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岳・源・ファン・ソッコ、攻守のトレーニング

午前練習


ファンクショナルトレーニングや攻守のトレーニングを行いました。


攻守のトレーニングを行う岳、源とファン・ソッコである。
長らく負傷離脱しておった源は、元気に練習に励んでおり、問題はなさそうである。
中断明けにはフルメンバーにて戦うことが出来るのではなかろうか。
残り3試合、全て勝利してCSに挑みたい。
楽しみである。

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常勝軍団の左翼を支える山本は、初の日本一のタイトルを携え、来季大台の10年目のシーズンに向かうつもりに違いない

鹿島・山本脩斗のキャリアが示す、選手見定めの難しさ。名スカウトも想像できなかった将来像【The Turning Point】
前後編にわたってお送りした山本脩斗(鹿島アントラーズ)のインタビュー。予期せぬ困難に直面したとき、何がその先を分かつのか。プロとして身を立てるために、何を受け入れ、あるいは捨て去り、自らのスタイルに変化を加えていくのか。その言葉は多くの示唆に富んでいた。(取材・文:海江田哲朗)

2016年10月18日(Tue)10時19分配信
text by 海江田哲朗 photo Getty Images



【インタビューはこちらから】


「ジュビロで活躍できなかったのは自分のせい」


大学卒業後はジュビロ磐田に加入し、2014年から鹿島アントラーズでプレーしている山本脩斗【写真:Getty Images】

 盛夏の日、鹿島アントラーズの練習場。小雨がパラパラ降ったり、止んだりのはっきりしない一日だった。眼前には風力発電の巨大な風車がそびえる。

 クラブハウスから出てきた選手たちが集合し、軽いフィジカルトレーニングを行ったあと、ピッチに散っていった。山本脩斗はいかにも経験のある選手らしい、落ち着いた佇まいだ。右足、左足、ボールタッチの感覚を確かめるように蹴り、走る。時折、日焼けした顔から白いものがこぼれた。

 選手のインタビューは、練習後に身体のケアや食事などがあり、しばらく待機となるのが通例だが、山本は手早く身なりを整えて部屋に現れた。決められた仕事は先延ばしにせず、早めに着手したいタイプとのことである。

 山本は快活な口調で語った。これまでの道のりを、サッカーとの関わり方を。体調の異変といったシリアスなテーマでは、笑顔を交えておどけてみせた。

 印象に残るのは、言い訳をよしとしない断固たる姿勢である。

 ジュビロ磐田との仮契約の直前に判明した、ページェット・シュレッター症候群(原発性左鎖骨下静脈血栓症)について問うと、山本はこう言った。

「プレーには影響はしてないです。ジュビロに入り、活躍できなかったのは自分のせい。要所要所でチャンスをもらいながら、継続して高いパフォーマンスを発揮できなかった」

 やや食い気味の返答である。即戦力として活躍できなかったのはあくまで実力の問題であり、他を介在させることを潔しとしない。

 もうひとつ、山本の言葉は端々に向日性を感じさせた。過去、出会った指導者について、山本は次のように話す。

「僕はとても恵まれたと思います。小5のときに入った、上田サッカースポーツ少年団は楽しんでプレーすることができ、サッカーをより好きになれた。以降、現在に至るまで指導者の方々がさまざまな要素を分け与えてくれたおかげで、成長できたと感じます」

 きれいごとのように聞こえるが、それが山本の心情だと伝わってきた。

選手の将来像を見定める難しさ

 私は、今夏のリオデジャネイロ五輪、U‐23日本代表の10番を背負った中島翔哉(FC東京)の言葉を思い出す。東京ヴェルディのアカデミーで育ち、トップに昇格した中島は、指導者の理解を得られず、うまくかみ合わない時期があった。

 指導者との関係を振り返った中島は、一切恨みがましいことを言わなかった。「納得できること、できないこと、あらゆる出来事が自分の成長につながった。僕はすべての指導者に感謝しています。出会えてよかった」。常に前だけしか見ていない中島らしいと思ったものだ。結局、甘美や苦渋をどう消化するかは、その人次第ということか。

 山本のインタビューを終えたあと、鹿島アントラーズの椎本邦一スカウト担当部長と話す機会があった。

「盛岡商で10番を背負っていた頃から知っていますけど、まさかプロではサイドバックとして生き、鹿島でレギュラーを獲得しようとは。当時の姿からはまったく想像できないです」

 長年、数多くの選手の成長過程を観察してきた目利きのスカウトマンをもってして、山本の将来像はイメージの埒外にあった。その選手が、いつ、どんな形で花を咲かせるかを推し量るのは、かくも難しさが付きまとう。特に若年層の選手を見定める際は、予断は禁物ということなのだろう。

 2016シーズン、J1の2ndステージ、鹿島は中位に甘んじる。序盤の出遅れと真面目一徹の石井正忠監督が立場を危うくしたのが響いた。

 だが、来たる11月下旬のJリーグチャンピオンシップには、きっちり照準を合わせてくる。なぜなら、それが鹿島だからだ。常勝軍団の左翼を支える山本は、初の日本一のタイトルを携え、来季大台の10年目のシーズンに向かうつもりに違いない。

(取材・文:海江田哲朗)

【了】


脩斗へのインタビューの後日談を綴るフットボールチャネルの海江田氏である。
鹿島の椎本スカウト担当部長は高校時代からチェックしていた脩斗が、後に鹿島のSBを担うとは思っても見なかった様子。
選手はどう化けるかわからぬもの。
脩斗は鹿島にて才能を大きく開花したと思う。
脩斗の躍動にてCSを勝ち抜き、歓喜に沸きたい。
楽しみである。

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東福岡高校・小田逸稀くん、1日でも早く試合に出て日の丸を背負いたい

元サガンユース、J1へ 小田・藤川(東福岡高3年)
2016年10月18日 09時27分


鹿島アントラーズとジュビロ磐田にそれぞれ加入が内定した東福岡高の小田逸稀(右)と藤川虎太朗=福岡市の同校

◆小田逸稀、鹿島内定「1日も早くピッチに」
◆藤川虎太朗、磐田内定「日本を五輪金に導く」
 サガン鳥栖の下部組織で育った2選手が来季、プロの世界に足を踏み入れる。東福岡高で全国2冠を達成したDF小田逸稀(17)とMF藤川虎太朗(18)。小田は鹿島アントラーズ、藤川はジュビロ磐田と、共にJ1の舞台で競い合う。
 小田は唐津市出身で身長173センチ、体重69キロ。サガン鳥栖U-15唐津でサッカーにまい進した。同校ではサイドバックとして、2015年の全国高校総体、全国高校選手権での全国制覇に貢献した。空中戦や守備での対人の強さが持ち味で、積極的な攻撃参加から好機をつくり出す。
 プロ入りに「これまで積み上げてきたものが無駄じゃなかった」と小田。「うまい選手ではないが、気持ちの部分や頑張っている姿を見せ、佐賀の人に応援してもらいたい」と意気込む。
 藤川は福岡県出身でサガン鳥栖U-15を経て同校に進んだ。身長171センチ、体重69キロと小柄だが、「どんな相手にも負けない気持ち」を武器に15年の全国総体では得点王に。同校の森重潤也監督も「ゴール前に飛び込むタイミングがいい」と太鼓判を押す。
 鳥栖でJ1デビューを果たしたMF石川啓人とは、世代別日本代表や鳥栖U-15で一緒にプレーした藤川。「啓人には先を越されている。早く追い付いて、追い越したい」と闘志を燃やす。
 東京五輪世代で「1日でも早く試合に出て日の丸を背負いたい」(小田)「オリンピックで日本を優勝に導くために努力して成長する」(藤川)と高みを目指す二人。まずはJ舞台での大暴れを誓う。


サガン鳥栖の下部組織出身選手として報じられる東福岡高校の小田逸稀くんである。
中学生まではサガン鳥栖U-15唐津に所属しておったとのこと。
Jリーグの下部組織、高体連の良いところを吸収しておる様子。
「うまい選手ではないが、気持ちの部分や頑張っている姿を見せ、佐賀の人に応援してもらいたい」と語る。
気持ちを前面に出し、鹿島の翼として成長していって欲しい。
そして、日本代表への道を切り開くのだ。
小田逸稀くんの大暴れを期待しておる。

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鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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