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大津高校・植田くん・豊川くん、PK戦にて散る

大津初戦PK敗退/高校サッカー

試合後、大津DF植田主将(中央右)は、涙を流すGK小川(同左)の肩を抱いてねぎらった

<高校サッカー:旭川実0−0(PK3−2)大津>◇31日◇1回戦◇ニッパ球

 J1鹿島入団が内定しているDF植田直通、MF豊川雄太(ともに3年)を擁する大津(熊本)が初戦で姿を消した。

 立ち上がりから攻勢に出たが、シュートがクロスバーに2本阻まれるなど苦しんだ。スコアレスドローのままPKまでもつれると、5人目の豊川が失敗。その瞬間に敗戦が決まった。平岡和徳監督(47)は「(得点を)取り切れなかったことが大きかった」と肩を落とした。

 [2012年12月31日17時16分]

U19代表植田の大津 初戦PK戦敗退
2012年12月31日


相手と競り合う大津の主将・植田(左)=ニッパツ三ツ沢球技場(撮影・北野将市)

 「全国高校サッカー第2日・1回戦、旭川実0-0(PK3-2)大津」(31日、三ツ沢)

 U‐19日本代表DFの植田直通を擁する大津(熊本)が、旭川実(北海道)にPK戦で敗れた。

 植田はJ1鹿島入団が内定している。前半から植田を中心とした堅い守りで主導権を握った大津だったが、シュートをクロスバーに2度当ててしまうなど、決定力を欠いた。試合終盤には植田をセンターフォワードに上げ、同じく鹿島入団が内定しているMF豊川雄太と2人でゴールを狙うも、届かなかった。

 PK戦では大津の1番手・植田は左サイドに決めたものの、2人目・DF山下、4人目・MF上田が失敗。外すと負けが決まる場面で5人目の豊川がシュートを左ポストに当ててしまい、初戦敗退が決まった。

 旭川実は4人中3人が成功。1人目の高橋が止められた際には、相手GK小川がシュートより先に前方に動いていたと判定され、やり直しに。けり直しのPKを冷静に流し込んだ。





“超高校級DF”大津・植田初戦で涙
2013年1月1日


 うなだれるイレブンを背に、真っ先にキーパーをねぎらいに向かう大津の植田(右端)=撮影・北野将市

 「高校サッカー選手権・1回戦、旭川実0(3PK2)0山形中央」(31日、ニッパ球)

 J1鹿島への加入が内定しているU‐19日本代表DF植田直通(3年)を擁する優勝候補の大津(熊本)は、PK戦2‐3で旭川実(北海道)に敗れた。

 敗れた直後にもかかわらず、植田は顔色を変えずに最後のキッカーになったMF豊川(3年)に歩み寄った。自分と同じJ1鹿島に入団する仲間を抱きかかえ、胸を張ってピッチを後にした。

 186センチの長身と、50メートルを6秒1で走るスピードを兼ね備えた超高校級DFとして大会前から注目を集めた。この試合でも空中戦はほぼ100%競り勝ち、最終ラインからロングキックで攻撃を組み立てた。

 1年生で出場した2大会前の選手権では自分のクリアミスから失点し、開幕戦で駒沢大高に1‐2で敗れ涙した。「今の自分はやれるという思いはある」と開会式で話した通りに、主将としてチームを率い、PK戦も1人目に登場し冷静に決めた。精神、技術の両面で成長した姿を見せることはできた。

 残り10分を切ったころからFWにポジションを変えたが、得点はならなかった。「情けなくてすいません。前(FW)に出たら点を取るしかない。情けないです」とほとんど取材に応じず、スタジアムを去った。ほろ苦い思い出を胸に、Jリーガーとして再出発する。


▼[選手権]注目DF植田擁する大津が初戦敗退、青森山田はPK戦で野洲を下す…1回戦結果


 第91回全国高校サッカー選手権は31日、各地で1回戦を行った。

 第1試合から熱戦が繰り広げられ、8試合中5試合でPK戦までもつれ込んだ。ニッパツ三ツ沢球技場では鹿島アントラーズへの入団が内定しているDF植田直通(3年)とFW豊川雄太(3年)を擁する大津(熊本)が旭川実(北海道)にPK戦の末敗れ、初戦で姿を消すこととなった。

 第2試合では優勝候補の青森山田と野洲(滋賀)が初戦から激突。1点ずつを取り合ってPK戦までもつれ込んだ一戦は、4-2でPK戦を制した青森山田が2回戦進出を決めた。

 2回戦は1月2日に行われる。

以下、試合結果
[ニッパツ三ツ沢球技場]
旭川実 0-0(PK3-2) 大津
西目 1-3 米子北

[相模原麻溝公園競技場]
東邦 0-0(PK3-5) 鵬翔
帝京大可児 1-0 和歌山北

[駒沢陸上競技場]
修徳 2-0 鳴門
青森山田 1-1(PK4-2) 野洲

[フクダ電子アリーナ]
常葉学園橘 0-0(PK4-5) 長崎総合科学大附
創造学園 2-3 香川西

[浦和駒場スタジアム]
鹿島学園 3-4 鹿児島城西
前橋育英 5-1 宮古

[埼玉スタジアム2002]
正智深谷 2-2(PK3-4) 京都橘
仙台育英 5-1 高知

[市原臨海競技場]
盛岡中央 1-1(PK4-5) 聖光
山形中央 0-2 滝川二

[江戸川区陸上競技場]
日本航空 2-3 佐賀商

[写真]初戦で姿を消すこととなった大津高。DF植田直通(右)は泣き崩れる味方選手を抱きかかえる。


▼[選手権]大津は豊川のPK失敗で早すぎる終戦…植田「情けない」
[12.31 全国高校選手権1回戦 旭川実0-0(PK3-2)大津 ニッパ球]

 乾いた音が響き渡った。PK2-3で迎えた大津(熊本)の5人目。MF豊川雄太(3年=鹿島アントラーズ内定)のキックが左ポストを直撃する。勝者となった旭川実(北海道)の選手が喜びに沸く中、豊川は呆然とピッチに立ち尽くした。

 豊川のもとへ歩み寄り、励ますDF植田直通主将(3年=鹿島アントラーズ内定)。しかし、膝から崩れ落ちた豊川はチームメイトに支えられ、選手が整列するピッチ中央へ戻っていった。

「ちょっとしゃべれないです……」。ミックスゾーンを急ぎ足で通り抜けた豊川はスタジアム外で待つ応援団のもとへ行き、涙ながらに頭を下げて回った。憮然とした表情で姿を現した植田も「情けないです。話す気分じゃない」とだけ言葉を残し、選手権の舞台から去った。

 植田、豊川という鹿島入り2選手を擁し、優勝候補の一角にも挙げられていた大津の早すぎる敗退。前半から試合を支配しながらシュートが2度クロスバーに阻まれる不運もあり、後半は攻め急ぎから拙攻を繰り返した。終盤は植田も前線に上がるパワープレーを仕掛け、豊川と2トップを組んだが、1点が遠い。

 0-0のまま突入したPK戦では、プレッシャーのかかる一人目を務めた植田は落ち着いて決め、その重責を果たしたが、最後に豊川がまさかの失敗。前回出場した10年度大会に続く初戦敗退となった。

 平岡和徳監督は「どんなプロでもPKを外す」と豊川をかばった。「それ(PK失敗)でサッカーを終わらす選手は一人もいない。彼のキャリアの中で、今日の経験がこれからの成長に糧になってくれれば」。最後の選手権は悔しい幕切れとなった。それでもサッカー人生は続く。来年はプロの世界に挑戦する植田と豊川。悔しさをバネにはい上がる教え子たちのさらなる飛躍を願った。

(取材・文 西山紘平)

植田くんと豊川くんの大津高校は初戦敗退。
これは残念である。
我ら以上に植田くんと豊川くんは無念であろう。
高校日本一の夢は破れた気持ちは当事者でなければわかるまい。
とはいえ、彼らはJリーガーとして日本一を目指すチャンスを得ておる。
最もタイトルに近いクラブへ入団できる選手は少ないのだ。
来年からは臙脂のユニフォームを身に纏い、日本一を、そしてアジアの頂点を目指そうではないか。
期待しておる。

さらば、岡本

岡本英也選手がアルビレックス新潟に完全移籍
岡本 英也選手がアルビレックス新潟に完全移籍することとなりましたので、お知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名: 岡本 英也(おかもと・ひでや)

■生まれ: 1987年5月18日、大阪府出身

■サイズ: 183センチ、70キロ

■ポジション: FW

■経 歴: ※カッコ内は加入年
ガンバ大阪堺ジュニアユース−ガンバ大阪ユース−ガンバ大阪(2006)−アビスパ福岡(2009)─鹿島アントラーズ(2012)

■公式戦成績:(すべて鹿島)
J1リーグ 5試合0得点
ナビスコカップ 3試合1得点
天皇杯 1試合1得点
スルガ銀行チャンピオンシップ 0試合0得点

■岡本選手コメント
僅か1年という短い期間ではありましたが、鹿島アントラーズというビッグクラブでプレーできたことに大きな喜びと誇りを感じています。また、共に戦ったチームメイト、スタッフ、フロント、そして僕を温かく迎えてくれたサポーターの皆さんには、深く感謝しています。
あまり試合に出場することができず、十分にチームに貢献できなかったことは心残りですが、ピッチに立った時の皆さんの声援は忘れません。アントラーズでの経験を活かし、移籍先のクラブでもしっかりプレーできるよう努力を続けたいと思います。
1年間、本当にありがとうございました。

鹿島アントラーズから岡本 英也選手 完全移籍加入のお知らせ
いつもアルビレックス新潟に温かいご声援をいただきまして、誠にありがとうございます。当クラブでは、鹿島アントラーズより、岡本英也選手(25)の完全移籍加入が決定いたしましたので、お知らせいたします。

岡本 英也 選手 OKAMOTO Hideya
■ポジション
FW

■生年月日
1987年5月18日(25歳)

■身長/体重
183cm/70kg

■出身地
大阪府

■経歴
ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪→アビスパ福岡→ガンバ大阪→アビスパ福岡→鹿島アントラーズ

■出場記録

J1リーグ通算:38試合出場8得点、J2リーグ通算:70試合出場8得点、カップ戦通算:5試合出場1得点、天皇杯通算:8試合出場3得点

■コメント
まず、アルビレックス新潟に加入できたことを非常に嬉しく思っています。新潟の熱狂的なサポーターの皆様に少しでも早く認めていただけるよう、日々努力したいと考えています。
チームメイトに信頼されるストライカーに成長し、ビッグスワンで大きな得点記録を打ち出せるよう全力で戦いますので、ご声援をよろしくお願いします。


今朝報じられたように岡本が新潟へ移籍。
これは少々残念である。
今年、最も成長するのではとジョルジーニョ監督に言わせしめた才能は開花しきれずに終えてしまった。
岡本と言えば、ナビスコ杯・札幌戦の決勝ゴールが印象的である。
札幌に先制され、終了間際にPKで追いついたアディショナルタイムに豪快なヘディングで逆転した。
岡本の才能を確信した瞬間であった。
このゴールがなければ、ナビスコ杯にて優勝できたかどうかわからぬ。
岡本のおかげでタイトルを獲ることが出来たのは紛れもない事実と言えよう。
このタイトルを手土産に新潟へと旅立っていく。
岡本の新天地での活躍を祈っておる。

2012年を振り返って

2012年を振り返りたい。

ジョルジーニョ監督就任と退任。
5年連続でタイトルを得た偉大なるオリヴェイラ監督の後を引き継いだのは鹿島のレジェンドである若き指揮官であった。
ダイアモンドの中盤で縦に速いサッカーを目指した。
結果的には、中盤は機能せずに終えたが、ジョルジーニョの采配は観る者に期待を与え、終盤に固まった4-2-3-1は結果を重視する戦術で大迫の覚醒を呼び起こした。
家族の問題で去ることになったのは本当に寂しい。

リーグ戦の不調。
開幕5試合勝ち星無し、4試合無得点と絶不調の立ち上がりであった。
新システムの定着もあったが、誤審が痛かったように思える。
今季のリーグ戦は誤審が多く、ここで失った勝ち点を加えれば、ACL圏内は狙えたのではなかろうか。
33節までJ2降格争いに巻き込まれ、悲しいシーズンであったと言えよう。

ナビスコ杯。
リーグ戦とは裏腹に、ナビスコ杯はグループステージから好調であり、唯一のFマリノス戦での敗戦も曽ケ端のミスがなければ余裕の勝利を掴んでおったように思える。
決勝戦こそ岳が大活躍しMVPを受賞したが、総じて思い起こすと得点王の大迫が覚醒した大会であった。

スルガ銀行チャンピオンシップ。
真夏の過密日程に行われた国際大会にて優勝。
相手のウニベルシダ・チレはとても組織化された良いチームで会った。
これほどの強敵と戦えたことは貴重な体験であった。

植田くん、豊川くん入団内定
大津高校の攻守を担う二人が鹿島への入団を決めてくれた。
特に植田くんは多くの球団がオファーを出した超高校級のCBであり、この決意を無駄にせぬように大事に育てたいところ。
来季の新人は、この二人だけであり、それだけの逸材と考えて良かろう。

天皇杯。
準決勝にて散る。
今季を象徴する決定力不足と言えよう。
タラレバを語りたくなるような試合であった。
無念の一言である。

来季に向けて。
去る選手、来る選手、そして新監督と、リスタートに相応しい年となろう。
今季ブレイクした岳と大迫は更なる成長を遂げ、鹿島の中心選手となるはずである。
若き選手を軸とし、新生鹿島を拝むのを楽しみにしておる。

良いお年を。

2012年の漢字は「岳」

[ ゆく年くる年:今年の漢字 鹿島 ]


苦労したシーズンだった。
クラブレジェンドであるジョルジーニョが監督に就任し、王座奪還が期待されたが開幕5試合未勝利でつまずくと、最後まで残留争いに巻き込まれてしまう。

しかし、苦しみながらも来季以降への明るい材料も少なくない。その象徴が柴崎岳である。中心選手としてチームを牽引し、ヤマザキナビスコカップでは2連覇に貢献。大会MVPを獲得しただけでなく、シーズン終了時にはベストヤングプレーヤー賞にも選ばれた。その表彰が行われたJリーグアウォーズでは、ACミランのエル・シャーラウィやレアルマドリードのバラン、サントスのネイマールといった同世代の選手と比し、「彼らに一歩でも近づき、日本を代表する選手になっていかなければ世界とは戦えない」とスピーチ。遙か高みを望む“岳”が鹿島の新時代を担う、そのことを強く印象づけた1年だった。


Text by 田中滋

今年の鹿島の漢字に「岳」を選んだ田中滋氏である。
今季、レギュラーとしてチームを牽引し、ナビスコ杯決勝戦ではMVP、Jリーグアウォーズではベストヤングプレイヤーに選ばれた岳を今年の顔とすることに異論はない。
来季は更なる飛躍をしてくれるであろう。
中村充孝野沢にパスをつなぎ、決定的仕事をするのではなかろうか。
鹿島の顔としてチームの中心に常にいて欲しい選手である。

神戸・伊野波、ジュビロ移籍へ

ジュビロ磐田 伊野波獲得へ
2012年12月31日

 サッカーの元日本代表でJ1ヴィッセル神戸のDF伊野波雅彦選手(27)が三十日、ジュビロ磐田に移籍することが確実となった。交渉は最終段階で、近く、両クラブから発表される見込み。
 今季、磐田はシーズン途中まで優勝争いに絡みながら、最終順位は十二位。最終ラインの選手層が薄かったことが失速の要因とされた。
 伊野波選手は守備的なポジションならば、どこでもこなせるため白羽の矢が立った。同選手は二〇〇六年にFC東京に入団。その後、鹿島、クロアチアのハイデュク・スプリトを経て、今季は神戸でプレーした。日本代表では昨年のアジアカップで選出され、1得点を決めている。


神戸の伊野波がジュビロに移籍とのこと。
12月8日に報じられた際にはジュビロ側からは正式オファーではなかったが、本人のJ1移籍願望が強いところで成立したのであろう。
今季のジュビロは序盤こそ好調であったが、シーズン終盤には残留争いに巻き込まれておる。
伊野波の神戸での経験が活かされるのではなかろうか。
伊野波の動向に注目である。

大津高校・豊川くん、抱負を語る

▼[選手権]大津MF豊川雄太(3年、鹿島内定)が優勝宣言!「平岡先生を胴上げする」
 第91回全国高校サッカー選手権が12月30日、東京・国立競技場で開幕。開会式と開幕戦が行われた。

 V候補の一角、大津(熊本)のエースMF豊川雄太(3年、鹿島アントラーズ内定)は9月に負った鎖骨骨折の負傷から熊本県予選準決勝(11月)で復帰。当時はまだコンディションが整っていなかったが、今回は万全の状態で全国舞台に臨む。開会式に参加した豊川は優勝して平岡和徳監督を胴上げすることを宣言していた。(連載企画「Youth star voice」。第224回)。

以下、30日の豊川コメント
―国立に帰ったきたという気持ちでは
「2年前は出れなくて、しかも負けて悔しい思いをしているので、ここ(国立)の準決勝、決勝でまたやりたいという思いが強くあります」

―緊張感はない?
「緊張はゼロじゃないですけど、緊張しすぎたらもったいないので、この緊張を楽しむのも、この仲間とやれるのも最後なんで、リラックスしてやれればと思います」

―観客にインパクトを与えるプレーがしたいと言ってきたが
「身体のコンディションとか、身体のキレとかも上がってきていますので、観客を楽しませるプレーをしたい。自分は早く試合したいという思いがあるので、緊張よりワクワクの気持ちの方が大きいです」

―個人としてもチームとしても手応えもあるのでは
「身体のキレとかある。あとはケガだけしないように。やるだけです」

―初戦で対戦する旭川実は難しい相手
「マークが厳しいと思う。でも自分がマークを受けていれば他の選手がフリーになると思う。自分もいきたい気持ちがありますけれども、フリーの選手をうまく使うとか、途中姿を消すというのもアリかなと思っている」

―平岡監督を胴上げすると公言してきた
「平岡先生を胴上げする。平岡先生は現役時代(帝京3年時に)優勝しているんで、監督としても優勝させてあげたい」

(取材・文 吉田太郎)

観客を楽しませるプレイをしたいと語る大津高校の豊川くんである。
是非ともスタジアムの沸かせ、ゴールを決めて欲しいところ。
豊川くんの活躍で日本一を目指すのだ。
楽しみにしておる。

大迫の決意

【鹿島】解散式で大迫「来年」の決意
 鹿島が30日、敗退した天皇杯準決勝G大阪戦から一夜明け、茨城・鹿嶋市内で解散式を行った。

 ジョルジーニョ監督(48)を含め、チームを離れる選手たちがあいさつ。チームが始動する来月28日までオフに入る。今季エースとしてフル稼働したFW大迫勇也(22)は「昨日はおれが決めていれば勝てた。おれのせい。申し訳ない。来年はこういうことを少しでもなくせるようにしたい」と決意を語った。同監督からはシーズンを通して、日本代表入りに向けてハッパを掛けられ「言ってくれたので意識している。今日も『ネクストイヤー(来年)』と言われた。オフは休まずサッカーをしたい」と、オフ返上で来季に備える。

 [2012年12月30日20時1分]

解散式を行った鹿島である。
大迫は天皇杯敗退の責任を口にしており、エースとしての自覚を感じさせる。
今季、大きく飛躍したと言って良かろう。
来季は更に成長し、鹿島の勝利を呼び込み、そして日本を背負って立つセンターFWと成っていって欲しい。
期待しておる。

鹿島、野沢獲得へ

鹿島、神戸・野沢獲得へ…古巣復帰秒読み
 J1鹿島が、来季J2に降格する神戸のMF野沢拓也(31)の獲得に乗り出すことが30日、関係者の話でわかった。年明けにもクラブ間交渉が行われる見込み。野沢は神戸との契約を来季末まで残しているが、今季終了後の契約更改交渉では合意に至っておらず、2011年まで在籍した古巣への復帰は秒読みとみられる。
(紙面から)

鹿島が獲得の打診をしておった神戸の野沢についてスクープするサンスポである。
昨日はクラブハウスに野沢が現れ契約交渉に臨んでおった。
野沢としては、鹿島への復帰が大前提と考えて良かろう。
我らとしても、野沢をJ2でプレイさせるわけには行かぬ。
来季は再びカシマスタジアムのピッチに立たせるべきなのである。
共に戦おう、そして勝利しよう。
諸手を挙げて歓迎である。

岡本、新潟へ

興梠 浦和と3年契約「自分を成長させるために移籍を決めた」
 鹿島は、FW興梠が浦和に移籍することを正式に表明した。鵬翔高から05年に入団し、8年間で6度のタイトル獲得に貢献。今季もチーム最多11得点を挙げたが、先発を外れる機会も多くチームを去ることを決断した。浦和とは3年契約。「鹿島のエース番号である背番号13をつけて、見合う結果が出せずに申し訳なかった。自分を成長させるために移籍を決めた。次のチームで(現役を)終わるぐらいの気持ちでやる」

 FW岡本も新潟への移籍を決断し「鹿島での1年間がムダでなかったと言えるように頑張りたい」期限付きを満了したMFレナトと来季契約を更新しないことも発表された。

[ 2012年12月31日 06:00 ]

J1新潟・FW岡本(鹿島)獲得へ
J1通算8得点

 J1アルビレックス新潟が、J1鹿島のFW岡本英也(25)を獲得することが30日、決定的となった。近くクラブから正式に発表される。

 岡本は大阪府出身。183センチ、70キロ。G大阪ユースから2006年シーズンにトップチームへ昇格。09年に福岡へ期限付き移籍し、10年に完全移籍した。福岡がJ1だった11年には、30試合に出場し8得点を挙げた。

 今季から鹿島に完全移籍で加入し、リーグ戦5試合に出場した。J1通算では、リーグ戦38試合に出場し8得点。

 新潟は今季、リーグで2番目に少ない総得点29に終わるなど、得点力不足が低迷の一因となった。来季のFWの新戦力は、期限付き移籍していたJ2岡山からの復帰が決まった川又に続き2人目となる。


岡本が新潟への移籍を決断とのこと。
これは寂しい。
確かに、FWのレギュラーポジションを奪うことは出来なかったが、サブとしての仕事を全うしてきた。
岡本はホーム・鳥栖戦でのヘディングが相手選手に防がれずに決まっておれば、鹿島での人生も変わっておったのではなかろうか。
新たなるチームで輝いて欲しい。
対戦が楽しみである。

興梠、背番号は30

興梠、心機一転「1年目のつもりでやる」…鹿島
 来季、浦和に移籍する鹿島FW興梠が新天地での再出発を誓った。「鹿島ではタイトルを取って成長できた。いつも応援してくれたサポーターには本当に感謝の気持ちしかない。これからも成長したい。1年目のつもりでやる」と意気込んだ。浦和では30番を背負う。「浦和は対戦していて一番嫌なチームだった。サッカーは魅力的だと思う」と話した。
(2012年12月31日06時01分 スポーツ報知)

浦和に移籍する興梠の背番号は30とのこと。
さすがに0円移籍で獲った選手に良い番号は与えない様子。
そして、浦和のサッカーが魅力的と移籍先へのリップサービスも忘れてはおらぬ。
浦和ではベンチを温めることなくポジションを奪って欲しい。

天皇杯準決勝 ガンバ大阪戦レビュー

【第92回天皇杯 準決勝 G大阪 vs 鹿島】鹿島側レポート:遠藤保仁の一発に泣き、ジョルジーニョ監督の有終の美を飾れず。(12.12.30)
12月29日(土) 第92回天皇杯 準決勝
G大阪 1 - 0 鹿島 (13:06/エコパ/8,978人)
得点者:23' 遠藤 保仁(G大阪)


試合に敗れるときはいつも寂寥感が漂うものだが、別れを伴うとき、その印象はさらに強くなる。試合に負けた直後、ジョルジーニョ監督はベンチにいる選手・スタッフと抱擁を交わし、最後の試合での健闘をたたえた。ピッチでは空を見上げて涙をこらえる新井場徹の姿も見える。そこに、チームメイト一人ひとりと握手をしてきた興梠慎三が近寄り、二人はそっと肩を抱き合った。
「毎年のことですけど入れ替わりの激しい世界ですから、出会いがあり別れがあり。今年も寂しい別れになる人が何人かいますから」
試合を終えたあと、岩政大樹が静かに振り返る。このチームで戦えるのも天皇杯が最後。だからこそ、夢途中で破れたことにショックを隠せず、多くの選手が、一礼をしただけでミックスゾーンを足早に過ぎ去っていった。

試合の入りは決して悪いものではなかった。しかし、徐々にG大阪のパス回しのテンポが速くなる。しかし、それは鹿島の選手たちも織り込み済み。「自分たちの前でまわされる分には大丈夫やという認識」(新井場)だったため、最後のシュートの場面には自由を与えないことで、意識が統一されていた。
しかし、23分、ショートコーナーから遠藤保仁のすばらしいシュートを決められてしまい、1点のビハインドを背負うことになる。
そこからはミスも多くなり、ジョルジーニョ監督は早めの交代も考えていたようだが、「感情的な判断になるといけないのでHTまで待って、冷静に時間をかけてプランを練ることにした」と、後半からの巻き返しを狙う。

すると、後半頭からレナトを投入したことでポゼッション率を奪い返し、相手を押し込む展開となった。ところが、そこからが崩せない。シュートを放つ場面はあったものの、いずれもゴールとの間に相手守備陣がおり、シュートコースを限定されてしまう状況だった。

この試合はジョルジーニョ体制の集大成とも言える位置づけだった。9月29日第27節のG大阪戦から取り組み始めた[4-2-3-1]の布陣は、その後、微調整を加えながら熟成度を高め、その試合を含めると7勝4分1敗という結果を残してきた。シーズン序盤、ダイヤモンド型からスタートした[4-4-2]の布陣は、やがてボックス型へ移行し、最後にはダイヤとボックスを兼ね備えた[4-2-3-1]へ。2トップから1トップになり一人減ったFWに負担が増えたが、そこは大迫勇也が獅子奮迅の働きで支えてきたのである。しかし、最後の最後で相手を崩すことができなかった。

「今日が最後の試合になってしまったので、この場を借りて日本国民の皆さんに感謝を述べたいと思う」
会見の最後に、そう切り出したジョルジーニョ監督は、この1年で受けたサポートに対する感謝の言葉を口にした。そして、強化担当者である鈴木満常務取締役から「ドアのカギはかけない」という約束をもらったと明かした。
「(監督をする)チャンスはまたいつかもらえると思っています。その時にみなさんと再会できることを心待ちにして帰国します。本当に心から感謝します。ありがとうございました」
有終の美を飾れなかったことで、心残り、後悔、悔恨など、さまざまな感情が心の奥底に降り積もっていたはずだ。しかし、ジョルジーニョは、感謝の言葉を口にして去っていった。


以上
2012.12.30 Reported by 田中滋


寂寥感という言葉でこの試合を語る田中氏である。
まさに心が満ち足りず寂しい気持ちになった。
もう、ジョルジーニョと共に戦うことはない。
心にポッカリと穴が空いたようである。
しかしながら、再び会える日が来ることを信じてジョルジーニョを送りだそう。
再見。
プロフィール

Fundamentalism

Author:Fundamentalism
鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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