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2018年を振り返って

2018年を振り返ってみたい。

・2017年シーズンの暗い影
やはりあのような結末を迎えた影響は小さくなかったように思う。
それは大岩監督も口にしており、精神面で最高の状態で迎えられた2018年シーズンとは行かなかった。
小さな歯車の食い違いが試合結果に繋がっていったように思う。

・新戦力
ルーキーとして山口と沖、移籍組として安西、犬飼、篤人が加わった。
新人の二人はともかく、移籍組の3人はポジションを得、補強は成功だったと言えよう。

・プレシーズンマッチ
水戸との試合は4-3と点の取り合いとなり派手な試合であった。
ただこの時点で、守備の不安が見え隠れしておったことは見逃せない。

・シーズン序盤
まず、今季の攻撃の核と考えておったレアンドロが練習試合にて負傷し、シーズンをほぼ棒に振ったことは大きな誤算であった。
その要因もあり、ACL初戦はホームにもかかわらず1-1、リーグ戦の開幕戦は清水とのアウェイで0-0のドローで始まった。
そして不安定な戦いが続いたように思う。
フィニッシュに精度を欠く様子が散見され、上記のように歯車が噛み合ってなかった。

・夏の移籍
夏のW杯の中断期間でチームが再構築されるかと思いきや、リーグ再開後に植田がベルギー移籍、金崎夢生が鳥栖に電撃移籍した。
PJも中国にレンタルで放出された。
その穴埋めとして、CBとしてはチョン・スンヒョン、FWとしてセルジーニョが加入した。
二人とも欠くことの出来ぬ戦力となったことは特筆すべき事であろう。
ただ、植田の移籍は規定路線であったこと、PJは助っ人枠を空けるためと理解が出来たが、未だに金﨑の移籍には腑に落ちぬところも多い。
2015年、2016年とタイトルをもたらせ、新たに10番を得た功労者ががこのような形でクラブを去ったことは、黒歴史として記憶されて行くであろう。

・リーグ戦
序盤からの不安定な戦いしておったが、4月の関東近郊アウェイ全てに敗戦し、早々と優勝戦線から離脱した。
負傷者の続出で、まともにメンバーを組めなかった事を考慮しても、非常に苦しい時期であった。
この時点で、監督解任も考慮したと後に鈴木満常務強化部長は語っておる。
9月10月に連勝し、結果的には3位のACL圏内に入ったことで、なんとか形を保つことが出来たが、このような失態はせぬようにしたい。

・ルヴァン杯
ベスト8こそ川崎相手に快勝して、準決勝に進出したが、準決勝にて敗退した。
ホームにて攻撃の精度を欠いたこと、篤人と充孝が負傷交代し、プランが狂ったと理由はわかるが、悔しさは一入であった。
ただ、ここでもし決勝進出しておった場合、ACLの決勝との過密日程が待っており、ビッグタイトルに手がかかったか疑問が残る。
このタイトルばかりはベスト4にて満足すべきだったやもしれぬ。

・天皇杯
準決勝にて浦和に敗退。
ホームであっただけに勝ちたかった。
鹿島をよく知るオリヴェイラにしてやられたように感じる。
正直に言うと、今シーズン最も悔しかった試合である。

・ACL
GSを早々と勝ち抜けを決め、最終節にて敗れ2位通過となった。
この最終節の戦い方には批判も出たが、怪我人の状況、過密日程を考慮すると致し方がなかったように感じる。
Round16の上海上港戦は、今年のACLでの最も苦しかったように感じた。
ここを勝ち抜けたが故の優勝だったのではなかろうか。
準々決勝の天津権健戦は反則助っ人の内二人が抜けており、少々楽であった。
準決勝の水原には手を焼いた。
ホームでは2点先制され、セルジーニョと篤人、西の大活躍にて逆転、アウェイでは、一時、勝ち越されるもセルジーニョの大車輪の活躍で勝ち上がった。
そして決勝戦である。
中東のペルセポリスは強かったが、ホームでの勝利が大きかった。
大会MVPには優磨が選ばれたが、個人的にはセルジーニョ無くしてこのタイトルはなかったと思う。
ともかく、悲願のアジア制覇を成し遂げたことは大きい。
今年の最高のニュースである。

・CWC
アジア王者として参加。
北中米カリブ海王者にこそ逆転勝利したが、欧州王者、南米王者に力負け。
世界との差を肌で感じ取った。
大きな経験と言えよう。
ACL、CWCを戦ったことで、鹿島はもうドメスティックな辺境のクラブではなく、アジアを代表する世界を見据えたクラブとなった。

・退団選手
小笠原満男が引退、昌子源が欧州移籍と、チームの軸がクラブを去った。
これはチームにとって大きな出来事である。
また、三竿雄斗が大分へ、田中稔也がザスパへと活躍の場を移す。
その他にも幾人か去るであろう。
非常に寂しいが、クラブが新しいステージに昇るためには致し方のないところ。

・来季に向けて
ルーキーとして、名古新太郎くん、関川郁万くんが内定、トップ昇格する佐々木翔悟くん、有馬幸太郎くんが加入する。
平戸がレンタルから復帰し、伊藤翔、白崎凌兵が移籍してくる。
更に「絶対的存在」と称される外国人助っ人が公言されておる。
満男と昌子が退団し、これほどの新加入選手がおるということで、チームは大きな変革期を迎えよう。
どのようなチームとなって行くのであろうか。
幸いなことにジーコTD、大岩監督の続投は決まっており、今季から継続してチームを作っていくこととなる。
上で述べたように、鹿島は世界的なクラブへと変貌を遂げておる。
来季もアジア制覇を狙って戦っていく。
リーグとの並行する過密日程も経験した。
2019年シーズンは更に大きな喜びを得られるであろう。
楽しみにしたい。

良いお年を。

03年の記憶

小笠原満男が元ブラジル代表小突き勝負優先したワケ
[2018年12月31日10時1分]


先制ゴールを決めた小笠原満男(左)はエウレルと抱きあって喜ぶ(2003年9月20日撮影)

今季限りでの現役引退を発表した鹿島の元日本代表MF小笠原満男(39)が28日、ホームのカシマスタジアムで会見を行った。記録にも、記憶にも残る名選手。日刊スポーツの歴代担当記者がその人物像を描いた。

  ◇   ◇

私が鹿島を担当したのは2003年の1シーズンだけだったが、印象に残る場面はいくつもあった。

同年7月5日の磐田戦。セリエAサンプドリアに移籍するFW柳沢のラストマッチだった。試合は柳沢のゴールもあり、前半で4-0。結局5-2で勝った。

試合後、スタジアムは柳沢の送別ムードでいっぱいだったが、小笠原は違う空気を醸し出していた。話を聞くと、こう言った。

「彼にとっては最後かもしれないけど、僕らにとっては最後じゃない。2点取られたことを反省しないといけない」

ムードに流されることなく、勝負へのこだわりを口にした。2歳上の柳沢をあえて「彼」と呼び、これからエース抜きで戦っていかなくては覚悟を示したように聞こえた。

当時の小笠原は24歳。血気盛んでもあった。

同年4月19日の東京V戦では、試合中にチームメートのFWエウレルの胸を小突いた。個人プレーにはしる元ブラジル代表を許せなかった。

その3日後に通訳をまじえて話し合って和解すると、こう明かしてくれた。

「こういう機会でもないと話せないから良かった。エウレルは『努力するから』と言っていた。いい話ができました。手を出すのはよくなかったけど、言い合うのはよくやっているし、けちをつけようと思ったわけではない」

数日間の小笠原の心境をおもんぱかって「つらかったのでは?」と聞くと「周りが思うほどたいしたことじゃない。これからも要求はしていきたいし」と続けた。つくづく、気持ちが強い選手だった。

そんな小笠原の性格は、チーム内でよく理解されていた。当時スカウト部長だった平野勝哉さんは「ブラジル代表を突き飛ばすんだから、時代も変わったよね」と笑い飛ばしていた。

あれから15年。引退にあたって、当社の歴代担当記者の記事を読んだ。その後も、勝負へのこだわりは少しも変わっていなかったことを再確認した。これこそが、プロの姿勢なのだと思う。

【03年鹿島担当=佐々木一郎】


小笠原満男のエピソードを記すニッカンスポーツの佐々木記者である。
03年の思い出は数多くある。
その中で柳沢敦のラストマッチにて「彼にとっては最後かもしれないけど、僕らにとっては最後じゃない。2点取られたことを反省しないといけない」と語ったことは、負けん気の強さが伝わってくる。
その気持ちが抑えられず、エウレルを突き飛ばしたエピソードを美談に仕立て上げるのは、佐々木記者の思いやりであろうか。
この事件は、ゴールライン真ん前で起こり、当時、目の前だったこともあり、鮮明に覚えておる。
確かにエウレルは個人プレイにはしる傾向があり、それが結果に結び付けば良いが、そうならぬ事もあった。
それを行動に起こしてしまったのは、若さがあろうとも許されることではなかったと思う。
事実、この事件後、エウレルは怪我を理由に試合を欠場することが多くなり、この年末に退団することとなった。
チームは平瀬と、当時ルーキーだった深いと中島のFW3人で戦う羽目となったことで記憶に残る。
その原因はこの満男の行動だったように個人的には感じておる。
それは佐々木記者のこの記事のような美談ではなく、鹿島の悪しき記憶に他ならぬ。
ただ、こういうことも含めて一歩一歩積み重ねた歴史が今の鹿島である。
忘れずに記憶しておきたい。

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人間、見た目だけでは測れない。謙虚に素直に

ゴミ拾い、挨拶、感謝。得点を呼ぶ
鹿島・鈴木優磨の“ふだんの行い”。

posted2018/12/31 07:00


負傷のためクラブW杯を欠場した鈴木優磨。2019年はフルシーズンの活躍を見せ、日本代表にも食い込みたいところ。

text by
池田博一
Hirokazu Ikeda

photograph by
J.LEAGUE


 つくづく「見た目とは違う男だなあ」と思う。

 金髪、ガニ股、ピッチでは目をぎらつかせ、闘争心を全面に出して戦う。その姿を見るたびに。

 鈴木優磨。よく言われる言葉は「意外と普通なんですね」。むしろ、周囲に気配りするタイプだ。ピッチ上で見せる姿と、ピッチ外で見せる姿は違う。

「ピッチ上の自分が普段も同じだったらヤバい人ですよね」

 はにかみながら語る。

 小さい頃からプロレスが大好きだった。海外のプロレスに始まって、日本のプロレスを見るようになり、最近はダゾーンでWWE観戦を欠かさない。

相手に迫られてもふと笑う。

 その影響があるのかもしれない。

 ファウルを受けたときのリアクション、相手が感情的になって迫り来るのを迎える対応。相手に迫られても、ふと笑みを見せる。どれもどこか余裕が感じられる。もちろん相手の挑発に乗ることはない。あくまでピッチ上で主導権を引き寄せ、チームが勝つための駆け引きでしかない。

 今季、鹿島アントラーズで大きな成長を遂げた男は、これまでどんな道筋を歩んできたのだろう。

 アントラーズの下部組織で育った。地元は千葉県銚子市。幼稚園でサッカーを始めると、小学校に上がってすぐにアントラーズのスクールに入った。柏レイソルという選択肢もあったが、すでにサッカーを始めていた3つ上の兄の影響で、片道1時間、祖父の送り迎えで鹿嶋へ通った。

 練習がない日でも、学校の休み時間でも、いつもボールを蹴って日々を過ごした。とにかくボールを持つのが大好きで、ボールを持てばドリブルでゴールを目指した。

俺が一番うまかったから。

「俺が一番うまかったですから。小学6年の全国大会で、ベスト16の試合では5人抜きしてゴールを決めたこともあるんです。すごいでしょ?」

 少年のような笑顔で、得意げに当時を振り返る。第32回全日本少年サッカー大会のバディSC戦で決めたゴールは、鈴木自身の記憶に深く刻まれている。

 当時からFW、その後も変わらずストライカーとしてサッカーを続けた。

 ゴールへのこだわりは半端ない。シュートが打てるポジショニングは常に考えていることのひとつだ。

「そこはもう感覚。あとは経験ですよね。試合でまったく同じ状況はこないけれど、前にこういう状況のときは、ここにこぼれてきたとか、シュートが打てるポジションを目指して動き続ける。それができる選手が点を取れる選手なんだと思います」

“ふだんの行い”で徳を積む。

 常にいいポジションニングでゴールを目指す。その上で、鈴木は別の点でも重要視することがある。

“ふだんの行い”だ。

「たとえば、瞬間的に『入るタイミングが遅かったな』と感じてもうまくシュートができることってあるんです。そういうときは“ふだんの行い”も出るなって思うんです。例えばゴミが落ちていたら拾うとか、そういう些細なことでもいいから、“ふだんの行い”を良くしておく。そうすれば、サッカーの神様は見ていてくれるんじゃないかなって」

 クラブのイベントである小学校訪問に参加すれば、学校に入るときは靴をそろえる。校長室に入るときは一礼して部屋に入る。試合や練習のときにピッチを出るときは、頭を下げるのを欠かさない。チームメイトと食事に行って、ちょっとでも飲み物や食事を残すのを見れば一声かける。

「C・ロナウドやメッシみたいなスーパースターだったら違うだろうけど、僕のような選手は徳を積んでいかないと、ゴール前でチャンスが巡ってこない。アウェーにいったら、ホテルの部屋を超きれいにしてから出ていきますからね」

銚子が好きだから貢献したい。

 純粋な思いを行動にした。

 11月、鈴木は銚子市内の小中学校全19校に3球ずつ、計57個のサッカーボールを寄贈した。7月のJリーグ月間MVPの賞金30万円をすべて使い、足りない分は自ら負担した。

「地元が好きなんですよ。だから、何かで貢献したい、元気づけたいって思っていました」

 何か見返りを求めているわけではない。活躍すれば、もともとやりたいと思っていたことが、多くの人たちに響くことを知った。

 その地元千葉県銚子市に住む祖父は、毎試合カシマスタジアムまで観戦に来てくれている。祖父が「鹿嶋まで行くのがしんどくなってきた」という話を聞いて、鈴木自ら、祖父のために鹿嶋市内に家を借りた。ACLでMVPをとって帰国した後も、祖父の家を訪れてトロフィーを渡した。

 喜んでくれる笑顔がうれしかった。いつも送り迎えをしてくれた恩返しの思いは、いつまでも色褪せない。

 高校時代、鹿島ユースで過ごし、熊谷浩二監督から生活面から精神面まで徹底的に指導された。

「日々の行いが、いざというときに出るんです」

 いつも繰り返し口にする言葉だ。

「徳を積んだぶん、いいことがあるはず。僕はそう思うタイプ。サッカーの神様を信じていますから。こういう考え方ができるのも、熊さんのおかげです」

ACLでMVPも「正直、俺?」

 今季、アントラーズとして悲願のタイトルであるアジア制覇を成し遂げた。鈴木は大会MVPを受賞。それでも満足する様子は一切ない。

「正直、俺? って思いました。もっと点を取ってチームの勝利に貢献したかった。来シーズンはもっと点を取って、エースという座を間違いないものにしたいと思っています」

 人間、見た目だけでは測れない。謙虚に素直に。今以上の自分を目指す姿は美しい。

 つくづく「魅力的な男だなあ」と思う。


優磨について記すNumberWebの池田氏である。
ピッチ上での振る舞いをプロレスに例えるエピソードは面白い見解と言えよう。
そして、普段の振る舞いとして“徳”を積むとのこと。
そうした心がけが、優磨をスターのさせておるように思う。
これからも良い行いと良い結果を積み重ねて行ってくれよう。
期待しておる。

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北九州・本山、現役続行

J3北九州の本山、現役続行表明 39歳「自分のプレーを」
2018年12月31日 06時00分


自ら主催するイベントで子どもたちとサッカーをするJ3北九州の本山

 J3ギラヴァンツ北九州の元日本代表MF本山雅志(39)が30日、来季の現役続行を表明した。今季はけがもあり、9試合に出場して無得点だったが「経験したことを伝えたいし、それ以上に自分のプレーをしたい」と近く北九州との契約を更新して復活を期す。

 北九州は来季に向け、清水など4クラブをJ1へ昇格させた小林伸二氏が監督に就任。本山は「頭をゼロにし、新たな刺激をもらいたい」と1月17日のチーム始動日を待ちわびた。

 27日にはJ1鹿島に同期入団した元日本代表のMF小笠原満男(39)が現役引退を表明。2015年末に本山が鹿島を退団するまで18年間、共にチームを支えた。「ライバルだったけど家族のような存在だった」と惜しむ。30日は福岡県宗像市のグローバルアリーナで行われた「第9回新春初夢若松サッカー大会」に参加し、福岡県内の小学生200人以上と交流した。 (末継智章)

=2018/12/31付 西日本スポーツ=


来季も現役続行を表明した北九州の本山である。
これは嬉しい。
小笠原満男が引退し、同世代の本山の去就にも注目が集まったが、「経験したことを伝えたいし、それ以上に自分のプレイをしたい」と語る。
サッカーの楽しさを前面に出せる選手はそうは多くない。
本山はその一人として、来季も躍動してくれよう。
また、引退する満男に対して、「ライバルだったけど家族のような存在だった」と口にする。
満男の分もプレイして欲しい。
楽しみにしておる。

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永木、セレッソにお断り

C大阪 神戸MF藤田獲得へ!図らすも移籍蛍との“トレード”という形に
[ 2018年12月30日 05:40 ]

 C大阪が神戸MF藤田直之(31)に獲得オファーを出していることが29日、分かった。守備的MFの補強として動いていた広島MF稲垣と鹿島MF永木は、この日までに断りの連絡が入っている。藤田で“3度目の正直”を狙う。
 藤田は正確なロングキックとロングスローが持ち味。15年の東アジア杯メンバーに選出され、国際Aマッチ1試合出場のキャリアがある。今季神戸では29試合2得点。元スペイン代表MFイニエスタや元ドイツ代表FWポドルスキらの攻撃力を生かす“縁の下の力持ち”としてチームを支えた。交渉が成立すれば、図らずも元日本代表MF山口蛍(30=神戸)との“トレード”という形になる。


セレッソにお断りの連絡を入れた永木である。
これは一安心。
ボランチは三竿健斗とレオ・シルバという実力者が揃い、名古くんと平戸が加入し、層が厚いが、やはり過密日程を戦うことを考慮すれば、実績十分の永木の存在は必須であった。
この永木の決断は本当に嬉しい。
来季もまたアジアを制覇したい。
永木と共に栄冠を。
活躍を楽しみにしておる。

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1年越しの想いが胸に秘め、関川郁万の“熱い冬”が幕を開ける

【選手権】「いまでも夢を見た朝には涙を…」鹿島入団内定の大器、関川郁万が1年前のリベンジを期す!
安藤隆人
2018年12月29日


「途轍もなく重い1点。悲しい、悔しい、腹が立つ」


いよいよ高校生活の集大成、最後の選手権を迎える関川。スケールアップを遂げた怪物CBはどんなパフォーマンスを披露するのか。写真:安藤隆人

 2018年1月8日。この日の出来事は、いまでも彼の脳裏に刻まれている。

 高校ナンバーワンCBの呼び声が高い、流経大柏の関川郁万。来季の鹿島アントラーズ入団が内定している注目株は2年生だった1年前、前橋育英との選手権決勝に出場した。それまで無失点で勝ち上がってきたチームの最終ラインを支えていたが、最後の最後で力尽きた。

 0-0で迎えた後半アディショナルタイム2分だ。左サイドからのロングスローを一度は中央で跳ね返すも、MF田部井涼(現・法政大)にもう一度ロビングを入れられ、同じ2年生のFW榎本樹(松本山雅入団内定)にヘッドでゴール前にすらされる。それに呼応したFW飯島陸(現・法政大)がペナルティーエリア内で反転してシュート。これはDF三本木達哉(現・神奈川大)が身体を張ってブロックするが、こぼれ球をフリーになった榎本に豪快に決められてしまった。この土壇場での大会初失点が決勝点となり、目の前で前橋育英に優勝を決められたのだ。

「失点した場面もずっと脳裏に焼き付いていて……。実はたまに夢に出てくるんです。その夢を見たときは、かならず朝起きた時に涙を流しているんです。それで『ああ、今日一日の気分は最悪だな』と思うんです。あの失点はただの失点ではなくて、大会初失点だったし、目の前で優勝を決められた失点で、3年生とサッカーをする最後の試合での失点だった。途轍もなく重い1点でした。悲しい、悔しい、腹が立つ。いろんな感情が沸き起こる失点でした」

 夢に出てくるほど、関川の心の中に深く刻み込まれたあの失点。あらためてその時の状況を訊くと、こう返ってきた。

「相手のロングスローに対して、クリアした後に自分がビビらずにもっとラインを前に上げていたら、田部井涼のキックを榎本に簡単に頭ですらされることはなかった。あれは僕が前に出ていれば、十分に競り合うことができた。それにたとえすらされていても、その後の飯島のシュートを三本木がこぼしたところに圧を掛けられていれば、失点は防げていたかもしれない……。自分の甘さが出た失点でした」

 悔やんでも悔やみきれない失点。この失点を胸に刻んで、彼は高校最後の1年間を過ごしてきた。

苦難連続だった1年。怪物CBはさらに逞しく…


千葉決勝では宿命のライバル、市立船橋に完封勝利。安定した守備と抜群のキャプテンしーを発揮した。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

 とはいえ2018年は、のっけから苦難の連続だった。

 選手権で傷めた怪我のため手術を決断し、長期離脱を余儀なくされる。ようやく復帰した直後のインターハイ千葉予選では、準決勝で習志野に1-2の敗北。自身も失点に絡むなど、ショッキングな黒星を喫するのだ。

 だが、こうした苦い経験を糧にして、関川はさらに逞しさを増していく。上半身は春先に比べてひと回り大きくなり、空中戦の強さも、フィードの威力と精度も格段に向上した。

「去年は周りに頼っていた部分が多かったのですが、今年は精神的に自立できたというか、責任感を持ってやることができたと思います。精神的に大人になろうとずっと思って、選手権予選ではイエローカードをもらわないなかで、どれだけ激しくプレーできるかを自分のなかに課していました。結果的に3回戦、準決勝、決勝はカードを一枚ももらわなかった。そういう冷静さと激しさを上手く同居させることが、少しはできるようになったのかなと思います」

 今回彼を取材したのは、12月下旬の帝京長岡との練習試合の後だった。チームはテストマッチを精力的にこなしながら、来たるべき本番に向けて調整を続けている。

「今日の試合を見てもそうですが、厳しいことを言えば、まだ『勝てるだろう』という雰囲気があるような気がします。それは今年のインハイ予選前にもあって、僕らは1年、2年のときにインターハイでも準優勝と優勝を経験している。そういうのもあって、ちょっとふわっとした雰囲気が実際出てしまったことで、予選準決勝では習志野に負けて、全国にすら出られなかった。だからこそ、今回はもう本当に最後なので、もう一度気を引き締めて、厳しさを持って本番までの1週間を過ごしていきたいと思っています」

 芽生えているのは危機感だ。あのファイナルのリベンジを果たすためには、ほんの少しの隙も見せてはいけない。関川自身、そのことをよく理解している。

「去年はプリンスリーグ関東でも選手権予選が終わった後の残り3節で、プレミアリーグ参入戦に行けるかどうかの瀬戸際の位置にいた。だから3試合とも集中した状態で臨めて、かつプレミア参入戦の2試合も勝利できたことで、いい雰囲気と集中力を保ったまま選手権に向かうことができたんです。でも、今年はプレミアの残り3節は優勝も降格も懸かっていないうえに、(Aチームは)プレミア参入戦もない状態で迎えることになりました。昨年と違って、緊張感が一度途切れたなかで1か月を過ごしたので、(選手権への)入りにくさはあると思います」

埼スタで有終の美を飾り、次なるステージへ


1年時から数多の修羅場を潜り抜けてきた男には、慢心も油断もない。流経大柏を11年ぶりの選手権Vへ導く! 写真:安藤隆人

「昨年も準優勝こそしましたが、初戦からずっと気の抜けない戦いが続きました。強豪と呼ばれるところが反対の山に集中したと思いますが、だからと言ってふんわりと入ってしまったら、初戦で足をすくわれてもおかしくない。なので、やはりもう一度引き締めないといけないと思っています。それはピッチ上だけでなく、寮生活などの私生活の面からも隙がないようにしていきたい。自分もチームも万全の状況で臨んで、昨年の決勝での経験が『活きた』と言えるように、全力を尽くしたいと思います」

 泣いても笑っても最後の選手権。この大会が終われば、鹿島アントラーズという強豪クラブでの厳しい日々が始まる。昨年、涙に暮れた埼玉スタジアムのピッチで有終の美を飾り、次なるステージへと進めるか。1年越しの想いが胸に秘め、関川郁万の“熱い冬”が幕を開ける。

取材・文●安藤隆人(サッカージャーナリスト)


流通経済大学柏高校の関川郁万くんについて記すサッカーダイジェストの安藤氏である。
ユース教授が関川くんを取材した。
去年の高校選手権決勝の悔しさ、今年の手術と復帰後の不満の残る試合と、苦々しい記憶が語られる。
そしてそれを消化し、成長しておることが伝わってくる。
高校3年の高校選手権。
優勝してプロ入りしたい。
注目である。

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昌子源、一問一答

酒井宏樹らと対戦心待ち、昌子「強い覚悟」一問一答
[2018年12月29日16時36分]


移籍が決まったことを報告する、鹿島DF昌子(撮影・杉山理紗)


移籍が決まったことを報告する、鹿島DF昌子(撮影・杉山理紗)


フランス1部トゥールーズに完全移籍することが発表された、鹿島アントラーズDF昌子源(26)が29日、鹿嶋市内のクラブハウスで報道陣の取材に応じた。

一問一答は以下の通り。

-海外への思いは昔から

昌子 20歳、21歳くらいは強かったけど、徐々に薄くはなった。W杯を経験したのが自分の中では大きかった。

-覚悟は

昌子 決める時は強い覚悟を持って決めた。海外に行きたいと20歳くらいで思っていた時に、鹿島に億単位で残すオファーがないと行かないと、かっこつけて決めていた。

-環境への不安は

昌子 サッカーに関してはない。トゥールーズはいい街と聞いたけど、妻と子供がいるので治安はすごく気にした。今回は僕1人で行って、妻子は少しの間日本に残って、その後呼びたいと考えている。不安があるとしたら妻子に会えないこと。

-対戦したい選手、チーム

昌子 もちろんパリSGだったり、エムバペ選手、ネイマール選手はいますけど、個人的には川島永嗣選手と酒井宏樹選手がいるストラスブール、マルセイユとは対戦したい。

-植田の移籍、小笠原の引退に続き、鹿島にとって寂しくなる

昌子 チームを支えるやつは鹿島には必ず出てくると思う。満男さんも昔はキャプテンなんてやるタイプじゃなかった。僕もそう。それが鹿島の良さ。全然心配していない。

-植田の移籍は刺激になったか

昌子 ナオ(植田)に関してはずっと一緒にやってきて、彼の能力は僕が一番知っているつもり。でも彼がいなくなったからACL優勝できた(笑い)。というのを本人に言ったら「ちょっとー」って言ってました。

-鹿島で一番印象に残ったことは

昌子 17年のホーム甲府戦。3-0で勝った試合なんですけど。僕がキャプテンマークを巻かせてもらっているとき、僕のパフォーマンスがよくなくて、全員の前でロッカールームで大岩監督にすごく怒られた。「鹿島のキャプテンはそういうことか」「鹿島の3番はそういうことなのか」とみんなの前で怒られて、それが一番覚えています。

-リーグアンでプレーしている川島選手、酒井選手と話はしたか

昌子 リーグのことは話していない。どういう物を持っていけばいいか、向こうで困ったことは、と聞いたら、川島選手から「気持ち」しか来なかったので、「分かりました。強い気持ちを持って行きます」と。本当は歯ブラシとかそういうのが欲しかったんですけど。私生活で、と僕はちゃんと言ったので。

-フランス語は

昌子 ある程度はもちろん勉強していますけど、ヨーロッパの言葉では一番難しいと聞いた。(中田)浩二さんから、伝えたい気持ちがあれば言葉が分からなくても「ああ、あいつ怒っているな」とか「ほめているんだな」とか伝わるので、問題ないと言ってもらえた。とりあえず「メルシー」オンリーでいこうかなと思います。

-フランスに持って行くのは

昌子 「炊飯器は絶対に持って行け」と篤人くんに言われた。荷物が多すぎて持って行けないので送るかな。

-お米はマスト?

昌子 日本人だから食いたくなると聞くし、デュッセルドルフに行けばなんでもあると聞いたけど、そんなに頻繁に行ける距離でもない。だから(酒井)宏樹くん家なんですよ。槙野くんの結婚式のときに同じテーブルで「宏樹君、絶対に行くんで」と言ったら、マジで嫌な顔をされました。


移籍する昌子源への質疑応答である。
鹿島でスタメンを取る以前に海外への思いがあったことが伝わる。
また仏での生活に関しては不安はない様子。
そして、植田のACLや酒井宏樹の話題は源特有の言い回しであろう。
楽しくやっていけそうである。
いずれにせよ、覚悟を持って決断し、億単位の移籍金も残した。
万全を期しての移籍である。
心置きなく活躍して貰おうではないか。
良い報を楽しみにしておる。

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ガチンコにはガチンコで返す「男」の姿

小笠原満男「記者さんもプロ」直撃取材に誠実な対応
[2018年12月29日12時0分]


小笠原満男(2013年2月28日撮影)

今季限りでの現役引退を発表した鹿島アントラーズの元日本代表MF小笠原満男(39)が28日、ホームのカシマスタジアムで会見を行った。記録にも、記憶にも残る名選手。日刊スポーツの歴代担当記者がその人物像を描いた。

  ◇   ◇

12年1月中旬。冷たい冬の雨が降りしきる鹿島クラブハウスの駐車場で、小笠原を待っていた。同期の盟友MF本山雅志(現J3北九州)とともに、米MLSのクラブに移籍を視野に入れているという情報が入り、1対1で話すため、自主トレ終わりを直撃した。

担当を外れて1年半あまり。突然現れた記者の顔を見て「珍しいですね」と一言。直撃の理由を伝えると、一瞬の沈黙の後「記者さんもプロの仕事をしているから、書くなとは言えない。ただ、現状をしっかり説明させて下さい」と、決然とした表情で話し始めた。

表面上は自主トレを兼ねた練習参加とされたが、米挑戦の希望があること、現地で練習参加して環境や待遇を判断しないと決められないこと…。「希望しても実現するかはまだ分からない」とも。久しぶりに顔を出した一記者の仕事を鑑みながら、努めて誠実に。

自家用車の中から、窓を降ろして対応したため車内に雨が降り込んでいた。それを指摘すると「記者さんもぬれているから一緒でしょ」。結果的に即時に原稿にはせず、推移を見守り、移籍は実現しなかった。ただ、ガチンコにはガチンコで返す「男」の姿を見た。【09年鹿島担当=菅家大輔】


小笠原満男のエピソードを記すニッカンスポーツの菅家記者である。
2012年初頭の、満男と本山のMLS行きの噂時の事が綴られておる。
満男の誠実さ、真摯な対応が伝わってくる。
菅家記者が言うように、「ガチンコにはガチンコ」が満男の信条である。
それを改めて記事にしてくれたことを嬉しく思う。
ありがとう。

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ようこそ白崎

白崎選手が加入
2018年12月29日(土)

白崎 凌兵選手が清水エスパルスより完全移籍で加入することとなりましたので、お知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名: 白崎 凌兵(しらさき・りょうへい)
■生まれ: 1993年5月18日、東京都出身
■サイズ: 181センチ、70キロ
■ポジション: MF
■経歴:
東京BIGスポーツクラブ-横河武蔵野FC-FC東京U-15むさし-山梨学院大付属高校
-清水エスパルス(2012)-カターレ富山(2013)-清水エスパルス(2015)

■公式戦成績:
J1リーグ通算 79試合7得点
J2リーグ通算 85試合13得点
リーグカップ通算 15試合2得点
天皇杯通算 8試合6得点

■白崎選手コメント
「鹿島アントラーズというクラブでプレーする機会をいただいたことに感謝しています。自分の力を最大限に活かして一日でも早くチームに貢献したいと思います!応援よろしくお願いします」


予てから報じられておった白崎凌兵が清水より完全移籍にて加入する。
中盤ならばどこでもこなすこのMFの加入は攻撃を更に活性化させよう。
左サイドでの起用なのかボランチなのか、起用法にも注目が集まる。
白崎の躍動でアジアを席巻したい。
期待しておる。

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田中稔也、ザスパクサツ群馬移籍

田中選手がザスパクサツ群馬に移籍
2018年12月29日(土)

田中 稔也選手がザスパクサツ群馬に完全移籍することとなりましたので、お知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名:田中 稔也(たなか・としや)
■生まれ: 1997年12月2日、群馬県出身
■サイズ: 175センチ、65キロ
■ポジション: MF
■経歴: 沼田SC-FC KRILO-鹿島アントラーズユース-鹿島アントラーズ(2016)

■公式戦成績
J1リーグ通算 4試合0得点
リーグカップ通算 1試合0得点
天皇杯通算 2試合1得点

■田中選手コメント
 「鹿島アントラーズに関わるすべての皆さん、ユースから合わせて6年間ありがとうございました!この鹿島というチームでサッカーが出来たことを誇りに思います。
2016年のJリーグ優勝、天皇杯優勝、2018年のACL優勝など、様々なタイトルを取ることができました。 2019年もこのチームで皆さんと全てのタイトルを取りたかったのですが、ザスパに移籍することを決めました。ファン、サポーターの方々には、試合に出られない時は練習場に足を運んで声をかけてくれたり、試合に出た時には稔也コールをたくさんしてくれたり、とても感謝しています。僕は鹿島の熱いファン、サポーターが本当に大好きでした。稔也コールを忘れることはないでしょう。これからは大好きな鹿島のファン、サポーターに僕の名前が届くよう、ザスパで暴れたいと思います。そして、サッカーを楽しんで向上心を持ち、鹿島で学んだことを活かして頑張りたいと思います。このクラブが大好きです。これからもずっと応援しています。短い間でしたがありがとうございました!」

【トップチーム】田中 稔也選手 鹿島アントラーズより完全移籍加入のお知らせ
この度、鹿島アントラーズより、田中稔也選手が完全移籍加入することに決まりましたのでお知らせいたします。田中選手のプロフィールとコメントは下記の通りとなります。


■田中 稔也(Toshiya TANAKA)選手プロフィール
【ポジション】MF
【生年月日】1997年12月2日(21歳)
【身長/体重】175cm/65kg
【出身地】群馬県
【経歴】
沼田SC-FC KRILO-鹿島アントラーズユース-鹿島アントラーズ
【出場歴】Jリーグ:4試合/0得点(J1:4試合/0得点)
※Jリーグ初出場 2018年8月1日 J1 第19節 鹿島(vsFC東京@カシマ)
カップ戦:1試合/0得点
天皇杯:2試合/1得点

■田中選手コメント
「鹿島アントラーズから加入することになりました田中稔也です。
チームから必要としてもらったからには結果を残せるように頑張りたいと思います!
そして地元の群馬を盛り上げてファン・サポーターの皆さんと共に、必ずJ2昇格を果たしましょう!
応援よろしくお願いします!」


ザスパに完全移籍する稔也である。
これは驚きの報。
ユース昇格四人衆として町田、平戸、垣田共にトップチームに昇格したユースの背番号10がクラブを去る。
これは寂しい。
これがプロの壁ということであろう。
そして鹿島の2列目は生半可な才能では通用せぬということがまた明らかになった。
稔也はサッカー選手として良いモノを持っておると思う。
それは、一つ上の優磨と共にユース時代からキャンプに帯同させるほどの才能であった。
しかしながら、それを鹿島に於いては開花させるに至らなかった。
それは、鹿島というクラブが、ドメスティックな辺境のクラブに留まらず、世界的なクラブに昇華しようとしている状況も理由の一つであろう。
鹿島ではレギュラーに至らなかったが、ザスパにてそれを成して欲しい。
J2昇格、そして将来のJ1昇格を目指すのだ。
稔也の活躍を祈っておる。

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内田記者が明かすミツオの素顔

【鹿島】内田記者が明かすミツオの素顔
2018年12月29日11時0分 スポーツ報知


会見で報道陣の質問に答える小笠原満男

 記者1年目の01年秋、鹿島担当を命じられた。02年W杯を見越して、デスクから「柳沢をつかまえろ(関係を作れ)」と指示されたが、代表エース候補には他紙の記者が張り付き、名刺を渡す隙すら与えてくれない。困っていると、他の記者が近寄ろうとしない22歳の若い選手が目に留まった。小笠原だった。

 ノーマークの理由はすぐに分かった。取材に入ろうとするや車のドアを閉めて、シャットアウト。次の日も、その次の日も同じ。何とか口を開かせようと、自宅からクラブハウスまでの約1時間30分、質問を考えるようになり、手を替え品を替えてぶつけてみたが、すべて返り討ちにあった。

 03年4月、コメントを取らなければいけないことが起きた。試合中に同僚のFWエウレルを小突き、クラブの仲介で2人が面談した。質問の切り出しは「良い話し合いができましたか?」。ドアを閉める音は聞こえず、「はい、できました。理由はどうあれ、してはいけなかった」と返ってきた。

 初めて取材ができるまで1年半を要した。あとで「変な質問に俺は答えないからね。あと知らない人」と笑ったが、まさに派手な言葉を引き出そうとする質問ばかりぶつけていたように思う。純粋な疑問を投げかけるように心がけると、取材に応じる回数も増え、小笠原の考えも、すごさも分かるようになった。

 一見、パスミス。でも、「あれがジャブになって後半のゴールにつながる」と計算ずく。一見、乱闘寸前の行為は「チームにスイッチを入れるためのパフォーマンス」。無口はそのままだが決してぶっきらぼうではなく、相手の穴を見つける目、自チームの状態をつかむ心は繊細なのだと彼の言葉から知ることができた。

 結局、無駄話ができるまで6年、愚痴のようなことを聞けるまで14年かかった。そんな選手のプレーを見られなくなるのは、本当につらい。そんな私の心を読んでか、小笠原はこの日の会見後、車から降りて最後にこう言った。「中学から高校に行くみたいなもんだからさ。またねー」。(01~03、06~17年鹿島担当・内田 知宏)


小笠原満男との思い出を記す報知新聞の内田記者である。
鹿島との関係性が感じられ嬉しくなってくる。
また、満男のサッカー観も伝わる。
これまで多くの素晴らしい記事を書いてきてくれた。
ありがとう。
また、満男も内田記者に向けた「中学から高校に行くみたいなもんだからさ。またねー」という言葉で、クラブとの強い関係を強調してくれておる。
これからが楽しみである。

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昌子源、トゥールーズと合意

昌子選手のトゥールーズFC移籍合意
2018年12月29日(土)

昌子 源選手のフランス1部のトゥールーズFCへの完全移籍について、クラブ間の基本合意に達しましたのでお知らせいたします。今後はフランスにてメディカルチェック等を経て正式契約が結ばれる予定です。
 
<選手プロフィール>
■選手名: 昌子 源(しょうじ・げん)
■生まれ: 1992年12月11日、兵庫県出身
■サイズ: 182センチ、74キロ
■ポジション: DF
■経歴:
フレスカ神戸U-12-ガンバ大阪ジュニアユース-米子北高校(鳥取)-鹿島アントラーズ(2011)

■公式戦成績:
J1リーグ通算 157試合8得点
Jリーグチャンピオンシップ 3試合0得点
リーグカップ通算 19試合1得点
天皇杯通算 15試合2得点
AFCチャンピオンズリーグ 22試合0得点
FIFAクラブワールドカップ 6試合0得点
スルガ銀行チャンピオンシップ 1試合0得点
ゼロックススーパーカップ 1試合0得点

■代表歴
日本代表 15試合1得点
・日本代表(2018 FIFAワールドカップロシア大会)

■個人タイトル
2016、2017年 Jリーグベストイレブン

■昌子選手コメント:
「8年間ありがとうございました!8年で6つのタイトルを取らせて頂き、鹿島では少ないかもしれませんが、皆さんと共にタイトルを取れたこと誇りに思います。
W杯後、海外クラブからオファーをもらい、移籍するかとても悩みました。鹿島のタイトルのため、特にACLを取るために一度はこのクラブに残ると決めました。しかし、再びオファーをもらい、海外で自分の力を試したい、サッカー選手としてもっと成長したいと強く思いました。移籍については、色々な方に相談しました。内田選手、遠藤選手には背中を押してもらい、その中でも小笠原キャプテンに相談をした時、「お前が活躍して勝ち取ったオファーだろ!誰になんて言われようと、行きたいなら迷わず行け!!」と言われ、この言葉で勝負しようと決めました。いつか、小笠原キャプテンのように逞しくなるために。
鹿島アントラーズに関わるすべての皆さん、これからもどこにいてもファミリーだと思ってます!本当にありがとうございました!」


仏のトゥールーズと合意に至った源である。
また鹿島から欧州へ巣立つ選手が出た。
クラブの育成力が素晴らしい。
また、源自身が入団した2011年のCBは、岩政を軸に伊野波、中田浩二、當間、青木と豪華なメンバーが並び、紅白戦すら出場出来ぬ状況であったことが記憶される。
その後も2012年の山村、2013年の植田とその世代を代表するCBが入団し、少々影が薄かったことは事実であろう。
その中で実力を付け、ジョルジーニョに左SBとして起用され才能を開花させた。
そして、トニーニョ・セレーゾにより先発CBに抜擢されるとメキメキと力を発揮していった。
この裏に大岩コーチ(当時)の力があったこというまでもない。
日本代表に選出され、W杯に出場するまでに成長した源が欧州へ移籍するのは必然と言えよう。
仏にて大きく羽ばたき、世界に名を轟かせよ。
活躍の報を待っておる。

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小笠原満男、厳しさと優しさ

子どもたちに厳格さと優しさ/小笠原とっておきメモ
[2018年12月29日7時31分 ]

<とっておきメモ>

今季限りでの現役引退を発表した鹿島アントラーズの元日本代表MF小笠原満男(39)が28日、ホームのカシマスタジアムで会見を行った。

  ◇   ◇   ◇

17年正月。宮城県松島町で「東北人魂カップ」が開催された。東日本大震災後、東北出身のJリーガーたちが東北地方のサッカー復興のために発足させた団体で、少年サッカーのカップ戦を開いた。発起人の1人である小笠原は試合後、自身が立ち上げた少年サッカーチーム「レノヴェンス・オガサFC」の選手を集めた。「何で負けたか分かるか?」。まなざしはJリーグの試合の時と同様だった。「試合に向けた準備が甘い。勝つために何をしなくてはいけないか。そうしたら笑ってタラタラやってる時間はないだろ」。子どもたちが目に涙を浮かべるほどの迫力だった。

当時は高校生になる娘に携帯電話を持つことも認めていなかった。「話したければ走って会いに行けばいい。顔を見て話せば、より気持ちは伝わるから」。厳格さの中に、成長を本気で願う優しさに満ちた男だ。【16、17年鹿島担当=鎌田直秀】


小笠原満男のエピソードを明かすニッカンスポーツの鎌田記者である。
鹿島番記者として満男と多くの時間を過ごし、彼の素晴らしさをよく知っておろう。
その中でも、子供たちに厳しさを教える姿は、よりキャラクターを象徴しておる。
また、当時高校生の娘さんに携帯電話を持たせなかったエピも興味深い。
小笠原満男の教育論は非常に意味があるように思う。
厳格さと優しさが伝わってきて嬉しい。
これからは家族だけでなくクラブにもこの気持ちをぶつけていって貰えるであろう。
期待しておる。

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セルクル・ブルージュ・植田、満男さんのおかげ

元鹿島の植田が小笠原に感謝 一緒に避難所回り
[2018年12月29日7時35分 ]


帰国したセルクル・ブルージュDF植田

ベルギー1部セルクル・ブルージュDF植田直通(24)が28日、リーグの年内日程を終えて千葉・成田空港に帰国した。13年から5年半、鹿島アントラーズに所属。引退した小笠原について「主将=満男さん。彼以上に頼れて素晴らしい人はいない」と称賛。「まだプレーできたと思うので驚いたけど、違う舞台でも輝き続けるはず」と今後の活躍を信じた。

16年4月16日に出身の熊本県で大地震が起きた時には、助けてもらった。翌17日に福岡空港からレンタカーで現地に入り、支援活動を実行。そこで相談したのが小笠原で、必要物資のアドバイスを受けた上に同行してもらい、避難所を回った。「あれほどうれしかったことはない」。ピッチ外では復興支援活動の手本を示してもらい「自分も活動しようと思えるのは満男さんのおかげ」と感謝した。

また、アジア杯日本代表のシントトロイデン遠藤、冨安と前浦和レッズMF関根も同便で帰国した。【木下淳】


ウィンターブレイクにて帰国したセルクル・ブルージュの植田である。
小笠原満男の引退について口を開く。
熊本地震の支援を手助けして貰い、更に人間的に成長出来たことを語る。
植田のフットボーラーとしての裏には満男の存在もあったことが明かされる。
これからも更に大きく成長していって欲しい。
応援しておる。

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小笠原に聞く

「悔しいまま終わるのも自分らしい」小笠原一問一答
[2018年12月29日7時10分 ]


引退会見で鹿島への思いを語った小笠原(撮影・たえ見朱実)


会見終了後、ボードの前で記念撮影をする小笠原(撮影・たえ見朱実)


今季限りでの現役引退を発表した鹿島アントラーズの元日本代表MF小笠原満男(39)が28日、ホームのカシマスタジアムで会見を行った。

<小笠原と一問一答>

-やり残したことは

小笠原 悔いだらけ。取れなかったタイトルもいっぱいある。

-印象深いゴールは

小笠原 ゴールではないが、99年のナビスコ杯(現ルヴァン杯)決勝でPKを止められたこと。PK戦は運じゃない、練習のインサイドキックひとつ真剣にやれとジーコに言われた。

-ACL決勝では出場しなかったが、DF昌子からトロフィーを譲られた

小笠原 本音は、ピッチに立って貢献したかった。ちょっと恥ずかしかった。

-クラブワールドカップ(W杯)3位決定戦に出場したときの心境は

小笠原 最後に優勝してハッピーエンドで終わりたかったけど、悔しいまま終わるのも自分らしいかな。

-クラブW杯で感じた世界との差は

小笠原 差を埋める努力も必要だけど、勝つすべを探すのも必要な努力。

-引退を聞いたジーコはなんと言った

小笠原 自分がやってきたこと、やり遂げたことに拍手を送りたいと。

-引退試合の予定は

小笠原 個人的にはやりたくない(笑い)。やるなら真剣勝負で。

-将来は鹿島の監督に

小笠原 突っ走ってきたので、今すぐ何かをやりたいというのはない。これからチームと話したい。

【鹿島】引退試合やりたくない…小笠原に聞く
2018年12月29日7時5分 スポーツ報知

 今季限りで現役引退を発表した元日本代表MF小笠原満男(39)=鹿島=が28日、カシマスタジアムで会見した。引退を決意した理由を、後進に道を譲るためと明かし、最後までチームのことを考えるジーコ・イズムを貫き通した。引退後は育ててくれたクラブに恩返しするため、鹿島に関わる仕事を希望。悔しさをバネにし続けたプロ21年を時折、言葉を詰まらせながら振り返った。

 ◆小笠原に聞く

 ―ジーコ氏にはいつ報告したのか。

 「(日程が)全部終わってからと思っていたが、飛行機の都合上、リーベル戦の試合前に伝えた。自分がここまでやってきたこと、そして最後までそれをやり遂げたことに拍手を送りたいと言ってくれてうれしかった。今後、鹿島に恩返ししたいと言ったらそうするべきだと言ってくれた」

 ―引退試合の予定は?

 「自分の意向では、ない。クラブと話していきながら相談したい。個人的に引退試合はやりたくない。やるなら真剣勝負の試合がしたい。個人としては望んでいない」

 ―鹿島の若手へ。

 「タイトルをとり続けるチームであってほしい。クラブW杯で負けた悔しさが残っている。練習の質、熱を上げていかなければいけない。そのために何をするべきかを整理して、自分も違った立場で還元していければ」


小笠原満男への質疑応答である。
ジーコにはリーベルプレート戦の試合前に伝えたとのこと。
ジーコからの言葉もジーコらしく素晴らしい。
また、引退試合は行いたくないとのこと。
これはファンとしては寂しい。
とはいえ、「やるなら真剣勝負の試合がしたい」という考えは満男らしい。
本人の意向は承っておきたいところ。
来季より選手ではなくなるが、「自分も違った立場で還元していければ」と語る。
クラブは貴重な人材を得た。
満男を活かし活かされて、新たなる境地に進む。
楽しみである。

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曽ケ端、鹿島の支柱はあいつ

曽ヶ端、寂しさも同期の次のステップ尊重「本人の考えがある」
[ 2018年12月29日 05:30 ]


曽ヶ端(右)と小笠原(左)
Photo By スポニチ


 鹿島同期入団のGK曽ケ端は引退を聞いた時の心境を「(中田)浩二の時もそうでしたけど寂しさを感じた」と話しつつ、「本人の考えがあると思う。真っすぐ向かっていってくれるんじゃないかな」と次のステップを尊重した。
 今後はチームに大事な柱が一つ欠けるが、「鹿島の支柱はあいつ。そうやってずっとやってきた。代わる存在が出てくると思うし、出てこないといけない。そういう手助けも浩二や満男がしてくれると思う」と話した。


小笠原満男の引退について心境を吐露する曽ケ端である。
「浩二の時もそうでしたけど寂しさを感じた」と素直な気持ちを口にし、「本人の考えがあると思う。真っすぐ向かっていってくれるんじゃないかな」と2ndキャリアに向けてエールを贈る。
更に、「鹿島の支柱はあいつ。そうやってずっとやってきた。代わる存在が出てくると思うし、出てこないといけない。そういう手助けも浩二や満男がしてくれると思う」と未来の鹿島についても口にする。
チームは次世代へと進む。
とはいえ、曽ケ端にはまだまだやって貰わねばならぬ。
GKは50歳までプレイ出来るポジションである。
来季もまた素晴らしいコーチングでチームを締めよ。
応援しておる。

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本田元主将、満男は鹿島の主将として役目を全うしてくれた

本田泰人氏、小笠原は鹿島の主将として役目を全うした
 今季限りで現役を引退したJ1鹿島の元日本代表MF小笠原満男(39)が28日、茨城・カシマスタジアムで会見に臨み、後進に道を譲った理由を明かした。

 引退発表の27日に珍しく(小笠原)満男から連絡があった。「鹿島以外でやるイメージがつかない。引き際ですね」と。老け込む年でもないから驚いたけど、自分が若手の成長の妨げになることを危惧していたね。

 ピッチ上で貢献できなくなり、今季の終盤には「(後輩として)恥ずかしい試合をしてすみません」と責任を口にしていた。昔はそこまで責任感の強いタイプではなかった。中田浩二や本山雅志らと鳴り物入りで入団し、自分のことばかり考えていた印象がある。けれど、イタリア(2006-07年メッシーナ所属)で鼻をへし折られて帰ってきてから変わったかな。

 出番がなく、自分を見つめ直したのだろう。「“チームのために何をするのか考えろ”。本田さんの言っていたことがようやく分かりました」と言ってくれた。その謙虚さ、姿勢はジーコが教えてくれたもので継承しなければいけない。鹿島の主将として、役目を全うしてくれた。 (鹿島OB、サンケイスポーツ専属評論家)


小笠原満男の引退について語る本田元主将である。
主将像は継承されたことが伝わる。
満男を継ぐのは誰になるのか。
来季の鹿島に注目である。

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小泉勇人、水戸からザスパへ完全移籍

【トップチーム】小泉 勇人選手 水戸ホーリーホックより完全移籍加入のお知らせ
お知らせ

この度、水戸ホーリーホックより小泉勇人選手が、完全移籍にて加入することに決まりましたのでお知らせいたします。小泉選手は今季水戸ホーリーホックからグルージャ盛岡へ育成型期限付き移籍をしておりました。小泉選手のプロフィールとコメントは下記の通りとなります。
 
■小泉 勇人(Yuto KOIZUMI)選手プロフィール
【ポジション】GK
【生年月日】1995年9月14日(23歳)
【身長/体重】190cm/83kg
【出身地】茨城県
【経歴】大野原SSS-鹿島アントラーズジュニアユース-鹿島アントラーズユース-鹿島アントラーズ-水戸ホーリーホック-グルージャ盛岡
【出場歴】Jリーグ:13試合/0得点(J3:13試合/0得点)
※初出場2014年4月6日 J3 第5節 J-22(vsYS横浜@ニッパ球)
※J3リーグはJ-22選抜での出場を含む
天皇杯:1試合/0得点

■小泉選手コメント
「この度、水戸ホーリーホックから完全移籍で加入することになりました小泉勇人です。
このチームでプレー出来ることに、凄くワクワクしています。必ずJ3優勝して皆で一緒にJ2の舞台へ行きましょう。宜しくお願いします!」

小泉 勇人選手 ザスパクサツ群馬へ完全移籍のお知らせ
この度、グルージャ盛岡に育成型期限付き移籍しておりました小泉 勇人選手がザスパクサツ群馬に完全移籍することが決定いたしましたのでお知らせいたします。

【小泉 勇人(こいずみ ゆうと)選手プロフィール】
■ポジション
GK

■生年月日
1995年9月14日(23歳)

■身長/体重
190cm/83kg

■出身地
茨城県

■サッカー歴
大野原SSS→鹿島アントラーズジュニアユース→鹿島アントラーズユース→鹿島アントラーズ→水戸ホーリーホック→グルージャ盛岡(育成型期限付き移籍)

■出場記録
≪2018シーズン≫
【J2リーグ】0試合0得点/【J3リーグ】12試合0得点/【天皇杯】0試合0得点
≪通算≫
【J1リーグ】0試合0得点/【J2リーグ】0試合0得点/【J3リーグ(U-22選抜含む)】13試合0得点/【カップ戦】0試合0得点/【天皇杯】0試合0得点/【ACL】0試合0得点

■小泉 勇人選手 コメント
「この度、ザスパクサツ群馬に完全移籍することになりました。1年間という期間でしたが、数多くの経験をさせていただき、自分のサッカー人生に於いてプラスになりました。どんなときも応援してくださった、サポーターの皆さんには本当に感謝しています。またどこかで会いましょう!ありがとうございました!」


水戸からザスパに移籍する小泉である。
今季は盛岡にてプレイし成長を果たした。
ザスパへの完全移籍で心機一転、更に大きくなろう。
190センチで左利き、貴重なGKとして活躍するのだ。
J2昇格の報を待っておる。

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小笠原満男引退会見

鹿島・小笠原、引退の理由は「チームを勝たせられなくなったから」今後は鹿島への恩返しを希望
2018年12月28日13時19分 スポーツ報知


小笠原満男

 今季限りで現役引退を発表した元日本代表MF小笠原満男(鹿島)が28日、カシマスタジアムで会見した。決断に至った理由を「やめるという最大の理由としては、今シーズン1年を振り返ってみて、なかなか試合に出られる機会が少なくなり、ピッチの上でチームを勝たせることができなくなった」と説明した。

 「サッカーが大好きだし、鹿島アントラーズが大好きだし、まだまだサッカーをしたいっていうのが正直な気持ち」と吐露したが、「チームが好きだからこそ、このチームが強くなっていくためには自分が出場するより、若い選手にピッチに立ってほしい。自分が身を引くときが来たかなと思いました」と決断に至った経緯を明かした。

 引退後の進路については鹿島に残ることを希望した。「やはり鹿島アントラーズに育ててもらった。自分は恩返ししていきたい気持ちが強くなった。これからアントラーズが強くなるために、成長するために、何かためになるものを見つけていきたい」。

 小笠原は1998年に岩手・大船渡高から鹿島入り。2006年まではトップ下、期限付き移籍先のイタリア1部(当時)メッシーナから復帰後の07年以降は主戦場をボランチに変えて、J1通算525試合(69得点)に出場。日本代表でも国際Aマッチ55試合出場(7得点)と活躍し、02年日韓、06年ドイツW杯に出場した。


カシマスタジアムにて会見を開いた小笠原満男である。
「このチームが強くなっていくためには自分が出場するより、若い選手にピッチに立ってほしい。自分が身を引くときが来たかなと思いました」と引退理由を述べる。
引き際が美しい。
また、「やはり鹿島アントラーズに育ててもらった。自分は恩返ししていきたい気持ちが強くなった。これからアントラーズが強くなるために、成長するために、何かためになるものを見つけていきたい」とクラブに残ることを希望する。
素晴らしい。
鹿島の神髄を知る男の残留で、クラブは更に強化されよう。
どのようなポジションが用意されるであろうか。
楽しみに待ちたい。

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安部裕葵に感じる“本物”の予感

【英国人の視点】鹿島・安部裕葵に感じる“本物”の予感。大舞台に立つだけでは満足しない、その資質
鹿島アントラーズは、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)王者としてクラブワールドカップに挑んだが、3位決定戦でリーベル・プレートに敗れた。しかし、この大会で19歳の安部裕葵が大器の片鱗をのぞかせた。(文:ショーン・キャロル)
2018年12月28日(Fri)9時00分配信
text by ショーン・キャロル photo Getty Images


宇佐美や武藤に通じる存在感


鹿島アントラーズの安部裕葵【写真:Getty Images】

 Jリーグからは時折、本物ではないかと思えるような選手が現れてくる。

 もちろん、好調な時期を過ごしてポテンシャルを垣間見せ、所属クラブのファンの期待を高めたかと思えば、その最初の輝きに上積みを加えるのに苦戦し始め、次のレベルへと進むために必要なものを手に入れられないような選手も毎年のようにいる。

 だが時々は、最初から全てを備えた若手が出てくることがある。もちろん洗練と改善は必要だとしても、材料は揃っている。安部裕葵はそういう選手たちの一人だ。

 10年前に私が日本にやってきた頃には、ガンバ大阪で17歳の宇佐美貴史が旋風を巻き起こしていた。2014年には大卒1年目の武藤嘉紀がFC東京で圧倒的な存在感を見せ、欧州のビッグクラブからの関心を引きつけていた。今季は鹿島アントラーズで安部が彼らと同じような力を見せた。

 19歳の安部は宇佐美や武藤ほど得点力の面で脅威になるわけではないが、ピッチ上での振る舞いを見れば、アジア最高のチームですでに全く問題なくプレーすることができている。試合を決められる選手になれる力は十分にある。

 U-19日本代表が来年のU-20ワールドカップの出場権を獲得する戦いを助けてインドネシアから帰国したあと、すぐにACL決勝1stレグのペルセポリス戦に先発起用されたことは、彼が鹿島ですでに高い評価を得ていることを示した。安部は指揮官からの期待を裏切ることなく、チームが2-0の大きな勝利を挙げる上で重要な役割を演じた。

 大舞台にも怖気づく様子は全く見せず、あらゆる形で相手に問題を引き起こしていた。チャンスがあればボールを前へ運び、何かを起こそうと試みていた。

10万人以上のアウェイで「楽しみ」

 宇佐美や武藤がブレイクしようとしていた頃と同じく、安部がボールを持つとスタジアム内に期待の高まりが感じられた。積極的にプレーする意欲を見せた彼は69分間のプレーで5回のファウルを受けつつ、相手陣内でのパス成功率も88.2%(チーム全体では87%)と高い数字を記録した。

「簡単な試合じゃないのはみんな分かっていましたし、押し込まれていようがどんな試合になろうが僕たちは集中して我慢して試合を運ぶという自信があるので。そういうところが見られたかなと思います」と安部は試合後にthe-AFC.comに語った。

「点が入ってからはメンタルのゲームになったけど、自分たちは乱れずにプレーできました。その点で相手を上回れたことも勝利の要因になったと思います」

 ピッチ外でもピッチ内と同様に大人びて落ち着いた様子の安部は、2ndレグに向けて全く緊張するどころか、テヘランの10万人以上の観客の前でプレーできるチャンスを楽しみにしているとも付け加えた。

「僕たちスポーツ選手は、人が入るということで自分の力が出せないようではダメだと思うので。スポーツ選手である限り、そういう環境であるほど自分の力が出せるくらいじゃないとダメだと思っているので、楽しみです」

 アザディでの仕事をやり遂げ、安部と鹿島は今月行われたクラブワールドカップにアジア代表として出場する権利を手に入れた。その舞台でも彼はすぐに強烈な印象を残した。

 今年のJリーグベストヤングプレーヤー賞も受賞した安部が特に脚光を浴びたのはグアダラハラとの準々決勝で決めたファインゴールだったが、彼のゲーム感覚が本物であることをそれ以上に印象づけたのはその1分前に見せたプレーだった。

北中米、欧州、南米の強豪相手に堂々


大舞台に立つだけでなくそこでインパクトを残すことが彼の狙い【写真:Getty Images】

 スコアが2-1で試合の行方がまだ確定していなかった83分、鹿島の攻撃がストップされ、グアダラハラのMFオルベリン・ピネダがボールを持って大きく前進。危険なカウンターアタックを繰り出そうとしていた。

 この状況で多くの若手選手は、正直にボールを奪い返そうと試みることだろう。だが危険に敏い安部は分が悪いことを理解し、チームのために犠牲になることを厭わず、明らかなファウルを犯してイエローカードを受けた。

 これで鹿島は自分たちの命運を握り続けることができ、60秒後には安部自らがGKラウール・グディーニョの必死のダイブも届かない完璧なシュートを叩き込んで勝利を決定づけた。

 グアダラハラ戦では交代出場だった安部だが、この試合で鹿島に勝利を引き寄せる重要な役割を果たしたことで、準決勝のレアル・マドリー戦では先発に復帰。チーム全体としてはガレス・ベイルとその仲間たちに対抗しきれず、ハーフタイムの前後に守備が緩んだ代償として3点のリードを奪われたが、安部は機会があるたびにダニ・カルバハルに対してチェイスし、最後の笛が鳴るまで前線からボールを追い続けた。

 次のリーベル・プレート戦でも鹿島は敗者の側に回ることになったが、4-0というスコアはリーベルにとって出来過ぎたものだった。鹿島がクロスバーを叩く場面も3回あったし、3点目と4点目は89分と93分に記録されたものだ。安部はこの試合でもボールを持てば常に脅威となり、大舞台に立つだけでなくそこでインパクトを残すことが彼の狙いであることを改めて印象づけた。

 今季のような成長を続けていくことができれば、そういう日が来るのはそう遠いことではないはずだ。

(文:ショーン・キャロル)


安部裕葵について記すフットボールチャンネルのショーン・キャロル氏である。
サッカーの僕国・英国人として裕葵を宇佐美や武藤のデビュー時に重ね合わせて評する。
裕葵は2年目にして不動のレギュラーというポジションを得た。
ACL決勝、CWCという大舞台を経験し、来季は更に飛躍することとなろう。
楽しみである。

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中田浩二CRO、満男も鹿島に関わっていくと思う

小笠原引退に盟友・中田浩二氏「鹿島をどう強くするか一緒に考えたい」
[ 2018年12月28日 08:00 ]


中田浩二氏
Photo By スポニチ


 小笠原は長い間、鹿島でタイトル獲得に絡み、レジェンド中のレジェンドだと思う。お疲れさまと言いたい。
 入団した頃は口数は少なかったが、芯はしっかりしていた。仲が良くても、いいライバルで、お互いが切磋琢磨(せっさたくま)し、いい刺激を与え合いながらできた。満男が試合に出たらうれしい半面、悔しくて、「俺も頑張らなくては」と思った。そういう関係だったからこそ、お互いに成長できた。2人とも海外でプレーしていた時も、ときどきロンドンなどで会ったことを思い出す。

 先に引退したのは私だった。その時も「まだまだできる」と言ってくれたが、最後は私の決断を尊重してくれた。今回も満男は悩んで最初に相談してくれた。私の姿勢を見てここまで頑張れた、といってくれたのはうれしかった。

 満男も鹿島に関わっていくと思うので、これからは「鹿島をどう強くするか」を一緒に考えていきたい。満男はクラブW杯で悔しい思いをしているし、一緒に頑張りたいと思う。(元日本代表DF)


満男の引退について語る中田浩二CROである。
満男が引退について考えた際に最初に相談を受けたとのこと。
どのような言葉を返したのか興味深い。
また、「満男も鹿島に関わっていくと思うので、これからは『鹿島をどう強くするか』を一緒に考えていきたい」と言う。
満男はどのように鹿島に関わってくれるのであろうか。
そして、中田浩二と同期としてどれだけ強くしてくれるのか。
更に興味深い。
楽しみである。

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中田浩二CRO、雪の決勝戦を語る。

本山東福岡と雪の決勝 中田「晴れてたら帝京勝ち」
[2018年12月28日7時12分 ]


「雪の決勝」を振り返り取材に応じた中田浩二氏(撮影・杉山理紗)


98年1月、東福岡戦で競り合う帝京・中田浩二(左)


<HEY!SAY!サッカー選手権(3)>

「積もってるなあ!」。ピッチに入場した帝京・中田浩二主将(現鹿島職員)は、一面の銀世界に目を見張った。

全国高校サッカー選手権(30日開幕)の平成時代を振り返る連載「HEY!SAY!サッカー選手権」。第3回は「雪の決勝」として語り継がれる平成9年度(97年度)の第76回大会だ。「黄金世代」が高3で迎えた同大会決勝は、帝京と東福岡が顔を合わせた。

キックオフ1時間前から降り始めた雪でピッチはまっ白。蹴るサッカーを選んだ帝京に対し、本山雅志擁する東福岡は巧みにパスをつなぎ対抗、帝京は逆転負けを喫した。鹿島に同期入団した本山氏からは試合後「一緒に鹿島で頑張ろう」と声をかけられた。

もしあの日、雪が降っていなければ-。そう考えることもあるという。

中田氏 勝ってただろうなと思いますね。なぜって? そう思うしかないじゃないですか(笑い)。モト(本山)と飲んだ時はよく雪の決勝の話になるけど、モトも人がいいから「晴れてたら帝京勝ってたよね~」と言ってくれます。

近年では13年の決勝が大雪に見舞われたが、延期の措置がとられた。

中田氏 僕らの時もやらなくてよかったんじゃないかと思うこともあったけど、それがあったから13年が延期になったのかもしれないし、僕らのしたことは1つの基準になったのかな。

「雪の決勝」はさまざまな側面で日本サッカー史に色濃く残っている。【杉山理紗】


雪の決勝戦について語る中田浩二CROである。
(雪が降っていなければ)「勝ってただろうなと思いますね」と笑いながら言う。
そして、本山が今では「晴れてたら帝京勝ってたよね~」と言うという。
微笑ましいエピソードである。
好敵手が親友となる。
素晴らしい。
高校選手権にて戦うライバルが同じクラブに入団して切磋琢磨していく様は映画化しても良いほどである。
これからも仲良くやって行くであろう。
温かく見守りたい。

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お疲れさま、満男

小笠原満男が引退発表、鹿島の象徴「誇りに思う」

小笠原満男が引退、鹿島ジーコ魂の継承者/写真特集

99年ワールドユース準V貢献/小笠原満男略歴

引退の小笠原満男「鹿島に関わる全ての方々に感謝」

鹿島鈴木「俺が引っ張る」引退小笠原への感謝と覚悟

17冠ミスター鹿島小笠原引退「サボらずに」21年

小笠原「若いやつを…」最後に出た人情味/こんな人
[2018年12月28日7時8分 ]


15年10月31日、ナビスコ杯決勝 鹿島対G大阪 優勝セレモニーで、喜びを分かち合う石井監督(中央左)、MF小笠原(同右)ら鹿島の選手たち


小笠原の年度別成績とチーム順位


<こんな人>

鹿島アントラーズの元日本代表MF小笠原満男(39)が今季限りで現役を引退することが27日、クラブから発表された。

      ◇       ◇

16年末、担当を離れることを満男さんに告げると「裏切り者」と言われた。真顔に驚かされたが、すぐ頬を緩めて握手。彼なりの惜別だった。東日本大震災の復興支援に燃え、仙台や地元のJ3盛岡から興味を示された時期もあったが、国内は鹿島一筋でユニホームを脱ぐ。20冠のうち17冠を経験。誰よりもアントラーズを裏切れない男だった。

寡黙と評判も、情に厚かった。11年の震災後、初めて被災者を招いた試合に敗れた時は土下座した。同期の中田浩二が引退した14年は最終節で優勝を逃し「浩二に『安心して』と言えねえよ」と泣いた。現役最終戦となったクラブワールドカップ(W杯)3位決定戦。3枚目の交代カードで呼ばれた時に「俺じゃなく若いやつを」と後輩に譲ろうとしたという。結局は出場も、かつてなら、そんな行動は取らなかったはず。最後は人情味が出た。

優勝した15年ナビスコ杯で最年長36歳のMVPに輝いた時、本紙に寄せた独占手記に「辞めたいとは思わない。(J元年に)40歳でハットトリックしたジーコを追い越したい」とつづったが、膝痛は深刻だった。「肉を食えば治る」の口癖はもう聞けないが、近い将来、同じ物言いで常勝軍団を鍛え上げる姿を見たい。【元鹿島担当=木下淳】

小笠原満男が現役引退を発表「鹿島に関わるすべての方々に感謝」

柴崎、引退の大先輩・小笠原に感謝「プロとして成長させてくれた」

【記者が見た小笠原】
鹿島を愛し、鹿島に愛された

 仁義を貫く男が、近しい関係者にも当日まで引退を明かさなかった。国内で移籍はなく、出番がない中での現役続行か引退かの選択肢だけ。悩みに悩んだ結果だろう。

 一言でいえば人情に厚い男だ。2011年の東日本大震災で故郷の岩手が被災。発生直後すぐに自らハンドルを握り、物資を積み被災地を飛び回った。16年4月の熊本地震の際も熊本・宇土市出身のDF植田直通(セルクル・ブリュージュ)らと現地に入り、支援活動を実施。同年6月の第1ステージ優勝時は「熊本の方々もたくさん見ている」と優勝トロフィーを植田に掲げさせた。

 積極的に表に出るタイプではない。タイトルを獲得するたびに「他の人に(話を)聞いてあげて」と同僚を立てる。そんな寡黙な主将に仲間は尊敬のまなざしを送る。鹿島を愛し、鹿島に愛された功労者。それが小笠原満男だ。 (サッカー担当・一色伸裕)

鹿島のレジェンド、小笠原が引退…正確なパスと戦術眼で“常勝軍団”牽引

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「正直信じたくない」“レジェンド”小笠原引退にファン悲痛「鹿島の象徴」20冠中17冠に貢献

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10月引退の岩政大樹氏、5年前の鹿島退団は「ミツオさんの健在ぶり」が理由の1つだった


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小笠原引退 鹿島の闘将決断 常勝軍団象徴、復興も支援


【鹿島】元日本代表MF小笠原、引退発表 39歳の決断

関塚技術委員長、引退の報告を受けた小笠原からの電話で改めて認識「サッカー界に貢献してもらいたい人間」

日本代表MF柴崎、鹿島・小笠原の現役引退に「1人の選手として成長させてくれた大先輩」

小笠原が鹿島で721試合目、最後の公式戦ピッチに立つまで…担当記者が見た39歳の意地
2018年12月27日20時0分 スポーツ報知


16年、リーグ優勝を果たしシャーレを掲げる鹿島・小笠原

 鹿島のMF小笠原満男が27日、現役引退を発表した。

■練習は1日も休まず

 今季は膝の痛みとの戦いだったという。関係者によると、膝に水がたまる症状に悩まされていた。それでも痛がるそぶりを見せず、日本一レベルが高いと言われる鹿島の練習を1日たりとも休まなかった。試合に出られる状況ではなくても、練習場のピッチには立ち続けた。決して弱みを見せなかった。

■初めて見た足を引きずる姿

 ACL決勝の前後に行われ、主力組を温存したC大阪戦(10月31日)と柏戦(11月6日)で合計180分間フル出場。勝ち点6を獲得し、ACLへ勢いをもたらした。しかし代償は大きかった。今月初旬のある日の練習。大岩剛監督としばし立ち話をした後、11対11で行われた紅白戦を背にピッチ外へ。別メニュー調整となった。クラブハウスから自家用車に乗り込む際には、明らかに足を引きずっていた。初めて見る姿だった。クラブW杯が行われたUAE移動後は、ついに膝にアイシングを施した状態で報道陣の前に姿を見せていた。

■「もしかしたら」

 クラブW杯3位決定戦・リバープレート戦が小笠原にとって最後の公式戦となった。後半28分に2点目を失い、0―2となった直後。記者席から、大岩剛監督がウォーミングアップエリアにスタッフを走らせる姿が見えた。交代カードはMFレアンドロかFW山口一真あたりを予想していたので、小笠原がベンチに向かった時は驚いた。と同時に「もしかしたら」と察するものもあった。

■悪党、スター、英雄

 アウェー戦の選手紹介時は、誰よりも大きなブーイングを受けていた(最近では鈴木優磨もなかなかだが、小笠原の域には達していない)。小笠原絡みの質問をすると内田篤人が、昌子源が、鈴木優磨が、目を輝かせながら担当1年目の私に小笠原の偉大さ、魅力を話してくれた。悲願のACLを制し優勝カップを掲げる姿は、私が子供の頃にテレビで何度も見た光景だった。敵から見れば憎き悪党。味方にすれば勝ち方を知る偉大なスター。サポーターからすれば多くのタイトルをもたらしてくれる英雄だった。

■個人17冠

 獲得した主要タイトルはJ史上最多の17個。優勝の味を知ることなくサッカー界を去る選手が数多くいる中で、脅威の数字だ。ジーコ・テクニカルディレクターは言う。「サッカー選手というものは、引退した時にいくつのタイトルを獲得したかで評価が決まるものだ」。21年間のプロ生活に別れを告げ、個人17冠を誇る「日本一のサッカー選手」がユニホームを脱ぐ。(記者コラム・岡島 智哉)

【鹿島】“ミスター・アントラーズ”小笠原満男引退 39歳、プロ21年で17冠貢献
2018年12月28日6時0分 スポーツ報知


優勝皿を掲げる鹿島・小笠原満男(中央)

 鹿島は27日、元日本代表MF小笠原満男(39)が今季限りで現役から引退すると発表した。1998年に大船渡高から鹿島入り。イタリア1部(当時)メッシーナに期限付き移籍した2006年夏~07年夏を除いて、20年にわたり鹿島をけん引し、17個のタイトル獲得に貢献した。日本代表として02、06年大会に出場するなど、一時代を築いた。21年、日本サッカー界を引っ張ってきた名MFがユニホームを脱ぐ決断を下した。決断の経緯、第二の人生については近日中に開かれる会見で明らかにされる。

 ミスター・アントラーズが21年のプロ生活に終止符を打った。関係者によると、MF小笠原は11月下旬、クラブとの契約交渉の席上「僕から話が」と切り出し、「前々から考えていたけど、引退というか長期の休みを取ろうと思います」と申し出たという。家族に相談していないこと、契約延長を望んでいたことからクラブは再考を促したが、12月上旬に決断が変わらないことが確認された。

 小笠原は1998年に岩手・大船渡高から鹿島入り。相手の穴を突く頭脳と正確なパスを武器に台頭した。イタリアから復帰した07年以降はボール奪取力を上積みし、国内主要大会、ACLで17度の優勝をもたらした。17冠はGK曽ケ端(鹿島)と並んで最多タイ記録。必ずしも技術の高さが勝敗に直結しない世界で、「チームを勝たせられる選手」を地でいった。

 鹿島の鈴木満常務は「25年を迎えたJリーグ全体のMVPを決めるとしたら、満男。日本人で一番貢献度が高い」と感謝した上で、小笠原と優勝回数の因果関係を説明した。「自分が得意なこと、やりたいことをしていただけでは試合に勝てない。自分を押し殺して我慢することも必要になる。それができる選手だったし、勝負どころを見極める力はずば抜けていた」

 右膝故障を抱え 39歳を迎えた今季は膝に水がたまる症状に悩まされた。リーグ戦は14試合の出場にとどまり、11月のACL初制覇でクラブ20冠目を達成した試合も欠場。「ベンチにいることは耐えられない」と語っていた男とは思えないような、優しい笑みを浮かべ、トロフィーを頭上に掲げた。22日に行われたクラブW杯3位決定戦・リバープレート戦(0●4)で、終盤に投入されたのが最後の公式戦となった。引退後の進路については、未定としている。

 小笠原は「鹿島アントラーズという素晴らしいチームでここまでプレーでき、鹿島アントラーズでサッカー選手として引退できることを、とてもうれしく、そして誇りに思います」と広報を通じてコメント。今季限りで引退したGK川口能活氏(最終所属・相模原、43)に続き、サッカー界を引っ張ってきた小笠原が多くのタイトルを残してスパイクを置く。(内田 知宏)

 ◆第2の人生は? 3つの可能性

 小笠原の今後については、「自分の口からきちんと説明したい」という強い希望でこの日、鹿島が出した引退の公式リリースには明記されなかった。第二の人生について、これまでの取材から可能性を探っていく。

 《1》漁師 20代の頃は、海が好きなことから、漁師になることを引退後のファーストチョイスに据えていた。実際に大型自動車、船舶の運転免許を取得するなど準備を進めていた。だが、最近では彼の口から出なくなっている。

 《2》復興支援活動 11年3月に東日本大震災が起きてから、故郷の岩手を中心に、東北サッカー界の復興を目指して支援活動を続けている。来年1月にも東北で交流サッカーイベントを開催予定。

 《3》指導者 第3子となる小学3年の長男のサッカー練習に熱心に付き合い、同学年では飛び抜けた存在に。

 ◆小笠原 満男(おがさわら・みつお)

 ▼生まれとサイズ 岩手県盛岡市。173センチ、72キロ。

 ▼愛称 みつおさん、みつ、キャプテン、ボス。

 ▼花の98年入団組 後に鹿島の黄金時代を築くDF中田浩二、MF本山雅志、GK曽ケ端準らと同期入団。なお、曽ケ端とはJ1通算500戦出場を全く同じ試合(2017年4月16日仙台戦)で達成。

 ▼いたずら好き 多くの後輩選手が“被害者”に。38歳の誕生日に行われた練習後、ある後輩選手が勇気を振り絞って水を浴びせるお祝い。その選手がロッカールームへ戻ると、全ての私服、下着が水浸しだった。他にも「選手寮の『ソバ』のメニュー板を『ソガ(曽ケ端の愛称)』に書き換える」、「後輩の車のボンネットで目玉焼きを作ろうとする」など逸話は数知れず。

 ▼故郷の復興へ全力 東日本大震災発生から1週間後の3月18日には被災地へ。5月31日には「東北人魂を持つJ選手の会」を立ち上げ、以後継続的に支援活動を行う。昨年12月には遊び場所を失った子供たちのために「自由に体を動かせる場所をつくりたい」と提案していた人工芝グラウンドが完成。人工芝の選定には10か所を巡った。

 ▼とことん ゴルフを始めてから1年でスコア80を切る。上達のコツは、100ヤード以内からは「入れに行く」攻めの姿勢で取り組むことだという。

 ▼好きな言葉 勝利。

 ▼嫌いな言葉 敗北。

 ▼お約束 練習試合で相手選手と衝突し、お互いが倒れる。体が強いことで知られる小笠原にはチームメートは誰も駆け寄らない。倒れた相手選手を心配し、「大丈夫か」「ぶつかった相手が悪かった」と言うのがルール。

 ▼野性児伝説 体幹トレーニングを選手が取り入れ始めた時、全体練習以外では一切行わず。「体幹(トレ)なしで俺は優勝する」と言って、3連覇を成し遂げ、MVPに。けがした選手に「寝れば治る」「食えば治る」と声をかける。普通の人は決して食べない生肉を食べている姿の目撃情報多数。

【鹿島】栄光の大役「満男さんしかいない」…ACL決勝表彰式

ヘタフェ柴崎、引退の小笠原に感謝「成長させてもらいました」日本代表合宿2日目

【鹿島】「小笠原」という男 誰よりも「チーム」のために 内田記者が見た
2018年12月28日6時5分 スポーツ報知


鹿島・小笠原満男

 昨年9月、ルヴァン杯敗退が決まった仙台戦後、小笠原はロッカールームの前でGK権純泰(クォン・スンテ)が着替え終わるのを待っていた。通訳が到着すると、一生懸命に伝え始めた。「スンテの行動は間違っていない。申し訳なかった。(鈴木)優磨が悪い。でも、反省しているから許してやってほしい」

 試合後のあいさつ、握手を怠った鈴木は、権から「お前だけが悔しいんじゃない」と怒られ、悪態をついた。小笠原は後輩のことを謝りに行ったのだった。全北現代(韓国)のレジェンドだったGKが一念発起し、来日して1年目。「チームメートからあんな態度を取られたら帰ろうと思う、と思う。一緒にチームで戦ってほしかったから」と言った。

 若い頃、テレビで「(質問の)意味が分からない」とぶっきらぼうに言った。規律を乱した元ブラジル代表FWエウレルを突き飛ばしたこともある。ジーコ・ジャパンで出場への思いを口にしたら、「国内組VS海外組」という構図の急先鋒(せんぽう)に祭り上げられた。勝負に徹する憎らしいプレーとともに切り取られ、「ヒール」として見られることもあった。

 だが、01年から見続けてきた中でそう感じたことはない。言動をしっかり見れば、小笠原が原因となっているケースは少ない。実際に復興支援へ向かう車に同乗した際には、フル出場した直後にもかかわらず、運転手への配慮から8時間の深夜ドライブで一睡もせずに、話し相手になっていた。チームメートが差別的行為を受けた際には、抗議の先頭に立った。負けた原因を「誰かのせいにしない」は21年、ずっと貫いた。

 引退をチームメートに伝えたのは、全日程終了後の23日。「最後まで自分のことでチームに迷惑をかけたくない」という考えだった。いつも相手からは特大のブーイングを浴びせられ、自チームからは最も頼られた男。17冠を手にする過程で最も大事にしていたものが「チーム」だった。(01~03、06~17年鹿島担当・内田 知宏)

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小笠原満男の引退を報じる各紙である。
多くのメディアが取り上げており、偉大なフットボーラーの引き際が伝えられる。
代表選手のコメントや同世代であるゴールデンエイジの面々の今など多くの情報が並ぶ。
その中で優磨は自信のInstagramにて今後の鹿島を引っ張る旨を表明し、我らを勇気づける。
これは嬉しい。
また、ニッカンの木下記者、サンスポの一色記者、報知新聞の内田記者、岡島記者は番記者ならではの彼らの持つ気持ち、エピソードが記名にて明かされる。
小笠原満男という男がどのような人間であったか垣間見ることが出来よう。
内田記者が改めて伝える鈴木満常務強化部長の言葉、「自分が得意なこと、やりたいことをしていただけでは試合に勝てない。自分を押し殺して我慢することも必要になる。それができる選手だったし、勝負どころを見極める力はずば抜けていた」は、多くの社会人は心に響くのではなかろうか。
そして、エウレルを突き飛ばしたエピソード、天皇杯の勝利後にてインタビュアーにぶっきらぼうに応えたことなど、思い出が蘇ってくる。
個人的には、2005年に「心の風邪」にて試合を欠場し、そこからタイトルを逃すこととなった悪しき記憶もあった。
そして、満男はそれ以上に多くの喜びと感動を与えてくれた。
素晴らしい“人間”であった。
まずはゆっくり休んで貰いたい。
これからについては近日中に行われる会見にて明らかにされる見込み。
どのような2ndキャリアを歩み始めるのであろうか。
楽しみに待ちたい。

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鹿島が打つ戦力確保の策は

昌子の移籍は既定路線…アジア王者・鹿島が打つ戦力確保の策は?
サッカーダイジェストWeb編集部
2018年12月27日


注目される攻守の要の動向は…


伊藤(左)の加入が決まり、白崎(右)の獲得も濃厚。昌子(左から2番目)の移籍は既定路線だが、鈴木(右から2番目)は慰留できるようだ。(C)SOCCER DIGEST

 クラブW杯を4位で終了し、2018年シーズンがようやく終わりを告げた鹿島。選手たちは束の間の休息に入ったが、来たる2019年シーズンに向け、新たなるチーム作りはすでに始まっている。

 一番の注目は、DF昌子源の去就だろう。6月のロシアW杯で活躍し、今夏、フランス1部のトゥールーズ、ストラスブールの2チームから公式オファーを受けた。しかし、鹿島のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)優勝を優先に考え、海外挑戦を断念。ACLを制したことでクラブも移籍を容認し、今冬での欧州移籍の可能性が高まっている。

 鹿島の強化部は「本人の希望。契約は相手と(昌子)源のサイドで進めている。あとは見守るだけ」と話し、交渉は代理人と移籍先との話し合いに委ねている。ブンデスリーガのクラブも獲得に関心を寄せていたが、交渉はすでにトゥールーズとの間で一本化されており、年内にも話し合いがまとまる様子であり、移籍も秒読みに入っている。

 昌子同様に、海外移籍の噂が絶えないのがFW鈴木優磨。今夏も欧州の複数のクラブが触手を伸ばしたが、「今季は何も成し遂げていない。(その)タイミングじゃないでしょ」と残留を決意。夏にFW金崎夢生が鳥栖へ移籍したことで、その重責は大きくなり、時間の経過とともにチームのエースへと成長した。今季はキャリアハイのふた桁得点(11点)を記録し、ACLでは大会のMVP(最優秀選手賞)も受賞。22歳の大黒柱の移籍は、クラブとしても容認し難いのが現状であり、残留は濃厚だ。

 26日には、DF三竿雄斗の大分移籍が発表され、昌子の退団も決定的。となれば、最終ラインの補強が急務と考えられるが、クラブは「中盤のゲームメーカー」と「前線のポストプレーヤー」の獲得を画策している。

 7月25日のC大阪戦で、昌子が左足首を負傷。長期離脱を余儀なくされたが、このタイミングで加入した韓国代表DFチョン・スンヒョンが早期に適応した。またDF犬飼智也も奮闘し、“守備の要”を欠く状況下でも、ACLで結果を出すことができた。

伊藤のほかにも複数の獲得選手の獲得が発表されるか


横浜から獲得した伊藤は、鈴木とのターンオーバーで起用されそうだ。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部)

 問題は攻撃だ。来季もACL、リーグ戦などを並行して戦うだけに、鈴木ひとりに負担を強いるのは避けたいところ。夏に得点力のあるMFセルジーニョを獲得したが、主戦場は中盤であり、本職ではない。前線でタメを作れるFWとして、クラブは横浜の伊藤翔に白羽の矢を立てた。184センチの長身アタッカーで、今季は自己最多タイの8得点を挙げている。ターンオーバーでの鈴木との併用が予想される。

 また、中盤では「ラストパス」を出せる司令塔も渇望している。2017年1月にMF柴崎岳がスペインへと渡って以降、ゲームメーカーを欠く状況。成長著しいMF三竿健斗とMFレオ・シルバの両ボランチは、守備力に定評があるものの、司令塔タイプではない。MF永木亮太も推進力はあるが、同様にパスで組み立てるタイプではない。

 また、2017年よりJ2の町田へ期限付移籍していたMF平戸太貴が来季から復帰。今季は8得点・17アシストを記録し、町田躍進の原動力となった選手だ。チームが必要とするパスをさばくタイプであり、将来性ある21歳だが、J1での経験が乏しい。そこで目をつけたのが清水のMF白崎凌兵だった。

 白崎は攻撃的なポジションを複数こなせる万能型MFであり、精度の高いラストパスには定評のある選手。清水では「10番」をつけ不可欠な存在となっているが、今季で契約が満了する。清水は同選手と複数年の契約延長を持ちかけて慰留に努めてきたが、かねてより「タイトルを取りたい」「海外でプレーしたい」など、上昇志向が強く、移籍も視野に入れている。

 鹿島の強化部は、クラブW杯後に「まだどうなるか分からないけど、楽しみにしておいて」と契約交渉に手応えを口にしている。年内で数人の獲得発表も起こりえる状況だ。


鹿島の移籍状況について記すサッカーダイジェストWeb編集部である。
源のトゥールーズ移籍は秒読み、優磨は残留が濃厚とのこと。
優磨を慰留出来たことは大きい。
そして、「中盤のゲームメーカー」として白崎、「前線のポストプレイヤー」として伊藤翔の獲得を計ったことが伝えられる。
伊藤翔は公式発表され、白崎も濃厚と報じられる。
前戦と中盤の補強は成った。
この他に外国人の「絶対的存在」が公言されておるが、今のところ情報は無い。
それ対して「まだどうなるか分からないけど、楽しみにしておいて」と鈴木満常務強化部長は語る。
どのポジションにどのような助っ人がやってくるのであろうか。
楽しみにしたい。

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小笠原満男引退

小笠原選手 現役引退のお知らせ
2018年12月27日(木)

小笠原 満男選手が2018シーズンをもって現役を引退することとなりましたので、お知らせいたします。

<選手プロフィール>
■氏 名: 小笠原 満男(おがさわら・みつお)
■生まれ: 1979年4月5日、岩手県出身
■ポジション: MF
■サイズ: 173センチ、72キロ
■経 歴: 盛岡太田東サッカー少年団-大宮中学校-大船渡高校-鹿島アントラーズ(1998)-メッシーナ(2006、イタリア)-鹿島アントラーズ(2007)

■鹿島での公式戦成績
J1リーグ通算 525試合69得点
リーグカップ通算 63試合8得点
天皇杯通算 59試合11得点
Jリーグチャンピオンシップ通算 7試合1得点
FIFAクラブワールドカップ通算 4試合0得点
AFCチャンピオンズリーグ通算 44試合3得点
アジアクラブ選手権通算 9試合2得点
アジアカップウィナーズカップ通算 2試合1得点
A3マツダチャンピオンズカップ通算 3試合1得点
ゼロックススーパーカップ通算 6試合0得点
スルガ銀行チャンピオンシップ通算 3試合0得点

■獲得タイトル
Jリーグ優勝(1998、2000、2001、2007、2008、2009、2016) 7回
リーグカップ優勝(2000、2002、2011、2012、2015) 5回
天皇杯優勝(2000、2007、2010、2016) 4回
AFCチャンピオンズリーグ優勝(2018) 1回
A3マツダチャンピオンズカップ(2003) 1回
スルガ銀行チャンピオンシップ優勝(2012、2013) 2回
ゼロックススーパーカップ優勝(1998、1999、2009、2010、2017) 5回

■個人タイトル
2009年 JリーグMVP
2009年 フットボーラーオブザイヤー ※
2001、2002、2003、2004、2005、2009年 Jリーグベストイレブン
2000、2001年 JリーグチャンピオンシップMVP
2002、2015年 JリーグヤマザキナビスコカップMVP
2000年 天皇杯MVP
※運動記者クラブ表彰

■代表歴
日本代表 55試合7得点
・日本代表(2002、2006 FIFAワールドカップ出場)
・U-22、U-23日本代表
・U-15~U-20日本代表
※U-20日本代表(1999 FIFAワールドユース選手権出場)

■小笠原選手コメント
「今シーズンをもって、鹿島アントラーズで現役生活を終えるという決断をしました。これまで自分を支えてくれた方々、一緒に頑張ってきた選手達、応援してくれたサポーター、鹿島アントラーズに関わるすべての方々に感謝しています。鹿島アントラーズという素晴らしいチームでここまでプレーでき、鹿島アントラーズでサッカー選手として引退できることを、とても嬉しく、そして誇りに思います。本当にありがとうございました!」


2018年シーズンをもっての引退を表明した小笠原満男である。
正直絶句した。
気を取り直して筆を執ると、永遠に現役でいるプロサッカー選手はおらぬ。
満男にもこの日が訪れてしまったということであろう。
正直、寂しい。
リーグ戦最終節の表情や、CWC3位決定戦にて少々察したところもあった。
しかしながら、セレッソ戦でのパフォーマンスを観れば、まだまだ鹿島を牽引してくれることを確信しておったことも事実であった。
これほどの偉大な選手と共に、多くのタイトル、勝利を積み重ねられたことは、本当に幸せであった。
お疲れさま。
そして本当にありがとう。

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古川昌明氏、いわきFCのGKコーチに就任

いわきFC GKコーチに古川昌明氏が就任
このたび、いわきFCは、2017年までJ1リーグの鹿島アントラーズでGKコーチを務めていた古川昌明氏が、2019年シーズンからGKコーチに就任することになりましたので、お知らせいたします。

【プロフィール】

■氏名
古川 昌明(MASAAKI FURUKAWA)

■役職
GKコーチ

■生年月日
1968年8月28日(50歳)

■出身地
千葉県

■経歴
≪選手歴≫
1992年〜1998年  鹿島アントラーズ(J通算:126試合0得点)
1998年  アビスパ福岡(J通算:1試合0得点)
1999年~2000年  鹿島アントラーズ(J通算:0試合0得点)

≪指導歴≫
2001年  コリンチャンスSC(ブラジル) GKアシスタントコーチ
2002年  CFZ(ブラジル) GKコーチ
2003年〜2008年  川崎フロンターレ GKコーチ
2009年〜2011年  川崎フロンターレU-18 GKコーチ
2012年~2017年  鹿島アントラーズGKコーチ

■コメント
いわきFCの持つビジョン、そして夢や目標を実現するためにGKコーチとして全力で努力してまいります。
いわきFCに関わる全ての皆様、よろしくお願いいたします。


いわきFCのGKコーチに就任する古川昌明氏である。
これは面白い。
このクラブをJリーグに加盟させるため尽力していくのだ。
良い報を待っておる。

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鹿島アントラーズ、Double pass社と提携

New co-creation journey with Kashima Antlers FC


Double pass is proud to be working together with the 2018 Asian Football Confederation (AFC) Champions League winner, Kashima Antlers FC.

Kashima Antlers FC is a Japanese football club playing in the J1. The club has proved by far Japan’s most successful football club, having won the J. League title eight times, the J. League Cup six times and the Emperor’s Cup five times.

Double pass is thrilled to get the opportunity to inspire, advise and guide the key stakeholders of the club involved in the process of Talent Development. Together with the Japanese club we will deliver a co-creation journey with a focus on “How to create and position the role of a head of coaching in an Elite Academy”.


ベルギーのDouble pass社とアカデミーについて提携する鹿島である。
育成部門の強化はジーコTDが強く提唱しておる。
その一環と言って良かろう。
欧州のノウハウを得て更にクラブの力は増していく。
鹿島の未来が楽しみである。

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金沢・梅鉢、契約更新

梅鉢 貴秀 選手 契約更新のお知らせ
2018.12.27

この度、梅鉢 貴秀 選手が2019シーズンもツエーゲン金沢でプレーすることが決定いたしましたのでお知らせいたします。

■梅鉢 貴秀 Takahide UMEBACHI

ポジション:MF

出身地:大阪府

生年月日:1992年6月8日

身長/体重:177cm/67kg

チーム歴:高槻FC- 如是中- 関西大第一高- 鹿島アントラーズ- モンテディオ山形- 鹿島アントラーズ

梅鉢選手コメント:「今シーズンの反省を活かしてより良い成績を残せるように闘いたいと思います。ご声援よろしくお願いします!!


金沢と契約を更新した梅鉢である。
移籍1年目の今季は、24試合に出場し、キャプテンマークも巻いた試合もある。
主軸と考えて良かろう。
来季は上位進出を目指し、中盤を制圧するのだ。
活躍の報を待っておる。

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ようこそ伊藤翔

伊藤選手が加入
2018年12月27日(木)

伊藤 翔選手が横浜F・マリノスより完全移籍で加入することとなりましたので、お知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名: 伊藤 翔(いとう・しょう)
■生まれ: 1988年7月24日、愛知県出身
■サイズ: 184センチ、76キロ
■ポジション: FW
■経歴:
小野小学校(名古屋FC)-中部中学校(FC.FERVOR愛知)−中京大学附属中京高校−グル
ノーブル・フット38(フランス)−清水エスパルス(2010)-横浜F・マリノス(2014)

■公式戦成績:(国内リーグ所属時のみ)
J1リーグ通算 183試合37得点
リーグカップ通算 37試合13得点
天皇杯通算 21試合7得点
AFCチャンピオンズリーグ 4試合1得点

■伊藤選手コメント
「初めまして、伊藤翔です。アジアチャンピオンクラブに加入でき、非常に光栄に思っています。タイトル獲得の力になれるよう身を粉にして頑張りたいと思います。よろしくお願いします」

以上


Fマリノスより加入する伊藤翔である。
これは朗報。
高さがあり、1TOPも張れるセンターFWはのどから手が出るほどに欲しかった。
これで優磨の負担もかなり軽減されるというもの。
伊藤翔は、高卒時に当時アーセナルのベンゲル監督が非常に高く評価したことで有名である。
プレミア入りこそ無かったが、仏にてプロデビューした経歴を持つ。
豊富な経験でアジアと国内の両タイトルを狙うために尽力して貰おうではないか。
期待しておる。

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植田対豊川の対決の行方

豊川オイペンが植田セルクル・ブリュージュ破る
[2018年12月27日9時3分]

<ベルギーリーグ:セルクル・ブリュージュ0-1オイペン>◇26日◇ブリュージュ

FW豊川雄太が所属するオイペンがアウェーでDF植田直通が所属するセルクル・ブリュージュを1-0で下した。

前半17分、MFファルが挙げた1点をオイペンが守りきった。

豊川は1トップで5試合連続のスタメン出場を果たしたが、無得点に終わり後半45分に退いた。「早い段階で1点取れたのが大きかった。中2日で結構、体がキツかったですが、最低限の仕事は出来た」。

植田は4試合連続でフル出場。豊川が逆サイドに位置したためマッチアップはあまりなかったが、「豊川は相当、変わった。成長した」とコメントした。

オイペンは8勝1分け12敗の勝ち点25で10位。セルクル・ブリュージュは7勝4分け10敗の勝ち点25で11位。


セルクル・ブルージュの植田との同期対決を制したオイペンの豊川である。
豊川本人は無得点に終えたが、試合終了間際まで出場し勝利に貢献した様子。
「早い段階で1点取れたのが大きかった。中2日で結構、体がキツかったですが、最低限の仕事は出来た」という言葉に充実感を感じさせられる。
また、相対した植田は、「豊川は相当、変わった。成長した」と同期を評す。
欧州にて大きく成長しておることが伝わる。
同級生の二人が切磋琢磨し、更に大きくなっていくのだ。
楽しみにしておる。

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さらば三竿雄斗

三竿雄斗選手が大分トリニータに移籍
2018年12月26日(水)

三竿 雄斗選手が大分トリニータに完全移籍することとなりましたので、お知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名: 三竿 雄斗(みさお・ゆうと)
■生まれ: 1991年4月16日、東京都出身
■サイズ: 175センチ、70キロ
■ポジション: DF
■経歴: グレンシルズ(カナダ)-横河武蔵野FCジュニア-横河武蔵野ジュニアユース-東京ヴェルディユース-早稲田大-湘南ベルマーレ(2014~、2013年 湘南ベルマーレ特別指定選手)-鹿島アントラーズ(2017)

■公式戦成績
J1リーグ通算 68試合3得点(鹿島では3試合0得点)
J2リーグ通算 0試合1得点
リーグカップ通算 9試合0得点(鹿島では1試合0得点)
天皇杯通算 7試合1得点(鹿島では1試合0得点)
AFCチャンピオンズリーグ 3試合0得点

■三竿雄斗選手コメント
「鹿島アントラーズに関わる全ての皆様、2年間ありがとうございました。そして、チームの力になることが出来ずに申し訳ありませんでした。鹿島での2年間の大半の時間は怪我、特にグロインペイン症候群との戦いでした。完治したと思ったら再発を何度も繰り返し、先が見えない中で何度も心が折れそうになりましたが、鹿島のユニフォームを着てピッチに立ち、勝利に貢献することを目標に必死にもがいてきました。残念ながら、ピッチでチームに貢献することは出来ませんでしたが、素晴らしい選手、スタッフ、サポーターの方々と2年間共に過ごせて幸せでした。特に、メディカルスタッフには自分のわがままをたくさん聞いてもらい、必死に治療に当たってもらって感謝してもしきれません。しかし、きっとこの苦しい期間が自分の人生にとっては必要な時間であり、今後飛躍するための糧になると信じています。自分にはまだまだたくさんの目標がありますし、まだまだ成長出来ると思っています。これからも鹿島アントラーズがたくさんのタイトルを取り続けることを心から祈っています。本当にありがとうございました」

三竿雄斗選手 鹿島アントラーズより完全移籍加入のお知らせ
この度、鹿島アントラーズより三竿雄斗選手が大分トリニータへ完全移籍加入することが決定いたしましたので、お知らせいたします。

◆三竿 雄斗(みさお ゆうと)選手

【ポジション】   MF

【出身地】     東京都

【生年月日】    1991年4月16日 (27歳)

【身長・体重】   175cm / 70kg

【経歴】      グレンシルズ(カナダ)→ 横川武蔵野FCジュニア → 横川武蔵野FCジュニアユース → 東京ヴェルディユース → 早稲田大 → 湘南ベルマーレ【コメント】

「はじめまして、鹿島アントラーズより加入することになりました三竿雄斗です。このような素晴らしいクラブに加入することが出来て大変光栄ですし、感謝しています。これまでの人生、何度も苦しい時期があり、その度に必ず這い上がってきました。鹿島ではピッチで自分の力を示すことができませんでしたが、ここからもう一度這い上がれると確信しています。大分トリニータの勝利のため、全身全霊で戦いたいと思います。よろしくお願いします!」


大分に完全移籍する三竿雄斗である。
これは寂しい。
本人のコメントにもあるように、鹿島での2年間は負傷との戦いであった。
苦しかったと思われる。
それを乗り越えこの移籍である。
大分でMF登録とのことなので左ウィングバックの起用となるのであろうか。
J1残留に導くため尽力して欲しい。
活躍の報を待っておる。

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大分、三竿雄斗に正式オファー

大分 来季J1に向け積極補強!湘南MF“ハードワーカー”高山の獲得濃厚
[ 2018年12月26日 07:47 ]

 来季J1に昇格し、積極補強を進める大分が湘南MF高山薫(30)を獲得することが濃厚となった。1メートル74の高山は攻撃的MFやウイングバックを主戦場にするハードワーカーで、今季はリーグ20試合に出場。18年シーズンは無得点に終わったものの15年にはリーグ33試合7得点を挙げるなど得点嗅覚も持っている。
 大分はすでに今季J2リーグ2位の22得点を挙げたFWオナイウ阿道や将来性の高いDF庄司朋乃也など4選手の補強に成功。また鹿島DF三竿雄斗(27)に正式オファーを出していることも判明した。


三竿雄斗に正式オファーを出した大分である。
J1に上がってくるクラブとしては実績のある左サイドのプレイヤーはのどから手が出るほどであろう。
鹿島では、2年在籍し、怪我もあって出場機会に恵まれておらぬ。
不動の脩斗に加え、安西が狙うであろう来季も確固たるレギュラーに座ることは困難と考えれば、大分への移籍を決断するやもしれぬ。
雄斗の去就に注目である。

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庄野社長・大岩監督、鹿嶋市長表見訪問

J1鹿島 ACL優勝「来季は連覇」 大岩監督ら鹿嶋市長表敬

錦織孝一鹿嶋市長(中央)を訪問した鹿島アントラーズの大岩剛監督(右)と庄野洋社長=25日午後、鹿嶋市役所

サッカーJ1鹿島アントラーズの大岩剛監督と庄野洋社長が25日、鹿嶋市役所を訪れ、アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)初制覇などを錦織孝一市長に報告した。大岩監督は「総力戦で戦うことができた」と今季を振り返り、来季へ向け「国内タイトルも取り、ACLの連覇を目標にやっていく」と抱負を述べた。

2人が優勝トロフィーを手に庁舎前に到着すると、錦織市長ら市職員が拍手で出迎え、花束を手渡した。鹿島はACL優勝で、主要大会の通算優勝回数を20に伸ばしており、庄野社長は「ACLで20冠目を取れて非常にうれしい。世界に鹿島の名を広めることができた」と話した。錦織市長は「アントラーズの活躍は最高の誇り」とねぎらった。懇談で、来年1月に市内で予定される優勝パレードにについて話題に上った。

2人は同日、鹿嶋市以外のホームタウン各市も訪問。大岩監督は「皆さんに支えられていることを実感した。ホームタウンにいい影響を与える存在になっていきたい」と話した。(藤崎徹)


鹿嶋市役所を表敬訪問した庄野社長と大岩監督である。
ACL制覇を錦織市長に報告した。
大岩監督は「国内タイトルも取り、ACLの連覇を目標にやっていく」と来季の抱負を述べた。
特にACL連覇を果たして欲しいと強く願う。
来季は決勝戦の第2戦をホームで行われるため、満員のカシマスタジアムにて歓喜を味わいたい。
ホームタウン・フレンドリータウンが総力で支え、成し遂げようではないか。
期待しておる。

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内田篤人復活の挑戦はまだ1シーズンが終わったばかり。「全冠制覇」というクラブの悲願達成まで戦いは続いていく

内田篤人。「一度アスリートとしては死んだ身だから」。60試合を戦い抜いたチームの中で
寺野典子



■何試合休んだか、何回けがしたか

12月22日のFIFAクラブワールドカップ3位決定戦は、鹿島アントラーズにとって、今季60試合目だった。もちろんリーグ最多試合数である。

「チームとして60試合戦ってきて、試合後、(大岩)剛さんからも『お疲れさま』という話もあったけど、俺は全然出ていないし、シーズンを通して戦う体を作らなくちゃいけない。何試合休んだか、何回けがしたか知らないけど。自分としてはもっとやらなくちゃいけないと思っている。結局2年くらい休んで、一度アスリートとしては死んだ身だからね。変な話。こんなに休んだアスリートの復帰も知らないし、自分のようなケガをした人も知らない。だから、未知な部分も多い、手探りだった」

復帰1シーズン目の内田篤人はそう振り返った。

今年1月。鹿島アントラーズ新加入選手発表会見で、最も注目を集めたのは当然内田篤人だった。昨季リーグ戦を取れず巻き返しを誓った鹿島だったが、新卒選手以外では、清水エスパルスの犬飼智也、東京ヴェルディの安西幸輝、そしてウニオンベルリンからの内田と少数精鋭の補強にとどまっている。

10数人の記者に囲まれて内田は、「ケガの具合は?」という質問に対して、「ベルリンでは毎日練習をやっていましたから」ときっぱりと答えた。昨年夏にシャルケからウニオンベルリンへ移籍した当初は試合出場もあったが、秋に負傷して以降は、ほとんどベンチ入りもままならない状態での鹿島加入だったのだから、心配の声も当然だっただろう。

しかし、昨年12月下旬、ウニオンの練習場で汗を流す内田の姿を見た。

若い選手に混じり、食らいつくような姿勢だったことを覚えている。それでも試合に出られない。移籍が規定路線だったから、起用がなかったのか、それとも純粋に戦力としては物足りないと指揮官に判断されたのか分からないいけれど、明確に言えばレギュラーポジション争いで負けた結果の試合不出場だったのだ。

だから、鹿島への復帰に私は不安を感じてはいなかった。

「まあ、肉離れとかはあるかもしれないけれど、ケガについては、こちらのチームドクターもチェックして、問題ないと判断している」と鈴木満強化部長も語っている。

■「先輩」「ベテラン」としての自覚

シーズン前のキャンプも休むことなくすべてを消化し、2月3日の水戸ホーリーホックとのプレシーズンマッチ、2月14日のAFCチャンピオンズリーググループステージ第1節・上海申花戦に先発している。続くアウェイでの水原三星戦には帯同しなかったものの、2月25日自身の故郷である静岡での明治安田生命J1リーグ開幕戦(対清水エスパルス)でも先発した。

しかし、これ以降は、戦線を離脱している。負傷箇所を痛めたというよりも、肉離れなどの筋肉系の新たな負傷が原因だった。考えてみれば、2年も休んでいたのだ。いきなりプロアスリートとして毎週末戦える身体に仕上がっているわけもなく、好調な状態が続いているときにも疲労が蓄積され、筋肉が悲鳴をあげるのもしかたのないことだった。数週間、数カ月後に復帰しても、また離脱。そういうことの繰り返しが身体を鍛えていく。

夏が終わり、ACLに勝ち進んだことで、日程の過密さが増した。週2試合が当然のようなカレンダーをチームは消化していく。そういうなかで、西大伍とのターンオーバーのような形で、内田は週1試合というスケジュールで戦うことを許された。

リーグ戦での成績が芳しくなかった鹿島にとって、内田の登場は大きな効果をもたらしていた。試合の入り方が悪く、先制点を許す試合が続いたが、失点するとすぐさま内田がDF陣を集め、話をするシーンが目につくようになる。たいていは、選手のメンタルを立て直す作業だ。

「自分が若いころ、鹿島の先輩を姿から学んだものを、次の世代につないでいかなければならない」

新たな使命が内田にはあった。自身が生き残ることに精一杯だったドイツ時代には感じたことのない「先輩」「ベテラン」としての自覚だった。それは鹿島の一員としての矜持を伝える作業でもあっただろう。

■調子が良かったゆえの、またもやの負傷

10月3日ACL準決勝・水原三星戦。ファーストレグのアディショナルタイムに内田が決めた逆転弾は、その後決勝へ進んだ鹿島にとっての、決勝弾のような価値あるゴールだった。

「4つタイトルを獲る」というクラブの命題を背負い、同時に、ドイツで磨かれた技術と感覚、あらゆる経験が気づくプライドも内田にはあった。国内の選手に負けることは許されない。そんな感覚だろう。

10月10日JリーグYBCルヴァンカップ準決勝第1戦、対横浜F・マリノス戦。その日は何度も相手左サイドの選手と1対1の攻防シーンが繰り広げられ、内田からはコンディションの良さが伝わってきた。先制点を許した直後、勢いに乗る相手を封じ込めようと果敢にスライディングに行った瞬間、相手とぶつかり腿裏の肉離れを発症させてしまう。80分に交代。その後1点を返したものの、すぐさま勝ち越し弾を決められた。

「本当ならスライディングをしなくてもいいのに、調子が良かったから、行ってしまった。もう肉離れは何度も経験しているから、全治も今感覚で答えることはできるけど、まあ、まあ、検査を待ってからだね」

全治までに約6週間かかった。その間に鹿島はACL準決勝第2戦を戦い、決勝に駒を進めた。11月2日、ホームでの決勝戦ファーストレグ前日。内田はぶっきらぼうに言った。

「ここで試合に出られないのなら、帰ってきた意味がないよ」

天皇杯も、そしてACLに勝てばクラブW杯も残っている。しかし、目の前の大一番で仕事ができない悔しさからそんな言葉が出たに違いない。

鹿島では先輩が後輩にいろいろとアドバイスするシーンはある。けれど、それらは後輩からの質問に答えるというケースがほとんどだ。「何も言ってはくれない。でもそれがやさしさだと僕は思っています」と植田直通(現セルクル・ブルージュ)が言っていた。同時に「先輩の姿に学びがある」とも。

内田とて同様だった。だから、大事な試合のピッチに立って、ともに戦うことで、伝えたい、伝えられるものがあると思っている。勝利をつかむだけでなく、そういう機会を逸したことも内田の悔しさの一部だったように思う。

■ピッチ上での競争は貢献度や経験とは別

「篤人くんはこのレベルが普通というなかでやってきた人。だから、篤人くんが、高い要求をする理由が分かったような気がする」

クラブW杯を終えたあと、安西幸輝がそう語っている。世界の舞台を相手に7年半戦ってきた内田の経験の断片を安西はクラブW杯で垣間見たのかもしれない。

「俺を戻してくれたことを考えれば、鹿島のためにもっとやらないといけないとは思うけど、今の自分ではまあこれがいっぱいいっぱいだったかな。やっぱり、こういう年齢、いろんな経験を通して背負わないといけない部分というのもあるって分かっているし。俺がいることで、何を感じるのかは、その選手次第だから。自分でどう処理をするか。、それによって、人としてアスリートとして、この先が変わってくるから」

今年最後の試合を終えたミックスゾーン。内田の後ろを若い選手たちが通る。

「後輩、後輩とは言っているけど、俺もプロだからああいう奴らと競争しないと生き残ってはいけない。まあでも、かわいいなって思うところもあるんだよね」

短い休息を経て、またすぐに新しいシーズンが始まる。補強のうわさ話もいくつか出ている。サイドバックもそのひとつになる可能性は高い。ピッチ上での競争は、貢献度やキャリア、経験とは別のところで行われる。アスリートとして戦える身体になったとしても、その競争に勝たなければ、仕事はできない。

必死な姿でトレーニングに励んでいたドイツでの内田。その姿勢は鹿島でも変わらないだろう。内田篤人復活の挑戦はまだ1シーズンが終わったばかり。「全冠制覇」というクラブの悲願達成まで戦いは続いていく。

文=寺野典子


篤人の2018年シーズンについて振り返るGOAL.comの寺野女史である。
鳴り物入りの復帰であったが、篤人自身が「今の自分ではまあこれがいっぱいいっぱいだったかな」と言うように不満の残る部分があったと思う。
しかしながら、アジアを制覇し、CWCを戦ったことで。若い選手が篤人のレベルを知ることが出来たことは大きい。
同じ土俵を垣間見たチームは、篤人の同じ視野にてサッカーに取り組むことが出来るはず。
来季に篤人、そして鹿島が楽しみである。

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2019年シーズン・ユニフォーム

2019年 新ユニフォームのデザインについて
2018年12月25日(火)

2019年シーズンのユニフォームデザインとNIKEキービジュアルが決定しましたのでお知らせいたします。



【ファースト】



ホームキットは、伝統のカラーコンビネーションであるディープレッドとネイビーを継承。エンブレム上には、2018アジアNo.1の称号を得たクラブの通算獲得タイトル、20冠を表す2つのチャンピオンスターが刻まれる。ユニフォーム全体として、クラブの伝統と誇りを強烈かつ斬新に表現した。また、黄金時代を象徴するボーダーを使用し、ディープレッドとダークネイビーを変則的に用いることで、守備から攻撃に切り替わる時のスピード感を表現している。

【セカンド】



アウェイキットは、クラブ史上初となるダークネイビー×ハイパーピンクのカラーコンビネーションを採用。ダークネイビーの夜空と、輝くカシマスタジアムの照明のコントラストの様子を美しく表現した。アクセントカラーとなるハイパーピンクは衿に差し込み、力強いエネルギーと強烈なパワーを演出したデザインのユニフォームに仕上がっている。

※レプリカユニフォーム ファースト半袖(大人サイズのみ)の予約受付は、1月中旬を予定しております。日程確定次第、オフィシャルショップ各店店頭、およびオフィシャルサイト、Jリーグオンラインストアにてお知らせします。また、その他商品につきましても販売スケジュールが確定次第、随時お知らせいたします。


2019年シーズンのユニフォームをお披露目した鹿島である。
選手が着たイメージは格好良い。
また、2ndはネイビーブルーにハイパーピンクのソックスになる。
これはまた精悍である。
来季の情報が少しずつ出てきて、新たな気持ちになってくる。
2019年シーズンはこのユニフォームにて多くの勝利を勝ち得たい。
楽しみである。

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オイペン・豊川、いい経験ができていると思います

豊川不発も充実感、1トップでの戦い「いい経験」
[2018年12月25日7時14分 ]

<ベルギーリーグ:オイペン0-2ゲンク>◇23日◇オイペン

ベルギー1部オイペンのFW豊川雄太(24)がホームのゲンク戦に先発し、後半23分までプレーしたが無得点だった。試合は0-2で敗れた。

今季はレギュラーとなりながらも4得点という結果に「数字でなかなか表れないですけど。海外のセンターバック、ディフェンダーと1トップでやれているというのは、すごい自分の中ではいい経験ができていると思います」と充実感を口にした。(エリーヌ・スウェーブルス通信員)


先発するも無得点に終えたオイペンの豊川である。
途中交代の憂き目に遭い、チームも敗戦した。
悔しい試合であった様子。
また、シーズン前半を終え4得点と結果は出ておらぬが、「数字でなかなか表れないですけど。海外のセンターバック、ディフェンダーと1トップでやれているというのは、すごい自分の中ではいい経験ができていると思います」と充実しておる模様。
欧州のDFと駆け引きする1TOPを担うのはなかなかのもの。
更に成長し、日本屈指のFWとなって行って欲しい。
期待しておる。

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篤人、やっぱ「日本ってこういう感じなんだな」

内田篤人が鹿島復帰の1年を振り返る。
「日本ってこういう感じなんだ」

了戒美子●文 text by Ryokai Yoshiko photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 リーベル・プレートに敗れ、クラブW杯4位で鹿島アントラーズの今季全日程が終了した。同時に内田篤人にとっての、日本復帰1シーズン目も終わった。

 内田はリーベル戦に先発し、76分までプレーした。2失点こそしたが、内田の右SBがいかに効いていたかは、交代直後のばたつき具合からもわかった。ヘディングでの競合いや派手な対人プレーこそ少ないが、静かに相手の攻撃を食い止めていた。準決勝レアル・マドリード戦は後半だけの出場だったが、このリーベル戦に先発したことでその”効果”はより鮮明になった。


クラブW杯リーベル・プレート戦に先発、76分までプレーした内田篤人(鹿島アントラーズ)

 シャルケからウニオン・ベルリンでの半年間を経て、心機一転、鹿島に復帰してから1年がたった。シーズンを通してフルに戦えたわけではないが、アジアチャンピオンズリーグ(ACL)水原三星戦では「自分の感覚が戻ってきた気がした」と言う。時間はかかったが、ようやくトップアスリートとしての内田が90分間ピッチに立っていることがイメージできるようになった。その意味では、ポジティブな感触でシーズンを終えることができたのではないだろうか。

「(ケガで)2年休んでいたのかな? 一度死んだみたいなものだからね、アスリートとしては。それを承知で(鹿島が呼び)戻してくれた」

 内田が語ったのは、まずは鹿島への感謝だった。

 シャルケ時代の2015年3月以来、実戦から離れ、2016年12月に復帰したものの、2017年前半は出場がなかった。ウニオン・ベルリンに移ってからも小さなケガを繰り返し、コンスタントに戦力として機能していたとは言い難い。そんな期間が2年ほど続いた。

 それが鹿島に舞台を移した今季、ようやく選手としてチームに貢献できるようになってきた。実際、本人が手応えを感じたというACLをはじめ、内田がいたから勝てた試合もいくつかあった。

 Jリーグ、ルヴァン杯、天皇杯、ACL、「すべてのタイトルを……」と意気込んでいた今季。結局、制覇したのはACLだけとなり、結果に不満は残るものの、ピッチ内外での存在感など、クラブから寄せられる期待は自覚している。

「自分の置かれている状況、やってきた環境を知ってくれているからありがたい。鹿島の伝統の継承のために獲得したと、鈴木満(強化部長)さんから直に言われている。いろいろな経験をしたからこそ、自分にのしかかるものもあるんだな、と」

 欧州で、世界で戦ってきた経験を還元することは、プレー以前に求められていることなのだろう。

 一方で、内田が後輩たちから受ける刺激もある。レアル戦後には、立ち上がれないほど号泣していた安部裕葵の話をしながら、「気持ちがわかるんだよ」と言ってもらい泣きするシーンがあった。ただ、時間が経つと冷静になっていた。「『後輩、後輩』と(思いやって)言っているみたいな感じになっている。プロだし、競争しなきゃいけないと思ってやっているよ」と、戦う気持ちを強調した。

 日本に約8年ぶりに戻ったことで、日本サッカー界全体に対して思うことが多かった1年間でもあった。

「やっぱ『日本ってこういう感じなんだな』って思うところもある。すごい偉そうだけど、実際思ったからしょうがない」

 シーズン中には、審判に関することを含めて、日本サッカー界に多くの苦言を呈している。

「Jリーグは俺が幼稚園の時に始まった。でも、シャルケは1904年に始まっているんだよね。昔、柳さん(柳沢敦)に、『海外と日本の違いはなんですか』と聞いたら、『歴史だ』って返ってきたの。今、それをあらためて感じます。歴史とか時間を埋めていくにはどうしたらいいのか。いろいろ課題があるよなと思ったりしてね」

 いつか、鹿島や日本代表が世界で勝つようになるためにどうしたらいいのか。その答えはまだわからない。

「1試合だけではわからない。アルアインも決勝に行っているしね。でも、歴史とかを感じると、1試合では何もわからないというか、差は思っている以上にあるんですよね。1試合だけ勝つなら方法はあると思う。でも、鹿島がマンUとかドルトムントとかと肩を並べたいなら、短時間で済むことではないし、ひとつの問題でもない」

 内田は、欧州のトップクラブでフルに活躍して日本サッカー界に復帰した。だからこそ、果たすべき役割はいくらでもあると、あらためて感じさせる。しかしその前に、来季は何より90分間の活躍を見たい。その可能性が見えたリーベル・プレート戦だった。


篤人について記すSportivaの了戒女史である。
鹿島復帰の1年について篤人のコメントを伝える。
やはり“歴史”が重要であると改めて感じさせられる。
こればかりはすぐには身につかぬもの。
一年一年積み重ねて作り上げていくのだ。
昨季の無念、今季の歓喜と悔しさ、その一歩一歩が大事である。
篤人もまた鹿島の歴史に名を刻む。
来季はどのような歴史の一ページが綴られるのであろうか。
楽しみにしたい。

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チーム無事帰国

鹿島が傷心帰国「悔しくて苦しかったシーズン」昌子
[2018年12月25日7時5分 ]


クラブW杯を終え帰国した鹿島の昌子(撮影・浅見桂子)

クラブワールドカップ(W杯)を4位で終えた鹿島アントラーズが24日、成田空港に帰国した。欧州王者レアル・マドリードや南米王者リバープレートらと貴重な試合経験を積んだが、結果は完敗。

W杯ロシア大会にも出場したDF昌子は「国でもチームでも世界を知らされた」と、この1年で感じた世界との差を口にした。チームとしては悲願のACL初制覇を成し遂げたが、国内では無冠に終わった。今季を振り返り「結局は悔しくて苦しかったシーズンだったかな」と総括した。


無事帰国したチームである。
とりあえずは、ホッと一安心である。
源は今季を振り返り「結局は悔しくて苦しかったシーズンだったかな」と語る。
これは、我らも同じ気持ちと言えよう。
悲願のアジア制覇こそ成し遂げたが、それ以外はどのタイトルも手が届かず不満の残るシーズンとなった。
「悔しい」という言葉がまさに当てはまる。
源はこの気持ちを糧に仏に旅立つ。
気持ちを切り替え屈強なストライカーを抑える役目を全うしていくこととなろう。
残るメンバーは来季に向け英気を養うとき。
心と身体を休め、一時の休息を楽しんで欲しい。
お疲れさま。

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ダニーロ、Vila Novaに入団

Vila Nova oficializa contratação de Danilo, ex-Corinthians
Meia de 39 anos é a principal contratação do Tigre para a próxima temporada

Por Fernando Vasconcelos — Goiânia
24/12/2018 14h23 Atualizado há 5 horas





O Vila Nova oficializou no início da tarde desta segunda-feira a contratação do experiente meia Danilo, de 39 anos, que estava no Corinthians. O jogador é a principal aposta da diretoria colorada no projeto de subir para a Série A do Campeonato Brasileiro. Nas últimas duas temporadas, o Tigrão chegou a figurar no G-4, mas terminou a Série B na sétima colocação.

Revelado pelo rival Goiás, Danilo ainda tinha o desejo de jogar mais um ano. O contrato com o Corinthians não foi renovado depois do Brasileirão. Foram nove temporadas seguidas no Timão. O vínculo com o Vila Nova será até o fim de 2019.

Recentemente, o gestor de futebol do Goiás, Túlio Lustosa, chegou a dizer que gostaria que Danilo encerrasse a carreira no time esmeraldino e depois assumisse outro cargo dentro do clube.

No entanto, o vice-presidente Mauro Machado afirmou que o meia não estava nos planos e que a possível ida do jogador para o Vila seria boa para as duas partes.


Danilo vestirá a camisa 20 do Vila Nova — Foto: Comunicação / Vila Nova

Histórico vencedor

Danilo tem 39 anos e jogou no Goiás entre 2000 e 2003. Na temporada seguinte, ele foi contratado pelo São Paulo a pedido do técnico Cuca, que também levou o zagueiro Fabão, o volante Josué e o atacante Grafite. No Tricolor, Danilo foi campeão paulista, da Libertadores e do Mundial, em 2005, e brasileiro, em 2006.

Após três anos no Kashima Antlers, do Japão, Danilo foi contratado pelo Corinthians, onde viveu o auge da carreira. No Timão ele venceu o Brasileirão de 2011, 2015 e 2017, a Libertadores de 2012, o Mundial, no mesmo ano, a Recopa, em 2013, e os Paulistas de 2013 e 2018.


Vila Novaに入団の決まったダニーロである。
これは朗報。
まだまだ活躍するカンピオーネ。
活躍の報を待っておる。

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ブレーメン・大迫、内田さんとはちょこちょこ連絡を取りました

大迫、2大会ぶりアジア杯優勝へ「自信はある」…クラブW杯参戦の古巣にも言及

24日に帰国した大迫勇也

 ブレーメンに所属する日本代表FW大迫勇也が24日にドイツから帰国した。

 今シーズン、ケルンからブレーメンに移籍した大迫は、ブンデスリーガで14試合に出場し3得点1アシストを記録。「個人的にはまだまだ満足できていないというか、これからという感じですね」と前半戦を総括。「もっと目に見える結果が欲しいですし、まだまだ物足りないところがある」とさらなる成長を目標に掲げた。

 10月には森保一監督率いる日本代表に招集され、ウルグアイ代表戦、11月のキルギス代表戦でゴールを決めた。1月に迫ったアジアカップでは得点源として期待がかかる。「目の前に大会があるので、まずはそこで優勝することしか見えてません。自信はあるのでしっかりと準備をして臨みたいと思います」と抱負を語った。

 またAFCチャンピオンズリーグ初優勝を果たし、アジア王者としてFIFAクラブワールドカップに参戦した鹿島アントラーズについても言及。鹿島は初戦のグアダラハラ戦(メキシコ)に勝利したものの、準決勝で欧州王者のレアル・マドリード(スペイン)、3位決定戦で南米王者のリーベル・プレート(アルゼンチン)に敗戦し、4位という結果で大会を終えた。

 大迫は「内田(篤人)さんとはちょこちょこ連絡を取りました」明かし、「試合をやっていろいろと感じた選手は多いと思う。僕も負けてられないですね」と古巣に刺激を受けたようだ。


ウィンターブレイクにて帰国したブレーメンの大迫である。
篤人とは頻繁に連絡を取っておるとのことで、CWCについても言及する。
「試合をやっていろいろと感じた選手は多いと思う。僕も負けてられないですね」と語る。
鹿島の選手は「世界」を体感し多くを感じ取った。
大迫にも刺激を与え、こちらも奮起していく。
お互いに来年は良い年にしようではないか。
楽しみである。

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鹿島、外国人コーチ募集

Buscan Entrenador asistente para equipo en Kashima, Japón
Buscan:
Entrenador
Profesional
Japón 🇯🇵
Publicado en15 Dic 2018
Fecha límite: Ene 5, 2019

Descripción
Se busca ayudante de entrenador para equipo en Kashima, Japón.

Es un trabajo indefinido a tiempo parcial de 20 horas por semana. El horario de los entrenamientos será rotativo y los fines de semana serán los días de partido.

Requisitos:
Título de entrenador UEFA A.
Experiencia de 2 años en equipos europeos formativos.
Condiciones:
Salario: 3.070€ / mes.
3 años de contrato.
Vivienda gratuita no compartida.
Billete de avión para el comienzo y final del contrato más 2 vuelos adicionales de ida y vuelta al año en periodos de vacaciones donde no haya actividad futbolística.


外国人コーチを募集する鹿島アントラーズである。
来季の補強は選手だけではない、コーチ・スタッフにも及ぶ事がわかる。
良い人材を揃え、来季に挑む。
楽しみである。

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鈴木修人監督、明治学院大学サッカー部を勇退

鈴木修人監督勇退のご報告

平成30年12月24日

関係各位

明治学院大学体育会サッカー部白金会
ゼネラルマネージャー 西村秀人

鈴木修人監督勇退のご報告


日頃より、明治学院大学体育会サッカー部を応援頂きますこと、たいへん有難く心より
感謝申し上げます。
さて、掲題のとおり鈴木監督が平成31年1月末日を持ちましてチームを離れることになりました。後任につきましては未定であります。決まり次第ご報告申し上げます。

鈴木修人監督は
平成27年2月本学コーチ就任、東京都大学リーグ1部優勝、関東大会出場、関東大学リーグ昇格決定戦を制し、35年ぶりの同リーグ昇格に貢献。
平成28年2月ヘッドコーチ就任、関東大学リーグ2部11位・天皇杯東京都予選準優勝
平成29年2月監督就任、東京都大学リーグ1部優勝、関東大会出場。
平成30年、総理大臣杯関東予選準優勝、第42回総理大臣杯全日本大学サッカートーナメント3回戦進出ベスト8、東京都大学リーグ1部優勝、関東大会出場。

以上の戦績を残されました。特に平成30年度のシーズンに於いては、総理大臣杯関東予選に於いて、関東大学1部の強豪校、筑波大学・東洋大学・早稲田大学・明治大学を破り準優勝、本学を関東大学第2代表として初の本大会出場に導いたことは記憶に新しい処であります。
この度は、現役部員は勿論、ご父兄、OB会員、大学関係者、皆様からの続投を要請する熱い声をお伝え致しましたが、ご自身のさらなるステップアップを望むご意志を尊重する形で申し入れを受けることと致しました。


鈴木修人氏の4年間に渡るご指導の功績は、3度の東京都大学リーグ制覇、総理大臣杯出場に留まりません。インターハイ、全国高校選手権、プリンスリーグ、プレミアリーグなどの公式戦は勿論、全国の高校に足を運んで、明治学院大学サッカー部のPRに努めて頂きました。その結果が氏を慕って集まる将来性のある優秀な選手の増加と、かつて無い部員数の増加に現れていると思います。
最後に、一分の隙も無い、全身全霊をもって事に当って頂いた、4年間のご指導に心から感謝申し上げますとともに、これからのご活躍をご祈念申し上げます。


明治学院大学サッカー部監督を勇退する鈴木修人氏である。
これは驚きの報。
大学サッカー界に於いて多くの実績を残し、旋風を巻き起こした。
大学関係者も含め多くの人々から続投を懇願されたが、本人の意思が堅くチームを離れることとなったとのこと。
ステップアップ路あるように、次はプロサッカーの世界にて指導者の道を歩むのではなかろうか。
去就に注目である。

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「絶対的存在」の獲得と「メディカル」の改善

鹿島 大岩監督続投“2つのてこ入れ”明言「絶対的な存在」の獲得 「メディカル」の改善
[ 2018年12月24日 05:30 ]

FIFAクラブW杯3位決定戦 鹿島0―4リバープレート(アルゼンチン) ( 2018年12月22日 ザイード・スポーツシティ・スタジアム(アブダビ) )


<鹿島・リバープレート>前半、シュートが外れ頭を抱える鹿島・安西と安部(左)(撮影・西尾 大助)
Photo By スポニチ


 鹿島の強化部長の鈴木満常務取締役が、リバープレートとの3位決定戦から一夜明けた23日、大岩剛監督(46)の来季続投を表明した。「今までなかったタイトルでもあるし、ACLを獲れたのは評価も感謝もする。ただ、他のタイトルを全部失っているのは事実。総合的に評価をする」とした上で「続投してもらうという方針は変わらない」とした。また、大詰めの昌子のフランス1部トゥールーズ移籍が「間違いない」とも明かした。
 欧州王者、南米王者に力の差を見せつけられた今大会。来季もテクニカルディレクターを継続するジーコ氏と「ドメスティックな基準で見ないようにしないといけない」と世界基準の視点を持ってチーム編成することを確認したという同氏は来季に向けて2つのてこ入れを明言。1つ目は世界に通用する武器を持った「絶対的な存在」の獲得。ジーコ氏とともに外国人新戦力の選定を進めている。2つ目は「メディカル」の改善。過密日程でケガ人が続出した反省を生かす。

 リバープレートには0―4で完敗。Rマドリード戦に続いて力尽きた。05年のFW三浦知良(当時38歳)を抜いて後半31分から歴代日本人最年長出場を果たした39歳の小笠原主将は「相手どうこうより、自分たちの力を出し切れたかといったらそうではない。そこが心残り」と言い、ドリブルから好機をつくった最年少の19歳、安部は「こういう雰囲気は絶対に忘れちゃいけない。僕一人でチーム全体が動くくらいの力を付けたい」と意気込んだ。本気で世界を狙いにいく鹿島の戦いが、この日から始まった。


鈴木満常務強化部長のコメントを報じるスポニチである。
CWCに帯同した取材力の賜物がここで活かされた。
来季以降について「ドメスティックな基準で見ないようにしないといけない」と世界基準の視点を持つことを口にする。
それを踏まえて二つのテコ入れを明言する。
一つは「世界に通用する武器を持った『絶対的な存在』の獲得」。
ジーコTDと共に外国人新戦力の選定を進めておるとのこと。
これは大きな報と言えよう。
どのポジションにどのような助っ人が来るのであろうか。
もう一つは「『メディカル』の改善」。
2018年シーズンは負傷者の続出に泣かされた。
ここを改善せねば、まともな采配は出来ぬところ。
どのような施策をするのか注目したい。
この二つで多くのタイトルを目指す。
2019年シーズンが楽しみである。

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一定の成績と選手からの信頼

【鹿島】大岩剛監督に続投要請へ 参加全5大会で4強以上、選手からも信頼厚く
2018年12月24日4時0分 スポーツ報知


大岩剛監督

 鹿島が大岩剛監督(46)に対し、来季の指揮官続投を要請する方針を固めたことが23日、分かった。UAE・アブダビで取材に応じたクラブ幹部が「続投の方針は変わらない。(帰国後に)考えを擦り合わせていく」と明かした。

 17年途中に就任し、今季クラブ史上初のACL(アジア・チャンピオンズリーグ)制覇を達成。国内タイトルは2年連続の無冠に終わったが、リーグ戦3位、ルヴァン杯4強、天皇杯4強、クラブW杯4位と、公式戦60試合の過密日程を戦う中で一定の成績を収めたことが評価された。

 主力選手はもちろん、控え選手や外国人選手とも積極的にコミュニケーションを取る姿勢でチームに一体感を醸成。選手からも信頼を寄せられている。


大岩監督続投について報じる報知新聞である。
現地まで帯同し鈴木満常務強化部長の生の声を伝えてくれるのは嬉しい。
続投理由として、過密日程を戦った中で、全体会でベスト4と一定の成績を収めたことが評価されたためとのこと。
そして、積極的なコミュニケーションでチームに一体感をもたらせ、選手からの信頼が厚いことも伝えられる。
外から試合だけを観てるだけではわからぬ部分で大きな働きをしておることがわかる。
鈴木満常務強化部長は「(帰国後に)考えを擦り合わせていく」と語っており、単に続投させ丸投げするわけではなく、来季のの采配なども含めて、細かいことを話しあうことを示す。
監督とチームの関係は良い。
戦術部分と組織力の強化を行い、来季はより多くのタイトルを得たい。
期待しておる。

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この貴重な経験を、来季以降につなげなければならない

【鹿島】「個」の能力差は当然も「チーム力」にも大きな差 クラブW杯担当記者の目
2018年12月24日6時0分 スポーツ報知


頭を抱える鹿島の安西(32)と安部(30=ロイター)

 ◆クラブW杯 ▽3位決定戦 リバープレート4―0鹿島(22日、UAE・アブダビ)

 南米王者は憎らしいほどにしたたかで、強かった。DF安西幸輝は私が見た限り、鹿島の選手の中で最も存在感を出していたように見えた。それでも口から絞り出した言葉は「サッカー人生の中で一番つらかったというか…。同じ人間が11対11でやってるのに、ここまで差があるとは」という受けたショックの大きさを物語るものだった。

 相手FWに縦パスが入ると、鹿島の4人のDFのうちの1人が鋭く寄せる。これはサッカー界の定石だ。しかし一時的に3人となった鹿島DFラインに、リバープレートの3人の選手が一気に飛び出してきた。ポストプレーが成功しそうだと判断すると、「今がチャンス」という感覚を全員が共有し、実行に移す。定石通りの守備の形を取ったはずの鹿島は、数的同数のピンチを作られてしまった。犬飼は「日本やACLではなかなか経験できないレベルだった」と振り返った。

 個々の能力に差があるのは当然のこと。世界屈指のメンバーが並ぶRマドリードはもちろん、新旧アルゼンチン代表を多くそろえるリーベルプレートも力のある選手が多くいた。

 一方で、チーム力に大きな開きがあったのも事実。3本のシュートをバーに当てた鹿島と4得点を挙げたリバープレートの差を「決定力の差」と表現するのは簡単。だが鹿島は攻守に連動した動きが見られず、戦術の引き出しも少なかった。個人能力の差を埋めるだけの組織力を持ち合わせていなかった。

 点数以上の実力差を痛感させられた準決勝・Rマドリード戦(1●3)に続く大敗。内田は「ここから先は、選手それぞれ次第。忘れちゃいけないよ」と語った。映像では感じることができない「世界」を体感した経験を生かさなければならない。16年大会で3勝して決勝に進出し、Rマドリードを相手に健闘したのはもう過去の話。北中米カリブ海王者に鮮やかに逆転勝ちし、欧州王者に鼻をへし折られ、南米王者にたたきのめされたこの貴重な経験を、来季以降につなげなければならない。(鹿島担当 岡島智哉)


CWCを現地取材した報知新聞の岡島記者の声である。
南米王者との力の差を生々しく伝えてくれる。
そして、鹿島側について「戦術の引き出しも少なかった。個人能力の差を埋めるだけの組織力を持ち合わせていなかった」と評する。
“戦術の引き出し”、“組織力”は個で劣る側が持ち合わせねばならぬところ、それが無いと断言されては敗戦という結果も必然と言えよう。
このように問題点が浮き彫りとなれば、修正は容易である。
この大会の貴重な経験を来季に活かし、再び国際舞台に立とうではないか。
鹿島を信じておる。

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大岩監督続投

鹿島昌子の仏移籍決定的「活躍してほしい」と幹部
[2018年12月23日20時28分]

J1鹿島のDF昌子源(26)が今オフにフランス1部リーグ、トゥールーズに移籍することが決定的となった。クラブ幹部が23日、アブダビで「詰めは残っているが、ほぼ決まり。スピードとドリブルへの対応力という武器を生かし、活躍してほしい」と話した。

兵庫県出身の昌子は、鳥取・米子北高から2011年に鹿島入り。守備の要に成長し、今年のワールドカップ(W杯)ロシア大会で日本の主力として16強入りに貢献した。国際Aマッチは15試合出場1得点。

鹿島をアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)初制覇に導いた大岩剛監督(46)の続投も決まった。


トゥールーズへの移籍が決定的となった源である。
ここは快く送りだそう。
そして、大岩監督の続投も決まったとのこと。
アジアを制した以上、規定路線である。
大岩監督と共にアジア連覇と国内タイトルに挑む。
期待しておる。

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鹿島が体感した「世界との差」。この衝撃は選手たちをどう変えるのか

鹿島が体感した「世界との差」。この衝撃は選手たちをどう変えるのか?
鹿島アントラーズは22日、FIFAクラブワールドカップ3位決定戦で南米王者リーベル・プレート(アルゼンチン)と対戦し、0-4で完敗した。アジア王者として20冠を誇る“常勝鹿島”が直面した屈辱。この衝撃を選手は、クラブは、そして日本のサッカーはどう受け止めていくのか。

■個だけでなく、チームとしても

リーグ戦3位。天皇杯、ルヴァンカップベスト4。ACL優勝。そして、世界クラブW杯4位。今季60試合目となるCWC3位決定戦で、南米王者のリーベル・プレートに0-4と粉砕された鹿島アントラーズ。

「自分たちのサッカー」を出させてももらえず、90分が過ぎていく。

この虚しさを味わった鹿島の選手たちは、個の違いだけでなく、組織としての差について語っている。土居聖真が準優勝した前回大会と比較した。

「前回大会と違うのは決められる時間帯。ゼロで抑えている時間が短かった。前回はCS(Jリーグチャンピオンシップ)からずっと、拮抗した試合展開に持ち込めていた。でも、今回は『ここはやられたらダメだよね』という時間帯で、やられてしまった大会。自分たちで苦しくした大会だった」

「個人としての力というよりチームとしての力の差を感じた。選手一人が代わったところで、チームは変わらない。どれだけチームとして練習から要求し合っていくか、ミスをミスにしないところだったりを要求できるか。僕らにも勝つチャンスはあったけどそれを自分たちで逃した。やっぱりやるべきことをやらなかったということ。パス1本、シュート1本、練習から高いモチベーションでやっていけるか、そうしなければ、試合ではできない」

準決勝でのレアル・マドリー戦の1-3に続く、この結果には、サポーターからも非難の声が上がっている。たとえ相手が世界の名門クラブであっても敗戦は許されないという鹿島が鹿島たる所以なのだろう。国内無冠に続く、この惨敗では世界大会であっても「善戦した」ということにはならない。アジアを制し20冠目を手にしたという喜びすら消え失せたようだ。

しかし、そのアジアを制して手にした世界大会が実に貴重な経験をクラブにもたらしたことも事実だ。

■ここで今、気づけたとこと

レアル相手に受けた衝撃から立ち直ろうともがき、3位決定戦のピッチに先発として送られた安西幸輝の言葉は、UAE遠征の重要性を物語ってくれる。今季J2の東京ヴェルディから加入した安西にとっては飛躍の舞台だった。レアル戦でも途中出場している。

「2部からスタートして、プロのキャリアが、それでここまで来て、もっと早く来たかったなっていうのが本音だし、でも今気づけたということは、ここからのサッカー人生をプラスに変えることは絶対できると思っているし、変えなくちゃいけないと思っている。鹿島に来て、もちろん、伸びたと思っているけど、最後にこれだけ大きな衝撃があるとね。まだ上には上があったって気づけた。もっと自分が成長していく姿を見据えないといけないし、サッカー選手としての覚悟が必要だなって思いました」

東京ヴェルディユースからプロに昇格しても、ポジションを奪われることがなかった。そんな安西は、鹿島で初めてベンチスタートも経験し、悔しさを味わったと話している。しかし、シーズン最後のクラブW杯での経験は別格だった。

「今回の衝撃というのは、サッカーをやってきて一番大きかった。レアルから始まって、今日のリーベルがあって、この2戦は、サッカー人生のなかでも一番つらかったというか……同じ人間が11人対11人でやっているのに、ここまで差があると、難しいものがある。できるところもあるんだろうけれど、結果を見ると、細かいところは全部負けている。1プレーだけじゃなくて、全体として。その差を埋めなくちゃいけないなってなったら、もっと覚悟が必要だなって思いました」

そんな衝撃を今後の日常のなかでも忘れないでいることはできるのか?

「明日からオフですけど、もう休めないですね。無理です。(休んだら)厳しいです。もちろん、身体を休めることもサッカー選手として大事なんだけど、24時間サッカーのことを考えていたいなと思う。もう一度この舞台に戻ってこられるように、ここだけじゃないですけど、国際大会にどんどん出られるように頑張っていきたい。(内田)篤人くんはこれが普通だと思ってやっている。だから、日々の要求が高いし、篤人くんがいつも言っていることがよく分かる。来シーズンから、リーグ戦を戦うのはもちろんですけど、もっと上を見てサッカーをしたいなって思いました」

サッカー選手として、日本代表を目指す想いは今までもあった。だから、鹿島へ来た。しかし、クラブW杯を終えた今、その想いはよりリアルなものに変わった。目指すべき「上」が明確に目の前に提示されたのだから。

長谷部誠が欧州移籍を現実のものとして目指したのは、2004年に英国マンチェスターで行われたボーダフォンカップの対ボカ・ジュニオルス戦だった。2-5で敗れた試合で長谷部は世界へ出ていこうとするボカの選手たちを目の当たりにし、このままではこの差は埋まらないと痛感したのだ。安西だけでなく、安部裕葵が受けた衝撃もこのときの長谷部と同様だったんだろうと思う。

安西や安部が欧州へ行くかどうか、それはまだ分からない。

けれど、映像では絶対に感じることのできない「世界」を体感できたのは、日本サッカー界にとっても非常に大きな財産になるはずだ。

「ここからは、選手それぞれ次第」

内田篤人の言葉が重く響いた。

文=寺野典子


CWC後の選手を取材したGOAL.comの寺野女史である。
聖真は「個人としての力というよりチームとしての力の差を感じた。選手一人が代わったところで、チームは変わらない。どれだけチームとして練習から要求し合っていくか、ミスをミスにしないところだったりを要求できるか。僕らにも勝つチャンスはあったけどそれを自分たちで逃した。やっぱりやるべきことをやらなかったということ。パス1本、シュート1本、練習から高いモチベーションでやっていけるか、そうしなければ、試合ではできない」と分析する。
この大会、大きく光った聖真であるが、チーム力の差を強く感じた様子。
この経験は何物にも代えられぬであろう。
そして安西は、「今回の衝撃というのは、サッカーをやってきて一番大きかった。レアルから始まって、今日のリーベルがあって、この2戦は、サッカー人生のなかでも一番つらかったというか……同じ人間が11人対11人でやっているのに、ここまで差があると、難しいものがある。できるところもあるんだろうけれど、結果を見ると、細かいところは全部負けている。1プレーだけじゃなくて、全体として。その差を埋めなくちゃいけないなってなったら、もっと覚悟が必要だなって思いました」、「明日からオフですけど、もう休めないですね。無理です。(休んだら)厳しいです。もちろん、身体を休めることもサッカー選手として大事なんだけど、24時間サッカーのことを考えていたいなと思う。もう一度この舞台に戻ってこられるように、ここだけじゃないですけど、国際大会にどんどん出られるように頑張っていきたい。(内田)篤人くんはこれが普通だと思ってやっている。だから、日々の要求が高いし、篤人くんがいつも言っていることがよく分かる。来シーズンから、リーグ戦を戦うのはもちろんですけど、もっと上を見てサッカーをしたいなって思いました」と強く語る。
移籍1年目にてこの衝撃を体感出来たことは大きかろう。
大きな成長に津なったと思われる。
来季は新生・安西幸輝が見られるであろう。
楽しみである。

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永木、セレッソから魔の手

C大阪、鹿島・MF永木獲得へ動く 山口&山村の移籍でボランチ補強が急務に
[ 2018年12月23日 05:30 ]


鹿島の永木亮太
Photo By スポニチ


 C大阪が来季の新戦力として、鹿島の元日本代表MF永木亮太(30)の獲得に乗り出していることが22日、分かった。攻守にハードワークできるボランチで、クラブW杯では15日のグアダラハラ戦でゴール。複数の関係者によると、今後はクラブ間も含めて交渉を進めていく。
 13年シーズンのオフにもC大阪は永木(当時は湘南に所属)の獲得に動いていた。今季の主将を務めた元日本代表MF山口蛍(28)が神戸へ、同MF山村和也(29)が川崎Fへと完全移籍し、ボランチの補強は急務となっていた。


永木の獲得に乗り出したセレッソである。
これは大きな報である。
今季の永木はフルシーズン出場機会を得たが、健斗とレオ・シルバに続く3番手の扱いであった。
満男と4人のボランチで回したが、この扱いについて永木本人がどう考えるかも注目となろう。
来季も過密日程が予定されており、永木の力は必要である。
どのような結論が出るのであろうか。
永木の去就に注目である。

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Fマリノス・伊藤翔と清水・白崎凌兵にオファー

鹿島が横浜伊藤翔、清水白崎凌兵を完全移籍で獲得へ
[2018年12月23日4時55分]


横浜FW伊藤翔と清水MF白崎(右)

鹿島アントラーズが来季新戦力として、横浜F・マリノスFW伊藤翔(30)と清水エスパルスMF白崎凌兵(25)を完全移籍で獲得することが22日、濃厚となった。既に好条件でのオファーを出しており、交渉も大詰めとなっている。

伊藤は今季リーグ戦26試合に出場し8得点。9月22日のジュビロ磐田戦で負傷し約1カ月離脱したが、センターFWの主力としてチームのJ1残留に貢献した。

白崎は昨季から清水で背番号「10」をつけ、攻撃陣をけん引してきた。ボランチやサイドハーフ、トップ下などの攻撃的ポジションを高いレベルでこなし、ゴールに直結するプレーを得意としている。清水側は複数年での契約延長を提示して慰留に全力を努めてきたが、本人が移籍を前向きに考えているという。

横浜は伊藤の流出に備え、浦和レッズFW李の獲得に動いている。今季限りで契約が切れる白崎に対しては、鹿島以外にもセレッソ大阪が獲得に乗り出している。

鹿島、来季国内タイトル奪還へ清水・MF白崎に白羽の矢 本人も移籍へ前向き
[ 2018年12月23日 05:30 ]


鹿島が獲得に乗り出している清水の10番白崎(右)
Photo By スポニチ


 鹿島が清水MF白崎凌兵(25)の獲得に乗り出していることが22日、分かった。複数の関係者によると正式オファーを提示済みで、本人も移籍に前向きだという。来季の国内タイトル奪還に向け、攻撃の核として活躍する清水の10番に白羽の矢を立てた。
 今季から清水で10番を背負った白崎は、サイドハーフもボランチも可能な万能型MFだ。とりわけ豊富な運動量が持ち味で、守備でもハードワークが目立つ。フル出場した19試合のうち16試合でチームトップの走行距離をマーク。豊富なスタミナを生かして常に流れの中に存在し、“いぶし銀”的存在で攻撃を活性化させる役割を担った。

 白崎に正式オファーを出した鹿島は今季、悲願のACL初制覇を果たして2年ぶりのクラブW杯出場を果たした一方で、3位で終戦したJリーグを筆頭に国内タイトルは2シーズン連続の無冠に終わった。特に終盤はボランチの代えが利かない状態に。日本代表にも名を連ねた三竿健が恥骨関連そけい部痛で戦列を離れ、膝に水がたまり痛みを抱える小笠原も酷使が不可能な状態。サイドバックの西をボランチで起用するパターンも取り入れながら戦った。サイドハーフもボランチもできるユーティリティーな白崎は、うってつけの存在と言える。

 清水のヤン・ヨンソン監督も夏の段階から強化部に来季以降の契約内容を確認するほどお気に入りの存在だが、白崎が移籍を決断する可能性は高いという。鹿島は国内から選手を獲得する場合、育て上げられたベテランより、これから育つ若い才能を好んできた。25歳の白崎はまさに合致する。アジアを制した勢いを国内につなげたい来季。中盤に新たな才能が加われば、タイトル奪取への推進力が増す。

【鹿島】「全冠制覇」へ横浜M・伊藤翔&清水・白崎凌兵の攻撃陣W獲り
2018年12月23日5時0分 スポーツ報知


清水・白崎(左)と横浜M・伊藤

 鹿島が来季の新戦力として、横浜MのFW伊藤翔(30)、清水のMF白崎凌兵(25)の獲得に乗り出していることが22日、分かった。既に正式オファーを出しており、交渉を進めている。ACL(アジア・チャンピオンズリーグ)で優勝し、クラブ悲願のアジア制覇を成し遂げた今季だが、新たにJリーグなど「全4冠制覇」の実現を目指し、さらなる戦力の充実を目指す。

 鹿島がFW伊藤、MF白崎の即戦力2人の獲得に乗り出していることが判明した。今季はACLこそ制したが、J1が34試合制になった2005年以降、歴代2番目に多い60試合の公式戦をこなす中でけが人が続出。J1で3位、ルヴァン杯と天皇杯で準決勝敗退と、2年連続で国内タイトル無冠に終わった。過密日程を見越したさらなる戦力の充実を目指し、アジア連覇を含めた「全冠制覇」を成し遂げるための陣容を整える。

 伊藤はポストプレーを得意とする184センチの大型FW。主に1トップとして今季は26試合の出場(先発14試合)で自己最多タイの8得点を挙げた。巧みな駆け引きでDFの前に入り、シュートまで持っていく得点感覚にも優れる。現有戦力で空中戦に強いポストプレーヤータイプのFWは鈴木優磨(22)のみと、補強ポイントの一つだった。

 清水で10番を背負う白崎は、攻撃センスに秀でる「10番タイプ」のMF。今季はボランチや左MFでプレーした。鹿島の中盤に欠かせない運動量や対人能力の高さも有しており、ゲームメイクができる存在として白羽の矢が立った。

 横浜M、清水の両クラブは慰留に努める方針だが、鹿島側も既に具体的な条件を提示し交渉を進めている。今季J2町田で8得点17アシストをマークしたMF平戸太貴(21)の期限付き移籍からの復帰、順大の即戦力ボランチ名古新太郎(22)の獲得も発表済み。ポジション争いを激化させ、全タイトルで頂点に立つための戦力アップを目指す。

 ◆伊藤 翔(いとう・しょう)1988年7月24日、愛知・春日井市生まれ。30歳。4歳でサッカーを始め、FCフェルポール愛知を経て中京大中京高へ。2007年に当時フランス2部のグルノーブルに入団。10年から清水でプレーし、14年に横浜Mへ移籍。今季は26試合に出場し、自己最多タイの8得点を挙げた。J1通算182試合37得点。184センチ、76キロ。右利き。

 ◆白崎 凌兵(しらさき・りょうへい)1993年5月18日、東京・調布市生まれ。25歳。横河武蔵野ジュニアでサッカーを始め、F東京U―15むさしを経て山梨学院大付へ進学。J7クラブの争奪戦の末に2012年、清水に入団。13年途中から14年まで富山に期限付き移籍し、15年から清水に復帰。17年から10番を背負う。今季はボランチや左MFとして27試合に出場し2得点。J1通算79試合7得点、J2通算85試合13得点。181センチ、70キロ。右利き。

 ◆昌子、近く仏移籍発表!年明け渡欧へ

 DF昌子のフランス1部・トゥールーズへの完全移籍は近日中に発表される見通し。既にクラブ間で合意に達しており、関係者によると年明けにも渡欧する。早ければ1月12日にホームで行われるリーグ第20節・ストラスブール戦がデビュー戦となる見込みだ。


公式戦日程を全て終え補強情報が報道され始めた。
Fマリノスの伊藤翔と清水の白崎凌兵にオファーとのこと。
ここまで秘匿され続けてきたこの交渉は、かなり大詰めの様子。
まず伊藤翔であるが、センターFWの獲得は必須であったため非常に良い補強となろう。
今季、Fマリノスでは助っ人のウーゴ・ヴィエイラを差し置いてレギュラーポジションを得ておった。
清水時代から鹿島キラーとしてゴールを奪われたことでも記憶に残っておる。
優磨と並ぶ高さを兼ね備えるFWとして活躍してくれよう。
そして白崎凌兵であるが、2列目の補強として白羽の矢を立てたのはこの選手であったかという印象である。
清水の10番であり、来季の主軸として考えられておったはず。
この選手を契約満了にてフリーにて獲得出来ることは大きい。
思い起こせば、2011年の高卒時にも興味を持っておったが、清水を選び獲得がならなかった選手である。
当時は、2列目として考えておった鹿島に対してFWとしてオファーを出した清水を選んだように思った。
しかしながら、2列目として成長した、鹿島のポジションに合致する選手として着てくれることとなるはず。
是非とも、鹿島のタイトルのために尽力して欲しい。
二人の獲得はなるのであろうか、続報を待ちたい。

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CWCコメント

FIFAクラブワールドカップ UAE 2018 3位決定戦
鹿島アントラーズ:大岩 剛
Q.前回の試合では、チャンスで決め切ることができなかった。今回もクロスバーを叩くシュートがあったが、決定力についてどう思っているか?

A.何本(クロスバーに)当たったかは忘れたが、非常にいいチャンスを数多く作ることができた。前回もそうだが、技術とメンタルの部分で「決め切る」というところが不足していた。世界一を争うレベルの高いトーナメントでは、まだまだそれが不足していた。我々が取り組んでいくべき課題だと思っている。

Q.交代直後に失点したが、クォン スンテ選手の負傷がターニングポイントになったのか?

A.GKの件は試合の中で起こり得るアクシデントだと思う。交代直後のCKは、いつも以上の注意を払わなければいけなかったが、そこで失点して流れを持っていかれてしまった。ターニングポイントになってしまったと思う。

Q.今季はアジア王者になった一方で、世界では跳ね返されてしまったが、差を埋めていくためにどういうところを目指して率いていくのか?

A.この大会では、世界のレベルの高さを感じることができた。その中で、自分たちにできることも見えた。来季もおそらく、今季と同様に非常にタイトなスケジュールが待っている。その中でもっとタフになって、目の前の試合で100%を出して、勝ち続けることができるように。技術や戦術ももちろん重要だが、タフさや試合中の駆け引きにおいても、今回の経験を活かしていかなければならない。現時点ではそう思っている。戦術的な洗練もそうだが、アジアを勝ち抜いたうえで、この大会でもトーナメントを勝ち続けることができるタフさという面でも強くならないといけないと感じた。

Q.DFラインで選手を捕まえにくい場面が続いていた。大会を通じて、DFを動かされるところを修正できずにいたように感じているが、どのように考えているか?

A.システム的なギャップやスペースをしっかりと作って進入してくるというところで、それをスピードが速いうえに、ボールコントロールの技術を伴ってやってくる。Jリーグやアジアよりもレベルの高い試合をすることができた中で、自分たちで修正をしながら試合を戦っていくわけだが、それを上回る技術とスピードを体感することになった。しっかりとしたポジション修正や、相手を能動的な守備ができればと思っている。今日の後半はアグレッシブにできたと思っているので、ポイントごとに修正しながらやっていきたい。



【土居 聖真】
相手には穴がなくて、ボールの取りどころがなかった。マークを外されるから、ワンプレーで局面が変わる。センターバックにプレスをかけてもサポートがうまかったりとか、ワンツーで局面を打開されたりとか。全員がMFみたいな感じだった。決定力の差を見せ付けられた。自分のところで決定的なシュートが3本あった。決め切れるかどうかの差だと思う。Jリーグでも決めなければ勝てない試合はたくさんある。守れなければ勝てないというのもある。個人としての力というよりは、チームとしての力の差を感じた。一人が変わったところでは変わらないと思う。チームとしてどれだけ要求していけるかだったり、ミスをミスにしないようにするところだったりとか、そういう要求ができるかどうかだと思う。僕らには勝つチャンスがあったけど、それを自分たちで逃したと思っている。やるべきことをやらなかったということだと思う。

【内田 篤人】
今日に限った話ではないけど、南米と対戦するとやっぱりいいチームが多い。カウンターとゴール前の質はやっぱり違う。チャンスもピンチもあった中で、ゴール前の質は「やっぱり南米だな」と感じた。もちろん、そう言って片付けられる問題ではないけど、勝っていくためには最後の3分の1(のアタッキングサードが大事)だと思う。

【安西 幸輝】
立ち上がりに相手からすごいプレッシャーをかけられた。それに負けないようにどんどん仕掛けていった。もっとできると思っているけど、0-4という差はすごく大きい。個人で打開できたとしても、まだまだ足りないものはたくさんある。自信になったと言えばそうも言えるけど、差を痛感した。もっとやりたかったという思いがある。考えさせられることが多い。もっとやらないといけないと強く思った。質も全部が違うし、フィニッシュの精度もすごく高い。そこをもっと極めないと、上のレベルでは戦えないと思った。

【犬飼 智也】
まずは先制点がターニングポイントだったと思う。自分たちのチャンスで決め切ることができず、先制された後は相手がより気持ちよくプレーしていた。失点がもったいなかった。相手はボールにも激しく来ていたし、くさびが入った後に前へ行くスピードもあった。勢いは強く感じた。

FIFAクラブワールドカップ UAE 2018 3位決定戦 
2018年12月22日(土)22:30KO
ザイード スポーツ シティ スタジアム

[ 大岩 剛監督 ]
--今日もチャンスを決め切れなかった?
何本バーに当たったか忘れましたが、非常に良いチャンスをたくさん作ることができました。これはマドリー戦もそうでしたが、自分たちの技術、メンタル、しっかりと決め切ることが、こういうレベルの高い世界一を争うトーナメントではまだまだ不足していたと、われわれが取り組むべき課題だと感じました。

--GKがケガしたことはターニングポイントになったか?60分にリーベルプレートのゴールが取り消されましたがオフサイドだったと思いますか?
オフサイドの件に関しては映像を見返していないので、ジャッジに何かを言うつもりはありません。

GKの件ですが、ゲームの中では起こり得ることです。その直後のCKは、いつも以上の注意を払わなければいけませんでした。ただ、そこで失点してしまい、相手に流れを持っていかれた。おっしゃるとおり、ターニングポイントではなかったかと感じています。

--今年はアジアチャンピオンになった一方で、この大会でははね返されてしまいました。この差を埋めるために来年はどういうところに取り組んでいきますか?
この大会のことを言うと、非常に世界のレベルの高さを感じることができた、あとは自分たちができることも見えた。そういう中でしっかりと来年は、恐らくですけれども、今年と同じような非常にタイトなスケジュールになっています。そういう中で自分たちがもっともっとタフになる。常に目の前の試合で100%の力を出せる。立ち続けられる。技術、戦術、そういうものも当然重要なんですけれども、タフさであったり、試合中の駆け引きであったり、そういうところまでも自分たちが今回経験したことを生かさないといけないと、現時点ではそう思っています。戦術的な洗練さもそうですけど、自分たちがアジアを勝ち抜いて、勝ち抜く上で、この大会でもしっかりとトーナメントを勝ち続けられるタフさ。そういうものも非常に強くならないといけないと感じました。

FIFAクラブワールドカップ UAE 2018 3位決定戦 
2018年12月22日(土)22:30KO
ザイード スポーツ シティ スタジアム

MF 8
土居 聖真
Shoma DOI

--どういうところが強かったか。
取りどころがない。全員ポゼッションできる。全員ボランチ、トップ下みたいな感じ。JリーグならSBをハメるじゃないですか。そこが逆に今日とかも相手のキーポイントだし、そこで取ろうとしているんだけどかわされるから、やっぱりすごい。そのワンプレーで局面が変わるし。CBに行ってもCBへのサポートがうまかった。CBが出したあとに動いてワンツーをもらって、そのハマっている局面を打開するだとか。全員MFみたいだった。レアル・マドリーもリバープレートも。

--ただ、何度も好機を作った。
決めたかったです。たくさんああいう場面があったけど、ほとんど相手のパスミスを自分でかっさらってという形だった。あれが味方から入ってほしいというのが今年1年間の個人的な振り返り。そうすればもっとチャンスが増える。僕ももっと要求しないとと思ったし、あれで点を取れればラク。今日はそこの決定力の差を見せつけられた。自分のところで決定的なシュートが3本あった。決め切れるか切れないかの差だった。

--60試合目で中2日はキツかったか。
ばかキツかったです。最後は脚が棒だったし。気持ちで走らないといけなかった。勝っていればまた違うんだけど。レアル・マドリーにもボールを持たれていたし、今日もそうだし。それはラクではない。回させているという守備もできなかったし、どっちかというと回されて追いかけていくという形だったし。

DF 39
犬飼 智也
Tomoya INUKAI

--どういうところに差があった?
まずは先制点のところがうまかったですね。自分たちもセットプレーでチャンスがあったので、あそこを決められていればと思う。1点やられてからはより相手が気持ちよくプレーしていた。先制点がもったいなかった。

--相手の勢いは?
ボールにもガッと来ていましたし、クサビが当たったあとに一人、二人が前に行くスピードもあって勢いを感じました。

--守備プランとその結果をどう感じている?
最初はなかなかクサビが奪い切れていなかったので、取りにいくのは難しいなと判断して、ラインを深くしてどっしり構える形にした。修正はできていたと思うんですが、ボールが入ったときの一歩が速くて。戦術というよりも、個人のところでやられてしまった。

DF 2
内田 篤人
Atsuto UCHIDA

--レアル・マドリーとやって今日はリーベルプレートだった。
今日に限った話じゃないけど、南米はカウンターとゴール前の質は違うよね。最後のクオリティーがね。俺らはバーに当てたし、チャンスの数じゃそこまで変わらない。オープンになって、俺ら出なきゃいけないぶん、向こうにもっとチャンスがあったと思うけど、もう少し……。たらればはないけど、決まっていたら。前半にもしね(決まっていたら)、もう少し締まったゲームになっていたかなとは思う。

--レアル・マドリー戦よりも。
レアルのときは、シャルケのときもああいうふうになったんだよ。

--やらせてもらえない感じ?
ああなったらしょうがない。今回はチャンスもありピンチもあり。もちろんゴール前の質という点では南米だからで片づけられるものでもないし。日本が勝つためにはアタッキングサードの精度が大事になる。

「僕一人でチームを動かせる力をつけたい」世界に衝撃与えた19歳、安部裕葵が敗戦を糧に飛躍を誓う
サッカーダイジェストWeb編集部
2018年12月23日


「自分のためになったかは正直分からない」


今大会の結果について悔しさを露わにした安部。さらなる飛躍に期待したい。(C) Getty Images

 今大会、鹿島の攻撃の一翼を担った19歳は、悔しさを隠さなかった。

 リーベル・プレートとの3位決定戦は、再三の好機を逃し、終わってみれば0-4の完敗。安部裕葵は試合を振り返って、「セットプレーから失点してしまって、そこからゲームコントロールが上手くいかなくなった。逆転するという気持ちで前から行ったが、一人ひとりの個の能力で負けて追加点を取られた」と語った。

 アジア王者として臨んだ今大会、各大陸王者との真剣勝負を、19歳は次のように総括する。
「シンプルに悔しい経験。自分のためになったかは正直分からない。勝って自分のものにいろいろしたかったですけど、たくさん試合に負けてしまって、ちょっと切り替えるのに時間が必要かなと思う」

 そして、この悔しさを糧にさらなる成長を誓う。
「こういう雰囲気は忘れちゃいけないし、やっぱり若い僕がチーム全体になにかを与えないと、集団は上手くいかない。僕自身力が足りなかったですし、もっと僕一人でチーム全体が動くくらいの力を付けたいです」

 敢然と世界に挑み、アグレッシブな仕掛けと鮮烈なゴールで衝撃を与えた一方で、ほろ苦さも味わった。19歳、安部の今後の飛躍に期待したい。

初めてのクラブW杯を終えた内田篤人の想い 「日本に帰ってまたレベルアップしないと」
サッカーダイジェストWeb編集部
2018年12月23日


0-4の完敗。試合後の内田は敗戦にショックを受けながらも...

 12月22日、鹿島アントラーズはクラブワールドカップの3位決定戦でアルゼンチンのリーベル・プレートと対戦。まざまざと力の差を見せ付けられて0-4で敗れた。

 試合後、鹿島の内田篤人がフラッシュインタビューに応え、「僕たちは中2日、向こうは中3日。多少ゲームプランは持って入ったつもりだったのですが、セットプレーひとつで前半に(得点を)取られてから、プランが少しずつ自分たちに傾いてこなくなった」と内容を総括。体力的なハンデを計算してゲームに入ったものの、相手に与えた先制点が敗戦の要因になったと冷静に分析した。

 これでクラブワールドカップの戦いは幕を閉じた。結果は世界4位だが、何度も世界の猛者を向こうに回してきた内田はまるで満足していない。

「良いチーム(が来て)、良い環境(で戦える)。これだけ大きな大会ですし、この悔しさというか差を自覚して、日本に帰ってまたレベルアップしないといけない」

 改めて、世界との差を知った内田。今大会で味わった悔しさは来季を戦う新たなエネルギーとなり、自身を成長させる糧になったのは確かだ。

「ドバイまで足を運んでくださったサポーターの方もいますし、日本からテレビで応援をしてくださった方もいます。Jリーグを代表して戦ったのですが、こういう結果に終わったのは残念。また、日本のサッカー界のために、鹿島アントラーズのために働きたいと思います」

 ひとつずつ積み上げ、もう一度この舞台に帰ってくるために――。鹿島の背番号2は敗北を受け止め、再び走り出す。

鹿島・大岩監督、世界レベルを痛感「自分たちの修正を上回るスピード、技術を体感した」
サッカーダイジェストWeb編集部
2018年12月23日


「タフさ、試合中の駆け引き、そういうところも活かさなければ」


「自分たちの技術、メンタル、決め切るということが不足していた」と試合後に語った大岩監督。手応えと課題の残る今大会だった。(C) Getty Images

[クラブW杯3位決定戦]鹿島0-4リーベル・プレート/12月22日/ザイード・スポーツシティ・スタジアム

 鹿島の大岩剛監督は、敗戦を冷静な目で振り返った。

「何本バーに当たったか忘れたが、非常にいいチャンスをたくさん作ることができた。これはマドリード戦もそうだったが、自分たちの技術、メンタル、しっかりと決めきることがこういうレベルの高い世界一を争うトーナメントでは、まだまだ不足していた。われわれが取り組むべき課題だ」

 鹿島はセルジーニョや安部裕葵のチャンスメイクから多くの決定機を掴み、土居聖真、安西幸輝、永木亮太らのシュートはクロスバーを直撃。再三ゴールに迫りながら、得点にはあと一歩及ばなかった。

 一方の南米王者は、鹿島GKの代わり端を突いて、セットプレーから抜け目なく先制。後半は前掛かりになる鹿島のディフェンスライン裏を効果的に突いてきた。指揮官は、「(相手は)システム的なギャップを作って進入してくるところを、スピードが速い中でできる、ボールコントロールの技術があった中でできる」と、そのレベルの高さに脱帽する。

 さらに、「Jリーグ、アジアでやっているのとはひと味違ったレベルの高いゲームをすることができた。(鹿島も)修正しながらやるが、それを上回るスピード、技術を体感した」と、日常の戦いの舞台となるJリーグやACLを引き合いに、世界との差を実感したようだ。

「この大会のことを言うと、世界のレベルの高さを感じることができた。自分たちができることも見えた。来年は今年と同じようなタイトな日程。その中でもっともっとタフになる。常に目の前の試合で100%の力を出し、勝ち続けられる技術、戦術も当然だが、タフさ、試合中の駆け引き、そういうところまでも今回経験したことを生かさなければいけない」

 今回のクラブワールドカップをこう総括した大岩監督。今大会で得た学びは、来季のJリーグ、ACLでどのように活かされるのか。アジア王者のさらなる進化が注目される。


「この大会では、世界のレベルの高さを感じることができた」と語る大岩監督である。
テレビからもそれは強く感じさせられた。
チャンスを必ずものにする技術とメンタルは、これまでの相手とは一線を画しておったことは紛れもない事実。
この経験を活かすことがこの指揮官に課せられた課題と言えよう。
そして、聖真は「自分のところで決定的なシュートが3本あった。決め切れるかどうかの差だと思う」と言う。
このしあい、聖真は決定的チャンスを数多く作り出し、ヒーローとなり得る資格を持っておった。
しかしそうならなかったことが無念でならない。
この大会を総じて聖真は非常に良かったと思う。
グアダラハラ戦では2得点に絡み、R・マドリー戦ではゴールを決め、リーベルプレート戦では決定機を作り出した。
鹿島の選手としては聖真の大会だったと思う。
この経験を来季に活かすのだ。
鹿島の背番号8として歴史に名を刻んでいって欲しい。
期待しておる。

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鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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