本庄第一高校・金古聖司監督、指導者の顔



高校の監督となった金古聖司
全国大会への飽くなき挑戦


2018-05-28
サッカークリニック


 埼玉県北部の強豪校・本庄第一高校は、2016年から元Jリーガーの金古聖司氏が監督を務めている。現在38歳の金古氏は、東福岡高校2年(1997年度)と3年(98年度)のときにセンターバックのレギュラーとして『全国高校サッカー選手権大会』で連覇を達成。高校卒業後は鹿島アントラーズでプレーし、U-19日本代表やU-21日本代表にも選ばれた。
「高校サッカー界のスター」は、08年に鹿島を退団したあとにアジア4カ国でプレーし、15年に現役から退いたのも束の間、翌春に高校サッカー部の監督に就いている。金古監督に指導者となった経緯や教え子たちに対する思いを聞いた。
※取材は2017年5月に実施。肩書、学年、ポジション等は取材時のもの
(出典:『サッカークリニック』2017年7月号)


※上のメイン写真=2015年に現役から退き、16年4月から埼玉県の本庄第一高校で指導にあたっている金古聖司・監督
写真/吉田太郎


『全国高校サッカー選手権大会』では帝京高校(東京都)との決勝を制し、大会連覇を果たした金古聖司・監督。写真はキャプテンを務めた東福岡高校3年のときのもの 写真/BBM

志波総監督のような
指導者になりたい


 1993年にスタートしたJリーグは、プロサッカーリーグとして見る人々に感動と興奮をもたらしてきた。今、そのJリーグでプレーした元選手たちが、高校サッカーの指導者として経験を伝えながら、新たな挑戦をしている。
『ミスター・グランパス』こと元名古屋グランパスの岡山哲也・監督(中京大学附属中京高校)や元日本代表FWの森山泰行・監督(浦和学院高校)、そして、青嶋文明・監督(浜松開誠館高校)、加見成司・監督(聖和学園高校)、鈴木勝大・監督(桐光学園高校)といった強豪校の指揮を執る元Jリーガーもいる。
 また現在、Jリーグ創世記を中学生や高校生として過ごして刺激を受け、その後プロの世界を経験し、現役引退後に指導者の道を歩み始めている元Jリーガーも増えてきている。2016年、高校時代に輝かしい実績を残し、鹿島アントラーズや海外でもプレーした元選手が、指導者としての人生をスタートした。埼玉県北部の強豪校、本庄第一高校の金古聖司・監督である。
 16年4月に監督就任。現在、2年目(17年5月当時)の指導がスタートしている金古監督は「全国大会に出たいですね。全国に出るまでにやらなければいけないことはまだ多いと思いますが、そのために何ができるのかを考えています。1年で少しは成長できましたが、全国へ行くためにはまだまだ足りません。選手たちを全国へ連れていきたいです」と、指導者として成長する考えと目標を語った。
 高校時代は高校サッカー史に残るチームのセンターバックだった。共に偉業を成し遂げることになるMFの宮原裕司(元アビスパ福岡など。現在は福岡U-18コーチ)に誘われて東福岡高校に進学した金古監督は、2年生のときに先輩のMF本山雅志(現在はギラヴァンツ北九州)やDF手島和希(元京都サンガF.Cなど。現在は京都U-15監督)らと共に、史上初となる、インターハイ、全日本ユース(U-18)選手権(現在は高円宮杯JFA U-18サッカー プレミアリーグ)、そして全国高校サッカー選手権大会を制し、全国3冠を達成している。キャプテンを務めた3年生のときには高校選手権で東福岡を2連覇へ導き、個人としてもU-19日本代表、U-21日本代表に選出されて高校卒業後、鹿島入りを果たした。
 鹿島で3度のリーグ制覇などを経験し、08年シーズン限りで鹿島を退団すると、その後は海外へ渡り、シンガポール、インドネシア、タイ、ミャンマーの4カ国でプレー、15年シーズン終了後に現役から退くことを決断した。
 しかし、その翌春には由縁のない埼玉県で指導者生活を始めている。それは「運命的」なものであったと言う。
 金古監督は現役引退の決断直後、タイから福岡空港に降り立った足でそのまま母校の東福岡を訪ねた。「引退後のことは何も決まっておらず、現役から退くことだけを決めていました。(東福岡時代の監督だった)志波(芳則)先生(現在は東福岡の総監督)に初めに言いたい気持ちがありました」と、恩師へ現役引退のあいさつ。「志波先生と出会っていなければ今日の私はありません」と金古監督が言い切る存在は、あいさつの場で「昨日連絡があったのだけれど、(本庄第一が)監督を探しているそうだ」(志波)と監督就任を勧めてくれたのだと言う。
 指導者経験のまったくない金古監督はすぐには前向きな返答をすることができなかった。しかし、「本庄第一に行き、校長先生や教頭先生と話をさせてもらって、情熱などを感じましたし、新人戦の決勝を見に行ったときに心を動かされた部分もありました。『高校サッカーはひたむきでいいな』と思ったのです」と、本庄第一の情熱を感じるようになった。
「私自身が高校サッカーに育ててもらったことも決断した理由としてありました。そして、志波先生との出会いがすごく大きかった分、志波先生のようになりたいと思ったのも、決めた理由の1つです」(金古)
 金古監督は高校サッカーの指導者として歩み出すことを決断した。
 また、「外部だと選手の姿が見えない」という考えから、プロ・コーチではなく、学校職員になることを前提で契約している。同校の事務職員を務めながら、放課後は選手の指導を行なう日々を送っている。


選手たちは元Jリーガーの下、全国大会出場を目指す 写真/吉田太郎

旧友の言葉で知った
控え組みの気持ち


 監督1年目は悩まされ続けた1年だった。
 本庄第一は16年2月、現在は顧問を務める大山真司・前監督(父は武南高校の大山照人・監督)の下、FW小林祐太(ザスパクサツ群馬でプレーし、現在はtonan前橋)などの活躍などもあって埼玉県新人大会で準優勝している。そのチームを受け継いだ金古監督は1年目から結果を残すつもりでいた。しかし、関東大会の予選で初戦敗退を喫すると、インターハイの埼玉県予選は3回戦で敗れ、高校選手権の埼玉県予選も1次トーナメントの初戦で敗れてしまう。指導者としての力不足を痛感させられる結果となった。最初は80人の部員の前でまともに話すこともできなかったという指揮官は、高校生を成長させ、彼らをまとめて、勝利することの難しさに直面した。
「指導1年で何よりも大事だと思いました」(金古)と話すのは、選手との接し方だった。金古監督には、チームをとにかく強くしたいという思いがあった。メンバーを固定してその選手たちを鍛え上げていくイメージはあったが、必ずしも正解ではなかった。また、さまざまな思いを持って高校サッカーに取り組んでいる選手たちの心は繊細で、コミュニケーションの取り方一つは調子を左右してしまうことも実感した。「選手は私のことを見てくれている。しかし、私は選手全員を見ることができていない。彼らをまとめる力が足りない」と金古監督は感じていた。
 2年目の現在も試行錯誤の日々を送っている。しかし、その悩みを解決するきっかけがあった。東福岡時代の同級生2人が埼玉へ来てくれたのだ。1人は共にレギュラーとして高校選手権連覇を経験した元選手、もう1人は試合に出ていなかったメンバーだった。当時の東福岡はラグビー部とサッカー部がサッカーコート1面ほどのグラウンドを共有していた。その半面をAチームの20人ほどが使ってトレーニングを行ない、残りの100人はゴール裏のわずかなスペースで力を磨いていた。
 金古監督は試合に出ていなかったメンバーに聞いたと言う。
「『どうして頑張れたの?』と彼に聞いたら、『先輩の中に、俺らはここで頑張るしかないと言ってくれる人がいた』と言ってくれたのです。『引っ張ってくれる人がいたから頑張るしかない。サボっている人もいたけれど、主力にケガ人が出たとき、志波先生がたまに呼んでくれるときが最もうれしかった。見てくれていると感じた』とも言ってくれました。だから、私も選手たちをしっかりと見てあげたいと考えるようになりました。チームを強くしたいのはもちろんのことですが、頑張っている選手はほかにもいます。全員を見て、強くしていくのがいいのかもしれないと感じたのです」(金古)
 旧友の言葉によって、陰からチームを支える選手の重要性を再確認させられた金古監督は現在、選手たちに可能な限り目を配るようにしている。ケガで練習に参加できなかった3人(1年生を含む)に対し、状況確認とアドバイスを一人ひとりに行なう姿が取材時に印象に残った。
 チームが強くなることはもちろん、3年間を通して「自分と出会って良かった」と思ってもらえるような日々を過ごしたい、そういう気持ちを持っていると言う。
 確かに、1年目はコミュニケーション不足だったかもしれない。そのため、「新人戦で準優勝した彼らを指導したのに結果が出なかったため、選手たちは私に対してどう思っているのか、と少し思います。もしかしたら『監督が私ではなかったら結果が出ていた』と思っている選手もいるかもしれない」と考えることもあるそうだ。時間がたって分かることかもしれないが、選手たちが後悔しないような日々を送ってもらうために、指導にさらに情熱を傾けていく決意を持っている。
 指導方法も変化した。
 金古監督をサポートする顧問の大山は「就任当初はプロに教えるような練習を施していたため、『本庄第一の選手たちに伝えるのは少し違うのではないか』という話もしました」と話す。東福岡のスタイルに近いものを求め、ポゼッション、サイド攻撃、選手を追い越す動きなどを目指し、ボールの動かし方から練習していた。しかし、選手たちに意図をうまく伝えきれず、思うようなサッカーを表現できていなかった。
 今では、高校生の目線に合わせて、「この動きにはこんな目的があり、それによって何を起こせるのか」という点を具体的に説明するようになったと金古監督は言う。
 それでも、まだ言葉が足りなかったり、金古監督の出したい現象を練習でうまく引き出すことができていないと感じていたりもしている。その中で、試合に出ている選手も出ていない選手も、1つの方向に前向きになれるようにする意識は欠かさない。そして、「成功の瞬間をしっかり見てあげるほうが選手は自信になります」(金古)と、褒めながら選手たちの力を引き出そうとしている。
 DFの鈴木健斗キャプテン(17年度)が「選手たちはみなマジメに練習するタイプです。監督に言われたことを取り入れようとしています」と言うように、金古監督のチームに対する情熱は選手たちに徐々に伝わってきているようだ。
 16年度は選手側から見ても遠慮が感じられたが、現在は厳しい声が飛ぶようになっている。16年度からの主力であるDFの渋谷真暉は「特に公式戦前は監督の思いが強く伝わってきます。練習から声が大きく、試合前も試合に勝つための具体的な言葉が多くなりました」と話す。
「選手たちに勝ちたい気持ちが自然に芽生えればいいと思っています。私が高校生だったときもそうでした。『志波先生を勝たせたい』、『日本一にしたい』と思って試合に臨んでいたものです。
 バスで各地に行き、寝ないで運転している志波先生の姿などを見ていました。私もそういった姿勢を見せ、試合に出ている、出ていないにかかわらず、同じ方向を向けるようにしたいと思っています」(金古)
 すべてが好転しているわけではない。17年度もなかなか結果が出ていないのが現状だ。それでも、主に1年生を指導する顧問の大山などの協力を得ながら、指導者として成長し、チーム力を地道に高めていこうとしている。


「選手たちには『自分たちが新生・本庄第一の1期生』という気持ちで練習に取り組んでほしい」と、金古聖司・監督は監督就任2年目(2017年度)の春に話していた 写真/吉田太郎

「甘くない」と感じた
プロの経験も伝える


 金古監督の就任によっていい影響も出てきている。
「元プロ選手の肩書を持つ監督が来てくれたことはプラスに見られる部分がたくさんあるのです。もう一回立ち直り、まずは元に戻れるようにしたいです。これからのチームだとも思っています」(顧問の大山)
 本庄第一は埼玉県北部の強豪としての地位を確立してきたが、3年前に部員の起こした事件によって対外試合への出場を辞退した影響が残る。しかし、17年度は45人もの新入生が入部した。16年度の新人戦の好結果や「かつての高校サッカーのスター」、「元Jリーガー」といった肩書を持つ金古監督の就任がイメージを変え、元の姿へ少しずつ近づき始めている。
 金古監督は「『自分たちが新生・本庄第一の1期生』という気持ちで練習に取り組んでほしい」と選手たちに話している。
 金古監督自身も選手たちも意識面から高めようとしている。金古監督はプロの世界で、「社会に出れば何事も甘くはないこと」、「何事にもかけなければ達成することはできないこと」を学んだ。その経験を選手たちに伝えることも役割だと思っている。だからこそ、目の前のことに全力で向き合い、一生懸命やり抜くことを選手たちに求めている。
「『家族のサポートなどがあってサッカーをやらせてもらえているのなら、今、真剣に打ち込みなさい。高校サッカーはサッカーを純粋に楽しめる最後の段階だと思うから、打ち込みなさい』と選手たちに話したことがあります」(金古)
 高校やJリーグ、海外で経験してきたことは、金古監督など、限られた人間の強みである。恩師の志波総監督や、徐々に増えてきている指導者仲間と協力しながら、選手に成長できる環境を与えたいと思っている。
「監督たちは僕たちを信頼してくれているので、しっかりと勝って恩返ししたいと思います」
 MFの滝瀬悠人(17年度)がこう言うように、彼らが勝利し、成長して「本庄第一で良かった」と思えるような高校サッカー生活をサポートしていく。

取材・構成/吉田太郎


本庄第一高校の金古聖司監督を取材したサッカークリニックの吉田記者である。
指導者としてこの1年でどれだけ成長していったかが伝わってくる。
金古が育てた選手がプロにて大成する日も近かろう。
それは金古の顔に表れておる。
良い表情をしておる。
これからの指導力に期待である。

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No title

指導者とは永遠にゴールの見えない職業ですね。
それが楽しいのかもしれませんが。
プロとアマチュアでの大きな価値観の差って偉大です。
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Fundamentalism

Author:Fundamentalism
鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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