岩政大樹、「オリジナルの道」を追求して、自分の未来を切り開いていこうと思います

関東1部で再出発、岩政大樹が目指す道
「選手は“仮の姿”だと思っていた」

元川悦子
2017年2月8日(水) 11:00


関東1部リーグの東京ユナイテッドへの移籍を決断した岩政。その経緯や今後について話を聞いた【スポーツナビ】

 大学卒業後、10シーズンを過ごした鹿島アントラーズで2007〜09年のリーグ3連覇の原動力となり、14年にタイ・プレミアリーグのBECテロ・サーサナへ移籍した岩政大樹。カップ戦タイトルを手土産に、15年にはファジアーノ岡山に加入し、キャプテンとしてJ1昇格に挑んできた。

 2年目の昨シーズン、岡山は6位でJ1プレーオフに初参戦し、3位の松本山雅を準決勝で撃破。ファイナルまで上り詰めたが、決勝のセレッソ大阪戦では力の差を見せつけられ、0−1で苦杯をなめた。本人も負けを認めざるを得ない試合。「自分の2年間の挑戦が終わった」とキッパリ言い、岩政は次なる身の振り方を模索していた。

 新天地に選んだのは、文京区に本拠を置く関東1部リーグの東京ユナイテッドFCだった。東京大学運動会ア式蹴球部OBクラブ「東大LB」と慶応義塾大学体育会ソッカー部OBクラブ「慶應BRB」の出身者が中心となり、「LB−BRB TOKYO」という名称で15年から活動を開始。東京都1部から足掛け3年で関東1部まで上がってきたチームだ。「20年にJリーグ入り」を目指しているが、プロ契約選手は岩政1人という生粋のアマチュア集団である。

 かつて日の丸を背負った35歳のDFが、Jリーグに名を連ねていない5部のクラブに加入するのは、ニュースと言っていい。思い切った決断をした彼に、移籍の経緯や今後の方向性を聞いた(取材日:2017年1月31日)。

今後の準備をしつつ、サッカーも続けられる環境を選んだ


「『人生を懸けます』と言っておきながら、結果が出なくても契約更新できる選手ではない」と、岩政は岡山退団に至るまでの経緯を語った【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

――東京ユナイテッド入りまでの流れを簡単に教えていただけますか?

 岡山に2年契約で入る時、長澤(徹)監督と池上(三六)前GMが僕を信頼し、多くの役割と責任を与えてくれました。それだけ大きなものを1選手に与えてくれる状況は通常ではあり得ないこと。期待の大きさを僕は強く感じながら、J1昇格のためにプレーしてきました。その目標を果たせなかった以上、責任を取らなければいけなかった。自分は「人生を懸けます」と言っておきながら、結果が出なくてもアッサリ契約更新できる選手ではない。潔く岡山を離れる決断をしました。

(昨年12月に)退団を発表してから年末までは、家族旅行に行ったりしながら情報を集めていました。ただ、僕は何かに区切りをつけてから次を探すのは好きじゃないタイプ。引退する場合、しない場合を想定しながら、10月ごろから情報収集活動はスタートさせていました。

 そんな中で思い当たったのは、指導者になるにしても、クラブのフロントに入るにしても、今は何の準備もできていないということ。JFA(日本サッカー協会)のC級ライセンスを持っていてもお金をもらって指導できるノウハウはないし、解説者や講演会を本業にするだけのスキルも自信もない。だからこそ、ここから多くのことに挑戦して今後の準備をしつつ、サッカーも続けられる環境がベストじゃないかと考えました。その意向に賛同してくれるクラブに絞り、最終的に2つの中から東京ユナイテッドを選んだんです。

――東京ユナイテッドに心惹かれた部分は?

 日本のサッカーを冷静に見ると、都心のクラブと呼べるクラブがないという実情があります。日本のサッカーを文化にしていこうと思うなら、既存クラブとは違う色合いを持つクラブが必要だと思います。今まで自分は鹿島、岡山と地方クラブで長くプレーしてきたので、その経験やノウハウが通用しないという点も面白さを感じました。今はまだ小さなクラブなので、ここからどうにでも絵を描ける。大きな可能性が広がっている部分も興味深く感じましたね。

――クラブとの接点はいつから?

 代表(共同代表理事)で監督の福田雅さんと3年前に知り合い、いろんな話をしていました。岡山を退団してフリーになった時点でも熱心に誘っていただきました。自分が決断するにあたって重きを置いたのは、そこに自分がやる意味があるかどうかでした。

 2020年にJリーグという目標はハッキリしている。3年間でカテゴリーを2つ上げる筋道を作るのが自分の仕事だと明確に理解できました。そのためには、現場のチームカラー作りに力を入れないといけない。それはチームメートにも言ったこと。鹿島だったら「勝利第一」という確固たる哲学がある。それを作ったのはジーコだと言われているけれど、当時いた日本人スタッフが土台を築き、長い時間かけて継続してきたから今がある。J発足当初に鹿島がやったような作業を、今の僕らもやる必要がある。タイでも似たような仕事をしましたけれど、「組織の基準作り」が求められていると感じ、やりがいを覚えました。

 自分は選手兼コーチという形で携わりながら、それ以外の時間は別の活動にトライできるメリットもありました。サッカー選手は時間的余裕のある仕事で、岡山時代はチームメート数人と料理教室に通ったこともありました(笑)。自分は講演活動や少年指導など多くのことを手掛けたかったけれど、コンディションを考えてセーブしなければなりませんでした。そういう意味では、何かを始めようとしてもブレーキがかかる状態でした。

 でも、東京ユナイテッドではみんなが仕事と掛け持ちでサッカーをしているので、それが当たり前です。空いた時間にコーチングの勉強もできますし、英語学習、執筆活動にも力を入れられる。2月からは解説も少しずつやっていくことになりました。そうやって経験の幅を持たせ、5年後の40代になった時、自分の進むべき方向を決められたらいいと思っています。今はまだどこを目指すか分かりませんが、「サッカー界に貢献できる人間になる」ということだけは変わらないと思いますね。

見える世界が広がるような指導を


「鹿島と岡山でも個々のベースは違った。5部の東京ユナイテッドならば指導すべきことはより多くある」と岩政は言う【写真:アフロスポーツ】

――東京ユナイテッドでは指導者の第一歩も踏み出しますが、ご自身の考え方は?

 東京ユナイテッドのコーチングスタッフは監督の福田さん、元Jリーガーのプロコーチである林健太郎さん、平日午後に事務職員を兼務する星(貴洋)さんと浅海(友峰)さん、そして自分です。もちろん僕もミーティングにも入りますし、練習や試合運営の意見も出していくことになります。

 岡山では選手代表という立場ではありましたけど、自分が仕切ることはなかったので、やはり立場は全く違います。社会人チームですので、選手個々がサッカーをやる意味を見いださなければモチベーションは上がらない。ただ「頑張ろう」とか「必死に走ろう」と言っても選手は動かない。彼らが「このチームに来て良かった」と思えるようにどう導くか。それが僕ら指導者の仕事だと考えています。

 今は平日の火・水・木の夜と土日の週5回活動しているんですが、平日は仕事があって来られないメンバーも多い。その中でできることを日々考えています。

――具体的にはどんなことをピッチ上で教えたいですか?

 サッカーの見方を教えて、プレーすることが面白くなるように、見える世界が広がるように仕向けていきたいですね。試合をするにしても、どうしたらうまくいくか、ゴールが奪えるかといったアイデアを伝えれば、彼らにとっても新たな発見になるし、「もっと知りたい」という気持ちも湧いてくるはず。そういう指導を心掛けたいですね。

 Jリーグが発足して25年が経過したとはいえ、日本サッカーは欧州に比べたらまだ発展途上。全ての選手に個人技術・戦術の基本がたたき込まれているとは言い切れない状況だと思います。僕がプレーした鹿島と岡山でも選手個々のベースが全然違った。5部の東京ユナイテッドだったら指導すべきことがより多くあるでしょう。

 そういうアプローチを通して彼らが少しずつ前進し、サッカーを面白く感じるようになってくれれば、それこそやる意味がある。クラブがJに上がるという目標も大事ですけれど、僕はチームメートがいい顔をしてくれて、楽しく幸せになってくれれば一番いい。身近なところから輪を広げていくのが僕の喜びなんです。

 今までサッカーをやってきて多くの人との関わりがありましたけれど、自分にとって最も重要だったのは、常にチームメート。その考え方は決して変わらない。
「オリジナルの道」にこだわり続けたい


「オリジナルの道」を追求したいという岩政。今後はどのような道を歩むのだろうか【スポーツナビ】

――鹿島や岡山での経験を踏まえて東京ユナイテッドが「20年のJリーグ参入」という目標達成するために、何が必要ですか?

 今はまだクラブ運営に携わっていないので具体的なことは言えませんが、まずは選手として、指導者として、現場ですべきことをきちんとやることだと思います。ただ、東京都心のクラブということで、スピード感は大事かなと。過去2年間は東京都1部、関東2部で勝って昇格できましたけれど、ここから3年間停滞したら風化する恐れがある。今年か来年のうちにJFLに上げなければ、3年後のJという目標には届かない。自分も責任を持って取り組むべきだという自負があります。今季リーグの開幕戦は4月中旬、Vonds市原戦からスタートしますけれど、気を引き締めて臨みたいです。

 そうやって少しずつ力をつけて、最終的には「強くて面白いチーム」を作りたい。今の日本には僕の見方では「強いチーム」か「面白いチーム」のどちらかしかない。都心にプロクラブを作るなら、そこにトライすべきだと思います。

――岩政大樹の未来像については?

 先ほども言った通り、まだどうなるか分からないし、現場に行くのか、フロントに回るのかも想像がつきません。ただ、一般的に言えば、監督をずっとやり続けるのは難しいし、強化部門で結果を出し続けるのも簡単じゃない。自分が柔軟に対応できるような「多様性」を身に付けておきたいですね。

 岡山から東京ユナイテッド移籍を決めた時、「まだJ1やJ2でできるじゃないか」という声も結構ありました。でも僕は、今後の飛躍のための準備期間を設けたかった。もし選手だけをやろうと思うのなら、他のJクラブに移籍していたでしょう。そういう人生を選ばないのが自分。もともと僕は、サッカー選手は「仮の姿」だと思っていたし、天職だと感じたことは一度もなかった。むしろ、こういう時期を早く迎えたかったというのが本音でもあります。

「オリジナルの道」を追求して、自分の未来を切り開いていこうと思います。


東京ユナイテッドの岩政を取材したSportsnaviの元川女史である。
岡山のJ1昇格というミッションを失敗に終え、「自分の2年間の挑戦が終わった」と語った。
そして次なるチャレンジに選んだのが東京ユナイテッドでのコーチ兼選手というポジションである。
何故、岡山を退団したのか、なぜ東京ユナイテッドなのかが伝えられて興味深い。
そして、岩政の人生観を引き出された。
ますます、岩政を応援したくなる。
未来像を実践して欲しい。
楽しみである。

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いばらきダービー

もう、今日ですが、スカパーの解説はCROとゲスト解説に岩政先生とのこと。
解説も楽しみにしてます。
だから先にサカスカ契約しました。
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