2015年を振り返って

2015年を振り返りたい

・新加入選手
高卒新人の久保田和音、ユースからのトップ昇格の優磨と大橋、そして、ファン・ソッコと高崎が加入した。
ファン・ソッコはナビスコ杯以降、安定感を増し、レギュラーとして風格を出しだした。
ルーキーの優磨も充分な戦力として数えられるまでに成長したと言えよう。
ただ、高崎にはダヴィとジネイの穴埋めまでの活躍は出来なかったように感じる。
夏にレンタルにて山形へ移籍しまったことでも、それが証明されているように思う。
結果的には、ジネイの負傷発覚と夏の負傷離脱が誤算だったのではなかろうか。

・NYC・茨城サッカーフェスティバル優勝
大分と福岡に二連勝し、初タイトル。
PSM水戸戦も勝利。
高崎が結果を出したこと、久保田和音やファン・ソッコも上々のデビューを飾った。
シーズンの手応えを感じさせた試合であった。

・金崎夢生加入
キャンプを終えた2月9日のキックオフパーティにて金崎夢生の獲得が発表された。
これは驚きであった。
ただ、登録ポジションはMFであり、補強ポイントではないのではという意見が散見させられたことも事実である。
しかしながら、センターFWとして起用されると、アグレッシブで泥臭いプレイにてサポーターの心を掴み、鹿島になくてならない存在となった。
間違いなく今季のMVPであろう。

・1stステージ序盤
開幕戦の清水戦に誤審絡みもあり敗戦すると、
開幕3戦勝ち無しと、躓いてしまった。
源がPSM水戸戦にて骨折、植田が五輪予選にて抜けるということもあり、CBを固定出来なかったこと、そして、ACLとの平行ということもありポジションをいじりすぎたことが好ましくない結果を招いたように感じる。
しかしながら、夢生をセンターFWに起用しだしてからは調子を維持したのではなかろうか。

・ACL
三連敗し、GL敗退が濃厚となるも、二連勝で突破の目が出た。
しかしながら、最終節にて逆転負けを喫し、今年のアジア制覇の夢は潰えた。
強い相手とは好ゲームをするが、弱い相手につまらぬ負けをするという、今季らしい試合が多かったように感じる。
GL突破出来ていれば、良い結果に繋げられたと思うので、非常に残念であった。

・ジネイ
1月のメディカルチェックにて負傷が発覚し、契約が破棄されたが、リハビリに励み5月に再契約した。
初出場した広島線ではゴールし、Fマリノス戦では圧倒的な存在感を発揮した。
しかし、このFマリノス戦にて相手選手が乗りかかって大怪我を負ってしまったことは悲しかった。
このままジネイがプレイ可能であれば、歴史は変わっておったであろう。
彼ほどのセンターFWを別に見つけることは難しかろう。
来季も契約延長のオファーをしたと聞く。
完全復活した寧波大きな戦力となってくれよう。

・引退試合
中田浩二・柳沢敦・新井場徹の引退試合が開催された。
多くのレジェンド、多くのスターが集結し、非常に盛り上がった。
彼等ほどの偉大な選手を鹿島が擁しておったことを誇りに思う。

・監督交代
1stステージの不安定な戦い、ACL敗退と結果を出せずにおったトニーニョ・セレーゾ監督であるが、2ndステージ3試合を行ったところで解任となった。
不安定な戦いは改善されず、試合内容があまりにも悪かったことが理由である。
クラブ史上二度目、そして鹿島に多くのタイトルをもたらせた名将のクビを切るのは大きな決断が必要であった。
後を継いだのは石井監督。
コーチとして長くチームに関わっており、内情を良く知るものの、監督経験のない新人であった。
しかしながら、この不安はあっという間に払拭され、6連勝で2ndステージ首位となった。
結果的には、ナビスコ杯制覇と、2ndステージの好調ということで石井監督の手腕は証明された。
来季もまた、石井采配で勝利を積み重ねてくれるであろう。

・天皇杯
過密日程を考慮した、全先発選手とっかえという采配を見せた水戸戦でPK戦で敗退。
これは無念であった。
この経験は石井監督の糧となったであろう。

・ナビスコ杯優勝
準々決勝、準決勝と危なげない戦いで決勝戦へ。
難敵・ガンバを完膚なきほどに叩きのめしての優勝は嬉しい。
MVPは小笠原満男。
老練なボランチがまだまだ大きな力を持っておることを世間に知らせしめた。
また若き選手たちは大きな経験を得たことであろう。

・リーグ戦
石井監督が率いてからは安定した戦いをしたが、2ndステージ2位に終え、タイトルに手が届かなかった。
1stステージにて星を落とさなければ、この試合にて出場停止がなければと、いくつか悔いる部分もあったが、結果を素直に受け止めたい。

・ユース選手トップ昇格
ユースから、町田くん、平戸くん、田中稔也くん、垣田くんのトップ昇格が発表された。
町田くん、平戸くん、田中稔也くんは二年生の時から二種登録されておった逸材であり、今年のキャンプにも帯同しておった。
垣田くんは今年からユースチームの1トップを担い、急成長した。
高卒・大卒の新人がない来季のルーキーはこの4人となる。
鹿島の未来を担って、更に成長していって欲しい。

・下部組織の躍進
ユース版ACLとも呼べるACTにて初優勝しアジアを制覇、プレミアリーグEASTにて初優勝、チャンピオンシップにて優勝し日本一となった。
また、ジュニア・ユースは全日本ユース(U-15)サッカー選手権大会にてPK戦にて敗れベスト4。
そして、ジュニアは全日本少年サッカー大会にて準優勝。
育成世代の躍進が伝えられる。
クラブの未来は明るいと言って良かろう。

・退団選手
本山、隆雅、佐藤昭大、ダヴィの契約満了にての退団、梅鉢と豊川のレンタル移籍などが伝えられる。
また、岳には海外移籍の噂、夢生の去就は微妙と報じられておる。
戦力としては痛いが、クラブとしては受け入れて前に進むしかない。

・来季に向けて
移籍選手として永木の加入が公式発表され、また負傷離脱したジネイへの契約延長が伝えられる。
未だ報じられぬ幾人かの戦力も来年初頭には発表されるであろう。
1月12日には、新たなる顔ぶれと共に指導することとなる。
リーグ制覇、ナビスコ杯連覇、天皇杯とタイトルを総なめにすべく戦う。
楽しみな一年にしたいところ

良いお年を。

鹿島、京都橘高校・岩崎悠人くんに興味

複数のJクラブ注目の京都橘FW岩崎が高校サッカーを選んだ理由 “探し求めた居場所”
 昨冬の選手権を沸かせた小柄なドリブラーは、今やプロ注目の男となった。彼はなぜ、Jクラブの下部組織への誘いを断り、土のグラウンドでボールを追い掛けることを選んだのか。高校サッカーにこそ、彼が求めた成長の場があった。

忘れかけていた感覚

「最初は高校サッカーなんて全く考えていなかった」

 滋賀県で生まれ育ち、着実にサッカー選手としての階段を歩み始めた岩崎悠人にとって、目指すべき場所は『Jユース』だった。

「その方がプロへの近道だと思っていた」

 しかし、中2の冬に全国高等学校サッカー選手権大会を見て考え方が大きく変わった。

「京都橘が快進撃を続けて、決勝まで勝ち上がった。あの舞台での勝負強さや、『絶対勝つぞ!』という強い気持ちが画面からも伝わってきた。選手一人ひとりの表情がすごく闘志にあふれていて、何より楽しそうだった。『自分の居場所はここにある』と思った」

 当時の京都橘はエースのFW小屋松知哉(現・名古屋グランパス)、GK永井建成(現・ロアッソ熊本)、FW仙頭啓矢(現・東洋大)といったタレントがそろい、4年ぶり2度目の本大会出場を果たした。そして快進撃を続け、一気に決勝まで勝ち上がった。鵬翔(宮崎)に2-2からのPK戦の末に惜しくも敗れ、優勝には一歩届かなかった。だが、彼らの躍進は全国に大きなインパクトを与え、一人の中学生の人生を変えた。

「父親から『京都橘の選手たちは京都サンガF.C.やガンバ大阪のユースに上がれなかった選手たちが集まって、頑張っている』と言われて興味が湧いた。だから、今まで見なかった選手権を見たんです。そうしたら一気に決勝までいくし、熱量もすごいし…。今まで見たことの無い世界を知った」

 ちょうどその時、彼は?サッカーにとって一番重要なこと?に気付いた時でもあった。

 小学校時代は地元・彦根市の金城FCでプレーしていた。「プロになって、世界に出たい」という夢をつかむために、小学校卒業と同時にJFAアカデミー福島に入り、親元を離れた。だが、中2の秋、夢を持って進んだJFAアカデミーを辞め、地元の彦根市立中央中に通うことになった。

「そこで大きなことに気付いた。アカデミーの時は、どこか『やらされている感』があったと思う。監督の目を気にしながらやっていた。だけど、もう一度『サッカーって楽しい』と思えた」

 当然、周りのレベルや環境も、アカデミー時代と比べて大きな差があった。けれど、真剣な中にも楽しさがあることに気が付くことができた。そうして忘れかけていた感覚を思い出した時、京都橘のサッカーと出会った。まさに運命の巡り合わせだった。

決定的な出会い

 中3になると、当然のように彼の元には、たくさんの誘いが届いた。「jユースからは、ヴィッセル神戸、京都、アルビレックス新潟。高体連は京都橘からお話を頂いて、4つの選択肢があった」。気持ちは京都橘に傾いていたが、正直迷った。

 Jユースには群を抜く環境が整っていた。一方で、今や強豪校の京都橘だが、練習環境は恵まれているとはいえなかった。学校のグラウンドは土で、フルコートを取ることができないほど狭い。間借りをしている桃山城グラウンドは広いが土のグラウンドで着替えも屋外だ。両方とも雨が降れば、たちまちぐちゃぐちゃになってしまう。しかし、それは彼にとって大きな問題ではなかった。

「グラウンドが土でも全く気になりませんでした。どの環境でもボールは変わらない。丸いし、ピッチは長方形だし。バウンドが変わるだけなんで、真剣に楽しくできれば全く気にならない」

 環境ではなく、いかに自分らしくサッカーができて、人間としても成長できるか。彼の尺度はそこにあった。当時読んだ、日本代表DF長友佑都(インテル)の自著の中で『一流の人間でなければ、一流のサッカー選手にはなれない』という言葉が印象に残ったという。「人間的にも成長をしないといけないと思うきっかけになった」。その考えが進路の決め手の一つとなった。

「最終的には神戸と、京都橘で迷いました。神戸の練習に参加した時、ボールもすごく回るし、レベルも高くて楽しかった」

 気持ちが揺れ動く中で、決定的な出会いに突き動かされた。国体の滋賀県選抜に入っていた岩崎は、隣の京都府選抜とたびたび試合をしたという。その選抜チームを率いていたのが、京都橘の米澤一成監督だった。試合で対戦する度に、「最近どうや?」とサッカーのことはもちろん、いろいろなことを気に掛けてくれた。いつしか「この人の下でなら人間的にも成長できる」と思うようになった。

 この交流によって、初めて京都橘をテレビで見た時に受けた衝撃の在りかを知った気がした。選手の人間力が高いからこそ、あの戦いぶりとなり、その表情が画面を通して伝わってきたのだろうと。自分もあの一員になりたい。その思いが、彼を京都橘へと導いた。

 そして今、その決断が間違っていなかったことを実感している。1年生からレギュラーをつかむと、昨季の選手権ではベスト8進出に貢献。その圧倒的な突破力と打開力は、Jクラブのスカウトからも注目を浴びるようになった。2年生になった今年、すでにFC東京と鹿島アントラーズが獲得に興味を持つなど、争奪戦はヒートアップしている。

「選手権に出て人生が変わった。代表にも選ばれ、海外遠征も経験して、あらためて自分を見つめ直すことができた。選手権に向かってチームが一体となっていく。この過程に自分がいられることはすごく大きいし、成長にもつながっていると思う」

熱くなれる環境

 岩崎は高校進学後、技術面でも大きな成長を遂げた。それをもたらしたのは、京都橘の環境だった。

「土のグラウンドなので、バウンドが変わったり、来るパスの精度も低い時がある。それに対して、多少強引でもマイボールにする技術や意識は、相当鍛えられた。ロングボールもズレるので、そこでリカバーできるようになった。守備面でも前線から2度追い、3度追いすることが多くて、より献身的なプレーもできるようになった」

 グラウンドの状態が悪ければ悪いほど、彼のプレーは際立った。それは環境が鍛え上げた代物だった。パスがズレてしまうのが当たり前。普段からそういった環境の中にいれば、変化に対してストレスを感じなくなる。パスがズレたから反応しない、良いパスが来ないと良いプレーができない。それが当たり前で育った選手たちは、わずかな変化さえも不満を覚える。そういった選手が増えている中で、彼の存在は非常に希少だ。だからこそ、実際に体感した高校サッカーは、回り道などとは思わないという。

「選手権で活躍をすればプロになれる。選手権という大きな目標をチーム、スタッフ全員で共有できて、一つになれることも大きい。高校サッカーは、まずチームありき。独り善がりになってしまっては絶対にいけない」

 そして、選んだ道の正しさをかみしめるシーンもあったという。今年の高校選手権京都府予選準決勝の久御山戦。全国高校総体ベスト16の久御山を相手に、先に2点を奪うも、その後試合をひっくり返される苦しい展開となった。

「2-3になった時、『ヤバイ』という気持ちに一瞬なった。その時応援席を見たら、試合に出たくても出られない3年生たちの顔が見えた。それで気持ちが一変した。ピッチに立っている2年生の僕が、絶対に裏切っちゃダメだと思った」

 直後、ドリブルから同点ゴールを挙げた。勢いを取り戻したチームは、その後決勝点を挙げ、4-3の勝利をつかみ取った。

「僕がゴールを決めた後、スタンドの3年生が泣いていたという話を聞いて、本当に胸が熱くなった。本当にここに来て良かったと思いました」

 決断は間違いではなかった。望んでいたものがそこにはあった。彼の高校生活はまだあと1年ある。選択の正しさを実証するためにも、京都で出会った最高の仲間たちと共に、まっすぐにサッカーに打ち込み続ける。


■profile
岩崎悠人(いわさき・ゆうと)
1998年6月11日、滋賀県生まれ。彦根中央中から京都橘に進学し、1年からレギュラーとして活躍。第93回全国高等学校サッカー選手権大会ではチームの準々決勝進出に貢献。大会優秀選手に選ばれ、U-17日本代表にも選出。スピードと運動量を生かしたドリブル突破が持ち味。

安藤隆人●文
text by Takahito Ando
齊藤友也●写真
photo by Tomoya Saito



わけわけ三国志


京都橘高校の岩崎悠人くんに興味を持つ鹿島である。
現時点で高校2年生の岩崎くんは、中学時代から注目される逸材である。
スピードと運動量で勝負するFW。
中学卒業時には、多くのクラブユースや高校から引く手数多であったとのこと。
中学時に駅伝部にも所属した持久力と瞬発力を併せ持つ。
来年には鹿島入団を選択してくれるであろうか。
注目である。


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豊川、岡山にレンタル濃厚

U22滑り込みの鹿島豊川 来季岡山にレンタル濃厚
[2015年12月31日7時31分 紙面から]

 U−22(22歳以下)日本代表に追加選出されたMF豊川雄太(21)が来季、鹿島から岡山に期限付き移籍することが30日、濃厚となった。

 岡山がJ1昇格の切り札として獲得オファーを出しており、クラブ間の正式合意をへて年明けにも発表される。U−22代表では3月の1次予選で2戦1発と活躍したが、クラブでは負傷が続いた影響もあって6試合無得点。最終予選を突破し本大会に出場するためにも、出場機会を求めて移籍する見通しだ。



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岡山からのオファーが届いた豊川である。
2014年シーズンは開幕からレギュラーに抜擢され活躍したが、今季は出場機会が激減しておった。
豊川としては、このチャンスを活かしたいところ。
岡山のJ1昇格に尽力するのだ。
楽しみである。


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北九州・本山、チームメートと一丸になってJ2優勝とJ1昇格

福岡)本山選手、背番号は「43」に J2ギラヴァンツ
宮野拓也2015年12月31日03時00分


報道陣の取材に「黄色が好きなんでうれしい」と話す本山雅志選手=北九州市八幡西区

 J1鹿島アントラーズからJ2ギラヴァンツ北九州に移籍した本山雅志選手(36)が30日、北九州市八幡西区であった少年サッカー大会で新しいユニホーム姿を披露した。背番号は、東福岡高で最初に着けた原点という43になった。

 本山選手は同市若松区出身。18年間在籍した鹿島では名ドリブラーとしてチームを引っ張り、日本代表でも国際Aマッチ28試合に出場した。この日は、東福岡のOB2人と発起人を務める「第6回新春初夢若松サッカー大会」に集まった小学生約260人の前に登場し、試合にも交ざった。

 地域貢献にも積極的に参加したいとする本山選手は、「勝っていかないと盛り上がらないと思う。チームメートと一丸になってJ2優勝とJ1昇格」を来季の目標に掲げた。J2には小野伸二選手や稲本潤一選手といった同級生も多く、対戦を待ち望んでいた。(宮野拓也)


ギラヴァンツ北九州のユニホーム姿でプレーする本山雅志選手=北九州市八幡西区の星琳高校総合グラウンド


「J1へチーム押し上げる」 ギラ入団の本山、池元選手意欲 [福岡県]

2015年12月31日 00時24分


子どもたちに華麗なボールさばきを披露する本山雅志選手

 来季からJ2ギラヴァンツ北九州でプレーするFWの本山雅志選手(36)=若松区出身=と池元友樹選手(30)=小倉北区出身=が30日、八幡西区であった子どもたちのサッカー大会に参加し試合を楽しんだ。
 入団発表後、2人が公の場に登場したのは初めて。今季限りでJ1鹿島を退団した元日本代表の本山選手は「地元でサッカーができる喜びを感じている。チームをJ1へ押し上げられるよう頑張っていきたい」と抱負を語った。一方、古巣へ復帰した池元選手は「移籍するなら北九州しかないと思っていた。ピッチで結果を出したい」と意気込んでいた。
=2015/12/31付 西日本新聞朝刊=



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新しいユニフォーム姿を披露した北九州の本山である。
背番号は43とのこと。
東福岡時代に着けた番号である。
原点に戻り、サッカーを楽しむという意気込みが伝わってくる。
またワクワクさせてくれるであろう。
本山の輝きが楽しみである。


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豊川、U-23日本代表選出

豊川選手 U-23日本代表メンバー選出のお知らせ
2015年12月30日(水)

本日、「AFC U-23選手権 カタール2016(オリンピック・アジア最終予選)」(2016年1月12日〜30日@カタール)のU-23日本代表メンバー2名が追加発表されました。

鹿島アントラーズからは、豊川選手が選出されました。



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U-23日本代表に追加招集された豊川である。
これは重畳。
得意のFK、持ち前の明るさで日本を五輪に導くのだ。
楽しみである。


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中島裕希、町田に加入

中島裕希選手 完全移籍加入のお知らせ
日頃よりFC町田ゼルビアをご支援いただきまして、誠にありがとうございます。
モンテディオ山形より、FW中島裕希選手が完全移籍で加入することが決まりましたので、お知らせ致します。
中島選手はファン・サポーターの皆様に対し、以下のようにメッセージを寄せております。
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来シーズンからFC町田ゼルビアでプレーすることになった中島裕希です。
自分の特徴でもあるスピードと裏への飛び出しを活かし、町田のJ2残留、そして、その先を目指して全力で頑張りたいと思います!
皆さん、よろしくお願いします!
一緒に闘いましょう!!
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以下、プロフィール
○FW中島裕希
(なかしま ゆうき)
■生年月日
1984年6月16日(31歳)
■出身地
富山県高岡市
■身長 / 体重
175cm / 76kg
■選手経歴
FCひがしJrユース→富山第一高→鹿島アントラーズ→ベガルタ仙台→モンテディオ山形
■年度別成績
2003(鹿島・J1)リーグ戦11試合0得点、ナビスコ杯4試合0得点、天皇杯4試合1得点
2004(鹿島・J1)リーグ戦10試合0得点、ナビスコ杯5試合1得点、天皇杯1試合0得点
2005(鹿島・J1)リーグ戦2試合0得点、ナビスコ杯4試合0得点、天皇杯1試合1得点
2006(仙台・J2)リーグ戦24試合5得点、天皇杯2試合0得点
2007(仙台・J2)リーグ戦47試合10得点、天皇杯1試合0得点
2008(仙台・J2)リーグ戦31試合6得点、天皇杯2試合1得点
2009(仙台・J2)リーグ戦38試合8得点、天皇杯5試合3得点
2010(仙台・J1)リーグ戦21試合1得点、ナビスコ杯4試合1得点、天皇杯0試合0得点
2011(仙台・J1)リーグ戦20試合1得点、ナビスコ杯2試合1得点、天皇杯2試合1得点
2012(山形・J2)リーグ戦41試合9得点、天皇杯2試合1得点
2013(山形・J2)リーグ戦40試合12得点、天皇杯3試合0得点
2014(山形・J2)リーグ戦36試合6得点、天皇杯2試合0得点
2015(山形・J1)リーグ戦31試合2得点、ナビスコ杯6試合1得点、天皇杯4試合1得点
☆J1リーグ通算95試合4得点
☆J2リーグ通算257試合56得点
☆ナビスコ杯通算25試合4得点
☆天皇杯通算29試合9得点
以上

中島裕希選手 FC町田ゼルビアへ完全移籍のお知らせ
2015年12月30日(水)

このたび中島裕希選手が、FC町田ゼルビアへ完全移籍することが決定しましたのでお知らせいたします。

中島裕希選手 Yuki NAKASHIMA
生年月日:
1984年6月16日(31歳)

身長体重:
175cm、76kg

出身地:
富山県

ポジション:
FW

経歴:
FCひがしJrユース→富山第一高→鹿島アントラーズ→ベガルタ仙台→鹿島アントラーズ→ベガルタ仙台→鹿島アントラーズ→ベガルタ仙台→モンテディオ山形→ベガルタ仙台→モンテディオ山形

通算出場記録:
J1リーグ戦通算95試合出場4得点
J2リーグ戦通算257試合出場56得点
カップ戦通算25試合出場4得点
天皇杯通算29試合出場9得点

中島裕希選手コメント
「4年間支えてくれたサポーターのみなさん、ありがとうございました。この度、FC町田ゼルビアに移籍することになりました。みなさんと共に闘えたことを一生忘れません。これからも応援よろしくお願いします。」



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町田に加入した中島裕希である。
山形を退団トライアウトに参加しておったが、町田の相馬監督の目に留まった様子。
相馬監督と中島は2003年に選手として鹿島に所属しておった。
この縁を大事に、今回は町田のJ2残留に尽力するのだ。
活躍の報を待っておる。


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植田、鹿島で勝負したい

【鹿島】U23代表・植田が残留決断「鹿島で勝負したい」
2015年12月30日6時0分 スポーツ報知

 U―23日本代表DF植田が残留を決断した。J1鳥栖などから期限付き移籍のオファーを受けていたが、「鹿島で勝負したい」とクラブに申し入れた。今季はリーグ戦12試合と出場機会が得られず、今後の成長を見据え、鹿島との話し合いの上で他クラブに出ることも選択肢に入れていた。来季は持ち味の身体能力でDF昌子、ファンソッコの牙城を崩す。



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鹿島残留を決断した植田である。
植田は、鳥栖などからレンタルのオファーを受けておったが、鹿島でのプレイを希望したとのこと。
植田自身、2014年シーズンこそレギュラーポジションを得ておったが、今季は前半こそ幾試合かチャンスをもらったが、石井監督になってからは出場機会が激減しておった。
源とファン・ソッコ、青木に加え、来季は町田くんも加入するCBは層が厚い。
来年の五輪出場を目指す植田としては、出場機会を求め、移籍することも視野に入れても良かったはず。
しかしながら、植田は鹿島での成長を目指す様子。
植田の向上心が表れておる。
是非ともポジションを奪い、活躍して欲しい。
植田の闘争心に期待しておる。


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U-23日本代表候補・豊川、紅白戦にてアシスト

U22日本代表2枠争いで豊川が1アシストと結果
[2015年12月29日20時41分]


右CKでFWオナイウの得点をアシストしたU−22代表候補MF豊川

 沖縄・石垣島合宿中のU−22(22歳以下)日本代表が29日、50分1本の紅白戦を行った。主力組と控え組の序列をつけた形で行われ、先発は主力組がGK櫛引政、DF松原、植田、奈良、亀川、MF遠藤、大島、矢島、中島、FW久保、鈴木。控え組がGK杉本、DF室屋、高橋、櫛引一、安在、MF川辺、三竿、豊川、前田、FW荒野、オナイウでスタート。GK牲川、DF岩波、MF原川が途中から出場した。負傷中のGK中村はピッチに立つことができなかった。

 試合は開始5分、主力組が先制する。松原の右クロスを大島が右足ボレーで突き刺した。15分には矢島の右CKに植田が頭で合わせて追加点を挙げた。控え組も反撃する。20分、豊川の右CKがオナイウの頭をとらえ、ゴールマウスに飛び込んだ。1点差に迫ったが、試合は連係に一日の長がある主力組のペース。31分、再び矢島のCKからFW久保のヘディング、37分には矢島のCKのこぼれ球を原川がゴール前に上げ、岩波が右足で豪快に突き刺した。4−1で笛が鳴り、石垣島合宿の実質最終日の練習を打ち上げた。

 主力組がまずまずの仕上がりを見せた一方、控え組では、リオデジャネイロ五輪アジア最終予選(来年1月12日開幕、カタール)の未発表メンバー2枠を争っていた豊川が1アシストと結果を出した。「CKは良いところに上げられたけど、得点を取りたかった。どうなるか分からない。あとは待つだけ」と、30日の運命の発表を迎える。手倉森監督は「力をぶつけ合うゲームになり、白熱して高め合えたと思う。残り2枠については、これからコーチ陣の話も聞いて最終的に決めたい」。天皇杯では浦和MF関根が好調だったこともあり、最後の最後まで悩みそうな様子だった。

U22豊川生き残りに望み 最終メンバー今日発表
[2015年12月30日7時51分 紙面から]


紅白戦で力強いドリブルを仕掛けるU−22代表候補MF豊川。左はMF原川

 沖縄・石垣島合宿中のサッカーU−22(22歳以下)日本代表が29日、候補選手の生き残りをかけた紅白戦を実施した。リオデジャネイロ五輪アジア最終予選を兼ねるU−23アジア選手権(来年1月12日開幕、カタール)の未発表メンバー2人を決める参考材料となる実戦で、控え組に入ったMF豊川雄太(21=鹿島)が1アシストと結果を残した。MF前田直輝(松本)FW荒野拓馬(札幌)も最後のアピールを行い、今日30日の運命のメンバー発表を待つ。

 望みをつなぐ放物線が描かれた。紅白戦の20分、右CK。控え組MF豊川が蹴ったボールが、FWオナイウの頭をとらえた。MF遠藤、DF植田らA代表経験者の壁を破るアシスト。鹿島でも任される正確なプレースキックで、残り2枠の決断材料を求める手倉森監督に猛アピールした。

 終盤には自陣からドリブルを仕掛けた。MF原川を右半身で押さえつけながら、力強く左サイドの敵陣深くまで運んでいく。指揮官も思わず「トヨーッ!」と声を上げた。相手DFの背後を突く動きも愚直に繰り返し、手倉森監督から「十分に体を張れることが分かった。相手のギャップに入り込んでいく動きも良かった」と認められた。

 ラストチャンスにかけてきた。故郷熊本で自主トレを重ね、東海大熊本校の練習にまじって状態を高めてきた。石垣島でも走り続け、迎えた最後の実戦。「CKは良い位置に上げられたし、ゴールへ向かう姿勢も見せられた。ただ得点を取りたかった」。“当確弾”こそ決められなかったが「あとは待つだけです」。

 ほかの候補も力を発揮した。浦和MF関根は天皇杯の柏戦で躍動し、右サイドを切り裂いた。テレビで確認した手倉森監督も「彼の持ち味が発揮できる状況だった」。紅白戦ではMF前田がドリブル、FW荒野が体を張る特長を示し、前田は「仕掛けなければ自分じゃないし、やることはやった」と完全燃焼した。

 残り2枠は今日30日、帰京後の会見で発表される。指揮官は「まだ迷うほど、みんな良い。コーチ陣の話も聞いて決断したい」。最終予選の鍵も握りそうな2人が、決定する。【木下淳】

豊川 U22生き残りへのアシスト 指揮官「常に前向く姿勢いい」
U22石垣島合宿 紅白戦 主力組4―1控え組 (12月29日)


紅白戦でボールを奪う豊川(手前)
Photo By スポニチ


 来年1月のリオデジャネイロ五輪アジア最終予選(1月12日開幕、カタール)に向けて合宿中のU―22日本代表は29日、沖縄県石垣市内で調整した。予選メンバーの残り2枠の座を争うMF豊川雄太(21=鹿島)が、紅白戦で1アシストして生き残りへアピールした。

 試合開始から20分、控え組が右CKを得るとキッカーは豊川。右足で狙い済ましたボールは、ゴール前で競り合いを制したオナイウの頭にドンピシャで合った。最終予選メンバー23人の残り2枠を争い、重要な紅白戦で1アシストと結果を出し「(セットプレーが)チームの得点源になれば助けになる。やれることはやった」と充実感をにじませた。既に決定しているメンバー21人の中でキッカーは右足の矢島、左の山中がいるが、手薄な状況。メンバー入りへ大きなアピールとなった。

 終盤には左サイドのライン際を原川と競り合いながらドリブル突破。最後は止められたが、技術と強さを見せ「ああいう姿勢だったり、ゴールに向かう姿勢は出せた」と手応えを口にする。手倉森監督も「体を張れるし、相手のギャップに入っていける。常に前を向く姿勢は良かった」と評価した。残り2枠の発表は30日。やるべきことをやり、吉報を待つ。
[ 2015年12月30日 05:30 ]

U22日本代表2枠争い豊川がアピール
2015年12月30日


紅白戦でCKからアシストした豊川

 「U-22日本代表合宿」(29日、石垣市内)

 来年1月のリオデジャネイロ五輪アジア最終予選(1月12日開幕、カタール)に向けて合宿中のU−22(22歳以下)日本代表は29日、沖縄県石垣市内で紅白戦(50分)を行い、主力組が4−1で控え組を下した。残り2枠の最終予選メンバーは30日に発表される。最終試験となる紅白戦で控え組に入ったMF豊川雄太(21)=鹿島=が1アシストをマークし、生き残りへアピールした。

 豊川は右CKで精密な右足を披露した。20分にオナイウの頭にぴたりと合わせた。控え組の唯一の得点をアシストした。「鹿島で練習してきた。どうなるか分からないが、後は待つだけ」と表情も明るかった。

 残された椅子は2つだけ。キッカーは右の矢島、左の山中だけと駒不足だけに印象は残した。手倉森監督は「体を張れると思った。前を取る姿勢はよかった」と評価した。強引なドリブル突破でも存在感を示した。

 一方でMF前田は得意のドリブルが不発に終わり、「難しい面はあった」。FW荒野も「簡単なミスがあった」と肩を落とした。ライバルの2人はアピール不足に終わった。天皇杯準決勝に出場した浦和の関根も有力候補だ。

 残り2枠は、センターバックを1枚削って攻撃の選手を2人入れる予定。最終試験は終了。手倉森監督は「コーチ陣の話を聞いてから決めたい」と語った。



わけわけ三国志


紅白戦にて合宿を締めたU-23日本代表候補である。
サブ組の豊川はアシストという結果を出したとのこと。
残りのメンバーへのアピールになったであろうか。
運命の発表は明日。
是非とも滑り込んで欲しいところ。
期待しておる。


わけわけ三国志

U-23日本代表候補・豊川、コミュニケーションや連係は取れているとは思います

豊川 U22主力組殴り込み!登録“残り2枠”へ最後のアピール

<U22石垣島合宿>練習中に水分補給する豊川(中央)
Photo By スポニチ


 来年1月のリオデジャネイロ五輪アジア最終予選(1月12日開幕、カタール)に向けて合宿中のU―22日本代表は28日、沖縄県石垣市内で調整した。実戦形式の練習では既に発表されている最終予選メンバー21人以外でMF豊川がただ一人、途中から主力組に入った。

 中島に代わって左サイドの位置に入り、躍動した。狭いスペースの中で久保らとコンビネーションで突破を試みた。「コミュニケーションや連係は取れているとは思います。常に選ばれた体でプレーしている」と21人から漏れたとはいえ、残り2枠を争う戦いへのモチベーションは高い。

 ライバルは多い。今合宿に参加しているメンバーでも荒野や前田、不参加組でも浦和のMF関根がいる。それでもエース候補である久保との連係についても「一番コミュニケーションを取っている。(久保は)うまいのでお互いの特長を出し合いたい」と自信。きょう29日の紅白戦で手倉森監督は2枠に入る選手を決断する方針で「頑張りますよ」と豊川。最後のアピールでカタール切符を手に入れる。
[ 2015年12月29日 05:30 ]

U22メンバー絞り込み、豊川、前田、荒野から2人
[2015年12月29日7時19分 紙面から]


U−22最終予選メンバー候補の、左から札幌FW荒野、松本MF前田、鹿島MF豊川

 サッカーU−22(22歳以下)日本代表のサバイバル紅白戦が今日29日に行われる。リオデジャネイロ五輪アジア最終予選を兼ねたU−23アジア選手権(来年1月12日開幕、カタール)の未発表メンバー2人を決める沖縄・石垣島合宿。得点力不足解消のため2選手とも攻撃陣から選ばれるとみられ、MF豊川雄太(21=鹿島)MF前田直輝(21=松本)FW荒野拓馬(22=札幌)が最終試験を受ける。

 2つのイスを奪い合う選手が事実上、3人に絞られた。手倉森監督はセンターバックを削って攻撃の枚数を増やすとみられ、豊川、前田、荒野が運命の紅白戦に臨む。3月の1次予選で3試合中2試合に出場し、最終予選進出に貢献した豊川は「今回は候補だけど、常に自分が選ばれたものと思ってプレーしている」と意欲的。駒不足のキッカーとしても幅を広げられる存在で、滑り込みを目指す。

 新鋭と常連も負けていない。7月のコスタリカ戦で初めて招集された前田は今月の中東遠征にも参加。「個で打開できる部分をテグさん(監督)に見せつけたい」と、同部屋の豊川としのぎを削る。荒野は14年の手倉森ジャパンから名を連ねる古株。24日に同じ常連の金森が右太もも裏痛で離脱し「残り2枠は俺と金森で、と話していたのに」。友の分まで意地を見せる。

 ほかの候補、浦和MF関根はチームが天皇杯準決勝に進んだため合宿に参加できない。鳥栖FW鎌田は準々決勝で敗退したが、追加招集されなかった。残る2枠は関根+石垣組か、2人とも石垣組か−。個人の特長と、発表済みメンバーとの連係面の両方を紅白戦で見極める手倉森監督は「最後の最後まで悩みたい」。代表の公式戦5戦2発の豊川、3戦0発の前田、14戦3発の荒野が最後のふるいにかけられる。【木下淳】



わけわけ三国志


実践形式の練習にて主力組に入ったU-23日本代表候補の豊川である。
左サイドのポジションにて躍動したとのこと。
狭いスペースの中でコンビネーションで崩そうと試みた模様。
得意のコミュニケーションでチームメンバーと連携を深めておる。
この能力を高く評価して欲しいところ。
豊川の活躍を楽しみにしておる。


わけわけ三国志

永木、鹿島のダイナモ誕生

湘南MF永木 鹿島に完全移籍「タイトル獲得のため全力尽くす」

鹿島へ完全移籍することになった湘南MF永木
Photo By スポニチ


 鹿島が湘南のMF永木亮太(27)が完全移籍で加入することを発表した。

 正確無比なFKと豊富な運動量が持ち味で、今月20日のハリルジャパンのミーティングに“初招集”された期待のボランチ。複数クラブから獲得オファーを受けながら鹿島に決断した逸材は「今まで培ってきた自分の全てを出し、タイトル獲得のためチームに貢献できるように全力を尽くします」とコメントした。
[ 2015年12月29日 05:30 ]

鹿島、”湘南スタイル”支えた主将永木を獲得「タイトルを獲りたい」
2015年12月28日(Mon)16時30分配信
photo Getty Images



永木亮太【写真:Getty Images】

 鹿島アントラーズは28日、湘南ベルマーレのMF永木亮太が完全移籍で加入すると発表した。

 永木は1988年6月4日生まれの27歳で、2011年に湘南でプロキャリアをスタートさせた。今季はリーグ戦32試合に出場し3ゴール2アシストを記録。守備的ミッドフィールダーとして、さらにキャプテンとして“湘南スタイル”を牽引した。

 永木は鹿島の公式ウェブサイトを通じて、「伝統ある鹿島でプレーできることを嬉しく思います。今まで培ってきた自分の全てを出し、タイトル獲得のためチームに貢献できるように全力を尽くします」とコメントしている。

 また、特別指定選手として加わった期間も含めて5年を過ごした湘南のファンに対しては、公式サイトを介して感謝の意を伝え、悩み抜いた末での決断だったことを告白した。

「鹿島という伝統ある常勝軍団のスタイルの中に入り、また新しい経験をしたいということ、また今までJ1でたくさんのタイトルを獲ってきたチームの中に自分も入り、色々なことを学びながらチームに貢献し、タイトルを獲りたいという気持ちになりました」

 さらに、湘南への変わらぬ愛情と将来的な帰還を示唆しながら、日本代表入りへの意欲を見せて別れの言葉を結んでいる。新天地で心機一転、永木は常勝軍団の一員として飛躍を遂げることができるだろうか。

【了】

鹿島、湘南からMF永木を完全移籍で獲得「1つでも多くのタイトルを」

鹿島への移籍が発表されたMF永木亮太 [写真]=Getty Images

 鹿島アントラーズは28日、湘南ベルマーレからMF永木亮太が完全移籍で加入することを、クラブ公式サイトで発表した。

 現在27歳の永木は川崎フロンターレのユースから中央大学へ進学すると、4年生時に湘南の特別指定選手として登録され、Jリーグデビューを果たした。その後、2011年から正式に湘南の一員となると、2013年からはキャプテンに就任。今季は2015明治安田生命J1リーグ32試合に出場し、3得点を記録している。また、日本代表選出経験はないものの、今月20日に行われた国内組の代表候補ミーティングに招集された。

 移籍が決まった永木はサイトを通じて、「この度、湘南ベルマーレから鹿島アントラーズに加入することになりました、永木亮太です。伝統ある鹿島でプレーできることを嬉しく思います。今まで培ってきた自分の全てを出し、タイトル獲得のためチームに貢献できるように全力を尽くします。また、カシマスタジアムでサポーターの皆さんと一緒に戦えるのを楽しみにしています。1つでも多くのタイトルを獲得できるように、共に頑張りましょう」とコメントしている。

 また、湘南のクラブ公式サイトを通じて以下のようにコメントしている。

「この度、鹿島アントラーズに移籍することになりました。湘南では、2010年の特別指定選手の時を含め、プロのキャリアをスタートさせてから今まで育ててもらい、反町監督、?監督をはじめ、今まで指導してもらった現場のスタッフ、並びにフロントスタッフの皆さんにも、サッカー選手としてだけでなく、人間としても成長させてもらったことを本当に感謝しています。2013年からは?監督のもと、キャプテンを3年間務めさせてもらい、良い時も苦しい時もありましたが、自分にとっては本当に素晴らしい経験になりました。鹿島からオファーをいただいて以来、移籍を決めるまでは本当に悩みましたが、一番の決め手となったのは、鹿島という伝統ある常勝軍団のスタイルの中に入り、また新しい経験をしたいということ、また今までJ1でたくさんのタイトルを獲ってきたチームの中に自分も入り、色々なことを学びながらチームに貢献し、タイトルを獲りたいという気持ちになりました」

「サポーターの皆さんには、大学生の時から本当に温かく応援してもらい、近年では湘南スタイルをサポーターの皆さんと共に作り上げているということを感じながら、サッカーができていましたし、常に声を絶やさず共に戦ってくれたことを本当に感謝しています。勝った後の勝利のダンスは本当に大好きでした。来年からチームは変わりますが、湘南ベルマーレのことはこの先、永遠に大好きだし、自分の中で湘南でタイトルを獲るというのは1つの大きな夢なので、また湘南ベルマーレに関わって、タイトルを取れる日が来るように、今まで以上に選手としても人間としても成長して帰ってこれたら幸せだと思っています。本当に今までありがとうございました。来年は、日本代表のユニフォームを着ることがでるように、頑張ります。チームは変わりますが、来年も一緒にJリーグを盛り上げていきましょう」

【J1・J2移籍動向/42クラブを網羅】鹿島が湘南のMF永木を獲得! 新潟がFW鈴木の復帰を発表
サッカーダイジェストWeb編集部
2015年12月28日


「色々なことを学びながらチームに貢献し、タイトルを獲りたい」(永木)


鹿島入りを決断した永木。12月20日の日本代表候補ミーティングにも招集されており、「来年は、日本代表のユニフォームを着ることがでるように、頑張ります」と代表入りを誓った。 (C)SOCCER DIGEST

 鹿島が28日、湘南のMF永木亮太(27歳)の獲得を発表した。

 11年に湘南に加入し、13年から主将を務めたボランチは、2年連続でのラブコールに応えて鹿島への移籍を決断。鹿島の公式HPを通して「伝統ある鹿島でプレーできることを嬉しく思います。今まで培ってきた自分の全てを出し、タイトル獲得のためチームに貢献できるように全力を尽くします」とコメントした。

 また、湘南の公式HPでは、「一番の決め手となったのは、鹿島という伝統ある常勝軍団のスタイルの中に入り、また新しい経験をしたいということ、また今までJ1でたくさんのタイトルを獲ってきたチームの中に自分も入り、色々なことを学びながらチームに貢献し、タイトルを獲りたいという気持ちになりました」。

 さらに、「来年からチームは変わりますが、湘南ベルマーレのことはこの先、永遠に大好きだし、自分の中で湘南でタイトルを獲るというのはひとつの大きな夢なので、また湘南ベルマーレに関わって、タイトルを取れる日が来るように、今まで以上に選手としても人間としても成長して帰ってこれたら幸せだと思っています」と熱い湘南愛も語った。



わけわけ三国志


複数クラブからの獲得オファーから鹿島を選んだ永木である。
これはより嬉しい。
小笠原満男を尊敬し、彼とのプレイを望んだ結果が、来季、実を結ぶ。
球際の強さとタフさで勝利に貢献してくれるであろう。
鹿島のダイナモの誕生を喜びたい。
活躍が楽しみである。


わけわけ三国志

ようこそ永木亮太

永木選手が完全移籍で加入
2015年12月28日(月)

永木亮太選手が湘南ベルマーレより完全移籍で加入することとなりましたので、お知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名:
永木 亮太(ながき・りょうた)

■生まれ:
1988年6月4日、神奈川県出身

■サイズ:
173センチ、72キロ

■ポジション:
MF

■経歴:※カッコ内は加入年
ヴェルディジュニア−FC奈良−川崎フロンターレU‐15−川崎フロンターレU-18−中央大学−湘南ベルマーレ(2011〜 ※2010 湘南ベルマーレ特別指定選手)

■公式戦成績:
J1リーグ通算 76試合7得点
J2リーグ通算 108試合12得点
ナビスコカップ通算 6試合0得点
天皇杯通算 9試合0得点

■永木選手コメント
「この度、湘南ベルマーレから鹿島アントラーズに加入することになりました、永木亮太です。伝統ある鹿島でプレーできることを嬉しく思います。今まで培ってきた自分の全てを出し、タイトル獲得のためチームに貢献できるように全力を尽くします。また、カシマスタジアムでサポーターの皆さんと一緒に戦えるのを楽しみにしています。ひとつでも多くのタイトルを獲得できるように、共に頑張りましょう」

永木亮太選手 鹿島アントラーズへ移籍のお知らせ
この度、永木亮太選手が鹿島アントラーズへ移籍することとなりましたのでお知らせいたします。
尚、永木選手は完全移籍となります。

【プロフィール】
◆氏名
永木 亮太(ナガキ リョウタ)

◆ポジション
MF

◆生年月日
1988年6月4日(27歳)

◆身長/体重
173cm/72kg

◆出身地
神奈川県横浜市

◆サッカー歴
川崎フロンターレU-15 ⇒ 川崎フロンターレU-18 ⇒ 中央大 ⇒ 湘南ベルマーレ(2011年)
※2010年 特別指定選手(湘南)

◆出場記録

年度 所属チーム リーグ戦 カップ戦 天皇杯
2010 湘南ベルマーレ(J1) 11試合0得点 0試合0得点 0試合0得点
2011 湘南ベルマーレ(J2) 36試合4得点 − 4試合0得点
2012 湘南ベルマーレ(J2) 41試合2得点 − 2試合0得点
2013 湘南ベルマーレ(J1) 33試合4得点 4試合0得点 2試合0得点
2014 湘南ベルマーレ(J2) 31試合6得点 − 0試合0得点
2015 湘南ベルマーレ(J1) 32試合3得点 2試合0得点 1試合0得点
※通算:J1リーグ…76試合7得点、J2リーグ…108試合12得点、ナビスコカップ…6試合0得点、天皇杯…9試合0得点

【コメント】
この度、鹿島アントラーズに移籍することになりました。
湘南では、2010年の特別指定選手の時を含め、プロのキャリアをスタートさせてから今まで育ててもらい、反町監督、?監督をはじめ、今まで指導してもらった現場のスタッフ、並びにフロントスタッフの皆さんにも、サッカー選手としてだけでなく、人間としても成長させてもらったことを本当に感謝しています。
2013年からは?監督のもと、キャプテンを3年間務めさせてもらい、良い時も苦しい時もありましたが、自分にとっては本当に素晴らしい経験になりました。
鹿島からオファーをいただいて以来、移籍を決めるまでは本当に悩みましたが、一番の決め手となったのは、鹿島という伝統ある常勝軍団のスタイルの中に入り、また新しい経験をしたいということ、また今までJ1でたくさんのタイトルを獲ってきたチームの中に自分も入り、色々なことを学びながらチームに貢献し、タイトルを獲りたいという気持ちになりました。
サポーターの皆さんには、大学生の時から本当に温かく応援してもらい、近年では湘南スタイルをサポーターの皆さんと共に作り上げているということを感じながら、サッカーができていましたし、常に声を絶やさず共に戦ってくれたことを本当に感謝しています。
勝った後の勝利のダンスは本当に大好きでした。
来年からチームは変わりますが、湘南ベルマーレのことはこの先、永遠に大好きだし、自分の中で湘南でタイトルを獲るというのはひとつの大きな夢なので、また湘南ベルマーレに関わって、タイトルを取れる日が来るように、今まで以上に選手としても人間としても成長して帰ってこれたら幸せだと思っています。
本当に今までありがとうございました。
来年は、日本代表のユニフォームを着ることがでるように、頑張ります。
チームは変わりますが、来年も一緒にJリーグを盛り上げていきましょう。



わけわけ三国志


予てから噂のあったように、湘南の永木が鹿島に加入する。
これは嬉しい。
「鹿島という伝統ある常勝軍団のスタイルの中に入り、また新しい経験をしたい」とコメントしており、タイトルに大きく尽力してくれるであろう。
力一杯声援を送り、共に戦おうではないか。
活躍を期待しておる。


わけわけ三国志

山形・當間、松本山雅へ移籍

當間建文選手 モンテディオ山形から完全移籍加入のお知らせ
2015/12/28

この度、モンテディオ山形より當間建文選手が完全移籍加入することが決定しましたので、下記の通りお知らせいたします。

□當間 建文選手 プロフィール

【氏名】    當間 建文(とうま たけふみ)
【ポジション】 DF
【生年月日】  1989年3月21日
【出身】    沖縄県
【身長/体重】 178cm/72kg
【競技歴】   宇栄原FC ⇒ 小禄中 ⇒ 東海大第五高 ⇒ 鹿島アントラーズ ⇒ 栃木SC ⇒ モンテディオ山形
【出場記録】
≪2015シーズン≫
【J1リーグ】22試合0得点/【リーグカップ】2試合2得点/【天皇杯】2試合0得点
《通算》

年度 チーム リーグ リーグ リーグカップ 天皇杯
出場 得点 出場 得点 出場 得点
2010 鹿島 J1 1 0 0 0 3 0
2011 鹿島 J1 2 0 0 0 1 0
2012 栃木 J2 29 2 – – 1 0
2013 栃木 J2 30 1 – – 0 0
2014 山形 J2 27 3 – – 5 0
2015 山形 J1 22 0 2 2 2 0
通算 J1 25 0 2 2 12 0
J2 86 6
【當間選手コメント】
『みなさんはじめまして。モンテディオ山形から移籍することになりました當間建文です。松本山雅FCはとても情熱的な多くのサポーターの方々の存在が、これまでも印象に強く残っています。そのみなさんを楽しませ、チームに貢献できる選手になりたいと思います。よろしくお願いします』

當間建文選手 松本山雅FCへ完全移籍のお知らせ
2015年12月28日(月)

このたび當間建文選手が、松本山雅FCへ完全移籍することが決定しましたのでお知らせいたします。

當間建文選手 Takefumi TOMA
生年月日:
1989年3月21日(26歳)

身長体重:
178cm/72kg

出身地:
沖縄県

ポジション:
DF

経歴:
宇栄原FC→小禄中→東海大第五高→鹿島アントラーズ→栃木SC→モンテディオ山形

通算出場記録:

J1リーグ戦通算25試合出場0得点
J2リーグ戦通算86試合出場6得点
カップ戦通算2試合出場2得点
天皇杯通算12試合出場0得点

當間建文選手コメント
「加入からの2年、サッカーでは1年でのJ1昇格、そして1年でのJ2降格と様々な経験をし、プライベートでは初めての子供が山形で生まれ、人生の中でも特に印象深い山形での2年間になりました。これから次のチャンレンジに向かって移籍しますが、引き続き當間建文を応援していただければと思います。これまで本当にありがとうございました。」



わけわけ三国志


山形から松本山雅に移籍する當間である。
出場機会を求めてとのこと。
是非ともポジションを奪い取り、後藤と共に鉄壁のDFを組むのだ。
活躍を楽しみにしておる。


わけわけ三国志

岳、海外ならどこでもいいとは考えていないし、自分が成長できるところがいい

【移籍マーケット最新事情】オフ返上で練習を続けた柴崎岳。欧州挑戦を望むも、現状は「あまりに(動きが)なにもなさ過ぎる」(鹿島幹部)
サッカーダイジェスト編集部
2015年12月27日


鹿島側の配慮で、来季の契約交渉を一時凍結していたが…。


欧州移籍を狙う柴崎は、オフの間も身体を動かし、コンディションを保っていた。 写真:小倉直樹(サッカーダイジェスト写真部)

 チームがオフに入ってからも、柴崎は鹿島のクラブハウスで練習を続けていた。その大きな理由が、フランクフルトからの関心だ。選手としては、いつドイツに渡ってもいいようにコンディションを保つ必要がある。ただ、実際に移籍話に進展があるかと言われれば、そうとは言い切れない。

 10月に代理人を通じて「フランクフルトが柴崎に興味を持っている」という情報が寄せられたきり、現地から鹿島への接触はない。正式オファーが届いた瞬間に内定するのが海外移籍の通例とはいえ、過去の例と比べても「あまりに、なにもなさ過ぎる」(鹿島幹部)のが状況だ。

 12月半ばの段階では、鹿島側の配慮で来季の契約交渉を一時凍結。柴崎は今もオファーを待っている。

「タイミングが合えば、海外でプレーしてみたい、とは前から言ってきた。最近思ったことではなく、ずっと目標にしていること。海外ならどこでもいいとは考えていないし、自分が成長できるところがいい」(柴崎)

 2015年は武藤(マインツ)、南野(ザルツブルク)らの同世代、もしくは年下の選手が海を渡った。そんな周囲の状況も、日本を背負って立つべきMFにとって、海外挑戦への想いを強める理由になっている。



わけわけ三国志


欧州からのオファーを待つ岳である。
しかしながら、きちんとした移籍話は無い様子。
欧州の移籍ウィンドウが開くのは1月であるためであると思いたい。
とはいえ、それにしてもこれまでの例に比べて接触がないと鹿島幹部が明かす。
駆け足にてオファーが届くのであろうか。
それとも、このまま波風が立たず、鹿島に残るのであろうか。
岳の去就に注目である。


わけわけ三国志

2015喜怒哀楽

鹿島アントラーズ編:2015喜怒哀楽
2015年12月27日(日)

今季のJ's GOAL年末企画は“2015喜怒哀楽”。全52クラブの担当ライターが3つの視点から2015シーズンを振り返ります!

■2015クラブトピックス
2012年以来のタイトル獲得。Jリーグヤマザキナビスコカップ優勝
世代交代が進められてきたなかで、新しいチームの形が見えた上でのタイトル獲得はやはりうれしいものがありました。Jリーグヤマザキナビスコカップは2011、12年と連覇していますが、そのときは過去のチームに伸び盛りの大迫勇也選手や柴崎岳選手が力を発揮することで得たタイトルでした。
しかし、今回はシーズン途中に監督交代という苦難を乗り越えながら、新たな息吹を感じさせる戦いが大会を通じてできたという意味でも、今後のチームが本当に楽しみです。



■2015私的トピックス
ファン・サポーターとチームがより身近に
12月5日の練習最終日に約2000人のファン・サポーターがクラブハウス・練習場を訪れたことは本当に驚きでした。いまのチームに対する期待の大きさや、鹿島を離れることになった選手への感謝の気持ちなど、訪れた人にはそれぞれの思いがあったなか、チームはその気持ちに応えるように最大限のファンサービスで応じていました。
ここ数年、そうした場面では硬派な対応が多かった鹿島ですが、石井正忠監督が就任してからというもの、ファン・サポーターとチームの距離がぐっと縮まったように見えます。今後、そこで生まれるパワーがさらに大きくなると楽しみです。

■2015Jリーグトピックス
驚嘆!36歳とは思えない小笠原満男の運動量と存在感
Jリーグヤマザキナビスコカップ決勝の小笠原満男選手のパフォーマンスには驚嘆しました。もちろんチーム全員がすばらしいプレーをした、ということが前提になるとは思いますが、36歳にしてあれだけの運動量と存在感を見せつけられると、今後もまだまだチームの大黒柱として期待できそうです。
そうなると、次に期待されるのは若い選手たちの巻き返しです。ベテランに負けじと奮闘することで互いに切磋琢磨し、Jリーグがさらに魅力あるサッカーリーグに発展していくことを願いたいです。

Reported by 田中滋



わけわけ三国志


2015年シーズンを振り返るJ’sGOALの田中氏である。
世代交代、監督交代、そしてナビスコ制覇ということになる。
指揮官が解任されるという苦難を乗り越えて得たタイトルは、感慨深いものがあった。
この優勝にて選手は大きく成長した。
若きチームは、勢いだけでなく伸びしろも大きい。
来季は更に飛躍してくれるであろう。
楽しみである。


わけわけ三国志

夢生、ポルティモネンセ移籍報道

金崎夢生が鹿島を退団 ポルトガル2部に復帰へ
[2015年12月27日7時37分 紙面から]

 ポルトガル2部ポルティモネンセは25日、今季、鹿島に期限付き移籍していた日本代表FW金崎夢生(26)が復帰すると公式サイトで発表した。金崎には日本の3クラブから獲得の打診があったと公表。そのほかに中国の1クラブとポルトガルの4クラブを含む欧州の6クラブ、計10クラブが関心を示していたとしている。獲得には200万ユーロ(約2億6000万円)が必要だとも記した。

 金崎は今季、鹿島で27試合出場9得点でJリーグベストイレブンに選出された。約5年ぶりに日本代表にも復帰し、11月のW杯アジア2次予選シンガポール戦では代表初得点を挙げている。鹿島は完全移籍での獲得に向けてポルティモネンセと交渉を続けていた。

鹿島・金崎、ポルトガル2部のポルティモネンセに復帰へ
 鹿島に期限付き移籍中のFW金崎が、保有権を持つポルトガル2部のポルティモネンセに復帰すると同クラブが25日に公式サイトで発表した。日本や中国、欧州の複数クラブが獲得に乗り出しており、獲得には200万ユーロ(約2億6000万円)の移籍金がかかることも伝えている。鹿島は今季9得点したストライカーの完全移籍へ正式オファーを出していた。復帰について鹿島側は正式発表していない。
(紙面から)

鹿島痛っ!金崎ポルトガル復帰 チーム公式サイトが発表

来季はポルトガル2部ポルティモネンセに復帰する金崎
Photo By スポニチ


 期限付き移籍で今季鹿島でプレーした日本代表FW金崎に関し、レンタル元のポルトガル2部ポルティモネンセが25日、チームに復帰すると公式サイトで発表した。

 クラブは「金崎の獲得に、日本の3クラブ、中国の1クラブ、ポルトガル4クラブを含む欧州の6クラブがオファーを提示している」と公表し、今冬に再び移籍する可能性を示唆。移籍金は200万ユーロ(約2億6400万円)に設定しているという。鹿島は金崎の完全移籍での獲得を目指していた。
[ 2015年12月27日 05:30 ]



わけわけ三国志


夢生の移籍問題について報じる各紙である。
しかしながら、昨日のWeb記事からの転載であり、まったく新情報はない。
鹿島への取材などを行う時間はあったはず。
メディアとしてもう少し突っ込むことこそが必要であったのではなかろうか。
残念である。


わけわけ三国志

大分・岡本、岡山へ完全移籍

岡本英也選手 完全移籍加入のお知らせ
この度、大分トリニータより期限付き移籍しておりました岡本英也選手が、完全移籍で加入することとなりましたので、下記のとおりお知らせいたします。

《岡本 英也(おかもと ひでや)選手プロフィール》

■生年月日 : 1987年5月18日
■ポジション : FW
■身長/体重 : 183cm/75kg
■出身地 : 大阪府
■チーム歴 : ガンバ大阪ユース−ガンバ大阪−アビスパ福岡−ガンバ大阪−アビスパ福岡−鹿島アントラーズ−アルビレックス新潟−大分トリニータ−ファジアーノ岡山

■2015出場記録 : [J2]9試合1得点 [天皇杯]1試合0得点  
※出場記録はファジアーノ岡山所属時のものです

■本人コメント
この度、完全移籍で、ファジアーノ岡山でプレーさせていただくことになりました。
今季はケガもあり、チームに貢献できなく、とても悔しい思いをしました。
この悔しさを忘れず、来季は自分の持っているものをすべて出し、結果にこだわり精一杯頑張ります。
応援をよろしくお願いします。

岡本英也選手 ファジアーノ岡山へ完全移籍のお知らせ この度、ファジアーノ岡山へ期限付き移籍をしていました岡本英也選手が、ファジアーノ岡山へ完全移籍することが決定いたしましたので、下記の通りお知らせいたします。

◆岡本 英也 (おかもと ひでや) 選手 
【出身地】    大阪府
【生年月日】    1987年 5月 18日 (28歳)
【身長・体重】   183cm / 75kg
【経歴】    ガンバ大阪ユース → ガンバ大阪 → アビスパ福岡 → 鹿島アントラーズ
             → アルビレックス新潟 → 大分トリニータ → ファジアーノ岡山
【出場記録】  
所属チーム
(カテゴリー) J1リーグ戦
出場(得点) J2リーグ戦
出場(得点) カップ戦
出場(得点) 天皇杯
出場(得点)
2006 G大阪(J1) 0(0) − 0(0) 0(0)
2007 G大阪(J1) 0(0) − 0(0) 0(0)
2008 G大阪(J1) 3(0) − 0(0) 0(0)
2009 福岡(J2) − 35(5) − 1(0)
2010 福岡(J2) − 35(3) − 4(1)
2011 福岡(J1) 30(8) − 2(0) 2(1)
2012 鹿島(J1) 5(0) − 3(1) 1(1)
2013 新潟(J1) 27(6) − 5(3) 2(0)
2014 新潟(J1) 32(1) − 5(0) 2(2)
2015 大分(J2) − 9(0) − −
岡山(J2) − 9(1) − 1(0)
通算 97(15) 88(9) 15(4) 13(5)
【コメント】  
「約6ヶ月と短い時間でしたが、大分トリニータでのサッカー生活は自分のサッカー人生でいろんな意味で影響を受けました。力も発揮できず、チームに貢献できないまま移籍するのは悔しい気持ちでいっぱいです。大分の熱いサポーターの声援は一生忘れません。1年でのJ2への復帰を心より願います。本当にありがとうございました」



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岡山へ完全移籍する大分の岡本である。
この夏からレンタルで加入しておったが、晴れて完全移籍となった。
岩政と共に岡山の躍進に尽力するのだ。
活躍の報を楽しみにしておる。


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U-23日本代表・植田、チームメイトとの連携もこのキャンプで高めていきたいです

U-22日本代表、パワートレーニングでフィジカルの向上を目指す
2015年12月26日

U-22日本代表トレーニングキャンプ4日目を迎えました。

午前の練習のみとなったこの日は、朝から激しい雨が降る荒れた天気となりました。練習前半はサッカーのトレーニング。低強度のランニング、2人組のボールコントロール、6〜7人組のパス&コントロールを行ってから1+9対9のポゼッション。天候に負けないくらい選手たちは球際で激しく競り合います。その後、室内に移動してベーシックパワートレーニングを実施。2人1組で6種目をこなしながら全身の筋肉を刺激していきます。フィジカルで勝負してくる相手に負けない屈強な体を作るべく選手たちは一体感を持って汗を流しました。
26日は再び午前と午後の二部練習となります。

監督・選手コメント
手倉森誠 監督
本日のパワートレーニングは、最終予選に対して選手の筋肉に刺激を入れたいという早川直樹コンディショニングコーチの考えから実施しました。日本は負ければフィジカルが原因と言われますが、日本の特性である敏捷性やスピード、スピード持久力は国際レベルでも劣っていないと思います。体格や筋肉量が負けたと言われる要素ですし、対戦相手は日本人をフィジカルで押してくることは分かっていること。それに対して、筋肉の鎧をまとおう、という話を選手たちにしました。今すぐに成長させることはできないけれども、今日のトレーニングを継続できれば、最終予選はもちろんのこと所属クラブでの来シーズンに向けても良い状態で臨めると思います。

GK 中村航輔 選手(アビスパ福岡)
今シーズンは、自分の力をいかにゲーム中に発揮できるかを学べました。どんな監督についても、どんなGKであっても試合で相手をゼロに抑えるのが仕事です。相手の決定機を防げればチームの勝利に近づくので、それをやっていきたいです。最終予選では、ただただ勝点3を求めて90分プレーしたいと思います。

DF 植田直通 選手(鹿島アントラーズ)
ここ最近は無失点で試合を終えられていますが、チームとして勝てていませんのでそれは課題です。自分自身まだ細かい点で足りない部分がたくさんありますし、チームメイトとの連携もこのキャンプで高めていきたいです。最終予選では全ての試合が大事ですが、特に初戦は勢いに乗るためにも重要な試合ですので、相手のFWを抑え無失点で終えたいです。

MF 原川力 選手(京都サンガF.C.)
最終予選に向けて自分の中でバランスを取ってコンディションを上げています。ボールに触ってなんぼの選手ですので、ボールに触りゴールに絡むプレーをしていきたいですし、そのための運動量を高めていきたいです。最終予選はセントラル方式の難しい大会になりますが、チームとして90分間戦うための色々な引き出しを持つ必要があると思いますので、その臨機応変さを求めていきたいです。そして、チーム全員に出場機会が出てくると思いますし、チーム力が問われる大会だと思います。ひとりひとりが良い準備をしていくことが大事です。特に短期決戦は初戦が重要ですので、初戦に勝つことで生まれる勢いを大切にしたいです。相手はフィジカルを全面に押してくると思いますので、中盤の選手としてセカンドボールを奪うとかそういう小さいところから頑張っていきたいです。

スケジュール
12月23日(水) AM/PM トレーニング
12月24日(木) AM/PM トレーニング
12月25日(金) AM トレーニング
12月26日(土) AM/PM トレーニング
12月27日(日) AM/PM トレーニング
12月28日(月) AM トレーニング
12月29日(火) AM/PM トレーニング
12月30日(水) AM トレーニング



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コメントを発するU-23日本代表の植田である。
大会初戦に向けて高いモチベーションを語る。
強い気持ちで北朝鮮の攻撃を封じるのだ。
植田の活躍を楽しみにしておる。


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本山、北九州移籍決定

本山選手がギラヴァンツ北九州に移籍
2015年12月26日(土)

今シーズン限りで鹿島アントラーズを退団した本山雅志選手が、ギラヴァンツ北九州に完全移籍することが決まりましたのでお知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名:
本山 雅志(もとやま・まさし)

■生まれ:
1979年6月20日、福岡県出身

■ポジション:
MF

■サイズ:
175センチ、65キロ

■経歴:
二島中−東福岡高−鹿島アントラーズ(1998〜)

■公式戦成績
J1リーグ通算 365試合 38得点
ナビスコカップ通算 57試合 9得点
天皇杯通算 53試合 12得点
Jリーグチャンピオンシップ 4試合 0得点
AFCチャンピオンズリーグ 21試合 4得点
アジアクラブ選手権 9試合 2得点
アジアカップウィナーズカップ 2試合 3得点
ゼロックススーパーカップ 5試合 2得点
スルガ銀行チャンピオンシップ 1試合 0得点
A3チャンピオンズカップ 出場なし

■代表歴等
国際Aマッチ 28試合0得点
・U-22、U-23日本代表(シドニーオリンピック2000出場)
・U-19、U-20日本代表(1999 FIFAワールドユース選手権出場)

本山 雅志 選手 鹿島アントラーズより完全移籍加入のお知らせ
2015年12月26日 (土)

この度、鹿島アントラーズより本山 雅志 選手が完全移籍加入することとなりましたので、お知らせいたします。

【本山 雅志 選手/Masashi MOTOYAMA】

■生年月日:1979年6月20日
■身長/体重:175cm/65kg
■出身地:福岡県北九州市
■ポジション:FW
■所属歴:
二島スポーツ少年団[二島小学校]- 二島中学校 - 東福岡高 - 鹿島アントラーズ

■出場記録
年 所属 リーグ リーグ戦 カップ戦 天皇杯 チャンピオン
シップ ACL
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
1998 鹿島 J1 1 0 0 0 4 3 0 0 − −
1999 鹿島 J1 18 0 2 0 0 0 − − − −
2000 鹿島 J1 18 6 3 1 5 0 2 0 − −
2001 鹿島 J1 21 3 3 0 3 2 2 0 − −
2002 鹿島 J1 24 3 7 1 4 2 − − 1 0
2003 鹿島 J1 20 4 4 1 4 1 − −
2004 鹿島 J1 24 3 0 0 2 0 − − − −
2005 鹿島 J1 32 5 0 0 3 1 − − − −
2006 鹿島 J1 27 2 7 0 4 1 − − − −
2007 鹿島 J1 34 2 9 4 5 1 − − − −
2008 鹿島 J1 32 3 2 0 1 0 − − 7 3
2009 鹿島 J1 27 2 2 0 3 0 − − 6 1
2010 鹿島 J1 15 2 2 0 5 1 − − 0 0
2011 鹿島 J1 13 0 1 0 3 0 − − 3 0
2012 鹿島 J1 17 3 6 0 2 0 − − − −
2013 鹿島 J1 24 0 7 1 3 0 − − − −
2014 鹿島 J1 12 0 2 1 0 0 − − − −
2015 鹿島 J1 6 0 0 0 2 0 − − 4 0
通算 365 38 57 9 53 12 4 0 21 4

■代表歴
【U-18〜U-23 日本代表】
1998年 U-19 AFCユース選手権
1999年 U-22 シドニー五輪 予選
1999年 U-20 FIFAワールドユース選手権 ナイジェリア大会
2000年 U-23 シドニー五輪 日本代表

【A代表】
2000年 3試合出場
2001年 0試合出場
2002年 0試合出場
2003年 3試合出場
2004年 12試合出場
(※アジアカップ 中国大会 メンバー)
2005年 8試合出場
(※FIFAコンフェデレーションズカップ ドイツ大会 、 FIFAワールドカップ ドイツ大会 最終予選 メンバー)
2006年 2試合出場
国際Aマッチ 28試合出場 (2000-2006)

■本人コメント
『ギラヴァンツ北九州に加入できたことを大変光栄に思うと同時に、この地元で第2のプロ人生を歩めるのは夢のようです。J2優勝、そしてJ1昇格を実現できるよう、自分の持っている力をすべて出し切りたいと思います。サポーターの皆さんと一緒にこの地を盛り上げ、地域貢献においても役に立てるよう頑張りますので、応援のほどよろしくお願いいたします』



わけわけ三国志


予てから報じられておったように本山の北九州移籍が公式発表と相成った。
魅惑のプレイを拝めるのは嬉しい。
多くのファンタジーでスタジアムが沸くことであろう。
クリスタルの輝きを北九州の地で。
楽しみである。


わけわけ三国志

高桑、U-16日本代表GKコーチ就任

元日本代表GKの高桑氏 U16日本代表GKコーチに就任へ

U―16GKコーチに就任する高桑氏
Photo By スポニチ


 来季U―16日本代表のGKコーチに、元日本代表GKの高桑大二朗氏(42)が就任することが分かった。

 既に8〜12日に行われたU―15日本代表の熊本合宿で指導に当たっている。現役時代は横浜、鹿島、仙台などに所属。09年に引退後は横浜の下部組織でGKコーチを務めた。現在は横浜ジュニアユースを指導しながら日本協会ナショナルトレセンコーチとしても活躍する。

 来季のU―16日本代表は、17年U―17W杯インド大会の出場権を懸けたU―16アジア選手権インド大会(来年9月10日〜10月1日)を控えており、指導体制を強化して臨む。
[ 2015年12月26日 06:45 ]



わけわけ三国志


U-16日本代表のGKコーチに就任する高桑である。
高桑に指導を受ける若い世代は幸せと言えよう。
三冠の技術を教えるのだ。
U-16日本代表の躍進を期待しておる。


わけわけ三国志

U-23日本代表候補・豊川、特長を見せていければ

豊川 得点力アピール「特長を見せていければ」生き残り誓う
U22沖縄合宿

 豊川は、生き残りを誓った。3月の1次予選ではマカオ戦で得点を決めるなど存在感を見せたが、最終予選は最初に発表された21人からは漏れた。

 残り2枠を争うが「得点力を見せていきたいし、裏に抜ける動き、相手の背後を取るというところで特長を見せていければ」と意気込む。精度の高いセットプレーのキッカーとしてもアピールする。
[ 2015年12月26日 05:30 ]



わけわけ三国志


U-23日本代表入りを狙う豊川である。
残り2枠となったこのメンバーには、攻撃的選手が選ばれるであろう。
豊川には十分にチャンスがある。
シュートの巧さ、セットプレイ、そして何よりも明るいキャラクターは重要なポイントではなかろうか。
この年代の代表メンバーは大人しいと聞く。
ここは、豊川が持ち前の性格を前面に出して、チームを引っ張るのだ。
手倉森監督の選考に残って欲しい。
発表を楽しみにしておる。


わけわけ三国志

金崎夢生、 ポルティモネンセ復帰へ

金崎夢生、移籍期間終え鹿島退団か…レンタル元クラブが復帰と発表

鹿島でプレーする金崎 [写真]=Getty Images>

 ポルトガル2部のポルティモネンセは25日、鹿島アントラーズへ期限付き移籍中の日本代表MF金崎夢生が今冬に復帰するとクラブ公式HPを通じて発表した。

 同HPは金崎が復帰すると紹介した上で「日本の3クラブ、中国の1クラブ、ポルトガルの4クラブ、その他ヨーロッパの6クラブが興味を示している。金崎には200万ユーロ(約2億6000万円)の移籍金がつけられている」と、復帰後に再度移籍する可能性を含めて伝えた。

 現在26歳の同選手は2007年に大分トリニータに入団。名古屋グランパスを経て、2013年1月には初の海外移籍を決意し、ニュルンベルクに加入した。その同年の9月にポルトガル2部のポルティモネンセに移籍。今年の2月に鹿島アントラーズへ期限付き移籍を果たした。

 今季は明治安田生命J1リーグで27試合に出場し、9得点を挙げて自身初のベストイレブンに輝いた。10月31日に行われたヤマザキナビスコカップ決勝でもゴールを決め、鹿島の優勝に貢献していた。

金崎に欧州複数クラブが熱視線。争奪戦かレンタル元復帰の可能性も
2015年12月26日(Sat)0時38分配信


金崎夢生【写真:Getty Images】

 今季鹿島アントラーズでセンセーショナルな活躍を披露し、日本代表やJリーグの年間ベストイレブンにも選出された金崎夢生の去就に注目が集まっている。

 レンタル元のポルトガル2部ポルティモネンセは公式サイト上で、金崎に対し日本の3クラブと中国の1クラブ、そしてポルトガル国内4クラブを含む欧州6クラブ、合計10クラブが関心を示していると明かした。今季は期限付き移籍だったため、来年1月から所属元に復帰するプランも残されている。

 ブラジル代表FWフッキと同じ代理人の顧客である金崎を完全移籍で獲得するためには200万ユーロ(約2億6000万円)の違約金が必要になるという。Jリーグクラブも例外ではないため、獲得にはそれなりの資金力が求められる。

 現在2部で8位のポルティモネンセにとって、金崎を1月からチームに加えて1部昇格への起爆剤にするか、売却で得た利益を他の選手の獲得に使うかの二択を迫られることになる。日本代表初招集を受けた金崎本人にとってもトップレベルでの継続的な試合出場が重要になるため、今冬の決断は非常に重要なものとなりそうだ。

【了】



わけわけ三国志


ポルティモネンセに復帰する夢生である。
これは悲報。
これは移籍金の問題よりも、欧州からの興味が重要なのであろう。
夢生本人は欧州志向が強く、オファーに発展するかどうか、オファーの内容が良いものなのかどうかを吟味したくなるのは仕方が無い。
移籍ウィンドウが開く来年の1月を待ち、そして閉まる2月まで本人としては検討を続けたいことは理解出来るところ。
欧州クラブからの魅力的なオファーが届かなければ、鹿島に再び来ることも考えられる。
そうなって欲しいと願うばかりである。


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鹿島、NYC参加

2016 Jリーグ・スカパー! ニューイヤーカップ開催のお知らせ
2015年12月25日(金)



2016 Jリーグ・スカパー! ニューイヤーカップが下記の通り開催されることになりましたのでお知らせいたします。なお、対戦カードやキックオフ時間等の詳細については、1月中旬に発表予定です。

<2016 Jリーグ・スカパー! ニューイヤーカップ 宮崎ラウンド>

参加チーム:
鹿島アントラーズ/ジェフユナイテッド千葉/アビスパ福岡/ロアッソ熊本

日程:
第1戦 1月31日(日)
第2戦 2月2日(火)
第3戦 2月4日(木)

2016 Jリーグ・スカパー! ニューイヤーカップの詳細はJリーグ公式サイトをご覧ください。



わけわけ三国志


NYCに参加する鹿島である。
昨年より開催されるこのPSMの大会は、初顔のお披露目もあり楽しいもの。
鹿島らしく、この時期とはいえ勝利を狙うこととなる。
連覇を願っておる。


わけわけ三国志

佐藤昭大、熊本入団

佐藤選手がロアッソ熊本に移籍
2015年12月25日(金)

今シーズン限りで鹿島アントラーズを退団した佐藤昭大選手が、ロアッソ熊本に完全移籍することが決まりましたのでお知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名:
佐藤 昭大(さとう・あきひろ)

■生まれ:
1986年8月30日、三重県出身

■ポジション:
GK

■サイズ:
183センチ、73キロ

■経歴:
朝日SSS−朝日町立朝日中学校−サンフレッチェ広島ユース(2002)−サンフレッチェ広島(2005)−愛媛FC(2007※期限付き)−サンフレッチェ広島(2008)−鹿島アントラーズ(2010〜)

■公式戦成績:
J1リーグ通算 24試合0得点(鹿島では10試合0得点)
J2リーグ通算 52試合0得点
ナビスコカップ通算 7試合0得点(鹿島では5試合0得点)
天皇杯通算 10試合0得点(鹿島では3試合0得点)
AFCチャンピオンズリーグ 出場なし
スルガ銀行チャンピオンシップ 出場なし

佐藤昭大選手、鹿島アントラーズより完全移籍加入のお知らせ
2015.12.25

このたび、鹿島アントラーズより、佐藤昭大選手が完全移籍加入することになりましたので、お知らせいたします。

佐藤昭大(さとう あきひろ)選手
【ポジション】GK
【生年月日】1986年8月30日(29歳)
【出身】三重県
【身長/体重】185cm / 78kg
【サッカー歴】朝日SSS〜朝日町立朝日中学校〜サンフレッチェ広島ユース〜サンフレッチェ広島〜愛媛FC〜サンフレッチェ広島〜鹿島アントラーズ
【出場記録】
 2005年〔広島〕J1リーグ8試合0得点、カップ戦0試合0得点、天皇杯2試合0得点
 2006年〔広島〕J1リーグ0試合0得点、カップ戦1試合0得点、天皇杯0試合0得点
 2007年〔愛媛〕J2リーグ28試合0得点、天皇杯0試合0得点
 2008年〔広島〕J2リーグ24試合0得点、天皇杯4試合0得点
 2009年〔広島〕J1リーグ6試合0得点、カップ戦1試合0得点、天皇杯2試合0得点
 2010年〔鹿島〕J1リーグ0試合0得点、カップ戦0試合0得点、天皇杯0試合0得点
 2011年〔鹿島〕J1リーグ0試合0得点、カップ戦0試合0得点、天皇杯0試合0得点
 2012年〔鹿島〕J1リーグ0試合0得点、カップ戦2試合0得点、天皇杯1試合0得点
 2013年〔鹿島〕J1リーグ0試合0得点、カップ戦2試合0得点、天皇杯0試合0得点
 2014年〔鹿島〕J1リーグ0試合0得点、カップ戦1試合0得点、天皇杯0試合0得点
 2015年〔鹿島〕J1リーグ8試合0得点、カップ戦0試合0得点、天皇杯2試合0得点
【コメント】
このたび、鹿島アントラーズより加入することとなりました佐藤昭大です。
ロアッソ熊本の一員となれたことは光栄であり、新たなチャレンジの場を与えていただけたことに感謝しています。
今は、自分のサッカー人生における次なる挑戦を前に心を躍らせています。
ロアッソがJ1昇格昇格を実現できるよう、自分ができることはすべてぶつける覚悟でいます。
皆さんとともに戦いますので、応援のほどよろしくお願いいたします。




わけわけ三国志


熊本に入団する佐藤昭大である。
これは嬉しい。
鹿島を契約満了にて退団しフリーとなっておったが、次の行き先が決まったことは重畳。
また、熊本は昨年の正GKが退団しており、佐藤昭大には大きなチャンスである。
ここは奮起し、ポジションを得るのだ。
そして、熊本のJ1昇格を牽引せよ。
活躍を祈っておる。


わけわけ三国志

2016シーズン始動日及びキャンプ日程発表

2016年チームスケジュールについて
2015年12月25日(金)

2016年シーズンのチームスケジュールについて、以下の通りお知らせいたします。

■チーム始動日
2016年1月12日(火) 時間未定
場所:クラブハウス
※練習時間は決定次第、お知らせいたします。なお、屋内での各種測定等は見学いただけませんのであらかじめご了承ください。

■必勝祈願
2016年1月15日(金) 11:00〜12:00(予定)
場所:鹿島神宮(鹿嶋市宮中2306-1)
※雨天時は祈祷殿にて行います。
※詳細は後日ご案内いたします。

■トレーニングキャンプ
2016年1月18日(月)〜2月5日(金)
場所:宮崎県宮崎市
(KIRISHIMAヤマザクラ宮崎県総合運動公園 KIRISHIMAハイビスカス陸上競技場)
※18日は移動のみとなります。
※練習スケジュールについては決定次第お知らせします。

※上記日程は予定になります。日程変更等がある場合はあらためてご案内いたします。
※プレシーズンマッチにつきましても、決定次第お知らせします。




わけわけ三国志


2016シーズンのチーム始動日とキャンプ日程を公表した鹿島である。
始動日は石井監督が明かした通り1月12日。
2015年シーズンが思いのほか早く終了したため、この日が待ち遠しい。
また、宮崎キャンプは1月18日〜2月5日の3週間弱となった。
みっちりと鍛え上げ、良いシーズンへの準備をしたい。
そして、この時期にはNYCが催されるはず。
参加することとなれば、連覇を狙いたい。
楽しみである。


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岳、楽しいクリスマスをお過ごしください

J屈指のイケメンプレイヤー柴崎岳! 気になるクリスマスの過ごし方は……
2015年12月25日(金) 01時58分配信


鹿島アントラーズMF柴崎岳 photo/Getty Images

クラブからのクリスマスプレゼント

Jリーグ屈指の“イケメン選手”鹿島アントラーズ所属の柴崎岳が、クリスマスメッセージをファンに贈っている。
鹿島公式ツイッターは、クリスマスイブである24日に動画を公開。カメラが回ると柴崎は「メリークリスマス、楽しいクリスマスをお過ごしください」と、メッセージを送った。
柴崎はクリスマスの予定を聞かれると、はにかみながら「何も予定はありません」と回答。「家族で過ごしたいなと思っています」と言葉を続け、クリスマスの過ごし方を明かしている。
さらに鹿島公式ツイッターは、怪我で離脱していたMF土居聖真が練習グラウンドでボールを蹴っている姿も公開。負傷していた左足でもボールを蹴られるようになったことを明かし、「めっちゃ嬉しい」という土居のコメントも掲載。鹿島はすでに天皇杯を敗退してしまったが、クラブはファンに最高のクリスマスプレゼントを贈っている。



わけわけ三国志


鹿島公式Twitterにてクリスマス・メッセージを送った岳である。
岳自身は予定は無く、家族と過ごしたいとのこと。
良いクリスマスを送っていることであろう。
また、イヴにボールを蹴る聖真もつぶやかれた。
怪我を負った左足にてボールを扱えるようになったとのことで、来季は即、戦力として活躍してくれよう。
NYCでは雄姿を拝めるのではなかろうか。
聖真の躍動を楽しみにしておる。


わけわけ三国志

シャルケ・篤人、明石家サンタ出演

内田「明石家サンタ」で空き巣被害告白「100万ちょっと」

シャルケの内田篤人
Photo By スポニチ


 シャルケのDF内田篤人(27)が24日深夜、不幸エピソードを披露するフジテレビ「明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー2015」に生出演。空き巣被害に遭っていたことを明かした。

 内田は同局の「すぽると!」に生出演し、そのまま「明石家サンタ」のスタジオにも登場。不幸なエピソードとして「試合頑張って、(家に)帰ったら空き巣に入られていました」と告白。「100万ちょっと」と被害額も明かすと、司会の明石家さんま(60)は「うそやろ!」と驚き即座に合格の鐘を鳴らした。

 内田が賞品として引き当てたのは「エクササイズ機器」。比較的高額な賞品だが不満げな表情を浮かべ、「毎日(右膝の)リハビリで乗っている」とぼやいた。

 その後もう1ネタ披露。空き巣被害の数日後引っ越ししたところ「近所の子供に『シンジカガワ』と言われました」。また合格を勝ち取ったが、当てた商品は5月6日出発の豪華客船の旅。シーズン真っ最中で利用できないとあって、エクササイズ機器とともに返上した。
[ 2015年12月25日 01:38 ]



わけわけ三国志


「明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー2015」に出演したシャルケの篤人である。
ドイツでの空き巣事件について告白し、「合格」した。
この番組は風物詩として楽しく、芸人としての明石家さんまの才能が発揮されておる。
しかしながら、この日は篤人に対し「ケルン」を連発し不愉快にさせられたことを記しておこう。
CWCの決勝戦にも毎年呼ばれて発言するが、こちらには不愉快を通り越して嫌悪の感情を呼び起こす。
芸人としては尊敬出来る人物だけに、これは避けた方が良いのではなかろうか。
彼がサッカーに関わる必要はなかろう。
サッカー好きで有名な人ではあるが、趣味と仕事を分ける正常な判断をすべきである。


わけわけ三国志

岡山、岩政と契約更新

契約更新選手のお知らせ
この度、ファジアーノ岡山では、下記の選手と2016シーズンの契約を更新いたしましたので、お知らせいたします。

■35 DF 岩政大樹
生年月日:1982年1月30日  出身地:山口県  身長/体重:187cm/85kg
チーム歴:沖浦中−岩国高−東京学芸大−鹿島アントラーズ−BECテロ サーサナFC(タイ)−ファジアーノ岡山
2015出場記録:[J2]42試合4得点 [天皇杯]1試合0得点
  
※背番号は2015シーズンの番号です



わけわけ三国志


岩政と契約を更新した岡山である。
岩政は、今季、新加入し、ゲームキャプテンとしてJ1昇格へ尽力したが届かなかった。
幾つかの試合を観たが、岩政の守備は健在であった。
また、チームを牽引しておった。
来季こそは、J1昇格を狙いたいところ。
岩政の躍動を楽しみにしておる。


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FCティアモ枚方・新井場、いろいろです

自分のクラブでJリーグに殴り込み!? 新井場徹の次なる野望とは……
2015年12月23日(水) 17時24分配信


引退試合での新井場徹 photo/Getty Images

FCティアモ枚方の代表として活躍

21日にJリーグアウォーズが開催され、功労選手賞を受賞した新井場徹氏がスピーチを行った。
新井場は功労選手賞の受賞について、「まさか自分がこのような賞を頂けるとは思ってもいませんでした」と謙虚に話し始めたが、「選手としてはJリーグとお別れさせて頂きますが、また違った形でJリーグで得た経験をサッカー界に恩返しできたらいいなと思います」と力強く将来の目標を語った。
その恩返しとは、自身が代表を務めるFCティアモ枚方をJの舞台に導くことだろう。枚方は2015シーズン関西1部リーグに所属しており、新井場が鹿島アントラーズ在籍時にチームメイトだった山本拓弥がトップチームのコーチを務めている。
スピーチ後にインタビューに応じた新井場は、枚方でどんな活動しているのかと聞かれると、「子供たちを教えたり、いろいろです」とはぐらかしたが、目標はやはりJリーグ参入ではないだろうか。
最後に新井場は、インタビュアーから「教えている子供たちが将来Jの舞台でも見れるかも」と言われると、「生きてるかな……」とぼそり。大阪出身のサイドバックは見事に笑いを残して、会場を後にした。



わけわけ三国志


新井場が代表を務めるFCティアモ枚方について伝えるtheWORLD誌である。
新井場、そして山本拓弥に指導された子どもたちは、テクニカルで楽しいサッカー選手として育っていくのではなかろうか。
いずれ、FCティアモ枚方からプロサッカー選手が巣立つ日も来よう。
新井場にはそれまで健在でいてくれるはず。
楽しみにしておる。


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本山、北九州へ

北九州が地元出身の元日本代表MF本山を獲得へ
[2015年12月23日20時47分]


松田さんの追悼試合に参加し、笑顔の中田英寿氏(左)と本山雅志(撮影・上田悠太)

 J2北九州が元日本代表MF本山雅志(36)を獲得することが23日、クラブ幹部の話で分かった。

 2017年にJ1のスタジアム要件を満たす新本拠地が完成するクラブは来季、昇格に挑める見通しで、北九州市出身の本山に白羽の矢を立てた。本山は1998年から鹿島でプレーしたが、今季は6試合出場に終わり、現役続行を希望して退団を表明していた。

 本山はドリブル突破などを武器に、東福岡高時代に主力選手として史上初の全国高校総体、全日本ユース選手権、全国高校選手権の3冠を達成した。99年世界ユース選手権では日本の準優勝に貢献してベストイレブンに輝き、翌年のシドニー五輪にも出場。J1通算365試合出場で38得点をマークし、日本代表として国際Aマッチ28試合に出場した。

鹿島退団の本山、J2北九州入り!“故郷”で現役続行へ

今季限りで鹿島を退団したMF本山
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 J2北九州が元日本代表MF本山雅志(36)を獲得することがクラブ幹部の話で分かった。

 17年にJ1のスタジアム要件を満たす新本拠が完成するクラブは来季、昇格に挑める見通しで、北九州市出身の本山に白羽の矢を立てた。本山は98年からJ1鹿島でプレーしたが、今季は6試合出場に終わり、現役続行を希望して退団を表明。北九州はオファーを出していた。
[ 2015年12月24日 05:30 ]



わけわけ三国志


一昨日、第一報の入った本山の北九州入りであるが、改めて報じられておる。
本日にも公式発表があろう。
北九州にとっては良いクリスマス・イヴになるのではなかろうか。
楽しみにして欲しい。


わけわけ三国志

シャルケ・篤人、トークショウの様子

リハビリ中の内田篤人「サッカーやりたい」…復帰へ「あとちょっと」

「内田篤人写真展 by HUBLOT」初日記念イベントのオープン前にトークショーを行った内田篤人
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 シャルケの日本代表DF内田篤人(27)が23日、東京・表参道で開催される写真展「内田篤人写真展 byHUBLOT」(25日まで)の初日記念イベントとしてトークショーを開催。6月に手術した右膝の状態について「あとちょっと」とし、復帰に向けて順調に回復していることを明かした。

 内田は6月の手術後、リハビリを重ねてきたが、年内の実戦復帰は叶わなかった。現在の状態について「画像も筋力的にも強くなっているので、問題ない。順調にはきている。あとはいつ合流できるかというのをチームと話し合いながらやっている。あとちょっとですね。あと、ちょっとが長いんだけど」と説明。「筋力に関しては(ブラジル)W杯前より全然強くなっている。自分でもびっくりするぐらいパワーが付いている」と自信を見せながらも、復帰時期については「日によって腫れ方も痛みの強さも違う。難しいね」と慎重だった。

 今年1年を漢字一文字で表すならと聞かれるも「膝」と即答。「いい友だちができました。うまく付き合っていきます」とけがとの長い付き合いになることを認めつつ、「今年1年はずっと膝痛いなと思っていた。年齢的には一番いい時期なんですけど、その1年をだいぶ棒に振ったなという思いが強い」。4月以降、試合出場がない状態だが、「だいぶ長いこと離れているので、サッカーをやりたいなと思えるようにもなってきています」と話した。

 来年3月にはW杯予選もある。「(代表のことは)あまり考えてないかな。大きなけがだったし、場所も悪かった」としながらも「まずはチームで活躍して呼んでもらえること。また代表に呼んでもらえるように頑張ります」とした。

 シャルケは今季で在籍6年目になる。「必要としてもらっていて契約延長の話が来てこの感じになっている。自分がやってきたことを無駄にはしたくないし、作ってきた立場、居場所なので大事にしたい」。他国のリーグについては「興味はあるけど、僕一人でどうこうできるわけじゃないし、代理人がどうにかしてくれないと他のリーグも楽しそうなのでね」と笑った。
[ 2015年12月23日 13:43 ]

内田篤人 新婚生活を語る「意外と楽しくのほほんと」

「内田篤人写真展 by HUBLOT」初日記念イベントのオープン前にトークショーを行った内田篤人
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 シャルケの日本代表DF内田篤人(27)が23日、東京・表参道で開催される写真展「内田篤人写真展 byHUBLOT」(25日まで)の初日記念イベントとしてトークショーを行った。

 写真展を開催することに「恥ずかしさもあるけど、スポーツ選手なので」と困惑の表情を浮かべつつも「これも仕事なんですかね」とキッパリ。右膝のリハビリ中とあって久々の公の場となったが、「人が多くてよかった」と女性を中心に集まった多くのファンを楽しませた。

 今年5月には結婚も発表。結婚後の変化については「他人と生活できるのかとすごいあったんですけど、意外と楽しく、のほほんと暮らしています。(食事も)ちゃんと作ってくれています」と照れ笑いを浮かべた。この1年は右膝のリハビリに明け暮れた1年だったという内田。「リハビリは同じメニューを繰り返すのでストレスも溜まる」といい、ストレス解消法はリハビリ施設で一緒だったハノーバーの日本代表MF清武弘嗣(26)との食事だったという。ことし一番楽しかったことは?との質問にも「清武とよくご飯を食べに行き、カラオケに行って、清武のレパートリーを全部覚えたこと」と話した。
[ 2015年12月23日 14:12 ]

内田篤人、新婚生活は「のほほん」
2015年12月23日


自身の写真展でトークショーを開いた内田篤人=東京都渋谷区のBA-TSU ART GALLERY(撮影・出月俊成)

 サッカー・ドイツ1部シャルケのDF内田篤人(27)が23日、都内で写真展「ATSUTO UCHIDA PHOTO GALLERY supported by HUBLOT」に出席し、トークショーを行った。6月上旬に日本で右膝膝蓋(しつがい)靱帯の手術を受けた患部については「あとちょっとですね」と見通しを語った。5月に結婚したばかりの新婚生活についても「のほほんとやらせていただいています」と明かした。

 公式モバイルサイト「atsuto mobile」の会員から女性ファンが多く駆けつけた。結婚しても女性人気は相変わらずで、内田が会場に登場しただけで「うわあ」とため息を漏らす人もいた。

 手術を受けてから年内の出場がないまま冬のリーグ戦中断期間を迎えた。「検査も筋力的にも戻ってきてますし、画像を見ても炎症もだいぶんいい感じですし、あとちょっとですね」と、にこやかに語ったが、「あとちょっとが長いので」と慎重な発言も。復帰時期については「それを決めると膝(の状態)に関係なく合わせちゃうので」と明言を避けた。

 日本とドイツでリハビリに励んでいたが、妻のサポートもあった。食事は「ちゃんとつくってくれてます」。結婚以前は「人と生活できるのかな、というのがあった」そうだが、「意外に楽しく、のほほんとやらせていただいています」と少し照れくさそうに語った。

 来年、日本代表はW杯アジア予選も2次から3次と佳境を迎えるが、「あまりね。考えてないんです」という。「結構、大きいけがだったし、(けがをした)場所があまり良くないので。膝はね。けがするのやめた方がいいですよ。腰、膝、雨降るだけで痛いですからね。おじいちゃんみたいな。起きて膝痛いなと思ったらだいたい雨降ってるし。そんな感じです」と焦りはなし。「まずはチームでちゃんとこのけがを治して試合に出ないと、その先もないと思いますので。チームで活躍することかなと思います」と語った。





内田、格好いいと思う人は「市原隼人」
2015年12月23日

 サッカー・ドイツ1部シャルケのDF内田篤人(27)が23日、都内で写真展「ATSUTO UCHIDA PHOTO GALLERY supported by HUBLOT」に出席し、トークショーを行った。応募制で集まったファンの質問にも答えたが、「サッカー選手以外で心の底から格好良いと思う人」に俳優・市原隼人(28)の名を挙げた。

 サッカー選手で尊敬する人物としては、これまでに同じ静岡県出身の長谷部誠や、鹿島の先輩・小笠原満男らを挙げているが、「サッカー選手以外で」という質問には「誰だろう」と少し考え、思い出したように「あ、市原隼人さん」と名を挙げた。

 かなり前の出来事として、「ご飯食べていたら、同じお店にいらっしゃいまして。すれ違った」という。「当然、(自分を)知らないだろうなと思って隅っこでコソコソしてた」という内田のところへ、市原があいさつに来た。「こっちに来て、帽子をとってあいさつしてくれた。『あっ』て(思った)」とその礼儀正しさに感動したという内田は、「体がゴツいんですよ。ゴツめの人が来たなと(最初)思った」と、体格の良さが印象的だったことも明かした。

「雨が降るだけで痛い」右膝の状態語る内田、復帰時期は明言せず
15/12/23 14:25



 シャルケのDF内田篤人が23日、都内で自身の写真展「ATSUTO UCHIDA PHOTO GALLERY supported by HUBLOT」に出席し、トークショーを行った。

 6月上旬に右膝膝蓋腱の手術を受け、今季の前半戦はすべて欠場した内田。右膝の状態について「筋力的には戻っているし、炎症もいい感じ。あとちょっとです」と、実戦復帰に向けて順調に回復していると話す一方、「その『あとちょっと』が長いんだけど」と慎重に語った。

 ウインターブレイクに入ったブンデスリーガは来年1月24日のブレーメン戦から再開するが、復帰時期については「それを決めると、どうしても膝の都合に関係なく決めちゃうことになる。様子を見ながらですね。(膝の状態も)日によって違うので、俺も分からない」と明言を避けた。

「大きなケガで、場所も良くなかった。前十字(靭帯の負傷)ならみんな経験しているけど、膝蓋靭帯は人間の中で一番大事みたいで、症例も少なくて難しいらしいので」

 ケガの重度をあらためて語った内田はトークショーに集まった観客や報道陣に向かって「膝と腰(をケガをするの)はやめたほうがいいですよ」と呼びかけ、「雨が降るだけで痛い。朝、起きて膝が痛いと、だいたい雨が降っている」と明かした。来場者からの「今年1年を漢字1文字で表すと?」という質問には「膝」と回答。「いい友達ができました。うまく付き合っていきます」と語った。

 今年3月10日に行われたUEFAチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦第2戦のレアル・マドリー戦を最後に、9か月以上も実戦から遠ざかっている。「最後の試合はチャンピオンズリーグのレアル戦かな。だいぶ長いこと離れているので、(出場給などの)お金が入ってこない」とジョークをまじえながらも、「サッカーをやりたいなと思うようにもなってきている」と、実戦復帰への意欲を口にしていた。

「内田篤人写真展 by HUBLOT」は23日〜25日の期間限定で、表参道の「BA-TSU ART GALLERY」で開催される。

(取材・文 西山紘平)

内田篤人、新婚生活は「のほほんと」 トークショーで“内田節”
15/12/23 14:54



 シャルケのDF内田篤人が23日、都内で自身の写真展「ATSUTO UCHIDA PHOTO GALLERY supported by HUBLOT」に出席し、トークショーを行った。

 今年5月に結婚した内田は司会者から新婚生活について聞かれ、「人と生活できるのかなというのがあったけど、意外にというか、のほほんと暮らしています」と答えた。

 6月上旬に右膝膝蓋腱の手術を受け、今季の前半戦はすべて欠場。日本でのリハビリ中は国立スポーツ科学センター(JISS)で、やはり6月に右足第5中足骨の補強手術を受けたMF清武弘嗣(ハノーファー)と一緒だったという。

「リハビリ中に清武とよくご飯を食べに行ったんですが、帰りにカラオケに行こうとなって。清武のレパートリーを全部僕も覚えました。ドラえもんの歌を彼は歌ってましたね」と、プライベートの一端も明かした。

 トークショーには内田篤人オフィシャルモバイルサイト「atsuto mobile」の会員約30人が招待され、事前に受け付けた質問に内田が答える質疑応答のコーナーも設けられた。

「今までに行った海外で一番良かった国は?」という質問には「カナダのビクトリア」と回答。“調子乗り世代”の一員として16強入りした07年U-20W杯の開催都市を挙げ、「良かったですね。きれいだったし、大会もそこそこ良い成績を残せたので」と、その理由を語った。

 ジュビロ磐田がJ1復帰を果たしたことについては「静岡県民の僕としてはジュビロもエスパルスもJ1にいてほしいけど、ちょっと清水がね……」と、清水エスパルスのJ2降格に声を落とした清水東高出身の内田。「ジュビロは名波さんが監督で、試合に出ちゃえばいいのにって思う。名波さんが監督なら、ちゃんと言うことを聞くけど」と冗談交じりに話した。

 また、「J1で気になる選手」を聞かれると、古巣である鹿島アントラーズからMF柴崎岳の名前を挙げ、「もうちょっと自分を出せるようになれば。僕もああいうタイプだったけど、もう少し必死感が出ればいいのかなと思う。彼は上手いから余裕があるので、一歩引いてやっているけど、もう少し追い込まれる環境になれば、必死にやるしかないので」と、内田らしい表現でエールを送っていた。

「早く良くなって、もう一回復活したいと思います」。最後は、集まったファンにそう力強く宣言した内田。「内田篤人写真展 by HUBLOT」は23日〜25日の期間限定で、表参道の「BA-TSU ART GALLERY」で開催される。

(取材・文 西山紘平)

内田篤人、右ひざの回復は「順調」も復帰は焦らず「まずはちゃんと治す」

自身の写真展会場でトークショーを行った内田篤人

 シャルケに所属する日本代表DF内田篤人の写真展『ATSUTO UCHIDA PHOTO GALLERY supported by HUBLOT』が23日より開催。同日、内田が会場を訪れてトークショーを行った。

 トークショーには内田篤人オフィシャルモバイルサイト『atsuto mobile』の会員から幸運にも抽選で選ばれた30名が参加。参加者からの質問にも答えた。

 内田は6月に右ひざの手術を行って以降、今シーズンの公式戦での出場がないまま、年内を終えた。軽いランニングをする姿などがクラブからは伝えられているが、「筋力的にも強くなっていて順調に来ているので、あとはいつ合流できるのかというのをチームと話し合いながら決めていく感じです」と、復帰に近づいていることを示唆する一方、ウインターブレイク明けの復帰には「それを決めるとどうしても自分のひざの都合に関係なく合わせちゃうので、あまり言わないように様子を見ながら」と慎重な姿勢を示す。

 長期の離脱については、「お金が入ってこない…(笑)」と冗談を交えつつ、「サッカーをやりたいと思えるようになってきています」とコメント。「リハビリは同じことの繰り返しなんです。それで進歩もあんまりないんです。きついし。だからストレスがたまりますね」と、過酷なリハビリ生活について語る。今年一番の思い出については「清武(弘嗣)とよくご飯に。帰りにカラオケに行こうとなって清武のレパートリーを全部覚えました。ドラえもんの映画の歌(ひまわりの約束/秦基博)を歌っていましたね」と話し、同時期に右足の骨折でリハビリをともにした清武との交流とともに、ストレスを発散したようだ。

 負傷箇所は「筋力に関してはW杯前より全然強くなっている。自分でもびっくりするくらいパワーはついてきた」と、リハビリの成果を口にした内田。「けがを治してチームで試合に出ないとその先もないと思いますから。まずはちゃんとけがを治して、チームで活躍すること」と、クラブでの活躍を個人として目標に掲げるとともに、「チャンピオンズリーグ圏内に入り込みたい」と、現在ブンデスリーガで6位に位置するシャルケの浮上に貢献することも誓っている。

 同イベントは23日から25日までの3日間、東京都表参道の『BA-TSU ART GALLERY』にて開催。入場は無料となっている。

【内田篤人/PHOTOギャラリー付き】「サッカー選手にとって一番良い時期(27歳)をだいぶ棒に振った」。ただ、「筋力はワールドカップの時よりも…」。
サッカーダイジェストWeb編集部
2015年12月23日

もはや「膝は友だち」という感覚。


 2015年12月23日、表参道の『BA-TSU GALLERY』にて『内田篤人写真展 by HUBLOT』の開催初日を迎えた。内田は記念イベントとしてトークショーを行なった。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

 2015年12月23日、表参道の『BA-TSU GALLERY』にて『ATSUTO UCHIDA PHOTO GALLAERY supported by HUBLOT』の開催初日(25日までオープン)を迎えた。その記念イベントとして、同写真展に内田本人が登場。特別に招待された一般客・約30名の前で、トークショーを行なった。

 トークショーでの最初の質問──今年6月に手術した右膝の状態について「筋力的にだいぶ強くなっているし、順調に回復しています」と笑顔で答えた内田はその後も、リハビリ期間中のストレス解消法が「清武とのカラオケ」と明かすなど、リラックスしたスタンスで司会者(タレントの宮崎瑠依さん)とのやりとりを楽しんでいた。

 膝の大怪我で苦しんだことなど微塵も感じさせない様子で、ゲストの質問にもさらりと答えていた内田。しかし、トークショー後の囲み取材で「今年1年を振り返って」と訊かれた際は少し声のトーンを落として「サッカー選手にとって一番良い時期(27歳)をだいぶ棒に振ったな」とコメントしていた。

 ただ、だからといって復帰を焦っているわけでは決してない。「筋力は(ブラジル・)ワールドカップ前より全然、強くなっています。自分でもびっくりするくらいです」と言いながらも、「ウインターブレイク明けの初戦(1月23日のブレーメン戦)を目標にしている?」との質問には慎重にこう返した。

「う〜ん、それを決めてしまうと、自分としても、ね、膝の都合に関係なく合わせなきゃいけなくなるので、(復帰時期は)あまり言わないようにしています。様子を見ながらですね。(痛みも)日によって違うんで、僕も分からないです」

 実際、ボールを蹴っても「強度を高めると、夜に腫れたり」するような具合で、「完治というよりは徐々に(痛みを)減らしていく」やり方で戦列復帰を目指しているという。この日のトークショーでも本人が話していたが、もはや「膝は友だち」という感覚だ。

 もしかすると、今年3月の代表戦にも間に合わないかもしれない。それでも、内田は完全復活に向けて一歩ずつ前に進んでいる。シャルケのため、そして日本代表のため、“一生の友達”と相談しながら、これからのサッカー人生を歩んでいく。



わけわけ三国志


トークショウの様子が伝えられるシャルケの篤人である。
私生活の一部が垣間見られて微笑ましい。
復帰にはもう少しかかるようで、そこは少々残念である。
とはいえ、完全復活してくれることこそが肝要。
篤人と共に在ることを嬉しく思う。


わけわけ三国志

シャルケ・篤人、まずはシャルケで結果を残さないと

【内田篤人】復帰前に語ってくれたハリルジャパンへの想い。「危機感を持っている選手がどれだけいるか。日本は全然強くない」
豊福晋
2015年12月23日

「自分が居座んなきゃダメだと思う半面、誰もいないのかよ、という気も…」


代表が強くなってもらいたいからこそ、厳しい言葉も出る。内田選手の“提言”は頷けるものばかりだった。写真:龍フェルケル

 2016年に復帰予定の内田篤人選手が、ドイツのゲルゼンキルヘンでサッカーダイジェストのインタビューに答えてくれた。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が率いる日本代表を、彼はどう見ているのか。

―――◆―――◆―――

──日本代表について訊かせてください。まずは、ハリルジャパンの印象を。

「報道ではもっと点が取れるのではと批判されているけど、自分は勝てばいい、と思っている。なんで選手がそれを言わないんだろうと不思議です。

 インタビューで『もう2、3点取れましたよね?』と訊かれても、『勝点3以上に大事なものはない、俺は1‐0が一番好きだ』って返せばいいのに、誰も言わない。自分がその場にいたら絶対にそうコメントしていた。勝負は甘くないんです。1‐0で勝てばオーケー」

──予選は内容よりも結果だと?

「チーム内では『もっとゲームをコントロールできた。もっと点も取れた』という話をしているんだから、監督や選手との間で問題を詰めていけばいい。批判を真に受けて、チームがぶれないようにしてほしい」

──現代表は、視聴率低迷や人気低下も叫ばれています。

「個人的にそういう声は気にしないタイプだし、視聴率がどうのなんて、ドイツでは聞いたことがない。なにを言われようが、チームがぶれる必要はない。実際にやっている現場の人間が、単純に勝てばいいと思えばいい。勝つだけ、です。内容は、表では1‐0でいい。内部では監督を中心に詰めるけど、基本的には勝てばいいんです」

──ハリルホジッチ監督の印象は?

「自分の考えを貫く感じ。意見は聞くけど、一度決めたらこう、という強い意志がある。手術の相談をした時も『自分の膝なんだから、チームがどうこうではなく、お前が正しいと思った判断をしろ』と言ってくれましたからね」

──代表戦を外から見ていて、右サイドバックのプレーは気になりますか?

「もちろん自分のいたポジションなので、またあそこに戻りたい。でも、左サイドは今のところ長友さんで固定されているのに、右がコロコロと変わっているのは気になります。長友さんがやったり、(酒井)宏樹や(酒井)高徳がやったりで、監督はあまりしっくりきてないのかなと。

 宏樹や高徳はブンデスでやれているし、普通にできれば問題はないと思う。でも、実際はふたりとも定着していない。自分が8か月以上も代表から離れているのに、それでは……。助かってますけどね、ある意味。とはいえ、自分が居座んなきゃダメだと思う半面、誰もいないのかよ、という気もします」

──「若手、もっと頑張れよ」と?

「自分が代表にいる間はいいです。ゆっくりやってもらいたい(笑)」


代表復帰に向けて、意欲を見せる内田選手。右SBは「自分のいたポジションなので、またあそこに戻りたい」。写真:龍フェルケル

「どれだけ遅れていて、有頂天なのかなと。幸せだな、日本は」


日本の立ち位置を客観的に捉えている内田選手。「ワールドカップの出場国で言えば、日本は…」。写真:龍フェルケル

──長谷部選手は、サッカーダイジェストのインタビュー(15年10月22日号)で若手がおとなしいという話をしていました。

「下が静かというより、上がうるさいんですよ(笑)。だって、自分のひとつ上は、長友さん、本田さん、岡崎さんです。3人の個性が強過ぎて(笑)」

──若手が頼りない、ということはないですか?

「技術だけなら下の世代のほうが断然上手い。清武に宇佐美なんて本当に上手いですよね。今や普通の小学生も上手い時代です」

──ロシア・ワールドカップに向けた内田選手のビジョンは?

「もう2年半後、早いですね。この前ブラジル大会が終わったけど、なんだかんだ予選も始まっているので。ハリルホジッチ監督はクラブで試合に出ないと呼ばないと言っているので、まずはシャルケで結果を残さないと。

 まあ、今までどおりかなという気がします。この前のワールドカップは試合に出られたけど、上手くいかずにサクッと帰ってきましたからね。あとは組分け次第。日本は決して世界の強豪ではないですから」

──日本は、世界基準でどのあたりに位置すると思いますか?

「(この前の)ワールドカップの出場32か国で言えば、下から2、3番目じゃないですか。ロシア大会に出られる保証なんてどこにもないです。危機感を持っている選手がどれだけいるか。全然強くないですよ。選手が気づいているか気づいていないか。

 ワールドカップで1、2点取っただけで、国民的選手とか騒がれちゃうのは……。海外には、ワールドカップで試合に出て、なおかつチャンピオンズ・リーグで優勝している選手が普通にいる。どれだけ遅れていて、有頂天なのかなと。幸せだな、日本は」

──ロシア大会の目標は?

「まずは出場を決めること。大変だと思いますよ。前回のアジア最終予選はホームからスタートして勢いに乗れたけど、今回は分からない。もしロシア大会に出られたとして、まずは1勝じゃないですか」

―――◆――――◆―――

 2015年12月24日発売号のサッカーダイジェストでは、内田篤人選手のロングインタビューを10頁に渡り掲載。リハビリ中に考えたこと、今後のプランなど様々な内容についても語ってくれています。

 また、内田選手の写真展「ATSUTO UCHIDA PHOTO GALLERY supported by HUBLOT」が、12月23日(水)〜12月25日(金)の期間限定で表参道のBA-TSU ART GALLERYにて開催。こちらもお見逃しなく!


完全保存版とも言うべき内田選手のロングインタビューは2015年12月24日発売号のサッカーダイジェストに掲載。気になる“未来”についても語ってくれている。写真:龍フェルケル



わけわけ三国志


サッカーダイジェストのインタビューに応じるシャルケの篤人である。
日本代表について意見を投じておる。
視聴率へのコメントは秀逸である。
視聴率の問題は選手とは全く無縁と言えよう。
変なスターを持ち上げたり、偶像を創り出そうとすればするほど堕ちていくのではなかろうか。
それはそれとして、日本代表を助けるためにも篤人の力は重要である。
その為に、シャルケでの復帰が待ち遠しい。
来年の活躍を楽しみにしておる。


わけわけ三国志

西本卓申くん、U-18日本代表選出

年末から年始にかけてロシア遠征行うU-18日本代表メンバー発表
15/12/22 18:57

 日本サッカー協会(JFA)は22日、12月31日から1月14日までロシア遠征を行うU-18日本代表を発表した。遠征中には第28回バレンティン・グラナトキン国際フットボールトーナメントに出場。グループAに入っている日本は、1月3日にU-18スロバキア代表、4日にU-18サンクトペテルブルグ選抜、7日にU-18リトアニア代表、9日にU-18ベラルーシ代表と対戦する。

以下、U-18日本代表メンバー
GK
1大迫敬介(広島ユース)
18若原智哉(京都U-18)

DF
19舩木翔(C大阪U-18)
2長谷川巧(新潟U-18)
4森下怜哉(C大阪U-18)表
5冨安健洋(福岡U-18)
3森岡陸(磐田U-18)
12田中陸(柏U-18)

MF
7宮崎幾笑(新潟U-18)
10佐々木匠(仙台ユース)
16梶山幹太(名古屋U18)
15西本卓申(鹿島ユース)
6渡辺皓太(東京Vユース)
14齊藤未月(湘南ユース)
17伊藤洋輝(磐田U-18)
20藤本寛也(東京Vユース)

FW
9吉平翼(大分U-18)
11狩土名禅(桐生第一高)
13菅大輝(札幌U-18)
8中村駿太(柏U-18)



わけわけ三国志


U-18日本代表に選出された鹿島ユースの西本卓申くんである。
この復帰は嬉しい。
チャンピオンシップの活躍が後押ししたのであろうか。
鋭いドリブルと戦術眼で中盤を活性化せよ。
ロシアの地での活躍を楽しみにしておる。


わけわけ三国志

2016シーズンユニフォーム発表

2016年 新ユニフォームのデザインについて
2015年12月22日(火)

以下の通りユニフォームデザインが決定しましたので、お知らせいたします。


※スポンサーロゴ等については変更となる場合があります。

<ファースト>
2016年にクラブ創立25周年を迎えるにあたり、力強くインパクトのあるデザインを採用。ディープレッドとネイビーという伝統のカラーコンビネーションを継承しながら、ユニフォーム全体でクラブの伝統と誇りを強烈かつ斬新に表現している。また、首回りにはボタン付きの襟を取り入れ、アクセントカラーにはビクトリーゴールドを用いている。

<セカンド>
近年ベースとなっているホワイトを基調に、アクセントカラーとしてビクトリーゴールドとブルーサファイヤを使用したデザインを採用。ブルーサファイヤは、創立25周年のメモリアルカラーとして、クラブの前身である住友金属工業(株)蹴球団のユニフォームに使用されていたコバルトブルーからインスパイアされている。

※レプリカユニフォーム ファースト半袖(大人サイズのみ)の予約受付は、2016年1月中旬開始を予定しております。確定次第、オフィシャルショップ各店店頭、およびオフィシャルサイト、オンラインショップにてお知らせします。また、その他商品につきましても販売スケジュールが確定次第、随時お知らせいたします。




わけわけ三国志


2016シーズンのユニフォームが発表された。
大きくモデルチェンジされ、特徴が出ておる。
このユニを身にまとえば勇ましい気持ちになろう。
ただ、人造人間であるが故の苦悩を強いられるやもしれぬ。
不完全であるが故に、完全を目指そうとする葛藤。
また、ギルの笛による正常な判断がなされぬ状態。
まさに苦しい戦いとなろう。
浦和戦にてギルの笛(偏ったジャッジ)が吹かれぬことを祈る。


わけわけ三国志

北九州、本山獲得へ

ギラヴァンツ北九州加入へ 本山 元代表 MF地元で再挑戦

故郷の小学生と試合で交流する本山雅志(手前)(2011年1月)

 J2ギラヴァンツ北九州が、今季限りでJ1鹿島を退団する元日本代表MF本山雅志(36)を獲得することが21日、関係者の話で分かった。本山はクラブ側に入団の意思を伝えており、近く契約する予定。本山は北九州市若松区出身。北九州は2017年の新スタジアム完成で来季はJ1ライセンスが下りる見込み。地元クラブのJ1昇格に向け、ベテランの豊富な経験を生かしてもらう考えだ。



わけわけ三国志


北九州入りを決断した本山である。
出身地のクラブにて一花咲かせるのは非常に良い決断であろう。
J1昇格に尽力するのだ。
活躍を楽しみにしておる。


わけわけ三国志

金崎夢生、声をからして応援してくれたことは自分たちの力になった

鹿島金崎が初ベスト11 同僚に感謝/Jアウォーズ
[2015年12月21日23時4分]

<Jリーグアウォーズ>◇21日◇都内

 初のベストイレブンに選出された鹿島MF金崎夢生(26)も喜びをかみしめた。

 今季、鹿島に移籍し27試合で9得点と活躍した。普段は寡黙な男だが、この日ばかりは「うれしいです。チームメートがすごいよかった。そのおかげです。楽しくできました」と満面の笑みだった。今年は日本代表にも選出されたが「運がよかったです」とほほを緩ませた。

 サポーターにも「いいときも悪い時もスタジアムに来てもらって、声をからして応援してくれたことは自分たちの力になった」と感謝した。

 式典後に行われたテレビ用のベストイレブンのインタビュー取材では唯一、スーツではなく、私服姿で登場。親しみですよね? と問われると「こっちの方がいいかなと思って」と笑っていた。

初ベスト11の鹿島・金崎、極度のメディア嫌いは“健在” 同席選手から失笑も

ベストイレブンを受賞した、(後列左から)浦和・西川、浦和・槙野、FC東京・太田、FC東京・森重、広島・塩谷、(前列左から)鹿島・金崎、G大阪・遠藤、広島・青山、川崎・大久保、G大阪・宇佐美、広島・ドウグラス=東京都港区(撮影・中井誠)

 Jリーグの年間表彰式「2015 Jリーグアウォーズ」が21日、東京都内で行われた。初のベストイレブンに選ばれた鹿島の金崎はドイツ、ポルトガルでのプレーを経て3季ぶりにJリーグに復帰し、得点源としてヤマザキナビスコ・カップ制覇に貢献。日本代表にも5年ぶりに選ばれ、充実のシーズンとなった。

 ただ、極度のメディア嫌いはこの日も“健在”だった。記者会見で感想を問われて「うれしいです。ありがとうございます」とぶっきらぼうに答えると、同席した選手たちから失笑が漏れた。(共同)

Jリーグ・アウオーズ 金崎、初ベストイレブン
Jリーグは21日、東京都内で年間表彰式「Jリーグ・アウオーズ」を開き、最優秀選手賞にはJ1年間優勝の広島で主将を務めた青山敏弘(29)が初めて輝いた。今季33試合に出場した守備的MFはリーグ最多得点、最少失点のチームを攻守両面で支えた。

ベストイレブンには青山を含め広島から最多の3人が選出された。鹿島からは金崎夢生(26)が初めて選ばれた。G大阪の遠藤保仁(35)は歴代最多を更新する12度目となり、広島のドウグラス(27)は初選出。浦和の西川周作(29)は4年連続、槙野智章(28)は5年ぶりで、史上初めて3年連続でJ1得点王に輝いた川崎の大久保嘉人(33)も入った。最優秀ゴール賞には第1ステージ第17節の鳥栖戦で、青山がボレーで決めたミドルシュートに決まった。



わけわけ三国志


ベストイレブン受賞が報じられる金崎夢生である。
初受賞であり、鹿島の攻撃を牽引したことは大きなニュースであった。
授賞式後にはすぐに私服に着替え、個別インタビューではニット姿で現れたことには、彼の個性を感じさせられた。
また、チームメイトそしてサポーターへの感謝を忘れぬ姿勢に、彼自身の内面に持つ、鹿島との相性を強く感じる。
長く臙脂のユニフォームに袖を通し続けて欲しい。
楽しみにしておる。


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ケルン・大迫、前で出られるようにアピールしていかないと

ケルン大迫 FW復帰へ「前で出られるようにアピールしていく」
 ケルンFW大迫も香川と同便で帰国した。8月16日、シュツットガルトとの開幕戦でいきなりゴールを決めたが、その後は本職ではないMF起用が増え、伸び悩んでいる。

 それでも、「やり続けることで、つながっていく。前で出られるようにアピールしていかないと」と前向きだった。
[ 2015年12月22日 05:30 ]



わけわけ三国志


前向きな発言をするケルンの大迫である。
MF起用が多く、本職のFWにてプレイ出来ないことにはある程度の不満はあるであろう。
しかしながら、起用されるのは指揮官の信頼の証である。
ゴールに繋がるプレイを続け、望むポジションを手に入れるのだ。
良い報を待っておる。


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柳沢敦・中田浩二・新井場徹、功労選手賞受賞

元鹿島の3名が功労者賞に…柳沢敦氏は「積み重ね」への評価に感謝

(左から)新井場氏、中田氏、藤本氏、宮本氏、柳沢氏 [写真]=兼子愼一郎

 21日、Jリーグの年間表彰式「2015 Jリーグアウォーズ」が行われ、現役時代に鹿島アントラーズで多くのタイトル獲得に貢献した柳沢敦氏、中田浩二氏、新井場徹氏が、宮本恒靖氏や藤本主税氏とともに功労選手賞を受賞した。授賞式に出席した柳沢氏と中田氏が取材に応えた。

 現役初年度に新人王を獲得し、キャリアを通じて3度のベストイレブンに輝いた柳沢氏。「今までは選手としてその年の評価だったが、今まで積み重ねた結果を評価していただいき、本当に感謝したいと思います」とコメント。中田氏も「17年間やった結果としてこういう場に呼ばれていると思うので、非常にありがたいですし、嬉しく思っています」と口を揃えた。

 柳沢氏、中田氏、新井場氏は、今年7月5日に合同引退試合『ENCORE』を開催。同試合には、鹿島の現役選手やOBのほか、中山雅史や三浦知良といった3選手と親交の深い選手らが参加した。「出ていただいた方にはサッカーを楽しんでいただけた。浩二がなかなか点を決められない中でも本当にサポーターの方には盛り上げていただいて、あの場を選手と関係者の方々に手伝っていただき、サポーターも含めて本当に良い時間を過ごせたと思っています」と振り返った。

 中田氏は、今年から鹿島のクラブ・リレーション・オフィサー(CRO)として、ビジネス面でクラブをサポートした。「現場ではなく、また違った分野で1年間サッカーに携わらせていただいて、本当に違った視野、角度で勉強させていただいた。本当に楽しかったです」と述べた。

 また、鹿島のコーチとして1年を過ごした柳沢氏は、自身を「コーチとしてはど素人」としながらも「ただ、サッカーを始めた時と同じようにやっぱりこれから1つ1つを積み重ねなければいけないですし、レベルアップしてコーチとしても大きな舞台に立てるよう、まい進していきたいと思っています」と今後の目標を口にした。



わけわけ三国志


Jリーグアウォーズにて功労選手賞を受賞した柳沢敦、中田浩二、新井場徹である。
これまでの実績が高く評価され、本人たちも感謝しておる。
この素晴らしい選手たちと共に戦えたことを誇りに思う。
今の現役選手も彼等に並ぶべく努力を重ねて欲しい。
また、柳沢敦、中田浩二、新井場徹の実績はJリーグ史だけでなく鹿島の歴史に刻み込まれておる。
ありがとう。


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金崎夢生、ベストイレブン受賞

金崎選手 ベストイレブン受賞のお知らせ
2015年12月21日(月)

本日(12/21)、グランドプリンスホテル新高輪にて2015Jリーグアウォーズが開催され、金崎選手がベストイレブンを受賞しました。

金崎選手コメント:
「嬉しいです。ありがとうございます。これからも頑張ります」



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ベストイレブンに選出された金崎夢生である。
これは嬉しい。
今季のチームは、リーグ戦ではCS進出を逃し、もう一つの成績に終えた。
その中で、夢生が評価されたことは素晴らしい事。
この受賞を糧とし、更に来季もJリーグにて活躍して欲しいところ。
完全移籍の報せを待っておる。


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湘南・永木、発表まで待ってください

ハリル監督のゲキに斎藤、永木“初招集組”刺激
[2015年12月21日7時53分 紙面から]

 日本代表バヒド・ハリルホジッチ監督(63)が熱望していた異例の国内組代表候補ミーティングが20日、都内ホテルで開催された。

 ハリルジャパン“初招集”だったFW斎藤学(25=横浜)とMF永木亮太(27=湘南)が新たな刺激を得た。W杯ブラジル大会以来A代表と縁のなかった斎藤は「今まで呼ばれていないので、この中で自分が(代表復帰へ)一番やらなくてはいけない立場」。鹿島への移籍が有力となっている永木は去就について「自分の中では決まっています。発表を待ってください」と言葉を選んだ。

永木 鹿島移籍は決定的「自分の中では決まってます」
日本代表候補国内組ミーティング (12月20日)
 湘南MF永木は代表未経験ながら今回のミーティングに“初招集”された。

 黄金の右から放たれる正確無比なFK、攻守にハードワークできる運動量が評価された。「初めてなので来季に向けてテンションが上がりました」と話した。複数クラブから獲得オファーを受け、注目された去就も鹿島への移籍が決定的。「自分の中では決まってますが、発表まで待ってください」と話すにとどめた。
[ 2015年12月21日 08:30 ]



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去就について口を開いた湘南の永木である。
「自分の中では決まっています」とのこと。
先週には鹿島移籍が有力と報じられたが、ここまで続報が届かなかった。
いよいよはっきりする時が迫った様子。
鹿島・永木の誕生を楽しみにしておる。


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石井監督、あのころの熱気を再び取り戻したい

J1鹿島 石井監督ホーム5市行脚 地域と絆、取り戻せ
「発足時の熱気を」


神栖市役所を訪れ、職員や市民に笑顔で迎えられた石井正忠監督=同市溝口神栖市役所を訪れ、職員や市民に笑顔で迎えられた石井正忠監督=同市溝口

深紅の旗とサッカーの話題であふれた、かつてのにぎわいを取り戻したい-。サッカーJ1、鹿島の石井正忠監督(48)は、強い思いを胸にホームタウンである鹿行5市の小学校や市役所を巡り歩いている。鹿島の監督自ら出向くのは近年なかった取り組みだ。「強いだけでなく地域に愛されるチームにしなければ」。Jリーグも過渡期を迎え、クラブが地域でどうあるべきか、石井監督は真摯(しんし)に答えを探している。(鹿嶋支社・三次豪)

■独自の取り組み

1993年のJリーグ発足時、ジーコらスター選手を陰で支え、選手として常勝チームを築いた石井監督。当時の地元の盛り上がりを肌で覚えている。

そんな石井監督が7月にコーチから急きょ監督に就任後、ナビスコ杯優勝、リーグ戦第2ステージ2位とチームは躍進。その傍らで鹿嶋、行方、潮来、鉾田、神栖のホームタウン5市の全59小学校や幼稚園にサッカー教本を寄贈しながらチームの応援を求め歩いた。クラブとしても以前から、選手によるサッカー教室での訪問など続けている。ただ、訪問は石井監督独自の取り組み。一人でもサポーターを増やしたい一心の“草の根運動”だ。

また、今月にはナビスコ杯の優勝カップを手にホームタウン5市の市役所を訪問。「来季はリーグ優勝してホームタウンをもっと盛り上げる」と各市長に誓い、地域の話題にも花を咲かせながら、来季のさらなる支援協力に向け頭を下げた。

■自分たちのチーム

今シーズン最後の練習日にも石井監督の思いは表れた。集まった大勢のサポーターを見て「チームがあるのはファンのおかげ」と、練習直前に自らの提案で予定変更し、全ての時間をファンサービスに充てた。約2千人のサポーター全員に嫌な顔一つせず、全選手と石井監督が約2時間半かけサインに応じた。子どもたちとのミニゲームも行った。

石井監督は「自分たちはサッカー以外の活動もしなければいけない。選手、チームが自ら地域に関わって距離を縮め、まず地域の1人としてあること。それが自分たちのチームと思っていただくことにつながる。あのころの熱気を再び取り戻したい」と思いを語る。

■地元に期待感

ホーム戦の日にカシマスタジアムにも出店する鹿嶋市宮中のレストラン「やまびこ」の伯耆すゑよさん(67)は「以前のまちはアントラーズ一色で、勝てばみんなで喜んだ。でも今は優勝した日すら閑散としている」と肩を落とす。

だが、諦めてはいない。「人柄も良く、選手時代からずっと見てきた身近なわれらが石井さんが監督になり、再びにぎわいを取り戻せる期待感がある。選手も身近になればそれがチケット1枚、にぎわいにつながる。チームも地域ももう一度考えなければ。まち全体で盛り上げたい」

地域密着のスポーツ振興を掲げて始まったJリーグ。来季を見据えクラブも地域もJリーグの理念を見つめ直す時が来ている。



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ホームタウンを行脚した石井監督である。
1993年のJリーグ開幕当時の熱狂を再び呼び起こしたいとの気持ちが伝わる。
当時、ジーコと共に鹿島アントラーズの選手として鹿島町を大いに盛り上げた石井さんは、肌で感じておる。
それは、ファンサービスの徹底など、チーム側の変革と共に、行政、地元の人々にもお願いする姿となっておる。
地域一体となって鹿島を盛り上げていこうではないか。
来季はタイトルと共に熱くなろう。
期待しておる。


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源、フォースと共にあれ

鹿島アントラーズ昌子源、スター・ウォーズ最新作「見てきました!」
J1・鹿島アントラーズに所属するDF昌子源が12月19日、インスタグラムを更新した。

12月18日18時30分に全国一斉公開された映画「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」を早速、映画館で観賞したことを報告する昌子。作品の中で登場する武器のライトセーバーを手に持ち、ポーズを決める写真を載せている。

映画スター・ウォーズシリーズの最新作となる本作は、新たなる3部作の1作目となり、「スター・ウォーズ/ジェダイの帰還」から約30年後が描かれている。砂漠の惑星ジャクーで暮らす孤独な女性レイを中心に、フォースを巡る新しい ‘家族の愛と喪失の物語’が描かれる作品だ。

ファンからは、「カッコ良く決まってますね!」「源ちゃん、少年みたい」「スター・ウォーズ、観に行ったんだね!」「リフレッシュできましたか?」などのコメントが寄せられていた。



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「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」を鑑賞した源である。
どのような感想を持ったのであろうか。
第1作(ep4)は源が産まれる遙か前、DVDなどにて予習して劇場に行ったことであろう。
正当な続編であり、SWらしいスター・ウォーズをJ・J・エイブラムスが撮ったことに意味がある。
次作が公開される時まで、鹿島の星(タイトル)を増やすべく、躍動せよ。
源、フォースと共にあれ。


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ボウリングでリフレッシュ

柴崎岳がサッカー以外のスポーツに夢中? 足ではなく手でボールを……
2015年12月19日(土) 15時15分配信


鹿島アントラーズMF柴崎岳 photo/Getty Images

つかの間のオフシーズンを満喫

柴崎岳が所属する鹿島アントラーズは、シーズン終了後に選手会主催の慰労ボウリング大会を開催した。鹿島公式ツイッターではそのボウリング大会の様子が動画で公開され、柴崎は見事なストライクを披露。柴崎はピンをすべて倒した後、ゴールを決めても見せないような満面の笑みでガッツポーズをし、同じレーンのチームメイトと喜びを分かち合っている。
柴崎はこのボウリング大会から2週間も経たずに再びボウリング場へ足を運んだようだ。鹿嶋市内にあるボウリング場のツイッターは16日、「鹿島アントラーズの佐藤(昭大)選手、山村(和也)選手、川俣(慎一郎)選手、柴崎選手がご来店」とツイート。4選手の写真を公開し、「ゆっくり過ごしていただいて来シーズンの大活躍をお祈り申し上げます」とエールを送っている。
さらに同ボウリング場は14日にもMF青木剛、MF土居聖真、MF遠藤康、そしてモンテディオ山形にレンタル移籍していたFW高崎寛之がボウリングをプレイしに来たことを明かしている。長いシーズンを戦い終えた鹿島の選手たちは、ボウリングを楽しんでリフレッシュしているようだ。



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慰労ボウリング大会について公式Twitterで公開した鹿島である。
鹿島選手会主催で行われ、盛り上がった様子。
この大会後にも、選手らはボウリング場に姿を見せ、楽しんでおるとのこと。
特に聖真はボウリングをプレイするほどに回復しており、来季はキャンプから全力プレイ可能であることが伝わってくる。
このオフで心身共にリフレッシュし、来季は更に活躍するのだ。
期待しておる。


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北九州、本山に正式オファー

北九州、鹿島退団の本山に獲得オファー 上位進出へ白羽の矢

鹿島を今季限りで退団するMF本山
Photo By スポニチ


 J2北九州が鹿島を今季限りで退団するMF本山に獲得オファーを出したことが分かった。

 北九州は今季、7位と昨季の5位を下回った。来季の上位進出を目指すべく、鹿島で数多くのタイトルを手にしたベテランに白羽の矢を立てた。本山は今季、リーグ戦わずか6試合の出場にとどまり、契約満了が発表されたが、現役続行を表明している。
[ 2015年12月20日 05:30 ]

【北九州】鹿島の元日本代表MF本山獲得へ
2015年12月20日6時0分 スポーツ報知

 J2北九州が、鹿島を退団する元日本代表MF本山雅志(36)に獲得オファーを出したことが19日、分かった。北九州関係者によると持ち前の技術、戦術眼は衰えていないと判断したという。また、鹿島での18年間で14個のタイトルをもたらした経験は、J1昇格を目指すクラブにとって大きな力になると見込んでいる。

 北九州は本山が生まれ育った地元のクラブで、縁もある。「選手としてピッチで輝きたい。まだまだやれると思う」と話していた本山。今後は他クラブからのオファーが出そろうのを待って、近いうちに決断を下す意向だ。



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本山に正式オファーを出した北九州である。
本山の出身地であり、本山のテクニックを擁すれば、今季以上の上位進出もあり得る。
悲願のJ1昇格の切り札となろう。
本山側としては、オファーが出そろうのを待って決断する模様。
本山のファンタジーを引き入れることが叶うクラブはどこになるのであろうか。
本山の去就に注目である。


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梅鉢、山形へレンタル

梅鉢選手がモンテディオ山形に期限付き移籍
2015年12月19日(土)

梅鉢貴秀選手がモンテディオ山形に期限付き移籍をすることが決まりましたので、お知らせいたします。

期限付き移籍期間: 2016年2月1日〜2017年1月31日

<選手プロフィール>
■選手名: 梅鉢 貴秀(うめばち・たかひで)
■生まれ: 1992年6月8日、大阪府生まれ
■サイズ: 176センチ、67キロ
■ポジション: MF
■経歴: 高槻FC−如是中−関西大第一高−鹿島アントラーズ(2011〜)

■公式戦成績
J1リーグ通算 27試合2得点
ナビスコカップ通算 10試合1得点
天皇杯通算 4試合0得点
AFCチャンピオンズリーグ 3試合0得点
スルガ銀行チャンピオンシップ 1試合0得点

■梅鉢選手コメント
「まずは、これまで5年間、本当にお世話になりました。多くの人の支えのおかげで、サッカーだけに集中できる素晴らしい環境でした。試合で自分の不甲斐ないプレーにブーイングしてくださったサポーター、それでも頑張れと応援してくれた方たち、皆さまの熱い気持ちに心から感謝いたします。また、練習最終日にはクラブハウスに約2000人の方々が来てくださり、とても感動的な1日になりました。改めてアントラーズとファンの皆さまの強い結びつきを感じました。山形でも日々努力を重ね、今以上に『応援したい』と思われるような選手になれるよう頑張りたいと思います。シーズンを通して貢献できるよう全力を尽くし、必ず競争力をつけて戻ってきます。その間、アントラーズが来季全てのタイトルを取れるよう、山形の地から応援しています」

梅鉢貴秀選手期限付き移籍加入のお知らせ
2015年12月19日(土)

梅鉢貴秀選手が鹿島アントラーズより、モンテディオ山形へ期限付き移籍加入することが決定しましたのでお知らせいたします。なお移籍期間は2016年2月1日から、2017年1月31日までとなります。

梅鉢 貴秀(うめばち たかひで)Takahide UMEBACHI
生年月日:
1992年6月8日(23歳)

身長体重:
176cm/67kg

出身地:
大阪府

ポジション:
MF

経歴:
高槻FC→如是中学校→関西大第一高校→鹿島アントラーズ

通算出場記録:
J1リーグ27試合2得点
リーグカップ10試合1得点
天皇杯4試合0得点
ACL3試合0得点

梅鉢貴秀選手コメント
「モンテディオ山形は、地域との一体感がある温かいクラブという印象があります。アウェイで対戦した時、チームは粘り強く、最後まで決して諦めない強い気持ちがあり、サポーターの声援も熱いと感じました。新しい挑戦にワクワクした気持ちです。一日も早くピッチの上でチームに貢献できるよう、様々な環境の変化に素早く対応していきたいと思います。サポーターの皆さまの熱い声援に勝利という形で応え、J2優勝をみんなで喜べるよう精一杯戦いますので、応援のほどよろしくお願いいたします。」

※梅鉢貴秀選手は契約期間中、弊クラブと対戦する全ての公式戦に出場可能となります。



わけわけ三国志


予てから報じられておったように、バチの山形へのレンタルが発表された。
完全移籍の可能性もあったが、期限付き移籍とのこと。
本人のコメントにあるように、競争力を付けて帰参するのだ。
山形での大活躍を信じておる。


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夢生、調子乗り世代

これからの代表の中心⁈『調子乗り世代』てどんな世代?
k.k 2015/11/14 22:00

先日行われたロシアワールドカップ・アジア2次予選のシンガポール戦。金崎夢生選手や柏木陽介選手がスタメンに抜擢され、活躍を見せました。

実はこの2人、共に「調子乗り世代」なのは知っていましたか?


by AFP BB NEWS

これからの日本代表の中心になる?!「調子乗り世代」とは?

「調子乗り世代」とは2007年に行われたU-20ワールドカップに出場した世代を指しています。
生まれ年で言うと1987年・88年生まれの世代ですね。

このネーミングの由来は、U-20ワールドカップで当時流行をしていたものをゴールパフォーマンスに取り入れるなど、明るい選手が多かったことにあります。

ビリーズブートキャンプやドラゴンボールのかめはめ波、相撲パフォーマンスなどなど…。


by スミッパーズBLOG

さらにただのお調子者集団というわけではなく、U-20ワールドカップでは2勝1分でグループ予選を突破します。
決勝トーナメント1回戦では準優勝国となったチェコにPK戦の末に敗れはしましたが、実質不敗での敗退(PK戦の場合、記録上は引き分けのため)という実力も伴った世代でした。

どんなメンバーがいたの?

この「調子乗り世代」の代表的なメンバーを見ていきましょう!

U-20ワールドカップに選ばれた選手

林 彰洋選手

内田 篤人選手

安田 理大選手

槙野 智章選手

森重 真人選手

柏木 陽介選手

ハーフナー・マイク選手

森島 康仁選手

太田 宏介選手

香川 真司選手


by SOCCERDIGESTweb

同世代の選手

吉田 麻也選手

田中 順也選手

藤春 廣輝選手

塩谷 司選手

山田 大記選手

金崎 夢生選手

権田 修一選手

永井 謙佑選手

乾 貴士選手

森本 貴幸選手

米倉 恒貴選手

挙げだすとキリがないほど、Jリーグでも海外でも活躍を魅せている、個性的な選手が多いですね!


by ayablo

ロシアワールドカップに向けて、必ず中心となっていく「調子乗り世代」。
もしかしたらワールドカップの地でビリーズブートキャンプのゴールパフォーマンスが見られるかもしれませんね!!



わけわけ三国志


調子乗り世代として紹介される金崎夢生である。
2007年U-20W杯で世間を沸かせたこの年代は、調子乗り世代と呼ばれる。
快進撃でベスト16まで勝ち進み、ゴールのたびにパフォーマンスを披露した。
篤人が右サイドを駆け上がっておったことでも記憶に残る。
当時、若かった彼等が年齢を重ね、それぞれのチームにて主軸となっておる。
鹿島でも、夢生に加え、ヤスと西が名を連ねる。
この世代が攻撃の中心となっておることがよくわかる。
このトリデンテにて得点を重ねようではないか。
楽しみである。


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植田、U-23日本代表選出、豊川、石垣島キャンプメンバー選出

植田選手 U-23日本代表メンバー選出のお知らせ
2015年12月18日(金)

本日、「AFC U-23選手権 カタール2016(オリンピック・アジア最終予選)」(2016年1月12日〜30日@カタール)のU-23日本代表メンバー21名が発表されました。

鹿島アントラーズからは、植田選手が選出されました。また、石垣島キャンプ(12月22日〜30日)メンバーとして豊川選手が選出されています。




わけわけ三国志


リオ・デ・ジャネイロ五輪アジア最終予選メンバーに選出された植田である。
ここは、日本を五輪に導くべく活躍してきて欲しい。
また、残り2枠を目指して、豊川が石垣島キャンプメンバーに残った。
キャンプにて実力をアピールし、メンバー入りを目指して欲しいところ。
豊川の明るいキャラクターとセットプレイは大きな武器である。
楽しみにしておる。


わけわけ三国志

『もう一度、あの感覚を味わいたい』という思いが、鹿島をさらに成長させるはずだ

鹿島、監督交代から見事な復活。CS逃すも…成長へと繋がるナビ杯制覇【2015年通信簿】
2ステージ制が復活した2015年のJ1も全ての試合を終えた。この1年を振り返り、各Jクラブはどのようなシーズンだったのだろうか。今回はナビスコ杯を制したの鹿島アントラーズを振り返る。

2015年12月18日(Fri)6時59分配信
シリーズ:2015年Jリーグ通信簿
text by 編集部 photo Getty Images


クラブの本気度が窺える補強だったが…


遠藤康ら中堅選手も成熟【写真:Getty Images】

 2009年以来のリーグ制覇を目指した鹿島アントラーズ。柴崎岳や昌子源といった若手がチームの屋台骨を支えるようになり、遠藤康ら中堅選手も成熟。目に見える形でチームは進化を遂げた。

 第二次トニーニョ・セレーゾ体制が3年目を迎えた今季、ポルトガルから金崎夢生、広島からファン・ソッコなど即戦力を加えた。アジアチャンピオンズリーグ(ACL)も見据えた積極補強を行い、クラブの“本気度”も見られた。

 チャンピオンシップ進出はもちろん、リーグ制覇に向けて機は熟したかに見えた。

絶望的な1stステージからの復活。それでもCS進出はならず


ヤマザキナビスコカップでは3年ぶりのタイトルを獲得【写真:Getty Images】

 しかし、チームはいきなり苦境に立たされる。2月にスタートしたアジアチャンピオンズリーグで出鼻を挫かれると、3月に開幕したリーグ戦も勝てず。公式戦5連敗という最悪の船出となってしまった。その後もチームは不安定な戦いを続け、1stステージはまさかの8位に沈んだ。

 巻き返しを誓った2ndステージもチーム状況は好転しない。3試合を消化し1勝1分1敗。新潟から奪った1勝は後半アディショナルタイムの逆転で掴んだもので、選手たちの意地によるものだったが、試合内容は負けても文句の言えないものだった。

 勝ち点こそ少しずつ積み上げたが、チームの自信回復には繋がらない。そんな中、クラブ史上2例目となるシーズン中の監督交代が断行される。石井正忠コーチを昇格させ建て直しを図ると、その効果はすぐに表れた。攻撃時の流動性が蘇り、球際の強さなど鹿島らしさも復活。6連勝と調子を取り戻した。

 そして、ヤマザキナビスコカップ決勝では昨季の3冠王者・G大阪を圧倒。3年ぶりのタイトルを獲得した。結局リーグ戦は2ndステージが2位、年間も5位に終わったが、石井監督就任後は11勝3敗と大きく勝ち越した。

 復活を牽引したのは新加入の金崎だった。チームが不調の時から献身的かつ効果的なプレーで攻撃をリード。2トップの一角に入るようになってからは、安定したポストプレーを見せ、貴重なゴールを奪うなど獅子奮迅の活躍だった。

またひとり、黄金世代のレジェンドがクラブを去る


今季は本山雅志の退団が決まった【写真:Getty Images】

 昨季限りで中田浩二氏が現役を引退し、今季は本山雅志の退団が決まった。数年前から行われてきた世代交代が実を結びつつあるが、それは百戦錬磨のベテランたちがチームを引っ張ってきたからこそ。

 チームに残る79年組は小笠原満男と曽ヶ端準のふたりとなった。彼らは今もレギュラーの座を死守しており、特に小笠原はナビスコカップでMVPを受賞するなど円熟味は増し続けている。互いにまだまだ戦力として欠くことができないのが現状だが、ふたりからポジションを奪うような選手が出てきて欲しいところだ。

 若手の中では、鈴木優磨が2nd第10節のG大阪戦でデビュー戦ゴールを決めるなど、7試合で2得点を挙げた。ユース出身の生え抜きということもあり、今後の活躍が期待される。

診断


鹿島アントラーズ2015シーズンのフォーメーション

補強結果診断 B−

 高崎寛之は期待通りの活躍が見せられずモンテディオ山形へ移籍。一度は白紙になりながらも後に加入したジネイは負傷でほとんど稼動できず、このドタバタはあまりに印象が悪い。だが、金崎のFWへのコンバートがハマったおかげで、その問題は表面化しなかった。金崎の勝負どころの決定力や周りを活かすプレーは鹿島にとって必要不可欠で、彼がいなければチーム状態は好転しなかったかもしれない。

 さらにファン・ソッコもCBの軸として安定感をもたらした。昌子との補完性も優れており、ヤマザキナビスコカップ決勝では値千金の先制弾を奪って優勝へ導いた。

総合診断 B

 低空飛行のチームを再生させるべく監督交代に打って出たフロントの決断力、大役を任された石井監督の手腕、そして選手たちの奮起など評価すべき点はある。

 シーズン前の期待の大きさを考えれば、内容・結果ともに満足できるものでは決してない。とはいえ、無冠で終わらなかったことは称賛されてもいいだろう。

「続けてタイトルを獲っていかないといけないのがこのチーム」。ヤマザキナビスコカップ決勝の後、多くの記者に囲まれた小笠原は喜びを表しつつこうも話している。監督交代をきっかけに調子を取り戻した鹿島が、タイトルをひとつ獲得してシーズンを終えた。

 これは無冠で来季を迎えるのとでは天と地ほどの差がある。『もう一度、あの感覚を味わいたい』という思いが、鹿島をさらに成長させるはずだ。

【了】



わけわけ三国志


2015年シーズンを診断するフットボールチャンネルの記事である。
今季を良くまとめておる。
結果的には監督交代が功を奏し、また補強としては金崎夢生が結果を出した。
2ndシーズンは優勝争いに名乗りを挙げ、ナビスコ杯のタイトルも獲ったことで面目を保った格好となったことも事実であろう。
とはいえ、世代交代と若手育成の集大成として臨んだシーズンとしては不甲斐なかったこともまた事実である。
来季は、今季を糧として飛躍する年となって欲しい。
期待しておる。


わけわけ三国志

小笠原満男、まだまだこれからだよ

常勝アントラーズの大黒柱。小笠原満男が示す「プロの矜持」
2015.12.17
佐野美樹●文 text&photo by Sano Miki


 10月31日、ナビスコカップ決勝。試合終了のホイッスルが鳴ると、小笠原満男は足もとにあったボールを軽く蹴り上げて、大きく息をついた。派手なガッツポーズを見せるでもなく、その姿からは喜びよりも、3年ぶりのタイトル獲得に安堵する思いがにじみ出ていた。


今季も圧倒的な存在感を示していた鹿島の小笠原満男

 鹿島アントラーズの、2015年シーズンの幕開けは惨憺(さんたん)たるものだった。4年ぶりの出場となったAFCチャンピオンズリーグ(ACL)初戦で、ウエスタン・シドニー・ワンダラーズに敗戦を喫すると、そこから、開幕したJリーグの試合を含めて5連敗。ホームのカシマスタジアムは、しばらくの間失意の状態が続いていた。
 ようやく勝利を手にしたのは、シーズン開幕からおよそ1カ月後の4月3日、Jリーグファーストステージ第4節のサガン鳥栖戦だった。しかし、その後も勢いに乗ることはなく、ACLはグループリーグ敗退。Jリーグでは、優勝争いからは大きく離れた中位を彷徨っていた。
 その頃、チームの精神的な支柱である小笠原が、よく口にする話題があった。それは、若い選手たちの”おとなしさ”“覇気のなさ”である。
「まず『俺にボールを寄こせ!』っていうのがない。何か言われると、シュンとしてしまうし……。(若い選手は)もっと生意気で、やんちゃなぐらいでいいんだけどな」
 事実、シーズン序盤に何度か取材に訪れた際、その練習風景はあまりに静かだった。活気がなく、どちらかと言えば、重苦しい雰囲気が感じられ、これがあの”常勝軍団”鹿島なのか、と目を疑ったほどだ。

 小笠原はこれまでもずっと、プロとして練習に取り組む姿勢や態度、さらに練習ですら負けることをよしとしない勝利への執着心というものを、常に行動で表してチームをけん引してきた。自らも、かつての先輩たちが示してきたそうした姿を見て学び、プロとしてのあり方、鹿島というチームの”伝統”を吸収し、引き継いできたからだ。

 だが、最近の若い選手たちは、小笠原をはじめ、先輩たちのプロとしての強い姿を見ても、それがなかなか行動に表れることがなかった。頭では理解しているようではあるが、積極的な姿勢、強気な態度というものは、一向に表立って見られることはなかった。

 小笠原の目には、そんな彼らが「(誰かから)何かを与えられるのを待っている」ようにしか見えず、歯痒かった。

 自分が若手の頃は、試合に出たい一心で、練習のときから先輩らを削りにいき、自らの存在をアピールしてきた。それだけ必死で貪欲だったからこそ、消極的な若手の姿を見るたびに、物足りなさを感じていた。

 とはいえ、小笠原は口で言うより、行動で示すタイプである。自分から若手に何かアドバイスしたり、喝を入れたりすることはない。現に、その点について小笠原に問うと、「そういうことはあまりしないね……」と言って、口を結んだ。そんな姿は、現状打破へ何かしら解決の糸口を模索しているようにも見えた。

 それから時を経て、Jリーグファーストステージの終盤、相変わらず中位をうろうろとしていた鹿島の練習場を訪れた。その際、小笠原と話をする機会があり、再び若手選手に対する自身の対応について何気なく質問してみた。すると、彼から意外な言葉が返ってきた。

「もう(若手選手に)言わないと、勝てない」

 切実だった。そのひと言に、若手選手に対するもどかしさや、チームが置かれた厳しい状況、小笠原が現状に抱く危機感……すべてが集約されていた。

 程なくして、トニーニョ・セレーゾ監督が解任された。

 後任には、鹿島のことを知り尽くす石井正忠コーチが就いた。石井監督は、チームを一旦白紙に戻して、すべての選手を同じスタートラインに乗せた。そのうえで、重視したのは、選手各々の主体性だった。その結果、経験のあるベテラン選手が重用され、キャプテンは小笠原に託された。

 その意味は、小笠原自身、重々理解したはずだ。そして彼は、切実な思いを吐露した、あの言葉どおりの行動をすかさず実践したに違いない。自らの行動で示すだけでなく、気づいたことは口に出して、若手選手たちにも直接指示を与え、さまざまな要求を伝えたことだろう。

 監督が交代し、心機一転となった鹿島の練習場には、多くの選手の声が響き渡っていた。なかでも、小笠原の声はひと際大きく聞こえた。セレーゾ監督を解任へと追いやってしまった自分たちの不甲斐なさもあり、もはやなりふり構ってなどいられなかった。強い鹿島の再現へ、小笠原はそれまで以上に精力的に行動し、言葉を発した。

 そうして、徐々に“常勝軍団”らしいオーラを取り戻していった鹿島は、目を見張るような快進撃を見せた。Jリーグセカンドステージでは、第4節から第9節まで6連勝を飾るなどして首位争いを演じ、ナビスコカップでは決勝戦まで駆け上がっていった。

「優勝しないとわからないものがある。だから、今の若いやつにタイトルを獲らせたい」

 ここ数年、小笠原が幾度となく口にしてきた思いが、ついに実を結ぶときがやってきた。

 ナビスコカップ決勝戦。ガンバ大阪を相手に、小笠原は躍動した。いつにも増して大声を張り上げて、周囲の選手たちを鼓舞。まさに縦横無尽といった言葉どおりに、攻守に走り回った。勝利に対して、凄まじい限りの執念を見せ、その姿からは鬼気迫るものを感じた。小笠原の、プロとしての矜持(きょうじ)をそこに見た。

 そんな小笠原に引っ張られて、若手たちも奮闘した。試合序盤からアグレッシブに動き回り、セカンドボールを果敢に奪取。そこから、多くのチャンスを演出し、ゴールという結果につなげていった。守備でも体を張って、粘り強い対応でガンバの攻撃を封じた。そのまま最後まで積極的に仕掛けて、自分たちの力で勝利をモノにした。

 優勝を決めてひと息ついたあと、小笠原はチームメイトと喜びを分かち合った。その表情はさすがにうれしそうだった。念願だった、若手選手に優勝の喜びを経験させることができて、ひと仕事やり終えたような充実感に満ち溢れていた。

 そうして、徐々に“常勝軍団”らしいオーラを取り戻していった鹿島は、目を見張るような快進撃を見せた。Jリーグセカンドステージでは、第4節から第9節まで6連勝を飾るなどして首位争いを演じ、ナビスコカップでは決勝戦まで駆け上がっていった。

「優勝しないとわからないものがある。だから、今の若いやつにタイトルを獲らせたい」

 ここ数年、小笠原が幾度となく口にしてきた思いが、ついに実を結ぶときがやってきた。

 ナビスコカップ決勝戦。ガンバ大阪を相手に、小笠原は躍動した。いつにも増して大声を張り上げて、周囲の選手たちを鼓舞。まさに縦横無尽といった言葉どおりに、攻守に走り回った。勝利に対して、凄まじい限りの執念を見せ、その姿からは鬼気迫るものを感じた。小笠原の、プロとしての矜持(きょうじ)をそこに見た。

 そんな小笠原に引っ張られて、若手たちも奮闘した。試合序盤からアグレッシブに動き回り、セカンドボールを果敢に奪取。そこから、多くのチャンスを演出し、ゴールという結果につなげていった。守備でも体を張って、粘り強い対応でガンバの攻撃を封じた。そのまま最後まで積極的に仕掛けて、自分たちの力で勝利をモノにした。

 優勝を決めてひと息ついたあと、小笠原はチームメイトと喜びを分かち合った。その表情はさすがにうれしそうだった。念願だった、若手選手に優勝の喜びを経験させることができて、ひと仕事やり終えたような充実感に満ち溢れていた。

 それでも試合後、文句なしのMVPを獲得した小笠原はミックスゾーンに現れると、照れを隠すように、彼らしい言葉を口にした。

「(優勝できて)ホッとしたよ。恥かきたくなかったからさ」

 そして、こう続けた。

「でも、まだまだこれからだよ」

 Jリーグセカンドステージでも2位という結果を残して、確かにチームは復調の兆しを見せてきたが、これまでに誰よりも多くの栄冠を手にしてきた小笠原が、ひとつのタイトルで満足するはずはなかった。彼が目指すのは、「常勝軍団」の、強い鹿島の完全復活である。

 来年には、37歳を迎える小笠原。しかし、誰よりも貪欲に勝利を求め、誰よりもピッチ上で輝いている限り、彼がやるべきことは尽きそうにない。



わけわけ三国志


今季の小笠原満男について綴るSportivaの佐藤氏である。
苦悩を乗り越え、チーム主将として立ち直らせた様が伝わってくる。
満男はまさに大黒柱。
衰えを知らぬ精神力は、支柱としてなくてはならぬもの。
これからも、小笠原満男と共にタイトルを目指していこうではないか。
楽しみである。


わけわけ三国志

鹿島ユース出身の現役プロサッカー選手

元日本代表GK曽ヶ端準などを輩出…U−18CSを制覇した鹿島ユース出身の主なプロサッカー選手
2015.12.17 18:39


鹿島ユース出身の鈴木(左)、野沢(左から2番目)曽ヶ端(右から2番目)、後藤(右) [写真]=Getty Images

 高円宮杯Uー18サッカーリーグ2015チャンピオンシップでガンバ大阪ユースに1−0で勝利し、初の日本一に輝いた鹿島アントラーズユース。この試合には高校3年生のDF町田浩樹、MF田中稔也、平戸太貴、FW垣田裕暉、2016シーズンのトップチーム昇格が発表されている4選手がスタメンに名を連ねた。

 鹿島ユースはこれまで、Jリーグユースカップ選手権大会で2度の優勝を達成。日本クラブユースサッカー選手権 (U−18)大会では、1997度に準優勝の成績を残している。

 また、元日本代表GK曽ヶ端準(鹿島)、MF野沢拓也(ベガルタ仙台)や、DF後藤圭太(松本山雅FC)、FW鈴木優磨(鹿島)などを輩出している。

 鹿島ユース出身の主な現役プロサッカー選手は以下のとおり。()は現所属チーム

曽ヶ端準(鹿島)
野沢拓也(仙台)
後藤圭太(松本)
野本泰崇(奈良クラブ)
小谷野顕治(水戸ホーリーホック)
川俣慎一郎(鹿島)
島田譲(ファジアーノ岡山)
藤井航大(カマタマーレ讃岐)
望月理人(アスルクラロ沼津)
土居聖真(鹿島)
鈴木隆雅(愛媛FC)
岡田明久(水戸)
小泉勇人(鹿島)
大橋尚志(鹿島)
鈴木優磨(鹿島)



わけわけ三国志


鹿島ユース出身の現役プロ選手を紹介するサッカーキングネクスト誌である。
なかなかのメンバーが名を連ねる。
また、ここ数年、下部組織が充実し、毎年のように有力な選手がトップ昇格しておる。
更に多くの鹿島ユース出身のプロサッカー選手が増えていくことであろう。
楽しみである。


わけわけ三国志

源・岳・ヤス・夢生、日本代表候補ミーティング招集

12月のハリルミーティングの日本代表26人発表!湘南の永木が選出
2015年12月17日18時15分 スポーツ報知

 日本サッカー協会は17日、スタッフ、選手ミーティングに参加する日本代表候補26人を発表した。国内組のみの招集だが、これまでフル代表経験のないMF永木亮太(27)=湘南=が選出された。選手、スタッフを集めてミーティングし、オフの過ごし方などをバヒド・ハリルホジッチ監督(63)が熱弁をふるう。メンバーは以下の通り。

 ▽GK 東口順昭(G大阪)、西川周作(浦和)、六反勇治(仙台)、林彰洋(鳥栖)

 ▽DF 丹羽大輝(G大阪)、槙野智章(浦和)、森重真人(F東京)、太田宏介(F東京)、米倉恒貴(G大阪)、藤春広輝(G大阪)、丸山祐市(F東京)、昌子源(鹿島)

 ▽MF 柏木陽介(浦和)、永木亮太(湘南)、武藤雄樹(浦和)、米本拓司(F東京)、柴崎岳(鹿島)、遠藤航(湘南)

 ▽FW 興梠慎三(浦和)、小林悠(川崎)、遠藤康(鹿島)、金崎夢生(鹿島)、永井謙佑(名古屋)、斎藤学(横浜M)、宇佐美貴史(G大阪)、杉本健勇(川崎)



わけわけ三国志


日本代表のミーティングに選出された源、岳、ヤス、夢生である。
鹿島移籍が報じられる湘南の永木も選ばれておる。
特筆すべきはヤスがFWでの選出となっておるところであろうか。
5月の選出の際にはトップ下にて考えられておったようであるが、今回は右サイドのFWということであろうか。
ヤスのキープ力とシュートがこのチームにどのような化学反応をもたらすのか楽しみにしたい。


わけわけ三国志
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Fundamentalism

Author:Fundamentalism
鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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