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すでに休む間もなく、小笠原は次のステージへ走り出していた

年明け早々の小笠原満男氏を取材したSportivaの佐野美樹女史である。
引退公表直後の気持ちを上手に引き出しておる。
また、様々な人と会い「だんだん道が見えてきた」と言う。
これからはっきりと、そして強く次の行動が開始されるであろう。
小笠原のセカンドキャリアが楽しみである。

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小笠原満男が引退して発見したこと。
サッカー、東北人魂、アントラーズ

佐野美樹●取材・文・撮影 text & photo by Sano Miki

 2019年1月4日、岩手県花巻市――。朝の冷えきった体育館の温度計はマイナス2度を示していた。底冷えする寒さのなか、きちんと並び座った子どもたちは、プロサッカー選手が来るのを今か今かと待ちわびていた。そんな子どもたちの前に姿を見せると、小笠原はマイクを持ち、こう自己紹介した。

「みなさん、おはようございます。元、鹿島アントラーズの小笠原満男です」


東北人魂としての復興支援・サッカー普及活動を続ける小笠原満男

 2018年12月27日、突然引退の発表をした小笠原は、翌28日にはカシマスタジアムで引退会見を行ない、21シーズンもの長い間駆け抜けたプロ生活の幕を、こちらに悲しむ時間も与えないまま、スッパリと閉じてしまった。

 そして年が明けると、例年と変わらず、「東北人魂」の活動の場に小笠原の姿はあった。

 東北人魂としての、年始に行なわれる東北での復興支援およびサッカーの普及活動も、東日本大震災から今年で8度目となった。当初からずっと、この活動における理念や信念は変わらず、その先頭に立つのが小笠原であることも変わりはない。しかし、ひとつだけ大きく今年で変わったことは、その小笠原が現役選手ではなくなったことだった。

 現役を退いて、初めて迎えた年末年始を小笠原はどんな気持ちで過ごしていたのだろうか。これからの彼の描くビジョンも含め、話を聞いた。

―― まず、引退会見を終えて、今はどんな気持ちですか?

「言ったらスッキリしたなぁ、というのが正直な気持ちです。今までたくさんの方々にお世話になって現役生活を続けてきたわけですけど、引退を決めてからはいろいろな事情もあり、そのすべての人にすぐに自ら報告できない状況だったので。会見まではみんなに言えない申し訳なさがずっとありました」

―― 以前、もし引退をするときはスパッと辞めたいと話してくれました。未練などは感じていませんか?

「それはしょうがない。もう覚悟はしていましたから。やめるって、決めたので。もちろん、会見を行なうまでは自分のなかですごいモヤモヤがあったし、いろんな感情があったけど、会見を終えてからは全然スッキリして、次に向かうって気持ちになっていますね。楽しみなことが多いから。さぁ、次、何しよう、あるいはこれしてみたいっていうのが出てきたので。引きずるとか、そういう気持ちはないですね」

―― この年末年始は、今までにない時間になったのではないですか?

「たしかに、大変でした(笑)。いろんなところに『引退しました』と挨拶にいかなければいけないのもありましたし、いろんな人から『ご飯行こう』って誘われて。みんなと行きたい気持ちは山々だけど、時間が全然足りない(笑)」

―― そんななか、今年も年始から東北人魂の活動もされていました。ハードだったのではないですか?

「でも、辞めて一発目がこの東北人魂だっていうのも、なんか巡り合わせというか。感じるものがありますよね。だから、むしろ年明けからこういう活動ができてよかったなって思っています」

―― 気になるのは、小笠原さんの今後ですが、どんな絵を描いていますか?

「こういう活動は今後も続けていきたいと思っていて、これからは新たなものも盛り込んだりして、大船渡、岩手、東北に恩返ししていくというのは常に考えていきたいと思っています。一方で、アントラーズについても、これから関わっていけたらいいなと思っています。やらなきゃいけない、やりたいこともいっぱいあるので」

―― たとえば、どのようなことを考えていますか?

「今回、いろんな人にお世話になりましたって言いに行って話をしていくうちに、たくさんの発見がありました。いろんな人と話をしていくと、だんだん道が見えてきたというか。それをもっと続けていって、これは面白い、こんなことも面白そうだ、これはやれそうかな、これは違うかな……とか、そういう見聞をどんどん広めていきたい。だから、まずはいろんな人に会って、いろんな人と話していきたいと思っています」

―― その見聞を広める一環として、今回東北人魂カップに参加した鹿島アントラーズのスクール選抜チームに帯同されたのですか?

「そうですね。ちょうど大船渡にチームが来るということで、いい機会なので帯同させてもらって、勉強させていただきました。今までは、子どもたちを見るときは、選手目線だけで『あの子、うまいなぁ』『いいプレーしているな』と思っていただけでした。

 だけど今回は、子どもたちがどういう声をかけ合っているのか、コーチがどうアプローチしているのか、コーチたちがどういう試合の準備をさせているのか、そういうものを間近で体験して、注意深く見させてもらいました。

 とくに指導者になりたいってわけではないけれど、そういう目線で見るようにしてみると、またいろんな発見がありました。子どもたちの成長も楽しみだし、見ていて面白いから、育成年代からもいろんなものを学びたいですね」

―― それらもすべて、やはりアントラーズに還元していきたい気持ちが根底にはあるわけですね。

「はい。アントラーズをもっと強くしたいって気持ちはこれからも変わらないので」

―― では今は、いろんなことに対する好奇心や、これから先への意欲が大きいのですか?

「休んでいる暇はないですからね。時間はどんどん進んでいきますから。ただ、自分にどういうものが向いていそうか、また、チームに欠けている部分はどこなのか。俺がやりたいものとチームが必要としているものは違うかもしれないし、チームが必要なことは俺がやりたいことじゃないかもしれない。何をするのがチームにとっていいのか、それをこれから見つけていきたいと思っています」

 東北人魂の活動最終日。2017年に大船渡に完成した前面人工芝のグラウンドで、小笠原は第2回東北人魂カップの試合を終えた子どもたちに向かって、最後にこんな話をした。

「寝て、朝起きて、突然サッカーがうまくなっていることは絶対にありません。毎日毎日、一生懸命に練習しないと、サッカーはうまくはなりません。今、みんなの目の前にいるサッカー選手たちは、全員あきらめないで一生懸命に練習したから、こうしてプロになっています。だからみんなも、これからも一生懸命、練習してください。解散!」

 出場機会が減ろうとも、プロ生活の最後まで練習を休まなかった、小笠原の想いのこもったエールだった。

 現役であろうが、引退しようが、今までも、これからも、小笠原は変わらない。被災地のために、東北のために、そしてアントラーズのために、すでに休む間もなく、小笠原は次のステージへ走り出していた。

安部裕葵、このチームに入った時から付けたいと思っていました

背番号10についてコメントした安部裕葵である。
「このチームに入った時から付けたいと思っていましたし、すごくうれしい」と喜びを口にする。
やはり、10番を背負う者は、志から求め合うものなのであろう。
また、「プレッシャーも感じますけど、楽しみながらプレッシャーを心地よいと感じられるくらいになれたらいいと思います」重圧も含めての番号であることを言葉にする。
新10番は裕葵のもの。
鹿島の中心選手として躍動するのだ。
期待しておる。

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鹿島安部10番への思い「入った時から付けたいと」
[2019年1月17日16時39分]

鹿島アントラーズの新10番を託されたFW安部裕葵(ひろき=19)が17日の練習後、背番号に対する思いを明かした。

10番は瀬戸内高でも付けており、もともと好きな番号だったという。「このチームに入った時から付けたいと思っていましたし、すごくうれしい」と話し、「プレッシャーも感じますけど、楽しみながらプレッシャーを心地よいと感じられるくらいになれたらいいと思います」と、10番として過ごすシーズンを“楽しむ”姿勢を見せた。

鹿島の歴代10番はビスマルクや本山雅志、近年では柴崎岳らが担ってきた。

関川郁万、強くて優しい男のプロサッカー人生が今、幕を開けた

関川郁万について記すNumberWebの安藤氏である。
「1年前から大きく成長した点が2つあった。1つは技術面、もう1つは精神面だ」と分析する。
育成年代からずっと追ってきたユース教授の見解が興味深い。
この年代の選手はちょっとしたきっかけで大きく成長する。
関川もその例に漏れることなく、そして本人の向上心も相まって成長しておる。
素晴らしい。
また、プロ入りに至って以下のようにコメントする。
「2人がいなくなったのは正直残念と思う気持ちはあります。でも、この2人が“いいCBを育てるのは鹿島”だと証明してくれた。だからこそ“鹿島のCB”ということで、自然と僕も注目されると思っています。もちろん試合に出られる保証はないですが、チョン・スンヒョン選手も韓国代表で抜けることもあるでしょうし、本当にそういうチャンスが来た時を確実に生かせれば、評価に繋がるはず。
 いつか来るチャンスのために、最善の取り組みをしたいと思っています。真の意味で鹿島の一員として力になれるかは自分次第。あの2人に近づき、追い越せるようにやっていきたい」。
鹿島を選んだ意味も意義も伝わる。
そしてその成果は近く証明されよう。
活躍を期待しておる。

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関川郁万は、いかついけど“良い奴”。
鹿島で昌子と植田を追い越せるか。

posted2019/01/17 11:00


2年連続準優勝は悔しさも残るだろうが、その悔しさをバネに飛躍するメンタリティを関川郁万は備えているはずだ。

text by
安藤隆人
Takahito Ando

photograph by
Takahito Ando


 リベンジは果たせなかった。流通経済大柏のCB関川郁万は、昨年度と同じく決勝の舞台で涙を飲んだ。

「もうチームの勝利しか考えていなかった。チームのために身体を張る、空中戦で絶対に勝つ……でも、それは叶わなかった。本田裕一郎監督を胴上げしたかったし、本当にもう感謝しかありません」

 昨年度の選手権決勝は2年生としてフル出場したが、0-0で迎えた後半アディショナルタイムにFW榎本樹(松本山雅FC)に痛恨の決勝弾を浴び、0-1で敗れた。しかし今回の青森山田との決勝戦は、彼の圧巻のヘディングシュートで幕を開けた。

 32分、右CKをファーサイドに飛び込んで、GKのセーブも弾き飛ばすほどのドンピシャのヘッドを叩き込んだ。ゴールセレブレーション後に、ベンチ前に立つ本田監督の下に1人駆け寄って抱き合うなど感謝の意を示した。だが、その後チームは3失点を喫し、1-3で敗れた。

 雪辱こそ果たせなかったが、彼が1年前から大きく成長した点が2つあった。1つは技術面、もう1つは精神面だ。

空中戦の強さをさらに磨いて。

 まず技術面ではヘディングの安定感、高さ、強さ、正確性すべてが増した。その要因は踏み切りと姿勢にあった。

 もともと圧倒的な空中戦の強さを誇る関川だが、高2まではすべて左足で踏み切ってきた。

「ずっと思っていたことがあるんです。自分より左側にいる相手に対して競り合う時に、いつもの左足踏み切りで飛ぶと、たとえ競り勝てても、ヘッドしたボールは身体が伸び切ってしまう分、左側にしかいかないんです。右側にフリーな選手がいてもボールが出せないし、空中で身体をひねってしまうと威力は弱まるし、正確性を欠く。

 また相手が左側にいる場合だとワンテンポ遅れますが、右足だと軸足が乗ったままで飛び込める。『右足踏み切りにしたら飛ぶ瞬間に身体をひねれて、中央や逆サイドに正確なボールを送れるんじゃないか』と、怪我したタイミングでトライすることにしたんです」

インハイ予選での敗戦が……。

 きっかけは6月のインターハイ予選だった。関川は前回の選手権決勝後に右膝を手術したこともあって、インターハイ予選中に復帰した。しかしインターハイ出場を懸けた準決勝の習志野戦、自らのクリアミスで失点を招くなどコンディション不良が露呈。試合も1-2で敗れた。

「左足踏み切りで出遅れてしまったシーンがあって、それが失点に繋がった。右足の踏み込みができていれば防げた失点と感じたので、それ以降意識的に練習しました。右足踏み切りのジャンプを徹底しながら、紅白戦でも意識的に右足で飛ぶ回数を増やしました」

 そして、この右足踏み切りと同時に意識したのが「姿勢」だ。

「普段の僕の姿勢は左肩が下がって、少し猫背気味だったのですが、両足でしっかりと踏み込んで、腹直筋に力を入れて、まっすぐに垂直に立つようにしました。左右の重心のバランスを崩さないことを意識して、腹直筋と頭から芯が1本通っているイメージで、トレーナーの人にも『姿勢、良くなったよね』と言われるようになりました」

 その結果、右足踏み切りでも高い打点かつ、コントロールの効くヘッドができるようになった。

キック、ターンにも好影響。

 それはヘッド以外にも左足キック、両足を軸にしたターン、そして元々得意とする左足踏み切りのヘッドにまで好影響を与えたのだ。

「左足キックの威力と種類が格段に増えました。しっかりと右足で踏み込めるようになったので、体重がきちんと乗った状態で左足を振り抜けるようになったんです。伸びるボールや相手ボランチとCBの間に落とすボールが蹴れるようになったし、左足のシュートも迷わず打てるようになった」

 ターンに関しても、成長を実感していた。

「これまでは1対1での対応は屈んだ状態で重心が低くなりすぎたけど、今は上半身が腰にしっかりと乗っかっている形で対応できている。ターンやフェイントへの反応が早くなったと思います。相手の仕掛けに対して、スムーズに身体が動きますしね。練習でも抜かれなくなったし」

選手権でも威力満点のヘッド。

 そして、左足踏み切りのヘッドだ。

 これまではどんなボールでも左足踏み切りを意識していたため、飛んで来たボールにきちんと正対できていないケースもあった。それが「両足どちらでも踏み込める」という自信が加わり、どの方向からボールが飛んで来ても、スムーズなステップワークでヘディングできるようになった。

 踏み切ったときのパワー、空中での姿勢もブレず伸びるようになり、ヘディングの最高到達点は明らかに上がった。

「意識して取り組んで以降の自分のプレー動画を見ましたが、空中戦で“伸び”が出てきたなという実感はあります。垂直跳びは高2の選手権予選前は73cmありましたが、今はそれを上回っていると思います。ボールに対してまっすぐに合わせられているし、1対1になった時も姿勢が良くなったことが目に見えて分かった」

 今大会、磨き上げられたヘッドは猛威を振るった。攻撃面では3回戦の星稜戦、準決勝の瀬戸内戦、そして前述した決勝の青森山田戦と、すべて左足踏み込みから、頭一つ抜け出して威力満点のヘディングを突き刺した。

 決勝でも「ようやく『本気のエアバトル』ができる」と待ち望んだ青森山田の192cmのCB三國ケネディエブスとの空中戦も一歩も譲らず、競り勝つ場面も多くあった。これはまさに彼が1年間で培った努力の賜物であった。

見た目は怖いけど、良い奴。

 精神面でも成長の跡が見られた。以前は闘争心を前面に出してプレーする反面、カッとなりやすく平常心を失う場面があった。だが、2018年は5月までピッチに立てず、時にはプレミアイーストの試合で太鼓を叩きながら応援するなど、チームを客観的に見つめたことで、いろいろな発見があった。

「下級生はどうしても上級生に遠慮してしまう。話しやすくするために、こっちから積極的にコミュニケーションをとらないといけないと思った」と、練習後や寮では積極的に声を掛けた。寮の夕ご飯も敢えて後輩の輪の中に入って、1、2年生と分け隔てなく話した。

「最初はみんな見た目で怖がっていましたけど(笑)、徐々にたわいもない話だけでなく、積極的に意見などを言ってくれるようになった。(1年生のFW)森山一斗なんかは、もうめちゃくちゃ仲良いですよ(笑)」

 確かに彼は見た目がいかついし、威圧感もある。だが、よく話してみるとかなり“良い奴”だ。人に対して思いやりと優しさを持ち、情に厚く、センチメンタルな側面を持ち合わせている。

準々決勝後に1人涙して。

 こんなエピソードがある。

 選手権準々決勝が終わって、月曜日に普通に登校して教室で仲間とたわいもない話をしていると、「ふと『もうみんなともお別れか』とか、『あ、これももう少しで終わるのか』と思ったら悲しくなってしまって……」と、会話の輪を外れ、1人になって涙を流した。そして、その日の夜も寮の部屋で1人涙した。

 仲間想い、後輩想い、そしてチーム想い。プレーできなかった半年間でチームを俯瞰して見られるようになり、復帰してもその視点を忘れず、時に厳しく、時には優しく立ち振る舞ったことで、精神的に大きく成長できた。

「今年は精神的に自立できたというか、責任感を持ってやれたと思います。冷静さと激しさを上手く同居させることができつつあると思います」

 それが関川が最高学年で掴み獲った“2つの成長”だった。

昌子、植田を追い越せるように。

 高校サッカーに別れを告げ、アジア王者の鹿島の一員としての新たな日々が始まった。

 お手本としたかった昌子源(トゥールーズ)と植田直通(セルクル・ブルージュ)ともにクラブを去ったが、関川の熱い想いは変わらず燃え盛っている。

「2人がいなくなったのは正直残念と思う気持ちはあります。でも、この2人が“いいCBを育てるのは鹿島”だと証明してくれた。だからこそ“鹿島のCB”ということで、自然と僕も注目されると思っています。もちろん試合に出られる保証はないですが、チョン・スンヒョン選手も韓国代表で抜けることもあるでしょうし、本当にそういうチャンスが来た時を確実に生かせれば、評価に繋がるはず。

 いつか来るチャンスのために、最善の取り組みをしたいと思っています。真の意味で鹿島の一員として力になれるかは自分次第。あの2人に近づき、追い越せるようにやっていきたい」

 鹿島のCB関川郁万が、日本を代表するCB関川郁万になるために――。強くて優しい男のプロサッカー人生が今、幕を開けた。

伊野波雅彦、契約満了にて神戸を退団

契約満了により神戸を退団する伊野波である。
これには少々驚いた。
昨季の後半は、監督が変わり、中盤として起用されておっただけに、戦力として数えられておるものと考えておった。
そして、年も越し、この時期に契約満了とは理解しがたい。
これが神戸というクラブのやり口なのであろう。
入るときには甘い言葉を囁くが、用済みの際は、非情な行為に走ることがよくわかった。
それはそれとして、伊野波はまだまだ現役でプレイ出来る選手である。
次はどのクラブに行くことになるのであろうか。
次なる報を待っておる。

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DF伊野波雅彦選手 契約満了のお知らせ
このたび、DF伊野波雅彦選手(33)が契約満了に伴い、2019シーズンの契約を更新しないことが決まりましたので、お知らせいたします。

伊野 波雅彦(Masahiko INOHA)
■生年月日:1985年8月28日(33歳)

■身長/体重:179cm/74kg

■ポジション:DF

■出身地:宮崎県宮崎市

■チーム歴:
宮崎東サッカースポーツ少年団('95-97/東大宮小・宮崎)→生目台中('98-'00)→鹿児島実業高('01-'03)→阪南大('04-'05)→FC東京('06〜'07)→鹿島アントラーズ('08-'11.6)→ハイデュク・スプリト('11.7-'12.1/クロアチア)→ヴィッセル神戸('12)→ジュビロ磐田('13-'15)→ヴィッセル神戸('16-'18)

■出場歴:
[J1リーグ通算]243試合出場試合4得点
[J2リーグ通算]57試合出場試合2得点
[リーグカップ通算]30試合出場0得点      
[天皇杯通算]18試合出場1得点
[ACL通算]16試合出場0得点         

[日本代表/国際Aマッチ通算]21試合出場1得点

■代表歴:
U-20日本代表(2005)、U-22日本代表(2007)、U -23日本代表(2008)、日本代表(2006、2007、2011、2012、2013、2014)

伊野波雅彦選手コメント
ヴィッセル神戸のファン、サポーターの皆さま、応援いただきありがとうございました。

裕葵に昌子源がエール

裕葵のInstagramにコメントを残したトゥールーズの昌子源である。
「10番とか早いわあほ!!」と愛あるツッコミを行うと、裕葵が「3番と迷ったんです笑」と返す。
クラブを離れても繋がっておることが伝わってくる。
これが鹿島の伝統と言えよう。
素晴らしい。
また、裕葵が着る10番のユニは精悍であり、非常に頼もしい。
今季は大きく飛躍してくれよう。
楽しみである。

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「10番とか早いわあほ!!」鹿島の新10番を背負う安部裕葵にフランスから愛の鞭!?
サッカーダイジェストWeb編集部
2019年01月17日


ふたりの深い信頼感を表す昌子らしいエールだ


昨シーズンまでは背番号30番でプレーしていた安部。 写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

 1月16日、J1の鹿島アントラーズが新体制・新加入選手会見を実施。2019年シーズンの背番号が発表され、注目の10番は、昨シーズンJリーグのベストヤングプレーヤー賞を受賞した安部裕葵であることが分かった。

 鹿島の10番といえば、ビスマルク、本山雅志、柴崎岳、金崎夢生などが背負ってきたエースナンバー。安部は昨年、Jリーグにとどまらず、ACL優勝に貢献、FIFAクラブ・ワールドカップでは中南米王者のグアダラハラ相手に見事なゴラッソを決めるなど、19歳ながら目覚ましい活躍を遂げた。U-19日本代表としてU-19アジア選手権に参加し、今年ポーランドで開催されるU-20ワールドカップの参加権獲得に貢献するなど、日本の将来を背負う存在として期待されている。

 安部は発表後、自身のSNSに新たなユニホーム姿を投稿。サポーターからは「10番似合ってる!」「10番になってくれて嬉しいです…期待してます」「ひろき△(サンカッケー)」「めっちゃカッコイイ!!」など、感嘆の声が続々と寄せられた。

 そんななか、なかなかに厳しいコメントを残した者がいる。今冬にフランス・リーグ・アンのトゥールーズに移籍した昌子源だ。

「10番とか早いわあほ!!」(原文ママ)というコメントと共に、無表情の顔文字を投稿した昌子。安部はそのコメントに返信し、「3番と迷ったんです笑」という言葉とともに謝罪する絵文字で応じている。

 安部は昌子の移籍が決まった際、誰よりも早く「ありがとうございました」と発信していたほど仲が良く、このコメントも昌子らしいエールといえるだろう。

 やり取りを見たファンも「源さんが叱咤激励してくれている」「相当な覚悟で鹿島の10番背負ったんだろーからここ数年の10番を覆すほどの活躍を」「一年でも長く鹿島の10番を背負ってください!でもいつかは海外で活躍してください!」と激励を寄せた。

 ちなみに昨シーズン昌子が背負っていた3番は今回、“空き番”となることが決まっている。

 伝統の10番を背負う若きエースの活躍を期待したい。


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#kashimaantlers

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有馬幸太郎・佐々木翔悟、自分たちの武器でアピールしてチャンスを掴み、公式戦でチームの勝利に貢献する

ユースからの昇格組である有馬と翔悟について記すゲキサカの吉田記者である。
高卒ルーキーでは関川郁万にばかり注目が集まるが、同じ土俵で戦ったプレミアリーグEASTにて優勝したのは、この二人が牽引した鹿島ユースである。
その実績を持って昇格を果たした二人の実力をもっと評価したい。
アカデミーにて熊谷監督の薫陶を受け、勝利へのこだわりを心の底にまで浸透させておる。
トップチームに於いても、チームに大きく貢献してくれよう。
期待しておる。

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鹿島ユースから昇格組のMF有馬、左SB佐々木はトップチームで「勝利に貢献できるように」
19/1/16 23:57


鹿島アントラーズユースからトップチームに昇格したMF有馬幸太郎(左)と左SB佐々木翔悟

 現時点での知名度は同期入団したCBに劣っているかもしれない。だが、いずれも鹿島アントラーズユースから鹿島アントラーズトップチームに昇格したMF有馬幸太郎と左SB佐々木翔悟は、自分たちの武器でアピールしてチャンスを掴み、公式戦でチームの勝利に貢献する。

 高校選手権のヒーローで同時に鹿島入りしたCB関川郁万(←流通経済大柏高)は、この日開催された鹿島の新体制・新加入選手会見でも注目の的だった。だが、有馬、佐々木が所属した鹿島ユースは、高校年代最高峰のリーグ戦、プレミアリーグEASTで流経大柏を上回って優勝。高校時代に残した結果では、注目CBを上回っている。それぞれ180cm超のサイズを持つ期待のタレント。同じスタートラインに立ってチームのために協力、競争していく。

 有馬は会見で「自分はドリブルが得意なので、どんどん攻撃に絡んでチームの勝利に貢献できるようにしたい」とコメントし、佐々木は「自分の特長である左足のキックでチャンスを演出して、勝利に貢献できるようにしたい」と誓った。

 彼らは鹿島のアカデミー時代から勝利に対するこだわり、アントラーズ・スピリットを注入されてきた。チームのために走り、戦い、ハードワークすること。築いてきたベースの上に自分の特長を加えて勝利に貢献できる選手になる。そして、佐々木は鹿島での目標について、「チームとしての目標はタイトルを獲ることです。自分の目標はAチームに絡んで試合に出続けることです」と語った。

 有馬は注目される同期・関川について、「ポジションが一緒ではないので、(関川)郁万のことはそこまで意識はしないです」。周囲を気にするよりも、練習から自分の力を出すことに集中。「チームとしての目標はタイトルを獲ることなので、早く入っていけるように、チャレンジャー精神をもって頑張っていきたいと思います。(先輩たちに)練習で気を遣ってもしょうがないので、絶対にポジションを取ってやるんだという思いでガツガツやっていきたいです」と力を込めた。ユース出身の先輩FW鈴木優磨が鹿島の前線で活躍し、日本代表選出。後輩たちもやるべきことを地道に続けて成長を遂げ、一日でも早くトップチームで活躍する

(取材・文 吉田太郎)
プロフィール

Fundamentalism

Author:Fundamentalism
鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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