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篤人、シャルケ移籍合意

内田シャルケ移籍合意 17日以降最終交渉
 W杯南アフリカ大会の日本代表で、鹿島のDF内田篤人(22)が、ブンデスリーガで今季2位のシャルケへの移籍で基本的に合意した。関係者が13日、明らかにした。

 契約期間は2010〜11年シーズンからで3年になる。内田は鹿島との契約が13年6月まで残っているため、移籍金が発生する。鹿島の鈴木満強化部長は17日以降にシャルケと最終交渉するとして「(決定まで)そんなに時間のかかる話ではない」と話した。

 静岡・清水東高出身の内田は06年に鹿島に加入し、1年目からレギュラーを獲得した右サイドバック。岡田武史監督の日本代表で08年1月にデビューし、国際Aマッチは通算31試合出場で1得点をマークした。

 [2010年5月13日11時48分]

鹿島内田に名門シャルケから獲得オファー

後半、懸命に左足でパスをカットする鹿島DF内田(撮影・野上伸悟)

 鹿島のW杯代表DF内田篤人(22)に、ドイツ・ブンデスリーガの名門シャルケから獲得の正式オファーが届いたことが12日、分かった。今季リーグ2位の同チームは、来季の欧州チャンピオンズリーグ(CL)にも出場する強豪。内田も09年12月に渡欧し、試合を観戦していた。マガト監督はボルフスブルク時代に日本代表MF長谷部を指導した経験もあり、日本人への理解も深い。鹿島側は16日のリーグ名古屋戦終了後にも交渉の席に着く構えで、移籍が決まれば、W杯後に日本人サイドバックとして初めて欧州4大リーグに挑戦することになる。

 W杯に臨む岡田ジャパンの若き右サイドバックに、ドイツの名門シャルケから正式オファーが届いた。鹿島関係者はこの日までに「16日の名古屋戦までは試合に集中したいので、名古屋戦後にリーグ中断期間に入ってから、交渉をしたいと思う」と慎重に話した。交渉が成立すれば、W杯後に欧州デビューすることになる。

 内田は06年に鹿島入団後、年々海外志向が強くなり、09年12月にはオフの旅行で渡欧し、シャルケ−マインツ戦を観戦。「スタジアムの雰囲気が本当にすごかった」と本場の空気を体感した。シャルケのマガト監督は、ボルフスブルク監督時代に長谷部、大久保の日本代表2人を指導し、日本人のメンタリティーを把握。ボルフスブルク監督に就任した07年夏にトゥーロン国際で内田のプレーを直接視察した際に高評価しており、海外初進出の内田にとって理想の指揮官といえる。

 現在、攻守に高い能力を持ち、時には試合の流れをコントロールする資質も必要とされるサイドバックは、欧州トップリーグでは重要なポジションとされる。その状況下で、日本人サイドバックの内田に白羽の矢が立ったことは、シャルケ側の高い評価の裏返しといえる。

 内田は鹿島でリーグ3連覇に貢献。日本代表の不動の右サイドバックに成長した。昨季からプレー中に嘔吐(おうと)の症状が見られ、右ひざ半月板を痛めるなど苦しい状態の中で試合に出続けているが、自慢のスピードは欧州でも通用するはず。かねて鹿島関係者も「結果を出してきて、W杯に出ることになれば、国内でやり残したことがなくなる。その中で海外という話が来れば、じっくり話し合ってあげたいと思う」と話している。鹿島にとって貴重な戦力ではあるが、移籍については考慮するスタンスだ。

 シャルケ側からは完全移籍で複数年契約を打診されているもよう。内田は08年末に鹿島と結んだ4年半の複数年契約が約3年残っており、交渉の席では違約金などの額や条件面などの細部が話し合われる見込みだ。移籍が実現すれば、本職の日本人サイドバックが、欧州主要トップリーグに初挑戦を果たす。シャルケは今季リーグ2位で来季の欧州CL出場権を獲得しており、欧州の頂点を競う舞台に立つ可能性もある。10日の代表発表から一夜明けた11日には「今は鹿島での試合のことしか考えていない」と話していた内田。目の前の勝利に貢献した先には、W杯、そして新たな戦いの場が見えてくる。

 [2010年5月13日9時30分 紙面から]

鹿島・内田、独1部シャルケに移籍合意!
2010.5.13 09:21

ドイツ1部リーグ、シャルケ04に移籍が決まった鹿島の内田篤人

 サッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会の日本代表で、Jリーグ1部(J1)鹿島のDF内田篤人(22)が、ドイツ1部リーグで今季2位のシャルケへの移籍で基本的に合意した。関係者が13日、明らかにした。

 契約条件の細部を今後詰めるが、期間は2010〜11年シーズンからで3年になる。内田は鹿島との契約が13年6月まで残っているため、移籍金が発生する。

 静岡・清水東高出身の内田は06年に鹿島に加入し、1年目からレギュラーを獲得した右サイドバック。岡田武史監督の日本代表で08年1月にデビューし、国際Aマッチは通算31試合出場で1得点をマークした。

 初めて挑むW杯を目前にして、内田の夢が実現する。危機感が海外へと後押ししたのだろう。欧州でレベルの高いリーグの一つに所属する強豪への移籍が確実になった。

 2007年のU−20(20歳以下)W杯や08年の北京五輪に出場して実感したのは、年齢を重ねるごとに広がる世界との差という。北京五輪で対戦したナイジェリアを引き合いに出した。「体が強いとかジャンプ力がすごいとか言われるけど、あいつらサッカーがうまい。日本もとどまっているわけじゃないけど、伸びは違う気がする」と話したことがあった。

 その差を埋めるためには「そういう場でやるしかない、若いうちに」とも言った。契約を約3年残す鹿島も、その挑戦を容認した。岡田ジャパンでも主力になるサイドバックが、W杯後はドイツに戦いの場を移す。


内田 シャルケ移籍に基本合意

シャルケへの移籍で基本的に合意した内田
Photo By スポニチ


 ワールドカップ南アフリカ大会の日本代表で、J1鹿島のDF内田篤人(22)が、ドイツ1部リーグのシャルケへの移籍で基本的に合意した。関係者が13日、明らかにした。

 契約期間は2010〜11年シーズンからで3年になる。内田は鹿島との契約が13年6月まで残っているため、移籍金が発生する。鹿島の鈴木満強化部長は17日以降にシャルケと最終交渉するとして「(決定まで)そんなに時間のかかる話ではない」と話した。

 静岡・清水東高出身の内田は06年に鹿島に加入し、1年目からレギュラーを獲得した右サイドバック。岡田武史監督の日本代表で08年1月にデビューし、国際Aマッチは通算31試合出場で1得点をマークした。

[ 2010年05月13日 09:18 ]

鹿島・内田がシャルケと3年契約…カズ、ヒデ超え日本人1年目最高年俸2億1500万円

シャルケ04移籍に合意した鹿島・内田。ACL浦項戦でゴール前に攻め上がる

 日本代表DF内田篤人(22)=鹿島=がドイツ1部のブンデスリーガ・シャルケ04に完全移籍することが12日、確実になった。4月に正式オファーを受け、クラブ間交渉を進めていたが、この日までに条件面で大筋合意に至った。内田は年俸180万ユーロ(2億1500万円)、7月1日からの3年契約の提示を受けており、欧州主要6リーグの1年目としてはFW三浦知良(V川崎→ジェノア)、MF中田英寿(平塚→ペルージャ)を上回る歴代日本人最高年俸となる。(金額は推定)

 DF内田がシャルケ04に完全移籍する。4月にシャルケが獲得オファーを出し、クラブ間交渉を開始。この日までにシャルケが、鹿島に移籍金(違約金)1億5000万円を支払うことで大筋合意に達した。合意書へのサインや契約の細部を詰める作業は残されているが、早ければ今月末にも両クラブから発表される。

 驚くべきは契約内容にある。内田は推定年俸2億1500万円、3年契約の提示を受けている。これまでJリーグから欧州主要1部リーグへ移籍した日本人で、1年目の最高年俸はFW三浦知良の1億円。その倍以上で、現在の年俸4000万円から5倍増となるだけに、欧州や南米の選手と同等の評価を得た格好だ。

 通例ではブラジルなどサッカー先進国の選手獲得を優先させるため、日本人は後回し。しかも、移籍金を減額されるケースが大半で、最終的にはJクラブが減額をのむ歴史を歩んできた。だが、今回は8月の欧州リーグ開幕から3か月前、しかも満額の移籍金を支払う形で移籍が成立する。W杯で評価を上げ、移籍するケースは多いが、W杯前に厚遇で移籍するケースは異例だ。

 フェリックス・マガト監督は「獲得したいと思ったのは、DFの右サイドバックでありながら、ボールを持った時、一番にFW、ゴールを見る。それをできるサイドバックはなかなかいない」と説明しているという。今夏に放出する見込みのブラジル人DFラフィーニャの後釜として、主力の右サイドバックとして迎え入れる考えだ。

 内田は2008年12月、鹿島と12年までの4年半年契約を締結すると同時に、海外移籍を視野に入れ、秋山祐輔氏と代理人契約を結んだ。鹿島側も長期契約を受ける代わりに、09年冬までは移籍決定権がクラブにあったが、この夏からは定められた移籍金を支払えば、移籍できる契約にした。

 昨年12月には、同氏の勧めを受け、シャルケの招待でドイツへ渡り、試合、視察見学を行った。「ご飯がおいしい日本が一番」という考えは徐々に、海外挑戦へと傾いていった。鹿島ではプロ1年目から右サイドバックの主力に定着し、07年から史上初のリーグ3連覇に貢献。また、08年1月には日本代表に初選出され、不動の右サイドバックとして南アフリカW杯に出場する。サッカー選手として、さらなる成長を遂げるための海外挑戦。W杯を前にシャルケ・内田が誕生する。

 ◆内田 篤人(うちだ・あつと)1988年3月27日、静岡県函南町生まれ。22歳。清水東高2年冬にMFから右サイドバックに転向し、スピードと豊富な運動量を武器に頭角を現す。2006年に鹿島入り。クラブ史上初の高卒1年目で、開幕スタメンに抜てきされた。U―20日本代表、08年北京五輪代表を経て、岡田ジャパンでは主力に定着。Jリーグ通算124試合3得点。国際Aマッチ31試合2得点。176センチ、62キロ。血液型O。

 ◆シャルケ04 1904年創立。ルール工業地帯の中心地ゲルゼンキルヘン、シャルケ地区をホームタウンとする。本拠ヴェルティンス・アレナは6万1481人収容。リーグ優勝7回、ドイツ杯4回、リーグ杯1回優勝。UEFA杯1回優勝。近年はリーグ上位に定着。今季は19勝8分け7敗で2位。同じ州を本拠にし、香川(C大阪)を獲得したドルトムントとの“ルール・ダービー”は欧州を代表する熱いダービーマッチの一つ。

[2010/5/13-11:26 スポーツ報知]

鹿島・内田、独シャルケ移籍へ
 サッカー・南アフリカワールドカップ(W杯)日本代表に選出された鹿島の内田篤人(22)が今秋、新シーズンが始まるドイツ1部リーグの強豪、シャルケへ移籍することが12日、分かった。
 鹿島はシャルケから獲得申し入れの正式オファーが届いたことを認め、条件面でも両クラブ間で大筋合意。3年契約で年棒約2億1500万円、移籍金は約1億5千万円(金額はいずれも推定)とみられる。シャルケは今季リーグ2位。2009年から指揮を執るマガト監督が内田獲得を熱望していたという。
 内田は06年、静岡県清水東高から鹿島へ加入、1年目から右サイドバックのレギュラーを獲得した。07年に20歳以下のW杯、08年に北京五輪に出場。岡田武史監督就任後、19歳で日本代表の主力に定着した。国際Aマッチは31試合に出場(1得点)している。
 鹿島では過去、鈴木隆行、柳沢敦、中田浩二、小笠原満男が海外に移籍、内田は5人目となる。


予てから噂のあった篤人の独移籍が合意に至ったとのこと。
我等としては少々寂しいが、サッカー選手たるもの、より上のステージに戦いの場を移すことは仕様のないことと言えよう。
シャルケはマガト監督の手腕でリーグ二位となり、来季はCLに出場する強豪クラブである。
この移籍は篤人にとって良いものとなろう。
ここは気持ちを抑え、快く送り出したい。
ただ一つ心残りは、篤人共にアジアを征せ無かったことである。
来年のチャレンジは當間に白羽の矢を立てようと思う。
このU-21代表に鹿島の右サイドを担ってもらわねばならぬのだ。
2011年のCWCには篤人と対戦出来るよう、お互いに切磋琢磨していきたい。

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