Honda FC戦コメント

天皇杯 JFA 第98回全日本サッカー選手権大会 2回戦


鹿島アントラーズ:大岩 剛
先に点を決められてからエンジンがかかるのは課題であり、その課題を克服しなくてはいけないという反省点がある。しかし、そのあとの攻守にわたるアグレッシブさは評価していい。90分通して選手はやってくれたと思う。

Q. JFLでも結果を残している相手だったが、印象は?

A. 何試合か見て、レベルの高い選手たちだと感じていた。出身高校、出身大学を見て分析したなかで、非常に有望な選手たちがいた。井幡監督のもとソリッドで攻守にまとまったチームだと分析していた。その通り前半からアグレッシブにきた。雨によるピッチコンディション、初戦ということを差し引いても、苦労させられたと感じている。非常にレベルの高いチームだったと思う。

Q. 曽ケ端選手の天皇杯出場数が60試合となり最多出場となったが。

A. 曽ケ端に関しては、私が言うまでもない。彼の人間性も含めて、プレーヤーとしての存在感、パーソナリティーがここまで続けてこられたことの証明になったと思う。

Q. 日本代表でセンターバック2選手がいないなか、出場した選手の評価は?

A. 特に町田は大きなケガを乗り越えて、公式戦の復帰初戦だった。最初はふわふわした感じを受けたが、徐々にゲームに入っていった。今後、彼が成長していくと思うが、そのリスタートの一試合になってくれればと考えている。非常に評価している。



【鈴木 優磨】
勝てて良かった。個人的にはもう一点を狙っていたので、悔しい。この思いを次にぶつけたいと思う。雨にも関わらず、たくさんの方に来てもらった中で勝てて良かった。

【西 大伍】
2アシストはしたけど、もう一本、裕葵のシーンがあった。全然、まだまだ。もっと高いレベルのプレーを見せていけるようにしたい。

【曽ケ端 準】
(記録更新は)恐縮です。自分が釜本さんのような選手の記録を抜いたというのは嬉しいこと。強いチームにいなければ、この記録はなかったと思う。アントラーズにいられる幸せを感じている。

【犬飼 智也】
自分たちで最初からしっかりと戦えたと思う。いい準備ができていたと思う。先制されたのはもちろん嫌だったけど、時間は残されていたし、問題なく顔を上げてプレーできた。

【安西 幸輝】
PKで先に取られた後、相手が引いてくるかと思ったけど、そういうわけではなかった。引かれる方が嫌だったと思う。オウンゴールの場面は、GKとDFの間という意識でボールを入れた。コンディションは上がってきているし、あとはプレー精度の問題だと思う。勝たなかったら意味がなかった。勝ててよかった。

【町田 浩樹】
(PKの場面は)もっと対処の仕方があったように思う。後半は落ち着いてプレーできたけど、前半は少し引きずってしまった。試合に出場して課題が出たことをポジティブに捉えている。とりあえず、スタートラインに立てたと思う。今日の試合で出た課題にしっかりと取り組んで、次に活かしていきたい。

Honda FC戦


本日行われた天皇杯2回戦 Honda FC戦は6-1で勝利しました。

天皇杯 2回戦
2018年6月6日(水)19:00KO カシマ

[ 大岩 剛監督 ]
初戦の難しさと言いますか、先に失点してエンジンがかかるという課題、エンジンがかかるのが遅いという課題は、まだまだ今後も課題としてしっかり克服していかなければならない、という反省点があります。ただ、そのあとのリアクションというか、攻守においてのアグレッシブさは評価していいんじゃないかと思います。選手は90分間を通してよくやってくれたと思います。

--JFLでも結果を残しているHonda FCの印象はどのように見られていましたか?
何試合か試合を見て、非常にレベルの高い選手たち、出身高校、出身大学というところから分析しても、非常に有望な選手たちがいて、井幡(博康)監督の下で何年かやっている。非常にソリッドで、守備において非常にまとまったチームであると分析していました。そのとおりに前半からアグレッシブに来られて、ピッチコンディションと初戦であるということを差し引いても、非常に苦労させられたなというのが印象です。非常にレベルが高いチームだなと感じました。

--今日、曽ヶ端 準選手が天皇杯で60試合出場したことと、日本代表の二人の代わりに出場したCBについてコメントをお願いします。
曽ヶ端についてですけども、これは僕が言うまでもありません。彼の人間性も含めて、プレーヤーとしての存在感というか、彼のパーソナリティーがここまで数字も含めて彼が続けられている証明になったんじゃないかと思います。

CBの二人についてですが、特に町田(浩樹)は大ケガをしたあとに戻ってきた初の公式戦だと思うんですけど、最初はフワフワした感じを受けたんですが、徐々にゲームに入っていきました。今後、彼が成長していくであろうと思うんですけど、そのリスタートの1試合になってくれればいいかなと思います。非常に評価しています。

天皇杯 2回戦
2018年6月6日(水)19:00KO カシマ

[ 犬飼 智也 ]
最初から戦えた。良い準備ができていた。失点はイヤでしたけど、まだ時間はあったし、「普通にやろう」とみんな声が出ていた。問題なく顔を上げてできたと思います。自分は声を出してプレーしようと思っていました。ボールを持つシーンが多かったのでリスクマネジメントは意識していたし、徹底できていたと思います。自信になるゲームがだったと思います。

[ 町田 浩樹 ]
ボールには先に触ったと思うんですけど、そう見られたならもっと対処の仕方があったと思う。前半もそのあとちょっと引きずってしまったので、早く切り替えないといけなかった。後半は落ち着いてできたんですけど。前半はイージーなところで1本取られた場面もあったし、落ち着いてやるつもりだったんですけど、相手の勢いにやられた感じだった。

でも、後半途中からは落ち着いてできた。それは試合をやらないと分からないことなので、試合に出て課題が出たことはポジティブに捉えています。久々にホームでやれるのは楽しかったですし、もっと気持ちよく勝ちたかったですけど、次に出たときにもっと気持ちよく勝てるように練習します。

先制許すも攻撃陣爆発。鹿島が“JFLの雄”の挑戦を退ける
小雨が降りしきる中、県立カシマサッカースタジアムで鹿島とHonda FCの試合が行われた。どちらも[4-4-2]の布陣でスタートしたこともあり、中盤から激しく両チームの選手がぶつかり合う。JFLのリーグ戦を戦っているHonda FCとは違い、明治安田J1が中断期間に入っているため、鹿島は2週間ぶりの公式戦。入り方が難しい中での試合だったため、「先制点が大事」という声が鹿島の選手から多数聞かれていたとおり、積極的に試合に入って行った。

しかし、大ケガを負い約1年ぶりの公式戦出場となった町田 浩樹が相手のアバウトなクロスボールを胸トラップで処理した際に、少しトラップが大きくなってしまう。そこに詰めてきた栗本 広輝を倒してしまい、山本 雄大主審はPKを与える。これを栗本が落ち着いて決めて、15分にHonda FCが先制点を挙げた。

与えたくない先制点を与えてしまった鹿島だったが、すぐに同点に追いつく。うまい位置取りでパスを引き出していた土居 聖真が右サイドでパスを引き出し、ゴール前に走り込む鈴木 優磨にクロスを送ると、これを鈴木がヒールで落とす。そこに走り込んだ安部 裕葵が左足を一閃すると、鋭いシュートが相手ゴールに突き刺さる。ゴールが決まったのは20分だった。

鹿島の勢いはさらに強くなる。それまではサイドの深い位置まで攻め込み、相手を押し込んでからの攻撃が多かったが、より早いタイミングでのクロスをゴール前に蹴り込むと、これにHonda FCの守備陣が対応し切れない。

42分、44分と連続して西 大伍のクロスに鈴木が素晴らしい打点の高さを示すヘディングシュートを叩き込み、前半の終盤で一気に点差を広げることに成功した。

後半に入っても勢いは止まらない。50分、三度、西がクロスを上げると、ゴール前にフリーで走り込んだ安部が渾身のヘディングシュートを放つが、足元に飛んできたシュートをGK楠本 祐規がすばやく反応してはじき返す。しかし、土居が再びヘディングシュートを放ち、楠本も必死にかき出したが、すでにゴールラインを越えており、鹿島に4点目が入った。

Honda FCも富田 湧也と佐々木 俊輝の位置を前後半で変えるなど、選手交代も含めて攻撃に刺激を入れようとするが、鹿島の守備が堅い。シュートを放っても曽ヶ端 準が的確な対応を見せてゴールをしっかり守る。

すると68分、左サイドでスピードアップした鈴木から、その背後を回ってオーバーラップした安西 幸輝が鋭いクロスを送ると、DFのオウンゴールを誘い5点目が決まった。

さらにアディショナルタイムにも土居が6点目を決める。先制点を奪われた鹿島だったが、“JFLの雄”Honda FCから6-1の大勝を収め、3回戦進出を決めた。

2得点、2アシストと大活躍した鈴木は「個人としてはもう1点狙っていたので残念です。次の試合にぶつけたい」と抱負を述べていた。

[ 文:田中 滋 ]

鹿島曽ケ端が釜本氏超え、天皇杯単独最多60戦出場
[2018年6月6日22時27分]


鹿島GK曽ケ端

<天皇杯:鹿島6-1ホンダFC>◇2回戦◇6日◇カシマ

 大番狂わせは起こさせなかった。そこには、偉業を果たしたベテラン守護神の存在感があった。

 J1鹿島アントラーズは、前半15分にJFLで首位を走るホンダFC(静岡)に先制を許した。昌子源と植田直通の日本代表CB2人を欠く布陣で、代役のDF町田浩樹が微妙な判定ながらPKを与えてしまった。リーグ戦と同様に、失点から始まる悪い展開。浮足立ってもおかしくなかった。引き締めたのは、守護神のGK曽ケ端準だった。38歳のベテランは、枠内に跳ぶホンダFCのシュートを確実に止めた。

 「(先制点を)取られないに越したことはないですが、そういう状況は十分にありえることだった。その後、落ち着いてできたと思います。(PKは)微妙な判定だったけど、そういうことはお互いに付きもの。そこから持ち直したのが良かった」。

 町田と犬飼智也のCB2人を落ち着かせ、的確な指示を放つ。すると、前半20分に右サイドの低いクロスをFW鈴木優磨がヒールで落としたところを、FW安部裕葵が左足で鮮やかな同点ゴールを奪い、全体が落ち着いた。前半終了間際の42、44分にはいずれもDF西大伍のクロスを、立て続けに鈴木がヘディングシュートを決めて突き放した。もう、大丈夫だった。

 00年の3回戦、鳥栖戦(2-1)で初出場を果たしてから、この日が60試合目だった。早大で13試合、ヤンマー(現C大阪)で46試合に出場した元日本代表FW釜本邦茂氏を抜いて単独最多出場になった。「恐縮です。それしかないですね。僕なんかが、そういう(偉大な)選手を抜けるのは、僕自身もうれしいです」。

 98年に下部組織からトップに昇格して以来、4度ある天皇杯優勝のうちの3度を、自らもピッチに立って味わった。通算60試合出場は長年、勝ち抜いてきた証しでもある。「強いチームでないと、この数字は無理ですし、このチームにいられる幸せがあります」。

 ちなみに、同期のMF小笠原満男(39)もこの日、フル出場で58試合目の出場を果たした。いまだ、主力を張るベテラン2人の存在は、鹿島に確かな落ち着きを与えていた。

鹿島 貫禄6発 GK曽ケ端、釜本超え天皇杯最多60試合出場
天皇杯2回戦 鹿島6-1ホンダFC ( 2018年6月6日 カシマ )


天皇杯60試合出場を達成した鹿島・GK曽ケ端(左
Photo By 共同


 開始15分にPKで先制された鹿島は前後半とも3点ずつ決め、貫禄を示した。終わってみれば6―1の大勝に大岩監督は「エンジンがかかるのは遅かったが、その後のアグレッシブさは評価していい」と頬を緩めた。ベテランGK曽ケ端は天皇杯の出場試合数を60に伸ばし、早大、ヤンマー(現C大阪)で59試合に出場した釜本邦茂を超え、単独最多となった。「これからも勝利に貢献したい。チームが勝つと記録も伸びる」と声を弾ませた。
[ 2018年6月7日 05:30 ]

【鹿島】GK曽ケ端が釜本氏を抜く歴代単独トップの天皇杯60試合出場 ホンダFCに快勝
2018年6月6日20時58分 スポーツ報知


曽ケ端準

  ◆天皇杯2回戦 鹿島6―1ホンダFC(6日・カシマ)

 フル出場した鹿島GK曽ケ端準が天皇杯通算60試合出場とし、釜本邦茂氏の記録(59試合)を抜いて歴代最多となった。

 前半15分に不運な形で与えたPKから失点を許したものの、その後は安定感あるセービングで勝利に貢献した。攻撃陣もFW鈴木優磨が2得点2アシストをマークするなど6得点で静岡県代表のホンダFCを圧倒した。


「ボールには先に触ったと思うんですけど、そう見られたならもっと対処の仕方があったと思う」と語る町田である。
“微妙な判定”とニッカンも報じるこのジャッジは、この試合のレフェリングを物語っておる。
ボールに先に触り、クリアした後のプレイにてファールを取られてはサッカーにならぬ。
他のシーンでも優磨が倒されても笛が鳴らず、相手の決定にファールにカードが出ない、など、偏ったジャッジがかなり見られた。
サッカー協会としては、“ジャイアント・キリング”にて話題を呼びたいのかもしれぬが、毎年のように起こっては、民衆の興味も薄れるもの。
更に、それが演出されたものであれば尚更である。
かなりの憤りを感じさせる。
また、この試合にて曽ケ端が天皇杯出場を60試合とし、日本記録を更新した。
まさに偉大なる記録である。
「強いチームにいなければ、この記録はなかったと思う。アントラーズにいられる幸せを感じている」という言葉に、鹿島一筋にてプレイしてきた喜びが伝わる。
鹿島だからこそ達成できた。
我らも幸せである。

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豊川雄太、オイペンと契約延長

Yuta Toyokawa verlängert seinen Vertrag mit der KAS Eupen

Yuta Toyokawa verlängert seinen Vertrag mit der KAS Eupen

Der japanischen Angriffsspieler Yuta Toyokawa hat seinen Vertrag mit der KAS Eupen vorzeitig verlängert. Yuta Toyokawa und die KAS Eupen haben sich über eine Fortsetzung ihrer Zusammenarbeit bis zum 30. Juni 2020 geeinigt. Ursprünglich lief der Vertrag von Yuta Toyokawa bei der KAS Eupen bis zum 30. Juni 2019. Damit konnte die KAS Eupen ihren schnellen und torgefährlichen Stürmer für die nächsten beiden Jahre an den Verein binden.

Der 23-jährige Yuta Toyokawa war in der Wintertransferperiode vom japanischen Club Kashima Antlers zur KAS Eupen gekommen und hatte sich in Eupen auf Anhieb bestens integriert. Mit drei Treffern und einem Assist beim Liga-Finale gegen Mouscron hatte der Japaner das Kehrweg-Stadion begeistert und entscheidenden Anteil am Klassenerhalt der KAS Eupen in der Jupiler Pro League. In den Play Offs legte er noch einmal nach und erzielte vier weitere Tore.

Die Fans der KAS Eupen werden sich mit Sicherheit über die Vertragsverlängerung mit Yuta Toyokawa freuen. Sie haben den flinken und einsatzstarken Japaner auf Anhieb in ihr Herz geschlossen und ihn bei der Abstimmung über den beliebtesten Spieler der Saison in die Top Drei gewählt.

„Die Vertragsverlängerung mit Yuta Toyokawa ist der Beweis für die bislang gute Zusammenarbeit und die gegenseitige Wertschätzung zwischen Yuta Toyokawa und der KAS Eupen“ erklärte KAS-Generaldirektor Christoph Henkel im Anschluss an die Gespräche mit Yuta Toyokawa. „Einen Stürmer wie Yuta Toyokawa kann jeder Verein brauchen, wir sind froh, dass er nunmehr zwei weitere Jahre für die KAS Eupen spielen wird.“


オイペンと契約更新をした豊川雄太である。
2020年6月30日まで延長したとのこと。
これは朗報。
まさに実力にて勝ち得た契約である。
ベルギーの地にて更に躍動するのだ。
ゴールの報を待っておる。

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レアンドロ、日本でのプレイを明言

Leandro relembra passagens por Grêmio e Palmeiras e irá à Arena
Hoje no Kashima Antlers, do Japão, atacante está em Porto Alegre para tratar uma lesão no joelho. Ele fala ao LANCE! sobre o passado e o presente de seus ex-clubes

Fellipe Lucena 06/06/2018 08:35 São Paulo (SP)

O atacante Leandro, hoje no Kashima Antlers (JAP), estará com o coração dividido na noite desta quarta-feira. Ele irá à Arena do Grêmio para assistir ao confronto entre dois de seus ex-clubes, o Grêmio e o Palmeiras, às 21h45, e diz ter dificuldades para definir por qual deles tem mais carinho.

- O carinho pelos dois é grande, difícil dizer por qual tenho mais. O Grêmio é o clube que me revelou, onde tive a oportunidade de iniciar como profissional e trabalhar com o Renato. No Palmeiras, depois, vivi um grande momento, sendo artilheiro do time na temporada (2013) e com título (Série B) - disse o atleta de 25 anos, ao LANCE!.

Leandro tem acompanhado o Grêmio mais de perto nos últimos dias. Ele veio ao Brasil para fazer uma cirurgia no joelho, se recupera em Porto Alegre e tem aproveitado o camarote de seu empresário, Gilmar Veloz, para ver os jogos na Arena. No mês passado, ele esteve na vitória tricolor sobre o Cerro Porteño, por 5 a 0, e apareceu em uma imagem que rodou o Brasil: à sua frente no camarote estava Tite, técnico da Seleção Brasileira.

- Tenho ido a alguns jogos neste período aqui em Porto Alegre e estarei lá novamente nessa quarta. Foi coincidência (o encontro com Tite). Estava no camarote do meu empresário com alguns amigos e o Tite também estava lá. A gente chegou a conversar, mas coisa rápida. É um grande treinador, com certeza um dos melhores do mundo, e que, se Deus quiser, vai trazer o título da Copa do Mundo para nós.

Cria da base, Leandro jogou no Grêmio de 2011 até o início de 2013, quando foi um dos quatro jogadores cedidos ao Palmeiras em troca de Hernán Barcos. No primeiro ano de Palestra Itália, ainda emprestado, ele marcou 19 vezes, foi o artilheiro da equipe e chegou a mandar um recado de agradecimento a Renato Portaluppi por ensiná-lo a fazer gols.

O bom desempenho que fez o Palmeiras comprá-lo por R$ 8 milhões não se repetiu mais. Leandro foi emprestado a Santos, Coritiba e Kashima Antlers, que o comprou no fim do ano passado. Ele cita a lesão que sofreu no pé em 2014 como a pior parte da passagem pelo Alviverde.

- O melhor momento foi o título da Série B, quando conseguimos colocar o clube no lugar de onde nunca deveria ter saído. E fico triste pela lesão no pé que tive, que me atrapalhou muito e não consegui depois repetir o mesmo futebol de antes - disse ele, que era palmeirense na infância em Brasília.

O atacante também falou sobre as boas e más lembranças da época no Tricolor.

- No Grêmio acho que fico com a minha estreia, quando pude fazer gol com apenas 17 anos, em 2011. Outro momento marcante foi estar na abertura da Arena, no fim de 2012, pouco antes de ir para o Palmeiras. E a parte triste foi ter perdido a decisão do Gauchão de 2011 para o Inter. Fiz gol, mas não levamos.

E quem vai mais longe no Brasileiro e na Libertadores? Grêmio ou Palmeiras?

- Acho que o Grêmio tem mais chances. Hoje tem um time mais consolidado e mais pronto para brigar pelas duas competições. Mas fico na torcida para que cada um leve um título este ano (risos). Assim fica bom para os dois lados. O Palmeiras também montou um elenco muito forte, mas que ainda está se acertando. Mas tem tudo para brigar por conquistas- disse Leandro, já se preparando para voltar a jogar na Ásia após a Copa.

- Este ano acabei tendo um problema no joelho, e até por isso vim antes para Porto Alegre. Fiz só duas partidas. Mas tudo está caminhando bem para o segundo semestre. Ano passado tive um grande ano, consegui gols, assistências, mas infelizmente perdemos o título na última rodada. Mas são coisas que acontecem e servem de aprendizado. Estava muito motivado para fazer um 2018 tão bom ou até melhor, depois que eles me compraram em definitivo, mas são coisas que acontecem. Estou me cuidando, evoluindo bem e, se Deus quiser, tudo vai dar certo para em breve voltar a atuar. Os planos no momento são de ficar por lá. Tenho contrato até 2020, em um país que todos me acolheram muito bem, então a ideia é seguir por lá, conquistar títulos e ser feliz.


レアンドロを取材したLance紙のFellipe Lucena氏である。
W杯後の来日と、日本でのプレイを明言しておる。
一時は、移籍が噂され不安に駆られたこともあったが、レアンドロの心は鹿島でのタイトルにあると語る。
中断明けからは、鹿島のために尽力してくれよう。
共にアジアを制し、CWCに出場しようではないか。
復帰を心待ちにしておる。

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天皇杯 2回戦 Honda FC戦


PK似て先制されるも大量6ゴールで勝利。

昌子源、挫折と偶然

昌子の転換点は挫折と偶然の末に…宇佐美の衝撃、G大阪退団、DF負傷、コートジボワール人
2018年6月6日10時0分 スポーツ報知


10年12月、高校サッカー選手権でプレーする米子北・昌子


雨の中のミニゲームで、原口(左)と競り合う昌子(カメラ・竜田 卓)


 ロシアW杯に挑む日本代表選手の「ターニングポイント」を紹介する連載。第5回はDF昌子源(25)=鹿島=。挫折と偶然の末に、センターバックという“天職”にたどり着いた。

 ◆「逆立ちしてもかなわない」

 点取り屋としてのプロ入りを目指し、G大阪下部組織に加入した12歳の頃。昌子は同期入団の天才少年を見て、その夢を一度、諦めた。ともにロシアW杯に選出されたFW宇佐美貴史(26)のプレーは衝撃的だった。「全てがスーパー。逆立ちしてもかなわないと思った」

 ◆下部組織を退団

 当時は同じFW。宇佐美が世代別代表の主力として活躍し、ユース(高校年代)の試合に飛び級出場する一方、昌子はけがもあって試合に出られない日が続いた。実力差は広がるばかり。中学3年の途中、下部組織を退団した。

 ◆たまたま監督の真横に

 転機が訪れたのは、両親の説得もあってサッカー継続の決断をするも、心が折れかけていた米子北高(鳥取)1年の夏。J3鳥取(当時JFL)との練習試合で味方DFが負傷した。FW一筋の昌子に声がかかった。たまたま監督の真横に座っていたからだ。

 ◆「明日からDFな」

 コートジボワールの世代別代表経験を持つ5歳上のFWコン・ハメドを相手に堂々とプレーした。試合後、中村真吾コーチに告げられた。「明日からDFな」。迎えた翌日。未練からFWのグループに交ざっていた昌子に、首脳陣から怒声が飛ぶ。「センターバックか、(ずっと)走るか。どっちだ」。事実上の一択。「センターバックやります…」

 ◆「元FWと聞いてなるほど、と」

 運命を変える“たまたま”は続く。そのわずか2か月後の高校総体。慣れないポジションで奮闘していた昌子の姿が、たまたま相手校視察のため来場していた鹿島スカウトの目に留まった。「速くて足元がうまかった。元FWだと聞いてなるほど、と。1対1が強くて身体能力が高かった」と椎本邦一スカウト部長。昌子は「FWだったら間違いなくプロになっていなかった。あの時DFになったから今がある」と振り返る。

 ◆自身初の大舞台へ

 世代別代表の経験がほとんどないため、ロシアW杯が自身初の大舞台となる。「日本のためにどれだけ体を張れるか」。並み居る強国FWの前に立ちふさがる。(岡島 智哉)

 ◆昌子 源(しょうじ・げん)1992年12月11日、神戸市生まれ。25歳。地元のフレスカ神戸でサッカーを始め、G大阪ジュニアユースを経て米子北高へ進学。2011年に鹿島入りし、12年3月24日の広島戦でJ1デビュー。対人守備、スピード、フィード力を備えたセンターバック。父・力さんは姫路独協大サッカー部監督で日本協会公認最上位の指導者S級ライセンスを持つ。国際Aマッチ11試合1得点。182センチ、74キロ。既婚。

 ◆スイス戦で先発テスト

 DF昌子がスイス戦(8日、スイス・ルガノ)で先発テストされる可能性が出てきた。4日の戦術練習で1、3本目と主力組の左センターバックに入った。ガーナ戦(5月30日)では出場機会がなかったが、ポジションを争うDF槙野が先制点につながる直接FKを献上。序列を変えるチャンスでもある。

 「(コロンビアのエース)ハメス(ロドリゲス)はすごいけど、周りの人すべてが無理だろって思っても、自分だけ1人でもいいから、止められると思って強気でいきたい。本人が強い気持ちを持っていなきゃセンターバックはダメ」と強気の守備でポジションを奪う。


源について記す報知新聞の岡島記者である。
宇佐美の衝撃を中心にガンバの下部組織を退団したエピソードなどを綴る。
その中でもFWからDFにコンバートされた話が印象的と言えよう。
たまたま監督の隣に座っていたからこその抜擢であり。、ただの偶然としか思えぬ。
とはいえ、そこで相手の助っ人外国人FWを押さえ込んだことで、才能が表舞台に出るきっかけとなったことは、群前では無く運命では無かろうか。
このコンバートが無ければ、鹿島入団も無く、日本代表に上り詰めることは無かったように思う。
次はW杯出場。
源の活躍をいつも楽しみにしておる。

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ジョルジーニョ、バスコと契約

Jorginho acerta com o Vasco; Pelaipe e gerente de futebol são demitidos
Após mudanças na diretoria, Paulo César Gusmão assume como coordenador
Por Bruno Giufrida, Fred Huber e Janir Junior, Rio de Janeiro

05/06/2018 19h37 Atualizado há menos de 1 minuto

O Vasco teve terça-feira de mudanças drásticas. Paulo Pelaipe e Newton Drummond não fazem mais parte da diretoria cruz-maltina. Jorginho, ex-Ceará, é confirmado como novo treinador, com Paulo César Gusmão de coordenador.


バスコと契約したジョルジーニョである。
新たなチャレンジはブラジルの名門であった。
どのようなチームを作るのであろうか。
躍進の報を待っておる。

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日本代表・昌子源、頭はクリアになっている

スイス戦先発の可能性高まる昌子が突き詰めたいセットプレーの精度
18/6/6 04:49


セットプレーの確認をするDF昌子源

 多くの時間を割いて練習したセットプレーについて日本代表DF昌子源(鹿島)が熱く語った。「サッカーはセットプレーで点が入ると楽。セットプレーは攻撃面で自分たちが好きなことができる、サッカーでは唯一の時間ですから」。そう切り出し、セットプレーの留意点をよどみなく語った。

「まず同じところに入ってはいけない。ニアやマイナスのところには必ずいなければいけないし、各ポイントに必ず入りたい」。その中で、特に力を込めたのは、相手より先にボールに触ることの重要性だ。

「相手より先に触らないことには始まらない。(相手のレベルが)上にいけばいくほど、セットプレーは強い。特にストーンに入る選手は身体能力が高く、普通のジャンプが高いので、キッカーとのタイミングもこういう練習で合わせていきたい」

 状況に応じて人数を増やすことにも言及した。「絶対に相手より先に触りたいときはニアに2枚入ることも必要。ストーンとつぶれるくらいでもいい」。試合終盤にスコアがビハインドとなっている場合などは、ボックス内に入る人数を増やすことも考えられるとする。

「ガーナ戦ではセットプレー2発でやられている。止まったプレーでやられるのは、メンタル的にもきつい」。だからこそ、セットプレーで点を取れれば楽なのだ。

 3バックを採用した5月30日のガーナ戦(0-2)では出番がなかったが、ゼーフェルト入りしてからは4バックのフォーメーション練習で主力組に入る機会が多くなっており、8日のスイス戦(ルガーノ)では先発もありそうだ。

「(吉田)麻也くん、槇野くん、ナオ(植田)。だれと組んでも初めてではない。相方がだれでも、クセもストロングもウィークポイントも分かっているつもり。頭はクリアになっている」。満を持して出番を待つ。

(取材・文 矢内由美子)


日本代表の昌子源を取材したゲキサカの矢内女史である。
オーストリア合宿後はレギュラー組にてプレイしており、先発の可能性が高まっておる。
ここで好パフォーマンスを見せ、ポジションを得るのだ。
源のクレバーな守りにて世界と戦え。
期待しておる。

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日本代表・植田直通、自分もW杯に出たいという思いがあるので、しっかりやりたい

複数システムの併用を歓迎する植田「自分もW杯に出たい」
18/6/5 05:30


DF植田直通

 日本代表DF植田直通(鹿島)が、3バックと4バックの併用を歓迎した。国内合宿で取り組んでいた3バックから一変し、この日の紅白戦では4バックを採用。植田は控え組の右センターバックに入った。

 本大会が間近に迫っているタイミングでの監督交代と、新しいフォーメーションである3バックへのトライ。そして、その後の4バック回帰。選手にとっては決して容易ではないミッションだが、国際Aマッチ経験が23人の中で最も少ない3試合という植田にとっては、必死に食らいついていかなければならないハードルでもある。

「相手も試合の中でフォーメーションが変わることもあると思うし、W杯ともなれば一つのシステムではうまくいかないこともあると思う。そういうときにオプションを持っていることは武器になる。2つやっておくことは大事」。前向きに取り組むべき理由を、植田はしっかり理解している。

 攻撃に関しては「足元のうまい選手が多いので、ボールを持ったら崩せると思う」と信頼がある。だからこそ、守備陣が耐えることが必要になると思っている。「いつ出てもやれるように準備することは今までと変わらないが、その舞台が今度はW杯になる。自分もW杯に出たいという思いがあるので、しっかりやりたい」。DF最年少の23歳は鋭い視線で前を見据えた。

(取材・文 矢内由美子)


日本代表の植田を取材するゲキサカの矢内女史である。
「相手も試合の中でフォーメーションが変わることもあると思うし、W杯ともなれば一つのシステムではうまくいかないこともあると思う。そういうときにオプションを持っていることは武器になる。2つやっておくことは大事」というコメントを引き出しておる。
日本代表は、先日のガーナ戦までは3バックを試しておったが、ここに来て4-2-3-1に変更中である。
複数の戦術を使いこなすことをチャレンジするのか、単に指揮官が迷っておるのか我らにはわからぬところ。
選手は指揮官を信じ、タスクをこなすだけといったところであろう。
ここまで植田は、吉田麻也の控えという位置付けとなってる。
何かアクシデントがなければ出場機会がないようにも思える。
とはいえ、サッカーは何が起こるかわからぬもの。
常に準備をし、出番を待つのだ。
楽しみにしておる。

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大岩監督が言い続けてきた「総力戦」の一環として、この試合を迎える

鹿島が迎えた「総力戦」。縁深きHonda FCと対峙
天皇杯2回戦からJ1のクラブも参戦する。鹿島の初戦は“アマチュア最強”と謳われるHonda FCが対戦相手となった。鹿島にとって、近年の天皇杯初戦としては最も難しい対戦相手となるかもしれない。

Honda FCはJFLを2連覇しており、今季も8勝2分1敗で首位を走っている。Jリーグのクラブではないが、その実力はJに匹敵するものを持っている。昨季、鹿島はHonda FCと同じJFLに所属するFCマルヤス岡崎と2回戦で対戦して5-0と大勝しているが、そのFCマルヤス岡崎が今季は15位に低迷していることを見ても分かるとおり、Honda FCの強さは際立つ。先発出場が予想される犬飼 智也は「初戦が一番難しいし、一番厳しい試合になる」と対戦相手を警戒していた。

Jリーグが創設されて25年も経つと、忘れられてしまう過去がいくつも生まれてくるが、鹿島とHonda FCの間には浅からぬ縁がある。

住友金属(現:新日鐵住金)を母体として創設された鹿島だったが、Jリーグが開幕する1993年に多くの人材が本田技研工業サッカー部(現・Honda FC)から流入する。監督の宮本 征勝をはじめとして、コーチの関塚 隆、黒崎 久志、長谷川 祥之、本田 泰人、内藤 就行ら、のちのチームの中心となる監督や選手の多くが、Honda FC出身なのである。彼らの存在がなければ、1993年の1stステージ優勝もなかったかもしれない。

天皇杯での両者の対決は三度目となる。2006年に初対戦し、そのときは鹿島が4-0で圧勝し、岩政 大樹、深井 正樹、田代 有三がゴールを挙げた。ところが翌年に二度目の対戦を準々決勝で迎えると、快進撃を続けてきたHonda FCの前に大苦戦。相手の鋭いプレスに苦しみ決定打を欠いたが、延長後半の110分に途中出場の柳沢 敦が決勝点を挙げて準決勝進出を決める。その後、最終的には天皇杯を手にすることになったのだが、そこまでたどり着けたのも苦しい試合をモノにできたからだった。

現在のHonda FCを支える一人がC大阪や山形、湘南でプレーした古橋 達弥だ。もともとHonda FCの出身である古橋は2014年から古巣に復帰し、37歳の現在もチームの中心として先頭に立つ。鹿島との対戦成績も豊富に持っているだけに、イヤな存在と言えるだろう。

また、公式戦を戦い続けているHonda FCと違い、鹿島は5月20日の明治安田J1第15節・仙台戦以来、2週間あまりの空白を経て、久しぶりの公式戦となる。ロシアW杯を戦う日本代表に昌子 源、植田 直通の両CBが選ばれた以外にもケガ人も多く抱えており、ベストメンバーを組むことは難しいだろう。

鹿島とすれば、天皇杯初戦は毎シーズン若手選手を試す場に使ってきたが、今季はその余裕はない。大岩 剛監督が言い続けてきた「総力戦」の一環として、この試合を迎える。

[ 文:田中 滋 ]


「ベストメンバーを組むことは難しいだろう」と記すJリーグ公式の田中滋氏である。
両CBを日本代表で欠く上に、怪我人も多数おるとのこと。
先週の練習試合でも西を2列目やボランチで起用するなど、選手起用に難儀しておったことを思い出す。
相手はアマチュア最強を誇り、実力はJクラブ並みと評されるHonda FCである。
これは、苦戦を強いられること必至と言えよう。
ここは頭脳を駆使した用兵にてこの難局を乗り切りたいところ。
日本の頂点を目指す第一歩、気合いの入る一戦である。

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鹿島アントラーズユース・山田大樹くん、U-16日本代表選出

U-16日本代表 メンバー・スケジュール(6/10~17@仙台)~U-16インターナショナルドリームカップ2018 JAPAN presented by 朝日新聞~
2018年06月04日

スタッフ
監督:森山 佳郎 モリヤマ ヨシロウ(日本サッカー協会 ナショナルコーチングスタッフ)
コーチ:齊藤 俊秀 サイトウ トシヒデ(日本サッカー協会 ナショナルコーチングスタッフ)
GKコーチ:高桑 大二朗 タカクワ ダイジロウ(日本サッカー協会 ナショナルコーチングスタッフ)
コンディショニングコーチ:中馬 健太郎 チュウマン ケンタロウ(ジュビロ磐田)

選手
GK
1 山田 大樹 ヤマダ タイキ(鹿島アントラーズユース)
12 野澤 大志ブランドン ノザワ タイシブランドン(FC東京U-18)

DF
3 半田 陸 ハンダ リク(モンテディオ山形ユース)
2 角 昂志郎 スミ コウシロウ(FC東京U-18)
5 鈴木 海音 スズキ カイト(ジュビロ磐田U-18)
19 大串 昇平 オオクシ ショウヘイ(ガンバ大阪ユース)
17 岩崎 真波 イワサキ マナ(横浜F・マリノスユース)
4 佐古 真礼 サコ マアヤ(東京ヴェルディユース)
13 中野 伸哉 ナカノ シンヤ(サガン鳥栖U-15)

MF
16 山内 翔 ヤマウチ カケル(ヴィッセル神戸U-18)
6 横川 旦陽 ヨコカワ アサヒ(湘南ベルマーレU-18)
15 成岡 輝瑠 ナルオカ ヒカル(清水エスパルスユース)
9 中野 桂太 ナカノ ケイタ(京都サンガF.C.U-18)
7 三戸 舜介 ミト シュンスケ(JFAアカデミー福島U18)
8 山根 陸 ヤマネ リク(横浜F・マリノスジュニアユース)

FW
10 青木 友佑 アオキ ユウスケ(FC東京U-18)
14 樺山 諒乃介 カバヤマ リョウノスケ(興国高)
11 唐山 翔自 トウヤマ ショウジ(ガンバ大阪ユース)
18 田中 禅 タナカ ゼン(サガン鳥栖U-18)


U-16インターナショナルドリーム杯に挑むU-16日本代表に選出された鹿島アントラーズユースの山田大樹くんである。
この大会にて存在感を増し、この年代での中心選手となって行って欲しい。
期待しておる。

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鹿島アントラーズジュニアユース・小倉幸成くん、Jリーグ アカデミープレーヤー(U-13)に選出

2018 Jリーグ アカデミープレーヤー(U-13) トレーニングキャンプを開催
Jリーグは、6 月7 日(木)から10 日(日)まで、J-GREEN 堺(大阪府堺市)において、J1・J2・J3 54 クラブより選抜した13 歳以下(以下U-13)の選手を対象とした「Jリーグ アカデミープレーヤー(U-13) トレーニングキャンプ」を実施します。
本トレーニングキャンプは、JクラブのU-13の選手を対象に、将来、Jリーグそして世界で戦えるポテンシャルの高い選手をJクラブからの推薦をもとに66 名選抜し実施するもので、今年で8 回目の開催となります。

<2018 Jリーグ アカデミープレーヤー(U-13) トレーニングキャンプ>

主催 公益社団法人 日本プロサッカーリーグ
目的 ポテンシャルの高い選手同士でのトレーニングやゲームを通じて選手に刺激を与え、さらに向上する機会とするとともに、新しい考え方への「気づき」の機会とする。
内容 J1・J2・J3 54クラブより選抜した選手に対し、トレーニング及びゲームを実施する。
対象選手 J1・J2・J3 54 クラブのアカデミーに所属する2005 年1 月1 日~2006 年4 月1 日生まれの選手より選抜した66 名(中学2 年生早生まれおよび中学1 年生)
開催期間 2018年6月7日(木)~10日(日)
開催場所 J-GREEN堺/大阪府堺市堺区築港八幡町145番地
コーチング
スタッフ
※敬称略 黒崎 久志(鹿島アントラーズ)
荒谷 弘樹(大宮アルディージャ)
小池 知己(FC東京)
平塚 次郎(湘南ベルマーレ)
奥山 達之(アルビレックス新潟)
小林 力(ジュビロ磐田)
原田 貴志(ファジアーノ岡山)
谷口 翼(愛媛FC)
その他 スポーツ振興くじの助成対象事業として実施

2018 Jリーグ アカデミープレーヤー(U-13) トレーニングキャンプ 参加メンバー

ポジション 氏名 所属クラブ 氏名 所属クラブ
GK
6名
近藤 暖音 グルージャ盛岡
濱崎 知康 川崎フロンターレ
大橋 巧夢 栃木SC
高橋 龍ノ介 湘南ベルマーレ
中村 圭佑 FC東京
齋藤 貫太 ジュビロ磐田
DF
19名
山本 健人 北海道コンサドーレ札幌
齊藤 圭悟 Y.S.C.C.横浜
大久保 聖永 グルージャ盛岡
三藤 龍恩 ヴァンフォーレ甲府
鎌田 伊吹 ブラウブリッツ秋田
荻無里 斗望 松本山雅FC
青木 拓真 モンテディオ山形
山崎 颯大 AC長野パルセイロ
松本 剛季 栃木SC
東江 桂汰 ガンバ大阪
浅井 一彦 大宮アルディージャ
廣畑 俊汰 ヴィッセル神戸
中尾 悠吾 ジェフユナイテッド千葉
吉田 蒼真 レノファ山口
平澤 大河 FC東京
麻植 光規 徳島ヴォルティス
江原 叡志 川崎フロンターレ
深江 大志郎 ロアッソ熊本
飯塚 大地 横浜FC
MF
27名 小笠原 陸 福島ユナイテッドFC
川原 瑠偉 カターレ富山
小倉 幸成 鹿島アントラーズ
秦 悠月 清水エスパルス
吉成 遥斗 水戸ホーリーホック
野中 大誠 ジュビロ磐田
糸井 一凱 ザスパクサツ群馬
岡本 大和 名古屋グランパス
早川 隼平 浦和レッズ
安藤 友敬 京都サンガF.C.
美藤 慶音 大宮アルディージャ
眞井 礁伍 ガンバ大阪
青木 空斗 柏レイソル
次橋 大地 ヴィッセル神戸
中田 旭 FC東京
二宮 颯 愛媛FC
今村 海音 東京ヴェルディ
國本 純成 サンフレッチェ広島
大當 侑 横浜F・マリノス
西村 活輝 アビスパ福岡
笹原 伸秀 横浜F・マリノス
内田 涼矢 ギラヴァンツ北九州
宮本 新 横浜FC
徳村 莉温 サガン鳥栖
山本 空 SC相模原
木許 太賀 大分トリニータ
追川 飛羽 松本山雅FC
小島 凛士郎 鹿児島ユナイテッドFC
石山 青空 アルビレックス新潟
幸喜 祐心 FC琉球
FW
12名
佐藤 颯生 ベガルタ仙台
河合 健吾 セレッソ大阪
寺澤 公平 FC町田ゼルビア
野田 昂希 ガイナーレ鳥取
石井 久継 湘南ベルマーレ
金本 光成 ファジアーノ岡山
岡本 拓巳 ツエーゲン金沢
藤本 隆之介 カマタマーレ讃岐
赤池 浩史郎 アスルクラロ沼津
伊藤 小次郎 V・ファーレン長崎
細江 康平 FC岐阜
※メンバーは、怪我やチーム事情により変更する場合があります。


Jリーグ アカデミープレーヤー(U-13)に選出された鹿島アントラーズジュニアユースの小倉幸成くんである。
これは将来有望。
良い経験を積んで、ユース昇格、トップチームと進んでいって欲しい。
期待しておる。

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ガイナーレ鳥取、森岡隆三監督を解任

トップチーム監督交代のお知らせ
2018年06月04日

この度、ガイナーレ鳥取トップチームの監督である森岡隆三氏を解任し、須藤大輔氏に交代致しますのでお知らせいたします。

【塚野真樹 代表取締役社長コメント】
順調に勝ち点を積み重ねた序盤でございましたが、その後の試合結果から、現状のままでは掲げた目標である勝ち点50・得点50・失点30を達成することが困難であると判断し交代を決断致しました。

森岡氏におかれましては、昨シーズンより今日まで、監督業務に全身全霊、真摯に取り組んで頂きました。またその他のクラブ業務にも積極的に関わって頂きました。そのご尽力に心より感謝申し上げます。

シーズン中のリスタートとなりますが、サポーターの皆様をはじめ、多くの皆さんに感動をお届けできるよう最大の努力を続けて参ります。ガイナーレ鳥取へのご支援ご声援を何卒よろしくお願い致します。

【森岡隆三氏コメント】
 この度、ガイナーレ鳥取TOPチーム監督の任を解かれ、クラブを去ることとなりました。
昨シーズンより1年半、苦しい時も常に応援してくださった全ての方々に、心より感謝を申し上げます。ありがとうございました。
 今期はクラブとしても戦う体制が整い、チーム状態も上向きつつある中、チームを去ることは本当に無念であり、選手たちに混乱を与えてしまったことも申し訳なく思います。
 私自身、全てをかけ、チームの勝利のために努めてきたことに偽りはなく、後悔もありません。今はただ、チームがより前を向き、選手たちがこれまで以上にピッチで躍動出来るよう、心より願っております。
 今日まで一緒に戦ってくれた選手、スタッフ、フロント、苦しい時にもチームを支えてくださったサポーター、スポンサーの皆様、ガイナーレに関わる全ての皆様方に、改めて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。


鳥取の監督を解任された森岡隆三である。
これは無念。
今季序盤は順調に勝ち点を重ねておったが、ここに来て失速したとのこと。
これもまた監督の運命というものであろう。
森岡は指導者として経験を積み、成長しておる。
次なるチャレンジはどのクラブとなろうか。
注目である。

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ジョルジーニョ、Cearáの監督を辞任

Jorginho não é mais treinador do Ceará
Diretoria deve anunciar em breve novo nome para o comando técnico do time
04 de Junho de 2018


Israel Barbosa/cearasc.com

Jorginho não é mais técnico do Ceará S.C. O treinador alegou fatores pessoais ao pedir o desligamento do Clube. Jorginho esteve à frente do time nas três últimas rodadas do Brasileirão. A diretoria do Alvinegro já trabalha para anunciar um novo nome para o comando técnico o quanto antes.

“Apesar do tempo muito curto de trabalho, posso dizer que tive a honra de trabalhar no Ceará Sporting Club. A decisão foi minha. Nesta segunda-feira, vou ao CT me despedir dos atletas e funcionários, que tão bem me acolheram desde a minha chegada. Desejo e espero que o clube possa reencontrar o caminho das vitórias. Pelo grupo de trabalho, pela dedicação da diretoria, e, claro, por essa torcida maravilhosa. Certamente é o maior patrimônio do Ceará, com uma média de público e participação nos jogos impressionantes. Agradeço também, de coração, ao povo cearense, sempre hospitaleiro e cordial”, disse o treinador.


Cearáの監督を辞任したジョルジーニョである。
これは驚きの報。
これほど短い期間にてこのクラブを離れるとは思っていなかった。
ジョルジの次なるチャレンジはどこであろうか。
注目である。

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ハッピーバースデー 永木

午前練習


ミーティング後、紅白戦やポゼッショントレーニングを行いました。


本日、30歳の誕生日を迎えた永木である。
サッカー選手として円熟期を迎えておる。
明後日の天皇杯では、中盤を支え勝利に貢献してくれよう。
活躍を楽しみにしておる。

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鹿のエンブレムを纏う責務とともに、三竿健斗が次なる一歩を刻む

PICK UP PLAYER


「4年後に向けて『選ばれたい』という思いがもっと強くなりましたし、アントラーズでの存在価値、存在意義をもっと高めていきたいと改めて感じています」

 6月1日、抜けるような青空に恵まれたクラブハウス。天皇杯初戦へと続く道のりに立ち、選手たちはトレーニングを再開した。そこには「20」の姿も。時に笑顔を見せながら、しかしひたむきに。進化への日々を自ら迎えに行くかのように、三竿健斗は一歩ずつ、慣れ親しんだグラウンドに足跡を刻んでいた。

 「バモス、健斗!」。そんな声が聞こえてきたのは、1週間前のことだった。5月24日、日本代表のトレーニングキャンプへ向かう若武者の背中を押すように、仲間たちがエネルギーを注いだ。「今は27番目なので、23番目になれるように頑張ります。35番目から27番目になったから、また追い抜きますよ」。謙遜でも、もちろん自虐でもない。候補メンバーは27選手、そのリストに名を連ねた己の立ち位置を冷静に見極めていたからこそ、視線は前だけに向けられていた。「自分には、失うものなんてないですから」。そう言って健斗は、闘志を胸に鹿嶋を発った。

 4年間の集大成を目前にして断行された指揮官の交代、迫りくるロシアでの戦い。周囲の雑音を振り払うように、サムライブルーの面々は汗を流し続けた。「26」から「23」へ――。青山の負傷離脱に伴い、無念の現実を突きつけられるのは3選手となった。「練習見学の人は多かったですね。子どもたちが選手を呼ぶ声が大きくて、うるさいくらいで」と笑って振り返った健斗は「でも、それが日本代表なんだなとも思いました」と、その重みを改めて噛み締めてもいた。最終局面のサバイバルに身を置き、己の全てを発揮しようとピッチを駆けた。だが、しかし――。

 5月30日、日産スタジアム。冷たい雨の横浜で、背番号「26」の健斗にプレータイムが与えられることはなかった。翌日に「23」が発表されることを思えば、その時点で多かれ少なかれ予想はできていたのかもしれない。「どっちに転んでも、次に向かって頑張ればいいと思っていました」。若武者はそう回想する。そして迎えた、5月31日16時。果たして、「三竿健斗」の名がアナウンスされることはなかった。

 「アイツの実力は、アントラーズに関わる人はみんながわかっていることだから」。栄誉を胸に会見に臨んだ後、昌子は「共闘」の思いをロシアへ連れていくと誓った。「最終発表まで一緒にやってきた。健斗の分も背負って頑張ってきたい」。メンバー発表の直後、健斗は背番号3に電話をかけた。祝福の言葉、そして返ってきた信頼。「アントラーズを頼むぞ」。迎えた6月、歩む道のりは違っても、その思いは一つだ。

「1年前、ちょうど今の時期から試合に出始めたことを考えたら、最後に(代表に)選考されるかどうかのところまで行けたのはプラン通りとも言えるんです。自分なりに、毎日をしっかりと過ごすことができた結果だと思っています」。

 2017年5月31日。大岩監督の就任を合図に始まった、躍動の日々。この1年で、どれだけの進化を遂げたのだろう。「2016年は試合にほとんど出られなくて、今までのサッカー人生になかった悔しさを味わったんです。2017年はそれを晴らすという目標でやってきました」。一つずつ、目の前にそびえる壁を着実に乗り越えてきた。2018年5月31日、ロシアW杯メンバー落選。今回味わった悔しさも、この水準にまで到達しなければ経験し得ないものだった。

 だからこそ、健斗は前を向く。「悔しさをいつもエネルギーに変えて成長してきたのでこれで僕はさらに強くなれると思います」。即座に発信した思いは、強がりでもきれいごとでもない。「4年前は高校生でしたし、4年もあればいろいろなことが起きるでしょうけどね。いろいろな経験をして、次は僕が中心になってやると思って頑張ります」。この1年を、この4年を、そしてここまで歩んできた道のりの全てを思い返せば、健斗の目前に広がる未来は無限大だ。

「今回のキャンプでは、自分の良さを再確認できたことが一番大きいです。代表選手たちの中でも普通に発揮できましたし、それを毎試合で出していきたいです」

 掴んだ手応え、得られなかったプレータイム。フットボールと真摯に向き合う若武者が、不平や不満をこぼすことはない。言葉に滲むのは、落選という事実を突き付けられてもなお、胸に宿って揺るがない自信だ。己の現在地を見極めて課題を抽出し、努力を重ねて克服を続けてきたのだから。全てを糧に進めばいい。健斗らしく、進めばいい。



「みんなが『おかえり』って。だから『みんなに早く会いたくて帰ってきた』って言いました。みんなが優しいし、本当に居心地がいいので。今日から練習できて幸せです」

 鹿嶋へ帰還した日、健斗はそう言って穏やかに笑っていた。「傷を掘るのはやめてあげて!」「夢生くん、傷付いてないよ」「そっか、俺が傷付いたからね」「ありがと」――若武者を囲む報道陣を前にして、健斗の笑顔がパッと輝いた。仲間たちとともに、鹿嶋で歩む日々は続いていく。

 「次の天皇杯、勝つことだけを考えています」。2017年6月4日、広島との90分から始まった躍動と進化の日々。あれから1年。2018年6月6日、カシマスタジアム――。託した思い、託された思い。鹿のエンブレムを纏う責務とともに、三竿健斗が次なる一歩を刻む。進もう。聖地のピッチで、アントラーズレッドとともに進もう。


三竿健斗をピックアップするfreaks+である。
日本代表招集時には、序列を上げるべく高いモチベーションにて合宿に挑んだが、最初から決まっておったような固定観念に打ち勝つことなくクラブに戻った。
とはいえ、実力は折り紙付き、次なる目標に強い意識で立ち向かってくれよう。
カシマのピッチが健斗を待っておる。
勝利を求めて我らは集う。
健斗に熱い声援を送るため。
共に進み、共に喜ぼうではないか。
応援しておる。

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昌子源、頭脳的守備

DF昌子源 1対1でからめとる頭脳的タックル レアルにも食らいついた守備力
侍 俺の武器


16年、クラブW杯でレアル・マドリードのベンゼマ(左)と競り合う昌子
Photo By スポニチ


 W杯日本代表のDF昌子源(25=鹿島)は1対1の強さに定評があり、中でもタックル回数はJ1で最も多い59回を数える。父の力さんは姫路独協大サッカー部の監督を務める名指導者で、母の直美さんはミキハウスにも所属したソフトボールの元実業団選手。ともに大体大出身という両親の高い運動能力を受け継ぐが、凄いのはその身体機能だけではない。

 「センターバックに大事なのは“考え方”」との持論がありサッカー偏差値も高い。プロになって以来、意識してきたのはボールを奪う際の独特な足の出し方。敵に近づいた後は腰を低く落としてボールをからめとるような動きを見せ、「タイミングと足の出し方はJリーガーでは他にいない」と自負する。むやみやたらなタックルではないからこそ、鹿島の堅守を支えられる。16年末のクラブW杯でレアル・マドリード相手に食らいついたディフェンス力は必見だ。

 ◆昌子 源(しょうじ・げん)1992年(平4)12月11日生まれ、神戸市出身の25歳。小4からFCフレスカ神戸でサッカーを始め、G大阪ジュニアユース、米子北高を経て11年に鹿島に加入。国際Aマッチ通算11試合出場1得点。1メートル82、74キロ。利き足は右。
[ 2018年6月3日 10:30 ]


源について伝えるスポニチである。
両親のDNAに恵まれた身体能力だけでなく、自身のサッカー偏差値について報じる。
「センターバックに大事なのは“考え方”」という持論を持っており、ボール奪取に自信を持っておるとのこと。
タックル回数が59回とJ1随一とのことであるが、むやみやたらなタックルはせぬとのこと。
鹿島にて開花した守備を世界に再び轟かせろ。
楽しみにしておる。

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篤人、鹿島のために何ができるかちゃんと考えていきたい

「鹿島2人試合出て」 内田、W杯代表にエール

鹿島の全体練習で汗を流す内田=クラブハウスグラウンド

J1鹿島の内田はW杯に臨む日本代表の選手発表を受け、「膝は問題ないが、体全体(のコンディション)を見るとW杯のメンバーには入れなかった」と落選を受け止めていた。

今季、3大会連続のW杯メンバー入りを見据えて鹿島に復帰。日本代表への意欲を度々口にしていた。しかし古傷である右膝の状態は不安定で、離脱を繰り返した。現在は鹿島の全体練習に合流しており、「鹿島のために何ができるかちゃんと考えていきたい。サッカー人生は残り少ないと思うから」とクラブでのプレーに気持ちを切り替えていた。

選出されたチームメートの昌子、植田に対しては、「外国人とやれる強さと能力、頭の賢さは2人とも持っている」と太鼓判。また「行くからには試合に出てほしい。僕は(2010年)南アフリカ大会のときは出られなかったので」と期待を込めて話した。

国際Aマッチは74試合に出場。豊富な経験を持つ右サイドバックは日本代表へ「ここまで来たからには誰もけがで離脱しないようにと強く思う。23人、4年間頑張ってきたそれぞれのストーリーがあるので頑張ってほしい」とエールを送った。

(岡田恭平)


篤人を取材した茨城新聞の岡田記者である。
W杯メンバー落選や選出された源と植田へのエールなどが語られる。
特に「23人、4年間頑張ってきたそれぞれのストーリーがあるので頑張ってほしい」という言葉の重みは今回のメンバー選出について思う者たちの耳に届いて欲しいところ。
納得するしないではなく、23人が日の丸を背負って戦うのだ。
日本から応援していきたい。
また、篤人は「鹿島のために何ができるかちゃんと考えていきたい。サッカー人生は残り少ないと思うから」と言う。
先日30歳になったばかりであり、サッカー選手としては脂ののってきたところであるはずであるが、膝の負傷の傷跡は我らが思う以上に深いのであろう。
篤人がプレイできる時間は刻一刻と減ってきておる。
共にタイトルを獲るのだ。
今季の重要性の増すコメントである。

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昌子源が「頭の片隅」にもなかったW杯に抱く想い

見る側から見られる側へ――昌子源が「頭の片隅」にもなかったW杯に抱く想い
小室功
2018年06月03日


熾烈な競争に埋もれ、サッカーから離れた時期もあった


「プロになった時に将来、ワールドカップに出られるような選手になれるとは思ってもいなかった」。昌子は正直にそう明かした。写真:滝川敏之(サッカーダイジェスト写真部)

 鹿島のディフェンスリーダーとして確固たる地位を築いた昌子源にとって、ワールドカップは「見果てぬ夢」どころか、「頭の片隅」にもなかった。

「本気でワールドカップに出たいと思い始めたのはつい最近のことですね。年代別の代表チームにほとんど絡んでいないし、プロになった時に将来、ワールドカップに出られるような選手になれるとは思ってもいなかった」

 謙遜でも何でもない。それが昌子の本音である。

 地元の神戸では、ちょっとは名の知られたサッカー少年だった。ところが、G大阪ジュニアユースに進むと、状況は一変する。関西一円からレベルの高い選手が集結し、熾烈な競争のなかで、いつしか埋もれていく。そしてついにG大阪ジュニアユースを辞め、完全にサッカーから離れた時期もあった。

 だが、何が幸いするか、わからない。

「正直、気が進まなかった」という米子北高(鳥取)への進学によって昌子のサッカー人生が再び動き出す。高校サッカー界特有の厳しさ(といっては少々語弊があるかもしれないが)のなかで鍛えられ、ピッチ内にとどまらず、人としての礼儀や振る舞いを学び、大きく成長していく。

「FWのままだったら、たぶんプロになれていなかった」と昌子自身も認めているとおり、飛躍のきっかけはCBへの転向と、鹿島の椎本邦一スカウト担当との出会いだ。「たまたま見た試合で、目に止まったのが昌子」と椎本スカウト担当は“偶然”を口にするが、ノーマークだったことにウソ偽りはない。

 プロ4年目にスタメンに定着し、周囲の評価を高めていったのは何より本人の努力の賜物だ。Jリーグやナビスコカップ(現・ルヴァンカップ)、天皇杯での優勝を経験し、2016年のクラブワールドカップでは世界的なメガクラブ、レアル・マドリード(スペイン)と激突し、“世界2位”に上り詰めた。

 2015年3月31日のウズベキスタン戦で代表デビューを飾り、あれから3年、「頭の片隅」にもなかったワールドカップの舞台が目前に迫っている。「日本サッカーの歴史を塗り替えたい!」。昌子は、その一念で、ロシアの地に乗り込む。

 振り返ってみれば、サッカーの指導者である父・昌子力氏の影響で、小さいころから昔のワールドカップの映像を目にしていた。2002年の日韓大会では、小学校を早退して、神戸で行なわれた試合を父親と二人で見にいっている。

スタジアムの雰囲気の素晴らしさは今でも記憶のなかにある

「チュニジア対……どこだったかな。試合のカードは忘れてしまったけれど、周りにチュニジアのサポーターがたくさんいて、すごく歓迎してもらいました。マフラーや国旗を手渡されたので、一瞬、チュニジアファンになりました(笑)」

 スタジアムの雰囲気の素晴らしさは今でも記憶のなかにある。ワールドカップの熱狂が世界中のファン・サポーターにもたらす影響力の大きさは計り知れない。それを、身をもって経験している。

 今度は見る側から見られる側へ――。昌子のサッカー人生に、どんなストーリーが書き加えられるだろうか。

取材・文●小室功(フリーライター)


昌子源を取材したサッカーダイジェストの小室氏である。
源とW杯の関係を記す。
「本気でワールドカップに出たいと思い始めたのはつい最近のことですね。年代別の代表チームにほとんど絡んでいないし、プロになった時に将来、ワールドカップに出られるような選手になれるとは思ってもいなかった」との言葉を引き出しておる。
この源を見いだした椎本スカウトも育て上げた大岩コーチ(当時)も素晴らしい。
いよいよ源のW杯がやってくる。
楽しみである。

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町田・中島、2試合連続弾



【町田 vs 愛媛】中島が前半終了間際に同点弾!
2018年6月2日(土)

前半終了間際の45分、町田は中島裕希(写真中央)のゴールで試合を振り出しに戻す。

鈴木の土壇場PK弾で町田が逆転勝利!降格圏21位の愛媛は苦しい10戦未勝利
18/6/2 18:21

[6.2 J2第17節 町田2-1愛媛 町田]

 J2リーグは2日、第17節を行い、FC町田ゼルビアはホームで愛媛FCと対戦し、2-1で逆転勝利をおさめた。

 先手を取ったのは愛媛だった。前半37分、FW西田剛がペナルティアーク内から左足でシュートを放つと、PA内のDF大谷尚輝の手に当たり、愛媛がPKを獲得。キッカーの西田が右足でゴール右に流し込み、先制に成功した。

 ホームの町田も押し返し、前半45分、鈴木がPA左手前からクロスを入れると、クリアボールに反応したFW中島裕希が右足シュートをねじ込み、2試合連続ゴール。町田が前半のうちに試合を振り出しに戻した。

 1-1で折り返した後半は一進一退の攻防が続くと、同37分、DF深津康太がPA内でDF山崎浩介に倒され、町田がPKのチャンスを獲得する。キッカーのFW鈴木孝司がタイミングを外して右足で冷静に沈め、土壇場で逆転に成功。1-2で競り負けた愛媛は川井健太監督体制初勝利とはならず、直近10試合未勝利(5分5敗)と苦境に陥っている。




ゴールを決めた町田の中島である。
ゴール前の混戦からボールがこぼれてきたところを相手に当てながらもボールはゴールに吸い込まれた。
このゴールにてチームは同点に追い付き、逆転の口火となった。
ストライカーがチームを救う大いなる例であろう。
この先も町田の攻撃を牽引し、勝利に導いていって欲しい。
活躍の報を待っておる。

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永木、ボールキープ

午前練習


ポゼッションや攻撃練習、攻守のトレーニングを行いました。


攻守のトレーニングを行うメンバーである。
永木がボールキープする姿が写る。
仙台戦以降、練習に顔を見せておらず心配されたが、大丈夫な様子。
不安は一掃された。
Honda FC戦に向けチームは一丸となっておる。
日本一への第一歩を踏みだそうではないか。
永木の躍動を期待しておる。

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植田直道、空中戦勝利数トップ

DF植田直通 空中戦勝利数J1トップ かすり傷?歯が唇を突き抜けても「ちょっと貫通しただけ」
侍 俺の武器


空中戦に絶対の自信を持つ植田
Photo By 共同


 日本代表DF植田直通(23=鹿島)のプレーを語る上で欠かせないのが、ずばぬけた身体能力だ。中でも空中戦の勝利数は今季のJ1の中でもトップの47回を誇る。対戦相手に体格のいいFWがいる試合の前は「そこ(空中戦)では負けたくない」と常々口にする。

 中学時代はテコンドーで日本一にもなった異色の経歴を持つ。最近では展開の先を読んだインターセプトも光るが、激しい衝突をものともせず、試合中に血を流すこともしばしば。3月のACLシドニーFC戦では接触で歯が唇を突き抜けたが「ちょっと歯が貫通しただけ」とかすり傷のように言ってのけた。顔面には60針以上も縫い痕が刻まれている。

 サッカー選手になっていなかったら幼稚園の先生になりたかったという子供好きだがピッチ上の90分間だけ誰よりこわもての武闘派にひょう変する。W杯では世界屈指のFW陣とのバトルに注目だ。

 ◆植田 直通(うえだ・なおみち)1994年(平6)10月24日生まれ、熊本県出身の23歳。小3から網津FCでサッカーを始め、緑川小、住吉中、大津高を経て13年に鹿島に入団。11年U―17W杯ではアルゼンチン戦で1得点。15年アジア杯でA代表初選出され、昨年12月のE―1選手権でデビュー。国際Aマッチ通算3試合0得点。J1通算96試合4得点。1メートル86、79キロ。利き足は右。


空中戦に絶対の自信を持つ植田
Photo By スポニチ


[ 2018年6月2日 10:30 ]


植田について報じるスポニチである。
今季の空中戦勝利数47回はJ1トップとのこと。
この数値は、植田の能力すれば納得と言えよう。
上背もあり身体能力も高い植田の特長を表すのにもってこいである。
そして、植田は速さも併せ持っており、背後に抜け出されても対応する事が出来る。
まさに日本を代表するCBである。
ロシアの地では出場機会は限定されようが、経験として何かを掴んできて欲しい。
応援しておる。

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三竿健斗、次のW杯はもっともっと現実味を帯びる

落選の三竿が練習合流「次は僕が中心となってやる」
[2018年6月2日7時40分 ]


鹿島の練習に合流したMF三竿。右はDF内田(撮影・今村健人)

 日本サッカー協会(JFA)は5月31日、都内のホテルでワールドカップ(W杯)・ロシア大会に臨む日本代表23人を発表した。

 代表23人から落選したMF三竿健が早速、所属先の鹿島アントラーズの練習に合流した。仲間からは「おかえり~」の連呼。「みんなに早く会いたいから帰ってきました」と笑わせて「どっちになっても次に向かって頑張ればいいと思っていた」と前向きに話した。代表合宿からは課題と手応えを持ち帰った。「次の(22年)W杯はもっともっと現実味を帯びると思う。次は僕が中心となってやる」と誓った。


三竿健斗の鹿島合流を取材したニッカンスポーツである。
ロシアW杯メンバー落選も持ち前の明るさで笑わせた様子が伝えられる。
このキャラクターは、長く同じメンバーで行動を共にするW杯メンバーには重要だったとように、個人的には思う。
とはいえ、今回はなかった。
選出した監督は日本代表のスタッフに少々器がなかったように感じさせる。
健斗自身は、「どっちになっても次に向かって頑張ればいいと思っていた」と覚悟も含めて発表に挑んだ旨を口にする。
内心は本当に悔しかったであろう。
その気持ちは我らが汲んであげねばならぬ。
この気持ちを糧に更に成長してくれよう。
本人も「次のW杯はもっともっと現実味を帯びると思う。次は僕が中心となってやる」と言う。
カタールにて輝いて貰おうではないか、その第一歩として鹿島での戦いが待っておる。
水曜日には天皇杯がやってくる。
三竿健斗は先発に名を連ねるであろう。
チームを牽引し、勝利に導くのだ。
また、健斗の練習風景に篤人も写る。
負傷から復帰した模様。
これは朗報。
これからの巻き返しに篤人の力は必須と言えよう。
右サイドの活性化を楽しみにしておる。

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三竿健斗、ロシアW杯帯同メンバー辞退

井手口と浅野バックアップで露同行 西野監督明かす
[2018年6月1日23時7分]

 日本代表の西野監督が1日、滞在先の千葉県内のホテルで取材に応じ、ワールドカップ(W杯)ロシア大会のバックアップメンバーとして、MF井手口とFW浅野を同行させることを明かした。

 2人はMF三竿とともに30日の国際親善試合ガーナ戦のメンバーに選出されていたが、31日に発表された23人のW杯メンバーからは外れていた。31日のメンバー発表後に3人に意思確認を行ったといい、三竿については本人の了解を得られなかったことから、同行させることを断念したことも明かした。指揮官は追加のバックアップメンバーの予定はないと明言し「現状は浅野と井手口の2名になります」と話した。

 W杯に臨む日本代表は2日に日本を出発し、本番前、最後の親善試合として8日にスイス、12日にパラグアイと対戦し、ロシアへと向かう。西野監督は日本出国前日となったこの日に散髪してきたといい「多少リラックスというか、張ったところをいったん緩められた。髪も切って軽くなりました」とスッキリした表情をみせた。本番へ向けた願掛けについては、「お守りをたくさんもらったので、けんかしないようにいくつか持ってきました」と明かし、加えて「あるところの前で一礼してきました。験担ぎではなく、昔ながらのところなので。ルーティン的な」と話した。

 また、チームは28日のW杯1次リーグ最終戦ポーランド戦まで、最短でも約1カ月の長い遠征に入ることから、選手が家族らと過ごす「ファミリーデー」の採用も明言した。「そういう時間を考えています。おそらく(1次リーグ)第1戦が終わったあとぐらいになる。それまでもかなり長いので、(1次リーグ初戦の)19日まで(気持ちが)張った中ではちょっときついなと思う」と話し、少なくとも2度の休養日を設けることを示唆。選手にとっては慣れない異国の地でのつかの間の休息は必要不可欠。ロシアでもしっかりとリフレッシュし、チーム一丸となってまずは1次リーグ突破を目指す。


ロシアW杯帯同メンバーを断った三竿健斗である。
万が一のための予備要員としてロシアに行くメンバー入りを要請されておったが、それは三竿健斗自身の意向にて了承しなかったとのこと。
たしかに、共に練習することはなく、常に別行動となるこのメンバーとしてロシアに行ったとしても空気を吸った程度の経験にしかならぬであろう。
南アフリカW杯の際に帯同メンバーであった香川はもの凄く悔しい思いであった旨を後に語っておる。
また、南アの山村、ブラジルの杉森のように当時話題となっておっても後に日本代表に絡まぬ選手も多い。
であれば、鹿島に残り、クラブの練習にて成長に励むことこそ肝要であろう。
中断明けからの快進撃の中心となり、改めに日本代表に選出される実力を示すのだ。
楽しみにしておる。

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鹿島、強化キャンプ実施

J1リーグ中断期間中のスケジュールについて
2018年06月01日(金)

J1リーグ中断期間中のチームスケジュールをお知らせいたします。

6月6日(水)
天皇杯2回戦 Honda FC(カシマ/19:00キックオフ)

6月7日(木)~13日(水)
オフ

6月20日(水)~26日(火)
強化キャンプ(J-STEP@清水)
※練習スケジュールについては決定次第お知らせします

7月11日(水)
天皇杯3回戦

【J1リーグ再開】
7月18日(水)明治安田J1第16節 ジュビロ磐田(ヤマハ/19:00キックオフ)
7月22日(日)明治安田J1第17節 柏レイソル(カシマ/18:30キックオフ)


中断中のスケジュールについて公表した鹿島である。
6月6日の天皇杯・Honda FC戦後に1週間のオフを取ること、そして清水にて強化キャンプを行うことなどが発表された。
このキャンプにてチームを立て直し、中断明けはリスタートとしたいところ。
見違えるようなサッカーをするチームにとなっていることを期待しておる。

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三竿健斗、チーム合流

午前練習


ポゼッショントレーニングやサーキットトレーニングを行いました。


チームに合流し練習する三竿健斗である。
天皇杯ボールに馴染み、活躍してくれよう。
W杯帯同の噂もあるが、今は来週の試合に向けて準備をするところ。
その健斗の相方は夢生である。
中断後はグラウンドに姿を見せず、別メニューが続いておったが、体調も戻った様子。
これは一安心と言えよう。
一致団結し、日本一への一歩を踏み出そうでは無いか。
水曜日のHonda FC戦が楽しみである。

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報知新聞・内田記者、篤人から「普通にやること」の言葉を聞く

“一枚岩”になれなかったブラジル大会…決勝Tへ「普通のこと」普通にできるか
2018年6月1日11時0分 スポーツ報知

 日本代表の西野朗監督(63)は、ロシアW杯で1次リーグ突破を目標に掲げた。相手はコロンビア、セネガル、ポーランドと格上ばかり。2002年日韓大会から5大会連続W杯取材にあたる内田知宏記者は、我の強い“最年長ジャパン”を「普通の」チームに仕上げることをカギに挙げた。

 5月中旬、鹿島のクラブハウスにDF内田篤人(30)=鹿島=を訪ねた。顔を合わせるや「ダメだった」と告げられた。ロシアW杯予備登録メンバー(35人)からの落選だった。右膝の手術を契機に、ブラジルW杯からの4年間で2年以上もピッチに立てない状態が続いたが、最後までロシアを目指してきた。「ブラジルでの経験を無駄にしたくなかったし、そう思ってやってきたこの4年を無駄にしたくなかった」という思いだった。

 ブラジルでの敗因は「世界一」という大きな目標に向かって主導権を握るサッカーを求めたと言われるが、実はその前段にあった。主導権を握ることが勝つための手段になり得ないと考える選手も一定数いたからだ。16強に進出した10年南アフリカ大会では直前に戦術、主力を変更したが躍進した。守備的に戦い、少ないチャンスを生かすこと。そして、走り負けないこと。チーム全員が同じサッカーを目指していた。

 06年ドイツ大会は能力のある選手の主張がまとまらず、悔いの残る1次リーグ敗退。その一方で、02年日韓大会ではフィリップ・トルシエ監督の戦術を選手たちが独自で改変し、決勝トーナメントに駆け上がった。結果にはさまざまな原因があるが、急造チームでも成熟したチームでも、チーム全体が同じ方向を向くことで好結果を出してきた。

 内田はW杯で勝つために最も大切なことを「普通にやること」だと結論づけている。西野監督は、毒にも薬にもなる本田の影響力を買って主力を託す考えだ。勝つ(優勝)経験が少ない本田が、間違った方向にチームを向かわせることもあるだろう。戦術浸透がうまく進まない時期もある。そのときは、西野監督がしっかりとチームの方向を示す必要がある。チームにとって「普通のこと」を普通にやる。これこそが目標達成の最低条件になる。


5大会連続でW杯取材にあたる報知新聞の内田知宏記者である。
5月中旬に鹿島クラブハウスを訪れ、篤人から予備登録メンバーから漏れ、W杯落選を伝えられたエピソードを語る。
篤人の並々ならぬW杯への思いとともに経験を綴る。
篤人はワールドカップにて勝つために最も大切なことは「普通にやること」と言い切る。
これは、経験と体験に基づくものであろう。
ブラジルW杯では、ザッケローニ監督がザッケローニ監督で無くなったと、当時の技術委員長であった霜田氏は後に語っておる。
前大会は「普通」に出来なかったという体験が篤人の身体に刻み込まれておるのだ。
今回のメンバーは前回のメンバーが数多く入っておる。
この体験を生かす準備は出来ておるのであろうか。
ブラジルでは、篤人だけが奮起しておるように写った。
覇気の無かった彼らが、今回は体験を胸に「普通」に奮起してくれるのであろうか。
不安ばかりが胸をよぎる。
逆に今大会が新体験の源と植田、そして岳に期待してしまうのは自分だけではないのでは無かろうか。
そして、W杯未経験の指揮官も然りである。
とはいえ、メンバーが発表され、本大会を待つだけとなった今では、我らが出来ることは少ない。
日本人として日本代表が結果を残すことを、ほんの少しだけ期待しておる。

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三竿健斗、バックアッパーとして帯同検討

代表選外の三竿ら3選手、バックアップ要員で欧州遠征同行検討
 激戦区の守備的MFで日本代表選外となった三竿は自身のインスタグラムで「悔しさをいつもエネルギーに変えて成長してきたのでこれで僕はさらに強くなれると思います」と前を向いた。また、最終予選で貢献した浅野と井手口も落選。浅野は自身のブログに「今回のW杯でプレーしている姿を見せることができないのは凄い悔しい」と心境を書き込んだ。

 一方、日本協会は落選した3選手を2日からの欧州遠征に同行させることを検討していることが分かった。故障者が出た場合は1次リーグ初戦コロンビア戦の24時間前まで選手の入れ替えが可能なため、調整してもらう狙いがあるという。日本協会幹部は「西野監督や技術委員会がバックアップについて話をしていると聞いている」と説明。本人らの意思を尊重して決断が下される見通しだ。


日本代表練習でウォーミングアップをする三竿(撮影・西尾 大助)
Photo By スポニチ


[ 2018年6月1日 05:30 ]


ロシアW杯のバックアップ要員として検討される三竿健斗である。
初戦であるコロンビア戦の24時間前までならが入れ替えが可能、不慮の事態に対処するためのメンバーである。
思い起こせば、2006年大会は田中誠の負傷が癒えず、急遽、茂庭を呼び寄せたという事件があった。
ハワイにてオフを楽しんでいた茂庭はコンディションが最高潮であったか疑問が残った。
このような事態を避けるためには、バックアップメンバーも重要と言えよう。
健斗はロシアに帯同するのであろうか。
続報を待ちたい。

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源と植田、W杯メンバー選出コメント

鹿島CBコンビがW杯へ決意…昌子「日本がまだ到達していない高みを」植田「やるからには優勝」
18/5/31 21:52


鹿島からW杯メンバーに選出されたDF昌子源とDF植田直通

 日本サッカー協会(JFA)は31日、ロシアW杯に出場する日本代表メンバー23人を発表し、鹿島アントラーズからはDF昌子源とDF植田直通が選出された。同日にカシマスタジアムで行われた記者会見でのコメントをクラブ公式サイトが伝えている。

 両選手にとっては初のW杯。昌子は2015年3月のA代表デビューから通算11試合、植田は昨年12月のデビューからここまで3試合に出場している。

 昌子は大会に向け、「選出していただき、とても光栄に思うのと同時にアントラーズを代表してがんばりたいと思う。また最終発表まではチームメートの三竿健斗選手もメンバーとして一緒にやってきたので、(落選した)健斗の分も背負ってがんばってきたい。日本がまだ到達していない高みを目指したい。そして個人としては試合にしっかり出て、勝利へ貢献したい」と決意を語った。

 また、植田は「選ばれて、本当に嬉しく思う。日本を背負うのはもちろんだし、アントラーズの代表としてしっかり戦ってきたいと思う。また今回のメンバーに選ばれなかった選手もたくさんいる中で選ばれたという責任を感じながら、これからまた日々の練習に臨みたい。やるからには優勝を目指さなければいけない。厳しい目標かもしれないけれども、それがチームとして戦う大前提。個人としては試合に出場して、日本の勝利へ貢献したい」と抱負を述べている。

鹿島勢2人選出「国のために」昌子「うれしい」植田
[2018年5月31日19時49分]


W杯日本代表に選ばれ、カシマスタジアムで日の丸を手にする鹿島の昌子(右)と植田(撮影・今村健人)


W杯日本代表に選ばれ、カシマスタジアムで日の丸を手にする鹿島の昌子(右)と植田(撮影・今村健人)


 サッカーワールドカップ(W杯)ロシア大会(6月14日開幕)の日本代表メンバー23人に選ばれた鹿島アントラーズのDF昌子源(25)とDF植田直通(23)の2人が茨城県のカシマスタジアム内で会見した。

 ともに、それぞれの家でテレビを見て代表入りを知ったという。植田は「僕の名前を聞いたときには一安心といった気持ちでした」と言い、昌子は「なかなかサッカーは、地上波ではあまり(中継を)やらないので、それだけ大きな大会なんだなというのを感じました。できることならもっと地上波で取り上げて欲しいなと、まず感じました」と笑わせた。

 目標を問われると、昌子は「今までの日本の成績を塗り替えていきたい。試合に出て、国のために戦う。そして勝利を勝ち取ることが役割だと思います」。植田は「最初からサポートしようと思って行く選手はいない。全ての選手は試合に出ようと思って練習もやっていて、それが大事。そういう激しさがあるからこそチームも良くなる。そういうのを僕は練習からも見せてきたい」と話した。

 鹿島でコンビを組むCBの2人。植田は「源くんとこのW杯のメンバーに選ばれたことは僕自身もすごいうれしいこと。鹿島で2人でやっていることが評価されていることもうれしい」と喜んだ。そして、昌子は「自分が引退したときに、いい大会だったなとか、日本として国として、チームとしていい成績、いい大会で終われたなと思えるようにしたい」と誓った。

鹿島DF昌子、落選の三竿から祝福「お前の分も」
[2018年6月1日6時55分 ]


W杯日本代表に選ばれ、カシマスタジアムで日の丸を手にする鹿島の昌子(右)と植田(撮影・今村健人)

 史上初のノーサプライズ・ジャパンの誕生だ。日本サッカー協会(JFA)は5月31日、都内のホテルでワールドカップ・ロシア大会に臨む日本代表23人を発表した。

 会見の冒頭で、昌子が口にした。「鹿島を代表して頑張っていきたいのが1つ。そして、この合宿では鹿島から三竿選手も選ばれていた。健斗の分もしっかり背負って頑張っていく。まず、それを思いました」。

 昌子と植田の2人が、鹿島からは2大会ぶりに選ばれた。ただ、代表合宿に参加していたもう1人の三竿は落選。代表発表直後、その三竿から祝福の連絡があった。昌子はこう返した。「お前の分も頑張ってくるから。鹿島のことを頼むぞ」。戻ってきた言葉は「任せてください」。

 同じリオ五輪世代の植田も言った。「今回外れてものすごく悔しい気持ちだと思う。メンバーに選ばれなかった選手もたくさんいる。その人たちの思いも背負って戦わなければいけない。その覚悟を持ちたい」。

 鹿島でCBのコンビを組む2人。ただ、代表では今、主力組ではない。植田は言う。「ピッチに立って日本のために戦って結果を残してこそ、これからの自分に生きるものになる」。そのために練習から激しく行く。昌子は「引退したときに日本として国として、チームとしていい成績、いい大会で終われたなと思えるようにしたい」。2人の底上げが、日本の守りを強くする。

昌子 三竿の分背負う「成績塗り替え、勝利に貢献できれば」

日本代表に選ばれ、笑顔の植田(左)と昌子
Photo By 共同


 昌子は初めて挑む国際舞台に向け「光栄に思っているし、鹿島を代表して頑張る」と力を込めた。千葉合宿でともに練習した鹿島の同僚MF三竿は落選。「三竿の分も背負って頑張りたい」と後輩への思いを口にした。ハリルホジッチ前監督時代は一時主力の座をつかみかけたが、現在は槙野らにポジションを奪われており、ガーナ戦でも出番はなかった。「(過去の)日本の成績を塗り替えたい。個人的にはまずは試合に出て、日本の勝利に貢献できれば」と話した。

[ 2018年6月1日 05:30 ]

昌子、落選の三竿健との“男の約束”「お前の分も頑張ってくる。鹿島のことを頼むぞ」
2018年6月1日5時30分 スポーツ報知


W杯メンバーに選出された鹿島のDF植田直通と昌子源(右)

 DF昌子源(25)=鹿島=は、落選した鹿島MF三竿健との“男の約束”を明かした。発表直後に三竿から「おめでとうございます」と祝福の連絡があり、「お前の分も頑張ってくる。鹿島のことを頼むぞ」と励まし合ったという。

 これまでユース世代の代表でも国際大会を経験したことがなく、自身初の大舞台。「(試合の)途中から出るタイプではない。先発じゃないといけない選手。先発を狙っていく」と気合を入れた。

リオ世代盟友が次々落選…植田「彼らの分も覚悟を持って戦いたい」
2018年6月1日6時0分 スポーツ報知


W杯メンバーに選出された鹿島の植田(左)と昌子

  日本サッカー協会は31日、都内で会見を開き、ロシアW杯(6月14日開幕)に臨む日本代表メンバー23人を発表した。

 DF植田直通(23)=鹿島=が最年少で23人枠に滑り込んだ。身体能力を生かした空中戦の強さや対人守備が武器の23歳は「(同世代で)悔しい気持ちをしている選手は多い。彼らの分も覚悟を持って戦いたい」と意欲を示した。

 合宿メンバーから外れたFW中島翔哉(ポルティモネンセ)、FW久保裕也(ゲント)らに続き三竿、井手口、浅野とリオ五輪世代の盟友が次々と落選。「下から(ベテラン勢を)突き上げていかないといけない」と鼻息は荒い。

 今季は鹿島で好パフォーマンスを維持。ガーナ戦では出番がなかったが、合宿中の紅白戦では主力組でプレーする機会も与えられた。「日本のために戦う。試合に出た時のことを考えて、しっかり準備をしたい。プレッシャーよりもワクワクの方が強いですね」と力強く語った。(岡島 智哉)


ロシアW杯メンバー選出にコメントを発した源と植田である。
鹿島の両CBが揃って選出されたことを口にし、そして落選の三竿健斗を気遣う。
日本代表は人間性も問われる。
この大会で大きなものを得て無事帰ってきて欲しい。
楽しみにしておる。

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三竿健斗、日本がんばれ!!




ロシアW杯メンバー落選についてtweetした三竿健斗である。
「悔しさをいつもエネルギーに変えて成長してきたのでこれで僕はさらに強くなれる」という言葉に健斗の向上心と前向きな姿勢が集約されておる。
この選手は伸びる。
4年後は健斗が軸となって日本代表を牽引していくこととなろう。
期待しておる。

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源・植田、ロシアW杯へ

日本代表選出のお知らせ
2018年05月31日(木)

本日、2018W杯 ロシアに向けて、日本代表メンバーが発表されました。

鹿島アントラーズからは、昌子選手、植田選手が選出されました。


ロシアW杯に向けた日本代表に選出された源と植田である。
日本を勝利に導くため尽力して欲しい。
ピッチに立たずとも力になることは、先人の秋田、岩政、篤人らが証明しておる。
また、落選した健斗も落胆する必要は全くない。
日本代表という大きなグループに名が入っておることは紛れもない事実なのである。
悔しさをバネにして更に大きく成長するのだ。
期待しておる。

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Jリーグユニフォーム要項改定

Jリーグユニフォーム要項改定のお知らせ
Jリーグは、本日開催の理事会において、下記の通り「Jリーグユニフォーム要項」の改定を決定しましたのでお知らせいたします。
本改定は、クラブ経営や強化における選択肢の多様化や自由度の向上を目的としたものです。これにより、シーズン途中でも背番号の変更が可能となります。

■改定内容
<Jリーグユニフォーム要項>

改定前 第6 条〔選手番号・チーム名・チームエンブレム〕
(1) 選手番号は事前にJリーグに登録しなければならず、シーズン途中の変更は認めないものとする。
ただし、2種トップ可、特別指定選手制度により出場が認められた場合、この限りではない。
改定後 上記条項の削除

■適用開始予定日
2018 年5 月30 日


Jリーグユニフォーム要項を改定したJリーグである。
これにより、シーズン中に背番号の変更が可能となった。
まことに持って残念と言えよう。
この規約自身は特に問題は無いが、お金を持っているクラブの希望により規約が変えられてしまうという前例が出来たことを遺憾に思う。
今後、ルールがルールとしてシーズン中にコロコロ変えられてしまう危険をはらんでおる。
もっと言えば、八百長ですら認められてしまう可能性があるということである。
日本サッカーは健全な状態と言えるのであろうか。
無念である。

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練習試合 いわきFC戦

午前練習


いわきFCと練習試合を行い、田中選手と有馬選手(ユース)のゴールで2-1と勝利しました。

[鹿島]連戦のダメージが色濃い鹿島。それでも練習試合でいわきFCに勝利
 30日、鹿島はクラブハウス練習場でいわきFCと練習試合(45分×2)を行い、2-1で勝利を収めた。
 6月6日に控えている天皇杯2回戦に向けた準備を進めている中で組まれた練習試合だったが、12連戦の爪痕は大きかった。昌子源、植田直通、三竿健斗の3人が日本代表に招集されているとはいえ、小さなケガから大きなケガ、体調不良を含めると動ける選手はわずか13人のみ。GKに川俣慎一郎、DFは安西幸輝、町田浩樹、犬飼智也、伊東幸敏、MFが中村充孝、小笠原満男、遠藤康、西大伍、FWに安部裕葵、山口一真という面々でスタートした。
 前半は、いわきFCの[3-4-1-2]の並びにうまく対応できず、バックパスを奪われて失点してしまう。しかし、後半になってから修正を施し、相手を敵陣に押し込むと、田中稔也と有馬幸太郎(ユース)のゴールで2点を返し逆転勝ち。
 クラブハウスを訪れていたジーコが見守る中、勝ち切る試合を見せた。

(鹿島担当 田中滋)


いわきFCとの練習試合に出場した田中稔也である。
2本目から出場し1ゴールを記録した。
好調をアピールしたのは嬉しい。
層の薄い2列目にて力を発揮しつつある。
ジーコの眼鏡にかなったことであろう。
楽しみな存在で在る。

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浦和、ポルティモネンセのファブリシオを獲得へ

浦和 新助っ人にブラジル人FW獲得へ!今季15点、ポルティモネンセ中島の同僚

鹿島で16年7月から半年間プレーしたファブリシオ(中央)
Photo By スポニチ


 浦和が今夏の補強としてポルトガル1部ポルティモネンセのブラジル人FWファブリシオ(28)の獲得が内定したことが29日、分かった。複数の関係者が明かした。

 ファブリシオは今季、中島翔哉とともにポルティモネンセの攻撃をけん引。リーグ4位の15点を記録するなど覚醒した。16年7月から半年間は鹿島に期限付き移籍しており日本サッカーも熟知。J1では8戦1点も天皇杯決勝の川崎F戦では決勝弾を決め、天皇杯制覇に導いている。ここまで14位に低迷する浦和は現在、3戦連続無得点と得点力不足が深刻。FW補強は急務だった。

[ 2018年5月30日 07:38 ]


浦和加入が内定したポルティモネンセのファブリシオである。
これは恐ろしい敵が立ちはだかってくる。
2016年に鹿島に在籍した際は、Jリーグに馴染むことに難儀し、活躍は天皇杯に限定された。
とはいえ、天皇杯優勝に大きく貢献し、惜しまれつつ保有権を持つポルティモネンセに戻っていったことで記憶に残る。
鹿島では主に左サイドを担ったが、ポルティモネンセではセンターFWとして起用され、昨季は15ゴールを奪っておる。
2TOPを採用する浦和でも、このポジションに配されるであろう。
Jリーグを知る助っ人は貴重である。
活躍が保証されたようなもの。
注目である。

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日本代表・三竿健斗、自分の役割

ラストアピールに燃える三竿健斗「自分のプレーはドンドン出せている」
18/5/29 22:15


日本代表MF三竿健斗

 昨年12月のE-1選手権、今年3月のベルギー遠征、そしてロシアW杯の壮行試合となるガーナ戦に挑む日本代表に選出されたMF三竿健斗(鹿島)。継続して代表に名を連ねることで、「3月よりも周りの選手とのコミュニケーションだったり、自分の中で溶け込めているのは感じるので、精神的な部分で安心してやれている」と語った。

 3-4-2-1システムを新たに採用したチームの中で、三竿は主にボランチの位置に入ってトレーニングを続けている。「CBが3人いるので、あまり後ろを気にしないで前に行けるけど、(ボランチの)2人が同時に前に行ったら良くない」と注意すべき点を挙げつつ、「与えられた時間の中で自分のプレーはドンドン出せていると思うし、コンディションも上がってきている」と手応えも感じているようだ。

 ロシア行きのチケットを手に入れるためにも、翌30日のガーナ戦でのアピールは不可欠だろう。「自分の役割というのは、自分の特長を出すこと」とラストアピールに燃える。

(取材・文 折戸岳彦)


日本代表の三竿健斗について取材したゲキサカの折戸氏である。
「3月よりも周りの選手とのコミュニケーションだったり、自分の中で溶け込めているのは感じるので、精神的な部分で安心してやれている」というコメントを引き出し、日本代表という場所に慣れてきたことが伝わってくる。
思えば、昌子源もそんな感じであった。
一つ一つ場所を作って、主軸に食い込んでいくのだ。
「自分の役割というのは、自分の特長を出すこと」という言葉に表れているように、同ポジションの井手口とは異なるボランチ像をアピールして欲しいところ。
楽しみにしておる。

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アウトゥオリ氏、フルミネンセのダイレクターを辞任

Após cinco meses como diretor de futebol, Paulo Autuori deixa o Fluminense
Reunião do presidente Pedro Abad com Abel Braga e jogadores, após o treino da manhã desta segunda-feira, oficializa saída do dirigente, insatisfeito com últimos episódios no Tricolor

Por Anselmo Caparica e Hector Werlang, São Paulo e Rio de Janeiro
28/05/2018 13h19 Atualizado há 3 horas


A passagem de Paulo Autuori pelo Fluminense chegou ao fim. O diretor esportivo de futebol deixou o cargo, na manhã desta segunda-feira, dia de reapresentação no CT Pedro Antonio após a vitória de sábado diante da Chapecoense.

Foi após o treino que uma reunião entre o presidente Pedro Abad, o vice de futebol Fabiano Camargo, o técnico Abel Braga e o próprio Autuori com o grupo de jogadores oficializou a saída. Contratado em dezembro de 2017, o dirigente ficou cinco meses no clube. Saiu insatisfeito com uma série de acontecimentos.

Pouco tempo depois da publicação do GloboEsporte.com, em nota oficial, Abad destacou o trabalho no período:

- Quero agradecer ao Paulo Autuori por todas contribuições que trouxe neste período conosco e pela conduta sempre transparente e íntegra enquanto esteve à frente do carro-chefe do nosso clube.


Paulo Autuori deixa Maracanã após Fluminense x Atlético-PR (Foto: Raphael Zarko)
Autuori, na mesma nota oficial, desejou sucesso ao Fluminense:


- Foi uma honra ter a oportunidade de fazer parte dessa instituição histórica e vitoriosa. Desejo sucesso ao clube nos próximos passos daqui em diante.

O clima da conversa foi de lamento por parte de todos os integrantes do departamento de futebol. A relação de Autuori com todos era muito boa. Ainda no CT, após a conversa, Abad e Fabiano se despediram do agora ex-dirigente.

Antes mesmo de Auturi ter deixado o Flu, Abad tentou um substituto: Rodrigo Caetano. Este, porém, acertou com o Internacional, de Porto Alegre. O Tricolor está no mercado em busca de um novo nome.


Os motivos por trás da saída


A questão financeira do clube é um dos pontos que desagradou Autuori. Toda e qualquer negociação que envolve pagamentos no Tricolor é de difícil solução. Manter os salários dos jogadores em dia gerou desgaste para Autuori, principal elo entre o elenco e a direção.

A forma como o caso Kleber Gladiador foi conduzido foi um dos episódios que mais desagradou Autuori. O diretor desejava a preservação do atacante e se incomodou com o vazamento das informações de que ele teve a contratação desaconselhada pelo departamento médico em razão de problemas nos joelhos.

A saída do diretor executivo Marcus Vinícius Freire também contribuiu para a decisão. Foi o ex-superintendente do COB um dos principais responsáveis pela vinda de Autuori para o Fluminense.

Outro episódio de exposição reprovado foi a festa ainda no vestiário do Maracanã após o título da Taça Rio. Autuori queria algo mais restrito a jogadores e comissão técnica, e foi surpreendido com a presença de pessoas de fora do clube, entre eles Rubens Lopes, presidente da Ferj.

O turbilhão político das Laranjeiras também é um dos fatores que deixaram Autuori contrariado. Recentemente, cinco vice-presidentes deixaram o clube. Além disso, algumas correntes internas contestavam o trabalho do dirigente e questionavam até mesmo se valeria a relação custo-benefício.

Autuori, recentemente sondado pelo Flamengo para o cargo de diretor executivo, também tem o desejo de voltar a ser treinador. Isto, porém, não deve ocorrer no Brasil.


フルミネンセのダイレクターを辞任したアウトゥオリ氏である。
フルミネンセの財政難により、給料未払い問題の解決や選手獲得難航、そして情報流出などの事件により業務に支障を来したためと報じられる。
天下の名将がフリーの身となった。
新たなクラブにて挑戦をするのであろうか。
注目である。

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日本代表・昌子源、非常に良い方向でチャレンジできている

3バックのトライは遅くない!! 昌子源「全然、僕らは思っていない」
18/5/28 21:35


日本代表DF昌子源

 4バックでのプレーに慣れている。しかし、日本代表が2日前から新たに取り入れた3-4-2-1システムにも、DF昌子源は手応えを得ている。

 2日前からのフォーメーション練習では、主に左CBの位置に入った昌子は、新システムを「ガンガン攻撃的にいく3バックではないと思う」と感じている。昨日も「守備の確認をしている」だけでなく、「3バックだけど、守備のときは5バック近くになり、しっかり守備陣が安定する。サッカーにおいて守備が安定するチームは強いし、まずは守備を安定させる良いトライができていると思う」との感触を得ているようだ。

 所属する鹿島では4バックがベースであり、普段は3バックには馴染みがない。しかし、「情報を入れて頭がパンパンになるのではなく、自分の中で整理ができている。やりづらさはないし手応えもある」と自信を覗かせる。

 W杯直前に監督が交代し、西野朗監督が就任したばかりの日本代表。W杯まで1か月を切った現在の状況は、「よその国はトライする時期ではないし、形を決めてある程度、戦い方がはっきりしているのが今の段階」という期間で、「日本は今になって3バックにトライしていて、他の国からは遅いと言われるかもしれない」ものの、「全然、僕ら選手は思っていない」と続けた。

「非常に良い方向でチャレンジできている」。まずは30日のガーナ戦をこなし、約3週間後に迫るW杯グループリーグ初戦コロンビア戦に向けて、戦術の浸透を高め、意思の疎通をより図っていく。

(取材・文 折戸岳彦)

昌子“CL談議”に花 DFとしての対策と準備、W杯の警戒点に
キリンチャレンジカップ2018 日本-ガーナ ( 2018年5月30日 日産ス )


ウォーミングアップをする昌子(撮影・西尾 大助)
Photo By スポニチ


 昌子が宿舎の円卓テーブルで“CL談議”に花を咲かせたことを明かした。

 話題の中心はリバプールとの決勝で途中出場から2得点を挙げたRマドリードのFWベイル。「(DFとして)あれはどうしたらええの?」「(対策として)クロスを上げさせない」などの会話が繰り広げられたという。中でもミスを犯したリバプールGKカリウスについて「大舞台に慣れている人でもああいうプレーが起こるということは、前の段階での準備が必要になる舞台なんじゃないかな」とW杯での警戒すべき点に重ね合わせた。
[ 2018年5月29日 05:30 ]


ガーナ戦を前に口を開いた日本代表の昌子源である。
先日のCL決勝について宿舎にて話題に上がったことを伝える。
スーペル・ゴラッソを決めたR・マドリーのベイルについて「(DFとして)あれはどうしたらええの?」「(対策として)クロスを上げさせない」などと話したという。
あれほどの選手でさえW杯には出られないのである。
そのあたりを肝に銘じて欲しい。
また、日本代表が取り組んである3バックについては、「ガンガン攻撃的にいく3バックではないと思う」と言う。
このシステムはかなり守備的な模様。
西野日本代表監督は、W杯に於いて日本の立ち位置を理解しており、守って守って守り切って数少ないチャンスに望みをかける戦術を採るのであろう。
これはこれで理解できる。
コロンビア、セネガル、ポーランド共にワールドクラスの攻撃陣を揃える。
彼らを抑えきって、朗報をもたらせるのであろう。
そのメンバーに源が食い込めるか否か、ガーナ戦にて見極めたいところ。
楽しみにしておる。

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本庄第一高校・金古聖司監督、指導者の顔



高校の監督となった金古聖司
全国大会への飽くなき挑戦


2018-05-28
サッカークリニック


 埼玉県北部の強豪校・本庄第一高校は、2016年から元Jリーガーの金古聖司氏が監督を務めている。現在38歳の金古氏は、東福岡高校2年(1997年度)と3年(98年度)のときにセンターバックのレギュラーとして『全国高校サッカー選手権大会』で連覇を達成。高校卒業後は鹿島アントラーズでプレーし、U-19日本代表やU-21日本代表にも選ばれた。
「高校サッカー界のスター」は、08年に鹿島を退団したあとにアジア4カ国でプレーし、15年に現役から退いたのも束の間、翌春に高校サッカー部の監督に就いている。金古監督に指導者となった経緯や教え子たちに対する思いを聞いた。
※取材は2017年5月に実施。肩書、学年、ポジション等は取材時のもの
(出典:『サッカークリニック』2017年7月号)


※上のメイン写真=2015年に現役から退き、16年4月から埼玉県の本庄第一高校で指導にあたっている金古聖司・監督
写真/吉田太郎


『全国高校サッカー選手権大会』では帝京高校(東京都)との決勝を制し、大会連覇を果たした金古聖司・監督。写真はキャプテンを務めた東福岡高校3年のときのもの 写真/BBM

志波総監督のような
指導者になりたい


 1993年にスタートしたJリーグは、プロサッカーリーグとして見る人々に感動と興奮をもたらしてきた。今、そのJリーグでプレーした元選手たちが、高校サッカーの指導者として経験を伝えながら、新たな挑戦をしている。
『ミスター・グランパス』こと元名古屋グランパスの岡山哲也・監督(中京大学附属中京高校)や元日本代表FWの森山泰行・監督(浦和学院高校)、そして、青嶋文明・監督(浜松開誠館高校)、加見成司・監督(聖和学園高校)、鈴木勝大・監督(桐光学園高校)といった強豪校の指揮を執る元Jリーガーもいる。
 また現在、Jリーグ創世記を中学生や高校生として過ごして刺激を受け、その後プロの世界を経験し、現役引退後に指導者の道を歩み始めている元Jリーガーも増えてきている。2016年、高校時代に輝かしい実績を残し、鹿島アントラーズや海外でもプレーした元選手が、指導者としての人生をスタートした。埼玉県北部の強豪校、本庄第一高校の金古聖司・監督である。
 16年4月に監督就任。現在、2年目(17年5月当時)の指導がスタートしている金古監督は「全国大会に出たいですね。全国に出るまでにやらなければいけないことはまだ多いと思いますが、そのために何ができるのかを考えています。1年で少しは成長できましたが、全国へ行くためにはまだまだ足りません。選手たちを全国へ連れていきたいです」と、指導者として成長する考えと目標を語った。
 高校時代は高校サッカー史に残るチームのセンターバックだった。共に偉業を成し遂げることになるMFの宮原裕司(元アビスパ福岡など。現在は福岡U-18コーチ)に誘われて東福岡高校に進学した金古監督は、2年生のときに先輩のMF本山雅志(現在はギラヴァンツ北九州)やDF手島和希(元京都サンガF.Cなど。現在は京都U-15監督)らと共に、史上初となる、インターハイ、全日本ユース(U-18)選手権(現在は高円宮杯JFA U-18サッカー プレミアリーグ)、そして全国高校サッカー選手権大会を制し、全国3冠を達成している。キャプテンを務めた3年生のときには高校選手権で東福岡を2連覇へ導き、個人としてもU-19日本代表、U-21日本代表に選出されて高校卒業後、鹿島入りを果たした。
 鹿島で3度のリーグ制覇などを経験し、08年シーズン限りで鹿島を退団すると、その後は海外へ渡り、シンガポール、インドネシア、タイ、ミャンマーの4カ国でプレー、15年シーズン終了後に現役から退くことを決断した。
 しかし、その翌春には由縁のない埼玉県で指導者生活を始めている。それは「運命的」なものであったと言う。
 金古監督は現役引退の決断直後、タイから福岡空港に降り立った足でそのまま母校の東福岡を訪ねた。「引退後のことは何も決まっておらず、現役から退くことだけを決めていました。(東福岡時代の監督だった)志波(芳則)先生(現在は東福岡の総監督)に初めに言いたい気持ちがありました」と、恩師へ現役引退のあいさつ。「志波先生と出会っていなければ今日の私はありません」と金古監督が言い切る存在は、あいさつの場で「昨日連絡があったのだけれど、(本庄第一が)監督を探しているそうだ」(志波)と監督就任を勧めてくれたのだと言う。
 指導者経験のまったくない金古監督はすぐには前向きな返答をすることができなかった。しかし、「本庄第一に行き、校長先生や教頭先生と話をさせてもらって、情熱などを感じましたし、新人戦の決勝を見に行ったときに心を動かされた部分もありました。『高校サッカーはひたむきでいいな』と思ったのです」と、本庄第一の情熱を感じるようになった。
「私自身が高校サッカーに育ててもらったことも決断した理由としてありました。そして、志波先生との出会いがすごく大きかった分、志波先生のようになりたいと思ったのも、決めた理由の1つです」(金古)
 金古監督は高校サッカーの指導者として歩み出すことを決断した。
 また、「外部だと選手の姿が見えない」という考えから、プロ・コーチではなく、学校職員になることを前提で契約している。同校の事務職員を務めながら、放課後は選手の指導を行なう日々を送っている。


選手たちは元Jリーガーの下、全国大会出場を目指す 写真/吉田太郎

旧友の言葉で知った
控え組みの気持ち


 監督1年目は悩まされ続けた1年だった。
 本庄第一は16年2月、現在は顧問を務める大山真司・前監督(父は武南高校の大山照人・監督)の下、FW小林祐太(ザスパクサツ群馬でプレーし、現在はtonan前橋)などの活躍などもあって埼玉県新人大会で準優勝している。そのチームを受け継いだ金古監督は1年目から結果を残すつもりでいた。しかし、関東大会の予選で初戦敗退を喫すると、インターハイの埼玉県予選は3回戦で敗れ、高校選手権の埼玉県予選も1次トーナメントの初戦で敗れてしまう。指導者としての力不足を痛感させられる結果となった。最初は80人の部員の前でまともに話すこともできなかったという指揮官は、高校生を成長させ、彼らをまとめて、勝利することの難しさに直面した。
「指導1年で何よりも大事だと思いました」(金古)と話すのは、選手との接し方だった。金古監督には、チームをとにかく強くしたいという思いがあった。メンバーを固定してその選手たちを鍛え上げていくイメージはあったが、必ずしも正解ではなかった。また、さまざまな思いを持って高校サッカーに取り組んでいる選手たちの心は繊細で、コミュニケーションの取り方一つは調子を左右してしまうことも実感した。「選手は私のことを見てくれている。しかし、私は選手全員を見ることができていない。彼らをまとめる力が足りない」と金古監督は感じていた。
 2年目の現在も試行錯誤の日々を送っている。しかし、その悩みを解決するきっかけがあった。東福岡時代の同級生2人が埼玉へ来てくれたのだ。1人は共にレギュラーとして高校選手権連覇を経験した元選手、もう1人は試合に出ていなかったメンバーだった。当時の東福岡はラグビー部とサッカー部がサッカーコート1面ほどのグラウンドを共有していた。その半面をAチームの20人ほどが使ってトレーニングを行ない、残りの100人はゴール裏のわずかなスペースで力を磨いていた。
 金古監督は試合に出ていなかったメンバーに聞いたと言う。
「『どうして頑張れたの?』と彼に聞いたら、『先輩の中に、俺らはここで頑張るしかないと言ってくれる人がいた』と言ってくれたのです。『引っ張ってくれる人がいたから頑張るしかない。サボっている人もいたけれど、主力にケガ人が出たとき、志波先生がたまに呼んでくれるときが最もうれしかった。見てくれていると感じた』とも言ってくれました。だから、私も選手たちをしっかりと見てあげたいと考えるようになりました。チームを強くしたいのはもちろんのことですが、頑張っている選手はほかにもいます。全員を見て、強くしていくのがいいのかもしれないと感じたのです」(金古)
 旧友の言葉によって、陰からチームを支える選手の重要性を再確認させられた金古監督は現在、選手たちに可能な限り目を配るようにしている。ケガで練習に参加できなかった3人(1年生を含む)に対し、状況確認とアドバイスを一人ひとりに行なう姿が取材時に印象に残った。
 チームが強くなることはもちろん、3年間を通して「自分と出会って良かった」と思ってもらえるような日々を過ごしたい、そういう気持ちを持っていると言う。
 確かに、1年目はコミュニケーション不足だったかもしれない。そのため、「新人戦で準優勝した彼らを指導したのに結果が出なかったため、選手たちは私に対してどう思っているのか、と少し思います。もしかしたら『監督が私ではなかったら結果が出ていた』と思っている選手もいるかもしれない」と考えることもあるそうだ。時間がたって分かることかもしれないが、選手たちが後悔しないような日々を送ってもらうために、指導にさらに情熱を傾けていく決意を持っている。
 指導方法も変化した。
 金古監督をサポートする顧問の大山は「就任当初はプロに教えるような練習を施していたため、『本庄第一の選手たちに伝えるのは少し違うのではないか』という話もしました」と話す。東福岡のスタイルに近いものを求め、ポゼッション、サイド攻撃、選手を追い越す動きなどを目指し、ボールの動かし方から練習していた。しかし、選手たちに意図をうまく伝えきれず、思うようなサッカーを表現できていなかった。
 今では、高校生の目線に合わせて、「この動きにはこんな目的があり、それによって何を起こせるのか」という点を具体的に説明するようになったと金古監督は言う。
 それでも、まだ言葉が足りなかったり、金古監督の出したい現象を練習でうまく引き出すことができていないと感じていたりもしている。その中で、試合に出ている選手も出ていない選手も、1つの方向に前向きになれるようにする意識は欠かさない。そして、「成功の瞬間をしっかり見てあげるほうが選手は自信になります」(金古)と、褒めながら選手たちの力を引き出そうとしている。
 DFの鈴木健斗キャプテン(17年度)が「選手たちはみなマジメに練習するタイプです。監督に言われたことを取り入れようとしています」と言うように、金古監督のチームに対する情熱は選手たちに徐々に伝わってきているようだ。
 16年度は選手側から見ても遠慮が感じられたが、現在は厳しい声が飛ぶようになっている。16年度からの主力であるDFの渋谷真暉は「特に公式戦前は監督の思いが強く伝わってきます。練習から声が大きく、試合前も試合に勝つための具体的な言葉が多くなりました」と話す。
「選手たちに勝ちたい気持ちが自然に芽生えればいいと思っています。私が高校生だったときもそうでした。『志波先生を勝たせたい』、『日本一にしたい』と思って試合に臨んでいたものです。
 バスで各地に行き、寝ないで運転している志波先生の姿などを見ていました。私もそういった姿勢を見せ、試合に出ている、出ていないにかかわらず、同じ方向を向けるようにしたいと思っています」(金古)
 すべてが好転しているわけではない。17年度もなかなか結果が出ていないのが現状だ。それでも、主に1年生を指導する顧問の大山などの協力を得ながら、指導者として成長し、チーム力を地道に高めていこうとしている。


「選手たちには『自分たちが新生・本庄第一の1期生』という気持ちで練習に取り組んでほしい」と、金古聖司・監督は監督就任2年目(2017年度)の春に話していた 写真/吉田太郎

「甘くない」と感じた
プロの経験も伝える


 金古監督の就任によっていい影響も出てきている。
「元プロ選手の肩書を持つ監督が来てくれたことはプラスに見られる部分がたくさんあるのです。もう一回立ち直り、まずは元に戻れるようにしたいです。これからのチームだとも思っています」(顧問の大山)
 本庄第一は埼玉県北部の強豪としての地位を確立してきたが、3年前に部員の起こした事件によって対外試合への出場を辞退した影響が残る。しかし、17年度は45人もの新入生が入部した。16年度の新人戦の好結果や「かつての高校サッカーのスター」、「元Jリーガー」といった肩書を持つ金古監督の就任がイメージを変え、元の姿へ少しずつ近づき始めている。
 金古監督は「『自分たちが新生・本庄第一の1期生』という気持ちで練習に取り組んでほしい」と選手たちに話している。
 金古監督自身も選手たちも意識面から高めようとしている。金古監督はプロの世界で、「社会に出れば何事も甘くはないこと」、「何事にもかけなければ達成することはできないこと」を学んだ。その経験を選手たちに伝えることも役割だと思っている。だからこそ、目の前のことに全力で向き合い、一生懸命やり抜くことを選手たちに求めている。
「『家族のサポートなどがあってサッカーをやらせてもらえているのなら、今、真剣に打ち込みなさい。高校サッカーはサッカーを純粋に楽しめる最後の段階だと思うから、打ち込みなさい』と選手たちに話したことがあります」(金古)
 高校やJリーグ、海外で経験してきたことは、金古監督など、限られた人間の強みである。恩師の志波総監督や、徐々に増えてきている指導者仲間と協力しながら、選手に成長できる環境を与えたいと思っている。
「監督たちは僕たちを信頼してくれているので、しっかりと勝って恩返ししたいと思います」
 MFの滝瀬悠人(17年度)がこう言うように、彼らが勝利し、成長して「本庄第一で良かった」と思えるような高校サッカー生活をサポートしていく。

取材・構成/吉田太郎


本庄第一高校の金古聖司監督を取材したサッカークリニックの吉田記者である。
指導者としてこの1年でどれだけ成長していったかが伝わってくる。
金古が育てた選手がプロにて大成する日も近かろう。
それは金古の顔に表れておる。
良い表情をしておる。
これからの指導力に期待である。

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町田・中島、ヘディング弾



【町田 vs 岡山】意地の一撃を決めた中島
2018年5月27日(日)

3点ビハインドとなった町田は、84分に中島裕希がヘディングで1点を返したが、反撃はここまで。1-3で敗れて5試合ぶりの黒星を喫した。

上田が鮮やかFK、仲間のスーパーボレーで岡山が快勝!町田を下して4戦ぶり白星
18/5/27 17:58

[5.27 J2第16節 町田1-3岡山 町田]

 J2リーグは27日、第16節2日目を行った。町田市立陸上競技場ではFC町田ゼルビアとファジアーノ岡山が対戦し、3-1で岡山が勝利した。

 前半最大の決定機は前半31分だった。町田はPA右に出されたパスに反応したFW中島裕希が左足シュート。GK金山隼樹が弾いたボールをFW鈴木孝司が胸トラップから右足ボレーを放つが、惜しくも右ポストを直撃してしまい、先制のチャンスを逃した。

 試合が動いたのは後半9分だった。ゴールまで27メートルのPA左手前でFKを獲得すると、キッカーのMF上田康太が左足を一閃。枠外からカーブしたシュートがゴール左隅に突き刺さり、先制に成功した。13分には、PA右手前からFW赤嶺真吾が浮き球パスを供給。ペナルティーアーク左脇からFW仲間隼斗が体勢を崩しながら右足ボレーを放つ。これがゴール右に吸い込まれ、2-0と一気に突き放した。

 2点を追う町田は後半16分にMFロメロ・フランク、25分にMF杉森考起を入れ、相馬直樹監督が手を打つ。だが、次にスコアを動かしたのは岡山だった。27分、仲間が完全に裏へ抜け出し、PA内でGK福井光輝に倒されてPKを獲得。キッカーの赤嶺が豪快にゴール左上に突き刺し、3-0とリードを広げる。32分には、上田のFKから赤嶺がゴールネットを揺らしたが、オフサイドと判定された。

 ホームの町田が意地をみせる。後半39分、DF奥山政幸が左サイドから柔らかいクロスを供給すると、相手DFの前に飛び込んだ中島がヘディングシュートを決め、2点差に詰め寄る。しかし、反撃もここまで。岡山が3-1で勝利し、4試合ぶりの白星を飾った。一方、町田は5試合ぶりの黒星を喫した。




ヘディングゴールを決めた町田の中島である。
左からのクロスに競り合って決めた。
敗戦濃厚のチームに勢いを与えた。
ホームにて完封負けは許されぬと奮起した格好である。
これからもゴールの報を待っておる。

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金沢・垣田、豪快弾



【山形 vs 金沢】中央突破で幸先良く先制
2018年5月27日(日)

14分、清原翔平(写真右)のスルーパスを受けた垣田裕暉(写真中央)が落ち着いてシュートを決めて、金沢が幸先良く先制。垣田にとっては今季4点目となった。

渾身“シュウト”で移籍後初弾! 南秀仁1G1Aの山形が10人金沢に逆転勝利
18/5/27 16:01

[5.27 J2第16節 山形2-1金沢 NDスタ]

 19位モンテディオ山形がホームで暫定15位のツエーゲン金沢に2-1で勝利した。前半14分に金沢FW垣田裕暉に先制点を許したが、同28分に相手が退場者を出すと、後半3分にMF中村駿、同24分にFW南秀仁が決めて逆転。3試合ぶりに白星を挙げ、4戦無敗(2分2敗)となった。

 開始から山形を攻め立てる金沢は前半14分に先制。FW垣田裕暉がMF清原翔平のラストパスを受け、PA内中央から右足で豪快に叩き込む。鹿島からの期限付き移籍中の垣田は今季4ゴール目を挙げ、自身のリーグ戦キャリアハイの得点数を更新した。

 良いところがないまま失点を喫した山形だったが、前半28分にFW小林成豪をスライディングで倒した金沢DF庄司朋乃也が2度目の警告で退場となると、ハーフタイム明けから反撃を見せる。

 後半3分、FW南秀仁がキープからパスを出し、受けた中村がPA内中央に持ち出して右足を振り抜く。低い弾道のシュートがゴール左隅に吸い込まれ、中村の今季2点目で1-1とした。

 後半24分にはカウンターから途中出場のMF汰木康也、小林、南とつながり、PA内中央に進入した南が右に流れながら右足でシュート。GK白井裕人に触られたボールがゴール左に吸い込まれ、2-1と逆転に成功する。東京Vから完全移籍して2年目の南は、これが加入後初ゴールとなった。

 ビハインドを背負った金沢は後半32分、先制点を決めた垣田を下げ、FW佐藤洸一を投入する。その佐藤を中心に終盤はチャンスを作ったものの、1-2で試合終了。2試合ぶりの黒星で3戦勝ちなし(1分2敗)となった。




先制点を決めた金沢の垣田である。
パスに飛び出し豪快に決めた。
ストライカーらしいゴールである。
このような得点を続けていけば、多くの民が期待する大型センターFWの誕生となろう。
ただ、チームは逆転負けを喫し、悔しい思いをしておる。
これを糧に更に成長せよ。
期待しておる。

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日本代表・植田直通、1対1の局面の戦いには自信を持っている

不慣れな3バックにも前向きな植田「僕が生きるフォーメーション」
18/5/27 21:49


3バックへの適応にも自信を見せるDF植田直通

 経験は少なくても自信はある。3バックの戦術練習を続ける日本代表のDF植田直通(鹿島)は大津高時代を含め、3バックの経験は「ほとんどない」と言うものの、自分の良さを出しやすいという感触もつかんでいる。

 3バックではストッパーの位置に入る植田だが、「1対1の局面は僕の強み。そういうところを出していきたい。マークはハッキリするし、僕が生きるフォーメーションだと思う。自信を持ってやりたい」と力を込めた。

 最終ラインで中央のリベロが余る形となる3バックなら、4バック以上にチャレンジ&カバーがハッキリし、両ストッパーは対峙する相手FWに思い切り行きやすい。1対1の競り合いや攻防は自然と増え、「1対1の局面の戦いには自信を持っている」という“ファイター”は新システムにも前向きに取り組んでいる。

 とはいえ、チームとしては攻守の連係を高めている段階。「できるだけ攻撃の選手を下がらせず、自分たちがスライドして、守備に参加させないことが大事。自分たちがスライドすることで前に押し出せる。僕らがどれだけ早く動けるか」と課題も口にした。

(取材・文 西山紘平)


3バックについてコメントする日本代表の植田直通である。
「1対1の局面は僕の強み。そういうところを出していきたい。マークはハッキリするし、僕が生きるフォーメーションだと思う。自信を持ってやりたい」と語る。
戦術理解度は上がっておる様子。
守備の方向も「できるだけ攻撃の選手を下がらせず、自分たちがスライドして、守備に参加させないことが大事。自分たちがスライドすることで前に押し出せる。僕らがどれだけ早く動けるか」と、どのように守るべきがわかっておる。
今は序列が低いが、出場機会を掴み、活躍して欲しい。
期待しておる。

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流通経済大学付属柏高等学校・関川郁万くん、総体予選注目の11選手に選出

ユース取材ライター陣たちが推薦する総体予選注目の11傑vol.5
18/5/27 08:12

 ゲキサカでは熱戦展開中の平成30年度全国高校総体「2018彩る感動 東海総体」サッカー競技(三重)都道府県予選の注目選手を大特集。「総体予選注目の11傑」と題し、ユース年代を主に取材するライター陣に総体予選注目の11選手を紹介してもらいます。第5回は“ユース教授”ことサッカージャーナリストの安藤隆人氏による11名です。

安藤隆人氏「全国各地で佳境に入って来た今年のインターハイ予選。四日市中央工、中京大中京、静岡学園が敗れるなど、今年も波乱が早くも生じている。そして、インターハイ予選11傑を今年も担当させてもらえるようになりました。今回は純粋に『個々の力』にフォーカスを当てて選んでみました。ルールとしては同じチームの選手を2人以上選ばないこと。これ以外の条件は無く、純粋に力のある選手を4-3-3のフォーメーションに当てはめて選んでみました」

以下、安藤氏が推薦する11名

GK相澤ピーター・コアミ(日本文理高3年)
「市立船橋高の田中悠也、東福岡高の松田亮と迷ったが、190cmの圧倒的な高さとシュートストップ、そして左足のキックの正確性に加え、まだGKを始めて1年ちょっとという短いキャリアでここまで頭角を現して来た凄まじいポテンシャルに期待したい。今年に入り、守備範囲が一気に広がり、裏へのカバーリングやビルドアップの点でもフィールドプレーヤー時代に培った感覚がいかんなく発揮されている。この4バックをハイラインにして、積極的なビルドアップを実現させてくれるはずだ」

DF中村拓海(東福岡高3年)
「左右どちらでもこなせる高性能サイドバックは、このフォーメーションでは左サイドバックに置きたい。このポジションはスペシャリストである京都橘高の高木大輝、広島皆実高の西原広太も考えたが、右サイドバックにどうしても福島隼斗(大津高)を置きたいと思ったのと、左右いずれにせよ中村だけは絶対に入れたいと考えた。それほど彼はサイドバックとしての能力と将来性がずば抜けて高い選手と言える。陸上選手のようにずば抜けたスプリントと上下動の連続を繰り返すが、『ただの槍』ではなく、戦況を見てボランチの位置まで入って多彩なパスでゲームをコントロール出来る。戦術的、技術的柔軟性の富んだサイドバックだ」

DF三國ケネディエブス(青森山田高3年)
「規格外のCBを選ばないわけにはいかないだろう。195cmの長身から繰り出される高い打点のヘッドはもちろん、これまでFWとCBを兼用して来たように戦術的理解度、対人能力も磨かれた。「裏への対応は自分の中でも凄く意識していて、『大きいから足下を狙われる』ということが無いように、ターンや予測、身体の向きなどは考えてやっています」。今年はCBとして固定され、彼の意識もFWではなく、CBとして一本化して行く覚悟が芽生えた。プロ入りはかなり濃厚と目されている逸材の更なる開花に期待したい」

DF関川郁万(流通経済大柏高3年)
「今年の高校サッカーを代表する三國と関川の2CBコンビは見てみたい組み合わせだ。三國ほど高さはないが、彼の屈強なフィジカルと跳躍力はずば抜けていて、空中のボールを捉える技術は高校ナンバーワンと言って良いかもしれない。昨年度の選手権後に手術をし、ずっとリハビリを続けていたが、鹿島アントラーズの熱烈なラブコールが実る形で、復帰前に加入内定が発表された。気迫溢れるディフェンスと強烈なキック、そしてセットプレーの際の得点力と、すべてにおいてスケールの大きな彼に期待だ」

DF福島隼斗(大津高3年)
「中村の紹介でも触れたように、右サイドバックには彼を置きたい。彼はずっとCBとボランチのセントラルポジションを任かされているように、安定した守備力と両足のキックが魅力だが、彼はスピードもあり、アップダウン能力に秀でている。彼を見たと欺からずっと守備力、攻撃力、そして空中戦と三拍子揃ったサイドバックに化けるのではないかと思っており、その想いを是非このフォーメーションで実現させたい」

MF矢野達也(大分工高3年)
「今年、チームでは最前線を務めるが、彼の強烈な右足のキックとフィジカルの強さを活かして、ここではアンカーとして置きたい。昨年までボランチをやっていたように、視野も広く、カバーリングと展開力を持っているし、強烈なミドルシュートにも期待したい。この位置で得意の右足をフル活用し、多彩なタレントが揃うこの布陣の中核を担ってもらいたい」

MF西川潤(桐光学園高2年)
「2シャドーの一角として1年時から名門・桐光学園の10番を背負い、個の打開力とシュートセンスを発揮する彼を置きたい。サッカーセンスはずば抜けていて、ボールの持ち方、一瞬のスピード、そして切れ味鋭いドリブルを駆使して攻撃のアクセントを加えてもらいたい」

MF若月大和(桐生一高2年)
「スピードアタッカー枠として、変幻自在のドリブルを持つ静岡学園高の神田凛星と迷ったが、彼の変幻自在のスピードとファーストタッチの上手さ、そして裏への飛び出しの駆け引きの妙を期待して、彼をセレクトした。DFラインを牽制してから、絶妙なタイミングで飛び出して一気にビッグチャンスを作る彼は相手にとって脅威。ドリブラーの西川とのコンビは前への推進力を増幅させてくれるはずだ」

FW久乗聖亜(東山高3年)
「3トップの右には高さがあり、抜群のテクニックと多彩なアイデアを誇る『古都のエレガントアタッカー』を置きたい。昨年は思わぬ怪我に見回れ、ほぼ1年を棒に振ってしまったが、類い稀なるサッカーセンスは落ちること無く、広い視野とオフ・ザ・ボールの動き、そしてボールを持ってからパス、ドリブル、シュートの選択肢からベストな方法を選んでチャンスを作って行く。昨年、本領を発揮出来なかった分、今年は思い切り暴れて欲しい」

FW大塚尋斗(矢板中央高3年)
「ここは前橋育英高の榎本樹と迷ったが、前線のパワーとポストプレーを考えて大塚を選んだ。もちろん榎本もパワーがあり、ポストプレーも出来るが今回のメンバーとの噛み合わせを考えると、より足下で収められる大塚が適任と考えた。フットサルでは昨年、全日本フットサル大会でMVPに輝き、今年はフウガドールすみだの練習に参加、U-19フットサル日本代表に選ばれるなど、ピヴォとしてフットサルで高い評価を受けているが、サッカー選手としても大きなポテンシャルを持っている選手だ」

FW染野唯月(尚志高2年)
「軽やかなステップと絶妙な裏への抜け出しが光る2年生ストライカー。鹿島アントラーズつくば時代はボランチをこなしたように、キープ力とパスセンスに長けた選手だったが、仲村浩二監督はこの力を最前線で発揮出来るようにFWにコンバート。もともとフィジカルもあり、相手DFラインとの駆け引きも上手い選手だけに、ここに積極的にゴールを狙う姿勢が生まれ、より怖いストライカーへと変貌を遂げた。この布陣では中村、西川とのコンビネーションで左サイドで起点を作りながら、強烈なカットインでゴールを決めて欲しい」

◎フォーメーション
      大塚
染野          久乗
    西川  若月

      矢野

中村  三國  関川  福島

      相澤

執筆者紹介:安藤隆人
 日本列島、世界各国を放浪するサッカージャーナリスト。育成年代を精力的に取材する“ユース教授”。主な著書は『走り続ける才能たち 彼らと僕のサッカー人生』『壁を越えろ 走り続ける才能たち』(いずれも実業之日本社)、『高校サッカー聖地物語』(講談社)など


高校総体予選注目の11選手を挙げるゲキサカの安藤氏である。
流通経済大学柏高校の関川郁万くんがその中に入る。
「屈強なフィジカルと跳躍力はずば抜けていて、空中のボールを捉える技術は高校ナンバーワン」と評す。
単なる体力だけで泣く技術が伴っておることが重要と言えよう。
そして「気迫溢れるディフェンスと強烈なキック、そしてセットプレイの際の得点力と、すべてにおいてスケールの大きな彼に期待だ」と締める。
鹿島の未来を託すに十分な逸材と言えよう。
入団が楽しみである。

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秋田豊氏、いつか、鹿島で指揮を執るのは大きな目標でもあるし、夢でもあります

秋田豊が語る鹿島の紅白戦。
「勢いある若手は、とことんぶっ叩く!」

寺野典子●文 text by Terano Noriko  井坂英樹●写真 photo by Isaka Hideki

遺伝子 ~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~(13) 
秋田 豊 前編


 5月16日、中国・上海スタジアム。試合終了を告げる笛が鳴ると、両チームの選手たちがピッチに立ち尽くす。腰を下ろし、座り込む選手も少なくなかった。誰もが限界まで戦った証しだ。ACLラウンド16セカンドレグ、上海上港vs鹿島戦は2-1で上海上港が勝利したが、ファーストレグを3-1で勝利していた鹿島のベスト8進出が決まった。

「第1戦にフッキが出ていなくて、そこはツイていた」

 ユニホームが汗で身体に張りつくほど、90分間攻守に走り続けた鈴木優磨が言う。右足の負傷で第1戦を欠場したフッキ、オスカルの強力ブラジル人が織りなす攻撃は抜群の破壊力を持っている。

「パワープレーもあるし、サイドからも崩してくる。深くまでえぐってくるときもあれば、深くまでえぐってマイナスとか……本当にいろんな攻撃をしかけてきた」

 そう語る昌子源は、前半7分に先制点を許したあと、落ち着いていられたことが重要だったとも話した。

「相手も相手だったので、この1点は仕方がない。俺らはまだ勝っていると落ち着いていた。右サイドを中心に落ち着いて回し、そこから決定機が作れたので、そこで点が取れればラクだった」

 42分に土居聖真が同点弾。1-1で迎えた後半は、上海上港の攻撃を鹿島がしのぐという時間が続いた。ゴールキーパーのクォン・スンテのビッグセーブに何度も救われる。

 後半34分、ペナルティエリア内での昌子のハンドでPKを与えてしまい(ちなみにボールは手ではなく、頭に当たっている)、フッキがそれを決めて、2-1となる。さらに上海上港は猛攻を続けたが、鹿島がなんとか抑え、試合が終わった。

「今日は別に、いいゲームをしようとか思っていなかったので。ここ(ラウンド16)を突破するという、みんなの強い意志が出たと思います。いいゲームかって言われたら、疑問がありますけど。足をつろうが、動けなくなろうが、今日の試合はそれでもいいと思っていた。最後はなんとか失点しないように前へ出たり、裏へ抜けたり、わずかでもプレスをかけて、相手が蹴りづらいようにしたり……。でも、やっぱり俺は前線の選手なんで、点を取りたかったです。とりあえず、突破が決まって、今は非常に嬉しく思っています」


現役時のことを熱く語ってくれた秋田豊

 今季開幕以降、リーグ戦13試合、ACL8試合、すべての試合に出場している鈴木が試合を振り返る。鬼門といわれたラウンド16の壁を突破するのは、簡単なことではなかった。過去、タフな戦いの前でプレッシャーにつぶされるように跪(ひざまず)き、敗れてきた。積み重ねた悔しさを経験という力に変えたからこそ、このタフなトーナメントを勝ち上がれた。しかし、まだひとつだけだ。新しい歴史を刻むためには、まだ足りない。

「おめでとうございますとは、違う。勝てなかったのもあるけれど、まだベスト8が決まっただけだから」

 植田直通は淡々とそう語り、「(リーグ戦の)仙台戦に勝たなくては、意味がない」と言い切った。

*     *     *

 勝ち切る――。

 鹿島アントラーズの哲学とは、勝つことへの執着心だ。それを体現したレジェンドたちのなかでも、長くセンターバックを務めた秋田豊は、クラブにひとつの選手モデルを残した。アントラーズのセンターバックは弱い気持ちを微塵も見せてはならない。強いヘディングは攻守において、チームの勝利に貢献した。

――鹿島アントラーズで数々のタイトルを手にされてきましたが、もっとも強いチームはどのチームでしたか?

「3連覇のオズワルド・オリベイラ時代も強かったけれど、僕はすでに移籍していましたから(笑)。実は三冠を達成した2000年はそれほど強かったという印象はないんです。やっぱり、1997年のチームですね。一番強かった。あのチームは”スーパー”でしたよ。

 だって、ジョルジーニョがいて、ビスマルクがいて、本田(泰人)さんもすごかった。守っていても、相手のフォワードにクサビが入ることもまったくなかったんですから。中盤のポジショニングで、相手のパスを誘発して、ボールを奪うんです。見事でしたよ。見ている人からしたら、『守備はラクだろう』って(笑)」

――攻撃も迫力がありました。

「そうですね。選手個々が際立っていました。そのうえで、誰もがチームのために闘っていた。自分のタスクを果たすことに力を尽くしていましたから。自分のストロングポイントを理解し、それを発揮する。同時にチームメイトの強さや弱みを理解し合っていたので、カバーし合える。チームとしての完成度、そしてバランスがメチャクチャよかった」

――しかしその年、リーグタイトルは獲れませんでした。ナビスコカップ決勝とチャンピオンシップでジュビロ磐田との4連戦がありました。

「ナビスコカップ決勝戦を快勝(2戦合計7-2)したことで、緩みというかスキが生まれたんだと思います。チャンピオンシップも勝てるよ、という気持ちがどこかにあったんでしょう。それで痛い目にあった。もう、往復ビンタを喰らったようなものです。『次は絶対に磐田に勝つんだ』と。2000年は正直、チームとしては磐田のほうが強かったと思います。でも勝ったのは、僕らだった。

 サッカーは強いから、うまいから、勝つわけじゃないんです。試合に勝ったチームが強い。だから鹿島というチームは、『勝つ』ことにこだわる。それこそがジーコイズムなんです。

 チームがどんな状況でも関係ない。連戦だろうと、ケガ人がいようともね。負けていい試合なんて、1試合もない。いつでも戦わなくちゃいけないんです。だから、自分たちの状況、相手の状況を踏まえて、どうやったら勝てるか? を考える。勝つところから逆算する。勝つために手段は関係ないんですよ。自陣に引いたって恥ずかしいことなんてないんです」

――1-0で逃げ切るというのが、鹿島アントラーズらしさだと言われるのも、そういう勝利に対しての覚悟があるからなのでしょうね。

「たとえば、自陣に引く時間があっても、押し込まれているという受け身にならない。自分たちがボールを持っているときは当然ですが、相手がボールを持っていても、自分たちのリズムでサッカーをしているという余裕が大事なんです。『持たせているんだ』と慌てない。相手が押し込んでいるということは、その背後にはスペースがあるということ」

――ピンチはチャンスだと。

「自陣近くでもコンパクトに守れていれば、挟み込んでボールをインターセプトすることができる。そこで攻めに出れば、フリーになる確率は高いですからね」

――時間の使い方も巧い。

「勝つために今、何をすべきか。ジーコイズムですね。ジーコの負けず嫌いはハンパなかったですから。ジャンケンですら負けると熱くなる。でも、そういう負けず嫌いというのは恥ずかしいことじゃなくて、プロである限り、やっぱり、すごく大事なことだというのをジーコが教えてくれた。それが脈々と鹿島で伝承されて、今のチームでいくと小笠原満男ということになるわけです」

――アントラーズの紅白戦が白熱するというのは、今も続くスタイルのひとつだと思うのですが……。

「それは、常に、選手が自分の力を出し切っているということ。後輩だろうと先輩だろうと関係ない」



――噛みつくような若い選手の勢いを先輩はいなす……

「いなさない。かわすんじゃなくて、ぶっ叩く。立ち上がれなくなるくらいまで、ぶっ叩く」

――それが自分のためであり、チームのためであり、その選手のためだと。

「もちろん。自分にとってもそういう高いモチベーションで挑んでくる若手は、練習相手としては一番だから。Jリーグでも、対戦相手は鹿島を喰おうと思って挑んできますから。だから、こっちもそういう若手を精神的にも、肉体的にもボロボロにするくらいの気持ちで闘うんです。満男なんて、本当に生意気というか、まったく諦めないし、何度も何度も向かってきましたからね。俺を抜いてやろうという気持ちがすごく伝わってきましたよ」

――でも、「100年早いわ!」と跳ね返すわけですね。

「はい。でも、また立ち上がってくる。そういう男だから、今でもやれているんですよ」

――そういう後輩は可愛いですよね。

「そう、可愛い」

――そういう厳しさのなかで若手が育っていくのですね。

「鹿島というクラブは、ただうまい選手だから獲得するということがない。もちろん、ポテンシャルも見ているけれど、同時にやっぱり強いメンタリティーを持った選手を選んでいる。その軸がブレなかったから、選手が伸びることができたんだと思うんです。

 いろんな選手がいるなかで、『いい選手だけど、鹿島には合わない』という選手もいるから。トレーニングに対する向き合い方、質の高い練習ができるのかは重要です。鹿島のトレーニングの質と量を消化できるのか。しっかり練習できる選手に対しては、スタッフもクラブも寛大な気持ちで見てくれるというのは、僕自身、選手としてすごく感じましたね。たとえば(鈴木)隆行なんて、高卒で入ってきたときは、何の怖さもない選手だったんですよ」

――同世代のFWには柳沢敦さんや平瀬智行さんなど、高校選手権のヒーローがいましたしね。鈴木さんはブラジルへ留学したり、レンタルでジェフ市原(当時)へ行ったり。

「そうやって時間と機会を与えながら、最終的にはワールドカップ(2002年、日韓大会ベルギー戦)でゴールを決める選手になれたんだから。18、19歳の頃はそんなこと想像もできなかった(笑)。だから、鹿島というのは、不思議なクラブで、きちんと、真摯にサッカーと向き合っていれば、成長できる場所なんです」

秋田豊が目指すビジョンは
「指導者としてアントラーズに戻りたい」

寺野典子●文 text by Terano Noriko  井坂英樹●写真 photo by Isaka Hideki

遺伝子 ~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~(14) 
秋田 豊 後編


「今日スタジアムへ向かうバスの中で、いろんなことを考えたんです。鹿島へ移籍して、試合に出たい、レギュラーになりたいと思っていたけれど、移籍1年目で、これほど自分がピッチに立って、試合に出ずっぱりになるとは、イメージしていなかった。

 アジアへ行ったり、外国人選手と戦ったり、しかも中3日ですぐに試合がやってきたりとか……。身体よりも本当に頭が疲れるんだなと痛感しました。でも、こういうなかでもタイトルを獲得してきたのが、鹿島。相当スゴイことなんだなぁ……と。でも、僕自身がいるときに鹿島がタイトルを獲れなかった……というふうにはなりたくない。(W杯によるリーグ戦)中断期間が終わってからしっかりと巻き返したい」

 5月20日、J1リーグ仙台との一戦が終わった直後、安西幸輝は2月中旬のACLからスタートした鹿島での3カ月間をそう振り返った。

 その3カ月間、鹿島は所属するフィールドプレーヤー27人中24人が試合に出場している。数多くの試合を消化するのは、強豪クラブの宿命とはいえ、今季の鹿島は事情が違った。次々と負傷離脱する選手が相次いだ。一時は10名近くが離脱し、スタメン、ベンチ以外のほとんどの選手がプレーできない状態という時期もあったほどだ。

 そんななかで、今季加入した安西をはじめとした若い選手が経験を積むことには繋がったものの、結果は芳しくはない。ひとつ消化試合が少ないものの、首位との勝ち点差は19ポイントと大きく離れての11位。ただ、ACLの準々決勝進出が決定してはいるが、リーグタイトルをここで諦めるという空気は鹿島にはない。新加入の安西とて、それは同じだった。

 *    *    *

 愛知県出身の秋田豊が、鹿島アントラーズでプロデビューしたのは1993年。すぐさまレギュラーとなり、11年間の在籍でリーグ戦334試合、ナビスコカップ戦45試合、天皇杯38試合に出場。5度のチャンピオンシップもすべてに出場している。そして、4度のリーグ、3度のナビスコカップ、2度の天皇杯で頂点に輝いた。

1998年フランス、2002年日韓と2度のワールドカップメンバーにも選出されて、日本屈指のセンターバックとなったが、その理由は「鹿島アントラーズ」というクラブにあったという。


アントラーズの多数のタイトル獲得に貢献した秋田豊

――愛知学院大学の秋田さんと鹿島アントラーズを結んだものはなんだったのですか?

「1年のときから、毎年住金(住友金属、鹿島アントラーズの母体)の練習に参加させてもらっていたんですよ。卒業したらJリーグでプレーしたいと思っていたので、最初は地元のトヨタ自動車(名古屋グランパスの母体)が目標でした。住金はジーコもいたけれど、当時は2部だったし、Jリーグに入れるかは未知数だったから」

――しかし、鹿島アントラーズが見事Jリーグの一員に。

「サプライズでした。アントラーズがJリーグに加盟するなら、ぜひお願いします! という感じでした」

――アントラーズにはジーコはもちろんのこと、本田技研組など、プロ意識の高い選手が多かったと思うのですが、1993年に大卒ルーキーとして加入したとき、プロの壁を感じることありませんでしたか?

「特になかったですね。というのも、愛知学院というところは、自分でやらないとダメなチーム環境でしたから。選手が自立していて、自主的にトレーニングをすることが当たり前でした。自分で自分を追い込むことも、僕にとっては特別なことではなかったんです。だから、アントラーズのピリッとした緊張感のなかでの練習は、『すごく疲れるけど、プロなら当然だよな』と受け止めていたんです」

――居心地がよかったと。

「そう。居心地がよくて、肌に合うというのが第一印象でしたね。シーズン前の身体作りの合宿から参加したんですけど、非常にリアリティを感じたし、シーズンを戦ううえで、こういうトレーニングが必要なんだなと、納得感があった。これがプロなんだなって。

 ただ、技術的なもの、体力やスピードという部分では、壁というかまだ足りないと感じるところはありましたね。だから、基礎練習の多いメニューは助かりました(笑)。

それでもヘディングだったり、メンタルだったり、自分にしかない武器、ストロングポイントはわかっていたので。そういうものが支えとなり、足りない部分を練習で埋めていくという感じでしたね」

――そして、1995 年には日本代表デビューを飾り、1998年ワールドカップフランス大会の舞台に立ちました。

「当時のJリーグはすばらしい外国人選手が集まっていたんです。錚々(そうそう)たる顔ぶれの選手がいましたから、世界のスーパースターが。カレカ(柏)にピクシー(ストイコビッチ/名古屋)、スキラッチ(磐田)。エムボマ(ガンバ大阪)だってそうだし。

 僕は毎試合そういう”世界レベル”の選手と戦っていた。彼らエースを抑えるのが僕のミッションだったし、タスクだから。それをやり続けたことが、代表でプレーする自信、ワールドカップで戦う自信に繋がりましたね」

――そして、アントラーズでは、たくさんのタイトルを獲得。不動のセンターバックとして長く君臨しました。

「とはいえ、常に競争、競争でしたよ。僕にもいつも『刺客』が送られてきましたから(笑)。でもそれは当然なんですよ。強いチームを維持するうえでは、競争は必要だし、将来を見据えて、少し年齢のずれたいい選手をどんどん入れて、育てないと空白期間が生まれるし、もしくは高いお金で他から選手を獲得しなくちゃいけなくなるから」



――それでも、ポジションを守り切りました。

「そうですね。奇跡的に(笑)。もし、他のクラブだったら、僕は選手としてつぶれていたと思います。僕が代表でワールドカップに出るなんて、誰も思っていなかったはず。もちろん、アントラーズというクラブが僕を育ててくれたことが大きいです。

 それ以外では、早く結婚して、家庭中心の生活を送ることになったのも、鹿嶋という町で暮らしていたから。サッカーに集中できる環境だったからこそですね」

――鹿嶋という場所を考えたとき、アントラーズは勝たなければならないクラブだったと思うのですが。

「僕が加入したとき、フロントの方から、『君たちはまずは鹿嶋という場所を有名にするためにサッカーをするんだ』という話があったんです。町おこしですね。そういう明確なビジョンがあり、そのためにも勝たなくちゃいけない。勝つためのチーム作りをするという流れなんですよね」

――Jリーグが始まってから、鹿嶋の暴走族が減ったという逸話があります。

「減りましたよ(笑)。娯楽がなくて、ストレス発散のためにバイクを走らせていた人たち、実はお祭り好きなんですよ。それが2週間に一度、カシマスタジアムで行なわれている。実際に喧嘩はしないけれど、相手チームとの真剣勝負があるわけですから(笑)」

――そういう町にフットボールというカルチャーを植えつけたのが鹿島アントラーズだったんですね。しかも強い。喜んでくれる人たちの存在が力になったのではないですか?

「もちろん。町の人たちはとても温かくて、本当の家族みたいに、僕の子どもたちとも接してくれる。すごくいい町だったよね。一生、鹿島にいたいと本気で考えていました。子どもたちもここで育ち、コミュニティもできているし。ここで引退して、指導者として……と考えていました」

――しかし、2004年に名古屋グランパスへ移籍することに。

「鹿島は過去、選手を切ったことがないんですよ。もし契約を延長しないとなっても、ちゃんと移籍先を探してくれるクラブ。それをしなかったのは、僕が初めてのケースだったんです。コーチとしてのオファーをもらったんです。今考えれば、すごくいい条件でした。だけど、2003年もずっと試合に出ていたのに、突然でしたからね。代表への気持ちもまだ持っていたし、やっぱり現役を続けたかったから」

――他クラブでプレーしたことで、初めて知る鹿島アントラーズの強みもあったんじゃないですか?

「一番感じたのは、フロントも、選手も、サポーターも、すべての人たちが、当たり前のことを、当たり前のようにやっているクラブが鹿島なんだなと。たとえば、選手は目の前のトレーニングに全力を尽くす。そこから勝つための準備が始まっていることを知っているんです。フロントはそういう選手をサポートしてくれる。サポーターも日本一のクラブのサポーターになるために、どうすべきかをいつも考えてくれた」

―― 一枚岩なんですね。

「だからと言って、甘えもないんです。(鈴木)満さんという強化部長がいて、監督や選手を評価するように、誰もが厳しく仲間を評価し合える空気がちゃんとあるんです。その評価基準も明確でブレたり、揺れたりしない。みんな見ている方向が同じなんです」

――鹿島への愛情は変わらない。

「変わらないです。鹿島イズムというのは、僕の身体の中に入っているから。DNAに刻み込まれていますから。いつか、鹿島で指揮を執るのは大きな目標でもあるし、夢でもあります。もちろん、選手と監督とは違うということはわかっている。だからこそ、そこを目指したいと考えるんです」


秋田豊氏を取材したSportivaの寺野女史である。
鹿島史上最強と言われる1997年のチームについてコメントする。
「あのチームは”スーパー”でしたよ」と言い切る。
このドリームチームを越えることが、毎年組まれる鹿島の目標となる。
そして秋田は鹿島の伝統について語る。
この伝統を受け継いでいくことが中に居る選手たちに求められるのだ。
それを理解し、肝に銘じて行動していくのだ。
期待しておる。

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金沢・垣田、FWとしてはゴールを取りたい

【金沢】FW垣田、プロ初ゴールの山形で2年連続弾狙う!
2018年5月26日20時37分 スポーツ報知


山形戦2年連続ゴールに意欲を見せる金沢FW垣田

 J2ツエーゲン金沢FW垣田裕暉(20)が、次戦27日のアウェー・山形戦(14時、NDスタ)へ闘志を燃やした。

 26日は金沢市内で最終調整。垣田は昨季、J1鹿島から育成型期限付き移籍し、8月11日のアウェー・山形戦でプロ初ゴールを決めた。金沢2年目の今季は3試合連続ゴールを決めるなど、早くも昨年の3得点に並んでいる。

 しかし現在はゴールから7試合遠ざかっている。DF庄司朋乃也(20)とともにチーム最長身187センチのストライカーは「まだまだ自分的にはもの足りない。もっと1人で相手をはがしたり、チームが苦しい時間帯にチャンスを作るプレーができればと思っている」と気合十分。「FWとしてはゴールを取りたい」と、8戦ぶりの得点となる山形での2年連続弾に意欲を見せた。


山形戦に向けて闘志を燃やす金沢の垣田である。
今季は3ゴールを記録しておるが、「まだまだ自分的にはもの足りない。もっと1人で相手をはがしたり、チームが苦しい時間帯にチャンスを作るプレイができればと思っている」と語る。
動ける大型FWとして、更なる成長が期待される。
垣田の活躍を楽しみにしておる。

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夢生、体幹トレーニング



夢生の写真をInstagramにアップした木場氏である。
「移籍の話しがネットで出てましたが、、、
う〜ん、、、無いと思いますよ👍」
とコメントする。
これにてポルティモネンセ移籍話は終了と言えよう。
ホッと一安心した。
これからも鹿島にタイトルをもたらせるため尽力してくれる。
期待しておる。
そして、木場さん、ありがとう。

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夢生、ポルティモネンセ復帰か

KANAZAKI PODE ESTAR DE VOLTA
Mensagempor Jo@o_M@ri@ em 25 mai 2018, 10:07



Mu Kanazaki, médio-ofensivo japonês que se adapta com facilidade a avançado, pode estar de volta ao Portimonense, clube no qual brilhou entre 2013 e 2015, tendo realizado 54 jogos e apontado 18 golos. Kanazaki regressou em 2016, mas não aqueceu lugar, pois efetuou apenas quatro jogos, regressando ao Japão para representar o Kashima Antlers, que representa desde então.


Aos 29 anos, o destino pode passar novamente por Portugal, desta vez com oportunidade para mostrar as suas qualidades no patamar superior do futebol português.


O facto de a administração da SAD do Portimonense se encontrar em terras nipónicas pode ajudar a concretizar o desejo de um jogador que se enquadra no projeto de um plantel que tem aspirações mais ambiciosas para a próxima época.


夢生がポルティモネンセに復帰すると報じるポルトガル現地メディアである。
夢生自身の強い意志と伝える。
ポルティモネンセのポンテ氏がカシマスタジアムにて観戦するなど信憑性を裏付ける部分もある。
今季の鹿島はリーグ戦こそ不調であるが、ACLは勝ち残っており、戦力の放出は避けたいところ。
攻撃の軸を担う背番号10の去就はどうなるのであろうか。
続報を待ちたい。

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順天堂大学・名古新太郎くん、Jリーグ特別指定選手承認

名古選手の2018年JFA・Jリーグ特別指定選手承認について
2018年05月25日(金)

順天堂大学の名古 新太郎選手が、5月22日に弊クラブを受け入れ先とする「2018年JFA・Jリーグ特別指定選手」として日本サッカー協会から承認されましたのでお知らせいたします。

名古選手は2019シーズンからの加入(プロ契約)が内定しており、今シーズンも在学のままJリーグ公式戦等に出場することが可能となります。

■2018年JFA・Jリーグ特別指定選手
選手名:
名古 新太郎(なご・しんたろう)
生まれ:
1996年4月17日、大阪府出身
サイズ:
168センチ、64キロ
ポジション:
MF
所属元:
順天堂大学蹴球部
所属歴:
豊里SC-大阪東淀川FC-静岡学園高等学校-順天堂大学在学中

<JFA・Jリーグ特別指定選手>
サッカー選手として最も成長する年代に、種別や連盟の垣根を超え、「個人の能力に応じた環境」の提供を目的とし、全日本大学連盟、全国高等学校体育連盟等の所属チームに登録されたまま、受け入れ先となるクラブでJリーグ等の試合出場が可能となる。


特別指定選手が承認された名古くんである。
これにてリーグ戦やルヴァン杯に出場可能となる。
7月の中断明け以降も4月同様の過密日程が続く。
出場機会が巡ってくるのでは無かろうか。
未来の主軸のデビューを目の当たりにするためスタジアムに通いたい。
楽しみである。

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オイペンの師弟関係、豊川とマケレレ監督

今季最高の奇跡を起こした海外組。
豊川雄太とマケレレ監督の信頼関係。

posted2018/05/25 10:30


かつて“ジダンのサポート役”として名を馳せたマケレレ監督から信頼される豊川雄太。ベルギーの地で残したインパクトは大だ。

text by
中田徹
Toru Nakata

photograph by
AFLO

 今季、欧州組の日本人選手で最もチームを救ったのは、ベルギーリーグ1部オイペンでプレーする豊川雄太だろう。

 2018年3月11日、ベルギーリーグ・レギュラーシーズン最終のムスクロン戦の57分、クロード・マケレレ監督から「ゴールを取ってこい。相手GKの前へ飛び出すんだ。自分の持っている力をすべて出せ」と指示を受けてピッチに立った豊川は、73分の先制ゴールを皮切りに3ゴール1アシストという大活躍を見せた。

 チームは4-0で勝利し、得失点差「1」でメヘレンをかわして最下位から脱出。奇跡の1部残留を果たしたのだ。

「このドラマ、短編すぎ(笑)」

「俺がピッチに入った時は0-0でした。このままだったらオイペンは完全に終わりでした。1点目を取った時にスタジアムがワーッとなって、チームも『まだ行けるぞ!』みたいになったのを感じました。自分が2点目を取って3-0となって、コーチから『もう1点取りに行け。行くんだ!』と言われました。それで4-0。ちょっと出来過ぎで怖いですよね。たった17分間のこのドラマ。短編すぎるでしょう(笑)」

 1部残留が決まった瞬間、歓喜のサポーターがピッチになだれ込み、オイペンの英雄となった豊川を胴上げし、さらに肩車までした。

「ヤバイ、ヤバイ。ヤバかったですね。胴上げされた時は『頼むから落とさないでくれ』『コイツらマジ酔っているから落としそうだな』と思って『頼むからストーップ!』って何回も言いました。だけど、肩車された時はとりあえず嬉しいという感じ。みんなが盛り上がっているなと思いました」

 周りの興奮に対して、どこか俯瞰的に見ていたかのようにも感じる豊川のコメントに、「自身は盛り上がらなかったの?」と尋ねると「盛り上がりましたよ。でも、周りが盛り上がり過ぎていて、限度を超えちゃっていた」と笑った。

「日本人だろ? 出来んのかよ」

 小野伸二がフェイエノールトに来た頃、オランダでは「日本人にサッカーが出来るのか」と言われていたが、その後の活躍で「日本人のMFなら大丈夫」という評価が生まれた。それでも堂安律はフローニンゲンで「舐められている」と感じ、結果を出すことで周りを黙らせたという。

「俺も最初はそんな感じでしたよ。『日本人だろ? 出来んのかよ』って。別に言われたわけではないですが、そういう雰囲気というのを敏感に感じました。

 日本人はみんな、どっかでそう感じていると思いますよ。だから変えていくしかない。俺はその悔しさが原動力になった。とりあえず練習で結果を出すしかない――となって、練習のミニゲームで点を取ったんです。そしたら、周りが『お前はめっちゃ点取るな』と言ってくるんですよ。そこから出場機会を得ることが出来たんです」

 入団後ベンチ入りが3回、ベンチ外が2回と、5試合続けて出場機会がなかった時は「悔しい。早く練習来い!」と思っていたという。

練習で点を取ったら使ってくれた。

 豊川のベルギーリーグ・デビューは、2月17日のズルテ・ワレヘム戦の70分だった。以降、マケレレ監督は少しずつ豊川に出場時間を与えていった。

「やっぱりマケレレ監督は見てくれているんだと思いました。マケレレ監督は俺が練習で点を取った週に試合で使ってくれたんです。そこから全試合に出ました。それが最終戦のハットトリックまでのシナリオです。監督によっては練習で結果を残してもダメな人っているじゃないですか。俺の場合、そうじゃなかったから良かったのかもしれません」

 レギュラーシーズンの7位から15位までのチームが参加する、プレーオフ2の第4節、4月18日のアントワープ戦では初先発を果たした。続く第5節、4月21日のSTVV戦では1トップを務めゴールを決めた。

「1トップに入った時『結果を出せるな』という感覚が自分のなかであって、運良く結果を出せました。それまで俺は2トップかサイドで、ハットトリックを決めた時もサイドでプレーしていました。でも、中央でプレーする方が自分は生きると思っています。ゴールに近いところで相手DFラインと駆け引きするのが、とても好きなんです」

マケレレ監督も「大好き」と絶賛。

 さらに5月9日の第8節アントワープ戦、5月12日の第9節オーステンデ戦でも豊川はフル出場を果たした。最初はベンチから、次に観客席から試合を見せて、そこから徐々に出場時間を伸ばしていった豊川の起用法を、マケレレ監督に振り返ってもらった。

「雄太にはベルギーリーグのこと、そしてベルギーという国をよく知る時間が必要でした。チームメイトとの関係もそう。最初は20分間プレーし、出場時間を伸ばしてから先発し、いまは90分間プレーしている。

 そのことは大きな進歩。彼は毎日の練習から非常にプロフェッショナルでハードワーカーだ。メンタルも素晴らしいし、試合ではゴールも決める。こうした選手が私は大好きなんだ。彼がチームにいて、私はとても嬉しい」

「雄太の将来を疑っていません」

――マケレレ監督、あなたは豊川選手を1トップとして抜擢しています。背の低い彼を1トップとして起用しているのは、何かを見つけたからですか?

「その通り。私は彼がスペースを好むことを分かっています。チームにとってスペースに走る選手がいることは、とても重要。雄太はクレバーで、スペースの感覚を持っています。

 雄太は相手DFを背負ってプレーするタイプではなく、スピードを活かして走り、相手DFの間を突いてゴールを決めるタイプです。逆に言えば、彼にはスペースが必要なのです。もちろん、体格に秀でたストライカーの側に雄太を配置する戦術を採れば、雄太にもっとスペースが生まれ、より多くのチャンスが生まれるでしょう」

――豊川選手はボールをどこまでも追いかけます。守備的MFだった監督も、どこまでもボールをしつこく追い回す選手でした。

「背が高いこと、パワフルであることが成功の鍵ではありません。雄太はとてもインテリジェンスのあるプレーヤーです。また、ゴールに対する嗅覚も秀でている。どこに走れば、どこにいれば、ボールが来るかが分かっている。それもまたストライカーにとって大事なクオリティです。私は雄太の将来を疑っていません」

最終戦で今季7ゴール目をゲット!

 マケレレ監督も疑わない豊川の未来。しかし、本人は地に足を着けてこう言うのだ。

「一歩ずつ一歩ずつ、23年間、人生を送ってきましたから、いきなりグワーンと上がる人生はない。一歩ずつ来ましたので、これからもそうしていきたいです」

 5月19日、今シーズンの最終戦となったベールスホット戦で、豊川は直接FKを決めて今季7ゴール目を記録した。

 オイペンを救った「17分間のドラマ」の印象が強い豊川だが、コツコツとゴールを積み重ねていった姿も、また立派なものだった。


オイペンの豊川について取材したNumberWebの中田氏である。
「今季、欧州組の日本人選手で最もチームを救った」と評す。
奇跡の残留劇の主役となった豊川は、日本人として舐められたところから、周囲に認めさせ、信頼を勝ち得ていったことを伝える。
素晴らしい。
また、オイペンを率いるマケレレ監督から、「背が高いこと、パワフルであることが成功の鍵ではありません。雄太はとてもインテリジェンスのあるプレーヤーです。また、ゴールに対する嗅覚も秀でている。どこに走れば、どこにいれば、ボールが来るかが分かっている。それもまたストライカーにとって大事なクオリティです。私は雄太の将来を疑っていません」という言葉を引き出す。
日本人としても大きくは無い豊川が、欧州にて1TOPを張ることは、サッカーの奥深さとともに勇気を与える。
豊川は来季もオイペンにて輝いてくれるであろう。
活躍を楽しみにしておる。

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Jリーグ規約変更へ

【神戸】イニエスタ、マジで日本に来た!背番変更不可のJ規約“超異例”一人のため変える
2018年5月25日6時0分 スポーツ報知

 スペイン1部バルセロナを今季限りで退団した同代表MFアンドレス・イニエスタ(34)が24日、都内で神戸と正式契約を結び、入団会見を行った。世界最高峰の選手がJリーグへ、その歴史的瞬間を伝えるべく各国から集まった211社348人の報道陣を前に「日本は素晴らしい国。国民の一員になりたい」と新天地での活躍を誓った。また、バルセロナ時代の背番号「8」をつけるため、Jリーグの規約が近く改正されることも判明した。

 決め手は「信頼」と「日本愛」だった。イニエスタは無数のフラッシュを浴びながら、新天地として神戸を選んだ理由を口にした。「人として選手として信頼を持ってくれた。そこが大きかった。日本は素晴らしい国。皆さんと同じような国民の一員になりたい。文化の一部になりたい」。神戸関係者は「複数年ではあるけど年俸は言えない」としたが、事前の報道では3年契約で年俸2500万ユーロ(約32億5000万円)ともいわれる超大型契約。仕掛け人となった楽天の三木谷浩史会長兼社長(53)も会見に同席し「日本のサッカー界に大きなインパクトを与えてくれる」と感無量の表情を浮かべた。

 この日、三木谷氏とともにジェット機で来日したスーパースターの会見には各国から211社348人の報道陣が詰めかけ、熱気に包まれた。日本語、英語、スペイン語の同時通訳ブースも設置された。神戸では選手としてだけでなく、ユースやアカデミーでの育成部門にも関わっていく予定で、イニエスタも「提示されたプロジェクトが興味深かった。Jリーグがアジア全体に広まるように力を貸したい」と充実感を漂わせた。

 “イニエスタ・ルール”も採用される見通しだ。会見の最後には三木谷氏から、バルサ時代からつけている背番号「8」のユニホームが手渡された。神戸では現在、MF三田が8番をつけており、本来ならシーズン中の背番号変更はできない。しかし神戸側から、シーズン中でも可能にしてほしいとJリーグに規則変更の訴えがあったため、22日の実行委員会で話し合いを実施。30日の理事会で変更可能となる見通しだ。一選手のために規則を変えることは極めて異例だが、神戸の関係者は「それだけ影響力はある」とうなずいた。

 26日には本拠地ノエスタで、ファンに向けた入場無料のお披露目イベントが行われる。チームにはロシアW杯後に合流予定で、最短での日本デビューは7月22日の湘南戦(ノエスタ)になりそうだ。「日本の生活を楽しみながらプレーも楽しみ、早くチームの一員になりたい」。夢でも幻でもない。世界屈指のプレーが、もうすぐ見られる。(筒井 琴美)


大物助っ人加入にて規定を改変するJリーグである。
確かにイニエスタの移籍は大きなニュースであり、大きく影響を与えよう。
それは良いことである。
しかしながら、そのイニエスタを迎え入れる神戸の親会社がJリーグのスポンサーであり、規約変更に圧力をかけたように思える。
スポンサーとなればルールも何も変更可能であることが明るみに出た。
こうなっては、お金のために何が起こってもおかしくないということとなろう。
八百長にすら繋がりかねぬ。
恐ろしい未来を感じさせる一件である。

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源・植田・健斗、日本代表合流

「ベンツから降りてきて…」中学時代から昌子に残る西野監督の強烈な記憶
18/5/24 21:18


日本代表合宿に合流したDF昌子源

 中学生時代の強烈な記憶が残っている。日本代表合宿に合流したDF昌子源(鹿島)はバヒド・ハリルホジッチ前監督の後任として就任した西野朗監督について「ガンバ大阪ジュニアユースのときに(トップチームの)監督でいたし、(西野監督は)覚えていないだろうけど、当時から挨拶もしていた」と、10年以上前の思い出を明かした。

「ベンツに乗っていて、降りてきたとき『めっちゃカッコいいやん』って。そういう思い出がある。当時は(G大阪の)クラブハウスの横に1、2台だけ車を止められて、必ずそこに止まっていた。そこから降りてくる西野さんには強烈なイメージがある」

 昌子が中学1年だった05年にJリーグで優勝するなど、当時のG大阪はアラウージョ、マグノ・アウベスら強力な外国人FWを次々と獲得し、攻撃的なサッカーを展開していた。「当時はスーパーな外国人がいて、攻撃的なイメージがあった。自分自身、ジュニアユースでは前めの選手だったし、前のことしか意識していなかった」。そんな指揮官の下、日本代表ではどんなチーム作りをしていくのか。

 明日25日にはようやく全選手がそろい、30日のガーナ戦(日産ス)に向けて戦術練習も始まる見通しだ。「これから戦術に入って、整理していければ」。昌子自身、W杯最終登録メンバー23人の当落線上にいるという自覚を持っている。「練習から100%でやっていかないといけない。自分がいいプレーをして、チームとの連係も高めて、そこでメンバーに選ばれるようにやっていきたい」と決意を語った。

(取材・文 西山紘平)

『2度目のW杯』は目前に…22歳DF三竿健斗が強調した“平常心”
18/5/24 21:29


『2度目のW杯』を目指す日本代表DF三竿健斗

 ロシアW杯のメンバー入りを狙う日本代表DF三竿健斗にとって、目の前に迫っているのは“2度目”のW杯。「平常心でプレーできて、パフォーマンスも最高に近い形で出せた」という“前回”の経験を胸に、積極的に持ち味を出していく構えだ。

 1996年生まれの三竿は東京Vユース時代の2013年、吉武博文監督が指揮した“96ジャパン”の一員として、U-17W杯に出場。技術重視のメンバー選考のため、180cm以上の選手が三竿を含めて2人だけという陣容の中、堂々のプレーでベスト16入りに貢献した。

 当時のことを問うと「育成年代なので、単純な比較はできない。プレッシャーが違う」と注釈をつけたが、それに続けたのが冒頭の言葉。「今回も一つ一つの練習から、平常心でやれれば良いと思います」と意気込んだ。

 MF青山敏弘が離脱したとはいえ、依然として中盤のポジション争いは激しく、23人のメンバー入りは不透明な状況。だが、鹿島にやってきた1年前は「現実味がなかった」というロシアW杯に向けて、「プレー面、メンタル面ともに成長してきている」という自信を携え、選出が期待できる位置までやってきた。

「W杯はできるだけ若い時に経験したいし、普段では感じられないものがたくさんあるはず。サッカー選手としてはプレーしたい場所です」。そんな大舞台まで、アピールするチャンスはあと6日間。最終選考となるキリンチャレンジ杯ガーナ戦へ、「選考の結果がどうであれ、能力を最大限出すのが一番」と“平常心”で挑んでいく。

(取材・文 竹内達也)

昌子、イニエスタを「チームメート」と呼べる神戸の選手がうらやましい
2018年5月25日6時0分 スポーツ報知


この日チームに合流し調整する(左から)柴崎、昌子、山口

 日本代表は24日、千葉県内で合宿を行った。

 鹿島の同僚DF植田、MF三竿らとともにこの日から合流。軽めの調整で汗を流した。イニエスタの加入について「神戸の選手は『チームメート』って言えるんですよね。うらやましい」と笑顔。16年クラブW杯でRマドリード(スペイン)のポルトガル代表FWのC・ロナウドを止めた25歳は「対戦相手として、止めることしか考えてません」。

サッカー日本代表合宿 鹿島3選手合流 W杯メンバー入りへ気合

日本代表合宿に合流した(左から)三竿健、植田、柴崎、昌子=千葉県習志野市内

J1鹿島の昌子、植田、三竿健が24日、千葉県内での日本代表合宿に合流し、ランニングやボール回しなど軽めのメニューを約1時間こなした。

鹿島は20日にJ1第15節仙台戦を戦い、21日からの3日間はオフ。3月末から続いた連戦を終え、つかの間の休養を挟んでの合流となった。昌子は「オフは子供と楽しんで癒やしをもらった」と明るい表情だった。

西野新監督となって初の代表合宿。30日の国際親善試合ガーナ戦を経て、ワールドカップ(W杯)ロシア大会の登録メンバー23人が決まる。昌子は「練習から100パーセントでやらないといけない。しっかりいいプレーを見せて、連係で意思疎通を図っていきたい」と意気込んでいた。また植田は「チームの状態はすごくいいと思う。またこれから競争が始まるので、いい準備をして臨みたい」と話した。

脚を痛めた影響で仙台戦を回避した三竿健も順調にメニューを消化。「戦う準備はできている。自分の力を最大限出すのが大事。日本が勝てるように頑張りたい」と力を込めた。 (岡田恭平)


日本代表に合流した源、植田、健斗である。
それぞれ思いを語る。
ロシアW杯への道を切り開くためアピールするのだ。
応援しておる。

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浦和・武藤、源を賞賛

浦和の“9番”武藤雄樹 手強いと感じるDF、「一番嫌」と語った意外な相手とは?
2018.05.24

昌子の「体の強さ」、同僚・槙野の「ボールを奪い取る力」に脱帽

 J1浦和レッズのFW武藤雄樹は、2015年の浦和移籍でシャドーとして秘めたる才能が開花。所属3年半でベガルタ仙台時代を大きく上回るリーグ戦32ゴール(18年5月14日時点)をマークしている。スペースに侵入する卓越したセンスは相手にとって脅威だが、逆に武藤から見て「手ごわい」と感じるディフェンダーは誰なのか。意外にも、身近でプレーしている選手の名前が「一番嫌」な相手に挙がった。

 武藤が一目置く一人は、常勝軍団・鹿島アントラーズで伝統の背番号3を背負う日本代表DF昌子源だ。2年連続でベストイレブンに選出されるなど、フィジカルを生かした対人の強さを武器に、リーグ屈指のCBに成長を遂げた。

「昌子選手は体の強さもあるし、ボールも持てて、すごく冷静。前(への動き)に強い選手はやりづらいですかね」

 ボディコンタクトに強く、1対1や球際の競り合いに秀でた部分は、FWとしても攻略するにはアイデアと工夫が必要なようだ。

 他クラブにも良いディフェンダーはたくさんいると話すなか、武藤が「一番嫌」な人物はチームメイトの中にいた。それはDF槙野智章だ。日本代表でも主力クラスに上り詰めた31歳は、“ボール奪取力”が群を抜いているという。

「正直、練習中に近づきたくない(笑)」

「槙野さんは腕の力も強いし、(自分の)間合いに入ったらまず自由にさせてくれない。簡単に蹴ってクリアするんじゃなくて、ボールを絡め取るというか、体を入れてボールを奪い取る力はトップクラスだな、と。正直、練習中に近づきたくないし(笑)、相手もすごく嫌だろうなと思いながら見ています」

 二人は、武藤が浦和に加入した2015年から一緒にプレー。“天敵”を相手に汗を流すことで、武藤のストライカーとしての感覚は日々磨かれているようだ。

(小田智史(Football ZONE web編集部) / Tomofumi Oda)


浦和の武藤を取材したFootball ZONE web編集部の小田記者である。
武藤が一目置くDFとして源を挙げる。
「昌子選手は体の強さもあるし、ボールも持てて、すごく冷静。前(への動き)に強い選手はやりづらいですかね」とコメントしておる。
ボールが持てるところ、そして冷静であるところは、観戦しておる我らにも源の特徴として良く伝わってくる。
これは多くのサッカー選手が持っておるようで、そうでも無い才能である。
この良さを更に磨きをかけ、鹿島の守備を牽引していくのだ。
応援しておる。

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Fundamentalism

Author:Fundamentalism
鹿島愛。
狂おしいほどの愛。
深い愛。
我が鹿島アントラーズが正義の名のもとに勝利を重ねますように。

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