2017年を振り返って

2017年を振り返りたい。

まず、最初に、今季ほど無念だったシーズンはなかった。
特に最終節・ジュビロ戦をゴールレスドローに終え優勝を逃した際は今までにないほど気落ちした。
このブログを閉じ、筆を折ろうかと思ったほどである。
しかし、鹿島への愛を貫くためには、この無念を乗り越える必要があると考えた。
イヤな負け方、不甲斐ない試合、明らかなミスなど、これまでも多くのネガティブな要素はあった。
このブログではなく異なる場所では多くの批判やネガティブなコメントを数多く目にする。
そんなものに目をくれたところで、良くなることはなかろう。
これからも強い気持ちで鹿島を愛していきたい。

・超大型補強
助っ人を入れ替え、Jリーグにて実績のあるレオ・シルバとペドロ・ジュニオール、セレソン経験を持つレアンドロ、ACL制覇をしたクォン・スンテを補強した。
日本人には、金森と三竿雄斗。
そしてルーキーは小田逸稀と安部裕葵。
特に外国人の補強はクラブのやる気を感じさせたシーズンであったと言えよう。
ただ、クォン・スンテとPJは負傷にてポジションを失ったのは大きな痛手あった。
また、ルーキーの裕葵がジョーカーのポジションを得、活躍したのは嬉しかった。
そして、金森と雄斗は出場機会が限定されてしまったのは誤算だったのではなかろうか。
補強に関しては、助っ人は良しとするも、日本人選手は今一歩であったと言わざるを得ない。
特にCBの補強が為らず、ACLとルヴァンの敗退につがったのは補強失敗と受け取れる。
これに関しては、能力のある日本人は海外チャレンジをするケースが増え、日本国内に優良株が少ないという事実もあろう。
特に補強が急務な左SBは、人材が見当たらぬという現実を観なければならぬ。
難しい問題とも言える。

・プレシーズンマッチ
タイの試合は1勝1敗、NYCは2勝1敗、水戸戦は快勝と徐々に調子を上げていくのが感じられた。
助っ人陣の躍動もあり、手応えがあったと言えよう。
とはいえ、元日に天皇杯決勝を戦っていたチームを1月からタイに遠征させたJリーグのオファーはいかがなものだったのか疑問に思う。

・XEROXスーパー杯
ヤスの直接FKにて先制し、追加点もヤスが決め楽勝かと思いきや、怪しいジャッジで1失点するとその後追い付かれた。
しかし、優磨がミスを見逃さず決勝点を決め、タイトルを得た。
2失点目は左サイドの1対1で雄斗が相手の関根を離したところから始まっておる。
結果は良かったが、左サイドに不安を抱えることを露呈したことも事実であったように思う。

・シーズン序盤
開幕戦でオウンゴールにて敗れると、ホームにて勝てぬ試合が続いた。
アウェイでは勝利を積み重ねており、不安定な戦い方だったような印象を与えておった。
これは、何故かホームではペドロ・ジュニオールがGKとの1対1を外しまくっていたせいであった。
チャンスは作れていただけに悔しさばかりが募るホームであった。
逆にアウェイでは全勝であり、ここも石井さんの采配が光ったと言えよう。
そして、植田、レオ・シルバ、ヤス、町田と負傷し、チームに暗雲が立ちこめた。

・ACL
GSはリーグ戦とは逆にホームでは全勝し、アウェイにて不安定な戦いをしたが、1位突破を果たしておる。
しかしながら、ROUND16にてアウェイゴールの差で敗退を喫した。
特にアウェイにて負傷者続出でCBが足りなくなり、三竿健斗をCBとして起用せざるを得なかった事が響いたに思う。
ただ、負傷者が重ならなければ、このタイトルはこの戦力にて達成出来る手応えを感じたシーズンであった。

・監督交代
ACL敗退を受け、石井監督が解任された。
これは衝撃であった。
上記のように補強のミスや負傷者続出が不調の原因であり、采配や戦い方に不備があったわけではなかっただけに、我らとしても苦しい思いをしたと言えよう。
その後の大岩監督の快進撃は、負傷者が戻ったことや、対戦相手に恵まれたこともあったように思う。
思い起こせば、昨年末にCSを制覇し、Jリーグで優勝を果たしながらも続投が決まらず、その際も大岩の名前が挙がっていたことからも、いつすげ替えるかのチャンスをクラブは狙っていたようである。
この監督交代はいつか起こる規定路線だったのであろう。

・セビージャ戦
欧州EL三連覇というスペインの強豪であるセビージャと真夏に対戦した。
2-0と快勝したことよりも、2ゴールを決めた優磨ではなく、途中出場の安部裕葵がMVPとして表彰されたことがニュースとなった。
その後の活躍を顧みるに、大物ルーキー覚醒と言って良かろう。

・ルヴァン杯
CB二人が日本代表にて不在となり、そして1st legにてブエノが不用意なカードで退場となるという状況でCBがいなくなった。
その状態でも得失点差での敗退であり、鹿島の底力を感じさせた大会ではあった。

・天皇杯
順調に勝ち進んだが、準々決勝をPK戦にて敗退した。
また、アディショナルタイム時間稼ぎをせず、ボールを奪われたところから同点ゴールを奪われたアツは多くの批判を浴びることとなった。
とはいえ、あそこで攻撃的選手を途中交代で入れた采配に問題があったように思う。
また、延長戦に西のゴールをオンサイドの誤審にて取り消されたことで遺恨を残した。

・リーグ戦
最終節に追い付かれ、得失点差で優勝を逃した。
悔しい、これほどの悔しさはこれまでに味わったことはなかった。
しかし、少々時間が経ち、勝ち点を72も積み上げ、同点であったことを考慮すれば、悪くはなかったと言わざるを得ない。
ただ、タイでの試合が組まれたり、真夏に規約違反の中二日アウェイ3連戦が組まれたりと、日程的に悪意を感じさせるところがあったことをここに記しておきたい。
Fマリノス戦での聖真のオンサイドゴールや、柏戦でのハンド見逃し、ジュビロ戦での植田のゴール取り消しなど(逆に優勝した川崎は2試合連続でハンドを見逃されておる)偏ったジャッジにて落とした勝ち点は、更に無念さを増長させた。
これもまた2017年シーズンであったと言わざるを得ない事も事実である。

・退団選手
梅鉢、赤﨑、小泉が退団し、レンタル組は延長、豊川はベルギーに移籍するとの報があった。
まだあるやもしれぬ。
とはいえ、中村充孝はセレッソからのオファーがあったものの、鹿島残留を決めた。
ほぼ今季と同様の陣容を残すことが出来たことは大きかろう。

・来季に向けて
移籍加入として安西幸輝の加入が正式発表されており、篤人も秒読み段階となっておる。
二人ともサイドを主戦場としており、サイドアタックの強化は成されたと言えよう。
西の負傷離脱期間について不安はなくなった。
しかしながら、CBの補強は未だ成らず心配の種が尽きぬところ。
とはいえ、守備陣は盤石であり、アクシデントが重ならなければ問題は小さかろう。
来年こそ悲願の亜細亜を、そして、手からスルリとこぼれ落ちたリーグタイトルを得たい。
気持ちの良い一年を楽しみたい。

良いお年を。

内藤就行氏、ブランデュー弘前の監督に内定

2018シーズン 監督内定のお知らせ
2017.12.31

この度、ブランデュー弘前FCでは、2018シーズンのトップチーム監督に内藤 就行氏が就任することが内定しましたので、お知らせいたします。

プロフィールは下記の通りです。

[氏名]
内藤 就行(ないとう なるゆき)

[生年月日]
1967年11月9日

[出身]
奈良県

[資格]
日本サッカー協会公認S級コーチライセンス

[選手歴]
奈良県立大淀高等学校 – 中京大学 – 本田技研工業フットボールクラブ- 鹿島アントラーズ – FC東京 – アビスパ福岡 – ヴォルカ鹿児島
J1通算196試合出場4得点/J2通算27試合出場1得点/JSL1部通算30試合出場3得点

[指導歴]
ヴォルカ鹿児島コーチ(選手兼任)
サガン鳥栖 U-18監督
サガン鳥栖 トップチームコーチ 兼 サテライト監督
モンテディオ山形 コーチ
アルビレックス新潟ユース コーチ
九州産業大学 ヘッドコーチ
アンジュヴィオレ広島 ヘッドコーチ
アンジュヴィオレ広島 監督
香川県立高松商業高校サッカー部 コーチ
神戸国際大学サッカー部 監督


ブランデュー弘前の監督に就任した内藤就行である。
弘前をJリーグに加盟させるべく尽力するのだ。
良い報を待っておる。

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豊川雄太、ベルギー1部へ移籍か

【鹿島】MF豊川、ベルギー1部に移籍か
2017年12月31日7時0分 スポーツ報知

 鹿島MF豊川雄太(23)が来年1月からベルギー1部のオイペンでプレーする可能性があることが30日、分かった。完全移籍か、期限付き移籍かの詳細は不明だが、関係者がオイペンとの交渉が進んでいることを示唆した。また、保有権を持つ鹿島は獲得オファーが届けば移籍を容認している。

 豊川は13年に鹿島入りし、16年には出場機会を求めてJ2岡山に期限付き移籍し、今季は35試合8得点を記録した。タイミングいい動き出しと突破力、高い得点力が持ち味。オイペンは元フランス代表MFのマケレレ監督(44)が務め、今季は最下位と低迷しているが、後半戦での巻き返しを目指し、補強を進めている。

 豊川は成長のため、目標の日本代表入りに向けて海外挑戦の希望を持っていた。ゲントのFW久保裕也(24)、ベベレンのMF森岡亮太(26)らが活躍し、日本代表の扉をこじ開けたベルギー1部で、豊川も輝く。


ベルギーのオイペンへの移籍交渉が進む豊川雄太である。
これは驚きの報。
豊川は岡山への期限付き移籍満了が発表された後に鹿島への復帰も他のJリーグクラブへの移籍も出てこなかったため去就が気になっておった。
ここは代理人・新井場の力の見せ所。
上手な交渉をして、活躍の場をつくって上げて欲しい。
また、オイペンの監督は元R・マドリー、チェルシーのマケレレとのこと。
これは大物。
良い指導を受けられ、豊川は成長するであろう。
良い報を待っておる。

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鳥栖・高嵜理貴GKコーチ、北九州のGKコーチに就任

高嵜理貴GKコーチ契約満了ならびにギラヴァンツ北九州GKコーチ就任のお知らせ
この度、高嵜理貴GKコーチの契約満了、ならびにギラヴァンツ北九州のGKコーチに就任することが決定しましたのでお知らせいたします。

高嵜 理貴(たかさき りき)GKコーチ
生年月日 1970年7月11日(47歳)
出身地 福岡県
選手歴 PJMフューチャーズ/鳥栖フューチャーズ→サガン鳥栖→ジェフユナイテッド市原
→鹿島アントラーズ→大分トリニータ→名古屋グランパスエイト
経歴 2007~2008年 名古屋グランパスエイトユースGKコーチ
2009~2010年 京都サンガF.C.アカデミーセンターGKコーチ
2011~2017年 サガン鳥栖GKコーチ

高嵜理貴GKコーチコメント
「サガン鳥栖を応援してくださっている皆様。この度、ギラヴァンツ北九州に行くことになりました。
クラブからはありがたいオファーをいただきましたが、熟慮の末この決断に至りました。
いつも父親のような大らかさで接してくださった竹原社長、そして本当によくしてくださったマッシモ・フィッカデンティ監督には感謝の言葉しかありません。
ファン・サポーターの皆様、いつも一緒に戦ってくださりありがとうございました。日本一のサポーターである皆様の存在は自分にとって最高の宝物です。
このクラブを離れることは本当につらいですが、これからは一人のサポーターとしてサガン鳥栖の発展を祈っています。ありがとうございました」。


北九州のGKコーチに就任する高嵜理貴氏である。
GKコーチとしてキャリアを積み重ねておる。
北九州をJ2の舞台に上げるため尽力するのだ。
指導力に期待しておる。

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ヘタフェ・岳、2018年、19年と、またその先を見据えていきたい

ヘタフェ移籍1年、柴崎岳「来てよかった。成長できる感覚得られた」…単独インタビュー
2017年12月30日10時0分 スポーツ報知


20日、ラスパルマス戦に出場したヘタフェの柴崎(右)(共同)

 スペイン1部ヘタフェのMF柴崎岳(25)がスポーツ報知の単独インタビューに応じ、念願のスペイン移籍を果たした1年を振り返った。鹿島からスペイン2部テネリフェへの移籍直後は体調を崩した。今夏のヘタフェ移籍後にも左足骨折で離脱したが、成長できる環境だと確認。「来て良かった」と断言するとともに、ロシアW杯が開かれる2018年の飛躍を誓った。(取材・豊福 晋)

 ―スペインに移籍して1年が経過した。強く印象に残っていることは。

 「(16年12月のクラブW杯決勝で)Rマドリードを相手に点を取ったのは、見ている方の印象には残っていると思うけど、自分としては本当にまだ階段を上っている途中なので(達成というような)感覚はないですね」

 ―達成感は感じていないと。

 「区切りがついたという感覚もないし、ずっと続いている。まだまだという感覚。むしろこの感覚を求めて海外に来た。プロ1年目みたいな感じです。自分が成長できる感覚を得られた1年目だった。この感覚を求めて移籍したし、スペインに来て良かったです」

 ―9月のバルセロナ戦で左中足骨を骨折し、2か月半超の離脱を経て復帰した。足の状態は?

 「少しうずく時もあるけど、大きな問題はない。順調に回復できたなと。あとはフィジカル的なところだけかな。(スペインでも)ボールを持てばやれるという自信も持てている。そこだけ取り戻せば、先発でも出られると思う」

 ―復帰戦となったエイバル戦以降は3試合連続で途中からピッチに立った。

 「自分の技術やサッカー、持っているプレーが通じるのは分かっている。あとはフィジカル的な部分をどうやってのばしていくか、取り戻していくか。そんなに慌ててもいない。今はチームも調子がいい。監督も先発(メンバー)はあまり崩したくないだろうし、途中出場というのも分かる。復帰したばかりだから、少しずつ出場時間をのばしながらコンディションを上げさせたい、という監督の考えも見えるので」

 ―シーズン後半戦に向けての目標は。

 「この冬のオフにコンディションを落とさないでトレーニングしながら、いろんな整理をつけて年明けのアトレチコ(Aマドリード)戦に挑みたい。ヘタフェはとりあえず残留が目標のチームだから、まずは勝ち点40を目指す。そうすれば、ほぼ残留は決まるかなと」

 ―2018年をどんな年にしたいか。

 「基本的にはこの流れでいきたい。結果も出しながら、いろんな意味でリーガに慣れる。一年一年向上するために。一番吸収するものが多いシーズンじゃないかなと思っている」

 ―将来的な目標は。

 「年明けからまた気持ちを新たにしてやっていきたい。ヘタフェを降格させたくないし、クラブの目標もしっかり達成して、自分もさらにステップアップできるように2018年、19年と、またその先を見据えていきたいと思います」

 ◆柴崎 岳(しばさき・がく)1992年5月28日、青森・野辺地町生まれ。25歳。野辺地小2年でサッカーを始め、2011年に青森山田高から鹿島入り。12年にJリーグベストヤングプレーヤー賞を受賞し、日本代表にも初選出された。展開力と攻撃参加に秀でたボランチ。17年1月にスペイン2部テネリフェへ移籍し、同7月から同1部ヘタフェでプレー。国際Aマッチ通算14試合3得点。J1通算172試合17得点。175センチ、64キロ。


ヘタフェの岳にインタビューを行った報知新聞の豊福氏である。
岳の口から現状が語られる。
少ない言葉から岳の強い気持ちが感じられ、2018年は更に活躍してくれるであろう。
欧州にて躍動する岳の方を心待ちにしておる。

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櫛引政敏、山形入団

櫛引 政敏選手 完全移籍加入のお知らせ
2017年12月29日(金)

この度、櫛引政敏選手が清水エスパルスより、モンテディオ山形へ完全移籍加入することが決定しましたのでお知らせいたします。

櫛引政敏 選手 Masatoshi KUSHIBIKI
生年月日:
1993年1月29日(24歳)

出身地:
青森県

身長体重:
186cm、85Kg

ポジション:
GK

利き足:


現所属:
ファジアーノ岡山(清水エスパルスから、期限付き移籍中)

所属歴:
千刈FC→青森山田中→青森山田高→清水エスパルス→鹿島アントラーズ→清水エスパルス→ファジアーノ岡山

通算出場記録:
J1リーグ戦通算59試合出場0得点
J2リーグ戦通算6試合出場0得点
J3リーグ戦通算5試合出場0得点
カップ戦通算15試合出場0得点
天皇杯通算9試合出場0得点

櫛引政敏選手コメント
「このたびモンテディオ山形に移籍することになりました、櫛引政敏です。
チームが多くの試合に勝つために、自分のできることをやり切りたいと思います。そして、東北は自分が生まれた地域でもあるので、新たな気持ちで多くのことに挑戦していきたいと思います!
モンテディオ山形に関わる全ての人たちと共にシーズン通して戦い抜きますので、これからよろしくお願いします」


今朝報じられたように櫛引が山形に加入した。
是非ともポジションを奪い取り、レギュラーとしてチームを牽引して欲しいところ。
山形をJ1昇格に導くために尽力せよ。
期待しておる。

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山形、櫛引政敏獲得へ

【山形】リオ五輪GK櫛引獲得へ 今季、清水から岡山へレンタルも契約満了
2017年12月29日6時0分 スポーツ報知


昨年はリオ五輪代表に選出された櫛引

 J2モンテディオ山形が、リオデジャネイロ五輪U―23日本代表で、今季はJ2岡山でプレーしたGK櫛引政敏(24)の獲得に動いていることが28日、明らかになった。加入はほぼ確実と見られる。

 櫛引は、青森山田高時代に全国高校選手権で大会優秀選手に2年連続で選ばれるなど、期待のGKとして注目された。2011年にJ1清水へ新加入すると、13年にリーグ戦20試合、14年は自己最多の29試合に出場し、正GKの座に座った。

 16年にはJ1鹿島に期限付き移籍。同年のリオ五輪U―23日本代表に選出され、ナイジェリア戦に出場した。キャリアの中で、U―23までの各年代別の日本代表に選ばれている。17年は岡山へレンタルされたがリーグ戦6試合出場にとどまり、今月9日、保有権を持つ清水から契約満了が発表された。J1リーグ戦通算59試合出場、J2は6試合出場。反応の速さやセービング技術には定評がある。

 山形は、今季J2愛媛から移籍加入した児玉剛(30)が正GKを務めたが、2番手の富居大樹(28)が今月、J2湘南(来季J1復帰)への完全移籍が決定。GKが児玉と摂津颯登(21)の2人で、補強が急務となっていた。リオで日の丸を背負った守護神が、新天地の山形でかつての輝きを取り戻すか、注目される。

 ◆櫛引 政敏(くしびき・まさとし)1993年1月29日、青森市生まれ。24歳。小学1年時に千刈FCでサッカーを始め、6年時からGK。青森山田中では全国大会準優勝、青森山田高2年時も全国高校選手権準V。11年にJ1清水へ加入。16年にJ1鹿島へ期限付き移籍。リオ五輪U―23日本代表に選ばれ、1試合出場。秋にはA代表候補のGKトレーニング合宿にも呼ばれた。17年はJ2岡山へ期限付き移籍。186センチ、85キロ。利き足は右。


GK・櫛引政敏獲得に動く山形である。
今季末に岡山を期限付き移籍満了で退団し、清水との契約延長もなかったためフリーの身となっておる櫛引にとって、次なるクラブは山型になる模様。
かつては清水にて正GKのポジションを得、そしてU-23日本代表では1stチョイスであった実力者が力を発揮するのであろうか。
注目である。

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岡本英也、長野と契約更新

契約更新選手のお知らせ
この度、トップチームの下記選手と来季の契約を更新いたしましたので、お知らせいたします。

【FW50 岡本 英也(おかもと ひでや) 選手】
■生年月日 : 1987年5月18日
■出身地 : 大阪府
■所属歴 : G大阪ユース - ガンバ大阪 - アビスパ福岡 – 鹿島アントラーズ - アルビレックス新潟 - 大分トリニータ - ファジアーノ岡山 - レノファ山口FC
■ 2017シーズン成績 :
リーグ戦7試合0得点/天皇杯0試合0得点

■本人コメント :
「来シーズンも長野でプレーさせて頂けることに感謝しております。
今シーズンは途中加入した中で、自分のプレーを何一つ出せずとても悔しいシーズンでした。
来シーズンこそ自分の持っているものを全て出し、結果に拘り1試合でも多くチームに貢献できるように頑張ります。引き続き熱い声援をよろしくお願いします。」


長野と契約を更新した岡本英也である。
来季もこの地にてプレイすることとなる。
長野を悲願のJ2に引き上げるべく尽力するのだ。
活躍の報を待っておる。

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石井正忠が貫く指導者としての哲学

どんな選手にも交代させなければならない時がある……石井正忠が貫く指導者としての哲学
有名サッカー関係者にさまざまなエピソードを伺うこのインタビューシリーズ。今回は石井正忠さんに登場していただきました。選手時代は鹿島アントラーズでジーコと中盤を形成、指導者としてはアントラーズ監督としてクラブW杯決勝へ進出。現在は大宮アルディージャ監督を務める石井さんに、荒波にまみれたサッカー人生を振り返っていただきました。 (大宮のグルメランチ

2017-12-28

どんな選手にも交代させなければならない時がある……石井正忠が貫く指導者としての哲学



この1年間で一番激動の人生を送ったのは誰か。

もしかしたら石井正忠監督かもしれない。

2016年12月はクラブワールドカップで準優勝に輝いていた。



だが2017年5月、鹿島の監督を解任されると

11月には残り3試合で大宮の監督に就任。

しかし2試合を戦ったところでJ2降格が決定した。



もっとも鹿島の監督に就任した2015年7月も

トニーニョ・セレーゾ監督から急きょ引き継いだ座だった。

そこから2016年、チャンピオンシップを制して王者に輝いたのだ。



人当たりがよく常に落ち着いている監督だが

キャリアはいつも荒波の中にある。

数カ月にわたる取材の中で自身を振り返ってもらった。



チーム状況が良くないときに監督をやる…これが自分に課された人生

大宮からオファーをいただいたのは本当に急でして、決断までにも時間がありませんでした。もしこれが、まったく関わったことのないチームだったら躊躇したかもしれないのですが、私は大宮の前身のNTT関東に所属してましたし、知っているスタッフもいました。それに残り3試合という状況でこのオファーを出してくれたクラブの事情も、すごく理解できたので、やっぱりここは受けるべきだと思ったんですよ。



まだJ1残留という可能性はあった中で、クラブは私に賭けたいと思ってオファーをくださいましたし、私もどうにかしたいという気持になったのでそのオファーを受けたんですけど……今思い返せば、何というか、違うやり方でもしかしたらJ1残留できたかもしれないという思いがあって……。



いい形でシーズンを締めくくることができなかったので、それは本当に申し訳ない気持ちです。期待してくれた人はたくさんいるので、その人たちに対して申し訳ない気持ちで一杯です。監督に就任して指揮してみると、選手の反応がすごくよかったし、なにかこう、この状況をどうにかしようという気持ちが伝わってきて、でも私がうまい選手の選び方とか、うまい能力の出させ方をできなかったというのが、すごく残念で……。



選手の能力はあると思います。その発揮のさせ方がうまくいけば、1年でのJ1復帰という可能性は高いと思うので、そこに向けて準備に入っています。ですが、J2は本当に難しいし、タフな戦いになるでしょう。試合数も多いですし。だからもっと選手に頑張ってもらわないといけないでしょうし、トレーニングを年間通してしっかりやっていけるように、このオフを使って考えたいと思います。



この1年は大きな波があった年でした。私が大宮の監督に就任したときは鹿島で監督に就任したときと同じで、チーム状態がよくないという状況でした。そういう場面でオファーが来るというのは、これが自分に課された人生ということもあるでしょう。



厳しい状態からうまい方向に持って行きたいと思って鹿島もやりましたし、大宮ではまだうまくいかなかったのですが、来シーズンはチームをいい状態に持っていって、まずは1年で直ぐにJ1に復帰できるような状態にはしたいと思います。やり甲斐はあると思うんですよ。期待されてオファーを受けたと思うので。その期待に負けないように成果を出したいと思います。



高校時代のスパルタ指導があったから今がある

私のサッカー人生の中で一番辛かったのは、高校生のときですかね。私たちの時代はスパルタ指導って普通だったじゃないですか。今思えば、その高校の3年間で鍛えられた部分があるからこそ今があると思います。思うんですけど、でも高校時代の3年間は厳しかったなぁと。



まず練習時間がすごく長くて。学校の始業の一時間半ぐらい前からまず朝練があって、その時間はウエイト・トレーニングをやってたと思うんです。筋トレのあとに授業を受けて、2時間目の終わりにみんな早弁するんですよ。



それでお昼休みは体育館でサロンフットボールを使ってのミニゲームがあって。1年生はその時間にグランド整備ですね。全部授業が終わって、放課後から本格的な練習なんですけど、2時間目の終わりにご飯食べちゃってるんでお腹が減るんですよ。先輩たちは私たち後輩に近くの店へパンなんかを買いに行かせて食べるんですけど、自分たちは買いに行くだけで食べちゃダメで。



練習も厳しかったですし、上下関係とか、鉄拳制裁もありましたし。今思えば、監督の愛情だったとは思いますし、自分たちを短期間で強くするためにやっていたのかなと思います。そういう点では、今ではあの3年間というのはすごく辛かったけど、人間形成という意味で役立ったのかなと。厳しいながらもサッカーに打ち込めたという3年間は自分のベースになってる部分があるんで。



そうやって中学校時代からスパルタで指導されてきたわけですけど、でも、その中で、こういう指導じゃない方法で何とか高校サッカーの強豪チームにできないかという気持ちがちょっとずつ芽生えてきたんです。高校2年生のときですかね。そのときに教員になりたいなと夢を持ったんですよ。



自分のサッカーの実力はわかってましたから。うまくなかったから。もうそのころに自分は黒子に徹しようという気持ちがあったんです。プレーするときも、技術的には上手じゃないので、うまい人のために一生懸命守備したりとか、そういうスタイルが出来上がってきてて、チームの中で1つのコマとして生きていこうと思っていました。



押し出しの強さとか、他の誰かを恨んだりとか、そういうのは自分の中でなかったですね。今までの人生でも。「アイツのせいで」と思ったことはなくて、自分がやっぱり何か足りないと思ってずっとここまで来たと思います。



その当時キャプテンをしていましたが、リーダーシップって、引っ張っていくタイプと、後ろからサポートするような、みんなで集まってやろうよっていうリーダーシップがあると思うんですよ。たぶんその当時は感じてなかったと思うんですけど、私はどちらかというと後者のほうに向かっていたんじゃないかと思います。



初采配の試合前、泣きそうになった

2015年7月21日に鹿島の監督になって、しかも途中から引き継ぎましたけど、そのときは「やる」という選択肢しかなかったですね。本当に何の前触れもなく、「今日から指揮を執ってほしい」ということになったので。



朝、クラブハウスに行って、前節の振り返りのミーティングでトニーニョ・セレーゾ監督が使う資料を作ってたんですよ。ビデオを編集しているときにフロントから呼ばれて、「セレーゾ監督が解任になる。監督に推薦してるんだけど、どう思うか」と言われたんです。家を出るときは思いも寄らなかったことなんですけど、でもその場で結論を出せと。



すぐにその日の練習もありますし、自分の中でも「どうにかこのチームをよくしたい」という気持ちはコーチの立場としてありましたから。だからこれは引き受けるしかないという気に、自然となりましたね。



リスクはあったと思います。でも、監督に就任したら、その期間が7月から翌年の1月までだったとしても、やっぱりここはやるべきだと。なぜかわからないけど、そう思えました。選手のため、クラブのためですね。やっぱり自分のことを監督にすると評価してオファーしてくれたわけですから、それは受けなければいけないとならないという気になれたんです。



セレーゾ監督の解任と私の監督就任は、選手もみんな知らなくて、驚いたんじゃないかと思います。もしかしたら主力選手と強化部は事前に話をしていたかもしれないですけどね。私はわからないですけど。



選手も低迷は監督だけのせいじゃなくて、自分たちの責任もあると感じてるから、「やるしかない」と思ってるわけじゃないですか。私自身もこの状況を受けてチームをどうにかしなければいけないという思いもありました。それで、その日の練習の雰囲気はがらりと変わりましたね。私もそうですし、選手もクラブのためにやらなければいけないという気持ちが初日から出ていたと思います。



緊張はありました。一番緊張したのはミーティングのときですよ。無茶苦茶緊張しました。試合当日、スタジアムに行く前にミーティングがあるんですけど、そのときは本当に緊張して。



その前にサブマネージャーに鹿島神宮のお守りをいただいてたんです。「石井さん、これで頑張ってください」って。サブマネージャーは私がユースのコーチだったときに教えていたんで。



そのお守りを右のポケットに入れて、握りしめながらミーティングをやってました。多分選手は私がポケットに手を突っ込んで話をしているので「格好つけてんじゃないかな」と思ったかもしれないです。けれど全然そんなことなくて、緊張で握りしめてただけだったんです。



サポーターも、やっぱりすごくよかったんですよ。私の初戦はホームのFC東京戦だったんですけど、そのとき横断幕をたくさん出してくれたんです。だから私、試合の前にサポーターのところに行って、一礼して、それから試合が始まったんです。泣きそうになりました。



その後、選手が頑張って浮上させてくれて。ホント、選手の顔が変わってくれたというか、やっぱりやらなければいけないと、もう一度頑張ってくれたと思います。選手も私もそうですし、テクニカルもメディカルのスタッフも、鈴木満強化部長を始め強化部の人たちも全面的にサポートしてやってくれたので、クラブの一体感はすごく出ていたと思います。



感情的になるとパフォーマンスは落ちる

2016年は契約を延長してもらって、いろいろ選手の入れ替わりがありました。けれど、いなくなった選手のことは考えてもしょうがない。とにかく今いる選手でどうするべきか、でした。常に目の前のことだけを考えてやれたというのもよかったと思います。過去のことを引きずらないで、今のことだけに集中できました。だから落ち着けたんですね。



私はあまり感情的にならないというか、感情的になると自分のパフォーマンスって悪くなっちゃうと思ってるんです。怒りがすごくあったりとか不安に思っていたりとか気づくことが大切で。自分が怒ってると気づくことだけで、感情は修正できるんですよ。それを繰り返していくと、どんどん怒りが収まって、平常心に戻れるというか。



だから記者会見の質問も、いわゆる嫌な質問ってあるんですけど、それをちゃんと聞いて答えられるところは答えなければいけないし。記者さんと監督という立場の違いってあるから、ちゃんとしなければいけないなと。記者の後ろにたくさんのサッカーファンの人がいるので、その人に向けて説明してます。



正直に言うとむっとくる質問ってあるんですけど、でも日本の記者の人ってそんなに酷いこと聞かないですよね。ACLやクラブワールドカップに行って、初めて外国の記者の人たちはすごく厳しいことを聞いてくるとわかりましたよ。「明日は勝てると思いますか?」って普通に聞いてきますからね(笑)。



2016年の終わりは、奇跡的でした。2ステージ制でよかったと思います。2ステージ制には賛否両論ありましたけど、自分たちはファーストステージで優勝して、セカンドステージは調子が出なくて、でもチャンピオンシップに出る権利を持ってたわけですからね。



チャンピオンシップは、初戦のフロンターレ戦がすべてだと思います。あそこは負傷していた柴崎岳選手を出すか出さないか迷ったんです。でも絶対にあそこで勝って、次の浦和戦に行くという気持ちでメンバーから外して休養させたので。



フロンターレ戦の前、リーグ戦が終わってからチャンピオンシップまでの間に守備の練習を徹底的にやりました。フロンターレ戦では当然押し込まれる時間が長くなるというのがわかっていたんで。本来は自分たちからボールを奪いに行きたいんだけど、その前からプレッシャーをかけるやり方だけじゃなくて、自陣にしっかり引いてブロックを作るということも想定して、2種類の練習をしっかりやりました。それで全体の守備意識ができたんじゃないかと思っています。



そのフロンターレ戦を柴崎選手を出さないで勝てた。けれど次の浦和との第1戦では、まだ柴崎選手はサブで。結局、ホームで0-1で負けたんですけど、柴崎選手を投入したらすぐに攻撃の形ができて押し込めました。



柴崎選手が入ったときにどういうサッカーをするかってのは、みんなわかってますからね。どういうパスをするのか。ボランチからどうやって出て行くのか。今までやってわかってるんですよ。アントラーズの相互理解は高いと思いますけど、それは私だけじゃなくて、セレーゾ監督がいたときに積み上げたものがあり、そこに私がやりたいことをちょっと重ねてできたと思うんです。だからそれはセレーゾ監督がやってきたことの積み重ねなんです。



第1戦で柴崎選手を入れていい形が作れたから、アウェイの第2戦は先制されたけど、逆転できたのだと思います。そして、そのままのいい流れをクラブワールドカップに持っていけましたからね。



金崎夢生選手は交代させたときに激怒したことがあった

2016年のクラブワールドカップはね、サッカー界だけじゃなくて、普通にあの大会を見ていた人たちの心が、ちょっと動いたような気がします。あの大会の意義は大きかったですね。アジア勢で初めての決勝進出でしたし。



クラブワールドカップに出るとき、選手に「うちだけ4試合できる」と言ったんですよ。開催国枠だから、トーナメントの一番下からでしたから。そういう気持ちの持って行き方をしました。



選手はチャンピオンシップをやって当然みんな疲れてるんです。だからその疲れているっていうワードは絶対あの期間出さないようにしようと思ってましたね。「疲労」とか「疲れ」とか、記者会見でも言わなかったですね。そんな質問があったとしても。



決勝のレアル・マドリー戦では、やはりスタメンでかなり悩んだ部分がありました。ケガを抱えている選手がいたり、みんないろいろあったので。あとで振り返ると、もうちょっと違う形のスタメンで、もっと違う戦い方はできたんじゃないかとは思いました。



でも、開催国枠ですけど決勝まで行って、そこまで行ったということで世界中のいろんな人が注目してるし、ここで日本のチーム、日本を代表するチームというのを出したいという気持ちがありましたね。



いざ決勝が始まってみると相手の試合への入り方が緩かったですし、9分に点を取ったら、さらにその緩さが続いたんですよ。人間一度緩くなったらなかなか戻らないですね。そこで前半終了間際に柴崎選手がゴールを取って、後半逆転したら、向こうに火がついた感じになっちゃいましたね。でも、終わった後は本当に悔しいというか。



「後半終了間際にセルヒオ・ラモス選手が退場になっていれば」ってよく言われました。でも、試合をやっていて、選手たちも力の差って本当に感じたと思うんですよ。ピッチの横に立っていて見てると、本当に自分たちはじっくり観察されて、コントロールされてるなって感じてました。



準決勝のアトレチコ・ナシオナルとレアルにはレベルの差を感じましたね。それでも差があっても勝つのがアントラーズというか、必ず勝てる要因ってあると思ってたんで。うまくいった、とは思わないんですけど。



勝つ要素はあると思ってたんです。でも、まさかあんな展開になるとは思わなかったですね。私の予想では失点するにしても、もうちょっと時間が進んでからだと思ってたんです。でも思ったより早い時間に失点してしまったんで。実は、「これはボロボロにやられちゃうかもしれない」と1失点目のときには思ってましたね。



でも相手が緩んで、アントラーズは緩まなかった。それはチームの中心に小笠原満男選手と曽ヶ端準選手がいたというのは大きいと思うんですね。あの2人は決して緩まずに、どんな試合でも勝たなければいけないというのをプレーヤーとして示すじゃないですか。そこが大きいと思いますよ。クラブワールドカップを通じて若い昌子源選手、植田直通選手、鈴木優磨選手はすごく伸びたと思います。その成長にも、やっぱりベテランの小笠原選手と曽ヶ端選手が欠かせない存在でしたね。



でも、そんな大事な選手でも交代させなきゃいけない時があります。私は交代のときは、このタイミングでこの選手と交代させればメッセージ性があると判断するんです。ミーティングでやってなくてもメッセージ性があれば選手たちが反応するのってわかるんですよ。



チャンピオンシップの第2戦で、73分に小笠原選手を交代させたじゃないですか。私は彼のことを信頼しているからこそ、ああいう交代ができるんです。小笠原選手は嫌な顔してましたけど、でもそれは当然のことだと思いました。金崎夢生選手も交代させたときに激怒したことがありました。あれも選手としたら当たり前です。



私が交代を決断できるのは、相手がある程度理解してくれるだろうと信頼しているからなんですよ。それぞれの選手のいろんなところを見ているので、何かちょっとパフォーマンスが落ちてるとか、判断が鈍ってきたとわかるんです。



だから、チャンピオンシップの第2戦では、58分に鈴木選手を入れて88分に交代させましたが、あれも普段からよく見ているので決断できたんです。私はずっと見てたし、選手はわかってくれる。そうと思ってます。今でも私は選手たちのことを信頼してますよ。



大宮のグルメはまだ探索中

私の実家は市原の小料理屋です。内房線に「八幡宿」という駅があるんですけど、そこから歩いて5分ぐらいの「こけし」という小料理店です。3歳上の姉が生まれたときに店を始めたらしいので、もう54年ぐらいやっている店です。地元の常連の方がいつもカウンターにいるような、本当に小さな店です。お勧めはウナギですね。私は実家にいるときからウナ重が好きでした。

ぐるなび季節料理こけし

ジャンル:割烹
住所: 〒290-0062 千葉県市原市八幡969
エリア: 市原
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そういう家に育ちましたから、小さいころから和食が多かったですね。だから小さいころは洋食が食べたくて。ハンバーグとか、そういう子どもが好きそうなものを食べたかったんですよ。小さいときはお刺身とか出されても「おかずにならない」と思ってました。でも今大人になってみると刺身定食なんて最高ですからね。



鹿嶋のお魚もおいしいですね。そう言えば、アントラーズのクラブハウスの近くには、お弁当屋さんがあるんですけど、そこのメニュー表は私が作ったんですよ(笑)。



コーチ時代、よくそこのお弁当を買いに通ってたんですけど、たしか値段が変わるっていうタイミングで「じゃあ私が作りましょう」って、プリントアウトして持って行きました。今でも使ってもらっています。あの蓋が閉まらないくらいのボリュームの弁当はお勧めですね。



行方市にある「体験型農業テーマパーク なめがたファーマーズヴィレッジ」内にあるレストランも気に入っています。そこには、ベジタブルッビュッフェがあり、少しずつプレートに盛って食べるんですけど、これがおいしいんですよ。私の小学生の娘も家内も大好きです。



大宮でのオススメの店は……、実はまだあまり作れていないんですよ(苦笑)。最初はホテル住まいだったので。でも、僕がNTT関東の選手だったとき一緒にプレーしてた一つ下の後輩が連れて行ってくれた焼き肉屋さんには感動しました。宮原駅の近くの「池田屋」ですね。ここの肉は本当においしい。そこだと私に合う確率は高いかもしれません(笑)。

ぐるなび池田屋

ジャンル:炭火焼肉・ダイニング
住所: 〒331-0812 埼玉県さいたま市北区宮原町2-22-11
エリア: さいたま市北部
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それから、ホテルに住んでいたとき、近くに小料理屋さんの「手作り厨房 楓家」というところがあって気になっていました。あるときふらりと寄って食事をしたら、サービスで味噌汁が出てきたんです。初めて行ったのにうれしいなぁと思っていると、実はその店主さんが大宮アルディージャのファンで、私のことを知ってくださったんですよね。

ぐるなび楓家

ジャンル:居酒屋
住所: 〒330-0854 埼玉県さいたま市大宮区桜木町4-68
エリア: 大宮
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カウンターが6席ぐらい、奥に小上がりの座敷で、4人掛けの席が2つぐらいと、そんなに大きなところじゃありません。落ち着いて食べられると思います。シーザーサラダはスライスされたチーズが本当においしかったのでお勧めします。近くに行くたびに寄りたいと思っています。



石井正忠 プロフィール



1989年、順天堂大学よりNTT関東へ入団。1991年には住友金属へ移籍し、Jリーグ発足後は鹿島アントラーズとチーム名が変わる中、中盤の選手として活躍した。
引退後は指導者となり、2015年にはシーズン途中で鹿島アントラーズ監督に就任。クラブW杯決勝へと導いた。2017年には大宮アルディージャ監督に就任した。

1967年生まれ、千葉県出身

取材・文:森雅史(もり・まさふみ)

佐賀県有田町生まれ、久留米大学附設高校、上智大学出身。多くのサッカー誌編集に関わり、2009年本格的に独立。日本代表の取材で海外に毎年飛んでおり、2011年にはフリーランスのジャーナリストとしては1人だけ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の日本戦取材を許された。Jリーグ公認の登録フリーランス記者、日本サッカー協会公認C級コーチライセンス保有、日本蹴球合同会社代表。


大宮の石井監督にインタビューを行ったぐるなびの森氏である。
劇のどうの1年、そして采配論について語る。
やはり、石井さんは素晴らしい監督であったと改めて思う。
来季はJ2の大宮を指揮する。
是非とも昇格を成し遂げ、再来季には同じステージにて戦おうではないか。
楽しみにしておる。

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ヴェルディ・中後雅喜引退

中後 雅喜選手引退 アカデミーコーチ就任のお知らせ
2017年12月28日(木)

この度、中後雅喜選手が、今シーズンをもちまして現役を引退し、
東京ヴェルディのアカデミーコーチに就任することが決定しましたので、お知らせします。
中後選手のプロフィールおよびコメントは下記をご参照ください。

中後 雅喜[チュウゴ マサキ] 選手 MF
【生年月日】1982年5月16日
【出身地】千葉県
【身長/体重】178cm/73kg
【経歴】
あやめ台FC → ジェフユナイテッド市原ジュニアユース → ジェフユナイテッド市原ユース → 駒澤大学
→ 鹿島アントラーズ → ジェフユナイテッド千葉 → セレッソ大阪 → 東京ヴェルディ
【出場歴】

所属 背番号 リーグ戦 リーグカップ 天皇杯
出場 得点 出場 得点 出場 得点
2001年 駒澤大学 - - - - - 3 0
2002年 駒澤大学 - - - - - 3 1
2003年 駒澤大学 - - - - - 1 0
2004年 駒澤大学 - - - - - 1 0
2005年 鹿島アントラーズ(J1) 22 0 0 2 0 0 0
2006年 鹿島アントラーズ(J1) 22 17 0 6 0 4 1
2007年 鹿島アントラーズ(J1) 16 28 4 9 0 2 0
2008年 鹿島アントラーズ(J1) 16 24 0 1 0 2 0
2009年 ジェフユナイテッド千葉(J1) 8 19 0 2 0 1 0
2010年 ジェフユナイテッド千葉(J2) 8 8 0 - - 2 0
2011年 セレッソ大阪(J1) 5 24 0 1 0 1 0
2012年 東京ヴェルディ(J2) 8 19 2 - - 1 0
2013年 東京ヴェルディ(J2) 8 15 0 - - 1 0
2014年 東京ヴェルディ(J2) 8 24 1 - - 0 0
2015年 東京ヴェルディ(J2) 8 40 4 - - 2 0
2016年 東京ヴェルディ(J2) 8 31 3 - - 2 0
2017年 東京ヴェルディ(J2) 8 13 1 - - 1 0
所属 ACL
出場 得点
2008年 鹿島アントラーズ(J1) 1 0
2011年 セレッソ大阪(J1) 8 0
【足跡・タイトル・代表歴】
2001年  駒澤大学            全日本大学サッカー選手権大会 優勝
2002年  駒澤大学            関東大学サッカーリーグ1部 優勝
                    総理大臣杯全日本大学サッカートーナメント 優勝
2003年  駒澤大学            ユニバーシアード代表
                    関東大学サッカーリーグ1部 優勝
                    総理大臣杯全日本大学サッカートーナメント 優勝
2004年  駒澤大学            全日本大学サッカー選手権大会 優勝
                    総理大臣杯全日本大学サッカートーナメント 優勝
2005年  鹿島アントラーズ        鹿島アントラーズへ加入
2006年  鹿島アントラーズ        Jリーグヤマザキナビスコカップ 準優勝
2007年  鹿島アントラーズ        Jリーグディビジョン1 優勝
2007年  鹿島アントラーズ        天皇杯全日本サッカー選手権 優勝
2008年  鹿島アントラーズ        Jリーグディビジョン1 優勝
2009年  ジェフユナイテッド市原・千葉  ジェフユナイテッド市原・千葉へ期限付き移籍
2010年  ジェフユナイテッド市原・千葉  ジェフユナイテッド市原・千葉へ完全移籍
2011年  セレッソ大阪          セレッソ大阪へ期限付き移籍
2012年  東京ヴェルディ         東京ヴェルディに完全移籍

【初出場・初得点】
初出場
2006年5月7日 Jリーグディビジョン1 第12節 vs浦和レッドダイヤモンズ(所属:鹿島アントラーズ)

初得点
2007年3月17日 Jリーグディビジョン1 第3節 vsジェフユナイテッド千葉(所属:鹿島アントラーズ)

●中後雅喜選手コメント
「今シーズン限りで現役を引退することを決めました。
 鹿島アントラーズ、ジェフユナイテッド千葉、セレッソ大阪、東京ヴェルディという
 素晴らしいクラブでプレーできたことを誇りに思いますし、
 色々な経験をさせてもらったことは自分の財産です。
 どんな時も応援していただいた方々には本当に感謝しています。ありがとうございました。
 こんな自分が今日までやってこられたのは、
 これまで何があっても変わらず支えていただいた方々のお陰だと思っています。
 これからもそういう方々に恥じないように生きていきます!
 今後は、これまでの経験を活かし、アカデミーコーチとして第一歩を踏み出します。
 その機会を与えてくれたヴェルディに感謝し、精一杯努力していきます。
 13年間、本当にありがとうございました」


引退するヴェルディの中後雅喜である。
これは寂しい。
大学No.1ボランチの称号を胸に鹿島に入団し、活躍してくれた。
特に2008年に滿男が大怪我をし長期離脱した際には青木と組んで連覇に貢献したことで記憶に残る。
また、2006年の後半は中後を中盤の底に置くダイアモンドで躍進したことも忘れてはならない。
あのままアウトゥオリ監督が続投しておったらどのようなチームになっていったか興味が尽きぬところ。
滿男とのポジション争いから逃げるように退団したことは、悲しい記憶であるが、最後の現役クラブとなったヴェルディでは、ルーキーであった三竿健斗と共にダブルボランチを組んで成長を促したことも大きな出来事と言えよう。
いずれにせよ、お疲れ様。
次なるキャリアは、ヴェルディのアカデミーコーチとのこと。
育成年代を指導し、次世代のボランチを生み出していって欲しい。
楽しみにしておる。

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さらば赤﨑

赤﨑選手が川崎フロンターレに完全移籍
2017年12月28日(木)

赤﨑 秀平選手が来シーズンから川崎フロンターレに完全移籍することとなりましたのでお知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名:
赤﨑 秀平(あかさき・しゅうへい)
■生まれ:
1991年9月1日、鹿児島県出身
■ポジション:
FW
■サイズ:
174センチ、70キロ
■経 歴:
パルティーダ鹿児島U-12-パルティーダ鹿児島U-15-佐賀東高-筑波大-鹿島アントラーズ(2014)-ガンバ大阪(2017.3~)
※2013年JFA・Jリーグ特別指定選手(鹿島アントラーズ)
■公式戦成績:
J1リーグ通算 76試合 15得点(鹿島では62試合14得点)
リーグカップ通算 14試合 5得点(鹿島では12試合4得点)
天皇杯通算 ※プロ在籍時 11試合 2得点(鹿島では8試合2得点)
AFCチャンピオンズリーグ 4試合 1得点
Jリーグチャンピオンシップ 2試合 0得点
FIFAクラブワールドカップ 4試合 1得点
スルガ銀行チャンピオンシップ 1試合 0得点

■赤﨑選手コメント
「鹿島アントラーズには特別指定選手だった筑波大学時代からお世話になり、ホーム、アウェイ、いつも心強く一緒に戦ってくれたファン、サポーターの方々には感謝しきれません。伝統あるこのクラブでプレーし、全てのタイトルを獲得できたことはもちろん、プロ生活1年目に満男さん、ソガさん、浩二さん、モトさんと一緒にプレーし、プロフェッショナルを肌で感じられたことは僕にとって大切な財産です。アントラーズでプロとしてキャリアを始められたことを幸せに感じますし、クラブ関係者の皆様、クラブを愛し支えてくださる地域の皆様に心から感謝します。本当にありがとうございました」

赤﨑秀平選手加入のお知らせ
最新の一覧へ

川崎フロンターレでは、今季、鹿島アントラーズからの期限付き移籍でガンバ大阪に所属しておりました赤﨑秀平選手が、来季、完全移籍にて加入することが決定しましたのでお知らせいたします。

本人コメント
「このたび、川崎フロンターレに加入することになりました赤﨑秀平です。昨季自分達のスタイルを貫き、リーグチャンピオンに輝いたチームに新戦力として加わることができ、大変うれしく思います。FWとして一つでも多くのゴールに絡み、さらなる高みを目指すクラブに貢献したいです。フロンターレは魅力的なサッカーはもちろんのこと、地域貢献の側面で様々な取り組みを積極的に行っているイメージがあります。プレーヤーとしてだけでなく人として成長できるクラブだと思っています。クラブを支え共に戦っているファン、サポーターの方々とともに戦えることを、今から楽しみにしています。川崎フロンターレ・赤﨑秀平を宜しくお願い致します」


予てから報じられておったように赤﨑秀平の川崎移籍が公式発表された。
赤﨑本人も言うようにプロ入りが鹿島であったことは幸せのはず。
新天地ではポジションを掴み取り躍動して欲しい。
活躍の報を待っておる。

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東北人魂を持つJ選手の会、大船渡に人工芝グラウンドオープン

鹿島小笠原「良かった」大船渡で子どもの笑顔に感慨
[2017年12月27日21時24分]


高校時代を過ごした岩手県大船渡市に、尽力した人工芝グラウンドが完成し、子どもらと記念写真を撮る鹿島MF小笠原(後列右から2人目)ら。後列右は鹿島DF山本、1人おいて北九州MF本山、鹿島MF遠藤


高校時代を過ごした岩手県大船渡市に、尽力した人工芝グラウンドが完成し、大雪の中のこけら落としイベントで子どもらとサッカーを楽しむ鹿島MF小笠原


「東北人魂」の活動の一環で訪れた雪の岩手・大船渡で、98年1月の雪の国立決戦となった全国高校選手権決勝をほうふつとさせた当時東福岡の本山雅志(左)と当時帝京の中田浩二氏


高校時代を過ごした岩手県大船渡市に、尽力した人工芝グラウンドが完成し、大雪の中のこけら落としイベントで子どもらとサッカーを楽しむ鹿島MF小笠原 「東北人魂」の活動の一環で訪れた雪の岩手・大船渡で、98年1月の雪の国立決戦となった全国高校選手権決勝をほうふつとさせた当時東福岡の本山雅志(左)と当時帝京の中田浩二氏

 東日本大震災の復興を支援する「東北人魂を持つJ選手の会」の発起人でもある鹿島アントラーズMF小笠原満男(38)が27日、東北人魂の活動の一環で高校時代を過ごした岩手県大船渡市を訪れて、新たに人工芝が完成した赤崎グラウンドで約100人の子どもらとミニゲームなどで交流を深めた。

 同グラウンドは、津波で被災した旧赤崎小学校の跡地。震災から2年後の13年に1度は土のグラウンドとしてつくられたが、雨や雪などの悪天候によっては活動できない状態が続いた。そこで小笠原らが立ち上がり、人工芝化を推進。関東10カ所ほどの施設を訪れて、人工芝の選定にあたってきた。日本サッカー協会や自治体、募金などの支援もあり「せっかく、いろんな方からいただいたお金でつくるなら、長く使えるいいものをと思った」(小笠原)と、耐久性の良い物を選び、ようやく完成。この日、オープンイベントが行われ、小笠原のほかに鹿島の日本代表DF山本脩斗や鹿島MF遠藤康、北九州MF本山雅志や元日本代表DF中田浩二氏らも参加した。

 実は北海道・東北地方に大寒波が訪れているとあって、例年の12月の大船渡では、あっても積雪1、2センチのところ、前日からの大雪で11センチも積もった。だが、朝8時半からの関係者の懸命な雪かきによって、グラウンドは見事に“復活”し、開催に至った。

 小笠原は「今日は土のグラウンドなら中止だったでしょうが、人工芝だからできたことに意味があるのかな。子どもたちが笑顔でサッカーをしてくれて良かった」と感慨に浸った。その上で「(人工芝化の)思いをもったのは僕らが最初ですけど、本当に多くの方の協力を得てできたもの。子どもたちも、感謝の気持ちを持って一生懸命、努力して練習してほしい」と願い、いつかこのグラウンドから日本代表選手が生まれることを望んでいた。

伝説の“雪の国立”再び!?中田浩二氏と本山が激突
[2017年12月27日21時34分]


「東北人魂」の活動の一環で訪れた雪の岩手・大船渡で、98年1月の雪の国立決戦となった全国高校選手権決勝をほうふつとさせた当時東福岡の本山雅志(左)と当時帝京の中田浩二氏

 98年1月の、雪の国立決戦再び!? 東日本大震災の復興を支援する「東北人魂を持つJ選手の会」の活動の一環で訪れた岩手県大船渡市で、ギラヴァンツ北九州MF本山雅志(38)と元日本代表DF中田浩二氏(38)が雪上で相対した。

 2人と「雪」といえば、思い出されるのは98年1月の全国高校サッカー選手権決勝。本山は東福岡のエースとして、中田氏は帝京の主将として、雪の国立競技場で戦った。結果は2-1で東福岡が逆転勝利を飾り、高校3冠を果たした。

 そんな思い出深き雪というわけで、今回は当時のユニホームカラーをイメージしたビブスに身を包み、仲良くポーズを取っていた。

 2人は子どもらとのミニゲームでも大人げない? ほどの技術を駆使して、子どもたちを魅了していた。

「東北人魂」鹿島小笠原、大船渡に人工芝グラウンド
[2017年12月28日7時42分 紙面から]


大雪の中のオープンイベントで子どもらとサッカーを楽しむ鹿島MF小笠原

 東日本大震災の復興を支援する「東北人魂を持つJ選手の会」の発起人でもある鹿島アントラーズMF小笠原満男(38)らが27日、高校時代を過ごした岩手県大船渡市で、完成した人工芝の赤崎グラウンドのオープンイベントに参加した。同地は津波で被災した旧赤崎小の跡地。この日は7年ぶりの積雪11センチという大雪に見舞われたが、約100人の子どもたちと元気に走り回った。

 震災2年後に土のグラウンドこそできたが、雪など天候に左右されてきた。そこで人工芝化を求めて、小笠原は自ら関東10カ所の施設を回り芝の選定。建設費は約2億円。「今日は土のグラウンドなら中止。人工芝だからできたことに意味がある。子どもたちが笑顔でサッカーをしてくれて良かった」と感慨に浸った。

 今後は大会の開催が目標。「被災地を見る機会のない子どもたちにも、見て何かを感じてもらいたいし、地元の活性化にもつながれば」。小笠原の被災地への思いはまだまだ尽きない。【今村健人】

「東北人魂プロジェクト」岩手・大船渡に多目的グラウンドをオープン
 鹿島のMF小笠原やDF山本らが名を連ねる「東北人魂・岩手グラウンドプロジェクト」が27日、岩手・大船渡市と協力して同市内に建設費2億円の人工芝の多目的グラウンドをオープンさせた。2011年の東日本大震災の津波で大きな被害を受けた大船渡高出身の小笠原は「天候に左右されないのがよさ。(他地域の)子供も呼んで試合をするので、被災地の何かを感じ取ってほしい」と喜んだ。

小笠原 震災の記憶風化させない!子供100人とサッカー交流

人工芝化された赤崎グラウンドで参加者の子どもたちとサッカーするMF小笠原(中央)
Photo By スポニチ


 11年の東日本大震災後に東北に縁のあるJリーガーらによって設立された任意団体の「東北人魂」が27日、岩手県大船渡市の赤崎グラウンドで“こけら落とし”を行った。震災被害を受けた旧赤崎小の跡地に13年に設立した土の赤崎グラウンドを、人工芝化した。大船渡高出身の鹿島MF小笠原らが、近隣の子供約100人を招いてサッカー交流を行った。

 震災から6年。雪でも雨でも使用できるピッチが誕生した。小笠原自らも関東約10カ所を視察して人工芝の種類を選定。総工費2億円をかけ完成した。今後は大会なども開催予定。小笠原は「被災地を見ることのない(外部の)子供たちに来て見てもらって、何かを感じてほしい。地元の活性化にもつながれば」と、震災の記憶を風化させないための活用を描いた。
[ 2017年12月28日 05:30 ]


大船渡に人工芝グラウンドをオープンさせた東北人魂を持つJ選手の会である。
そのこけら落としイベントにて子供達100人とサッカー交流が開催されたとのこと。
満男、脩斗、ヤス、本山、中田浩二CROらが参加した模様。
これは素晴らしい。
こうした活動により、一歩一歩復興に繋がっていく。
また、このグラウンドでプレイした若者がサッカーによる交流で世の中を変えていくやもしれぬ。
これからも小笠原満男の活動に注目である。

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ようこそ安西幸輝

安西選手が加入
2017年12月27日(水)

安西 幸輝選手が東京ヴェルディより完全移籍で加入することとなりましたのでお知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名:
安西 幸輝(あんざい・こうき)
■生まれ:
1995年5月31日、兵庫県出身
■サイズ:
172センチ、64キロ
■ポジション:
DF
■経歴:
戸塚FCジュニア-東京ヴェルディジュニア-東京ヴェルディJrユース-東京ヴェルディユース-東京ヴェルディ(2014)
■公式戦成績:
J2リーグ通算 150試合6得点
J1昇格プレーオフ 1試合0得点
天皇杯通算 2試合0得点

■安西選手コメント
「アントラーズの皆さん、はじめまして安西幸輝です。伝統のあるチームの一員になれることを嬉しく思います。一日でも早くピッチに立ち、チームに貢献したいと思います。応援よろしくお願いします!」

安西 幸輝選手移籍のお知らせ
2017年12月27日(水)

この度、安西幸輝選手が鹿島アントラーズに完全移籍することが決定しましたので、お知らせします。
安西選手のプロフィールおよびコメントは下記をご参照ください。

安西 幸輝[アンザイ コウキ] 選手 DF
【生年月日】1995年5月31日
【出身地】兵庫県
【身長/体重】172cm/64kg
【経歴】
戸塚FCJ → 東京ヴェルディ1969ジュニア → 東京ヴェルディジュニアユース
→ 東京ヴェルディユース → 東京ヴェルディ
【出場歴】

所属 リーグ戦 リーグカップ 天皇杯
出場 得点 出場 得点 出場 得点
2014年 東京ヴェルディ(J2) 41 2 - - 1 0
2015年 東京ヴェルディ(J2) 35 1 - - 0 0
2016年 東京ヴェルディ(J2) 34 0 - - 1 0
2017年 東京ヴェルディ(J2) 40 3 - - 0 0
【出場歴/その他大会】
2017年J1昇格プレーオフ 1試合0得点

●安西幸輝選手コメント
「この度、鹿島アントラーズに移籍することにしました。
 小学4年生の頃からこのチームに入り、12年間自分の家のように通いました。
 トップに入ってからはずっとヴェルディをJ1に昇格させることだけを考えて今まで努力してきましたが、
 自分の力が足りず、昇格させられずにこのチームを去ることを本当に申し訳なく思っています。
 ただ今までもこれからもヴェルディが大好きで、このクラブが自分の家だということは変わりません。
 これからいち選手としてより高みを目指して頑張ります。
 12年間本当にありがとうございました」


今朝報じられたようにヴェルディから安西幸輝が加入することとなった。
登録ポジションはDFとあるように、鹿島ではSBとしての起用がメインとなろう。
ユキと脩斗とローテーションを組んで出場することになるのではなかろうか。
ドリブルに大いなる価値が見いだされれば、2列目での途中出場もあり得る。
若きサイドバックとして鹿島を牽引していって欲しい。
期待しておる。

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さらば、小泉勇人

小泉選手が水戸ホーリーホックに完全移籍
2017年12月27日(水)

水戸ホーリーホックに育成型期限付き移籍しておりました小泉 勇人選手につきまして、来シーズンから同クラブに完全移籍することとなりましたのでお知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名:
小泉 勇人(こいずみ・ゆうと)
■生まれ:
1995年9月14日、茨城県出身
■ポジション:
GK
■サイズ:
190センチ、83キロ
■経 歴:
大野原SSS-鹿島アントラーズジュニアユース-鹿島アントラーズユース-鹿島アントラーズ(2014)-水戸ホーリーホック(2017.5~)
■公式戦成績:
J3リーグ通算(U-22選抜) 1試合0得点

■小泉選手コメント
「このたび、水戸ホーリーホックに完全移籍することになりました。アントラーズにはジュニアユースの頃からこれまで10年間、人生の約半分もの期間を過ごし、お世話になりました。最高の環境、最高のチームでプレー出来たことの喜びと共に、サッカーだけでなく、人としても成長させてくれた素晴らしいクラブです。このクラブで試合に出て活躍する事こそが一番の恩返しだと思いますが、やはり日本一のチームで活躍し続けるためには、自分も日本一の選手にならなくてはなりません。
今まで支えてくれた全ての方々への感謝を忘れず、水戸でJ1昇格を果たし、同じ舞台で戦えるよう、また鹿島に戻ってきてほしいと言われる選手になれるよう、水戸の地で全力で戦ってきます!鹿島と水戸は近いので是非水戸の試合も見に来てください。今まで本当にありがとうございました」

小泉 勇人選手 鹿島アントラーズより完全移籍加入のお知らせ
この度、鹿島アントラーズより、小泉 勇人選手の完全移籍加入が決定いたしましたので、お知らせいたします。

【小泉 勇人(こいずみ ゆうと)選手プロフィール】
■ポジション
GK

■生年月日
1995年9月14日(22歳)

■身長/体重
190cm/83kg

■出身地
茨城県

■サッカー歴
大野原SSS→鹿島アントラーズジュニアユース→鹿島アントラーズユース→鹿島アントラーズ→水戸ホーリーホック(期限付き移籍)

■出場記録
≪2017シーズン≫
【J1リーグ】0試合0得点/【J2リーグ】0試合0得点/【天皇杯】0試合0得点/【ACL】0試合0得点
≪通算≫
【J1リーグ】0試合0得点/【J3リーグ(U-22選抜)】1試合0得点/【カップ戦】0試合0得点/【天皇杯】0試合0得点/【ACL】0試合0得点

■小泉 勇人選手 コメント
「この度、完全移籍で水戸ホーリーホックに加入することになりました!半年前に期限付き移籍で加入して以来、選手、サポーター、スポンサーの皆様、地域の皆様に凄く温かく迎え入れてもらって、水戸のことが大好きになりました!このチームでプレー出来ることの喜びを噛み締めると共に、J1昇格という目標を達成出来るように、全力で取り組んで参りたいと思います!2018シーズン、共に戦いましょう!」


水戸に完全移籍する小泉である。
これは少々驚いた。
今年は育成型期限付き移籍にて水戸にてプレイしておったが出場機会はなく、レンタルバックされるものと考えておった。
小泉は水戸にて信頼を勝ち得、請われて完全移籍の道を勝ち取ったのであろう。
190センチの長身と左利きという、日本人には希少なGKとして存在感を放つ。
水戸にてレギュラーを奪い取るのだ。
活躍の報を待っておる。

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赤﨑秀平、期限付き移籍期間満了にてガンバを退団

赤崎 秀平選手 期限付き移籍満了のお知らせ
この度、2017シーズン鹿島アントラーズからガンバ大阪へ期限付き移籍にて加入しておりましたFW赤崎秀平選手の契約が満了となりましたので、お知らせ致します。

<赤崎 秀平(アカサキ シュウヘイ)選手 プロフィール>
■生年月日   1991.9.1(26歳)
■出身地    鹿児島県
■ポジション  FW
■身長/体重   174cm/70kg
■利き足    右足
■血液型    O型
■チーム経歴  2013~2017.3   鹿島アントラーズ
        ※2013シーズンは特別指定選手。
        2017.3~2017.12  ガンバ大阪(期限付き移籍)

■本人のコメント
「シーズン始まってからの期限付き移籍ではありましたが、サポーターの皆さんがチームの一員として受け入れ応援してくれたことはとても嬉しかったです。
ホーム、アウェイ関係なく、どんなチーム状況でも、共に戦ってくれるサポーターの応援がとても印象的で、もっと皆さんと一緒に喜びを共有したかったです。
来年も一緒に戦いたい気持ちはもちろんありましたが、この1年間で得た経験を活かして、これから成長していきたいと思います。本当に有難うございました。」


ガンバを期限付き移籍期間満了にて退団する赤﨑秀平である。
気持ちを持って挑んだチャレンジであったが、思うような結果は出せずに終えた。
これもまた経験と考えるところであろう。
また、巷での報では川崎への移籍が決まっておるようである。
心機一転、結果にこだわるプレイをして欲しいところ。
次なる地での活躍を祈っておる。

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鹿島、ヴェルディ・安西幸輝獲得へ

鹿島 東京Vから安西獲得へ!左右どちらもこなせる攻撃的SB

J2東京VのDF安西幸輝
Photo By スポニチ


 鹿島がJ2東京VのDF安西幸輝(22)を獲得することが26日、決定的となった。

 安西は東京Vの下部組織から14年にトップ昇格し、プロ1年目から主力として活躍。4バック時にはサイドバック、3バック時にはウイングバックやFWまでこなす。スピードあふれるドリブルでの攻撃参加が持ち味で、左右どちらも遜色なくこなせる。サイドバックが常に高い位置を取り、サイドからの攻撃が持ち味である鹿島のスタイルに合致しそうだ。
[ 2017年12月27日 05:30 ]


ヴェルディの安西獲得が決定的になった鹿島である。
これは朗報。
ヴェルディのアカデミー出身の安西は、本来のポジションは右SBながら左SBでもプレイすることが出来、2017年シーズンは攻撃的ポジション・左右のウイングとしてヴェルディの躍進に貢献した。
攻撃的SBとして起用するのか、二列目のオプションなのか、戦術に幅をもたらせてくれる補強となろう。
いずれにせよサイドを活性化させてくれる存在となるはず。
また、三竿兄弟を観て分かるように、ヴェルディのアカデミー出身者として技術は確かなものがある。
活躍には太鼓判と言えよう。
そして、公式発表は近いと思われる。
楽しみにしておる。

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篤人の移籍交渉、年内決着を目指す

鹿島 年内にも内田復帰へ!クラブ間交渉が一気に加速も

ドイツ2部ウニオン・ベルリン所属の元日本代表DF内田
Photo By スポニチ


 鹿島が獲得オファーを出しているドイツ2部ウニオン・ベルリンの元日本代表DF内田篤人(29)の移籍問題について、鹿島のクラブ関係者が26日、年内決着を目指す方針であることを明かした。

 内田はウニオン・ベルリンとの契約を半年間残しており、鹿島はオファー時に移籍金推定3000万円を提示。関係者は「(交渉は)うまくまとまればいい」と話している。現在クリスマス休暇で止まっているクラブ間交渉も、27日以降、一気に加速する可能性が高い。

 鹿島は右サイドバックの重要な戦力として、さらにピッチ外でも常勝軍団のイズムを引き継げる選手として獲得を重視している。年内に加入が決まれば、内田にとっても3大会連続のメンバー入りを目指すW杯イヤーのスタートを気持ちよく切れることになる。
[ 2017年12月27日 05:50 ]


篤人の移籍交渉について年内決着を目指すと語った鹿島幹部である。
独リーグのクリスマス休暇が明け、クラブ間交渉も再開される。
一気に話は進むであろう。
また、鹿島の新シーズンの始動も1月9日と早いため、年内には決めておく必要がある。
年末には良い報が届くであろう。
楽しみに待ちたい。

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2018年シーズン始動日及びキャンプ日程発表

2018年チームスケジュールについて
2017年12月26日(火)

2018年シーズンのチームスケジュールについて、以下の通りお知らせいたします。

■チーム始動日
2018年1月9日(火) 時間未定
場所: クラブハウス
※練習時間は決定次第、お知らせいたします。なお、屋内での各種測定等は見学いただけませんのであらかじめご了承ください。

■必勝祈願
2018年1月15日(月) 9:35~10:25予定
場所: 鹿島神宮(鹿嶋市宮中2306-1)
※雨天時は祈祷殿にて行います。
※実施時間・詳細は後日ご案内いたします。

■トレーニングキャンプ
2018年1月15日(月)~1月28日(日)
場所: 宮崎県宮崎市
(KIRISHIMAヤマザクラ宮崎県総合運動公園 KIRISHIMAハイビスカス陸上競技場)
※15日は移動のみとなります。
※練習スケジュールについては決定次第お知らせします。


2018年シーズン、チームの始動日及びキャンプの日程を発表した鹿島である。
1月9日より始動し、1月15日〜28日まで宮崎にてキャンプを行う。
宮崎への移動日には鹿島神宮での必勝祈願を行うとのこと。
これほどまでに早く始動するとは思いもよらなんだ。
来季への気持ちが伝わってくるようである。
1年を通して安定した戦いをし、多くのタイトルを勝ち得ようではないか。
楽しみにしておる。

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PSM水戸戦開催

いばらきサッカーフェスティバル2018 水戸vs.鹿島 開催について
2017年12月26日(火)

2018年2月3日(土)に、「Jリーグプレシーズンマッチ いばらきサッカーフェスティバル2018 水戸ホーリーホックvs鹿島アントラーズの開催が決まりましたので、お知らせいたします。

【Jリーグプレシーズンマッチ いばらきサッカーフェスティバル2018】
名 称:
いばらきサッカーフェスティバル2018
対 戦:
水戸ホーリーホック vs. 鹿島アントラーズ
日 時:
2018年2月3日(土) 14:00キックオフ(10:00開門)
会 場:
ケーズデンキスタジアム水戸(茨城県水戸市小吹町2058-1)
主 催:
公益財団法人 日本サッカー協会、公益社団法人 日本プロサッカーリーグ
共 催:
公益財団法人 茨城県サッカー協会
主 管:
株式会社フットボールクラブ水戸ホーリーホック
その他:
前座試合に、筑波大学蹴球部 vs. 流通経済大学サッカー部の試合が行われます。(11:00キックオフ予定)

チケット販売(チーム取扱分):
2018年1月18日(木)より、ファンクラブ会員チケット先行販売をおこないます。
詳細はこちらを確認ください。


恒例となったPSM水戸戦の告知である。
2月3日(土) 14:00KOとのこと。
2年連続のケーズデンキスタジアムとなった。
新戦力のお披露目や、2018年シーズンの戦術など見所は満載となろう。
楽しみにしたい。

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杉本太郎、徳島への期限付き移籍延長

杉本選手の徳島ヴォルティスへの期限付き移籍期間延長
2017年12月26日(火)

杉本 太郎選手が2018シーズンも徳島ヴォルティスへ期限付き移籍することとなりましたので、お知らせいたします。

期限付き移籍期間: 2018年2月1日~2019年1月31日

<選手プロフィール>
■選手名:
杉本 太郎(すぎもと・たろう)
■生まれ:
1996年2月12日、岐阜県出身
■ポジション:
MF
■サイズ:
162センチ、62キロ
■経 歴:
岐阜VAMOS-帝京大可児高-鹿島アントラーズ(2014)-徳島ヴォルティス(2017)
■公式戦成績:
J1リーグ通算 19試合1得点
J2リーグ通算 41試合6得点
天皇杯通算 5試合1得点
リーグカップ通算 2試合1得点
クラブワールドカップ 1試合0得点
スルガ銀行チャンピオンシップ 1試合0得点
J3リーグ(U-22選抜) 6試合0得点

■杉本選手コメント
「来シーズンも徳島ヴォルティスでプレーすることになりました。自分自身がより成長出来るよう、また1シーズン全力で取り組んできます。引き続き応援よろしくお願いします」


徳島への期限付き移籍延長する杉本太郎である。
徳島での大活躍が認められ、請われての延長ではなかろうか。
太郎は、2017シーズン、徳島に期限付き移籍するとキャンプから持ち前のガッツとテクニックで魅了し、レギュラーポジションを掴み取った。
ほぼ通年でレギュラーとして活躍し、攻撃の中心選手となったことは見て取れる。
来季もまた、徳島サポーターの心を掴む活躍をし、更に成長するのだ。
期待しておる。

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平戸太貴、町田への期限付き移籍延長

平戸選手のFC町田ゼルビアへの期限付き移籍期間延長
2017年12月26日(火)

平戸 太貴選手が2018シーズンもFC町田ゼルビアへ育成型期限付き移籍することとなりましたので、お知らせいたします。

育成型期限付移籍期間: 2018年2月1日~2019年1月31日

<選手プロフィール>
■選手名:
平戸 太貴(ひらと・たいき)
■生まれ:
1997年4月18日、茨城県出身
■ポジション:
MF
■サイズ:
177センチ、68キロ
■経 歴:
鹿島アントラーズJrユース-鹿島アントラーズユース-鹿島アントラーズ(2016)-FC町田ゼルビア(2017)
■公式戦成績:
J2リーグ通算 26試合3得点
天皇杯通算 1試合0得点
リーグカップ通算 2試合0得点(鹿島のみ)

■平戸選手コメント
「2017シーズンはFC町田ゼルビアでプレーしましたが、町田まで応援に来てくださる方もいらっしゃいました。本当にありがとうございました。熟慮した結果、鹿島アントラーズにふさわしく、必要とされる選手になるために、2018シーズンも町田でお世話になることを決断しました。もっと大きくなって帰ることができるように頑張りますので、ぜひ試合を見に来てくれたらうれしいです。ファン・サポーターの皆様、今後も温かい応援をよろしくお願いします!」


町田への育成型期限付移籍延長となった平戸太貴である。
鹿島への帰還はさせず、もう1年町田にて武者修行となった。
町田での平戸は、シーズン中盤にはポジションを掴み、攻撃の核となっておった。
また、鹿島ではボランチとして入団したが町田では右サイドの攻撃的MFとしての起用となっておる。
そしてセットプレイも任されており、相馬監督の信頼も高い。
その活躍が認められ、先日のU-20日本代表にも選出された。
この代表でもシャドーや攻撃的MFとして起用されており、攻撃的能力が才能が高く評価されておることがわかる。
来季もまた町田にて躍動し、更なる成長を期待したい。
楽しみな逸材である。


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内田篤人、クラブ間合意。

【鹿島】内田篤人、8シーズンぶり復帰へ クラブ間で大筋合意
2017年12月26日5時0分 スポーツ報知


古巣・鹿島への復帰が秒読みとなった内田

 鹿島が今冬の獲得へ向け正式オファーを出している元日本代表DF内田篤人(29)について、現所属のドイツ2部ウニオン・ベルリンとクラブ間で大筋合意に至ったことが25日、分かった。鹿島と内田サイドの契約交渉がまとまれば10年6月以来、8シーズンぶりの復帰が決まる。

 関係者によると、鹿島はベルリンに対し内田獲得に必要な違約金(移籍金)として20万ユーロ(約2700万円)を提示。ベルリン側もこの条件に不満はなく、あとは細かなやり取りを残すのみとなったという。来季はリーグ王座奪回、アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)初制覇を目指しており、右サイドバックの補強とともにクラブの伝統を受け継げる選手として、内田に白羽の矢を立てた。

 内田は現在、ドイツ2部リーグの中断期間を利用して日本に滞在中。今季のリーグ前半戦は2試合(先発1)の出場にとどまったことなどから、出場機会を求めて今冬の移籍を選択肢に入れていた。鹿島で出場機会を増やせばロシアW杯に出場する日本代表の逆転メンバー入りも十分に可能。10年南ア、14年ブラジルと2大会連続でW杯代表の経験を生かすためにも、鹿島で全力を尽くす。


ウニオン・ベルリンとクラブ間で大筋合意に至った篤人の獲得である。
これはほぼ決まりと言えよう。
後はメディカルチェックに合格し、公式発表を待つのみ。
楽しみにしたい。

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2018年シーズンユニフォーム

2018年 新ユニフォームのデザインについて
2017年12月25日(月)

2018年シーズンのユニフォームデザインとNIKEキービジュアルが決定しましたのでお知らせいたします。



【ファースト】



ホームキットには伝統のディープレッドとネイビーのカラーコンビネーションを採用。ユニフォーム全体で、クラブの伝統と誇りを強烈かつ斬新に表現した。濃淡をつけたボーダーを用いることで、スピード感と躍動感を表し、さらにダークネイビーのボーダーをワンポイントで使用。グラフィックに奥行きを演出し、相手選手から距離感に錯覚をもたらす、これまでの固定概念を覆すようなデザイン設計となっている。また、2018 年からは、ユニフォームスポンサー「mercari」のロゴが鎖骨部分に新しく追加される。

【セカンド】



アウェイキットは、クラブ史上初となるホワイト×ホワイト×ディープレッドのカラーコンビネーションを採用。白をベースとした、シンプルな仕様となっている。衿や脇には、アクセントカラーとしてクラブカラーのディープレッドを差し込み、クリーンなイメージの中に、クラブの誇りを感じながらアウェイの地で戦い、勝利を獲得する強い意志を演出。力強く目標に突き進むデザインに仕上げている。

※レプリカユニフォーム ファースト半袖(大人サイズのみ)の予約受付は、1月上旬を予定しております。日程確定次第、オフィシャルショップ各店店頭、およびオフィシャルサイト、オンラインショップにてお知らせします。また、その他商品につきましても販売スケジュールが確定次第、随時お知らせいたします。


来季のユニフォームを公式発表した鹿島である。
既に報じられたようにメルカリ社のロゴが鎖骨部分両方に入る。
昨季とは異なり、赤が全面に押し出され、且つパンツもレッドで統一された。
これは大いなる変更と言えよう。
燃えたぎる赤き魂で、勝利を積み重ねるのだ。
期待しておる。

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メルカリ社、鎖骨スポンサーへ

鹿島、ユニ鎖骨スポンサーにメルカリ!1億円増収で屋台骨強化

「メルカリ」社が来季の鹿島アントラーズ“鎖骨スポンサー“に決定
Photo By スポニチ


 鹿島の来季ユニホームの鎖骨部分のスポンサーに株式会社メルカリ(本社・東京都港区)が決まったことが24日、分かった。契約金額は明らかになっていないが、鹿島のユニホームスポンサーは年間1億円がベースライン。さらに鹿島のユニホームスポンサーとしては2番目に高い金額とみられることも判明しており、最低でも年間1億円以上の増収を確保したことなる。

 鎖骨スポンサーは来季から各クラブでつけることがJリーグから許可されたもの。左右の鎖骨部分、最も顔に近い場所に入るため、静止画の撮影時には必ず写る広告効果の高い場所だ。メルカリ社とは昨年4月にオフィシャルスポンサー契約を結んだが、今回の契約はまた別。鈴木秀樹取締役事業部長は「ジャッジに至るまでのスピード感と対応力に企業としての特性を感じた」と話した。鹿島では事業と強化というクラブを支える両輪が、来季タイトル奪取に向けて全力で動いている。


鎖骨部分には現在スポンサーは入っておらず、来季から各クラブ導入を許可されている(写真は金崎)
Photo By スポニチ


[ 2017年12月25日 05:40 ]

【鹿島】J1初の“鎖骨スポンサー”獲得 メルカリと契約
2017年12月25日5時30分 スポーツ報知


鎖骨部分に入る「mercari」の広告

 鹿島がJ1で初めて“鎖骨スポンサー”の獲得に成功した。株式会社メルカリ(本社・東京都港区)と来季以降の新規ユニホームスポンサー契約を締結したことが24日、分かった。近日中に発表される。契約期間などの詳細は非公開だが、メディアなどへの露出度が高くなる鎖骨部分は胸スポンサー(推定3億円)に次ぐ金額で、鹿島の場合は1年2億円前後の大型契約になるとみられる。

 Jリーグは来季からユニホームの鎖骨部分にスポンサーをつけることを許可。鹿島は左右の鎖骨部分に「mercari」の文字を入れる。J2大宮が武蔵野銀行との契約を発表しているが、J1では鹿島が先陣を切って契約をまとめた。同社は今年4月から結んだオフィシャルスポンサー契約を継続しながら、新たにユニホーム契約を結んだ。Jリーグの狙い通り、クラブに新たな契約金が舞い込むことになる。

 鹿島で事業部門の責任者を務める鈴木秀樹取締役は「非常に迅速な判断を下していただいたメルカリ社に深く感謝している。ジャッジに至るまでのスピード感と対応力に企業としての特性を感じた。他のクラブスポンサー同様、今後も同社と長期的かつ相互にとって良好な関係を維持していきたいと考えている」とコメントした。

 ◆株式会社メルカリ 2013年2月設立。山田進太郎氏が代表取締役会長兼CEOを務める。資本金は125億5020万円(資本準備金含む)。スマートフォン向けフリマアプリ「メルカリ」の企画、開発、運用が主な事業。同アプリは13年の創業以来、日米で6000万ダウンロードを記録。今年4月から鹿島とオフィシャルスポンサー契約を結んだ。


鹿島ユニの鎖骨スポンサー契約を締結したメルカリ社である。
これは素晴らしい。
次の“史上初”は鎖骨スポンサーであった。
また、メルカリ社のスピード感にも感服した様子。
これが席標準と言って良かろう。
古い体質に囚われビジネス機会損失に悩む古き日本企業は見習うべきところである。
新たなスポンサーを得、来季は飛躍する。
多くの露出をするためにも多くのタイトルを獲ろうではないか。
期待しておる。

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関塚隆氏、協会入りへ

元U23代表監督・関塚氏が協会入りへ 指導者養成担当を打診

日本協会入りが確実となった関塚氏
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 12年ロンドン五輪で日本を4強に導いた関塚隆氏(57)が、日本協会入りすることが確実となった。役職は最終調整中だが、指導者養成の部門を担当する方向で、条件面などの詰めの交渉を行っている。

 関塚氏は現役時代に本田技研(現JFLホンダ)でプレー。91年に現役引退後は早大、川崎F、U―23日本代表、磐田、千葉などの監督を歴任。04〜09年に指揮した川崎Fを強豪に押し上げ、ロンドン五輪では1次リーグ初戦でスペインを撃破。16年7月に成績不振によりJ2千葉を解任された後は解説者などを務めた。日本協会は(1)代表強化(2)ユース育成(3)指導者養成――の「三位一体の強化」を掲げており、指導者養成は重要政策の一つ。アマチュア、Jクラブ、年代別代表と幅広いチームを率いた経験豊富な関塚氏を高く評価しており、オファーを出した。
[ 2017年12月25日 05:50 ]


日本サッカー協会に入る関塚隆氏である。
鹿島にて指導者として勉強した経験が生かされておる。
日本サッカー界をより良くするため尽力して欲しい。
期待しておる。

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新潟・前野貴徳、愛媛に復帰

前野 貴徳 選手 6シーズンぶり愛媛FC復帰
この度、アルビレックス新潟より前野 貴徳選手が完全移籍にて加入することが決定しましたのでお知らせいたします。

前野 貴徳 選手は愛媛県松山市出身であり、愛媛Jrユース・愛媛ユースという愛媛FCのアカデミーで育ちました。2011シーズンと2012シーズンには愛媛FCでプレーし、キャプテンも務めるなど活躍しました。この度は6シーズンぶりの愛媛FC復帰となります。

■前野 貴徳 選手プロフィール

【氏名】前野 貴徳(まえの たかのり)
【ポジション】DF
【生年月日】1988年4月14日
【出生地】愛媛県松山市
【身長/体重】172cm/64kg

【サッカー歴】
愛媛FC Jrユース-愛媛FCユース-立命館大-愛媛FC-鹿島アントラーズ-アルビレックス新潟

【出場記録】
シーズン 所属チーム リーグ戦 カップ戦 天皇杯
2011 愛媛FC(J2) 33(2) - 3(0)
2012 愛媛FC(J2) 41(3) - 1(0)
2013 鹿島アントラーズ(J1) 20(0) 4(0) 1(0)
2014 鹿島アントラーズ(J1) 2(0) 1(0) 0(0)
2015 アルビレックス新潟(J1) 14(0) 7(0) 1(0)
2016 アルビレックス新潟(J1) 10(0) 2(0) 1(0)
2017 アルビレックス新潟(J1) 0(0) 0(0) 0(0)
通算 J1 46(0) 14(0) 3(0)
J2 74(5) - 4(0)
※表内の数字は出場試合数、カッコ内の数字は得点数です。

【コメント】
この度、愛媛に加入することになりました。
また愛媛の地でサッカーができること幸せに思ってます。
1年を通して活躍できるように、全身全霊をかけて頑張ります。
よろしくお願いします。

前野 貴徳 選手 愛媛FCに完全移籍のお知らせ
いつもアルビレックス新潟に温かいご声援をいただきまして、誠にありがとうございます。このたび、当クラブに所属する前野貴徳選手(29)が、愛媛FCに完全移籍することが決定いたしましたので、お知らせいたします。

前野 貴徳 選手 MAENO Takanori
■ポジション
DF

■生年月日
1988年4月14日(29歳)

■身長/体重
172cm/64kg

■出身地
愛媛県

■経歴
愛媛FCJrユース→愛媛FCユース→立命館大→愛媛FC→鹿島アントラーズ→アルビレックス新潟

■出場記録
photo
J1リーグ通算:46試合出場0得点、J2リーグ通算:74試合出場5得点、カップ戦通算:14試合出場0得点、天皇杯通算:7試合出場0得点

■コメント
今シーズンを持って新潟を退団することになりました。新潟での3年間で、1年半はチームの力になることができず、また今季はJ2降格させてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいです。もう一度、アルビサポーターの前で、ビックスワンでオレンジのユニホームを着て、ピッチで一緒に闘いたかったですが、それができないことが残念ですし、心残りです。
ただ、こんな僕にもいつも温かく声をかけてくれるサポーターの方々には本当に感謝しかありません。
どんな時でもどんな状況でも、選手を鼓舞し、背中を押してくれる応援には何度助けられたかわかりません。新潟を離れるのは寂しいですが、オレンジ魂を持って、次のチームでも頑張りたいと思います。3年間ありがとうございました。


愛媛に移籍する新潟の前野貴徳である。
アカデミーを過ごし、大卒後にキャプテンまでも務めた愛媛への帰還は、サポーターにとっても本人にも幸せなのではなかろうか。
新潟では大きな怪我を幾度も経験し苦しかったであろう。
その苦しみを乗り越えた経験を愛媛にて爆発させるのだ。
活躍の報を待っておる。

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赤﨑秀平、川崎へ

川崎F 今季G大阪に所属、FW赤崎を完全移籍で獲得!

今季鹿島から期限付き移籍しG大阪でプレーしたFW赤崎
Photo By スポニチ


 Jリーグ王者の川崎Fが、今季鹿島から期限付きでG大阪でプレーしていたFW赤崎秀平(26)を完全移籍で獲得することが分かった。

 赤崎は筑波大から特別指定を経て14年に鹿島入り。プロ2年目には7得点し、昨季は年間優勝を経験した。今季は出場機会を求めてG大阪にレンタル移籍し14試合で1得点。真価を発揮できなかったが、かねて高い評価を与えていた川崎Fからオファーが届き移籍を決断したという。DF谷口は筑波大の同級生でチームへの適応も問題なし。今季J1最多得点の強力布陣に、また頼もしい新戦力が加わることになる。
[ 2017年12月24日 08:56 ]

【川崎】G大阪FW赤崎獲得へ 潜在的な得点力を評価
2017年12月24日6時0分 スポーツ報知

 川崎がG大阪のFW赤崎秀平(26)を獲得することが、23日までに分かった。

 赤崎は裏のスペースの動き出しを得意とし、鹿島に在籍したプロ1年目(14年)に5得点。15年ナビスコ杯(現ルヴァン杯)ではニューヒーロー賞を獲得し、優勝に貢献した。

 G大阪に期限付き移籍した今季は出場機会に恵まれず、14試合1得点に終わったものの、川崎は潜在的な得点力を評価。今季リーグ断トツの71得点を誇った攻撃力をさらに磨き、リーグ連覇とACLグ制覇を見据える。


川崎に移籍する赤﨑秀平である。
これは大きな報。
今季終了後にガンバからレンタル終了の報があって以降、去就が注目されておったが、川崎が手を挙げる事となった様子。
優勝をさらっていった川崎は大きな力を得る。
強大な攻撃力を誇る川崎にて赤﨑は輝きを取り戻すのであろうか。
鹿島戦以外での活躍を期待しておる。

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篤人、山本脩斗らとイベント参加

内田篤人「膝によくない」イベントで山本脩斗らとプレー、去就は言及せず
17/12/23 20:59


小学生チームと対戦したDF内田篤人

 元日本代表DF内田篤人(ウニオン・ベルリン)が23日、東京・渋谷で行われたアディダスのフットボールイベント「PREDATOR presents TANGO LEAGUE SHIBUYA vs HARAJYUKU」に参加した。

 ブンデスリーガがウィンターブレイクに突入。17日にドイツから帰国した内田はE-1選手権で日本代表に初招集されたDF山本脩斗(鹿島)、FW岩崎悠人(京都)とともに5分間のエキシビジョンマッチに臨み、小学生チームと対戦した。

 ケージコートで行う3対3のストリートフットボールに挑戦。15年6月に右膝膝蓋腱の手術を受け、長期離脱を強いられた内田は「膝によくない。ゴールがちっちゃいんで難しいですね」と嘆いたが、ゴールを決めてイベントを盛り上げ、「いつか同じピッチに立てるように待っているので頑張りましょう。僕も頑張ります」とエール。古巣鹿島への復帰が報じられているが、自身の去就については言及しなかった。

 小学生の巧みなテクニックに翻弄された山本は「小学生から2回ほど股を抜かれて悔しい。また来年、チームで頑張ります」と意気込んだ。中田浩二氏、藤田俊哉氏も参加した。

(取材・文 佐藤亜希子)

内田篤人、サッカー少年たちへ「いつか同じピッチへ」とエール! 気になる去就については…
サッカーダイジェストWeb編集部
2017年12月23日

自虐ネタを飛ばす場面も。


藤田俊哉氏、中田浩二氏らレジェンドらとアディダスのイベントに出演した内田。 (C) Getty Images

 12月23日、都内で行なわれたアディダス社によるストリートサッカーのイベント『PREDATOR presents TANGO LEAGUE SHIBUYA vs HARAJUKU』に日本代表DFの内田篤人(ウニオン・ベルリン)が参加した。

 同イベントには、ブンデスリーガ2がウインターブレイクに突入したために帰国中の内田の他に、鹿島アントラーズの日本代表DF山本脩斗、京都サンガの岩崎悠人ら現役組に加え、元日本代表の藤田俊哉氏と中田浩二氏も出演した。

 内田は山本、岩崎と3人チームを組み、ジュニアチームと約5分間のエキシビションマッチに出場。その試合中には「膝には気を付けないとね」と古傷のことに触れる自虐ネタやゴールなどで、大いに会場を盛り上げた。

 一部報道で話題となっている古巣・鹿島へ復帰する可能性については明言を避けたが、イベントに参加した少年たちに対して、「いつか、同じピッチに立てるように待っています。僕も頑張ります」とエールを送って、観客から拍手を送られた。

内田篤人、イベントで鹿島からのオファーには触れず
[2017年12月24日8時1分 紙面から]


ストリートサッカーのエキシビジョンマッチに登場した内田(右)は対決する少年と笑顔で抱擁(撮影・浅見桂子)

 ドイツ2部ウニオン・ベルリンDF内田篤人(29)が23日、都内でアディダス社の「3対3のストリートフットボール」イベントに参加した。

 5分間のエキシビションマッチでは、相手のみせるプレーに対して普通に2得点し「勝ちに徹しました」と笑わせた。出場者に「僕も負けないように頑張ります」と話したが、鹿島アントラーズからオファーを受けている去就には触れなかった。



内田 都内でイベント参加、鹿島からオファーも去就語らず…

イベントに参加し笑顔の(左から)藤田俊哉氏、内田、中田浩二氏ら
Photo By スポニチ


 鹿島から今冬の獲得オファーを受け、去就が注目されるドイツ2部ウニオン・ベルリンのDF内田篤人(29)が23日、東京・渋谷で開催されたアディダス主催の3対3ストリートサッカーのイベントにサプライズ参加した。

 エキシビションマッチに登場すると対戦相手のキッズプレーヤーをハグする場面も。注目の去就については語らなかったが「いつか同じピッチに立てるよう待ってます。僕も負けないように頑張ります」と話していた。
[ 2017年12月24日 05:30 ]


ストリートサッカーのイベントに参加した山本脩斗、中田浩二CRO、そしてウニオン・ベルリンの篤人である。
篤人が公衆の面前に現れたとのことで大きく注目されておる。
山本脩斗と並び、来季の両サイドそろい踏みと気になるところ。
とはいえ、去就についてのコメントはなかったとのこと。
それは当然であろう。
選手自身の気持ちだけで動けるほどフットボール界は簡単では無い。
それはそれとして、脩斗は髪型を変えておる。
パーマを当てた髪は、疾走する姿に良く合おう。
来季もまた活躍が期待される。
楽しみにしておる。

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小笠原満男、岩手県大槌町にてサッカー教室

鹿島小笠原が岩手でサッカー教室、全力でプロの技
[2017年12月23日11時38分 紙面から]


参加した子どもたちにサイン色紙を手渡す鹿島MF小笠原(右)(撮影・林野智)

 岩手県盛岡市出身の鹿島アントラーズMF小笠原満男(38)が22日、岩手・大槌町内で小学生から高校生約50人にサッカー教室(主催・日本プロサッカー選手会)を開いた。

 ミニゲームを中心に、小学生相手にも全力でプロの技を見せつけるなど、約1時間半交流した。参加した大槌サッカークラブの臼沢勇星さん(小5)は「小笠原選手はスピードがあり、体も強かった。もっと努力して、将来は日本代表になる」と目を輝かせていた。小笠原は「自分も最初からうまかったのではなく、一生懸命練習してプロになった。サッカーが出来ることに感謝して、日本代表を目指して頑張って欲しい」とエールを送った。


岩手県大槌町にてサッカー教室を開いた小笠原満男である。
指導を受けた小学生らは将来を夢見て楽しんだことであろう。
満男は、「自分も最初からうまかったのではなく、一生懸命練習してプロになった。サッカーが出来ることに感謝して、日本代表を目指して頑張って欲しい」と語る。
この中から日本の将来を担う若者が出てきて欲しいところ。
楽しみである。

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山形、石川竜也にコーチ就任オファー

山形が退団DF石川竜也にコーチ就任オファー
[2017年12月23日11時24分 紙面から]


山形DF石川竜也

 モンテディオ山形が今季限りで退団となったDF石川竜也(37)にコーチ就任のオファーを出していることが22日、分かった。

 今季は加入11年目で最少の7試合出場に終わった。契約満了で山形を退団して現役続行の道を選んだが、現時点で来季の去就が決まっていない。J1昇格を2度経験した功労者に、山形側から手を差し伸べる形となった。


退団した石川竜也にコーチ就任のオファーを出した山形である。
現役続行の意思表示をしたものの来季の去就が不明の状況とのことで、引退して指導者の道を選ぶ可能性もある。
また、2年前の山形の雰囲気は最悪だったと聞いておる。
そのクラブ体質を変えるためにも石川のような人材を迎え入れることも必要となろう。
どのような決断を下すのであろうか。
石川の去就に注目である。

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鹿島、清水・犬飼に獲得オファー

【清水】DF犬飼を慰留へ…鹿島と名古屋からオファー
2017年12月23日8時0分 スポーツ報知

 J1清水エスパルスのDF犬飼智也(24)を巡り、複数のクラブが獲得に動いていることが22日、分かった。複数の関係者によると、鹿島と来季からJ1に復帰する名古屋からオファーを受けており、来季の契約を残す清水も全力で慰留しているという。

 今季は故障の影響で16試合の出場にとどまった犬飼だが、副将として存在感を発揮。真面目な性格をクラブも高評価していた。関係者は「将来のためにも残ってもらわないと困る選手。こちらの思いも伝えている」と総力を挙げて慰留している。ユース出身のDFリーダーの去就に注目が集まる。


清水の犬飼にオファーを出した鹿島である。
これは面白いところに目を付けた。
U-19日本代表に選出された過去を持つ清水の育成組織出身のCBは、空中戦の強さを誇る。
鹿島サポーターとしては、2015年の清水との開幕戦に於いて、ハンドでボールを掻き出した選手として記憶しておる者が多かろう。
佐藤主審の偏ったジャッジに助けられ事なきを得たが、PK+一発レッドの可能性もあったプレイを選択するメンタリティを、勝利への執着心と取るか無謀と取るか人それぞれであろう。
また、名古屋との競合、そして清水も慰留に動いているとのことで、獲得交渉は難航しよう。
清水には愛着あるであろうし、ブラジルから強力なFWを1100万ユーロ(14.7億円)で引き抜くほどの豊富な資金力を持つ名古屋との勝負は難しい。
犬飼はどのような決断を下すのであろうか。
続報を待ちたい。

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セレッソ・山村、1TOP起用へ

C大阪 MF山村が1トップで先発へ「チャンスは絶対に来る」

C大阪・山村
Photo By スポニチ


 C大阪は21日、あす23日の天皇杯準決勝神戸戦(ヤンマー)に向けて大阪市此花区で調整し、MF山村和也(28)が初めて1トップで先発出場することが濃厚となった。紅白戦で主力組の最前線に入り、連係を確認。左足首の手術で離脱した日本代表FW杉本の代役となる見通しで「得点というところでの責任はあるし、得点以外でも貢献したい」と意気込んだ。

 かつてはボランチとセンターバックを主戦場としながら、今季は尹晶煥監督にトップ下へとコンバートされ再ブレーク。離脱者も多い状況の中、今度は1トップに据えられた。「周りと連動しながら。チャンスは絶対に来るし、決められるよう良い準備をしたい」。C大阪にとっては03年度以来となる決勝進出を、身長1メートル86の万能型がたぐり寄せる。
[ 2017年12月22日 11:36 ]


1TOPでの起用が濃厚となったセレッソの山村である。
紅白戦にて主力組に最前線に入ったとのこと。
鹿島ではCB、ボランチを主戦場とし、昨季もセレッソではボランチ起用されておったが、今季の途中からトップ下にコンバートされ、才能が更に開花した。
この天皇杯準決勝では、ポジションを更に前に上げることとなる。
これは攻撃の核弾頭と言えよう。
山村の得点にてセレッソを決勝に導くのだ。
楽しみにしておる。

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内田篤人、ドクターは治っていると言っている

内田巡り鹿島との交渉へウニオン準備…ドイツ誌報じる
2017年12月22日7時0分 スポーツ報知


ウニオンの内田篤人

 ドイツのサッカー専門誌キッカー(電子版)は21日、鹿島が今冬の獲得に向けて正式オファーを出している2部ウニオン・ベルリンのDF内田篤人(29)について「ウニオンは基本的に交渉に応じる準備ができている」と報じた。

 鹿島は獲得にかかる移籍金(違約金)として推定20万ユーロ(約2700万円)をウニオンに提示している。また、鹿島は15年6月に手術を受けた内田の右膝の状態について、医師から「問題なし」との見解を得ていることが分かった。幹部は「(患部画像を見た)ドクターは治っていると言っている」と明かした。現在、内田サイドとも契約交渉を行っている。


篤人の状況について記す報知新聞である。
独Kicker誌は、ウニオン・ベルリンは「ウニオンは基本的に右SBの彼を手放す構えだろう」と報じておる。
クラブ間合意は間近であろう。
また、篤人の膝については「(患部画像を見た)ドクターは治っていると言っている」と明かす。
これは朗報。
試合勘であったり、その他いくつかの環境が変われば、篤人は再び活躍してくれよう。
鹿島の篤人が帰ってくる日も近い。
楽しみである。

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ケルン・大迫、日本で毎日ランニングしたい

大迫勇也が帰国、肺炎離脱も「熱は1日で下がった」
[2017年12月21日17時46分]


大量の荷物を持ってドイツから帰国したケルンの日本代表FW大迫勇也

 日本代表FW大迫勇也(27=ケルン)が21日、ブンデスリーガの中断期間を利用して千葉・成田空港に帰国した。肺炎を発症していたことが12日にクラブのルーテンベック監督から公表され、ドイツ紙では来年1月中旬まで離脱すると伝えられていた。しかし、マスクをすることなく通常の声で「大ごとになっちゃいましたが、医者がビビらせるために最悪の場合は1月中旬まで、と発表したんです」と笑顔。「1月2日の始動には合わせられると思いますし、日本で毎日ランニングしたい」と話した。

 11月の日本代表の欧州遠征後、せきが出て止まらなくなったという。薬をのみながら、ドイツ1部で最下位に沈むチームのため試合に強行出場していたが、39・5度の熱が出て病院へ。「熱は1日で下がった」というものの、医師から肺炎と診断されたという。点滴を打ち、体重も落ちた。「2歳のころ以来」という肺炎で長期離脱しているが「もう走っても大丈夫です。日本で毎日ランニングしますし、いいタイミングで休みに入ったので、しっかりコンディションを戻せれば」と話した。

 来年のW杯ではコロンビア、セネガル、ポーランドと1次リーグで同組に。「どこも厳しい相手ですし、1戦1戦ですよ、そこは本当に。初戦が大事になると思います。ただ、W杯、W杯と言っていても成長につながらないので、まずはクラブで踏ん張ってドイツで自信をつけないと。例年より苦労した1年なので、ここでリセットして、まらいい結果を出せるようにするだけです」と意気込んだ。

肺炎もう大丈夫!ケルン・大迫、W杯イヤーに向け「リセット」

成田空港着の全日空機で帰国した大迫勇也

 ケルンFW大迫が21日、休暇のために成田空港着の全日空機で帰国した。12日にクラブから肺炎を患ったことが発表されたが、「もう走っても大丈夫」と回復を強調。日本代表ではFWの柱といえる存在感を示したが、最下位に沈むケルンでは低調だった。「例年より苦労した。リセットして結果を出したい」と意気込んだ。

ケルン大迫が一時帰国 肺炎離脱も来年復帰へ「全然大丈夫です」

冬季中断で一時帰国した大迫
Photo By スポニチ


 肺炎で離脱しているケルンのFW大迫がリーグの冬季中断期間のため、成田空港着の航空機で帰国した。11月中旬からせきが止まらなくなり、体温が最高39・5度まで上がったこともあったという。薬や点滴などで快方に向かい、「今は全然大丈夫です」と強調した。

 前半戦を終え、チームは最下位に沈むだけに「リセットして、いい結果を出したい」と切り替えた。来年1月2日のチームの始動に合わせて復帰するという。
[ 2017年12月22日 05:30 ]

ケルン大迫、W杯意識せず「今」に集中
2017年12月22日6時0分 スポーツ報知


リーグ中断期間を利用して帰国した大迫勇也

 日本代表FW大迫勇也(27)=ケルン=が21日、ドイツ1部のリーグ中断期間を利用し、成田空港着の航空機で帰国した。肺炎で復帰は来年1月中旬頃とされていたが、チーム始動日の同1月2日に合流できる見込み。あえてロシアW杯を意識せずに成長することを誓った。

 大迫が自己流でロシアW杯を目指す。「正直、W杯、W杯とだけ言っていても成長にはつながらない」とし、「自分が今、置かれている立場でどれだけ踏ん張って頑張れるかが成長につながる。(W杯は)その先にある。まずはチームでしっかりと結果を出すこと」と誓った。12年ロンドン五輪代表を目標に据えて落選。それを機に「大会に出る」という目標を「大会に出て、点を取る」と上を見るようになった。14年ブラジル大会に続き、自身2度目のW杯出場がかかるロシア大会でもそれを実行していく。「しっかりとドイツで自信をつけてW杯に臨めば点を取るチャンスもできる」

ケルンの大迫がドイツから帰国 肺炎離脱も「もう大丈夫」

ドイツから帰国したFW大迫

 サッカー日本代表FW大迫勇也(27)=ケルン=が21日、ドイツから帰国した。

 12日に肺炎で離脱したが、「もう大丈夫」と全快を強調。ルーテンベック監督が会見で復帰は1月中旬と発表していたが「あれは医者がびびらせるために…。最悪だったら1月中旬って言われて。できるんだったら1月2日から始動に合わせていけると言われていたので。ただ、監督が会見で言っちゃったので、大ごとになってしまいました」と内幕を明かした。

 W杯イヤーを迎え、対戦相手も決定。「簡単な相手はいないので1戦1戦です。初戦が大事だと思うし、そこで乗ることができれば」という。その上で、「今、置かれている立場でどれだけ踏ん張って頑張っていけるか。まずはチームで結果を出してからですね」とまずは低迷するケルンで結果を出してW杯に臨む。


ウィンターブレイクで日本に帰国したケルンの大迫である。
肺炎と報じられたが、既に治癒したとのこと。
ケルンはこの冬、FWを補強しておる。
ポジション争いが激しくなるが、そこで結果を出してこそ。
ケルンを奇跡の1部残留に導くため尽力せよ。
応援しておる。

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鳥栖・青木剛、熊本に移籍

青木 剛選手、サガン鳥栖より完全移籍加入のお知らせ
2017.12.21

このたび、サガン鳥栖より、青木 剛選手が完全移籍加入することが決定いたしましたので、お知らせ
いたします。

青木 剛(あおき たけし)選手

【ポジション】DF
【生年月日】1982年9月28日(35歳)
【身長/体重】183cm/75kg
【出身】群馬県
【サッカー歴】前橋ジュニアFC→前橋育英高校~鹿島アントラーズ~サガン鳥栖
【代表歴】
2000年、2001年 U-19、U-20日本代表
2002年、2004年 U-22、U-23日本代表
2008年、2009年 日本代表
【出場記録】
2001年〔鹿島〕J1リーグ 8試合0得点、カップ戦 0試合0得点、天皇杯0試合0得点
2002年〔鹿島〕J1リーグ13試合0得点、カップ戦 7試合0得点、天皇杯4試合0得点、ACL3試合1得点(※2002-2003年)
2003年〔鹿島〕J1リーグ27試合1得点、カップ戦 4試合0得点、天皇杯4試合1得点
2004年〔鹿島〕J1リーグ20試合0得点、カップ戦 6試合0得点、天皇杯3試合0得点
2005年〔鹿島〕J1リーグ32試合0得点、カップ戦 6試合0得点、天皇杯2試合0得点
2006年〔鹿島〕J1リーグ31試合2得点、カップ戦 6試合0得点、天皇杯4試合0得点
2007年〔鹿島〕J1リーグ30試合0得点、カップ戦10試合0得点、天皇杯5試合0得点
2008年〔鹿島〕J1リーグ34試合2得点、カップ戦 2試合0得点、天皇杯2試合0得点、ACL8試合0得点
2009年〔鹿島〕J1リーグ33試合0得点、カップ戦 2試合0得点、天皇杯3試合0得点、ACL6試合2得点
2010年〔鹿島〕J1リーグ23試合0得点、カップ戦 2試合0得点、天皇杯5試合0得点、ACL6試合0得点
2011年〔鹿島〕J1リーグ23試合0得点、カップ戦 3試合0得点、天皇杯3試合0得点、ACL7試合0得点
2012年〔鹿島〕J1リーグ28試合0得点、カップ戦 9試合0得点、天皇杯5試合1得点
2013年〔鹿島〕J1リーグ34試合2得点、カップ戦 7試合0得点、天皇杯2試合0得点
2014年〔鹿島〕J1リーグ18試合1得点、カップ戦 2試合0得点、天皇杯1試合0得点
2015年〔鹿島〕J1リーグ21試合0得点、カップ戦 3試合0得点、天皇杯1試合0得点、ACL1試合0得点
2016年
〔鹿島〕J1リーグ 1試合0得点、カップ戦 4試合0得点
〔鳥栖〕J1リーグ 7試合0得点、カップ戦 0試合0得点、天皇杯2試合0得点
2017年〔鳥栖〕J1リーグ17試合0得点、カップ戦 5試合0得点、天皇杯2試合1得点
※通算 J1リーグ400試合8得点、カップ戦78試合0得点、天皇杯48試合3得点、ACL31試合3得点

【コメント】
ロアッソ熊本で新たなチャレンジ、経験をさせてもらえる事に、わくわくした気持ちです。
チームの勝利に貢献する為に、自分の役割を全うします。
そして、熊本のファン・サポーター、地域の皆さんに、喜んでもらえるよう誠実に取り組んでいきます。

青木剛選手 ロアッソ熊本へ完全移籍のお知らせ
この度、青木剛選手がロアッソ熊本へ完全移籍することが決定しましたのでお知らせいたします。

「サガン鳥栖から契約更新のありがたい話をもらっていた中で、移籍を決断しました。
1年半という期間でしたが、サガン鳥栖では素晴らしい環境、人に恵まれ、充実した感動的な日々を過ごす事ができました。
皆さんからの声援を受けてスタジアムでプレーし、共に喜び合えたのは、とても幸せな時間でした。
本当に感謝しています。これからもサガン鳥栖の発展を祈っています。ありがとうございました」。


予てから報じられておったように青木剛が鳥栖より熊本に移籍することとなった。
新天地にて活躍してくれよう。
佐藤昭大と共にJ1昇格を狙うのだ。
良い報を待っておる。

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今まさに聞く ~鹿島アントラーズ 昌子源篇

鹿島・昌子源「大丈夫」の雰囲気作り大事/岩政大樹
[2017年12月21日10時0分]


岩政大樹(左)と昌子源(スカパー提供)

 サッカー元日本代表DF岩政大樹(35=関東1部リーグ東京ユナイテッド所属)が、J1鹿島アントラーズの後輩、日本代表DF昌子源(25)にディフェンス論に花を咲かせた。

 岩政はスカパー!のサッカー情報番組「スカサカ!ライブ」の対談コーナー「今まさに聞く!」のメインキャストとして、かつて鹿島アントラーズで一緒にプレーした昌子をインビュー。日本代表にも定着し、Jリーグを代表するセンターバックとなった昌子に対し、互いの見解をぶつけた。

 12月22日(金)の初回放送(21時~)を前に、サッカーファン必見のインタビューの一部をここで紹介する。

    ◇     ◇

 岩政 特に僕がいなくなった時が2013年で、14年から一気にスタメンになったじゃないですか。

 昌子 そうですね。

 岩政 で、意気込んでたのは、もちろんあったと思いますけど、今思うとどうですか? 当時の自分というのは。

 昌子 いやでもやっぱり怖かったですよ、ホントに。センターバックというポジションが多分、そうさせたんだと思うし、僕がもしフォワードでずっといたら、「絶対点とってやる!」とか思って、別に失敗とか多分恐れなかったですけど、失敗したら失点じゃないですか、出始めじゃないですか。「もう終わる…」と思ってたんで。だからもう、すごく一生懸命やったのを覚えてます。

 岩政 センターバックで一番試合出てるような、もう中心みたいになっちゃったじゃないですか。

 昌子 そうですね、はい。

 岩政 で、そうなってくると、チームをもちろん引っ張らなきゃいけないところもあって、そういうこう…何て言うんですかね、2、3段階ぐらい抜けていっちゃったみたいな感じがあったじゃないですか。

 昌子 僕は最初、2014年に出た時、青木さんと組ませてもらってて、青木さんが3節ぐらいで退場したんですよ。で、植田になって。そこからずっと僕と植田になったんですよ。僕も青木さんからずっと学んでて、もちろん大樹さんとか中田浩二さんとかを見て学んでたんですけど、青木さんが急にいなくなったというか、出られなくなって直(植田)になったら、次は僕が引っ張らないといけないというので、そういうのでも結構あのシーズンはしんどかったですね。何を言えばいいのかも分からないし、じゃあプレーで見せるといってもそんなに、まだ僕も出始めで分からないしで。結構、鍛えられましたね。

 岩政 その時に、何を考えて自分で、ここ、どうしていこうという風にやってました? 必死だったのももちろんあると思うんですけど、その中で、どういうことを考えてました?

 昌子 こんなこと言ったら何か、ちょっとかっこ悪いんですけど、正直その時はチームのためとは思ってなかったです。もう自分のために、やってました。今とは全然違う考え方で、プレーをしてました。

 岩政 その感覚って、すごく若手に大切ですよね。それが意外と、最初にチームから入っちゃうと、なかなか伸び伸びやれないけど、あそこで思い切って、自分にまずフォーカスしてやれたっていうのはすごく、大きかったですよね。

 昌子 まぁ一応先輩とかになったんで、僕が直を引っ張ろうと思ってたんですけど、もう実際に直のこととか考えてなかったです。もう全部自分のためにやろうと思ってやってたのが、良かったのかなと。今はチームのために考えてやったりしますけど、その当時は、周りのことなんか気にしたことなかったです。

 岩政 へぇー。そのメンタリティーって、僕も最初ね、付き合ってるからよくわかるけど、そのメンタリティーがない子って、なかなか若い時から出てこないんですよ。だから僕は昌子選手は、必ず若い時からくると思っていて。

 昌子 ありがとうございます。

 岩政 そのメンタリティーって、どうなんだろ。元々持ってる性格的なところもあると思うんだけど。ポジティブですか?自分としては。

 昌子 ネガティブから入ります。

 岩政 あ、ネガティブなんだ、一応。

 昌子 相手のスカウティングするじゃないですか。相手の守備のスカウティングすると、だいたい弱点とか言うんですよね。入れられてるシーンとか。

 昌子 でも相手の攻撃のスカウティングになると、いい部分ばっかり挙げるんですよ。僕ら守備の選手は。

 岩政 確かに。

 昌子 こいつらメッチャうまいやん!と。

 岩政 そうそうそうそうそう!

 昌子 すごく良く映るんですよ。

 岩政 わかる、わかる! うん!

 昌子 だから「すげぇ、こいつら絶対うまいわ…」とか。相手が点決めたシーン見たら、あー俺がこれ相手の立場だったら、俺もやられてたな…とか思うんですよ。で、試合になれば、「よっしゃ、やったろ!」みたいな感じですね。だからネガティブから入ります。でも何かこう、2014年の時とかもそうでしたけど、点入れられた時、特に僕のミスから入れられたら、すごく引きずってたけど、今は別に何言われようが、全然ビクともしなくなりました。

 岩政 ネガティブとか、もしくは自分がそうやって落ち込んでたって、おっしゃってるんですけど、多分、周りの選手は、そこまで見えてなくてってところは、そういう風に見せてるところはあるんですか?

 昌子 いや、気にしてはなかったです。今はちょっとこう、ありますよ、やっぱり。

 岩政 見せられないっていう。

 昌子 そうですね。直もいて、前には(三竿)健斗もいて、もちろん失点しても「大丈夫!」って言うし。僕、町田と組む時も、神戸戦を観たかわかんないですけど、町田のマークから入れられた。ああいう時もやっぱり、「全然大丈夫だから下向くな!」って言われましたし。僕、Jリーグ初先発、初出場じゃなくて初先発を僕、FC東京戦でホームやったんですよ。で、大樹さんのミスで入れられたんですよ。

 岩政 えっ?

 昌子 言っちゃ悪いけど、僕からしたら、初スタメンで「大樹さんやってくれた…」みたいな、「何してくれとんねん!」みたいな感じでやっとったら、大樹さんは全然悪そうじゃなくて、「ごめん!源!」みたいな、「切り替えてやろう!」みたいな、「大丈夫やから」みたいな言ってくるんですよ。でも、言いたいのは俺なんですよ。

 岩政 (笑い)

 昌子 「大樹さん大丈夫!大樹さん大丈夫!そんなの気にしないでください!」みたいな。

 岩政 あ、なるほど。

 昌子 やのに何か、あたかも「お前が悪い」みたいじゃないですけど、「源、大丈夫やから」みたいな。言ってきて大樹さんが。

 岩政 (笑い)

 昌子 それで実際、逆転したんですよ。逆転で勝ったんですよ。

 岩政 勝ったのは覚えてる俺。

 昌子 で、ホンマに大丈夫なんや。センターバックなんで、1点も入れられないのがベストですけど、「1点入れられても大丈夫だから!俺たちに任しとけ!」みたいなという空気を作ってくれたんで。だから僕も特に町(町田浩樹)とか、もう直はね、ずっと出てるんですけど、最近出始めた子、町とかそういう選手には「大丈夫だから!」。で、神戸戦ですよ。町のマーク入れられました。「町、大丈夫!」。そのまま負けました(笑い)

 岩政 (笑い)まあでもね、試合の中で大丈夫!と言うことが大事だから。

 昌子 でもそのまま負けてしまったので、ちょっとあれでしたけど、そういう雰囲気を先輩の僕らが今、作っていくというのは、大事なのかなというのは、そういうので学んできましたね。

 ◆放送情報 スカサカ!ライブ 「今まさに聞く ~鹿島アントラーズ 昌子源篇~前編」

 ▽初回放送 12月22日(金) 21:00~22:30

 ▽放送チャンネル  スカサカ!(800/580)他 ※再放送多数


源を迎えて対談した岩政大樹である。
同じCBとしてディフェンス論に花が咲く。
やはり、CBは経験が大事であることや、気持ちの持ちよう、メンタルの重要性が伝わってくる。
良い伝統が岩政から源に、そして植田や町田に伝わっていくこともよくわかる。
鹿島というクラブの素晴らしさの一つであろう。
これからも、鹿島の守備の文化を継承していって欲しい。
楽しみにしておる。

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鹿島、女性を惹きつける魅力

女性を引きつける戦略
フットボールの熱源(吉田誠一)
2017/12/19 23:53日本経済新聞 電子版

 2015.16年シーズンのイングランド・プレミアリーグの入場者の25%が女性だった。かつて英国のサッカー場といえば女性が敬遠する粗暴な世界だっただけに、この数字には驚く。

 Jリーグはどうかというと、16年のJ1観戦者の女性の割合は36.5%。比率が最も高いのは44.0%の鹿島だった。硬派のイメージの強いクラブだけに、意外に思う人もいるだろう。

 女性が集まるかどうかは、女性に優しい観戦環境かどうかにかかっている。カシマスタジアムは増築時にクラブの要望で女性トイレを302まで増やした。男性用の小便器の346とさほど変わらない。今年は東京、千葉から女性専用の特典付き送迎バスを出した。

 女性が鹿島に関心を抱く要因はまだある。他クラブに先駆けて始めたスタジアムグルメの充実、SNS(交流サイト)に投稿した写真をスタジアムで印刷できるサービス、若い女性利用者が多いフリマアプリのメルカリとのスポンサー契約。アウェーユニホームをハイパーピンクにしたことも女性を引きつけた。

 鹿島にはOBのレオナルド、柳沢敦、中田浩二、柴崎岳、現所属の土居聖真と伝統的にイケメンが多い。これをクラブは「資産」と捉え、イメージ戦略を進めてきた。15年にクラブの企画で女性ファッション誌「CanCam」のグラビアに西大伍を登場させ、同誌の別冊付録では柴崎、土居が取り上げられた。

 これまで情報が届かなかった層に興味を抱いてもらうため、クラブの月刊誌やポスターもビジュアルを重視し、洗練されたものに変えてきた。こうした戦略は女性スタッフが主導したものではないらしいが、各クラブが女性の視線をもっと取り入れると、スポーツ興行の質がだいぶ変わるのではないかと思えてくる。

(吉田誠一)


鹿島の女性動員について記す日本経済新聞の吉田氏である。
J1観戦者の女性の割合は36.1%、イングランド・プレミアリーグは25%とのこと。
それに対し鹿島はJ1で最も女性比率が高く44%と集計される。
これはある意味素晴らしいことと言えよう。
女性が安心して楽しめる環境を提供しておるのだ。
増築した際に女性トイレを増やし、また東京・千葉からは女性専用の特典付き送迎バスを出すなど、インフラ面の充実は大きい。
そして、イケメン率の高さについても吉田氏は語る。
確かにそれを感じることは多い。
この冬に篤人が帰ってくれば、更にイケメン率は上がろう。
若手でも、カワイイ系の和音や正統派の裕葵がおる。
いぜれにせよ、女性が安心して応援出来、贔屓の選手が活躍して勝利するスタジアムは最高と言えよう。
これからも多くの女性がスタジアムに訪れて欲しい。
共にイケメンのクラブを応援しよう。
最高である。

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さらば梅鉢

梅鉢選手がツエーゲン金沢に移籍
2017年12月21日(木)

梅鉢 貴秀選手がツエーゲン金沢に完全移籍することとなりましたので、お知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名: 梅鉢 貴秀(うめばち・たかひで)
■生まれ: 1992年6月8日、大阪府生まれ
■サイズ: 176センチ、67キロ
■ポジション: MF
■経歴: 高槻FC-如是中-関西大第一高-鹿島アントラーズ(2011)-モンテディオ山形(2016)-鹿島アントラーズ(2017)

■公式戦成績
J1リーグ通算 27試合2得点
J2リーグ通算 4試合0得点
リーグカップ通算  10試合1得点
天皇杯通算 5試合0得点
AFCチャンピオンズリーグ 4試合0得点
スルガ銀行チャンピオンシップ 1試合0得点

■梅鉢選手コメント
「この度、金沢に完全移籍することが決まりました。僕は今年、チームの掲げた目標達成のため自分にできることがあると信じ、アントラーズへ戻ってくる決断をしました。今季、リーグ以外のタイトルを失うことが決まった全ての試合を、僕はベンチから見つめ、力不足を強く感じました。それでも、チームメートからの信頼を感じながらプレーできたこと、日本最高の選手たちの背中を見ながらプレーすることで、僕は今年、大きな自信を手に入れることができました。この経験を生かして、自分自身を高め続けていこうと思います。もうアントラーズのために戦うことはできないけれど、ここには最高のファミリーがいます。また笑顔で再会できるよう、戦い続けたいと思います。7年間、ありがとうございました」

梅鉢 貴秀 選手  鹿島アントラーズより完全移籍加入のお知らせ
この度、2018シーズンより鹿島アントラーズ MF梅鉢 貴秀 選手が、ツエーゲン金沢へ完全移籍にて加入することが決定いたしましたので、お知らせ致します。

■梅鉢選手コメント

「試合に出て自分を高めたいと思い金沢へ移籍することを決めました。2年以上も試合に絡んでいない僕を評価してくれた監督、クラブに対して、自分のすべてを懸けて戦う準備ができています。プレーを通して伝えたいことがあり、プレーをする中で感じたいことがあります。チームの勝利のために、全てを注ぎます。」


金沢に完全移籍が決まった梅鉢貴秀である。
今季はACLにも出場し、微力ながらチームに貢献した。
とはいえ、同期の岳がスペインに旅立っていき、源がキャプテンを任され、聖真がポジションを得ていく中で、出遅れた感は否めぬ。
ここは、自らを見直し、出直しの気持ちで心機一転、力を発揮して欲しいところ。
鹿島出身の大橋やレンタル中の垣田もおり、金沢の文化に馴染めぬということはなかろう。
大橋の横で持ち前の攻撃力、ファンタジーを発揮していくのだ。
梅鉢の活躍を楽しみにしておる。

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古賀聡氏、名古屋グランパスU-18監督就任

早大・古賀監督がU-18指揮 教え子の秋山とともに来季新加入
2017年12月21日 紙面から

 来季の名古屋グランパスU-18(18歳以下)監督に、早大・古賀聡監督(47)の就任が内定した。関係者が明らかにした。古賀さんは現役時代に鹿島や広島でプレーし引退後は鹿島ユースの監督などを務めた。2010年から早大を指揮し、来季のグランパス加入が決まっている早大4年のMF秋山陽介らを育てた。


名古屋グランパスU-18監督に就任する古賀聡氏である。
鹿島ユースを指導した経験を名古屋の育成部門にて生かすこととなる。
手腕発揮を楽しみにしておる。

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札幌・ジェイが挙げる日本人DF

札幌FWジェイが称賛する「3人の日本人DF」 元英代表の記憶に刻まれた才能とは?
加入5カ月間で14試合10ゴール J1で猛威を振るった助っ人が認めた3選手

 11月26日のJ1第33節、敵地でのガンバ大阪戦(1-0)で北海道コンサドーレ札幌の元イングランド代表FWジェイは貴重な先制点を挙げた。今季の札幌は秋口まで敵地でのゲームは未勝利だったが、シーズン終盤になってアウェー3連勝。その3試合で全得点を奪ったのが、ジェイである。

 また12月2日のホームでの最終節サガン鳥栖戦(3-2)でも芸術的なボレーでゴールを奪っており、これで7月に札幌に加入してからの5カ月間で14試合10得点。圧倒的な得点力を見せつけた長身ストライカーに、そのなかでも手を焼いた日本人DFの名前を挙げてもらった。

「日本人選手の名前を覚えるのは苦手なんだよ(笑)」と苦笑しながらも、最初の選手の名前はスムーズに出てきた。

「マキノ(槙野智章/浦和)だね」

 浦和の最終ラインを支える日本代表DFは、「粘り強い守備もそうだけれど、テクニックもある。攻撃の起点を担うこともできるので、前線からの守備をするこちらとしては厄介な選手だよ」とした上で、「彼とは過去にも対戦しているから、良い選手だということは良く知っている。ヨーロッパでもプレーしていたよね? 左サイドでもプレーする、レベルの高い選手だ」とジェイは称賛した。

 続いて2人目の選手名を挙げようとした元イングランド代表FWは、「えーと、ちょっと待ってね……」と自らのスマートフォンを操作し始めた。「確か、レイソルのナンバー4だったと思うんだけれど……。うん、彼だ」と言って見せてきた画面に表示されていたのは、柏レイソルの若きセンターバック、DF中谷進之介だった。

日本の将来を背負う若手CBの伸びしろに期待

「彼はまだ若いんだよね? 21歳? それはこれからが楽しみだね」と、柏のアカデミーから輩出された実力派CBの伸びしろに期待感を示した。「彼は若いのに、ものすごく落ち着いてプレーをしていた。試合では私が得点しチームとしても勝利することができたけれど、彼の冷静な守備は印象に残っているよ」

 そして3人目は「カシマのセンターバックだね。二人とも若くて良い選手だったけれど、敢えて挙げるならウエダ(植田直通/鹿島)の方かな」と、欧州移籍も噂される鹿島の砦の名前を発した。

「パワーがあるし、安定感もある。そして何よりも集中力が素晴らしい。隙を見せる場面がほとんどない。カシマという強いチームで、日々、厳しい競争をしているのだろうね」と、プレーの背景にあるものまでも見通した。

 今年は夏までフリーの立場ながらも、夏から加入した札幌で爆発的な活躍を見せているジェイ。シーズン開幕時からプレーしていたなら、果たして何点取っていたのだろうか と気になるほどの得点力を見せたストライカーが“認めた”3人のDF。来季ジェイと彼らとの再戦が実現したならば、試合後に改めて感想を聞いてみたい。 

【了】

斉藤宏則●文 text by Hironori Saito


札幌のジェイが賞賛する日本人DFに名を挙げられた植田である。
元イングランド代表を抑えきったCBとして賞賛されておる。
ジェイは、「カシマのセンターバックだね。二人とも若くて良い選手だったけれど、敢えて挙げるならウエダ(植田直通/鹿島)の方かな」と源と二人を挙げた上で、敢えて植田を選択した。
そして、「パワーがあるし、安定感もある。そして何よりも集中力が素晴らしい。隙を見せる場面がほとんどない。カシマという強いチームで、日々、厳しい競争をしているのだろうね」と評する。
鹿島というクラブの持つ伝統と風格も理解しておることが伝わってくる。
鹿島のCBは日本を代表する集中力を持つ。
来季もまた、完封試合を積み重ね、更に名を上げていくのだ。
楽しみにしておる。

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ファン・ソッコ、清水入団

ファン ソッコ選手(天津泰達足球倶楽部)
完全移籍にて加入決定のお知らせ

2017.12.20

このたび、天津泰達足球倶楽部のファン ソッコ選手が、完全移籍にて加入することが決定しましたので、お知らせいたします。

ファン ソッコ  (Hwang Seok Ho) DF

【 出 身 地 】   
大韓民国 

【 生年月日 】   
1989年6月27日

【身長/体重】   
183cm/80kg

【 利 き 足 】   


【 選 手 歴 】   
雲湖中 - 雲湖高- 大邱大- サンフレッチェ広島(2012) - 鹿島アントラーズ(2015) - 天津泰達足球倶楽部(2017)

【 2017成績 】   
中国スーパーリーグ(15試合/0得点)

【 通算成績 】   
J1リーグ(92試合/3得点)、リーグカップ(12試合/1得点)、天皇杯(6試合/0得点)、中国スーパーリーグ(15試合/0得点)、ACL(14試合/1得点)、FCWC(3試合/0得点)

【ファン ソッコ選手コメント】
『伝統ある清水エスパルスに加入でき、とても光栄に思います。チームの選手、スタッフ、サポーターの皆様と一体となり、ACL出場を目指していけるよう、チームの勝利に貢献したいと思います。ぜひスタジアムに来て、たくさんの応援をよろしくお願いします』


予てから報じられておったように清水に加入するファン・ソッコである。
ACL出場を目指すべく戦うとのこと。
このファン・ソッコ要する清水を倒すべく来季は戦う。
対戦が楽しみである。

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昌子源、Jリーグ最多16完封を記録

鹿島・昌子源が最多16完封、自身初フルタイム出場
[2017年12月20日9時18分 紙面から]


鹿島DF昌子源(2017年11月26日撮影)


個人完封ランキング


<2017ニッカン・フットボール・アウォーズ:J1守備編>

 「ニッカン・フットボール・アウォーズ」の第2回はJ1守備編。

 ◆完封王 フル出場してチームが無失点だった試合を完封とすると、フィールドプレーヤーでは鹿島アントラーズDF昌子が16完封で最多。今季はプロ7年目で初のフルタイム出場も達成。日本代表でも主力となり東アジアE-1選手権ではキャプテンマークを巻いた。


Jリーグ 2017年シーズンの守備について報じる日刊スポーツである。
完封回数にて首位の記録を達成した昌子源が表彰される。
これは素晴らしい。
今季はまた、リーグ戦全試合フル出場をタカしており、これもまた誇らしい記録である。
怪我がなかったことに加え、退場や累積警告がなかったということは、源が如何にクリーンな主②をしているかがわかる。
この記録が物語るように源はJリーグ屈指のCBとして名を上げておる。
来季もまた同様に活躍してくれよう。
楽しみである。

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佐藤昭大、熊本と契約更新

契約更新選手のお知らせ
2017.12.20
下記の通り、2018シーズンの契約を更新した選手についてお知らせいたします。

佐藤昭大選手

・ポジション/背番号:GK/30
・2017年出場記録:J2リーグ10試合/1得点、天皇杯0試合/0得点


熊本と契約を更新した佐藤昭大である。
来季は正GKのポジションを取り戻し、J1昇格へ尽力するのだ。
活躍の報を待っておる。

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鳥栖・青木、熊本移籍へ

【J2熊本】元代表DF青木獲得へ 守備立て直し
2017/12/20 09:27
©株式会社熊本日日新聞社

 J2ロアッソ熊本がJ1鳥栖から元日本代表のDF青木剛(35)を獲得する方向で最終調整していることが19日、分かった。青木はJ1リーグ戦に通算400試合出場しており、経験豊富なDFの加入が実現すれば、今季不安定さを見せたロアッソの守備ラインの立て直しが進みそうだ。

 青木は群馬県出身で身長183センチ、体重75キロ。2001年に前橋育英高からJ1鹿島に入り、長く主力を務めた。08年と09年に日本代表に選出。16年途中からは鳥栖に移り、今季は17試合に出場した。ただ、終盤戦は出番を徐々に失っており、出場できる環境を求めて移籍に傾いたとみられる。(野方信助)

(2017年12月20日付 熊本日日新聞朝刊掲載)


鳥栖の青木を獲得する熊本である。
これは大きな報。
今季は鳥栖にて出場機会を得るものの、シーズン終盤は出番を失っておった。
熊本は、J2にてPO圏内を目指すも、守備の不安定さで後塵を拝しておった。
ここは守備の立て直しを図る意味でも良い補強となろう。
公式発表を待ちたい。

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曽ケ端準、在籍歴世界第三位

鹿島GK曽ヶ端、「在籍歴」の長さは世界3位?他にも日本人選手が上位に


2017/12/20 06:50
Written by 編集部S
Image by Gettyimages


38歳になった今季も現役バリバリだったGK曽ヶ端準。

シーズン開幕直後は新加入GKクォン・スンテにポジションを譲っていたが、中盤戦以降でレギュラーの座を掴み、23試合でゴールマウスを守った。

そんな曽ヶ端と言えばプロデビューから鹿島アントラーズ一筋であり、在籍は今年で20年を迎える。

一つのチームでこれだけ長くプレーする選手も珍しいということで、『transfermarkt』を使ってその在籍歴のランキングを調べてみた。

すると…



曽ヶ端は世界3位という結果に!(ローン移籍は除く)

1位につけるのはキプロス出身のMFクリストス・ポヤジスで、プロデビュー以降した1995年から22年間にわたってエスニコス・アチナ(キプロス1部)に在籍。

また、ドイツ出身のGKホルガー・ベッツはユース時代からSSVウルム1846(ドイツ4部)一筋で、在籍歴は20年を経過した。

曽ヶ端の鹿島での在籍歴はこの2人に次ぐようで、世界でもかなり長い方であるという。

また、表を見ても分かる通り他にも日本人が多くランクインしており、サンフレッチェ広島で19年目を過ごした森崎和幸と名古屋グランパスで19年目を過ごした楢崎正剛が5位に、またガンバ大阪で17年を過ごした遠藤保仁が12位に入っている。


クラブ在籍歴のランキングを調査したQoly誌である。
世界第3位に曽ケ端が挙げられるとのこと。
これは素晴らしい。
まさにワン・クラブマン。
鹿島の歴史に名を刻み込み、そして実績を積み重ねておる。
来季もまた21年目を迎えようとしておる。
多くの勝利を共に分かち合おうではないか。
誇りである。

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でも、篤人だから

鹿島幹部、DF内田の獲得期待 交渉「うまくまとまればいい」

リーグの冬季中断期間のため帰国したドイツ2部ウニオン・ベルリンDF内田
Photo By スポニチ


 獲得オファーを出したドイツ2部ウニオン・ベルリンの元日本代表DF内田について、鹿島の幹部は「(交渉が)うまくまとまればいい」と話した。

 内田はシャルケ時代の15年6月に右膝膝蓋(しつがい)腱を手術。今夏のウニオン・ベルリン移籍後も肉離れでリーグ戦出場は2試合にとどまっており、不安は残る。「普通なら獲らない。でも、篤人だから(オファーを出した)」と同幹部。ピッチ外も含めた鹿島における存在価値の大きさが、ラブコールにつながったことを明かした。
[ 2017年12月20日 05:30 ]

【鹿島】強化責任者の鈴木常務、内田に期待「勝ち方を知る選手」
2017年12月20日7時0分 スポーツ報知


鹿島時代に背番号2をつけ活躍した内田

 鹿島で強化責任者を務める鈴木満常務(60)が19日、獲得オファーを出している元日本代表DF内田篤人(29)への期待を口にした。

 内田が所属するドイツ2部ウニオン・ベルリンに対し、レターを送ったことを認めた上で「戦力としてもそうだが、勝ち方を知る選手で、うちに来てくれればプラスになる」と説明。獲得にかかる費用は推定20万ユーロ(約2700万円)と判明し「(MF小笠原)満男らが受け継いできたもの(練習の緊張感など)を受け継げる選手だ」と期待を寄せた。

 また、この日自主トレでクラブハウスを訪れたGK曽ケ端準(38)も「3連覇を経験しているし勝ちを知る選手。来たらチームにとってもプラスになる」と明かした。鹿島は今後、相手クラブ、本人との交渉に臨むとみられる。



篤人へのオファーについて口を開いた鈴木満常務強化部長である。
「普通なら獲らない」としながらも、「でも、篤人だから」と語る。
それほど篤人の存在感、経験を重視したことが分かる。
そして、西の負傷を受けて、右SBの緊急補強の一環かと思ったが、そうではない様子。
「勝ち方を知る選手で、うちに来てくれればプラスになる」という言葉が示すように、プレイヤーとしての篤人以上に、ピッチ内外での振る舞いや持っている思考、そして移籍前から培った鹿島イズムが期待される。
篤人だからこそ鹿島にいて欲しい。
交渉の結果を待ちたい。
良い報を待っておる。

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鈴木隆行氏、思いやりがある愛される監督になりたい

鈴木隆行さん、引退試合へ 「愛される監督」目標に
ケーズスタで来月13日 鹿島、水戸での経験糧


来年1月13日に引退試合を控える鈴木隆行さん

来年1月13日にケーズデンキスタジアム水戸で引退試合を行う元サッカー日本代表FWの鈴木隆行さん。1995年にJ1鹿島でプロサッカー選手として歩みはじめ、J2水戸などを経て2015年にJ2千葉で現役引退した。21年間の現役生活や今後の人生について聞いた。 (報道部・岡田恭平)


-プロ生活を始めた鹿島で得たものは。

鹿島はとにかく練習から100パーセントの力を出し切り、一切手を抜くことがない。それをみんながやっていた。若い頃から鹿島でやっていたことで、その姿勢が身に付いた。

-一度はアメリカのクラブで現役引退を決めた2011年、東日本大震災で被害のあった水戸に加入した。

水戸は足りないことがたくさんあった。自分が少しでもプレーしたり、チームメートにアドバイスすることで成長させられればと思っていた。プレーするチャンスをもらうことができ、やはりプレーするのが一番楽しいと感じた。サポーターには最初から受け入れてもらい、ありがたい環境だった。地元チームに入って良かったと思った。

-現在の鹿島をどう見ているか。

サッカーだけでなく、しっかりとしたクラブ(運営)であることを継続して守っている。「昔は良かったけど…」ということがなく、一貫していいチームであり続けているのはうれしいこと。

-水戸については。

予算が少なく苦しい経営の中でも、しっかりとしたチーム運営をしている。これからも成長しないといけないし、J1に上がるクラブになってほしいと常に願っている。

-引退試合への思いは。

2年越しだが、これで選手として区切りを付ける。次はプロの監督という夢に向かって進んでいく。

-豪華なメンバーがそろう。

日本代表で一緒に戦った選手たちとはもう一度、最後にプレーできればと思っていた。水戸選抜も苦しい時期を一緒に戦った選手とまたサッカーをしたいので集まってもらった。

-どんな試合を見せたいか。

公式戦と同じように全力でプレーし、サッカーの楽しさを見せたい。(自身は)FWなので得点は取りたい。

-指導者として現在取り組んでいることは。

東京のチームで幼稚園生から中学1年生までを1日4時間、週5回指導している。中学生以下の選手にいかに理解させ、動かすかというのは非常に勉強になっている。

-理想の指導者像は。

時代に合ったサッカーを教えられること、そして選手に思いやりがある愛される監督になりたい。

■鈴木隆行(すずき・たかゆき)
1976年6月5日生まれ。日立市出身。日立・泉丘中-日立工高卒。1995年に鹿島に加入。以降CFZド・リオ(ブラジル)、市原(現千葉)、川崎、ゲンク(ベルギー)、ゾルダー(同)への期限付き移籍を経て、2006年にレッドスター(当時セルビア・モンテネグロ)に完全移籍。その後は横浜M-ポートランドティンバーズ(米国)-水戸-千葉でプレーした。日本代表では02年W杯日韓大会で初戦のベルギー戦で得点を挙げるなどし、16強入りに貢献した。国際Aマッチ55試合出場、11得点。J1通算108試合出場17得点、J2通算は128試合24得点。現役引退後はプロの監督を目指し、来年2月にJリーグで監督を務めるために必要な資格である公認S級コーチに認定される見込み。


鈴木隆行氏にインタビューを敢行した茨城新聞の岡田記者である。
所属したクラブのこと、引退試合に向けて、そして理想の指導者像について語る。
鹿島については、「サッカーだけでなく、しっかりとしたクラブ(運営)であることを継続して守っている。「昔は良かったけど…」ということがなく、一貫していいチームであり続けているのはうれしいこと」と言う。
的を射ておる。
ブレずに歴史を積み重ねる鹿島というクラブを正しく評価しておると言えよう。
また、理想の指導者像は「時代に合ったサッカーを教えられること、そして選手に思いやりがある愛される監督になりたい」と言いきる。
期待させるものがある。
選手時代同様愛される監督となろう。
隆行氏が造りあげたチームはどのようなモノになるのであろうか。
将来を楽しみにしたい。

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本田拓也、山形と契約更新

選手契約更新のお知らせ
2017年12月19日(火)

モンテディオ山形では、次の選手との契約を更新致しましたのでお知らせします。

児玉 剛選手 Tsuyoshi KODAMA
生年月日:
1987年12月28日(29歳)

身長体重:
183cm、84kg

出身地:
大阪府

ポジション:
GK

前所属:
愛媛FC

今季出場記録:
J2リーグ戦 38試合0得点、天皇杯1試合0得点


栗山 直樹選手 Naoki KURIYAMA
生年月日:
1990年12月8日(27歳)

身長体重:
180cm、77kg

出身地:
静岡県

ポジション:
DF

前所属:
ジェフユナイテッド千葉

今季出場記録:
J2リーグ戦 10試合2得点、天皇杯2試合0得点


阪野 豊史選手 Toyofumi SAKANO
生年月日:
1990年6月4日(27歳)

身長体重:
181cm、81kg

出身地:
埼玉県

ポジション:
FW

前所属:
愛媛FC

今季出場記録:
J2リーグ戦 42試合13得点、天皇杯2試合0得点


本田 拓也選手 Takuya HONDA
生年月日:
1985年4月17日(32歳)

身長体重:
177cm、75kg

出身地:
神奈川県

ポジション:
MF

前所属:
清水エスパルス

今季出場記録:
J2リーグ戦 36試合0得点、天皇杯1試合0得点


南 秀仁選手 Shuto MINAMI
生年月日:
1993年5月5日(24歳)

身長体重:
177cm、71kg

出身地:
神奈川県

ポジション:
MF

前所属:
東京ヴェルディ

今季出場記録:
J2リーグ戦 2試合0得点、天皇杯0試合0得点


摂津 颯登選手 Hayato SETTSU
生年月日:
1996年10月5日(21歳)

身長体重:
190cm、80kg

出身地:
秋田県

ポジション:
GK

前所属:
モンテディオ山形ユース

今季出場記録:
J2リーグ戦 0試合0得点、天皇杯0試合0得点


山形と契約を更新した本田拓也である。
来季は悲願のJ1昇格に導いて欲しいところ。
ヒゲパス、ヒゲタックルで躍動するのだ。
活躍の報を待っておる。

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鈴木隆雅・石神直哉、移籍リストに記載

移籍リスト
いずれのクラブも、下記選手と移籍に関する交渉を行うことができます。

第18-03号 2017年12月19日現在
選手氏名 生年月日 最終所属クラブ 契約終了日 リスト登録日 備考
守田 創 1992/5/14 グルージャ盛岡 2018/1/31 2017/12/5  
金 弘淵 1990/6/12 グルージャ盛岡 2018/1/31 2017/12/5  
盛田 剛平 1976/7/13 ザスパクサツ群馬 2018/1/31 2017/12/5  
永井 雄一郎 1979/2/14 ザスパクサツ群馬 2018/1/31 2017/12/5  
村田 翔 1987/4/2 ザスパクサツ群馬 2018/1/31 2017/12/5  
鈴木 雄太 1987/5/28 ザスパクサツ群馬 2018/1/31 2017/12/5  
大沢 朋也 1984/10/22 カマタマーレ讃岐 2018/1/31 2017/12/5  
綱田 大志 1984/4/5 カマタマーレ讃岐 2018/1/31 2017/12/5  
山本 翔平 1982/8/29 カマタマーレ讃岐 2018/1/31 2017/12/5  
YOON SEON HO 1995/11/8 カマタマーレ讃岐 2018/1/31 2017/12/5  
EVSON PATRICIO
VASCONCELOS DO NA 1990/12/9 カマタマーレ讃岐 2018/1/31 2017/12/5  
木島 良輔 1979/5/29 カマタマーレ讃岐 2018/1/31 2017/12/5  
寺田 紳一 1985/6/10 横浜FC 2018/1/31 2017/12/5  
小宮山 尊信 1984/10/3 横浜FC 2018/1/31 2017/12/5  
大久保 哲哉 1980/3/9 横浜FC 2018/1/31 2017/12/5  
津田 知宏 1986/5/6 横浜FC 2018/1/31 2017/12/5  
楠元 秀真 1992/9/12 横浜FC 2018/1/31 2017/12/5  
北野 貴之 1982/10/4 横浜FC 2018/1/31 2017/12/5  
野崎 陽介 1985/2/16 横浜FC 2018/1/31 2017/12/5  
石井 謙伍 1986/4/2 北海道コンサドーレ札幌 2018/1/31 2017/12/5  
松井 謙弥 1985/9/10 大宮アルディージャ 2018/1/31 2017/12/12  
飯田 涼 1993/11/5 SC相模原 2018/1/31 2017/12/12  
山田 晃平 1989/1/8 FC岐阜 2018/1/31 2017/12/12  
鈴木 潤 1993/7/30 FC岐阜 2018/1/31 2017/12/12  
常澤 聡 1985/7/31 FC岐阜 2018/1/31 2017/12/12  
安藤 淳 1984/10/8 松本山雅フットボールクラブ 2018/1/31 2017/12/12  
那須川 将大 1986/12/29 松本山雅フットボールクラブ 2018/1/31 2017/12/12  
武井 択也 1986/1/25 松本山雅フットボールクラブ 2018/1/31 2017/12/12  
齊藤 隆成 1994/4/30 京都サンガF.C. 2018/1/31 2017/12/12 水戸ホーリーホック期限付移籍中(~2018/1/31)
大西 勇輝 1996/7/30 京都サンガF.C. 2018/1/31 2017/12/12 奈良クラブ期限付移籍中(~2018/1/31)
Cristian Alex da Silva Santos 1993/12/1 FC岐阜 2017/12/31 2017/12/12  
DE ANDRADE HENIK LUIZ 1989/9/8 FC岐阜 2017/12/31 2017/12/12  
井澤 惇 1989/7/23 徳島ヴォルティス 2018/1/31 2017/12/12  
相澤 貴志 1982/1/5 徳島ヴォルティス 2018/1/31 2017/12/12  
冨田 大介 1977/4/24 徳島ヴォルティス 2018/1/31 2017/12/12  
木村 祐志 1987/10/5 徳島ヴォルティス 2018/1/31 2017/12/12 ロアッソ熊本期限付移籍中(~2018/1/31)
濱田 武 1982/12/21 徳島ヴォルティス 2018/1/31 2017/12/12  
山村 佑樹 1990/8/1 水戸ホーリーホック 2018/1/31 2017/12/12  
角口 大征 1996/7/15 水戸ホーリーホック 2018/1/31 2017/12/12 東京武蔵野シティフットボールクラブ期限付移籍中(~2018/1/31)
菅野 哲也 1989/8/30 AC長野パルセイロ 2018/1/31 2017/12/12  
塩沢 勝吾 1982/9/9 AC長野パルセイロ 2018/1/31 2017/12/12  
阪田 章裕 1984/5/16 AC長野パルセイロ 2018/1/31 2017/12/12  
武田 大 1989/10/24 AC長野パルセイロ 2018/1/31 2017/12/12  
野崎 雅也 1993/8/3 AC長野パルセイロ 2018/1/31 2017/12/12  
小林 秀征 1994/6/17 AC長野パルセイロ 2018/1/31 2017/12/12  
安田 晃大 1989/8/8 愛媛FC 2018/1/31 2017/12/19  
三原 向平 1989/12/8 愛媛FC 2018/1/31 2017/12/19  
深谷 友基 1982/8/1 愛媛FC 2018/1/31 2017/12/19  
鈴木 隆雅 1994/2/28 愛媛FC 2018/1/31 2017/12/19  
稲森 克尚 1994/3/8 ガイナーレ鳥取 2018/1/31 2017/12/19  
廣田 隆治 1993/7/16 ガイナーレ鳥取 2018/1/31 2017/12/19  
亀島 周 1993/4/21 ガイナーレ鳥取 2018/1/31 2017/12/19  
杉本 拓也 1989/12/31 ガイナーレ鳥取 2018/1/31 2017/12/19  
前田 俊介 1986/6/9 ガイナーレ鳥取 2018/1/31 2017/12/19  
黒津 勝 1982/8/20 ガイナーレ鳥取 2018/1/31 2017/12/19  
土屋 征夫 1974/7/31 ヴァンフォーレ甲府 2018/1/31 2017/12/19 京都サンガF.C.期限付移籍中(~2018/01/31)
津田 琢磨 1980/10/4 ヴァンフォーレ甲府 2018/1/31 2017/12/19  
保坂 一成 1983/3/24 ヴァンフォーレ甲府 2018/1/31 2017/12/19  
若杉 好輝 1995/11/8 ヴァンフォーレ甲府 2018/1/31 2017/12/19  
熊谷 駿 1996/8/7 ヴァンフォーレ甲府 2018/1/31 2017/12/19  
梶原 夕希也 1996/6/24 ギラヴァンツ北九州 2018/1/31 2017/12/19  
弓崎 恭平 1992/10/30 ギラヴァンツ北九州 2018/1/31 2017/12/19  
小松 塁 1983/8/29 ギラヴァンツ北九州 2018/1/31 2017/12/19  
神崎 大輔 1985/2/2 ギラヴァンツ北九州 2018/1/31 2017/12/19  
石神 直哉 1985/3/2 ギラヴァンツ北九州 2018/1/31 2017/12/19  
乾 達朗 1990/1/30 ブラウブリッツ秋田 2018/1/31 2017/12/19  
浦島 貴大 1988/5/12 ブラウブリッツ秋田 2018/1/31 2017/12/19  
大木 暁 1992/12/8 東京ヴェルディ 2018/1/31 2017/12/19 AC長野パルセイロ期限付移籍中(~2018/01/31)
内藤 圭佑 1987/8/11 東京ヴェルディ 2018/1/31 2017/12/19  
天野 貴史 1986/4/13 AC長野パルセイロ 2018/1/31 2017/12/19  
橋本 晃司 1986/4/22 水戸ホーリーホック 2018/1/31 2017/12/19  
井上 渉 1986/8/7 鹿児島ユナイテッドFC 2018/1/31 2017/12/19  
キローラン 菜入 1992/4/7 鹿児島ユナイテッドFC 2018/1/31 2017/12/19  
関 光博 1982/5/8 鹿児島ユナイテッドFC 2018/1/31 2017/12/19  
内薗 大貴 1987/4/27 鹿児島ユナイテッドFC 2018/1/31 2017/12/19  
植田 峻佑 1988/4/4 鹿児島ユナイテッドFC 2018/1/31 2017/12/19  
山田 裕也 1988/4/12 鹿児島ユナイテッドFC 2018/1/31 2017/12/19


移籍リストに名前の載った鈴木隆雅と石神直哉である。
隆雅はトライアウトでは良いオファーを得られなかった様子。
石神は負傷中のため、交渉をまとめることは難しかろう。
二人ともまだまだ現役にて活躍の場を求めておる。
よいクラブが見つかることを祈っておる。

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レアンドロの契約期間は3年間

鹿島がMFレアンドロの完全移籍獲得でパルメイラスと合意か? 3年契約と現地報道
2017.12.19 12:40 Tue


photo Getty Images

▽鹿島アントラーズのブラジル人MFレアンドロ(24)が、完全移籍で加入することになりそうだ。ブラジル『グローボ』が報じた。

▽パルメイラスから期限付き移籍で鹿島へと加入したレアンドロ。シーズン序盤は出場機会が限られていたが、大岩剛監督就任後はレギュラーポジションを確保。明治安田生命J1リーグで23試合に出場し11得点を記録していた。

▽『グローボ』によると、パルメイラスが鹿島へレアンドロを売却することで合意したとの事。契約期間は3年間となるようだが、移籍金などは明かされていない。

▽グレミオやパルメイラス、サントス、コリチーバなどでプレーしていたレアンドロは、2014年にグレミオからパルメイラスが800万ブラジルレアル(約2億7300万円)で購入していた。


ブラジル現地紙Globoの記事を紹介する。
レアンドロの鹿島移籍について報じておるとのこと。
元記事によると、契約期間は3年で1月上旬にサインをするとある。
レアンドロは2020年までの契約期間でどれだけのゴールを決めてくれるであろうか。
楽しみである。

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狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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