小笠原と曽ケ端のJ1"500試合"出場に思う「鹿島の伝統」
小笠原と曽ケ端のJ1"500試合"出場に思う「鹿島の伝統」
僕がジーコから盗んだこと
大野 俊三
J1で500試合出場という偉業
4月16日、J1リーグ第7節のベガルタ仙台対鹿島アントラーズ戦でGK曽ケ端準とMF小笠原満男がJ1で500試合出場を達成しました。
これだけの試合に出場することは容易ではありません。しかも、精神的な支柱としてだけでなく、現在も貴重な戦力です。彼らの経験はクラブにとって無形の財産とも言えるのではないでしょうか。
2人とも1998年に鹿島に入団しました。
曽ケ端は鹿島一筋。187センチの高身長をいかしたハイボールの処理は入団当初から素晴らしかった。さらに若い頃はボールへの反応も速かった。

今は味のあるGKに成長しましたね。的確な指示でDF陣を動かし、ピンチを未然に防いでいます。DFがどのタイミングでシュートコースが切ればいいのかが明確になるだけで、失点は減りますからね。500試合に到達する過程で、曽ケ端は様々なことを経験して素晴らしいGKになってくれました。
小笠原は2006年夏から2007年夏までイタリアのメッシーナに在籍していました。それ以外は鹿島に籍を置いています。今ではすっかり、ボランチが板につきましたが入団当時は中盤の攻撃的な位置を担っていました。スルーパスと精度の高いFKが武器のMFでした。

イタリアから復帰後、彼は本格的にボランチにコンバートされました。元々、ずる賢く抜け目のないプレーヤーでしたが経験を重ねて、素晴らしいボランチへと成長しましたね。以前はゴールの近くで仕事をするだけでしたが、ボランチに下がったことでゲームメイク能力、当たりの強さをいかしたボール奪取でチームに貢献してくれています。
小笠原は既に今年の誕生日を迎え、38歳。曽ケ端は8月で38歳になります。この年齢でもトップレベルをキープしているのは、コンディションの維持にかなり気を使っているからです。
鹿島は個々のコンディションの維持を大切にします。僕が現役の時は、体調が悪ければクラブにすぐに報告しないといけませんでした。それに、僕にとってはジーコやサントスといった世界的なブラジル人プレーヤーが良きお手本でした。
“ジーコやサントスは試合の前の日に何を食べているかなぁ”と若かった僕は興味津々でした。
鹿島はホームゲームでも、試合の前日は妻帯者も含め全員、雄飛寮(鹿島の独身寮)で夕食を摂ります。アウェイでの試合ならホテルでみんな一緒に食事をします。そこでコンディションの維持のために様々な勉強をしましたね。
炭水化物系が試合前に良いとは言われていましたが、ジーコはどれくらいの量のスパゲティーを食べているのか、何を飲んでいるのか。彼らの口にする物や量をじっと見て盗んでいました。
中途半端な人がお手本ではく、世界的なジーコやサントスと一緒に食事をできるわけです。この経験は僕にとって宝でしたよ。
ナショナルダービー鹿島VS.磐田
鹿島とジュビロ磐田の一戦はナショナルダービーと呼ばれています。この2クラブは1990年中盤から2000年前半、タイトルを争いました。鹿島OBである僕も、やはり磐田との対戦は観ていて燃えますね。
第8節、カシマスタジアムで行われた対磐田戦。結果は0-3と完敗でした。今季の磐田は横浜F・マリノスからMF中村俊輔を獲得しました。鹿島は彼にやられましたね。
1失点目は右サイドで中村にタメを作られたことがきっかけでした。2失点目は、目の覚めるようなミドルシュートを中村に叩き込まれました。
25メートルほど離れた位置からあのライナー性のシュートを枠に飛ばされてしまったら、もう“敵ながらあっぱれ”と言うしかない。あれは中村を褒めるべきですね。何とか1点ずつ返したかったのですが、後半にとどめの3失点目を喫し、悔しい敗戦となりました。
中村が加入したこともあって、今回の対戦はいつも以上に磐田を意識しました。私の職場のスタッフも「どうしても磐田戦を観に行きたいんですけど、チケットありますか?」と尋ねてくる人もいましたよ(笑)。
“2強時代”と言われていた時、鹿島には曽ケ端、小笠原はもちろん、本山雅志、中田浩二、柳沢敦らもいました。磐田には中山雅史、藤田俊哉、福西崇史などがいて、現磐田監督の名波浩もピッチに立っていた。今、考えるとかなり豪華なメンバーです。バチバチやり合っていた頃のように、また優勝を争えればいいですね。
さいたまダービー、多摩川クラシコなど地域絡みのダービーマッチはありますが、今では当時ほど、ナショナルダービーに熱気を感じません。少し寂しいですね。対戦カードの楽しみがもっともっとできれば、観る側は盛り上がるのではないでしょうか。
鹿島VS.磐田の対戦が全盛期くらいの熱気を取り戻せば、昔から鹿島を応援している僕ら世代の人と、現在鹿島を応援している若い世代の人とが交流を持てそうですよね。
「今は監督だけど昔はよぉ、名波がプレーしててな。敵ながらアイツのパスがすごかったんだよ」といった話に花が咲けばいいな、なんて思います。
鹿島について綴る現代ビジネスの大野俊三である。
満男と曽ケ端のJ1通算500試合出場やジュビロとの対戦について記す。
特に気になったのが現役時代のジーコやサントスの食事について観察しておったエピソードである。
世界最高の選手が長らく現役を続けられる秘訣を得ようと努力する姿が素晴らしい。
良いお手本が身近にあることが鹿島というクラブの良い伝統をつくる。
満男と曽ケ端の一挙一動を見て若手もまたレジェンドとしての一歩を踏み出す。
素晴らしいことである。

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僕がジーコから盗んだこと
大野 俊三
J1で500試合出場という偉業
4月16日、J1リーグ第7節のベガルタ仙台対鹿島アントラーズ戦でGK曽ケ端準とMF小笠原満男がJ1で500試合出場を達成しました。
これだけの試合に出場することは容易ではありません。しかも、精神的な支柱としてだけでなく、現在も貴重な戦力です。彼らの経験はクラブにとって無形の財産とも言えるのではないでしょうか。
2人とも1998年に鹿島に入団しました。
曽ケ端は鹿島一筋。187センチの高身長をいかしたハイボールの処理は入団当初から素晴らしかった。さらに若い頃はボールへの反応も速かった。

今は味のあるGKに成長しましたね。的確な指示でDF陣を動かし、ピンチを未然に防いでいます。DFがどのタイミングでシュートコースが切ればいいのかが明確になるだけで、失点は減りますからね。500試合に到達する過程で、曽ケ端は様々なことを経験して素晴らしいGKになってくれました。
小笠原は2006年夏から2007年夏までイタリアのメッシーナに在籍していました。それ以外は鹿島に籍を置いています。今ではすっかり、ボランチが板につきましたが入団当時は中盤の攻撃的な位置を担っていました。スルーパスと精度の高いFKが武器のMFでした。

イタリアから復帰後、彼は本格的にボランチにコンバートされました。元々、ずる賢く抜け目のないプレーヤーでしたが経験を重ねて、素晴らしいボランチへと成長しましたね。以前はゴールの近くで仕事をするだけでしたが、ボランチに下がったことでゲームメイク能力、当たりの強さをいかしたボール奪取でチームに貢献してくれています。
小笠原は既に今年の誕生日を迎え、38歳。曽ケ端は8月で38歳になります。この年齢でもトップレベルをキープしているのは、コンディションの維持にかなり気を使っているからです。
鹿島は個々のコンディションの維持を大切にします。僕が現役の時は、体調が悪ければクラブにすぐに報告しないといけませんでした。それに、僕にとってはジーコやサントスといった世界的なブラジル人プレーヤーが良きお手本でした。
“ジーコやサントスは試合の前の日に何を食べているかなぁ”と若かった僕は興味津々でした。
鹿島はホームゲームでも、試合の前日は妻帯者も含め全員、雄飛寮(鹿島の独身寮)で夕食を摂ります。アウェイでの試合ならホテルでみんな一緒に食事をします。そこでコンディションの維持のために様々な勉強をしましたね。
炭水化物系が試合前に良いとは言われていましたが、ジーコはどれくらいの量のスパゲティーを食べているのか、何を飲んでいるのか。彼らの口にする物や量をじっと見て盗んでいました。
中途半端な人がお手本ではく、世界的なジーコやサントスと一緒に食事をできるわけです。この経験は僕にとって宝でしたよ。
ナショナルダービー鹿島VS.磐田
鹿島とジュビロ磐田の一戦はナショナルダービーと呼ばれています。この2クラブは1990年中盤から2000年前半、タイトルを争いました。鹿島OBである僕も、やはり磐田との対戦は観ていて燃えますね。
第8節、カシマスタジアムで行われた対磐田戦。結果は0-3と完敗でした。今季の磐田は横浜F・マリノスからMF中村俊輔を獲得しました。鹿島は彼にやられましたね。
1失点目は右サイドで中村にタメを作られたことがきっかけでした。2失点目は、目の覚めるようなミドルシュートを中村に叩き込まれました。
25メートルほど離れた位置からあのライナー性のシュートを枠に飛ばされてしまったら、もう“敵ながらあっぱれ”と言うしかない。あれは中村を褒めるべきですね。何とか1点ずつ返したかったのですが、後半にとどめの3失点目を喫し、悔しい敗戦となりました。
中村が加入したこともあって、今回の対戦はいつも以上に磐田を意識しました。私の職場のスタッフも「どうしても磐田戦を観に行きたいんですけど、チケットありますか?」と尋ねてくる人もいましたよ(笑)。
“2強時代”と言われていた時、鹿島には曽ケ端、小笠原はもちろん、本山雅志、中田浩二、柳沢敦らもいました。磐田には中山雅史、藤田俊哉、福西崇史などがいて、現磐田監督の名波浩もピッチに立っていた。今、考えるとかなり豪華なメンバーです。バチバチやり合っていた頃のように、また優勝を争えればいいですね。
さいたまダービー、多摩川クラシコなど地域絡みのダービーマッチはありますが、今では当時ほど、ナショナルダービーに熱気を感じません。少し寂しいですね。対戦カードの楽しみがもっともっとできれば、観る側は盛り上がるのではないでしょうか。
鹿島VS.磐田の対戦が全盛期くらいの熱気を取り戻せば、昔から鹿島を応援している僕ら世代の人と、現在鹿島を応援している若い世代の人とが交流を持てそうですよね。
「今は監督だけど昔はよぉ、名波がプレーしててな。敵ながらアイツのパスがすごかったんだよ」といった話に花が咲けばいいな、なんて思います。
鹿島について綴る現代ビジネスの大野俊三である。
満男と曽ケ端のJ1通算500試合出場やジュビロとの対戦について記す。
特に気になったのが現役時代のジーコやサントスの食事について観察しておったエピソードである。
世界最高の選手が長らく現役を続けられる秘訣を得ようと努力する姿が素晴らしい。
良いお手本が身近にあることが鹿島というクラブの良い伝統をつくる。
満男と曽ケ端の一挙一動を見て若手もまたレジェンドとしての一歩を踏み出す。
素晴らしいことである。

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