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代表選出報道

岡田監督が19歳DF内田を抜てき



鹿児島指宿合宿を終え笑顔で鹿児島空港へ向かうDF内田(撮影・鹿野芳博)

 19歳のサイドバックが岡田ジャパンの起爆剤になる。岡田武史監督(51)は23日、鹿児島・指宿での代表候補合宿を打ち上げ、チリ戦とボスニア・ヘルツェゴビナ戦(26、30日、東京・国立競技場)の代表25人を発表。右サイドバックの19歳のDF内田篤人(鹿島)を初めて試合メンバーに抜てきした。19歳305日でチリ戦を迎える。前政権の98年W杯で当時18歳のMF小野伸二を選出したように、10年W杯南アフリカ大会へ若い力に期待を掛ける。W杯アジア3次予選初戦のタイ戦(2月6日、埼玉スタジアム)には、今回のメンバーをベースに18人が登録される。


 オシム色を強く受け継ぐチームに、岡田監督が真新しい若者を1人加えた。19歳のU−23日本代表DF内田をA代表に残した。「こういうタイプがいいとか、こいつとこいつを組み合わせてみたらだとか…。3試合を考えて必要な選手ということで(選んだ)」と、組み合わせを考慮したことを明かした。


 22日の九州学生選抜との練習試合で内田は1本目の主力組に出場。中沢、水本のセンターバックがどっしり構える中、右サイドバックから果敢に前線に飛び出した。MF遠藤のパスにタイミング良くオーバーラップし正確なクロスを供給し続けた。岡田ジャパンは安定した守備から、MFとFWが連動してプレッシャーをかけるサッカーを目指している。運動量と判断力で、守備から攻撃へつなぐ内田の存在は大きかった。


 急カーブを描く「伸びしろ」にも期待した。06年の1年目の開幕戦から鹿島のレギュラーの座を確保。昨年4月には日本代表候補合宿にも招集された。同8月にはU−20W杯(カナダ)代表として決勝トーナメントに進出。その後はU−23日本代表でのレギュラーを確保した。A代表で鍛えればさらに成長する可能性を秘めていた。


 岡田監督は98年W杯フランス大会直前にも17歳のDF市川、18歳のMF小野という若い力を注入した。小野はそのままW杯代表にも選出された。実績のある選手に、未知の才能を入れてチームを活性化するのも岡田流。初のA代表入りに内田は「びっくりしました」。3時間後にはお祝いメールが殺到。「これだけ反応が早いのも、代表だからと思いました。チリ戦と言われても…。むしろ練習に参加できるだけで十分です」と謙虚に喜んだ。


 右サイドバックにはジーコジャパン時代から加地が定着している。実績では内田を上回るが22日には「向こう(内田)の方がはるかに上。自分は調整するので精いっぱい」と話していた。内田加入でチームの競争意識も激しくなる。フレッシュ内田が加わり、岡田ジャパンのベースが出来上がった。 【井上真】

[2008年1月24日9時7分 紙面から]


鹿島・内田残った!19歳イケメンが岡田ジャパンの切り札に



日本代表に残った内田。報道陣の問いかけにも笑顔(撮影・森本幸一)



元日の天皇杯では前半8分に先制点をマークした内田


 19歳の『鹿王子』が残った! 日本サッカー協会は23日、26、30日のキリンチャレンジ杯2試合(国立)の日本代表メンバー25人を発表。この日で鹿児島・指宿での代表候補合宿を打ち上げた岡田武史監督(51)は31人から絞り込んだが、最年少のDF内田篤人(19)=鹿島=は残った。甘いマスクで、サッカー界の『王子』の呼び声高い新星。右サイドの定位置奪取を目指す。



 高原や楢崎ら日本代表常連組のゴツイ顔と比べれば、少年のような顔の19歳。岡田ジャパン定着への“第一段階”突破に、内田がはにかんだ。

 「驚きました。まさか残れるとは思っていなかったので」

 18人がベンチ入りする来月6日の南アフリカW杯アジア3次予選初戦・タイ戦(埼玉ス)を照準に、15日から指宿で行った代表候補合宿を打ち上げたこの日、31人の候補はまず25人に絞られた。その面々に内田の名も。昨年のU−20カナダW杯の代表だったことを考えると、世代的には2階級特進の抜てき。昼食後のミーティングで岡田監督から“生き残り”を告げられて目を白黒させたが、その期待は大きい。


 右サイドDF。日本代表でこの位置はジーコ、オシム両監督時代を通じて、現在28歳のDF加地(G大阪)が通算60試合出場と不動のレギュラーを確保してきた。しかし指宿合宿の練習試合や実戦練習では、岡田監督は1本目に左から駒野、水本、中沢、そして内田による4バックの形成を繰り返し指示した。指揮官は決して明言しないが、この4人がDF陣の主力組と考えられている可能性は十分にある。


 26日のチリ戦(国立)など内田が20歳の誕生日を迎える3月27日までに代表ピッチに立てば、小野伸二、市川大祐、梅崎司に続く日本人4人目の「10代での国際Aマッチ出場」。98年に小野と市川を送り出した監督はほかならない、岡田現監督だ。市川は内田と同じ右サイドDF。10年ぶりに歴史再現の予感が漂う。


 「ボクはA代表で勉強しているだけ…。その意味では残れたのはうれしい」とやっぱりはにかむ内田。甘いルックスで鹿島の女性サポーターから人気も高く、『鹿王子』と称されることも。9日間に及んだ指宿合宿での食事メニューに、うまいものを食べ慣れた先輩たちは「飽きた」と感じても、内田は「こんなにおいしいものを食べられてうれしい」と、鹿児島名物の黒豚しゃぶしゃぶなどに毎日目を輝かせた。

 「自信? ボクの性格ではそんなのは…」

 大きなことは絶対口にしないが、元日の天皇杯決勝・広島戦(国立)では、今年の“Jリーガー初ゴール”を決めた運も持つ。各界の『王子』に続き08年、内田にブレークのときが訪れる。


(須田雅弘)


◆指宿合宿はA代表のコーチとして参加したU−23日本代表・反町監督は、五輪世代の内田と水本がA代表に選出されたことに

「日程的なものは、すべてクリアになっている。A代表が優先されるのは、世界中どこでも同じ」


■内田篤人アラカルト

 ★高校時代から高評価 清水東高時代、選手権出場はないものの、05年の岡山夏季国体では静岡県選抜の中心戦力。鹿島や磐田をはじめ、7クラブが練習参加を要請していた

 ★1年目からレギュラー 高卒1年目、06年のリーグ開幕戦で先発出場すると、DF名良橋(前湘南)からポジションを奪い定着。同年のJ球宴ではDF最多得票で史上最年少出場

 ★伝統の背番号を継承 鹿島ではブラジル代表のジョルジーニョや元日本代表の名良橋がつけてきた背番号2を昨季から背負う。名良橋が「本人がイヤといっても篤人につけさせてください」と、クラブに直訴

 ★日本代表歴は U−16から各世代の代表を経験。昨年のU−20W杯では16強入り。U−22代表にも飛び級招集され、五輪切符獲得に貢献した

 ★サッカー選手になっていなかったら 父親が教師を務めている影響で「学校の先生になっていた」。ちなみに両親にはU−22代表などでプレーしている写真を送っている

 ★生まれ&サイズ 1988(昭和63)年3月27日、静岡県生まれ、19歳。1メートル76、62キロ


■ウラ話

 積極果敢なプレーを見せる内田だが、普段はおとなしく控えめな性格。指宿合宿では同世代で陽気なDF安田理(G大阪)と同部屋だったが、際限なく話しかけられても1人、携帯型ゲーム機で“ゴルフ”に熱中する。代表スタッフも「もっと自分を出せば“王子”になれるのに」と残念がるほど。ただ、そんな最年少の19歳を周囲は目をかけてかわいがる。20日午後のオフにはDF駒野、MF水野らに誘われてボウリング。ピッチでも“いじられ役”として明るい雰囲気作りに貢献し始めている。


★内田クンよ、もっとずうずうしく…本田泰人

 個人的にはまだ早いかなとも思っていたけど、これは岡田さんが年齢や経験に関係なく選んだということだと思う。高卒3年目ながら鹿島でレギュラー。伸び盛りの選手だ。


 彼のいいところは、攻撃のゾーンに入ったときのスピード。積極的に仕掛けるし、取られてもめげない。一方で課題は守備。今はスピードでカバーしているが、代表では難しい試合も出てくる。


 あとは、まだ先輩たちに遠慮しているのか、自分を出していない感じがする。ずうずうしいところがあってもいい。実際、明るい性格だし、もっと自分を表に出してほしい。


 先発かどうかわからないけど、十分やれるだけの能力はある。彼のプレーがどこまで通用するか楽しみ。

(元鹿島、日本代表MF、サンケイスポーツ専属評論家)


10代での国際Aマッチ出場

年・月・日      氏 名   (所 属) 出場年齢       大 会 名      相 手

98・4・ 1 市川 大祐(清 水) 17歳122日 W杯共催記念 韓 国

               小野 伸二(浦 和) 18歳186日 〃         〃

06・9・ 6 梅崎  司(大 分) 19歳195日 アジア杯予選 イエメン

08・1・26 ☆内田篤人(鹿 島) 19歳305日 キリンチャレンジ杯 チ リ

【注】☆は出場した場合。所属は当時


水本&内田 今後もA代表専念へ

 五輪世代から選出されたDF水本、内田の2選手は、今後もA代表に専念する可能性が高くなった。8月に北京五輪本大会を控えるU―23日本代表は、2月13日からの米国遠征で始動するが、今季は活動日程の大部分でA代表と重なる。反町監督は水本、内田について「岡田監督と具体的な話はしていない」と話すにとどまったが、A代表優先の方針はすでにスタッフ会議などで確認済み。今後、岡田監督と話し合いを持ち最終的な結論を出す。

[ 2008年01月24日付 紙面記事 ]


“タフガイ岩政”第1関門突破



フットバレーでヘディングする岩政

 “タフガイセンターバック”が今度は代表定着を狙う。DF岩政大樹(25)が鹿島の同僚・内田とともに初の日本代表入り。「代表は常に競争が続くし(DFの数は)結構いるんで微妙ですね」と話しつつも「とりあえず、これからも長くチームに帯同できるのは大きいです」とホッとした表情をのぞかせた。


 ケガをしない強みがある。生まれつき体が硬いとあって、岩国高や東京学芸大時代はたびたび負傷。重要な試合を欠場することも少なくなかった。その教訓を生かし、プロ入り後は入念なストレッチを日課に取り入れた。今では「やらないと気持ち悪くなる」と話すほどだ。


 その成果もあり、プロ入り後は大きなケガはなくなった。リーグと天皇杯を制した昨季も、出場停止だった昨年3月11日のG大阪戦以外は全公式戦にフル出場。チーム2冠の立役者となった。負傷で今回の合宿を欠場した闘莉王は昨季も負傷を繰り返し、代表を辞退することが多かった。それだけに、ケガに強い岩政は過密日程での招集となる代表にとって大きな“保険”となる。


 「代表の雰囲気にも徐々に慣れてきた。あとは自分の居場所を見つけるだけ。定着できるように周りの信頼を勝ち取りたい」と岩政。これまで地道に積み重ねてきた実力を、代表でもようやく証明する時がやって来た。

[ 2008年01月24日付 紙面記事 ]


代表選出に対する報道である。

篤人の選出はサンスポが大々的に報じてきた。

確かに話題性もビジュアルも華がある。

反町U-23から遠ざかることも喜ばしい。

岩政は予言を的中させつつある。

闘莉王の代役でしかないが、何かしらの結果次第では可能性はあるはずである。

二人とも順列としてレギュラーに近いとは思えないが一つ一つ階段を登って欲しい。

まずは島津本家、そして公家の近衛家、となれば将軍正室も目前である。

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