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2000年シーズン、三冠の思い出

2000年シーズンの鹿島の三冠について記すJリーグ公式サイトである。
この年は、リーグタイトルの加え、ナビスコ杯、天皇杯を獲り史上初の三冠を達成した。
これはJリーグ史に残る偉業と言えよう。
しかしながら、年間勝ち点という意味では鹿島に後れを取り、ナビスコ杯の決勝は当時エレベータークラブであった川崎が相手であり、天皇杯も延長戦までもつれ込んだ薄氷を踏むタイトルであった。
こう振り返って、三冠は運の要素も大きいと感じさせられる。
とはいえ、歴史に名を刻んだことは紛れもない事実である。
シーズン途中でレンタルから復帰した鈴木隆行の大ブレイクが今でも思い出される。
ただ、相馬直樹が天皇杯準決勝にて左膝外側半月板損傷の重傷を負った痛手は、後のシーズンに暗い影を落としたことも忘れられぬ。
この年は、Jリーグに鹿島ありと名を上げたシーズンであった。
思い出である。

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“黄金世代”が台頭した鹿島が、史上最多三度目の王者に! 史上初の三冠も達成【Jリーグヒストリー:2000年】

鹿島が、史上最多となる三度目の優勝を達成。この年、ナビスコカップ、天皇杯も制して、史上初となる三冠も成し遂げた

2000年代最初のシーズンは、各チームの力が拮抗し、1stステージ、2ndステージともに、最後まで優勝チームが読めない展開となった。

1stステージを制したのは横浜FMだ。オズワルド アルディレス監督の下、アグレッシブな戦いを展開すると、中村 俊輔、柳 想鐵ら攻撃陣が躍動。9節にG大阪を破り首位に立つと、その後も着実に勝点を積み重ねた。しかし、同じく優勝を争うC大阪との直接対決に敗れ、最終節を前に首位から陥落。そして迎えた運命の最終節。C大阪が川崎FにⅤゴールで敗れたのに対し、横浜FMは市原に快勝。土壇場で再逆転し、ステージ優勝を成し遂げた。

しかし2ndステージに入ると、横浜FMは突如低迷。代わって勢いを見せたのは1stステージで8位に終わった鹿島だった。トニーニョ セレーゾ監督を迎えたこのシーズン。小笠原 満男、中田 浩二、本山 雅志と“黄金世代”の若手が主軸へと成長。秋田 豊、ビスマルクらベテランもハイパフォーマンスを保ち、安定した戦いを続けた。

開幕6連勝とスタートダッシュに成功し、その後は4戦勝ちなしと勢いを失いかけたが、シドニー五輪中断明けの11節から再び調子を取り戻し、4連勝と加速した。そして首位で迎えた最終節、勝点1差で迫る柏との直接対決をスコアレスドローで乗り切り、そのままステージ優勝を果たした。

チャンピオンシップでも際立ったのは、鹿島の勝負強さだった。アウェイでの第1戦をスコアレスドローとすると、国立競技場で行われた第2戦では、横浜FMを圧倒。24分に鈴木 隆行、39分に名良橋 晃、44分に中田 浩二がゴールを奪い、前半のうちに勝負を決めた。

2戦合計3-0とした鹿島が、史上最多となる三度目の優勝を達成。この年鹿島は、ナビスコカップ、天皇杯も制して、史上初となる三冠も成し遂げている。

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幸運が重ならないと3冠なんて無理。ガンバが3冠とった時もリーグは勝点63で多分優勝最低勝点だったはず。

No title

2000年はステージ制覇できなかった柏が年間最多勝ち点のシーズンでしたね。
今なら年間優勝なのに順位は3位というレギュレーションでした。

ちなみに、最後の最後まで5チームの大混戦でもつれて
優勝したガンバが60、浦和、鹿島、千葉、C大阪が59のシーズンでした。
ガンバが3冠をとった2014よりも勝点が低いシーズンでした。
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鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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