FC2ブログ

名古新太郎、攻撃の面でよりチームを活性化させる

セレッソ戦にてリーグ戦初先発の可能性が高まる名古新太郎である。
これまで、ACLにて先発出場は経験しておるが、リーグ戦では出場機会はなかった。
注目ルーキーとして期待を一手に背負っておるだけに満を持してと言って良かろう。
ここは、大仕事を果たして貰おうではないか。
名古本人は、「自分が入ったときのイメージはしながら見ている。攻撃の面でよりチームを活性化させるのが特徴。チームとしてしっかりと勝ちたい」と語る。
ピッチの外からも常にイメージを湧かせておったことが伝わってくる。
攻撃に特徴を持つボランチが、堅守セレッソの守備に穴を空けてくれよう。
期待しておる。

にほんブログ村 サッカーブログへ
にほんブログ村


鹿島アントラーズ ブログランキングへ

鹿島新人名古、C大阪戦で先発も 中盤の活性化誓う
[2019年6月12日18時36分]

鹿島アントラーズの大卒ルーキーMF名古新太郎が、14日のセレッソ大阪戦(カシマ)でリーグ戦初先発する可能性が浮上した。

MF三竿健斗ら定位置争いの激しいボランチで起用される見通し。このところ紅白戦などで好調をアピールしていた。チームは2戦勝ちなしの状況だが、「自分が入ったときのイメージはしながら見ている。攻撃の面でよりチームを活性化させるのが特徴。チームとしてしっかりと勝ちたい」と勝ち点3だけを見据えた。

鹿島、“ロティーナ・プラン”を上回れるか

「ロティーナ監督率いるC大阪は難敵と言えるだろう」と記すJリーグ公式の田中滋氏によるプレビューである。
相手チームを分析し、対策を強く練ってくるセレッソのロティーナ監督の術中にハマらぬようにすることが今回の焦点となる。
ここは事前準備の駆け引きとなろう。
どちらがどれだけやり方を読み切って試合には入れるかに注目したい。
また鹿島としては、安部裕葵が日本代表にて欠場となる。
二列目のジョーカーだっただけに、この戦力が欠けることは痛い。
代わりに誰が出場することとなるのであろうか。
ACLにて出場機会を得た山口一真なのか、先日の練習試合にて結果を出した小池裕太なのか、有馬なのか。
そこも含めて注目の一戦である。

にほんブログ村 サッカーブログへ
にほんブログ村


鹿島アントラーズ ブログランキングへ

鹿島、“ロティーナ・プラン”を上回れるか
見どころを要約すると・・・

・鹿島は3連勝後に2戦未勝利。C大阪は直近2試合を1-0で勝利している
・相手を分析し特長を出させないロティーナ監督の戦い方はJ1でも実を結び始めている
・鹿島は直近2試合でプレスがハマらず。そのまま戦い続けてしまったことは反省材料だ

少しの中断を経て明治安田J1が再開する。リーグ戦も中盤戦を迎え、チームの形が定まってきた頃だ。ここまで14試合を終えた鹿島は、3年ぶりのリーグタイトル奪還を目指して2019シーズンに入ったが、7勝3分4敗の5位とどこか波に乗り切れない感がある。第10節の清水戦から今季初の3連勝を挙げたが、そこから鳥栖に敗れ、G大阪にも引き分けた。いずれも下位チームとの対戦だっただけに、アウェイゲームだったとはいえ勝点を1しか稼げなかったことは痛い。中断期間が挟まった今節はネジを巻き直し、再び前に歩みを進めるためにも是が非でも勝利を得たいところだ。

今季、東京Vからロティーナ監督を迎えて新たなサッカーに挑戦しているC大阪も助走期間はそろそろ終わりだろう。ここまで6勝2分6敗の9位。総失点9はFC東京の7に次いでリーグで2番目に少ない数字だが、逆に総得点も12と下から5番目の少なさだ。まずは守備の安定を図ろうとするロティーナ監督らしいシーズンの進め方と言えるだろう。堅守を武器にここ2試合は首位のFC東京を1-0で撃破し、復調が著しい鳥栖も1-0で退けた。相手をよく分析し、その特長を出させない戦いはJ1でも実を結び始めている。

鹿島としては高い位置からアグレッシブにプレスを掛ける戦いを追い求めている。3連勝中はそれが見事にハマりゲームを支配する内容を見せた。しかし、その後は苦労している。鳥栖戦は真夏のような暑さが選手の体力を奪い、鳥栖が多用するロングボールによりボールが頭の上を通過。前からプレッシャーを掛けることを許してもらえなかった。そのあとのG大阪には[4-4-2]とかみ合わせの悪い陣形に思うようにプレスをハメられず、逆に空いたスペースをうまく利用され先制点を許してしまった。前からボールを奪いにいくだけでなくブロックを作って相手を呼び込む選択肢もある中で、ハマらない戦いを続けてしまったことは反省材料と言えるだろう。ピッチ内の状況判断はまだ発展途上の段階だ。

相手のやり方を見つつ、それに応じて戦い方を変えるには高度な駆け引きが要求される。ビルドアップを封じられたとき、その逃げ道を見つけるのに少し苦労することがある鹿島にとって、そうした戦いを得意とするロティーナ監督率いるC大阪は難敵と言えるだろう。東京V時代の教え子である安西 幸輝は「相手に合わせて戦うのがすごくうまい監督でした」といまでも尊敬の念を抱く。リーグ戦の対戦ではこのところ鹿島が3連勝中と良い結果を手にしてきたが、今回は相手の出方を上回れたチームが勝点3を手にすることとなりそうだ。

[ 文:田中 滋 ]

小笠原満男、不遇に阻まれた挑戦

小笠原満男のセリエAチャレンジについて記すフットボールチャンネルの神尾氏である。
出場機会などだけを見れば、この移籍は良いものだったようには思えぬ。
その理由として、現場が望んだ戦力補強ではなく、そしてチームが固まった後の加入であったことを神尾氏は挙げる。
ただ、この部分だけを切り取っても意味はないように思う。
小笠原満男はこの経験を大きな糧とし、鹿島に持ち帰ったことで三連覇へと繋げておる。
人間的成長も大きい。
どのような環境でも得ることがあることを示しておる。
それは本人の心がけであることが大きい。
フットボール人生とは人それぞれである。
この例だけでなく、一見不遇に見えても自らの血とし肉とすることこそ肝要であることがよくわかる。
改めて小笠原満男に感服である。

にほんブログ村 サッカーブログへ
にほんブログ村


鹿島アントラーズ ブログランキングへ

06年、小笠原満男と大黒将志。ザッケローニさえも…。獲得自体が監督の構想外、不遇に阻まれた挑戦【セリエA日本人選手の記憶(6)】
日本人選手の欧州クラブへの移籍は通過儀礼とも言える。90年代、そのスタートとなったのがセリエAへの移籍だった。三浦知良や中田英寿など日本を代表する選手たちが数多くプレーしたイタリアの地。しかし、現在セリエAでプレーする日本人選手はゼロ。この機会にこれまでの日本人選手のセリエAでの挑戦を振り返る。第5回はMF小笠原満男とFW大黒将志。(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

2019年06月12日(Wed)10時20分配信

シリーズ:セリエA日本人選手の記憶
text by 神尾光臣 photo Getty Images


すでにチームは完成。スタートから苦境に


2006年同時期にセリエAへ挑戦した小笠原満男(左)と大黒将志(右)【写真:Getty Images】

 小笠原満男と大黒将志。Jリーグで、また日本代表で確かな実績を築いていた両者は、2006年同時期にセリエAへ挑戦した。しかし両者ともに、メッシーナとトリノでそれぞれ出場機会に恵まれず、イタリアを後にすることとなった。

 出場機会は、練習を通し指揮官の信頼を得ることを通して獲得するものである。ただこの2人は、それ以前のところで不遇をかこっていた。獲得が必ずしも監督の構想に合わなかったことと、フロント自体の混乱。その煽りを受けて実力が発揮できる場が与えられなかったという不遇が、両者には共通していた。

 まずはメッシーナの小笠原。鹿島アントラーズから柳沢敦を獲得した時に築いたパイプを活かし、二人目の日本人として呼んだ。フロントは柳沢がいた時代から小笠原にも注目しており、ずいぶん前から地元メディアでは盛んに噂となっていた。実際2006年の1月に獲得へ動くが、W杯への準備を理由に選手サイドから断りを出されている。

 しかしメッシーナは半年後に再トライ。カルチョポリでユベントスが降格処分を受けたことからAへの再昇格が決まると、再びラブコールをかけた。そして開幕を2週間後に控えた8月24日に、獲得へと至った。

 もっとも開幕を前に控え、チームはすでに出来上がっているところ。そこから小笠原は中盤のポジション争いに参入するわけだが、定位置争いは難しかった。

 当初は4-4-2のシステムで挑んでいたが、中盤のファーストチョイスは潰し屋タイプのカルミネ・コッポラに、展開力があってミドルシュートの強力なニコラス・コルドバ。さらには運動量があって前線への飛び出しの効くダニエレ・デ・ベッツェが、3ボランチでプレーする際のオプションとなっていた。

 そこに来てビザ取得のために帰国もあり、練習を積めずチームへの順応にはハンディとなる。

小笠原獲得は何のためだったのか?


小笠原の扱いは、起用を本当に構想していたのかどうか疑いたくなるようなものだった【写真:Getty Images】

 そんな中で小笠原は苦闘を続けた。チームメイトと打ち解けるのにも時間は掛かっておらず、選手の中には「ヤナ(柳沢)より明るく社交的だ」という評価もあったほどだ。第7節のエンポリ戦ではフル出場しミドルシュートから初ゴールを決めた。だがジョルダーノ監督は、なんと次節のパレルモ戦でベンチメンバーからも外したのである。

「スタンドから試合を見て学ぶこともあると思う。強く相手に当たって、もっと走ってもらわなければならない」

 指揮官は試合後、理由をそう説明していた。中盤には組み立てよりも、まず走って守備のタスクをこなすことを要求していた。実際エンポリ戦では、中盤の運動量が落ちたところを攻められ同点へと持ち込まれている。

 ただ、メッシーナはその後成績が上がらず、順位を落とすことになる。中盤には守備よりも、攻撃面での質の低下の方が目に付く状態になった。

 サイドを破って漫然とクロスを上げ、前線の巨漢CFクリスティアン・リガノーに当てるサッカーに終始。そしてジョルダーノ監督には、小笠原などを起用してクオリティアップを図るアイディアはなかった。

 結局コルドバの控えという立場に押し込まれ、前半戦での出場機会は6試合にとどまる。第18節のフィオレンティーナ戦ではチームが0-2とリードされた29分に交代を命じられた。

 折り返しの頃には、チームは降格圏の手前まで順位を落とす。すると若いスポーツ・ディレクターのマルコ・バレンティーニは、1月期になってむやみやたらな補強に走って選手層を膨れ上がらせた。その結果、小笠原の出番はますますなくなり、2月にジョルダーノ監督が解任されて以降は試合に招集すらされなくなってしまった。

 結局、小笠原を獲得したのは何のためだったのか。監督というよりも、果たして強化部門が小笠原の起用を本当に構想していたのかどうかが疑わしいような扱いだった。

 なお、冬季に選手層をだぶつかせた上で監督を更迭するなどの混乱の結果、メッシーナは後半戦で最下位まで転落し降格。急激に熱を冷やすファンに向かってリガノーが「ブーイングするためにスタジアムへ足を運んでほしい」と呼びかけるほどの惨状で幕を閉じた。そしてシーズン後、小笠原は鹿島からのレンタル期間終了に伴いイタリアを離れた。

3-4-3に固執したザッケローニ。不運となった大黒

 次に、トリノの大黒。2006年夏、ウルバーノ・カイロ会長はグルノーブルでプレーしていた彼に2年間の完全移籍契約を用意した。

「フィリッポ・インザーギのスピードとヴィンチェンツォ・モンテッラのテクニックを併せ持ったストライカー」

 地元メディアは、そんな触れ込みをしていた。

 ただその情報は、ジャンニ・デ・ビアージ監督のもとには入っていなかったという。

「どうだねミステル(監督)、我われはオオグロを獲得したんだぞ」
「誰です、それは?」

 カイロとデ・ビアージ両者の間でそんなやりとりがなされたという情報が、メディアには流されていた。・

 そんな監督の態度が逆鱗に触れたのかどうかは分からないが、カイロ会長は開幕直前にしてなんとデ・ビアージを解任する。後任としてやってきたのは、あのアルベルト・ザッケローニ監督だった。

 日本代表時代は主に4-2-3-1のシステムのもと、トップ下を軸としたつなぐサッカーを展開していたが、当時は3-4-3へのこだわりがあった頃。そしてそれが、大黒にとっては不運となってしまった。

 トップとして使われるのは、セリエAの水に慣れたロベルト・ステッローネか屈強なエルビス・アブルスカート、大黒はその一列下でウイングないしはシャドーのような動きを強いられた。つまり前線に張るのではなく、中盤にも下がりながらサイドのスペースに飛び出していくことを求められたのである。

本来の位置でのプレーを果たせないまま…

 このシステムであれば、ウイングかトップ下の選手を充当するのがもっとも機能する。実際大黒がポジション争いに参入したその役割には、その手の選手が大勢いた。

 技術のあるベテランのロベルト・ムッシにパスセンスの高いステファーノ・フィオーレ、そして突破力のあるファンタジスタのアレッサンドロ・ロジーナなど、実績を築いていた選手が集う激戦区となっていたのである。

 当然、最前線で点を取ることを役割としてきた大黒には、セリエAへの順応とポジション争いの同時進行は簡単な話ではなかった。2シャドーの一角でプレーしたフィオレンティーナ戦では、フル出場したもののチームは敗れる。再び先発を果たした第10節のメッシーナ戦では、裏に行くスペースを消してきた相手の守備に戸惑い、プレーに溶け込めないどころかハーフタイムで交代を命じられた。

 それ以降、大黒にチャンスは訪れなかった。ザッケローニ監督はシーズン途中で解任され、再びデ・ビアージが就任するも流れは変わらなかった。その状況は2年目でもしかり。かつてサンプドリアで柳沢をサイドハーフに転向させたワルテル・ノベッリーノ監督がやってきたが、もっぱら大黒を4-3-3のウイングとして構想する状態。結局、本来の位置でプレーをさせてもらえないまま2年間の契約を終了した。

(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

【了】

上田綺世くん、ここまで地道に進んできた、順調なことは一つもなかった

上田綺世くんについて記す報知新聞の岡島記者である。
大学生として南米選手権に挑む日本代表FWの内面を明かす。
ストライカーと成長する裏に挫折とそれを乗り越える反骨心があった。
精神的な強さを持っておることがうかがい知れる。
これは将来性を持ったセンターFWと言って良かろう。
一時的な出場機会や不調などをものともせぬ事がよくわかる。
この大会以後、ユニバーシアードや大学サッカーでの活動、特別指定でのJリーグデビューなど、盛りだくさんの活動が待っておる。
濃厚な経験をし、更に成長していくことであろう。
楽しみな逸材である。

にほんブログ村 サッカーブログへ
にほんブログ村


鹿島アントラーズ ブログランキングへ

【ボクも久保級ドラえもん】反骨心で成り上がり 世代別代表22戦15発・法大FW上田綺世
2019年6月12日 8時0分スポーツ報知


ブラジルへ出発するため集合場所に到着した上田

 南米選手権に臨む日本代表から、注目選手5人を紹介する連載。第2回は9年半ぶりの大学生A代表となった法大FW上田綺世(あやせ)。

*  *  *

 反骨心で成り上がってきた東京五輪のエース候補だ。9日のエルサルバドル戦で2得点を挙げたFW永井謙佑(当時福岡大)ら以来となる約9年半ぶりの大学生A代表。「実感がないこと。でもそこに浸るつもりもない。どれぐらいできるか楽しみ」と意気込む。

■万能型ストライカー

 豊富な得点パターンを持ち、ポストプレーや裏への抜け出しも器用にこなす万能型ストライカー。2017年、U―20代表監督に就任した森保一監督(50)の初陣で日の丸デビュー。その後も22試合に出場し、15ゴールは五輪世代得点王。森保監督は「ストライカーとしての力があり、将来性もある」と期待を寄せる。

■「順調なことは一つもなかった」

 18年に鹿島の練習に参加し、紅白戦で日本代表DF昌子源(26)をぶち抜くゴールでアピール。今年2月、大学2年生では異例の2021年鹿島加入内定が発表された。順風満帆に見えるサッカー人生。だが上田は「ここまで地道に進んできた。順調なことは一つもなかった」と振り返る。

■鹿島への反骨心

 中学時代は鹿島の下部組織に所属。しかし、けがなどで結果を残せず、170センチに満たない身長もあってユース昇格を逃した。「反骨心があった。『もう一度必要と思わせてやる』と思っていた」。鹿島学園では全国高校サッカー選手権に出場するなど活躍した。しかし、プロからのオファーはゼロ。原動力の反骨心はさらに増した。進学した法大で1年時に35年ぶりの総理大臣杯V、2年時に42年ぶりの全日本大学サッカー選手権制覇に貢献。晴れて鹿島からの“復帰”オファーを勝ち取るまでに成長を遂げた。

■「真のエース」へ

 「誰にでもできることをしたら、僕である必要はない。得点に関わること。これができなきゃ選ばれた意味がない」。南米の強豪からゴールを奪い、東京五輪の「エース候補」から「真のエース」へと成り上がる。(岡島 智哉)

 ◆上田 綺世(うえだ・あやせ)1998年8月25日、茨城・水戸市生まれ。20歳。鹿島ジュニアユースノルテ、鹿島学園を経て、2017年に法大入学。同年、アンダー世代の日本代表に初招集。19年2月、21年シーズンからの鹿島加入が内定し、特別指定選手に承認。182センチ、76キロ。右利き。
プロフィール

Fundamentalism

Author:Fundamentalism
鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

カレンダー
05 | 2019/06 | 07
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク