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小泉文明社長のサッカービジネス論

GOETHE誌にて小泉社長を取材した田中滋氏である。
小泉社長の考えがよく伝わってくる良記事である。
メルカリになって変わったところも多い。
しかしながら、鹿島は鹿島。
その本質は変わっておらぬ。
それは、小泉社長が鹿島の神髄を理解して買収したことに他ならない。
今後もメルカリと鹿島、相乗効果で伸びていきたい。
これからが楽しみである。

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J1再開!鹿島アントラーズで今なにが起こっているのか?小泉文明社長のサッカービジネス論①


コロナ禍によるJリーグが延期されるなか、すべてのチームの中で圧倒的な存在感を示したのが鹿島アントラーズだ。率いるのは前メルカリ社長(現メルカリ会長)の小泉文明氏。新しいアントラーズの社長が見据える、アフターコロナの時代のチームの未来、スポーツビジネスのあり方とは?

テクノロジーを使ってクラブの収益を上げる

新型コロナウイルスがエンタテインメント業界に甚大な影響を与えている。興行を打って観客を集めようにも密閉・密集・密接のいわゆる“3密”を避けることは難しく、プロ野球やプロサッカーリーグも「リモートマッチ」と銘打った無観客での試合興行からリスタートを切った。

サッカーのJ1リーグは、ひとあし先に再開されたJ2、J3に続き、7月4日から約4ヵ月ぶりに再開される。コロナ禍はすべてのプロスポーツチームに等しく甚大な影響を及ぼす。それは国内最多の20個のタイトルを有し、全国的な人気を誇る鹿島アントラーズであっても変わらない。

昨夏、アントラーズの経営権は日本製鉄からメルカリに譲渡されたことで大きな話題となった。その鹿島の代表取締役社長に就任して1年も経たないうちに、これまで例を見ない状況に直面した小泉文明は、厳しい局面にあることを否定しなかった。



「短期ではどうしても赤字になってしまう状況は避けられないかなと思っています。昨季はチケット収入で10億円近くの売り上げがありました。今後の状況にもよりますが、チケット収入はかなりのマイナスになるでしょう。短期な赤字は、これまでの内部留保や、親会社であるメルカリからの支援でどうにかできると思います。ですが、こうした赤字の状況が続いていくとクラブとして成り立たなくなってしまう。また、来年になるとスポンサーが離れてしまうクラブもゼロではないと思います。Jリーグにおいては非常に厳しい局面が続くのではないでしょうか」

そう聞くと、ついつい暗い気分となり、うつむいてしまいがちだが、リーグ戦がストップしてから約4ヵ月の間、アントラーズの存在感は日本サッカー界のなかでも際立っていた。

2月末にリーグ全体が中断すると、サッカーファンにコンテンツを届けるためにコンサドーレ札幌との練習試合中継をDAZNで実施、ホームタウンの食材や鹿島のホームゲームでのスタグルを通販で紹介する擬似的なECサイト「鹿行の『食』を届けるプロジェクト」を立ち上げると、Zoomを使ったオンラインファンイベントを開催し、スポーツエンターテイメントアプリPlayer!を使ったギフティング(投げ銭)もいち早く導入。ふるさと納税型のクラウドファンディングをローンチさせ、音楽配信アプリStand.fmで公式チャンネルを開設し、ショートビデオのプラットフォームであるTikTokとは公式アカウントを開設するだけでなくパートナーシップ契約を締結した。まるでこの事態を予測していたかのように、他クラブに先んじて次々と施策を打ち出していったのである。



“ポジティブと言うとちょっと語弊がある”と断りながらも、小泉は「やろうと思っていたことを前倒しできた」と胸を張る。

「もともと僕らが経営に加わったときに、デジタルとかテクノロジーを使って、クラブの収益をどうやって上げていくかを考えていました。その当時から、ギフティングであるとか、クラウドファンディングをやりたいという話しはありましたので、もともとロードマップにあったものが前倒しになった認識でいます」

アントラーズの経営権を取得して以降、小泉は一貫してデジタル施策の重要性を訴えてきた。IT企業のメルカリとしては当然の姿勢だろう。彼らのいちばんの強みはテクノロジーを有することにある。それを生かしてマネタイズを考えるのはごく自然な成り行きだ。

ギフティングや地域行政との協力から生まれたふるさと納税型のクラウドファンディングなどは、サッカークラブだけでなく、他の多くのプロスポーツクラブにとっても大いに参考となる施策でもある。自分たちが先陣を切り、そこで得られた知見やノウハウなど「還元できるモノや情報はなるべく還元して、リーグ全体でサバイブしていかないといけない」と小泉は言う。厳しい状況にひるむのではなく先陣を切って進む姿勢を示しているのだ。

しかし、それを踏まえた上で小泉は「スタジアムがすべてだと思います」と断言する。

「リアルの価値をどう上げていけるかがすごく大事だと思っています。僕はよくデジタル、デジタルと言ってるので、サポーターからするとスタジアムの感動価値をどう上げていくんだよ、と言われるんですけど、スタジアムがすべてだと思うんですよね」

そこには、mixiでSNSの運用に携わった小泉だからこその確信があった。

「これはmixi時代からずっと言ってるんですけど、やっぱりコアの方々を大事にしていきたいという想いが、今回改めて湧いてきましたね。コミュニティには1:9:90みたいなバランスがあります。1が情報発信をするコアな人たち、9はそれに対してリアクションするような人たちがいて、90というのはどちらかというとROM(Read Only Member。自らは投稿せずに、他の参加者のコメントやメッセージを読む人々のこと)と呼ばれる人たちです。つまり、1:9の最初のコアな部分の熱量を2とか10に上げていくことがコミュニティを活性化するための重要な要素で、中心の熱量がまわりに波及していくものだと思っています」

コアこそが肝になるという考え方は、アントラーズのチケット施策にも色濃く反映される。リーグ戦が中断されたことで年間チケットの払い戻しを発表するクラブもあるなか、アントラーズは処理が複雑化することをいとわず、コアファンを優遇する措置をとったのである。

「僕からするといままで支えてくれたいわゆるSOCIOメンバーと呼ばれるコアファンや、年間チケットを買ってくれた方々にチケットを優先して配りたかった。まずはそういった方々にデリバーして、余ったら一般販売という順番にしました。はっきり言ってしまうと、コアファンの熱量さえしっかり保てれば、スタジアムの熱量は保てる。コアな部分の熱量を落としてしまうとクラブの評価が落ちます。ファーストプライオリティは絶対にコアなファンだと思います」

リアルな場であるスタジアムにはコアファンが集う。そこから発せられる熱量はコミュニティの大きさに直結する。熱量が少なければコミュニティは小さくなり、逆に熱量が多ければ多いほどコミュニティも大きくなる。だからこそ、まずはコミュニティ自体の熱量を保つことに注力したのだ。

とはいえ、アントラーズの経営規模は70億円。今後100億円を目指そうとするなかで、コアファンだけをターゲットにした施策だけでは限界がある。また、2011年に東日本大震災が起きたとき鹿島アントラーズは被災し、観客動員数の激減を経験している。あのときは観客数が元に戻るまで3年の月日を要しただけに、今回も大きな影響を受けることは避けられないだろう。しかし、だからといってクラブが手をこまねいている訳にもいかない。小泉の頭の中では2つの施策が描かれていた。

「コアファンの方々はスタジアムでの感動体験を通じてマネタイズしていきたい。つまり、リアルの場で収益化していくことを考えています。ただ僕としては、コアなファンの周辺にいて“コアではないんだけどライトなファン層”も結構大きいと思っていて、その層に対する施策も重要だと考えています」

年に数回だけスタジアムを訪れるファン層は、その回数が増えていくコア層にもなり得る反面、逆に脱落してしまうことも充分に考えられる。3.11のときにスタジアムから離れてしまったのがこの層だった。デジタルの表現を利活用することで、その層からこぼれ落ちる人をすくい、マネタイズへと結びつけようというのだ。

その施策の一環が、サッカークラブとしては初となるStand.fmやTikTokでの公式チャンネル開設なのである。特にTikTokは驚きをもって受け止められたが、なにも選手が踊っている動画を載せたいわけではない。今まで手が届かなかった場所に公式チャンネルをつくることで潜在的なユーザーとの接点を増やし、コミュニティの中心である熱量の高いところに向かうように誘導する仕組みをつくったのだ。

そうすることで、今までと違う収益構造が生まれると小泉は考える。

「例えばクラウドファンディングやギフティングがない頃、地方でアントラーズを応援している人は応援に行くにも遠すぎていけないし、ユニフォームを買うことくらいしかできなかったと思うんです。でも、テクノロジーによってアントラーズをもっと応援したかったんだけどできなかった人を取り込むこともできるようになりました。もちろん、なにもせずにお金をくださいというわけではなく、エンタテインメントやスポーツとしての感動体験をお届けすることの対価としていただいて、クラブの収益を上げていきたい。デジタルを使った収益化が非常に重要だと考えています」

地元との新しいwin-winのカタチ

そうしたライト層を取り込むことが1つめの施策であるなら、2つめはアントラーズのホームタウンである鹿行地域の地元住民への施策である。

withコロナの時代となったいま、リスクを抑えるため移動を控える人はどうしても増える。東京や首都圏からの観戦者も多いアントラーズにとって、この状況が続くことは好ましくない。だからこそ、小泉は地元に向けた必要性を感じていた。



「地元のサポーターも、東京から来てくださるサポーターもどちらも大事です。ただ、僕は地元の方にももう少しファンクラブに入ってもらいたいと思っているので、そこはテコ入れしないといけないと思っています」

クラブとして「鹿行の『食』を届けるプロジェクト」に取り組んだことで、地元の企業と全国のアントラーズサポーターをマッチングさせることができた。アントラーズが地元を応援する姿を見せられたことは、当然ながら好意的に受け止められ、さらに地元企業と一緒にプロジェクトに取り組んだことで次の課題も見えてきたという。

「あるお店の商品は非常に好評で、一時販売を止めなければいけないくらいでした。でも逆に言えばストップしたことで機会を逃した訳で、地元の企業さんの事業上場の課題に対して、もう少し僕らも協力していかないといけないと感じました」

DX(デジタル・トランスフォーメーション)、つまり市場環境のデジタル化を進めるにあたり、アントラーズは好事例を残している。メルカリに経営権が移ってからSlackなどが導入されたことで、仕事効率は短期間で劇的に向上した。それを受けて地元企業からは「どうやってオンラインで仕事をすればいいのか教えてほしい」といった要望が舞い込むようになったという。

「デジタルを使ったECサイトだとか業務の効率化だとか地域が抱える課題も、僕らがもっと地元に入っていけばメルカリやアントラーズのノウハウを使って還元していくことができるかもしれません。そうすることで地元企業の競争力が上がり、結果としてスポンサーやファンクラブの収入となってクラブに戻ってくるようなになれば、もっとwin-winな関係を築けると思います」

鹿嶋市の人口は7万人にも満たない。周辺の鹿行地域を含めても30万人と言われている。そんな地方の片隅にあるクラブが2016年にはFIFAクラブW杯で決勝まで進出し、スペインのレアル・マドリードをあと一歩まで追い詰めた。マドリードやバルセロナ、ロンドンやミュンヘン、パリといった大きな街にあるクラブに、もう一度、戦いを挑もうと本気で取り組んでいるのが鹿島アントラーズというクラブだ。

「世界のクラブはどんどん進歩している。僕らがなにもやらないと相対的には退化していくというか、差がどんどん開いていくだけです。今から鹿嶋の人口を増やせと言っても無理でしょう。なので、僕としてはだからこそITやデジタルなのかなと思っています」

新型コロナウイルスは世界的に大きな影響を及ぼしたが、新しい生活様式はデジタル化を一歩推し進め、デジタルとエンタテイメントの融合を加速させる効果があったかもしれない。これまでの社会構造であれば、大都市にあるクラブほど収益面でのメリットを期待できたが、withコロナの世界では必ずしもそうとは言い切れなくなった。誰も直面したことがない社会において、先を見通せている経営者は少ないだろう。

そのなかで、あふれるようにアイデアが湧き出す小泉は異彩を放つ。地方にある小さな町のクラブで今、大きな変化が起きようとしている。


Fumiaki Koizumi
1980年生まれ。早稲田大学卒業後、2003年、大和証券SMBC(現 大和証券)に入社。投資銀行本部にて、主にインターネット企業の株式上場を担当し、ミクシィやDeNAなどのベンチャー企業のIPOを実現させる。'07年、ミクシィに入社。'08年、取締役執行役員CFOに就任し、コーポレート部門全体を統括。'13年、メルカリに入社。’17年、取締役社長兼COOに就任。'19年、鹿島アントラーズFC代表取締役社長に就任。メルカリ取締役会長も兼任する。

Text=田中 滋 Photograph=太田隆生

メルカリが鹿島アントラーズのオーナーになった本当の理由。小泉文明のサッカービジネス論②


Jリーグが再開。コロナ禍によるサッカーの試合が延期される期間に、すべてのチームの中で圧倒的な存在感を示したのが鹿島アントラーズだ。率いるのは前メルカリ社長(現メルカリ会長)の小泉文明。新しいアントラーズの社長が見据える、アフターコロナの時代のチームの未来、スポーツビジネスのあり方とは?

顧客の拡大、ブランドの向上、ビジネス機会の創出

2019年7月30日、株式会社鹿島アントラーズから1つのプレスリリースが発表された。それまで日本製鉄株式会社が保有していた72.5%のうち、61.6%を株式会社メルカリが譲り受ける株式譲渡の締結が行われ、公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の理事会において承認された、という内容だった。

同日17時30分、JFAハウス4階に設けられた会見場で、メルカリの取締役社長兼COOとして壇上にのぼった小泉文明は「鹿島アントラーズという日本を代表するクラブの経営をサポートできることについて、会社一同、非常にワクワクしております」と、少し早口でコメントした。

鹿島アントラーズ側からすれば、親会社が変わるこの株式譲渡は、激変が続くフットボールの世界で生き残っていくために必要な変化だった。もともとアントラーズは、住友金属にとって重要なプラントである鹿島製鉄所に配属された社員の意欲向上という目的も帯びて発足したクラブである。しかし、時代は移り変わる。住友金属は新日本製鐵と合併、新日鐵住金と生まれ変わり、’19年4月からは社名を日本製鉄と改めていた。

それと同時に、住友金属のなかでは重要な役割を帯びていたアントラーズも、巨大な日本製鉄グループの子会社の一つという位置付けに変わる。時を同じくして、Jリーグはそれまでの共存共栄から競争へと方針を転換。今後のサッカー界でアントラーズが生き残るためには日本製鉄としても、新たな事業展開をはかることが期待できるパートナーを探す必要性を感じ、本拠地をカシマスタジアムから動かさないことなどの条件面に合う会社を探すなかで、メルカリに白羽の矢が立ったのである。

実際、メルカリが加わったことでアントラーズの経営スピードは劇的に速くなり、実現できずにいたアイデアも次々と日の目を見るようになった。メルカリが持つ技術力の恩恵は、今後も大きな変化をもたらすだろう。

しかし、株式を得たメルカリ側にはどんなメリットがあるのか、株式譲渡の記者会見のときから一貫して、小泉は3つの狙いを説明してきた。それは顧客の拡大、ブランドの向上、ビジネス機会の創出の3つである。



「1つは、ユーザー層が重複しないということですね。アントラーズはどちらかというと男性や年齢で言っても30代や40代から上の層の方が多いというデータがあります。一方、メルカリは20~30代の女性が多い傾向にあります。メルカリのユーザー層を拡大するためには、男性だったり、30、40代以上の層も必要ですし、逆にアントラーズからすれば若い層にスタジアムに来て欲しい。お互いにユーザー層がかぶっていないところが大きな要因でした」

「2つめは、ブランドですね。去年から僕らはメルペイというペイメントの金融サービスをスタートしています。メルカリは会社ができて7年なので、7年という若い会社が金融というブランドアセットを意識しなければいけないビジネスをスタートするにあたり、スポーツのもっている価値が生きてくると思っています」

「3つめは、ビジネス機会の創出です。クラブも企業なので収益を上げることが重要だと思っています。そこはこの先、エンタテインメント×テクノロジーの分野が広がっていくことで、さらに伸ばせるという見通しがあります。それに加えて“街づくり”のところも考えています。これから5Gといった通信技術やテクノロジーが進化していく過程で、リアルな生活の中にもっとテクノロジーが入ってくる余地が出てくる。僕らメルカリも循環型社会の実現のために、リアルな場を使っていろんな実験や取り組みをやっていきたいと思っています。その点、クラブチームを持っていること、ひいてはスタジアムを持っていることは非常に重要です。僕は最近『スタジアムのラボ化』と呼んでいますけども、スタジアムでなにか新しいテクノロジーを試していきたいと思っています」

リアルにこそ価値があるという“スタジアムのラボ化”

いまだ世界中で新型コロナウイルスの猛威はおさまっておらず、第2波に襲われ再びロックダウンを強いられる都市も多い。エンタテインメント業界にとって、こんな情勢のなかでお客さんが来てくれるかどうかは未知数の部分も多いだろう。

しかし、こんな情勢だからこそ、リアルの価値が高まる、と小泉は見ていた。

「このコロナの時代以降、人はさらに動かなくなってくると思うんです。大概のことはオンラインでよいのではと。そうすると、逆にリアルな場所にわざわざ行くことの価値がもっと上がると思うんですよね。上げないとまずいと言いますか。サッカーをスタジアムで観るとか、コンサートをライブ会場で観ることの価値はもっと高まる。ある一定の場所に2万、3万の人が集まるコンテンツになにがあるのか考えると、僕は音楽とかスポーツしかないと思っています。そういう人がたくさん集まる場所に対するソリューションを提示したり、試すことは、社会や企業が抱える課題解決のために、すごく重要な場所になると思うんです」

新型コロナウイルスの感染を避けるため、リモートワークを導入する企業は一気に増えた。わざわざ顔をつきあわさずとも、Zoomを活用したコミュニケーションで充分に業務が行えることがわかり、これからさらにリモートの活用は進むだろう。そんな情勢を見るにつけ小泉はアイデアをひねっているという。

「コロナの中で僕自身がなにを考えているかというと、リアルな価値が高まる方向にどう設計できるか、だと思っています。みんな『オフィスなんかいらない』と言いますけど、逆にオフィスの価値、オフィスにしかできない価値を提供できたら、むしろ価値は上がるんじゃないでしょうか。そういう方向で頭のなかを整理していかないといけない、と思っています」

リアルにこそ価値があるという“スタジアムのラボ化” は、メルカリと鹿島アントラーズに新たな方向性を示すだろう。メルカリが鹿島アントラーズを得た理由も、この先、もっと具体的に見えてくるだろう。そのとき加わってくるのが「パートナー」の存在だ。アントラーズでは去年から、協賛企業を「スポンサー」とは呼ばず「パートナー」と称している。

「いままでのスポンサーシップは胸に名前を出すからお金をください、という話でした。これからもそうした広告としての機能は残っていきます。ただ、それだけではなく課題解決のパートナーと考えています。レベニューシェアのような形で協同で事業をやりましょう、ということです。アントラーズとしてもリスクを負うし、リターンがあればそれをきちんと分配していただく。そういう形でクラブとしてのアップサイドも狙えるのかなと思っています。ビジネスとしてスポーツが貢献できる部分がもっともっとあるんじゃないかと思います」

昨年2月、鹿島アントラーズはNTTドコモを新たなパートナー企業として迎え入れた。その目的として、クラブチームとの連携による地域活性化、5Gを活用したスマートスタジアム化、クラブチームのデジタルトランスフォーメーション支援を目的とした協業を掲げる。すでにスタジアムには5Gが導入され、国内屈指の環境が構築されている。ただ、それはあくまでも下地でしかないだろう。大きな変化が訪れるのは、このテクノロジーを活用することで始まる。

「今後、パートナー企業さん同士のコラボレーションが出てきます。いまであればメルカリの技術もあれば、ドコモさんの技術とインフラがある。そこに違うパートナーさんが入ってきて新しい事業や実験を手がけることができるはずです。今後は、そういうビジネスをつくるところに、クラブとしてコミットしていくことが求められているんじゃないかと思いますね」



なにもメルカリはお金が余っているからアントラーズを買ったわけではない。近い未来を見通した戦略的な一手であることがよくわかるだろう。

とはいえ、一つ不思議だったことがある。鹿島アントラーズの親会社が日本製鉄からメルカリに変わったとき、アントラーズの内部ではまったくハレーションが起きず、スムーズに移行したことである。

住友金属から新日鐵住金に変わったときは、同分野の企業でありながら文化の違いが如実にあり、クラブ職員が困惑している場面に何度か出くわした。そのときと比較してもメルカリへの移行はもっと大きな変化であったはずだが、せいぜいSlackが導入されたときに「しばらくスマホを放置していて、Slackを開くときの恐怖感ったらない」という声を聞いたくらいだ。ガラリと変わったはずの経営に戸惑うといったことは聞こえてない。

メルカリがまだ鹿島アントラーズのスポンサー(当時はスポンサーと呼んでいた)だった当時、小泉は経営陣から「優秀な社員がいるはずなのにその能力が活かし切れていない。どうすれば力を引き出せるのか」とメルカリ式の組織のつくり方や社員のマネジメントの仕方を相談されていた経緯がある。実際にアントラーズの社長となり、縦割り・横割りだった組織を廃止し、プロジェクト単位で動ける組織に大改革しているのだが、そうした変化もアントラーズはすんなり受け入れている。

なぜなのか。

小泉は「鹿島アントラーズは完全にベンチャー企業だ」と言い切った。

「長年クラブを率いてきた方々と話すと、ある意味スタートアップっぽい。常識を疑いながら非常にいろんなチャレンジをされてますし、一方で伝統を守るだとかメリハリがすごくはっきりしている。そこはある意味ベンチャー企業の先輩であるという、そういう感覚さえ覚えますね」



いまでこそJリーグ屈指の名門クラブに数えられる鹿島アントラーズだが、その歴史はJリーグ発足したときの「オリジナル10」と呼ばれるクラブのなかでも異色と言える。大企業の後ろ盾を得て歩み始めたクラブが多いなか、茨城の片隅に位置するアントラーズは、当時のチェアマンである川淵三郎から「99.9999%ない」と言われたJリーグ参入をひっくり返すため、茨城県や地元の行政と一体となってサッカー専用スタジアムを完成させた。

「奇跡のようなスタジアムをつくって立ち上がってきた歴史を見ると、完全にベンチャー企業のそれですよね。ホームタウンに全部で30万人しかいない茨城の片田舎の町が、常勝チームをつくり、これだけの歴史を積み重ねてきた。過酷な環境でもサバイブできたのは、先人たちが知恵を出しあって進んできたからだと思います。そういう意味でメルカリと非常に近しい部分があるのかなと思っています」

いまや社員数が1800人を超えるようになったメルカリだが、そのマインドはいまだベンチャー企業の一つだった頃のまま。アントラーズが培ってきた精神と近い部分があってもなんら不思議ではない。

「新たな価値を生み出す世界的なマーケットプレイスを創る」というミッションを掲げるメルカリは、そのミッションを達成するために3つのバリューを大切にしている。「Go Bold(大胆にやろう)」、「All for One(全ては成功のために)」、「Be a Pro(プロフェッショナルであれ)」の3つだ。社員は、このバリューに沿って自ら考え行動する。それがメルカリの強みとなっていることは間違いない。

そして、小泉はこのメルカリが掲げる3つのバリューを、そのままアントラーズにも導入したのである。

「アントラーズには『すべては勝利のために』という強いミッションがあり、全社員がそれを信じています。その浸透率の高さは驚くほどでした。しかし、ミッションが強すぎるあまり、社員はそこに向かって全力で取り組む形になっていました。そこでマネージャー陣全員と話し合いをもって、現場が意識すべきバリューについて議論したのですが、結論としては『メルカリのバリューってアントラーズのバリューに近いよね』ということに落ち着いたんです。アントラーズもメルカリも非常に難しいミッションを掲げていますし、そのためにはチャレンジしないといけないことも非常に多い。フィールドは違いますが、もともとの企業フィロソフィーは非常に近かったのかなと思います」

こう聞くと、鹿島アントラーズとメルカリが出会うことは必然だった印象さえ受ける。スタジアムというリアルな場が生み出す価値を新たに定義し、「スタジアムのラボ化」を推し進めていくことで新たなビジネスが創造されるだろう。

とはいえ、それもすべて“勝つため”だ。

「勝ちたいですねえ。鹿島は勝ってナンボのチームなので。勝利の再現性を高めるために経営としてやれることをやりたいです。なんのためにやるかと言えば、やっぱり勝ちたいんですよ。チームの強化とビジネスをどうやってきれいにグルグル回すかだと思っているんで、やっぱり勝ちたいですね」

そのとき、小泉には敏腕経営者と熱狂的なサッカーファンという二つの顔が表れていた。

Fumiaki Koizumi
1980年生まれ。早稲田大学卒業後、2003年、大和証券SMBC(現 大和証券)に入社。投資銀行本部にて、主にインターネット企業の株式上場を担当し、ミクシィやDeNAなどのベンチャー企業のIPOを実現させる。'07年、ミクシィに入社。'08年、取締役執行役員CFOに就任し、コーポレート部門全体を統括。'13年、メルカリに入社。’17年、取締役社長兼COOに就任。'19年、鹿島アントラーズFC代表取締役社長に就任。メルカリ取締役会長も兼任する。

Text=田中 滋 Photograph=松永和章

鹿島アントラーズ社長のスマートシティ構想とは? 小泉文明のサッカービジネス論③


鹿島アントラーズ社長のスマートシティ構想とは? 小泉文明のサッカービジネス論③
Jリーグが再開。コロナ禍によるサッカーの試合が延期される期間に、すべてのチームの中で圧倒的な存在感を示したのが鹿島アントラーズだ。率いるのは前メルカリ社長(現メルカリ会長)の小泉文明。新しいアントラーズの社長が見据える、アフターコロナの時代のチームの未来、スポーツビジネスのあり方とは?

テクノロジーとエンタテインメントの相性の良さ

7月11日からJリーグは、新型コロナウイルス感染症の対応ガイドラインに沿って、スタジアムに観客を入れる興行を再開させた。ただし、その運営は「イスの中心から半径1m以上の間隔をあける」、「観客の上限は、5,000人または会場収容人数の50%で少ない方とする」など、厳しいプロトコルに基づいている。スタジアムに観客が戻ってきたことは喜ぶべき進展だが、国内の感染者数が明らかに増加しているなかでの観客動員再開に、どのクラブも神経を尖らせていた。

ただ、クラブにとって再開初戦の客足は予想外だったのではないだろうか。多くのサッカーファンが再開を待ち望んでいたため、チケットはプレミア化するかと思われたが予想以上に売り上げは伸びなかったという。エンターテインメント業界にとって、withコロナの世界で生きていくことは簡単ではなさそうだ。

それでも、人々の消費行動がモノからコトへと移る傾向は変わらないだろう。スタジアムでの感動体験をどれだけ準備できるかによって、クラブの価値は高められる。スタジアムのラボ化のひとつの成果として、鹿島アントラーズはクラブオフィシャルパートナーである株式会社LIXIL住宅研究所(アイフルホームカンパニー)と共同で、カシマサッカースタジアム内の授乳室をリニューアルした。これは5月に開催され、社長の小泉文明も参加したオンラインファンイベントのなかでもサポーターから要望があったものだ。乳幼児のいる子育て世帯のサポーターが安心してスタジアムで観戦できるよう、ホスピタリティの向上に努めた。


Licensed by Getty Images

パートナー企業と連携したスタジアムのラボ化はこれに留まらない。近い将来、テクノロジーによりスタジアム内のショップやトイレの行列に並ばなくても済むようになるという。観客はチケットも決済も顔認証され何も持たなくても良くなるし、飲食も席まで届けられたりするようになる。また、AIなどを活用しトラフィックデータをマネジメントすることで渋滞も解消されるようになるかもしれない。

近年、DeNAがプロ野球の横浜ベイスターズ、楽天がプロ野球の楽天イーグルスとJリーグのヴィッセル神戸を、そしてサイバーエージェントもJリーグの町田ゼルビアの経営に参画している。コロナの時代になっても、この流れは変わらないと小泉文明は見ていた。

「人々の消費もモノからコトへという流れのなかで、恐らく今後もテクノロジーとエンターテインメントのかけ算は、ビジネスとして大きくなっていくのではないかと思っています」

メルカリとしても、新たなビジネスをつくり出す上でアントラーズにコンテンツとして非常に魅力を感じたことは間違いない。前回も紹介したようにstand.fm、TikTokといった新たなプラットフォームで矢継ぎ早にクラブ公式チャンネルを開設させたのも、その一環だ。

ただ、在宅時間が増えるライフスタイルが一般化するのと符合するようにNetflixが業績を伸ばしている。コンテンツホルダーによるユーザーの可処分時間の奪い合いは、これまで以上に激しくなるだろう。だからこそ、ユーザーに寄り添う形を小泉は模索する。

「競合という意味では他のスポーツだけでなく、Netflixもそうだし、もしかしたらメルカリも競合相手になるかもしれません。24時間のなかで、どれだけ僕らアントラーズに振り向いてもらうかの戦いになる。だからといって、メディアやコンテンツホルダーのほうから押しつけてもユーザーにはなかなか選んでもらえません。だから、僕らはできるだけ消費者のライフスタイルに合わせた形でコンテンツを準備して、彼らに選んでもらえるような設計で考えていきたいと思います。移動中などのながら時間をstand.fmで、若者にはTikTokと配信先を増やしています」

小泉流“スマートシティ構想”

とはいえ、これは小泉が抱いている深謀遠慮の一端に過ぎない。メルカリが鹿島アントラーズのオーナーになった理由の一つである“新たなビジネスの創出”という点においては、もっと巨大な構想を頭の中に描いていた。それが、小泉流“スマートシティ構想”である。

スマートシティ(スーパーシティ)構想とは、AIやビッグデータを活用し、社会の在り方を根本から変えるような都市設計の動きが、国際的に急速に進展していることを受けて、日本でも「まるごと未来都市」を実現しよう、というプロジェクトだ。つまり、UAEのドバイやシンガポールといった先行する都市に負けない世界最先端都市をつくろうという構想である。

小泉はこれを「一世代前の考え方」と喝破する。

「未来図型のスマートシティの構想やプロジェクトに対して僕は違和感を持って見ています。大企業や政令指定都市がスーパーシティ構想を立ち上げて動いていますけど、それはそれだけの土地と資本があるから実現できる訳であって日本全国そうなることは難しいと思います。これまでの都市計画はいわゆるゼネコン主導型でした。最初に都市が設計されて、そこに人間が合わせていく。でも、これから日本全体の人口が減っていくなかで、そのやり方ではROI(Return on investment:投資した費用からどれくらいの利益・効果が得られたのかを表す指標)がまったく見合わない。日本全国の人口を都市部に集中させます、という法律でもできるなら別ですが。だから、僕は一世代前の考え方だと思います」

では、小泉流の“スマートシティ構想”とはどういったものなのか。

「本質的なスマートシティとは、人間が中心にいる街づくりです。つまり、設計された街に人間が合わせていくのではなくて、人間が先にいて街が後にある。僕からすると、テクノロジーが人間の生活が便利になるように解決していって、振り向いてみたら結果的にすごくスマート化されてました、みたいなものが本質的かつ現実的なスマートシティだと思うんです」

小泉には、人と人とをつなぐテクノロジーを扱ってきたからこその矜持がある。それはテクノロジーは人間のためにある、という考えだ。そして、 「僕は実業家なのでどの階段を上るのが一番早いかを考えるんです」と笑う。

生体認証やスマホ決済を導入し、顔認証で物販ができるようになるスタジアムのラボ化。続いてそれが街中にも導入されていくようになる。

「結局、『テクノロジーってなんなの』と言ったら、個人がどんどん自分らしく生きられて、個人がどんどん強くなっていく手助けをするものだと思います。そしてテクノロジーを使う、使わないも個人が選択していく。僕からすると、街全体に最先端のテクノロジーが導入されて、誰もが一斉にそれに従わないといけないのはちょっと違う気がしますし、住民の理解など時間がかかると思っています。個人のデメリットはちゃんと設計されつつ、徐々に街がスマート化していく方が現実的な街の進化の仕方だと思います」

超高齢化社会を迎える日本にとって、重要な働き手である子育て世代を確保することは、各地方自治体にとって非常に悩ましい問題だ。彼らが働き、報酬を得て、納税できなければ地域は成り立たない。つまり、労働以外の場面である医療や介護に、その世代のリソースを奪われていては、地域は成り立たなくなっていく。だからこそ、テクノロジーを使ってそうした課題を解決することは非常に意義がある。

鹿島アントラーズが本拠地を置くホームタウンの鹿行地域はおよそ人口28万人。アントラーズの前身である住友金属工業は鹿嶋製鉄所があることで地域の経済を支えてきた。時代は変わり、メルカリがアントラーズを保有するようになっても、地域がアントラーズを見つめる視線の熱さは変わらない。

「鹿嶋市は、ふるさと納税型のクラウドファンディングに対してもすごく理解があって、スムーズに進めることができました。市長からもIT化に対してすごく期待されています」



今世界的に見てもフットボールクラブは、その業態を変化させようとしている。商業施設と一体となったスタジアムの建設はごくごく当たり前のこととなった。また、イタリアのユベントスは伝統的なエンブレムから洗練されたロゴマークに変更。まるで高級ブランドのようなロゴは、人々のライフスタイルに浸透することを企図したものだろう。従来のフットボールクラブという枠組みを越える動きは、さらに増えていくはずだ。

世界には、レアル・マドリード、FCバルセロナ、ダラス・カウボーイズ、ニューヨーク・ヤンキースなど、資産価値が40億ドルを超えるといわれるスポーツクラブがいくつもあるが、小泉は実はそのどれも参考にしたことはないという。

「ITの業界にもう14年くらいいます。僕のビジネススタイルは、コミュニティも運営してきたなかで感じてきたことが素になっています。メルカリもmixiも熱量の高いコアなユーザーを大事にする手法で大きくしてきた自負はある。色々な構想がそうなって欲しいな、という願望込みで言っていますけど、僕の仮説がこれから合うかどうかは乞うご期待ですね」

デジタルを使ったビッグクラブ構想。スタジアムを利用したラボ化。そして、新しい形の街づくり。小泉は,スポーツやスポーツクラブが持つ新しい価値を示そうとしている。


Fumiaki Koizumi
1980年生まれ。早稲田大学卒業後、2003年、大和証券SMBC(現 大和証券)に入社。投資銀行本部にて、主にインターネット企業の株式上場を担当し、ミクシィやDeNAなどのベンチャー企業のIPOを実現させる。'07年、ミクシィに入社。'08年、取締役執行役員CFOに就任し、コーポレート部門全体を統括。'13年、メルカリに入社。’17年、取締役社長兼COOに就任。'19年、鹿島アントラーズFC代表取締役社長に就任。メルカリ取締役会長も兼任する。

Text=田中 滋 Photograph=松永和章

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