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1998年シーズン、前年のリベンジを果たし二度目の戴冠

1998年シーズンの鹿島優勝について記すJリーグ公式サイトである。
この年は、ジュビロというよりも中山雅史がもの凄かった。
4試合連続ハットトリックは世界の誇る偉業と言って良かろう。
ただ、その影に隠れて柳沢敦が自身のキャリアハイである22得点を記録しておる。
通常であれば得点王が取れたゴール数であった。
この得点力を持つ稀代のセンターFWを仏W杯に連れて行かなかったことは、二版サッカーの大失敗の一つであろう。
しかしながら、落選の悔しさを2ndステージ、CSにぶつけた結果がリーグタイトルであった。
ただ、この年の天皇杯では、準決勝にて横浜フリューゲルスと対戦し敗退しておる。
消滅が決まっておったフリューゲルスに「空気を読めよ」的な雰囲気が漂っておったことは否定出来ぬこと。
そのフリューゲルスは、決勝でも勝利し、ロウソクの炎が最後に大きく燃え上がるようにして消えた。
1998年は仏W杯と共にフリューゲルス消滅の年として記憶された。
これもまた歴史である。

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驚異的な勝負強さを示したシーズン。前年のリベンジを果たし、二度目の戴冠!【Jリーグヒストリー:1998年】

磐田とのチャンピオンシップに勝利した鹿島が、前年の雪辱を果たすとともに、二度目のリーグ王者に輝いた

前年に初優勝を成し遂げた磐田が、このシーズンでも力を発揮した。異次元のペースでゴールを量産するエースの中山 雅史に導かれ、1stステージの優勝争いを牽引。同じく快進撃を続けた清水を最終的に得失点差で上回り、王者としての力を誇示した。

一方、前年のチャンピオンシップで磐田に敗れた鹿島は、巻き返しを期してこのシーズンに臨んだ。1stステージ前半は優勝争いに名を連ねたが、ワールドカップ中断期間中にジョアン・カルロス監督が辞任。再開後は関塚 隆コーチが監督代行を務めたが、終盤に失速し、5位に終わった。

しかしゼ・マリオ新監督を迎えた2ndステージは、序盤こそやや苦しんだが、5節の福岡戦に快勝を収めると、一気に勢いに乗った。秋田 豊、名良橋 晃、相馬 直樹の日本代表トリオが形成する最終ラインは強固さを保ち、エースに成長した柳沢 敦がゴールを量産。15節に磐田との大一番をものにして、そのまま優勝へと上り詰めた。実に5節から13連勝を達成する驚異的な勝負強さを示してのステージ制覇だった。

そして迎えた磐田とのチャンピオンシップ。前年のリベンジを果たすべく臨んだ鹿島は、第1戦を室井 市衛のⅤゴールで2-1とものにすると、第2戦でも秋田とビスマルクのゴールで2-1と勝利。2戦合計4-2とし、前年の雪辱を果たすとともに、二度目のリーグ王者に輝いている。

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狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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