ジーコ、『献身・誠実・尊重』について語る
鹿島復帰は喜びだけではなかったジーコ。
「非常にがっかりしている」
寺野典子●文 text by Terano Noriko井坂英樹●写真 photo by Isaka Hideki
遺伝子~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~(29)
ジーコ 前編
「最後に不用意なミスがあったからな」
取材を受ける犬飼智也の後ろを通り過ぎた羽田憲司コーチは、顔見知りの記者ばかりだと確かめたうえで、犬飼にツッコミを入れる。勝利の喜びを浮かべていた犬飼の表情が一瞬で引き締まる。
「さっき、羽田コーチにも言われましたけど、やっぱりああいうミスをしてはいけなかった」
ACL準々決勝対天津権健戦。ファーストレグに続き、セカンドレグも完封勝利を飾った鹿島アントラーズ。
多くの怪我人に悩まされたシーズン開幕から半年が過ぎた。リーグ優勝が困難な状況は未だ続いてはいるが、ACLだけでなく、ルヴァンカップの準々決勝も突破した。苦しい時間がやっと実になろうとしているのかもしれない。若いチームは着実に進化を示しているという手ごたえもある。
「行くところと自陣に引いて守るところ。そういう意識をチーム全体で共有できている」と対天津権健戦のセカンドレグ後、三竿健斗は振り返った。
「昔のチームのレベルと比べたら、今の11人がめちゃめちゃレベルが高いかって言ったら、そういうわけでもない。それでも僕自身の過去に跳ね返されてきた。それを次のラウンドに進めるというのは、素晴らしいこと。今の鹿島には若い選手がいるし、俺とか(小笠原)満男さんとか、ソガさん(曽ヶ端準)とか、昔からやっている人もいるし、(大岩)剛さんも含めて、ハネさん(羽田コーチ)とか、悔しい経験をしたスタッフもいます。そういう人たちの想いがあるから。準決勝は韓国のチーム、うちにはふたりの選手、ひとりの通訳と3人の韓国人がいるから絶対に勝たせてあげたい」と内田篤人は、チームの、そしてチームメイトや仲間たちの「想い」について口にした。
これもまたひとつの自己犠牲精神なのだろう。
試合後、ロッカールームから出てきた大岩剛監督の手には、試合で使用した用具があった。ACLのアウェイ戦ではスタッフも総力戦で荷物を運ぶ。鈴木満強化部長が台車を押す姿を見たこともある。立場に関係なく、手の空いた人間が助け合う。こんなところにも『スピリット・オブ・ジーコ』の「献身・誠実・尊重」が感じられた。
小笠原満男はその日も取材対応はしなかった。それでも「壁をひとつ越えましたか?」と声をかけると、人差し指と中指を立てた。Vサインにも見えるし、あと2ステージあるというふうにも見える。どちらかはわからないが、その表情は柔らかかった。
クラブ史上初のベスト4進出を飾った9月18日マカオの夜、鹿島アントラーズは温かな空気に包まれていた。
2018年夏、16年ぶりにジーコが鹿島アントラーズに戻ってきた。テクニカルディレクターとして、トップチームの試合に帯同し、毎日そのトレーニングを視察し、育成年代のチームの練習にも姿を見せるなど精力的に仕事を行なっている。インタビューは来日から3週間が経った8月22日に行われた。この時間はジーコがクラブの現状を把握することに費やされたようだ。

鹿島でやりたいビジョンについて熱く語ったジ-コ
――鹿島アントラーズの仕事に再び就いて、一番うれしかったことはなんでしょうか?
「サポーターが変わらずチームを支えている姿というのは、非常に喜ばしい姿でした。そして、私が以前から言っていた下部組織の整備、強化ができていること。下部組織の選手たちがトップチームで活躍しているのもうれしいことでした。日伯友好カップ(1998年から毎年開催されるU-15チームによる大会。鹿島アントラーズやJリーグ選抜などが参加し、ブラジルの同世代のチームと対戦している)などの海外遠征の機会は、選手としての成熟を促したと考えています。そして、昔、アントラーズでプレーし、象徴となった選手たちが現在クラブで仕事をしていることも喜ばしいことでした。それは、現役の若い選手にとっての励みになるでしょう。今後自分が活躍すれば、引退後にこんな立場、仕事に就けるという新たな夢、目標にもなるはずで、非常によかったかなと思います」
――いろんなクラブでお仕事をされてきたわけですが、鹿島アントラーズはジーコさんにとってどのように特別なクラブでしょうか?
「特別なクラブといえば、最初にブラジルのフラメンゴを挙げなければなりません。子どもの頃から20年間、私を育ててくれたフラメンゴは特別なクラブです。選手として、人間として、構築し、教育してくれた場所ですから。
そして、アントラーズも非常に特別な存在です。クラブを作るときから、私は携わってきたのですから。アントラーズでは11年間仕事をしました。その後、4年間は日本代表での時間を過ごしましたが、私の中では、日本で仕事をした15年間は鹿島アントラーズに関わったという気持ちなのです。というのも、鹿島アントラーズがあるから、私は日本代表の仕事に就いた。アントラーズの人間として、アントラーズを代表して、日本代表の監督をやっているという自覚を持っていました。
その後、トルコやギリシャなど多くの国でも仕事をしましたが、私のキャリアのなかで、『結果』を残したのは、フラメンゴに次いで鹿島アントラーズだなと思っています。クラブ創設時から、アントラーズでの仕事については、いろいろなことにこだわり、愛情を注いできたという自負があります。
だからこそ、シーズンの途中で、テクニカルディレクターとして、クラブに関わることは、あまり好ましいタイミングではないという風にも思いました。しかし、要請があるということは、鹿島アントラーズが何か問題を抱えているということだと思い、この仕事を承諾したわけです。
そして、来日から20日ほどが過ぎました。正直に言うと、私が作ったアントラーズは別のアントラーズになってしまったと感じ、非常にがっかりしています」
――問題点があるのでしょうか? それはなんでしょう?
「問題点というよりも、修正しなくてはならないことがあるんです。人生のなかで、あなたも私も、問題は多く抱えているでしょう? そのなかでも仕事については、修正すれば改善できることも多いはずです。だから私は『こういうふうに改善すれば』と提案させてもらうわけです」
――どういう点でしょうか?
「すべてをここでは話せませんが、ひとつ挙げれば、下部組織の整備というのは、私がずっと求めてきたことです。そして、現在、下部組織で育った選手がトップチームのレギュラーとして活躍できるようになり、安定しているなと感じています。けれど、今後も若い選手たちが『鹿島に来たい』という気持ちにさせる必要があります。そういう意味では、創設から25年余りが経ったインフラ面での整備を進めるべきではないかと思っています。今以上にクラブとしてのレベルアップが必要です。若い選手が鹿島へ来たときに、サプライズというか、感動してもらえるようにしなくてはいけないと」
――インフラというと、クラブハウスについてということでしょうか?
「今、アントラーズは下部組織とトップチームは同じ施設で練習をしています。しかし、世界のトップクラブの多くでは、トップチームと下部組織は別の設備、環境で活動しています。トップにはトップの、下部組織には下部組織のクラブハウスやトレーニングセンターが整備されている。アントラーズもそろそろ、下部組織を独立させる必要があると考えています。これはクラブが成長するためにやむを得ないことでもあります。
もちろん、新しい施設を作り、運営するには資金が必要となります。新たなスポンサーや施設を作る業者を探さなければなりません。そういう力を貸してくれる企業にとっても、鹿島アントラーズは必ず優勝する、もしくは優勝争いをするとなれば、メリットはあるでしょう。この25年間、鹿島アントラーズがピッチの上で表現してきた、残してきた結果を今後も続けていくと示すことで、企業も興味を持ってくれるのではないかと考えています」
――鹿島アントラーズのサポーターだけではなく、日本のサッカーファンが鹿島アントラーズに戻ってきたジーコさんが、どんなふうに鹿島を変えるのか注視しています。そんな期待を感じていますか?
「鹿島アントラーズがこの25年間作り上げたものがあります。しかし、私がここを離れてからの間に起きたことに対しては、私は関わっていません。なので、今はアントラーズの現状を把握しなければなりません。今起こっていることは、急に始まったことではなく、おそらく、以前からその予兆があったはずです。そして、現在のいろいろな問題、課題になったのだろうと推測しています。だから、私が来て、いきなりそれを変えられません。
ただ唯一できるとしたら、選手個々の成長を促すための助言でしょう。もちろん、私自身の今までの経験を活かして、『こうしたほうがいいんじゃないか』と助言をすることもできます。そのうえで、変えるか、変えないかというのは、助言を受け止める側の意識になります。強制はできないし、短時間で変えるのはなかなか難しい。
本当に変えるとしたら、シーズン前から関わって、スタッフ、選手など、いろいろなものに対して、昔のように私が権限を持ち、行なうことが必要だと考えています。それは、来年、来シーズンの話になってくる。なので、今年中にすべてを変えられるわけではないと思っています。それでも今は少しずつ修正を提案していくということしかできない。半年間で何かを変えようとしても、数年前から起きていることを変えるのは、難しいでしょう」
ジーコが鹿島を称賛。「引き継ぎ、
やり続けたことが成果になっている」
寺野典子●文 text by Terano Noriko井坂英樹●写真 photo by Isaka Hideki
遺伝子~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~(30)
ジーコ 中編
左アウトサイドで85分に途中出場した安西幸輝は、豊富な運動量だけでなく、守備でも身体を張ってピンチを防いだ。
「(サイドバックではなく)サイドハーフをやるときは、自分の色というのを出さないといけないし、あの時間帯というのは、走ることが自分に求められるタスクだと思うので、1本ピンチをしのげて良かったし、失点しなくて良かったです」
曽ヶ端準は、好調の要因について次のように語った。
「まず、勝つことが大事ですし、そのために、(失点)ゼロというのは一番近道だと思います。みんなでいい守備からいい攻撃ができていると思いますし、そこがずっと続いて勝っている要因だと思います。連勝することで自信が生まれるし、自信はゲームに臨むうえで大きいと思いますし、それをこう過信せずにみんなで1試合1試合謙虚に戦っていきたいです」
苦しい前半戦を経て、2018年のシーズンは佳境を迎えようとしているなか、出場するすべての大会で勝ち残ってはいる。しかし、慢心はこのチームには似合わない。
「残りの試合はすべて決勝戦のつもりで戦う。僕らは何も手にしていない。先を見ずに目の前の1試合1試合に集中していきたい」
三竿健斗の言葉には、過去数多くのタイトルに挑み、喜びと悔しさを味わってきた鹿島アントラーズらしい姿勢が漂っていた。
1991年、当時日本サッカーリーグ2部だった住友金属の選手として現役復帰したジーコ。鹿島アントラーズとしてJリーグ加盟を目指すクラブ創設にも尽力し、強豪と呼ばれるクラブの土台を作った。鹿島アントラーズには、クラブの哲学とも言える『スピリット・オブ・ジーコ』がある。そこに込められたジーコの想いを訊いた。(取材は8月22日)

『スピリット・オブ・ジーコ』について詳しく語ってくれたジーコ
――鹿島アントラーズの歴史を支えてきた『スピリット・オブ・ジーコ』について教えてください。「献身・誠実・尊重」という3つの言葉をクラブに託した理由は?
「実は、私自身が提案したのではなく、当時、いっしょに仕事をしていた兄のエドゥから、この3つの言葉を『スピリット・オブ・ジーコ』として掲げたいと考えていると相談され、それは人生のモットーでもあるので、賛成したんです」
――ジーコさん自身も大切にされているスピリッツだったんですね。
「そうですね。自分の人生を生きるうえでの哲学にも当てはまります。私の価値感のひとつとして、大切にしているものだからこそ、アントラーズとも共有したいと思いました」
――ひとつずつ教えてください。最初に献身。
「献身っていうのは努力ということでもあります。ポルトガル語を直訳すると、ハードワークになります。サッカーに限らず、どんな仕事においても、日々一生懸命取り組むということです。一生懸命、全力を尽くすのは、ごく当たり前のことですが、それを当たり前にできるかできないかで、人生が変わってきます」
――続いて、誠実。
「スポーツという競争社会、ましてやプロスポーツは目立つ世界であり、華やかな世界でもあります。だから、どうしても個人のエゴが生まれやすいんだと思います。しかし、仲間に対して誠実に接すること、誠実さがなければ素晴らしい関係は生まれないし、よい空気、雰囲気は作れないし、歓喜の瞬間を味わうことはできません」
――そして、尊重。
「尊重というのは、さまざまなことに対して非常に重要な姿勢です。社会、組織、クラブのルールなど規律を尊重すること。そして仲間、相手、レフリーを尊重する姿勢。たとえば、自分が試合に出ているうちはよいけれど、ベンチスタートになったり、出場機会が減ったりすることもあります。そんなふうに自分の立場が変わったとしても、自分の代わりに出場するメンバーに対して、尊重する心がなければいけません。簡単に言えば、人としての道理や礼儀をわきまえること。その心を尊重という言葉で表現させてもらいました」
――非常にシンプルですが、大切な言葉ですね。
「たとえば、クラブには監督がいて、コーチ、テクニカル、メディカル、通訳とさまざまなスタッフがいます。そして、選手がいて、フロントがいて、掃除や洗濯を担うスタッフ、チケットを販売する人、スポンサーを担当する営業など、本当にいろいろな仕事を務める人間が働いています。懸命に仕事をするあまり、自分が目立つことを最優先する人、自分のことだけを考える人間がいたら、おそらくよい結果は出せません。団体スポーツであるサッカー同様に組織も同じなのです。
まず、第一に考えるのは、自分のことではなく、最優先させるべきはチーム、クラブ、組織であるべきです。そうでなければ、どこかの部署、あるいは、誰かが崩れると、すべてが崩れてしまうという状況になってしまいます」
――エゴが集まっても組織の強さには繋がらない。
「お互いを尊重し合い、誠実に接することが、強くて良い組織、形作りに繋がるんです。サッカーで例えるとわかりやすいかもしれません。どんなに優秀な選手、能力の高い選手がいても、結果の出ないクラブは世界中にあります。『俺が俺が』というように、『俺がPKを蹴りたい』とか、選手がそれぞれ自己主張して、チーム内がバラバラになり、ゴチャゴチャと問題が起きれば、結果には繋がらないんです」
――なるほど。
「世界のプロサッカー界でこういう問題が起きる一因には、メディアの影響もあると思います。メディアが作るスターシステムの悪影響ですね。サッカーはチームスポーツであるにも関わらず、メディアは個人の結果、個人の記録ばかりを大々的に取り上げるからです。ようは、何回バロンドールを獲得したとか、得点王に輝いたとかが重要ではないんです。大事なのは『何度優勝したのか?』『どれくらい優勝に貢献したのか?』であるべきなのに。これはとても大きな問題だと思います」
――得点者だけを持ち上げるのは分かりやすいけれど、本質を見失う。
「そして、クラブと選手との契約にも問題はあります。クラブが選手のゴール数、アシスト数といった個人成績に対してボーナスを設定していることです。そうなれば、選手が個人成績に注力してしまう。わかりやすい数字、個人成績をあげれば、さらに良い条件で移籍ができる。そういうサイクルが生じているんです。
これには、クラブの経営がオーナー制度であることにも原因があると思っています。オーナーが独断と偏見で、スター選手を手に入れ、スターに好条件を与えるからです。サッカーは団体競技である以上、そのクラブ、そのチームに対して、忠誠心を示し、いかに勝利、優勝に貢献したのか。優勝メンバーであったことがもっとも評価されるべきだと思います。しかし、個人にスポットライトを当てる報道の仕方、選手の扱い方については、メディアの皆さんにも考えてもらいたい点ではあります」
――そういう個人主義を許さないのが『スピリット・オブ・ジーコ』だと思います。それがあるからこそ、アントラーズは強豪と呼ばれる結果を生んだのですね。
「当然ながら、繋がっていると思います。なぜかといえば、私のキャリア、優勝回数を見てもらえれば、今は3つの言葉になっていますが、『スピリット・オブ・ジーコ』と関連性があるんじゃないかなと感じます。
ただ、『スピリット・オブ・ジーコ』があったから、アントラーズが勝ったのかと言えば、そうではありません。当然、優秀な選手がいて、優秀な監督がいて、フロント、サポーターのみなさんが一体となり、こういう結果に繋がったというのは間違いありません。25年間のアントラーズの歴史のうち、私がいたのは11年間だけ。残りの14年間はいなかったわけだから、私の存在がその結果に繋がったということではないんです。だから、あくまでも、その『スピリット・オブ・ジーコ』を引き継ぎ、やり続けたことが、このような結果になったのかなと思っています」
――偶然ではないと。
「『スピリット・オブ・ジーコ』は私が急にひらめいて作りだしたとか、無理やり作ったのではないということだけは、明確にしておいてほしい。これはあくまでも、私が人生、サッカー人生を生きるうえで、私の先輩方とか、チームメイト、フラメンゴ、ウディネーゼ、ブラジル代表での経験、勝者として認められたことを経て培ったものであり、それを私は、ここ鹿島アントラーズにDNAとしてインプラントしたわけです。
アントラーズを離れて、ほかの代表やクラブ、国でも、私は同じことを言い続けてきましたし、徹底してきました。多少、結果という意味ではそれぞれ違ったかもしれませんが、ともに仕事をしてきた人にとっては、ある程度の成果を残せたと考えています。
ここには『献身・誠実・尊重』という3つの言葉に集約されていますが、ここから派生するいろいろなものが存在し、大切にすべきものはあります。それでもやはり骨格となるのは、この3つであることには間違いないと私は考えています。ただ、これは別に強制するものではないし、私はこれを大切にして勝者としてこの世界を生きてきた。しかし、成功の秘訣がこれだけとは限りません。ほかのやり方で、成功することもあるでしょうから」
ジーコTDを取材したSportivaの寺野女史である。
「今起こっていることは、急に始まったことではなく、おそらく、以前からその予兆があったはずです。そして、現在のいろいろな問題、課題になったのだろうと推測しています。だから、私が来て、いきなりそれを変えられません」と語る。
鹿島の問題について、既に見抜いておるように感じさせる。
ジーコの鑑識眼は鋭い。
この先の改革には注目するところである。
そして、特に育成組織・アカデミーの充実を提唱する。
トップとはクラブハウスを分け、育成には育成の理論にて育てていきたい意向が伝わってくる。
また、「献身・誠実・尊重」という『スピリット・オブ・ジーコ』についても語っておる。
ジーコが大切にしておるスピリッツは、多くの民が生活し、生きていく上で指針となる。
そして「オーナーが独断と偏見で、スター選手を手に入れ、スターに好条件を与える」という言葉は、成功を焦る特定クラブへのアンチテーゼとなろう。
我らは、「献身・誠実・尊重」を大切にし、地に足を付けて一歩一歩進んでいきたい。

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「非常にがっかりしている」
寺野典子●文 text by Terano Noriko井坂英樹●写真 photo by Isaka Hideki
遺伝子~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~(29)
ジーコ 前編
「最後に不用意なミスがあったからな」
取材を受ける犬飼智也の後ろを通り過ぎた羽田憲司コーチは、顔見知りの記者ばかりだと確かめたうえで、犬飼にツッコミを入れる。勝利の喜びを浮かべていた犬飼の表情が一瞬で引き締まる。
「さっき、羽田コーチにも言われましたけど、やっぱりああいうミスをしてはいけなかった」
ACL準々決勝対天津権健戦。ファーストレグに続き、セカンドレグも完封勝利を飾った鹿島アントラーズ。
多くの怪我人に悩まされたシーズン開幕から半年が過ぎた。リーグ優勝が困難な状況は未だ続いてはいるが、ACLだけでなく、ルヴァンカップの準々決勝も突破した。苦しい時間がやっと実になろうとしているのかもしれない。若いチームは着実に進化を示しているという手ごたえもある。
「行くところと自陣に引いて守るところ。そういう意識をチーム全体で共有できている」と対天津権健戦のセカンドレグ後、三竿健斗は振り返った。
「昔のチームのレベルと比べたら、今の11人がめちゃめちゃレベルが高いかって言ったら、そういうわけでもない。それでも僕自身の過去に跳ね返されてきた。それを次のラウンドに進めるというのは、素晴らしいこと。今の鹿島には若い選手がいるし、俺とか(小笠原)満男さんとか、ソガさん(曽ヶ端準)とか、昔からやっている人もいるし、(大岩)剛さんも含めて、ハネさん(羽田コーチ)とか、悔しい経験をしたスタッフもいます。そういう人たちの想いがあるから。準決勝は韓国のチーム、うちにはふたりの選手、ひとりの通訳と3人の韓国人がいるから絶対に勝たせてあげたい」と内田篤人は、チームの、そしてチームメイトや仲間たちの「想い」について口にした。
これもまたひとつの自己犠牲精神なのだろう。
試合後、ロッカールームから出てきた大岩剛監督の手には、試合で使用した用具があった。ACLのアウェイ戦ではスタッフも総力戦で荷物を運ぶ。鈴木満強化部長が台車を押す姿を見たこともある。立場に関係なく、手の空いた人間が助け合う。こんなところにも『スピリット・オブ・ジーコ』の「献身・誠実・尊重」が感じられた。
小笠原満男はその日も取材対応はしなかった。それでも「壁をひとつ越えましたか?」と声をかけると、人差し指と中指を立てた。Vサインにも見えるし、あと2ステージあるというふうにも見える。どちらかはわからないが、その表情は柔らかかった。
クラブ史上初のベスト4進出を飾った9月18日マカオの夜、鹿島アントラーズは温かな空気に包まれていた。
2018年夏、16年ぶりにジーコが鹿島アントラーズに戻ってきた。テクニカルディレクターとして、トップチームの試合に帯同し、毎日そのトレーニングを視察し、育成年代のチームの練習にも姿を見せるなど精力的に仕事を行なっている。インタビューは来日から3週間が経った8月22日に行われた。この時間はジーコがクラブの現状を把握することに費やされたようだ。

鹿島でやりたいビジョンについて熱く語ったジ-コ
――鹿島アントラーズの仕事に再び就いて、一番うれしかったことはなんでしょうか?
「サポーターが変わらずチームを支えている姿というのは、非常に喜ばしい姿でした。そして、私が以前から言っていた下部組織の整備、強化ができていること。下部組織の選手たちがトップチームで活躍しているのもうれしいことでした。日伯友好カップ(1998年から毎年開催されるU-15チームによる大会。鹿島アントラーズやJリーグ選抜などが参加し、ブラジルの同世代のチームと対戦している)などの海外遠征の機会は、選手としての成熟を促したと考えています。そして、昔、アントラーズでプレーし、象徴となった選手たちが現在クラブで仕事をしていることも喜ばしいことでした。それは、現役の若い選手にとっての励みになるでしょう。今後自分が活躍すれば、引退後にこんな立場、仕事に就けるという新たな夢、目標にもなるはずで、非常によかったかなと思います」
――いろんなクラブでお仕事をされてきたわけですが、鹿島アントラーズはジーコさんにとってどのように特別なクラブでしょうか?
「特別なクラブといえば、最初にブラジルのフラメンゴを挙げなければなりません。子どもの頃から20年間、私を育ててくれたフラメンゴは特別なクラブです。選手として、人間として、構築し、教育してくれた場所ですから。
そして、アントラーズも非常に特別な存在です。クラブを作るときから、私は携わってきたのですから。アントラーズでは11年間仕事をしました。その後、4年間は日本代表での時間を過ごしましたが、私の中では、日本で仕事をした15年間は鹿島アントラーズに関わったという気持ちなのです。というのも、鹿島アントラーズがあるから、私は日本代表の仕事に就いた。アントラーズの人間として、アントラーズを代表して、日本代表の監督をやっているという自覚を持っていました。
その後、トルコやギリシャなど多くの国でも仕事をしましたが、私のキャリアのなかで、『結果』を残したのは、フラメンゴに次いで鹿島アントラーズだなと思っています。クラブ創設時から、アントラーズでの仕事については、いろいろなことにこだわり、愛情を注いできたという自負があります。
だからこそ、シーズンの途中で、テクニカルディレクターとして、クラブに関わることは、あまり好ましいタイミングではないという風にも思いました。しかし、要請があるということは、鹿島アントラーズが何か問題を抱えているということだと思い、この仕事を承諾したわけです。
そして、来日から20日ほどが過ぎました。正直に言うと、私が作ったアントラーズは別のアントラーズになってしまったと感じ、非常にがっかりしています」
――問題点があるのでしょうか? それはなんでしょう?
「問題点というよりも、修正しなくてはならないことがあるんです。人生のなかで、あなたも私も、問題は多く抱えているでしょう? そのなかでも仕事については、修正すれば改善できることも多いはずです。だから私は『こういうふうに改善すれば』と提案させてもらうわけです」
――どういう点でしょうか?
「すべてをここでは話せませんが、ひとつ挙げれば、下部組織の整備というのは、私がずっと求めてきたことです。そして、現在、下部組織で育った選手がトップチームのレギュラーとして活躍できるようになり、安定しているなと感じています。けれど、今後も若い選手たちが『鹿島に来たい』という気持ちにさせる必要があります。そういう意味では、創設から25年余りが経ったインフラ面での整備を進めるべきではないかと思っています。今以上にクラブとしてのレベルアップが必要です。若い選手が鹿島へ来たときに、サプライズというか、感動してもらえるようにしなくてはいけないと」
――インフラというと、クラブハウスについてということでしょうか?
「今、アントラーズは下部組織とトップチームは同じ施設で練習をしています。しかし、世界のトップクラブの多くでは、トップチームと下部組織は別の設備、環境で活動しています。トップにはトップの、下部組織には下部組織のクラブハウスやトレーニングセンターが整備されている。アントラーズもそろそろ、下部組織を独立させる必要があると考えています。これはクラブが成長するためにやむを得ないことでもあります。
もちろん、新しい施設を作り、運営するには資金が必要となります。新たなスポンサーや施設を作る業者を探さなければなりません。そういう力を貸してくれる企業にとっても、鹿島アントラーズは必ず優勝する、もしくは優勝争いをするとなれば、メリットはあるでしょう。この25年間、鹿島アントラーズがピッチの上で表現してきた、残してきた結果を今後も続けていくと示すことで、企業も興味を持ってくれるのではないかと考えています」
――鹿島アントラーズのサポーターだけではなく、日本のサッカーファンが鹿島アントラーズに戻ってきたジーコさんが、どんなふうに鹿島を変えるのか注視しています。そんな期待を感じていますか?
「鹿島アントラーズがこの25年間作り上げたものがあります。しかし、私がここを離れてからの間に起きたことに対しては、私は関わっていません。なので、今はアントラーズの現状を把握しなければなりません。今起こっていることは、急に始まったことではなく、おそらく、以前からその予兆があったはずです。そして、現在のいろいろな問題、課題になったのだろうと推測しています。だから、私が来て、いきなりそれを変えられません。
ただ唯一できるとしたら、選手個々の成長を促すための助言でしょう。もちろん、私自身の今までの経験を活かして、『こうしたほうがいいんじゃないか』と助言をすることもできます。そのうえで、変えるか、変えないかというのは、助言を受け止める側の意識になります。強制はできないし、短時間で変えるのはなかなか難しい。
本当に変えるとしたら、シーズン前から関わって、スタッフ、選手など、いろいろなものに対して、昔のように私が権限を持ち、行なうことが必要だと考えています。それは、来年、来シーズンの話になってくる。なので、今年中にすべてを変えられるわけではないと思っています。それでも今は少しずつ修正を提案していくということしかできない。半年間で何かを変えようとしても、数年前から起きていることを変えるのは、難しいでしょう」
ジーコが鹿島を称賛。「引き継ぎ、
やり続けたことが成果になっている」
寺野典子●文 text by Terano Noriko井坂英樹●写真 photo by Isaka Hideki
遺伝子~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~(30)
ジーコ 中編
左アウトサイドで85分に途中出場した安西幸輝は、豊富な運動量だけでなく、守備でも身体を張ってピンチを防いだ。
「(サイドバックではなく)サイドハーフをやるときは、自分の色というのを出さないといけないし、あの時間帯というのは、走ることが自分に求められるタスクだと思うので、1本ピンチをしのげて良かったし、失点しなくて良かったです」
曽ヶ端準は、好調の要因について次のように語った。
「まず、勝つことが大事ですし、そのために、(失点)ゼロというのは一番近道だと思います。みんなでいい守備からいい攻撃ができていると思いますし、そこがずっと続いて勝っている要因だと思います。連勝することで自信が生まれるし、自信はゲームに臨むうえで大きいと思いますし、それをこう過信せずにみんなで1試合1試合謙虚に戦っていきたいです」
苦しい前半戦を経て、2018年のシーズンは佳境を迎えようとしているなか、出場するすべての大会で勝ち残ってはいる。しかし、慢心はこのチームには似合わない。
「残りの試合はすべて決勝戦のつもりで戦う。僕らは何も手にしていない。先を見ずに目の前の1試合1試合に集中していきたい」
三竿健斗の言葉には、過去数多くのタイトルに挑み、喜びと悔しさを味わってきた鹿島アントラーズらしい姿勢が漂っていた。
1991年、当時日本サッカーリーグ2部だった住友金属の選手として現役復帰したジーコ。鹿島アントラーズとしてJリーグ加盟を目指すクラブ創設にも尽力し、強豪と呼ばれるクラブの土台を作った。鹿島アントラーズには、クラブの哲学とも言える『スピリット・オブ・ジーコ』がある。そこに込められたジーコの想いを訊いた。(取材は8月22日)

『スピリット・オブ・ジーコ』について詳しく語ってくれたジーコ
――鹿島アントラーズの歴史を支えてきた『スピリット・オブ・ジーコ』について教えてください。「献身・誠実・尊重」という3つの言葉をクラブに託した理由は?
「実は、私自身が提案したのではなく、当時、いっしょに仕事をしていた兄のエドゥから、この3つの言葉を『スピリット・オブ・ジーコ』として掲げたいと考えていると相談され、それは人生のモットーでもあるので、賛成したんです」
――ジーコさん自身も大切にされているスピリッツだったんですね。
「そうですね。自分の人生を生きるうえでの哲学にも当てはまります。私の価値感のひとつとして、大切にしているものだからこそ、アントラーズとも共有したいと思いました」
――ひとつずつ教えてください。最初に献身。
「献身っていうのは努力ということでもあります。ポルトガル語を直訳すると、ハードワークになります。サッカーに限らず、どんな仕事においても、日々一生懸命取り組むということです。一生懸命、全力を尽くすのは、ごく当たり前のことですが、それを当たり前にできるかできないかで、人生が変わってきます」
――続いて、誠実。
「スポーツという競争社会、ましてやプロスポーツは目立つ世界であり、華やかな世界でもあります。だから、どうしても個人のエゴが生まれやすいんだと思います。しかし、仲間に対して誠実に接すること、誠実さがなければ素晴らしい関係は生まれないし、よい空気、雰囲気は作れないし、歓喜の瞬間を味わうことはできません」
――そして、尊重。
「尊重というのは、さまざまなことに対して非常に重要な姿勢です。社会、組織、クラブのルールなど規律を尊重すること。そして仲間、相手、レフリーを尊重する姿勢。たとえば、自分が試合に出ているうちはよいけれど、ベンチスタートになったり、出場機会が減ったりすることもあります。そんなふうに自分の立場が変わったとしても、自分の代わりに出場するメンバーに対して、尊重する心がなければいけません。簡単に言えば、人としての道理や礼儀をわきまえること。その心を尊重という言葉で表現させてもらいました」
――非常にシンプルですが、大切な言葉ですね。
「たとえば、クラブには監督がいて、コーチ、テクニカル、メディカル、通訳とさまざまなスタッフがいます。そして、選手がいて、フロントがいて、掃除や洗濯を担うスタッフ、チケットを販売する人、スポンサーを担当する営業など、本当にいろいろな仕事を務める人間が働いています。懸命に仕事をするあまり、自分が目立つことを最優先する人、自分のことだけを考える人間がいたら、おそらくよい結果は出せません。団体スポーツであるサッカー同様に組織も同じなのです。
まず、第一に考えるのは、自分のことではなく、最優先させるべきはチーム、クラブ、組織であるべきです。そうでなければ、どこかの部署、あるいは、誰かが崩れると、すべてが崩れてしまうという状況になってしまいます」
――エゴが集まっても組織の強さには繋がらない。
「お互いを尊重し合い、誠実に接することが、強くて良い組織、形作りに繋がるんです。サッカーで例えるとわかりやすいかもしれません。どんなに優秀な選手、能力の高い選手がいても、結果の出ないクラブは世界中にあります。『俺が俺が』というように、『俺がPKを蹴りたい』とか、選手がそれぞれ自己主張して、チーム内がバラバラになり、ゴチャゴチャと問題が起きれば、結果には繋がらないんです」
――なるほど。
「世界のプロサッカー界でこういう問題が起きる一因には、メディアの影響もあると思います。メディアが作るスターシステムの悪影響ですね。サッカーはチームスポーツであるにも関わらず、メディアは個人の結果、個人の記録ばかりを大々的に取り上げるからです。ようは、何回バロンドールを獲得したとか、得点王に輝いたとかが重要ではないんです。大事なのは『何度優勝したのか?』『どれくらい優勝に貢献したのか?』であるべきなのに。これはとても大きな問題だと思います」
――得点者だけを持ち上げるのは分かりやすいけれど、本質を見失う。
「そして、クラブと選手との契約にも問題はあります。クラブが選手のゴール数、アシスト数といった個人成績に対してボーナスを設定していることです。そうなれば、選手が個人成績に注力してしまう。わかりやすい数字、個人成績をあげれば、さらに良い条件で移籍ができる。そういうサイクルが生じているんです。
これには、クラブの経営がオーナー制度であることにも原因があると思っています。オーナーが独断と偏見で、スター選手を手に入れ、スターに好条件を与えるからです。サッカーは団体競技である以上、そのクラブ、そのチームに対して、忠誠心を示し、いかに勝利、優勝に貢献したのか。優勝メンバーであったことがもっとも評価されるべきだと思います。しかし、個人にスポットライトを当てる報道の仕方、選手の扱い方については、メディアの皆さんにも考えてもらいたい点ではあります」
――そういう個人主義を許さないのが『スピリット・オブ・ジーコ』だと思います。それがあるからこそ、アントラーズは強豪と呼ばれる結果を生んだのですね。
「当然ながら、繋がっていると思います。なぜかといえば、私のキャリア、優勝回数を見てもらえれば、今は3つの言葉になっていますが、『スピリット・オブ・ジーコ』と関連性があるんじゃないかなと感じます。
ただ、『スピリット・オブ・ジーコ』があったから、アントラーズが勝ったのかと言えば、そうではありません。当然、優秀な選手がいて、優秀な監督がいて、フロント、サポーターのみなさんが一体となり、こういう結果に繋がったというのは間違いありません。25年間のアントラーズの歴史のうち、私がいたのは11年間だけ。残りの14年間はいなかったわけだから、私の存在がその結果に繋がったということではないんです。だから、あくまでも、その『スピリット・オブ・ジーコ』を引き継ぎ、やり続けたことが、このような結果になったのかなと思っています」
――偶然ではないと。
「『スピリット・オブ・ジーコ』は私が急にひらめいて作りだしたとか、無理やり作ったのではないということだけは、明確にしておいてほしい。これはあくまでも、私が人生、サッカー人生を生きるうえで、私の先輩方とか、チームメイト、フラメンゴ、ウディネーゼ、ブラジル代表での経験、勝者として認められたことを経て培ったものであり、それを私は、ここ鹿島アントラーズにDNAとしてインプラントしたわけです。
アントラーズを離れて、ほかの代表やクラブ、国でも、私は同じことを言い続けてきましたし、徹底してきました。多少、結果という意味ではそれぞれ違ったかもしれませんが、ともに仕事をしてきた人にとっては、ある程度の成果を残せたと考えています。
ここには『献身・誠実・尊重』という3つの言葉に集約されていますが、ここから派生するいろいろなものが存在し、大切にすべきものはあります。それでもやはり骨格となるのは、この3つであることには間違いないと私は考えています。ただ、これは別に強制するものではないし、私はこれを大切にして勝者としてこの世界を生きてきた。しかし、成功の秘訣がこれだけとは限りません。ほかのやり方で、成功することもあるでしょうから」
ジーコTDを取材したSportivaの寺野女史である。
「今起こっていることは、急に始まったことではなく、おそらく、以前からその予兆があったはずです。そして、現在のいろいろな問題、課題になったのだろうと推測しています。だから、私が来て、いきなりそれを変えられません」と語る。
鹿島の問題について、既に見抜いておるように感じさせる。
ジーコの鑑識眼は鋭い。
この先の改革には注目するところである。
そして、特に育成組織・アカデミーの充実を提唱する。
トップとはクラブハウスを分け、育成には育成の理論にて育てていきたい意向が伝わってくる。
また、「献身・誠実・尊重」という『スピリット・オブ・ジーコ』についても語っておる。
ジーコが大切にしておるスピリッツは、多くの民が生活し、生きていく上で指針となる。
そして「オーナーが独断と偏見で、スター選手を手に入れ、スターに好条件を与える」という言葉は、成功を焦る特定クラブへのアンチテーゼとなろう。
我らは、「献身・誠実・尊重」を大切にし、地に足を付けて一歩一歩進んでいきたい。

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