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當間建文、松本山雅と契約更新

松本山雅と契約を更新した當間である。
これは朗報。
J1の守備を知るCBとしてDFラインを統率するのだ。
対戦を楽しみにしておる。

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契約更新選手のお知らせ
2019/01/8

このたび松本山雅FCでは、下記の選手について2019シーズンの契約更新が決定いたしましたのでお知らせいたします。

守田 達弥(Tatsuya MORITA)
【ポジション】 GK
【生年月日】 1990年8月3日(28歳)
【出身】 千葉県
【身長/体重】 191cm / 87kg
【経歴】 イーグルス - FCリベレオ - 習志野高 - 京都サンガF.C. - カターレ富山 - 京都サンガF.C. - アルビレックス新潟 - 松本山雅FC

face_2018_12.jpg
【出場記録】(2018年シーズン終了時点)

年度 チーム リーグ リーグ リーグカップ 天皇杯
出場 得点 出場 得点 出場 得点
2009 京都 J1 0 0 0 0 0 0
2010 京都 J1 13 0 0 0 1 0
2011 京都 J2 0 0 – – 0 0
2012 京都 J2 0 0 – – – –
2012 富山 J2 22 0 – – 1 0
2013 富山 J2 39 0 – – 1 0
2014 新潟 J1 34 0 6 0 2 0
2015 新潟 J1 32 0 10 0 0 0
2016 新潟 J1 30 0 1 0 2 0
2017 新潟 J1 10 0 4 0 1 0
2018 松本 J2 39 0 – – 1 0
通算 J1 119 0 21 0 6 0
J2 100 0 0 0 3 0

當間 建文(Takefumi TOMA)
【ポジション】 DF
【生年月日】1989年3月21日(29歳)
【出身】 沖縄県
【身長/体重】 178cm / 72kg
【経歴】宇栄原FC - 小禄中 - 東海大第五高 - 鹿島アントラーズ - 栃木SC - モンテディオ山形 - 松本山雅FC

face_2018_181.jpg
【出場記録】(2018年シーズン終了時点)

年度 チーム リーグ リーグ リーグカップ 天皇杯
出場 得点 出場 得点 出場 得点
2007 鹿島 J1 0 0 0 0 0 0
2008 鹿島 J1 0 0 0 0 0 0
2009 鹿島 J1 0 0 0 0 0 0
2010 鹿島 J1 1 0 0 0 3 0
2011 鹿島 J1 2 0 0 0 1 0
2012 栃木 J2 29 2 – – 1 0
2013 栃木 J2 30 1 – – 0 0
2014 山形 J2 27 3 – – 5 0
2015 山形 J1 22 0 2 2 2 0
2016 松本 J2 25 1 – – 2 0
2017 松本 J2 20 1 – – 1 0
2018 松本 J2 5 0 – – 2 0
通算 J1 25 0 2 2 6 0
J2 136 8 0 0 11 0

増田誓志、ソウル・イーランドFC移籍

韓国Kリーグ2(2部)のソウル・イーランドFCに移籍する増田誓志である。
誓志の新たなるチャレンジが始まる。
韓国にてこのクラブを1部昇格に導くために尽力するのだ。
活躍の報を待っておる。

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増田誓志、清水から再び韓国へ!ソウルイーランドに加入
2019/1/8 17:00
©株式会社コリー


韓国Kリーグ2(2部)のソウル・イーランドFCは8日、「元日本代表MF増田誓志を獲得した」と公式発表した。

増田誓志は1985年生まれの33歳。2004年から2012年まで鹿島アントラーズに所属(モンテディオ山形に1年期限付き移籍)し、その後韓国の蔚山現代でプレーした経験を持っている。

一昨年アル・シャルジャ(UAE)から日本に復帰し清水エスパルスと契約していたが、あまり出場機会を得ることは出来ていなかった。

ソウル・イーランドFCの公式サイトによれば、「キム・ヒョンス監督が追求するビルドアップ型のパスサッカーを実現させるため、増田が大きな助けになるだろうと判断した」とのこと。

増田誓志も「オファーを受けた時は迷わなかった。新たな挑戦をしたいという希望が大きかった」と明かし、韓国でのプレーを希望していたことを明かしているそう。

ソウル・イーランドFCは2015年にカレン・ロバートが所属したことで知られるクラブ。Kリーグ参入後はまだ1部昇格の経験がなく、昨季は2部で最下位となっていた。

安部裕葵・安西幸輝、木場克己氏主催八丈島合宿に参加

木場克己氏が主催する八丈島合宿に参加する阿部裕葵と安西幸輝である。
「Koba式体幹・バランストレーニング」にて体幹を鍛え、より強くなるのだ。
2019年シーズン、安部&安西の活躍に期待大である。

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金崎夢生から安部裕葵まで… 実力者7人が合宿開始、その場所が「八丈島」のなぜ―
2019.01.08
著者 : THE ANSWER編集部


サッカー日本代表は9日にアジアカップ開幕戦となる1次リーグ初戦トルクメニスタン戦を迎えるが、八丈島にも代表経験者の実力者が集結。シーズンインを前に合同自主トレで切磋琢磨している。


八丈島到着後、体育館で体幹トレーニングに励む鹿島FW安部(写真・手前から二番目)【写真提供:一般社団法人 JAPAN体幹バランス指導者協会】

代表経験者ら合同自主トレ開始、木場克己トレーナーが語る八丈島の理由

 サッカー日本代表は9日にアジアカップ開幕戦となる1次リーグ初戦トルクメニスタン戦を迎えるが、八丈島にも代表経験者の実力者が集結。シーズンインを前に合同自主トレで切磋琢磨している。

「選手が求めているものはクラブのキャンプインのタイミングで、スタートダッシュするということ。選手個人ではなかなか追い込むことは難しいので、八丈島で合宿をすることになります」

 こう語ったのはプロトレーナーの木場克己氏だった。体幹、体軸、バランスを強化する「Koba式体幹・バランストレーニング」の開発者で、競泳のリオデジャネイロ五輪代表・池江璃花子(ルネサンス亀戸)らトップアスリートを指導。日本郵政女子陸上部もアドバイザーとして指導し、16年に創部3年目で全日本実業団女子対抗駅伝(クイーンズ駅伝)優勝に導いたスペシャリストだ。

 木場氏の主催する毎年恒例の八丈島合宿は今年で10年目を迎えた。日本代表DF長友佑都(ガラタサライ)も初年度に参加した地獄の合宿には、鳥栖FW金崎夢生、FC東京FW永井謙佑という日本代表経験者から、昨年度のベストヤングプレーヤー賞を受賞した鹿島FW安部裕葵という新鋭まで、サッカー界の実力者7人が参加した。

 7日に八丈島に到着すると、早速合宿開始。体育館で特製チューブを使ったチューブサイドブリッジなど、90分間体幹トレーニングの基礎メニューを行った後には「長友ロード」と命名された坂道を10回ダッシュ。八丈富士に続く、坂を一気に駆け上がった。

かつては中井卓大&久保建英も…八丈島に集う理由は「坂道」にあり

 なぜ、アスリートは八丈島に集うのか。

「八丈島で合宿を行う理由の一つにこの坂道があります。傾斜がいい具合なので、臀部とハムストリングに刺激がしっかりと入ります。公式戦がスタートすると、実戦練習との兼ね合いで、1年を通じて臀部とハムストリングに刺激を入れ続けることが難しくなります。どの選手もモチベーションが高い。しっかりと追い込んでいました」

 木場氏はこう説明した。同氏に師事するレアル・マドリードの下部組織に所属するMF中井卓大と横浜MのFW久保建英もかつて八丈島で合同合宿を行った経緯もある。

 ハワイやグアム、沖縄など温暖な環境で汗を流す自主トレもある。しかし、寒風吹き荒ぶ八丈島で鍛え上げるストイックな流儀で、選手たちは2019年の躍進を期している。

(THE ANSWER編集部)

杉本太郎、松本山雅へ完全移籍

松本山雅に完全移籍する杉本太郎である。
これは驚きの報。
ここ2年、徳島にレンタルされており、実績を元に帰参するものと思っておった。
しかしながら、昨年は徳島にて背番号10を託され、期待されておったこともあり、買い取り可能性も考えていた。
ところが、J1に昇格する松本山雅とは予想を超えておった。
松本山雅はシャドーのポジションがあり、太郎が躍動する場がある。
これは良い移籍となるのではなかろうか。
対戦が楽しみである。

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杉本選手が松本山雅FCに完全移籍
2019年01月08日(火)

徳島ヴォルティスに期限付き移籍しておりました杉本 太郎選手が松本山雅FCに完全移籍することとなりましたのでお知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名: 杉本 太郎(すぎもと・たろう)
■生まれ: 1996年2月12日、岐阜県出身
■ポジション: MF
■サイズ: 162センチ、62キロ
■経 歴:
岐阜VAMOS-帝京大可児高-鹿島アントラーズ(2014)-徳島ヴォルティス(2017~18)

■公式戦成績:
J1リーグ通算 19試合 1得点
J2リーグ通算 65試合 7得点
天皇杯通算 6試合 2得点
リーグカップ通算 2試合 1得点
クラブワールドカップ 1試合 0得点
スルガ銀行チャンピオンシップ 1試合 0得点
J3リーグ(U-22選抜) 6試合 0得点

■杉本選手コメント
「鹿島アントラーズというクラブでプロとしての第一歩を踏み出すことができ、感謝しています。素晴らしい選手、スタッフ、サポーターと一緒に戦えた事を誇りに思います。本当にありがとうございました」

杉本太郎選手 完全移籍加入のお知らせ
2019/01/8

このたび、鹿島アントラーズより杉本太郎選手が松本山雅FCへ完全移籍加入することが決まりましたので、コメントと併せてお知らせいたします。

【杉本太郎選手のコメント】
「この素晴らしいクラブの一員になれたこと嬉しく思います。
日々選手として人間として成長できるように頑張ります。
これからよろしくお願いします」

小笠原はいつも正直だった

小笠原満男の引退会見を取材したNumberWebの寺野女史である。
これまで取材し続けた21年間を振り返り、「決して取材しやすい選手ではなかったが、小笠原はいつも正直だった」と綴る。
そして、引退会見の言葉一つ一つ、その裏に潜む意図を伝えてくれる。
小笠原満男というサッカー選手の気持ちがよくわかったのでなかろうか。
改めて満男に言いたい。
これまでありがとう。
お疲れさまでした。

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小笠原満男はいつも正直だった。
悔しさを胸に戦い続けた男の引退。

posted2019/01/08 11:30


2018年、クラブW杯のトレーニング中に笑顔を見せた小笠原満男。鹿島を、Jリーグを文字通り牽引した選手だった。

text by
寺野典子
Noriko Terano

photograph by
Getty Images


「今もスッキリしていないですよ」

 12月28日、引退会見後に行われた囲み取材。「スッキリしたのはいつだったか?」と訊いたとき、小笠原満男はすかさずそう返してから、「クラブW杯の3位決定戦後にみんなに言ったら、結構スッキリしたかな。それまではモヤモヤしたのがあったけど」と続けた。

 そんなやり取りに、彼を取材した21年間を想う。決して取材しやすい選手ではなかったが、小笠原はいつも正直だった。だから、彼と言葉をかわすのは嫌いじゃなかった。

 負けたあとは悔しさを隠しきれない。だから、敗戦の弁を訊くことは困難だった。声をかけても無言でスタスタと歩いていく。彼の前にポジションを取り、その行方を妨げようとしても、無駄だった。だからこそ彼の歩みを止める質問、最初の一言が重要だった。

 とはいえ、一度質問がうまくいったからといって、それが何度も通用する相手でもない。たとえ勝っても「2点、3点と追加点を取らなくちゃいけない」と言うのだから、取材陣が求めるコメント、たとえば喜びの声を得るのは簡単ではなかった。

職人のような人間臭さ。

 天邪鬼ともちょっと違う(その一面もあるかもしれないが)。勝つための仕事ができなかったときは、何を言っても言い訳になってしまうと考えている。だから、そういうときは話したくはない。

 逆に手放しに称賛されても自分が納得できていなければ、無邪気に受け入れることはできない。そんな小笠原に対して、「プロとしてどうなのか?」という声もあったのは事実だ。確かにそうかもしれない。

 それでも、私は昔かたぎの職人のような彼の人間臭さが好きだった。サッカー選手として誠心誠意ピッチ上での仕事と向き合う。だから、仲間たちからの信頼は厚い。対戦相手からすれば、手強く、悪役のような存在になったのも、自分の仲間、クラブへの忠誠心と勝利への貪欲さゆえ。そのことを改めて痛感する、そんな引退会見だった。

ベンチ外続きで「最後だな」。

「自分がピッチに立って勝ちたいという想いがすごく強いので、それができなくなったときは、やめるときだと決めていた。だから、引退を決断するうえで、葛藤はなかったです。今季(2018年シーズン)ベンチ外が続いたときに、なんとなく、最後だなという気持ちが徐々に芽生えてきた。もちろん、その日が来ないように、少しでも長く頑張るという気持ちでやってきましたけど。

 シーズン終盤に試合で使ってもらえる機会も増えたんですけど、正直それは、同じポジションの選手が怪我をしたり、出場停止だったから。それなら若い選手、これからの選手が出るべき。アントラーズが強くなっていくために、自分が身を引くときがきたなと。膝の怪我が原因で引退を決めたという報道がありましたが、それは事実ではなくて、練習もしていたし、試合に出る準備はしていたけれど、出られなくなったから」

 8月中旬からリーグ戦6試合連続でベンチ外が続いた。ACLを勝ち進んで過密日程が続くなか、小笠原の心のなかに「引退」の文字が浮かんだのだろう。

中田、柳沢、本田の姿。

 しかしその胸の内を誰かに相談することはなかったという。そんな彼を支えたのはかつてクラブに所属したOBたちの姿だった。

「自分がいざ辞めるとなったときに、すごく感じたのは、偉大なOBの方々が最後までこのチームでやり遂げたという姿を見てきたので、自分もそれをするべきだと思いました。自分がなかなか試合に出られなくなって、ベンチから外れることもあったときに感じたのは、中田浩二の姿であり、柳沢(敦)さんや本田(泰人)さんの姿でした。

 中田浩二は最後のシーズン、なかなか出場機会がなかったけど、練習を1日も休むことなく、最後の最後までやったのを見ていたので、自分もそうすべきだと。もちろん悔しさもあるけれど、自分の気持ちとは関係なく、チームのためにやるというのは、最後の最後までやり通したかった。(大岩)剛さんには『特別扱いはしないでほしい』ということをずっと言ってきた。(現役時代から)剛さんの背中を見てきたこともあるし、剛さんだから我慢できたこともありました。本当に感謝しかない」

偉大なOBの真似をしただけ。

 鹿島アントラーズに加入して以降、ずっと先輩たちの背中を見ながら成長してきた。最後も同じだったのだろう。

「自分がやってきたことというのは、偉大なOBたちの真似をしてきただけなので。いいときも悪いときもどういう振る舞いをすべきかというのを、先輩たちから見て学んできた。OBたちが素晴らしかっただけで、自分が誇れることはない」

 出場機会を失ったベテランが他クラブへ移籍することは特別なことではない。鹿島アントラーズでも秋田豊や柳沢敦をはじめ、新天地へ挑戦した選手は多い。しかし、他クラブへ移籍して、プレーするという選択肢は小笠原にはなかったという。

「他のクラブでやりたいというのは、まったく思わなかった。やっぱりここで、勝ってきたのが面白いし、タイトルを獲ってきたのがやり甲斐だった。他のチームでやるよりも、違う形でチームに恩返ししたいという気持ちが強くなった」

今後も本気で強くするために。

 現役選手ではない立場で、鹿島アントラーズのタイトル獲得に貢献したいという想いが引退の決断に繋がった。

「ずっと選手として突っ走ってきたので、それ以外のことに関しては素人です。特にこれといった武器がないので、いろんなものを見て、勉強し、どういう道に進みたいかっていうのを整理していきたい。何をやるというのは、自分の気持ちだけで決められるものではないので、クラブと相談していきたい。

 早くチームに貢献したいし、本気でアントラーズを強くするために関わりたい。世界のサッカーは発展しているし、努力している人たちがいるので。休みたいよりも働きたいです。働けるかどうかはわからないけれど(笑)」

 ここ近年は現役時代に指導者ライセンスを取得する選手もいるが、小笠原は何も持っていない。だから、引退後のビジョンはまったくの白紙だ。「将来、監督になりたいか」という質問にも上記のように「まだわからない」と答えている。

ゴールよりもPK失敗の記憶。

 そして、引退会見ではお馴染みの「記憶に残るゴールは?」という質問に対する答えが、まさに小笠原の本質を表現していた。

「ゴールではないのですが、ナビスコカップ決勝のPK戦で僕がキーパーに止められ、失ったタイトルの印象が強く残っている。自分のインサイドキックのミスで負けてしまい、いろんな人の想いやいろんなことすべてが変わってしまった。ジーコからずっと、『PK戦は運ではなく、120分、90分間戦い抜いて、ボロボロの足の状態でも狙ったところに強いボールを蹴らなくちゃいけない。だから、練習でのインサイドキック1本でも真剣に蹴らなくちゃいけない』とずっと言われていた。それを身をもって感じました。

 練習から意識してやっていかなくちゃいけないし、クラブW杯でも思ったんですけど、止めて蹴るというのは、すごく大事だし、その精度をあげていかなくちゃいけない。なんとなくやった“止めて蹴る”と、高い意識でやるのとでは、だいぶ差がついてくると思うので」

 1999年のナビスコカップ決勝の柏戦でのPK戦。最後のキッカーだった小笠原のキックが止められて敗れた。その悔いをずっと背負い戦ってきたのだろう。

W杯予選での決勝ゴールも……。

 そして、ジーコジャパンを救ったとも言われるワールドカップドイツ大会アジア最終予選バーレーン戦での決勝弾についても「あれは小野伸二のゴール」と言い切った。

「思い出深いゴールではありますけど、ずっとレギュラーだった伸二が直前に怪我をしての出場だった。自分としては複雑な想いがありました。伸二はいつか追いつき、追い越したいと思い続けてきた選手。その選手の怪我で代わりに出るというのは、思うところはあるんですけど、伸二は『ミツ、頑張れよ』と言ってくれた。悔しかったと思うんですけど。だからあれは、本来なら伸二が決めるゴールだったと思う。小野伸二の魂が宿りました。それだけ伸二には思い入れがあるので、頑張ってほしいですね」

 ゴールデンエイジと言われる1979年生まれの小笠原。1995年のU-17世界選手権メンバーでもあったが、彼の前には常に小野をはじめ、稲本潤一や酒井友之、そして中田浩二、本山雅志などのライバルたちがいた。

 1999年ワールドユース(現U-20W杯)の準優勝メンバーではあるけれど、2000年のシドニー五輪はメンバー外だった。日本代表でも中田英寿や中村俊輔など、ライバルをあげればキリがない。

「彼らに負けられないという想いでやってきたので、彼ら、ライバルの存在が僕のモチベーションでした。そういう人達から、学ぶこともいっぱいあった。同期の曽ヶ端、本山、中田浩二や他クラブなら伸二や稲本の存在は大きいし、そういう人と一緒にやれたのは幸せなことでした」

逃したタイトルが何十個も。

 そんな小笠原にとって公式戦ラストマッチとなったのが、クラブW杯3位決定戦、リーベルプレート戦。2点差をつけられた76分、小笠原は内田篤人に代わりピッチに立った。

「最後の試合という特別な想いはなく、ただ、なんとか点をとって、勝ちたかった。やっぱり、最後にクラブW杯に優勝して終わりたかったので、悔しかった。でも、そういう想いで終わるのも自分らしいのかなって。

 悔いだらけです。獲ったタイトルもあるけど、獲れなかったタイトルが何十個もあるので。今年に限っていっても、ACLは獲れましたけど、ルヴァンも取れなかったし、JリーグもクラブW杯も取れなかったし。悔いばっかりです。代表でも悔しい想いをいっぱいしたいし。自分の人生は悔しい、悔しいの連続で、ライバルもいたし、負けたくない、そういう想いで突っ走ってきたなって思います」

 11月のACL決勝戦前後に組まれたJリーグ対セレッソ大阪戦と、柏レイソル戦に小笠原は先発し、控え組の若い選手を率いて2連勝と、決勝戦へ挑むチームをあと押ししている。

「あのとき、まだやれるという想いは芽生えませんでしたか?」と訊いた。

「そういう変な感情はなかった。今だからこそ言うけれど、正直ACLに出たかった。それは僕だけじゃなくて、若い選手たちもそうだと思う。そう思うべきだし。でも、与えられたJリーグの試合で、今までベンチ外で一緒に練習した若い選手たちといっしょに戦って、やっぱり勝たせてあげたかった。

 彼らがどう思っているかわからないけれど、ピッチに立つこと、そこに立って勝つということを示したかった。そこで勝てたというのは、チームの財産になるのかなって思うし、みんなで勝つことができて良かったですけど、本音はACL決勝に出たかったです」

 果たした任務の達成感以上に、悔しさがまた募っただけだった。

印象的だった鋭い瞳。

 鹿島に加入した直後も、U-19の合宿でも、小笠原はにぎやかな選手たちを少し離れた場所で見つめている東北出身の寡黙な少年だった。

 印象的なのはその鋭い瞳だ。

 ピッチに立てばギラギラとするのだろうが、なにかを射抜くような瞳は、油断とは無縁の飢えた獣のように見えることもあった。

 そんな少年は、いつしかクラブの大黒柱に成長した。寡黙さは相変わらずなのかもしれないが、チームの中心に立つ太い柱となり、鹿島アントラーズの25年間を繋いだ。

 現役引退会見で、獲れたタイトルの数よりも獲れなかったタイトルの数を数える。それが小笠原満男だ。だから、彼はたくさんの勝ち点を奪い獲り、タイトルを手にしたのだろう。

みんなで喜ぶ瞬間こそ幸せ。

「鹿島アントラーズの全部が好きですね。しいて言えば勝ちにこだわり、みんながひとつになって、タイトルへ向かうところ。そこがすごく好きです。、何よりもタイトルを獲って、みんなで抱き合い喜ぶあの瞬間が、一番報われるときで、幸せを感じる瞬間なので。

 絶対にこのチームはタイトルを獲り続けなくちゃいけない。だから、普通のチームになっちゃいけないと思う。ずっとタイトルを獲り続けて、強くなってきたチーム。急に強くなったわけじゃないし。いろんなものを積み重ねてここまで来た。今後もタイトルを獲って、どんどん積み重ねてほしいから。今度は違う形でそれに関わりたい」

 悔しさを笑顔でごまかすことはしない。悔しいという想いをポジティブな力に変えてきた。勝利にこだわり、球際での強さを発揮できるのは、鹿島アントラーズへの忠誠心とクラブ関係者、サポーター、仲間に対する誠意の表れだ。そして、自身の飢えを埋めるためなのだろう。

 現役を引退し、立場が変わっても、勝利への渇望はこれからも続いていくに違いない。

アルアインのカイオ、ベンフィカ移籍へ

ポルトガルのベンフィカと合意に至ったアル・アインのカイオである。
報道によると5年契約を勝ち取ったとのこと。
素晴らしい。
晴れてカイオは欧州にて輝くこととなる。
ゴールの報を待っておる。

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元鹿島FWカイオ・ルーカス、ベンフィカ移籍へ。2019-20季からの5年契約を締結か
2019-01-08 FUTEPOR

かつて鹿島アントラーズに所属し、現在はアル・アインに所属しているブラジル人FWカイオ・ルーカスが、ベンフィカ移籍で合意に達したようだ。複数のポルトガルメディアが報じた。

『O JOGO』によると、ベンフィカが数日間の交渉の末、アル・アインとの契約最終年にあるカイオと2019-20年からの移籍について合意に達したという。また『Record』によると、現在スペイン・ポルトガル方面を旅行しているカイオは火曜日にリスボンに戻り、メディカルチェックを受ける予定。その後、5年間の契約を結ぶと見られている。







クラブW杯で準優勝に輝き、自身はシルバーボール賞を獲得したカイオには、かねてからポルトやベンフィカ、シャフタールらが関心を寄せていた。先日はポルトが金銭面等を理由に獲得を見送ったことが報じられており、その去就が注目されていた。

ベンフィカといえば、今季の成績不振を受けて、リーグ2連覇を含む6つのタイトルをもたらしたルイ・ビトーリア監督を解任したばかりで、クラブとしての転換期を迎えている。鹿島やアル・アインでタイトルの味を知るカイオは、ポルトからのタイトル奪還を狙うベンフィカにとって救世主となれるだろうか。あとは正式発表を待つのみだろう。




プロフィール

Fundamentalism

Author:Fundamentalism
鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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