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垣田くん、U-17日本代表選出

U−17日本代表 UAE遠征(1/1〜9)メンバー
スタッフ

監 督
吉武 博文 ヨシタケ ヒロフミ YOSHITAKE Hirofumi
【日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフ】

コーチ
江尻 篤彦 エジリ アツヒコ EJIRI Atsuhiko
【日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフ】

GKコーチ
大橋 昭好 オオハシ アキヨシ OHASHI Akiyoshi
【日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフ】 

選手

Pos. No. 選手名  アルファベット表記 
生年月日 身長 体重 所属
GK
永石 拓海  ナガイシ タクミ  NAGAISHI Takumi
1996.02.16 188 cm 76 kg 高川学園高校

吉丸 絢梓  ヨシマル ケンシン  YOSHIMARU Kenshin
1996.03.27 183 cm 72 kg ヴィッセル神戸U-18

DF
丸岡 満  マルオカ ミツル  MARUOKA Mitsuru
1996.01.06 173 cm 64 kg セレッソ大阪U-18

鈴木 準弥  スズキ ジュンヤ  SUZUKI Junya
1996.01.07 173 cm 69 kg 清水エスパルスユース

宮原 和也  ミヤハラ カズヤ  MIYAHARA Kazuya
1996.03.22 171 cm 63 kg サンフレッチェ広島ユース

石田 崚真  イシダ リョウマ  ISHIDA Ryoma
1996.06.21 167 cm 59 kg ジュビロ磐田U-18

松原 后  マツバラ コウ  MATSUBARA Ko
1996.08.30 178 cm 64 kg 浜松開誠館高校

茂木 力也  モギ リキヤ  MOTEGI Rikiya
1996.09.27 175 cm 68 kg 浦和レッズユース

青山 景昌  アオヤマ ヒロアキ  AOYAMA Hiroaki
1996.10.14 167 cm 58 kg 名古屋グランパスU18

垣田 裕暉  カキタ ユウキ  KAKITA Yuki
1997.07.14 183 cm 73 kg 鹿島アントラーズジュニアユース


MF
水谷 拓磨  ミズタニ タクマ  MIZUTANI Takuma
1996.04.24 163 cm 58 kg 清水エスパルスユース

中井 英人  ナカイ エイト  NAKAI Eito
1996.05.09 168 cm 66 kg ヴィッセル神戸U-18

小野 雅史  オノ マサヒト  ONO Masahito
1996.08.09 168 cm 55 kg 大宮アルディージャユース

三好 康児  ミヨシ コウジ  MIYOSHI Koji
1997.03.26 165 cm 58 kg 川崎フロンターレU-18

市丸 瑞希  イチマル ミズキ  ICHIMARU Mizuki
1997.05.08 172 cm 57 kg ガンバ大阪ジュニアユース

杉山 雄太  スギヤマ ユウタ  SUGIYAMA Yuta
1997.06.23 166 cm 59 kg コンサドーレ札幌U-15

FW 
山下 優人  ヤマシタ ユウト  YAMASHITA Yuto
1996.05.24 175 cm 63 kg 青森山田高校

奥川 雅也  オクガワ マサヤ  OKUGAWA Masaya
1996.04.14 175 cm 60 kg 京都サンガF.C.U-18

小川 紘生  オガワ ヒロキ  OGAWA Hiroki
1997.02.23 168 cm 65 kg 浦和レッズユース

杉森 考起  スギモリ コウキ  SUGIMORI Koki
1997.04.05 166 cm 52 kg 名古屋グランパスU15


U-17日本代表に垣田くんが選出とのこと。
これは嬉しい。
先日のU-16代表候補合宿に招集されており、そこで選考に残ったと考えて良かろう。
高校生に混じって中学生として飛び級で招集されており、期待の高さが伺える。
このチームで存在感を魅せ、日本の将来を背負って欲しいところ。
楽しみである。

ラグビー要素の練習

2012年12月21日(金)

14時からラグビーの要素を取り入れたウォーミングアップをした後、紅白戦を実施しました。また、一部のメンバーはシュート練習も実施しました。

ラグビー要素を取り入れたウォーミングアップを愉しむメンバーである。
辛く厳しく練習に励むことだけがサッカー選手の生活ではない。
練習にレクリエーション要素を取り入れ、気持よく肉体を向上させることも重要である。
その練習で一段高くボールを掴むのは西大伍であろうか。
今季、ジョルジーニョ監督の指導で大きく成長した一人に大伍が挙げられよう。
機を見て攻め上がるオーバーラップから繰り出されるスルーパスにはセンスを感じさせられる。
守備も大きく向上した。
その恩返しとして、是非ともジョルジーニョに今季最後のタイトルをプレゼントしてあげて欲しい。
大伍の攻撃力で日本サッカーの頂点へ登るのだ。
期待しておる。

野辺地町中央公民館、岳の展示コーナー設置

J1鹿島・柴崎選手の展示コーナー/野辺地(2012/12/21 16:10)


 野辺地町出身で、サッカーJリーグ1部の鹿島アントラーズで活躍中の柴崎岳選手が着用したユニホームなどの展示コーナーが、町中央公民館にお目見えした。一般公開され、ファンの注目を集めている。公開は来年1月末まで。
 柴崎選手は入団2年目の今年、ヤマザキナビスコカップの決勝で2得点を挙げ、チームの優勝に貢献。MVPに選ばれるなど、大きく躍進している。
 町民の有志が「柴崎選手の活躍を多くの町民や、町を訪れる人に知ってほしい」と、柴崎選手の父忠雄さん(56)に協力を依頼。忠雄さんが所有する貴重な品々を、公開展示することになった。
 展示しているのは、昨シーズンに柴崎選手が実際に着用したアントラーズのユニホームと、昨年選出された日本代表のユニホームの他、今年のナビスコカップの優勝Tシャツ、優勝メダルなど。今回新たに作製した等身大のパネルもある。
 「たくさんの人が展示を見て、岳を応援してもらえれば」と忠雄さん。母の美佐子さん(50)は「今シーズンのリーグ成績には本人も満足していないので、焦らずこつこつやってほしい」と息子の活躍を願っている。
 開館時間は午前8時半〜午後8時半。年末年始は29日から来年1月3日まで休館。問い合わせは同公民館=電話0175(64)3054=へ。(大西桂介)

【写真説明】
野辺地町中央公民館に開設され、柴崎岳選手のユニホームや等身大パネルなどが並ぶ展示コーナー


岳の展示コーナーを設けた野辺地町中央公民館である。
鹿島のユニの他、日本代表ユニフォーム、ナビスコ杯優勝メダルなど。
等身大パネルも用意とのこと。
ファンなら是非ともお目にかかりたいところ。
これを機に岳の生まれ育った地に足を運ぶのも良かろう。
鹿島の柴崎岳である今が旬である。

マルキーニョス、Fマリノスと契約延長

2013年度 契約更新選手について
横浜F・マリノス所属のFW マルキーニョス選手、DFドゥトラ選手が2013年度の契約を更新いたしましたので、お知らせいたします。

マルキーニョス (MARCOS GOMES DE ARAUJO [MARQUINHOS])
◆ポジション: FW
◆出身/生年月日: ブラジル/1976年3月23日
◆身長/体重: 174cm/76kg

ドゥトラ (ANTONIO MONTEIRO DUTRA)
◆ポジション: DF
◆出身/生年月日: ブラジル/1973年8月11日
◆身長/体重: 169cm/70kg


Fマリノスとの契約延長に合意したマルキーニョスである。
来季もこの恐ろしい相手と対戦することとなった。
今季は2度の対戦にて無得点に抑えることは出来たが、来季も同様とは行くまい。
特にナビスコ杯GSにおける対戦では、マルキーニョスが途中出場したところから空気が変わり逆転負けを喫した。
それだけ、あのチームに於いて影響力のある選手と言えよう。
我らとしては同じ 轍は踏めぬ。
強い気持ちでマルキーニョスの攻撃を弾き返し、勝利を掴み取りたい。
対戦が楽しみである。

全国高校サッカー選手権、注目は大津高校の植田くん

新鋭校の台頭や人材の拡散が進む高校サッカー
“戦国時代”を迎えた選手権の新たな楽しみ方

2012年12月21日(金)

■伝統校も容易に勝ち進めない時代


抜きん出た選手がいなくなったという話もあるが、大津の植田をはじめ、J内定の注目選手も数多い【安藤隆人】

 91回目の高校サッカー選手権が12月30日より開幕する。今年も常連校の地域予選での敗退が相次ぎ、あらためて現代の高校サッカーが、裾野の拡大に伴う“戦国時代”にあることを印象付けた。連続出場はわずか13校に過ぎず、そのうち10年以上連続して出場しているチームは星稜(石川)と青森山田(青森)の2校のみである。星稜も今年の県予選ではあわや敗退という土俵際まで追いつめられており、青森山田も準決勝では相手に先制を許して前半を折り返す苦しいゲームだった。どちらも決して余裕の突破ではなかった。

 サッカーがメジャースポーツとしての地位を確立し、裾野が拡大していることに加えて、全国的な共学化の流れもあって、大会の参加校は少子化にもかかわらず増加傾向にある。私立新鋭校の台頭は全国各地で目覚ましく、これまでほかのスポーツに傾注していた高校がサッカーにも投資を始めたり、あるいは女子校から共学化したチームが男子生徒へのアピールの目玉としてサッカー部に注力するといった事例は珍しいものではなくなった。Jリーグ下部組織の拡大に伴う人材の流出は指摘されて久しいが、私立新鋭校の台頭に伴う人材の拡散も進んでいると言える。結果、伝統校の昔ながらのアプローチが通用しない時代になっているのは間違いない。

■J内定選手は10名近くで人材は豊富

 ただその一方で、人材の“絶対量”も増えているという感覚もある。抜きん出た選手がいなくなったという指摘もあるが、それは選手のアベレージが向上していることの裏返しである。今年の高校選手権で言えば、FW浅野拓磨(四日市中央工→サンフレッチェ広島)、MF望月嶺臣(野洲→名古屋グランパス)、小塚和季(帝京長岡→アルビレックス新潟)、DF植田直通(大津→鹿島アントラーズ)ら10名近くの選手がJリーグへ進む。また、DF室屋成(青森山田→明治大進学予定)のように、J1クラブからオファーを受けながら、あえて進学という道を選ぶタレントもいる。FW宮市剛(中京大中京)、MF谷村憲一(盛岡商→モンテディオ山形)、渡辺夏彦(國學院久我山)、DF三浦弦太(大阪桐蔭→清水エスパルス)など多くの有力選手が予選で消えているにもかかわらず、タレント不足の大会という印象はない。何より、こういうときに名前の出てこない選手にも、「楽しみ」と思えるタレントはいるのだ。

 選手権が「日本の育成年代の有力選手を総覧できる大会」でなくなっているのは確かだろう。拡散の結果として、予選でいなくなる有力選手、有力校が多くなりすぎたし、何よりJリーグの下部組織にその年代のトップ選手の過半が在籍していることは紛れもない事実である。この大会を見て日本の育成年代全体について語るのは無意味だとさえ言えるかもしれない。だがそれは、この大会から有望な選手がいなくなったということではない。そして、外野の人間が選手権を楽しむ動機付けが消えたということでもないだろう。

■選手権で見つける次の世代の“長友”

 選手権は純粋に“寒い”大会である。試合は熱いが、気候としての寒さはいかんともし難い。真冬という屋外スポーツの観戦に全く向いていない時期に行われるのだから、そこで試合を楽しむには、ある種の動機付けが不可欠だ。

「どこのカードを見に行けばいいですか? お勧めは?」
 この時期、そんな質問をよくちょうだいする。僕の答えは決まっていて、「何か縁があるチームを見に行くのが一番いいですよ」とまず勧める。父母や学友、OBといった当事者による選手権の楽しみ方は極めて明確であり、説明するまでもない。特別な熱気と一体感があるバックスタンドで、贔屓(ひいき)の高校を応援する楽しみは、何かに置換できるようなものではない。どこかのJクラブのサポーターであれば、入団してくる選手がいる高校を、やはりバックスタンドで見るのが一番だろう。その選手の能力とパーソナリティーが分かるし、どれだけ愛されて育ってきた選手かということも体感できる。いざプロデビューとなったときの感慨が違うはずだ。

 逆に何の縁もない人、しかしサッカーが好きで好きでたまらないという方には「長友佑都を探しませんか?」という話をする。プロに行くことが決まっていて、メディアに大きく取り上げられている選手の話は自然と耳目に飛び込んでくるだろう。そうではなくて、扱いは小さいかもしれないけれど、「こいつ、化けるんじゃね?」と思える“ブックマーク選手”を見付けるのは、今日における選手権の一個の楽しみ方だ。

 中学時代に名を成している早熟の選手のほとんどはJクラブが刈り取っているだけに、選手権に残っている未来の代表選手は“晩稲”タイプとみることができる。その典型が、今から8年前、東福岡のアンカーとして、市立船橋を相手に奮闘した長友だった。驚異的な運動能力は当時から際立っていて、大会前に小さな枠で注目選手として紹介記事も書いている。もちろんここまでの選手になるとは想像もつかなかった。ただ、「こいつ、面白ぇな」と感じた記憶は残っていて、彼の雄飛にはある種のカタルシスがある。高橋秀人(前橋商→東京学芸大→FC東京)や永井謙佑(九州国際大附属→福岡大→名古屋)などもそうだったが、こういう選手を探す楽しみというのは、今日の選手権にも確実にあるのだ。どちらかというと、サッカーファンの気質として、有名選手の品定め、場合によってはダメ出しが多いように思うのだが、“無印良品”の発掘も面白いと勧めておきたい。

■今後、飛躍が期待される選手がめじろ押し

 今年の選手権で言えば、八千代(千葉)の大型DF柳育崇、正智深谷(埼玉)の怪物FWオナイウ阿道、仙台育英(宮城)の190センチのルーキーDF熊谷駿、青森山田の万能ビッグマンMF縣翔平、富山第一(富山)の高速アタッカー・貫場貴之、星稜の1年生ボランチ平田健人、帝京大可児(岐阜)のレフティーMF野倉大輔、作陽(岡山)の韋駄天(いだてん)MF平岡翼、鵬翔(愛知)の超高速ウイング中濱健太など、名前を挙げたくなる選手がめじろ押しだ。大津に至っては無印良品の宝庫のようなチームで、植田や同じく鹿島内定の豊川雄太だけを見るのは“もったいない”。なかでも中盤の野田卓宏、児玉卓也のプレーは必見だし、野口航、土肥大輝の両ドリブラーも素晴らしい素材だ。葛谷将平という“秘密兵器”の1年生もいる。友人の平野貴也記者は創造学園の2年生MF堂安憂を猛プッシュしているが、そういう自分だけの“ブックマーク選手”を探してみてはどうだろう。

 もちろん選手権の楽しみ方は百人百様だろうし、それでいいと思っている。ただ個人的には、有名選手にダメ出しするよりも、無名の新しいタレントを探すほうが「百倍楽しい」という確信がある。今は粗削りでもキラリと光る個性があって、伸び盛り。そんな選手を見つけに行くのも、今日における選手権の楽しみ方。それは自信を持ってお勧めできる。

<了>


冬の風物詩・全国高校サッカー選手権のコラムである。
大物選手として大津高校の植田くんが挙げられておる。
特に秀でた選手が少ないとの評もあるようだが、特にレベルの低い選手が少なくなったことの現れではなかろうか。
サッカーが日本に根付き始めた良い傾向といって良かろう。
若年層からサッカーに親しみ、プレイする喜びを知って欲しい。
それが日本サッカー成長へと繋がるのだ。
ピッチに立ってボールを蹴る。
この楽しみを若き者からお年寄りにまで浸透させようではないか。
そのひとつの方策として全国高校サッカー選手権が盛り上がれば良いと感じる。
真冬のスタジアムは寒く苦しいが、機を見つけてスタジアムへ向かいたい。

篤人、鹿島入団こぼれ話

なぜ内田篤人は高卒1年目で鹿島のスタメンを勝ち取れたのか?
今週21日に発売される『フットボールサミット第10回――内田篤人が愛される理由。』の制作より、こぼれ話をひとつ。
本誌掲載の企画「鹿島アントラーズとの幸福な関係 ―内田篤人がいた4年半―」。


2012年12月21日
text by 田中滋 photo Kenzaburo Matsuoka


 今週21日に発売される『フットボールサミット第10回――内田篤人が愛される理由。』の制作より、こぼれ話をひとつ。

 本誌掲載の企画「鹿島アントラーズとの幸福な関係 ―内田篤人がいた4年半―」。

 執筆いただいたのは、5年間、鹿島アントラーズを追いかけるライター・田中滋氏。

 鹿島でプロ選手として成長し、鹿島から巣立った、出世頭の内田篤人選手の原稿を依頼すると、「アツトについて、一度は書いてみたかった」と内田選手への思いも一入でした。

 そんな鹿島への深い愛情を持っている田中氏。その深さゆえに原稿へのこだわりもある。

 だからこそなのか、じっくりと執筆する。
 本紙校了が12月12日。原稿が届いたのが12月11日。

 まさに、“じっくり”と、だ。

 ただ、リミットぎりぎりで送られててきた原稿の端々に、登場いただいた鹿島関係者の内田選手への愛情が随所にしたためられていました。編集部・川口にとっては、これが思わず、“グッ”とくる内容。今回、鹿島の鈴木満常務取締役兼強化部長、椎本邦一スカウト部長、小笠原満男選手、岩政大樹選手に内田選手について聞いた内容のなかから、以下を抜粋してみました。

内田を鹿島に連れてきた男

 そんな内田篤人を、鹿島に連れてきたのは椎本邦一だ。

 鹿島のスカウトは、選手獲得の決定権を握っている。

 クラブによっては、スカウトが目を付けた選手を練習させ、監督などが最終判断を下すところもあるようだが、鹿島はその権限をスカウトが持つ。

 それまで不動の右サイドバックとしてチームを支えてきた名良橋晃に怪我が多くなり、クラブとしても次の右サイドバック候補を探さなければいけない時期に差し掛かっていた。

 椎本の決定は重大事項だったが、そこに迷いはなかった。

「パッと見た第一印象だよね。高校3年生になったら声をかけようと思った」

 足が速くて、前に行ける選手。その着眼点で選手を捜したとき、目に入ってきたのが内田だった。

「足が速かった。それに、あいつはキックも巧いんだよ。縦パスを出すタイミングが独特だった。あの年代のなかでは巧かったんじゃないかな。守備はまだまだだったけど、そこは入ってからでも覚えられるし、気にならなかった」


内田篤人【写真:松岡健三郎】

鹿島のサイドバックに求められるもの

 鹿島のサッカーは、Jリーグが開幕してからずっとブラジル流を貫いている。
 
 主な布陣は[4-4-2]のボックス型。

 この布陣は、2列目のMFが流動的にポジションを変えながら内に絞るため、サイドからも分厚い攻撃を仕掛けるにはサイドバックの攻撃参加が不可欠となる。

 鹿島のサイドバックを務めるためには、まず第一に攻撃力が重視されるのだ。

 その選手像に、内田はピタリと合致していた。

 しかし、アルビレックス新潟など、いくつかのクラブも興味を示していた。

 ここから獲得競争を勝ち抜いていかなければならないのだが、椎本のやり方はいつも正攻法だ。

 クラブのありのままを見てもらい、選手自身に判断を託すのである。

「篤人だけじゃなく、声をかけた選手みんなに言うんだけど、プロの世界は厳しい世界だよ、とちゃんと伝える。良いことばかり言っても仕方がない。ただ、声をかけたということは、いま鹿島にいる選手とポジション争いができると思うから。体作りもしないといけないし、2、3年は我慢することになるかもしれないけれど、下から上がっていって欲しい。あとは自分でしっかり考えて決めてくれ、と話すようにしてる」

 内田のときも、勧誘のために特別なにかをしたわけではなかった。

 高校3年生の夏休みに、トップチームの練習に呼び寄せたくらいだろうか。
 
 別段珍しいことではなかったが、もしかしたらこのスケジュールが幸いしたのかもしれない。

 そのときはリーグ戦の最中ということもあり、主力組は簡単なメニューだけで引き上げ、サブ組だけでゲーム形式の5対5をやることになった。そのサブ組の居残り練習に、累積警告で次節は出場停止となった小笠原満男も参加していたのである。

「たまたま出場停止かなんかで満男もサブ組に入ってたんだ。篤人は満男のことが怖かったって?(笑)」

 椎本も、その日のことをよく覚えていた。
 
 内田にとって、06年のW杯に2大会連続で出場することになる日本代表MFとの初めての出会いは、強烈な印象を残す。


内田篤人【写真:松岡健三郎】

内田は顔だけじゃない

 それが幸いしたわけではないだろうが、鹿島のレベルを肌身で感じた内田は、鹿島に加入することを決める。

 そして、1年目からアウトゥオーリ監督に見出され、開幕スタメンを勝ち取るのだった。

「見てる方はドキドキだったよ」

 開幕戦を両親と同じような気持ちで見守った椎本。

 失敗するんじゃないか、守備の弱点を突かれるんじゃないか、心配ばかりが頭をよぎった。

 しかし、内田は先制点に繋がるPKを獲得するなど、監督の抜擢に応える活躍を見せるのだった。

「外国人の監督にとって、高卒とか、年齢とか関係ない。自分が良いと思えば使う。それが良かったのかもしれない」

 とはいえ、たまたま運が良かっただけではない。

「抜擢されて、そこでちゃんと仕事をするから、自分のポジションを掴み取れる。そこがすごい。ドイツに行っても言葉がわからなかったり大変だと思う。でも、試合に出られなくなったことがあっても、そこからポジションを奪い返してる。たくましくなったよね。大したもんだな、と思う」

 椎本の目から見ても、内田は高校時代から能力がずば抜けた選手ではなかった。

 足の速さは目に付いたが、試合に絡んで来るのは2、3年後と予想していたくらいだ。

 しかし、実際には、それを軽々と飛び越えて成長していく姿があった。

 だからこそ、日本に帰る度に内田が鹿島に立ち寄ってくれることを、椎本は嬉しく思っている。

 その姿は、必ず若い選手にとって良い手本となるからだ。

「顔はいまどきのイケメンかもしれないけど、芯が強いな、と思う。篤人はいつも先を考えてた。

『いまはこれ位だから、ここまで到達するにはどれ位やらなければならない』ということがわかっていた。

 だから、絶対に天狗にはならないよね。『これでいいや』と、満足しない向上心を持っていた。

 現役の最後までヨーロッパでやって欲しいよね。

『日本人にいい選手がいた』『内田篤人というすばらしいディフェンスがいた』と言われるくらいになって欲しい」

「なんか、良いことばかり言っちゃったな」と、少しばつの悪そうな椎本だったが、その目尻は終始下がったままだった。

 本誌では、この他にも3名の方より内田選手の鹿島時代についての話を聞いています。こちらの掲載に承諾していただいた田中滋氏に感謝。そして、 よろしければ、『フットボールサミット第10回』をご一読下さい。


フットボールサミット第10回のこぼれ話である。
椎本スカウトが篤人をどのように鹿島へ招き入れたが語られておる。
2005年にオファーした際は、鹿島としては後にFC東京へ入団する徳永が右SBの後継者と考えておったフシがある。
しかしながら、徳永は鹿島を選ばず、2006年シーズンは篤人を大抜擢して開幕戦を迎えることとなった。
その後の篤人はみるみる成長していき、大いなる選手になったことは誰もが知ることであろう。
U-19日本代表としてアジアを戦い、U-20ワールドカップに出場し、北京五輪メンバーとなる、フル代表の右SBと駆け上がっていった。
鹿島に於いても三連覇に多大なる貢献をしたことで知られておる。
右SBと言えば内田篤人と日本人ならば誰もが思う選手となったのである。
その裏には椎本スカウトがいたことを忘れずにおきたい。
これからも良い選手を鹿島に導いてきて欲しい。
よろしくお願いします。

J's GOAL 2012シーズンベストショット

[ J.LEAGUE PHOTOS × J's GOALが選ぶ 2012シーズンベストショット(鹿島) ]


◆試合データ
2012/11/03 2012ヤマザキナビスコカップ決勝 清水vs鹿島(ゲームサマリー

◆撮影カメラマンのコメント

後半柴崎岳選手のPKをまさかのピント外し(大汗!)これは参った・・・と思ったら、延長前半早々の柴崎選手決勝ゴールが撮れた。個人的に柴崎選手を押しているので、この日の決勝も鹿島攻撃の時は柴崎選手をずっと気にしていた。
撮影のタイミングとしては、シャッターを切るのが少し早かったか、と思っていたので、インパクトの瞬間があって良かった。

(カメラマン:小林靖)

J's GOALの選ぶ今季の鹿島のベストショットはナビスコ杯決勝戦の岳のシュートであった。
この決勝弾で岳は入団二年目の若者でありながらもMVPを受賞した。
誠に喜ばしい。
ナビスコ杯を得たことで、鹿島は2007年より6年連続でタイトルを獲り続けた偉大なるクラブとなった。
岳と共に更なるタイトルを、そしてアジアへの道を開きたい。
期待しておる。

シャルケ・篤人、鹿島で体を動かす

内田「でかくなる」肉離れ反省し肉体改造

鹿島の選手と談笑する日本代表DF内田(手前右)(撮影・栗田成芳)

 日本代表DF内田篤人(24=シャルケ)が、正月返上で肉体改造に着手する。ドイツ・ブンデスリーガの冬季中断のため、20日に帰国した。直近のリーグ戦で、右太もも裏肉離れを起こし、けがを抱えたままの休暇となったが、内田は「リハビリと治療は毎日する。癖にならないようにしっかり治す。トレーナーと一緒にやって後半の再開に間に合わせたい」とオフ返上を宣言。個人トレーナーとともに、来年1月19日のリーグ戦に照準を合わせた。

 渡独後、自身3度目の肉離れとなり危機感を募らせる。けがをしないで戦い抜く体をつくるためにも「筋肉をもう少しつけないと。まだまだでかくなるよね。24歳だし。自分で考えて鍛えていければいい」とけが予防のためにも筋力アップに励む。帰国直後には、古巣・鹿島の練習に顔を出し体を動かした。「みんなの顔を見て元気になった」と初心に戻り、もう一回り大きくなってピッチに帰る。

 [2012年12月21日7時11分 紙面から]

鹿島クラブハウスに現れたシャルケの篤人である。
鹿島の練習着も様になっておる。
負傷中も共に体を動かし、「みんなの顔を見て元気になった」と語る。
我らも息災な篤人と接することが出来、触発された。
旧知の仲間との再会でモチベーションは高まっておる。
この勢いで天皇杯にて勝利を掴みたい。
楽しみである。

左サイドは新井場

2012年12月20日(木)

14時からのミーティング後、戦術練習を行いました。

練習する新井場である。
セレッソからのオファーのある中、天皇杯に集中しておる。
鹿島の左サイドと言えば新井場となってもう長い。
我らとしてはまだまだ新井場に担って欲しい。
その結論がわかるのは元日とするため天皇杯を勝ち上がっていくのだ。
楽しみにしておる。
プロフィール

Fundamentalism

Author:Fundamentalism
鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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