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本田泰人選手 引退のお知らせ
鹿島アントラーズ 本田泰人選手は2006シーズンをもって現役を引退することになりましたのでお知らせいたします。

■ 本田泰人選手プロフィール:
・生年月日 : 1969年6月25日(福岡県出身)
・身長/体重 : 166cm / 63kg
・経 歴 : 帝京高校−本田技研−鹿島アントラーズ
・代表歴 : 日本代表(31試合、1得点)
■ 出場記録:
チーム リーグ戦 カップ戦 天皇杯
1992 鹿島 - 10 (0) 3 (0)
1993 鹿島 35 (0) 6 (0) 5 (0)
1994 鹿島 43 (0) 1 (0) 1 (0)
1995 鹿島 49 (3) - 4 (0)
1996 鹿島 29 (0) 13 (0) 3 (0)
1997 鹿島 21 (0) 2 (0) 5 (0)
1998 鹿島 21 (0) 5 (0) 4 (1)
1999 鹿島 17 (0) 4 (0) 0 (0)
2000 鹿島 29 (0) 5 (0) 5 (0)
2001 鹿島 24 (0) 6 (0) 1 (0)
2002 鹿島 22 (0) 9 (1) 4 (0)
2003 鹿島 19 (0) 5 (0) 4 (0)
2004 鹿島 7 (0) 5 (0) 0 (0)
2005 鹿島 4 (1) 1 (0) 1 (0)
2006 鹿島 8 (0) 3 (1) 1 (0)
計 328 (4) 75 (2) 41 (1)
※( )内は得点数
■ 大東和美社長コメント
Jリーグ開幕当初からチームを引っ張り多大な貢献をしてくれた本田選手が引退することになりました。
15年間にわたりアントラーズを支えてきてくれたことに対し感謝の気持ちでいっぱいです。

■ 本田泰人選手コメント

約1ヶ月の間いろいろと考えてきましたが、他チームのユニフォームを着てプレーする姿がイメージできませんでした。体もまだ動くし、やれる自信はあったので自分ではなかなか決断する事ができませんでした。
アントラーズで終わることが自分にとってベストな選択であると思い続けてきたので、数日前に家族と話し合って引退を決意しました。
今まで応援いただいたサポーターの皆さんには言い尽くせないくらい感謝しています。本当にありがとうございました。


“鹿島の鉄人”本田が引退「他のユニホーム姿は想像できない」

9日の本拠地今季最終戦でファンから花束を渡された本田。心の整理はついた
 J1鹿島の元日本代表MF本田泰人(37)が今季限りで現役を引退することが21日、分かった。6日に鹿島と来季の契約を更新しないことが決まり、他クラブへの移籍との二者択一で悩んでいたが、この日の鹿嶋市内での練習後にクラブ側に引退の意志を伝えた。
 ミスター・アントラーズ−。自他ともに認める“称号”を外すときがきた。本田がチーム練習後に、現役引退の意志をクラブ側に伝えた。
 「退くことに決めた。アントラーズ以外のユニホームを着ている姿が想像できないしね。家族を不安にさせるわけにもいかないから決断した」
 Jリーグが開幕した93年から、同一クラブでプレーを続けてきた唯一の現役選手。だが、先月16日にクラブ側から引退勧告を受けた。鹿島残留の可能性、他クラブへの移籍を視野に入れ、1カ月以上も悩み抜いた末の結論だった。
 日本リーグの本田技研時代を含め、実に19年間の現役生活。日本代表では通算31試合1得点をマークした。Jリーグでは95年7月12日の磐田戦で史上最速の100試合出場を達成するなど、通算出場試合は歴代11位の通算328試合出場。95年途中からチーム主将を務め、持ち前のリーダーシップで常勝軍団を築き上げた。ここ数年は出場機会が減っていたが、常に練習から手を抜かずにチームを引っ張ってきた。その姿勢に後輩選手はもちろん、チームの基礎をつくったジーコ前日本代表監督からも厚い信頼を得ていたほどだ。
 天皇杯までプレーを続け、引退後は鹿島が何らかのポストを用意するという。一方、解説者としても活動する。「スーパーバイザーみたいな形でもいいから、鹿島のために恩返しをしたい。その前に10冠で締めくくりたいね」。天皇杯に優勝すればJリーグ初の10冠を達成する。前人未到の大記録へ完全燃焼し、新たな人生に突き進む。


鹿島のユニホームを着た本田の雄姿は、来季はもう見られない
■本田 泰人(ほんだ・やすと)
 1969(昭和44)年6月25日、北九州市生まれ、37歳。帝京高から本田技研(現ホンダFC)を経て92年に鹿島入団。93年5月16日の名古屋戦でJリーグデビュー、同年Jリーグベストイレブン。代表デビューは95年10月24日のサウジアラビア戦。J通算328試合4得点、代表通算31試合1得点。1メートル66、64キロ。

鹿島アントラーズでスパイクを脱がせられることに我等は誇りに思う。
緑虫から移籍する際ビスマルクにこれで本田のマークから逃れられると言わせしめた、守備の人本田泰人。
残り3戦を彼のための勝利で締めようではないか。
最後に託すユニは、興梠に捧げたい。
心は最終節ジュビロ戦で伝えあっている。
拳をぶつけた絆は太く永遠なるものである。

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鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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