曽ケ端、何に対しても一生懸命やって欲しい

鹿島アントラーズ 曽ヶ端 準さん
~好きなことを一歩一歩続けていって~




 2016年にFIFAクラブワールドカップでも活躍された鹿島アントラーズの曽ヶ端 準さんは、鹿嶋生まれの鹿嶋育ち、鹿島アントラーズユースから鹿島アントラーズに入って37歳の現在まで第一線での活躍を続けています。
 そんな曽ヶ端さんに、「続けること」の意味を伺いました。

続けてきて今の道に

ー曽ヶ端さんはどんな子どもでしたか。また、通っていたのはどんな学校でしたか。

 勉強よりも運動が好きで、休み時間もグラウンドに出てサッカーをやったりしていました。
 僕がいた波野小は1学年2クラスしかなかったので、1年生から6年生までほとんどみんな名前と顔が一致するような学校でしたし、大きい学校ではなかったので僕ら児童と先生の距離感は近かったと思います。

-サッカーはいつ頃始めたのですか。そのきっかけは。

 小学校2年生から少年団で始めて、それからずっとやっています。僕には2つ上の兄がいるのですが、その兄がサッカーをやっていたのと、仲の良い同級生もみんなやっていたので、その流れで自分も2年生になったら始めたという感じです。



-サッカーで当時から有名だったのですか。

 いいえ、チーム自体も当時の鹿島町では強いチームでしたし、鹿島町内の小学校の選抜チームには入っていましたが、他に上手な選手も多くいました。
 
-プロを意識したのはいつ頃ですか。

 その当時は意識することはありませんでした。小学生の頃は正月の高校選手権が目標というか、そこに立って国立競技場でプレーしたいという思いでした。Jリーグが始まったのが中学生の頃で、漠然とプロになれたら良いなとは思いましたが、まさか地元のチームでこうやってプレーできるとは思っていませんでした。
 まずは高校選手権にという憧れはありましたし、漠然と「サッカー選手になりたい」とは言っていましたが、プロが日本にあったわけではないし、かといって今みたいに海外で活躍して、という感じでもなかったので。
 現実的に考えるようになったのは、高校時代アントラーズのユースに入って、プロの練習に加わったりしたことがきっかけですね。

-では好きなことをずっと続けてこの道に繋がってきたということですね。

 そうですね。

-アントラーズという地元のチームに入られて、ずっと同じチームでプレーしているというのは珍しいと思いますが、地元に対する想いなどはありますか。

 鹿島に限らず日本全国数多くのJリーグのチームがありますが、生まれ育った地元にプロのチームがあって、さらにそこでプレーできる人は少ないと思うので、それができている幸せを感じています。
 入る前から一ファンとしてこのチームを見てきて、そこに入ってプレーできている、このチームに対する想いというのは誰よりも持っていると思います。できれば長くこのチームでプレーしたいと思います。

「続ける」こととは?

-曽ヶ端さんは、サッカー選手としてはベテランと言える年齢ですが、今までずっと第一線で続けてこられた秘けつなどはありますか。

 当たり前のことを当たり前にやってきたというのがあると思います。しっかり練習したり、休養したり、食事したり。独身の頃は独身寮にいて、体を休めたり、食事をしっかりとったり、結婚してからは奥さんが食事のことはしっかりやってくれています。
 後は自分自身で気をつけること、ケアすることだったり休むところだったりというのは、当たり前のことではありますけれども、それをしっかりやっているとは思います。

-無理はあまりしないのですか。

 いえ、無理は数多くしてきました。痛いところがあってこのままでは次の試合に出られないのではないかといった痛みもこれまで何回もありましたし、そこを色々な人に助けてもらいながら痛みを少なくしてゲームに臨んだり、自分でも多少我慢してプレーしたことは数多くあります。
 というのも、多少無理するぐらいでないと自分のポジションがなくなるのでは、という思いがあります。僕自身が試合に出るようになったのも、最初に出ていた選手が怪我をして代わりに出たというのがきっかけなので、僕の代わりの人が試合に出て活躍したら自分のポジションがなくなるという危機感を常に持ってきました。自分が我慢強いというところはあるかと思いますし、ここまで長くやっていれば、この怪我だったらこれぐらい大丈夫だとか分かってくることもあります。



 もちろんプレーに大きい影響があるまま試合に出れば、僕だけでなくチームに迷惑がかかりますから、そこはしっかり判断しなければならないところではあります。もちろん怪我をひどくさせないというのは大切ですが、こういう世界でやるには我慢強さ、痛みとうまく付き合いながらやっていくということも大事だと思います。


-サッカーを続けていて、アントラーズで続けている、「続ける」ってどういうことだと思いますか。
 
 単純に積み重ねていくことって、簡単に言いますけれども難しいことだと思います。それはサッカーに限らず勉強でもそうでしょうが、一夜漬けを何時間やれば良いというものでもなく、サッカーの技術でも、毎日少しずつでもやること、日々の積み重ねが上手になる秘けつだと思います。一言で言うのは簡単、実際にやるのは難しいことですが、成長するために必要なものだと思います。それが、夢を叶えることにも繋がるのではないでしょうか。
 
-曽ヶ端選手のこれからの夢、やりたいことはありますか。
 
 僕自身は一日でも長く、一年でも長く現役を続けたいなというのはあります。そのためにやらなければいけないことは色々ありますし、その先のことはそれをやり続けていってから考えるのかなと思っています。

勝ち負けにこだわることも大切

-スポーツをやっている子どもたちにアドバイスしていただけることはありませんか。


 今、運動会でも順位を付けないこととかありますが、僕は勝負の世界で生きているというのもありますけれども、同級生や先輩後輩といった、一緒にやっている子たち、または対戦している相手たちに負けたくないという気持ちはやっぱり大事だと思います。徒競走でもマラソンでも、負けたら悔しいと思わないと成長しないと思いますし、今度こそ1位になった子を抜いてやろうとか、1位の子でも2位の子が近づいてきたら抜かれないように頑張ろうだとか、そういう気持ちがすごく大事で、勝負というのにこだわって欲しいなと思います。

 小さいうちは勝ち負けではなく、サッカーであれば技術を上げることが大事だという教え方もあります。それはそれで大事だとは思いますけれども、やっぱり勝たないと喜びはない、負けたらやっぱり悔しいですし、そのチームに勝ってやろうと思って更に自分の技術が上がることはあるので、一つ一つの勝負にこだわって欲しいなとは思います。そのために練習をしっかりやらなきゃいけないし、人が見ていないところでもやっていく、そういう風になって欲しいと思います。

-最後に、子供たちにメッセージをお願いします。

 何に対しても一生懸命やって欲しいなと思います。そういうのを見つけること自体が日々の楽しみになると思いますし、それが勉強やスポーツ、他の習い事もというように色々なことに興味が向けられれば良いと思いますし、1つでも何か見つけてそれを続けることができれば自信にもなると思います。自分がそれだけ頑張って来たんだと思えるものを見つけてもらえればなと思います。



曽ヶ端 準さんのプロフィール

曽ヶ端 準(そがはた ひとし)
プロサッカー選手(鹿島アントラーズ所属、ゴールキーパー)

鹿島町(現鹿嶋市)出身
1986年-1991年 波野サッカー少年団
1992年-1994年 鹿嶋市立鹿島中学校
1995年-1997年 鹿島アントラーズユース(鹿島高校)
1998年- 鹿島アントラーズ
日本代表として2002年 2002 FIFAワールドカップに、U-23日本代表として2004年 アテネオリンピック(オーバーエイジ枠)に出場。

曽ヶ端選手が所属する鹿島アントラーズについて

チームスローガン:Football Dream - つなぐ -

 鹿嶋市、神栖市、潮来市、行方市、鉾田市をホームタウンとするプロサッカーチームです。Jリーグ創設時からの加盟チームの1つで、国内の3大タイトル(J1リーグ、Jリーグカップ、天皇杯)において、Jリーグクラブでは史上最多の19冠、それぞれのタイトルにおいて最多優勝回数を誇っています。2016年のFIFAクラブワールドカップでは準優勝(アジア勢初の決勝進出)を果たしました。

 チームを運営する(株)鹿島アントラーズFCでは、未来のサッカー選手たちにサッカーに親しんでもらうため、茨城県と共催で県内の小学生を試合に招待する「いばらきキッズスペシャルデイズ」を開催しています。各小学校に招待チケットの引換券が配布されていますので、ぜひ試合をご覧ください。

いばらきキッズスペシャルデイズ開催について(鹿島アントラーズFCのページへ)
2017 スタジアムイベント一覧(鹿島アントラーズFCのページへ)

 なお、昨年J1で優勝、クラブワールドカップでは準優勝したため、カシマサッカースタジアム内にあるサッカーの博物館「カシマサッカーミュージアム」に現在、J1優勝シャーレ、トロフィーが展示されています。こちらも併せてご覧ください。






▲展示されているサインボール

お問い合わせ

〒310-8588 茨城県水戸市笠原町978番6 茨城県教育庁 総務企画部 総務課[県庁舎22階]
電話 029-301-5148・5152(調査・広報担当)  FAX 029-301-5139
E-mail kyoikusomu@pref.ibaraki.lg.jp


茨城県教育委員会のインタビューに応じた曽ケ端である。
「続けること」の意味を語る。
サッカーを始めたきっかけ、プロ入り、そしてプロとして続けることが伝わってくる。
第一線でこれほど続けられるのは、本人の持つ才能だけではないこともわかる。
この言葉を聞いた若者には、良くかみ砕いて自分の中に取り込んで欲しい。

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我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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