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偏ったジャッジはサッカーの失墜を招く

07月28日
【後藤健生】鹿島対浦和、雷雨で中断も好試合を展開
鹿島オリヴェイラ監督のコメントが提起するもの


鹿島アントラーズと浦和レッズの1、2位対決は、なかなかの好ゲームだった。前半の39分には激しい雷雨のために67分間の(!)中断があり、その再開の直後にスローインからのこぼれ球を小笠原満男が叩き込んで、鹿島が先制した。まさに、中断-再開直後の集中力の問題だった。浦和のエンゲルス監督が「試合内容は満足しているが、あの失点だけが残念」と語ったとおりだ。だが、前半に関して言えば、やはり中断の前も主導権はわずかに鹿島が握っており、 1-0というスコアは順当なものと言えた。

そして、わずか7分間(ロスタイムも含めて)のプレーの後に、今度は本当のハーフタイムをはさんで、後半が始まると、試合はどちらかというと浦和のペースとなる。1-0の試合でリードされているチームが押し込むことは普通のことだし、浦和は阿部勇樹が本来のボランチのポジションでプレーしており、阿部と鈴木啓太がしっかりと相手ボールを奪い、効率的に攻撃に結びつけた。トップでも田中達也がすっかり復調し、運動量を生かしてチャンスを作る。そして、雷雨のためにピッチがスリッピーになったことも、速いパスを多用する浦和にとって有利だったようでもあった。それでも、浦和のシュートは枠を捉えられず、なんとか鹿島が前半のリードを守りきったかと思われたが、82分にエジミウソンのクロスに田中が飛び込んで、浦和が同点に追いついた。前半が鹿島の1-0、後半が浦和の1-0。1-1の引き分けは、試合内容を反映した妥当な結果だった。

鹿嶋というのは不思議な土地柄で、夏でも寒いような天候になることがあるが、猛暑続きのこの日も、鹿嶋は涼しかった。公式記録によれば開始時の気温がなんと 23.1度。雷雨のために気温はさらに下がり、後半は肌寒さを感じるくらいだった。そして、そのおかげで両チームとも最後まで運動量が多く、激しく、緊迫した試合になったのだ。鹿島対浦和戦の前日の土曜日には、川崎フロンターレ対名古屋グランパスの試合を見に行ったのだが(場所は川崎のホームの等々力)、気温が27.9度、湿度72%という蒸暑さのおかげで(前節の試合から中4日ということもあって)、両チームとも動きが悪く、苦しい戦いとなったのとは対照的だった。

やはり、サッカーというのは本来、暑いところでやるものではないのだ(僕はJリーグが秋開幕のシーズンに変更するのには反対だが)

FIFAは高地での試合を禁止しようとして南米アンデス諸国の猛反発を招いたが、高地での試合を禁止するなら、高温多湿での試合も規制すべきであろう(たとえば、 9月にバーレーンで試合をするとか……)。さて、鹿島対浦和の試合に話を戻すが、中断の直後に鹿島のオリヴェイラ監督が退席処分となった。中断の直前に浦和ゴール前で鹿島の選手が反則を受けたように見えた場面が2回あり、どちらも反則を取ってもらえなかったことに対して、試合を中断して引き上げてくる審判団に文句を言ったことによるものだった。

試合後の記者会見には退席となったオリヴェイラ監督に代って奥野僚右コーチが出席したが、驚いたのは質疑応答の後に奥野コーチが「監督からコメントを預かってきた」と前置きして、「レフェリーの判断が大きな作用を及ぼした。マスコミはこの点について検証してほしい」という監督の言葉を紹介したのだ。オリヴェイラ監督というのは、試合の後に、審判の判定や日程の不公平さについて、必ずのようにコメントをする人だ。それにしても、わざわざコーチにコメントを託してまで、そういうことを言うのには驚いた。僕には「毎試合のようにそういうことを言うのは、いささかしつこいのでは……」と思う気持ちもあるが、同時に「日本のサッカー界に対する問題提起だ」というオリヴェイラ監督の意見にも一理あるように思う。

たしかに、浦和戦のオリヴェイラ監督が問題にした場面は、微妙な判定だった(はるかに高い位置にある記者席からでははっきり見えなかったので、「微妙な」という言葉でしか言えない)。そういう「微妙な」判定、あるいは明らかな誤審があった場合、たしかに日本ではあまり議論が起こらない。自分の目だけで「あの判定はおかしい」と断じて記事に取り上げるだけの見識を持った記者は少ないだろうし、テレビの中継でリプレーで見て、明らかに誤審と思われる場面でも、解説者の多くは「微妙な判定ですね……」と言葉を濁してしまう。

ヨーロッパや南米だったら、疑わしい判定があったら、当日夜のテレビ番組ではあらゆる角度からの映像を流して論戦になる。選手、解説者、監督、ジャーナリストといった立場の人だけでなく、審判委員会の偉い人なども参加して喧々囂々の議論となるし、場合によっては当事者である審判が意見を言う場すら設けられる。当事者である選手や監督が、判定に文句を言うのはある意味で見苦しいことかもしれない。その代わりに、客観的であるべき報道機関が(テレビでも、新聞でも、雑誌でも)積極的に判定についても議論を行うべきなのだろう。だが、それだけの気骨のあるジャーナリストが少ない日本では、やはり当事者である監督やクラブが、問題提起をする必要があるのかもしれない。「オリヴェイラ監督のそういう言動が好ましいものなのかどうか」という点も含めて、われわれはもっと議論すべきなのではないだろうか……。

それにしても、鹿嶋の雷はすごかった。横に流れるように光る稲妻。全天が一斉に輝く網目模様の稲光。昔ナイジェリアで見た雷のようだった!


浦和目線の後藤氏から見ても微妙な判定という表現になるのは、明らかにあのプレイがクロだからである。
陪審員が大声で「Guilty!」と叫ぶところであろう。
しかしながらピッチの中は吉田主審という偏った(もしくは買収された)王様が君臨しており、判定が覆ることはない。
それによって審判の権威が失墜しようが、代表に選出されている選手が勘違いしようが、そしてサッカー選手を夢見る少年少女に悪影響を及ぼそうがお構いなしである。
我等は耐えて、より強さを求めていけば良いだけである。
それならば話は簡単であろう。
しかし、Jリーグの更に日本サッカー界の堕落を見るのは忍びない。
苦しいのである。
これによって幸せになる人間ただの一人もいないであろう。
邪悪なる浦和に心を売った一掴みの人間が少しの自己満足を得ただけである。
「誤審はなくせない」
これはサッカーの定説である。
そして「誤審も含めて楽しむ」ことこそがサッカーの醍醐味ではある。
とはいえ、誤審をなくそうという努力は必要であるし、偏った判定を続けてもそれはただの衰退にしかならぬことに気づくべきである。
我等は正義の名の下にサッカーを続ける。
邪悪で堕落した者共に邪魔されようとも。
決してくじけることはない。
何一つ間違ってはおらぬのだから。

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鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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