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レオ・シルバ、鹿島はブラジル(笑)、まさにブラジルです

レオシルバは知っていた。「鹿島?
ジーコがプレーしたクラブだろ」

寺野典子●文 text by Terano Noriko  井坂英樹●写真 photo by Isaka Hideki

遺伝子 ~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~(9) 
レオシルバ 前編


 4月14日、Jリーグ第8節・鹿島アントラーズ対名古屋グランパス。負傷で離脱していた内田篤人と昌子源が先発に名を連ね、勝利を飾った鹿島。リーグ戦2連敗、相次ぐ負傷者で苦しんでいたチームに光が差した。

「篤人の復帰は大きい。チームに自信と安心をもたらしてくれた」と小笠原満男。「プレーでチームを引っ張っていきたい」と今季移籍加入した内田だったが、リーグ開幕戦以降、筋肉系のトラブルで離脱せざるを得なかった。

 この試合では、試合開始早々に攻撃参加や前線へのパスを配球している。「前半、試合の入り方が悪く、苦しんでいたから、前への意識をチームにもたらしたかった」と内田は話している。身体を張った泥臭い守備でも闘争心を示した。2枚目のイエローカードを危惧し、自ら申し出て途中交代したあともベンチで、途中出場するチームメイトにアドバイスした。内田は自身の立場を自覚して、その任務を果たし、移籍後初めての公式戦勝利を味わった。

 しかし、4月17日のACLグループリーグ第6節、1位突破には引き分け以上の結果が必要だった水原三星(韓国)との上位対決は0-1で敗れ、グループ2位となってしまう。ケガ人は8人を数え、出場機会の少ない選手を先発起用したものの、連係面でのミスや個人的なミスが目立ち、試合後、昌子が若いチームメイトへ苦言を呈した。いつも、選手間での厳しい要求が必要と語る昌子らしいコメントだった。

「仲間を非難するつもりはないけれど、『レギュラーを奪ってやる』というようにミスを恐れないプレーがなかった」

 サブ組という立場を自覚し、やるべきことをやり抜かなければならない。訪れたチャンスを掴むためには、奮起一番のプレーが求められる。もちろん、チャンスを得た選手たちのモチベーションは高かったはず。だが、それをピッチで表現できなかった。重要な一戦だからこそ、まずは自身が担うプレッシャーに勝たなければ、仕事はできない。ホームでの敗戦という結果は、起用された選手たちに競争の厳しさを改めて突きつけることになった。

 Jリーグで唯一、ACL決勝トーナメント進出を果たした鹿島。しかし、過去に決勝トーナメント1回戦を突破したことはない。昨年はACL敗退後に監督が交代している。過密日程で勝利を飾り、乗り切るためにもサブ組の躍進は必要不可欠だ。

 リーグ戦連敗ストップの喜びもACLの敗戦でリセットされた。チームとしても、また新たな気持ちで、4月21日、強敵・川崎フロンターレとの一戦へ向かう。

 *     *     *

 鹿島アントラーズのDNAのなかに、「ブラジル」があることは間違いがない。ならば、ブラジル人選手にとって、鹿島アントラーズとはどんな存在なのか? アルビレックス新潟から移籍加入したレオシルバに訊いた。


クラブハウスで取材に応じてくれたレオシルバ

 取材をしたのは3月上旬のことだ。ACL初戦、そしてリーグ開幕戦と2試合続けて、レオシルバは相手にPKを与えてしまう。それをGKのクォン・スンテが好セーブで得点を阻止した。

「スンテ選手にコーヒーをおごったり、しなかったのですか?」
 
 そんなこちらの軽口を耳にするなり、レオシルバはまくしたてるように言う。

「シュートを止めるのはスンテの仕事でしょう? 僕があそこでシュートブロックしなければ、失点していたかもしれない。僕は他のチームメイト同様にスンテのことを信頼しているから。(PKを)止めてくれたからといって、特別なことはしないよ。僕がボール奪取するたびに、ボールロストした選手に『コーヒーをごちそうして』なんて言わないから……」

 そんな話を聞きながら思い出したのは、海外でプレーする日本人選手から何度も聞かされてきた外国人選手の「負けず嫌い」ぶりだった。そして、目の前にいるレオシルバからは、非を認めない傲慢さではなく、悔しさも不甲斐なさもすべてをひっくるめても「負けを認めたくはない」という負けず嫌いなスピリッツが伝わってきた。

――鹿島アントラーズのことは、いつ頃から知っていましたか?

「ずいぶん、昔から知っています。ジーコが住友金属でプレーしたこともブラジルでは誰もが知っているし、そのチームが鹿島アントラーズになったことも。『鹿島アントラーズ? ああジーコがプレーしたクラブだろう』という感じです」

――ご自身が日本でプレーすることになると、10代の頃、考えたりはしましたか?

「今思えばという感じですが、実は僕が初めてブラジル代表に選ばれたのが、U-20代表でした。2004年の夏に、日本で行なわれる大会に出場することになったんです。本当に嬉しくて、やる気満々で日本へ来ました。にもかかわらず。大会が始まる直前にヒザを痛めてしまったんです。だから大会中はずっとベンチで試合を見ていました。観光に来たようなものです。本当に落胆しました。

 日本代表とも対戦したと思うけれど、当時はまだ若く、初めて代表でケガをしてしまって。異国の地にいて、相手チームのことを見る余裕もなかったです。覚えているのは、とても暑くて、帰りたくてしょうがなかったこと。人生のなかで一番の暑さを日本で経験しました。だけど、そんな日本でこうやって暮らすようになるとは、不思議な縁を感じています」

――Jリーグでプレーしていた知人などからの日本の情報はどんなものでしたか?

「柏にいたマルシオ・アラウージョなど、日本に行った選手たちは、非常にたくさん日本の話をしてくれました。しかも、ただ『いいところだよ』というのではなく、『非常にいいところだ』って言ってくれた。だから、実際のオファーを受ける前から、日本の国、リーグ、クラブのオーガニゼーションや治安の良さなど、日本に対しては好意的な印象を持っていたんです。

 ユース代表で行ったときも、とにかく接する人たち、ホテルや町の人たちが、僕らをとても歓迎してくれたことは印象強く残っていました。言葉はたしかにわからないけれど、教育や道徳がしっかりしている国民なんだという強い印象がありました」



――来日して、アルビレックス新潟でプレーをすることになるわけですが、不安はありませんでしたか?

「まったく、迷いも不安もありませんでした。もちろん、言葉の問題があることは周囲からも言われていたことで、覚悟もありました。でも、初日から安心してプレーできたし、時間の経過とともに、だんだん居心地の良さを実感するようになりました。後悔は一切していません」

――今では、レオシルバさんが、ブラジルの選手たちに「日本はどうだ?」と訊かれるのでは。

「そうですよ。『日本は非常によい』という情報を与える立場になっています」

――新潟でプレーしていたとき、いつか鹿島でという気持ちはありましたか?

「私はいつも、常に高い目標を置いてやってきました。なので、いつか、日本の大きなクラブでタイトルを獲りたいという気持ちはありました。その目標を達成できた自分を誇りに思っています。

 でも、新潟が小さいクラブだとか、今は2部だということじゃなくて、新潟への敬意や愛情は今も変わらずあります。私がここへ来るまでの過程において、重要なクラブだったという事実は変わりませんから。たくさん面倒をみてもらいました。

 だから、新潟を離れるのは心苦しいし、心が痛みました。でも、『アントラーズで優勝したい、タイトルを獲りたい』という新たな目標があったし、鹿島で結果を残したいという強い気持ちがあったので、気持ちの整理をせざるを得なかった。新潟への愛情は横へ置いています。

 そして、鹿島の人たちも僕を歓迎してくれて、面倒をみてもらっています。だから、アルビレックスと同じように、鹿島にも強い愛情を抱いています」

――新潟時代に鹿島とも対戦していますが、そのときの印象は?

「正直、難しい試合が多かったですね。とにかく強かった。勝った覚えがなくて、ほとんど引き分けか負けだったように記憶しています。でも、そのとき対戦した経験があるので、鹿島の選手たちについての情報も持っていました。だから、鹿島の選手になったとき、スムーズに溶け込むことができたんだと思っています」

「鹿島アントラーズは、まさにブラジル」
と言い切るレオシルバの真意

寺野典子●文 text by Terano Noriko井坂英樹●写真 photo by Isaka Hideki

遺伝子 ~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~(10 ) 
レオシルバ 後編


 4月21日、Jリーグ第9節の川崎フロンターレ戦を1-4で落とした鹿島アントラーズ。

「みんな頑張っているんだけど、噛み合わない。自分たちの形がはっきりしていない。連戦のなかで立て直すのは難しい。とにかく我慢しかない」

 内田篤人はチームの現状をそう振り返った。その翌日、練習は急遽オフとなった。その休日が何をもたらしたのだろうか。

4月25日、第10節ヴィッセル神戸戦。鹿島は陣形をわずかに変更した。2トップの一角だった鈴木優磨が左アウトサイドに立ち、負傷から復帰した遠藤康が右アウトサイド。金崎夢生と土居聖真の2トップが縦に並んだ。開始4分、金崎のシュートがネットを揺らしたが判定はオフサイド。それでも、鈴木と遠藤という両サイドでボールが収まり、攻撃の糸口がつかめそうな展開が続いた。しかし、ラストパスの精度を欠き、ボールを失うとカウンターのピンチを招いた。そのワンシーンが34分、神戸の先制点となる。

 0-1で迎えた後半は、ほとんどの時間、鹿島が攻め続けるという一方的な展開になった。前線からのプレスによって、選手間の距離が縮まり、こぼれ球を拾えた。そして、今季はなかなか見ることのなかった波状攻撃も生まれた。しかし、奪えたのは55分、鈴木の1得点だけ。終了間際には相手のシュートミスに救われるシーンもあった。それでも勝ち点1を拾うことができた。

 同点弾をアシストした内田は、自身のプレーとチームの戦いぶりに手ごたえを感じているようだった。そして、川崎F戦からの数日間について話してくれた。

「自分たちが置かれている状況というのは、どうしても下を向いてばかりになってしまう。でも、勝てないときは1回ポンと休んだりして、頭や体をリフレッシュさせるのも大事。サポーターの人が練習場に横断幕を張ってくれた。サポーターの人とも話をしたけれど、ネガティブなことはなかった。横断幕を見ながら練習できたし、チームとしてもありがたかった。

 剛さん(大岩監督)に呼ばれてフロンターレ戦のあとにふたりで話した。短い時間だったけど、『僕ら試合が終わったあと、メシ食いながらこんな話をしたんですけど、どう思いますか?』って。今は監督と選手だけど、今までチームメイトとしてやってきたからね。話やすい空気はある。フォーメーションを変えて、特に攻撃の部分で噛み合わなかったところがよくなったと思う。

 我慢する時期だとは思うけれど、ただじっと我慢するんじゃなくて、いろいろ試行錯誤しながら、だんだんよくなっていくんだと思う。これが正解かはわからないけれど、ひとつのヒントにはなったはず。今日は勝てなかったけれど、戦い方としては光が見えたのかな」

 攻守にわたり、チームに落ち着きをもたらした遠藤は淡々と語った。

「グラウンドの中で感じたこと、時には厳しいことも言わなくちゃいけないし、たとえ(自分が)ミスをしたとしても鼓舞しなくちゃいけないし、チームにとって必要な声をかけようと思っていました。選手一人ひとりの意識が、勝ちたいというのが表に出た結果だと思う。

 みんな頑張っているなかで、それが同じ方向に向けた。でも、ホームで勝てなかった。うちは勝たなくちゃいけないチームだし、優勝しなくちゃいけないチームだから。それをもっともっと追求して。プライドをもってやってほしい」

 この日は遠藤だけでなく、レオシルバも復帰している。苦境一転するほど、今の状況は生易しくはない。それでも、わずかであっても自信を取り戻すきっかけになったのかもしれない。そんな引き分けだった。しかし、中2日で今季未勝利のアウェー戦(28日、横浜FM戦)が待っている。

*    *    *

 2013年、アルビレックス新潟でJリーグでのキャリアをスタートさせたレオシルバ。そのボール奪取率の高さと豊富な運動量で活躍し、2017年に鹿島アントラーズへ移籍したボランチは、真面目で負けず嫌いな性格もまた魅力とされている。取材中も日本語に訳されている間、取材者の顔をじっと見つめる。その姿から彼の純粋さが伝わってきた。


鹿島アントラーズというクラブの特長、魅力を語ってくれたレオシルバ

――鹿島アントラーズといえば、ジーコが作ったクラブとしても有名ですが、実際その一員となったとき、ジーコの雰囲気を感じることはありましたか?

「設備などは別にして、一人ひとりのスタッフや選手の発言に触れるだけで、非常にブラジルっぽいクラブだと感じました。常にブラジル人はどんなところでも負けたくないという性格を持っています。鹿島では選手はもちろん、すべてのスタッフから、すべての大会でタイトルを獲るという気持ちがひしひしと伝わってきました。そこがまさにブラジルっぽいなと感じました」

――鹿島でプレーするブラジル人選手には、他クラブとは違うプレッシャーを背負っているように思うことがありますが。

「プレッシャーは確かにあります。でも、そこに居心地のよさを感じるし、気持ちのよいものでもあります。プレッシャーに打ち勝てば、必ずいいことがあるだろうし、それを乗り越えて、タイトルを獲ってきたという歴史もあります。

 当然ながら、私もそれに打ち勝って、タイトルを獲り、その歴史を引き継ぎたいという強い気持ちを持っています。タイトルに近いクラブにいれば、プレッシャーが大きくなるのは当たり前のことです。そういう環境のなかで、タイトルを獲ることができれば、選手自身の価値を高めることにもつなががるわけですから。

プレッシャーはネガティブなものだとは思いません。悪影響を及ぼしたり、自分を悪い方へ引っ張るものでもない。プレッシャーがあるからこそ、もっとよくなりたい、うまくなりたいという気持ちも強くなる。プレッシャーは選手が強くなる”秘訣”だと考えています」

――新潟と鹿島では、レオシルバ選手の立ち位置にも変化が生じたと思います。鹿島ではポジションを争うという意味での競争も厳しくなったのではないでしょうか?

「自分がチームの中心でいたいとか、目立ちたいとか、キングでありたいなんてことは、まったく気にしていません。私は立場が自分のプレーに影響するタイプの人間でもないですから。もし、そういう立場を気にするのなら、新潟にいたほうがいいと考えたはずです。

競争は成長するうえで、大事なファクターです。それを求めて、私は鹿島へ来ました。競争があるからこそ、常に全力で戦わなければいけない。自然とそういう状況へと追い込まれるんです。だから、一瞬でも慢心することはできません。成長するために、自分を追い込み続ける。その姿勢は新潟時代も変わらず持っていましたが、鹿島へ来て、さらにその気持ちを強くしました」



――競争に勝つために大切にしていることはなんでしょうか?

「ほかの人のまねをして、自分にできないことをやろうとしても、失敗してしまうと思うので、自分の持っている武器、特長を最大限に発揮すること。本当に全力でその力を出しきることが大事だと思っています。そうすれば、自分の強みを発揮し、チームの手助けができるから。競争に勝ち、レギュラーを勝ち取りました。でもそこで終わりじゃない。そこで、慢心してしまうと、後退してしまい、成長のない状況になってしまう。常に最大のパフォーマンスに全力を尽くすことが大事です。自分の持っている特長、武器を最大に発揮することです」

――ライバルには小笠原満男という存在もいます。

「(微笑みながら)彼は私にとって、非常にいいお手本であり、見本です。私自身が、39歳になっても、あれだけのやる気を持って日々戦えるのかと思うこともあります。実際、滅多に練習を休まない。あの年齢で毎日ずっと練習に出続けるなんてすごいことです。身体の痛みを感じたり、多少、やる気がなくなって、練習に出たくないとか、休みたいって思ってしまうことがあっても、おかしくはない。でも、彼はそういう態度を一切見せないんです。

私自身も正直、30代になって、歳をとったなと感じることもあります。若い選手も多いですからね。だけど、上には上がいるんだなと刺激になります。自分も彼の年齢になって、プレーできる状態であれば、彼のようにお手本、見本となる人間、選手になりたいですね」

――ジーコに限らず、ジョルニーニョなど、多くのブラジル人選手がたくさんの影響を日本人選手に与えてきました。

「日本に来たときから、かつてのブラジル人選手のように、お手本になれたらということは考えてきました。鹿島には小笠原さんのように、僕にとってのお手本になる選手もいるけれど、自分も30代ですし、社会的にももう子供ではないし、周囲の見方も変わってくる。30代としての振る舞い、選手として、人間としてのお手本になりたい。キャリアの最後を迎えたとき、タイトルを獲るだけでなく、よいお手本だったと言われるようになれればいいなと思っています」

――日本人選手に何を伝えたいですか?

「慢心しないよう、気持ちをしっかりと持ってほしい。鹿島のような大きなクラブの選手は試合に出たり、活躍すれば、メディアでの取り上げ方も変わってくるでしょう。でも、そうなったからといって、『これでいい』と慢心してほしくはない。

日本人だけじゃなく、どんな選手も同じだと思うのですが、高いところに目標を置けば置くほど、少しでも慢心したり、スキが出てしまうと、その目標は達成できなくなる。常に向上心を持って、成長してほしいし、そういう姿勢をしっかりと受け継いでほしいですね」

――昨季は最後の最後でタイトルを逃してしまいました。

「非常に嫌な思い出ですね。思い出したくもないです。言葉にするのは非常に難しい……悔しさや寂しさ、悲しさ、いろんなものがミックスされた状態になりました。その気持ちを忘れずに、その気持ちをエネルギーに変えて、今シーズンは同じ過ちを犯さないよう、今度は逆に喜びが爆発させて、いい気持ちになりたい。とにかく嫌な思い出なので、それがかえって『やってはいけない』という大きなモチベーションになっています」

――好きな日本語を教えてください。

「『がんばってください』です。グッドラックと言い換えられるけど、『がんばってください』というのは、『一生懸命やってください』という意味でもあると思うので、その言葉が好きです。同時に『お互いががんばろう』という想いも感じるので、助け合ううえで、非常に大事な言葉だと思っています」

――最後に、「鹿島アントラーズってどういうクラブか?」と訊かれたら、どう説明しますか?

「ブラジル(笑)。まさにブラジルです」


レオ・シルバを取材したSportivaの寺野女史である。
日本との接点、鹿島のことを強く語る。
昨季の悔しさをバネに、今季こそタイトルをもたらせて欲しい。
頼みにしておる。

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狂おしいほどの愛。
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我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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