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来季のユニ、公式発表

2013ユニフォームについて
2013ユニフォームについて、以下の通りデザインが決定しましたのでお知らせします。



≪ファースト≫
ファーストはチームカラーであるディープレッド(県花のバラの色)×ネイビー(鹿島灘・霞ヶ浦・利根川など水に囲まれたホームタウンを象徴する色)という伝統的なカラー構成となっている。シャツに細いボーダーラインを施しているのが特徴で、ボーダー(横縞)タイプのデザインは、リーグ優勝2回、天皇優勝1回を経験した2008-2010シーズンに3年にわたって採用して以来となる。

≪セカンド≫
アントラーズの16冠(国内3大タイトルにおける優勝回数)のうち、11冠目以降の6つのタイトルのうち5回が白を着用した試合で勝ち取ったものだった。このビクトリーホワイトをベースにとし、袖とストッキングに赤と青のカラーブロックを配したシンプルな構成になっている。

※レプリカユニフォーム ファースト半袖の予約受付は2013年1月下旬開始を予定しております。確定次第、オフィシャルショップ各店店頭 及び ホームページ、オンラインショップ にてお知らせします。また、下記につきましても、販売スケジュールが確定次第、随時お知らせいたします。

・レプリカユニフォーム: ファースト長袖、セカンド半袖
・オーセンティックユニフォーム : ファースト半袖


公式サイトにて発表された来季のユニフォームである。
21世紀最強と謳われた2008ー2009チームに習い、ボーダーを継承する形の様子。
再びあの強さを身に付けて欲しいと願う。
そして、2ndはかなりシンプルなものとなった。
アウェイに於いてもしたたかさを出していきたい。
ところで、公式よ、2010年はボーダーではあるが、2008ー2009とは異なるユニフォームである。
勘違いを誘うような表記は行うべきではない。
注意して欲しい。

誓志、強烈なシュート

2012年12月25日(火)

15時からの室内トレーニング後、グラウンドでフィジカルトレーニングを実施しました。また、千葉戦のスタメン以外の選手は、シュート練習や攻守のトレーニングも実施しました。

シュート練習をするのは誓志であろうか。
やはり誓志と申せば鮮烈デビューとなったダイレクトシュートが思い出される。
2004年の1stステージ神戸戦、自陣で相手からボールを奪った誓志が、平瀬にボール預けた後にそのままゴールに走り込み強烈なゴールを奪った。
名を売るに十分なデビュー戦であった。
この輝きは曇っておらぬ。
強烈なシュートでチームに勝利を呼び込むのだ。
誓志の活躍を祈っておる。

天皇杯四強決定

【Jリーグ】順当?波乱? 天皇杯ベスト4で強豪が激突
2012.12.24
浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki  photo by Getty Images



ベスト8で唯一のJ2クラブの千葉と対戦した鹿島は手堅く勝ち上がり準決勝進出

 順当なのか、波乱なのかは、何を基準にするかで180度見方が変わってしまう。
 12月23日、天皇杯全日本サッカー選手権大会の準々決勝が行なわれ、ベスト4が出揃った。その顔ぶれは柏、G大阪、横浜F・マリノス、鹿島。今季J1のリーグ戦最終順位で言えば、順に6、17、4、11位である。
 二桁順位のクラブがふたつも残っていることを考えれば、今年の天皇杯は波乱の大会ということになるのかもしれない。J1を制した広島が早々に2回戦で、しかも地域リーグ所属のFC今治に敗れたのをはじめ、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)への出場権を得た上位3クラブがすべてベスト8を前に敗れたことも、その裏付けと言えるだろう。
 とはいえ、そこには不思議なほど波乱の印象がない。むしろ順当な顔ぶれ、と言っていいほどだ。
 実際、昨季2011年のJ1のリーグ戦最終順位で見てみると、同じく柏、G大阪、横浜FM、鹿島の順に1、3、5、6位。優勝した柏を筆頭に、昨年の上位勢がしっかりと勝ち上がってきているのである。おそらく、今季開幕前にこのベスト4の顔ぶれを聞いて、波乱と表現する人は誰ひとりとしていなかっただろう。
 今季J1で17位に終わり、屈辱のJ2降格を味わったG大阪に代表されるように、リーグ戦では力を出し切れなかった強豪クラブが、ようやく本来の勝負強さを発揮してきた。今年の天皇杯は、そんな大会となっているのだ。

 事実、J2勢で唯一準々決勝に残っていた千葉と対戦した鹿島は、ボールポゼッション率で相手に劣り、思うように試合を進めることができなかった。にもかかわらず、少ないチャンスを確実に生かして1−0の勝利。敗れた千葉の木山隆之監督は、こう言って舌を巻く。
「(鹿島は)リーグ戦では調子が悪かったとはいえ、勝つツボを知っている選手たちがいるチーム。現に今年、タイトル(ナビスコカップ)も取っている」
 対して、勝った鹿島のジョルジーニョ監督は、「今日の目標は準決勝進出。それを達成できてよかった」と言い、最少得点による辛勝もどこ吹く風といった様子で、こう話す。
「勝たなくてはいけない試合だった。大差の勝利は必要ない」
 たしかに、千葉は「守備では大きな破綻なく、攻撃でもある程度ボールを持てる時間があり、いくつかチャンスもつくれた」(木山監督)。それでも鹿島は、動じることがなかった。ジョルジーニョ監督は言う。
「前半は守備の部分でプレスが連動しておらず、相手のボランチが自由になっていた。そこを修正したら、千葉の(攻撃の)ビルドアップにミスが出るようになった」
 悪い流れの前半を経て、修正を施した後半は、立ち上がりから攻勢に出る。そして、鹿島は大迫勇也のゴールで先制した後は、相手にボールを持たれながらも、効果的なカウンターを繰り出しつつ守り切る。実に鹿島らしい、堅実な試合運びでのベスト4進出だった。
 こうして出揃ったベスト4の顔ぶれは、いずれもJ1優勝の経験を持つ強豪クラブばかり。4チームともに今季のリーグ戦では思うような結果を残せなかっただけに、最後の一冠にかける思いは強いのだろう。
 当然、そこには”副賞”という大きなモチベーションもある。というのも、J1リーグ戦上位3クラブと同様、天皇杯優勝クラブにも来季ACLへの出場権が与えられるからだ。

 G大阪を除けば、残る3クラブはACL出場経験を持ちながら、いまだアジア制覇は成し遂げていない。出場権獲得のラストチャンスを、是が非でもものにしたいという気持ちは強いだろう。またG大阪にしても、せめて最後くらいは本当の実力を誇示して終わりたいはずだ。
 いずれにしても、今季のリーグ戦でいかにもうっぷんをためた実力者が勝ち残った今大会は、波乱よりもむしろ順当の表現が似合う。残る準決勝、決勝は、いわば“裏”優勝候補同士の激突である。


昨日の準々決勝戦の結果を受けて書かれた天皇杯ベスト4の記事である。
この四強が順当であるか否かについて問うておる。
鹿島がJ2のJEFに苦戦を強いられながらも、勝負強さを発揮して勝ち上がったようにあり、波乱含みを堅実試合運びで制したように受け取れる。
しかしながら、この試合の結果は鹿島のトーナメント仕様の戦い方の賜物であり、特に劣勢だったわけではなかろう。
それを勝負強さと申せば、そうなのであろうが、これは鹿島が連綿と受け継ぐ伝統と言い換えた方が良い。
この試合はJEFに対して鹿島が圧倒する試合展開を予想しておった者が多く、期待と裏腹に膠着したため、このような感想を持ったことも頷ける。
ここはライターの先入観を否定しても致し方がなかろう。
筆者の浅田氏は鹿島の歴史に深くは無いのであろう。
結果的には鹿島を含めJリーグ優勝経験のある4クラブが勝ち残った。
そして、アジアへの挑戦権を賭けた戦いでもある。
ACL出場権を狙い強い気持ちで挑もうではないか。
鹿島の挑戦は元日まで続く。
楽しみにしておる。

ベルマーレ・石神、ヴェルディへレンタル

石神直哉選手期限付き移籍加入のお知らせ
2012年12月24日(月)

この度、湘南ベルマーレより石神直哉選手が、期限付き移籍で東京ヴェルディに加入することが決定しましたので、お知らせします。
なお、期限付き移籍期間は2013年2月1日から2014年1月31日までとなります。
石神選手のプロフィールおよびコメントは下記をご参照ください。

石神 直哉[イシガミ ナオヤ]選手 DF
【生年月日】1985年3月2日
【出身地】茨城県
【身長/体重】181cm/74kg
【経歴】
鹿島高 → 神奈川大 → 鹿島アントラーズ → セレッソ大阪 → 湘南ベルマーレ → 大分トリニータ

【出場歴】
          リーグ リーグカップ  天皇杯
年度  チーム  試合 得点 試合 得点 試合 得点
2007 鹿島   10  0   3  0  0   0
2008 鹿島   4  0   0  0  0   0
2009 C大阪(J2) 50 5   -  -   0   0
2010 C大阪   14 1   4  0  2   0
2011 湘南(J2) 25  0   -  -  2   0
2012 大分(J2) 39  1   -  -  0   0

●石神直哉選手コメント
「来シーズンから東京ヴェルディに加入することになりました石神直哉です。
J1昇格に向けて、自分の持っている力を全て出し切り、必ず昇格します。
みなさん力を合わせて頑張りましょう!」

石神直哉選手 東京ヴェルディへ期限付き移籍のお知らせ
この度、大分トリニータへ期限付き移籍していました石神直哉選手が、2013シーズンより東京ヴェルディへ期限付き移籍することとなりましたのでお知らせいたします。

尚、期限付き移籍期間は2013年2月1日から2014年1月31日となります。

【コメント】
まずは湘南ベルマーレの皆さん、J1昇格おめでとうございます。僕も大分トリニータで一年間戦い、J1昇格を経験することができました。
来シーズンは東京ヴェルディでプレーすることになりました。カテゴリーは違いますが、お互いによいシーズンになるよう頑張りましょう。

【プロフィール】
◆氏名
石神 直哉(イシガミ ナオヤ)

◆生年月日
1985年3月2日(27歳)

◆ポジション
DF

◆身長/体重
181cm/74kg

◆出身地
茨城県

◆出身チーム
鹿島高校 ⇒ 神奈川大学 ⇒ 鹿島アントラーズ ⇒ セレッソ大阪 ⇒ 湘南ベルマーレ ⇒ 大分トリニータ

◆出場記録  
年度/所属チーム/リーグ戦/カップ戦/天皇杯
2007/鹿島アントラーズ/10試合0得点/3試合0得点/0試合0得点
2008/鹿島アントラーズ/4試合0得点/0試合0得点/0試合0得点
2009/セレッソ大阪/50試合5得点/−/0試合0得点
2010/セレッソ大阪/14試合1得点/4試合0得点/2試合0得点
2011/湘南ベルマーレ/25試合0得点/−/2試合0得点
2012/大分トリニータ/39試合1得点/−/0試合0得点

石神 直哉選手 期限付き移籍満了のお知らせ
この度、湘南ベルマーレより期限付き移籍しておりました石神 直哉選手の、移籍期間満了が決定いたしましたのでお知らせ致します。なお、石神選手は2013シーズンは湘南ベルマーレから東京ヴェルディへ期限付き移籍となります。

◆DF17 石神 直哉 (いしがみ なおや) 選手 プロフィール 
【期限付き移籍期間】   2012年2月1日〜2013年1月31日
【生年月日】        1985年 3月 2日 (27歳)
【出身地】           茨城県
【身長・体重】       181cm / 75kg
【経歴】            横瀬SSS → 神栖第一中 → 鹿島高 → 神奈川大 → 鹿島アントラーズ → セレッソ大阪 →
              湘南ベルマーレ
【出場記録】 
所属
チーム J1
出場(得点) J2
出場(得点) J1昇格PO
出場(得点) カップ戦
出場(得点) 天皇杯
出場(得点)
2007 鹿島(J1) 10(0)  − − 3(0) 0(0)
2008 鹿島(J1) 4(0) − − 0(0) 0(0)
2009 C大阪(J2) − 50(5) − − 0(0)
2010 C大阪(J1) 14(1) − − 4(0) 2(0)
2011 湘南(J2) − 25(0) − − 2(0)
2012 大分(J2) − 39(1) 1(0) − 0(0)
通算 28(1) 114(6) 1(0) 7(0) 4(0)   

【石神選手コメント】
「この度、東京ヴェルディに移籍することになりました。来シーズンも大分トリニータで、昇格を達成した仲間たちとプレイしたかったのですが、期限付き移籍の延長や完全移籍の話がなかったのは本当に悲しかったです。
大分トリニータでの経験をいかして、次のヴェルディで必ず昇格したいと思います。1年間本当にありがとうございました今シーズンの難しい状況での昇格は最高でした。トリニータのJ1での活躍を願っています。」


ベルマーレの石神がヴェルディにレンタルとのこと。
石神は、今季、大分にレンタルされJ1昇格に大きく貢献した。
大分が来季J1で戦う上で石神の経験は活かされると思っておった。
しかしながら、大分は完全移籍もレンタル延長も打診せず、石神の立場は中途半端な位置におった。
そこで、手を差し伸べたのはヴェルディであった模様。
来季はヴェルディの石神としてJ1昇格に尽力することとなった。
強敵である神戸やJEF、ガンバを打ち倒す原動力となって欲しい。
左サイドを駆け上がるフィジカル・レフティを魅せるのだ。
楽しみにしておる。

天皇杯準々決勝 JEFユナイテッド市原・千葉戦レビュー

【第92回天皇杯 準々決勝 千葉 vs 鹿島】レポート:千葉のGK岡本昌弘の再三のファインセーブに阻まれながらも、試合を決める『1点』を取れる勝負強さを発揮した鹿島が準決勝進出。(12.12.24)
12月23日(日) 第92回天皇杯 準々決勝
千葉 0 - 1 鹿島 (15:00/味スタ/12,843人)
得点者:64' 大迫 勇也(鹿島)


試合前から、そして試合後も鹿島の選手からは「天皇杯ではカテゴリーは関係ない」という言葉が聞かれた。確かに、天皇杯においてはカテゴリーが上のチームだからといって勝敗を決する部分でのアドバンテージは何もない。強いて言えば、Jクラブが登場した2回戦で、Jクラブが基本的にホームスタジアムを使用できるというアドバンテージがあるくらいだ。天皇杯というトーナメントで勝敗を決する部分のアドバンテージがあるとすれば、チームが試合を勝ちきるための『1点』を取れる地力を持っているかどうかではないだろうか。そして、この一戦でそのアドバンテージがあったのは鹿島のほうだった。

立ち上がりから得意のセットプレーで得点機を作ったのは鹿島。6分、MF小笠原満男のFKにFW大迫勇也がどんぴしゃのヘディングで合わせるが、千葉のGK岡本昌弘が好セーブ。10分にはMF遠藤康のFKにDF岩政大樹がやはりヘディングで合わせ、千葉のDFのクリアで得たCKを小笠原が蹴ると今度はDF青木剛がヘディングシュートを見せた。
セットプレーとはいえペナルティエリア内で次々とシュートを打った鹿島に対して、千葉のファーストシュートは7分。ボールを持って攻め上がったDF大岩一貴がミドルシュートを打ったが、これはクロスバーの上。千葉はある程度ボールを保持できるものの、なかなか鹿島の守備網を破ってペナルティエリア内に入って行けない。攻め上がりを見せた大岩は「自分の前にスペースがあったのでボールを運んで、どうにか穴を作れたらと思った。効果的だったかどうか分からないけど、前が空いていたので。でも、中(の守備)は堅かったですよね」と試合後に振り返り、MF谷澤達也は「もう少しゴール近くに侵入できなかったかなという気持ちが強くあります」と悔やんだ。それでも、26分にはMF兵働昭弘のパスを受けたMF米倉恒貴がオフサイドポジションではないかと鹿島の選手が判断した影響もあり、マークが外れたFW藤田祥史が米倉からパスを受けてペナルティエリア内で決定的なシュート。だが、これは鹿島のGK曽ヶ端準がセーブ。さらに35分にはFKのこぼれ球を拾ったMF佐藤健太郎がミドルシュートを打つが、ゴールポストの横に外れた。

前半の終了間際、大迫、MFドゥトラが決定的なヘディングシュートを打ったものの、いずれも岡本のファインセーブに阻まれた鹿島は、後半開始から攻勢を強めた。ゴール前に人数をかけて素早く攻め込み、遠藤が48分、55分と連続でシュートは打つが、55分の決定的なシュートは岡本にセーブされた。千葉は反撃を仕掛けるべく、62分に谷澤に代えてFW深井正樹を投入。すると64分、深井が攻め上がるも鹿島がボールを奪い、DF西大伍のロングパスを大迫が収めてドゥトラへパス。ドゥトラのドリブルからこぼれたボールを拾った大迫が打ったシュートが決まり、鹿島がついに『1点』を奪って均衡を破った。

鹿島はより積極的に攻撃を仕掛けるため、そして千葉は同点、そして逆転を狙うため選手交代を行なったが、鹿島がボールを保持する時間が長くなった。なかなか思うようにボールを奪えない千葉は、せっかくの少ないカウンター攻撃のチャンスもミスでシュートまで持ちこめなかったり、シュートも精度を欠いてゴールの枠を外れたりした。90+1分には兵働のパスがワンバウンドしたのをファーサイドから走りこんだ米倉がヘディングで合わせるが、この決定的なシュートは曽ヶ端がファインセーブ。最後までゴールマウスを守りきり、大迫の『1点』が決勝ゴールとなって鹿島が準決勝に進出した。

千葉はボールを保持しても本当の意味で効果的な攻撃ができず、欲しい『1点』が取れないという今季のJ2リーグ戦での課題が改めて感じさせる敗戦となった。鹿島は攻撃にアクセントをつける千葉の谷澤を厳しくマークするなど堅守を見せた。決定力不足で1得点に終わったが、勝負強さを発揮できる鹿島にとっては十分な『1点』だった。


以上
2012.12.24 Reported by 赤沼圭子


JEFの決定力不足、鹿島の勝負強さと決めつけたレポートである。
しかしながら、カテゴリー云々ではなく、素直に地力の違いがあったことは認めるべきではなかろうか。
JEFはボール保持こそ出来たが、決定的なシュートはほぼ皆無であった。
逆にGKのファインセーブがなければ大差もあり得た試合だったのではなかろうか。
トーナメント仕様の戦い方が板に付き、勝利至上で戦う鹿島が結果を出した。
これが結論ではなかろうか。

鹿島、大宮・東の争奪戦から撤退

大宮・東 東京入りへ
2012年12月24日 紙面から

 大宮のロンドン五輪代表MF東慶悟(22)のFC東京入りが確実となった。複数の関係者によると、今季で契約満了になる東には鹿島、柏、C大阪などが獲得に動いていたが、東京移籍が最有力となったため、争奪戦から撤退したという。

獲得の意思を打診して追った大宮の東であるが、FC東京への移籍が有力視されたため鹿島は手を引いたとのこと。
二列目の補強は別の選手で目処が付いたということであろうか。
それが神戸の野沢なのか、京都の中村充孝なのかは、今はわからぬ。
しかしながら、このポジションは層が薄く、補強は必須と言えよう。
誰が来るのか楽しみにしておきたい。

天皇杯準々決勝 JEFユナイテッド市原・千葉戦報道

鹿島大迫V弾!2年ぶり4強/天皇杯

ゴールを決め両手を広げ喜ぶ鹿島大迫(撮影・下田雄一)

<天皇杯:鹿島1−0千葉>◇23日◇準々決勝◇味スタ

 鹿島は2年ぶりに4強へ駒を進めた。前半はJ2千葉GK岡本昌弘(29)の好セーブの前に無得点に終わった。

 だが後半19分、右後方からのパスをFW大迫勇也(22)がすらし、MFドゥトラ(24)がキープ。相手と交錯してこぼれたボールを再び大迫が拾い、右足でゴール。「厳しい試合になるとはわかっていた。勝ちにつながるゴールが何よりうれしい」と決勝弾を喜んだ。29日の準決勝(エコパ)はG大阪と対戦する。
 [2012年12月23日19時19分]

鹿島エース大迫“右”で決めた/天皇杯

後半、ゴールを決め両手を広げ喜ぶ鹿島FW大迫(撮影・下田雄一)

<天皇杯:鹿島1−0千葉>◇23日◇準々決勝◇味スタ

 13年もオレがエースだ! 鹿島FW大迫勇也(22)の研ぎ澄まされた嗅覚が後半19分、発揮された。ゴールを背にして縦パスを受けると、右足アウトサイドで後方のMFドゥトラに通す。「ボールがくると思った」。相手DFとドゥトラが奪い合う球際から、目の前にこぼれたボールをかっさらうと、右足でニアサイドにねじ込んだ。「こうやって結果を出すことが監督への恩返しになる」と今季限りで退任するジョルジーニョ監督にささげた。

 来年もエースであることを証明した。18日に来季の監督就任が決定的なトニーニョ・セレーゾ氏(57)が来日。翌19日には練習場に訪れ、サッカー界では異例とも言える“引き継ぎ作業”が、新旧指揮官で行われた。大迫を「ストライカーにとって必要である要素を今、発揮できている。この勢いで成長してセレソン(代表)にたどり着くだろう」と話すジョルジーニョ監督の大迫評も、次期監督へ引き継がれているに違いない。

 もっとも大迫にとって、来季のことは頭にはない。「今は来年のことは考えない。監督が代わっても出られる選手は出られる。そう思うので」とあと2試合に集中する。将来的には海外クラブでの勝負を夢見ながらも「まだ鹿島で何もできていないから」と来季も鹿島でプレーし飛躍することを心に誓っている。優勝すれば、来季のACL出場権も獲得。何よりも「必ず優勝させて(ジョルジーニョ監督を)帰らせてあげたい。それが僕らのできる最大のプレゼント」と笑顔の大迫は、優勝しか見えていない。【栗田成芳】
 [2012年12月24日7時8分 紙面から]


鹿島、大迫弾!千葉下し2年ぶり4強/天皇杯

後半 シュートを放ち、得点を決める鹿島・大迫=味スタ(撮影・川口良介)

 天皇杯準々決勝(23日、千葉0−1鹿島、味スタ)鹿島が大迫のゴールでJ2千葉を下し、2年ぶりに4強入りを果たした。

 鹿島は前半からペースを握り、千葉ゴールを攻めるも得点は奪えず。スコアレスで前半を折り返した。

 試合が動いたのは後半19分、鹿島はピッチ中央からのロングパスを受けた大迫が、ドゥトラにボールを落とす。エリア手前でボールキープし相手DFを引きつけたドゥトラが、大迫にリターン。エリア内で大迫が落ち着いてゴール右隅に決め、先制点を挙げた。このゴールが決勝点となった。

 鹿島は29日、決勝進出をかけエコパスタジアムでG大阪と対戦する。


後半 得点を決め喜ぶ鹿島・大迫=味スタ(撮影・川口良介)


後半 シュートを放ち、得点を決めた鹿島・大迫=味スタ(撮影・川口良介)


後半 シュートを放ち、得点を決める鹿島・大迫=味スタ(撮影・川口良介)


後半 試合に勝利、軽く手を叩いて喜ぶ鹿島・ジョルジーニョ監督=味スタ(撮影・川口良介)


後半 競り合うジェフ・山口慶(左)と鹿島・大迫=熊谷(撮影・吉澤良太)


後半 クリアする鹿島・岩政=味スタ(撮影・川口良介)


前半 攻める鹿島・小笠原=味スタ(撮影・川口良介)


後半 激しく抗議する鹿島・ジョルジーニョ監督=熊谷(撮影・吉澤良太)


鹿島・大迫4強弾!2年ぶり奪還へ/天皇杯

得点を決めた鹿島・大迫勇也 =23日午後、味の素スタジアム (撮影・川口良介)

 天皇杯準々決勝(23日、千葉0−1鹿島、味スタ)2年ぶりの天皇杯奪還を目指す鹿島が4強入りした。0−0の後半19分、ゴール正面でMFドゥトラの短いパスを受けたFW大迫が右足を振り抜き決勝点。「勝ちにつながるゴールでうれしい」と頬を緩めた。29日の準決勝は来季J2に降格するG大阪戦。「厳しい戦いになるが、決勝の舞台に立てるように得点にこだわったプレーをしたい」と力強かった。
(紙面から)

大迫 ジョルジーニョ監督に捧げる天皇杯優勝「プレゼントできれば」
天皇杯準々決勝 鹿島1―0千葉 (12月23日 味スタ)

 接戦を制する決勝点を決めた鹿島・FW大迫は、「勝ちにつながるゴールをとれたことが何よりうれしい」と笑顔をみせた。

 家族の都合により、わずか1年の指揮で退任するジョルジーニョ監督に「(天皇杯優勝を)プレゼントできれば良いと思います。得点にこだわってプレーするしかない」と次のG大阪戦に向けて意気込んだ。
[ 2012年12月23日 17:14 ]

指揮官に恩返しの1発!大迫 値千金の決勝弾で鹿島4強入り
天皇杯準々決勝 鹿島1−0千葉 (12月23日 味スタ)


<千葉―鹿島>後半、決勝ゴールを決め喜ぶ鹿島・大迫(右)
Photo By 共同


 鹿島のFW大迫が、今季限りで退任するジョルジーニョ監督にささげる一撃を決めた。0―0の後半19分、前線でボールを受けたドゥトラが相手と交錯して生まれたこぼれ球に反応。冷静にGKのポジションを確認して右足でゴール右隅に突き刺した。1日の今季リーグ最終節柏戦以来、公式戦2試合ぶりの得点が値千金の決勝弾となった。

 今季は先発に定着してリーグ戦で自身最多9得点を記録したが、最低目標に掲げた2桁得点には届かなかった。順位もクラブ史上最低の11位に終わり、エースとしての責任を痛感。天皇杯に懸ける思いは強く「勝てない時も監督は自分を使い続けてくれた。最後は必ず優勝してブラジルに帰らせてあげたい。それが最大のプレゼントになると思う」と力を込めた。


<千葉―鹿島>後半、決勝ゴールを決める鹿島・大迫(中央)
Photo By 共同


[ 2012年12月24日 06:00 ]

大迫の恩返し弾で鹿島、4強入り…天皇杯

後半19分、鹿島・大迫(中)が決勝ゴール

 ◆天皇杯 ▽準々決勝 千葉0―1鹿島(23日・味の素スタジアム) 柏は2―2で迎えた後半ロスタイムに、FW工藤壮人(22)の決勝弾で大宮に3―2で逆転勝ちした。大阪ダービーはG大阪が延長戦の末、2―1でC大阪を撃破。横浜Mは名古屋に0―0からのPK戦を7―6で制し、2年連続の4強入り。J2で唯一8強入りした千葉は鹿島に0―1で敗れた。準決勝は29日に行われる。

 スコアレスの後半19分。ゴール前でパスを受けた鹿島FW大迫は、右足でネットを揺らした。「勝ちにつながるゴールで何より」とチームを2年ぶりの4強へ導いた。「もっと積極的にシュートを打て」と背中を押してくれたジョルジーニョ監督は今大会限りで退任。「結果を残すことが監督への恩返し。何が何でもあと2つ勝たないと」と2年ぶり5度目の天皇杯優勝をささげる。

(2012年12月24日06時01分 スポーツ報知)

鹿島・大迫 ジョルジ監督に恩返し弾
2012年12月24日 紙面から

◇天皇杯 準々決勝 鹿島1−0千葉
  天皇杯全日本選手権(日本サッカー協会、Jリーグ主催、東京中日スポーツ共催)は23日、準々決勝4試合を行い、G大阪、鹿島、横浜M、柏のJ1勢がベスト4に進出した。ナビスコ杯との2冠を狙う鹿島はFW大迫勇也(22)の決勝点で千葉を1−0で撃破。横浜Mは名古屋と0−0のまま、延長戦でも決着がつかず、PK戦を7−6で制した。柏は大宮に3−2で逆転勝ちを収め、G大阪は延長戦の末に2−1で、C大阪との“大阪ダービー”に勝った。29日の準決勝はG大阪−鹿島、横浜M−柏となった。
      ◇
 「ジョルジで元日まで」。サポーターの思いを乗せたFW大迫の“恩返し弾”が勝負を決めた。スタジアムの約3分の2を埋めた鹿島サポーターがドッと沸く。後半19分、DF西からの縦パスをMFドゥトラへダイレクトパス。「うまく足元にこぼれてきてシュートできた」。再び戻ってきたボールを右足でニアサイドに蹴り込んだ。
 今季1シーズン限りで退団するジョルジーニョ監督は就任時、新加入のFWジュニーニョ、元日本代表FW興梠を差し置いて4年目の大迫をFWの軸に据えた。指揮官の期待に応えるように、リーグ戦ではFW陣最多の32試合出場で、自己最多の9得点。優勝したナビスコ杯でも9試合7得点で得点王に輝いた。
 オリベイラ前監督には「あまりシュートを打たず、周りを見るように」と言われ、パスに注力していたという。しかし、ジョルジーニョ監督からは「どんどん打て」とシュートの意識を植え付けられ、その才能は輝きを取り戻した。指揮官も「チームが必要なときに得点できるのはストライカーとして大事な能力」と目を細めた。既に退任が決まっている恩師への感謝の気持ちは高まる一方だ。「必ず優勝させたい。あと2試合勝つことが最大のプレゼントになる」。大迫は自分を成長させてくれた監督に最高の恩返しを誓った。 (岩谷純一)


大迫一色の各紙である。
決勝ゴールの振り抜きの速さは素晴らしくFWとしての成長を感じさせられた。
その大迫を覚醒させたジョルジーニョ監督には感謝の言葉しか見つからぬ。
ジョルジーニョと共にあれる日々も残り二試合となった。
勝利で飾りタイトルを奪い取りたい。
期待しておる。

鈴木満常務強化部長、鹿島の流儀を語る

日本の名GM鈴木満が語る『鹿島の流儀』
「鹿島アントラーズがブラジル人監督にこだわる理由と、一線で活躍する日本人指導者を多く輩出する理由」
鹿島は10名の監督が指揮を執ってきたが、そのうち8名はいずれもブラジル人。クラブの根底にある監督起用における哲学と、これまで輩出してきた日本人指導者の登用についてのビジョンを聞く。


2012年12月23日
text by 宇都宮徹壱 photo Kenzaburo Matsuoka


【サッカー批評issue58】掲載

偉大な伝道師と優れた継承者

 Jリーグが開幕して、今季で20シーズン目。鈴木満は、そのうちの17シーズンを、鹿島アントラーズの強化部長として過ごしてきた。

 鈴木がこのポジションに就任した1996年当時、Jリーグに加盟していたのは16クラブで、まだJ2はなかった。すべてのチームが同じミズノのユニフォームに袖を通し、背番号は固定制ではなかった。いわば「黎明期」の湿気をたっぷり含んだ時代から今日に至るまで、鈴木はずっと鹿島の強化に全身全霊を捧げてきた。

「ぜんぜん先のことなんて、考えてもいなかったですね」

 これほど長く、強化部長を続けることを想像できましたか、という質問に対して、鈴木の答えは実にそっけない。そして、こう続ける。

「92年にアントラーズができて、94年までジーコが選手としていました。その当時、運営にしろ、強化にしろ、この国にはプロのフロントがいなかったわけです。そういう中で、プロであるジーコからいろんなことを教えてもらった。それが自分の財産にもなりました。17シーズンにわたって、生き残ることができた背景には、まさにジーコの教えがあったからだと思います」

 ジーコが伝道師となり、鹿島にプロフェッショナリズムを叩き込み、そのマインドは今も生き続けている――。すでに語り尽くされた感のある物語である。だが、あらためて不思議に思うのが、鹿島はチーム結成から20年の間、まったくブレることなく「ブラジル路線」を継承してきたことである。

 確かに、チーム設立当初のジーコのインパクトは絶大であった。94年に日本でスパイクを脱いで以降も、クラブに対する影響力を保ち続けた。レオナルドやジョルジーニョといった、現役のブラジル代表が相次いで鹿島の一員となったのも、ジーコの影響力抜きにはあり得ない話であった。

 とはいえ、どんなに優れた伝道師が降臨しても、そこに優れた継承者がいなければ、クラブの方針の一貫性は失われてしまう(イビチャ・オシム退任後のジェフ千葉を見れば明らかである)。鹿島の20年がブレなかったのは、ひとえに鈴木という優れた継承者がクラブの方向性を司るポジションに長らく居続けたことが大きかった。

鈴木とジーコとの出会い

 鈴木とジーコとの出会いは91年にまで遡る。住友金属サッカー部の監督となって3年目。当時34歳の青年監督は、いきなりブラジルが世界に誇るスーパースターを選手として迎えることとなった。

「想像もつかなかったですね。(住金の)Jリーグ入りが決まって、ジーコも来て、僕にとってはとんでもないことになったなという……。ただ、あれだけの選手で、あれだけの人物ですから、そこは『教えてもらおう』という割り切ったスタンスで接することにしました。僕よりも年上ということもありましたし、それでよかったなと」

 当時のジーコの印象は、鈴木にとって「神さま」というよりも「よく怒る人」であったという。

「とにかく怒られましたね(苦笑)。いろんな場面で。サッカーそのものの部分もありますが、たとえば練習のスケジュールの組み方であったり、休憩のとり方や食事の摂り方であったり。それと、プロになれば、ただサッカーだけやっていればいいわけではない。スポンサーへの挨拶回りやファンサービスなど、営業的な部分でも選手は協力しなければならない、とかね。とにかく怒られまくりながら、教えてもらったという感じでしたね」

 その後、鈴木はトップチームのヘッドコーチ、そしてサテライトの監督を経て、96年に現場への未練を残しつつも強化部長としてフロント入りする。とはいえ、すぐに「ジーコイズムの継承者」となったわけではなかった。

「その頃のアントラーズは、監督がジョアン・カルロスで、ジョルジーニョもレオナルドもいました。そうした中で、足りていないと感じていたのが、フロントから現場までの一体感や意思疎通でした。クラブとして戦うために、自分はその橋渡しの役割をしなければならない。そう感じていました」

 鈴木によれば、当時の鹿島は、フロントと現場がコミュニケーションをとるのは、契約交渉の時以外、ほとんど無かったという。

「それじゃあ上手くいかない。現場の中でいろんなことが起きて、それを解決するための役割が必要なんです。選手と監督の間、コーチ同士の間、監督とコーチの間。その間にフロントが入る。それが僕の役目でした。現場を同じ方向に向かせて、問題意識を共有するには、そういう部分に重きを置かないといけない。それは(指導の現場にいた)当時から考えていたことでした」


鹿島の哲学の礎となったジーコ【写真:松岡健三郎】

組織の中の調整役として

 鈴木はトップチームのヘッドコーチ時代に、当時の監督だった宮本征勝とジーコとの間で何度も板挟みになるという、常人にはおよそ耐え難い経験を持っている。ジーコにはジーコの哲学があるように、宮本にもデットマール・クラマーから受け継いだ譲れない哲学があった。表立って衝突することはなかったが、それでも両者の間に不穏な空気が流れることはたびたびあったという。そこで調整役となっていたのが鈴木であった。相当にストレスが溜まる役割であったが、この時の経験が今に生きていると当人は回想する。

「間に入って調整しながら、組織として同じ方向を向かせていく。今でもそれが仕事の一番の柱です。ですから、当時の経験は、ものすごく役に立っていると思います」

 この「組織として同じ方向に向かせていく」という鈴木の改革がスタートした96年、鹿島はJリーグ初優勝を果たす。以後、15にも及ぶ主要タイトル獲得は、鈴木が強化部長に就任したこのシーズンが起点となっている。

 もっとも当時の鹿島は、まだまだジーコの影響力が強く残る時代でもあった。鈴木がジーコの優れた継承者としての本領を発揮するのは、もう少し後の話である。

「(強化部長になって)最初の頃は、ジーコが日本に来るたびに食事に行ったり、夜の付き合いだったり、というのが僕らの仕事になっていました。もちろん、そうした中でいろいろとアドバイスや注意を受けていました」

 実際、96年以降の鹿島は、依然としてジーコへの依存度が強かった。99年にゼ・マリオがシーズン途中で解任されると、その後はジーコが代行監督としてチームの指揮を執った。翌00年から5シーズンにわたってチームを率いたトニーニョ・セレーゾも、ジーコの推薦によるものであった。結局、クラブ設立からの10年は、良くも悪くも鹿島はジーコの影響下にあったのである。

「ブラジル路線の礎を築いたのは、間違いなくジーコです。指導する側の立場、イコール、ブラジル人であって、サッカーのスタイルもブラジルという路線は、ジーコがいれば必然でした」

『ジーコイズム』の翻訳作業

 しかし02年の日韓ワールドカップ終了後、状況はにわかに変化する。ジーコが日本代表監督に就任したからだ。この時、鈴木は「ジーコイズムの継承者」としての立場を強く自覚する。

「02年にジーコがここを離れるにあたって、彼の言葉や考えを残さなければならないと思いました。ジーコの考え方を何となく『ジーコイズム』と言っているだけではダメだと。それを噛み砕いて『ジーコが言っていたのは、こういうことなんだよ』と、今度は僕が翻訳して、みんなに語り継いでいかなければならない。今は、ジーコを直接知らない選手も多いです。そんな彼らに、教育・指導する場面でも『ジーコはこう言っていた』という話をすることで、できるだけ(ジーコの哲学が)薄まらないように努力しています」

 いわゆる「ジーコイズム」とは、聖書やコーランのように明文化されたものではない。彼の哲学やマインドを、時に激しい感情をぶつけられながらも学び、血肉としてきた継承者によって翻訳され、語り継がれるものである。それはさながら、文字を持たない民族による神話や英雄伝の伝承に、感覚的に近いのかもしれない。

 鈴木の場合、決してポルトガル語に堪能というわけではなかった。それでも初めて出会ったときから、ジーコに対して積極的にコミュニケーションをとるように努め、どんなに叱責を受けながらもひるむことなく、プロフェッショナルとしてのあらゆるエッセンスを貪欲に吸収・咀そ嚼しゃくしようとした。そうした日々の積み重ねが、やがて「ジーコイズムの継承者」としての素地となっていったことは想像に難くない。

「ブラジル人は、日本人に合っていると思います。アルゼンチン人ほどプライドが高くもないし、サッカーでも最も結果を残しているし。僕自身、これだけ長くブラジル人に接しているので、今ではブラジル人の方がやりやすいですね(笑)。先輩・後輩が無いですし、ケンカしても後を引かない。セレーゾくらいから自信がついてきましたね」

 さて、ジーコからの自立について、最も象徴的なのは監督選びであった。06年のパウロ・アウトゥオリ以降はすべて、クラブ側が情報を集め、人選を進めて交渉し、契約に至っている。

「ジーコから『こういう人もいるんだけど』という情報をもらうこともありますが、それを断ってわれわれで選ぶことも多いんです。ですからジョルジーニョにオファーする時も、ジーコに相談してから行ったということもありません。その前のパウロもオズワルド(・オリヴェイラ)もそうです。ただ、決まった時にはジーコに報告します。ジーコは『あ、そう。わかった』という感じですね」


「ジーコを知らない世代」に哲学を継承していく【写真:松岡健三郎】

鹿島が日本人監督を招聘する可能性

 強化部長になって17シーズン目。鈴木はかつてない覚悟をもって、新シーズンに臨んでいた。現在のチームが、明らかな過渡期を迎えていると、強く実感したからである。

「90年代は秋田(豊)や本田(泰人)、相馬(直樹)、名良橋(晃)が頑張ってくれました。それが01年くらいで、彼らのピークが過ぎてしまいました。その頃が最初の節目だったんですが、ちょうど小笠原(満男)をはじめ、ポテンシャルの高い若い選手たちが台頭してきた。その彼らもベテランになり、今は第2の過渡期が来ているのだと思っています」

 クラブOBであるジョルジーニョ体制となって最初のシーズン、鹿島は序盤のスタートダッシュに苦しみ、一時は降格圏内をさまよった。その後はやや持ち直したものの、この取材時点(8月27日)の順位は13位。3シーズンぶりのリーグタイトル奪回は、かなり厳しくなったと言わざるを得ない。

 そんな中、U-23日本代表監督として、先のロンドン五輪でチームをベスト4に導いた、関塚隆の次期監督就任が一部メディアで取沙汰された。関塚は一時期(95年に清水エスパルスでコーチ)を除き、93年から03年まで鹿島のヘッドコーチを務め、99年には代行監督を務めたこともある。これまでずっとブラジル人監督路線を踏襲してきた鹿島が、もし日本人監督を就任させるとするならば、関塚をおいてほかにいないのではないか。その点について質問すると、鈴木はこう明言した。

「関塚はいつも候補にはしています。二度、オファーしたという事実もありますし。ただ、ここに合う日本人指導者が、どれだけいるんでしょうか。それくらいウチは独特なんですよ。よそのクラブとは違っている。ウチを理解できない人が入ってきて、果たして僕と上手くやっていけるのかと(笑)。まあ、サッカーそのものもそうですし、それに合わせたスカウティングだとか、選手の採用を進めていきましたから、今さら変えられないですしね」

もし、日本代表に鈴木がスタッフとして加わっていたら…

 確かに、鹿島のブレないブラジル路線は、一方で指導者選びのハードルを上げているようにも見える。ブラジル人だからいい、というわけでもない。実際、ゼ・マリアもアウトゥオリも1年でチームを去っている。しかし一方で留意すべきは、このチームを巣立っていった指導者が、他のクラブで結果を出しつつあるという事実である。

「関塚だったり、奥野(僚右)だったり、ブラジル人指導者の下でいろんな経験をしています。彼ら以外にも、ここでさまざまな成功体験をしてから指導者になったOBがいます。秋田であったり、相馬であったり、黒崎(久志)であったり、手倉森(誠)であったり。彼らは選手時代に、ここのチーム作りの基礎を学び、指導者になっていった。それは、ウチのやり方がそんなに間違っていなかったという評価につながると思います」

 鹿島アントラーズというクラブは、ジーコイズムを日本の土壌に適応させながら継承し、長い時間をかけてフロントから選手に至るまで浸透させていった。今後、指導者が日本人になっても路線がブレなければ、クラブはさらに一段上の高みに達することだろう。おりしもこの取材直後の8月30日、関塚の五輪代表監督退任が発表された。今後のクラブの動向に注視したい。

 最後に、今回の鈴木への取材中にふと思い浮かんだことを記しておく。

 ジーコが率いた日本代表のスタッフに、もし鈴木が加わっていたならば、チームの空中分解は未然に回避できたのではないか。そうなっていれば、06年のワールドカップの結果も、そしてジーコ時代の評価も大きく変わっていたことだろう。もっとも、鈴木が不在となった鹿島が、その後もジーコイズムを堅持しながら、あれだけのタイトルを獲得できたかといえば、それはまた別の話である。(文中敬称略)

【了】


鹿島にジーコイズムを浸透させ継続させ続ける鈴木満氏の記事である。
鹿島が如何にしてJリーグ最強のクラブとして存在するのかを語っておる。
ここから垣間見られる鹿島の流儀を多くの者に知って欲しいところ。
鹿島は独特のクラブであり、そのクラブが存在しておることは奇跡なのである。
その奇跡と共にあれることを幸せに思う。

天皇杯準々決勝 JEFユナイテッド市原・千葉戦コメント

第92回天皇杯全日本サッカー選手権大会 準々決勝


鹿島アントラーズ:ジョルジーニョ

選手たちには準備する時からタフな試合になると言っていた。昇格プレーオフでも千葉は主導権を握っていたし一瞬の隙を突かれ昇格こそ逃したものの、チームとしての能力としては高いし、ほとんどの選手がJ1の経験がある。気持ちで勝たなければいけないと警告していた。前半は我々らしいプレーが出来なかったが、ハーフタイムに後半は慌てずにやること、そしてシュートを打つ意識も持つことを選手たちに言った。結果的に準決勝へ進むという目標が達成できて良かった。

守備の部分で前半は相手のボランチが自由になった時間があったので、そこを修正した。またプレスの連動性も指示した。そうすることで相手のビルドアップにミスが出るようになった。また攻撃の部分ではビルドアップのパスのテンポアップを要求した。またボランチの柴崎にCBの岩政と青木とビルドアップするように伝え、攻撃への厚みを増した。そういう指示をハーフタイムで出した。

1-0という結果は目的を果たしたという意味ですごく良かったと思う。しかしリーグ戦終盤に見せていた連動性を前後半出して欲しかったというのが、正直な気持ちだ。

大迫は1年一緒にやってきたが、どうすればもっと成長できるかを話してきた。そして大迫は順調に成長しているし、良い調子を持続している。将来的には日本代表の絶対的なエースになると思うし、そうなって欲しいと言うのが私の願い。ポストプレーも素晴らしいが、チームが必要としているタイミングで点が取れるというのは、ストライカーに必要な要素だ。

レナトと興梠の投入はチームを活性化したかったから。準備している段階で大迫がゴールを決めたが、まだ試合は終わっていないわけであって、継続することが大切だというメッセージを伝える意味でもそのまま投入した。結果的に良かったと思う。





【大迫 勇也】
難しい試合になるということをみんなで話していた。勝ちにつながるゴールを決められたのは良かった。上手くシュートを打てたと思う。引かれていたので前半は我慢しようと思っていた。決勝の舞台に立てるように次も勝つ。

【昌子 源】
11番が速いから、一対一からクロスを上げさせるなと指示を受けて入った。実際に対戦したら物凄い速さだった。1度は抜かれたけど、2回目も切り返すと思ったら案の定、同じプレーをしたので対応することが出来た。途中から入ってあのスピードについていかなければならない難しさを感じた試合だったけど、結果、無失点に抑えて勝てたことは良かった。

【岩政 大樹】
今日は誉められた内容ではない。今の形の中でやれることをやった。千葉は予想通りJ1の様なサッカーをするチームだったので、やりやすい部分もあった。流れの中からリズムをつかみながら崩せれば良かった。


2012年12月23日(日)

本日行われた天皇杯準々決勝 千葉戦は1-0と勝利しました。

【第92回天皇杯 準々決勝 千葉 vs 鹿島】ジョルジーニョ監督(鹿島)記者会見コメント(12.12.23)
12月23日(日) 第92回天皇杯 準々決勝
千葉 0 - 1 鹿島 (15:00/味スタ/12,843人)
得点者:64' 大迫 勇也(鹿島)


●ジョルジーニョ監督(鹿島):


「選手たちには準備する時から非常にタフな試合になるぞと、特にJ1昇格プレーオフ(決勝)の試合を見ましたけど、本当に主導権を握っていました。ただ、一瞬のところでやられてしまってJ1昇格を逃してしまいましたが、ただ、チームとしての能力、質というところでは非常にいいものを持っていますし、大半の選手はJ1でもプレー経験があるチームですので、非常に厳しい試合になると。それで、ウチがちゃんとしっかりと気持ちを入れてやらなければ苦しい状況になると。あとは落ち着いてプレーをしようということを言ったんですけど、前半は我々らしい部分はあんまり出ませんでした。ちょっと噛み合わせというか、ちょっとずれていたところがありましたけども、ただ、後半はもうちょっと落ち着いて(ボールを)回すことができましたし、慌てずにやった形から、あとは前半はシュートの意識がどうしても少なかったので、後半はちゃんとしっかりと少しでも空いたらシュートを打とうということを要求した部分はありました。そういった意味で目的というのが次のラウンドに進む、準決勝にいくということでしたので、その目標が達成できて良かったのではないかと思います」

Q:ハーフタイムにシュートを意識するようにと指示されたとお聞きしましたが、後半に入って前半よりもスピードがすごくアップしたし、攻撃が熱くなったと思います。そのほかにハーフタイムにはどのようなことを指示したのですか?

「前半で守備の部分で特に相手のボランチが少なからずちょっと自由にいた時間帯があったので、そこのポジション修正ということをまずやって、あとはプレスをかける、相手に寄せるんですけども、それが連動性がなかったので、もっと連動してやるようにと要求したところがありました。そうすると相手のビルドアップも困るようになり、ミスが目立つようになったわけであって、そういった連動して組織でやる部分です。あとは逆に攻撃のほうでビルドアップのほうでどうしてもパススピード、テンポが遅かったので、もう少しテンポアップすると。そうすることによって相手がたとえ足の速い選手で寄せの速い選手がいたとしても、そこをくぐりぬけることができる。そして、もう1つはボランチの柴崎(岳)選手をセンターバックの岩政(大樹)選手と青木(剛)選手の間に置いて、そこで位置的にちょっと3バックですけどビルドアップしていく、組み立てをしていくということを、ボランチを縦に置いてやっていくということを要求したところで、少し(パスを)つないでいくことができたし、つなぐことによってタメも作れますし、そうすると攻撃に人数をかけられるようになっていくので、それでまあ自然的に攻撃に厚みが出るようになったのではないかと思います。そういった指示をハーフタイムに出しました」

Q:1−0のスコアに満足されていますか?

「まあ、勝たなくてはいけないわけですから、素晴らしい結果ではないかねと思います。別に大差で勝たなければならないというルールはないわけなので。ただ、まあ、(J1)リーグ終盤で見せた自分たちのプレーが後半のプレーの一部になっているので、厳しい要求をすれば前後半というところでチームとして組織としてやるべきことをちゃんとやってほしかったというところになります」

Q:今日、決勝点を取った大迫(勇也)選手のプレーに対する感想と、今週、次期監督と目されているトニーニョ・セレーゾさんが来日されていて、この重要な試合の前に練習を見せた意味はどのようなものでしょうか?サッカー界では次期監督に練習を見せるのは珍しいのではないと思いますが。

「大迫選手は約1年間一緒にやってきましたけど、どういう伸びしろがあるのか、どういうふうなことに取り組めばもっと成長できるのかという話をした中で、彼が非常に整理できて能力が向上しているということが僕には感じられました。あとは、今、タイミング的に、時期的に調子がいいということも挙げなければならないし、成長してきている選手ではないかなと思います。将来的には日本代表に君臨するくらいの力を持っているわけであって、そのままの勢いで成長を続けて、そこにたどり着いて君臨してほしいというのが僕の希望です。本当に技術的にも素晴らしいものを持っていますし、ポストプレーもできますし、チームが必要とするタイミングで点を取れることもやっぱりストライカーとして必要な要素であって、それが現在は発揮できているように見受けられるのではないかなと思っています。

トニーニョ・セレーゾという方が鹿島に来ましたけども、本当にサッカー界で稀に見る光景といわれるかもしれないですけど、僕自身も稀であって、それができるのもやっぱり鹿島というクラブの組織というか歴史ではないかなと思っています。あとはもう1つ条件もあって、僕は自分から(契約を)更新しないという意向のもとでやってきているわけなので。クラブとしては来季もやってほしいという要請があった中で、僕が皆さんにもう話もしましたけど、家庭の事情で帰国を決断したわけであって。でも、そこで常にやっぱり僕もクラブが今後発展していくということを願っているので、そうすると1日でも早く新しい監督が選手の状況、情報を把握することができれば、さらにもっとスムーズに自分の指導法が浸透するようになっていくわけです。セレーゾ氏は選手としてボランチとして、あの年代では素晴らしいトップレベルの選手でもありましたし、また、指導者としても勝ち続けていて成果を出しています。日本でも指揮を執った中で、僕が間違っていなければ恐らく唯一3冠を達成した、あるいは初めて3冠を達成した監督でもあるし、日本での成績も成果も出している方ですので。まだ(鹿島との契約が)合意にはなっていないと思いますが、それは僕が知っていることではないですし、クラブの方に聞いてもらえれば確実な情報があるかと思います。あとは彼がまた指揮を執ってもらえば、鹿島は今以上にまた飛躍していくのではないかと思いますし、また優勝の道に彼が導いてくれるのではないかと僕は遠くから応援していきたいなと思います」

Q:千葉とは今季、対戦していないので、どのようにデータを収集されて分析されましたか? そして、実際に対戦してみて感想はいかがでしたか?

「幸いというかうれしいことに僕の周囲には優秀なスタッフがいて、その1人が分析を担当している小杉テクニカルコーチなんですけど、彼に千葉さんの情報をすべて分析していただいたわけで、彼が伝えたデータというのが我々の戦略を立てるための重要な情報でした。確かに18番の非常にポストプレーのうまい選手がいますし、その後ろに3枚のラインで右にはスピーディーな選手がいて、中央に15番の選手がいて、彼は左利きで視野の広い選手であってスルーパスも出せる選手であると。そして、このチームの頭脳が39番の選手であって、彼が本当にゲームメイクとかリズムというところをやっていく選手であると。それから、ディフェンスラインの組み立て方、それぞれの選手、センターバックあるいはサイドバックの特徴、攻撃の特徴、守備の特徴を説明を受けて、それを僕はそのまま選手たちに説明してもらったし、われわれが分析した、そのとおりのことが実際の試合であったのではないかと。途中出場で考えられる4−4−2の形や、14番の選手が入ってくる、19番の選手のスピードの部分を生かしていく、そして15番をボランチの位置に下げて20番を交代させるということまでの情報が我々の中にありました。今日はおそらくC大阪−G大阪戦を見てもらって、来週の頭にはまたそういった詳細な情報が僕の手元に入ってくるので、そこから戦略を立てていきたいと思います」

Q:今日は興梠(慎三)選手とレナト選手を準備しているところで鹿島が1点取りましたが、1点入ったので、あそこで攻撃の選手を入れるのをやめるというように交代のやり方を変更しようとは思いませんでしたか?

「僕はまったくそういった考えはなかったです。チームをもっと攻撃的にシフトしたいという意図が自分の中にあったので、レナト選手はボールをキープできるし、スルーパスも出せるので。それから、興梠選手はサイドのほうという役割をやっていますけど、守備をやるというよりもスペースだけ消してもらえばいいということを、僕はあそこのラインの選手に要求しているので、それをやってくれて、なおかつ彼はボールをキープできるので、彼からボールを奪うのはなかなか簡単なことではないので。そうやって攻撃に厚みを増すことができるので、なおかつチームがもっと攻撃的に、あるいはもっと積極的になることができるので、だから守備的とか攻撃的というよりももっとチームを活性化させたかったというのが僕の意図でした。1点取ったからといってそこで試合が終わっているわけではないので、やり続けるということが重要なので、そういったメッセージではないですけど、そういった意図を選手たちに伝えたかったので、そういった意味でチームがまたさらに積極的になったというところ、そして質も落とさずに持続できたことは良かったことではないかと思います」


以上

【第92回天皇杯 準々決勝 千葉 vs 鹿島】試合終了後の各選手コメント(12.12.23)
●大迫勇也選手(鹿島):
「厳しい試合になるということは試合前から分かっていたので。ああやって引かれることとで、ああいう展開になるだろうなと思ったし、前半は我慢しようと思っていました。しっかりと結果を残せて勝てたので良かったです。(得点シーンは)相手の足が(大迫選手の)前に出てきていたので、ニアサイドを狙いました。次の試合でもしっかり点が取れるようにしたいです。ジョルジーニョ監督を天皇杯優勝で送り出したいし、それが自分たちにできるプレゼントだと思います。自分自身もタイトルを獲りたい気持ちがあるし、アジアチャンピオンすリーグを戦いたいという気持ちがあるので、優勝できるように頑張ります」

●曽ヶ端準選手(鹿島):
「(試合終了前の千葉の決定機は)まあ、守備範囲だったので。相手が飛び込んでくるのは僕は見えていましたけど、(昌子)源は見えていなかったみたい。千葉はピッチ状態が今一つの中でもしっかりパスをつないできましたし、やる前から簡単な相手ではないと分かっていましたし、実際にそういう展開になりました。でも、そういう中でしっかり勝てたのが良かったですし、決定機はウチのほうが多く作っていましたから。ここまできたら、相手がJ2のチームというのは関係ないですね。1回戦、2回戦だったらまた別ですけど、ウチは去年、(天皇杯で)京都に負けていますから。ここまできたら決勝までいきたいし、優勝したいです」

●遠藤康選手(鹿島):
「そこまで慌てるほどの試合でもなかったと思う。どこかで点が取れるという感じがみんなの中にあったんじゃないかなという気がします。(この試合で得点した)大迫もそうだし、ジュニ(ジュニーニョ)も点を取れるし、ドゥトラも点を取れるので。カウンター攻撃がウチが得点するのが多いパターンなので、それを狙っていたけど、もっと押し込んでからパスを回せばいい場面もあったと思います。でも、結果的に勝てたし、こういう攻撃でやるしかないところもあるので。もっとサイドチェンジを多くすれば、もっと楽に攻められたと思うけど、今日は左サイドでこねることが多かったので。でも、ハーフタイムに修正できたんじゃないかなと思います」


▼鹿島が目指すのはタイトルのみ 決勝弾のFW大迫「あと2試合残っている」
[12.23 天皇杯準々決勝 千葉 0-1 鹿島 味スタ]

 決勝点を決めたのは、やはりこの男だった。鹿島アントラーズの1トップを務めるFW大迫勇也である。後半19分、右サイドの西大伍からのパスを受けると、一度、自身の左にいたMFドゥトラにボールを預ける。ドリブルで仕掛けようとしたドゥトラにマークが集まると、フリーになった大迫は再びボールを受け、PA内でしっかりとコントロール。得意な形に持ち込み、ゴールネットを揺らして見せた。このゴールが決勝点となり、鹿島は2大会ぶりの4強進出を果たしている。

 現役時代、ブラジル代表として活躍したジョルジーニョ監督も「チームが必要とするタイミングで点を取ることができるのは、ストライカーに必要な要素です」と、絶賛した。「現在は調子も良いですし、持てる力を発揮できています。今シーズン、彼と一緒にやってきて、どういう伸びしろがあり、どういうことに取り組めばもっと成長できるかを話してきました。それを整理して、力、能力を発揮できていると思います」と、その成長に目を細めた。そして、大迫の潜在能力の高さについて「将来的にはフル代表に君臨する力があります。技術的にも素晴らしく、ポストプレーもできる。このままの勢いで成長を続けて、そこに辿りついてほしい」と、熱く語った。

 今季、ナビスコ杯を制した鹿島は、他の追随を許さない16のタイトルを獲得している。その勝者のメンタリティは、大迫にも植え付けられた。「試合前から『難しい試合になるだろう』と、みんなで話していました。その中で、勝ちにつながるゴールを取れてうれしい」と、得点以上に勝利への満足感を口にした22歳は、今季での退任が決まっている指揮官へ2つ目のタイトルを送ることを誓った。

「まだ、あと2試合残っているので。タイトルを監督にプレゼントできればと思います。(準決勝の)ガンバ戦も得点にこだわり、みんなで力を合わせて頑張りたいです」と、勝利の喜びに浸る間もなく、すぐに29日のG大阪戦へ気持ちを切り替えた。

(取材・文 河合拓)

最少得点という結果からも、厳しい戦いであったことが覗える。
それを肯定するようなコメントをジョルジーニョ監督も岩政も発しておる。
そんな中でヤスは「慌てるほどの試合でもなかった」と切り捨てた。
これは自信の表れといって良かろう。
今季はレギュラーに定着し、シーズンを通じて安定したプレイをしたのではなかろうか。
残り二試合、ヤスのパスで勝利を掴みたい。
期待しておる。

天皇杯準々決勝 JEFユナイテッド市原・千葉戦


試合後に手袋をサポに投げた新井場。

神戸・野沢、復帰の可能性は如何に

神戸元コロンビア代表エスティベン獲りへ
 神戸が1年でのJ1復帰に向け、アジア王者に立った新助っ人の獲得に動いていることが22日、分かった。今季のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)を制した韓国・蔚山現代の元コロンビア代表MFエスティベン(30)で、J2では超破格の年俸約8000万円を提示。交渉は大詰めという。エスティベンは経験豊富なボランチで、蔚山時代はG大阪MF家長ともプレーした。ACLは12試合1得点で優勝に貢献、今月に日本で開催されたクラブW杯にも出場した。神戸は日本代表DF伊野波が磐田移籍が濃厚となり、MF野沢も鹿島復帰の可能性がある。これまでもボランチは補強ポイントになっていたため、J2では最強クラスの助っ人になりそうだ。
 [2012年12月23日6時48分 紙面から]

改めて野沢の鹿島復帰を示唆するニッカンである。
野沢は神戸との契約延長に対して合意をしておらず、鹿島からの復帰打診が来ておる。
これは、来季は臙脂のユニフォームを着る可能性が高いのではなかろうか。
鹿島の戦術を熟知し、攻撃を担ってきた野沢が復帰すれば、心強い戦力補強となることは明らかである。
とはいえ、ファンの中には昨季末に強く慰留した鹿島を捨てて出て行ったように思う者もおろう。
そこは、帰ってきたところで良いプレイでチームの勝利に貢献し続ければ、遺恨は消える。
まずは、慣れ親しんだ地に戻ることを前提に考えるのが良かろう。
野沢の去就に注目である。

高いモチベーションで天皇杯に挑む

鹿島上り調子 サッカー天皇杯準々決勝
セットプレーで切り崩せ


【写真説明】得点の鍵を握る遠藤=クラブハウスグラウンド

サッカーの第92回天皇杯全日本選手権(日本サッカー協会、Jリーグ主催、共同通信社など共催)第7日の準々決勝は23日、各地で4試合を行い、2大会ぶり5度目の優勝を狙うJ1鹿島は東京・味の素スタジアムでJ2千葉と対戦する。キックオフは午後3時。鹿島は足元をすくわれることのないよう、集中力を高めて臨みたい。

鹿島は今季公式戦50試合目の節目を迎える。シーズン終盤で疲労も心配される中、チームの調子は右肩上がり。11月3日のナビスコ杯決勝からの6試合は4勝2分けと負けがない。15日の天皇杯4回戦の磐田戦も3-1で快勝した。

ジョルジーニョ監督は「チームのやりたい形、イメージが固まったところがある」と自信をのぞかせる。

攻撃はセットプレーがさえる。磐田戦ではCKとFKの好機から得点。2ゴールに絡んだ遠藤は「どんな形でも得点になればいい」と涼しい顔だが、左足から放つキックはチームの得点源だ。小笠原や柴崎、レナトといったキッカーがそろい、ゴール前で相手にプレッシャーを掛けたい。

千葉はJ2リーグ戦5位。J1昇格プレーオフの決勝で敗退し、来季もJ2で戦うことになった。カテゴリーは違うが、遠藤は「J1にいてもおかしくないチーム」と話し、西も「いい選手が多い」と警戒する。本山は「モチベーションをしっかり持ってやれるかどうか。それが結果につながってくる」と気持ちを引き締めている。


モチベーション維持が重要と語る本山である。
さすがはベテラン、よくわかっておる。
契約の関係もありこの時期の天皇杯はプロにとって難しい。
それで失敗したシーズンもあったように思える。
しかしながら、今季は退団が決まって得るジョルジーニョ監督が陣頭に立ちチームを奮い立たせておるため、そのような心配はないように思える。
チーム一丸となってジョルジーニョに最後の花道を飾らせるのだ。
強い気持ちで勝利を掴みたい。
期待しておる。

岩政、JEFをスカウティング

岩政 “J1仕様”千葉戦に自信「やりやすい部分ある」
天皇杯準々決勝 鹿島―千葉 (12月23日 味スタ)
 鹿島のDF岩政が天皇杯準々決勝で対戦するJ2千葉を徹底研究してピッチに立つ。今季はJ1とJ2の開催日が土、日で分かれたこともあり、シーズンを通してJ2をテレビ観戦。中でも千葉の試合は最も多く見ており、チームの特徴は把握している。

 「メンバー的にも使っているお金も、J1でもおかしくないチーム。厳しい戦いになると思うが、J2というよりもJ1に近い戦い方をするのでやりやすい部分もある」と自信を見せた。

[ 2012年12月23日 06:00 ]

J2のJEFを研究済みの岩政である。
岩政のスカウティングには舌を巻く。
下のカテゴリーにまで手を伸ばしておれば、我らとしても安心と言えよう。
JEFの力を認めながらも組みやすい相手と評しておる。
JEFの攻撃を弾き返し、零封して欲しいところ。
岩政の活躍を期待したい。
楽しみである。

好調を維持しJEF戦へ

2012年12月22日(土)

明日の天皇杯準々決勝・千葉戦に向けて、9時半からスタッフをまじえてミニゲームを実施しました。その後、一部の選手はシュート練習も行いました。

ミニゲームで試合前の調整を行うメンバーである。
明日のJEF戦に向け上々の仕上がりの様子。
JEFとの公式戦は2009年10月まで遡る。
この試合では興梠、マルキーニョス、田代のFW三人がゴールを記録し快勝した。
また、2008年には登録されたFW全員が得点を記録するという珍記録を達成しておる。
こう顧みてみると、JEF戦にはFWの活躍が期待できるように思える。
とすると、明日は大迫のゴールが拝めるのではなかろうか。
今季の天皇杯では無得点の大迫である。
ここはその鬱憤を晴らすべく爆発が期待されよう。
大迫システムで日本サッカーの頂点を目指すのだ。
楽しみにしておる。

天皇杯準々決勝 JEFユナイテッド市原・千葉戦プレビュー

【第92回天皇杯 準々決勝 千葉 vs 鹿島】プレビュー:準々決勝で唯一のJ1クラブ対J2クラブの一戦。J2最少失点の千葉の堅守vs特にセットプレーが強力な鹿島の攻撃の勝負に注目。(12.12.22)
天皇杯4回戦では東北社会人1部リーグからJFLへの昇格を決めた福島に5−0(得点はオウンゴールと、千葉の得点者はMF谷澤達也、FW藤田祥史、FW戸島章、MF兵働昭弘)で勝ち、J1昇格プレーオフ決勝で敗れてJ1昇格を逃したショックから何とか立ち直った姿を見せた千葉。J1クラブとの対戦の可能性があった天皇杯3回戦ではJFLの佐川SHと対戦してPK戦で勝ち上がり、準々決勝で初めてJ1クラブと対戦する。

公式戦でJ1クラブを相手に今の自分たちがどこまで戦えるかとあって、千葉の選手からは「鹿島との対戦が楽しみ」という声が多く聞かれた。とはいえ、J2リーグ戦や今季のここまでの天皇杯の試合では対戦相手のプレーの精度不足や決定力不足で失点につながらなかったようなミスが、鹿島が相手では致命的なものになることは重々承知している。チームで唯一J2リーグ戦全試合出場のDF竹内彬が負傷箇所の治療で長期離脱のため、天皇杯4回戦でスタメン出場したDF大岩一貴は「ポジショニングなどの細かいズレが大きな問題になってくる」と気を引き締めて修正を図る一方、U−23日本代表でチームメイトだった鹿島のFW大迫勇也を「しっかり抑えたい」と意気込んでいた。

鹿島は磐田と対戦した天皇杯4回戦は、試合開始早々にDF岩政大樹のクリアミスから磐田のFW前田遼一にゴールを許して失点した。だが、MF小笠原満男のCKから岩政がヘディングシュートを決めて自ら同点ゴールを奪取。その後、MF遠藤康のCK後の流れからFWドゥトラ、小笠原のFKからFWジュニーニョが得点して3−1と逆転勝ちした。磐田に流れが行って苦しい時間帯は粘り強さを見せて耐え、セットプレーでの得点チャンスを確実にモノにするしたたかさ、そして試合運びのうまさはさすがだった。

J1リーグ戦は11位と悔しい結果に終わったが、ヤマザキナビスコカップ決勝戦で清水に2−1で勝ってタイトル獲得後のJ1リーグ戦は2勝2分。調子を上げて本来の鹿島らしい、しぶとさと落ち着きのある強さを取り戻し、天皇杯優勝でのAFCアジアチャンピオンズリーグ出場権獲得を狙っている。また、家庭の事情のため今季限りで退任するジョルジーニョ監督を天皇杯優勝で送り出したいという強い思いを選手たちは胸に抱いて戦っている。準々決勝の対戦相手がJ2の千葉とはいえ、鹿島のジョルジーニョ監督は「簡単に勝てる相手ではない。手強い相手」と評し、選手たちも「天皇杯では対戦相手のカテゴリーは関係ない」と警戒。油断することなく、隙を見せずに戦う姿勢を見せる。

千葉は今季のJ2リーグ最少失点チームだが、セットプレーのゾーン守備にはやや難があり、特にニアサイドに相手選手に入られると失点につながりやすい。一方、鹿島は準々決勝の3得点がそうだったように、攻撃では特にセットプレーの強さが目を引く。千葉は先制できると波に乗れる傾向にあるため、どちらが先制点を取るかという点と、セットプレーの攻防が勝敗の分かれ目になりそうだ。それには両チームが磨きをかけてきたパスワークでセットプレーや得点のチャンスを作れるかがポイントになる。相手のプレスをかいくぐってゴールに迫る攻撃ができるか。激しくなるだろう中盤の攻防にも注目したい。


以上
2012.12.22 Reported by 赤沼圭子


四回戦での勝利をしたたかさ、そして試合運びの上手さと語るJEF目線のプレビューである。
担当の赤沼女史は、今季、J2中心に追ってきておるので、鹿島の戦い方については不勉強であることは当然であろう。
この天皇杯の鹿島を語る上で重要なのは、11月以降負け知らずで来ており、特に名古屋、柏、そしてジュビロと連勝を続けておるところである。
調子が尻上がりに良くなってきており、メンバーも固定できておる。
今の鹿島の死角は奢り・高ぶりであろう。
そこは、最後のタイトルに賭けるジョルジーニョ監督が強い気持ちで締めており問題はない。
退団が決まっておる外国人選手でさえ練習から気を抜くようなことはしておらぬ。
高いモチベーションで挑んでおる。
J2最少失点のJEF相手と言えども、必ずやゴールを割り勝利を掴み取ってくれると信じておる。
楽しみにしてスタジアムに向かいたい。

Fマリノス・マルキーニョス、紅白戦に復帰

横浜M・マルキーニョス、紅白戦に復帰
 左太ももを痛めていた横浜MのFWマルキーニョスが21日、紅白戦に復帰。主力組の1トップに起用され、ドリブル突破からシュートを放った。「今のところ問題はない」と、23日の天皇杯準々決勝・名古屋戦(瑞穂陸)でベンチ入りが濃厚。今季リーグ戦10得点のエースが、チームを2年連続の4強進出に導く。(みなとみらい)
(紙面から)


紅白戦にて主力組に入ったFマリノスのマルキーニョスである。
契約も更新され、気持ち良くプレイしておるであろう。
天皇杯での勝ち上がりが期待される。
我らも順調に勝利を積み重ねることが適えば、決勝戦での対戦がありうる相手である。
ここは気を引き締め直してこの大会に挑もうではないか。
準々決勝、準決勝、そして決勝戦へ向けて高いモチベーションで戦いたい。
楽しみである。

垣田くん、U-17日本代表選出

U−17日本代表 UAE遠征(1/1〜9)メンバー
スタッフ

監 督
吉武 博文 ヨシタケ ヒロフミ YOSHITAKE Hirofumi
【日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフ】

コーチ
江尻 篤彦 エジリ アツヒコ EJIRI Atsuhiko
【日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフ】

GKコーチ
大橋 昭好 オオハシ アキヨシ OHASHI Akiyoshi
【日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフ】 

選手

Pos. No. 選手名  アルファベット表記 
生年月日 身長 体重 所属
GK
永石 拓海  ナガイシ タクミ  NAGAISHI Takumi
1996.02.16 188 cm 76 kg 高川学園高校

吉丸 絢梓  ヨシマル ケンシン  YOSHIMARU Kenshin
1996.03.27 183 cm 72 kg ヴィッセル神戸U-18

DF
丸岡 満  マルオカ ミツル  MARUOKA Mitsuru
1996.01.06 173 cm 64 kg セレッソ大阪U-18

鈴木 準弥  スズキ ジュンヤ  SUZUKI Junya
1996.01.07 173 cm 69 kg 清水エスパルスユース

宮原 和也  ミヤハラ カズヤ  MIYAHARA Kazuya
1996.03.22 171 cm 63 kg サンフレッチェ広島ユース

石田 崚真  イシダ リョウマ  ISHIDA Ryoma
1996.06.21 167 cm 59 kg ジュビロ磐田U-18

松原 后  マツバラ コウ  MATSUBARA Ko
1996.08.30 178 cm 64 kg 浜松開誠館高校

茂木 力也  モギ リキヤ  MOTEGI Rikiya
1996.09.27 175 cm 68 kg 浦和レッズユース

青山 景昌  アオヤマ ヒロアキ  AOYAMA Hiroaki
1996.10.14 167 cm 58 kg 名古屋グランパスU18

垣田 裕暉  カキタ ユウキ  KAKITA Yuki
1997.07.14 183 cm 73 kg 鹿島アントラーズジュニアユース


MF
水谷 拓磨  ミズタニ タクマ  MIZUTANI Takuma
1996.04.24 163 cm 58 kg 清水エスパルスユース

中井 英人  ナカイ エイト  NAKAI Eito
1996.05.09 168 cm 66 kg ヴィッセル神戸U-18

小野 雅史  オノ マサヒト  ONO Masahito
1996.08.09 168 cm 55 kg 大宮アルディージャユース

三好 康児  ミヨシ コウジ  MIYOSHI Koji
1997.03.26 165 cm 58 kg 川崎フロンターレU-18

市丸 瑞希  イチマル ミズキ  ICHIMARU Mizuki
1997.05.08 172 cm 57 kg ガンバ大阪ジュニアユース

杉山 雄太  スギヤマ ユウタ  SUGIYAMA Yuta
1997.06.23 166 cm 59 kg コンサドーレ札幌U-15

FW 
山下 優人  ヤマシタ ユウト  YAMASHITA Yuto
1996.05.24 175 cm 63 kg 青森山田高校

奥川 雅也  オクガワ マサヤ  OKUGAWA Masaya
1996.04.14 175 cm 60 kg 京都サンガF.C.U-18

小川 紘生  オガワ ヒロキ  OGAWA Hiroki
1997.02.23 168 cm 65 kg 浦和レッズユース

杉森 考起  スギモリ コウキ  SUGIMORI Koki
1997.04.05 166 cm 52 kg 名古屋グランパスU15


U-17日本代表に垣田くんが選出とのこと。
これは嬉しい。
先日のU-16代表候補合宿に招集されており、そこで選考に残ったと考えて良かろう。
高校生に混じって中学生として飛び級で招集されており、期待の高さが伺える。
このチームで存在感を魅せ、日本の将来を背負って欲しいところ。
楽しみである。

ラグビー要素の練習

2012年12月21日(金)

14時からラグビーの要素を取り入れたウォーミングアップをした後、紅白戦を実施しました。また、一部のメンバーはシュート練習も実施しました。

ラグビー要素を取り入れたウォーミングアップを愉しむメンバーである。
辛く厳しく練習に励むことだけがサッカー選手の生活ではない。
練習にレクリエーション要素を取り入れ、気持よく肉体を向上させることも重要である。
その練習で一段高くボールを掴むのは西大伍であろうか。
今季、ジョルジーニョ監督の指導で大きく成長した一人に大伍が挙げられよう。
機を見て攻め上がるオーバーラップから繰り出されるスルーパスにはセンスを感じさせられる。
守備も大きく向上した。
その恩返しとして、是非ともジョルジーニョに今季最後のタイトルをプレゼントしてあげて欲しい。
大伍の攻撃力で日本サッカーの頂点へ登るのだ。
期待しておる。

野辺地町中央公民館、岳の展示コーナー設置

J1鹿島・柴崎選手の展示コーナー/野辺地(2012/12/21 16:10)


 野辺地町出身で、サッカーJリーグ1部の鹿島アントラーズで活躍中の柴崎岳選手が着用したユニホームなどの展示コーナーが、町中央公民館にお目見えした。一般公開され、ファンの注目を集めている。公開は来年1月末まで。
 柴崎選手は入団2年目の今年、ヤマザキナビスコカップの決勝で2得点を挙げ、チームの優勝に貢献。MVPに選ばれるなど、大きく躍進している。
 町民の有志が「柴崎選手の活躍を多くの町民や、町を訪れる人に知ってほしい」と、柴崎選手の父忠雄さん(56)に協力を依頼。忠雄さんが所有する貴重な品々を、公開展示することになった。
 展示しているのは、昨シーズンに柴崎選手が実際に着用したアントラーズのユニホームと、昨年選出された日本代表のユニホームの他、今年のナビスコカップの優勝Tシャツ、優勝メダルなど。今回新たに作製した等身大のパネルもある。
 「たくさんの人が展示を見て、岳を応援してもらえれば」と忠雄さん。母の美佐子さん(50)は「今シーズンのリーグ成績には本人も満足していないので、焦らずこつこつやってほしい」と息子の活躍を願っている。
 開館時間は午前8時半〜午後8時半。年末年始は29日から来年1月3日まで休館。問い合わせは同公民館=電話0175(64)3054=へ。(大西桂介)

【写真説明】
野辺地町中央公民館に開設され、柴崎岳選手のユニホームや等身大パネルなどが並ぶ展示コーナー


岳の展示コーナーを設けた野辺地町中央公民館である。
鹿島のユニの他、日本代表ユニフォーム、ナビスコ杯優勝メダルなど。
等身大パネルも用意とのこと。
ファンなら是非ともお目にかかりたいところ。
これを機に岳の生まれ育った地に足を運ぶのも良かろう。
鹿島の柴崎岳である今が旬である。

マルキーニョス、Fマリノスと契約延長

2013年度 契約更新選手について
横浜F・マリノス所属のFW マルキーニョス選手、DFドゥトラ選手が2013年度の契約を更新いたしましたので、お知らせいたします。

マルキーニョス (MARCOS GOMES DE ARAUJO [MARQUINHOS])
◆ポジション: FW
◆出身/生年月日: ブラジル/1976年3月23日
◆身長/体重: 174cm/76kg

ドゥトラ (ANTONIO MONTEIRO DUTRA)
◆ポジション: DF
◆出身/生年月日: ブラジル/1973年8月11日
◆身長/体重: 169cm/70kg


Fマリノスとの契約延長に合意したマルキーニョスである。
来季もこの恐ろしい相手と対戦することとなった。
今季は2度の対戦にて無得点に抑えることは出来たが、来季も同様とは行くまい。
特にナビスコ杯GSにおける対戦では、マルキーニョスが途中出場したところから空気が変わり逆転負けを喫した。
それだけ、あのチームに於いて影響力のある選手と言えよう。
我らとしては同じ 轍は踏めぬ。
強い気持ちでマルキーニョスの攻撃を弾き返し、勝利を掴み取りたい。
対戦が楽しみである。

全国高校サッカー選手権、注目は大津高校の植田くん

新鋭校の台頭や人材の拡散が進む高校サッカー
“戦国時代”を迎えた選手権の新たな楽しみ方

2012年12月21日(金)

■伝統校も容易に勝ち進めない時代


抜きん出た選手がいなくなったという話もあるが、大津の植田をはじめ、J内定の注目選手も数多い【安藤隆人】

 91回目の高校サッカー選手権が12月30日より開幕する。今年も常連校の地域予選での敗退が相次ぎ、あらためて現代の高校サッカーが、裾野の拡大に伴う“戦国時代”にあることを印象付けた。連続出場はわずか13校に過ぎず、そのうち10年以上連続して出場しているチームは星稜(石川)と青森山田(青森)の2校のみである。星稜も今年の県予選ではあわや敗退という土俵際まで追いつめられており、青森山田も準決勝では相手に先制を許して前半を折り返す苦しいゲームだった。どちらも決して余裕の突破ではなかった。

 サッカーがメジャースポーツとしての地位を確立し、裾野が拡大していることに加えて、全国的な共学化の流れもあって、大会の参加校は少子化にもかかわらず増加傾向にある。私立新鋭校の台頭は全国各地で目覚ましく、これまでほかのスポーツに傾注していた高校がサッカーにも投資を始めたり、あるいは女子校から共学化したチームが男子生徒へのアピールの目玉としてサッカー部に注力するといった事例は珍しいものではなくなった。Jリーグ下部組織の拡大に伴う人材の流出は指摘されて久しいが、私立新鋭校の台頭に伴う人材の拡散も進んでいると言える。結果、伝統校の昔ながらのアプローチが通用しない時代になっているのは間違いない。

■J内定選手は10名近くで人材は豊富

 ただその一方で、人材の“絶対量”も増えているという感覚もある。抜きん出た選手がいなくなったという指摘もあるが、それは選手のアベレージが向上していることの裏返しである。今年の高校選手権で言えば、FW浅野拓磨(四日市中央工→サンフレッチェ広島)、MF望月嶺臣(野洲→名古屋グランパス)、小塚和季(帝京長岡→アルビレックス新潟)、DF植田直通(大津→鹿島アントラーズ)ら10名近くの選手がJリーグへ進む。また、DF室屋成(青森山田→明治大進学予定)のように、J1クラブからオファーを受けながら、あえて進学という道を選ぶタレントもいる。FW宮市剛(中京大中京)、MF谷村憲一(盛岡商→モンテディオ山形)、渡辺夏彦(國學院久我山)、DF三浦弦太(大阪桐蔭→清水エスパルス)など多くの有力選手が予選で消えているにもかかわらず、タレント不足の大会という印象はない。何より、こういうときに名前の出てこない選手にも、「楽しみ」と思えるタレントはいるのだ。

 選手権が「日本の育成年代の有力選手を総覧できる大会」でなくなっているのは確かだろう。拡散の結果として、予選でいなくなる有力選手、有力校が多くなりすぎたし、何よりJリーグの下部組織にその年代のトップ選手の過半が在籍していることは紛れもない事実である。この大会を見て日本の育成年代全体について語るのは無意味だとさえ言えるかもしれない。だがそれは、この大会から有望な選手がいなくなったということではない。そして、外野の人間が選手権を楽しむ動機付けが消えたということでもないだろう。

■選手権で見つける次の世代の“長友”

 選手権は純粋に“寒い”大会である。試合は熱いが、気候としての寒さはいかんともし難い。真冬という屋外スポーツの観戦に全く向いていない時期に行われるのだから、そこで試合を楽しむには、ある種の動機付けが不可欠だ。

「どこのカードを見に行けばいいですか? お勧めは?」
 この時期、そんな質問をよくちょうだいする。僕の答えは決まっていて、「何か縁があるチームを見に行くのが一番いいですよ」とまず勧める。父母や学友、OBといった当事者による選手権の楽しみ方は極めて明確であり、説明するまでもない。特別な熱気と一体感があるバックスタンドで、贔屓(ひいき)の高校を応援する楽しみは、何かに置換できるようなものではない。どこかのJクラブのサポーターであれば、入団してくる選手がいる高校を、やはりバックスタンドで見るのが一番だろう。その選手の能力とパーソナリティーが分かるし、どれだけ愛されて育ってきた選手かということも体感できる。いざプロデビューとなったときの感慨が違うはずだ。

 逆に何の縁もない人、しかしサッカーが好きで好きでたまらないという方には「長友佑都を探しませんか?」という話をする。プロに行くことが決まっていて、メディアに大きく取り上げられている選手の話は自然と耳目に飛び込んでくるだろう。そうではなくて、扱いは小さいかもしれないけれど、「こいつ、化けるんじゃね?」と思える“ブックマーク選手”を見付けるのは、今日における選手権の一個の楽しみ方だ。

 中学時代に名を成している早熟の選手のほとんどはJクラブが刈り取っているだけに、選手権に残っている未来の代表選手は“晩稲”タイプとみることができる。その典型が、今から8年前、東福岡のアンカーとして、市立船橋を相手に奮闘した長友だった。驚異的な運動能力は当時から際立っていて、大会前に小さな枠で注目選手として紹介記事も書いている。もちろんここまでの選手になるとは想像もつかなかった。ただ、「こいつ、面白ぇな」と感じた記憶は残っていて、彼の雄飛にはある種のカタルシスがある。高橋秀人(前橋商→東京学芸大→FC東京)や永井謙佑(九州国際大附属→福岡大→名古屋)などもそうだったが、こういう選手を探す楽しみというのは、今日の選手権にも確実にあるのだ。どちらかというと、サッカーファンの気質として、有名選手の品定め、場合によってはダメ出しが多いように思うのだが、“無印良品”の発掘も面白いと勧めておきたい。

■今後、飛躍が期待される選手がめじろ押し

 今年の選手権で言えば、八千代(千葉)の大型DF柳育崇、正智深谷(埼玉)の怪物FWオナイウ阿道、仙台育英(宮城)の190センチのルーキーDF熊谷駿、青森山田の万能ビッグマンMF縣翔平、富山第一(富山)の高速アタッカー・貫場貴之、星稜の1年生ボランチ平田健人、帝京大可児(岐阜)のレフティーMF野倉大輔、作陽(岡山)の韋駄天(いだてん)MF平岡翼、鵬翔(愛知)の超高速ウイング中濱健太など、名前を挙げたくなる選手がめじろ押しだ。大津に至っては無印良品の宝庫のようなチームで、植田や同じく鹿島内定の豊川雄太だけを見るのは“もったいない”。なかでも中盤の野田卓宏、児玉卓也のプレーは必見だし、野口航、土肥大輝の両ドリブラーも素晴らしい素材だ。葛谷将平という“秘密兵器”の1年生もいる。友人の平野貴也記者は創造学園の2年生MF堂安憂を猛プッシュしているが、そういう自分だけの“ブックマーク選手”を探してみてはどうだろう。

 もちろん選手権の楽しみ方は百人百様だろうし、それでいいと思っている。ただ個人的には、有名選手にダメ出しするよりも、無名の新しいタレントを探すほうが「百倍楽しい」という確信がある。今は粗削りでもキラリと光る個性があって、伸び盛り。そんな選手を見つけに行くのも、今日における選手権の楽しみ方。それは自信を持ってお勧めできる。

<了>


冬の風物詩・全国高校サッカー選手権のコラムである。
大物選手として大津高校の植田くんが挙げられておる。
特に秀でた選手が少ないとの評もあるようだが、特にレベルの低い選手が少なくなったことの現れではなかろうか。
サッカーが日本に根付き始めた良い傾向といって良かろう。
若年層からサッカーに親しみ、プレイする喜びを知って欲しい。
それが日本サッカー成長へと繋がるのだ。
ピッチに立ってボールを蹴る。
この楽しみを若き者からお年寄りにまで浸透させようではないか。
そのひとつの方策として全国高校サッカー選手権が盛り上がれば良いと感じる。
真冬のスタジアムは寒く苦しいが、機を見つけてスタジアムへ向かいたい。

篤人、鹿島入団こぼれ話

なぜ内田篤人は高卒1年目で鹿島のスタメンを勝ち取れたのか?
今週21日に発売される『フットボールサミット第10回――内田篤人が愛される理由。』の制作より、こぼれ話をひとつ。
本誌掲載の企画「鹿島アントラーズとの幸福な関係 ―内田篤人がいた4年半―」。


2012年12月21日
text by 田中滋 photo Kenzaburo Matsuoka


 今週21日に発売される『フットボールサミット第10回――内田篤人が愛される理由。』の制作より、こぼれ話をひとつ。

 本誌掲載の企画「鹿島アントラーズとの幸福な関係 ―内田篤人がいた4年半―」。

 執筆いただいたのは、5年間、鹿島アントラーズを追いかけるライター・田中滋氏。

 鹿島でプロ選手として成長し、鹿島から巣立った、出世頭の内田篤人選手の原稿を依頼すると、「アツトについて、一度は書いてみたかった」と内田選手への思いも一入でした。

 そんな鹿島への深い愛情を持っている田中氏。その深さゆえに原稿へのこだわりもある。

 だからこそなのか、じっくりと執筆する。
 本紙校了が12月12日。原稿が届いたのが12月11日。

 まさに、“じっくり”と、だ。

 ただ、リミットぎりぎりで送られててきた原稿の端々に、登場いただいた鹿島関係者の内田選手への愛情が随所にしたためられていました。編集部・川口にとっては、これが思わず、“グッ”とくる内容。今回、鹿島の鈴木満常務取締役兼強化部長、椎本邦一スカウト部長、小笠原満男選手、岩政大樹選手に内田選手について聞いた内容のなかから、以下を抜粋してみました。

内田を鹿島に連れてきた男

 そんな内田篤人を、鹿島に連れてきたのは椎本邦一だ。

 鹿島のスカウトは、選手獲得の決定権を握っている。

 クラブによっては、スカウトが目を付けた選手を練習させ、監督などが最終判断を下すところもあるようだが、鹿島はその権限をスカウトが持つ。

 それまで不動の右サイドバックとしてチームを支えてきた名良橋晃に怪我が多くなり、クラブとしても次の右サイドバック候補を探さなければいけない時期に差し掛かっていた。

 椎本の決定は重大事項だったが、そこに迷いはなかった。

「パッと見た第一印象だよね。高校3年生になったら声をかけようと思った」

 足が速くて、前に行ける選手。その着眼点で選手を捜したとき、目に入ってきたのが内田だった。

「足が速かった。それに、あいつはキックも巧いんだよ。縦パスを出すタイミングが独特だった。あの年代のなかでは巧かったんじゃないかな。守備はまだまだだったけど、そこは入ってからでも覚えられるし、気にならなかった」


内田篤人【写真:松岡健三郎】

鹿島のサイドバックに求められるもの

 鹿島のサッカーは、Jリーグが開幕してからずっとブラジル流を貫いている。
 
 主な布陣は[4-4-2]のボックス型。

 この布陣は、2列目のMFが流動的にポジションを変えながら内に絞るため、サイドからも分厚い攻撃を仕掛けるにはサイドバックの攻撃参加が不可欠となる。

 鹿島のサイドバックを務めるためには、まず第一に攻撃力が重視されるのだ。

 その選手像に、内田はピタリと合致していた。

 しかし、アルビレックス新潟など、いくつかのクラブも興味を示していた。

 ここから獲得競争を勝ち抜いていかなければならないのだが、椎本のやり方はいつも正攻法だ。

 クラブのありのままを見てもらい、選手自身に判断を託すのである。

「篤人だけじゃなく、声をかけた選手みんなに言うんだけど、プロの世界は厳しい世界だよ、とちゃんと伝える。良いことばかり言っても仕方がない。ただ、声をかけたということは、いま鹿島にいる選手とポジション争いができると思うから。体作りもしないといけないし、2、3年は我慢することになるかもしれないけれど、下から上がっていって欲しい。あとは自分でしっかり考えて決めてくれ、と話すようにしてる」

 内田のときも、勧誘のために特別なにかをしたわけではなかった。

 高校3年生の夏休みに、トップチームの練習に呼び寄せたくらいだろうか。
 
 別段珍しいことではなかったが、もしかしたらこのスケジュールが幸いしたのかもしれない。

 そのときはリーグ戦の最中ということもあり、主力組は簡単なメニューだけで引き上げ、サブ組だけでゲーム形式の5対5をやることになった。そのサブ組の居残り練習に、累積警告で次節は出場停止となった小笠原満男も参加していたのである。

「たまたま出場停止かなんかで満男もサブ組に入ってたんだ。篤人は満男のことが怖かったって?(笑)」

 椎本も、その日のことをよく覚えていた。
 
 内田にとって、06年のW杯に2大会連続で出場することになる日本代表MFとの初めての出会いは、強烈な印象を残す。


内田篤人【写真:松岡健三郎】

内田は顔だけじゃない

 それが幸いしたわけではないだろうが、鹿島のレベルを肌身で感じた内田は、鹿島に加入することを決める。

 そして、1年目からアウトゥオーリ監督に見出され、開幕スタメンを勝ち取るのだった。

「見てる方はドキドキだったよ」

 開幕戦を両親と同じような気持ちで見守った椎本。

 失敗するんじゃないか、守備の弱点を突かれるんじゃないか、心配ばかりが頭をよぎった。

 しかし、内田は先制点に繋がるPKを獲得するなど、監督の抜擢に応える活躍を見せるのだった。

「外国人の監督にとって、高卒とか、年齢とか関係ない。自分が良いと思えば使う。それが良かったのかもしれない」

 とはいえ、たまたま運が良かっただけではない。

「抜擢されて、そこでちゃんと仕事をするから、自分のポジションを掴み取れる。そこがすごい。ドイツに行っても言葉がわからなかったり大変だと思う。でも、試合に出られなくなったことがあっても、そこからポジションを奪い返してる。たくましくなったよね。大したもんだな、と思う」

 椎本の目から見ても、内田は高校時代から能力がずば抜けた選手ではなかった。

 足の速さは目に付いたが、試合に絡んで来るのは2、3年後と予想していたくらいだ。

 しかし、実際には、それを軽々と飛び越えて成長していく姿があった。

 だからこそ、日本に帰る度に内田が鹿島に立ち寄ってくれることを、椎本は嬉しく思っている。

 その姿は、必ず若い選手にとって良い手本となるからだ。

「顔はいまどきのイケメンかもしれないけど、芯が強いな、と思う。篤人はいつも先を考えてた。

『いまはこれ位だから、ここまで到達するにはどれ位やらなければならない』ということがわかっていた。

 だから、絶対に天狗にはならないよね。『これでいいや』と、満足しない向上心を持っていた。

 現役の最後までヨーロッパでやって欲しいよね。

『日本人にいい選手がいた』『内田篤人というすばらしいディフェンスがいた』と言われるくらいになって欲しい」

「なんか、良いことばかり言っちゃったな」と、少しばつの悪そうな椎本だったが、その目尻は終始下がったままだった。

 本誌では、この他にも3名の方より内田選手の鹿島時代についての話を聞いています。こちらの掲載に承諾していただいた田中滋氏に感謝。そして、 よろしければ、『フットボールサミット第10回』をご一読下さい。


フットボールサミット第10回のこぼれ話である。
椎本スカウトが篤人をどのように鹿島へ招き入れたが語られておる。
2005年にオファーした際は、鹿島としては後にFC東京へ入団する徳永が右SBの後継者と考えておったフシがある。
しかしながら、徳永は鹿島を選ばず、2006年シーズンは篤人を大抜擢して開幕戦を迎えることとなった。
その後の篤人はみるみる成長していき、大いなる選手になったことは誰もが知ることであろう。
U-19日本代表としてアジアを戦い、U-20ワールドカップに出場し、北京五輪メンバーとなる、フル代表の右SBと駆け上がっていった。
鹿島に於いても三連覇に多大なる貢献をしたことで知られておる。
右SBと言えば内田篤人と日本人ならば誰もが思う選手となったのである。
その裏には椎本スカウトがいたことを忘れずにおきたい。
これからも良い選手を鹿島に導いてきて欲しい。
よろしくお願いします。

J's GOAL 2012シーズンベストショット

[ J.LEAGUE PHOTOS × J's GOALが選ぶ 2012シーズンベストショット(鹿島) ]


◆試合データ
2012/11/03 2012ヤマザキナビスコカップ決勝 清水vs鹿島(ゲームサマリー

◆撮影カメラマンのコメント

後半柴崎岳選手のPKをまさかのピント外し(大汗!)これは参った・・・と思ったら、延長前半早々の柴崎選手決勝ゴールが撮れた。個人的に柴崎選手を押しているので、この日の決勝も鹿島攻撃の時は柴崎選手をずっと気にしていた。
撮影のタイミングとしては、シャッターを切るのが少し早かったか、と思っていたので、インパクトの瞬間があって良かった。

(カメラマン:小林靖)

J's GOALの選ぶ今季の鹿島のベストショットはナビスコ杯決勝戦の岳のシュートであった。
この決勝弾で岳は入団二年目の若者でありながらもMVPを受賞した。
誠に喜ばしい。
ナビスコ杯を得たことで、鹿島は2007年より6年連続でタイトルを獲り続けた偉大なるクラブとなった。
岳と共に更なるタイトルを、そしてアジアへの道を開きたい。
期待しておる。

シャルケ・篤人、鹿島で体を動かす

内田「でかくなる」肉離れ反省し肉体改造

鹿島の選手と談笑する日本代表DF内田(手前右)(撮影・栗田成芳)

 日本代表DF内田篤人(24=シャルケ)が、正月返上で肉体改造に着手する。ドイツ・ブンデスリーガの冬季中断のため、20日に帰国した。直近のリーグ戦で、右太もも裏肉離れを起こし、けがを抱えたままの休暇となったが、内田は「リハビリと治療は毎日する。癖にならないようにしっかり治す。トレーナーと一緒にやって後半の再開に間に合わせたい」とオフ返上を宣言。個人トレーナーとともに、来年1月19日のリーグ戦に照準を合わせた。

 渡独後、自身3度目の肉離れとなり危機感を募らせる。けがをしないで戦い抜く体をつくるためにも「筋肉をもう少しつけないと。まだまだでかくなるよね。24歳だし。自分で考えて鍛えていければいい」とけが予防のためにも筋力アップに励む。帰国直後には、古巣・鹿島の練習に顔を出し体を動かした。「みんなの顔を見て元気になった」と初心に戻り、もう一回り大きくなってピッチに帰る。

 [2012年12月21日7時11分 紙面から]

鹿島クラブハウスに現れたシャルケの篤人である。
鹿島の練習着も様になっておる。
負傷中も共に体を動かし、「みんなの顔を見て元気になった」と語る。
我らも息災な篤人と接することが出来、触発された。
旧知の仲間との再会でモチベーションは高まっておる。
この勢いで天皇杯にて勝利を掴みたい。
楽しみである。

左サイドは新井場

2012年12月20日(木)

14時からのミーティング後、戦術練習を行いました。

練習する新井場である。
セレッソからのオファーのある中、天皇杯に集中しておる。
鹿島の左サイドと言えば新井場となってもう長い。
我らとしてはまだまだ新井場に担って欲しい。
その結論がわかるのは元日とするため天皇杯を勝ち上がっていくのだ。
楽しみにしておる。

全国高校サッカー選手権熊本県代表大津高校

▼[選手権]出場校紹介:大津(熊本)


第91回全国高校サッカー選手権

大津
(熊本)
メンバーリスト↓
2年ぶり15回目出場
■監督:
平岡和徳
■主将:
植田直通
■創部:
1972年
■部員数:
120名
■主なOB:
GK土肥洋一、FW巻誠一郎(ともに東京V)ら
■主な戦績:
8強(08年度)、全国高校総体出場15回、4強2回
■全国大会の目標:
全国制覇
<予選大会成績>
[決勝]
1○0(延長)ルーテル学院
[得]野田卓宏
[準決勝]
4○0熊本工
[得]荒木晃大2、野口航2
[準々決勝]
5○1必由館
[得]野口航2、土肥大輝、村上順哉、坂元大希
[4回戦]
8○1熊本二
[得]山本宗太朗、土肥大輝2、野田卓宏、葛谷将平、鍛治田隼2、坂元大希
[予選チームMVP]
DF植田直通(3年)
チームを優勝へと導いた守備の要。U-19日本代表の活動と重なりながらゲームを引っ張る。
ともに鹿島アントラーズ入り内定を決めているU-19日本代表CB植田直通主将とMF豊川雄太(ともに3年)を攻守の両輪にMF野田卓宏、左SB村上順哉、MF児玉卓也(すべて3年)らタレント揃う優勝候補だ。全国舞台での経験値の低さが響いた全国高校総体では初戦敗退を喫したが、プリンスリーグ九州1部で2連覇を達成し、プレミアリーグ参入戦ではプリンスリーグ四国王者の香川西に6-1で快勝して全国リーグ昇格も決めるなど実力は間違いなく全国トップクラスにある。MF野口航、MF山本宗太朗(ともに2年)ら下級生も実力者がズラリ。流れの悪い時間帯を上手く変えられずに苦しむ場面も見られるが、徹底して磨かれた個々のストロングポイントを活かして強引に自らのリズムにしてしまう力強さがある。植田とCB毛利栄佑(3年)を中心とした守備はPAでの守りが非常に強固。局面を一発で変える植田のキックやヘッド、豊川のFKなども武器に悲願の全国制覇を狙う。
<大津によるチームの特長>
「3年生中心のチームの中で1、2年生が良いアクセントを加えてまとまりを強めている。攻守においてバランスが取れており、攻撃では野田卓宏、豊川雄太を中心に中と外を短長織り交ぜながら、ゴールへと向かっていく。守備においては主将の植田直通を中心に全員で連動してボールを奪いに行く。」
<大津による予選突破の要因>
「昨年の選手権の県予選での敗戦、今年の総体全国での一回戦敗退の悔しさをバネにチームが一つになり、良い緊張感の中で戦っていけた事が優勝につながった。」
<全国大会へ向けて>
「今年のチームは『県内三冠・全国制覇』を目標にスタートしました。今回の選手権で三冠を達成し、もう一つの目標である全国制覇に向けて熊本県代表の自覚と誇りを持ち、120名の部員全員で1戦1戦大事に戦っていきたいと思います。」
<注目選手>
・MF豊川雄太(3年)
鹿島アントラーズ入団内定。大津のストライカー。アイディア豊富で貪欲にゴールを狙っていく。
・MF野田卓宏(3年)
今年の大津のゲームをコントロールする中心選手。アイデア多彩で、攻守において惜しみなく運動量を発揮する。
・MF野口航(2年)
2年生ながら県予選ではチームを救ってきた。独特のリズムとドリブルでサイドをえぐって、チャンスを数多く作り出す。
<基本フォーメーション>

     荒木

野口       土肥  
   豊川 野田

     児玉
村上       山下  
   植田 毛利

     小川
<登録メンバー>※メンバーは変更あり
番号 ポジ 氏名 学年 ※備考

1 GK 小川司 (3年)
2 DF 山下純平 (3年)※U-16日本代表候補、国体選抜
3 DF 金澤卓巳 (2年)※国体選抜
4 DF 毛利栄佑 (3年)
5 DF 植田直通 (3年)※U-19日本代表、国体選抜
6 MF 児玉卓也 (3年)
7 MF 村上順哉 (3年)※国体選抜
8 MF 野田卓宏 (3年)※国体選抜
9 FW 荒木晃大 (3年)
10 FW 豊川雄太 (3年)※国体選抜
11 MF 土肥大輝 (3年)※国体選抜
12 DF 福田佳寿 (3年)
13 DF 中満健太 (2年)
14 MF 山本宗太朗 (2年)※U-16日本代表候補、国体選抜
15 MF 上田充揮 (3年)
16 GK 井上智裕 (3年)※国体選抜
17 MF 野口航 (2年)※国体選抜
18 MF 濱本大河 (3年)
19 FW 鍛治田隼 (3年)
20 MF 大塚寛史 (3年)
21 GK 大堀雅史 (3年)
22 MF 満田有哉 (3年)
23 MF 葛谷将平 (1年)※国体選抜
24 FW 坂元大希 (1年)※U-16日本代表候補、国体選抜
25 MF 橋田夏希 (1年)

(協力 大津高校サッカー部)


全国高校サッカー選手権に出場する大津高校の紹介である。
植田くんが主将として締め、豊川くんがゴールを決める。
日本一を目指すのだ。
楽しみな大会である。

現監督・次期監督、引き継ぎ式

鹿島新旧監督が接触 異例の“引き継ぎ”

鹿島の来季監督として交渉のため来日したセレーゾ氏

 鹿島の来季監督として契約交渉のため来日したトニーニョ・セレーゾ氏(57)が、異例の“再任あいさつ”を行った。19日、茨城・鹿嶋市内のクラブハウスを訪れ交渉。午後の練習にも顔を出し、前回指揮を執った00年から6年間、一緒に戦ったメンバーらと再会し「元気にしてたか?」と旧交を温めた。退任が決まっているジョルジーニョ監督とも、選手の状態や評価の情報交換をするなど、クラブ史上初めて新旧監督による引き継ぎ作業を行った。

 ジョルジーニョ監督の計らいでもあった。セレーゾ氏の来日に「練習も見てほしい。直接話をすれば、鹿島のプラスになる」と次期監督を歓迎。新体制発足前の接触は、極めて異例だが選手からも「鹿島っぽいよね」と声が上がるなど、後腐れはない。またフィジカルコーチには、かつてのスタッフであるマリオ・アウグスト氏が浮上。天皇杯を戦う一方で、着実に準備は進んでいる。

 [2012年12月20日7時21分 紙面から]

鹿島、セレーゾ氏と交渉…来年1月にも正式契約
 鹿島は19日、来季の監督就任が決定的で来日しているトニーニョ・セレーゾ氏(57)と茨城・鹿嶋市のクラブハウスで交渉を行った。来年1月にも正式契約を結ぶ。

 セレーゾ氏はこの日、練習を見学。ジョルジーニョ監督(48)との話し合いの場ももたれ、異例の“引き継ぎ”が行われた。2人は旧知の仲で、クラブ幹部は「初めてのことだが、ジョルジーニョは解任ではないし関係も悪くない」と説明。また、セレーゾ氏が鹿島を指揮した2000年からフィジカルコーチを務めたマリオ・アウグスト氏(53)の入閣も決定的となった。
(紙面から)

セレーゾ氏緊急来日、鹿島 新旧監督が異例の“引き継ぎ式”

セレーゾ氏(左)は鹿島のジョルジーニョ監督と談笑する
Photo By スポニチ


 鹿島で現監督と次期監督による異例の“引き継ぎ”が行われた。来季監督就任が確実なトニーニョ・セレーゾ氏(57)が契約交渉のために18日夜に緊急来日。天皇杯準々決勝J2千葉戦(23日)に向けた19日のチーム練習を視察した。

 家族の事情で今季限りで退任するジョルジーニョ監督が「来季につながるアドバイスをしたい」と要望して実現した。練習後には2人で話し合いを持ち、現有戦力の特徴やチームの課題など意見を交換。ファミリーとしての一体感を重視するクラブ精神を象徴する会談に、鈴木満常務取締役強化部長は「さすがに現監督と次期監督が直接引き継ぎするのは初めてだよ」と笑った。

 また、来季は5冠を達成した00〜05年の第1次セレーゾ政権でも入閣したマリオ・フィジカルコーチ(53)を招へいすることも決定的となった。セレーゾ氏の愛称がマリオであるため、マリオ氏の愛称はルイージ。“スーパーマリオコンビ”で巻き返しを図る。

[ 2012年12月20日 06:00 ]

引き継ぎを行ったジョルジーニョ監督とトニーニョ・セレーゾ来季監督である。
これは素晴らしい。
現在の選手の特徴をいち早く伝えることが適えば、開幕ダッシュもあり得よう。
来季は、天皇杯の結果次第ではあるが、Xeroxスーパー杯もACLもある。
早期にチームを把握して勝利に導いて欲しい。
楽しみである。

大迫、攻撃の軸

2012年12月19日(水)

14時からの室内トレーニング後、グラウンド全体を使い、サイド攻撃やシュート練習など各ポジション別に強化トレーニングを行いました。

練習する大迫である。
大迫の1TOPがはまり11月以降無敗で突き進んでおる。
このシステムは大迫あってこそ。
ポスト、キープに強烈なシュートと多彩な攻撃の軸となっておる。
天皇杯準々決勝戦に於いても活躍してくれるであろう。
楽しみにしてスタジアムに向かいたい。

相馬、山形ヘッドコーチ就任

相馬直樹氏 モンテディオ山形ヘッドコーチ就任のお知らせ
2012年12月19日

相馬直樹氏が、弊協会が運営するモンテディオ山形のヘッドコーチへ就任することが決定いたしましたのでお知らせいたします。

相馬直樹(そうまなおき)氏 Naoki SOMA

生年月日:
1971年7月19日(41歳)

身長体重:
175cm、72kg

出身地:
静岡県

選手経歴:
清水東高校→早稲田大学→鹿島アントラーズ→東京ヴェルディ1969→鹿島アントラーズ→川崎フロンターレ
※Jリーグ通算成績/J1 289試合10得点、J2 15試合0得点

指導歴:
2008年-2009年 川崎フロンターレU-18アシスタントコーチ
※2009年日本サッカー協会ナショナルトレセンコーチ
※2009年日本サッカー協会公認S級コーチライセンス取得
※2009年8月U-20日本代表スペイン遠征コーチ
2010年 FC町田ゼルビア監督(JFL/34試合19勝4引11敗)
2011年-2012年4月 川崎フロンターレ監督(Jリーグ/通算成績39試合15勝6引18敗)

※Jリーグ年度別成績
年度 チーム リーグ 試合 勝 引 敗 チーム最終成績
2011 川崎F J1 34 13 5 16 11位/18チーム
2012 川崎F J1 5 2 1 2 8位/18チーム

相馬直樹氏コメント
「この度、縁あってモンテディオ山形の一員となれることに、深い感謝、そして大きな喜びを感じています。奥野監督の下、選手、チームとともに私自身も成長し、大きな目標を達成出来るよう努力したいと思います。山形の皆さん、よろしくお願い致します。」


予てから報じられておった相馬の山形コーチ就任が成績発表された。
相馬のサッカー理論が山形の選手に与える影響は大きかろう。
今季のような失速はせぬのではなかろうか。
相馬コーチは山形のJ1昇格へ尽力してくれるであろう。
来季の山形の注目である。

ポンチ・プレッタ、レナトをリストアップ

Com 11 reforcos e 14 saidas, Ponte quer nome de peso para fechar lista
Macaca negocia com um atleta conhecido para completar elenco, mas nao confirma negociacao. Quem mais agrada diretoria e o meia Renato Caja


Caja atua no futebol japones (Foto: Divulgacao)

O elenco da Ponte Preta esta praticamente fechado para a disputa da proxima temporada. Depois de anunciar as saidas de 14 jogadores assim que o Campeonato Brasileiro acabou, a diretoria fechou tambem a chegada de 11 novos nomes ja para o Paulistao, que comeca em janeiro. A busca agora e pela cereja do bolo.
A Macaca procura um jogador conhecido para encerrar o primeiro pacote de contratacoes para 2013. Nomes que despertam interesse nao faltam. O principal e Renato Caja, que foi procurado pelos dirigentes pontepretanos e demonstrou interesse em retornar ao Moises Lucarelli. A negociacao, porem, nao e tao facil.
O meia ganha um alto salario no Kashima Antlers, do Japao, mas esta disposto a abrir mao da parte financeira para voltar ao Brasil. O meia de 28 anos pertence ao Guangzhou Evergrande, da China, que o emprestou ao Kashima na metade do ano passado.
Outro que esta na lista da Macaca e Renatinho, meia que defendeu o clube em 2011 e conquistou o acesso a elite do Brasileirao. Aos 24 anos, ele trocou o Majestoso pelo Kawasaki Frontale no inicio de 2012 e tambem foi sondado pelo time de Campinas.

Quem entra, quem sai
Dos jogadores que disputaram o Brasileiro com a camisa da Ponte Preta, 14 nao fazem mais parte do elenco. Sao eles: o goleiro Gustavo, os laterais Joao Paulo, Geronimo e Marcos Camozzato, o zagueiro Tiago Alves, os volantes Gerson, Lucas e Somalia, os meias Enrico, Ricardinho e Tony e os atacantes Andre Luis, Bruno Nunes e Roger.
Para substitui-los, a diretoria fechou com 11 reforcos: o lateral-direito Thiago Cameta (que so chega em marco, apos fim do contrato com o Remo), os volantes Bruno Silva, Ferrugem e Memo, os meias Diego Rosa, Dinelson, Geovane e Wellington Bruno e os atacante Chiquinho, Dennis e William.
Alem de contratacoes e dispensas, a Macaca renovou os contratos do goleiro Edson Bastos, do zagueiro Ferron, do lateral-esquerdo Uendel, do volante Baraka e do meia Marcinho. Os proximos da lista sao o zagueiro Wescley, que passou o segundo semestre inteiro sem jogar, e o meia Nikao.
A Ponte estreia no Paulistao no dia 20 de janeiro, contra o Mogi Mirim, as 19h30, em Campinas. A partida, inicialmente marcada para o Moises Lucarelli, pode ser disputada em outro local, ja que o estadio alvinegro passa por reformas.


レナトをリストアップするポンチ・プレッタである。
レナトとの契約延長の情報はないため、鹿島としての方針はわからぬ。
とはいえ、今季途中から加入し活躍をしたことは事実と言えよう。
特にスルガ銀行チャンピオンシップの戴冠には大きく貢献した。
実力は十分である。
レナトの去就に注目したい。

トニーニョ・セレーゾ、来日中

セレーゾ氏来日、鹿島と方針話し合い
 鹿島が来季の監督として交渉を進めているトニーニョ・セレーゾ氏(57)が18日、成田空港着の航空機で来日した。クラブ幹部によると直接交渉のためで「強化プランや、クラブとしての方針を話し合う」という。今週中をメドに滞在する予定だ。05年まで6年間、鹿島で指揮を執ったこともあって交渉に大きな弊害はない模様。順調に話が進めば、年内中に仮契約を結ぶことになりそうだ。
 [2012年12月19日7時45分 紙面から]

来季鹿島監督濃厚のセレーゾ氏が来日
 J1鹿島の次期監督として大筋合意しているトニーニョ・セレーゾ氏(57)が来日していることが18日、分かった。関係者によると、年俸やコーチ陣などの諸条件は問題ない状況で、正式契約に向けた準備や来季の強化方針について話し合うという。23日の天皇杯準々決勝・千葉戦(味スタ)は視察せず、ブラジルに戻る予定。

(紙面から)

来日したトニーニョ・セレーゾである。
チームとの契約交渉は大詰めとなっており、年俸やコーチ陣容については了承を得ておる様子。
今回の議題は強化プランや鹿島の方針について話し合うとのこと。
他のクラブが続々と来季の新戦力が発表する中で、鹿島は情報が出て来ない。
これは毎年のことであり、クラブの情報統制が機能しておることを示しておる。
素晴らしいことと言えよう。
とはいえ、水面下では様々な動きがあって然りである。
その片鱗として大宮の東や京都の中村充孝への興味が聞き伝えられてくる。
いずれ見えてくるであろう来季の陣容に興味は尽きぬ。
そして、来季、トニーニョ・セレーゾがどのような戦力で、どのようなサッカーをするのかは、ここ数日で詰められることとなろう。
楽しみにしたい。

ジュニーニョ、攻守に貢献

2012年12月18日(火)

15時からの室内トレーニング後、グラウンドでゲーム形式の練習を実施しました。

練習するメンバーである。
その中心にジュニーニョがおる。
シーズン終盤に来てジュニーニョが左サイドにフィットし躍動しておる。
このポジションがよほど水に合ったように思える。
チャンスメイクはもちろんであるが、守備に於いてはDFラインまで戻りチームに貢献しておる。
ジュニーニョの活躍で日本サッカーの頂点を目指そうではないか。
楽しみにしておる。

吉田康弘、横河武蔵野FC監督就任

【お知らせ】吉田康弘新監督・依田強化担当就任のお知らせ
日頃は、横河武蔵野FCにご支援をいただき、誠にありがとうございます。
この度、横河武蔵野FCの吉田康弘ヘッドコーチが監督に就任いたしました。
また、強化担当として依田博樹元監督が就任致しましたので、お知らせいたします。

■吉田 康弘

【生年月日】1969年7月14日

【出身地】広島県

【選手歴】東海大第一高校→明治大学→鹿島アントラーズ(1992-1994)→清水エスパルス(1995)
→サンフレッチェ広島(1996-1999)→清水エスパルス(2000-2008)→FC岐阜(2006-2008)
→藤枝MYFC(2009年7月-2010)

【吉田康弘 新監督のコメント】
来シーズンより監督に就任することになりました吉田康弘です。
まずはこの様な機会を与えてくれた横河武蔵野FCはじめ、クラブに関わる全ての方々に感謝しています。
これまで数々の歴史を築いてきたクラブの1ページに名前が刻まれることに誇りと責任を感じております。
「一戦必勝」という気持ちで、一試合一試合を大切に粘り強く戦っていき、
サポーターの皆様に「横河武蔵野FCの試合がまた見たい」といっていただけるようなチームを目指したいと思います。
2013年シーズンも応援よろしくお願い致します。


今年からヘッドコーチを務めておった横河武蔵野FCの吉田康弘が監督に就任とのこと。
これは嬉しい報。
天皇杯四回戦まで勝ち進んだのは吉田コーチの手腕があったということであろう。
ジーコが自分の後継者に選んだことでも知られる吉田康弘が指導者としてどのようなチームを作るのか興味津々と言えよう。
横河武蔵野FCに注目である。

鳥栖、誓志獲得に乗り出す

鹿島の元日本代表MF・増田獲り…鳥栖
 J1鳥栖が元日本代表MF増田誓志(27)=鹿島=の獲得に乗り出すことが17日、分かった。鳥栖で5位躍進の原動力となったMF岡本知剛(22)が期限付き移籍を終え、来季から広島へ復帰する。主力ボランチの獲得が必要で、関係者によれば鹿島で運動量、技術ともに高いレベルの増田をリストアップしたという。今季限りで鹿島との契約が切れるため、獲得には移籍金が発生しない。増田は海外、国内移籍ほか、鹿島残留も含めて検討している。
(2012年12月18日06時01分 スポーツ報知)

誓志の獲得を目指す鳥栖である。
鳥栖は今季J1に昇格し5位でフィニッシュする大健闘をした。
ここはJ1定着のためには戦力補強は必須と言えよう。
今季の誓志は、日本代表としてシーズンインし、新監督・新システムの下、大いなる飛躍が期待された。
しかしながら、開幕時こそスターティングメンバーに名を連ねたものの、ジョルジーニョ監督の信頼を得ることは出来ず、レギュラーポジションを失っていった。
まさに不本意なシーズンであったと言えよう。
実力は十分に持っておる、後はチャンスを活かすのみと誰もが思っておる。
実際にナビスコ杯決勝戦では、決勝ゴールに津ながら素晴らしいサイドチェンジを大伍へ通しておる。
戦術眼もスタミナもフィジカルも他を圧倒する実力を持っておるのだ。
その誓志は鳥栖からのオファーを検討するほか、鹿島への残留、そして海外を視野に入れておるとのこと。
どのような決断をするのか、注目せざるを得ない。
誓志の去就を追っていきたい。

大迫・岳、東アジア杯にて代表招集か

ザックジャパン 東アジア杯は若手中心「チームB構想」
 日本代表のアルベルト・ザッケローニ監督(59)が来年7月20日開幕の東アジア杯(韓国)に若手を中心とした「Bチーム」で臨む計画を進めていることが17日、分かった。関係者によれば、A代表の主力は6月11日にW杯最終予選イラク戦、同15日からはコンフェデレーションズ杯(ブラジル)を戦うため7月は休息期間に充てる見通し。これまで出場機会の少なかった日本代表候補を招集し、14年W杯ブラジル大会に向けた底上げを図る。

 14年W杯ブラジル大会出場に王手をかけているザックジャパンは、「チームB構想」の強化策を温めていた。複数の関係者によれば、来年7月20日に開幕する東アジア杯には、これまで代表での出場機会に恵まれなかったメンバー、今後ブレークが期待される将来有望な若手を中心とした編成で臨む計画が浮上しているという。既に国内クラブの複数選手がリストアップされている。

 東アジア杯には韓国、中国、さらに今大会から予選を突破したオーストラリアが参戦するなど強豪国がひしめく。アジアの盟主を自負するザックジャパンにとって次なるテーマは、現在の主力を脅かす存在の台頭と全体の底上げ。「チームB」がライバル意識の強いアジアの列強と、しかもアウェーの地で真剣勝負を積めば、絶好の強化機会となる。

 来年6月以降、日本代表にはハードな日程が待ち受ける。6月11日に中東でW杯アジア最終予選イラク戦を戦い、そのまま同15日開幕のコンフェデ杯(ブラジル)に臨む。1次リーグはブラジル、イタリア、メキシコと同組。ベスト布陣で全力を尽くすが、指揮官はコンフェデ杯を戦ったメンバーには7月を休息に充てる意向を持っている。

 東アジア杯は国際Aマッチデーではないため、欧州クラブでは招集に対する反発も予想される。その一方で、J1はリーグ戦を中断して備える。鹿島の柴崎岳、大迫勇也、FC東京の長谷川アーリアジャスール、名古屋の永井謙佑、C大阪の山口蛍ら、これまでも代表招集歴のある選手、ロンドン五輪代表らが候補となる。海外組では宮市亮、宇佐美貴史らが加わる可能性もある。A代表がコンフェデ杯なら、その“予備軍”は東アジア杯。ツープラトンの強化策で幅広く、バランス良く、本大会に備える。

 ▽東アジア杯 東アジアサッカー連盟が主催する国際大会。03年に日本で第1回東アジア選手権を開催。以降2年ごとに韓国、中国と持ち回りで開催しており13年は韓国で行われる。ことし4月の理事会で東アジア杯に改名。来年の大会には予選を突破したオーストラリアが参加することも決定。日本は過去に優勝はないが、03年には元広島の久保竜彦、08年には川崎Fの山瀬功治、10年には名古屋の玉田圭司が得点王に輝いている。優勝賞金は50万ドル(約4200万円)。

[ 2012年12月18日 06:00 ]

岳や大迫がこの夏に行われる東アジア杯の日本代表に選出される可能性があるとのこと。
これは複雑な気持ちである。
日本代表との栄誉は嬉しい。
しかしながら、大会の存在意義が疑問視される東アジア杯、そしてレギュラーを外したB代表というところを素直に喜んで良いものかと感じさせられるところ。
とはいえ、ここはまだ構想が報じられただけであり、実際に招集されるかどうかは決定事項ではない。
日本代表としても国内組を中心とした底上げは必須であり、ここで試すことは悪くないはず。
岳や大迫は日本を代表する才能の持ち主であり、日の丸を背負うべき逸材であることは紛れもない事実である。
この二人が実際に日本代表を引っ張っていく選手となるため、鹿島での更なる活躍を望む。
大迫と岳は鹿島で大きく輝くのだ。
楽しみに見守っておる。

日本サッカーの未来を背負う男とは

「ポスト遠藤」と日本サッカーの未来。
“最後の黄金世代”を越えて行け!

細江克弥 = 文

2012/12/17 14:25


 近年の日本サッカーを急速に飛躍させた直接的な源流は、1999年のワールドユース(現U-20W杯)準優勝にあると常々思っている。

 三浦知良がブラジルから帰国したのが'90年7月。この“事件”によって幕を開けた'90年代は、「Jリーグ発足」「ドーハの悲劇」「マイアミの奇跡」「ジョホールバルの歓喜」と次々に押し寄せる大波の後押しを受けて右肩上がりの成長曲線を描いた。

 世界に挑んでは敗れ、また世界に挑もうとする道のりはあまりにも険しかった。だが、日本サッカーは着実に、世界との距離を縮めていく。浮き沈みを繰り返しながら一歩ずつ前に進むその姿に、誰もが今まで味わったことのない興奮を覚えた。

 しかし、日本にとって初めてのW杯となった'98年フランスW杯の惨敗で、積み上げた自信は一度崩れた。

 その成長に確かな手応えを感じていたからこそ、心のどこかで抱いていた小さな期待を打ち砕かれたショックは小さくない。あの大舞台で、ガブリエル・バティストゥータが挙げたたった1つのゴールで勝ち点3を手にするアルゼンチンの強さに、1−0という結果をはるかに超える“差”を感じた。

 ところが約1年後、日本は世界を相手に“差”を見せつける。ナイジェリアのピッチで躍動したのは、20歳以下の血気盛んな若者たちだった。

『キャプテン翼』を再現するかのような黄金世代の活躍。

 小野伸二、稲本潤一、高原直泰、本山雅志、中田浩二、遠藤保仁、小笠原満男――。「黄金世代」と称された彼らは、グループリーグでイングランド、カメルーン、アメリカを退け、決勝トーナメントでポルトガル、メキシコ、ウルグアイを撃破して決勝に駒を進めた。

 20歳以下の年齢制限付きとはいえ、舞台は世界一の称号を争うW杯である。日本がそのファイナルを戦うことは、前年のフランスW杯を体感して「非現実的」と理解せざるを得なかった。ところが彼らは、W杯の決勝でスペインと対峙するという偉業を、いともあっさり成し遂げたのである。それは、まるで『キャプテン翼』に描かれた世界が現実世界で次々に再現されているかのような夢物語だった。

 身体能力で一歩も引けをとらない稲本が中盤を駆け回り、小野がイメージを超えるスルーパスで決定機を作り、本山がしなやかなボールタッチとスピードで左サイドを切り裂き、高原がDFとの駆け引きを制してゴールを決める――。シャビを擁するスペインとの決勝は惨敗に終わったが、世界を相手にむしろ翻弄する余裕さえ見せた彼らの姿には、フランスW杯で突きつけられた厳しい現実を忘れさせるだけの希望があった。

今や、黄金世代で日の丸を背負うのは遠藤、ただ一人。

 以後の日本サッカー界は、“チーム”としての黄金世代に中田英寿という強烈な“個”を加えて再び成長曲線を描いた。

 '02年日韓W杯で見せた快進撃、'06年ドイツW杯で味わった想定外の惨敗においても、ピッチの中心には必ず黄金世代の姿があった。

 しかし、彼らは'99年にナイジェリアで演じた奇跡を、再び見せることはなかった。小野も高原も稲本も中田に続いて海の向こうに活躍の舞台を求めたが、あのとき見せた輝きを“個”として示すことはできていない。

 もちろん、メンバーの多くが33歳になった今もなおピッチに立ち続けていることは、彼らの才能が突出していたことの証明でもある。しかし、日本代表というフィールドにおいてはいつしか世代交代の時が訪れ、本田圭佑や香川真司、長友佑都といった“新世代”の前で彼らの存在感は次第に希薄になっていった。

 今や、日の丸を背負うのは遠藤保仁、ただ一人しかいない。

2列目にひしめくタレントを“使う側”は、いまだ世代交代せず。

 現代表において「替えが利かない」と称される絶対的な司令塔の遠藤は、日本サッカー界の最前線に身を置く黄金世代のラストピースである。

 しかしその時代も、ついに最終局面に到達しようとしている。

 わずかなタッチ数で攻撃の流れを作り出すセンス、ゲームをコントロールする駆け引き、ピッチ上で“考える時間”を作ろうとするキープ力、パスやランニングでメッセージを発信する存在感、さらにはいくつもの大舞台をくぐり抜けてきた経験において、遠藤の右に出るものは今の日本代表にいない。優秀なパスの“受け手”が数多くいる中で、“出し手”としての遠藤の価値は計り知れない。しかし、その依存度の高さは、34歳でブラジルW杯を迎える遠藤にとって負担が大きすぎる。いや、遠藤個人の問題よりむしろ、現時点における選手層はあまりにも薄い。

 アルベルト・ザッケローニ率いる現在の日本代表には、世界の舞台で活躍するタレントが数多く存在する。

 メンバー表の所属クラブ欄にマンチェスター・ユナイテッドやインテルといった世界的なビッグクラブの名前が並ぶことは、一昔前は想像すらできなかった。そうした意味においては、彼らは間違いなく、“個”としての評価でかつての黄金世代を大きく上回ったと言えるだろう。

 ただし、2列目にひしめくタレントの多くが、誰かに“使われる”ことで初めて真価を発揮する選手であることを忘れてはならない。彼らを“使う側”に立っているのが遠藤であることは、“黄金世代以後”の日本サッカー界の成長を示す指針でもあるが、一方で停滞を物語ってもいる。

「ポスト遠藤」への一手を打たない指揮官への疑問。

 34歳で迎えるブラジルW杯でも、遠藤は30歳で経験した南アフリカW杯と同等のパフォーマンスを発揮してくれるかもしれない。それは遠藤個人の問題によるところが大きいから、年齢だけを理由に衰えを予測することはできない。34歳の遠藤がむしろ、30歳の彼よりも成長している可能性もある。

 ただし、「ポスト遠藤」たる“使う側”の選手を育てて世界に送り出すことは、その先の日本サッカーが解決しなければならない大きな課題である。だから個人的には、現時点でその一手を打とうとしない日本代表指揮官には疑問を感じている。

 キャラクターや能力を考慮すれば、現代サッカーにマッチする日本人の特性が、2列目やサイドバックにあることはこの数年で理解することができた。しかしそれは、あくまで“個”の問題である。“チーム”として世界で結果を残すためには、ナイジェリアで輝いた小野や、昨今の代表で異彩を放つ遠藤のような存在を育てなければならない。

 Jリーグ発足から20年、日本のサッカーは着実な成長を遂げてきた。今や、ある特定のポジションにおける“個”の勝負においては、堂々と世界に挑めるレベルに達している。次なる課題は、それを“チーム”としていかに機能させ、もう一段階突き抜けた結果を残すかだろう。あの日の黄金世代が演じた奇跡を再現するために、何が必要なのかを今こそ考えなければならない。

 日本のサッカーを強くするために、やるべきことは何か――。

 黄金世代の本当の意味での終幕が間もなく訪れようとしている今、「使う側の育成」「ポスト遠藤の発見」「黄金世代からの完全脱却」こそが“次なる一手”に他ならないと感じている。そして同時に、柴崎岳という一人のタレントにその可能性を見いだしている。


1999年ワールドユースでの輝きを中心に黄金世代の躍動を語る細江氏である。
そして、長々と書き連ねた結論は、その黄金世代最後の日本代表である遠藤ヤットの後継者を指名したかっただけのようにも受け取れる。
鹿島の試合をスタジアムで観戦する者は岳の並外れた才能を目の当たりにしておる。
それは、ボールを持った時の落ち着きやテクニック、パス精度というものではない。
ボールを持たざる部分での動きの質が二十歳のプレイヤーの技量を凌駕しておるのである。
これは、年齢や練習量で計れるものではなかろう。
岳が生まれ持った資質なのではなかろうか。
天賦の才と言い換えても良い。
彼がこの先、日本代表に招集されるのは当然の流れと言えよう。
そして、日の丸を背負い、チームを牽引していくこととなろう。
いや、ならねばならぬのだ。
その序章として、一日でも早く蒼きユニフォームを着用すべきと細江氏は述べる。
とはいえ、未だ岳はナビスコ2つとスルガ銀行チャンピオンシップを獲ったに過ぎぬ。
まだまだ、鹿島で勝者のメンタリティを培う必要があろう。
強い鹿島の中心選手としての実績を積み、そして日本を代表する選手としてステップアップして欲しい。
楽しみにしておる。

ダニーロ、世界一への“アシスト”

▼[クラブW杯]元鹿島ダニーロは05年リバプールに続いての“ベニテス撃ち”
[12.16 クラブW杯決勝 コリンチャンス1-0チェルシー 横浜]

 日本開催だった05年大会にサンパウロの一員として出場し、決勝でラファエル・ベニテス監督(当時)が率いるリバプールを破って優勝を飾った元鹿島アントラーズのMFダニーロが、7年ぶり2度目の世界一に輝いた。相手はまたしてもベニテス率いるチェルシーだった。

「(日本で世界一になったことは)特別なこと。世界一は2回目だし、しかも今回はチェルシーというビッグクラブに勝てた。それが重要だった。心に残る勝利だ」

 穏やかな口調はJリーグ時代と一緒。けれども、プレーの切れやボールを持ち運ぶ際のパワフルさ、相手の間隙を突く攻撃は鹿島在籍時をしのいでいたと言って良いだろう。

「チーム全員が良いプレーをした。前半も良いプレーをしたし、後半はより集中していたから少ないチャンスをものにすることができたのだと思う」

 その言葉通りだったのは、0-0の膠着状態が続いていた後半24分。左サイドから中へ切れ込んで打ったダニーロのシュートはチェルシーDFに当たってぽわんと宙に浮き、ゴール前に棒立ちしてしまったDFを尻目に高く飛び上がったゲレーロが頭で押し込み、決勝点へとつながった。ダニーロは司令塔として多彩なパスを出しつつ、90分間を通じて迫力のあるプレーを見せ続けた。

 07年から3年間過ごした鹿島ではリーグ3連覇に貢献した。今回はコリンチャンスで世界一。「経験豊かな選手がうちのチームにはいる。だからチェルシーが相手でも怖じ気づくことはなかった」

 33歳のベテランは、ともに90分間ピッチに立った元鹿島のファビオ・サントスとも喜びを分かち合い、7年ぶりに南米にもたらしたタイトルに胸を張っていた。
(取材・文 矢内由美子)

元鹿島ダニーロが千金弾“アシスト”/クラブW杯

世界一に大喜びのコリンチャンス・イレブン。殊勲のゲレロ(手前左)は出身国ペルーの国旗を広げ、ダニーロ(中段右端)はメダルを手に笑顔(撮影・吉澤良太)

 トヨタ・クラブワールドカップ決勝(16日、コリンチャンス1−0チェルシー、横浜国際総合競技場)決勝で南米王者のコリンチャンス(ブラジル)が1−0で欧州代表のチェルシー(イングランド)を下し、2000年に当時の世界クラブ選手権を制して以来、2度目の世界一。優勝賞金500万ドル(約4億1700万円)を獲得した。後半24分にFWパオロ・ゲレロ(28)が決勝点を挙げ、ゴールデンボール(大会MVP)はGKカッシオ(25)が獲得。かつてJリーグに所属したMFダニーロ(33)らも活躍した。3位決定戦は北中米カリブ海代表のモンテレイ(メキシコ)が2−0でアフリカ代表のアルアハリ(エジプト)を下した。

 勝利の凱歌(がいか)がスタジアムを揺らす。後半24分、MFダニーロのシュートのこぼれ球が高く上がり、FWゲレロが頭をたたきつけた。先制ヘッドは決勝点。世界の頂点に上り詰めた。

 「タフな相手と分かっていたが、自分たちを信じていた」とゲレロ。下馬評では上のスター軍団を振り切ったチチ監督は、「チームワークは個人技より上。それがきょうのコリンチャンスだ」とたたえた。

 値千金のゴールを“アシスト”したダニーロは2007年から3年間、J1鹿島に在籍し、リーグ3連覇に貢献。「日本でプレーしたおかげで、スピードあるサッカーに慣れることができた」と胸を張る。日本で5年半プレーしたMFエメルソンは「治安も文化も国民性もまったく違う日本で、人間的にも成長できた。ここで勝てたのは本当に特別」と感無量の表情を見せた。

 サポーター数2000万人以上と、ブラジルきっての人気を誇る。母国から2万人以上が駆けつけ、在日ブラジル人を合わせて3万5000超の大声援が横浜をホームに変えた。

 00年にも世界制覇を果たしたが、このときは開催国枠での参加。大陸王者としては初の出場で、栄冠を勝ち取った。MVPのGKカッシオは「欧州でプレーしていた選手も南米に戻ってきている」と、サッカー王国のプライドを口にした。(丸山汎)

データBOX
決勝の観衆は6万8275人で、日本開催のクラブW杯史上2番目の大入りとなった。最高は2008年大会・決勝のマンチェスターU(イングランド)−リガ・デ・キト(エクアドル)の6万8682人。昨年決勝のバルセロナ(スペイン)−サントス(ブラジル)は6万8166人だった。ちなみに日本代表戦の最多は、1999年キリン杯・ペルー戦の6万7354人(すべて横浜国)。

(紙面から)

コリンチャンスの元J戦士も歓喜
2012年12月17日
 「トヨタ・クラブW杯決勝、コリンチャンス1‐0チェルシー」(16日、横浜国際総合競技場)

 コリンチャンス(ブラジル)の元Jリーグ戦士たちは、日本で達成した世界一に胸を張った。元鹿島のダニーロは「今でも週に一度は家族で日本食を食べに行く」というほどの親日家。決勝点のきっかけとなるシュートを放つなど存在感を放ち「心に残る勝利だ」と笑顔。

 浦和などで活躍したFWエメルソンも「日本人を愛し、リスペクトし、子供の教育も日本式。本当に本当にスペシャルだね」と笑顔があふれていた。


ダニーロの決勝“アシスト”がニュースになっておる。
二度目の世界一を褒め称えたい。
本当におめでとう。

シャルケ・篤人、右太腿を負傷

内田 右太腿負傷で前半途中に交代…チームも敗れる
ブンデスリーガ シャルケ1−3フライブルク (12月15日)


フライブルク戦の前半、競り合うシャルケの内田(左)
Photo By 共同


 シャルケの日本代表DF内田篤人はホームのフライブルク戦に右サイドバックで先発したが、右太腿を痛めて前半29分に途中交代。試合も1―3で敗れ、冬季休暇前最後のリーグ戦は無念の結果となった。

 負傷箇所は11月にも痛めた部位だが「前はちょっと下だったけど、今回は真ん中。もう少しやれるかと思ったけど、走れなかった」。18日のドイツ杯3回戦のマインツ戦は欠場が決定的。冬季休暇には日本に帰国予定で「来年のスタートに間に合えばいい。日本に帰って治療する」と話した。

[ 2012年12月17日 06:00 ]

負傷で途中交代したシャルケの篤人である。
前回の負傷とは別の箇所で不安にさせる。
篤人としては、ブンデスリーガはクリスマス休暇となるため、日本に一時帰国し治療に専念するとのこと。
怪我を癒やし、気持ちをリフレッシュして新年に備えて欲しい。

CWC決勝戦 チェルシーvs.コリンチャンス

決勝点はダニーロの右足シュートから。
守備に攻撃に素晴らしい活躍。
やはりワールドクラスであった。

仙台・柳沢、娘さん誕生

元日本代表・柳沢の妻 小畑由香里が第2子出産「予想以上に大きかった」
 サッカー元日本代表でJ1仙台のFW柳沢敦(35)の妻でモデルの小畑由香里(33)が16日、自身のブログを更新し、15日に第2子となる女児を出産したことを明らかにした。

 小畑は「昨日、3934gの元気な女の子を出産しました。母子共に元気です!」と報告。「予想以上に大きかったので、大変な出産でしたが、家族がまた一人増えた喜びに勝るものはありません」と愛娘の手を握る写真もアップしている。

 2人は2003年12月24日に入籍。小畑は10年5月に第1子となる男児を出産。今年7月に第2子妊娠を発表していた。

[ 2012年12月16日 16:16 ]

仙台の柳沢主将に第二子となる女児が誕生とのこと。
これは素晴らしい。
これまで以上にプレイに磨きがかかるのではなかろうか。
来季はACLもあり、よりモチベーションが上がろう。
是非ともアジアの舞台で仙台と対戦したい。
同じステージに登れるよう、天皇杯での優勝を目指すのだ。
気合いを入れ直したい。

天皇杯四回戦・ジュビロ戦レビュー

【第92回天皇杯 4回戦 鹿島 vs 磐田】レポート:ヤマザキナビスコカップ制覇以来、負けなしの鹿島。セットプレー3発で磐田を沈め準々決勝へ!(12.12.16)
12月15日(土) 第92回天皇杯 4回戦
鹿島 3 - 1 磐田 (13:00/カシマ/7,522人)
得点者:1' 前田遼一(磐田)、5' 岩政大樹(鹿島)、14' ドゥトラ(鹿島)、66' ジュニーニョ(鹿島)


サッカーは攻守の狭間が曖昧なスポーツだ。攻守の切り替えは一瞬で行われ、相手を陣内に押し込み慌てさせているように見えるときでも、じつは攻撃の準備を進められていることもある。表から見たときと裏から見たときの風景がガラリと変わる。

細かいシャワーのような雨が降る県立カシマサッカースタジアムでの試合はキックオフからわずか15秒ほどで試合が動く。磐田のキックオフからパスを繋ぎ、右サイドから小林裕紀がクロスをあげると、鹿島のセンターバック岩政大樹がクリアミスを犯してしまう。
「僕として単にボールを上に上げることを考えていました。上に上げられさえすれば、その後なんとか対処できると思ったので」
だが、ボールは前にいた青木剛も触れていたため微妙に変化していた。思惑と違い、薄く当たったボールは背後に潜んでいた前田遼一の前にぽとりと落ちる。この絶好球を日本代表ストライカーが見逃すはずもなく、磐田が難なく先制点をあげるのだった。
しかし、鹿島もすぐさま反撃。セットプレーで何度かチャンスをつくると、5分、右CKから岩政が飛び込み、ミスを返上する同点弾で追い付いた。

早い時間で2つのゴールが生まれたわけだが、しばらく時計が進むと、試合の様相を象徴していたことがよりハッキリするようになった。ボールを支配するのは磐田。人数をかけた攻撃で相手を押し込みゴールへと迫る。ただ、一度ボールを奪うとすばやい攻撃で相手ゴールに襲いかかったのは鹿島。シュートで終わり、その後のCKで優位に立つ。どちらも攻めの糸口は掴んでおり、得点が生まれるのは時間の問題かと思われた。
すると15分、今度は左CKから鹿島が追加点を奪う。一度は、青木剛の競り合いは弾かれてしまったが、その浮き球を柴崎岳が競り合い再びペナルティボックス内に弾き返すと、ゴール前にいたドゥトラが胸トラップ。ゴールに背を向けたままオーバーヘッドシュートを放つと、ゴール左隅に見事に決まり、鹿島が逆転に成功した。

「1-1になったゴールもそうでしたけど、勝ち越すといまのうちは戦い方がハッキリする」と話し、この勝ち越しゴールが大きかったという岩政。相方の青木も「人数をかけてくる分、後ろは薄くなる。うまく奪って攻撃に繋げることを考えていました」と、人数をかけてくる相手を恐れるのではなく、そこをチャンスと捉えていた。
とはいえ、磐田もゴールまであと一歩だったことは間違いない。サイドバックが高い位置を取り、鹿島の2列目の遠藤康とジュニーニョにマークを見させると、中央のロドリゴ・ソウトと小林裕紀、そして松浦拓弥を見る鹿島の選手は小笠原満男と柴崎岳のみと、3対2の数的優位を作り出していた。
例えば、小林裕紀が高い位置に侵入すると、柴崎がピタリとマークについてくる。するとボールが中央に戻ってきたときロドリゴ・ソウトはフリー。これに小笠原がプレッシャーに行くと、今度は松浦がフリーになる。鹿島の守備はバラバラにされかかったが、磐田のシュートは前半5本のみ。最後のところはうまく防いでいた。
「むこうは時間とともに勢いが落ちてくることがわかっていました。2列目の選手が飛び出してくるところにセンターバックが釣り出されてしまわないように、青木や周りの選手と話してやっていた」(岩政)

鹿島とすれば、ドゥトラを守備に参加させれば、簡単に中央の数的不利は解消できていた。しかし、それを敢えて強要しなかったところに、鹿島の「戦い方」が鮮明に見えてくる。相手の攻撃を受け止めていた青木が説明する。
「相手はボランチもサイドバックも高い位置に来ていた。入って来る選手に対応するために、うちのボランチがずれて、センターバックもずれてしまうと、最後、中央は(岩政)大樹さんか僕が前田さんと1対1になってしまう。だから、なるべく外に引っ張り出させれないポジションをしっかり取ろうと思っていた。前から守備にいければいいけど、相手の攻撃をしのげればこちらの強みになる。ドゥトラの強みを考えるとその方が良いと思っていました」

後半に入ると66分にジュニーニョが3点目を奪う。
「点を決めていれば流れがこちらに来た」と磐田の松浦が悔しがる。確かに人数をかけて攻撃を仕掛けたときに、得点を奪えていれば展開は違ったものとなっていたはずだ。鹿島も意図的にドゥトラに守備をさせずに戦ったが、そこで失点していれば違う戦いになっていたことだろう。しかし、その意図が正しかったことを証明するのは結果でしかない。鹿島が狙いどおりの戦いで試合を進め、準々決勝進出を果たした。


以上
2012.12.16 Reported by 田中滋


ジュビロをリスペクトする田中氏のレポートである。
しかしながら、この文章にあるほどにはジュビロに怖さがなかったことも事実であろう。
鹿島のホームで戦ったものの天皇杯は中立の立場という意味合いもあるのではなかろうか。
鹿島の良いところばかりを列挙するわけにも行かなかろう。
とはいえ、青木のダイビングヘッドや大迫のミドルなど、決定機は鹿島の方が明らかに上回る。
別に言い方をすれば、ジュビロの川口を褒め称えるべき試合だったのではなかろうか。
今の鹿島は明らかに強い。
それを改めて思い直した試合であった。

宮崎、ジュビロに完全移籍へ

磐田 宮崎、菅沼駿を完全移籍
 磐田が鹿島から期限付き移籍中のDF宮崎智彦(26)とG大阪から加入したDF菅沼駿哉(22)を完全移籍で獲得することが15日、確実となった。宮崎は今季リーグ戦26試合に出場。果敢な攻撃参加を武器にチームの弱点とされていたポジションで定位置を確保した。菅沼駿もリーグ戦21試合に出場。気持ちを前面に出したプレーと正確なパスで守備陣を統率した。チームは2人の活躍を高く評価し、残留を要請していた。
 [2012年12月16日10時34分 紙面から]

ジュビロにレンタル移籍しておる宮崎が完全移籍するとの報。
宮崎は試合経験を積ませるため、2010年は横浜FC、今季はジュビロにレンタルさせておった。
実戦経験を積んだもののもの戻ってこないのは寂しい。
とはいえ、鹿島としてはレギュラー保障をすることは出来ぬ。
そういうことを行うクラブではない。
逆にジュビロは、1年前にも完全移籍でのオファーを出しており、今季もレギュラーポジション与えたクラブであり、宮崎としても居心地が良いと思われる。
ジュビロの宮崎も板に付いたのではなかろうか。
来季の対戦を楽しみにしておる。

中島、山形に完全移籍

山形中島が仙台から完全移籍

移籍1年目で存在感を示した山形FW中島

 J2山形が、J1仙台から期限付き移籍中のFW中島裕希(28)を完全移籍で獲得することが15日、分かった。中島はレンタルで加入した今季、出場停止1試合をのぞく41試合にスタメン出場。不動のレギュラーとして活躍し、チーム最多の9得点をマークした。クラブ幹部は「必要な選手。(山形に)残ってもらいたい」と話しており、仙台に獲得オファーを出していた。

 移籍1年目から圧倒的な存在感を示した。前半戦は3トップの右で起用され、6月には鳥取戦、京都戦と2試合連続ゴールで勝利に導くなど首位ターンに大きく貢献。鹿島時代にコーチだった奥野僚右監督(44)の信頼も厚く、終盤は慣れない右サイドハーフもこなし、前線からの献身的な守備でもチームを支えた。

 ◆中島裕希(なかしま・ゆうき)1984年(昭59)6月16日、富山県高岡市生まれ。FCひがし、富山一高をへて03年にJ1鹿島入り。06年に仙台へ移籍。今季、山形に期限付き移籍。J1通算64試合2得点、J2通算181試合38得点。今季はリーグ41試合出場で9得点。175センチ、76キロ。血液型O。

 [2012年12月16日10時59分 紙面から]

仙台から山形にレンタルされておった中島が完全移籍するとのこと。
今季の山形ではチーム最多の9得点を記録し、シーズン終盤には慣れぬMFでの起用にも対応しておった。
奥野監督の信頼も厚く、来季も活躍してくれるであろう。
奥野の率いる二年目の山形の中心選手として注目していきたい。

鹿島、京都の中村充孝を調査

鹿島と争奪戦!磐田が京都MF中村獲りへ
 磐田が来季補強選手としてJ2京都MF中村充孝(22)の獲得に乗り出していることが15日、分かった。中村は今季、41試合に出場しチーム最多の14得点をマーク。ドリブルで局面を打開できる能力が持ち味。磐田の服部ゼネラルマネジャーは「いい選手であることは間違いない」と高く評価している。

 磐田は森下新監督の下、攻撃的サッカーを構築。リーグ4位タイとなる57得点も、終盤戦は攻撃が手詰まりになるシーンが多く、8戦勝ちなしで12位に終わった。攻撃力アップを目指しJ2屈指のアタッカーに白羽の矢を立てた。鹿島も獲得への調査を進めており、争奪戦になる可能性がある。

 [2012年12月16日7時0分 紙面から]

京都の中村充孝の調査を進める鹿島である。
これは興味深い選手である。
今季J2で14得点を記録し、攻撃力を発揮したMFは鹿島の補強ポイントといって良かろう。
ジュビロとの競合を制し、獲得を成し遂げて欲しいところ。
京都の中村充孝の動向に注目である。

トニーニョ・セレーゾ、歴代で一番練習をして若手を鍛えた監督

鹿島来季監督はセレーゾ氏と大筋合意
 鹿島が来季監督にトニーニョ・セレーゾ氏(57)が就任することが15日、濃厚となった。今季限りで退任するジョルジーニョ監督に代わり、05年まで6年間鹿島で指揮を執った同氏と交渉に入っている。クラブ幹部は「どういうサッカーをするのか、強化の方針をどうするのか、話がそろえばいい方向にいくと思う」と明かし、日本サッカー協会にS級ライセンス相当の有資格者であることを確認している。

 同氏は前回の鹿島在任中、00年の3冠を含み5度の日本一のタイトルを獲得。同幹部は「過去の中で一番練習をする監督だった。特に若い選手を。今はそういうところが必要だと思った」と、若返りを図る現状に適材と判断した。当初は、ロンドン五輪代表の関塚監督も最有力候補として挙げられたがブラジル人路線に変更。Jリーグだけでなく、鹿島を知り尽くす男に再建を託された。
 [2012年12月16日7時9分 紙面から]

鹿島、来季監督にセレーゾ氏…大筋合意
 J1鹿島が次期監督として元ブラジル代表のトニーニョ・セレーゾ氏(57)と大筋合意したことが15日、分かった。同氏は2000年から鹿島で6シーズン指揮を執り、1年目に3冠を達成するなど計5冠に導いた。年内の完全合意を目指す。

 鹿島は今季、ナビスコ杯を制したものの、リーグは過去最低の11位に終わった。ジョルジーニョ監督(48)の退任を受け、後任の人選を進めていた。
(紙面から)

鹿島新監督にセレーゾ氏 8年ぶり復帰決定的

8年ぶりの監督復帰が決定的となったトニーニョ・セレーゾ氏
Photo By スポニチ


 鹿島の来季監督にトニーニョ・セレーゾ氏(57)が就任することが15日、決定的となった。家族の問題によるジョルジーニョ監督(48)の今季限りでの退任を受け、クラブは後任候補の人選を進めていたが、この日までに一本化。既に条件面の交渉は大筋合意に達しており、細部の詰めの段階に入っている。セレーゾ氏は00〜05年に鹿島を指揮しており、就任が決まれば、8年ぶりの復帰となる。鹿島は天皇杯4回戦で磐田を3―1で破り8強に進んだ。

 今季リーグ11位に低迷したチームの再建は、セレーゾ氏に託されることになった。クラブはジョルジーニョ監督の今季限りの退任を受け11月末から後任候補の人選を開始。当初はロンドン五輪代表監督の関塚隆氏らも候補に挙がっていたが、ブラジル人路線を継続する方針を固め、4人に絞って調査を進めていた。

 15日の天皇杯4回戦磐田戦後に、鈴木満常務取締役強化部長は後任候補をセレーゾ氏に一本化したことを明言。既に交渉も進めており「若い選手を鍛えられること、鹿島のサッカーをよく知っていることなどが判断材料になった。年俸や誰(どのコーチ)を連れてくるという部分は問題ない。あとは強化方針などの細かい話」と説明した。

 セレーゾ氏は00〜05年に鹿島を指揮。第1次政権では小笠原、中田、本山ら“79年組”を主力に育て、00、01年のリーグ連覇など5個の国内主要タイトルを獲得した。現在のチームには2年目の柴崎、昌子ら有望若手がおり、来季はU―19日本代表DF植田(熊本・大津高)も加入。チーム状況は00年と似ており、適任と判断された。

 鹿島フロントは、監督を「学者肌」と「選手肌」の2タイプに大きく分類。5年程度の周期で交互に起用することを意識している。07〜11年には選手経験のないオリヴェイラ氏が監督を務め、今季は94年W杯優勝など現役時代に輝かしい実績を収めたジョルジーニョ監督が指揮。セレーゾ氏はブラジル代表でジーコ氏らとともに黄金のカルテットを形成しており「選手肌」継続という点でもクラブ方針と合致する。

 セレーゾ氏は過去にJリーグ監督経験があるにもかかわらず、Jリーグ側からはS級ライセンスに相当する資格の保有を証明する資料の提出を求められており、正式決定までは時間を要する見通し。年内の仮契約締結を目指して交渉を進めていくことになる。

 ◆トニーニョ・セレーゾ 本名アントニオ・カルロス・セレーゾ。1955年4月21日生まれ、ブラジル出身の57歳。現役時代はローマやサンプドリアなどで活躍。ブラジル代表で78、82年と2度W杯出場。99年にアトレチコ・ミネイロで監督のキャリアをスタート。鹿島監督を退任後はサウジアラビアのアルヒラルなど複数の中東クラブを指揮。今季はヴィトーリアの監督を務めた。息子レアンドロはモデルで性転換手術を受けたことで有名。1メートル83、78キロ。
[ 2012年12月16日 06:00 ]

セレーゾ新監督が決定的…鹿島
 鹿島の来季監督にトニーニョ・セレーゾ氏(57)が就任することが15日、決定的となった。鈴木満常務が「いい返答をもらった。今は一本化して交渉をしています」と明言。年俸やコーチングスタッフなどの諸条件も「受け入れられないほどじゃない」(鈴木常務)と、正式契約へ向けた最終段階に入っている。

 セレーゾ氏は00〜05年に鹿島を指揮し、00年度にはリーグ、ナビスコ杯、天皇杯を制して史上初の3冠を達成。猛練習を重ねて小笠原、中田、本山、曽ケ端らを主力へと育て上げた。クラブが求める〈1〉試合の主導権を握る〈2〉若手を鍛える〈3〉日本や鹿島を知っている―という3条件をクリアしており、柴崎ら若手の育成にも期待がかかる。19年連続となるブラジル人指揮官の下、一貫した強化で黄金時代再来を期す。
(2012年12月16日06時01分 スポーツ報知)

鹿島新監督はセレーゾ氏に一本化
2012年12月16日

 J1鹿島が来季新監督についてトニーニョ・セレーゾ氏(57)に一本化したことが15日、明らかになった。磐田戦後、鈴木満常務は「1本に絞って交渉しています。(候補者は)若手を鍛えられる人で、日本と鹿島を知っている人になる」と説明した。

 セレーゾ氏は鹿島で00年から6季指揮を執り、小笠原や本山などの台頭を促した。鈴木常務も「歴代で一番練習をして若手を鍛えた」と話した。セレーゾ氏の再登板で大迫や柴崎ら若手の成長を加速し、再興を図る。


鹿島は監督を「学者肌」と「選手肌」に分類して交互に起用することを意識しているとのこと。
少々後付けのようなイメージもあるが、2000年以降はトニーニョ・セレーゾ6年、パウロ・アウトゥオリ1年、オズワルド・オリヴェイラ5年、ジョルジーニョ1年となっており、トニーニョ・セレーゾが選手肌であり、オリヴェイラが学者肌ということになるのであろう。
今季のジョルジーニョ監督も選手との距離が近い監督であり、選手肌に分類された模様。
鹿島を離れて8年経ったトニーニョ・セレーゾは更なる経験を積み更に大きな指導者になっておろう。
選手肌が学者肌に脱皮しておるやも知れぬ。
とはいえ、若手を鍛えるという意味では、実績と本質は変わっておらぬであろう。
期待の若い選手が集結しておる鹿島に於いて、彼等を鍛え上げるのはトニーニョ・セレーゾ以外に思い当たらぬ。
前回彼が就任した2000年当時入団三年目であった、満男、本山、中田コ、曽ケ端をチームの主軸に育て上げ、且つ優勝争いを演じることが出来たのは、トニーニョ・セレーゾの指導力・育成力の賜物であろう。
来季も入団三年目の岳、バチ、源、聖真を主軸にまで育て上げ、今季のルーキーである中川、隆雅、宮内、伊東をデビューさせ、来季の大型新人である植田くん、豊川くんを厳しく育て上げて欲しいところ。
育てながら勝つ鹿島の伝統を知り尽くす者・トニーニョセレーゾに白羽の矢が立つのも当然の流れである。
トニーニョ・セレーゾ監督の手腕に期待が集まる。

コリンチャンス・ダニーロ、二度目の世界一へ意気込み

ダニーロ、日本の応援を力に 鹿島でもリーグ3連覇に貢献
トヨタ・クラブW杯決勝 コリンチャンスVSチェルシー (12月16日 横浜国際)

 “優勝請負人”がブラジルの名門・コリンチャンスを00年第1回大会以来の世界一に導く。07〜09年に鹿島でプレーしたMFダニーロが15日、公式会見に出席。「決勝は自分の人生で一番大事な試合と言える」と意気込みを語った。同席したチッチ監督(51)から決勝で主将を任されること、ポジションは準決勝の右MFではなくトップ下で司令塔として起用されることが明かされた。

 05年大会にサンパウロの一員として出場し、決勝でリバプールを破って優勝。「また決勝戦に出られるのはうれしい。決勝の経験があるのはいいこと」と言うように大舞台での経験を買われた形。指揮官も「決勝はリーグ戦とは違う。精神面が重要」と期待を寄せる。鹿島でも07〜09年のリーグ3連覇に貢献しており「日本のサポーターの応援を感じる」。元浦和のFWエメルソン、元鹿島のDFファビオ・サントスとともに、かつて活躍した日本で再びタイトルをつかむ。
[ 2012年12月16日 06:00 ]

コリンチャンスの元J戦士が気合
2012年12月16日

 「トヨタ・クラブW杯・決勝、コリンチャンス-チェルシー」(16日、横浜国際総合競技場)

 欧州代表のチェルシー(イングランド)とクラブ世界一を争う、南米代表のコリンチャンス(ブラジル)が15日、横浜国際総合競技場で冒頭15分を除く非公開練習で最終調整を行った。

 コリンチャンスのチチ監督は「我々が優勝したいという気持ちは真剣そのもの」と意気込み。札幌、川崎、浦和とJの3クラブに所属したFWエメルソンは「(日本のファンの)期待にゴールで応えられれば」と語った。07年から3年間J1鹿島でプレーしたMFダニーロは「相手の質は高いが、コリンチャンスにも良い選手がいる。勝つ力はあるよ」。05年にクラブW杯優勝経験も持つベテランは、指揮官によれば、トップ下で先発予定だという。

 現行の大会方式となった07年以降、欧州勢が5連覇中。南米勢の復権のためにも、頂点は譲れない。


エメ&ダニーロ 元Jが必勝誓う
2012年12月16日 紙面から
 元Jリーガーが世界の頂を狙う。札幌、川崎、浦和で活躍し、得点王にも輝いたエメルソンと、2007年から09年まで鹿島のリーグ3連覇に貢献したダニーロだ。00年に来日したエメルソンが「サポーターは本当によくしてくれたし、僕は幸せ者だ。うまくいけばゴールをできるかもしれないね」と言えば、ダニーロも「日本の速い、パスサッカーは勉強になった。日本のサポーターの声援も感じているよ」と必勝を誓った。
 特に司令塔を務めるダニーロは、05年にもサンパウロの一員としてリバプール(イングランド)を破って世界一になっている優勝請負人。「相手も違うし、また(決勝前の)緊張感を味わっている。ぜひ勝ちたい」と自身2度目の世界一を心待ちにしている。
 チチ監督は、チェルシー対策を整えた。チェルシーの左サイド、MFアザール(ベルギー代表)、DFコール(イングランド代表)の動きを封じることを視野に入れ、「スピードのあるジョルジエンリケがウイング(右MF)に入り、ダニーロを中央にする」と明言した。07年にブラジル全国選手権2部に落ちたコリンチャンスが、1910年創立の名門クラブの名誉にかけ、欧州王者に挑む。 (関陽一郎)


二度目の世界一へ意気込みを語るコリンチャンスのダニーロである。
2005年にサンパウロの一員としてCWCを制覇したダニーロの経験は今大会でも活かされるであろう。
Jリーグでも鹿島の三連覇に大きく貢献し、まさに優勝請負人である。
ダニーロの活躍で是非とも世界の頂点に立って欲しい。
楽しみにしておる。

天皇杯四回戦・ジュビロ戦報道

ジョルジ監督「アリガトウ」/天皇杯

試合終了後、サポーターへあいさつする鹿島ジョルジーニョ監督(中央)(撮影・柴田隆二)

<天皇杯:鹿島3−1磐田>◇15日◇4回戦◇カシマ

 今季限りで鹿島を退団するジョルジーニョ監督(48)が、本拠地に別れを告げた。カシマスタジアムで最後のゲームを勝利で終えると、試合後はホーム側スタンドによじ登って「アリガトウゴザイマス」と叫んだ。

 大きなジョルジーニョコールを受け感謝の気持ちを込めた。記者会見では「このクラブ、サポーターを忘れることはない。一時的に離れることになるが、また要請があれば戻ってきたい。長い期間でないことを願っている」と、将来的な復帰に意欲を見せた。
 [2012年12月15日23時53分]

まだまだジョルジ鹿島8強入り/天皇杯

試合終了後、サポーターへあいさつする鹿島ジョルジーニョ監督(撮影・柴田隆二)

<天皇杯:鹿島3−1磐田>◇15日◇4回戦◇カシマ

 鹿島は磐田を逆転で破り3−1の勝利。開始直後にDF岩政大樹(30)がミスから磐田FW前田遼一(31)に先制を許すも、わずか4分後に自ら失態を取り返すゴールを決めた。試合後は猛省しながら、負けた時点で退任となるジョルジーニョ監督(48)にささげる勝利。ナビスコ杯に続く2つ目のタイトルを視野にとらえた。

 勝利の喜びよりも、ゴールの快感よりも、凡ミスを猛省した。試合開始わずか14秒。クロスに対して岩政が痛恨のクリアミス。ボールを前田に頭で押し込まれた。しかし直後の前半5分、名誉挽回の場面が訪れた。右CKにこちらも得意の頭で同点弾。ただ「チームを救ったというより僕自身が救われました。90分通して気持ちが悪かった。今もスッキリしない。あれほどうれしくないゴールはない」。8強進出を決めた試合後も浮かない表情だった。

 しかし絶望感に屈しない強さが今の鹿島に、そして岩政にはある。開始直後、ミスからの先制点、しかも一発勝負の天皇杯で負ければ終戦。そんな不安材料が頭をよぎっても「自分の年齢と、チームでの立ち位置を考えればミスを重ねるわけにはいかない」。その上、献上したのが同学年の前田。「同い年だしよく話す。それに能力に任せるだけじゃなく、どうすればJや世界で通用するのか考えながらここまできたという意味で、同じものを(前田)遼一からは感じる」と意識してきた同学年の前で、下を向いていられなかった。

 退任するジョルジーニョ監督とともに、見据える先は今季2つ目のタイトル。「長くてもあと2週間。疲れはあるが1つになって決勝へいきたい」と上だけを見続けた。【栗田成芳】
 [2012年12月16日7時12分 紙面から]


岩政が「うれしくない」“主役”鹿島3発逆転8強
天皇杯4回戦 鹿島3−1磐田 (12月15日 カシマ)

 鹿島の逆転勝利の“主役”はDF岩政だ。

 開始15秒に失点に直結する痛恨のクリアミスをしたが、その4分後に小笠原の右CKを頭で合わせて同点弾を記録。「常に失点と隣り合わせのポジションなので、ミスを重ねないことを心掛けた。90分間ずっと気持ち悪かったけど、次のステージに進めて良かった。あんなにうれしくないゴールも珍しい」と振り返った。


<鹿島・磐田>この日がホーム最終戦とあって、スタンドに上った鹿島・ジョルジーニョ監督は「ジョルジーニョコール」を背に晴れやかな笑顔を見せる
Photo By スポニチ


[ 2012年12月16日 06:00 ]

サッカー天皇杯4回戦 鹿島、鮮やか逆転劇 磐田に3-1
サッカーの第92回天皇杯全日本選手権(日本サッカー協会、Jリーグ主催、共同通信社など共催)第6日は15日、カシマスタジアムなどで4回戦8試合を行い、8強が出そろった。2大会ぶり5度目の優勝を狙うJ1鹿島は3-1でJ1磐田に快勝した。

鹿島は前半1分に先制されたが、4分後に岩政が同点ゴール。14分にはドゥトラが決めて勝ち越した。さらに後半21分、ジュニーニョが加点してダメを押した。

J1柏は日本フットボールリーグ(JFL)の横河武蔵野(東京)に1-0で辛勝した。J2千葉は東北社会人リーグの福島ユナイテッド(福島)に5-0で大勝し、Jリーグ勢以外は全て敗退した。

来季のJ2降格が決まったJ1のG大阪はJFLに降格するJ2町田に3-2、J1名古屋はJ2熊本を5-2で下した。J1同士の対戦では大宮が川崎を4-3、横浜Mが浦和を2-0、C大阪は清水を4-0で破った。

第7日は23日、各地で準々決勝を行い、鹿島は東京・味の素スタジアムでJ2千葉と対戦。他のカードはC大阪-G大阪、名古屋-横浜M、大宮-柏となった。


サポシに登ったジョルジーニョ監督である。
カシマスタジアムラストマッチに快勝し、サポーターへの感謝を語ってくれた。
我らとしてもとても良いチームを作ってくれて嬉しく思う。
チームは11月から無敗で走っておる。
この調子を維持し元日には大きな冠を掲げようではないか。
ジョルジーニョと共にタイトルを獲ろう。
そしてジョルジーニョ監督に「ありがとう」と叫びたい。

コリンチャンス・ダニーロ、日本のサポーターはどこに行っても応援してくれる

元鹿島ダニーロ「ミス許されない」
 コリンチャンスのMFダニーロ(33)が15日、トヨタ クラブW杯決勝チェルシー戦(16日、横浜国際総合競技場)に向け試合会場で公式会見に臨んだ。

 鹿島時代にリーグ3連覇などを経験した愛着ある日本で、欧州の強豪と世界一をかけて対戦することになるが「僕もそうだが、エメルソン(浦和など)、ファビオ・サントス(鹿島)も日本でプレーしているから、来日してから日本のサポーターはどこに行っても応援してくれる。相手の強さは分かっている。ミスは許されない」と意気込んでいた。

 ブラジルからも1万人を越えるサポーターが来日しており、決勝は熱狂的な応援を受けることが予想される。同席したチチ監督は「精神面で準備をしなければいけない。それがこのような決勝では大事になる。良い試合をしてこそサポーターに信じてもらえる。ピッチ上でダメならサポーターはついてこない。絶対優勝するとは約束しません。ただ、良い試合をすることは約束する」と話した。

 [2012年12月15日20時6分]

欧州チャンピオン相手にミスは赦されないと語るコリンチャンスのダニーロである。
ダニーロには日本全土に広がる鹿島サポーターが付いておる。
ダニーロのキープ力でチェルシーを倒すのだ。
期待しておる。

大津高校・豊川くん、ハットトリック

▼[プレミアリーグ参入戦]鹿島入り内定の豊川ハット!九州王者・大津が圧巻6発でプレミアリーグ昇格!!


高円宮杯U-18サッカーリーグ2012プレミアリーグ参入戦
[12.15 プレミアリーグ参入戦 大津高6-1香川西高 埼玉第3G]

 高校年代の全国リーグ、高円宮杯U-18サッカーリーグ プレミアリーグ入りを懸けた参入戦が15日に行われ、プリンスリーグ九州1部優勝の大津高(熊本)と同四国優勝の香川西高(香川)との一戦は、大津が鹿島アントラーズ入り内定のMF豊川雄太(3年)のハットトリックの活躍など6-1で快勝。来季のプレミアリーグ昇格を決めた。

 2年越しの挑戦を会心の勝利で終えた。同じくプリンスリーグ九州1部を精して臨んだ昨年は関西王者のヴィッセル神戸U-18に0-2で完敗。平岡和徳監督も“日本一強いチームだった”と表現するほどの相手に歯が立たずに敗れてしまった。それから1年後に迎えた再挑戦。鹿島アントラーズ入り内定のU-19日本代表CB植田直通主将(3年)が「プリンスリーグを2連覇して、プレミアにもいこうと言っていた」という一戦を6ゴールで勝利した。

 まずは前半9分、右クロスからFW濱本大河(3年)がクロスバー直撃のヘディングシュート。このこぼれ球を豊川が頭で押し込み、リードを奪う。さらに23分には右サイドへ展開するとMF土肥大輝が中央へクロス。これを再び豊川が頭で合わせて2-0とした。立ち上がりこそ最終ラインの中央に位置する植田とDF毛利栄佑(3年)の両CBにシャットアウトされていた香川西も、相手のパスワークに徐々に対応すると、右MF箱崎裕也(3年)がテクニックで対抗し、FW阪本翔一朗(2年)の中央突破など大津守備陣にプレッシャーをかける。クロスの精度こそ欠いていたが、アタッカーたちのドリブル突破やボールをリズムよくサイドまで展開するなど、攻撃力の高さを見せていた。そして26分には交代出場のFW近藤義剛(3年)のポストプレーからMF片倉冬威主将(3年)の左足シュートがゴールを捉える。

 だが大津はこれをGK小川司(3年)のビッグセーブで阻むと30分に追加点。MF児玉卓也(3年)のミドルシュートのこぼれ球に反応した土肥が一度はGKにシュートを止められながらも、ゴールへ押し込んでリードを3点とした。このゴールで落ち着いた大津は自陣からゆっくりとボールを動かして、試合をコントロール。それでも好守で相手をPAへ近づけず、攻勢に結びつけていた香川西は前半42分に相手GKのキックをインターセプトした近藤が右足シュートを決めて1点を返し、後半に望みをつないだ。

 だが、大津は後半開始からMF野口航とMF山本宗太郎(ともに2年)を投入。「流れがいいときは全然シュートが入ってなくて、相手が攻めている時間が増えていてヤバイなと思っていた」という山本と野口の技巧派2年生コンビがチームのギアをさらに上げる。サイドへ押しやられても、ダイレクト、2タッチでボールを動かしたり、巧みなドリブルで局面を打開。また左SB村上順哉(3年)や植田が2列目から飛び出す選手にピンポイントのフィードを蹴りこんで攻撃に変化を加える。完全に守勢立った香川西に対し、大津は10分、飛び込んできたDF2人を巧みなステップでかわした豊川が左足シュートをねじ込んで4-1。その後もMF野田卓宏(3年)の右足ミドルが左ポストを叩くなど、一方的に攻めた大津は30分、カウンターから中央でボールを受けた山本がノールックで右サイドへスルーパスを通すと、土肥が豪快な一撃を叩きこんで5-1とした。

 後半36分からは選手交代に伴い、植田をCFへポジションチェンジ。12月30日に開幕する全国高校選手権も想定した「パワープレー」から植田が左足シュートを決めて6点目。破壊力を見せつけて全国リーグへの進出を決めた。平岡監督は「前半は3年生を頑張らせて、後半向こうのガードが下がったところで(さらに攻撃に力を加えようとした)。特にサイド。右の土肥はだいぶ良くなってきたので、野口航の方をキーマンと考えていた。良くやってくれました。後半は使った選手たちが冬への可能性を表現してくれた」と満足げな表情を見せていた。

 会場には全日本大学選抜のMF谷口彰悟やMF車屋紳太郎(ともに筑波大)、DF古賀鯨太朗、澤田崇(ともに中央大)ら関東地域の大学へ進学したOBが太鼓を叩きながら大声援。その中で3年生たちが後輩に全国リーグ参戦の権利をプレゼントした。豊川は「後輩たちには九州プリンスよりももっと高いところへいくことができる。ボクたち3年はいい置き土産をすることができたかなと思います」。対して来年、全国リーグを戦う山本は「せっかく上がったので落ちないように。トップを狙っていきたいです」と抱負を口にした。全国リーグの前に、次の目標は全国高校選手権での全国制覇。高校日本一の称号とともにプレミアリーグに初参戦する。

 
[写真]後半10分、大津・豊川がハットトリックを達成

(取材・文 吉田太郎)


▼[MOM692]大津MF豊川雄太(3年)_エース、復活の3発!


[高校サッカー・マン・オブ・ザ・マッチ]
高円宮杯U-18サッカーリーグ2012プレミアリーグ参入戦
[12.15 プレミアリーグ参入戦 大津高6-1香川西高 埼玉第3G]

「どんなにいいプレーしても点取っていなければ、何もしていないと思っている」と言い切る大津高(熊本)のエース、MF豊川雄太(3年、鹿島アントラーズ加入内定)が3得点でチームにプレミアリーグ昇格のチケットをもたらした。まずは前半9分、クロスバーを叩いたFW濱本大河のヘディングシュートの跳ね返りを頭でゴールへ押し込んで先制ゴール。さらに22分にはMF土肥大輝の右クロスを再び頭で合わせて2-0とする。

 そして極めつけは3-1の後半10分、右サイドからドリブルで仕掛けると、ボールを奪いに来るDF2人を鮮やかなボールコントールでかわしてから左足一閃。シュートをゴール右隅へねじ込んでハットトリックを達成すると、ベンチの平岡和徳監督も両手を大きく「パチーン」と鳴らしてファインゴールを讃えていた。

 豊川は9月の天皇杯1回戦で鎖骨を骨折。強行出場した全国高校選手権熊本県大会は準決勝と決勝(11月23日)に出場したものの、自慢のボールコントロールが乱れるなど、無得点に終わった。優勝を喜ぶチームメートたちを尻目に「優勝しましたけれど、個人的には納得していないです」と首を振っていた。それからは「ドリブルでも調子悪い時は足につかずに、それに対しても苛立ったりしていたんですけど、めげずに基本的なボールタッチから毎日毎日やりました」と復活を目指す日々。この日も周囲とリズムが合わず、ボールに上手く絡めていなかった。まだコンディションも万全ではない。それでも「(高校選手権予選の)あの悔しさがあったからもっとやらなければいけないという思いになりました」というアタッカーは全く満足をしていなかったものの、3ゴールという結果を残した。

 指揮官は「前に進めたんじゃないかと思います」とエースの復活劇に目を細めていた。豊川の次のターゲットは全国高校選手権。「まだこれから上げていく必要がある」というMFは「初戦でまず勝って、勢いに乗って平岡先生を日本一の監督にしたいと思います」と誓っていた。「観客があいつすげーなと思うようなプレーをしていきたい」と意気込むエースが堅守・香川西から3点を奪った以上のインパクトを全国で残す。


(取材・文 吉田太郎)

プレミアリーグ参入戦にてハットトリックの大活躍した大津高校の豊川くんである。
鎖骨骨折によるコンディション不足は完全に乗り越えた模様。
そして、植田くんは後半36分からCFとしてプレイ。
選手としての幅を魅せた。
二人の加入は本当に大きい。
楽しみな逸材である。

新監督はトニーニョ・セレーゾに

セレーゾ氏と大筋合意 J1鹿島の次期監督
 J1鹿島は次期監督に元ブラジル代表のトニーニョ・セレーゾ氏(57)と、大筋合意したことが15日、分かった。今後、条件面の詳細を詰める。クラブ関係者は「中盤でボールを保持するスタイルに戻すこと、若い選手を鍛えられること、さらに日本や鹿島を知っている人という条件で絞った。もうすぐ決まる」と話した。
 セレーゾ氏は2000〜05年に鹿島の監督を務め、2度のリーグ年間優勝などに導いた。

[ 共同通信 2012年12月15日 17:49 ]

ジョルジーニョ監督の退任を受け、来季の新監督が注目を集めておった。
その指揮官はトニーニョ・セレーゾにほぼ決まりとのこと。
鹿島に於ける実績、Jリーグと鹿島のやり方を熟知しておるところ、そしてやりくりの上手さを考慮スレは当然の選択と言って良かろう。
正式決定を待ちたい。
楽しみである。
プロフィール

Fundamentalism

Author:Fundamentalism
鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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