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ルヴァン杯、8/5再開・11/7決勝で調整

今季のルヴァン杯を、8/5再開・11/7決勝の方向で最終調整するJリーグである。
既に開催された第1節を無効とし、新たなるグループ分けにて行う方法は差し戻しとなり、グループステージを3試合、1位抜けの5チームとACL組の3チームにて決勝トーナメントを行う様子。
試合数も抑えられ、悪くはない方法と言えよう。
ただ、鹿島に目を向けると既に1敗を喫しており、GS突破は非常に厳しい状況となった。
とはいえ、残り2試合を連勝することで引き寄せることは出来よう。
注目である。

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ルヴァン杯8・5再開、11・7決勝、1次L組み分けは維持で最終調整
 新型コロナの影響で1試合を消化後に中断していたYBCルヴァン・カップが8月5日に再開し、11月7日に決勝を行うことで最終調整されていることが4日、複数の関係者の話で分かった。

 当初は移動リスク軽減のため近隣3クラブを5グループに分け、J2松本を不参加として1次リーグをやり直す案も議論された。だが、既に1試合を消化していたため、クラブ側からの反対意見も多く差し戻しとなった。

 現行のグループ分けで実施するには全国移動を伴うため、制限緩和が見込まれる8月再開とし、決勝も当初の10月24日から11月7日に後ろ倒しされた。

 1次リーグは1回戦総当たりの3試合。各組1位の4チームと2位チームの最上位1チームにアジア・チャンピオンズリーグ出場の3チームを加えた計8チームで一発勝負の決勝トーナメントを行う。1次リーグ1試合を終えているため、残りは最大5試合となる

松村優太、ピッチ外では凄く頼れる先輩

松村優太について静岡学園高校の後輩を取材したゲキサカの吉田記者である。
ピッチ上でのハンパなさはこれもでも伝えられておったが、ピッチ外での人となりがよくわかって嬉しい。
「ピッチ外では凄く頼れる先輩」「ちゃんとするところはちゃんとする。切り替えのできる人でした」と人間性が強く伝わってくる。
また「松村さんは1回ミスしても『次、挽回するぞ』くらいの気持ちでやっていた」という言葉から、サッカー選手として壁を乗り越えるメンタリティを持っておることがよくわかる。
松村は大きく伸びるタイプであろう。
将来的に鹿島の攻撃を担うアタッカーになっていくはず。
未来が楽しみである。

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静岡学園高の後輩が明かす、鹿島MF松村優太の高校時代と“ハンパない”一面
20/6/5 06:30


鹿島アントラーズMF松村優太は静岡学園高時代(左)に選手権日本一。(写真協力=高校サッカー年鑑)

 ゲキサカではプロ入り1、2年目選手の高校時代を知る後輩たち(現役高校生プレーヤー)に対して、プロでの活躍が期待されている先輩プレーヤーの高校時代についてインタビュー。彼らのピッチ内、ピッチ外で“ハンパなかった”一面や意外な一面とは?
(※静岡学園高の協力により、電話取材をさせて頂いています)

 今回ピックアップする選手は静岡学園高(静岡)から今年、鹿島アントラーズへ加入したMF松村優太だ。名門で徐々に台頭した松村は、2年時にU-17日本代表初選出。10番を背負った3年時はU-18日本代表に選出された。なかなか全国大会と縁がなかったものの、同年の選手権静岡県予選ではMVPを獲得する大活躍。静岡学園を全国大会へ導いた。圧倒的なスピードと体幹の強さを活かし、高速ドリブルで相手の守りを攻略。選手権全国大会では厳しいマークを受ける中で奮闘し、準決勝で決勝点を決めるなど静岡学園にとって24年ぶりとなる全国優勝に貢献した。

 世代を代表するスピードスター、松村の高校時代について、選手権決勝をともに戦った後輩で、いずれも新チームの主軸となっているDF田邉秀斗(3年)とFW加納大(3年)、そしてGK野知滉平(3年)が教えてくれた。

―松村選手の“ハンパなかった”ところは?
田邉「(昨年度の選手権静岡県予選準決勝の)浜松開誠館高校戦の1点目。(相手守備網の)真ん中を切り裂いていったところが衝撃的でした。(スピードについて)自分、普通に素走りだと勝てる自信があるんですけれども、(松村は)ボール持った時が本当に手をつけられなくて、プラス体幹が強いというのが凄いと思います。ちょっと身体当てたくらいだと全然負けなくて、少しバランス崩してもそのまま持っていってしまう」
加納「スピードに乗った時のドリブルは、簡単には止めることができません。特に自分はFWとして近くで見てきたので凄かったですし、ボールを前で収めた時に松村さんに預けておけば何とかなる部分があったので、そういう部分では頼りがいのあるサイドアタッカーでした」
野知「スピードというのはみんな言うことだと思いますけれど、自分はシュートですね。シュートが『速くて、重い』というのが第一印象です。シュート練習に入っていても、松村さんのシュートはスピード感もコースもそうですし、勢いで負けることがあった。(守っていて、シュートに)勢いで負けるということはあまりないんですけれども、そういうところもあってなかなか取れなかったです」

―野知君はエスパルス時代含めて“プロ予備軍”のシュートを受けてきているが?
野知「一味違うなという感じでした」

―プレーはいつ頃からエグくなった?
加納「自分的には、年間通してヤバい感じでしたね(微笑)」

―ピッチ外の松村選手について教えて下さい。
加納「結構、後輩にもフレンドリーな感じで、凄く優しくて関わりやすかったですね」
野知「ピッチ外では凄く頼れる先輩というか、校内でもみんなに人気があって、人として凄く尊敬できる方でした」
田邉「結構、寮とかでも普通に声をかけてもらったり、部屋も目の前でしたし、練習も帰るのが一緒だったりしていることも多かったので、色々と話をさせてもらいました」

―何かエピソードはある?
田邉「プリンス(リーグ)の(浜松)開誠館戦のプレーが自分は相当ひどくて、結構自分的にメンタルをやられたことがありました。その試合の後、松村さんに『どうしたら良いか分からないです』みたいな感じで軽く相談したんですけれども、『(評価は)そんな1回で決まることじゃないから』と言ってくれました。『選手権もあるから気負いせずにやりな』みたいな話をしてもらったことを覚えています」

―関西特有のノリもある印象だが?
野知「関西のノリみたいなところもあったと思うんですけれども、ちゃんとするところはちゃんとする。切り替えのできる人でした」

―彼の隠れた努力を見ていたら教えて下さい。
田邉「自主練は凄いくらい長かったです。夏、インターハイが終わった後とか夏休みの自主練が凄く長かったのを覚えています。みんな1時間とかなんですけれども、2時間半とか残っていたと話していました」

―彼から学んだことはある?
田邉「自分は良くないプレーをした時にヘコんだりとか、怒られた時に気持ちを抑えられないことがあったりもするんですけれども、子供なんで(微笑)。でも、松村さんは1回ミスしても『次、挽回するぞ』くらいの気持ちでやっていたので、学びました」
加納「自分が少し点を獲れなかったりして落ち込んでいる時に、凄く励ましてくれる存在でした。『今、点獲れなくても、努力して大舞台でオマエが決勝点獲れば良いんだよ』というようなことを言われたのは今でも凄く覚えています」

―選手権では松村選手もなかなか獲れなかったけれど、予選も全国大会も大事なところで得点している。
加納「(松村は)大舞台で一発やれる選手というか、大事なところでチームを勝たせられる選手だなと思っていたので、そこは自分も真似しなければいけないと思っています」

―勝負強さを身につける。
加納「近くでやっていた人間で、高卒でプロに行っている。凄く良い目標だと思うので、精神面やサッカーに対する情熱など学ばなければいけないところがいっぱいあると思います」

―松村選手へのエールと、それぞれの今年への意気込みを教えて下さい。
野知「やっぱり松村さんには凄く才能があるのが分かっているので、プロの世界で磨いて日本を代表するような選手になって欲しいと思います。自分は今年、静岡学園で培ってきたものを出して全国優勝したいです。そして、大学サッカー、またプロのどちらに行くにしてもさらに高みを目指して、自分も日本を代表するようなGKになりたいです」
加納「鹿島アントラーズというビッグクラブに高卒ルーキーで行って難しい部分があると思うんですけれども、その中で武器であるスピードやドリブルを活かしてJ1の舞台で活躍してくれたらなと思います。去年、松村さんが引っ張ってきた姿を近くで見てきたので、そこはしっかりと今年は自分が引っ張っていきたいですね」
田邉「松村さんは1年目からレギュラーに食い込むくらいの実力というか、スピードなどの武器を持っていると思うので、Jリーグが再開された時にスタメンとして出て欲しいです。僕もJリーグのチームに声をかけてもらえるくらいに頑張って、来年から敵のチームか味方のチームかは分からないですけれども、勝負できるように頑張ります」

取材・文 吉田太郎)

杉岡大暉、しっかり治せた

オンライン取材に応じた杉岡大暉である。
今季の公式戦未出場の理由が右足ハムストリングの負傷であったことが明かされた。
ここまで公式戦にて起用されずに来たことを不思議に思っておったが、合点がいった。
「移籍していろんなストレスもかかっているかもしれない」と杉岡自身は語る。
意中の鹿島に入団出来るかや他クラブの意向など、精神的影響は小さくなかったのであろう。
それもこれもこの中断期間にて整理が付いたはず。
負傷が癒えた杉岡の得意の左足クロスにてゴールを演出するのだ。
楽しみにしておる。

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【鹿島】新天地デビューを目指すDF杉岡「ケガをしない体づくりを」
2020-06-04
サッカーマガジン編集部


先月28日から全体トレーニングを再開している鹿島アントラーズ。4日の練習後、DF杉岡大暉がオンラインで取材に応じ、ケガの状況やリーグ再開に向けた意気込みを語った。


上写真=ビデオ通話アプリで取材に応じたDF杉岡

準備期間でアピール

 全体練習を再開してから1週間が経ち、杉岡は「対人練習は久しぶりだったので、そういうところの慣れはまだまだ。段々よくなっているけど、反応の鈍さはある」と万全ではないことを認めつつも、「みんなでハードなトレーニングができているので、コンディションは徐々に上がってきている」と充実感をにじませる。

 今季、湘南ベルマーレから完全移籍で加入したが、右足ハムストリングの負傷により開幕直後はベンチ外。そして新型コロナウイルスの影響でリーグが中断し、公式戦デビューはお預けとなっている。「移籍してきて、いろいろなストレスもかかっていたのかもしれない」と杉岡。リーグ再開後に向けて「またケガをしない体づくりをしていきたい。この準備期間でゲーム形式の練習も多くあるので、その中で自分を知ってもらうことが必要」とアピールを誓う。

 J1は7月4日に再開することが決まったが、先日、名古屋グランパスのFW金崎夢生が新型コロナウイルスに感染し、プロ野球・読売ジャイアンツの選手2名の感染も判明するなど、予断を許さない状況が続いている。それでも杉岡は「チームとしても、個人としても対策はできている。周りは関係なく、自分たちはかからないようにしていきたい」と動揺はない様子。「日頃のケアが最大の予防だと思う。過密日程でこそチーム全員の力が必要になるので、自分も力になれるようにしっかり準備していきたい」と意気込みを語った。





公式戦デビューが待ち望まれる杉岡(写真◎鹿島アントラーズ)

デビューお預けの鹿島杉岡、初移籍の見えない重圧
[2020年6月4日15時4分]


オンライン取材に応じる鹿島DF杉岡大暉(c)KASHIMA ANTLERS


練習を行う鹿島DF杉岡大暉(c)KASHIMA ANTLERS


鹿島アントラーズの東京五輪世代DF杉岡大暉(21)が4日、練習後にオンライン取材に応じ、近況を明かした。

今季鹿島に加入したが、右ハムストリング筋損傷でデビューはお預け状態。これまで筋肉系のケガは少なかったというが、「去年の年末から増えてきている。移籍していろんなストレスもかかっているかもしれない」と、初の移籍は見えないプレッシャーもあったようだ。

そんな杉岡にとって中断期間はプラスに働いたようで、「時間もあり、しっかり治せて良かった。コンディションはまだまだ上げたいので、人一倍予防しながらやっていきたい」と話した。鹿島では先月28日から全体練習も再開している。「開幕が決まり、時間はまだあるので、成熟度を高めてやっていけたら」と、鹿島でのデビューに向けて意気込んだ。

鹿島DF杉岡 中断期間で患部不安消えた「しっかり治せた」
[ 2020年6月5日 05:30 ]

 鹿島のU―23日本代表DF杉岡が4日、チーム練習後にオンライン取材に応じ、「コンディションは上がってきている。再開まで時間があるので、個人としてもチームとしても成熟度を高めたい」と7月4日のJ1再開へ順調に調整が進んでいることを明かした。
 今季、湘南から鹿島に加入。右太腿裏を痛めた影響で公式戦の出場はまだないが「中断期間があったのでケガはしっかり治せている」と患部への不安はないという。J1再開後は過密日程が予想されるため、「ケガをしない体づくりをやっていきたい。日頃のケアが最大の予防」と体調管理に留意し、夏場から始まる連戦に備えていく。

J1鹿島・杉岡大暉「しっかり治せた」リーグ再開とともに待望の新天地デビューへ「練習も熱が入る」
2020年6月4日 19時23分

 J1鹿島のU-23日本代表DF杉岡大暉(21)が4日、クラブ主催のオンライン取材に応じた。7月4日のリーグ再開に向けて「目指すところが決まるとより練習も熱が入る。そこに合わせて調整できるのではっきりしていい」と語り、待望の新天地デビューに意欲を見せた。
 湘南から加入した杉岡は右太もも裏に負ったけがの影響で、1、2月の今季公式戦3試合はいずれもベンチ外と出遅れた。ただ、約3カ月間の中断期間で「しっかり治せた」そうで、レギュラー奪取へのモチベーションは高い。公式戦再開後は過密日程が避けられないため「チーム全員の力が必要。そこで力になれるように準備していきたい」と前向きに話した。
 来夏の東京五輪に臨むU-23日本代表の主軸候補。杉岡は「(五輪延期で)うまくなれる時間ができた。レベルアップして、五輪に向かえればいい」と力を込めた。

2010年シーズン、無念のリーグ最少負け数・最少失点

2010年シーズンのJリーグについて記すJリーグ公式サイトである。
「4連覇のかかる鹿島の戦いが注目されたが、シーズン後半に勝ち切れない試合が目立ち、優勝はかなわず」と鹿島アントラーズについてまず評す。
「勝ちきれなかった」という表現の通り、引き分けが多く、勝ち点を積み上げられなかった。
ただ、リーグ最少負け数、最少失点は誇って良い記録である。
結果的にシーズン前に大型補強を敢行した名古屋にタイトルを奪われた格好ではあるが、シーズン途中に篤人とイ・ジョンスが移籍した穴を埋めきれなかったことが大きな要因であろう。
この年の南アフリカW杯の代表選手であったほどの選手が二人も抜けてしまっては、そうやすやすと補強出来るものではない。
そもそも、田代と誓志が山形にレンタルされたことも、大きな穴であった。
選手層が薄かったということである。
そして、岩政まで怪我で欠きながらも天皇杯を制したことは、今思えば、よくやったとしか言いようがない。
2010年は、このシーズンを境に世代交代を行ったことが記憶に残るシーズンであった。
一つの節目である。

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2位に勝点10差をつける圧勝劇。名古屋がカリスマ指揮官の下で悲願の初戴冠!【Jリーグヒストリー:2010年】
南アフリカワールドカップが開催された2010年。4連覇のかかる鹿島の戦いが注目されたが、シーズン後半に勝ち切れない試合が目立ち、優勝はかなわず。結局、4位でシーズンを終えている。

代わってこの年の主役となったのは、ストイコビッチ監督率いる名古屋だ。このレジェンドが指揮官に就任したのは2008年のこと。いきなりリーグ戦で3位に導くと、翌2009年にはACLベスト4、天皇杯準優勝と、着実に成果を生み出していた。

そして就任3年目となる2010年、開幕前に田中 マルクス闘莉王、金崎 夢生、ダニルソンら即戦力を次々に獲得。戦力アップに成功した名古屋は、開幕から快進撃を続けた。

開幕戦でG大阪を撃破すると、3節の磐田戦から3連勝を達成。その後も確実に結果を出し、3位をキープしてワールドカップ中断を迎えた。再開後はさらに勢いを増し、15節からの4連勝で首位に浮上。そのまま優勝に向けて、一気に突き進んだ。

長身ストライカーのケネディがゴールを量産し、ワールドカップに出場した玉田 圭司もハイパフォーマンスを維持。最終ラインでは闘莉王が魂のプレーを見せ、ゴール前には楢﨑 正剛が立ちはだかった。マギヌン、ダニルソンら外国籍選手もその実力を十分に見せつけ、ベテランの中村 直志も献身的なプレーでチームを支えた。

首位に立った名古屋の勢いは衰えることなく、20節からは6戦無敗も記録。鹿島、G大阪、C大阪と優勝を争うライバルチームに取りこぼしが目立つなかで、着実に勝点を積み上げていく。そして迎えた31節、玉田のゴールで湘南に勝利すると、2位の鹿島が引き分け、勝点差が10に拡大。3試合を残した時点で優勝を決める、圧倒的なリーグ制覇だった。

得点54はリーグ5位で、失点37はリーグ3位と、数字的には群を抜いていたわけではない。それでも際立ったのは、勝利への執念だろう。大敗が少なくなかった一方で、1点差勝利は16を数えた。結果にこだわるカリスマ指揮官の下で培われたこの勝負強さこそが、初優勝の最大の要因だっただろう。
プロフィール

Fundamentalism

Author:Fundamentalism
鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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