらも粘り強く追いついた鹿島。
延長後半に待っていたのが、田代有三選手の決勝ゴールでした。ヘディングでゴールした瞬間の表情は見えなかったのですが、その後会心の笑顔でこちら側に走ってきてくれました。途中出場で監督の期待に応え、その後のヤマザキナビスコカップ制覇につながる素晴らしいゴールだったと思います。(カメラマン:田中一生)


ナビスコ杯準々決勝・Fマリノス戦での勝ち越し弾を決めた田代が選ばれておる。
自分らのミスで二点のビハインドを与えてしまい、そこから興梠、大迫、田代とFWの三人が決め逆転勝利したこの試合は歓喜の渦に巻き込まれた。
この得点でナビスコ杯の優勝への道が開けたのである。
これが田代の置き土産になろうとは、このときは思いもよらなんだ。
田代のゴールは歴史の1ページに刻まれた。

ジョルジーニョ監督、基本合意

鹿島新監督、ジョルジーニョ氏と基本合意

鹿島と来季からの監督就任について基本合意に達したジョルジーニョ氏

 鹿島が、元ブラジル代表でクラブOBのジョルジーニョ氏(47)と来季からの監督就任について基本合意に達したことが分かった。20日、クラブ幹部が明かした。年俸、コーチ人事などの条件面で合意した。正式サインを交わせばジョルジーニョ新監督が誕生する。

 今季まで5年間指揮を執ったオリベイラ監督の退任が決まってから約2週間。リーグ王者奪回を目指す鹿島の後任監督が、ようやく正式決定に近づいた。この日、クラブ幹部は「サインするまで落ち着けないが、今朝までの交渉で大筋の部分で合意した」と話した。

 オリベイラ監督の退任決定後、4人の後任監督候補を選定。その中から熟考を重ね、ジョルジーニョ氏に候補を一本化して交渉を続けていた。アシスタントコーチには93〜94年に柏でプレーしたアイルトン氏、フィジカルコーチにもブラジル人を招くが、その他のコーチ陣は日本人が務めることで調整がついた。

 ブラジル代表の世界的右サイドバックは、指導者としても11年シーズンで地方クラブのフィゲイレンセをブラジル全国選手権7位に導き、国内の若手監督の有望株として評価も高まっていた。その状況下で95年から98年まで在籍した鹿島に「復帰」することになる。

 ブラジル全国選手権1部で指揮を執っていたため、日本で監督を務める資格も満たしている。現在ジョルジーニョ氏は休暇中のため、正式サインのタイミングも含め鹿島側は最後まで慎重に手続きを進める意向だが、スター監督誕生は時間の問題となった。

 [2011年12月21日7時25分 紙面から]

鹿島、ジョルジーニョ監督と1年契約
2011.12.21 05:01

 J1鹿島は20日、が来季監督としてOBで元ブラジル代表DFのジョルジーニョ氏(47)と推定年俸150万ドル(約1億2000万円)の1年契約で基本合意した。鹿島幹部は「詰めは残っているが大筋で合意している。あとはサインをするだけ」と説明。ジョルジーニョ氏も電話で、古巣の指揮へ思いをたぎらせていたといい、週内にも正式契約を結ぶ見通し。

 コーチには同氏の片腕で、93〜94年に柏にDFとして在籍したアイルトン氏(45)を招く意向。大岩剛(39)、石井正忠(44)両コーチは残留する。
(紙面から)

鹿島 ジョルジーニョ監督と合意、年内にも発表へ!

鹿島監督にジョルジーニョ氏
Photo By 共同


 鹿島がクラブOBで元ブラジル代表のジョルジーニョ氏(47)との来季監督就任に向けた契約交渉で基本合意に達したことが20日、分かった。1年契約で推定年俸は150万ドル(約1億1700万円)。細部の詳細を詰めて近日中に正式契約を結び、年内にも発表される見通し。既に来季始動日など、新シーズンに向けた具体的な話し合いも行われている。

 また、新コーチとして、ジョルジーニョ氏の右腕であるアイルトン氏(45)が入閣することも判明。85〜89年にフラメンゴでジョルジーニョ氏とともにプレーしており、06年にはジョルジーニョ監督の下、アメリカFCでヘッドコーチを務めた。93、94年には柏(当時JFL)でプレーした経験もある。

 今季フィジカルコーチを務めた石井正忠氏(44)は来季はコーチに就任し、大岩剛コーチ(39)は留任。新たにブラジル人フィジカルコーチを招へいする方向で調整を進めている。今季はナビスコ杯を制したものの、リーグ戦は6位に低迷し、天皇杯も4回戦で敗退。チームの再建はクラブ史上初のOB監督に託された。

 ◆ジョルジーニョ(ジョルジ・ジ・アモリン・カンポス)1964年8月17日、ブラジル・リオデジャネイロ州出身の47歳。現役時代は主に右サイドバックとしてサンパウロ、レバークーゼン、バイエルンM、鹿島などでプレーした。ブラジル代表として国際Aマッチ64試合に出場し3得点。03年に現役引退して、古巣アメリカFC監督やブラジル代表コーチなどを歴任し、今季はフィゲイレンセを指揮。1メートル75、69キロ。
[ 2011年12月21日 06:00 ]

ジョルジーニョ氏、新監督就任合意…鹿島
 鹿島が、来季の新監督として交渉している元ブラジル代表DFで昨年までフィゲレンセの監督だったジョルジーニョ氏(47)と条件面で大筋合意したことが20日、分かった。1年契約の推定年俸150万ドル(約1億2000万円)を提示し、この日の明け方の直接交渉で「正式なサインはしていないが、基本的な部分ではほぼ合意に至ったと言える状況」(クラブ幹部)となった。

 交渉ではスタッフの陣容が焦点となった。鹿島は監督を補佐するコーチに日本人を、ジョルジーニョ氏はブラジル人を要望。話し合いの結果、コーチは93〜94年に柏でプレーし、同氏をコーチとして支えてきたアイルトン氏の起用と、石井正忠フィジカルコーチ(44)をコーチに昇格させることでまとまった。GKコーチは日本人、フィジカルコーチはブラジル人にする見込み。

 仮契約は先となるが、ジョルジーニョ氏は来季のJリーグ日程や、今季10試合分の試合映像を送るように求めるなど、監督就任へ意欲を見せている。元川崎FWジュニーニョ獲得に向け、調査を本格化。3年ぶりのJ奪還へ、足場が固まりつつある。

 ◆ジョルジーニョ(本名ジョルジ・ジ・アモリン・カンポス)1964年8月17日、ブラジル・リオデジャネイロ生まれ。47歳。選手時代は主に右サイドバックとして活躍。94年米国W杯では優勝に貢献。バイエルン(ドイツ)、鹿島(95〜98年)などでプレー。03年に引退し10年南アW杯ではブラジル代表ヘッドコーチ。175センチ、69キロ。

(2011年12月21日06時01分 スポーツ報知)

ジョルジーニョ氏、鹿島監督就任に基本合意
サッカーJ1鹿島が来季からの監督就任を要請していたOBで元ブラジル代表のジョルジーニョ氏(47)と基本合意に達したことが20日、クラブ幹部の話で分かった。単年契約で、年俸は推定1億円。同幹部は「サインをするまでは分からない」としているが、クラブ史上初のOB監督誕生がほぼ確実となった。年内にも正式契約する見込み。

クラブ側は19日夜、懸案のコーチ人事の折り合いを付けるため、電話や電子メールで交渉。アシスタントコーチとフィジカルコーチについて同氏の意向を受け入れることで20日朝までに合意に達し、就任に向け大筋で話がまとまったという。


昨日、サンスポが報じたジョルジーニョの監督就任であるが、基本的に合意に至ったとのこと。
これは重畳。
年俸は150万ドル、200万ドルからジョルジーニョ側がかなり歩み寄った形である。
また、石井コーチ、大岩コーチの留任も決まり、ジョルジーニョの右腕であるアイルトンも来日する。
ここにフィジカルコーチが決まれば、体制は固まることとなる。
新生アントラーズはジョルジーニョに託される。
我等も一丸となって新たなる勝利を共に掴んでいこうではないか。

マルキーニョス、Fマリノス入りか

Atacante do MS admite que pode voltar ao Japão
JAKSON PEREIRA 20/12/2011 08h02

Passando as férias em Mato Grosso do Sul, o atacante do Atlético Mineiro Marquinhos Cambalhota segue em dúvida sobre seu futuro. O jogador nascido em Rio Brilhante tem contrato com o time mineiro até 2013, mas uma proposta do futebol japonês pode mudar os planos do jogador. Além disso, o próprio clube anunciou a possibilidade de não contar com o jgador para o próximo ano.

“Desde que cheguei no Atlético busquei dar o meu melhor, mas uma contusão atrapalhou meu rendimento. Tenho contrato e estou feliz em Minas (Gerais), mas sempre que tenho uma proposta do Japão fico balançado, afinal passei mais de 10 anos lá”, disse o jogador que recebeu uma sondagem do Yokohama, clube que defendeu em 2003 e conquistou o título japonês.

Revelado pelo Operário, Cambalhota passou pelo Coritiba até chegar ao futebol japonês em 2001 para defender o Verdy Tokio. Depois passou por diversos clubes nipônicos além do Yokohama, como JEF United Ichihara, Shimizu S-Pulse, Vegalta Sendai e o Kashima Antlers, clube onde detém a marca de maior artilheiro da história com 51 gols em 92 jogos, além de ter conquistado diversos títulos, como o tricampeonato japonês, além da Super Copa do Japão.


アトレチコ・ミネイロのマルキーニョスに日本からオファーが届いておるとのこと。
その相手は横浜Fマリノスの可能性が高い様子。
マルキーニョスが再び日本の地に戻り、我等が敵として立ちはだかってくるのであろうか。
続報を待ちたい。

ジョルジーニョ、フッキが一番

Jorginho votes for Hulk as Samba Gold winner
Another day, another esteemed voter in the race for the Samba Gold trophy 2011 speaks exclusively to Sambafoot and today it is former-Brazil full-back and current Kashima Antlers boss Jorginho.

Jorginho, a former idol at Flamengo and World Cup winner in 1994, has gone on to achieve success in his opening forays into the world of management in recent times.

Dunga's assistant throughout the former-captain's period in charge of the Seleção, Jorginho made his great managerial breakthrough this season at Figueirense when he guided the Florianopolis side to a shock seventh place in the Brasileirão.

The success earned the coach a job at Japanese heavyweights Kashima Antlers and also the Sambafoot Manager of the Year award for 2011.


Vote 1 - Hulk

"Without even looking here, because I know he's nominated, I choose Hulk from FC Porto," said the rising managerial star. "He had a wonderful season and it could not have gone any better.

"For some time now, he has been one of the best players in the Portuguese league and has had a great year."


Vote 2 - Thiago Silva

"Undoubtedly one of the best players in the world, one of the world's best defenders.

"He is a player that can make a difference by his way of playing. He has had a great campaign."


Vote 3 - Fernandinho

"A player who I had the opportunity to spend some time with, at national team friendlies, and that is now a mainstay of the Brazilian national team after playing very well.

"He is a player of great quality and I'm sure he will be very helpful in the future for Mano."


ジョルジーニョが選ぶ欧州でプレイするブラジル人No.1はフッキとのこと。
このような大物がJリーグにおったことは驚きと言って良かろう。
とはいえ、セレソンで世界一になったジョルジーニョも鹿島に移籍して日本一に貢献しておる。
それだけ、日本のJリーグもブラジル人には水が合っておるであろう。
ところで、ジョルジーニョの紹介であるが、既に鹿島アントラーズのボスとなっておる。
もう本決まりととらえて良いのであろう。
ジョルジーニョと共に来年は笑顔で過ごしたい。
楽しみである。

軽快、フットサル

2011年12月20日(火)

今日はチームオフとなっておりますが、一部の選手たちはクラブハウスでフットサルに興じていました。

フットサルを楽しむ選手たちである。
契約や移籍、指揮官の交代など、激動のオフとなっておるが、選手が行うのはサッカーであることに変わりはない。
勝利を追求する公式戦も重要であるが、サッカーを楽しむ心を忘れてはならぬ。
フットサルでテクニックを披露し、ボールの感触を掴んで欲しい。
来季の開幕まで、しばしゆとりを持っていて良いのである。
戦士の休息である。

小谷野、新潟へ

黒崎監督の教え子 新潟が鹿島MF小谷野獲得へ
 J1新潟が鹿島のMF小谷野顕治(23)を獲得することが19日、分かった。20日に小谷野と新潟関係者が話し合いを持つ予定で、契約が決まり次第、正式発表される。

 茨城県潮来市出身の小谷野は鹿島ジュニア、同ジュニアユース、同ユースを経て、07年にトップチーム入りした鹿島生え抜きの選手。正確なボールコントロールと素早いドリブル突破を武器とする攻撃的MFで、黒崎久志監督(43)が05、06年に鹿島ユースコーチを務めた際の“教え子”という縁がある。層が厚い鹿島のMF陣でもまれ、昨年4月4日の仙台戦でリーグ戦初出場。今季は3試合に出場して無得点だった。

 新潟は攻撃的MFのチョ・ヨンチョル(22)の大宮移籍が決定的となっているだけに、小谷野の獲得は効果的な補強。神田勝夫強化部長は「いろいろなポジションができる選手」と期待を寄せた。

[ 2011年12月20日 11:43 ]

小谷野が新潟へ移籍との報。
この記述ではほぼ決まりと考えて良かろう。
五年目となる今季はACLに先発出場し、飛躍が期待されたが、シーズン終盤には新人の聖真の後塵を拝するなど、出場機会が少なかった。
新潟の監督の黒崎がユースコーチ時代に所属しており、気心が知れておる。
新潟の地で才能を開花させて欲しいところ。
切れの良いドリブルで新潟サポーターを魅了するのだ。
我等も遠くの地から活躍を祈っておる。

野沢・田代、移籍の意思

鹿島MF野沢、FW田代が神戸移籍決意
 鹿島のMF野沢拓也(30)とFW田代有三(29)が神戸移籍を決意したことが19日、分かった。既に神戸から完全移籍でのオファーが届いている。鹿島側は慰留する意向だが、近日中に始まるクラブ間交渉次第では、来週中にも正式決定する可能性が出てきた。

 移籍となれば、鹿島は主力2人を同時に失うことになる。2年連続リーグ戦全試合出場を果たした攻撃の軸MF野沢と、Jリーグ屈指の高さを誇り今季リーグ戦12得点のFW田代。この日、鹿島関係者は「もう1回、2人と話す。クラブ間の交渉もしないといけないから」と慎重に話した。

 野沢は契約期間が1年残っており違約金が生じるが、田代は契約が切れるため違約金はなし。神戸は2人に複数年契約などの好条件を提示しているという。鹿島は今季、ナビスコ杯こそ制したものの、アジア・チャンピオンズリーグ出場権を逃した。チームは来季の復権を目指すが、2人が抜けることになれば大きな痛手となりそうだ。

 [2011年12月20日6時39分 紙面から]

鹿島主力流出のピンチ!野沢&田代が神戸移籍を決断
 神戸から獲得オファーを受けている鹿島のMF野沢拓也(30)が移籍する意思を固めたことが19日、分かった。来季も契約を残すため、今後、移籍金などのクラブ間交渉に発展する。

 また、同じく神戸からオファーを受けている鹿島のFW田代有三(29)も移籍の意思を固めたことが判明。こちらは今季限りで鹿島との契約が切れるため、移籍が決定的な状況となった。鹿島幹部は「ともに重要な選手。意思は尊重しなければならないが、もう一度話をしたい」と説明。今週中にも結論が出る見通しだが、主力2選手の流出は避けられそうもない。
[ 2011年12月20日 06:00 ]

野沢、来季神戸への完全移籍が濃厚…鹿島
 鹿島のMF野沢が獲得オファーを受けている神戸に来季、完全移籍することが濃厚になった。移籍希望を受け、移籍にかかる違約金について、近日中に両クラブ間で交渉に入ると決まった。神戸は違約金満額を準備しており、まとまるのは時間の問題とみられる。FW田代もクラブ幹部に神戸移籍の意思を伝えており、主力2人が流出する可能性が高い。

(2011年12月20日06時02分 スポーツ報知)

野沢と田代が移籍を決断とのこと。
これは衝撃である。
レギュラーを確保出来なかった田代が移籍を選択するのはまだわからぬではない。
しかしながら、絶対的な中心選手の野沢が、神戸に行く意味を理解するには、よほどの熟考が必要と言えよう。
やはりアジアへの挑戦権が失われたことが大きかったのではなかろうか。
フロントとしてはもう一度話すとのことであるが、そこで野沢の決断が変わるとも思えぬ。
とはいえ、公式発表がなされるまでは騒ぎ立てても仕方のないところ。
続報を待ちたい。

山村くん、U-22日本代表復帰

U22メンバー発表 頼れる山村が復帰
 日本協会は19日、U−22(22歳以下)日本代表の年内の国内合宿日程とメンバーを発表した。25日から3日間、関東でミーティング中心の合宿を行い、最終日にはメディカルチェックを実施する。不動のボランチのMF山村和也(22=流通経大)も復帰。9月のロンドン五輪アジア最終予選初戦マレーシア戦で主将を務めながら、その後に左足の骨折が判明してリハビリ生活を続けていた。24日の天皇杯の結果を受け、4強以外のチームからメンバーを追加招集する予定。また来年1月15日から約1週間、グアム合宿も実施する。
 [2011年12月20日6時37分 紙面から]

流経大の山村 U−22日本代表候補に復帰!
 日本サッカー協会は19日、25日から27日まで千葉県内と都内で行われるU―22日本代表候補合宿に参加する15選手を発表し、主将のMF山村和也(流通経済大=22)が復帰した。

 9月下旬に左第5中足骨亀裂骨折を負い、11月のバーレーン戦とシリア戦を欠場したが、「パワーアップして早く戻ってきたい」とリハビリに励んで順調に回復。来年2月5日のアジア最終予選・シリア戦での実戦復帰に向けて全快をアピールする場となる。天皇杯に勝ち残ったチームの選手を招集しなかった今合宿について、関塚監督は「選手個々のコンディションをチェックするのが目的」と説明している。

[ 2011年12月20日 06:00 ]

12月11日に報じられておったように山村くんがU-22日本代表候補合宿に招集された。
このチームの軸は山村くんということである。
中盤の底で攻守に活躍して欲しい。
そして、大迫との連携を深めるのだ。
予選のチームをがっちり固め、五輪出場を確実なものとして欲しい。
期待しておる。

ジョルジーニョ監督誕生秒読み

鹿島・ジョルジーニョ監督、21日にも誕生
2011.12.20 05:01

 J1鹿島の来季監督にクラブOBで元ブラジル代表DFのジョルジーニョ氏(47)の就任が決定的となった。19日までの交渉で条件面など大筋で合意。コーチ人事や環境面など契約の詳細を残すのみとなり、早ければ21日にもジョルジーニョ新監督が誕生する見通しだ。
 19日に鹿嶋市内のクラブハウスで行われた解散式では、オフに入る選手たちにも今週中に新体制が決定する旨が伝えられた。また、資格審査が通らず監督就任がならなかったG大阪の呂比須ワグナー氏のような事例を教訓に、Jリーグ側にも早々にジョルジーニョ氏の“身上書”を提出。ブラジル代表コーチ、同国のフィゲレンセ監督を歴任した同氏の経歴に問題はなく、クラブ史上初のOB監督誕生まで秒読みとなった。

(紙面から)

監督にジョルジーニョの就任が秒読みと報じられた。
Jリーグ監督をする上での問題もないとのことで、新たなる指揮官の誕生に障害はない。
ジョルジーニョの采配で来季は勝利を積み重ねたい。
楽しみである。

満男、オリヴェイラ監督への想い

【鹿島】小笠原しんみり オリベ監督離日
 J1鹿島のMF小笠原満男(32)がオリベイラ監督への思いを吐露した。19日、茨城県鹿嶋市内のクラブハウスで行われた今季の解散式に出席。今季限りでの退任と来季からブラジルの名門ボタフォゴの監督に就任することが決まっているオリベイラ監督が、この日午前に離日したことを聞き「タイトルを取って一緒に喜べたし、タイトルが取れない時もオレらを鼓舞してくれた。あと、ミーティングが長かったなあ」と名将との別れを惜しんでいた。
 [2011年12月19日21時11分]

オリヴェイラ監督への想いを語る満男である。
ミーティングの長さを改めて思っておる。
これがオリヴェイラ監督のパーソナリティであり、このおかげでタイトルを得ることが出来たと言えよう。
来季からは別の監督が就任し、多くのことが変わって行くであろう。
そのときにまた改めてオリヴェイラ監督が懐かしく思えるのではなかろうか。
満男の思いが楽しみである。

さらば、オリヴェイラ監督

2011年12月19日(月)

今日はチームオフとなっております。なおオリヴェイラ監督、リカルドフィジカルコーチ、そしてルイスGKコーチが帰国しました。

オリベイラ氏、ブラジル帰国へ成田出発

【写真説明】ブラジルへ帰国するJ1鹿島のオズワルド・オリベイラ監督=成田空港第1ターミナル

名将、カシマを去る―。退任するサッカーJ1鹿島のオズワルド・オリベイラ監督(61)が19日午前、ブラジルに帰国するため成田空港を出発し、見送りに訪れたクラブ関係者やサポーターらに笑顔で手を振った。

空港に集まったサポーターらは監督の名前を連呼し、新たな船出にエール。駆けつけた、つくば市在住の大学生、岡田康平さん(20)は「最高の監督だった。5年間良い思いをさせてもらった」と別れを惜しんだ。

オリベイラ監督は2007年に就任し、Jリーグ初の3連覇を達成するなど、5年間で国内主要タイトル6冠を記録。続投要請もあったが、ブラジルに残した家族のために退任を決断し、来季は現地のボタフォゴで指揮を執る。


離日し、機上の人となったオリヴェイラ監督らである。
これまで本当にありがとう。
そして再び鹿島の地を踏んでくれることを信じておる。
それまで、我等は精進し、勝利を求めて戦っていく。
これまでと同様に。

赤字は二億

Jリーグ2チーム、不本意な1年に 茨城
2011.12.19 02:27
 ■鹿島 “常勝軍団”に影

 ■水戸 ファン定着苦心

 3月の東日本大震災で被災地・茨城のサッカーJリーグ2チームは今季、震災に翻弄される不本意な結果に終わった。リーグ戦でJ1鹿島は6位、J2水戸が17位。天皇杯も17日の4回戦でともに敗れた。県勢2チームの今年を振り返る。

 ◆震災に翻弄…

 震度6弱の揺れでカシマスタジアムとクラブハウスが損壊。鹿島はしばらく試合会場と練習場を失った。

 平成21年までJ1で3連覇し、昨季は天皇杯を制した。だが、クラブ創設20周年の記念すべき今季は、その強さが影を潜めた。震災直後の活動休止とリーグ中断でベテラン勢の調整が遅れ、復旧工事で6月までカシマスタジアムが使用できなかったことが響いた。

 昨季のJリーグ観客調査で、鹿島は県外から訪れるサポーターの割合がずばぬけて高い49%。ただ、震災後は自粛ムードや福島第1原発事故の影響・懸念、チームの成績不振の「三重苦」で客足が遠のいた。

 鈴木秀樹取締役は「動員は25%落ちた。サッカー教室やスタジアムを利用した健康事業を合わせると、本年度決算は2億円くらいの赤字」と説明した。

 トンネルの中で光はあった。スポンサーの多くに撤退はなく、復興支援イベントなどの協力に積極的だった。県は14億円超のスタジアム改修費支出を即刻決議。鈴木取締役は「絆が強まった。震災がいい経験だったとはいえないが、大きな経験になった」と話す。

 10月にヤマザキナビスコ・カップを制し、“王者”の意地をアピールしたが、リーグ戦は6位。天皇杯も連覇を逃した。選手会長の岩政大樹は「ふがいない。大変な目に遭った人たちが応援に来てくれたのに、震災を言い訳にできない」と悔しがる。スタジアム復旧は来年2月に終了する。来季は強豪復活を期す。

 ◆入場者数減少

 スポンサー離れによる経営難で、Jリーグ基金から3千万円を借り入れての開幕戦を迎えた水戸。震災で、本拠地のケーズデンキスタジアム水戸はメーンスタンドが損壊。沼田邦郎社長は「(借金返済に)入場料収入を増やすしかないのに、これで大幅減収だ。痛い」と絶望感を吐露した。

 4月23日のリーグ再開を本拠地で迎えたが、入場者数は昨季最低を下回る1273人。この試合は勝ったが、その後7試合は白星から見放された。

 失意のどん底で救いとなったのが6月、チームの「J1昇格が目標」と語る元日本代表FW鈴木隆行の加入だ。新規スポンサー獲得とファン層拡大につながり、10月に借金を返済。チームは成績を持ち直した。

 Jリーグからは「場当たり的。もっと長期的な視野が必要」とチーム経営に厳しい声も。ファン定着にも苦心し、11月27日のホーム最終戦で3500枚の水戸市民無料優待券などを用意し、昨年秋の「観客1万人突破」再現を狙ったが、5227人にとどまった。

 水戸市はチームに500万円を出資する方針。高橋靖市長は「ホーリーホックは水戸が頑張っていることを全国に広めてくれる大事な宝」と力説。沼田社長は市の後方支援で「地元企業をもっと引きつけられる」と立て直しに奮闘する。


震災と成績低迷の痛手は大きく、数字的には動員で25%減、二億円の赤字となる見通し。
これは、本当に痛い。
しかしながら、ここで倒れるわけにはゆかぬ。
強い気持ちで再び立ち上がらねばならぬ。
絆は深まっておる。
連帯感で勝利を目指したい。
プロフィール

Fundamentalism

Author:Fundamentalism
鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

カレンダー
11 | 2011/12 | 01
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク