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親会社の社長が突然子会社の社長になった訳

小泉社長について記す東洋経済ONLINEの池田氏である。
親会社であるメルカリでは会長に引き、鹿島アントラーズFCの社長に注力する。
これまでの鹿島の成功を更に大きくすべく就任した格好である。
100億円企業を更に超えるクラブに成長させて貰おうではないか。
その経営手腕に期待しておる。

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メルカリはアントラーズと何を企んでいるのか
親会社の社長が突然子会社の社長になった訳

池田 博一 : ライター、編集者

2019/11/04 5:40


メルカリが鹿島アントラーズと組み、共に「世界ブランド」を目指す(写真:©️KASHIMA ANTLERS)

異例中の異例といっていい。だが、これほど「超ポジティブ」な話も少ないだろう。フリマアプリ大手のメルカリが、鹿島アントラーズの株式を取得したのは今年7月末。その後、なんとその親会社の小泉文明社長が、鹿島アントラーズの社長に就任したのだ。そこまでして、小泉を走らせたものは何か。一体、メルカリやアントラーズはどこへ行こうとしているのか(文中一部敬称略)。

鹿島出身の父に連れられ、中1でサッカーの魅力にはまる

いつも夏休みになると、おじいちゃんの家に行った。周りは田んぼだらけ。何して遊ぶかといえば、家から近い、海に連れて行ってもらうくらい。子ども心に感じていたのは、何もない田舎の退屈さばかりだった。

1993年、Jリーグ開幕。

しかし、ある日突然、それは一変した。当時、中学1年だった少年は、Jリーグのスタートを機に完成した、カシマサッカースタジアムのオープニングゲームに連れて行ってもらった。

初めてのスタジアムでは、大きな歓声とチアホーンの音が鳴り響く。サッカー専用スタジアムの臨場感、そして見る人の“熱”に触れた。あっという間にサッカーの魅力にどっぷりはまった。

「アントラーズの存在によって、大きく発展していく地域の姿がありました。父は、自信満々に茨城の鹿島地域の出身であることを話すようになりました。それまでは、地域のことを話すなんてまったくなかったんですけどね。サッカー、そしてスポーツが持つ力を感じました」

2019年8月30日、Jリーグ開幕をきっかけにスポーツのとりこにされた13歳の少年は、鹿島アントラーズの代表取締役社長に就任した。その少年とは、メルカリ代表取締役社長である小泉文明のことだ。

すでに7月30日、Jリーグの理事会で、日本製鉄からメルカリに鹿島アントラーズの株式61.6%が約16億円で譲渡されることが承認されたが、公正取引委員会の承認も得た。これから鹿島アントラーズは、メルカリという最先端のIT企業とともに歩んでいくことになった。

Jリーグにおいて、親会社の社長が子会社の社長になることは極めて異例。しかも、小泉はメルカリの対外的な仕事もするとはいえ、鹿島アントラーズの社長業に専念するという。

「エンターテインメント×テクノロジー」に無限の可能性

何が変わって、何が変わらないのか。小泉は言う。

「僕自身、チームについては、これまでどおり大事にしてきたフィロソフィーを守ってもらいたいと思っています。やはり、勝つことがすべてとしてやってきたジーコの教えを大事にしながら、しっかりと強化や育成に向き合いながら運営してもらいたい。まったくもって僕らが口を出す必要はないと思っています」

一方で、事業については、もっとできることがあるともくろんでいる。

「秀樹さん(鈴木秀樹取締役マーケティングダイレクター)と、“もっとこういうことができますよね”と話しているだけで楽しくてたまらない。何十個もいろいろな案が出てくるんです」

「これまでスポーツ業界には、テクノロジーが入って来ていません。もしくは、入り始めたフェーズだと思っています。これからが面白いんじゃないかなと。今、インターネット業界がサッカー業界に出資をし始めています。それは、嗅覚がいい人たちが、エンターテインメント×テクノロジーというものに対して無限の可能性を感じているからです」


13歳にして鹿島アントラーズのとりこになったという小泉社長(中央)。最高のアイディアマンである鈴木秀樹取締役(右)、ジーコの薫陶を受けた鈴木満常務(左)とともに、世界を驚かせる(筆者撮影)

どういうことだろうか?

「スポーツが持っている価値は非常に大きいと思っていますし、テクノロジーを使うことで、スタジアムに行かなくても感動が得られたり、行ったときには感動が2倍、3倍になるとか、日々の生活が豊かになるようなことが、もっとできるのではないか。さらにはサッカーファンをより広げていくことが可能なのではないか。リーグ最多のタイトルホルダーであるアントラーズであれば、それだけのことができると思っています」

今以上に、よりサポーターを楽しませ、チームの収益を上げることができる。そして、その収益をきちんと強化へ回して、さらに常勝軍団としての確固たる地位を築いていくことができる。そう確信しているのだ。

「メルカリとしてのビジョンと同じところがあるのですが、やはり、もっと世界に出ていきたい。ヨーロッパの一流チームと対等に戦えるチームを作っていきたい。アントラーズには「事業規模100億円」という目標数値もありますが、まずはきっちりとビジネスを回していくというところが大事だと思っています。

今でも非常にうまくいっているので、何かを変えるというより、基本的に僕たちビジネスサイドがいろいろな面でのサポートをすることで、アドオンしていくというイメージです」

あくまで、これまであったチームはそのままに、クラブの基盤をさらに大きく広げていくことで、世界への進出を目指すということだ。

25年の成功は「道半ば」、目指すは「圧倒的な存在」

鹿島アントラーズは、「2人の鈴木」が中心となって、ここまで引っ張ってきた。偉大なるアイデアマンとして事業面を支えてきたのが鈴木秀樹なら、プロフットボールチームとしての運営を支えてきたのが、常務取締役強化部長の鈴木満だ。

「なんか、いまだに怒られているような感覚になるんですよね」

鈴木満は、笑みを浮かべながら、こういう。今でもジーコのポスターやフィギュアが自分の近くにあれば、見られているようで、そっとどけてしまうのだという。

彼は、ジーコの最も近くでアントラーズを作り上げてきた。ジーコが住友金属工業蹴球団に加入してからというもの、“プロとはなんたるか”を徹底的に叩き込まれた。毎日、何でもかんでも一方的に怒られた。説教はピッチ内だけでなく、ピッチ外にも及んだ。なんでゴールネットが白じゃないんだ。試合後の食事がうどんって罰ゲームなのか。いつもつねに問い詰められる。

それでも何とかついていった。本気のジーコに、本気でついていった。その積み重ねが、すべては勝利のために進むクラブの空気を醸成した。

新体制のトップになる小泉社長は、変わらないものとして強化を挙げた。これまで通算20個のタイトルを獲得し、2位ガンバ大阪の9個と大きく差をつけている。しかし、ジーコをはじめとした強化部門のスタッフは、現状に全然満足していない。さらなる向上と変化を求めている。クラブ創設から強化に携わり、強化部長として20冠を成し遂げてきた鈴木満は言う。

「やっぱり圧倒的に勝ちたいし、圧倒的な人気チームになりたい。そのためにも、これから変わらなくてはいけないという思いが強くあります。この25年やってきたことが、ある程度の成功としていわれますが、それがすべてではないと思っています」

変わらず継続とされたチームを率いる鈴木満だが、さらなる拡大を狙う。それは、世界の強豪と伍して戦うチーム作りだ。

「2016年にJリーグで優勝して、クラブワールドカップに出場しました。そこでレアル・マドリードと戦いました。それ以降もAFCチャンピオンズリーグ(ACL)に出場し続けているし、2018年はACLで初めて優勝して、アジアの代表としてクラブワールドカップを戦った。惨敗という結果でしたが、あの舞台を経験すると、また同じ舞台で戦いたいという気持ちが強くなります」

2019年のACLでは残念ながら準々決勝で涙をのんだが、アジア王者となった今、目指すは世界の大舞台に立つ「常連チーム」となることだ。

「目指すところはアジアの大会に必ず出場して勝つこと。そして、世界の強豪と戦う。そういったチームにしていかないといけません。その意味では、これまでの25年よりも一段、二段、いろんなギアを上げて、ステップアップしていかないといけないと思っています」

「消滅の危機感」がつねに「新しいことへの挑戦」を生んだ

「どうだ、面白そうだろ?」

鹿島アントラーズの鈴木秀樹取締役マーケティングダイレクターは、いつもウキウキした表情で、自ら描いた次の事業構想について楽しそうに語る。

これまでのアントラーズは、鈴木秀樹取締役を中心にさまざまな事業を展開してきた。茨城県が所有するカシマサッカースタジアムの指定管理者として、スタジアム運営において健康、美容、医療、温浴、芝生の事業を実現。そして2018年には、観光を通じて地域づくりを行う「アントラーズホームタウンDMO」も設立した。

「アントラーズは、何かとハンデが大きい。だからこそ、知恵を絞って考えて、新しいことに挑戦するかが大事なんです」

Jリーグのマーケットは、約1時間で来場できるおよそ30キロ圏内に人口がどれだけいるかが、一つの基準とされる。人口約6.7万人の鹿島町(現・鹿嶋市。スタジアム建設当時)にあるカシマスタジアムは、この30キロ圏内人口が、たった78万人。プロスポーツを興行することはセオリーから大きく反する数字だ。なにせ半分は海に面しているのだから厳しい環境と言わざるをえない。現にFC東京は2200万人を数える。

だからこそ、つねに危機感を持ち、つねに新しいことにチャレンジしてきた。そして今、また新たな挑戦の一歩を踏み出そうとしている。

今回の経緯について、鈴木秀樹は言う。

「先日の会見(7月30日)で日本製鉄は、素材メーカーがソフト事業を支えることに限界があると発表していました。その考えが生まれたことで、今回の譲渡の話が持ち上がり、話が進んでいきました。

またその背景には、この譲渡に至るまでに、アントラーズを立ち上げた住友金属が、合併により違う会社になっていたという点があります。恵まれた親会社ではなかったですが、住友金属からの熱い思いを感じて、ここまできました。住友金属における象徴は、アントラーズ。“ふんだんにお金は出せないけど、頑張ってくれ”“よく勝ったな”という、熱い応援に、僕自身、喜びを感じてきました」

1991年、住友金属蹴球団から鹿島アントラーズになった。1993年にJリーグが開幕し、タイトルを積み重ねてきた。その過程では、「親会社の変化」があったという。

「寝耳に水だったのは、新日鐵との経営統合です。新日鐵になったことで住友金属ではなくなり、アントラーズとの距離感や温度も変わってきました。これまで近しい関係でやってきたものが、組織が巨大になったことで、アントラーズが勝っても、あまり喜んでもらえてないのではないかという思いが出てきたのです」

親会社との距離を感じるようになった。ただ、それだけで今回の結論に至ったわけではない。新日鐵としても、400社ある子会社の中で唯一特殊なスポーツクラブだったアントラーズに対して、今後よりよいサポートをすることが難しいのではないかという考えが生まれた。

「住金という名前が消えて、日本製鉄になりました。そこで、“素材メーカーがプロスポーツクラブを支えていくことに限界があるのではないか”という判断が生まれた。僕は、彼ら経営者の判断は、極めて正しいと思っています。背景としては、そういった見解があったからこそ、譲渡という作業に踏み切ったんだと思います」と鈴木は言う。

皆がFootballで「新たな夢」を見るステージへ 

今年、鹿島アントラーズはNTTドコモと通信カテゴリーのオフィシャルスポンサー契約を結んだ。今後、5G(第5世代移動通信システム)でネットワークがつながると、提供できるサービスが広がり、おそらくテクノロジーで解決できる地域課題が増えていく。渋滞解消のための自動運転システムの開発、イノベーションによる高齢者に優しい社会作り、ハイテクタウンの構築……。こうした壮大な構想を念頭に置いてのものだ。

「これからが楽しみでしょうがない。60歳を過ぎて、これだけ楽しいことができるのは幸せですよ」


2018年の鮮やかなAFC優勝も糧としつつ、鹿島アントラーズは「最高峰のステージの常連」を目指す(写真:©️KASHIMA ANTLERS)

Jリーグ開幕をきっかけにスポーツのとりこになった小泉社長を先頭に、これまでクラブを築き上げてきた2人の鈴木も、変わらずクラブを牽引していく。結果を残し続けている強化のフィロソフィーは変えず、事業面で拡大していくことで、チームとしての基盤をより大きくしていくつもりだ。

アントラーズには、創設当初に掲げた永遠のスローガンがある。

「Football Dream 同じ夢を見よう」

小泉社長は今後のビジョンについて次のように語った。

「サッカービジネスにおいても当然リスクはあるわけですが、変化は必ずチャンスをもたらすと確信しています。アントラーズが掲げる“Football Dream”の実現に向けて、変革をリードし、世界を代表するクラブを作っていきたいと考えています」

新たな夢への挑戦が始まった。

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鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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